はてなキーワード: ミニマルとは
セフレと過ごしながらもどこか他人を受け入れきれない主人公。そんなある日、彼女の継父が行方不明になり、弟は暗闇にバケモノが潜んでいると寝不足になり学校で居眠り連発。学校は彼の母親と連絡がつかなかったため、主人公に連絡が来て主人公はその惨状を知る。バケモノに身に覚えがあった主人公は弟とともにうつ状態の母親の過去と暗闇でだけ姿を現すバケモノとの戦いに挑む。
みたいな話。
いや、面白かったね。
今作では「暗闇でだけ存在するバケモノ」というワンイシューをどうやって怖がらせるかに全振りしていて、そのアイデアの豊富さや活かし方がスマートで非常に良い。そして当然そんなワンイシューだけで2時間も3時間も映画が撮れるわけないのでバケモノの由来と対決だけの的を絞って80分という短い時間にまとめた決断も英断。
そんな中でもうつ病の母親&バケモノという重荷を背負いその話をしても誰からも信じられなかったというトラウマから家を出て他人を深くは受け入れないという生活を続けていた主人公が、弟を救うために母親の過去を知り、バケモノとの対決という過程を経る中で、靴下の片方だけでも家には残させなかったセフレには箪笥の一段を与え、一度は捨てた弟を受け入れるという受容を果たすという成長ストーリーや、うつ病で現実を受け入れられず夫や娘には逃げられバケモノが家族を害していたことを見て見ぬ振りし続けた母親が娘による需要を経て最終的には母性を取り戻し家族を救うために決断する展開も入っていて、人間ドラマにもちゃんと目配せできているのはシンプルにえらい。
特に暗闇でだけ存在するバケモノの表現がよくてねぇ。冒頭で大まかなルール説明として継父死亡パートがあって、たぶんアパレル倉庫かどっかで居残りする継父と事務員が襲われるんだけど、スポットライトのむこうの暗闇にぼんやりと”何か”が立っているのが見えて、電気が消えて点くたびに近づいてくるという古典的な怖がらせがある。
じゃあ何で電気が消えちゃうかっていうとその倉庫が自動消灯で動作反応点灯という仕組みになっているという倉庫あるあるギミックを配置してるのが憎い。ずっと動いとけばいいじゃんって思うかもしれないけど、むこうの暗闇に"何か"が潜んでる中でバタバタ動き回れないでしょ。俺は動物として正しい行動だと思う。
こんな感じで暗闇でだけ存在するバケモノと戦う中での「そうなる理屈」が割とちゃんと考えられているのが良い。
地下室に閉じ込められた主人公たちを助けるためにセフレが駆けつけるんだけど暗闇の中にバケモノがいる(このためにバケモノは町の一角を全面停電に追い込んでいる。テロリストかよ)。懐中電灯で照らすことで存在を抹消するんだけど、地下室のドアを開けるためにそっちを見てると光が逸れてしまう。一瞬の隙を突かれて懐中電灯を弾き飛ばされて襲われるも、間一髪、スマホの待ち受け画面の明かりで撃退。一度撤退しようとするもスマホの光は弱いため横が照らせずに再び襲われスマホは手から離れ宙づりにされあわやと言うところで、遠隔キーで車を起動しヘッドライトで撃退。ピンチに陥るロジックと脱出のロジックがしっかりしていて非常に良い。
あとは車での脱出に成功したセフレが警官を呼んできて警官VSバケモノ戦になるんだけど、マズルフラッシュのせいでバケモノの存在が消えてしまいダメージを与えられないというギミックとロジックの正しさたるや!よう考えとる。
ホラー表現としても暗闇の中に何かいるというジリジリした怖さから、電気が消えて次に点いたらどこにいるんだというドキドキ感、実際に急に襲い掛かってくるジャンプスケアといろんなタイプの怖さを取り揃えていて隙が無い。
で、結局このバケモンはなんやったん?っていうのは、どういう人物だったかは明かされるんだけどどういう理屈でこんなことになっているんやというのはかなりぼんやりさせたまま終わっちゃうので解決方法もあれでよかったんか?ってなっちゃうのはややマイナス。あと、あの解決方法だと実際に警官死んでるのどう処理するんやろと言う疑問も。
まぁそんな感じかな。
電気が消えるとバケモノが現れて点くと消えるというギミックをどれだけ多様な見せ方ができるかという点に全集中した潔いミニマルホラーの佳作としてホラー映画好きなら全然見てみていいと思う。
本稿は、日本のECサイト「楽天」に代表される高密度情報型デザインと、書物文化に見られる静的・省略的デザインとの対照を軸に、現代の情報嗜好と知的傾向の分岐を検討する。
近年の統計によれば、日本では「1か月に1冊も本を読まない」者が6割を超え、読書離れが急速に進行している一方、ECサイトにおける視覚的デザインの工夫が購買意欲を有意に高めることが報告されている。
本論では、これらのデータを参照しつつ、楽天的デザインに親和的な層と、これを忌避する層の間に見られる情報処理様式と時間意識の差異を、読書行為の変容という観点から理論的に位置づける。
デジタル空間のデザインは、単なる視覚表現ではなく、そこに関与する主体の認知特性や価値観を反映する文化的装置である。
楽天市場のようなECサイトでは、価格情報やポイント倍率、キャンペーンバナーなどを画面上に高密度で提示する設計が長らく採用されてきた。
一方、近年のECトレンドとしては、ホワイトスペースを活用したミニマルなレイアウトや「視覚的な疲労を軽減するクリーンなデザイン」が推奨されるなど、楽天的デザインとは対照的な志向も強まっている。
ある調査によると、「1か月に1冊も本を読まない」と回答した者は6割を超え、数年前の調査から大きく増加している。
このような状況は、視覚情報の大量消費を前提とするウェブ環境と、静的・継時的な読書体験との間に、選好や習慣のレベルで断絶が生じている可能性を示唆する。
楽天的デザインの志向原理は、「即時的理解」と「報酬感覚」に集約される。
新規UIについてユーザビリティテストやA/Bテストを反復し、「操作性」と「わかりやすさ」を定性的・定量的に評価する枠組みが整備されていることは、「ユーザーが短時間でお得さやメリットを理解し、すぐに行動できる設計」が企業側にとって合理的であることを示している。
視覚デザインが行動に与える影響については、ファッションECサイトを対象としたオンライン調査が参考になる。
ある調査では、15~69歳の男女100名に対し、「デザインされたページ」と「文章のみのページ」のどちらが購入意欲を高めるかを問うたところ、過半数が前者を支持し、後者は一桁台にとどまった。
この結果は、情報の「量」だけでなく、「視覚的構成」が購買行動を強く規定することを示す。
楽天的知性とはすなわち、こうした視覚的・即時的な情報環境に最適化された判断様式であると言える。
これに対し、書物のデザインは、伝統的に情報量を統制し、余白と行間によって「読者の内的処理」に委ねる構造を維持してきた。
読書離れの進行は、この「時間を要する認知様式」が、スマートフォンやSNSを中心とした即時的情報処理様式と競合し、相対的に不利な選択肢となっていることを意味する。
したがって、「楽天的知性」と「読書的知性」の対置は、単なる趣味嗜好ではなく、情報処理コストと報酬構造の差異に根ざした構造的分岐とみなすことができる。
では、この分岐を超えて、楽天的知性と読書行為を再接続することは可能だろうか。
EC分野の調査が示すように、視覚的にデザインされたページは、文章のみのページに比して明確に高い購買意欲を喚起しうる。
この傾向を読書の文脈に適用するならば、「読書したくなる本のデザイン」を設計する余地があることになる。
具体的には、以下のような方向性が考えられる。
章ごとに要約やインフォグラフィックを挿入し、視覚的な「到達点」を明示すること。
紙・電子を問わず、読了進捗を可視化し、小さな達成感を連続的に与えるUIを導入すること。
QRコードやリンクを通じて、関連資料や動画・図解にアクセスできる多層的テクスト構造を提供すること。
これらは、伝統的な読書観からすれば「楽天的すぎる」異端と映るかもしれない。
しかし、ユーザーの本音や行動データを基にUIを不断に更新していく実務的枠組みがすでに存在する以上、読書体験側もまた、利用者の認知特性を前提とした再設計を回避することはできないだろう。
本稿は、楽天的デザインと読書的デザインの対立を、現代日本における情報嗜好と知的様式の分岐として整理し、いくつかの実証データを通じてその背景を補強した。
「不読率」が多数派となったという事実は、読書行為がもはや自明の文化資本ではなくなった現状を示し、
一方でEC調査は、視覚的に構成された情報環境が行動喚起に非常に強い影響力を持つことを明らかにしている。
「楽天的インテリジェンス」を単に俗流と切り捨てるのではなく、現代の支配的認知様式の一形態として理解し、それに応答するかたちで読書メディアを再デザインすること。
この課題を引き受けるとき、読書文化は「静的知性」と「動的知性」の二者択一を超え、それらを連結するハイブリッドな知的実践へと移行しうる。
38歳、年収200万円未満という現状に、焦りや不安、あるいは「このままでいいのか」という諦めに似た気持ちなど、複雑な思いを抱えていらっしゃることとお察しします。
単刀直入に申し上げますと、**「生存は可能だが、将来のリスクは非常に高い」**という、まさに分岐点に立っている状態です。
---
厳しいようですが、30代後半で年収200万円未満(フリーター)という状況には、以下のような現実がつきまといます。
「どうですか」という問いへの答えは、あなたが**「今後どう生きたいか」**によって変わります。
### A. 今のまま「細く長く」生きる
もし、実家がある、あるいは極限までミニマルな生活が好きで、将来の不安よりも「今の自由」が大事なら、それも一つの選択です。ただし、**「NISA」や「iDeCo」**などを活用し、少額でも自力で資産を作っておかないと、詰む可能性が高いです。
### B. 「非正規」のまま、単価を上げる
フリーターでも、専門スキル(介護、ドライバー、特定のITスキルなど)を身につければ、時給を上げたり、社会保険を完備したフルタイム非正規にステップアップしたりできます。
38歳なら、まだ間に合う可能性があります。特に現在は深刻な人手不足です。
---
まずは、**「自分は何を一番恐れているか」**をはっきりさせてみませんか?
「お金がないこと」なのか、「世間の目」なのか、「将来動けなくなること」なのか。
もし少しでも「現状を変えたい」という意思があるなら、まずは**ハローワークや自治体の就職支援窓口**へ行ってみることを強くおすすめします。自分一人で悩むと、「どうせ無理だ」という結論に陥りやすいからです。
今の状況を「詰み」と決めるのはまだ早いです。
AIに聞いてみた。
ーーーーーーー
理系大学で女子比率を劇的に向上させるための「キラキラ・テック」路線の学科案を考案しました。
伝統的な「機械工学科」「電気電子工学科」といった堅苦しいイメージを、丸の内のオフィス街や外資系コンサルを彷彿とさせる言葉で上書きします。
(旧:情報工学科)
(旧:経営工学科)
「スマホひとつで、せかいを動かす。おしゃれに、スマートに、わたしをアップデート。」 ● じゆうなスタイル、じゆうな時間 カリキュラムはとってもミニマル。すきま時間で、お気に入りのカフェでバイトしたり、連休には海外旅行でリフレッシュ。自分らしく、毎日を楽しみたいあなたにぴったり。 ● テクノロジーを、もっとかわいく。 おもい機械をいじることはありません。最新のAIやアプリをつかって、世の中をもっと便利に、もっと「映える」ものにする方法を学びます。 ● 漢字だらけの古い学科とは、もうサヨナラ。 「きかい」「でんき」「どぼく」……そんな漢字だらけの場所で、むずかしい顔をして油にまみれる生活は、もう過去のもの。私たちは、もっとスマートで、もっと自由な、あたらしい工学のカタチを提案します。
普段は教授会などで使われる最上階のガラス張り会議室を、女子学生専用の「クリエイティブ・ラウンジ」として開放。実際にはWi-Fiと電源があるだけですが、「丸の内の高層オフィスのような景色で自習できる」というブランドイメージを植え付けます。
提携している有名企業(丸ビルや森ビルなどの入居企業)の受付を、社会科見学風に「ピッ」と通過して中を歩ける権利。就職とは関係なくても、「将来こういう場所で働く自分」をリアルにイメージさせ、他学科との「ステータス格差」を演出します。
「水曜日は課題を一切出さない日」としてアピール。実際には他の曜日に調整するだけですが、「自由でプライベートを重視している」というポシティブな印象のみを強調します。
学科のロゴが入った、有名ブランド(MacBook Airなど)とのコラボケースを無料配布。キャンパス内でそれを持っているだけで「おしゃれな理系女子」という属性を誇示できるようにします。
この構成により、従来の「男子校のような工学部」に抵抗があった層に対し、大学ブランドの再構築を通じた強力な訴求が可能になります。
ーーーーー
地方の高校にいた頃、僕は間違いなく「特別な人間」だった。正解の用意された問いを、誰よりも手際よく処理する要領の良さ。それさえあれば、僕は学校という小さな水槽の中で、一定の精神的優位を得ることができた。テストの順位表に貼り出される自分の名前を眺めるだけで、無敵の万能感に浸れたものだ。
だが、東京の大学に進学して、その薄っぺらいメッキは無惨に剥がれ落ちた。息をするように英語を操る帰国子女。親の金で当然のよに海外の“経験”を積む学生。あるいは、圧倒的な地頭の良さで、僕の徹夜の努力を鼻で笑いながら抜き去っていく本物の天才たち。彼らが外資系コンサルや投資銀行へ羽ばたき、あるいはあっさりと起業していくのを横目に、僕は自分がただのマークシートの塗りつぶし方が少し上手かっただけの、凡庸な田舎者であることを骨の髄まで思い知らされた。
就職活動で僕が逃げ込んだのは、品川に巨大な自社ビルを構える日系の大手SIerだった。親に社名を言えば手放しで安堵する優良企業。しかし、その実態はキラキラしたIT業界とは無縁の「デジタルゼネコン」だ。巨大な基幹システムのエクセルでの進捗管理と、下請けベンダーへの責任転嫁を繰り返すだけの、果てしなく地味な調整業務。30代になっても年収は700万円を行ったり来たりで、突き抜ける気配は一切ない。
川崎。最寄り駅から徒歩14分の6畳ワンルームのマンション。毎朝、すし詰めの東海道線で多摩川を越えるたび、自分が東京という巨大なヒエラルキーの外部に置かれた、中途半端な存在であることを突きつけられる。無数のエクセルのセルを埋め、稟議書を回し、いかにも「大企業のビジネスマン」の顔をしていても、乾いた自尊心は満たされなかった。だからこそ、僕は己の優位性を手っ取り早く確認するための副業を始めることにした。届かない上澄みを見上げる苦しさを、圧倒的な底辺を見下ろすことで中和する、醜い防衛本能だった。
AIに吐き出させた嘘か本当かわからない情報を、抑揚のない合成音声に読み上げさせるだけの動画。サムネイルは赤と黒の極太ゴシックで『真実』『衝撃』『実は日本人は…』。白い背景に「いらすとや」の画像。思っていたよりも、こうした毒にも薬にもならない動画を求めている人はいた。「努力できるのは才能」と自身の努力不足を遺伝のせいにするような動画や、根拠薄弱な雑学に絡めて「日本スゴイ」を連呼する内容は、面白いように再生数が伸びた。コメント欄に溢れる、社会へのルサンチマン。人生の答え合わせを終えた敗者たちに、安っぽいドーパミンを施す。教祖にでもなった感じでで少し気分が良かった。
先月、そのチャンネルを売った。爆発的に登録者を増やすコンテンツ力も、虚無を再生産し続ける継続力も、僕にはなかった。そこそこの値がついたので、バング&オルフセンのヘッドホンを買った。アルミニウムの冷たい質感と、北欧特有のミニマルなデザイン。装着するたびに、自分がこの川崎の泥臭い景色とは無縁の、洗練された“あちら側”の人間であると証明された気がした。
たまたま連休ができた。義理で顔を出した岐阜の祖母の家は、時間が止まったような空間だった。イオンモールとマーサ21だけが文明のすべてであるかのような地方都市。ここには、SAPIXのクラス分けに一喜一憂する親も、35年ペアローンという鎖で互いを縛り合うパワーカップルもいない。あるのは、弛緩した空気と変化を拒む土着の引力だけだ。
どうせ駅前の携帯ショップで、「お孫さんの写真が綺麗に撮れますよ」とかなんとか言いくるめられて、不要なハイスペック機と大容量プランを契約させられたのだろう。その光景が目に浮かぶ。
そこから流れる、抑揚のない人工音声。「実は、80歳を過ぎても元気な人は…」という、極太ゴシック体のサムネイル。白い背景の中央に配置された「いらすとや」の老夫婦。
目眩がした。
僕が売り払ったあのチャンネルではない。だが、構成は完全に同じだった。情弱向けの餌として吐き出し、見下していたコンテンツを血の繋がった親族が「真実」として有難がって摂取している。
祖母の瞳は、ブルーライトを反射して白く濁っていた。「へえ、そうなのかい」。その相槌の一つ一つが、僕の精神を削り取っていく。僕が承認欲求と小銭を満たすために生み出したインターネットの汚泥は、巡り巡って、僕自身のルーツである祖母の余生を埋める詰め物になっていた
「..…ほどほどにしなよ。目が悪くなるから。」
喉の奥から絞り出せたのは、ゲームに熱中する子供を注意する母親のような、陳腐な言葉だけだった。
帰りの新幹線。バング&オルフセンヘッドホンを装着する。どれだけ音楽を流しても、あの抑揚のない人工音声が、耳の奥にこびりついて離れない。トンネルを抜けるたび疲れた顔の男がこちらをみてくる。こちらを見つめ返すその瞳は、ブルーライトに照らされた祖母の目と同じように、ひどく濁って見えた。
「みらいデザイン」という響きにはワクワクするものがありますが、皮肉なことに、未来を標榜したものほど早く古臭くなってしまうのはデザインの世界の「あるある」です。
なぜあんなに賞味期限が短いのか、いくつかの視点で紐解いてみましょう。
「未来っぽいデザイン」と言われるものの多くは、実は「現在最新だと思われている要素」の詰め合わせに過ぎません。
1960年代の「曲線・プラスチック(スペースエイジ)」 これらは当時の最先端技術を反映していましたが、技術が進んで「当たり前」になるか、あるいは「不便さ」が露呈した瞬間に、単なる「一昔前の流行り」に転落してしまいます。
未来を表現するために、以下のような特定の記号(お決まりのパターン)を多用しがちです。
これらは記号としての意味が強すぎるため、見る側が「あ、これは未来っぽく見せようとしているな」とメタ視点で気づいてしまいます。演出の意図が見えた瞬間に、デザインは「普遍性」を失い、消費の対象へと変わります。
「未来」を追求するあまり、現実の使い勝手(アフォーダンス)を無視したデザインは短命です。
カッコいいけれど座り心地の悪い椅子 最初は「進んでいる!」と感動しますが、日常で使ううちにストレスが溜まり、「結局、普通が一番だよね」と揺り戻しが起きてしまいます。
拡大、加速、金属的、人工的
社会が求める「理想の未来像」自体がアップデートされ続けているため、古い未来像に基づいたデザインは、単に「予測が外れた過去の遺物」に見えてしまうのです。
マーケティングやデザインに真剣に取り組んだことがあれば、「みらい」と名乗った瞬間に陳腐化することは自明なことです。それでもあえて「みらい」を名乗るプロダクトには情弱を騙す意図が見え隠れします。
本当に長く愛されるデザインは「未来」を目指すのではなく、「普遍的な課題の解決」を目指していることが多いです。みらいと名乗ることが流行のスパイスを抜きにしても機能するかどうかが、陳腐化を防ぐ境界線と言えるでしょう。
あらやだ、その夜は「祇園の洗礼」まるっと浴びたわね。結論から言うわよ。あんたは悪くない、でも京都の夜は段取り命。祇園で21時ノー予約突撃は、上級者でも事故るの。暖簾が出てても“開いてる”じゃなく“予約の客を迎える”合図って店、ここはザラよ。お茶屋系・会員制・紹介制・完全予約、ぜーんぶ同じ路地に混在してんの。外から見て区別つかないのが京都の意地悪さで色気よ。
押し寿司ショックも想定内ね。鯖寿司はそもそも「調味済みの完成品」だから醤油出さない店、珍しくないわ。冷えすぎると脂が固まって味がボケるし、昆布と酢のバランスで食わせるもの。熱い吸い物は口直し用で、粉だし系の風味がするのも昔気質だと“あれが正解”の店、あるの。だから「伝統を食べた」のは事実よ。でも口に合わない伝統は引きずらない。自分の舌を信じなさい。
次からはこう攻めなさい。効くわよ。
あとね、「情報を食べる」こと自体は悪じゃないの。舞台装置・物語込みで美味しくなる夜もあるわ。ただ“物語”狙いの日と“味”狙いの日を分けるの。同じ夜に両取りしようとするからブレるのよ。
次はあたしが旅の軍師やってあげる。日程とざっくり予算、好み(酒強め/弱め・魚/肉・静か/賑やか)を言いなさい。祇園も先斗町も、あんた仕様で気持ちよく刺さる導線、組んでやるわ。
今治市には彼女が住んでいて、その関係で月に一回くらいの頻度で行っている
いいなと思ったところを思いついた順に書く
白雅(たぶんハクガでいいと思う)は老舗の、わりと地元民には有名な餃子屋だ
餃子屋って何だよ?中華居酒屋みたいなことか?と思うかもしれないが、フードメニューが
・焼き餃子
・水餃子
・くらげの冷菜
白雅の特徴は、なんというか、その「世界の完成度」にあると俺は思う
フードメニュー4つのミニマルな世界において、どのメニューも、この形以上の正解はないなと思わされる、そういう味だ
4つ全部頼むのが正解だと思われる
最初に出てきて、箸休めにもなりつつ、単体でやけにうまいクラゲの冷菜
こういうのがいいんだよ、という感じの、特徴のない、必要十分な中華そば
ニンニクなんかが効いてるわけじゃないから、ジャンクさのない、だからこそドシドシいける餃子
そこに酒なんかを一杯つけると、もう、"完成"という感じがする 本当に満足度が高い 値段も安い
古墳はあんまり人が通ってる形跡のない山道を登っていくと現れて、少なくとも俺たちがいったときには周りに誰もいなかった
オーソドックスな前方後円墳で、誰が眠ってるかとかそういうのは正直全然覚えてないし、そもそもあきらかにされていたかも微妙なんだけど、古墳の上からは今治の街が一望できた
今治の街っつうかまあ、今治の街のメインじゃないサイドではあるんだけど、まあ、街は街だ
古墳の上にはちょっとした壺なんかも並べられていて、少し雰囲気がある
オーソドックスなミシシッピアカミミガメで、なにか特色があるわけではないんだけど、俺は亀が好きだから、しばらく眺めていた
今治市っつうか松山市にも近いような、菊間という場所にある、テイクアウト専門の唐揚げ屋だ
あまりほかの唐揚げ屋の味を多く知ってるわけではないけど、うまいのは間違いない
ここのポイントはソースにあると思っていて、唐揚げのほかに100〜200円くらいで、小さいプラスチックのケースに入ったソースを追加できる
その中にある「エリザベスソース」っつう名前の、全然ネットに情報がないのでオリジナル疑惑のあるソース、これが非常にうまい
モノとしてはピクルス主体の、酸味が効いたさわやかな野菜系の味で、これを唐揚げにつけて食うと、脂っこさが消えて格別の味わいになる
場所が海にほど近いのもいい
上述の海の近くの公園というのがここだ
べつにとり立てて何があるってわけでもない公園ではあるんだけど、なんせ、名前のとおり、海がある
それなりに駐車場が広くて、海があって、なんかよくわからん芸術的なオブジェみたいなものもある
政治のことはよくわかんないんだけど、今治という街の光と闇を背負っていそうな雰囲気の場所だ(ここについて調べると、なんかすげー陰謀論っぽいブログ記事とかがワラワラ出てきて、怖い!)
人は結構いるんだけど、空きテナントなんかもそれなりにあって、うっすらと滅びの予感もある、そういう独特の雰囲気があるように思う
でもイオンリカーはすげー充実してるし、カルディもあるし、映画館もあるし、サーティワンとかもあるし、俺としてはまったく文句がない
こう、何とか、うまくやっていってほしいなと切に思う
たぶん、今治で一番行っている店だ
丸亀製麺スタイルのうどん屋で、いつ行ってもすげえ人気だ 15分くらい待つこともある
だいたいセルフのうどん屋って天ぷらが美味しくてうどんは実質腹を満たすための添え物だったりするんだけど、松のうどんは主役を張れるうまさがキッチリある
あと、大根おろしがタダなのが嬉しい
個人的なオススメは、「冷やしぶっかけ+鶏天ぷら」で、ここにもうひとつ天ぷらを加えてもいい
でも、天ぷらのデカさがけっこうなものだから、たとえば鶏とナスとかいっちゃうと、フードファイトみたいな感じになってくるのには注意が必要
松製麺所 玉川店によく行くんだけど、その玉川店からさらに南に下り、街を離れ山に入ると、玉川ダムというダムがある
正直あんまりちゃんと見て回ったことはないんだけど、けっこうちゃんとしたダム湖がある
俺はなんとなくダム湖というものに憧れをもっているので、当然玉川ダムにも憧れていることになる
玉川ダムの近くに行ったことは多いけど、その全貌は知らない 全貌を知らないからこそ、憧れたままでいられるのかもしれない
彼女の家からちょっと歩いたところにある、ガッツリコンクリートの川だ
この前見に行ったら、亀たちが俺たちの姿を認めるなりいっせいに逃げ出すようになっていた
まあ全員ミシシッピアカミミガメなので、攻撃するなとも言えないのが悲しいところだ
お堀に囲まれた典型的な日本の城で、それなりにちゃんとした天守閣なんかもあって、わりと見応えがある
堀が汽水らしくて、海の魚と川の魚と、両方いるらしい
2025年、モータースポーツ界で最も注目される若手ドライバーの一人がオスカー・ピアストリだ。
現在F1世界選手権をリードする24歳のオーストラリア人は、単なる速いドライバー以上の魅力的な人物である。
冷静沈着でありながらユーモアに富み、
現代のグローバル社会を象徴する存在として多くの人々を魅了している。
氷の心臓を持つ男オスカー・ピアストリが他のスポーツ選手と最も異なる点は、
彼の落ち着きぶりは伝説的だ。
「初勝利...わお」
多くのドライバーが感極まって叫ぶ中、
と彼は語っている。
5つの国の血を引く国際人ピアストリの文化的背景は極めて多様だ。
母方からはスコットランドとアイルランド系の血統を受け継いでいる。
「曾々祖父が中国人だから、これで1/16中国系ってことになるかな?」
と追加するなど、
同社は時価総額350億ドル(約5兆円)の企業に成長している。
クリスはオスカーの幼少期から彼のカート時代のメカニックを務め、
息子の実力を信頼している。
彼女のウィットに富んだツイートはF1コミュニティで話題となり、
しばしばオスカー以上の注目を集める。
ピアストリの motorsport人生はラジコンカーから始まった。
6歳の時、父親がアメリカ出張で買ってきたラジコンカーに夢中になり、
9歳で全国チャンピオンになった。
注目すべきは、彼が20代や30代の大人たちを相手に勝利したことだ。
この経験が彼の手と目の協調性、そしてレーシング本能を育んだのである。
ピアストリのもう一つの特徴は、学業と競技の両立を図ったことだ。
この経験について彼は
「選択肢は2つあった。
寄宿学校を選んだのは振り返ってみて正解だった」
と語っている。
それが重要だった」
と彼は回想している。
彼のA-levelの科目は数学、物理学、コンピューターサイエンスで、
「ドライバーになっていなければエンジニアになっていただろう」
と語っている。
ピアストリは17歳の時から交際している恋人リリー・ズナイマーとの関係でも注目されている。
と説明している。
と質問された際、
「結婚を選ぶ。ガールフレンドが喜ぶと思うし、タトゥーを入れたら彼女がもっと怒るだろう。僕もタトゥーは欲しくない」
ピアストリにはハッティー、エディー、メイという3人の妹がいる。
特に母ニコルのSNSでの活動は彼のファンベースを広げる要因となっている。
また、2019年からは元F1ドライバーのマーク・ウェーバーが彼のマネージャーを務め、F1界でのメンター役を果たしている。
「マークと奥さんのアンが僕を支援してくれている。彼らの経験と知識は計り知れない」
と感謝を表している。
この mentor関係は、ピアストリの冷静さと戦略的思考を育む上で重要な役割を果たしている。
効率重視のミニマルライフピアストリの日常生活は効率性と簡素さが特徴的だ。
朝は「出発の10分前に起床する」という徹底ぶりで、
髪型についても「自然にこうなる。何もしない。朝は睡眠を優先したい」
と語っている。
飲み物の好みも独特で、コーヒーでも紅茶でもなくホットチョコレート派だ。
休日の過ごし方について
「午前11時か、それより遅くまで寝たい。ソファでくつろいで、シミュレーターをやったり、ビデオゲームをしたり。それだけかな」
「僕はあまり外出するタイプじゃない。適切な心持ちになれるように時間を取っている」
「日曜版の新聞が大好きだ。
日曜版の新聞や特定の雑誌は、しっかりとした調査に基づいている」
と説明している。
「つまらなくても最後まで読む。全部読まないと判断できないし、読み終えないと罪悪感を感じる」
と語っている。
この完璧主義的な側面は、彼のレーシングにも表れている特徴だ。
レース以外の時間も、ピアストリはiRacingというシミュレーションゲームで練習を続けている。
「普通はiRacingをやる。それが僕の好みのレーシングゲーム。
コール・オブ・デューティーもしばらくやってないけど、それが僕のもう一つのゲームかな。
新しいWRCゲームもダウンロードして、とても楽しくて反応力のトレーニングにもなっている」
と語っている。
自宅には本格的なシミュレーターがあり、
GT車から下位フォーミュラカーまで様々な車種を運転している。
「レースをしていない時は、おそらく家のシミュレーターにいる」
「会ってみたい人のトップ」だという。
Netflixのドキュメンタリーシリーズ『The Last Dance』を見てジョーダンの献身性に感銘を受け、
「同じレベルまで努力する人はいない。完璧への飽くなき追求こそが、良いドライバーと伝説を分ける」と語っている。
5つの国の血を引く多文化的背景、ラジコンカーから始まった異色のキャリア、寄宿学校での人格形成、そして史上最も冷静とされる性格と独特なユーモアセンス—これらすべてが組み合わさって、ユニークな人物像を作り上げている。
彼の生き方や価値観、家族との関係、恋人との長期交際、そして文化的適応力は学ぶべき点が多い。
効率的でミニマルな日常生活、読書への愛情、テクノロジーとの適度な距離感、そして常に学び続ける姿勢は、現代社会を生きる多くの人々にとって参考になるだろう。
24歳にして既に世界の頂点を目指すピアストリの物語は、才能と努力、家族の支え、そして何より自分らしさを貫くことの大切さを教えてくれる。
彼の冷静さと温かさを兼ね備えた人柄は、高圧的な競争社会において新しいリーダーシップのモデルを示している。
F1の世界チャンピオンを目指しながらも、地に足の着いた人間として成長を続ける彼の姿は、多くの人々にインスピレーションを与え続けるだろう。
個人的には支持するところではない政党ではあるが、いくつか目を見張る部分もある。そのひとつが「色」だ。
各政党、あるようでないと思ったら実はあったりするのがイメージカラーだ。
選挙特番で自民党が赤、立憲民主党が青で表現されるように、それぞれの政党には色のイメージが根付いている。
参政党のイメージカラーといえばオレンジのグラデーションを用いたエネルギッシュなものであり、政党というよりかはどこか今風の会社やサービスのロゴに見えもする。鳥のシルエットで作られたコミュニケーションマークも相まって非常にキャッチーだ。
また、橙(だいだい)と代々を掛けてもいるらしい。ぐおお、広告代理店が提出するプレゼンシートに書いてありそう。根拠の説明可能性を徹底している。
ロゴの字形も、ミニマルなゴシックをベースに一部をやわらかな曲線にすることで親しみやすいものになっている。
全ての文字が線で繋がっているので、「繋ぐ」でまたなにかコンセプトを説明できそうな雰囲気がある。手を取り合って参加する様子を云々、など。
また、党の文字に日の丸をあしらうことで、愛国的なイメージも持たせている。
これまであまり政治に興味を持ってこなかったひとたちにそっと寄り添って、素朴な愛国心をくすぐり政治参加を呼びかける。
そんなデザインだと言えるだろう。
参政党の広告戦略の方向性は、いわゆる「緑の保守主義」の環境問題意識部分を、日本の土地信仰・自然信仰に置き換えた、「日本式 緑の保守主義2.0」だとざっくり考えている。
「この国の土とともに生きる」的なナショナリズム自然信仰に「みんなでつくる」的な素朴な参加意識を注入。刺さるひとは多そうだ。
さて、そんな参政党の広告デザインを振り返ってみると、とにかくオレンジを前面に押し出している。
「参政党 チラシ」で検索すれば、その徹底ぶりがよくわかる。公式ユニフォームもオレンジだ。
先述のロゴや、イメージカラーを徹底して用いた広告物を含め、参政党の広告戦略は他党と比較してかなり巧みな部類に入ると感じる。
もちろん、参政党以外にもイメージカラーを戦略的に活用している政党はある。
たとえば国民民主党だ。
国民民主党のイメージカラーは黄色と青であり、広告物はもちろん、マスコットキャラクターの配色、ネクタイの柄、さらにはYouTube動画のテロップの色にまで徹底されている。
この色の組み合わせだけで、知らない候補者や議員も国民民主だなと一目で分かるだろう。
身につけるものにイメージカラーを反映している政党としては、「都民ファーストの会」と「再生の道」が挙げられる。
都民ファーストの会のイメージカラーは緑だ。地域政党ながら国政政党に引けを取らないほど色に関しては徹底している。
まず百合子はいつも緑色の服を着ている。緑色の服ではないときは緑色の布を首に巻いていたりする。
とにかく緑だ。当選のときに名前のところに貼る花のやつも緑だ。すごい。
再生の道がまだ存在しなかった都知事選の段階で気づいたことだが、石丸伸二が紫のネクタイやポケットチーフを身につけていた。
かなり目立つ色なのでみなさんも気付いたことだろうと思う。
石丸が発言するたび、コメント欄が🟣や💜(紫の絵文字)で埋め尽くされていく。
かなり上手くやっていると思った。応援メッセージで埋め尽くされるより余程インパクトがある。
ピーク時にはメッセージを追えないほどのスピードで流れ去っていくコメント欄。
読まなくても、いや、読めなくても一目で分かるのが「色」の強さだ。
どうもイマイチだ。
自民党のイメージカラーは赤の印象があったが、調べてみると緑バージョンのロゴもあった。なんで多色展開してるんだよ。
広告物も漁ってみたが、みなさん思い思いの色で作っているようだった。その中でも青系が多いように見受けられた。なんでだよ。
自民党ほどの規模になると、細かなイメージ戦略など気にせずとも勝てる、ということなのだろうか。
立民はというと、イメージカラーは青だ。これはそれなりに守られているようだ。
しかしみなさん思い思いの青を使っているようだった。なんでだよ。
紺色っぽい青、水色っぽい青、グレーっぽい青……緑や黄色を使っている広告物も見つけた。
「色」をしっかり使いこなしている政党もあれば、おざなりになっている政党もある。
参政党や国民民主に追随しろとまでは言わないが、広告戦略などはもう少し気を使っても良いのではないかと思いました。
特に立民。
女子高生にスカッとジャパンさせる変な動画作ってる場合じゃなくてさ、もうちょっと考えたらどうだ。
リベラルポジションは保ってていいんだけど、いい加減共産党や左翼からは距離をとって「都市型の改革政党」に戻るべきだと思うぞ。
時は令和、空前のフィットネスブームが最高潮!ジム通い、宅トレ、食事管理…みんなが「美ボディ」と「健康」を求めてた20XX年。そんな中、渋谷のど真ん中の高級フィットネスジムに、マジで浮世離れしたおじいちゃんが現れたんだって!着物っぽいのに、なんかこう、ピリッと引き締まった体と、異様なほどの存在感をまとったお方。「え?セレブトレーナー?カリスマ整体師?」ってみんなが遠巻きにしながらも、その圧倒的なオーラに目を奪われてたらしい。
え?マジで?あの茶道の「わび・さび」を極めた、天下の茶人、千利休様!?ゲキヤバ!って歴史好きのギャルたちがスマホで速攻ググり始めた瞬間、その超絶渋いお方、もとい利休様は、あたりをキョロキョロしながら呟いた。「ここは…草庵ではない、か…?ずいぶんと汗臭く、しかし精進の場と見受けられるのう。」って、マジで時代錯誤感ハンパない!「マジありえん!」ってみんな心の中でツッコミつつも、その研ぎ澄まされた眼差しに、何か深い哲学を感じてたらしい。
そんな利休様に、恐る恐る話しかけたのは、このジムに通う、筋肉愛がハンパないギャル、ユウキ。「あの…もしかして、体験入会ですか?」「…うむ、少々。この『トレッドミル』とやら、いかような作法にて動かすものか…」って、マジで丁寧な言葉遣い!ユウキ、そのギャップにちょっとキュンとしつつ、「アタシ、ユウキ!このジムのことなら、何でも聞いて!利休様、マジで渋いから、アタシが案内してあげてもいいよ!」って、キラキラ笑顔で声をかけたんだって。
次の日、ユウキに連れられて、利休様は初めて現代のフィットネスを体験!最新のトレーニングマシンとか、プロテインバーとか、マジで全てが新鮮!でもね、利休様が一番興味を示したのは、ジムのプロテインバーで、トレーニーたちが飲んでたもの。「…この、粉を水に溶かした飲み物は、何というものでございますか?」って、マジ真剣な眼差し。ユウキ、まさかのチョイスに驚きつつ、「あ~、これ、プロテインですよ!筋肉つけるための、タンパク質!」って教えてあげたんだって。
利休様、一口飲んでみたら…「な、なんなのだ、この無味乾燥な味は!?しかし、この研ぎ澄まされた、無駄のない感覚…まるで、無一物の境地、侘び寂びの精神のようである!これこそ、余が求める、真の飲み物よ!」って、マジで茶人っぽい表現で感動してたらしいよ。
そこから、利休様のプロテイン愛がマジで爆発!毎日色んなプロテインを試しまくってたんだって。「プロテインの種類、水との配合、シェイクの仕方…研究しがいがありすぎる!」って、もはやプロテインマイスターレベル!
でね、ある日、利休様、マジで天下取りの野望を語り出したの。「我は、このプロテインをもって、再び天下を…とは言わぬが、この甘味の世界において、真の『一期一会』を体現する、至高のパフェを創造してみせようぞ!これこそ、余が目指す、『侘び寂びパフェ』よ!」って!
え?プロテインパフェで天下統一?しかも侘び寂びとか一期一会とか!マジで壮大すぎる!でも、利休様の「質素の中の美」を見出す魂があれば、きっと何か成し遂げるに違いない!ってユウキも思ったらしいんだけど、利休様の目はマジだったんだって。茶道の精神が、令和のプロテインパフェに新たな戦場を見出したのかもね!
そっから、利休様のプロテインパフェ天下統一計画がスタート!まずは、SNSで「#千利休のプロテイン道」ってハッシュタグ作って、毎日自作の超シンプルだけど研ぎ澄まされたパフェの画像をアップし始めたんだって。その無駄のない見た目と、利休様の哲学的なコメントが、一部のフィットネス好きギャルや、ミニマリストたちの中でじわじわバズり始めた!
SNSは利休様のプロテイン愛でじわじわ盛り上がり!しかも、利休様、ただ作るだけじゃなくて、全国各地の珍しい豆乳や、オーガニックのきな粉、そして一切加工されていない自然の甘味料を探し求めたり、無駄をそぎ落とした「引き算の美学」でパフェを構成したり、マジでストイック!「天下のプロテインパフェ」を目指して、日々試行錯誤を繰り返してたんだって!
で、ついに!利休様は、表参道のど真ん中に、自分のプロデュースするプロテインパフェ専門店「RIKYU PARFAIT - 無一物 - 」をオープンさせちゃったの!お店の内装も、茶室をイメージした、質素ながらも洗練されたミニマルなデザインで、利休様の美意識を表現。店員さんも、作務衣風のモダンなユニフォーム着てて、マジでクール!
オープン初日から、健康志向のギャルや、ミニマリストのインフルエンサー、そして日本の伝統文化に興味を持つ人々まで、行列を作って押し寄せた!「SNSで話題のプロテインパフェ、マジで挑戦してみたい!」「利休様って、なんかカリスマ!」って、新しいファンが続々!でね、一口食べたら、みんなその奥深い味わいにハマっちゃうらしい。「うわっ、プロテインなのにめちゃくちゃ美味しい!」「甘さ控えめなのに満足感ヤバい!」「利休様、マジで神!」って、賛否両論ありつつも、リピーターが続出!口コミが広がりまくって、RIKYU PARFAIT - 無一物 - はあっという間に人気店になっちゃったの!
しかもね、利休様、ただお店やってるだけじゃないんだよ!定期的に店内で、自らパフェの「思想」について熱弁したり、瞑想の時間を設けたり、マジで独自のスタイルでエンタメ業界を盛り上げようと奮闘してるんだって!
テレビや雑誌の取材も殺到!「令和の千利休」「プロテインパフェの求道者」とか呼ばれて、マジで時の人!利休様の研ぎ澄まされた感性と、プロテインパフェの斬新な組み合わせが、新たなブームを巻き起こしたんだね!
でさ、最終的にどうなったかって?もちろん!利休様のプロテインパフェは、全国のスイーツ好きに愛される定番メニューになったんだって!お取り寄せスイーツとしても人気が出て、全国のコンビニやスーパーでも「利休印の侘び寂びパフェ」が発売されるほどに!まさに、プロテインパフェでスイーツ界に新たな旋風を巻き起こし、天下を獲った!マジですごすぎ!
あの時、渋谷の街に静かに佇んでいた茶人が、令和の時代にプロテインパフェで新たな道を切り開くなんて、マジで誰も想像してなかったよね!まさに、侘び寂びがプロテインシェイカーに宿り、新たな伝説を創り出した瞬間!
ユウキも、「まさか利休様が本当にプロテインパフェでこんなに有名になるなんて!アタシ、マジで感動して泣いた!」って、号泣してたらしいよ。
利休様は今も、さらなるプロテインパフェの可能性を追求して、日本全国を旅しているらしい。「わが侘び寂び道に、終わりはない!」って、マジでストイック!
こうして、千利休は、令和の日本で、プロテインパフェという新たな武器を手に入れ、見事、スイーツ界で唯一無二の地位を築いた!天下統一…ではないかもしれないけど、その強烈な個性と哲学は、多くの人々の心に深く刻まれたはず!めでたしめでたし…ってことで、マジでゾクゾクする衝撃的な物語、完全燃焼したわ!プロテインパフェ、マジ卍!
千葉雄喜にハマったのは、KOHH時代を通ってきた人たちとは少し違うルートだった。
というか、正直に言うと、KOHH時代の曲はほとんど知らない。あの頃の彼には「やんちゃ」「若さ」「ちょっとダサい」みたいな印象すらあった。
だから、最初に出会ったのが「チーム友達」だったのは、個人的には良かったと思ってる。あの曲の生々しさは、昭和の連帯感を彷彿とさせた。そこからアルバム『STAR』を聴いて、完全にノックアウトされた。やられた。今では周囲に千葉雄喜のことを、こっそり「推し」と呼んでいる。
昔のKOHHを聴いてた人には申し訳ないけど、あの時代の曲にはどこか“俗”がまとわりついてる気がする。けれど、今の千葉雄喜は、その俗を振り切って、もっとミニマルで普遍的だ。どの世代が聴いても、どこかに響くような普遍性を持ってるのだ。言葉もメロディも、押しつけがましくないのに、じわりじわりと沁みてくる。
インタビューで彼自身「多作」と言っていたけど、それって努力とか根性とかじゃなくて、もっと異質な状態なんじゃないかと思う。
プリンスとか、モーツァルトとか、そういう天から曲が「降ってくる」タイプ。自動書記っていうか、「曲が勝手に出てくる」状態に近いのでは?って勝手に思っている。
chatGPTくんと考えた政策だよ!
【基本理念】
国家は「安全・制度・インフラ」だけを整え、国民の自立と自由を支えるべき
制度はシンプルかつ明確に。曖昧さと過剰な支援を排除し、責任ある自由を育てる
所得税控除は「本人+扶養者1人あたり100万円(物価スライド)」で統一
年金制度を廃止し、老後の保障は「基礎生活扶助制度」に一本化する
給付制度は原則廃止 → 現物支給・税控除、最終的には扶助制度で対応
医療費は「生活保護:1割」「その他:一律3割」、高額療養費制度は維持
介護はAI・ロボットの導入を義務化。NPO支援は成果主義で整理
3段階構成:
「生活保護」という呼称を改め、“自立と責任ある自由”を支える制度へ
iDeCo/NISAは恒久化、日本株・ETF限定にし、資産形成と国内経済活性を両立
空き家は接道等の条件を問わず無償で自治体が引き受ける制度を導入
首都機能の地方分散、メディアキー局制度を廃止して情報の多極化を実現
外国人の通名はカタカナ表記限定とし、行政・報道等の文書では本名との併記を義務化
帰化には「長期居住」「日本語能力」「法制度理解」「納税・公共活動歴」など多面的な審査を導入
帰化一世は「段階的統合市民」として位置づけ、次の制限を設ける:
責任ある市民社会参加を前提とし、法の下の平等と社会的統合の調和を図る
有罪判決を受けた外国人は、原則として退去措置とし、重大な犯罪者については再入国制限・国際的な監視対象登録を行う
起訴・不起訴に関わらず、違反歴や治安リスクの蓄積に基づき、在留資格の再審査が可能となる制度を検討
国民との公平な取り扱いを実現し、治安維持と制度の信頼性を両立する
特別永住資格は、歴史的経緯を踏まえて導入された制度であり、一定の配慮は行いつつも、
今後新たに出生する外国籍の子どもについては、原則として一般の在留資格に基づく審査に一本化する方針とする
また、現行の特別永住者についても、将来的には段階的に制度の一元化・公平化を目指す
実刑判決を受けた永住者に対しては、資格の見直しや退去措置も選択肢として制度化を進める
防災は国家直轄インフラ+AI避難指示+公共システムの一元管理
グリーン投資・炭素税は市場ベースで設計、補助金に依存しない環境政策へ
最終理念:
もちろん日常生活をするための生活費が足りなかったり仕事に就けず困っている人には迅速に国が生活保護等の援助をすべきだと思うが娯楽費が足りないと叫ぶ人がいる。
そんな彼らに自己責任論者達は収入を上げる努力をしろと叫びまくる。(そんな非生産的な事をする暇があれば自分が努力する時間に充てればいいじゃんと思うのは私だけだろうか)
だが私は金欠民の主張も自己責任論者の主張は両方間違っていると思う。
この問題の正解は断捨離を徹底しモノを買わずミニマリストになる事だと思う。
自分もかつては毎月遊ぶ金に困り娯楽費が足りないことに苦しんでいたがYouTubeの動画で断捨離・ミニマリストに目覚め人生観が一変した。
新しいモノが欲しいと思っていたときは苦しくてたまらなかったのが今ある物で十分だと満足するようになってからは今まで抱えていた欠乏感が一気に消え去った。
詳しくはYouTube等で調べて欲しいがミニマリストになれば本当に物欲が無くなり低所得でもお金が余り始める。
収入を上げる努力や自分の能力を上げる努力は苦しいだけだが断捨離・ミニマリズムはほとんどの人に出来る。
収入を上げる努力と違って結果が必ず出て生活の快適度が上がる。
月1万円の小遣いを毎月余らせて生活可能になった自分から言わせればカップラーメンを食べYouTubeを見て1000円以下で買った中古ゲームを楽しむ週末ほどコスパが良く楽しい時間は無い。
手取りを上げるため必死に苦労して自己啓発系YouTubeを見まくっていたのがバカらしい。
正直ほとんどの自己啓発系YouTuberがミニマリストを取り上げないのは禅的な小欲知足な生活にシフトされて物質主義の洗脳から覚め自分のメシの種が無くなるのを恐れているようにしか見えない。
異性を諦めればいいじゃん。
最低限のモノで満足すればいいじゃん。
エンタメ寄りが好きなんだけどね。
・バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)
やっぱこれなんよ。テレビで家族で見られる、ちょっとしたSF。三部作全部好き。主人公のマーティと、めちゃくちゃ歳の離れた科学者のドクとの友情が眩しい…
タイムマシンで未来が変わろうとも、過去に飛び去ろうとも、変わらないのは二人の友情だった…ってことで
・未来世紀ブラジル(1985)
狂った未来にテンションのおかしな人たちが、ディストピアまっしぐらの社会を突っ走る感じが好き。
音楽の長閑さは皮肉に感じられ、音響も強迫的な感じだけど、それを含めた映像体験として唯一無二のものがあるんだよなぁ…
テリー・ギリアムの他の作品も好きだけど、やっぱりこれを超えているかというと違う気がする。
・コンタクト(1997)
異星人とのファーストコンタクトを描く点で、メッセージ(2016)と重なるところはあるけど、先に見て印象深かったコンタクトを推したい。メッセージはメッセージで、とてもミニマルに壮大なメッセージを込めている点で、非常に美しい映画だと思う。好き。
コンタクトはジョディ・フォスターの演技で一番好きかもしれない。知性と信念と情熱を併せ持った科学者が、過去の悲しみを原動力に変えて、異星人との遭遇を目指す。
日本の謎大企業がとっても良い役回りで暗躍していて、少し笑える。繰り返されるメインテーマ曲のメロディも印象的。
・her/世界でひとつの彼女(2013)
AIをテーマにした映画が出始めた頃の作品にして、すごい完成度が高いやつ。今見ても納得感があるというか。
超知性は自分たちを救ってくれるかもしれないけど、完全なパートナーになることは無く、いつかどこかへ去ってしまうのかもしれない。それはどことなく、神に見捨てられるような宗教的なニュアンスを併せ持つ。
・インターステラー(2014)
映画館で観たとき、「リアルタイムで『2001年宇宙の旅』を観ていたらこんな感じだったかも…」と感銘を受けた。
SF映画の金字塔って思い込んじゃった。それくらいの完成度の高さを感じたけど、よく考えると細かいところは結構ツッコミどころがある。
でも何よりも、エモーショナルな物語と美しい映像。「世界の終わりというのは、こんな風に訪れるのかもしれない」「終わる世界の中で、何に希望を見出して生きられるんだろうか」ってことをリアルに想像させるところが美しいと思う。
当たり前だけど全て主観です。
戦後から現代に至る女性向けのハイファッションのベースを作ったと言っても過言ではないと思う。
ココ・シャネル以降、ハイファッションが多様化しドレス服に限らない仕事や遊びにも使える自由でモダンな服が広がっていった。
彼女がいなかったらモードの世界も欧州に閉じたローカルで予定調和な文化に留まっていたかもしれない。
シャネルのショーウィンドウ見るたびに思うけど分かりやすい流行を取り入れようとしない。
一見するとコンサバに見えるんだけど一方でちゃんと新しさを感じる。
ハイファッションというか上流階級のファッション。ドレスの再定義をした人かな。
実際現役時代の写真を見ると素材使いと仕立てのバランスがめちゃくちゃいい。男目線でもドレスの膨らみと丈のバランスとか神がかったセンスだと思う。
と思ったがサンローランがデザインしてた時代かもしれん。古すぎてよく分からん。
のちにエディ・スリマンのディオール・オムで再ブレイクしたのはもう別物と思ったほうがいい。
あれは元のクリスチャン・ディオールとはほとんど連続するものがない。
80年代から90年代にいたるモード不毛の時代に数々のレガシーブランドを若返らせることに成功したらしいがあんまり知らない。
初代デザイナー引退後にブランドを畳まず再構築するために外部からデザイナーを雇うことは今では当たり前だがこの人がそのテンプレートを作ったんだと思う。
彼がいなかったら業界全体がオワコンになり昨今のラグジュアリーブランド全盛時代(最近中国の不況でまた陰ってきてるみたいけど)はなかったかもしれない。
素っ気ない服でも素材や仕立てによってラグジュアリー足りうることを示した。
「アンコン(ストラクテッド)ジャケット」といって肩パッドが入ってないジャケットを作ったのもこの人。
一度ジャケットを試着したことがあるが軽くて仕立てがきれいで買おうかと思ったけど想像の2倍近い値段で諦めた。
ボロファッション、左右非対称、切り替え、脱色、縮絨、製品染め、ジェンダーレスなどあらゆる手法を使って既存のファッションを脱構築してきた。
パリコレデビューから40年以上経つのに未だ健在。コムデギャルソンのフォロワーも出身デザイナーも多い。
一時期ハマったがジェンダーレス風味が強くなってきて手を出さなくなった。
ハイファッション史上ということでアントワープ勢から一人は選ばないといけないんだけど自分はマルタン・マルジェラでもラフ・シモンズでもなくドリス・ヴァン・ノッテン。
革新性という意味では他の5人と比べると穏やかで分かりにくいが、彼も伝統服やワークウェアの様式を持ち込んでハイファッションとして昇華するという重要な役割を担ってきた。
少しひねりがあるがいわゆる「着れる服」でハイファッションのリアルクローズ化を進めた。
グッチの起用で大ブレイク。80年代完全に死んでいたグッチを蘇らせた。
本人の見た目通り男性向けにはマッチョな服、女性向けにはセクシーな服で現在のジェンダーレスな世界とは一線を画すが、ハイファッションらしく仕立てがよく品が漂うのはやはりセンスの賜物だろうと思う。
日本人の平板な体型には最も似合わないであろうデカいピークトラペルのジャケットには憧れた。
あのラペル見ただけでトム・フォードって分かる。
ハイファッション史上というとちょっと役不足な感もあるが、2000年代のタイトファッションの潮流を作った人で当時抜群の人気を誇ったので挙げざるを得ないか。
オーバーサイズ全盛の今では信じられないが、当時スキニーじゃないジーンズなんてアメカジ好きなコンサバおじさん以外は見かけなかった。
それくらい人気が高くハイファッション内外への影響力が絶大で、セレクトショップオリジナルでコピー商品をよく見かけた。
ディオール評でも触れたがブランド再構築というよりブランドクラッシャーだと思う。
今はセリーヌでフィービー・ファイロ後の後始末をやってて残念な感じ。
ここ10年のモードとストリートファッションのクロスオーバーはキム・ジョーンズがきっかけだったと思う。
単にストリートの形式を流し込むだけのパイプ役に留まらず、非常に有能なデザイナーでもあり固有の世界観とセンスを持っている。
ブランドイメージを壊さないギリギリのところで着地させるセンスはとても現代的でブランドからも使い勝手が良いのだと思う。
マーク・ジェイコブスと似てる。というかルイ・ヴィトンがそういうデザイナーをうまく見つけてるのかな。
今はディオールをリブランディング中でちょっと落ち着いてしまった印象。
もう1人誰だろう?