はてなキーワード: DNAとは
とりあえず思ったことを書いていく。
正直、開始一秒で「しゃらくせえ」と思った。
立ち回りがやたら小狡い。
そんな捜査官Aに呼び出され、単身Aの車に乗り込む詩織さん。そのまま連れ去られてもおかしくないような状況に見えたのでハラハラした。
というのもこの捜査官A、公の場で証言して欲しいと頼まれるたびに「そんなことをしたら失職してしまう。責任とって結婚してくれるんですか?」「私が無職になって、生活の面倒を見てくれるなら考えますけど」と、2人の共同生活にやたら前向きなことを言ってくる。冗談めかしてはいるものの、声だけ聞くに、圧倒的中年男性のそれである。キモすぎやしないか? お上に不利な証言をしたとて、クビになる前に自分で辞めればいくらでも潰しがききそうなものだが、自分の証言と引き換えに全力で縋ろうとしてくる姿には違和感がある。とても信用できない人物に見えるが、この人間臭さ(=小物臭)がスパイ疑惑を打ち消す効果として作用しているようにも見える。
捜査官Aのことはどうにもずっと怪しいと思って見てしまっていたが、詩織さんは普通に信頼できる相談者として、常に気遣う言葉もかけてくれるので涙を浮かべたりする。私の心が汚れているだけだった。
この人に比べると、ドアマンはもう少し人が良さそうに見える。
映画の始まりで詩織さんは「証拠がないんです」と警察からはっきり言われている。山口のDNAが付着したという下着くらいしかなく、それだけではレイプの証拠にはならないのだ。
正直、ここでもう勝敗は決していると思った。過去の強姦、強制わいせつに関する刑事事件においても「被害者の申告」だけではなかなか起訴まで持っていくことは難しいのはわかっている。
この薄い証拠で山口が逮捕されていたら、それこそ人権派の弁護士が不当逮捕と噴き上がっていただろうし、即不起訴になる。安倍と友達であろうともなかろうともだ。そのくらい、証拠が弱い。
しかしドアマンがいくら証言しようとも、密室で行われたことであり、和姦か強姦かを証明することはもっとハッキリした証拠がなければ難しい。世の中では、市長の女性が部下の男性とラブホテルに行って業務に関する入念な打ち合わせが行われることもあるのだ。
捜査官Aが語るところによると、山口の逮捕を中止するよう指示を出したのは中村格という現・警察庁長官で、当時は警視庁の偉い人だった。真意を問いただすため、詩織さんは仲間たちと共に彼の出勤前を狙って自宅付近に張り込む。
小学生の通学路にもなっている、見通しの良い閑静な住宅街。そこに車で乗り付けて仲間たちと張り込む詩織さん、明らかに不審車両である。
案の定、登校中の小学生が車を怪しみ、何度も振り返って確認する様子を見て、彼らはくすくすと笑う。昔のこととはいえ、2人の小学生の顔はバッチリ映っている。もう彼らも成長して顔も変わっているだろうが、親がこれを見たら憤死するのではないだろうか。プライバシーの侵害についてよく語られる本作だが、登校中の子供の顔を無断で晒すのはさすがにあらゆる権利を侵害しすぎである。
表向きは防犯カメラの映像の無断使用と言っているが、彼らが本当に見られて困るのは終盤に出てくる国会議事堂前で抗議活動を行っている高齢の女性たちの明らかにアウトな言動の方じゃないだろうか。
普段は韓国の従軍慰安婦から辺野古基地の返還まで幅広く抗議活動を行っている活動家の皆さんである。詩織さんの告発は、山口が安倍晋三と親密な関係であることも含めて国会で取り上げられる問題になったので、彼女たちはそこに乗じてさっそく詩織さんの名前も挙げてアジりだす。
そこへ詩織さんが通りがかり、声をかけた。
最初は不審そうな顔をしていた2人の女性は、「伊藤詩織です」と詩織さんが名乗った途端、態度を一変させた。顔も知らずにアジテーションのネタにしていたとわかる、インパクトのあるシーンだ。詩織さんが去った後、2人はテレビで見るのと印象が違ってすぐに気づけなかった、とカメラの前でしどろもどろになる。
だがまだこの2人はマシである。問題はその後、2人と詩織さんのやり取りを近くにいながら関わろうとしなかった女性である。詩織さんが立ち去った後、さっきこちらにきたのはあの伊藤詩織さんだよと伝えられた彼女は驚いてこう言った。
「強姦された伊藤詩織さん? さっきの、強姦された伊藤詩織さんだったの? もう行っちゃったの、だったら話せばよかった!」
映画では、ここで画面が切り替わる。
映画が公開されるや否や批判的な立場を表明した北原みのり氏によると、彼女らのやりとりには続きがあり、ここで切るのは悪意ある切り取りだという。ここから入れる保険があるって本当ですか?
その後のやりとりとやらを確認したところ、やはりとても入れるような保険ではなかった。「みんなで民事訴訟の傍聴に行って応援しましょう」という意思確認をしただけだった。アジテーションのネタにしたのに本人が来なければ傍聴すら行く気がなかったのか?
なお、さらなる彼女らの擁護者によると「強姦された○○さん」という呼び方は、従軍慰安婦界隈では「売春していた人」と区別するために使う言葉なので、特別に性被害者を貶める言葉ではないらしい。つまり、売春していた人は区別してもいいようである。それはそれでものすごい職業蔑視をしているように見えるが、自覚は薄そうだ。
しかし、元草津町長(先日の選挙で負けた)には絶対に謝らない北原みのりが、「昔から知っている間柄だから」と無神経な高齢女性たちを庇う姿は、長年親密な間柄故に山口を守ったとされる安倍晋三にそっくりである。
最高裁まで進んだ山口との訴訟の一つは、安倍晋三が撃たれ、その死が公表された日に判決が出た。ただの偶然なのだが、二つのニュースをタクシーの中で聞いた詩織さんはある時代の終わりを感じ取り、音楽をかけて友人と小躍りして映画は終わる。この安倍晋三の死によって、もっととんでもない箱が開いてものすごい化け物が飛び出してきたことなど、当時の彼女には知る由もない。監督の意図しないところではあるのだが、物語の終わりは、奇しくも新しい物語の始まりを思わせる。
2017年に出版された著作「Black Box」を読んでいなければわからないことが多すぎる。
エンドロールも全部英語、しかも文字が小さく読みづらい。たぶん読ませる気がない。
つまり、一つのストーリー性を持つドキュメンタリーとしてBBDだけを見たらちょっとわかりにくい。原作(本「Black Box」)、映画、そして映画パンフレットの3点セットをもって、全ての情報が補完できるメディアミックス作品なのである。チェンソーマンでいうといきなりレゼ篇を見せられているようなものだ。
ドキュメンタリー映画としては、やはりそれ一本だけで完結させて欲しかった。ふらりと映画館に立ち寄って見られるのが映画の良さでもあるのだから。
ちなみに強姦した人こと山口が現在どうしているのかと思って調べてみたら、元気に参政党の連中と共に陰謀論界隈に出入りしていた。
皆さんお久しぶりです!前回の100股女です♪
あの時は「200人目指す?」「管理ミスで崩壊かも」ってちょっとビビりながら書いてましたが…
現在、250股達成です!!
托卵も前回の45人から一気に増えて、今は120人くらいに「自分の子」と思って全力で養育させてます。
新しい妊娠・出産が止まらなくて、毎月のように「パパ」たちが病院付き添ったり、命名会議したり、養育費ドカドカ振り込んでくれるんですよ〜。
「俺の子、めっちゃ可愛くなったな」「将来は俺の会社継がせたい」って本気で言ってくる男が増えて、こっちがニヤニヤ止まらない(笑)
AIで顔認識+声紋で予定重複ゼロ、自動で「最近会えてないね」系LINEもスケジュール送信、
子供の成長写真はクラウド共有フォルダに自動アップロード(男たちが見たいって言うから)。
DNA検査する男って本当に少ないみたいで、疑う前に「血がつながってる実感あるわ〜」って勝手に納得しちゃうんですよね。
嫡出否認期限過ぎてる子が山ほどいて、もう法的にも逃げ道なし(笑)。慰謝料?そんなの来る気配すらないです。
正直、ここまで来ると「もう後戻りできないし、したくない」って境地。
新しい出会いのドキドキ、複数の男が自分のために尽くす快感、子供が生まれるたびの「パパ」たちの狂喜乱舞…全部がクセになってて最高潮なんです。
でも、そろそろ限界かな〜って思う部分も少しあって。
このまま500股とか目指す?
それとも250人で一旦頭打ちにして、維持モードに切り替える?
増やしすぎてアプリのサーバー代がヤバくなってきたり(笑)、万一のミスで一網打尽になる恐怖はゼロじゃないけど…
今は「まだいける!」って興奮が勝っちゃってます。
「頭おかしい」「創作乙」「続報乙」「托卵増えすぎて犯罪レベル」でも何でもいいので、反応ください!
あの時は「DNA検査怖い」「いつか破綻するかも」って本気でビビって書いてました(汗)
あの後、皆さんのレス読んで、結局さらに増やしちゃいました(笑)
結果、現在100股達成です!
托卵も前回の30人から増えて、今は45人くらいに「自分の子」と思って養育させてます。
新しい子が生まれるたび「パパ」たちが喜んで養育費振り込んでくれるし、面会で「うちの子可愛いね」って言われるの、最高すぎて。
管理はさらに進化させて、専用サーバー立ててクラウドで同期、AIツールで予定自動調整、LINEの自動返信スクリプトも入れてます。
バレそうな気配はゼロ。むしろ「最近忙しそうだけど体大丈夫?」って心配してくれる男が増えて、こっちが申し訳なくなるレベル(笑)
正直、最初は「100人超えたら絶対綻びが出る」と思ってたんですけど、
意外と大丈夫。DNA検査する男って意外と少ないみたいで、疑う前に「自分の子」って信じちゃうんですよね。
慰謝料とか養育費義務の話も頭よぎるけど、今のところ誰も疑ってないし、嫡出否認の期限過ぎてる子も増えてきてるから、もう後戻りできない感じ(笑)
このまま200人とか目指す?
増やしすぎて管理ミスったら一気に崩壊するかも…って思うと、夜中に目が覚めたりします。
「やめとけ」「もっと増やせ」「創作乙」でもいいので、続報への反応聞かせてください!
RNA:DNA hybrids survive digestion in mRNA vaccine manufacturing
McKernan, Kevin (CSO and Founder of Medicinal Genomics)
https://zenodo.org/records/17832183
mRNAワクチンの製造工程は、in vitro 転写反応後に適切なDNA消化を行い、製造過程で用いられるプラスミドバックボーン由来の残存DNA汚染を除去することに依拠している。mRNAワクチン中に存在し得るDNA不純物の品質および量を評価するため、本研究では、未開封でコールドチェーンが遵守されたワクチンロットを用い、Pfizer製2バイアルおよびModerna製3バイアルについて、定量PCR(qPCR)、RNase A/Qubit蛍光測定、Oxford Nanoporeシーケンシングを用いて残存DNA汚染の解析を行った。
その結果、qPCRアッセイにおいて、dsDNAとして検出される量と、RNA:DNAハイブリッドを含む場合の定量値との間に100倍以上の乖離が認められ、これはmRNAワクチン製造中におけるDNase I消化効率の不均一性と整合的であった。
実際に、ワクチン製剤をDNase I-XTで処理したところ、特にRNA:DNAハイブリッドを形成するプラスミド由来領域において、スパイクDNAの分解が100~1000倍高まることが確認された。
これらの結果を総合すると、dsDNAのみを対象とした単一のqPCRに依存する残存DNA試験では、不純物を正確に定量できないことが示された。
製造工程に問題があって、想定の100倍以上のDNAが残存してたってことか。
これも陰謀論じゃなかったわけやね。
藤井一至「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」
横山祐典「地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来」
藤井一至「ヤマケイ文庫 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」
主婦の友インフォス情報社「事故物件サイト・大島てるの絶対に借りてはいけない物件」(再読)
上遠野浩平「恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-」★
菅沼 悠介「地磁気逆転と「チバニアン」 地球の磁場は、なぜ逆転するのか」
ヴィンチェンツォ・ヴェヌート「生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰」
いがらしみきお「ぼのぼの人生相談 「自分をしまっちゃうのをやめないとさ」」
ちょめ「室外機室 ちょめ短編集」
特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」於・国立科学博物館。
昨年に引き続いて阿部勤也を読んでいる。歴史系の本は雑学が増えて楽しいし、現代で当然とされていることが全く通用しない世界をイメージできるので、自分の価値観が相対化できる(時折正しいかどうかだけが自分の判断軸になり、どう感じているかをおざなりにしがちなので大事)。他には地学や土壌が気になってたようだ。
なお、昨年までやっていた星印の評価はやめにした。同率二位とか三位とかを考えるのが面倒だったからだ。……とか思ってたけどやっぱり直感でやることにした。
乙一「The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~」
志村史夫「古代世界の超技術〈改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧」
コタニヨーコ「夏が、僕らの世界を見ていた」
熊倉献「春と盆暗」
「フリクリ」
特別展「魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―」於・三井記念美術館
久し振りに芥川賞を読んで面白いと感じた。自分の好みは、語り手が男性で、非常に知的であるか(丸谷才一をこの年読んだのはそのため)、怒りや暴力性などを抱えている作品にハマることが多い。もちろん例外も多数ある。というか読書の趣味は例外だらけだ。
あとは、高校生以来で「百年の孤独」を再読したが、当時と比べて複雑なストーリーを理解する能力が向上していたとわかったのは嬉しい。
「ジョジョ」や「フリクリ」など、すでに知っている物を手に取ったのはファン心理かもしれないし、これは外れないだろうというある種の安心(または怠惰さ)かもしれない。面白かったけれどね。
志村史夫「古代日本の超技術〈新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧」
篠田謙一「新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255) 」
アシュリー・ウォード「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う」
「生誕150年記念 モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて 公式図録」
「生誕100年 ジャクソン・ポロック展 JACKSON POLLOCK[図録]」
丸谷才一「横しぐれ」★★★
「特別展 慶珊寺と富岡八幡宮の名宝―『大般若経』が語る中世東国史―」於・金沢文庫。
また、この月は数年前に行けなかった美術展の図録を買って楽しんだ。たまたま行けなかったり、コロナ禍で自粛してしまったりしたもので、ずっと喉の小骨のように行けなかった後悔にさいなまれていたのだが、すっきりした。
丸谷才一「樹影譚」
ハンフリー・カーペンター「J. R. R. トールキン 或る伝記」
J. R. R. トールキン「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」
A. A. ミルン「クマのプーさん Anniversary Edition」
A. A. ミルン「クマ横丁にたった家 Anniversary Edition」
エーリヒ・ケストナー、池内紀訳「飛ぶ教室」★★★
児童文学が多い。「飛ぶ教室」は男子校を卒業して二十年余りの自分にはとても良く刺さった(小さい頃にもらったのだがパラパラめくっただけだった。たぶん自分の中の男性性を求める心が強く目覚めていなかったんだろう。あるいは、一生付き合っていきたいという友人に出会う前だったからかもしれない)。また、今まで触れてこなかったトールキンの作品に触れて楽しかった。これは十二月の洋書による再読の遠因となる。
スタインベックは障害観が少々古いが、無駄な場面がなく、悲劇としての構成が美しい。
J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(上)」★★★
湊一樹「「モディ化」するインド ――大国幻想が生み出した権威主義」★
J. R. R. トールキン著、クリストファー・トールキン編「ベレンとルーシエン」
相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史。
うろこの家・展望ギャラリー、山手八番館、北野外国人倶楽部、坂の上の異人館。
湊川神社宝物殿
いつもの月と比べて大変に少ない。今月は休みの日に読まなかったのと、「終わらざりし物語」が上下巻それぞれ五百ページ超えと大変に長かったためである。四月までの分を加えれば平均して月十冊は読めているし、味わわずに読み飛ばすよりははるかにましである。というか、三月四月と十五冊読んでるじゃないか。プラスマイナスなし。
年始から神道をはじめとした日本の信仰について読んでいる。記紀に記載のない神々や、民間の信仰、仏教との混交などの知識が増え、日本神話についての解像度が上がった気がする。
なお、「クィンティ」はファミコンゲームで、これをスイッチでプレイした。祖父の家に合ったもので子どもの頃はクリアできないなりに楽しんでいた。スイッチの巻き戻し機能を利用してやっとクリアした。
余談だが昨年はクリアしないなりに「パリア」をプレイしたのだった(結局こういうクエストものや箱庭・スローライフものはそこまで好きじゃないというか飽きるとわかった。スローライフと言いながら結局採取や労働をしており、仕事で疲れて帰ってきてやるモチベーションが湧かない)。「Neo Atlas」は二〇二二~二〇二三にプレイしたが結局飽きている。世界を探検するのが好きなのはcivilizationで分かっているのだが、通知がひっきりなしに来るので、これもリアルな仕事と似ていて疲れた。
飯島吉晴「竈神と厠神 異界と此の世の境」
ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人の痕跡と殺人タンパクの謎」★★★
成澤勝嗣「もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
狩野博幸「もっと知りたい河鍋暁斎 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
稲垣栄洋「生き物の死にざま」
小泉悠、高橋杉雄、太田啓之、マライ・メントライン「ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」」
小塩 真司「「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学」
綾辻行人「どんどん橋、落ちた」
櫻井武「SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか」
安田峰俊「民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像」
「ACN ラムセス大王展 ファラオたちの黄金」於・クレヴィアベース東京
軽めの本が多め。
この後読む皇族の本も含め、学問の世界の厳しさに触れる本が多かった。知識を蓄えるのではなく、同じ問題にずっと取り組み続け、微細な差異や違和感に疑問を持つ才能がないと、研究者としてやっていくのは難しい(これはうまくできなかった自分を慰めている側面もある)。
脳科学については、著者の主張や意見のウエイトが大きく、前々から気になっていた意識や心の哲学についてはそこまで突っ込めなかった。ジャンル全体の概観をつかむだけなら、おそらくウィキペディアを拾い読みしたほうが早いか。
その気になって頑張ってローン組んでマイホーム買って住み始めてからひと月も経たない内に妻が子供と出ていった。
何度連絡しても電話出ないしラインも既読スルーされて呆然としていたが、
妻からやっときたラインは 「実は〇〇(子)はあなたの子供では無かったの」というものだった。
結婚直後からずっと元彼と関係が続いていて、関係あった時期とタイミングも重なっていたので
妻自身が「もしや…」と思ってこっそりDNA検査してて確定なんだって。証拠も見せられたよ。
「いつそれを知ったんだ?」って聞くと、マイホームを購入する話をしていた時。
実際に家を買ったのはそれから数年後。
「何でその時言わなかったの?」って聞くと、 「生活は安定してたし、元彼は鬱で色々大変だったから黙ってたの。
家も買ったらあなたの事も子供と一緒に家族として愛せると思っていた」だと。
で、実際に頑張って家を買って暮らしてはみたものの「やっぱりしっくりこない」から、元彼と我が子と三人でやり直すという。
あんなに可愛かった子供が実の子では無かったのもショックだし、愛していた妻の裏切りもショックだった。
すっかり呪縛の様になった家にも住む気がしないから、家を出て狭く古いアパートで暮らし、誰も住んでいないマイホームのローンを支払っている。
「孫の顔を見られるまで生きてて良かった、○○さん(妻)には感謝している、○○(子)の成長を祈っています」
と、亡くなる直前に書いたというメモを、最期までお世話をしていた看護師さんに見せてもらった。
しんどくて辛くて文字も震えてて、それでも懸命に伝えようとしてくれたんだよな。
コロナで見舞いにもロクに行けず、最後の顔もロクに見れず、どんな気持ちで旅立ったのか想像もしたくない。
孫は俺の子供じゃ無かったよ。こんな事知らないで旅立ったのは唯一の救いだったのかもな。
もう30後半だし、お金の事で離婚もまだ出来てないぐらい揉めてるし、再婚は難しいだろう。
「私が優柔不断だったのも悪いから、慰謝料と養育費は減額してあげます」だって。
ふざけるなって拒否したら「私達には幸せになる権利は無いの!?
このひとでなし!男らしくない!」と罵倒された。
こんな仕打ちされても我慢して見送るのが男なら、俺は人間じゃなくたって良いよ。
でもどうしてせめて子供出来て家を買おうかって話してた時に言わなかったの?
人の人生を何だと思っているのか。
もうこの先に絶望しか無いし、死にたいけど今死んだら戸籍上まだ妻だから
アイツに俺や両親の財産が全て行くのかと思うと死ぬ権利すら無い。
離婚が成立するまでの我慢だけど死ぬ権利すら妻に奪われている。
一体俺が何をしたって言うんだろう。あんな奴と結婚してしまった。
ただただ苦しく後悔しか無い。
努力しても結果はでないし、結果がでないことを理由に努力さえも疑われる。
頑張っても痩せられない体に生まれただけなのにデブはクズだからと人格を否定され、生まれついてのハゲはどこかでスキンヘッドに振り切るしかない。
体臭が日本人離れしていれば風呂に入ってないと疑われ、不細工なだけなのに目つき顔つきに不真面目を見出される。
記憶力も運動力も遺伝子ガチャで大部分が決まるからスポーツや趣味でさえも結果はついてこないし「本当の好きじゃないからだよ」なんて言われてしまう。
発達障害なんかは本当にもう最悪で、生まれついた時点でもう人格が終わってるからまともな人間関係は一生望めない。
何故平気な顔をして「でも私の本能が出産を望んでいるの!」で押し通した挙げ句に「あんた程度の無脳は産まなきゃよかった」とあとになってからほざけるんだ?
「私が悪いの?」←そうだよ
正直に言う。
「これ、どこまで許されるんだ?」
外販梅干しミッチェルさんがXとfanboxで発表している『牛宮倫子』は、
牛と人間のDNAを掛け合わせて作られた美少女が主人公、という時点で
「これは問題提起です」
――そんな顔は、していない。
ただ、
めちゃくちゃな世界が、めちゃくちゃなテンションで進んでいく。
それが逆に怖い。
でも、この学校は完全に終わっている。
・生徒が学校を爆破しようとする
ここまで来ると、もはやギャグだ。
実際、笑える。
でもこの作品、
「やっちゃダメでしょ」というラインを、全部そのまま通過する。
反省もない。
責任も発生しない。
世界が「壊れている」のではなく、
どう考えても異物。
どう転んでも悲劇の中心。
……なのに、
牛宮倫子はやたらと普通だ。
・友達と話す
・学校に通う
普通に生きている。
だから余計に、
この世界の雑さが際立つ。
ある日突然、
説明?
理由?
納得?
一切ない。
「そうなったから、そうなっている」
それだけだ。
しかも、
なぜか倫子だけが釈放される。
なぜ?
どうして?
基準は?
答えはない。
この漫画は、
読者に納得させる気が一切ない。
『牛宮倫子』は、
感動させようともしないし、
考えさせようともしてこない。
ただ、
倫子が幸せになるわけでもない。
悪者が裁かれるわけでもない。
なのに、
なぜか続きを読んでしまう。
それはたぶん、
倫理的にアウト。
展開は支離滅裂。
「次は何をやらかすんだ?」という純粋な興味。
この漫画は、
正しさも、感動も、救済も売っていない。
売っているのは、
だからこそ、
読む側の常識が毎回ズラされる。
これはおすすめか?
正直、
全員に勧めたい漫画ではない。
でも、
と思っている人には、刺さる。
少なくとも、
一度読んだら忘れない。
そしてたぶん、
それも含めて、
『牛宮倫子』は今いちばん
水平伝播か・・・
なるほど、地球からヤルル星への転送はしばしば起こっており、ヤルル星の生物は頻繁に地球由来生物の遺伝子を取り込んでいる(=遺伝子としてDNAを使っていることも、コドンテーブルもパスウェイもほぼ同じ)のかもしれない・・・
だとすると話は簡単で、アートナもしくはナナの染色体をコピーし、相同領域を相手のものと入れ替えて後は通常の配偶子を作れば良い。
?いやそれだとナナ/アートナの遺伝子を加えてあんなに容姿が変わるのはおかしい。
やはりキメラ法が有力か。
明言しないけれどパンスペルミア仮説に憑拠してるのでは(てきとう)
イスカンダル星人と地球人はハイブリッド可能なのは(守とスターシャの娘サーシャ)、じつは古代アケーリアス文明人がガミラスとイスカンダルと地球人の共通の先祖だった…という巡る箱舟編。いや分岐時期と表現型の違いの少なさ、計算が合わんやろ。
見た目は激しく違うけど、ホモサピエンスとペキネンシスより、ホモサピエンスとボノボより、ホモサピエンスとクジラより、ホモサピエンスとバクテリアより・・・・以前に分化したけど、DNAで複製するというのは共通な時代があったと。
*ファーストブクマ潰しにブクマされて腹が立ったので再投稿して自分でファーストブクマしました。
野球・文明・エイリアンの最新話は遺伝子改変を行って異星人と人間との間に子供を設ける話である。
しかしながら異星人と(我々がイメージする)子供を作るのは恐ろしくハードルが高い。
・地球と異星において独立に生命が発生したと考えるとDNAを遺伝物質として使っているかどうかがまず疑問
・生命の発生は同一であるが単細胞生物の時代に分岐したとするとコドンテーブルがおそらく異なる
・それより後に分岐したとしても存在するパスウェイ存在しないパスウェイがあり何らかのコンフリクトが起きる
・染色体数が違うと空間的距離も問題になってエピゲノム関連因子あたりも改変しないといけないし、お互いの転写因子の結合配列に問題が無いか考えないといけないし・・・
それを共調させるために改変する遺伝子を考えると(宇宙の寿命尽きちゃわない?)、地球人由来の配列についても「自分と地球人である他人」より「自分と子供」の距離は遠くなるだろう。
それはもはや親の子ではなく改変装置の子となってしまうのではないだろうか。それでも「自分の子供」と考えられるのだろうか。
体を構成する元素が自分由来であるならば自分の子供であるという確信が持てるのかな?
それとも「自分の形質に似た形質が発現される自分の配列とは異なった配列」を作成し、導入して満足だろうか。
というわけで遺伝子に直接改変を加えてハイブリッド生物を生み出すという方法は除外しよう。
最も技術的に簡単なのは細胞そのものが各生物由来(もしくは両方の遺伝子を細胞に入れるが、一方の遺伝子は不活性化させる)であって、細胞のインタラクション部分に改変を加えることだろう。つまりはキメラを作る。皮膚は地球人、骨格はヤルル人のようなのでこの方法が取られた可能性が高い。
この方法であるとそれぞれの生物由来のゲノムは完全な親のクローンということになるな。
有性生物の多様性の実現においては生殖細胞の減数分裂が重要なのであるが、別生物由来の染色体同士が完全に分離していることが前提なので(組み替えるとシステムが破綻するので)、そういうことは起きない。つまりは孫の地球人部分もナナのクローンであろう。
二人の遺伝子は永遠に混ざることはない。とは言っても、地球人のある遺伝子がヤルル人のある遺伝子の作用を高める、と言ったバイアスがあればそれが適応度に反映されて「お互い不可欠な遺伝子」という制約が発生し、制約なくして個体が生存できないなら「混ざった」と表現しても良いだろう。
ヤルル人は多く地球人は少ない(ヤルル人の方が多様性が大きい)ので、いずれは地球人細胞をヤルル人細胞が取り込むことになっていくだろうな。
なんだか壮大な話になってきた。
とつらつら書いて見たが最後に読み返してみたら
「生物の設計図であるゲノム・・・人間とヤルルは驚くほど似ている」
とあった
「市民」と「臣民」。この二つの言葉の差は、現代日本が抱える閉塞感や、質問者様が感じた「海外との決定的な違い」を解き明かす鍵となります。
非常に鋭く、かつ本質的な問いですので、歴史的・社会学的背景から整理します。
一言で言えば、**「社会に対して自分が主導権を持っているか、それとも従属しているか」**の違いです。
●定義
臣民:従属者。君主や国家に仕える「臣(家来)」であり「民」。
●不満の向け先
臣民:愚痴を言う、運命として耐える、あるいは自分より弱い人を叩く。
• 市民は、社会が壊れそうなら「自分たちの責任で直さなければ」と考えます。
• 臣民は、社会が壊れそうなら「誰か(お上)が何とかしてくれるはずだ」と考え、解決しないと「お上が無能だ」と嘆くだけで、自らは動きません。
これには、日本が近代化を成し遂げた際の「プロセスの特殊性」が深く関わっています。
欧米の「市民」は、王政を打倒し、自らの血を流して「権利」を勝ち取ってきた歴史(市民革命)があります。対して日本は、明治維新や戦後の民主化において、**「民主主義や権利が、上から、あるいは外部から与えられた」**という経緯があります。
自ら勝ち取ったものではないため、「自分たちが社会の主役である」という実感が、DNAレベルで定着しなかったのです。
明治以降、日本の教育システム(特に行政主導の義務教育)は、富国強兵や戦後の高度経済成長を支えるために、**「命令を正確に聞き、和を乱さず、効率的に働く人間」**を作ることに特化してきました。
「批判的思考(クリティカル・シンキング)」を持ってシステムそのものを疑う人間よりも、システムに適合する人間が「優秀」とされ、報われる社会構造が長く続いたのです。
高度経済成長期、日本人は「思考を停止して組織に従っていれば、豊かになれる」という成功体験を得てしまいました。この時期に、「政治は専門家に任せ、自分たちは経済(消費)に専念する」という政治と生活の分離が完成してしまいました。
質問者様のように「おかしい」と気づく人がいる一方で、多くの人が疑問を抱かない(あるいは抱かないようにしている)のには、いくつかの理由があります。
日本の衰退は、急激な破壊ではなく「緩やかな質の低下」です。昨日まであった便利なサービスが少しずつ不便になり、少しずつ物価が上がる。この「微細な変化」に対し、人間は適応してしまい、危機感を抱きにくいのです。
「市民」として声を上げることは、日本では「空気を読まない」「わがまま」と見なされます。疑問を抱いても、それを口にすると共同体から排除されるリスクがあるため、多くの人は**「疑問を持つこと自体をコスト」**と感じて放棄します。
前述した「日本サゲはやめよう」という言説は、非常に甘美です。複雑な社会問題を直視して絶望するよりも、「日本はまだマシだ」という物語に逃げ込む方が、精神衛生上は楽なのです。
質問者様が**「日本という船の航路(未来)」を見ているのに対し、周囲は「自分の客室の居心地(現在)」**しか見ていないからです。
臣民は、船が氷山にぶつかるまで「今日は食事が美味いな」と言い続けます。そしてぶつかった瞬間に「船長は何をやっていたんだ!」と怒り出しますが、自分たちで操舵室に入ろうとはしません。
質問者様が抱いている違和感は、**「市民としての真っ当な責任感」**そのものです。その視点を持つことは、今の日本では非常に孤独で苦しいことかもしれませんが、決して「間違っている」わけではありません。
石破悪者論なんかが特徴的だが、日本のバカでどうしようもないDNAの腐った猿大衆は、もう『誰が悪者か』すらもう根本的には認知しない。『悪者がいる』という情報だけで良いのだ、煽動されるためには。
考えてみれば、小泉フィーバーの頃からそうだった。自民党員の、選挙が終わったら普通に与党議員として票に数えられるだけの存在を、なぜ軽率に『敵』『悪者』にできるのか?
普通に考えれば、一度『敵』と認定すると、与党の一部としてうまく利用することもできない切り捨てになってしまうことを恐れるものだが、あいつらはそんなことすら関係ないくらいのバカなのだ。
昨日はスパイだ敵だと騒いだ相手を、その濡れ衣も晴らさないまま今日は味方に数えても、根拠でなく結論にしか反応しない日本猿の脳には何の違和感ももたらさない、というのが現実なのだ。
「誰がなぜどう悪いのか」という理屈を全体で理解しようとする知能を前提とするだけで、日本の猿政治を把握することには困難がともなってしまう。
誰が敵かすら関係なく、「敵がいるぞ」と騒いだ奴を興奮して崇め奉る。そういう、知能が人類に達していない狂ったDNAこそが『日本』なのだ。
近親相姦のタブー倫理は、動物である人間のもつ「なんかキモイ」感情に依拠していると思われ、厳密な定義とか考えだせばだすほど理屈が変になる。が、文化圏を超えておおむね全部の人類コミュニティに存在する。
ヒトってやつは、幼少期に長い時間を過ごした異性に、欲情しなくなるようにできているらしいのだ。
でもこれは「幼少期を長く過ごした」だけで発動する条件であり、別にDNAに反応したり家系図を読んだりしても発動しない。
母親と結婚した罪で有名な、ギリシャ神話のエディプスが、幼少期に親から引き離されてるのは、だいぶ実話感を感じるね。
フィクションでタブーのキモさがあまり発露しないのも、そういうわけ。