はてなキーワード: ヒストリーとは
他の人がつくったまとめを読むのが好きなので、俺もならって書く。
※ 2025年に読んだ上位10冊だと、必ずしも2025年(もしくは前年末)に出版されたものに限らない。極端な例として、英文学の傑作とされる『闇の奥』とか出てくる。1902年版。
そこで、1年以内に刊行されたものだけでも10冊以上になるようにした。+αはその意。
有性生殖の壮大な歴史を概観する、いわゆるビッグヒストリーもの。
ぱっと見ではちょっと下世話なタイトル。しかし、20億年というバカでかい数字も含まれているとおり、読み始めるとビッグバンの話から始まって、地球が天体レベルで迎えてきた過去の大絶滅のイベントが進化に与えた影響について紹介するなど、大変にスケールが大きい&しっかり科学的な本。
作中では、まず物質から命が生まれ、単細胞から多細胞になり、性別を持ち…という流れが、生物史のイチから描かれる。やがて、多細胞生物は進化とともに性的役割分担を生じ、その中の一種であるホモサピエンスは狩猟採集から農耕に移行する中で複雑な社会を形成するようになり、階層が生まれ、新しい社会で性別は役割や職業だけでなく差別とも切り離せなくなり、そして現代では? というところまで総観される。
後半の主役はどうしても人類になるけど、一方で、人間とて有性生物の一種に過ぎず、我々の社会も「生物がつくりうる群れのパターンの一つ」でしかない、という視点が体感できるのが、この本の良さ。いわゆる文系でも読める。そこそこ厚めの科学系ノンフィクションがいける人はぜひ。ちなみにオチの一文がシャレている。
まったく余談だけど、本作は集英社刊行。この手のジャンルは早川や河出、みすずあたりが強いイメージがあるので意外だった。
俺は小さめの青虫なら手で触れるぐらい虫が好きで、知識もそれなりにあるつもりだけど、それでもどのページを開いても「ほお~」と嘆息してしまうぐらい情報が豊か。この本も、地球というのが生命の壮大な実験場で、長い歴史の中で膨大な選別と滅亡を繰り返している世界であり、いま生きているやつはみんな、構造の複雑さや大きさに関係なく、各自の戦略でもって何かしらの頂点、キングであることがわかる一冊。
見入ってしまう理由はもう一つあって、写真が本当に美しい。昆虫嫌いはどのページを開いても卒倒すると思うけど、うっかり手にとって目覚めてほしい気持ちもある…。
イスラエルのIT企業が制作・販売し、やがて各国要人のスマートフォンに忍び込むことになったスパイウェアをめぐるノンフィクション(←重要)。
作品としていくつかの側面があり、「テクノロジーの悪用を追求する社会派ノンフィクション」「追うものと追われるものの駆け引きを描いたサスペンス」「一つの大きなプロジェクトを、組織横断で運営する困難を描いた仕事もの」として読める。
俺は、どんな技術でも基本的にそれ自体には善い悪いはないと思っている。実際、優秀な若者だったイスラエルの起業家たちがペガサスを立ち上げたエピソードは、そこだけ読めば、ほかのビッグテックの成功譚の導入と変わらない。
ただ、巨大な力の行使を自主的に規制せず、金を払えるところならどこでも売る、という条件だけで市場に開放すれば、やがて歯止めが利かなくなる…というか、大きなクライアントから契約を得ること以外の指標がはじめから存在しないため、ブレーキのかかりようがなく、最後はろくなことにならない、ということがよくわかる。
いわゆるマルチバースについて、いくつかの可能性を科学的に整理した本。
俺のような文系にはややハードだったが、逆に言えば、宇宙物理学(ビッグバンとか、観測できる宇宙の果て)や量子力学について、ぼんやりとでもイメージができれば、なんとなく理解しつつ読める。
この本、何が素晴らしいかというと、一般的にひとくくりにされがちなマルチバースという概念について、いくつか種類があるということを整理してくれるところ。
俺は宇宙物理とか量子力学の本をたまに読み、その中でいわゆる多世界解釈についても目にするので、「いろいろと読んだけど、こんな本が意外とマジでなかったな~」と感動している。
例えば、ある宇宙における一つの文明から物理的に到達しうる距離の限界を仮定して、その範囲を超えたところに別の文明や星が存在するなら、それはある意味でマルチバース。もちろん、まったく別の宇宙が別次元に複数存在してもマルチバース。
一方、超ミクロにも視点を移して、量子のゆらぎが世界の一つの可能性に収束するのではなく、複数の世界に分岐していくのだ、と主張するなら、それもマルチバース。
要するに、「マルチバース」という言葉の意味自体がマルチなのだが、そのことをかみ砕いてくれる本というのが実は貴重。これ系好きな人はおすすめ。次の本を読む上での下地にもなるかも。
アテンションエコノミーによって駆動している現代のデジタルプラットフォーム・SNSとの付き合い方について、作者が専門家と交わした議論をまとめた対談集。
アテンションエコノミーとは、ざっくり言って、ユーザーの注意関心を定量化し、それを指標としてコンテンツや運営方針を決めていくスタンスのこと。これを重視しすぎるあまり、商環境におけるモラルが二の次になってしまう、という問題がとっかかりなのだが、本作のすごさは、そこから人間の認知構造まで踏み込み、「そもそも、人が自由に自立して何かを消費するとは?」まで進むラディカルさにある。
例えば、人間の認知というのは迅速にorゆっくり判断する、という二つの軸を持ち、同時に、無意識にor意識して評価する、という二つの層を持っている、という点が説明される。そして、アテンションエコノミーというのは「迅速&無意識」の部分を攻撃しているため、やっかいであるとされる。
攻撃と表現したとおり、本作においてアテンションエコノミーとは、(全面的に悪とは言えないまでも)人類最高峰の知能を持つ人たちが、一秒でも長く少しでも多い反応をユーザーから引き起こすために仕掛けてくるハッキング行為でもある、というスタンスをとっている。
ここでジレンマ、というタイトルにつながってくる。俺たちが社会全体でアテンションエコノミーとの付き合い方を学ぶとしたら、有効な方法の一つは、教育を通じて学習することである。ただ、学んで育つとは、基本的に人間の本来の強さ・賢さを信じ、それを伸ばそうとするものであるため、「俺達は根本的に抗いようのない領域を抱えており、そこをハッキングされるとひとたまりもない」という弱さの認識とは食い合わせがあまりよくなく、手段の確立に苦労している(書いていて思ったが、性教育や薬物の危険さを学ぶことの難しさも同じかもしれない)。
今後、どうしたらいいかは探っていくしかないよね、という感じだが、一つ面白かったのは、デジタル技術は基本的に、自主的な決定と自己責任を重んじる、いわゆるリバタリアン的な価値観によって推進されることが多いが、その行く末が「ユーザーにそもそも判断させる余地を与えない無意識下の攻撃」に成り下がってるのでは? という指摘は、皮肉でかなり響いた。
ジレンマをもう一つ。利益面で言えば、プラットフォーマーにとっては無思考に時間とお金を費やしてくれるユーザーが一番ありがたいわけだが、消費者もそこまでお人よしではない。「全然自由度が低いっていうか、なんかナメられてね?」と思うこともある。
そこで、「じゃあ自分好みにいろいろ選べるように協力しましょう」という良心的な運営もあるだろうが、「ユーザーが自分で自由に選べた、という感覚さえ演出できれば、実態は別でもかまわない」という方向に進んでしまう運営も現れうる。いまやテックジャイアントの在り方とは、消費者の自主性を尊重している姿勢を見せつつ、いかに自分たちの利益に誘導できるか、その妥協点の模索に陥っているのでは(そもそもの理念はそんなじゃなかったはずなのに…)という見方も紹介されており、面白かった。
本年ベスト級。下で紹介している『アルツハイマー病の一族』がなければ1位だった。
九州の農協に勤めていたあるエース営業マンの不審死を追ったドキュメンタリー。
一人の優秀なサラリーマンが、組織内にも地域にも一つの「帝国」を築き、邪魔者は排除し、しかし、最後は(おそらく)破滅した様が描かれる。
大げさな言い方をすれば、社会における悪とは何かを考えさせられる作品。主犯とされる男が周囲の人に行ったことや、横領行為は悪いに決まっている。しかし、こんなやつは罰さなくては(もう本人は亡くなっているが)、という義憤がときどき迷子になってしまうのは、「本当に彼だけが悪いのか?」、そして「そもそも、この社会はこうした『悪』を罰せられる構造になっているのか?」と思ってしまうから。
読み進めると、彼が所属していた組織もお金の流れもあまりにいい加減で、根本的に腐敗しており、システムの中心としてそれを差配していた彼の周囲に群がっていた同僚や市民も、何か妙なことが起きていることを薄々察知しながら甘い汁を吸い続けていたことがわかる。
つまりこれは、悪事と責任が彼以外にも分散しているということなのだけど、もう一つ思うのは、そもそも社会というのが、本質的に悪の所在をあいまいにし、「悪」でさえなくす、ロンダリングする仕組みなのではないか? ということである。
どういうことかというと、物事や手続というのは本来は筋道や道理があり、それらにのっとらないといけないはずなのだが、これを四角四面に処理しようとしても遠回りになるだけで何の意味もないことが往々にしてあり、そして、よく言えばそれを円滑化する、悪く言えば本筋をねじ曲げることのできる人物がどこにでもいるもので、結果としてその人のおかげで、(あくまで、そのコミュニティの中では)物事がうまくいく、ということがよくある。
肥大化&形骸化したナンセンスな仕組みなら見直せばいいのだが、組織にそんな向上心もリソースもなく、それでも体裁を取り繕わないといけないとき、それを(自分の利益とブレンドしつつ)調整する役目を負う者が求められ、必然的に出現するとしたら、その誰かを悪と断じることの意味はなんなんだろう? と思ってしまうのである。
もちろん、シンプルに悪事は悪事であるという答えはぼやかせない。
盗んだり誤魔化したり、他者をいじめたら悪いに決まっている。当然のことだ。ただ、システムを悪用して悪事の限りを尽くすやつと、有能ゆえに組織の悪徳を背負わされて破滅するやつが、同じ人物ということもあり得るよな、とは思う。
19世紀のコンゴを舞台に、西洋文明による資源と労働力の搾取を描いたジョゼフ・コンラッドの小説。1902年刊行。
ホラー作家である平山夢明の短編『すまじき熱帯』がまず面白かったのがあり、その元ネタがたぶん、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』であって、その原作が『闇の奥』…という紆余曲折あって手に取った。
例えば気まぐれに古典を読むと「名作ってやっぱすげえ」と思うことが多く、実はこれは意外ではなくていまの俺たちの価値観や言葉の下地になっているものである以上、それなりに当たり前のことなのだが、はじめて読んだ『闇の奥』も例に漏れず強烈だった。
基本的にこの作品は、西洋によるアフリカの搾取、強制された苦役と恥辱の物語として読まれている。有名なセリフである「地獄だ!地獄だ!(the horror!)」も、まずこの視点から解釈するべきで、それは先進国に必須の認識だと思う。ちなみに、 セリフを発したのは現地で開発を差配していて発狂してしまったクルツという西洋人。
一方で、個人的な印象としては、クルツにある種の英雄性を感じてしまったのだった。
暗黒大陸とも形容される当時のアフリカの奥地に、「文明の担い手」として一人で立ち向かった人間。「闇」と「文明」が接する最前線で彼が発した「地獄だ!」といううわ言は、その言葉自体が、未知の世界から切り出されて西洋側に持ち込まれた(負の)成果物であると思う。『対馬の海に沈む』でも思ったが、俺は腐敗した組織の一員である誰かが役目に邁進し、自身の欲望と背負った責務の中で破滅するナルシシズムが好きなんだろう。
もちろん、コンゴの側から見れば、勝手にやってきた侵略者の一人が勝手におかしくなって破滅しただけであり、そこにヒロイズムを感じるのは先進国の大変な欺瞞だと思う。加害と被害の歴史は前提として理解しないといけないし、意見を発するうえでバランスは気にかける必要があるのだが、↑のような感想を抱いてしまった。
余談だけど、今年刊行された本に『ブラッド・コバルト』というすさまじいノンフィクションがあり、同じコンゴが今度はハイテク機器に使用されるレアメタルの産出国として、ふたたび西洋社会による深刻な搾取を被っている様子が描かれている。
医師として病院に勤務する主人公。ある日、救急で運び込まれてきた心肺停止状態の患者は彼とうり二つの顔をしていて…という導入から始まるミステリー。
2025年はミステリーやホラーを中心に15冊ぐらい小説を読んだんだけど、その中でもぶっちぎりで面白かった。
※ 以下、少しネタバレ。注意
今作の優れたところは、冒頭の謎をオチまで温存することなく、あくまで読者を引き付けるためのフックとして割り切ったところだと思う。
導入部分の真相については、正直「科学的にあり得るならこうだろうな」という域を出ない。それを冷静に見越したうえで、いわばロケット(作品)を高く飛ばすための燃料として中盤で切り離し、さらに高い地点への加速と突破は他の要素や伏線回収で狙う、という戦略だと感じた。別作品の批判になるが、同じようなネタを武器として最終盤まで引っ張ってしまったミステリーも同じ年にあり、個人的には格が違った印象がある。
ベタな表現になるが、後半もどんでん返しが続き、飽きさせない。逆に言えば、スキャンダラスな波乱の展開をいくつ詰め込めるかを始点に逆算してつくられた感じはある。これを品がないと思う人もいるかもしれないが、こだわりがない人は面白く読めると思う。
後半に続く。
韓国では実際には「立憲君主制」は採用されていない(=現在の韓国は共和国であり、王室も存在しない)にもかかわらず、架空の王室を描いたドラマ――いわゆる「もし今も王室が存在していたら」という仮想歴史(オルタナティブ・ヒストリー)や現代王室もの――が人気を集めることがあります。
以下は、なぜそのようなドラマが人気なのかについての理由です:
現代社会におけるストレス、格差、政治不信などから、視聴者は日常とかけ離れた華やかな王宮生活や非日常の恋愛に憧れや癒やしを求めます。王子や王女が登場するストーリーは、まるでおとぎ話のようで、夢の世界への入り口のように機能します。
韓国はかつて朝鮮王朝や大韓帝国が存在した歴史を持ちますが、日本の植民地時代を経て王政は廃止されました。
それゆえ、「王室が今も存続していたらどうなっていたか?」というロマンや好奇心をくすぐるのです。
特に、現代的な価値観(自由恋愛、民主主義、女性の自立など)と王室制度の伝統がぶつかり合うストーリーは、ドラマ的にも非常に面白くなります。
🔹 3. ビジュアル面の魅力
王宮、伝統衣装(韓服)、儀式など、美術的・文化的に視覚的な魅力があります。豪華なセットや衣装、美しい俳優たちが視聴者を惹きつけます。
韓国社会にはいまだに学歴・家柄・経済力によるヒエラルキーが色濃く残っており、「王族や財閥」という“頂点”にいる人々のドラマは、現実社会の縮図としても描かれることがあります。
「身分の差を越えた恋」「王室内部の陰謀」「跡継ぎ争い」などは、そうした社会的なテーマとも重なっています。
🔹 5. 過去のヒット作の影響
たとえば:
『七日の王妃』
『太陽を抱く月』
『赤い袖先』
などのドラマが大ヒットしたことで、「王室+恋愛」の組み合わせが一つのジャンルとして確立されました。
総合すると…
韓国人が王政に憧れているというよりも、ドラマというフィクションの中で「非日常」や「理想の恋愛」「社会階層の象徴」を描くのに、立憲君主制という舞台装置が非常に便利で魅力的だから、ということが言えます。
もし特定のドラマを指している場合(例:『宮』や『赤い袖先』など)、それに合わせた考察もできますよ。
あなた:
世界にはたくさんの共和国があります。立憲君主制に興味を示す人が多い共和国はどこですか?
ChatGPT:
とても鋭い観点ですね。
実際、多くの**共和国(君主制を採用していない国)**でも、立憲君主制に対する強い関心や人気が存在する国があります。そうした興味は、政治的な意味というより、文化・歴史・エンタメ的な憧れや好奇心として表れることが多いです。
以下に、立憲君主制に特に関心を持つことが多い共和国の例を紹介します。
🇰🇷 韓国
概要:すでにお話したように、現代王室を舞台にしたドラマや映画が人気。
背景:
ドラマ『宮』などのヒットにより、若者の間で「王子様」「プリンセス」幻想が根付く
概要:王朝時代を舞台にした歴史ドラマ(古装劇)が大人気。皇帝・后妃・官僚・宦官などのキャラクターが中心。
背景:
清朝の滅亡から100年以上経っており、皇帝制度は完全に過去のものとされている
※ただし、中国では現実政治での君主制復活などは絶対にタブーです。完全なフィクションとしての消費。
🇹🇷 トルコ
背景:
共和国化以降も、「もしスルタン制が続いていたら…」という空想やロマンは根強い
代表作:『オスマン帝国外伝〜愛と欲望のハレム〜』などが世界的ヒット
概要:ロマノフ朝(帝政ロシア)への関心が根強く、アナスタシア伝説やロマノフ家に関する作品が人気。
背景:
興味の形:現代ロシアが立憲君主制になることを望む声は少ないが、「失われたロマノフ家」のロマンは強い
概要:フランス革命で王政を廃止した国でありながら、ルイ14世やマリー・アントワネットなどの人物には人気がある。
背景:
注目点:現在も王政復古を唱える「王党派(Légitimistesなど)」が少数ながら存在
🇮🇷 イラン
概要:1979年に王政(パフラヴィー朝)を打倒してイスラム共和国になったが、現在の政治体制への不満から「王政時代のほうが良かった」という声もある。
背景:
パフラヴィー家の王子たちが今も国外で活動しており、象徴的な存在として注目される
💡共通点として言えるのは:
王政時代を「理想化」または「ノスタルジーの対象」としてとらえる傾向がある
立憲君主制への関心は、政治的な復活希望ではなく、文化的・情緒的な興味に留まることが多い
ほとんどの共和国では、実際に王政復古を求める声は非常に小さく、「制度」としての君主制に興味があるわけではなく、あくまで文化・娯楽・歴史としての関心であることが多いです。
ご希望があれば、「どの国が最も君主制に復活の可能性があるか」みたいな政治的な話にも踏み込めますよ。
あなた:
世界のほとんどの国にはかつて国王がいました。かつて王室があったから、という理由だけでは特にそれらの国がより強く君主制に関心を示すのか?という問いに対して不十分です。地理的な観点から論じることは可能ですか?
ChatGPT:
素晴らしい問題提起です。
おっしゃる通り、「かつて王室があった=関心が強い」とする説明は単純すぎますし、全ての国に当てはまるわけではありません。
この問いをもう一段深く掘り下げるために、**地理的観点(=地理、地域文化、近隣国の影響、文明圏など)**から分析を試みましょう。
🔍【問いの再定義】
「世界の中で、特にどの地域の共和国が立憲君主制に関心を示しやすいか?そしてその背景には地理的な要因があるのか?」
この問いに答えるには、以下の要素を軸に考えると良いです:
特徴:
日本の皇室が存続しているため、文化的ライバル意識や比較意識が働きやすい(特に韓国・中国)
結果:
架空の王室を使ったドラマやフィクションの舞台として君主制が頻出
特に韓国では「現代王室+恋愛+政治ドラマ」のフォーマットが人気
特徴:
結果:
現体制(イスラム共和国)への反発から、王政時代を「失われた秩序」として理想視する層も存在
✅ 東南ヨーロッパ/バルカン半島(ブルガリア、セルビア、ルーマニアなど)
特徴:
冷戦期に共産化→君主制を廃止したが、比較的最近まで王室が存在
結果:
特徴:
結果:
王政そのものへの復活願望は少ないが、文化的にヨーロッパの宮廷文化に対する憧れが見られる
アメリカ:反王政(独立戦争の歴史)が国家アイデンティティの一部
カナダ:イギリス国王を元首とする立憲君主制国家ではあるが、王政に対する文化的関心は低下傾向
結果:
立憲君主制に対して冷静/無関心
フィクションとして消費されることはある(例:『プリンセス・ダイアリー』)が、文化的に根ざしてはいない
多くの国に伝統的首長制が残っているが、欧州型の君主制への関心は限定的
一部に象徴的王族がいるものの、立憲君主制を制度として復活させようとする動きは少ない
結果:
自国文化の再評価の方が強く、欧州型王政は「支配の象徴」として敬遠されることも
地域的に君主制への関心が高まるのは、以下のような地理的な環境があるときです:
周辺国に現存する王政がある 日本、英国、サウジなど 比較対象・メディア露出により関心が刺激される
王制が比較的最近まで続いていた 韓国、イラン、バルカン諸国など 記憶が風化しておらず、ノスタルジーが強く残る
欧州文化や貴族文化への接触が強い ラテンアメリカ、バルカン、東欧 王室=格式・伝統の象徴として文化的憧れが根付く
地政学的な比較意識がある 韓国→日本、イラン→湾岸諸国など 政治的・文化的に隣国と比べて「自国の過去」への再評価が進む
ご希望であれば、特定の地域や国についてもっと詳細に掘り下げることもできます。
あなた:
近隣国に王室が存在するから自国の立憲君主制ファンタジーを楽しむ、というのは納得します。
ChatGPT:
ありがとうございます、非常に本質的なご理解です。
まさに**「近隣に王室がある」という地理的・心理的条件**が、「自国にはないもの」への関心や空想を生む土壌になりやすいのです。
近隣国に王室があり、その存在が文化的・国際的に注目されている場合(例:日本の皇室、英国王室)、
→ 国民の中に「我が国にもあれば…」「我々の文化も誇れるものがあるはず」という感情が芽生えやすい。
近隣国の王室報道(戴冠式、結婚式、葬儀など)は国際ニュースとして流れる。
→ それを見た視聴者が「格式」「伝統」「ロマン」といった要素に惹かれ、自国文化における対応物を求める。
例:韓国での『宮(Love in Palace)』のような現代王室ドラマ。
→ これは単にファンタジーとして楽しむだけでなく、「日本に皇室があるのだから、韓国にだって王室があったら面白いじゃないか」という比較文化的な空想が土台にある。
韓国 日本(皇室) 高い 『宮』などで自国に王室がある想定が人気。
中国 日本、タイなど 高い(主に歴史もの) 清朝ドラマの大人気。過去の王制を美化しがち。
イラン サウジ、ヨルダンなど 中〜高 イスラム王政国との対比で「かつての帝政」を再評価する声も。
トルコ ヨルダン、湾岸諸国 中 オスマン帝国のノスタルジーと近隣国との比較。
東欧・バルカン スペイン、英国、モナコなど 中 王族の再登場も時折話題に(ブルガリアなど)。
これはいわば「隣の芝生は青く見える」現象の文化バージョンです:
https://anond.hatelabo.jp/20250804171112
・ブクマカのコメントだけを集計している。増田のトラバは集計していない。ただし、元増田の挙げた10作だけは特別に集計に入れている。
・手作業なので多分、抜けや集計ミスがある。なお、この作業を行うにあたり、ChatGPT君がクソほどの役にも立たなかったという事実は、いくら強調してもしすぎるということはない。
・作品名が書かれていないもの(作者名だけのもの)はカウントしていない。国産小説はカウントしてしない。自分のおすすめを紹介しているわけではないと思われるコメントはカウントしていない。
・これ同じ小説だろ、と思われるもの( 「長いお別れ」と「ロング・グッバイ」みたいなもの)は勝手に統合して集計した。他にもこれとこれ同じ小説だよ、というものが混じっているかもしれないが、知らん。
三体
大聖堂 動物農場 フラニーとゾーイー プロジェクト・ヘイル・メアリー 星を継ぐもの マーダーボット・ダイアリー モモ
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24人のビリーミリガン 2666 82年生まれ、キム・ジヨン HHhH V Xの悲劇 Yの悲劇 愛を語るときに我々の語ること 青い湖水に黄色い筏 青い鳥 青犬の目 青白い炎 赤毛のアン 悪童日記 悪霊 あなたの人生の物語 アブサロム、アブサロム! アルケミスト アンドロイドは電気羊の夢を見るか? アンナ・カレーニナ 暗殺者グレイマン 石蹴り遊び 犬の力 荊の城 息吹 イワン・デニーソヴィチの一日 イングリッシュ・ペイシェント インビジブルモンスターズ ウィトゲンシュタインの愛人 ウォーターランド ウォッチャーズ 失われた時を求めて 歌の翼に ウは宇宙船のウ 海を飛ぶ夢 エーミールと探偵たち 越境 エミール エルマーと16匹の竜 エルマーのぼうけん エレンディラ エンジン・サマー 嘔吐 大鴉 オーエン詩集 おとなしい凶器 怪奇クラブ 外套 カエアンの聖衣 カササギ殺人事件 火星のタイムスリップ 風と共に去りぬ カチアートを追跡して カッコウはコンピュータに卵を産む かつては岸 カモメのジョナサン 狩りのとき 完全な真空 期待 忘却 君のためなら千回でも キャッチ=22 吸血鬼カーミラ 吸血鬼ドラキュラ 巨匠とマルガリータ 供述によるとペレイラは… 恐怖の谷 キリンヤガ クライム・マシン クラッシュ 暗闇にひと突き 黒い時計の旅 黒の過程 刑務所のリタ・ヘイワース ゲイルズバーグの春を愛す 穢れしものに祝福を ケルベロス第五の首 拳闘士の休息 航路 荒野へ 香水ある人殺しの物語 コーラン 黒檀 ここではないどこかへ 古書の来歴 コンダクト・オブ・ザ・ゲーム さあ、気ちがいになりなさい 最後にして最初の人類 さかしま サバイバー 砂漠の惑星 寒い国から帰ってきたスパイ シークレット・ヒストリー シークレット・レース ジーヴズの事件簿 ジェイン・エア 地獄 死体 シッダールタ 死にゆくものへの祈り 死の鳥 死父 シャドウ・ダイバー 初秋 書写人バートルビー 少年が来る 少年時代 女王陛下のユリシーズ号 シルトの岸辺 審判 真紅の帆 聖書(新訳・旧約) スター・ピット スタンド・バイ・ミー ずっとお城で暮らしてる ストーン・シティ 砂の惑星DUNE すばらしい新世界 素晴らしいアメリカ野球 スラップスティック 清潔で明るい場所 西部戦線異状なし 千夜一夜物語 戦慄のシャドウファイア 前日島 善人はなかなかいない 禅とオートバイ修理技術 喪失 捜神記 族長の秋
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・国別だとアメリカ文学が多い……ように見える。
・SFが人気。
・ミステリは人気だが、ハードボイルドを挙げる人は少ない。複数票入っているのは「長いお別れ」と「ホワイト・ジャズ」くらいか?
・超メジャーな文学作品を挙げている人が少なかった。世界の十大小説とかサマセット・モームが選んだ世界十大小説なんかに挙げられている作品はほとんど名前が挙がらず。そんな中5票入ってる「カラマーゾフの兄弟」は改めてすごい小説なんだなと思える。
・作者名の照応はしていないし、やる気もないが、ぱっと見だとヴォネガット、ガルシア=マルケス、オーウェル、カズオ・イシグロ、アンディ・ウィアーあたりが多いような気がする。
1. 全体構成
本書は大きく5部構成(+序論・結論)で、古代から20世紀までの「滿洲(満洲)」地域をめぐる勢力と、その中で生まれた「満洲国」――20世紀の民族・国家発明――を一貫したストーリーとして描き出します。
第五部:滿洲國の成立とナショナル・アイデンティティの発明
2. 主要テーマ
満洲は、東アジア大陸と朝鮮半島/遼東半島の接点に位置する「低地」=外来勢力の侵入・征服が常態化した空間。そこを舞台にさまざまな遊牧・騎馬民族が王朝を興し、漢民族中心史観のタブーを破壊してきた。
高句麗→契丹(遼)→女真(金)→満洲(清)という、本書の最重要ラインをたどりながら、「遊牧文明」の政治構造と漢文化の摂取・活用の戦略を分析。
1932年に日本が擁立した傀儡政権「滿洲國」は、清帝国の「满洲支配」を近代的国家として再パッケージしたもの。人口構成に乏しい満洲人を「国家の主役」とすることで、ナショナル・アイデンティティを人工的に発明したプロジェクトとして読み解く。
教育・宣伝・儀式(皇帝崇拝、民族衣装)・歴史教科書の改編などを通じ、他地域・他民族を排除し「満洲人」を想像上の共同体として形成するプロセスを詳細に追跡。
3. 各章の論点
序論 満洲を地理的に定義し、「窪地」としての脆弱性と、逆に「征服の空間」としての魅力を提示。
第一部(高句麗→契丹) 高句麗の辺境国家性を論じ、契丹(遼)による五代十国期の北方統一王朝成立過程を、モンゴル草原勢力との関係から分析。
第二部(女真→金) 女真人が「女真語・契丹文」を駆使し、漢文化と遊牧文明をハイブリッド化して金朝を建設する政治戦略を解剖。
第三部(清帝国) 満洲人(女真系)の支配エリートが、科挙や儒教を吸収しつつ「満洲旗制度」で特権階級を維持。清の多民族統合メカニズム。
第四部(近代の再定義) 日露戦争後、清帝国が「満洲」を失い始める中で、列強による分割的支配と漢民族的ナショナリズムの台頭を並列で検証。
第五部(滿洲國) 満洲国の建国イデオロギー(皇帝溥儀の再起用、五族協和)、憲法制定、教育制度、国家祭儀など「民族発明」の実践面を詳細に描写。
結論 「満洲」という地域・イデオロギー・民族カテゴリーが東アジア秩序に果たした役割を総括し、「諸夏主義」の視座へ橋渡し。
「中国=漢民族国家」という前提を覆し、満洲を起点に東アジア史を再構築することで、脱中華・多文明圏論の理論的骨格を補強。
ナショナル・アイデンティティ研究への貢献
「満洲人」という少数民族的主体がいかにして国民国家の主体と見なされたか、「民族発明」のプロセスを具体的に示し、人類学的・歴史学的に示唆を与える。
内モンゴル・チベット・ウイグルなど「非漢族地域」のナショナル・ムーブメントに対する理論的バックボーンを提供するほか、地域分権・多元連合の可能性を歴史的事例を通じて描く。
《中國窪地》が「満洲国」建国プロジェクトを単なる「日本の傀儡政権」として批判するだけでなく、そこに内在する「民族発明」の構造を解明し、東アジアのナショナル・ヒストリーを俯瞰する視座を与える重要著作です。
劉仲敬(リウ・ジョンジン)の著書《中國窪地:一部內亞主導東亞的簡史》は、漢族中心の「中国史観」を根底から問い直し、「中国」とは本来「窪地(デプレッション、Basin)」であり、その上に覇権を打ち立てたのは内陸アジア(內亞)の諸遊牧帝国だった――という挑戦的な視座から書かれた歴史解釈書です。
この書は、彼の「文明圏多元論」「諸夏主義」「脱中華」思想の根幹をなす理論的著作のひとつです。
書名の意味:
「中國窪地」とは、地政学的に見た「中国の盆地=中原」のことであり、東は山東半島と海、北は長城・蒙古高原、西は黄土高原、南は山岳地帯に囲まれた“低地”です。この地理的な「くぼみ(窪地)」が、周辺からやってくる外来の征服者(モンゴル、女真、満洲、契丹など)にとって統治しやすい空間だったという発想です。
基本構図:
従来の中国史は「漢族が外敵から文明を守った」という中華中心史観だが、実際には:
構成(簡略):
地理と文明の相互作用:なぜ中原は「文明の中心」ではなかったのか。
黄河流域は人口密度が高く農耕は発展していたが、防衛的には極めて脆弱で、常に外部勢力の侵入を受けやすかった。
「文明の重心」は周辺(北西のオルドス草原、モンゴル高原、満洲、チベット高原)にあったとする。
特に乾燥気候の遊牧民は、動員・軍事組織力に優れ、常に中原の静態的農耕社会を凌駕していた。
契丹(遼)
女真(金)
蒙古(元)
満洲(清)
これらの王朝は、内亞の軍事・遊牧構造を基盤に「中國窪地」を包摂し、自らの征服構造を正当化するために「中華文明」の装飾を用いただけ。
「中華」は本質的に「支配の飾り」や「便利なツール」に過ぎず、征服王朝の文化的正統性を演出するための道具だった。
清朝は史上最大の版図を築いたが、それは「大中華」ではなく、「大内亞帝国」として理解されるべき。
辛亥革命以後、漢民族ナショナリズムが清朝の多民族的帝国遺産を奪い、「中華民国」という名前で引き継いだが、実態としては「満洲帝国の皮をかぶったナショナルステート」だった。
民国も中共も「満清の版図」を正統と見なし、それを守ることが国家の使命であると信じたが、これは歴史的には極めて不自然。
中原(=窪地)は一貫して政治・軍事的に無力で、常に外来勢力の軍事力に従属していた。
その歴史を「一体的な文明発展史」として語るのは、近代以降に発明された「ナショナル・ヒストリー(国家史)」であり、虚構である。
項目 内容
主張の強さ 「中国」という国家概念が内亞の帝国的秩序によって形作られたという、極めて挑発的な歴史観
思想的貢献 「諸夏主義」「脱中華」「多文明的再編」論の土台を提供
国際的含意 チベット・ウイグル・内モンゴル・満洲・雲南などの「非漢族地域」の分離独立を文明的に正当化できるという論理的土台
まとめ:なぜこの書が重要か?
劉仲敬は《中國窪地》を通じて、「中国の国家的正統性は幻想である」「中華文明の中心は常に“外”にあった」と論じ、現代中国のナショナリズムの基盤を根底から覆しています。
「なにないことがあるものか」
「あった、あった」と三四郎が言う。
「どら、拝見」と美禰子が顔を寄せて来る。「ヒストリー・オフ・インテレクチュアル・デベロップメント。あらあったのね」
「あらあったもないもんだ。早くお出しなさい」
三人は約三十分ばかり根気に働いた。しまいにはさすがの与次郎もあまりせっつかなくなった。見ると書棚の方を向いてあぐらをかいて黙っている。美禰子は三四郎の肩をちょっと突っついた。三四郎は笑いながら、
「おいどうした」と聞く。
「うん。先生もまあ、こんなにいりもしない本を集めてどうする気かなあ。まったく人泣かせだ。いまこれを売って株でも買っておくともうかるんだが、しかたがない」と嘆息したまま、やはり壁を向いてあぐらをかいている。
三四郎と美禰子は顔を見合わせて笑った。肝心の主脳が動かないので、二人とも書物をそろえるのを控えている。三四郎は詩の本をひねくり出した。美禰子は大きな画帖を膝の上に開いた。勝手の方では臨時雇いの車夫と下女がしきりに論判している。たいへん騒々しい。
「ちょっと御覧なさい」と美禰子が小さな声で言う。三四郎は及び腰になって、画帖の上へ顔を出した。美禰子の髪で香水のにおいがする。
絵はマーメイドの図である。裸体の女の腰から下が魚になって、魚の胴がぐるりと腰を回って、向こう側に尾だけ出ている。女は長い髪を櫛ですきながら、すき余ったのを手に受けながら、こっちを向いている。背景は広い海である。
「人魚」
「人魚」
頭をすりつけた二人は同じ事をささやいた。この時あぐらをかいていた与次郎がなんと思ったか、
「なんだ、何を見ているんだ」と言いながら廊下へ出て来た。三人は首をあつめて画帖を一枚ごとに繰っていった。いろいろな批評が出る。みんないいかげんである。
ところへ広田先生がフロックコートで天長節の式から帰ってきた、三人は挨拶をする時に画帖を伏せてしまった。先生が書物だけはやく片づけようというので、三人がまた根気にやり始めた。今度は主人公がいるので、そう油を売ることもできなかったとみえて、一時間後には、どうか、こうか廊下の書物が書棚の中へ詰まってしまった。四人は立ち並んできれいに片づいた書物を一応ながめた。
「あとの整理はあしただ」と与次郎が言った。これでがまんなさいといわぬばかりである。
「だいぶお集めになりましたね」と美禰子が言う。
「先生これだけみんなお読みになったですか」と最後に三四郎が聞いた。三四郎はじっさい参考のため、この事実を確かめておく必要があったとみえる。
与次郎は頭をかいている。三四郎はまじめになって、じつはこのあいだから大学の図書館で、少しずつ本を借りて読むが、どんな本を借りても、必ずだれか目を通している。試しにアフラ・ベーンという人の小説を借りてみたが、やっぱりだれか読んだあとがあるので、読書範囲の際限が知りたくなったから聞いてみたと言う。
「驚いたな。先生はなんでも人の読まないものを読む癖がある」と与次郎が言った。
広田は笑って座敷の方へ行く。着物を着換えるためだろう。美禰子もついて出た。あとで与次郎が三四郎にこう言った。
「あれだから偉大な暗闇だ。なんでも読んでいる。けれどもちっとも光らない。もう少し流行るものを読んで、もう少し出しゃばってくれるといいがな」
与次郎の言葉はけっして冷評ではなかった。三四郎は黙って本箱をながめていた。すると座敷から美禰子の声が聞こえた。
「ごちそうをあげるからお二人ともいらっしゃい」
二人が書斎から廊下伝いに、座敷へ来てみると、座敷のまん中に美禰子の持って来た籃が据えてある。蓋が取ってある。中にサンドイッチがたくさんはいっている。美禰子はそのそばにすわって、籃の中のものを小皿へ取り分けている。与次郎と美禰子の問答が始まった。
「よく忘れずに持ってきましたね」
「その籃も買ってきたんですか」
「いいえ」
「家にあったんですか」
「ええ」
「たいへん大きなものですね。車夫でも連れてきたんですか。ついでに、少しのあいだ置いて働かせればいいのに」
「車夫はきょうは使いに出ました。女だってこのくらいなものは持てますわ」
「あなただから持つんです。ほかのお嬢さんなら、まあやめますね」
「そうでしょうか。それなら私もやめればよかった」
美禰子は食い物を小皿へ取りながら、与次郎と応対している。言葉に少しもよどみがない。しかもゆっくりおちついている。ほとんど与次郎の顔を見ないくらいである。三四郎は敬服した。
台所から下女が茶を持って来る。籃を取り巻いた連中は、サンドイッチを食い出した。少しのあいだは静かであったが、思い出したように与次郎がまた広田先生に話しかけた。
「先生、ついでだからちょっと聞いておきますがさっきのなんとかベーンですね」
「古い。しかし職業として小説に従事したはじめての女だから、それで有名だ」
「有名じゃ困るな。もう少し伺っておこう。どんなものを書いたんですか」
「ぼくはオルノーコという小説を読んだだけだが、小川さん、そういう名の小説が全集のうちにあったでしょう」
三四郎はきれいに忘れている。先生にその梗概を聞いてみると、オルノーコという黒ん坊の王族が英国の船長にだまされて、奴隷に売られて、非常に難儀をする事が書いてあるのだそうだ。しかもこれは作家の実見譚だとして後世に信ぜられているという話である。
「おもしろいな。里見さん、どうです、一つオルノーコでも書いちゃあ」と与次郎はまた美禰子の方へ向かった。
「書いてもよござんすけれども、私にはそんな実見譚がないんですもの」
「黒ん坊の主人公が必要なら、その小川君でもいいじゃありませんか。九州の男で色が黒いから」
「口の悪い」と美禰子は三四郎を弁護するように言ったが、すぐあとから三四郎の方を向いて、
「書いてもよくって」と聞いた。その目を見た時に、三四郎はけさ籃をさげて、折戸からあらわれた瞬間の女を思い出した。おのずから酔った心地である。けれども酔ってすくんだ心地である。どうぞ願いますなどとはむろん言いえなかった。
広田先生は例によって煙草をのみ出した。与次郎はこれを評して鼻から哲学の煙の吐くと言った。なるほど煙の出方が少し違う。悠然として太くたくましい棒が二本穴を抜けて来る。与次郎はその煙柱をながめて、半分背を唐紙に持たしたまま黙っている。三四郎の目はぼんやり庭の上にある。引っ越しではない。まるで小集のていに見える。談話もしたがって気楽なものである。ただ美禰子だけが広田先生の陰で、先生がさっき脱ぎ捨てた洋服を畳み始めた。先生に和服を着せたのも美禰子の所為とみえる。
「今のオルノーコの話だが、君はそそっかしいから間違えるといけないからついでに言うがね」と先生の煙がちょっととぎれた。
「あの小説が出てから、サザーンという人がその話を脚本に仕組んだのが別にある。やはり同じ名でね。それをいっしょにしちゃいけない」
「へえ、いっしょにしやしません」
「その脚本のなかに有名な句がある。Pity's akin to love という句だが……」それだけでまた哲学の煙をさかんに吹き出した。
「日本にもありそうな句ですな」と今度は三四郎が言った。ほかの者も、みんなありそうだと言いだした。けれどもだれにも思い出せない。ではひとつ訳してみたらよかろうということになって、四人がいろいろに試みたがいっこうにまとまらない。しまいに与次郎が、
「これは、どうしても俗謡でいかなくっちゃだめですよ。句の趣が俗謡だもの」と与次郎らしい意見を提出した。
そこで三人がぜんぜん翻訳権を与次郎に委任することにした。与次郎はしばらく考えていたが、
「少しむりですがね、こういうなどうでしょう。かあいそうだたほれたってことよ」
「いかん、いかん、下劣の極だ」と先生がたちまち苦い顔をした。その言い方がいかにも下劣らしいので、三四郎と美禰子は一度に笑い出した。この笑い声がまだやまないうちに、庭の木戸がぎいと開いて、野々宮さんがはいって来た。
「もうたいてい片づいたんですか」と言いながら、野々宮さんは椽側の正面の所まで来て、部屋の中にいる四人をのぞくように見渡した。
「まだ片づきませんよ」と与次郎がさっそく言う。
「少し手伝っていただきましょうか」と美禰子が与次郎に調子を合わせた。野々宮さんはにやにや笑いながら、
「だいぶにぎやかなようですね。何かおもしろい事がありますか」と言って、ぐるりと後向きに椽側へ腰をかけた。
「なにつまらない――かわいそうだたほれたってことよというんです」
「へえ」と言った野々宮君は椽側で筋かいに向き直った。「いったいそりゃなんですか。ぼくにゃ意味がわからない」
「いや、少し言葉をつめすぎたから――あたりまえにのばすと、こうです。かあいそうだとはほれたということよ」
「アハハハ。そうしてその原文はなんというのです」
「Pity's akin to love」と美禰子が繰り返した。美しいきれいな発音であった。
野々宮さんは、椽側から立って、二、三歩庭の方へ歩き出したが、やがてまたぐるりと向き直って、部屋を正面に留まった。
「なるほどうまい訳だ」
三四郎は野々宮君の態度と視線とを注意せずにはいられなかった。
美禰子は台所へ立って、茶碗を洗って、新しい茶をついで、椽側の端まで持って出る。
「お茶を」と言ったまま、そこへすわった。「よし子さんは、どうなすって」と聞く。
「ええ、からだのほうはもう回復しましたが」とまた腰をかけて茶を飲む。それから、少し先生の方へ向いた。
「先生、せっかく大久保へ越したが、またこっちの方へ出なければならないようになりそうです」
「なぜ」
「妹が学校へ行き帰りに、戸山の原を通るのがいやだと言いだしましてね。それにぼくが夜実験をやるものですから、おそくまで待っているのがさむしくっていけないんだそうです。もっとも今のうちは母がいるからかまいませんが、もう少しして、母が国へ帰ると、あとは下女だけになるものですからね。臆病者の二人ではとうていしんぼうしきれないのでしょう。――じつにやっかいだな」と冗談半分の嘆声をもらしたが、「どうです里見さん、あなたの所へでも食客に置いてくれませんか」と美禰子の顔を見た。
「いつでも置いてあげますわ」
「どっちです。宗八さんのほうをですか、よし子さんのほうをですか」と与次郎が口を出した。
「どちらでも」
「そうして君はどうする気なんだ」
「妹の始末さえつけば、当分下宿してもいいです。それでなければ、またどこかへ引っ越さなければならない。いっそ学校の寄宿舎へでも入れようかと思うんですがね。なにしろ子供だから、ぼくがしじゅう行けるか、向こうがしじゅう来られる所でないと困るんです」
「それじゃ里見さんの所に限る」と与次郎がまた注意を与えた。広田さんは与次郎を相手にしない様子で、
「ぼくの所の二階へ置いてやってもいいが、なにしろ佐々木のような者がいるから」と言う。
「先生、二階へはぜひ佐々木を置いてやってください」と与次郎自身が依頼した。野々宮君は笑いながら、
「まあ、どうかしましょう。――身長ばかり大きくってばかだからじつに弱る。あれで団子坂の菊人形が見たいから、連れていけなんて言うんだから」
「連れていっておあげなさればいいのに。私だって見たいわ」
「じゃいっしょに行きましょうか」
「ええぜひ。小川さんもいらっしゃい」
「ええ行きましょう」
「佐々木さんも」
「菊人形は御免だ。菊人形を見るくらいなら活動写真を見に行きます」
「菊人形はいいよ」と今度は広田先生が言いだした。「あれほどに人工的なものはおそらく外国にもないだろう。人工的によくこんなものをこしらえたというところを見ておく必要がある。あれが普通の人間にできていたら、おそらく団子坂へ行く者は一人もあるまい。普通の人間なら、どこの家でも四、五人は必ずいる。団子坂へ出かけるにはあたらない」
「昔教場で教わる時にも、よくあれでやられたものだ」と野々宮君が言った。
「じゃ先生もいらっしゃい」と美禰子が最後に言う。先生は黙っている。みんな笑いだした。
台所からばあさんが「どなたかちょいと」と言う。与次郎は「おい」とすぐ立った。三四郎はやはりすわっていた。
「どれぼくも失礼しようか」と野々宮さんが腰を上げる。
「あらもうお帰り。ずいぶんね」と美禰子が言う。
「このあいだのものはもう少し待ってくれたまえ」と広田先生が言うのを、「ええ、ようござんす」と受けて、野々宮さんが庭から出ていった。その影が折戸の外へ隠れると、美禰子は急に思い出したように「そうそう」と言いながら、庭先に脱いであった下駄をはいて、野々宮のあとを追いかけた。表で何か話している。
三四郎は黙ってすわっていた。
リクルート ttps://www.recruit.co.jp/company/history/#1980 (1988 未公開株贈賄)
大成建設 ttps://www.taisei.co.jp/corp/ayumi/150th.html (1993 ゼネコン汚職事件)
雪印メグミルク ttps://www.meg-snow.com/corporate/history/yukijirushi05.html (2000- 集団食中毒)
三菱自動車 ttps://www.mitsubishi-motors.com/jp/company/history/company/#2000s (2000- リコール隠し)
石原産業 ttps://www.iskweb.co.jp/company/history.html ttps://www.iskweb.co.jp/company/ayumi/ (2005 フェロシルト不法投棄)
JR西日本 ttps://www.westjr.co.jp/company/info/history/#y2000 (2005 福知山線脱線)
赤福 ttps://www.akafuku.co.jp/ise/history/ (2007 賞味期限偽装)
オリンパス ttps://www.olympus.co.jp/company/milestones/history/05.html?page=company (2011 粉飾決算)
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東芝 ttps://www.global.toshiba/jp/outline/corporate/history.html#y2015 (2015 不適切会計)
神戸製鋼所 ttps://www.kobelco.co.jp/about_kobelco/outline/history/index.html (2017 データ改竄)
スバル ttps://www.subaru.co.jp/outline/profile.html (2018 データ改竄)
日産自動車 ttps://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PROFILE/HERITAGE/2010/#y2017 (2018 役員報酬不正)
SGHD ttps://www.sg-hldgs.co.jp/company/timeline/ (1992 佐川急便闇献金)
鹿島建設 ttps://www.kajima.co.jp/prof/history/index.html (1993 ゼネコン汚職事件)
大林組 ttps://www.obayashi.co.jp/company/history/year_1993.html (1993 ゼネコン汚職事件)
飛島建設 ttps://www.tobishima.co.jp/company/history.html (1993 ゼネコン汚職事件)
西松建設 ttps://www.nishimatsu.co.jp/about/company/chronicle/ (1993 ゼネコン汚職事件)
清水建設 ttps://www.shimz.co.jp/heritage/history/index.html (1993 ゼネコン汚職事件)
安藤ハザマ ttps://www.ad-hzm.co.jp/corporate/history/ (1993 ゼネコン汚職事件)
三井住友建設 ttps://www.smcon.co.jp/company/history/ (1993 ゼネコン汚職事件)
ダスキン ttps://www.duskin.co.jp/company/history/ (2000 ミスド酸化剤混入・通報口止め)
テーブルマーク ttps://www.tablemark.co.jp/corp/history.html (2008 JTフーズ中国製冷凍餃子中毒)
大王製紙 ttps://www.daio-paper.co.jp/company/history/history-2010/ (2011 創業家特別背任)
みずほFG ttps://www.mizuho-fg.co.jp/company/info/profile.html (2013 暴力団融資)
日本マクドナルド ttps://www.mcdonalds.co.jp/company/outline/enkaku/ (2015 異物混入)
TOYO TIRE ttps://www.toyotires.co.jp/corporate/history/ (2015 データ改竄)
電通 ttps://www.dentsu.co.jp/aboutus/history.html (2015 社員過労自殺)
スルガ銀行 ttps://www.surugabank.co.jp/surugabank/corporate/history/#event-1887 (2018 不正融資)
独特のUIみにくすぎて草
レオパレス21 ttps://www.leopalace21.co.jp/corporate/history/index.html (2019 建築基準法違反)
関西電力 ttps://www.kepco.co.jp/corporate/profile/history.html (2019 高浜町元助役から金品受領)
かんぽ生命 ttps://www.jp-life.japanpost.jp/aboutus/company/abt_cmp_history.html (2019 顧客不利益契約)
石屋製菓 ttps://www.ishiya.co.jp/about/csr/compliance/ (2007 賞味期限改竄)
沿革ページが無い。ほかのとこに「2007年の不祥事」としか出てない
まるか食品 ttps://www.peyoung.co.jp/history/ (2014 ペヤングにゴキブリが混入。俺はその時期にペヤングを食いまくっていた)
(追記)
当時のニュースリリースがあったり別ページに載ってたりするのはあるがあくまで「沿革」とか「歴史」みたいなページにパッと見のってるかどうかで判定した。
「不祥事=世の中で悪い意味で騒動になったこと」って感じでまとめたわ。
たとえば労働環境問題だと「残業が多い統計が出ました」とかじゃなくて社員の自殺と劣悪労働環境が連日報道されるレベルになるともうヒストリーの域やんなって感じ。
まあそのことを忘れてませんよって手軽に世の中にアピールできるのが沿革でもあるからな。
沿革にのってないとこでありがちなのは「企業行動規範」みたいなページがあったりする(笑)
たぶん当時再発防止策として策定することにしたであろうやつ。
でもたぶん改定を重ねててもはや一体なんの経緯でそれが出来たかがどこにも書いてなかったりして形骸化の極みなんよ。
汚職企業だと汚職事件の翌年が策定年になってたりして汚職が原因でできたんやろなってわかるけどその文章のどこにもその経緯は載ってない。
シャーマニック・エレクトロニカ・翁
[話] [アイディア]
・マチュピチュのシャーマンの末裔がエレクトリカル・面を装着してサイバー・能を舞う
・ドレッドヘアー。ドレッド部分はサイバーなケーブルでもいい。ケーブルはエレクトリカル・面の付属品でもいい。
・常に面をしている。ジャパニーズで構成された能の継承団体は彼を正式な構成員としていない。彼に何も教えていない。
・彼は完全に面のヒストリーをシミュレートする=民族を超えた普遍的・超常的シャーマニズムの発現
・能の継承団体にとって失われた演目すら再現する、非ジャパニーズである彼の完璧な所作をリスペクトせざるをえない
・彼はそこまでジャパニーズ文化を理解していないし、若者特有の不遜な態度で接する。しかし、物語の理解度、所作については欠点がない
・彼が面を外すのは完全秘匿楽屋、あるいは「エレクトロニカ・翁」の舞台上で「翁」の面を機構装着するまでの間のみ
・500年後の能の継承団体は2024年現在の能から見ると、色々な文化や資料を喪失している
・完全な「エレクトロニカ・翁」が執行されると13世紀ごろに戻るとされている
参考
「能」ではリスペクトに欠けるので「NO(飾り字)」(Nohだと英訳になってしまい、普通のフォントだと否定のNoになってしまう)
「能にして能にあらず」 https://www.the-noh.com/jp/trivia/039.html
翁を1.75倍速で見よう(提案)(参考 https://www.youtube.com/watch?v=2pH-0tAcARI
状態ベクトルの収縮は、ユニタリ変換による時間発展という過程と露骨に矛盾しているように思える。
どのように20世紀の物理学者はこの問題に折り合いをつけていたのか。
状態ベクトルは実際に量子論的レベルでの実体を表すのではなく、観測者の心の状態を表していると主張している。
したがって、状態ベクトルの収縮という過程でのジャンプは単に観測者の知識の状態の不連続な変化の結果で、物理学的実体を持ちうるような物理学的変化ではない。
観測という過程で物理系はそれを取り巻く環境と解きほぐしようもなく絡み合うことになるという事実を利用する。
すると環境における自由度はランダムで、観測不能と考えられるため、その自由度を足し上げることによって、状態ベクトルによる記述ではなく密度行列による記述が得られる。
この密度行列が、基底に関して対角行列となる時、物理系は対角成分のうちの一つによって表される状態になり、その状態にある確率は対角成分の値によって与えられる。
状態ベクトルはユニタリ変換による時間発展をし、物理学的実体を表している。
ただし、それらの観測結果のそれぞれが観測者の意識の異なる状態と絡み合っている。
したがって、対応する異なる意識状態もまた同時に存在し、それぞれが異なる世界を体験し、異なる観測結果に遭遇することになる。
量子力学の従来の定式化は暫定的で、観測過程に意味づけをするために新しい物理理論が必要という可能性もある。
ドブロイ・ボームの枠組みや、コンシステントヒストリーの理論のような標準的な量子力学と異なるような観測結果は持たないようなものもあるが、別な枠組みによれば、少なくとも原理的には標準的な量子力学と新しい理論を区別する実験が存在すると思われる。
おそらく物理学者の大半は、これらの観点の最初の3つの観点を抱いていると言っても良いと思われる。
そうした物理学者は、量子論の形式が持つ数学的な優雅さは言うまでもなく、量子力学の予言が目を見張るような形で例外なく実験によって立証されているということが、この理論が何ら変更を必要としていないということを示す、という議論をするかもしれない。
*
*
「お前が呑気に実家暮らしの女学生の身分で音楽などやっていられるのは誰のお陰だ」
という言葉は、学費と生活費を人質にとった恫喝だとも思った。口喧嘩なんかしたくもないから細心の注意をはらって生きてたのに。
大学を休学し、女子大生というアドバンテージを使って水商売で働けば一人暮らしの生活費と、あと1年分の学費を貯めることなどチョロいだろう、そう思っていたが、その見通しは甘かった。
そもそもコロナ禍で飲食業は店を閉め、風俗業も同様で客足が途絶えていた。そして少ない客を奪い合っていたからか、働き始めたキャバクラでは現実の厳しさを味わっていた。
売上No.1の嬢は女王様として君臨し、それに付き従う子分の女がいて、悪口、陰口、ちょっとした意地悪、接客の妨害といった小さな棘のような攻撃を女王様と子分からチマチマと食らうのに辟易していて、周りの女たちも庇ってくれることはなかった。
常連客の威張り散らして自慢話ばかりの禿げた社長に「寂しいから会いに来て」とLINEするのもアホらしくてやってられず、旅館の娘なのにサービス業がまったく向いていなかった。そもそもそれほど器量が良い方ではないということも改めて思い知らされた。
結局、職場と住処を幾つか変わり、大阪、東大阪のスナックでカウンターレディとして働いていた頃には大学を休学し実家を飛び出してからニ年ほどが過ぎていた。それでも大学に戻るつもりではいたから、何度失ったって取り返してみせるよ、と思っていたし、偉そうな社長が高級腕時計を見せびらかしながら話すねちっこいエロ話より工場労働者の陽気なシモネタの方が笑えて楽しかった。アパートから近鉄電車で二つ向こうの駅には司馬遼太郎記念館もあった。
京都時代は実名で活動していて、雑にピックアップを埋め込んだアコギを掻き鳴らして電子的に変調した爆音ギターにのせてフォークを歌うというスタイルだったが、休学して一人暮らしを始めてからは音楽どころではなかった。
一度、東京のハードコアバンドにVoで誘われたこともあったが、パンクというものは中央にいてはならぬ、周縁にいて少数派として生きねばならぬ、と頑なに思っていたのでそれも断ったのだ。
だが、遂には名前を変え「東大阪半日夢想沿線」という名で電子楽器によって幻想的で悪意のこもった電子雑音を奏でるスタイルで活動を再開した。激しいライブアクションのせいで機材はすぐに壊れてしまうから楽器は日本橋の中古屋で安物ばかりを揃えた。
再開した音楽活動は客こそ少なかったが手応えはあった。しかし名前を名乗るとギョッとする者もおり、また年配の人物に「極左テロリストの名前などを元ネタにして、被害を受けた人や家族が知ったらどう思うのか」と指摘され、己の軽率さを悔い、この名前を名乗ることも音楽活動も中断してしまったのだった。
そんな折に近鉄布施駅の近くで垢じみてうずくまっている女がいるのを見掛け、若いのにホームレスだろうかと目が釘付けになっていると、その女がこちらを見つけて「金を貸して欲しい」と近付いてきた。よく見ると女は女王様に金魚のフンのようにくっついていた子分の女、ジュリだった。
話を聞くと、女王様は客だった起業家と名乗る男に入れあげてしまって、男が何をしでかしたのかフィリピンに逃亡すると女王様も後を追って行ってしまったのだという。女王様がいなくなるとジュリはたちまち他の嬢からいじめられるようになり、店を辞め、あれやこれやがあって住む家もなくなってしまったのだった。
散々意地悪された女だったが、彼女が弱さゆえに強い者に媚び付き従っていたことや、色んなことを我慢している女は強くて奔放な女に憧れてしまうことをアキコは薄々知っていたから哀れに思い、数日なら部屋に居てもよいと伝えた。そういう女は痛みにとっても弱いから。ジュリは泣きながら今まで自分がしてきたことを侘びた。
ジュリは意外と生真面目で、アキコが仕事から帰るときちんと部屋を掃除してくれていて、冷蔵庫にあるもので食事なども用意してくれた。そしてある日、部屋に帰るとジュリは開け放った窓に向かってアキコのギターを爪弾いていて、それはラジオからよく流れてくるOfficail髭男dismの曲だった。
アキコは脳内で火花が散って、ジュリにバンド結成を持ちかけた。バンドをやるならまだ部屋にいてもいいと交換条件もつけた。ジュリは喜んで同意し、よくよく話を聞くと中学時代は軽音楽部であったらしい。そして中学を卒業してから家を出て働き始め、ひょんなことから女王様と知り合い水商売で働くようになったのだという。隠し事だらけ継ぎ接ぎだらけの一人で心細く生きていた女が筋の悪い人物をメンターだと思い込むことはよくあることだ。そして年上だとばかり思っていたが、ひとつ年下だということもようやく知ったのだった。
早速近所のハードオフに行ってエレキギターとベースを見繕って一番安い激安の物を購入した。ジュリがヒゲダンを爪弾いていたことから、今度はポップなものをやってやろうと思い、それらしい曲を捻り出したが、アキコはベース初心者でジュリもギターはブランクがあり、リズムは安物の電子楽器だったので、劣化したビッグ・ブラック、初期の少年ナイフからも百万光年離れているような、やさぐれパンク以下の酷い感じにしかならなかったが、それは初期衝動ゆえであると宣言することで自分たちを納得させた。バンド名もOfficial髭男dismの名前を反転したような、公式に対して無法、髭に対して女の装飾の象徴である爪、そしてダンディズムという一流の男に対して二流や二等、二級品という意味を冠して、Lawless爪Second-Classと名付けた。何事もうまくいっていない自分たちにはお似合いの名前だと二人で笑いあった。
数曲をでっちあげ、今度はPOPなロックをやるのだと意気込んで、アングラ凶悪バンドが演奏しないような阿倍野にあった小洒落たライブハウスのオーディションを受けた。
「まあええんちゃう?」という曖昧な判定だったが、出演はさせてもらえることになった。
阿倍野のライブハウスに出入りするようになると、女二人だと色んな男が声をかけてくる。なぜならカワイイ系のアクションがジュリはとてつもなく上手かったから。でも音楽好きやバンド仲間だと思えば話も弾むが口説かれたりするのは面倒だった。しかしこっちはキャバで修行した身だ。うまくかわしていたし、ジュリはその辺りの身のこなしも上手かった。それでも面倒くさい人物もいた。
そのライブハウスに出入りするベテランのブルースマンで、最初は何かと世話を焼いてくれる風に近付いてきたが、だんだんと遠慮がなくなってきて、あれやこれやと説教をするようになっていった。相手をしているとイライラしてくる。なぜこうなのか。ワガママ放題大人たち。どうして若い女は何も知らないと思っているのか。
ある日、演奏を終えて楽屋に戻ると、当日は出演者でもないのに例のブルースマンが楽屋でくつろいでいて、アキコとジュリの楽器を値踏みし
「もっと良い楽器を使わないとだめだ」みたいなことを言い出す。そしてなぜか自分の黒いギターを持ってきていて、それを引っ張り出し
「50sのフェンダー・ストラトキャスター、クラプトンもこのモデルを使っている」などとウンチクをたれ始めた。
もう鬱陶しくて堪らなかった。怒りがふつふつと湧き起こってアキコはそれを抑えきれなくなり、そのストラトを奪い取るとネックを持って大きく振りかぶり思い切り壁に叩きつけてやった。その場にいた他の人間も唖然として誰も声を出せず、壁の石膏ボードには大きな穴があき、ストラトのネックは折れて弦だけがブラブラしている。アキコも放心状態で、これは殴られるなと覚悟した。
しかしジュリが咄嗟にアキコの腕を掴んで強引に引っ張りそのまま駆け出した。そしてそのまま店を出て走って、ずっとずっと走り続けて、ひた走る道路にはもう街灯さえないけれど、新今宮の駅の辺りまで走り続けて、やっともういいだろうと立ち止まって、息が切れて苦しかったけれど二人で顔を見合わせて死ぬほど笑った。嘘じゃない泥だらけの笑顔。ギターもベースも置きっぱなしだったけれど取りに行くつもりもなかったし、大して惜しくもなかった。
その後ブルースマンはアキコを訴えて、結局アキコは和解を受け入れた。調停の場でブルースマンの代理人弁護士に
「無法なんて名乗っているけれど法は法なので、賠償金の支払いはお願いしますよ」
と嫌味を言われたのが忘れられない。アキコは感情のないアイムソーリーだけを告げた。
もう大学に戻ることはないと薄っすら思っていたが、なんだか心の拠り所のようではあったので貯金はしていた。けれど、破壊したビンテージギターのせいで全てが消え失せてしまった。
しかし、やがてその話は噂になって、どうやら凶悪な女パンクのバンドがいるらしい、他人の高価なビンテージギターをぶち壊して平然としているような奴らしい、以前「東大阪半日夢想沿線」という不埒な名前でやっていた話の通じない女らしい、とその他あることないこと尾ひれ背びれもついて伝わっていった。まるで魔法のように簡単に広まってく噂話。お陰で奇特な人やバンドから少しばかり対バンの話も貰えるようになった。
アキコは今も近鉄電車の傍のアパートに住んでいて、ジュリも未だにアキコの部屋に居候している。貯金もなくなり、もう大学に戻ることはないだろうし、カウンターレデイの仕事は先の見通しもなく、何も状況は変わっていなかったが、それでも二級品なりになんとかやっていくしかないとアキコは思っていた。
「clear conversations」ってなにかな?って押してみたら「はい!」「いいえ!」も訊かれずにそっと全部消えてしまいました。
なんかそう言う時はポールモーリアベスト全集でも聞くかーってなるけど、
検索してみたらなんか動画音声がたくさん出てきてこの人はフリー素材なの?って思わず思っちゃうレヴェルよ。
学習の仕方とかはまがGPT-4ちゃんすぐ覚えてくれるからいいんだけど、
恐らく同じ文言一句一語と一緒のことは言えないまさに一期一会苺食らわば皿までもってモットーを掲げなくちゃいけないのよね。
本当にうっかりしてたわー。
クールポコさん的に言うと
なぁーにー!やっちまったなー!って感じかしら。
画面を閉じちゃったら音も消えない?それがネックなのよね。
でもさ、
ポールモーリアのベスト全曲集を何があるのか出てきたものの羅列の種類の多さがすごくていったいぜんたいポールモーリアベストって何が本当のベストなのか山脈に向かってヤッホー!って叫びたいわ。
MAXIMUMコレクションなのかヒストリーなのかパーフェクトベストなのかニューエディションマキシマムヒッツなのか
織田裕二さんのラブサムバディしか入ってないラブサムバディ完全版よりタチが悪いわ。
まあとりあえず、
そんなこんなこの気持ちはさすがに今流行のAIじゃ割り切れないわよ。
それとなんかちょっとずつ忙しくなってきたので、
やっぱりちょっとポールモーリア全曲集は人生にいくつかは必要なようね。
もうさ、
ぱぱっと仕事終わらせちゃって
うふふ。
久しぶりにお店に寄ってみてまあいつものハムタマゴサンドなんだけど、
あとホッツヒーコーもね。
まだホッツがいいけど、
だんだんと暖かくなってきてホッツからクールに変わったときがポコだわ。
やっちまったなー!って
思い出したけど、
水出しルイボスティーウォーラーもいよいよ季節到来の準備だわ。
1回水出しよりも
より成分が抽出される力が強そうな感じの煮出してみてポテンシャルを発揮出来るようにしてつくる
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!