はてなキーワード: ムーブメントとは
社会の抑圧に抗い、既存の秩序に反発し、ルールを破ることで「自由」を叫んだ。
エルヴィス・プレスリーが腰を振れば、それは性的な解放のメッセージになり、ジョン・レノンが「Imagine」を歌えば、世界平和の象徴となった。
ロックスターは常に”支配者”に向けて中指を立てる存在であり、だからこそカウンターカルチャーの旗手として崇められた。
フェミニズムもまた、既存の価値観に対するカウンターであり、社会構造に挑戦し、女性の自由を求めてきた運動である。
それならばロックスターと同じく、フェミニストも社会の英雄になってしかるべきだったのではないか。
だが、実際にはそうならなかった。
ロックスターはカリスマとして崇められ、一方のフェミニストは”面倒くさい人”、”怒りっぽい人”、”被害者意識の塊”と揶揄されることも多い。
なぜ、このような違いが生じたのか?
なぜフェミニズムはロックのようにカウンターカルチャーとして熱狂的に支持されることがなかったのか?
ロックスターの反骨精神は、端的に言えば「Fuck you!」の精神である。
むしろ、「俺は俺の好きなように生きる、お前もそうすればいいじゃないか」と突き放す。
ロックは自由の音楽であり、全ての人に向けられたメッセージだった。
「性差別をなくせ」
「ミソジニーをやめろ」と訴える。
だが、残念ながら”要求する”という行為そのものが、しばしば”鬱陶しい”と受け取られてしまう。
カウンターカルチャーとして機能するためには、「俺たちの好きにやらせろ」というノリのほうが支持されやすい。
しかし、フェミニズムは「社会を変えろ」という主張を含むため、「他人の行動を制限するもの」として捉えられやすい。
この構造の違いが、ロックスターのようなカリスマ性を獲得できなかった一因である。
つまり、明確な「敵」がいたのだ。これは共感を生みやすい。人は、共通の敵がいると団結する。
性差別は国家や特定の組織の問題ではなく、社会のあらゆる場に根付いている。
つまり男性だけでなく、女性自身もその価値観の一部になっている場合がある。
敵が明確でない戦いは、支持を得にくい。
たとえば、パンクロッカーが「腐敗した政府をぶっ潰せ!」と叫べば、それは分かりやすく、共感を呼びやすい。
しかし、フェミニズムの主張は「社会のあり方を根本から変えなければならない」という構造的な批判になるため、「今の社会に適応している人々」からの抵抗が生まれてしまっているのだ。
”楽しさ”か”道徳”か
音楽を聴いて、踊って、叫んで、解放される。それがロックの魅力だ。
しかしフェミニズムの議論は基本的に「道徳的」な話になりがちである。
「これは間違っている」
「これを正さなければならない」
等といった倫理的な話になりやすく、どうしても説教くさいと思われてしまう。
人々は”楽しさ”には簡単に乗れるが、”道徳”にはなかなか従おうとしない。
環境問題がそうであるように、「正しいことをしよう」と言われると、人は逆に抵抗したくなる。
フェミニズムが求めているのは社会の進歩であり、それは間違いなく正しいのだが、”楽しい”という要素が欠けていたために、カウンターカルチャーになりにくかったのではないかと考えらえる。
カリスマの不在
エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、カート・コバーン、パティ・スミス……彼らは「個」でありながら、「運動」の象徴になった。彼らが歌うだけで、何かが変わるように思えた。
一方、フェミニズムは組織的な運動として発展し、多くの優れた論者や活動家を生み出してきたが、ロックスター的なカリスマには乏しかった。
個人の魅力で人々を熱狂させる存在が少なかったため、ムーブメントとしての盛り上がりに欠けた。
カリスマ的なアイコンの不在は、フェミニストを宗教的な尊大さを抱かせるための教示としての、大きな魅力の欠損へとつながったと言えるだろう。
【追記】------------------------------
みなさんアドバイスありがとうございます。
みなさんおっしゃっていましたが
彼氏には値していないけど、別に嫌なやつじゃないから遊んでやってもいい。
ただ、私のこれからの動きとしては
「ガンガンいこうぜ」
の1手しか選ぶつもりはありません。
他の女性と並行してという意見も多くいただいたのですが、自分の経験と性格上、同期間に複数の女性と体の関係があると、結果あまり良くない方向に転がっていることがほとんどだから、それはしません。
つい先日、今度ラブホ行こうよ
という話になり、
私彼氏いらないんだの時の返しよりは自然に返事ができたと思います。
心から死ぬほど楽しい毎日を送れていますが、たまにこういうのでぷよぷよの全消しされた後のアレみたいに、すごい量のストレスがやってきます。でも幸せな分、全消しされた後のアレもすごいスピードで消すことができて、心の新陳代謝は高い方が自分の精神衛生は良いんだと実感しています。
春が訪れるか、世界が終わるか、状況が変わったらみなさんにまた話を聞いてもらいたいです。
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是非、lucky kilimanjaroの「エモめの夏」を流しながら聞いてください。
この話は31歳おっさんが被セフレ、メンヘラになるまでの1ヶ月間の話です。
2025年1月、昨年9月に彼女と別れて年末に転居した私は、よっしゃ。アプリでもやって人生最後の遊ぶ期間やりますか!!
中に入ると小綺麗な格好したタイプではない子が。
あれ。あの子かな。黒のワンピースって言ってたし、っぽいよな。まぁ楽しく飲むか。
というか分かんない方がワクワクするじゃん。
タイプじゃなかったら友達になっちゃおうぜ派なので凹むことはなく、声をかけると、
え、、、?は??
いや、違いますけど、、、、
あれ。恥ずかしい。そそくさとコンビニを出た。
その日はとても風が強くて寒かったにも関わらず顔がチンチンに熱かった。
そこで、イルミネーションでキラキラしてる坂の上から黒のワンピースの女性が降りてきた。
あっ。マカロン坊主さんですか?ちょっとイルミネーション見てました。
声は少し小さめで抜ける感じ。タイプやーん。糸目女子めっちゃ好きなんです!
初手当たり引いた!頑張らなきゃいけない日だ!と気合を入れた。
挨拶もそこそこにメキシコ料理のお店に向かっている道中、耳めっちゃ赤いですねwと軽くいじられる。風が強くて何度か聞き返した。
いや、寒いから〜とかいいながら、他の女の人に間違えて声かけて恥ずかしくてとはまだ言えない。
お店に着くと早速ビールを頼む。
彼女は毎日250mlのビールを寝酒として飲んでいるようで掴みはバッチリ。
掴まれた方だけど。
寒い日曜日の夜だったので人も混みすぎていなく会話するにはもってこいだった。
•同じ市内育ち
•同じ部活
•お酒好き
•別れたばっかり
もうこの時点で、遊ぶ目的で始めたけどこの子を本命にしようの心が動きだす。
恐らく一般的な男性としては自分より頭がいい女性はとっつきにくいかもしれないが、人生のほとんどを自分より頭がいい人と過ごしてきた私としては、とても懐かしく、日常を感じながら会話をすることができた。
会話の前後でそういうこと言いたかったんよな?みたいなこと考えながら喋るやつ。
次も会いたかったので帰り際の話題はどんなとこにデートが行くのが好き?という話へ。
と一言。ん?意外だな。
このコミュニケーション力ならしっかり恋愛してきたはずだしなんでだろ。
色々提案し、水族館とかどうかな?というとそれアリ!と盛り上がり、行くことが決まった。
どっちかっていうと相手主導で笑
我ながらダサいな〜と思いながらホクホクで駅に向かう。
また耳赤いよ?wと一言
駅から離れた方向に歩く人から、駅ってどっちですか?と聞かれると、するりと手を離し、しっかりと何線に行きたいか意思を聞きながら受け答えをしていた。
ぼちぼち飲んだのにめっちゃしっかりしてるやーん。
外の人と喋る時はそんな感じな。いいやーん。とさらに高感度が上がる。
その日はLINEを交換して別れた。
会話の温度感テンポ感とは裏腹に、LINEが返ってくるのは1日1回。
この辺りもこっちが沼る要因になっていそうだ。
皆さんならこのあたりで気づくかもしれないが、
流石に1ヶ月は空きすぎなので、一回ご飯いこうと誘い行くことに。
彼女は小説が好きと聞いており、食事までにおすすめを1冊読むと面白かった。
食事の日に、自分の提案で水族館までに同じ本を読んで感想言い合うということになった。
その子が同じ物事を体験してどう感じるかをどう考えるかを知りたくてしょうがなかった。
ちなみにこの日の帰り道の信号待ちに、目がバッチリ合ったので頬にキスをした。
そして一緒に電車で帰っている道中、
脳内でまだ一緒にいたくはあるけど、セックスはとっておきたい気持ちになっていた。
あれ。このパターン今までないかも。なんて言おう。そこから紡いだ言葉は
セックスが脳内にあることを前提として誘ってしまったのである。
誘い方が嫌だから無し。それなら一緒にいよ。でいいじゃん。と彼女の一言。
さっき飲んだ赤ワインが少しのぼってきたのを感じた。
この話だけは週明け仲のいい同僚にもできなかった。
その2週間後、水族館のデートの日は8時にお互いの家の間のレンタカー屋で待ち合わせをした。
女友達にその話をしたら、お前メイク舐めてんな?などなど非難轟々だったが、彼女はクソ早起きなのである。
レンタカーの手続きを済ませると、店員さんから自然とキーを預かる彼女。
あれ。俺運転する気満々なんだけど
あたしも運転好きなの!!
んじゃ、じゃんけん!
じゃんけんは基本負ける自分の本分を全うし、彼女が運転席に乗った。
曲がる時の減速とか車間距離とか気になんねー!!
半分ずつ運転して、会話が途切れることもなく楽しく走った。
動物園、水族館で重要になるのが1展示にどれくらい滞在するかである。
説明をしっかり読むか読まないか。擬態してる生き物を探すまで次に行くか行かないかなど、
その人の事象に対する熱量だったり、相手への気遣いとのバランスなど、
意外とわかることが多く私はデート先として好きだ。
彼女はというと、しっかり説明は全文読むし展示ごとに感想を言い合った。
よいよい。気にせず自分の尺で動く人好きです。
イベントの一つに子どもが魚の絵を描き、その絵がなんの魚かを水族館職員お姉さんが推測をしながら司会をして、大きな水槽の中に別の職員が潜りカメラでその魚を映す。という催しがあった。
周りの人は定期的に入れ替わったが、そもそもこの企画めっちゃ優秀じゃない?
と言いながら我々は食い入るように見ていた。
絵を描いた子どもたちはとても楽しそうだった。
彼女の少し低めの鼻と、笑った時、子どもが書くかもめみたいに線になるのがたまらなく可愛かった。
そのまま歩いて展示の説明を見ていると
後から調べると国際的に統一しているのは英語ではなくラテン語で、
◯◯属•〇〇種というルールで名付けられているのに対し、
和名は種に対して固有名詞が付けられている世界でも珍しいルールで運用しているようで、
その後も夕方にご飯に行くか、ペンギンの餌やりを観に行くかのじゃんけんに負けた後、
また、彼女は水族館もその後回った島もMAPをすぐ手に取り、全体を把握したがった。
組み立てるのが好きなようで知的でいいやーーん。となっていた。
島ではそのMAPのおかげで、メインロードだと同じ道を行って帰ってくることしかできないが、
島を一周する形で歩ける裏道を通ることができた。人がごった返していたメインロードに対し、
正直ここで告白するか迷ったけど、ひよったことは言うまでもない。
そろそろ一回引きで自分を見てみよう。
文字にしてみると歳上男性とデートに行った時の若い女子みたいな
さて、帰り道も彼女の運転で帰ることになり、レンタカー屋まで戻った。
21時にもどり、8時スタートだっため帰宅か軽く飲み行くかを選んでもらう。
いやいや、流石にというと、じゃあもう一軒いこ!おごって!と提案された。
誘導がイケメン。。。次のデートでちゃんと想いを伝えよう。。心に決めた。
カラオケ行かない?という話になった。
というのもカラオケで流す音楽の趣味がお互いにあったためである。
朝の早さも相まってかなり酔った。気づいたら深夜1時30分くらい?だった気がする。
彼女が膝の上に頭を乗せて眠い感じを出してきたので、今回は自然にホテルに誘い移動することになった。
タクシーを捕まえてドアが開くと
私、彼氏いらないんだけどそれでもいい?
と一言。
精一杯間を空けずに別にいいよと虚勢を張った。
顔はどんな表情していいかわからなかった。顔の筋肉が感じたことないところに力が入ってた。
流石にそこで、じゃあ帰る!!と言える度胸も理性もなかった。
ベッドの中で、好きだよと言うと、
あっ、この感覚久しぶりだ。と言うと返事はなかった。
衝撃の一言から1週間が経ちようやく自分で咀嚼ができるようになってきた。
ただ、彼女がなんで彼氏がいらないスタンスの人なのか深いところは聞けないし聞きたくない。
恋煩いとはよく言ったものだ。メンヘラど真ん中である。仕事の進みが明らかに悪くなった。
この週末で見つけた対処法としては、今何してるんだろう。自分のことどう思ってるんだろう。
のメンヘラ精神状態の時にジムに行き身体を追い込むと、サウナからの水風呂のような整う効果を得られることを見つけた。
脳内がぼーっとしているメンヘラ状態から筋トレをすると脳内がクリアになっていくのである。
これ新しいムーブメントになる気がするんだけど皆さんどう思います?という問題提起で結びにしたい。
ちなみにエモめの夏いいなと思った人は、同じくlucky kilimanjaroの「350ml Galaxy」を爆音で聴きながら酒呑むの最高なのでやってみてほしいです。
そして、このキモめの冬に春が来ることを祈ってください。
れいわ信者「自分たちは頭が良いから世界の真実に目覚めた!MMT!税は財源じゃない!国債刷って税金廃止!」
国民民主信者「「自分たちは頭が良いから世界の真実に目覚めた!壁廃止!減税!財務省解体!」
こんな感じだったけど、先日玉木のネット世論機嫌取りのためのポストで一気に「外国人が日本の社会保障にタダ乗りしてる!けしからん!」というムーブメントが国民民主党信者の中に出てきた。
@tamakiyuichiro
今朝のウェークアップでも指摘しましたが、外国人やその扶養家族が、わずか90日の滞在で数千万円相当の高額療養費制度を受けられる現在の仕組みは、
現役世代が苦労して支払う社会保険料は、原則、日本人の病気や怪我のために使われるべきです。
https://x.com/tamakiyuichiro/status/1890615567171637460
そもそも90日の滞在では実質的に健康保険に加入できない。91日目からである。
数千万円の医療費が必要な人間がビザを取得して日本で治療受けるのは相当特殊かつ巧妙なスキームが必要。
しかし、ここは「韓国人が井戸に毒を投げた!」「韓国人が唐辛子をシカに食わせた!」というデマが流布する国日本である。
そもそも日本人の多くは海外旅行したこともないし、まして海外で働いたこともないので、国民民主党支持者の境界知能だと「ビザ」という概念すら理解できていない。
ということで「中国人なら不正をして日本ので数千万円相当の高額療養費制度を悪用しているに違いない」という陰謀論が完全に定着しようとしている。
つい先日は「財務省が日本の経済を30年間停滞させている」という陰謀論から中規模デモまで出てきたが、更なる排外議論が玉木主導のもとで起きようとしているのではないか。
そもそも中国の方が医療は進んでるっぽいけどな。最近では台湾人スターがインフルエンザで亡くなったときも現地の中国人から日本の医療がボコボコに叩かれていたし。
謝罪や炎上が尽きない世の中において、もはや「自分には、何もやましいことはないです」と主張できる人はいないのではないか。
そうなると、社会的に成功すると謝罪や炎上に追い込まれる、そう考える人も多いはずで、最近の若者が出世を拒むのには、そういう考え方もあるのではないか。
だからこそ、この「やましいこと」を許されるための社会的方法論を考えていくべきだと思うのだ。
先述のとおり、偉くなると過去の「やましいこと」が露見して辞めさせられてしまう、みたいなムーブメントは正直なところ、社会にとってもマイナスだと思われる。
偉くなること(社会的に成功すること)へのモチベーション低下は、仕事や社会的活動へのモチベーションまでも低下させ、業務効率も悪くなるはずだし、
そもそも、人手不足を強く感じる時代なのだから、そんな無駄なムーブメントで貴重な「リーダー」となれるはずの人手を失うべきではない。
また、そういった成功した人々だけではなく、私たちだって、いつ炎上を仕掛けられるかわからないのだ。
だからこそ、自分に対する保険の意味でも、人々をどうやったら「やましいこと」から解放させてあげられるのか、社会的に議論すべきだと思う。
つまり、ちゃんと「許し方」の方法論(「こういうことに対しては、○○をしたら許されるべきだ」といった許しのラインみたいなもの)を構築していくべきなんだと思う。
(ちなみに、「許され方」じゃなくて、「許し方」を議論すべきだ。
個人的な告解の話じゃなく、許す側である社会が、どこまで謝罪があったら、罪を許すのか明確にすべきだと思うのだ。
現在は、許しのラインが社会的に明確でないから、炎上が際限なく続いてしまう。
ChatGPT 4o
Q. ファクトチェックしてください
ご提供いただいた文章では、アメリカのフェミニストの間で「男児を堕胎することを目的に妊娠する」というムーブメントが広がっていると述べられています。しかし、信頼できる情報源を調査した結果、そのようなムーブメントが存在するという証拠は見つかりませんでした。
この主張は、事実に基づかないデマや誤情報である可能性が高いです。特に、社会的にセンシティブなトピックに関しては、情報の真偽を慎重に確認することが重要です。
したがって、アメリカのフェミニストの間で「男児を堕胎することを目的に妊娠する」というムーブメントが広がっているという主張は、信頼できる情報に基づいていないと判断されます。
ご質問の「リプロダクティブ・ジャスティス(生殖の正義)」に関する投稿についてお答えします。
「リプロダクティブ・ジャスティス」は、女性が自由に子供を産む・育てる・産まない権利を尊重する概念であり、フェミニズムや人権擁護の分野で広く議論されています。実際、フェミニズム系のフォーラムやSNSでこのテーマに関する投稿が行われていることは確認できます。
例えば、国際ジェンダー学会の学会誌では、リプロダクティブ・ジャスティスに関する論文が投稿されています。 また、お茶の水女子大学ジェンダー研究所の報告書でも、リプロダクティブ・ジャスティスを特集テーマとして取り上げています。 
これらの情報から、リプロダクティブ・ジャスティスに関する投稿や議論が存在することは事実です。しかし、これらの議論が「男児を堕胎することを目的に妊娠する」というムーブメントと直接関連しているという証拠は見つかりませんでした。
Reproductive Justiceは黒人女性団体が1994年に発表したアジェンダがある。
https://blackrj.org/our-causes/reproductive-justice/
ただわざわざ黒人女性団体が立ち上がってこういうマニフェストを公開している当たりに薄っすらと人種差別を感じるのは俺だけだろうか。
ソースがあるわけじゃないので、元増田の見つけたものが本当なのか、単なるデマなのか、一部の狂信的なフェミニストが勝手にのたまっているのかはわからんが、reproductive justiceと言う言葉を安易に使ってしまったとしたら頭悪すぎると思う。
その辺も軽くググってみたが最近わざわざ妊娠して男子だったら堕胎するなんてことをしている女性がいる、と言う話自体も見つからなかったから、本当にあったとしたら日本で言えば2chのどこかのスレッドで2〜3回程度のやり取りがあったくらいのものかもしれない。
アメリカは思春期の少女に「私はセクシャルマイノリティな気がする!」と言う程度の理由で性別適合手術を施してしまう医師がいるような国でもあるので、「胎児が男子とわかったから堕胎したい!」くらいの理由で堕胎に応じる医師もいるような気はする。
アメリカは堕胎薬をその辺のコンビニで買えるのかな?もしそうだとするなら日本の産婦人科学会が言っていた「リプロダクティブ・ヘルスの薬へのアクセスを簡便にしたら性規範が乱れる」がまさに起きていることになるので、そういった薬の販売についても社会的に考え直すきっかけを与えることになる。
そうなると本当に必要な人が本当に必要なタイミングで手に入れられなくなるということでもある。
ただ、「本当にこういうい事をする人たちは自分たちの正義を全く疑っていないので、やってやりました!っていう発言を公に堂々となんの疑問も持たずにするだろう」から、本当にSNSで発信する人は現れるだろう。
あと、自分たちがまっとうなフェミニストだと思うのであれば、この方向のムーブメントはフェミニストにとっていい結果にならないのだろうと思うので、しっかり立場を表明しておいたほうがいいだろう。
そういえば、韓国のフェミニズム界隈でなにか似たような話を聞いた気がする。堕胎まではしていなかったと思うが、離婚したことを「○○しました、スッキリしました」みたいに言っていたと記憶する。
さて、ここまでは感想だが、元増田もそういうのを聞いたことがあるという体で巻き込もうとしているそういうフェミニスト、自分たちはプロパガンダやデマゴーグだけして引っかかった女性が泣きを見るだけのそういうフェミニストの可能性もあるという点で結構このエントリーを警戒している。
まず女性に言いたいが、「仮にこのムーブメントがあったとしても絶対に乗るな」だ。特に日本では堕胎がそうは法という危険極まりないやり方が横行している。学校で習ってないかもしれないが、これは最悪の場合自分の妊娠能力を永遠に失うリスクを伴っている。
海外は薬で堕胎するという安全な方法が取られているからこのムーブメント自体は「起きてもおかしくない」とは思う。
とはいえ当然母体への肉体的、心理的ダメージは計り知れないだろう。それすらも男のせいにするのかもしれないが、正直言ってやめたほうがいい。
次に、「男児を産まないことが女性の解放に繋がる」わけがない。
というよりも、胎児が男子かどうかわかるまでは女性は開放されないことになるし、男子とわかったからと言ってもその頃には産みたくなっていて結局開放されない可能性もある。
多分だがこれを扇動している人たちは、男性、妊娠出産の経験のない女性、もう自分は妊娠も出産もしないだろう人々、と言った今まさに妊娠出産を考える女性ではないと思う。
この手の扇動をする人たちは「自分たちは別に困らない問題」な仮提示するのがパターンだ。
マルクスは貴族のパトロンから金吸い取りまくって豪遊した商人ちだからな、言っとくけど。
なんにしても、女性はこのムーブメントに乗ってはならない。もし乗れば人生を破滅に導くとか、10年後に凄まじい公開に苛まれるだろう。
アメリカのフェミニストの間で、男児を堕胎することを目的に妊娠するというムーブメントが広がっているらしい。少なくとも、そういう話を耳にする機会が増えた。
俺は在米歴十年になる日本人で、仕事の関係で西海岸に住んでいる。こっちのフェミニスト界隈の動向にはそれなりに明るいつもりだが、最初にその話を聞いたときはさすがに冗談だと思った。しかし、調べてみると、どうも単なるネット上のネタでは済まされないようだった。
発端は昨年の春頃、フェミニズム系のフォーラムやSNSで「リプロダクティブ・ジャスティス(生殖の正義)」を強調する投稿が増え始めたことだった。女性が自由に子供を産み、育てる権利を持つのは当然として、「産まない権利」も同等に尊重されるべきだ、という議論が過熱し、その一環として「男児の妊娠を避ける」という主張が出てきた。もともとフェミニズムの潮流の一部には、父権制に苦しめられてきた歴史を踏まえ、女性中心の社会を目指すべきだという考え方があったが、それが極端に先鋭化した結果、「男児を産まないことが女性の解放に繋がる」という論調が生まれたらしい。
初めは「男児を妊娠したら中絶するのは個人の自由だ」という話だったが、やがて「積極的に妊娠し、男児だった場合は堕胎することで、社会に対してメッセージを発信する」という考え方が一部の活動家の間で支持され始めた。特にカリフォルニアやニューヨークの急進的なフェミニストグループの中で、このムーブメントは静かに広がりを見せた。
彼女たちは「ボディ・オートノミー(身体の自己決定権)」を根拠に、「女性には子供を産む・産まないを選ぶ権利があるのだから、男児を産まない選択も正当だ」と主張する。その論理の帰結として、一部の過激な活動家が「フェミニストとしての意思表示」として妊娠をし、男児だった場合にのみ堕胎することを行動に移し始めたらしい。
とあるオンラインフォーラムでは、実際にそれを実行した女性たちの体験談が投稿されている。「私は今までに二回妊娠し、どちらも男児だったので堕胎した」「社会を変えるためにできることをやっている」「これは復讐ではなく、正義のため」そんな言葉が並ぶ。
もちろん、これに対する反発も大きい。中絶反対派の保守系メディアはこれを「狂気の沙汰」として取り上げ、SNS上でも激しい議論が巻き起こっている。しかし、驚くべきことに、一部のリベラルメディアは「個人の選択の自由」として擁護する立場を示している。
医学的には、妊娠初期の段階で胎児の性別を確定することは難しい。だが、12週以降になれば超音波検査や遺伝子検査で判別が可能になる。彼女たちはその時点で性別を確認し、男児だった場合のみ中絶を決断するらしい。このため、実際に何人の女性がこの行動を取っているのかは正確には分からない。しかし、「実践した」と公言する者が複数存在する以上、完全なデマとも言い切れないのが現状だ。
このムーブメントが今後どのように展開するのかは分からない。もしかすると、一過性のものとして消えていくのかもしれないし、あるいは、さらに先鋭化した形で続いていくのかもしれない。だが、確かなのは、現代のフェミニズムがこれほどまでに過激な形で進化しつつあるという事実だ。
俺自身は、どんな思想であれ個人の自由を尊重するべきだと考えている。だが、「男児を堕胎することで社会を変える」という発想が、果たして本当に女性のためになるのか。それを考えたとき、どうしても違和感を拭いきれない。
いずれにせよ、アメリカという国は、時に想像の斜め上を行く社会運動が生まれる場所だ。この話もまた、そんな奇妙な時代の一断面なのかもしれない。
姿勢矯正した上で筋肥大のトレーニングをするといったパフォーマンスピラミッド的な考えは正確ではない。
体のバランスを整えたければ筋力トレーニングの種目選定をバランス良くする。あるいはファンクショナルトレーニング、ムーブメントトレーニングなど体の機能・可動を目的としたトレーニングを取り入れれば良い。
つまり、姿勢を矯正してから筋トレをするというような順番を考える必要はなく、筋肥大、除脂肪、姿勢矯正は一体でやれば良い。
また、ストレッチとあるが、動的ストレッチをするくらいならウォーミングアップをすればいいし、静的ストレッチにたいしたエビデンスがないことは広く知られている。つまり、ストレッチ単体をやるくらいなら動的ストレッチが含まれたムーブメントトレーニングを1種目でも多くやればいいのである。
引き続き評価を聞いてみた。
現時点での評価としては、「話題性はあったが、実際の政治活動には結びついていない」 というのが妥当でしょう。
• 発信力が強く、政治に関心のなかった層を引き込んだ
• 「スピード感」を強調しながら、実際の動きが遅い
• 結局、既存の政治を批判するだけで、代わりのビジョンがない
現状では、「SNS発信を武器に支持を集めたが、実際の政治行動が伴っていない」ため、「口だけの政治家」 という評価が強まっています。都議選までに具体的な動き(候補者擁立・政策発表など)がなければ、支持を失い、「ただの一過性のムーブメントだった」と判断されるでしょう。
俺の住む町は、アメリカ中西部のそこそこの規模の地方都市だ。典型的なレッドステートの片田舎で、周りを見渡せばトランプの赤い帽子をかぶった人間がちらほらいる。コロナ禍のときもマスクをしない主義のやつが多く、ワクチンを打たない自由を誇らしげに語る人間が珍しくなかった。でも最近、その手の人々の間で、ある意外なものが流行り始めている。それがテコンドーだった。
発端は、地元の人気ラジオ番組だった。右派寄りの論調で知られるトークショーのホストが、リスナーからの質問に答えるコーナーで、突如こう言ったのだ
「最近、俺はテコンドーを始めた。これがなかなかいい運動になるし、何より自己防衛にも役立つ」
最初は冗談かと思ったが、彼は本気だった。テコンドーがどれだけ優れた格闘技で、特にミドルエイジの男性にとってどれほど有益かを熱く語った。そして最後にこう締めくくった
「お前らも試してみろ。俺たちは常に戦う準備をしていなければならない」
これがきっかけだったのか、保守派の人々が地元のテコンドー道場に通い始めた。特に40代、50代の男性が多い。これまで運動とは無縁だった中年太りの男たちが、いきなり道着を着て蹴りを繰り出しているのだから、最初は笑い話だった。だが、彼らの熱意は本物だった。
地元のスポーツ用品店でも「テコンドー用の道着はないか?」と尋ねる客が急増し、一部の店舗では小規模ながらコーナーが設置されるほどになった。SNSでは「俺の町の保守派グループもテコンドークラブを作った」といった投稿が増えている。彼らはテコンドーを単なるダイエット手段としてではなく、「戦うための準備」として捉えているようだった。
俺のアパートの隣に住むジェイクも、そんな一人だった。50代前半、腹の出た元軍人。普段は「リベラルのせいでこの国は終わった」と愚痴をこぼしているが、最近は道場帰りに「今日は回し蹴りの練習をした」と誇らしげに語るようになった。
だが、冷静に考えると、このムーブメントには妙な皮肉がある。トランプ支持者の多くは愛国心を誇り、アメリカ第一主義を掲げる。そして、テコンドーは韓国の国技だ。にもかかわらず、彼らはなぜかテコンドーを選んでいる。
理由はいくつか考えられる。まず、テコンドーは他の武道に比べて敷居が低い。柔道やブラジリアン柔術のように相手と組み合う必要がなく、剣道や空手よりも派手な蹴り技が多い。特にYouTubeで見られる「強そうな技」のインパクトが大きいのかもしれない。そしてもう一つ、これはあくまで俺の推測だが、彼らの中に潜在的な「戦闘願望」があるのではないかと思う。
彼らは口を開けば「リベラルのせいで国が滅びる」「移民が犯罪を増やしている」と言う。選挙が近づけば「俺たちの国を取り戻すべきだ」と熱を帯びる。そんな彼らにとって、テコンドーは単なるエクササイズではなく、ある種の「戦うための訓練」なのかもしれない。もちろん、道場のインストラクターは「平和的な精神が大切です」と言っているのだが、それがどこまで響いているのかは分からない。
ある日、スーパーの駐車場で、ジェイクが突然俺に向かって言った
「見てろよ」
そして、車のそばでいきなり後ろ回し蹴りを繰り出した。しかし、バランスを崩して派手に転んだ。
「大丈夫か?」と声をかけると、彼は痛みに顔をしかめながらも笑っていた
「これができるようになったら、俺は完璧だ」
逆なんですよ。「男性が女性を選ばなくなった」なんですよ。そしてそこに隠れている本質が、まさに男女の分断です。
もともとカップルの形成は、男性から女性へのアプローチが多いのです。
「選ばれない男」という立場を考えたとき、アプローチの方向性として、女性が断りまくっているという状況が浮かびます。
しかし、実際にそういった話を聞くことは少ないですよね。女性が断り続けているわけではないんです。
で、客観的な事実に目を向けると、マッチングサイトの登場から始まった婚活ブームがありました。
このブームは、主に女性によるものだったんです。女性から積極的にアプローチする場を求める動きが、ムーブメントとなっていったわけですね。
つまり、選ばなくなったのは男性側だったんです。ここからが深い問題です。
では、なぜ男性は女性を選ばなくなったのでしょうか。女性の価値が下がったからでしょうか?
そうではないですよね。なぜそう言い切れるのか。それは、結婚率が依然として男性の収入に大きく依存しているからです。
結婚率が男性の収入に依存しているのに、アプローチの方向性は昔と変わらないというのが現状なんです。
つまり、
「男性が女性を選ばなくなった(男性が諦めてしまった)」というのが現実です。
昔、地元のハードオフ系列の古着屋で働いてたとき、バイトリーダー的な男の人がマジでセクハラ常習犯で、
パートのおばちゃんは常にケツ触られてるし、ケツ触られて怒ったら「触ってもらえるだけありがたいと思え」みたいに言うし、
私も金庫の締め作業をしてるとき(つまり、金庫を開け放ったままでそこから動けないとき)後ろから抱きつかれたりしたし、
でも仕事は出来るから社員登用されてたりして、マジで最悪なやつだった。
風の噂で、とうとうセクハラが本部にバレてクビになったみたいなことを聞いた。
ハードオフはまともな会社だなあ、でその話は私の中で終わってたんだけど、
その数年後、ふと、そういやあの人元気かなーと思って、なぜか覚えてた彼のTwitterアカウントを覗いたら、なんと、死んでた。
比喩じゃなくて、病気かなんかわかんないけど、奥さんが代理で亡くなったってツイートしてた。
まず、結婚してたのにも驚いたし、子供もいて、生まれたばっかりの子ども残して死んでて仰天した。
奥さんは悲しみのツイートをしていて、それにぶら下がったリプも彼の死を嘆くものばかりで、
最悪セクハラ会社クビ野郎にもそれを知ってか知らずか、その死を悲しむ家族がいるんだなーと思った。
セクハラ最悪おじさんの周りで二次被害食らって絶望的な状況になる家族や友人みたいな人もいるんだろうなと思ったら
なんかすげー嫌な気持ちになる。
ちょっと手を挙げてくれ
良く討論番組とかでも、こういう人は夫婦別姓だと便利だって話出てくるけどさ
いざ、そういう人の話聞いてみると、理由が馬鹿馬鹿し過ぎて笑っちゃうんだよ
一番面白かったのは結婚離婚を複数回経験してその都度苗字変えなきゃいけなかったってやつ
しかも、めんどくさいなら途中で学べよって話で
そんなレアケースの馬鹿なやつの為になんで社会制度の方を動かすんだよって笑っちゃったんよな
他のケースもよくよく聞いたら、事実婚とかその業界での名称の名乗り方を変えるとか解決方法他にありますよねってもんばっかりなんだよな
はてなでも共感を得られるような夫婦別姓にしないとなんだってニキとかネキいたか?
いなかったろ
妄想の人の為に社会制度変えようとか、それをムーブメントとして捉えて参加することで気持ち良くなってるの見てらんないぞ
アイスバケツチャレンジ見てるような薄ら寒い感じある
私の今までの増田を集めてて全部は森の熊くまなくは全部目は通して読めないんだけど、
チラッとそれでも目に入るじゃない。
その時に、
私その瞬間それにハマってたんだなぁって。
振り返られることがあんのね。
中でもスパイスにハマっていた時期があったみたいでその流行なに?私のその流行!って
そんなことあったっけ?って
その時に買ったもので何か作ったのかしら。
なんか1回鯖缶のカレー適当に1回だけ作ったぐらいの微かな記憶をカレー味になぞらえて思い出しても、
反射的にカレーを味わったとて、
私のあの頃のなんかスパイスブームのムーブメントにいた頃の味が思い出せないのよね。
うーん、
確かに鯖缶のカレーを作って適当に作ったけれど美味しく食べたのは覚えてる多分1回きり。
なんかさ、
自炊で美味しいのができたとしても、
調味料とか計ってない適当な配分の適宜よろしく適当にパッパッと入れちゃうじゃない。
二度と自分のその味には巡り会えない。
いつも作り慣れているものなら、
こんな感じで1回ぐらいしか作ったことのないサバカレーなんかは再現不可能で、
いや逆に言うと今作ったらその当時を超える美味しくできちゃう可能性もしかり。
同等には出来ないけれど、
以下かそれ以上かのどっちかに振り切れて出来栄えの味になると思うの。
そんなスパイスにハマっていたブームのムーブが動いた私の心に覚えているといえば、
そのぐらいなのよね。
ここで書くつーことは相当なんか作り込んでいたと思うんだけど、
その1品のことしか思い出せないのよね。
まあそんな適当な私の適宜に作った調味料を放り込んで作っている自炊研究の記録も
あれは思い出したわ!
私その時の私を思い出すために
なんかその時はそういったレシィピを書き残す習慣がなかったので、
お米の分量と水加減と鍋の煮る時間はいい加減書いていたと思うわ。
それ掘り起こして
そうなの、
私はお粥を作ってみることにした再ブーム到来か!って感じに私の中で吹き起こる自炊やりたい欲をヒシヒシと湧き出てきたわけ。
そこで、
そうよ圧力鍋!
それを引っ張り出して、
よかったわ。
だってさすがに鍋を窓から投げ捨てたら下に落っこちたとき危ないじゃない?
早速圧力鍋を取り出して、
今回は高火力圧力鍋よろしくこれで作ってみようとふと思ったのよね。
また忘れちゃうといけないので簡単にレシィピを書いて残しておく私のためにとって感じで
お米半合
サツマイモ半分
鶏モモ肉1枚
あとお塩小さじ半分
以上!
鶏モモ肉1枚はそのまま切らずに鍋に投下!
これは圧力鍋でほろほろになって、
箸を入れたら崩れちゃう効果を狙ってあえて包丁で切らずに1枚そのままどーんと鶏モモ肉を入れる作戦なのよ!
私のお粥のテーマである「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」にぐっと応えそうな鶏モモ肉1枚そのまま!って感じじゃない?
そして15分経ったら火を止めて
減圧されて鍋の蓋が開けられるようになったら出来上がりねっ!
さて、
早速実食よ!
期待通りの仕事をしてくれて
思った通り箸でほろほろと崩せるぐらいの柔らかさの鶏モモ肉はサツマイモの甘さと鶏の脂とが絡み合って甘くいい味になってんのよ!
お粥のお米の加減も若干形が残るぐらいのいい歯触り!
味付けは加減してオーケー!
これは簡単なので、
美味しくできたからまた作ることができんのよ!
今まで思い付かなかったから新境地よ。
15分の加圧加熱時間さえ弱火でことこと火の前に居ればいいだけなので
あとは火の前から離れられるし、
ある意味時短っちゃー時短私の担当の時間は短くあとは圧力鍋が担ってくれるのよね。
そんな訳で
久しぶりの圧力鍋の試し切りつーか久しぶりに使うその威力を改めて実感したと共に、
美味しいお粥でご機嫌さんで食べることができたし、
それに再現性もバッチリというまさに16拍子揃った感じの美味しさね!
またリピして作るわ。
たまにはこうやって思い出も振り返ることも必要な時期と良いタイミングだったのかも知れないわ。
しかし
なんでその時スパイスブームだったのか何がきっかけだったのかは
よく分かんないのよね。
うふふ。
いつもヒーコーばかりで
たまには牛乳も飲みたいときも身体の声を聴き逃さないようにしたいわ!
ルンルンよ。
冬のホッツの定番のホッツルイボスティーウォーラーも夏のお茶っ葉昨シーズンから持ち越しもうちょっとで使い切れるわ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!