はてなキーワード: 近代中国とは
「インターネット教養」と嘲笑されるものの一つに中島敦の『山月記』があることは、インターネットばかり見ている皆さんはご存知だろう。
教科書に掲載されているという普遍性、中二病心をくすぐる文体、人が虎になるというファンタジー性、そして何より繊細な青年の挫折譚への共感、どれをとっても「インターネット教養」として共有される理由にふさわしいし、もちろん文学作品として完成されている。
しかし、無教養で意地の悪い私はどうしてもそれが気に入らない。
なぜか。それは、インターネット民にとってこの作品のイメージが「虎」として共有されているからだ。
もちろん、「それは中国説話に由来していて~」、「文学的表現として~」とかいう話をしている訳ではない。
「『山月記』に出てくる「虎」は美しい。だからこそ、良くないのだ。
『山月記』が優れているのは、若者の自意識やナルシズムを美しく描き、それらからの解放も描いていることだ。
しかし、それでも「虎」のイメージや漢文調の文体は、最後まで李徴を悲劇の中に美しく取り残す。
結果的に、授業を聞き何となく感動した我々は、いつしかインターネットの中で、自分を李徴に例える。
「俺もこんな時期があったなあ…李徴は若いころの俺だよ」
違うだろ。
お前は今も新たなナルシズムを生きている。
そして、お前は何もなしていないし、何にもぶつかっていない。
そして、李徴は友人袁傪が聞き手になったが、お前の話は誰も聞き手にならない。
お前は虎でもないし、山に帰って一人で生きていくこともできない。
お前は過剰な自意識を過去のもののように言っているが、それは今も同じだろう。
『山月記』を悲劇ポルノとして消化して、ナルシズムオナニーに使うのをやめろ!!!
やめてくれ!!
★★★
中学校で『山月記』並みにメジャーな題材に魯迅の『故郷』がある。
その魯迅の短編『孔乙己』は、中国では教科書にも載っている有名な作品だ。
日本語訳が青空文庫にあるが、訳が古すぎてよくないので、岩波文庫や光文社古典新訳に収録されたものを本屋か図書館で立ち読みしてほしい。10分とかからないはずだ。
「孔乙己」は、汚いおっさんだ。しかし、この時代には珍しく読み書きができる。
それもそのはず、おっさんは科挙のために学問をし、何十年も勉強していた読書人なのだ。
しかし、おっさん、いや、青年孔乙己は科挙の入口の最下級試験にすら受かることはなかった…
それでも、彼にはプライドがある。他人とは違う、俺は勉強もした。読書人だ!
だから知識人の服装をして居酒屋に出向くが、通されるのは労働者が集うカウンターだ。
そこで仰々しく喋る彼は、支払いこそまじめにするものの、周りの労働者、子供、番頭みなに馬鹿にされる。
本を盗むことは読書階級のなせる業で犯罪ではない!というのだ。
しかし世間には通用しない。彼は最終的に袋叩きにされ町を去り、人々から忘れ去られてしまう・・・
冷徹な描写の美しさはあるが、自意識過剰でプライドの高い孔乙己と言う人格は醜く、滑稽で、寂しく、情けないものとして描かれる。
★★★
それは体系的な知識も持たず、ただインターネットの内輪の中で義務教育レベルのものを教養とありがたがるのが滑稽だからだろう。
そうした何者でもないインターネット民は、『山月記』をイメージとして消費し、「自嘲する虎」になったつもりになる。
そして、誰にも顧みられない自分の物語を、袁傪ではなくそこらの関係ない人に押し付けて話す。
実際は、型通りでここにでもいる自尊心の高い汚いおっさんでしかないのに。
誰にも顧みられなく、醜い。
ただ、自分を美化するのはやめよう。これ以上自意識を肥大化させるのはやめよう。
等身大の自分を、等身大に生きて、判で押したようなインターネット教養を離れて自分の人生を生きよう。
自嘲風の自慢をやめよう。こじらせるのもやめよう。
我々は、いや、僕らはこじらせても虎にはなれないし、帰る山もない。盗人になるだけだろう...
ここまで、偉そうに長々と書いたが、ここで私が話しかけていた「お前」は私自身だ。
私の文章に、私の気持ち悪い自意識やナルシズムを感じた人は『孔乙己』を読まなくてもいい。
ただ、それを感じなかった人は、ぜひ、明日にでも読んでほしい。
1 『北京大学版 中国の文明』掲載の「大事年表」をベースに、wikipedia「中国の歴史年表」「夏商周年表」その他の記事で補った。
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前1600頃 殷(商)の創建(殷(商)・太乙(成湯)) <殷(商)>
前453 三晋(趙、魏、韓)成立(諸侯に列されたのは前403) <戦国(時代)>
前350 秦が咸陽に遷都する。秦において商鞅の第二次変法が実施される
前256 秦が東周を滅ぼす
前221 秦が燕・斉を滅ぼし、秦による中国統一が成る。秦が貨幣・度量衡・文字を統一する <秦>
前206 秦滅亡。鴻門の会。漢の高祖元年
前154 呉楚七国の乱
前136 儒教官学化 ※異説多し
前115 均輸法(漢・武帝、桑弘羊)
前110 平準法
18 赤眉の乱
25 劉秀が皇帝を称する(後漢・世祖、光武帝)。後漢が洛陽に遷都する <漢(後漢・東漢)>
200 官渡の戦い
208 赤壁の戦い
220 後漢・献帝が曹丕(魏・文帝)に禅譲(後漢滅亡、魏成立)。九品官人法制定 <魏>
263 蜀漢滅亡
265 魏・元帝が司馬炎(晋・世祖、武帝)に禅譲(魏滅亡、晋(西晋)成立) <晋(西晋)>
291 八王の乱
304 劉淵が大単于・漢王を称する(前趙成立) <五胡十六国(時代)>
316 西晋滅亡
485 均田法発布
613 楊玄感による反乱、隋の統治が崩れる
619 租庸調制の実施
668 唐が高句麗を滅ぼす
845 唐・武宗による宗教弾圧(仏教、景教、祆教、マニ教)、会昌の廃仏(~846)
875 黄巣の乱(~884)
904 朱全忠、唐の実権を握る
907 朱全忠への禅譲(梁・太祖)。唐滅亡。梁の建国 <梁・五代十国>
1004 澶淵の盟
1069 宋において王安石の新法が行われる
1125 金が遼を滅ぼす
1126 靖康の変、金が北宋を滅ぼす
1206 モンゴル部のテムジン(ボルジギン氏)、ハンを称する(チンギス・ハン、元の太祖) <モンゴル帝国>
1229 オゴデイがモンゴルの大汗として即位する(オゴデイ・カアン)
1234 モンゴルが金を滅ぼす
1236 モンゴルのバトゥ(チンギス・カンの孫)らによる西征
1260 クビライがモンゴルの大汗として即位する(クビライ・カアン。セチェン・カアン。元・世祖)
1264 アリクブケ、クビライに降伏する
1271 クビライ・カアン、モンゴルの国号を元に改める <元>
1279 元が南宋を滅ぼす
1281 弘安の役
1351 紅巾の乱
1371 明で海禁令が出される
1388 北元の滅亡
1399 靖難の変
1435 この頃より宦官の専政がひどくなる
1449 土木の変
1616 女真族のヌルハチ、満州(中国東北部)に後金を建国する <後金(清)>
1638 ホンタイジが後金のハーンとして即位し、国号を清に改める。
1644 清が明を滅ぼす(北京陥落)
1673 三藩の乱
1689 ネルチンスク条約
1696 ジュンガル部討伐
1716 地丁銀制
1728 キャフタ条約
1798 白蓮教徒の乱
1850 太平天国の乱(~1864)
1861 西太后の垂簾聴政(~1908)
1884 清仏戦争
1899 義和団の乱
1904 日露戦争(~1905)
1911 辛亥革命
1931 満州事変
1934 中国共産党による長征
1936 西安事件
1939 第二次世界大戦(~1945)
1946 国共内戦(~1949)
1951 三反五反運動
1957 反右派闘争
1958 大躍進政策の開始(~1958)
1978 鄧小平が中国の最高指導者になる。改革開放政策の開始