はてなキーワード: 保護とは
定義: 個人の魅力・能力・選好に基づく「選ばれなさ」であり、特定属性への敵意や制度的排除を伴わないもの。不快ではあっても、差別とは質的に異なる。
この段階のポイント: 本人にとっては深刻な苦痛でありうるが、「属性を理由とした不当な扱い」ではないため、差別の文脈で扱うと議論が混乱する原因になる。「つらさ」と「差別」は別の軸である。
定義: 特定の属性に対する否定的なステレオタイプが社会に流通し、その属性を持つ個人が日常的に偏見にさらされる状態。法的権利は侵害されていないが、尊厳の毀損や心理的負荷が継続的に発生する。
この段階のポイント: 個々の言動は「悪意がない」「冗談」「褒めている」と弁明可能なものが多いが、当事者にとっては累積的に尊厳を削る。可視化されにくいため「大げさ」「被害妄想」と退けられやすい。
定義: 特定の集団・コミュニティにおいて、ある属性を持つ人々への攻撃・蔑視・性的対象化が文化として定着し、組織的・反復的に行われる段階。個人の偏見を超え、集団の規範として加害が正当化される。
この段階のポイント: ②との決定的な違いは、加害が集団の文化・規範として機能している点にある。「ノリ」「ネタ」「ジョーク」として正当化され、批判する側が「空気を読めない」「過剰反応」と攻撃される。脱人間化(dehumanization)の言語が定着すると、より深刻な段階への心理的障壁が下がる。
定義: 法律・制度・政策によって特定の属性を持つ人々が権利を制限され、または不利な立場に置かれる状態。国家権力が差別を正当化・執行する。
この段階のポイント: ②③が「社会の中の差別」であるのに対し、④は「国家による差別」である。法が差別を禁止するのではなく、法そのものが差別を構成する。被害者は法に訴えることができない(法自体が敵であるため)。制度的差別は撤廃後も長期にわたって構造的不平等として残存する。
定義: 特定の属性(人種・性別・性的指向・宗教・民族など)に対する憎悪を動機として、個人または小集団が行う身体的暴力・殺人・テロ行為。法制度は(少なくとも建前上は)これを禁止しているが、実効的に防止できていない、または暗黙に容認されている。
この段階のポイント: ③との違いは、言語的・心理的暴力から身体的暴力・殺人へと移行している点にある。ただし③の脱人間化言語が⑤への「許可」として機能するという連続性がある。加害者は個人でも、その動機は社会に流通する憎悪イデオロギーに根ざしている。国家は禁止しているが、捜査・処罰の不十分さが暗黙の容認として機能することがある。
定義: 国家またはそれに準ずる権力が、特定の属性を持つ集団を組織的に排除・追放・絶滅しようとする行為。④(法制度的差別)と⑤(暴力)が国家権力によって統合され、産業的規模で遂行される。
そもそも防衛省の許可を得ずに勝手に軍事研究したらスパイ罪で逮捕されるのではないの
自衛隊の役に立ちますみたいな誓約をした学者限定で軍事研究することが認められてるだけで全体に広く認められてるわけではないのだろ
で軍事研究の本場のイギリスやアメリカのチューリングやオッペンハイマーは戦争が終わって用済みになった途端に死んでるような国家功労者のはずだけど
最近も軍事関連の学者がアメリカで次々に変死してるニュースあったよな
いつの間にかイラン戦争に巻き込まされてるアメリカのAI企業の学者見てても思うけど
最初からそういうつもりで戦車製造メーカみたいな保護されてそうなグループに入ってる学者以外であとから関わりたい人っていないのではないのか
結論から言うと、外向型の人は内向型の人(オタク)とは異なる思考パターンを持っているため、思考の予測がしづらく、「理解できない=不気味だ」という感覚、すなわち「キモい」と感じてしまうのだ。
以下詳細。(近年はオタク趣味が一般化してしまったが、ここで言うオタクとは「キモオタ」「陰キャ」と呼ばれるような、内向型の人々を指すものとする)
性格には大別して外向型と内向型がある。
一方、内向型は自分一人の時間や内面の思考を大切にすることで、自らの活力を養う傾向がある。
もちろん一人の人間は外向型と内向型の両方の特性を併せ持っているが、特に内向型への傾向が強い人にとって漫画やアニメといった趣味は相性が良い。なぜなら、フィクションの物語は他者とのやり取りではなく、内的な刺激や想像の世界から刺激を得られる活動だからだ。
外向型の人と内向型の人では、異なる”情報交換プロトコル”を持っている。いくつか例を上げよう
外向型は、会話で「その場の空気」や「関係性の維持」を重視するハイコンテクストなもの。内向型は、「事実」や「論理」、「設定」といったローコンテクスト(情報そのもの)を重視する。
外向型はファッションを「非言語的な挨拶」、「相手への配慮」、「場への同調」として扱う。なので外見を整えない人を見ると、「ルール(マナー)を守る気がない」「自分たちを軽視している」という敵対的なシグナルを感じる。
内向型はファッションを「身体の保護」、「利便性」、「自己の投影」として扱う。なので自身の外見を必要以上に整えることを「虚飾」「非合理的」「不誠実」と感じる。
外向型は共感に強い快感を覚え、「集団への所属」が報酬となる。
内向型は情報が整理されることに快感を覚え、「世界の理解」が報酬となる。
このように異なる"情報交換プロトコル"を持つ者同士が会話をすると、互いに意図しないシグナルを受け取ることになり、結果外向型の人間は内向型の人間に対して、「気味が悪い(キモい)」といった違和感を抱いてしまうのだ。
ユーザーが要求する「もし~だったら」、「~になるにはどうすべきだったのか?」という質問に対して、過去の歴史を振り返って、回答してください
清の滅亡を回避してください
2.あの時代に起こった主要な出来事に対してどのように対応するべきか
この3つを踏まえて回答してください
清の滅亡を回避するためには、以下のような歴史の分岐点での別の選択と構造改革が必要でした。
転換点は第一次アヘン戦争(1840~42年)敗北直後、すなわち道光帝の晩年から咸豊帝の即位期です。
この段階で、単なる部分的軍備強化ではなく、国家存続をかけた「全方位改革」に着手すべきでした。
単なる鎮圧ではなく、乱の背景にある社会矛盾(土地集中、貧困)への対策を並行。
郷紳・曽国藩ら漢人地方エリートの武装化を容認しつつ、中央政府が近代的常備軍(新軍の原型)を早期に創設。
乱の終結後、その軍事力と中央財政を背景に地方督撫の分権化を抑制し、連邦制的な瓦解を阻止する。
戦争自体を回避する外交努力を前置きしつつ、敗北後は北京条約を受け入れつつ、そのショックを逆手に取り「国家存亡の危機」として一気に改革を加速。
総理衙門のような機関を単なる窓口でなく、内閣に準ずる政策決定機関に格上げし、諸外国公使の北京駐在を近代化の触媒として利用する。
日本の明治維新の成功を早い段階で徹底研究し、海軍建設で競うだけでなく、憲法制定・議会開設・内閣制度の導入で政治体制自体を近代化する。
戦争の口実となった朝鮮問題では、対外強硬策に走らず、朝鮮の内政改革を日清共同で支援する構想を実現可能な外交力で押し進める。
西太后が改革派(康有為・梁啓超ら)を弾圧せず、光緒帝を中心とする立憲君主制への移行を主導する。
急進的な「百日改革」ではなく、日本の明治憲法をモデルに10年程度の移行期間を設けた漸進的改革を懿旨(西太后の了承)として出す。
義和団の排外運動は発生段階で徹底的に鎮圧し、列国との共同歩調をとることで北京議定書以前の外交的破綻を防ぎ、主権を守りながら国際的信頼を回復する。
この道筋を取れば、辛亥革命は起きず、清は自ら変革を遂げた正統王朝として1912年以降も存続し得たでしょう。
この歴史の分岐をたどった場合、中国共産党は組織として誕生しなかったか、誕生したとしても極めて周縁的な小勢力にとどまり、中国の政治を左右する存在にはならなかったと考えられます。
なぜなら、中国共産党が歴史的に成長し得た条件のほとんどが、この改変された軌道では失われるからです。
中国共産党は、清朝崩壊後の軍閥割拠、国家分裂、そして外国帝国主義の圧力が極限に達する中で、「救国」を掲げる革命政党として支持を集めました。
改革に成功した清朝が存続し、中央集権的な近代化と不平等条約の段階的改正を実現していれば、国を根底から覆す革命の必然性そのものが薄れます。
五四運動(1919年)の反帝国主義・反伝統の激しいラディカリズムは、民国政府の無力さとヴェルサイユ条約の屈辱に端を発しました。
もし憲法・議会・内閣を備えた立憲君主国が国際社会の中で主権を徐々に回復していたなら、若い知識人たちの多くは陳独秀や李大釗のような革命思想家ではなく、議院内の改革派政党(例えばイギリス自由党や日本の立憲政友会のような存在)に流れていたでしょう。
中国共産党の原動力は、無権利状態の都市労働者と貧窮にあえぐ農民でした。
私の提示した道筋では、皇帝政府が「労働者保護と農地改革(小作料の法定化)」を漸進的に進め、官営工場から始まった工業化が民族資本の育成につながるため、搾取の構造は徐々に改善されます。
社会立法と改革が上から施されることで、階級闘争を呼び込むよりは、社会民主主義的な労働組合の公認に落ち着く可能性が高いでしょう。
ロシア革命(1917年)の成功が中国の共産主義者に与えた衝撃は、「後進国でも社会主義革命は可能だ」というモデルでした。
しかし清朝が既に立憲君主制へ移行し、民族自決を連邦制に吸収して辺境も安定させている状況では、コミンテルンの工作員が入り込む隙間は格段に減ります。
また、沿海部に外国の租界が残っていなければ、そこを安全な根拠地として使うこともできません。
清朝という伝統的王朝がみずから憲法を制定し改革の主体となれば、「打倒孔家店(儒教を打倒せよ)」に象徴される全面的な反伝統運動は起こりません。
「東洋の道徳、西洋の芸術(技術)」を掲げた漸進的な近代化が成功すれば、伝統文化を全否定するイデオロギーとしての共産主義が、文化的に訴求力を持つこともなかったでしょう。
したがって、この歴史の線路においては、中国共産党が指導政党として全国を掌握する未来は訪れないというのが、歴史シミュレーターとしての結論です。
中国はむしろ、立憲君主制の下で早熟な議会政治と保護貿易による工業化を遂げ、20世紀後半には「大英帝国から英連邦へ」と変貌したように、多民族連合の「大清連邦」としてアジアで独自の位置を占めていたでしょう。
その政体では、社会主義政党が誕生したとしても、日本の社会党や英国の労働党のように、同じ立憲体制の枠内で穏健な野党として活動するにとどまったはずです。
x歳がy歳に告白するとか気持ち悪いとかいう言説、昔から定期的に見かけるけど
危ないケースに対する注意喚起であれば当たってるけど、
自由主義的に考えればxもyも成人年齢を超えてれば他者が口出すものではないんじゃね?とも言えるし、
家父長的に考えれば保護すべきとも言えそうだ。
BL(ボーイズラブ)文化は、男性同士の恋愛・性愛を描くフィクションを中心に発展してきた。しかし、その消費構造が実在のゲイ・バイセクシュアル男性を素材として搾取しているのではないかという批判は、当事者コミュニティから繰り返し提起されてきた。
具体的には以下の論点がある。
これらの主張には一定の妥当性がある。しかし、「フィクションだから無関係」という論理は、RPSや実在コミュニティへの侵入行為には適用できない。また、「理解の入口になった」という功利的正当化は、当事者が現に被る不快や搾取を帳消しにする根拠としては不十分である。
より深刻なのは、この問題が指摘されたとき、腐女子コミュニティの一部が「ホモフォビアと戦ってきたのは我々だ」という自己正当化に走り、当事者の批判を封殺する力学が働くことである。マジョリティ(異性愛女性)がマイノリティ(ゲイ男性)の表象を占有し、かつその批判に対して「我々こそ味方だ」と主張する構造は、植民地主義的な知の収奪と相似形をなしている。
『イナズマイレブン』(主要キャラクターは中学生)、『忍たま乱太郎』(忍術学園の生徒は10歳前後の設定)など、明確に未成年と設定されたキャラクターのR-18 BL二次創作は、pixiv・同人誌即売会・SNSなどで大量に流通している。
| 論点 | 現行法の状況 |
| 著作権侵害 | 二次創作は原著作物の翻案権・同一性保持権を侵害しうる。権利者が黙認しているに過ぎず、合法ではない。いわゆる「グレーゾーン」は法的に保護された領域ではなく、権利者の好意に依存した状態である。 |
| 児童ポルノ該当性 | 日本の「児童買春・児童ポルノ禁止法」は実在の児童を対象としており、創作物(絵・小説)は現行法上は児童ポルノに該当しない。ただし、国際的にはフィクションも規制対象とする国がある(豪州、カナダ等)。 |
| わいせつ物該当性 | 刑法175条のわいせつ物頒布罪の適用可能性は理論上残るが、同人誌に対する摘発例はほぼない。 |
法律上「違法ではない」としても、10歳や13歳に設定されたキャラクターの性行為を詳細に描写し、それを大量に流通させる行為が倫理的に問題ないと言えるかは別の問いである。
腐女子コミュニティ内では「キャラクターは絵であり実在しない」「被害者がいない」という論理で正当化されることが多いが、この論理は男性向けの「ロリコンもの」に対しても同様に適用されなければ一貫しない。にもかかわらず、後述するように、男性向けの未成年キャラクター性的表現には激しく反対しつつ、自陣営の同種の表現には寛容であるというダブルスタンダードが指摘されている。
一部の権利者はガイドラインで性的二次創作を明示的に禁止している。しかし多くの場合、個別の対応コストや炎上リスクを恐れて黙認しているに過ぎない。この黙認を「許可」と読み替える文化的慣習は、権利者に本来不要な負担を強いている。
近年、英語圏の社会正義運動(いわゆる「Woke」)の言説——特にジェンダー論、ポストコロニアル批評、インターセクショナリティなど——が、日本のSNS上で選択的に翻訳・引用され、特定の表現を攻撃するための武器として使用される事例が増加している。
Woke言説そのものが問題なのではない。ジェンダー論やポストコロニアル批評は学術的に重要な知的伝統である。問題は、それらの理論が本来持つ複雑さや内部批判を捨象し、自陣営に都合の良い部分だけを切り出して「正義の棍棒」として使用する態度にある。
これは理論の誠実な適用ではなく、権威の借用による言論封殺である。そして、この手法が最も頻繁に向かう先が、男性向けのオタクコンテンツである。
「マシュマロ」「Peing」などの匿名メッセージサービスを利用した攻撃的メッセージ(通称「毒マロ」)は、腐女子コミュニティにおいて深刻な問題となっている。内容は以下のようなものである。
毒マロや晒し(SNS上で特定の作者・作品を名指しで批判すること)の結果、創作者がアカウントを削除し作品を非公開にする「筆折り」は日常的に発生している。これはコミュニティ内部の表現弾圧に他ならない。
特に注目すべきは、加害者もまた女性であり、被害者もまた女性であるという点である。「女性が女性を潰す」構造は、フェミニズムの言説では説明しにくいため、しばしば不可視化される。
腐女子コミュニティでは、特定の行動規範(「検索避け」「鍵垢での運用」「R-18はワンクッション」等)について定期的に激しい議論が発生し、「学級会」と呼ばれる。これ自体はコミュニティの自治として機能しうるが、しばしば規範の押し付けと逸脱者への制裁に変質する。
腐女子コミュニティの一部には、以下のような暗黙の序列意識が存在するとの指摘がある。
この序列は、「BLは高尚なフィクションだが、夢小説や男女の恋愛は自己投影で低俗」という偏見に基づく。
ここに深刻な矛盾がある。腐女子コミュニティの一部は、自らの表現が社会から偏見を受けてきた歴史を語りつつ、同じ女性向け創作者コミュニティ内で別のジャンルを蔑視・攻撃している。被抑圧者が別の被抑圧者を踏みつける構造であり、「連帯」の理念とは正反対の実態である。
近年、以下のような事例が繰り返し報告されている。
これらの運動に共通するのは、主観的な不快感(「お気持ち」)を客観的な権利侵害であるかのように主張する論法である。「私が不快に思う」→「それは社会的に有害である」→「規制されるべきだ」という三段跳びは、法的な権利論としては成立しない。
しかし、SNS上の炎上は企業にとって実害をもたらすため、法的根拠がなくとも事実上の表現制限として機能している。これは私的検閲(private censorship)の問題である。
最も深刻な問題は、男性向けの性的表現を攻撃する主体が、自らは第2章で述べたような未成年キャラクターのR-18 BLを消費している場合があるという点である。
カナダ全体の公式な若年失業率(15〜24歳)は直近で約13.8〜14.3%程度です。
一方で、
「新卒(recent graduates under 25)」だけでも11.2%
という構造です。
少なくとも「新卒で正社員に入りやすい」という点では、Japan は先進国でもかなり特殊です。
理由は主に4つです。
研修込み
これは欧米ではかなり珍しいです。
欧米だと、
experience required
internship必須
になりやすい。
小売
などで慢性的に人不足です。
日本企業は「新卒無職」を比較的ネガティブに見るため、卒業前に囲い込む圧力が強い。
逆に、Canada や United States は、
卒業後に探す
数か月無職
も珍しくありません。
「就活は大変」
土曜日の朝。
「猫、飼いたい」
って言った。
俺は振り返って、嫁を見た。
嫁は真剣な顔をしていた。
冗談じゃない顔だった。
「急に?」
「ずっと考えてた」
「ずっとっていつから」
「3年前から」
「3年前??」
俺は驚いた。
俺は3年間、それに気づかなかった。
「なんで今言うの」
「いや、別に反対しないけど」
その通りだ。
俺はたぶん、3年前に同じ話をされたら、「猫は面倒くさい」と言っていたと思う。
今でもちょっとそう思う。
「でも、もう限界なんだよね」
「限界?」
「えっ」
「あんたのこと嫌いになったわけじゃない」
「えっ」
「でもさ、なんていうか、あんたとふたりだけだと、世界が狭いんだよ」
「えっ」
俺はコーヒーを置いた。
これは大事な話だ。
「世界が狭いって、どういうこと」
「あんたは仕事が世界の半分くらいあるじゃん。私は、あんたが世界のほぼ全部なの」
「あー…」
「それが重い。私にとっても、たぶん、あんたにとっても」
「うん」
「猫で?」
「猫で」
俺は座って、嫁の話を聞いた。
嫁はずっと考えていたらしい。
猫を飼ったら、たぶん、嫁は猫の話をする。
俺は猫の話を聞く。
俺と嫁の間に、猫という第三者が入る。
それで、たぶん、ちょっと、息ができるようになる。
嫁はそう言った。
俺は、嫁が3年間、息ができていなかったことに、初めて気づいた。
「わかった、猫飼おう」
「ほんと?」
「うん」
「面倒くさいけどいい?」
「面倒くさいけどいい」
3年間、嫁は何を我慢していたんだろうと思う。
俺は嫁のことを、たぶん、わかった気になっていた。
わかってなかった。
来月、保護猫を引き取りに行く。
名前はもう決めてある。
「マル」。
嫁が決めた。
俺は何も意見しなかった。
これからは、俺と嫁とマルで生きていく。
※無駄に長い
※なんか弁解っぽくなっちゃった
前回の日記の直後から通院を再開し、仕事は辞めてアルバイトに切り替えた。医者の言う通り、そもそも総合職は本当にやめた方が良かったのだろう。所謂双極性障害1型とのことで医者と相談の上障害者手帳を取得した。定期的に通院を続けている。
元彼との別れから1年半ほど経ち、なんとなく区切りがつくような出来事もあったので、今改めて振り返っておこうかと思う。
ちなみにその後は順当に鬱になりいつ死ぬか分からない状態で、一度は親戚に保護されたが、今は割と穏やかに過ごしている。
振り返ってみると元彼と付き合っていた頃、つまり正社員だった頃の自分は本当にキャパオーバーだったのだろう。仕事が出来ない訳ではなかった。むしろ、周りより早く昇進したことへのプレッシャーが自分を追い詰めていたと思う。そこまで有能なわけではないのに、ADHD故かなまじ初動がいいばかりに期待だけが高まり、本来の自分の実力との乖離で焦っていた。辞めていく先輩、補充されない人員。4,5人分の仕事を1人で引き受け、そこそこの大企業にも関わらず中間管理職もいなかった。ただただ、「キャリアを断絶させてはならない」「レールの上に沿って正しく生きなければならない」と自分に呪文のように言い聞かせていた。躁の時期には万能感で溢れ、あらゆる仕事を馬車馬のようにこなした。鬱の時期は毎日電車で泣きながら出勤し、家に帰ると泥のように眠った。
ちなみに躁でエネルギーが溢れる時期には元彼との結婚のために副業で夜間にバイトもしていた。普通に睡眠時間2時間とかだったので、社会人2,3年目の割には頑張って貯金していたと思う。
今過去を振り返ると、だからこそ、ずっとふたりで話していた25歳での結婚を前にして「貯金4万」とのたまった元彼に失望したのだと思う。ていうかそれは貯金じゃなくて預金では?こればっかりは今でも思う。前回わたしが料理をしない事で元彼をコンビニ貧乏のような状態にしてしまったとは書いたが、冷静に考えて家計の半分以上は私が出していたし、やっぱり貯金4万はどう考えてもおかしい。ていうかそもそも元彼は私の8個上だったし。どうやったら4万になるんだろう?浪費している様子は特になかったが。年収自体がそこまで多くなかったとはいえここに関しては本当に解せない。なぜ?
そして私が大癇癪を起こして別れた後、元彼は貯金4万なので引越し費用を貯めるまで数ヶ月かかり、その間に私があの恥さらしな愚行をしでかした、というのが実際の時系列である。ちなみに結局たぶんアコムかなんかに借金して引越したようである。
ただしかし、上記の事情があったにせよ、デストロイヤーモードの私が元彼に投げつけた言葉や態度は猛省すべきであり、二度と繰り返してはいけないと戒めている。一度口に出してしまった言葉は取り返せない。本人には誠心誠意謝罪した。
人間関係において、きっとどちらかだけが悪いということはあまりないのだと思う。元彼には金銭的な問題があったし、私は家事を疎かにしすぎ、別れた後の態度はあまりにも非人道的だった。
だけどその後謎のおじさんと一緒にいたのは本当になんだったんだ。正気の沙汰ではない。本当に意味がわからない。まあそれが躁なのだろうから、自覚した上でもう二度と同じ轍は踏まない。これに関しても本気で反省している。思い出すとだいぶ希死念慮が湧く。
そしてその後しばらくして、本当に訳が分からないが私に好意を抱く男が現れた。あらゆる過去の愚行を打ち明け、自分と付き合うことのデメリットをいくら列挙してもそばにいたいと言った。ゴミカス人間バカ女すぎると自覚しているのだが、蓼食う虫も好き好きといったところか。
彼は人好きのする、嫌味もなければ卑屈でもない、大変素直な人間である。私が迷った時や悩んだ時には親のように寄り添い導いてくれるが、無理に管理することもなく適切な距離を保ってくれる。めちゃくちゃいいやつである。私はとにかく嘘が付けない性分だが、そういうところが信用できて好きなのだと言う。付き合う前、自戒したとて抗えない何かによって躁になってしまい、あなたを傷つけるのが怖いと言う私に、「俺がいれば大丈夫な気がする」とのたまった。なにを無責任にと思ったものだが、しばらく経った今、過去より確実に波を乗りこなせるようになってきているので、まあ彼の言うことは一理あったのかもしれない。というか多分五理くらいはある。
一緒に住んでいるし、わたしは仕事を辞めたし(バイトはしており食費は私が持っている)、親にも会っているし、お互い金銭的にも問題はないので、結婚しない意味がそもそもない。扶養入っちゃってもいいし。あと普通にめちゃくちゃ仲がいいしめちゃくちゃお互いを好いているし尊重しあっている。付き合って半年程でだいぶロマンティックな場所でプロポーズをされ承諾した。
バイトではバリバリ稼いでいるが、隠居した老人のように本当に穏やかな日々を送っている。
でも、たとえこのまま躁鬱の波が落ち着いたとしても、通院は絶対に辞めないし、病識をしっかり持ち続けたい。躁の自分は自暴自棄になって行動力が強くなり、人を傷つける可能性がおおいにあること。今ふつうに生きていると思っている自分が、いつ豹変してしまうか分からない病気を抱えていること。これをしっかり胸に刻んで生きていきたい。
1年越しではあるけれど、前回の日記で不快な思いをさせた方、ごめんなさい。
(片付けは未だに本当にできない。こないだコバエ湧かせちゃった。)
「アメリカでは黙秘権を行使したら取調べが止まる!日本は遅れてる!」
でも、アメリカの刑事司法って“被疑者に優しい世界”じゃないからね。
・超長期刑
っていうのは、かなり都合のいい摘み食いなんだよ。
それは結局、「警察はそれ以上何も聞くな」「本人が黙ればそこで終了」
という方向に近づく。
当然その分、
・組織犯罪
の立証難易度は上がる。
それは裏を返せば、
「立件できずに野放しになる犯罪が増える」
も受け入れるって話でもある。
もちろん、日本の密室取調べや自白偏重への批判には合理性があるし、
ただ、その議論をするなら、
って部分まで含めて語らないと、公平な制度論にはならない。
良いとこ取りだけして、
悪い部分は「それは導入しません」は、
制度論としてはかなり雑だと思う。
最近、あるコミュニティで目撃した「相談」から「絶交」に至るまでのやり取りが、あまりに教育心理学におけるいじめの構造(DARVO)そのものだったので、自戒を込めて記録しておきたい。
登場人物は、写真制作の壁にぶつかっている相談者Bと、それにアドバイスを送るA。
問題の端緒は、AがBの私生活や尊厳に無遠慮に踏み込んだことだ。Aは芸術論を語る文脈で、唐突にこう言い放った。
これは相談という形を借りた、明白な境界線(バウンダリ)の侵害だ。教育心理学の視点で見れば、相手を精神的に動揺させ、自分が優位に立つための「精神的な揺さぶり」に他ならない。Bが困惑して「恋人がいる」と返しても、Aは「死ぬほど金が欲しいわけじゃないんだな」と、勝手に相手を「覚悟のない人間」として再定義し、攻撃を続行した。
後にBがこの不快感を訴えた際、Aが繰り返したのは反省ではなく「手続きとしての謝罪」の完了報告だった。
これは「謝罪というパケットは送ったのだから、それを受け取らない(怒り続けている)相手がエラーである」という論理だ。心理学的に言えば、謝罪を内省の証ではなく、自分の過去を洗浄し、相手の口を封じるための「武器」として利用している。
「人前で繰り返し持ち出されるのはつらいので、もうやめてください。」
これこそが心理学でいう'''DARVO(Deny, Attack, and Reverse Victim and Offender)'''の完成形である。
A氏の言動には、自分の万能感を維持するための「投影(プロジェクション)」も顕著に見られる。自分のアドバイスが的外れだったという失敗を認められず、それをB氏の「覚悟の欠如」という問題にすり替えることで、自己像を保護している。
こうした「指導」の皮を被った「支配」は、受け手が論理的に反論すればするほど、加害側が「被害者」として騒ぎ出すため、対等な解決は望めない。
Aの振る舞いは、大人の知的な対話を装ってはいるが、その本質は教育現場で見られる「いじめ」の構造と変わらない。自分の万能感を守るために、ターゲットの自尊心を削り、反論されたら「自分の方が傷ついた」と騒いで周囲の同情を買おうとする。
相談を受ける側が「相手を尊重する」という前提を捨て、自分の哲学をインストールする対象(モノ)として相手を見たとき、コミュニケーションは容易に暴力へと変質する。
第一に、非実写であるtoddlerconの制作販売は自由であり、それを規制するイギリスが北朝鮮のようなものであるという評価は妥当である。
第二に、dlsiteやpixiv、あるいはsteamなどに対する金融規制を考えれば、クレジットカードなどの国際金融規制は全くもって妥当ではない。まず、これは粉砕すべき対象である。
第三に、児童保護に反対していたとしても、実際に他者の権利を侵害していないなら、それは何ら問題ない自由な思想である。むしろ、児童保護を名目とした創作的表現の規制が主張されている以上、反対することは妥当であるとすら言える。
2026年、早起きを強行する内巻に代わって、穏やかな早起き、軽量な朝の流れがネット上で流行したライフスタイルとなった。これらの習慣は振り回されず、続けやすく、睡眠と代謝の研究にも有効であることが実証されている。いったいやる価値があるのか。私たちは科学的な結論ではっきり言った。
1.1徐行+3回深呼吸
目が覚めるとすぐに起きないで、30秒寝て、ラブグッズ、3回腹式呼吸をして、再びゆっくり座って。
1.2朝からコップ1杯の温水(35~40℃)
起きて15分以内に200-300 mlの温水を飲み、氷水、濃いお茶を飲みません。
窓を開けて自然光を浴びて、その日の3つの最も重要なことをリストアップして、冗長なリストをしません。
体位性低血圧とめまいを避け、朝の血圧を安定させ、朝の不快感リスクを下げる。
夜間の水分流失を補い、血液を希釈し、腸蠕動を刺激し、便秘と朝の眠気を改善する。
自然光はメラトニンを抑制し、覚醒度を高める、タスクの簡素化により、不安が軽減され、終日の実行力が向上します。
睡眠不足で無理に早起きすると、免疫力が低下し、疲労が激しくなり、早起きよりも規則が重要になる。
3.2朝の高強度運動は推奨しない
空腹部の激しい運動はパニック、低血糖を引き起こしやすく、ディルド、軽く歩き、延伸することはより安全である。
3.3朝食抜き=効率割引
良質な朝食は血糖値を安定させ、午前中の眠気や注意力の低下を避ける。
おわりに
2026流行の早起き習慣の核心は、内巻きではなく、リズムに従い、軽く実行することだ。ゆっくり起きて、温水、朝の光、極めて簡単な計画、すべて科学的な根拠があります。「自分を早起きさせる」よりも、十分な睡眠+規則正しい+穏やかな朝の流れが、本当に効果的で、長く続けられる健康的な選択です。
まず前提として、議論って
どう働きかけるのか(手段・実務)
このレイヤーを分けて組み立てるのが基本なんだけど、
「加害者に届かないから被害者に圧力をかけるのは自然」って、それ“誰が悪いか”の話と“誰に圧力をかけやすいか”の話を一つに潰してるだけ。
この時点で、たとえとして成立してない。
あと決定的なのは、
おまえは最初に
って言ってたのに、
今は
って認めてる。
これ、そのまま
って結論に繋がる。
高位人外のコミュニティにおいて、人間との結婚は「ペットと獣姦して入籍した本物の狂人」や「異常性欲者」のようなものとして認識される可能性があります。
これは、人間が飼い犬に対して性的に興奮し、プロポーズして婚姻届を出すような状況に例えられます。
人間は高位人外に比べて知能が低く無力であるとされるため、人間に欲情することは「無力な乳児に興奮する小児性愛者」のような位置付けで軽蔑されるという意見があります。
また、人間に惹かれること自体が何らかの「フィリア(愛好症)」として病理化される可能性も示唆されています。
同等のスペックを持つ高位人外同士で結婚できるはずなのに、あえて下位生物を選ぶことで、人外社会における男性側のカーストが低いとみなされることがあります。
自国の女性に相手にされず、貧しい国の年端も行かない少女を買い叩きに行くような、卑屈な人間関係の構図に例えられています。
高位人外の女性からは、「哀れみ」や「嫌悪感」を持って見られる傾向があります。
人間との関係が、知的なハンデがある存在を一方的に搾取しているように見え、「動物虐待から保護しなければならない」という倫理的な批判の対象になる可能性もあります。
高位人外は長命であるため、ハムスターのように寿命が短い人間との恋愛に本気になることは「異常性癖」として扱われる要因となります。
QRオーダー系のサービスについて、いくつか脆弱性が指摘されている記事を読んだ。
もちろん、スタッフ呼び出しAPIが本当に誰でも叩ける状態なら、それは直した方がいいと思う。店舗オペレーションを乱せるし、いたずらや業務妨害につながる可能性はある。
ただ、記事全体としては「脆弱性」と呼んでいるものの中に、実際にはそこまで問題ではなさそうなものがかなり混ざっているように感じた。
まず、Origin や Referer を検証していないことについて。
これは主に、ブラウザ経由で第三者のユーザーを勝手に操作させる CSRF 対策として意味があるものだと思う。
でも、APIを curl や自作クライアントから叩けること自体を防ぐものではない。Origin / Referer を見たところで、ブラウザ外のクライアントからのアクセスは普通に偽装できる。
なので、「Origin / Referer を検証していないから非公式クライアントから叩ける」という話にするのは、ちょっと論点がずれているように見える。
問題にすべきなのは Origin ではなく、そのAPIに認証・認可が必要なのかどうかだと思う。
ここは問題だと思う。
店舗IDやテーブル番号のような情報だけでスタッフ呼び出しができるなら、いたずらはできてしまう。これは直した方がいい。
ただし、これも「金銭被害が出る」とか「個人情報が漏れる」とか「注文を改ざんできる」といった話とは別だ。
影響としては、主に店舗オペレーションへの迷惑、つまり業務妨害寄りのリスクだと思う。
だから、重大脆弱性というよりは、認証・レート制限・QRセッションとの紐付け・異常検知あたりで潰すべき設計不備、という評価が近いのではないか。
これも、そこまで大きな問題には見えない。
メニュー名、商品ID、価格、カテゴリのような情報が取れるという話なら、それは基本的に来店客に表示される情報だ。
もちろん、未公開メニューや内部用フラグ、在庫、原価、店舗運用上の非公開情報まで取れるなら話は変わる。
でも、単にメニューのマスターが取れるだけなら、それはセキュリティというよりスクレイピング対策や負荷対策の話に近い。
公開される前提の情報をAPIでまとめて取得できることを、深刻な情報漏えいのように扱うのは少し違和感がある。
これも「そういう設計なのでは」と思う。
QRオーダーは、そもそもログインなしで使えることに価値がある。客にアカウント登録させず、席にあるQRを読んだ人をその席の利用者として扱う。これはUX上かなり自然な設計だ。
この場合、QRコードやURLは一種の bearer token になる。
もちろん、そのURLが漏れたら困る。だから、推測困難であること、一定時間で失効すること、会計後に無効化されること、注文時に追加の状態検証があることは大事だ。
でも、「QRを知っている人に権限がある」という設計自体を脆弱性と呼ぶのは乱暴だと思う。
もしそれを否定するなら、QRオーダーというUX自体がかなり成立しにくくなる。
どんなWebサービスでも、公開API、ログイン後API、管理API、参照API、更新APIは混在する。
メニュー検索のような公開に近いAPIが非保護で、注文や決済や管理機能が保護されているなら、それは普通の設計だと思う。
「保護APIと非保護APIが混在している」というだけでは、脆弱性の説明としては弱い。
今回の記事で一番気になったのは、非公式クライアントから叩けること、Origin / Referer の話、CSRF の話、スクレイピングの話、スタッフ呼び出しの話が、かなり雑に一つの「脆弱性」としてまとめられているように見える点だ。
もちろん、改善した方がいい点はある。
特にスタッフ呼び出しAPIは、いたずらを防ぐために何らかの制限を入れた方がいいと思う。
ただ、それ以外については、
が混ざっているように感じる。
でも、「重大な脆弱性です」という話にするなら、実際に何が守られるべき情報で、誰が、どの権限で、何を不正にできるのかをもう少し分けて考える必要があると思う。
少なくとも、自分には「スタッフ呼び出しAPIは直した方がいい。ただし、それ以外はそこまで大きな問題には見えない」というのが率直な感想だった。