はてなキーワード: 憐憫とは
昔から中だし作品よりも断然ぶっかけ・顔射(これはちなみに「顔面射精」の略語で合っているのだろうか、と気になって調べてみたらしみけんが言うには「顔面シャワー」の略らしい https://x.com/avshimiken/status/485814924187164672)が好きだったのだけど冷静に考えるまでもなくあたりまえなのだけども顔射することによって女の子が一生懸命仕上げたかわいらしいメイクを精液で汚して台無しにすることになるから女の子にとってはかなり屈辱的なのではないだろうか、と思うと憐憫の情が止まらなくなり我がオナニーに支障をきたし始めたのでこれからは女の子のお尻やお腹の上に射精する作品を好むことにした。
やしな・う〔やしなふ〕【養う】 1 自分の収入で家族などが生活できるようにする。扶養する。「妻子を—・う」 2 衣食などのめんどうを見ながら育てる。養育する。「孫を大切に—・う」 3 食物を与えて飼う。「家畜を—・う」 出典:デジタル大辞泉(小学館)
年収950万円の夫(小遣い月2万円)と専業主婦の妻。二人の子どもが居る。
こういう状況では普通、「夫が妻子を養っている」というのだろう。しかし、私の場合、「妻に養われている」という表現が非常に実感と合っている。主に、上記の2と3の意味で。
あなたも同意してくれるだろうか? 参考として、以下に、私のプロフィールを記そう。
一人暮らしをしていたとき、ゴミ出しを一ヶ月以上にわたって忘れ続け、部屋中がゴミ袋まみれになるのが日常茶飯事だった。
※私は優良な市民なので、決められた曜日と時間帯にしかゴミを出さない。しかし、チャンスは週に二日だけ、しかも早朝限定という条件は私には難しすぎた。だって、忘れたら終わりだし、ゴミ袋たちは部屋の景色と一体化しているので、そこに有っても全然気にならないし。
また当然、ベッドのシーツを洗濯するとか、トイレを掃除するとか、部屋に掃除機をかけるとか、ベランダを掃除するとか、棚のホコリをはらうとか、あらゆる排水口を清掃するとか、そのようなタスクはすべて基本的に意識の外にあり、衛生的にも大変挑戦的な環境で生活を送っていた。
(しかし、きちんと風呂には入るし、歯も磨くし、衣服の洗濯くらいはするので、こんな私でも知人からは真人間に見えていたらしい)
こんな生活能力の欠如は、教育の問題ではなく私の資質の問題である。私の両親はまともなので、半年に一度くらい(遠方である)私の一人暮らしの部屋へ訪問しては大掃除を敢行してくれていた。なお、大掃除の主力は私の父であり、一般的な男女論は適用外である。
昔から通知表に「整理整頓ができない」とか「忘れ物が多い」とか書かれていた気がするので、たぶん脳機能に何か軽い問題があるのだと思う。宿題とかも全然出していなかった。
大人になるにつれ、忘れ物をしなくなるのではなく、忘れ物をしても上手くリカバリーする方法ばかり身につけてしまった。水道代とかを払い忘れてもすぐに止められてしまうわけではないということも学んだ。
食事もまあ、粗末なものだった。スーパーとかコンビニで惣菜を買って、全然美味しくないなあとか思いながら適当に食べていた。いまほど物価が高くない時分なのに、月に5〜6万円くらいは食費に使っていた気がする。
そんな私でも曲りなりに生活できているのは、もちろん収入があるからである。昨年の源泉徴収票を確認したら950万円と書いてあった。同年代平均の2倍くらいは貰っているということになると思うので、これは大変ありがたい話だ。
なぜそんな高収入が得られているのかというと、それはもう、私が得意とする「過集中」の賜物である。学生時代から、一日に10時間以上ぶっ通しでコーディングをしたり専門書を読んだり論文を書いたりすることを、なんの苦痛もなく実行することができた。というか、過集中状態で頭をフル回転させるのは単純に「気持ちいい」ので、集中できないと言う人の気持ちが理解できないというのが正直なところである。
こういう気質と、専門性の高い仕事(研究開発職)が結びついた結果、仕事のパフォーマンスだけは高い、生活能力皆無男性が爆誕したというわけである。頑張って金を稼いでいるという実感は全く無い。こなすべきタスクや、出すべきアイデアが無数に存在するので、もぐら叩きのようにそれを一生懸命潰していっているだけである。たまたま、この「もぐら叩き」でハイスコアを出せる人間が周りにほとんど存在しないという事実だけに助けられている。
そんな私にとって、専門性の高い仕事をこなすよりも、家の中の仕事(いわゆる家事全般)をきちんとこなすほうが格段に難しい。というか、ひょっとしたら不可能なのではないかと思われる。子どもが幼稚園に通うようになって、それを尚更強く感じるようになった。
妻と出会わなければ、私は早々に身体を壊して、社会から(今生から?)リタイアしていた可能性も決して低くはない。
実際、独身時代、私は(未受診ではあるが)自律神経失調症ならびに適応障害と思しき動悸・下痢・腹痛・頭痛・めまい・耳鳴りなどの体調不良に見舞われていた。
※そんなときに優しくしてくれる女性(今の妻)が目前に現れ、それにより何が起こったかはご想像の通りである。
妻は専業主婦として、家の仕事を素晴らしいクオリティでこなし続けてくれている。
見方によっては、妻が社会で活躍する機会を奪っているという誹りを免れないと思うし、実際、子どもが幼稚園に通い始めるまでの数年間、妻はほとんど自由な時間を持てなかった(一人で食事をすることすらままならなかった)のだから、その厚意に甘え続けているのは人道に反する行いと言っても過言ではない気がする。
しかし、妻は自立した大人の女性であり、彼女自身の信念に基づいて、二人の子どもと出来損ないの夫を養育してくれているのである。これは彼女の選択であるのだから、同情とか憐憫とかというのはもちろん不適切であるように思える。
そう。実際、私は妻に「養育」されている。
美味しい食事を毎日与えてもらい、清潔な衣服を用意してもらい、掃除の行き届いた家で生活させてもらっている。何かの支払いが滞ったりすることもないし、私自身で金銭を管理する必要すらない。晴れた日には布団を干し、頻繁にシーツを洗濯し、水回りもピカピカである。食後にはデザート(主に果物)を出してくれるし、出勤時にはお弁当に加えてちょっとした間食も持たせてくれる。
私が出張に行く前には一緒に忘れ物チェックをしてくれるし、何やかんやと必要なものを買ってきてくれたりする。下着が傷んでいたら買い替えておいてくれるし、上着をクリーニングに出してくれる。
一緒に服屋へ行って服を選んでくれるし、子どものついでに散髪してくれることもある。
それに、妻による教育のおかげで、昔は出来なかった家事が、私にも少しずつ出来るようになってきた。妻が家事を処理する速度のおよそ20%くらいしかパフォーマンスは出ないので、これは通常の夫に求められる最低スペック要件を満たしていない可能性が高いが、しかし私にとって大きな進歩であるとも言える。
いずれにせよ、こんな文章をここまで読んでしまった諸賢には、もう明らかであろう。
生活能力が皆無である私は、「妻(専業主婦)に養われている」のである。
いまの世の中の流れには逆行しているかもしれないけれど、こんな夫婦も居るという一例として。
なお、この文章は anond:20190118204653 の後日談である。妻とは今でも仲良しです。
例えば、朝倉未来と藤井聡太が勝負したとする、どっちが勝つか、上か。
しかし、藤井がマシンガンを持っていたらフィジカルファイトでも勝てる。
しかし朝倉がAIを駆使してチームを組めば将棋でも藤井に勝てる。
しかしその後、旦那の浮気、事業失敗からの没落、離婚、生まれた子どもが出来損ない。
死に際、かつて悔しがっていた友人たちと再判定したら逆転するかもしれない。
最後に人称軸
そもそも一般生活マウント勝負にはルールが無い、採点者も、評価基準も無い。
さて、ここまで踏まえて俺は自分の土俵に引っ張り込み自分のルールで己の採点基準で勝敗を確定させる方式を採用している
挨拶マウント、いる、いるねぇ、ムカつくので俺は元気に朗らかに挨拶をしてやる
俺の中では「素敵な挨拶できる競争」であり、勝者は圧倒的に俺であり、概ね第三者の評価も勝ち得る。
相手は挨拶しない方が上?しらんがな、そっちの土俵には乗ってあげないよー。
上手に挨拶ができないネジ曲がった性格、それが形成されてしまった可愛そうな人生、出会い、憐憫の情すら湧いてくる、相手は自分が勝ってるつもり?しらんがな、俺の中では俺の勝ちだバカ
現在進行中で勝敗確定していない案件もあるが、なぁに俺が勝つまでスネークしてやんよ
俺に喧嘩は売らないほうがいいよ
いやほんまに、女に対するコンプレックスが透け透けの気持ち悪さに満ちた言葉だよな。
賢いアンフェはちゃんと女を「女性」と呼称したうえで芯食った批判をして賛同を得てるのに、
こっち側の人らの雑に侮蔑することでしか自分の優位性を感じられないのだろう。境界知能に憐憫すら感じさせる。
「可哀想さ」のジャンルが、マッチ売りの少女じゃなくて両手足を切り落とされた乞食系なんだよね。本当にかわいそう、でも気持ち悪い、救いが必要なのだろうけど、手を差し伸べてもらえない、みたいな。
2001年ぐらい、発達障害知的グレーっぽいおっさんをネカマたちが釣っておもちゃにする計画が発生した
実際にそのおっさんがあちこちで女っぽいユーザーに粉かけて害悪だったのではあるが
しかし当時はターゲットになったこのおっさんに憐憫を示す者はいなかった
おっさんはオフ会に招かれ釣りの美少女に接待され有頂天になり顔も名前も裏で晒された上で
ネカマとチャットHしてその内容を晒され、それらを全て暴露されてネットから消え去った
美術館にて、金魚をいれたミキサーを展示し、客が自由にスイッチを入れてもいいという企画が行われた
桑島はその展示会以前にも、金魚が泳いでいる姿、スイッチを入れられた瞬間の姿、その後の姿などを撮影した写真集、
しかしまあ、ああいう世界は叩かれてなんぼ、叩かれることも含めて芸術なので、ネットは大騒ぎだったがそれで展示がなくなったりということはなかった
金魚ミキサー自体はデンマークの有名な芸術家も先にやってるらしい
2003年、JOYと名乗る主婦ブロガーがファミレスで店員と揉め、店員に謝罪させたったと自慢した騒動
その際にJOYの夫が店員を殴ったということまでわざわざ自分で書いていた
当時はまだSNSがなく、2ちゃんねるのネットウォッチ板や生活板で話題になっていたように思う
当時JOYは27歳、個人情報も色々と書いていたためにすぐに顔や名前が特定された
週刊誌SPA!で炎上が取り上げられ、ネットの出来事がすぐニュースになる最近とは違いかなり珍しい事態だった
2004年ぐらい、春名ひとみというネットアイドルがテレビ出演した結果、過去に別名義でAV出演していたことがバレた騒動
彼女はネットでアイドル活動しつつ子供を子役にしており、子供を売り込むための露骨な自作自演書き込みを2ちゃんねるでよくやり、
批判されると本人降臨し自分のファンにも反論書き込みするよう促すなどし、モデル板や育児板に隔離スレが立っていた
主に女性から叩かれている存在だったようだが、「潔癖症すぎるママ」としてテレビ出演したことで女性外にも知れ渡り、AV出演が特定された
2005年ぐらい、素材サイトから画像直リンクする厨房を苦しめるため素材画像をゴキブリ画像にすり替えるのが流行
当時はまだSNSが芽吹き出したぐらいで、個人サイトをつくっている小中学生が多くいた
現代よりも画像のアップロードにハードルがあったため、多くのガキは素材サイトの画像を直リンクして使用し、素材サイトのサーバーに負担をかけていた
そこでネットwatch板の有志が協力し、クソガキをしばきたおすことを目的とした素材サイトを開設
一定期間が断つと素材画像をゴキブリ画像にすり替え、直リンクしていたガキのサイトがゴキブリまみれになるという嫌がらせが行われた
2006年、女性警察官のハメ撮り画像など数千枚がネット流出した
当時はwinny経由でウイルス感染しPC内のデータが流出してしまう「キンタマウイルス」騒動が多発しており、
義父が娘の着替えを盗撮しまくったデータが全流出するという悲劇もあった
原発や自衛隊の内部データ流出もあったが、今でも画像が出回るのはやはりエロ系ばかりだ
多種多様の盗撮やハメ撮りが流れた中でケツ毛バーガーが記憶に残るのは、斜めに横たわった女性の尻からケツ毛がはみ出てる画像がケツ毛バーガーと名付けられたせいだろう
有名な画像は週刊誌にも乗せられたM字開脚画像だが、ケツ毛バーガーと名付けられたのはあれとは違う画像だ
その女性は彼氏にハメ撮りの撮影を許し、彼氏が違法データ取引をやっていたがために全てが流出してしまった
流出前には二人は都道府県をコンプリートしていそうなほどに各地に赴き健全な観光スポット記念撮影も大量にしていた
5ちゃんねるでどこかの地域が話題になると、すっとその地で微笑むカップルの写真を貼っていく者、「この画像は初めて見た」「脱いでる姿しか見たことなかった」と驚く者がいまでもいる
パートナーつうのは典型的なかたちの夫婦でないという意味だ。事実婚でも本人同士が夫婦と認識しているなら堂々と夫婦と言うし、法的な婚姻関係にあるカップルでも、破綻していれば夫婦という呼び名を避ける。
パートナーという呼び名を使う頻度の大きい属性として、他にもたとえばゲイなど同性愛者のカップル、不倫関係のカップル、もちろん恋人同士で未婚のカップルも含まれる。同性愛者に対して憧れなのか憐憫なのか共感なのか、謎の心理を抱くものが同性愛者達の語彙(つまり「パートナー」)を使って、意味の曖昧化を図ったり、先進的ぶることもよくある。
これらの共通点はマイノリティということだ。世の中の大半のカップルが夫婦という呼称をすんなり使うなかで、ごにょごにょ言いたくなるような事情を抱えたカップルなのだ。
そんな彼らに正論をぶつけるのは暴力と変わらない。あなたがやっていることは、いじめに近い。やめるべきだ。雨の日にようやく這い出たナメクジに、わざわざ塩をかける必要があるだろうか?彼らにとって現実の厳しさは耐え難い劇薬で、生きている限り黙ってても直面するものだ。
難しく考えすぎだ。
恋なんてのは、どれだけ言葉をきれいに飾ろうと、結局は他者に対する独占欲、あるいは喪失に対する恐怖心のことであって、執着を言い換えに過ぎないよ。
愛ってのは、あまねく森羅万象に適用されるが、だからと言ってそれらを自らのものにしたいと思ったり、失われたりすることで、悲哀憐憫は感じても、そのように在るものとして容易に受け入れることができるだろ?
親にしろ友達にしろ自分自身にしろ、究極的にはそれぞれがなにを考え、なにを想い、どのような人生を歩んで、どのような顛末を迎えようが心底どうでもいいことだが、それでもそれぞれの対象に愛情はあるはずだ。
しかしここに執着が生まれると、それはもうすでに愛から変質した別物であって、性愛対象と結びついたものにあっては、それを恋と呼ぶ。
所詮は感情の振り幅を大きくすることで人生に一つの彩りを添えるためのツールであって、別に流行ってるからといって、全人類がそれを使って遊ばなければならないなんてルールはこの世にはないぞ。
https://i.imgur.com/fsAbqlJ.jpeg
暇空茜(41)が執着している相手である堀口英利(26)は先日、清谷信一(62)との裁判があった
本人尋問が上手くいったらしく、堀口は帰りの車の中で微笑んでいる自撮りを載せた
暇アノンたちは車の内装から車種割り出し、背景から道の割り出し、スーツ姿の多い堀口がラフな私服姿なので服の割り出し、その服の購入などに励んでいる
暇空が写真で着目したのは堀口の瞳だった
堀口の瞳を拡大した写真を掲示し、瞳に写るものが不審ではないかと暇アノンたちと数時間に渡って議論した
一見するとこの写真は堀口の自撮りに見えるが、真実は別にあるのだと暇空は主張する
よく見てみれば2本の腕のようなものが瞳に写っている
これは第三者の腕で、自撮りではなく別の誰かが撮影したのではないかという
暇空の設定では堀口は罪を犯して逮捕されたということになっている
裁判のため警察が警察車両に堀口を乗せて監視付きで出廷させ、そして堀口は収監中なのでスマホを自由に使うことはできないので代わりに自撮り風に撮影してあげたという
堀口が言葉巧みに憐憫を買い最恵囚人待遇を得ているのではないか
警察が簡単に堀口に懐柔されるようでは、堀口に操られた警察によって刑事告訴が通ってしまうかもしれない
警察組織もナニカグループの傘下になった可能性が高く、暇空は取り調べでは警察を正気に戻すため堀口の悪事をできるだけ訴えているとのこと
出遅れの話題ではあるけれど、色々と思うことを自分の中で整理するうちに時間が経ってしまった。僕の心の整理のために言語化し、誰かに見てもらうことで、さらに心の整理をしたいと思うので、ご協力いただけるとありがたく思う。
「母親の方が大変だ」とか「お前にも原因があるんだろう」とか、そういう相対的な話ではなく、絶対的に僕自身が、「辛い」「死にたい」「許せない」と感じ、深く傷付いたという話。憶測に基づく異論も反論もあろうが、それは、僕がどう感じたかということとは関係がない。だって、そう感じたんだから。気分を害する人がいたら、それは申し訳なく思う。お許し願いたい。
さて、僕たち夫婦には二人の娘がいる。今現在、二人ともそれなりの大きさになり、手も離れるようになった。「産後の恨み」からは、それなりに時間のたった今でも、次女の妊娠が分かってから産後1年程度経つまでの、僕にとって地獄のような時間のことは、はっきりと覚えているし、今後も死ぬまで忘れることはないと思う。当時のことを振り返りたい。
妊娠が分かってからというもの、妻の様子が明らかにおかしくなった。元来、精神的に不安定なところはあったが、それがとても強く出るようになった。四六時中というわけではないが、理不尽なことを言われる頻度が格段に増えた。ホルモンバランスの変化だとかも一因だろうが、それだけが原因だったとは思えない。妻はストレスを過剰に感じ、それを自己処理できず、近しい人間(僕やちょこちょこ手伝いに加勢してくれていた義母)に八つ当たりして発散していたようにしか見えなかった。当初は会話による解決を試みたが、妻は頑なで、全く聞く耳を持たない。耐え切れず、反発したことも、声を荒げたことも、恥ずかしながら涙ながらに訴えたこともあるが、僕がどんな反応をしようが、妻のそれが変わることはなかった。
「母親のストレスがお腹の子どもに悪影響を与えるかもしれない」とか「長女の前で険悪な様子を見せ続けるわけにはいかない」と、ただひたすらに耐えることにした。どんな形であれ、妻の理不尽な言動に僕が反応すると、妻は怒り続けたが、全く反応を示さなければ、または物理的に距離をおけば、そのうち静かになる。無反応なぬいぐるみに怒声を浴びせ続けることはできない、というのと同じだと思う。ただ、僕自身がそこに至るまでには相当な時間を要したし、僕はぬいぐるみではないので、心は疲弊し続けた。
次女が生まれてからも、それは変わらなかった。「どうにかなりうなほど辛い気持ちになる。そんな言い方はしないでくれ。」と訴えたこともあるが、「私が悪いと言うのか。」と、火に油をそそぐだけだった。
子どもの世話という点では、母親のほうが父親よりも大変だということは言うまでもないのだろうが、父親だって大変だ。子どもが生まれたからと言って職場での仕事が減るわけではなく、自宅に帰ってからは子育てというプラスアルファのタスクをこなさなければならないし、夜中に起こされることも日常茶飯事なので、体力と精神を削られる。男性の10人に1人が「産後うつ」になると言うが、僕は実体験としてよく分かる。
とりわけ、うちには理不尽極まりない妻がいる。「仕事で疲れたけど、家には帰りたくない」と毎日思ったし、「この橋から飛び降りてしまおうか」と何度も思ったし、「あいつ、事故かなんかで、死なねーかな」とずっと思っていた。案外「殺してやる」というような感情が湧いてくることはなく、ただただ近付きたくなかった。この辺りで、妻に対する愛想は完全に尽きてしまっていたんだと思う。後に妻は大病を患うことになるのだけれど、それが分かったときも、僕は憐憫の感情は抱かなかったし、なんなら「なんだ、死なねーのか」くらいに感じていた。
なぜ、離婚しないでいられたのかと言えば、ただただ子ども達の存在に尽きる。子ども達は、心の底から大事な存在なので、離れ離れには決してなりたくない。「その大事な子どもを産み、育てたのは妻の存在ありきだろう」という指摘があるとすれば、それはごもっともなのだが、妻が僕や子どもにしてくれたことと妻が僕にぶつけ続けた理不尽な言動とは、少なくとも僕の中では、決してトレードオフの関係にはならない。僕が「辛い」「死にたい」「許せない」と感じ、深く傷付いたことと、僕が妻に抱く感謝の念とは共存し得るものだ。ただ、僕は妻に物理的に触れたくないし、触られたくもないと感じるようになった。
いまだに妻は不安定な部分はあるものの、次女が生まれる前程度には安定し、理不尽な言動をする頻度は減ったので、生活はしやすくなったし、子ども達は相変わらず愛おしい。だから、少なくとも今のところは、離婚しようだとかいう気持ちはないし、楽しい思い出も増えていくのだろうという予感もある。ただそれでも、あの時抱いた「産後の恨み」は一生忘れることはないだろうし、どんな言葉を重ねられたとしても、それを許すことはないと思う。
「先生の白い嘘」という漫画を読んでいる。巷で話題になっていたから、というあまりにも気軽な気持ちで読んだ。
読んで後悔はしなかった。でも、頭をガツンと殴られたような衝撃を覚えた。
内容はネタバレを含みたくないから簡潔にいう。語彙力のない感想で申し訳ないと思うが、エグかった。
そのあまりのエグさに作者の怒りを感じた。何かを訴えかける気持ちが見えた。だから、きっとこの漫画を読んだ時に思う感情は「エグい」でいいんだろうなと思った。
読み進めていくうちに、嫌な記憶を思い出した。
高校生の時に痴漢にあった記憶。大学生の時に「欲望の目線」に晒された記憶。一人暮らしの男性の家に遊びに行って、強姦された記憶。
それはかつて私が体験した、自分の人生から抹消した嫌な記憶だった。
私は当時、そういった性被害を恥じた。自分が傷物になったことを、自分自身で否定した。
私は傷ついてないし、むしろ怒りを感じている。だから、こんなのはどうってことないんだってプライドで嫌な記憶に蓋をしたのだ。
あんなことが起きたんだ。苦しかったんだって、私は誰にも相談しなかった。
むしろ自分の身に起きたことを、誰にも知られたくなかった。きっと、私は恥じたのだ。
かわいそうだって言われたくなかった。同情なんて真っ平御免だった。
「私はかわいそうなんかじゃない」
そう思わないと、やってられなかった。
そうやって考えるようになったのは、無意識にでも自分を守るためだった。
性被害を受けた時、人々は加害者を疎み、被害を受けた人を憐れむ。
「可哀想に」という安易な同情は、簡単に被害者を傷つける。そういった憐憫によって自分は可哀想なことをされた人間なんだと思ってしまう。
女性としてのプライドも、いち人間としての尊厳も、全部粉々にされた。
それでもどうにかして立ち上がろうと思った矢先、腫れ物を扱うかのような視線に晒される。
ただでさえ傷ついて苦しいのに、そういった周囲の行動はさらに被害者を傷つける。
でも、そう思う反面、被害者である私たちは「可哀想であること」をちゃんと受け入れるべきなんだろうとも、今ならば思う。
被害に遭ってから10年あまりがすぎた。今の私はアラサーで、幸せなことにパートナーもいる。
嫌な記憶に蓋をして、見なかったことにする術も覚えた。傷つかないふりをすることもできるようになった。
私は大人になってしまったから、あの時よりも随分と器用に生きれるようにもなった。
でも、それじゃダメだったんだよなあ。
私は……私は、あの時、嫌だって言うべきだった。
苦しかったんだって。やめてほしかったんだよって。傷ついたんだ、怒りを感じたんだ。虫唾が走るほど嫌なことをされたんだって。
助けを求めるべきだった。自分のことを、恥じちゃいけなかった。
性被害を受けたことと向き合わなかったせいで、私は、自分のことを傷つけてしまった。
あの時それを認めて、己の心と向き合って、きちんと声をあげるべきだった。
傷ついた自分を認めなければいけなかった。
今になって。
あの漫画を読んで。
私はそのことに気づいた。
気づけてよかったと、心から思う。
まだあどけなく、幼く、純情であった私の蓋をした記憶と向き合うきっかけになったから。
きっと時間はかかるだろう。思い出すだけで、呼吸が荒くなり、目からは涙がこぼれ落ちる。
誰かに言う勇気もないし、きっとパートナーにも両親にも、友人にも私は言わない。言えない。
でも、私は自分と向き合いたいのだ。
あの時傷ついた自分を無視して、今の今まで記憶に蓋をしてしまったことを許したい。
己の心の痛みを紛らわすために、現実から目を背けてしまった自分を、許してあげたいのだ。
そのきっかけを作ってくれた「先生の白い嘘」に、私は心から感謝している。
こんなに多くの人に読んでいただけるとは……大変恐縮です。
一人暮らしの男性の家に遊びに行くこと=性行為の同意であることも、体のラインが出る服を着ることで「誘ってる」と思われることも、当時の私には恥ずかしながらそれが当たり前であることが、わからなかったのです。それはある一定の方からみれば、迂闊なことで、若さゆえの無知であったのかもしれません。
それは怖くて、恥ずかしくて、消してしまいたい記憶でした。だから感情と記憶に蓋をして、見ないふりをしました。
私が言いたかったのは、男性だろうが女性だろうが関係なく、性被害に遭ったときは、自分のことをきちんと労わってあげてほしいということです。見ないふりをして、記憶に蓋をして、自分を恥じたりしないで、自分は被害者なんだと認めてあげられれば、ほんの少しでもその肩の荷がおりるのではないかと思ったのです。
これはただの「書き散らし」です。
都知事選で「静観」を決め込んだれいわ新選組が、今静かに揺れている。「一身上の都合」のためとして離党した岩手の新人女性議員が、党本部職員から性加害を受けたと告白したためだ。
https://x.com/9302misato/status/1801673535389372551
これに対し、れいわは記者会見を行うことも、声明を出すこともしていない。ただ、議員が告白した直後の予告なし街宣で、山本太郎がペーパーを読み上げただけ。内容は「第三者委員会を立ち上げ長時間対応したが、ハラスメントは認定できない」というもので、議員が否定している「不倫関係」さえ匂わせたのだった。
https://x.com/monbran/status/1801886415548256594
この異常事態にも関わらず、れいわの国会議員と自治体議員のほとんどが沈黙している。一部の支持者は反発し更なる説明を求めるも、山本太郎は拒否。それどころか、逆ギレして数の力で黙らせることさえあった。
https://x.com/monbran/status/1808474334824141226
このように、山本太郎が調停能力のなさを露呈させたのは、何もこれが初めてではない。
違法投資詐欺の片棒を担いでいたにも関わらず無罪放免としたプリティ宮城事件。
そして公にはなっていないが、2022年参院選埼玉にて、ボランティアが当該候補者などからハラスメントを受けたとされる問題においても、山本太郎は「その場にいなかったからジャッジできない」と言い、ほとんど何もしなかった。
山本は、山本を批判する者たちをカジュアルに「アンチ」と言い蔑むが、これら事件で見限った者や、対立の中で被害を受け去った方も多い。アンチを生み出しているのは山本太郎本人なのだ。
小規模政党すらまともに運営できない山本太郎に、ましてや総理大臣の素質なぞない。
そもそも、山本太郎は「れいわ新選組」を組織化するつもりはなかったし、自身も組織運営が苦手だと公言している。
だから初めは地方選挙に参加するつもりもなかったし、今でも都道府県連の設置を拒否している。党本部は市民の党や緑の党、またはそれらのコネ人脈による者が占めていると言われており、地方のボランティアに高圧的な態度をとった、という噂もある。
本当は、中央の選挙で野党統一候補となり、政権交代のキーマンになりたかったのだろう。
ちょうど今の蓮舫氏のような象徴となり、多くの人に支持され、熱狂の中でトップになろうとした。
身内がやらかした不祥事を処理することなんてしたくなかったし、まともに処理するつもりも、責任を取るつもりもない。
野党にも与党にもなれず、昼は現ナマ配れと路上を練り歩き、夜は「アンチ」に逆ギレして黙らせる。
同情はしないが、憐憫の念は抱かざるを得ない。
参政権求める女性団体が戦争協力していたというのは知らなかったけどググったら本当なのね
https://manabisha.com/06_jyugyo/06_jyugyou_01/01_pdfdata/jyoseiundo.pdf
>日中戦争が始まると、女性運動の指導者たちは、大政翼賛体制の下でさまざまな委員会の理事などになり、戦争協力を押し進めた。戦争協力によって女性の力を示し、戦後に女性参政権を得ようとしたのである。侵略戦争の惨禍に苦しむ他国の女性たちに思いを寄せられなかったことは、今日も考えるべき課題となっている。
>そうした戦前女性運動の行き着いた先をふまえるならば、大正デモクラシー期を輝かしい時期とだけとらえるわけにはいかない。
https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900119885/S24332291-43-P001.pdf
>戦争の拡大に伴って婦人参政権を認める法案が議会に提出されることは無く、また市川房枝自身も従来の不戦の立場から戦争協力への運動戦略の変更を余儀なくされた。それからは戦争遂行の国策に協力することで女性の政治地位向上を目指すようになっていった
平塚らいてうなどの有名フェミニストが所属していた「新婦人協会」は、メンバーの戦争のことも含めた思想的決裂、病気療養、海外移住などで解散
女性参政権を求める尖ったフェミたちはバラバラになった結果、一部は「良妻賢母」をうたうような全く質の違う女性団体と結びつき、市川房枝という人はかなり大きな変遷を見せた
軸としての「なにがなんでも女性参政権」自体はブレておらず、戦後も活動を続けて実るも、「お前戦争煽ってたよな」と、反戦貫いてたフェミからは叩かれたという
平塚らいてうは反戦平和主義運動をずっとやっており、かつて仲間だった市川とバチバチにやり合い続けたそうだ
そこらへんをまとめた『市川房枝と婦人参政権獲得運動: 模索と葛藤の政治史』って本を読んでみたいな
https://manabisha.com/06_jyugyo/06_jyugyou_01/01_pdfdata/jyoseiundo.pdf
これは面白かった
男女平等を求めたフェミたちは、朝鮮人虐殺が起こった当時に人種平等で差別もしなかったのかどうかの研究
あくどいことを書いている人はおらず「なにか騒動が起きていると聞き怖いので武器持って家の中で震えてた」みたいなもん程度だが
https://togetter.com/li/2377866
漬物の製造許可の話を見ていて、入社2年目そこそこ位のころにおきたトラブルのことを思いだしたので書く
入社2年目くらいのころ、時代はたぶん21世紀なるかならないかのころ、某食品会社のプレゼントキャンペーンの仕事をした。
プロモーションの会社とあれこれやって、商品キャラのストラップやQUOカード(当時はテレカだったかも)とか用意する中で、クライアントから特等を漬物の定期便にしたいという要望があった。
その食品会社は自社で漬物なんかあつかってないので、別のところから調達する必要があった。
プロモーションの会社に相談して、あれこれ探り、奈良の漬物会社で半年6回の京漬物定期便をやってくれるところを見つけた(会社は奈良だけど京漬物…)。
上代的にもクライアントの要望にはまったので無事実施となった。
こうなると僕は仕事は精算に向かうので、あまり仕事はなくなるし意識もそちらに向かなくなる。なので、しばらくこのキャンペーンのことは忘れていた。
ある日、プロモーション会社の人(Aさん)から携帯に電話がかかってくる「増田さん、当選者の方から漬物が傷んでいたという連絡が入ったのですが…」
へっ!なにそれ、そんなことあるんか?と状況を詳しく聞くと
・その会社は通常の通販(だけでなく、スーパーなどに卸す際もだったらしい)でも常温で行っていて、今回の配送もクール便ではなかった。
・当選者は定期便のタイミングで旅行に行っていて不在で、荷物は配送会社(〇川)は宅配ボックスに放り込んだ(当時はまだ宅配ボックスは登場したてだったと思う)
・運が悪いことに季節は8月、宅配ボックスの中で漬物はガンガン発酵が進み、さらには雑菌で傷んでいった
・かくして、当選者が旅行から帰ってきてロッカーを開けたら激臭を放つ謎の物体がそこにはあり、さすがに伝票にあった問い合わせ事務局に連絡を入れた次第。
僕の第一声は、えっ、漬物って常温で発送するの?と。Aさんは、ちょっと口を濁しつつ、ええ、まあそういうもんらしいですと。
というか、食べ物は宅配ボックスいれないよねえと言ったが、その時代は特にそういうルールもなかったらしい。
まあ、不在が1時間なのか1日なのか1週間なのかなんてわからんもんね。
僕は顔を真っ青にしながら、上司と営業に報告。営業は第一報はクライアントに入れ平謝りしつつ、方針を決める打ち合わせをスタート。
結果、30人の当選者全員にうちの会社の営業が5人くらいで手分けをして、マニュアルを作りつつ連絡を入れる。
3日くらいで全員に連絡はついたが、結果、たまたまだがそういう事態にあった人はいなかった。
当初不在でもその日のうちに受け取れていたようだ。
クライアントと今後の方針を検討した結果、配送会社は変更してクール便対応(もちろん金額はこちらの持ち出し)しつつ、漬物会社にクライアントと弊社の偉い人で視察に行くことに
漬物会社出張から帰ってきた上司にどうでした?と聞いたら、苦笑していた。
「まあ、小さい会社だろうし、漬物ってもう地元のお店が町工場の仕事広げましたみたいなところだろうとは覚悟していたがそれ以上だったよ。もうほぼ店の奥に工場があって、そこで作ってるってレベル。工場なんてもんじゃない。厨房よあれは。衛生管理なんてあったもんじゃないわ」
マジかと僕の顔が青ざめていたのを見た上司は、まあ落ち着けと言いながら
「まあ、クライアントもこうだろうなとは思ってたみたいで、こちらでコントロールできる最善をやろうとなったよ」
といって、結局、残り3回の宅配はクール便。パッケージもこちらで厳重に封をするスチロールケースを用意(前は紙箱だった)、発送は漬物会社ではなくプロモーション会社から行い、プロモーション会社側が発送前に発送予定日を連絡。3日以上の長期不在時は送らず、それ以外の方も日時変更を引き受ける。
といった対策を行うことになった。(ほかにもいろいろやったが、詳細は書かない)
残りは9月10月11月の3回だったのは不幸中の幸いで、夏ほどには長期不在の人はほとんどおらずそれからはトラブルはなかった。
クライアントには平身低頭しつつ、僕はこの辺の火消しを真面目にやったので僕自身への怒られはそこまではなかったし、社内での評価もさほど下がらなかった。
元々こういうのは利益が10%もでれば御の字だったが、たしか5%を切っていた記憶。事由書を書いたと思う。
なので、漬物がそんなに腐るかと言われたら、いや、現代の漬物は腐るよ(現代じゃなくても当時もたぶん腐ってるよ)と僕は言うと思うし、あのころよりも今の方がはるかに厳しい時代だから、おばあちゃんが善意と小遣い稼ぎのために漬けた漬物を道の駅で買って、それがたまたま腐っていたのを食べたことをSNSで大騒ぎにしたりしたら、おばあちゃんはショックで不幸なことになるんじゃないかなと思うと、ちゃんと線引きをするのは大事だと思うんだよ。今時の猛暑は昔よりもはるかに急速に発酵を進ませるというのもあると思う。経験則上、今の夏の冷暗所って全然冷暗所じゃないし。
この間、友人何人かとお花見をした。
友人の中には旦那さんや子どもと一緒に来ている子もいて、致死量の幸せを浴びたらいまの私はどうなってしまうのだろうかと少し不安だったけれど、存外楽しく過ごして帰ってきた。
久しぶりに会う子もたくさんいたので、いま言うのはなんだかな、と思い夫が他界したことは言わずに過ごした。夫の話を少し振られた時もうまく返せたと思う。
場の空気のために言わなかったような書き方だけど、まだ自分で説明することができる状態ではないのだ、というのが正しい。きっと話しながらぐしゃぐしゃに泣いてしまうし、たくさんの憐憫を浴びることも嫌だ。悲しみは、まだ私の中だけにあって外に出すことができない。このまま私だけの悲しみを捏ね続けて、発酵させて、栄養になることもなく、どうすれば良いんだろう。
ところでいろんな友人の配偶者を見るたびに、素敵な人だけど私は私の夫が一番良いなと思うよ。私はやっぱり夫と結婚して良かったし他の人は嫌だ、街じゅうに男の人がいるけど夫が一番良いなと今でも思うよ。もういないのにな。
困ったな。