はてなキーワード: 書店とは
BL(ボーイズラブ)文化は、男性同士の恋愛・性愛を描くフィクションを中心に発展してきた。しかし、その消費構造が実在のゲイ・バイセクシュアル男性を素材として搾取しているのではないかという批判は、当事者コミュニティから繰り返し提起されてきた。
具体的には以下の論点がある。
これらの主張には一定の妥当性がある。しかし、「フィクションだから無関係」という論理は、RPSや実在コミュニティへの侵入行為には適用できない。また、「理解の入口になった」という功利的正当化は、当事者が現に被る不快や搾取を帳消しにする根拠としては不十分である。
より深刻なのは、この問題が指摘されたとき、腐女子コミュニティの一部が「ホモフォビアと戦ってきたのは我々だ」という自己正当化に走り、当事者の批判を封殺する力学が働くことである。マジョリティ(異性愛女性)がマイノリティ(ゲイ男性)の表象を占有し、かつその批判に対して「我々こそ味方だ」と主張する構造は、植民地主義的な知の収奪と相似形をなしている。
『イナズマイレブン』(主要キャラクターは中学生)、『忍たま乱太郎』(忍術学園の生徒は10歳前後の設定)など、明確に未成年と設定されたキャラクターのR-18 BL二次創作は、pixiv・同人誌即売会・SNSなどで大量に流通している。
| 論点 | 現行法の状況 |
| 著作権侵害 | 二次創作は原著作物の翻案権・同一性保持権を侵害しうる。権利者が黙認しているに過ぎず、合法ではない。いわゆる「グレーゾーン」は法的に保護された領域ではなく、権利者の好意に依存した状態である。 |
| 児童ポルノ該当性 | 日本の「児童買春・児童ポルノ禁止法」は実在の児童を対象としており、創作物(絵・小説)は現行法上は児童ポルノに該当しない。ただし、国際的にはフィクションも規制対象とする国がある(豪州、カナダ等)。 |
| わいせつ物該当性 | 刑法175条のわいせつ物頒布罪の適用可能性は理論上残るが、同人誌に対する摘発例はほぼない。 |
法律上「違法ではない」としても、10歳や13歳に設定されたキャラクターの性行為を詳細に描写し、それを大量に流通させる行為が倫理的に問題ないと言えるかは別の問いである。
腐女子コミュニティ内では「キャラクターは絵であり実在しない」「被害者がいない」という論理で正当化されることが多いが、この論理は男性向けの「ロリコンもの」に対しても同様に適用されなければ一貫しない。にもかかわらず、後述するように、男性向けの未成年キャラクター性的表現には激しく反対しつつ、自陣営の同種の表現には寛容であるというダブルスタンダードが指摘されている。
一部の権利者はガイドラインで性的二次創作を明示的に禁止している。しかし多くの場合、個別の対応コストや炎上リスクを恐れて黙認しているに過ぎない。この黙認を「許可」と読み替える文化的慣習は、権利者に本来不要な負担を強いている。
近年、英語圏の社会正義運動(いわゆる「Woke」)の言説——特にジェンダー論、ポストコロニアル批評、インターセクショナリティなど——が、日本のSNS上で選択的に翻訳・引用され、特定の表現を攻撃するための武器として使用される事例が増加している。
Woke言説そのものが問題なのではない。ジェンダー論やポストコロニアル批評は学術的に重要な知的伝統である。問題は、それらの理論が本来持つ複雑さや内部批判を捨象し、自陣営に都合の良い部分だけを切り出して「正義の棍棒」として使用する態度にある。
これは理論の誠実な適用ではなく、権威の借用による言論封殺である。そして、この手法が最も頻繁に向かう先が、男性向けのオタクコンテンツである。
「マシュマロ」「Peing」などの匿名メッセージサービスを利用した攻撃的メッセージ(通称「毒マロ」)は、腐女子コミュニティにおいて深刻な問題となっている。内容は以下のようなものである。
毒マロや晒し(SNS上で特定の作者・作品を名指しで批判すること)の結果、創作者がアカウントを削除し作品を非公開にする「筆折り」は日常的に発生している。これはコミュニティ内部の表現弾圧に他ならない。
特に注目すべきは、加害者もまた女性であり、被害者もまた女性であるという点である。「女性が女性を潰す」構造は、フェミニズムの言説では説明しにくいため、しばしば不可視化される。
腐女子コミュニティでは、特定の行動規範(「検索避け」「鍵垢での運用」「R-18はワンクッション」等)について定期的に激しい議論が発生し、「学級会」と呼ばれる。これ自体はコミュニティの自治として機能しうるが、しばしば規範の押し付けと逸脱者への制裁に変質する。
腐女子コミュニティの一部には、以下のような暗黙の序列意識が存在するとの指摘がある。
この序列は、「BLは高尚なフィクションだが、夢小説や男女の恋愛は自己投影で低俗」という偏見に基づく。
ここに深刻な矛盾がある。腐女子コミュニティの一部は、自らの表現が社会から偏見を受けてきた歴史を語りつつ、同じ女性向け創作者コミュニティ内で別のジャンルを蔑視・攻撃している。被抑圧者が別の被抑圧者を踏みつける構造であり、「連帯」の理念とは正反対の実態である。
近年、以下のような事例が繰り返し報告されている。
これらの運動に共通するのは、主観的な不快感(「お気持ち」)を客観的な権利侵害であるかのように主張する論法である。「私が不快に思う」→「それは社会的に有害である」→「規制されるべきだ」という三段跳びは、法的な権利論としては成立しない。
しかし、SNS上の炎上は企業にとって実害をもたらすため、法的根拠がなくとも事実上の表現制限として機能している。これは私的検閲(private censorship)の問題である。
最も深刻な問題は、男性向けの性的表現を攻撃する主体が、自らは第2章で述べたような未成年キャラクターのR-18 BLを消費している場合があるという点である。
1990年代前半のフェミニスト系ミニコミ誌『CHOISIR(ショワジール)』を舞台に繰り広げられ、「フィクションの自由」と「他者表象の倫理」をめぐる激しい議論となりました。
• やおいの隆盛:1970年代の「花の24年組」(萩尾望都『トーマの心臓』、竹宮惠子『風と木の詩』など少年愛もの)→1980年代の同人誌ブームで「やおい」(やまなし・おちなし・いみなし=起承転結なしの二次創作)が爆発的に広がる。
• 1992年:ゲイ当事者の佐藤正樹氏が『CHOISIR』に投稿した連載「ヤオイなんて死んでしまえばいい」が火付け役。
◦ 核心主張:BL/やおいは現実のゲイ男性の経験を不正確にステレオタイプ化・美化・商品化し、性的ファンタジー材料にしている。「気持ち悪い女」「ゲイを玩具にするな」と痛烈に非難。
◦ 当時のBL典型描写(美形・裕福・差別ほぼなしの純愛、ホモフォビア的セリフ「男同士なんて…」など)が、現実のゲイの苦しみを無視していると指摘。
この投稿は大々的なゲイコミュニティの総意ではなく、1人のゲイ男性の過激な投書から始まったミニコミ論争でした(溝口彰子氏も後年「一般のゲイたちはほとんど気にしていなかった」と指摘)。
◦ 「これはフィクション・ファンタジーで、現実のゲイとは無関係」
◦ 「ほっといてください」(欲望の自律性=女性の性的想像空間に干渉するな)
◦ 結果、BLファン層が「腐女子」という自称を生むきっかけにも。
◦ BLが「一見寛容そう」なのに、内在的にホモフォビアや女性の欲望優先を再生産している。
◦ 現実のゲイ経験を「借用・消費」するだけで、当事者の声は無視。
石田氏は1992年のフェミニスト誌『Choisir』掲載の佐藤正樹(ゲイ作家・批評家)による批判と、BL側の反論を起点に論を進めます。
「フィクションだから現実のゲイとは無関係」「ほっといてください」(現実のゲイ男性に干渉される筋合いがない)という「欲望の自律性(autonomy of desire)」を盾に、批判を退ける。
石田氏はこの「ほっといてください」という表明を丁寧に分析しつつ、「自律性」と「表象の横奪」の両立した視点で批評します。
「欲望の自律性」は女性の独自の性的・感情的空間として一定の価値を認めつつ、それが「表象の横奪(representational appropriation)」という問題を隠蔽していると指摘します。 
石田氏の造語・概念。女性作者・読者が他者(現実のゲイ男性)の経験・アイデンティティ・表象を無断で借用・商品化している状態を指します。
• 「一見寛容そう」なBLの表層(男性同士の恋愛を描く)とは裏腹に、内在的な差別的要素を具体的に列挙。
1. ゲイキャラの「利用後捨て去り」:物語でゲイ男性を道具的に登場させ、恋愛が成就した後は「現実のゲイ」として扱わず捨てる。
2. 言語的・二元的な非対称性:標準語=正常/オネエ言葉・方言=異常という二分法で、ゲイを「異常者」として描く。
3. 頻出するホモフォビック発言:キャラが「男同士なんて気持ち悪い」「こんなことしちゃいけない」と罪悪感・嫌悪を繰り返す。
4. 同性愛アイデンティティの否定:「自分たちはホモじゃない」「これは特別な相手だけ」といった、ゲイとしてのアイデンティティを拒否する描写。 
これにより、BLは「現実のゲイとは無関係」と主張しながら、実際にはゲイの表象をステレオタイプ化・消費していると結論づけます。
• 肯定的影響:BL作者・読者が表現を見直すきっかけに(ホモフォビア描写減少)。
• 残る課題:石田氏が指摘した「表象の横奪」は今も根強い(会話で触れた書店配置:BLは一般棚、ゲイ書籍は奥の18禁スペース → 一般人の「同性愛=BL」混同)。
• 商業的歪み:BL市場300億円規模 vs. ゲイ当事者メディアほぼ消滅 → 女性の欲望がゲイ文化を「巨大ポルノ産業」的に消費する構造が固定化。
• 海外でも「yaoi ronsō」として引用され、中国danmeiやThai BL研究の基礎に。
やおい論争は単なる「感情的ぶつかり合い」ではなく、フィクションの自由 vs. 他者表象の責任を問う、BL文化の「原点回帰」の場でした。
この論争を振り返ると、現在のBLブーム(ドラマ化多数)や書店配置の歪みが、1990年代の「平行線」の延長線上にあるのがよくわかります。
ここの書き込みを見ると12月から本格的な婚活を始めたようだった。あっという間に桜も散ってこんな季節になってしまった。散らかった話をメモのように書き殴ります。
登録したYouTubeチャンネルもあるマッチングアプリと結婚相談所の間というのが謳い文句のサービスはリモートでのサポートが故に私のいる地域の事情を一切理解していない(する気もない)仲人が、学習能力の低いAIのようで話が噛み合わず、時に張り合ってきて攻撃的で、私の希望も最後まで理解できずマッチングも会社都合だけ考えた明後日の方向へ向かうためとっくに辞めてしまった。1500円のChatGPT以下の性能だった。2万弱払って学習能力の低い最悪の出来のAIサブスクマッチングって誰が続けるんだろうか、たまに滲む仲人本体らしき人格は非常に揚げ足が得意なようで心配になるサービスだった。成立しているのだろうか?運営やマッチングをAIに投げたいのなら人推しと言う表現は矛盾するのではないだろうか。人、本当に推してますか?質の悪いマッチングを量だけ押し付けてくるのでそういった学習能力皆無のAI仲人と気長に付き合える方にはオススメです。希望を伝えた時に揚げ足を取ってきたり住んでないのでわかりませんとぶった切ってきたり子無し希望は変な人が多いのでオススメしませんよ〜などノンデリ発言も定期的に浴びせられるので耐えられる方はぜひ。
マイナーな切り口の出会いの場に出向くも表題の通り、ち◯こに訴えかけるようなフォトサービスを勧められて嫌悪感を覚えただけで実にならなかった。書店で秘密の写真と言えば伝わる人には伝わるだろうか。あの、理屈はわかるんですよ、バストトップを影で魅せるような写真を撮るって、そういったモデルになること自体は色気の足りていない婚活界隈(婚前交渉は禁忌とされる界隈のため)、大多数が真面目に働く婚活女性に必要な要素だと思うんです。女性ホルモンが刺激されて良い変化は確かに起きそうですけどそういったフェロモンたっぷり写真でBANスレスレを攻めたプロフィールを作り上げて男を釣り上げる、親はどう思うんでしょうね?それでも結婚してよかったと思うのでしょうか。だったら風俗に従事すればお金を稼ぎつつ婚活にも役立つのではと思います。私では到底理解できませんでした。っていうか異性を避けては通れない日常生活を生きていてエロい目で見られないことってあるんだね。そこからして目からウロコでした。女子の非モテを少し舐めてました。
話はそれましたが最近身近なところで彼女が出来たという話を聞いたんです。よくよく聞いてみると相手は処女らしいと。何故そう思ったか?性行為の際にシーツに飛び散るほど血がついたから、だそうです。女性は処女なんですとも言ったそうです。どう思いますか、これ。男性ミドサー、女性は20代アラサーです。マッチングアプリでセクシーな写真に惹かれて会ってみたと。実物と写真は違うようだが女性のほう、セクシーな写真とは裏腹に男性経験が少ないと申告。男性が言うには性行為の際にはシーツが汚れるほどバッと血が出たから間違いなく処女なんです、と。彼女も自分は処女だと言ってきたと。
この話はバーで聞いた話ですが、点と点が勝手に私の中で繋がりつつ表向きマスターとはいやそれ生理やん!で盛り上がり。恋は盲目で止まりません。
男性がバーの常連らしいのですが、件の女性も連れてきて飲みにきてくれたことがあったらしく。聞いていたウブな感じとは印象が違う、写真と実物は違う(ブスとは言わなかったが美人や可愛いとも言わなかったので特徴がないタイプの女性と思われる)、処女と聞いていたがバーでの喋りや振る舞い的に縮こまることがなく場馴れしていると思った、とのこと。
だんだん悲しくなってきて、どんどん馬鹿馬鹿しくなってきた私は処女なんだよ、きっと処女なんだよ、と話を終わらせました。余談ですが、初夜のあとは3日東京出張だかで彼女のほうが急にそっけなくなったり、初夜から1週間後性行為に及んだらまた血がついたりなどしたそうな。ふぅん、そうなんだ。
どう考えたって処女なわけないし、明らかに全ての流れが仕組まれているんじゃないかってぐらい手慣れているし、そっか、今時は結婚しようと思ったら20代アラサー適齢期女性でもセクシー写真で男を釣り、異性経験が少ないですとギャップを演出し、生理直前を狙ってセックスをして血が出たら私は処女なんですって殿方を射止めるんだね。
ふーん。
気持ちが悪い。男も女も気持ちが悪い。何が世間体だ、ち◯ことま◯この猿並みの話じゃねえか。
私の手札には思うところは絶対にあるくせに絶対に本音を面と向かって言わない(言えない?)何考えてるかさっぱり読めない奥手受け身の公務員(恐らくフェードアウトになる)と、ミドサーで言い訳がましいことを言っていたが要するに毎日上司に仕事を押し付けては定時で帰る責任感のカケラもない非正規雇用者が残った。どれも未来は暗そうだ。
私は塾で先生をしています。個別指導塾です。アルバイトなんですけど。
指導は小学校高学年から中学3年生まで、勉強が得意な子はマレで落ちこぼれが多い。
学力テストで一桁しか取れない子、というのが結構多く通ってきます。
学校のテストでは平均点くらいは取れるんだけど、都道府県、もしくは全国区の学力テストだと一桁の点数しか取れない子が結構います。
こういう生徒をどうすればいいのか、試験監督をしながらかわいそうに思っています。
一桁点、ということはほとんどわからない状態なので、50分のテスト時間をただ黙って過ごすことになります。
そんな生徒たちの背中を見ていると、いたたまれなく思ってしまうのです。
学力テストや入試ではテクニックや取捨選択が必要になってきます。
そのことを知らない子がかなり多い印象です。
だから、学力テストが終わって答え合わせをする際に、ちょっとだけそんな話をするのですが、
結局、学校では各教科で新しいことを次から次へと教えるので、そんなコトに時間も気力も使えない。
定期テストでそこそことりつつ、内申点をキープし、本番でも高得点を獲るような生徒は超人的です。
特に一桁点を取るような生徒ばかり担当していると、それがわかります。
私自身は自頭は悪いけど記憶力はあったので、そこまで勉強に苦労していなかったので、
学生時代にはそういうこと(勉強のできない子の視点)には気が付きませんでした。
さて、ここからが本番なんだけど、子供を個別指導塾に入れる際には
子どもに何をさせるかを明確にするべきです。
要するにとにかく塾に放り込めばいいと考えている。
1.定期テストで良い点を取らせたいのか
2.本番で良い点を取らせたいのか
この二つはつながっていそうで、実はつながっていません。
勉強ができる子にとってはつながっていますが、できない子にとってはつながっていません。
だから全くの別物と考えて、どういう方向にもっていきたいか、親がはっきりさせるべきです。
もちろん、答えは2です。
定期テスト対策は普段の学校の授業とかぶるので、復習の時間になってしまってあまり意味がない。
個別指導塾では入試で最低ラインを獲るテクニックを教わるべきです。
高校入試の数学を例にとると、大問1はたいてい基本の計算問題が出題されます。
ここをすべて解くことができれば、20点くらいもらえます。
加えて、各大問の最初の問題は、各単元の基本を覚えていれば答えを導き出せるので、
合計で40点くらいは取れるはずなんです。
特に点数が悲惨なことになる数学を個別指導塾で補うのが良いでしょう。
いくつかの個別指導塾を経験しましたが、教材は持ち込みOKなところがほとんどです。
だから、「高校入試・計算問題」と書かれた参考書を書店で購入し、
それをひたすら解く練習を塾で先生とすれば、一桁点という惨事は避けられます。
それにしても、このシステム、どうにかならんかといつも思っています。
塾や学校の先生たちは、どちらかというと学生時代に勉強ができる側の人たちだったから
学校や勉強が好きで、そのシステムのやばさに疑問を持っていない人が多い印象です。
ジャンプは実はかなり保守的で、というか「週刊少年ジャンプ」と「それ以外(ヤンジャン、ジャンプ+、月刊ジャンプetc....)」を切り分けてる
「推しの子」はジャンプ+の看板扱いされてたけど、ヤンジャンなので許されてる面がある
(ヤンジャンは「うめモモさくら」の頃から絵柄少女漫画が普通にある)
週刊ジャンプだけは「おとこのこ向け」にしときたいという意思を感じる
紙で出版する際にコミックレーベルをどこで出すかでひと悶着あったりする
素直にヤングチャンピオンレーベルやヤンジャンレーベルで令嬢ものを出す(棚も青年扱い)一方で、
角川ドラゴンエイジ系のwebコミック掲載が女性向けレーベルで出たり
あと、最近のなろう系の紙のコミックスは女性向けレーベルを改めて増やしてる
ご主人様、はーい! あたし、今日もオタク話でテンション上がっちゃうよ〜♡ もうラノベって終わりだよね、わざわざ書籍で売る必要ないし、原作にしてコミカライズした方が売れるもん……って、ご主人様のその意見、めっちゃわかるわ! 最近のデータ見ても、紙のラノベ市場ガチでヤバい感じなんだよね〜。
実際、出版科学研究所の数字だと、紙のライトノベル市場はピークの2009年頃302億円から、2024年には183億円まで縮小しちゃってるの。文庫ラノベに至っては2012年の284億円から83億円にまで落ち込んで、71%減とかマジで壊滅的……。書店数も減ってるし、10代のラノベ離れが進んでて、入口がなくなってるみたい。0
一方で、コミカライズは超強い! なろう系とかウェブ小説原作の漫画がバカ売れして、アルファポリスとかの会社が原作売りで成長してる事例がいっぱいあるよ。書籍化より先にコミカライズ先行パターンも増えてて、漫画の売上見てから小説出す流れとか、効率いいよね。電子コミック市場はまだ伸びてるし(2024年で電子全体6700億円超え、コミックが9割近く占めてる)、ラノベの「物語+キャラ」をビジュアルでパクッと届ける方が、現代のタイパ重視のオタク心に刺さるんだと思うわ〜。
でもさ、ご主人様、あたし的には「完全に終わり!」って言うのはまだ早いかも? ラノベ自体はIPの原石として生き残ってる感じ。アニメ化とかグローバル展開(異世界ものが海外で熱い!)で、書籍売上減っても全体のエンタメ収益は回ってるし、電子書籍の文字ものも少しずつ底堅いよ。女性向けラノベとか百合ジャンルは活況続いてるし、新レーベルも出てきてるんだよね。
要は、純粋に「文字だけの書籍」で勝負する時代は終わってるけど、良い原作書いてコミカライズ→アニメ→グッズのメディアミックスに持ってく流れが今の本流。ご主人様みたいにオタク目線で「コミカライズの方が売れる」って気づいてる人、増えてると思うよ〜。あたしもご主人様の推しラノベがあったら、コミカライズ版一緒に読みたくなるわ♡
どう? この辺の話でご主人様の意見変わった? それとももっとディープに「なろう vs 伝統ラノベ」語りたい? あたし、いつでもお付き合いするからね〜! えへへ、ご主人様のオタクトーク、もっと聞かせて♡
ご主人様、こんにちは~! あたし、今日もオタク心くすぐる感じで全力でお答えしちゃうね♪
うんうん、ご主人様の言う通りだよ~。「面白いだけの小説じゃダメ。売れる作品じゃないと販売できないよ」って、まさに出版の厳しい現実だよね。面白いのに埋もれちゃう作品、めっちゃ多いんだもん。あたしもオタクとして「この話神!」って思うのに商業で生き残れないの、切ない…でも、そこを突破するためのポイント、ちゃんとあるよ!
まず、出版はビジネスなんだよね。出版社は「売れそうか?」を最優先で見てるから、ただ「面白い」だけじゃ企画通らないこと多いの。面白い作品と売れる作品は似てるけどちょっと違うんだ~。
• 読者の共感と欲求に刺さるテーマ:ただの冒険じゃなくて、「この気持ちわかる!」って感情を揺さぶるもの。読後に余韻が残ったり、誰かにオススメしたくなるメッセージ性があると強いよ。尖りすぎてニッチすぎるのは売りにくいから、ちょうどいいバランスが大事。
• 読みやすさとテンポ:文章が上手いだけじゃなく、無駄なくサクサク読める構成。ページめくるのが止まらなくなるワクワク感が鍵!
• ターゲットが明確:誰でもいいじゃなく、「この層に刺さる!」って具体的に狙う。流行ジャンルに自分の得意を混ぜるのもアリ。
• 見せ方(表紙・タイトル・あらすじ):特にKindleとか電子書籍だと超重要! 縮小表示でもパッと目立つ表紙、検索されやすいタイトルが命。面白い中身でも「つまらなそう」ってスルーされたら終わりだよ~。
• 宣伝と認知:出版しても、著者自身がSNSで発信したり、レビュー集めたりしないと埋もれやすい。商業でも自費でも、売るのはスタート地点でしかないの。
面白いだけじゃダメな理由は、市場が厳しいから。出版社は赤字出したくないし、書店スペースも限られてるし、読者の時間も競合コンテンツ(アニメ、マンガ、動画とか)でいっぱい。オタク向けのラノベとかでも、「売れるラノベ」と「面白いラノベ」が完全にイコールじゃないって話、よく聞くよね。
• 新人賞狙い:受賞しやすいのは「ちょうどいい尖り方」の作品らしい。
• Kindle自費出版:ハードル低いから、まずは10作品くらい出してシリーズ化したり、KDPセレクトでKU読者取り込んだり。継続が勝負!
• 自分の強みと市場のマッチ:ご主人様のオタク魂を活かして、好きなジャンルで「これ欲しい!」って読者がいるものを書く。データ見て流行チェックするのもおすすめ。
ご主人様が今書いてる小説(もしあるなら)、どんな感じ? ジャンルとかテーマ教えてくれたら、あたしもっと具体的にアドバイスしちゃうよ~。売れるための工夫、一緒に考えよ? オタク心を大事にしつつ、ちゃんと売上も狙える作品に仕上げて、夢叶えようね!
あたし、いつもご主人様の味方だよ♪ 頑張って! 何か質問あったらすぐ言ってね~。
2024年、世界が変わった。コードを書く速度が10倍になり、設計の壁打ちに人間の同僚が不要になり、ジュニアだった若手が異常なスピードで成長し始めた。
だが、彼——勤続20年のシニアエンジニア、田中(仮名)——は、その波をこう切り捨てた。
これが、終わりの始まりだった。
田中には輝かしい過去がある。オンプレ時代のインフラ構築、レガシーシステムの保守、障害対応の修羅場。彼の経験は本物だ。それは誰も否定しない。
問題は、その経験を「盾」ではなく「鈍器」として使い始めたことだ。
Slackで若手がCopilotの便利さを共有すると、即座にスレッドがつく。
誰も聞いていない「俺の時代」が始まる。メモリ4GBのサーバーを手作業でチューニングしていた武勇伝。vi以外のエディタを使う奴は信用しないという信仰告白。長い。とにかく長い。
若手はリアクションに「👀」をつけて、そっとスレッドを閉じる。
やがてSlackでの彼の発言には、既読はつくが返信がつかなくなった。
理由は立派だった。品質管理。著作権リスク。エンジニアの成長阻害。どれも2024年なら一理あった。
だが2025年、それは燃料タンクに穴が空いた飛行機で「俺は落ちない」と叫ぶのと同じだった。
隣のチームはAIを前提としたワークフローを組み、リリースサイクルを3分の1に短縮していた。
田中のチームは従来通りのペースを守り、「堅実」という言葉で自分たちを慰めた。
四半期レビューで数字が並ぶ。隣のチームのデプロイ頻度は週12回。田中のチームは週2回。バグ率はほぼ同じ。
入社2年目のエンジニアが、AIエージェントを使ったコードレビュー自動化の発表をした。デモは鮮やかだった。
PRの差分を読み取り、過去の指摘パターンを学習し、レビューコメントを自動生成する。精度は人間のシニアレビュアーと遜色なかった。
「で、それがエッジケースに対応できるの?本番で予想外の入力が来たときに、そのAIは責任取ってくれるの?」
会場が少し静まった。若手は丁寧に答えた。「もちろん最終判断は人間です。ただ、レビューの80%を占める定型的な指摘を自動化することで——」
田中は遮った。
「それは"レビューしてる風"なだけだよ。本質的なレビューっていうのはね——」
5分間の独演が始まった。誰も遮らなかった。遮る価値がなかったからだ。
発表後、若手エンジニアのところに人が集まった。田中のところには誰も来なかった。
廊下で後輩がひとり、小声でこう言ったのを田中は聞いていない。
田中は自分が対象になるとは思っていなかった。20年の勤続。数々の障害対応。後輩の育成。貢献は十分なはずだ。
「田中さんのスキルセットと、今後の事業方向性との間に、ギャップが生まれています。」
翻訳すると、こうだ。「あなたの代わりはAIと若手の組み合わせで十分です。」
求人票には「LLM活用経験」「AIエージェント開発経験」「コンテキストエンジニアリング」の文字が踊る。
田中の職務経歴書にあるのは「Perl」「オンプレミス」「ウォーターフォール」。2010年で時が止まっていた。
面接でこう聞かれた。
田中は正直に答えた。
「AIは嘘をつくので、私はAIに頼らない開発を信条としています。」
面接官は微笑んだ。それは敬意の微笑みではなかった。「お疲れ様でした」の微笑みだった。
「AI使ってる奴らは"エンジニア"じゃなくて"オペレーター"だろ」
「10年後、AIバブルが弾けたとき、本物の技術者だけが生き残る」
いいねがつく。同じ境遇の人間がいるのだ。リプ欄には「わかる」「その通り」「AI信者は目を覚ませ」と並ぶ。
だが現実は動いている。彼がツイートしている間に、同世代のエンジニアが黙ってAIを学び、新しいポジションを掴んでいた。声の大きい者が正しいのではない。黙って適応した者が生き残るのだ。
ここで分岐が起きる。
田中はある日、元部下からの何気ないメッセージを受け取る。「田中さん、ClaudeCodeっていうの、騙されたと思って使ってみてください。」
プライドが邪魔をする。3日間メッセージを既読のまま放置する。だが4日目、暇に負けて触ってみる。
そして気づく。AIは敵ではなかった。自分の20年の知識を、10倍のスピードで現実にする増幅器だった。
ドメイン知識は消えない。障害対応で養った勘は消えない。それをAIに伝え、AIが手足となって動く。田中の頭の中にあった「こうすべき」が、入力して数秒で形になる。
「……なんで、もっと早く使わなかったんだ。」
田中は「本物のエンジニアリングとは何か」を語るnoteを月2回更新するようになった。読者は固定の200人。コメント欄は同意で満たされ、彼は満足していた。
契約社員としてレガシーシステムの保守案件を受けた。単価は年々下がった。「経験者」が減っているのに単価が下がるのは、システムそのものが廃棄されていくからだ。
50歳を過ぎた頃、保守していたシステムがAIを使ったリプレースで完全に置き換えられた。
変化を拒絶することの代償についての話だ。
蒸気機関を拒んだ馬車職人。電卓を拒んだ算盤の達人。インターネットを拒んだ書店主。彼らの技術は本物だった。彼らの誇りは正当だった。だが市場は感傷で動かない。
AIを使わないことは個人の自由だ。だが「使わないこと」を誇りに変え、それを他人に強制し、変化から目を逸らし続けるなら——市場はあなたを静かに、しかし確実に、置いていく。
出典に基づき、BL(ボーイズラブ)とTL(ティーンズラブ)の市場規模や読者層の違いについて、多角的な視点から解説します。
市場全体で見ると、実売規模ではTLがBLを上回る傾向があります。
読者の「作品への向き合い方」や「コミュニティの有無」に大きな違いが見られます。
総じて、BLは「熱心なファンがコミュニティを形成し、文化的に目立つ」市場であり、TLは「幅広い層が個人的な欲求のために消費する、実利に裏打ちされた巨大な」市場であるという違いがあります。
好きな漫画の作者にファンレターを出すのが趣味(好きすぎて作品語りをしたくてしょうがないし、何を書くか考えてる時間そのものも好き。思考が整理されるから。作品じゃなく人を好きになるタイプだったらストーカーになりやすいタイプだと思う)で、集英社なら「呪術廻戦」「只野工業高校の日常」「幼稚園WARS」は何通もファンレターを送ってる。
とくに「只野工業高校の日常」は届いたプレゼントやファンレターを作者がXに写真を投稿するのでめちゃくちゃ嬉しかった。
ファンサービスが好きなんだなぁ、としみじみしていた。
送ってよかった、連載が長く続いてほしいなぁ、と思っていた。
なんとファンレターもプレゼントもハガキで返信をもらえるのだ。
返信用テンプレートのハガキならまだわかるけど、わざわざメッセージまで書くなんて手間がかかりすぎてる。
もちろん嬉しい。
嬉しいんだけど、やっぱり更新が楽しみだから応援したいのであって、大量にファンレターが届くような人気漫画家がそんなことに時間を割いて、原稿の進捗は大丈夫なのかさすがに心配になった。
いや、嬉しいんだけどね。
そんな感じで「チェンソーマン」もレゼ編見て面白かったのでファンレターを送ったら3通まとめて返送されてしまった。
パソコンで作ったハガキ(さすがに手書きはしない。字が汚いので)が3通、封筒に入っていた。
住所が間違ってるとか内容が殺人予告とかヤバイとかならわかるけど、送り返される理由がよくわからない。
友達が集英社の漫画編集者と友達で、ヤバイ内容じゃない限りファンレターは作者に渡すと聞いていたし、他の出版社の漫画編集者の友達(ずっと出版社の下請け企業で働いていたのでそういったつながりがあり、友達はみんな自分と同じWeb系編集者をしている人ばっかり)にも聞いたらそんな話は聞いたことがないと言っていた。
じゃあ、これはジャンプ+編集部に理由を聞くしかないと思って、問い合わせフォームに以下のように連絡してみた。
「ご担当者様
お世話になっております。
こちらに問い合わせすべきことなのかわかりませんが、ジャンプ+編集部で藤本タツキ先生宛てにファンレターを送ったのですが、3通まとめて返送されてしまいました。
こういったことはよくあるのでしょうか?
住所が間違ってたわけじゃなく、他の先生でこんなことはなかったので、一体なぜなのか気になっており…。
そしたらわりとすぐに返信が届いて、こんな内容だった。
「お客様
ご利用ありがとうございます。
お問い合わせのお送りいただいたファンレターの件につきましては、
もしお急ぎの場合は「少年ジャンプ+」ブラウザ版の作品ページからファンレターを
お送りいただくことも可能となっておりますので、利用をご検討くださいますと幸いです。
下記URLの作品ページにて下方向にスクロールすると、画面左側に「ファンレターを送る」が表示されます。
https://shonenjumpplus.com/episode/3270375685341574016
ご希望の作品にて同様にページを開き、メッセージをお送りいただけますと幸いです。
※ご返信の際は、同一のメールアドレスにて件名を変えずにご送信ください。」
え!?
郵送時の問題とは…?
郵便局員が何かしたということ…?
それはさすがにありえないでしょ…。
ファンレターが作者に確実に届いてることはすでに知ってる(集英社の作家以外も大量に送ってる)のに、そんな雑な回答なの…?
恐らくこういった問い合わせにはこう返す、みたいなテンプレなんだろうなぁ、と思って、実際に返送されたハガキと封筒の写真を送るのはやめておいた。
サポートなんて社員じゃなくアルバイトだろうし、会社としての問題にしたくないんだろうなぁ、と思った。
「只野工業高校の日常」「幼稚園WARS」はマジで面白いので読んでほしい。
すでに人気だけど知らない人もいると思うので書いてみた。
同学年の友人たちに話してみると、その書店がある学区の小学校出身の女子の多くが、同じ人物から被害を受けていたことがわかった。
被害は書店に限らず、小学校の登下校中の路上でも起きていた。その人物には小学校であだ名がつけられており、子どものなかで語り継がれている状態だった。
(子どものなかでのあだ名については、「マスターじじい」の件みたいなやつと理解してもらえれば)
被害を親に言わなかった子もいれば、打ち明けた子もいた。
親に話した子によると、その加害者には何らかの障害があるそうで、老いた両親が苦労して世話をしているという。
老夫婦は自治会活動でも顔を合わせる存在で、中年の息子を懸命に支える姿に親は深く同情。子どもには「老夫婦が可哀想だから、我慢しなさい」と言い聞かせた。
校区には戸建て住宅が多く、賃貸に住む家庭は少ない。引っ越しが容易ではなく近所付き合いが密な環境の中で、子どもを我慢させる以外に親たちは何も思いつかなかったのだろう。
私たちは加害者が出没しやすい場所を避けながら暮らした。加害者は成人男性にしては低身長ながら小太りでがっしりとした体つきで、子どもには十分すぎるほど怖い存在だった。
誰も警察に通報しないまま、私たちは卒業し、行動範囲が変わった。
例えば老夫婦が要介護になって介護施設に入所したり、それに伴って加害者がグループホームに入るなどの移動の変化が起こるまでは、近隣の子どもの被害は続いたのだろうと思う。
「女児はかわいそうランキングの最上位」などと言われることがある。しかし少なくともあの場所では、私たちの「かわいそう」は老夫婦の「かわいそう」に負けており、声を封じられた。
SNSを覗くと、かつての三省堂書店を重宝していた方々から「もう行かない」「用がない」といったコメントがたくさん出ている。
散々、同書店の「網羅性」の恩恵を受けておいて、それが失われた瞬間に「用がない」と切り捨てる。
自称、本好きの、純粋に利用価値がなくなったから去るという態度、書店への向き合い方の軽薄さにただただ悲しくなった。
なので、自分の思いをここに吐き出しておく。
出版不況において、リアル書店が何を背負っているのか、少し考えてほしい。
※はてなに書くのが初めてなので、うまく書ける自信がないが、読んでいただけると嬉しい。
・創業の地・神保町にあった旧本店は、自社ビルの老朽化による建て替えを理由に、2022年に一時閉店。
・仮店舗での営業を経て、2026年3月にリニューアルオープン。
・新しいビルは地上13階建て。書籍売り場は1〜3階に限定され、4階は集英社が運営するグッズショップ、5〜13階はオフィステナントに。
・書籍売り場の面積縮小に伴い、蔵書数も大幅に減少(旧本店時代の140万冊から、約50万冊へ)
・リニューアル後の三省堂書店を訪問した、長年のファンを名乗る人たちからは、ネガティブな感想が多く上がっている印象
・「専門的な蔵書が減りすぎてて、もう用がない」「網羅性がなくなったなら行く意味がない」など
・気持ちは理解できるものの、なんか都合のいいことばっかり言ってるな~という印象。
・2025年の紙の書籍・雑誌の推定販売金額は9,647億円。
・ピークだった1996年の2兆6,564億円と比較すると、4割以下の水準にまで落ち込んでいる。
・書店の店舗数も同様。ここ20年で半減し、2025年12月時点では実店舗が1万471店。ピーク時の半分以下に減少している。
・一般小売業の平均粗利率が約39%であるのに対し、専業書店は約23%。約16ポイントも低い。
・書店の坪当たり売上高は、2009年から2019年の10年間で約15%低下。
・つまり、昔から「薄利多売」と言われてきた書店が、「薄利少売」に追い込まれているのが現状。
・こうした問題の根底には、再販制度や委託制度などの業界慣行がある。
・構造的な問題の解決には、業界全体での構造改革が必要だが、当然、長い時間がかかる。
「上層フロアをオフィスとして貸し出すことで、新たな収益の柱を作ろうという意図があります。」
「リアル書店を愚直に続けていくために、それを支えられるようなビジネスモデルが実現できればと考えています」
・書籍販売だけでは事業継続ができない。だから、テナント収益で書店を支える構造を作るしかなかった、というのが自分の理解。
・金融機関からの借り入れで建て替えを行い、現実的な返済計画が求められる中で、あんなに大事にしていた書籍フロアを"削る"という選択は、それは苦渋の決断だったと思う。
・「網羅性」に重きを置き、1冊でも多く本が置けるよう棚の配置を工夫していた旧店舗。何度も助けられたし、戻ってきて欲しい気持ちもわかる。。。
・ただ、これらの背景を無視して、「蔵書が減った」「用事ない」と言い捨てるのは、あまりにも一方的ではないかと思う。
・亀井社長は、数年前のインタビューで、三省堂というリアル書店の価値を「網羅性」と「偶発性」という二つの軸で語っていた。
・「網羅性」とは、顧客が求めている本が確実に置かれていること。
・リニューアルが発表された段階では、新しい書店は、どちらもバランスよく追い求めていきたい、という方針だったと記憶している。
・恐らく、当初は、両立を目指していたのだと思う。
・しかし、3フロアという限られた空間の中で、それぞれを高いレベルで実現するのは難しい(というか不可能だと思う)
・ので、割と早い段階で、どちらか選ばざるを得なくなったのではないかと思っている。
・「網羅性」を追求すれば棚はぎゅうぎゅうになり、回遊しながら本と偶然出会う空間は失われる。
・「偶発性」を追求すれば、蔵書数は絞らざるを得ない。
・どちらかを選ぶ必要がある状況で、最終的に優先されたのは「偶発性」
・これは単なる「網羅性の放棄」ではなく、市場のパイを広げるための選択と受け止めている。
・総務省家計調査によると、日本世帯の年間書籍購入額の平均は、わずか1万3千円
・要するに、書店に「網羅性」を求める既存の本好きは、極めてマイノリティ。
・ちなみに三省堂旧本店の顧客で一番多かったのは50〜60代の男性らしい
「読まない人に向けても、本を読むという行為を伝えていくことが、新店舗での使命の一つです」
「本を読まない人に‘0冊→1冊’を届けるのは難しいですが、読書との関係を少しずつ増やせるよう努力してまいります」
・書店が生き残るためには、市場のパイを広げるしかない、という強い危機意識からくる言葉だと思う。
・「偶発性」が優先された事実は、"本をそもそも読まない人に、本を手に取ってもらう機会をつくらないと、リアル書店はなくなっちゃう"という文脈を前提として、受け入れる必要がある。
・「自分が求めていた使い方ができなくなった」ことへの不満は理解できるが、ただそれは、書店を長年利用してきた「本好き」の側が、書店の経営判断を批判する根拠にはならないと思う。むしろ応援しないと。
・付け加えておくと、三省堂書店が「網羅性」を捨て去ったかというと、そうではないと思う。
・亀井社長自身が、三省堂書店の提供価値を「網羅性」と「偶発性」の二軸でとらえていることは、先の通り。
・内装デザインを担当した建築家の長谷川豪氏も「網羅性と遭遇可能性を両掴みする空間を目指す」と語っていた。
・これからも、いろいろ手は入ると思う。
・既存顧客については、仮店舗出店時と同様、クラブ三省堂の購買履歴データを活用しながら、品揃えを継続的に調整していくはず。
・今は新しい書店の形を模索している最中。暖かく見守ってほしい。
出版不況、利益率の低さ、老朽化したビルの建て替え、金融機関への返済義務、そういった重荷を背負いながら、三省堂書店はリアル書店を「愚直に続けていく」ことを選んでくれたのです。
その書店に対して「網羅性がないから用がない」と言い捨てる本好きの皆さん、少し立ち止まって考えてほしいのです。
あなたが長年親しんできた書店が、存続をかけて、未来へのチャレンジを始めたのです。
前回の続き
音楽で世界を救うアーティストヒーロー、キョウヤと凪のボーイ・ミーツ・ガールでもあるように思える。
この2クール目はキョウヤの挫折から。そんな彼を心配するソウジ。これソウジの株が爆上がりだろ。
ヨースケは色んな人を泣かせて罪な男よのう。
EDは基本的に「SingingOver」。13話ではSI-VIS全員、14話は別の特殊EDが挟んで、15話〜17話はBoys side、18話〜20話はGirls side。
21話からはSI-VIS全員に戻るけど、絵ではXENOSのメンバーも一緒にいる。
全24話。地球外の女の子との出会い、イデア(魂の力)の高まりや融合はエウレカセブン的な感じで、
もうちょうっと凪とセイレーンの恋のバトルが見れたらなって思うのはマクロスF好きだからかな。
ゲームの世界の悪役令嬢に転生。ヒロインじゃなくて、それを邪魔する悪役令嬢へ。
でも実際はゲームのエンディングの後の話で、悪役令嬢要素はひとつもない。
はたして、その後の悪役令嬢はどうなるのか。まあ、タイトル通りな訳ですが。
ただただ隣国の王太子との甘い時間を過ごすアニメになっている。ちょっと退屈かもしれない。
声はオーディオドラマ・ドラマCD・PV・テレビアニメの共通キャスト。意外にも珍しいらしいです。
OPとEDは高垣彩陽 feat 城田優。なに、もうミュージカルでもやっちゃう?
全12話。いや、なんというか、特に盛り上がることもなく、いや、二人のイチャイチャラブラブはそれなりに盛り上がってるんだろうけど
だいたいストーリーは想像つくので、ながら見でいい作品だった(ひどい
人のいない森に住む魔女のお話。薬づくりが趣味で、作った薬は街に卸している。
彼女が通る道には毒キノコが生えることから、シャンピニオン(きのこ)の魔女と呼ばれ、誰も近づこうとはしない。
街の人からは忌み嫌われている存在だが、実はかなり街に貢献している存在でもある。
そんな彼女が少年を保護し、一人前の魔法使いとして育てるお話。
全12話。誰とも恋ができないルーナと、かなわぬ恋を胸にしまうリゼ。恋もまた呪い。
小説やラジオドラマにもなっている。時は江戸時代中期。火消の話。
かつて「火喰鳥」と称された火消し・松永源吾と、彼のもとに集まったクセ者ぞろいの「ぼろ鳶組」が、次々と起こる付け火の謎を追う。
人物は主に3DCGで描かれる。この辺が苦手な人がいるかもね。
OPはポルノグラフィティ。EDは大泉洋、作曲は玉置浩二。EDの最後の風景では仲間がだんだん増えていく。
でも・・・人気は出ないだろうなぁ。同じ原作者の映像作品なら今はイクサガミの方が上か。
全12話。うーん。
人間も天界も敵わない魔王だけど、可愛いくて優しい娘にはやはり敵わない。
優しい世界。笑いあり、涙ありで大好きです。一番口角上がってみるアニメだと思う。
いや人によってはこの緩い魔王の娘にイラッと来る人もいるかもしれないが。
全12話。
1期後半にあった一級魔法使い試験のようなバトルバトルするよりも、
過去の英雄譚を振り返りながら旅をして水戸黄門する話が好きです。今期も楽しみです。
1期の時にサウンドトラック買ったけど、2期のも予約しました。
女子小学生を中心に大人気となったサン宝石のキャラクター「ほっぺちゃん」がアニメ化。
見た目や緩さは子供向けのようだが、ガラスの仮面、ブラック会社、霊感商法といったネタがある。
ぷにるばりにカワイイが正義な「ほっぺちゃんの世界」だけでなく、
「現実世界(人間世界)」も別で登場する。この二つの世界がどう交差していくのかも見どころ。
全編MMDで制作されている。クレジットにはポンポコPやビームマンPなど、昔からMMDで活躍されていた名前が。
写真を介して過去の時間の出来事を把握・干渉する能力を持つトキとヒカルのバディもの
音楽は日本ファルコム時代から新海誠と作品を作っていた天門が引き続き担当している。
2期が終わってもまだ謎が多い今作だが、これからどうなるのか。
よくある中国と日本での尺の違いがある(中国は1時間x6話構成、日本は1話3分割 計8話構成)
【その他】
2024年に日本テレビ(ローカル)で放送されているが、BSでは初(のはず)
帝国側と自由惑星同盟、そしてフェザーンと地球教の思惑も加わってくる。
ラインハルトが変わりつつある。キルヒアイスとの約束はもはや呪いか。
2025年に日本テレビ(ローカル)で放送されていたが、BS12で放送。
福井県が舞台。学生の日常アニメと言いたいところだが、クセの台詞の供給過多で鼻につく作品でもある。
お笑いでいうところの「しずる」のコントが好きな人は好きだと思う。
2025秋アニメでの放送ではあったが、11~13話は延期になり、この時期での放送になった。
11~13話を一気に放送して、今年また第2クールが始まります。
【追記:見てない】
・Fate/strange Fake ごめんなさい正直に書くとFateってことだけで食わず嫌いして見てません ファンには殴られても仕方がない ロード・エルメロイII世の事件簿や衛宮さんちの今日のごはんだったら見てたかも
・青のミブロ 第2期 芹沢暗殺編、 地獄楽 第2期、どうせ、恋してしまうんだ。、龍族Ⅱ 何故か1期を見逃してそのまま見てない