はてなキーワード: 完璧主義とは
あれから3ヶ月半くらい経った。
二筋樋貞宗さえ入手すればすぐに飽きると思ったのだが(別に面白いゲームってわけでもないしなぁ)、毎日地道にプレイしている。
元々完璧主義というか不完全恐怖症的な性格をしているせいか、一振りを刀剣レベル99まで育て上げたら同じ部隊に入れた刀全員レベル99にしないと気が済まない、みたいな。そんな感じでコツコツ努力してしまっている。
努力する方向性を間違えてる気はずっとしている。でも、自分を鍛えても自分の筋肉は応えてくれないが、刀剣男士を鍛えるとさっきまで倒せなかった敵を倒してくれるし、遠征失敗しなくなるしと、ちゃんと応えてくれるので、鍛え甲斐があるなって。
火曜日に花札イベントが始まって、このゲーム、イベントに次ぐイベントだなあと思いつつ、今回も行けるところまで行こう! とついつい張り切ってしまう。
毎日5時17時に配布される札以外に、貯めた小判を1日3000枚ずつ溶かして10回イベで遊ぶと、課金なしでも充実した気分になれるっぽい。
最近は、キャラがどうだとか推しがどうだというより、弊本丸にいる90振りの男士たちのパラメータがちまちま上がって行くのを見てはニヤニヤしており、時々我に返って私はなんのためにこのゲームを始めたのだろう? などと虚無ったりする。
資材の数が増えると嬉しいし、無謀な戦いに部隊を送り出したばっかりに刀装がぶっ壊されまくって新しいのを作ったら資材がどんどん減って行って悲しくなったり。男士たちが遠征先から小判を沢山持ち帰ってくるとこれまた嬉しいし。
数字!!
二筋樋貞宗はどうした。
二筋樋貞宗ならおれの2番隊にいるよ。
最近あまり戦に出していなかったら、累積経験値で巴ちゃんに負けてしまったよ。悲しいけどなんか防御力低くて怪我しがちだからあまり出したくないんだよ。刀装作り直すの大変だし。
悲しい。
むりやりに大絶賛してみる!
まず制作陣がガチで天才だから、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。
たとえば、キャラの葛藤がないとか、ご都合主義のAIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。
それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。
なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマだから。
超簡単に表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。
これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。
その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。
まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人のエネルギーで。
言うなれば、『令和のセカイ系はサイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉とかぐやの為だけに、神の理屈をねじ曲げにゆく。
(※セカイ系とは? 「きみ」と「ぼく」という、 ちっちゃな関係性が、 国家や社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)
すなわち、新時代のセカイ系は、狂気で踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本の古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。
天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。
そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。
逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ、感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。
たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義のマシーンになっちゃったと。
つまり、学生なのに週5日のバイトで一人暮らし、東大を目指す受験勉強、プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。
いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。
まるで広末涼子の爆走185キロ、人間って一度狂うと止まらないんだよ。
さらに彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチに推し活もやっていると。
ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。
どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんからの罵倒が幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。
それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧からの解放――人間性を取り戻せているから。
その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態のときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。
もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンドを大事に飾っているんだよね。
しかもSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。
「パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。
そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来、人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。
なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由な毎日が楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。
その最たる例としては、彩葉が睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。
ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。
まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。
【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。
つまり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義の廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。
人間を人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。
その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。
今まで母親の祟りにやられて、完璧超人のマシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。
そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。
そして、この物語のマジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。
ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽの場所であると。
でもって月の住人たちは、ゲームのNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。
そんな中、かぐやだけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。
そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球の電柱にビリビリビリってぶつかってゆく。
すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー、地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐやの思念体が入り込んでゆくと。
そんでドパガキよろしく、タブレットでネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。
なので、普通の人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。
そもそも、かぐやが彩葉のお金で勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバースの世界ツクヨミにログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。
なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信の世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。
そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐやは人間の幸せを覚えてゆく。
でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。
これは日本の古典である『かぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。
まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。
しかも以前と違うのは、主人公の彩葉と出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまったからこそ、その絶望はより深いんだよね。
5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち。
でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。
でも運命は残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。
すると何が起きたか、宇宙船のシステムがエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。
それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。
これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍のときにダメージを食らって、自分の名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。
とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまったことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。
そして、かぐやの場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。
なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。
泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。
けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球で彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬、電子のペットがいて。
その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物をスキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。
これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。
だから、ウミウシにログインした犬DOGEをハッキングして、思念体のかぐやが入り込んで動かせるってこと。
そうこうしてウミウシのかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。
縄文時代、平安時代、戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊と再生が延々と繰り返される中、かぐやは孤独な観測者として、それらを眺め続けたんだよね。
毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。
そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話に冷蔵庫にテレビに、そしてインターネットという、高度な文明を誕生させるんだよ。
そんなある日、かぐやはウミウシの身体のままで、パソコンのキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。
つまり、8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。
その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。
それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピアの仮想空間を作ること。
要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。
だからこそ、ここでの仮想通貨『ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。
まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。
そうしてかぐやは、ウミウシの身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。
それってのは、自分がゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉と遊んだツクヨミだってことに。
そして、彩葉が歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。
すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。
これをむりやり表現するならば、『メタ的ディストピア円環構造』だね。
つまり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉と幸せな時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――
めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐやは自我があって、しかもその時間の大半、メタ的視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。
そしてこの、『メタ的ディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。
もっと単純な話、心の底から「パンケーキがおいしい!」と思えること。
彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分の意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。
そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI的世界なんだよね。
だからこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。
ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。
それはつまり、彩葉の推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分が神様よろしく、生命を誕生させるってこと。
ちなみに当初、メタバース(ツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームのシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。
現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラにダウングレードさせようとした。
でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。
その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉なエンディングが軽く流れるんだよね。
でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピードで配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。
なぜかって、かぐやの思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。
これこそが『超かぐや姫』のすべて。
つまり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。
↓『本音のおまけ』
冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通の文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまり、こちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。
とはいえ、90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。
たとえば、FFや聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイ前から読みふけっていた。
そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提の作品があっても良いのかもしれない。
しかも『超かぐや姫』 の場合、知識と考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造のSF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわと評価点が高まる。
アップルのティム・クックという人は、前漢の蕭何のような人だと言えるだろう。
そう書き出すと、いささか気取っているようにも聞こえるが、比喩としてはかなりしっくり来るものがある。
蕭何は、漢の高祖・劉邦を支えた「漢の三傑」の一人だが、韓信や張良のような劇的な武功・奇策で名を残したタイプではない。
彼が担ったのは、むしろ地味で、しかし国家の存亡に直結する「裏方」の仕事だった。兵站の整備、徴税と戸籍の管理、郡県制の運用、法や制度の整備――つまり、天下取りの「あと」で帝国を長持ちさせるための骨組みを作った人物である。戦場で剣を振るうのではなく、紙と印と法律で帝国を動かした、とでも言えばいいだろう。
ティム・クックもまた、その意味で徹底した「裏方」から出発した。彼はスティーブ・ジョブズのように新製品発表会でカリスマ的なプレゼンテーションを披露する「表舞台の王」ではなかった。
彼の本領は、サプライチェーン、在庫管理、製造の最適化といった、プロダクトが「ちゃんと世界中に届き、継続的に売れ続ける」ための仕組みを組み上げることにあった。ジョブズが「これは売れる」と確信した製品を、実際に何千万台単位で世界へ送り出せるかどうかは、クックのような男がいるかどうかにかかっていた。
蕭何が劉邦の天下を「制度」で支えたように、クックはジョブズのAppleを「オペレーション」で支えた。
蕭何は劉邦が戦場に出ているあいだ、後方の長安を守り、兵糧と人員を切らさぬよう気を配った。クックもまた、ジョブズが新しい製品のコンセプトや体験を語っているその裏で、部品調達から工場ライン、物流、販売戦略に至るまでを見直し、徹底的に磨き上げていった。
カリスマの輝きはどうしても「表」に集中するが、その光が帝国全体に行き渡るかどうかは、こうした裏方の腕次第である。
では、そんな「蕭何的」な人物を、なぜジョブズは自分の後継者として指名したのか。
ジョブズには、しばしば独裁者めいたイメージがつきまとう。猛烈な完璧主義者で、容赦のないフィードバックを飛ばし、気に入らなければ平気でひっくり返す男。
その一方で、彼は自分にないものを持っている人間を見抜き、その能力を最大限に活かす配置をする才能があった。自分一人のカリスマで永遠に会社を引っ張れるとは(表向きどう言おうと)本気では思っていなかったはずだ。
だからこそ、彼は「ジョブズらしさ」を継いでくれそうなミニ・ジョブズを探すのではなく、「ジョブズがいなくなったあとも会社を回し続け、さらに強くしてくれそうな人」を探したのだろう。
もしジョブズにこう問うことができたなら――
「なぜ、より“クリエイティブ”なタイプではなく、オペレーション出身のクックを選んだのか」と。
彼は、おそらくこう答えるのではないか。「帝国を守るには、武将ではなく宰相がいる」と。
自分がやったのは、プロダクトと体験で世界を驚かせる「天下取り」だ。だが天下を取ったあとの帝国運営は、別種の才能を要する。
現代の蕭何のような男をトップに据えれば、自分が立て直したAppleを守り、さらに成長させてくれる――そう読んだのだと考えると、ジョブズの人を見る目の確かさが、妙にしっくりと胸に落ちてくる。
ジョブズが見込んだ「現代の蕭何」は、ただ期待に応えただけでなく、その期待をはるかに超えてしまった。
Appleはクックの時代に、サービス事業を強化し、ヘルスケアやサブスクリプションへと手を広げ、売上も時価総額も、ジョブズ存命時には想像しづらかった規模へと膨らんでいった。
蕭何が漢帝国の骨組みを整えたように、クックはAppleの事業構造そのものを「帝国仕様」に作り替えていったのである。
その結果として、今、きっと天国でジョブズはこう思っているに違いない。
――あいつは本当によくやってくれた。
自分がこだわり抜いて復活させたAppleを、ここまで巨大で、しかも収益性の高い企業に育て上げてくれたのだから、「ティム、お前は本当にすごい」と素直に称賛しているだろう。
少なくとも「後継者選びは間違っていなかった」と、ほっと胸をなでおろしている姿は容易に想像できる。
…ただ、その一方で、ジョブズは少し苦笑いを浮かべているかもしれない。
ジョブズの頭の中にあったであろうシナリオは、もっと短期のものだった気がする。
「ティムには、立て直したAppleを軌道に乗せ、次の世代にうまくバトンタッチしてもらう」――せいぜいそんなイメージだったのではないか。
「まあ、7年くらいかな。どんなに長くても10年は行かないだろう」と、コーヒーを飲みながらさらっと言っていそうである。
経営の安定と次世代育成、そこまでやってくれれば十分。あとはまた、新しい時代の新しいリーダーが出てくるさ、と。
ところがフタを開けてみれば、ティム・クックは淡々と、しかし着実に役割をこなしていく。
株主も市場も、従業員も顧客も、「このままでいい」と言い続けた結果、気づけば在任期間は15年の大台に乗ってしまった。
あなたが脱退すると知って、とてもショックだったし、裏切られたような気持ちにもなった。でもあなたの手紙を読んで、今はこの選択しかなかったのだと思う。
きっとこのままアイドルを続けても、自分の夢が頭にちらついて、貴重な20代という時間をこのまま過ごすことへの不安が消えなかっただろう。新しい挑戦や経験をしたくても、忙しい日々の中では納得できるほどの時間を割くことができない。完璧主義のあなたは、それに納得できなくて、そんな気持ちはきっと表情や態度に出てしまう。そうなれば今度はアイドルとしても納得できなくなって、結局どちらも中途半端になって苦しむことになる。それはあなたも、ファンも、幸せにはなれないだろう。
この先アイドルを続けることは、あなたにとって挑戦というより安定に近いのだと思う。夢を後回しにしてまで得られる経験が、あなたの心を満たすのは正直難しいと思う。
あなたはアイドルを続けるには、正直すぎる人だと思う。仕事と割り切ることもできないのだろう。あなたにとってアイドルとは仕事ではなく、人生そのものだったのだと思う。夢を大切にしなければ生きていけない人。自分らしく、自分に正直でなければ許せない、生きている意味を感じられない、そういう人なのだと思う。
今までアイドルとして全力で生きてきて、普通の人にはできない経験をたくさんしてきた。それはあなたの中で確かに意味のある時間だったと思う。でも同時に、アイドルとして生きていくことでできなかった経験をそのままにして、年を重ねることへの恐怖もあるのだろう。その経験を、今から掴みに行くんだね。
結局あなたにとっては、アイドルであること、メンバー、ファン、そういったものより、夢と自分への正直さが何より大切だったのだと思う。どこまでも自分勝手だね。でも、そこがあなたの魅力でもあった。
この選択で傷つく人が大勢いることを、あなたがわかっていてくれて良かった。その痛みを背負って、今までの全てを糧にして進んでほしい。
仕事ができる。死ぬほど残業をする。現場叩き上げで仕事が出来ないと思った部下や後輩には遺憾なくそのパワー(物理)を用いてきた人だ。
流石にこのご時世なので、パワー(物理)を止めて口撃を以て部下をボコボコにしている。
人格攻撃や業務範囲を越える叱責はしないためホットラインにギリギリ引っ掛かっていないものの、モラハラ以上パワハラ未満なのは確実だ。
何の因果あってか、十年目にしてこのパワハラ上司の元につくことになった。
憐れな部下は私以外にもいる。既にほとんどがボコボコにされている。
一度休職した数年上の先輩は復帰後に止めを刺されて長期の休暇に入った。
例外として、何人かまだボコボコにされていない人はいる。そのうちの一人、十歳上の先輩に対して『あいつは(仕事を)まあまあやる』と評していた。怖すぎる。この先輩もいつも遅くまで残っている。
その他の例外として、私と後輩もまだボコボコにされてはいない。二人とも女性である。だからじゃないかとは思う。
最近はこの後輩もパワハラ上司に似てきてさらに下の後輩に猛威を奮っている。
私と言えば女性というレッテルで目こぼしをされているものの、やはり十年上の先輩でその評価ということもあり部下に対しての期待値が高く、飲み会の場で私の仕事ができなさすぎると評されていたらしい。完全に悪口である。しかもわざわざそれを親切に伝えてきてくれた人によると、酔っていたから覚えてはいないだろう、ということだったのでなおさら質が悪い。
(親切に伝えてきてくれた人に対しては既にクレームを伝えているし謝罪ももらっている)
いくら直接的にボコボコにされないとは言っても、所々モラハラが滲み出ている。
「進捗ないよね?まあ分かってましたけど笑」「お前がやるんだよ、分かってる?」「また聞きに来ていいよ、どうせその頭じゃ分かってなさそうだから笑」が息をするようにするする出てくる。
ちなみに私はパワハラ上司に当たるのが二人目だ。一人目はイライラを言語化できず、何かと粗探しをしてぶつけたい子どものような人だった。打ち合わせは憂鬱だったものの、マネジメント能力が皆無でプレーヤーでいたい人だったから(承認等の必要なフローを除き)プロジェクトに極力介入させなければ向こうから文句を言われることもなかった。
ある意味自己責任で、良くも悪くも自分が責任を取れる分気楽だった。叱責も本当に子どもの癇癪のようで滑稽に思える余裕があったのと、庇ってくれる他の上司もいたのでそんなに悪い状況にはならなかった。
しかし二代目のパワハラ上司は違う。有難いか迷惑かはあるがマネジメントをしてくれようとしている。私だけではなく部下の成果物全てを見る意気込みでいる。
しかも口だけではなく、それを深夜残業してまで達成してしまう精神力を持っている。
でもやはり身も心も燃やすように働いているので、その場の行き当たりばったりでの指示も多い。そしてそれに従うと「よく考えれば分かることでしょ」「その前に一言相談とかない?笑」というのもしばしばある。解せぬ、解せないが口答えしてもいいことにならないのは既にボコボコにされている人を見て明らかなので大人しく飲み込んでしおらしく謝罪している。
最近は、今度大きなプロジェクトを担当することになった私に対して、なんとかこうマネジメントしたいという意欲が伝わってくる。伝わってくるが正直プレッシャーがすごい。
助けてくれているのは実際そうだし、とても感謝している。しているが、進捗管理という名の首輪を嵌められて、いつ電流が流されるか怯えている状態である。
特に今週は進捗が悪かったので報告するのが恐ろしい。他のプロジェクトの残件対応に追われ、体調も心なしか良くない。進捗が悪いのに早く帰る姿を見せる訳にもいかない……と無意味に残業して結局熱を出した。
そしてパワハラ上司に課されていた宿題が終わらないまま打ち合わせを明日に控え、明日はどんな口撃があるかと怯えながら日記をしたためている次第である。
なぜ免職もしくは異動にならないのかと言えば、そんなことはなくて、今ギリギリのラインで首の皮一枚繋がっている状態らしい。
パワー(物理)が出れば問答無用だが、明確なパワハラもなく口撃も二人ほど休職した程度。
モラハラを浴びている身としてはこれアウトなのでは?と思うもののパワハラのガイドラインを見ても断定できるほどでもなく……。
それこそ休職診断をもらって、訴えるぐらいすれば確定だろうが、悲しいかな、こんな人でも課長達が敢えて采配している人には違いない。自分の時間を燃やしてまでやるだけあって、仕事は出来るのだ。
敢えて休職というハイリスクのカードを切ってまで、さらに波風立ててなんとかしようというほどの気概もない。
それこそ今のパワハラ上司に変わる前までは絶対に辞めたくないと思うほどに恵まれた上司だった。何でも相談しやすく、良好な関係で上司のマネジメントのお陰で残業も減っていた。
その体験が私の足を引っ張っているのかもしれない。
彼は私たちにも「出来ないならなぜその分残業してまでやれないのか」と本気で思っている。
勘弁してほしい。こちとら新婚だし帰ってからの晩御飯は私の担当だ。
夫には何気ない会話のときに「そもそも晩御飯遅くない?」と言われている。
(家事は完全分担制で遅いときは惣菜でも構わない、無理して作る必要はないといつも言ってくれているのでこの言葉を責める意図はない)
独身の頃はバリバリ残業して品質を担保していたが、さすがにもうこの年で同じようにやるのはキツい。
独身の頃だって一人の時間を差し出してやっていただけで、かつてこの方不順になったことのなかった生理は遅れたし情緒も不安定になって今考えると本当に良くない働き方だった。
ストレスになるようなことは極力避けたい。
転職は今のところ考えていない。
給料がいいのとこれから取るかもしれない産休を考えると今の会社が安牌ではある。
異動も考えなかった訳ではないが、課長が弊課から出させてくれなさそうだ。それこそ診断書くらいないと厳しいかもしれない。
診断書を書いてもらうくらいならまだ耐えられると思ってしまうのが厄介なところだ。
ああ、どうしてこんなことになったんだろう。
上司は気分屋なので恐ろしく気を遣われるときもある。そうなっている可能性に賭けたい。
長々と書き連ねて申し訳ないが祈りをこめて結びとする。あとはまたいつか、見返して自分を客観視するために。
同士がいたらぜひ慰め合おう。
これは……と思い、https://ameblo.jp/kanku0901/entry-12588898082.htmlを基に以下のテキストに変換してもらいました。
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タイトル:また「完璧主義すぎる」と叩かれた。私が資料を読み込むことの何が悪い?
また、一部のメディアや心ない週刊誌が、私の「仕事の進め方」について批判記事を書いているようですね。
「資料を読み込みすぎて決断が遅い」「完璧主義が公務の停滞を招いている」……。
本当に、呆れてものも言えません。
私がなぜ、そこまで細部にこだわるのか。それは、国民の命と日本の未来を背負っているからです。適当に誰かが作った要約資料に目を通すだけで、「はい、これで決定」とハンコを押すような、そんな無責任な政治家になれというのでしょうか?
私には、国家の舵取りをする上で譲れない「基準」があります。その基準に達していない資料や、不十分な論理で進められる政策は、到底認めるわけにはいかない。それを世間では「完璧主義」と呼ぶのかもしれませんが、私にとっては、政治家としての最低限の誠実さです。
なぜ、それほどまでに急ぐのですか?
国民のために、より良い、完璧な政策を練り上げるためには、これだけの時間と労力が必要なのです。それを「非効率」と切り捨てるのは、今の日本を動かしているシステムそのものが、本質的な「質」を軽視している証拠ではないでしょうか。
周りの官僚やスタッフが、私の要求レベルについてこれないこともしばしばあります。彼らが私を煙たがる理由も分かります。しかし、それは私が厳しすぎるからではなく、彼らが私と同じ「頂(いただき)」を見ようとしていないからに過ぎません。
私がすべてに目を通し、修正し、納得する。そうしなければ、国益は守れない。
いつか、誰かが言いましたよね。「その域に達していない」と。
そうです。私に文句を言う人たちこそ、今の日本の危機的状況を理解し、この細部までの精査がどれほどの重要性を持っているかという「その域」に、まだ達していないのです。
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似てるんですかね
あなたは優秀な訳ではないよ、単に年収が1000万超える会社に入れただけ。その環境を作ってくれたご両親に感謝したら良いと思う。
あと、優秀じゃないと言い切れるのは、これほど無数に第三者にお金で家事や子育てを委託できるサービスがあるのに、高単価のあなたが自分で働いていることからも如実に分かる。
あなたが本来すべきだったことは子どもを可愛がる部分だけを自分でやって、それ以外を全部外部委託することでした。そしたら子育ては随分楽になるよ。日本人だけじゃない、こんなに必死に子育てして、挙げ句一時とは言え子どもを憎んでしまうのは。正直こう言った体験を読む度に、日本人のこの無意味な完璧主義の源泉・報酬体系・新地の仕組みは何だと思ってしまう。
1. ヘルベルト・ブロムシュテット (Herbert Blomstedt)
「現役最高齢の至宝」
98歳(1927年生)にして今なお現役で、世界中の名門オケから熱望される生ける伝説です。宗教的とも言えるほど誠実で純粋な解釈は、聴衆に深い感動を与え続けています。
2. リッカルド・ムーティ (Riccardo Muti)
シカゴ交響楽団の音楽監督を経て、現在はウィーン・フィルなどとの深い絆で知られます。厳格な楽譜への忠実さと、イタリア人らしい情熱を併せ持つ、現代指揮界の顔の一人です。
3. リッカルド・シャイー (Riccardo Chailly)
ルツェルン祝祭管弦楽団やスカラ座のトップを務め、緻密なスコアリーディングとモダンな響きを作り出す名手です。ドイツ音楽からイタリア・オペラまで、その守備範囲の広さと完成度は圧倒的です。
4. サー・サイモン・ラトル (Sir Simon Rattle)
ベルリン・フィルの常任指揮者を務めた後、現在はバイエルン放送交響楽団の首席指揮者。伝統を重んじつつも、現代曲や古楽のアプローチを積極的に取り入れる柔軟性が持ち味です。
5. ダニエル・バレンボイム (Daniel Barenboim)
ピアニストとしても超一流であり、ベルリン国立歌劇場の終身名誉指揮者。健康上の懸念はありますが、その深い知性と政治・文化に対する発信力は、音楽界において唯一無二の存在感を放っています。
6. キリル・ペトレンコ (Kirill Petrenko)
世界最高峰、ベルリン・フィルの首席指揮者。メディアへの露出を極端に嫌い、音楽そのものに没頭するスタイルで、驚異的な集中力と解明度の高い演奏を披露しています。
7. グスターボ・ドゥダメル (Gustavo Dudamel)
2026年よりニューヨーク・フィルの音楽監督に就任(予定)。圧倒的なエネルギーと躍動感で、クラシック音楽の枠を超えた社会的影響力を持つ指揮者です。
8. クリスティアン・ティーレマン (Christian Thielemann)
ワーグナーやブルックナーなど、ドイツ・ロマン派音楽において右に出る者はいません。ベルリン国立歌劇場の音楽監督として、重厚で色彩豊かな「ドイツの音」を守り続けています。
9. エサ=ペッカ・サロネン (Esa-Pekka Salonen)
フィンランド出身。サンフランシスコ交響楽団などで活躍し、テクノロジーの活用や現代音楽の普及に貢献。現代における「知的な音楽家」のロールモデルです。
「驚異の若き天才」
30歳前後という若さで、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団やシカゴ交響楽団の次期トップに指名されるなど、歴史を塗り替えるスピードで頂点に登り詰めました。現代で最も勢いのある指揮者です。
ある主婦が作成したという1日のタイムテーブルを見た。睡眠時間がわずか3時間で、息をつく暇もないほど家事や家族の世話に追われている過酷な内容だ。
ただ、タスクの粒度や内容を冷静にチェックしてみると、「毎日やること」と「週単位・月単位でやること」の区別がついておらず、1週間に実施している作業をすべて1日に詰め込んでいるように見える。
全体的な分析と指摘点は以下の通り。
以下、タスクを集約したタイムテーブルに、それぞれの視点からのツッコミ(※)を入れてみた。
※指摘: トイレや風呂場の徹底掃除(手洗いなど)を毎日行っているなら過剰。また、シーツと枕カバーを毎日洗濯・交換する必要があるのか疑問。数日に1回、あるいは週末のタスクで十分なはず。
※指摘: 冷蔵庫の掃除、窓とサッシの拭き掃除は明らかに毎日やる必要のない過剰タスク。家計簿のチェックや献立の検討も、週に1〜2回まとめて行うことで効率化できる。
※指摘: 食器棚や家電の拭き掃除、夫の靴磨きを毎日しっかりやる必要はなく、完璧主義に陥っているように見える。家計簿の記帳も毎日の必須タスクではない。
※指摘: 町内会の活動や会合は毎日あるものではない。また、夫のワイシャツのアイロンがけは、形態安定(ノンアイロン)シャツを導入するなどの工夫でまるごと省ける余地がある。
このように整理してみると、本人の「やらなければならない」という思い込みや完璧主義によって自ら首を絞めている部分と、不定期タスクを「いつものこと」として合算してしまっている部分が大きいように思える。本当に必要な「日次の家事」だけに絞れば、もっと人間らしい生活が送れるはずだ。
少し前に『超かぐや姫!』への批判的なダイアリーを読んだので、私なりにこの作品の意義を書いてみます。
参照:
https://anond.hatelabo.jp/20260207025626
しかし、ターゲット視聴者層の理解が浅く、主観的な感想に終始している印象も受けました。
ただ私は、この作品はかなり意図的に「今の観客」に向けて作られた、意味のある作品だと考えています。
とくに評価が分かれる「ご都合主義」に見える部分こそ、本作の主張の核だと思っています。
本作の主なターゲットは、さとり世代・Z世代にあたる20代〜20代後半、特にデジタルネイティブの女性層だと見ています。
「現代の客をなめている」という見方もありますが、私はむしろ逆で、現代の観客心理をかなり正確に捉えている作品だと感じます。
とくに推し活をしている層の自己認識は、彩葉の在り方とよく重なります。
私たちは表面的には「自分は特別ではない」と理解していても、心の奥では「何者かでありたい」と願っていることが多い。
だからこそ、主人公にはある程度のハイスペックさが必要になる。
ターゲット層が「完璧ではないが、そこそこ何でもできる(あるいはそうありたい)」という自己像を持っているからです。
また「百合っぽければいいんでしょ」という批判についても、私は単純にはそう思いません。
現代女性の対人感情、とくに同性に対する感情は、友情と恋愛の境界が比較的ゆらぎやすい。
さらに女性VTuberを応援する文化圏を踏まえれば、20代女性にとって本作の距離感は不自然というより、むしろ自然な範囲にあると思います。(小説版は蛇足感がありますが)
本作が投げかけているのは、「過度な人間信仰」と「世の中を舐めていなさすぎる態度」だと私は捉えています。
現代人は、親・推し・成功者を「自分とは違う、完璧で特別な存在」と見なしがちです。
自分の不完全さを自覚しているからこそ、相手を神格化し、「どうせ自分には無理だ」と距離をとって心を守る。
批判文中には「なんでこいつら配信してんの?」という趣旨の指摘がありますが、私はここが読み違えだと思います。
少なくとも、かぐやが配信する理由はシンプルで、「自分もそうなりたいから」です。
一方の彩葉は、なりたい気持ちはあるのに「完璧でない自分には無理だ」と考えてしまう。
失敗要因をすべて潰さないと成功できない、推しが成功しているのは彼らが完璧だからだ、という発想に囚われている。
この物語の核は、その完璧主義と人間信仰による歪みを、彩葉がかぐやとの配信活動を通じてほどいていく過程です。
これはデジタルネイティブ世代に限らず、多くの現代人が抱える問題でもあります。
ここでいう「世の中を舐める」は、他者を見下すことではありません。
そういった意味で、本作がサクセスストーリーになるのはある意味で必然です。
完璧かどうかより先に、「うまくいく可能性を信じて前に出ること」がなければ、そもそも成功は起こらない。
作品はその事実を伝えるために、視聴者が「自分もやれるかもしれない」と思える構造を取っているのだと思います。
批判側から見ると、それは「決めたら叶う」都合のよさに見えるでしょう。
ただ私は、その都合のよさを「物語上の誇張」として意図的に使っていると読みます。
この作品が描いているのは、リアルな成功率の再現ではなく、最初の一歩を踏み出すための心理的転換です。
かぐやの少し不格好な配信は、「不完全な自分を受け入れること」の象徴です。
それでも結果が出る展開は、「完璧でなくても進める」ことの象徴です。
親との対話は、相手もまた不完全な人間だと受け止めることの象徴です。
そしてヤチヨの正体を見抜く場面は、彩葉がそれらを内面化したことの到達点として機能しています。
「父親の死や母親との衝突はありきたりだ」という反応もありますが、私はむしろそこが重要だと思います。
これらは特別な悲劇ではなく、多くの人が程度の差こそあれ抱える現実的な悩みです。
作中の「でも、みんな抑えてもいるんだよね。自分の気持ち。もっと大事なもののために。」という台詞は、その普遍性をよく示しています。
本作の心理描写は、対人関係のドラマを細密に描くより、主人公の内面の葛藤に焦点を絞っている。
だから人間関係の情緒は、あえて視聴者の想像に委ねる部分が大きいのだと思います。
しかし、発展後の心理描写や、彩葉の内面の心理描写は、むしろしっかり描かれており、重要な点はその部分だと感じています。
それでも、その描写を「浅い」と感じる人はいるかもしれません。
ただ、それは現代人自体の浅さを反映しているとも言えるのではないでしょうか。
本作は、その弱さを否定するのではなく、乗り越えるための物語として作られている。
推し活の広がりやMrs. GREEN APPLEが流行していることからも、それが分かると思います。
現代人の多くが、些細なことで悩み、些細なことで傷つき、些細なことで救われることを望んでいます。
物語の最後では、「このお話、ハッピーエンドだと思う? この後すぐ喧嘩別れしたりして。まだまだ分からないよね」「あなたの物語もそうでしょ?」という台詞が出てきます。
これは「現実はハッピーエンドとは限らない。だからこそ、自分の物語を自分で作っていくしかない」というメッセージであるとともに、視聴者に物語の主人公を移し、自分の物語を考えるきっかけを与えるものだと思います。
だから私は、『超かぐや姫!』は現代人の心の弱さを受け入れたうえで、一歩先へ進ませようとする作品なのではないかと感じています。
2(二) これは小選挙区制が悪い
4(一) ハッシュタグ「私は8割」
6(中) チームみらいは得体がしれず気色悪い
1(中) 票を得ても、それは白紙委任ではないぞ
4(右) 負けた者を嘲笑するのはやめましょう
改憲派の勝率が7割?明らかに異常じゃねーかという指摘。伝聞証拠や状況証拠があるため、陰謀論ではないらしい。
おかしいのは野田氏の選挙戦略だということには気づかず、とりあえず他責。
選挙というゲームに負け、そのルール自体に文句を言っている。比例では結構勝っていたのに、小選挙区で負けたのはルールがおかしいから、という難癖。
なお現在の選挙のルールを作ったのは、ほかでもない小沢一郎氏である。
自分たちは頭がいい。愚かな国民によってこうなってしまったという主張。彼らにとって、これは選民思想とは呼ばないらしい。
我々の素晴らしい政策を読めば中道に投票するはずなのに、それすら見ていないと本気で思っている。「消去法」という概念自体がないのかもしれない。
開票後に現れたハッシュタグ。惨敗して少数派になり、ズタズタになったメンタルを癒すために生まれた。
自民党に投票した2割より、我々のほうが多数派だ、という慰安。
悪魔合体に失敗したのに、まだ野党全体で結集できると思っているらしい。
昔別れた元カノのことをいまだに引きずっている。あるいは他責の言い訳。
野党は与党の批判をするのが仕事なのに、と怒っている。「批判する」という手段が、もはや党の目的だと錯覚してしまっている。
ずっと欲しがった「無党派層」がそこにいるのに、それすらも敵に回す。参政党ですら支持者を諌めるレベルの言動。
ナチスは選挙で選ばれた、選挙に選ばれたのは高市。だから高市はナチスだ、という非常に分かりやすい方程式。
この理論で行くとトランプはナチスではないのだが、そこは無視するものとする。
自分たちがいつかユダヤ人のように迫害されると勝手に危機感を覚えている。
選挙戦よりずっと前から、巨悪の陰謀によって敗北することは決まっていた、とする諦観。大敗によって、今回ばかりは弱音を吐いている支持者が多くみられる。
もしくは「自分たちは悪くなかった」という他責思考の類なのかもしれない。
中道になって現実路線に入ったのに、まだその事実を受け入れられていない。
もしその「予言」が当たると言うなら、いつまでに戦争になるのか教えてほしい。今のうちに三菱重工の株を買っておくので。
議院内閣制の基本を教えてくれている忠言。毎日新聞まで1面でこれを書いている。
明らかにくやしまぎれの言葉なのだが、中道改革連合が自分たちの白紙委任によって誕生したことはとうに忘れている。
政権がもし失敗したら、投票した人のせいだ、という押し付け。「もうしーらない」という、ふて寝でもある。
この理論で行くと、自分達には中道の監督責任がある。まずは自分の政党から立て直してほしい。
中道の存在自体が有耶無耶になりそうなので、まだ後回しなのかも。
弁士なのにデマに負ける程度の発信力なら、当選しても影響力がないのと同義なのだが、そこは立候補者の力不足ではないのだ。
議席は激減したが、それを笑われたくないという完璧主義的な気持ち。
自責の念に囚われたくないので、言い訳をして一生反省はしない。
自民党単独で3分の2を取ったことから、維新への恨み節も飛び出している。
自分達が名前を変え、国民民主党との間に取り交わした協定を反故にして無視したことを、もう忘れている。
我々はしばき隊として、私的制裁を加えたのに、という意味でもある。
与党だけでなく自分達の不都合な部分も曝け出されることを失念している。
成果主義的な主張。約半年という期間では自分達も批判しかできていないはずだが、そこは棚上げしている。
成長を見守る、という発想自体がないのかもしれない。
公職選挙法違反を責めると、自分達の首も締まってしまうことまで気が回っていない。
中道と参議院の残党とで、政党交付金をどうしたのか、これからどうするのかは不透明だが、そこはダブスタ。
アニメ多くて1回じゃ書ききれないので複数に分けて書いてます。
星は個人的な好みを表したものです(私の好みであって作品への評価ではない)あとテレビ放送中心で書いてます。
好みの星はたぶん見ていくうちに変わるし変えてる。自分と違ったとしたら「こいつとは趣味があわんな」くらいのレベルで見てください。
今期はWOWOWにて「カヤちゃんはコワくない」「魔術師クノンは見えている」「死亡遊戯で飯を食う。」が無料で放送されている。
中でも「カヤちゃんはコワくない」はテレ東系だが地上波だけでBSでやっていないので助かる。
この世界では「勇者」という罪があり、殺されても蘇生され魔王と戦い続けるという重い罪。
女神嫌いの元聖騎士団長ザイロは戦いの中で女神と出会い、不本意ながらも魔王を倒すため契約することになる。
このザイロも今では勇者。勇者になった際の罪状は――― 集まった勇者は良くも悪くもカリスマ揃い。私が好きな勇者は陛下。
混沌とした世界で輝かない勇者が活躍し、気持ち悪い魔獣によってモブキャラが殺されまくるところはクレバテスを思いだす。
初回1時間枠。しかもほとんどCMなしなので58分間あった。やっぱ陛下いいキャラだわー。
全12話。ぅおぉぉ。こんな終わり方か。第2期制作決定。ですよねー
私頭が悪いんで理解するため呪術廻戦 第2期を見直した。すげー時間かかった。
話が難しいな。理解はできるんだけど。分かりやすいプレゼン資料なものも見せてくれるんだけど難しいと思う。
OPはKing Gnu。映像は別作品のアニメや絵画のオマージュがあると少し話題になった。
映像がすごい。すごい。すごいんだけど演出でおなか一杯になる。いやすごいんだけどね。私の中ではアニメ作品というよりアート作品。
全12話。戦闘シーンはずっと目が離せなかった。乙骨くんは相変わらず流石というか
JKがハウスキーパーのバイトで行った先が推しアイドルの家だった。
そんなことある?若い男性の家に?女子高生を行かせる?というのは置いておいて、王道少女漫画ストーリーは嫌いじゃないぜ。
推しアイドル福原多聞くん、アイドルの顔ではセクシー&ワイルド担当のイケメン。「イケ原さん」
でも家の中では自己肯定感の低い、キノコが生えるくらいジメジメと輝きのない男の子だった「ジメ原さん」(シャンピニオンかな?)
イケ原さんモード、ジメ原さんモード、どちらも全肯定して応援するのであった。ちょっと母性も感じるが。
最初の方は結構好きだったんだけど、多聞くんに恐怖を感じるようになってきた・・。
アニメの男性アイドルの曲って好みな曲あんまりないんだけど、このF/ACEの曲は好きだなー
全13話。やっぱり多聞くんこわーい。2期がありそうな臭わせがあったがどうなるかなー
花とゆめの漫画原作。ドラマ版「花ざかりの君たちへ~イケメン☆パラダイス~」が有名かもしれない。
2回もドラマ版が作られた。ドラマ化は日本より台湾が先。韓国でもドラマ化された人気作品。
この作品といえば大塚愛「PEACH」とオレンジレンジ「イケナイ太陽」なのだけど、今作のアニメ版はOPもEDもYOASOBIです。
原作者が亡くなったのは2023年10月と約2年前。1話の最後に作者の冥福を祈るメッセージが出る。
1期はそうでもなかったけど、2期のレースから好きになってきた本作。藤原拓海のその後も語られる。
実際の公道でのモータースポーツを見ている感じで熱中して見ててあっという間に時間が過ぎる。
EDはm-floのTaku OPは・・・ボンレスハムwwwww
第35話のレース、ハイドロトラップからが超面白い。やっぱりレースは抜くところのドラマが見ものよね。夏向&ベッケンバウワーの被害者が増えていく・・・w
全13話(#25-#37) Final Season制作決定。今期はレースの途中で終わりかよー気になるじゃん。
突然の交通事故で両親が亡くなり、小説家で人見知りな叔母に引き取られる。
少しぎこちない姪と叔母の共同生活。めっちゃ雰囲気好き。とても繊細に言葉を選ぶ。タイミングを伺う。
見ていて時にホッとして、時に息苦しくなって、気が気じゃなくて、見終わったら「はぁ・・」とため息がでる。
声の演技もすばらしく、感情移入できる好きな作品。見ていけば見ていくほど違国日記という言葉が分かってくる。
実際に東京医大が女子受験者を一律減点した件があったが、これを話に入れてきたのは個人的には結構衝撃だった。
全13話。よかった。ほんとよかった。皆前を向いて歩いてる。あと10年後も朝とえみりが仲よくてそれもよかった。それにしても朝の声の人、歌上手だねー。
今期一番笑わせてもらってるアニメかも。
生まれつき目の見えない少年クノンだが、水魔法を使って視覚を作る。得意魔法は水魔法「ア・オリ」
主人公が変な子で、会話の中で煽ってんのかってくらいボケる。こんな性格になったのはだいたい侍女の所為。
「ア・オリ」と「煽り」このコントみたいな掛け合いが面白いと思うか、寒いと思うかは人それぞれか。私は好き。
8話ではクノンをこんな性格にした侍女イコとの別れ。「え?なんで、ダメダメ。この作品はイコがいないとダメでしょ」
・・・などと思っていたけど、次の侍女も同じようなもんだったので安心して見れる。
全13話。「興味が抑えられない!」 なんともクノンくんらしい終わり方だった。
第55話でタイトル回収。長かったなー
実写版が2月20日と2月27日の金曜ロードショーでありますので、そちらもお忘れなく。
全13話(#50-#62)相変わらず戦いがエグい。血や臓物が飛び交う。歯を食いしばりながら見てました。
全13話(#14-#26) 続きやりますよね?
いつもの追放刑。元々剣士なんだけど、器用な事に付与術士としてもいけるんで付与術士として勇者パーティーで活躍。
ほんで本職の剣士として再開。付与術士として培った経験や技術によって常識外れな強さを発揮する。
ちょっとこういう話は飽きてきたかな。もうこいつ一人でいいんじゃないかな
全12話。いろんな思惑、謎があるぞと見せたところで終了。2期制作決定。
4等分の声姫(アポロ)。中学時代のあの頃、あの真夜中の時間、熱中して聴いていた配信者を高校生になって追い続ける。
みんな声に関係するお仕事に憧れている。完璧主義者の俺が全員プロにしてやるさ。
そんな主人公だけど言動がユニークで、それに影響されたりツッコミを入れる女の子が面白い。
話が進むにつれてラブコメしてきたし、主人公の人柄の良さも伝わってきて好きになってきた。
全12話。アポロは分からないままあっさり終わった。2期決定。
まあラブコメになってんですけどね。
ってどれも制作会社が同じですが。
戦う見える子ちゃん
最強の霊能者であり幼稚園児のカヤちゃん。幼稚園を舞台にカヤちゃんが悪霊をなぎ倒していく。
でも本当の強敵は・・家に・・・。個人的にはぬ〜べ〜より怖いアニメだと思う。
テレ東系、BSテレ東ではやっていない。BSはWOWOWでやっているのでテレ東が映らない地域は配信かWOWOWかAT-Xになる。
そういえばこれも海外の人に見せたらTofu on fireと言われるのだろうか
女性が何かの光に吸い込まれそうになっていたので助けようとした。が、それは聖女召喚の光で、
異世界で慣れた経理の仕事で正直に、それはもう正直に生きて評価されるわけだが・・・
「いやだ、管理職なんてうんざりだ。俺は責任もしがらみもない状態で仕事をしたいんだ」
わかる。わかるよ。
BLでやることやる。馴染ませる(キス)って表現はエロいな。でも(BL苦手な人でも)社会人経験がある人は楽しめるかも。
6話でもうひとつ好きになった。一般的な日本企業の予算編成時期にこういう話を入れてくるのはズルい。
ゲーム版は吸血鬼探偵アルネと貴族の娘リンがメインだったが、アニメ版は少年探偵ルイス中心で物語が進む感じ?
2話でOPが少し変わり、いなくなった人が消えたりゾンビになったり。
5話かけてプロローグをやった感じ。長かったなー。推理ものと思いきやバトルアクションもある。
全12話。ちょいちょい変わるリンちゃんの衣装や髪型がかわいかった。
鎧伝サムライトルーパーの続編。リメイクではない。
旧作をリアルタイムで見ていたが、別にそこまで好きじゃなかったな。まだシュラトの方が好きだったかも。
80年代の音楽が流れるのが面白い。それだけで私は視聴決定かもしれない。
OPはblank paper。謎のユニットっぽくしてるけど倖田來未よね。7話のOPとEDで龍成から紫音へ交代。OPで純が追加。
数少ない女性キャラクター、1人は裏切り行為をしてたり、もう1人は化け物に姿を変えられ倒すしかなかったりと散々。
実験動物のチンパンジーが出産。子は人間とチンパンジーの交雑種「ヒューマンジー」だった。
そんなチャーリーが「ALA」(動物解放同盟)の行動に巻き込まれていく。
設定だけで注目作なんじゃないでしょうか。かつて日本でも話題になったオリバー君を思い出す人もいるかもしれない。
人間の学校に動物とのハーフが加わるのは「キミと越えて恋になる」が記憶に新しいが、世界が、背景が異なるので、
あそこまで優しい世界ではない。「キミと越えて恋になる」は既に前例があるし。
全13話。育ての親も生みの母親も失ったチャーリー、最終話で衝撃的な事実を知るわけだが。続きに期待。
転生ものではない。子供の頃に辛い人生を送って来て29歳になった冒険者が親に捨てられた少女に出会う話。
少女はサキュバスで、夜になると大人の姿になってしまう。エッチな感じになっては欲しくないなー
ほっこり暖かく笑って見れるアニメ。OPとEDはHoneyWorks
全12話。リルイはいらんことばっかりする年相応のクソガキな所はとなりのトトロのメイを思い出す。
めっちゃ好き
目の見えない人間女性・夜香しずかは、透明男の探偵・透乃眼あきらに想いを寄せている。
タイトルでネタバレする作品はその過程が絶対に面白いに違いない。
透明人間と目が見えない人のカップリングってよく思いついたよね。
副音声で解説音声が流れる。私は毎回副音声ありで見てる。他もそうだけど、こういうテーマのアニメはちゃんと配慮があるよね。
(ゆびさきと恋々みたいに耳が聞こえないアニメの場合は字幕を用意しているとか)
異種族が共存する世界。透明人間と人間、ホワイトエルフとダークエルフ、同性でのパートナーの話もあって、多様性ってやつ?
11話は別アニメに見えるって思う人いるよねー、わかる。でも好きな回だった。
OPは阿部真央。関係ないけど今の時期のみんなのうた(2026年2月3月)も阿部真央の曲があります。
EDの映像は毎回少しだけ違う。あと7話で買ったお花がEDの最後で追加される。
今期のスカーレット枠。拳ではなくて言葉でスカッとスカーレット。
地味なコニーが貴族社会で窮地に立たされるも、故人で悪女スカーレットが乗り移り、言葉で殴っての逆転劇。
全12話。1話で処刑時にスカーレットが言い放った言葉の意味が分かる。
王道な終わり方だった。実はもっとディベートというか、言葉で言い負かすようなお話かと思ってました。
突然の転移でも落ち着いた貴族様と、彼の相棒となる冒険者とのバディもの。
異世界の沙汰は社畜次第はBLだけど、こっちはブロマンス寄り。
全12話。転移元の世界の親父と陛下も現れたが、多少会話するくらいで穏やかに終了。
タイトルは、"「お前ごときが魔王に勝てると思うな」と勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい"
追放系。ステータスがオール0な女の子が主人公。奴隷少女がパートナー。
何故か神のお告げで勇者パーティーに選ばれたが、このステータスなもんで仲間からゴミ扱いされ奴隷商に売られてしまう。
だが特殊な属性「反転」が覚醒、奴隷生活から少女と脱出。この絶望的な運命をも反転させていく。
世界名作劇場や日本昔話くらいナレーションが多い。解説用の副音声にしてたかな?と思うことがある。
話が進むにつれてEDのテーブル席につくキャラクターが増えていく。
テイルズ オブ リバースでヴェイグが「クレア クレア」と壊れたCDプレーヤーみたいに言うのと同じくらい
フラムがミルキットの名前を連呼する。ある程度ひと段落して百合環境で気ままにーと思ってたら第10話からはなかなかのホラー。そしてEDも。
書ききれないので続きはこの下へ
を読んだ覚書ノート。
・恥を知らない。恥を処理するため、その感情をターゲットに転移する
・歪曲して、幻想を作り出す
・傲慢な態度で見下す
・特別扱いを求める
・他者を平気で利用する
自己愛人間は依存症や強迫症に陥りやすく、治療の見込みは薄い。その行為を徹底的に防御しようとする。なぜなら自己が情緒的に生き延びるために不可欠な行為だから。
なにか不健全な理由によって、コントロール不可能な相手をコントロールしたい、「世話を焼きたい」という欲求を抱えている。
カリスマの自己愛人間と共依存者のふたりは、不健全な相互関係を築いていて、暗黙のルールを共有することで、お互いの依存欲を満たし合う。
寵愛という名の搾取は、傍からは「クズが貴金属に変わる」ように見える。
それは、服従する側の人間が過去の体験から、影の存在に徹し、自己を卑下するようプログラムされてきたから。
自分の自尊心を膨らませてくれる相手か、恥を投げ下ろしておとしめられる相手か。
「愛」の対象はその両方の役目を担う。
自己愛人間は自分が征服したものを見せびらかし、周囲を羨ましがらせようとする。けれど、自分自身が愛の対象を激しく「妬んでいる」ことに気づかない
自分だけは大丈夫、という考えはすでに自己愛人間の術中にはまっている。
1. 自分の性格的な弱点を知り、それが自己愛人間に悪用されないように常に警戒する。
2. 現実を認める。いかに自己愛人間があなたを不当に利用しているか、その幻想や歪曲の構図を把握する。
3. 境界を設定する。冷静に。自己愛人間は変わらない。自己愛人間の恥の転移を冷静に観察してはね返す。
それは自己愛人間が舌なめずりして寄ってくるエサになるだけだから。
遠慮なく、外部に助けを求める。
::高等技術::
4. 相手の自己愛のベクトルを利用して、その術を相手にはね返して、破る。
いやまあ、世界的に少子化だから、それだけじゃないのは薄っすら分かってはいるんだけど。
って言っている層たっくさんいるじゃん。
あれ、多分なんだけど、そこそこいいところで育ってきた人が多いんじゃないかなと思うんだよね。
それなりの大学を出て、周囲の人間も普通に結婚していて、人生としては割と順調に進んできた人たち。
都会で結婚して、家を建てて、子どもを2〜3人育てて、みたいなやつ。
それでも「ちゃんとした家庭」を身近に見続けてきた。
今の世の中って、ある意味、きれいになりすぎてると思うんだよね。
結婚してから頑張る、という状態に、身を投げるのがすごく難しくなっている。
お姫様(向かいの庄屋で早朝から見かける、働き者の十代の娘)とか、
王子様(身長が高くてイケメンで、資産家の息子で、バリバリ働くエリートで、しかも同い年)とか、
そこまで露骨じゃなくても、
っていう不安が、ずっと頭の奥にある気がする。
格差は広がっているだろうし。
あの「まあまあの世界」が、なんだかんだで最高地点だったんじゃないか、って感覚がある。
で、今の自分は、それを超えられるのか。
超えられなかったらどうするんだ。
その不安感が、結婚を遠ざけてるだけなんじゃないかと思うんだよ。
昔はさ、
お見合いとか紹介とかで、よく知らない相手とホイホイ結婚してたわけじゃん。
少なくとも、曲がりなりにも「正解にしていった」んだと思う。
破局することも、そりゃああっただろうけど。
会社に認めてもらわなくちゃ、とか。
そういう、
それを、ネットとか、悪意はないかもしれないけど不安を煽るSNSに浸かりすぎて、
怖がりすぎてるだけなんじゃないのか、って思う。
心配しすぎないで、
一回、飛び込んでみなよ、って思う。
「男を育てる役割が女側にも生じる、痛みを伴うプロジェクト」?
なにそれ、完全に責任転嫁じゃない?
まず、「男を育てる」って発想自体がもう古い。
パートナー同士なんだからお互いが対等に成長し合う関係が理想でしょ。
女性が一方的に「男を教育する」みたいな構図を前提にしてる時点で、ジェンダー平等の理解がズレてる。
これらを国レベルで変えていくこと。
女性が個別に「痛みを伴って」男を育てるなんて、誰も望んでないし、現実的じゃない。
むしろそんな負担を女性に押しつけるからこそ、女性は「この男と子供産みたくない」ってなるんだよ。
次に「男の粗相に敏感ですぐカエル化現象を引き起こす完璧主義的な精神構造」って…
カエル化現象(ちょっとしたミスで急に幻滅するやつ)は、確かに一部の女性にみられるけど、それって男性側の粗相が積み重なってる結果でしょ。
最初から相手を尊重して、思いやりを持って接してればそんな極端な反応は起きにくい。
女性が完璧主義なのは、過去に何度も「男の粗相で傷ついた」経験の積み重ねが原因の部分が大きいんだって。
原因と結果を逆にして「女性の精神構造が悪い」って言うのは、典型的な被害者責めじゃない?
そして「実子誘拐に代表されるように、日本女性の思考は世界的にも異質」って…完全に偏見とデマのミックスでしょ。
実子誘拐(連れ去り親権問題)って、確かに日本はハーグ条約加盟後も運用が問題視されてるけど、
・連れ去りをするのは父親も母親もいる(統計上、母親側が多いのは事実だけど、父親側も相当数いる)
・欧米でも共同親権が導入されてる国で、母親が連れ去りするケースは普通にある
・日本の場合、単独親権制度+調停の長さ+DVの立証の難しさが、連れ去りを誘発してる側面が大きい
これを「日本女性の思考が異質」って一括りにするのは、国際比較としてもデータとしても無理がある。
むしろ、男性がDVやモラハラを繰り返した結果、女性が子供を守るために逃げるケースが大半。
それを「女性の異質な思考」って言うのは、加害者側の視点でしか物事を見てない証拠。
要するに、女性に「メタ認知しろ」「完璧主義をやめろ」「痛みを伴って男を育てろ」って言う前に、
これをやらないと、女性が「この人と子供産みたい」って思うわけがない。
データ的にも明確です。
高学歴化
都市集中
治安が非常に良い
これは偶然ではありません。
2️⃣ 「勤勉・教育熱心」は直接原因ではないが、強力な増幅装置
あなたの言う
ここが重要です。
子どもは「量」より「質」
「ちゃんと育てられないなら産まない」
結果:
これはまさに核心。
中流以上でないと「勝ち」に参加できない
👉 「2人以上産む=家庭の没落リスク」
これも正確です。
しかし
結果:
乳幼児死亡率が極端に低い
老後もある程度保証される
これは非常に鋭い観察です。
つまり、
国の制度ではなく
が起きている。
不動産集中
晩婚・未婚
子どもは1人まで
東アジア系の人間は世界最速で少子化を招く文化を持ち合わせている
より正確に言うなら:
失敗許容度の低さ
「産まない自由」が最大化されている
親の責任が軽い
失敗が人生終了にならない
最後に