はてなキーワード: 万博とは
何よりも、自分よりも、この世の何よりも大事な娘が18年前に亡くなった。やさしくかわいく、娘が笑うと感じたことのない暖かさを感じた。娘が妊娠中に病気が見つかったけれど、娘は妊娠を継続し産むことを選んだ。私はまだ会ったことのない孫より、娘の方が大事だったので、何度も何度も治療を優先してほしいとお願いした。でも、娘は孫を産んで、「お母さん産むのを許してくれてありがとうね。先に死んじゃってごめんね」と言った。
孫の世話は私がすることになった。赤ちゃんのころは、育児のつらさよりも、娘がいないつらさがあり、ミルクをあげていても涙がとまらない夜も何度もあった。立ったり、歩いたりしても「娘に見せてあげたい」と思い、また涙がでた。代わりに自分が病気になればよかったのにと思ってまた泣いた。
幼稚園に入る頃には、孫は娘そっくりに育っていて、とてもかわいいと思うようになった。孫には「おばあちゃん」と呼ばれていた。周りを真似てママと呼ばれたことがあるけれど、ママはちがうと伝えた。娘が命をかけてもほしかったものを、私が奪ってしまうのは違うと思った。
孫には娘がしてあげたかったであろうことを全部してあげようと思った。さみしい思いやかなしい思いはしてほしくなかった。毎日楽しいことがたくさんあったけれど、楽しいと思うことが許されないことのように感じた。娘がしたかったこと、感じるべき楽しさを、私が得ることで、娘がいなくなってしまうような気がした。
娘にはあまり勉強を厳しく言わなかった。娘の夢はいつも「お母さんみたいなお母さんになりたい」だった。小学生になった孫には、科学教室や塾に通ってもらった。しんどそうにしていたら辞めてもいいと伝えていたが、「たのしい」と言っていたので安心した。中学受験もしてくれ、将来はお医者さんになりたいと言っていた。孫は「おじいちゃんの母校にいきたい」と言い、無事に合格してくれた。孫の祖父である私の旦那はとても喜んでいた。
孫は本当に良い子で、優しく、娘とそっくりの笑い方をする。今年あった関西万博にも何度も一緒にいってくれた。2人で年パスを買い、孫が3日前予約や当日予約を駆使してたくさんのパビリオンを回らせてくれた。「大学は忙しいだろうし、おばあちゃんとばっかり遊ばなくて大丈夫なのに」と伝えたら、「おばあちゃんといるのが楽しいだけ〜」と答えてくれた。いろいろな国のパビリオンを見る孫の顔を見ていたら、ふともうすぐ娘と過ごした時間よりも、孫と過ごした時間の方が長くなると思った。
娘が亡くなったことは受け入れられているけど、私が忘れてしまったら、娘はどうなるのか。娘と同じくらい、孫のことも本当にかわいく大事で大好きに思っている。それが私はとてつもなく怖かった。娘の気持ちを考えると胸が締め付けられるように痛くなった。
亡くなった祖母をアンドロイドの身体に移すことを扱ったパビリオンがあった。孫がおばあちゃんの心をアンドロイドに移して欲しいと希望する映像が流れた。孫は涙を流して、「私もおばあちゃんにはアンドロイドに移ってでも、ずっと一緒にいてほしい」と言った。私はパビリオンを出てからも、涙が止まらなくなった。私が泣いていたら、孫は「私がおばあちゃんからお母さんを奪ってしまったのに、ごめん」と言った。私は娘も孫もどちらも大事で、孫のことを娘を奪ったなんて思った事はない。娘から強く望まれて生まれてきたのに、私がそんな気持ちにさせてしまった。
私は2人ともが、楽しく元気に生活してほしかった。娘にも生きていてほしかったし、孫も生まれてきてほしかった。大屋根リングで座りながら、うまく伝えられたかはわからないけれど、孫も心から大事であることを伝えた。孫は照れくさそうに笑って、その日は、帰りのフェリーで子どもの時と、同じような顔で眠っていた。
なんだか誰にも言えないので聞いて欲しかっただけです。万博とても楽しかったですね。年齢などは少し変えて書きました。読んでくれてありがとうございました。
人類滅亡後の本来の役目を終えたマシンみたいに、まだ動いていた。
誰もいないのに、
照明は落ちない。
希望も、期待も、全部ここを通過していった。
でも今は──ゼロだ。
ホームに立つと、
風の抜ける音だけがやけに速く感じる。
スピードってのは、
誰かと共有してる時は気づかない。
一人になった瞬間、
初めて、その速さがむき出しになる。
電車が滑り込んでくる。
無駄に正確で、
無駄に静かで、
無駄に完成されている。
夢洲。
夢を詰め込むために作られた場所。
でも夢ってやつは、
止まった瞬間、
それはただの「跡」になる。
僕は改札を抜ける。
センサーが反応して、
機械的な音が鳴る。
誰もいないのに、
ちゃんと、反応する。
それが妙にリアルで、
少しだけ笑った。
止まらない。
止まるのは、
いつも人間のほうなんだ。
実は、米国衰退後の覇権国家は「日本」なのです。私は100年後の未来から通信を試みています。
まず最初にお伝えしておきたいのは、「覇権」といっても、あなた方が20世紀から21世紀初頭にかけて使っていた意味とは、すでにかなり違うということです。
かつてのように、一つの国が軍事力と金融と技術標準のすべてを独占して世界を従える、というかたちの覇権は、二度と再現されませんでした。
代わりに「設計図」を握る者――すなわち、サプライチェーン、金融インフラ、デジタル規格、そしてリスク管理のプロトコルを静かに支配する者が、世界秩序の行き先を決めるようになったのです。
あなた方の時代の人々は、中国かアメリカか、あるいは企業やプラットフォームが世界を支配するのではないかと議論していましたね。
そのどれもある程度は当たっていましたが、決定的に外れていたのは、「日本はもう主役にはならない」という前提でした。
21世紀中盤、米国の覇権は、あなた方がすでに観測していた通り、軍事とドル基軸の両方からじわじわと侵食されていきました。
多極化した世界は、一見すると「誰も覇権を握っていない」混沌のように見えましたが、実際には、いくつかの条件を満たすアクターだけが、新しい秩序の「設計権」を得られるゲームに移行していたのです。
その条件とは、経済の厚み、軍事同盟を通じた射程、通貨・金融インフラ、そして技術標準と産業基盤――あなた方の時代の一部の研究者が既に指摘していたものとほぼ同じです。
日本が決定的に優れていたのは、「調整」と「標準化」の能力でした。
自国だけで世界を牛耳るのではなく、異なるブロック同士のインターフェースを設計し、摩擦を減らし、リスクを分散する。
言い換えれば、日本は世界の「OS」ではなく、「OS同士をつなぐミドルウェア」として君臨したのです。
むしろ、「あのとき、どんな選択が分岐点になったのか」を記録として残すことが、この一方通行の通信の目的です。
私たちが使っている時間通信技術は、あなた方の時代にハードSFとして描かれていた「メッセージだけを過去に送る」方式に近く、物質や人間を送ることはできません。
こちらから干渉できるのは、あなたが今読んでいる、この文章のような「わずかなノイズ」にすぎないのです。
ある年、日本が「世界のために、自国の若者を貧しくし続けるのか、それとも、自国の豊かさを優先し、世界の分断の一部になるのか」を迫られた瞬間がありました。
あなた方のニュースではそれは「賃上げ」「財政」「少子化対策」といった、ごくありふれた国内問題として報じられていたはずです。
しかし、私たちの時代から見れば、それは「世界秩序を支える最後の中立的な調停者」を続けるのか、それとも、どこかの陣営に回収されるのかの、静かな国民投票でした。
自国民の生活水準を底上げしつつも、「世界標準の設計者」としての立場を捨てない道――すなわち、自国市場をテストベッドとして、環境技術、サプライチェーン管理、デジタルガバナンスを実装し、その成功例そのものを世界に輸出するという戦略です。
あなた方が「SF的」と感じていたような未来像――ベーシック・インカム、AIによる行政、カーボンニュートラル都市などは、まず日本のいくつかの地方都市で、小さく、しかし徹底的に試されました。
その結果、日本は「最大の軍事力」も「最大の経済規模」も持たないまま、「最も参照される制度」を持つ国になりました。
各国政府が困難に直面するたび、「日本ではこの問題をどう解いたのか」が検索され、その答えが国際会議のたたき台資料になっていきました。
あなた方の時代において、日本のSFや万博が未来像を提示する実験場であったように、現実の日本そのものが「未来の実験場」になったのです。
ここまで読んだあなたは、こう疑問に思っているかもしれません。
「もし本当にそんな未来があるなら、なぜあなたはわざわざ過去に通信しているのか」と。
理由は単純です。
時間通信の理論上、私がこうしてメッセージを送ることで、あなた方の世界線はわずかに分岐しますが、その分岐の向こう側に、私が生きている未来が続いている保証はどこにもありません。
私がいま属している未来は、あなた方の時代の人々が、ほとんど無意識のままに「妥協」を選び続けた結果として、たまたま収束した一つの解なのです。
だから私は、「正解」を教えるのではなく、「後悔だけは避けられたかもしれない地点」を指し示すことしかできません。
たとえば、次のような場面です。
・「どうせ日本には覇権など無理だ」と、最初からゲームの外側に自分を置いてしまう議論をするとき。
・国際秩序の話をするときに、「軍事」と「GDP」だけを見て、「標準」と「調整」の価値を軽んじるとき。
・若い世代に「縮小する日本」を前提とした人生設計だけを押し付け、「拡張する日本」という可能性を語らないとき。
これらの小さな諦めが積み重なると、日本は「覇権国家になりえたのに、ならなかった国」という、私たちの歴史とは別の教科書の一行になってしまうでしょう。
そしてその世界線では、おそらく私はこの通信自体を行っていません。そんな未来に、わざわざノイズを送り込む理由がないからです。
あなたがもし、この文章をただのフィクションだと思うなら、それでも構いません。
SFはもともと、「未来を予言する」ためではなく、「今の選択肢を増やす」ための思考実験として使われてきました。
私があなたに求めるのは、この物語を信じることではなく、「日本が覇権を握る」というアイデアを、一度だけ真面目に検討してみることだけです。
その上で、あなたが選んだ未来の結果を、100年後の私は、ただ静かに受け取ります。
どの世界線であっても、それはあなた方が選んだ帰結であり、私たちはそれを前提として世界を設計しなおすだけです。
通信の主導権は、むしろ過去にいるあなた方の側にあるのだと、忘れないでください。
最後に、こちらの時代から、一つだけ短いメッセージを送っておきます。
それを切るかどうかは、あなたたち次第だ。…知らんけど。」
毎月人がとびゆくブラック企業で働いています。私は勤めて6年目のパートです。大体今月2〜3人はやめます。辞める原因はほぼほぼ社長のパワハラ、人とは思えぬ事嫌なことを言う、嫌なことをするが理由です。
私はただただずっといるというだけで、社長に気に入られており、現在パートですが、大体月に45万前後額面であります。多い時は手取りで50万位あります。時給は2000円でそこに手当がつきます。17時には帰らせてもらっており、大体週に5回8時間働いてます。しんどい時は週に4回の時もありました。万博のシーズンの時は、週4にさせてもらいましたが、インセンティブをつけてもらったので、給料が減ることありませんでした。
私の資格の給料平均は、転職サイトの担当に聞いたところ、30万前後、低ければ24万との事でした。管理者や責任者、役職がつけば35万以上の可能性もあるとのことです。
私は責任が発生するような仕事は全くしたくなく、管理者責任者もしたくありません。何度も断っています。ずっとパートです。今の条件のままで正社員にしてあげるとも言われましたが、全然お断りしました。
仕事に関しては楽しくやりがいもあります。やめていく人は多いですが、残っている人たちは仲良しで、同僚との関係もいいです。毎日友達のようにLINEのやりとりをし、愚痴を言い合っています。月に2度位職場の人とは食事に行きとても楽しいです。
辞めることを考えてる理由としては、慢性的な人手不足による仕事量の増加と、社長の人間性、社員の質の低下などです。社長は私のことを怒ったりはしませんが、自慢が多くうざく感じます。突然怒鳴るおじさんなどまずまずおり、心底腹が立ちます。おじさんが腹に立つため、言い返し、喧嘩をする日々。また、何度も社員が入れ替わっているうちに、おじさんは、信じられないミスを起こし、その尻拭いがしんどいです。今朝もオバハン静かにしてとzoom会議で名指しされました。
旦那さんに相談したところ、パートとしては給料がとても良いので辞めずにいたほうがいい。私が性格が悪く、感情の起伏も激しいけれど、おじさんたちも起伏が激しいので目立たずに済んでいる。他の職場に行ったらやばい人認定されるのでそこでいた方がいい。大体どこの職場も上司は自慢がうざいもの。その給料もらおうと思ったら、他の職場でも何か我慢しないといけないと言われました。
どう思いますか?
こちらの記事がわかりやすいと思うので引用します。こちらのグラフをみてください。マンションの販売戸数がここ数年で半減していますね(横軸に注意)。需要に対して供給量が減っているので販売価格は上がります。また建築費も高騰しています。建築費回収のために販売価格も賃貸の家賃も上がるのです。
以下、記憶を頼りに書くので間違いがあるかもしれません。ここ数年であまりにもいろんなことが起こりました。
新型コロナ禍後、さまざまな企業がテレワークを推進しました。そして裕福なホワイトカラー、特にIT技術者を中心に郊外へと大量の人が移住し家を建て始めました。結果、世界的に木材が不足し値段が高騰しました。これがウッドショックです。「シアトルがゴーストタウンになった」というニュースを皆さんもご覧になったかと思います。あの裏で起きていたのがこの問題です。
当時の日本は東京オリンピックの準備中。資材高騰はオリンピックのせいと見做されました。
オリンピックが終われば資材の高騰は落ち着くと思われ建て控える動きが始まりました。オリンピックが終わると大阪万博が話題になり、今度は万博叩きに移行。万博が終われば建築費は元に戻ると当時は期待されていました。(能登半島地震復興で万博が叩かれたのもこの流れ)
そうこうするうちにロシア・ウクライナ戦争が始まりました。日本はロシア製の木材に依存しており特に単板は輸入量の82%を占めます。単板を加工して作られるLVL(構造材)や合板(床や壁)が高騰しました。またこれは建築資材に限りませんが、円安と原油価格の高騰と輸送の混乱からさまざまなものが値上がりしました。
いよいよマンションを建て控える動きになりました。当時はこんなにも戦争が長期化するとは思っていませんでした。また万博が終われば資材高騰がある程度元に戻るとも当時は期待されていました。
そうこうするうちにより重大な問題が起きました。2024年問題です。
建築業界は兼ねてから人手不足でした。高齢化した職人さん達を異常な時間外労働をさせる事でなんとかしていました。2024年4月から規制が入り時間外労働に上限ができた結果、職人さんが1年先まで捕まらないという事態になりました。もはやお金を出しても建てられない状況に。
先ほどのグラフを見てください。2024年にごそっとマンション販売戸数が減っていますよね。
実際の資材の値上がり具合を見たい人はこちらを見ると良いかも。グラフは国土交通省の出しているもので令和4年までしかありませんが現在も高騰は続いています。最近の話題はすっかり人手不足の方に移ってしまったので資料はここまでしかない。