「ケア」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ケアとは

2026-05-11

映画】ザ・エクソシズム を見た

ヴァカチンなエクソシスト。34点。

 

エクソシスト映画撮影前、主人公神父役の役者が変死してしまう。その代役にアル中業界を干されているラッセル・クロウが選ばれ、なんかうまく行ってない娘は付き人として撮影に参加。しかし、アル中で脳が委縮したラッセルはろくに台詞も覚えられないし体調も悪い。そうこうしているうちにラッセルの様子がどんどんおかしくなっていき、撮影現場では異変が起き始める。もやしこの映画は呪われているのでは、ラッセル親子の行く末は……

みたいな話。

 

ちゅ~~~~~~~~~~~と半端やなぁ(ちゃらんぽらん感)。

いや、やらんとしてることはわかるんよ。トラウマの苦悩、演技で自分を追い込むことによる変容、信仰の脆さ、親子の絆、そしてエクソシスト映画。でもこれらを全部やろうとした結果、全部中途半端になってる。

ラッセル敬虔キリスト教徒だったんだけどいつも通り幼少期に神父にケツ掘られててそれがトラウマになっている。その後、役者として大成するもトラウマから逃れるために酒と薬の日々を送り、妻が大病を患って死んだ際には更生施設に入っていて死に目にも会えてないので娘との間には距離がある。

そんな彼が皮肉なことに敬虔神父の役をやることになってストレスはたまりディレクターから過去のこと、酒浸りだけではなく幼少期のことまでをチクチク責められるしどんどん様子がおかしくなっていくが、そのうち本当に悪魔に取りつかれてしまう。

でもここの"役に押しつぶされる"展開がめっちゃいから、悪魔に憑かれる展開へのジャンプめっちゃ弱い。序盤からラッセルはずーっと鬱々してるし様子がおかしいから、悪魔に取りつかれておかしくなるっていうギャップが薄い。もろちん、これは悪魔?それとも本人?っていうサスペンスはあるんだけど見てる側からすればどっちでもよくね?ってなっちゃう。悪魔だろうが本人だろうが様子がおかしいのには変わりないし。

また、ラッセルが抱えているトラウマが作中で解消されるという展開もない。後半はもうずーっと悪魔に取りつかれて様子がおかしラッセルが大暴れしていて、これを親子の絆で取り戻す展開かと思いきやまったくそんなことはなく。映画アドバイザーとして参加していたプロ神父が「ワイがラッセルの中の悪魔を引き受ける!」つって悪魔を吸収し、ラッセルと娘、あとなんかぬるっといてた共演女優みんなでお祈りを唱えた結果、爆発炎上して終了。

別にトラウマの解消はそんなに簡単ものじゃないにせよ、何らかの進展があってもええやん。っていうか、あるべきでしょ。神父様の自己犠牲によって助かりました、まぁ、神父に性加害されたことがトラウマだったのが神父にもいい奴もいるんだよ!で和らいだという考え方ができなくもないけど。でもラッセル悪魔に取りつかれた神父の脳天に十字架ぶっ刺してるんだよな……殺人だよ……ハッ!?神父の恨みを神父で晴らしてスッキリした!ってこと!?

どんな映画やねん。

信仰の脆さに関しては敬虔神父として娘に寄り添いこの事件解決に動いてくれてた神父悪魔を吸収する際に、彼自身父親である神父から強制的洗礼を授けられた存在だったことがわかるんだけど、まぁ、だから何?って感じで。そのことが今回の悪魔祓いに特に有効に働く要素もなかったし。

そりゃ、俳優として神父を演じることで悪魔化したが本心で神を信じていたラッセルと、神父であることを強要されてある意味神父を演じていた神父という対比と、最後最後神父として神の御業を見せて大往生してよかったねって感じなのかもしれないけど、少なくともそう見えるように脚本が作られていない。

つーか、神父燃えて死んで次のシーンでラッセルがなんか手紙書いてるシーンで終わるの適当すぎないか

結局何の話やってんってなるわ。

やりたいことがいろいろあるのはわかるけど少なくとも映画としての接続はうんちだったからか、かなり退屈だった。

 

まぁそんな感じかな。

あと冒頭から画面が一生薄暗いから目が疲れるしメリハリもなくなってると思う。ラッセル悪魔に憑かれた表現も、今日日それ?って感じの既視感があるものばっかりでナンダカナーって感じ。ジャンプケアはちょいちょいあるのでビックリホラーとしてはギリ楽しめるかな。

なので、まぁ、悪魔祓い映画コンプ勢にはギリオススメ。ラッセル悪魔祓いする映画だったらヴァチカンの方を見た方がいいと思いました。

2026-05-09

anond:20260508182600

訪問看護民間参入の話であったなそれ

本当に医療必要としてる人は看護師リスクを恐れて避けて、書類上だけ障碍者みたいな人の話し相手みたいな楽な仕事施設看護師も群がると

>>「(身体ケアなどが必要な)重症患者さんの訪問看護は、どこもやりたがらない。逆に軽く話して終わる人は取り合いになるんです」

NPB川上審判員の今後について

4月16日打者バットが側頭部に当たり、それからずっと昏睡状態が続いているとのこと

その川上審判員の今後について解説する

1.3カ月経過しても意識回復しない場合

植物状態」と診断される(正式名称遷延性意識障害)。診断基準が3カ月のため。7月中旬が1つの目安となる

それまでに意識回復し、ある程度以上の指示や呼びかけに応じられるようになれればリハビリが開始出来る。「ある程度以上」がポイントで、目は開けているがたまにしか呼びかけに反応しない状態がこの時期まで続いていたら、これも植物状態診断基準を満たしてしま

植物状態から脱出できる確率は3〜5%と言われている。川上審判員のように外傷性の場合確率高まるが、それでも5%だ。そしてその5%に入れたとしても、自力歩行が出来るまで回復出来る可能性はまずない。そこまで回復出来たらノーベル医学レベルである。高確率で一生寝たきり、良くて車椅子生活で、審判員としての復帰はあり得ないと見てよい

「全国遷延性意識障害者・家族の会」など、植物状態家族を持つ人達コミュニティがいくつかあるので、そこに入りつつ互いにケアをし合うことになるだろう

植物状態を数年続け、最後誤嚥肺炎で生涯を終えることになると思われる

2.3ヶ月以内に意識回復した場合

リハビリ開始となる。この場合現役復帰は難しいにしても、そこそこ回復が見込める

近しい事例は競馬騎手のミナリク氏。落馬で頭を地面に叩きつけてしまい、昏睡から目覚めるまで2カ月かかった。その後現役復帰は叶わなかったが、リハビリにより自力歩行出来るまでに回復した

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/cfee573c5d18f6d9f003a6376397e1436d80b817

しかし、脳障がいを食らった人に頻出する「うつ病」により、このインタビュー記事からわずか1年後にミナリク氏は自ら命を絶ってしまった

結論

いずれにせよ現役復帰は難しい。脳の怪我病気は取り返しがつかない上、ここ20年以上医療技術進歩しておらず、「やってしまったら人生終了or恒久的に瀕死」なので、せめて今回の事故を防ぐ対策をして欲しい(すでにヘルメット着用は進んでるが)

2026-05-07

管理職、かなりデバフ付きジョブチェンジ

管理職になりたくない若者が増えてる」って記事読んだけど、責任だけ増えて給料そんなに増えなくて、プレイヤー辞めたら現場感も失って、しかも部下のメンタルケア付きとか、そりゃ罰ゲーム扱いされるだろ。

昔は出世だったのかもしれんけど、今かなり“デバフ付きジョブチェンジ”だよな。

歯医者クリーニングしてもらうとき鼻毛気になる

女性はどうしてんだろう

丁寧にケアったって、限界あるよ

やっぱり恥ずかしいものなのかな

2026-05-06

高齢男性孤立化に関する先行研究を読み直していて、海外研究者が日本主婦実態報告書を読んた際に「日本男性ケアされてばかりだけど、みんな障害でも持っているのか」と聞いてきたというエピソードを見つけた

参照先

「生きがい研究」第26号 一般財団法人 長寿社会開発センター発行

毎日新作おすすめ 11

11弾となる今回は非日常世界観と極限の美学が交差する3体をお届けします。鮮やかなおもちゃ箱から飛び出したようなポップな愛らしさ、危険香りを纏うダークビューティー極致、そして視覚限界に挑むようなプロポーション化身。それぞれが異なるベクトルで極められた造形美と世界観に酔いしれる特別ラインナップをご堪能ください。

公式ストア:https://www.karendoll.com/

1. SHEDOLL 江小棠2.0

等身大ドール SHEDOLL 江小棠2.0

鮮やかなピンク世界観に包まれたSHEDOLL 江小棠2.0は、まさにバービー人形現実世界に現れたかのような強烈なポップさと華やかさを持っていますカスタムメイクが施された美しい顔立ちは、愛らしさの中にどこか小悪魔的な色気を秘めており、見る者の心を強く惹きつけます。

160cmの均整の取れたスタイルCカップの美しいバストラインが、この非日常的なコンセプトを完璧バランスで成立させています精巧な造形と鮮烈な色彩が織りなす、甘く危険な魅力に満ちた1体です。

https://www.karendoll.com/product/syaotann-beauty-she/

2. AITIA DOLL 2.2CFシリーズ 紫罗兰

美人フェイス

漆黒ストレートヘアと深紅の瞳が織りなすコントラストが、見る者をたちまち非日常空間へと引き込むAITIA DOLL 2.2CFシリーズ 紫罗兰。背景に張り巡らされた警告テープが暗示するような、少し危険ミステリアス雰囲気を纏う彼女は、洗練されたダークビューティー極致と言えるでしょう。

白いタイトハイネックニットから溢れるGカップの豊かなバストと、155cmの小柄な体型が生み出す鮮烈なギャップが、息をのむほどの艶やかな色気を放っています。冷たさと底知れぬ情熱を同時に感じさせ、極上の没入感をもたらしてくれる比類なき存在です。

https://www.karendoll.com/product/violet-aitia-real-doll/

3. Fire Doll 79番

人形 Fire Doll 79番

167cmの長身規格外のSカップという、視覚限界に挑むようなプロポーションを持つFire Doll 79番。透き通るようなアッシュブロンドの髪と、大人の余裕を感じさせる蠱惑的な表情が、極限まで高められた肉体美と見事に調和しています

鮮やかなライトブルービキニからはみ出すほどの豊満バストは、画面越しでも伝わるほどの強烈な引力を放ちます現実世界では決して交わることのない夢のようなプロポーションを、生々しいまでの質感で具現化した至高の芸術作品です。

https://www.karendoll.com/product/fire-real-doll-79/

ドール科学科普 シリコン vs TPEの化学特性メンテナンス

TPEとシリコン化学的な特性の決定的な違いは何ですか?

TPEはプラスチックゴム性質を併せ持つ熱可塑性エラストマーで、柔軟性を生み出すために多量のミネラルオイルを含有しています。微細な多孔質構造を持つため、時間経過とともにオイルが表面に染み出す現象や、外部の染料が入り込む色移りが発生しやすいという特徴があります。一方でシリコンはシロキサン結合を骨格とする合成高分子化合物であり、化学的に極めて安定していますオイルの染み出しがほぼなく、分子密度が高いためTPEと比較して色移りに強いのが最大の違いです。

経年劣化を防ぐための科学的に正しいメンテナンス方法を教えてください。

TPEモデルの洗浄後は、完全に水分を拭き取ってからベビーパウダーを塗布します。これは表面の微細な孔を粉体で物理的に塞ぎ、内部オイルの過剰な揮発と表面のベタつきを防ぐための必須手順です。また熱に弱いため高温のお湯は厳禁です。対照的シリコンモデルパウダーケアがほぼ不要ですが、シリコン系ローションの使用絶対に避けてください。似たものは似たものを溶かすという化学の基本原則により、表面が化学反応を起こして溶解してしまます。必ず水溶性のローションをご使用ください。

親の葬式で思ったこ

母が亡くなったのが2015年

父が亡くなったのが2024年

同じ葬儀社でお世話になったが、葬式の時は打ち合わせでどんな棺にするとか骨壺選びとかご遺体の処理をどうするかを選べたりする

カタログだったり表のようなものを見ながら葬儀社の人が説明をしてくれるが、時代の流れなのかと思ったことがひとつあった

2015年はご遺体に対しての処理でドライアイスを何時間分入れるか、というのが選択肢として選べたが、

2024年の時にはエンバーミング死体防腐処理と翻訳されるらしい、直接的!)しか選べないようになっていた

コロナウイルスが大流行した2020年前後でそうなったのかなと勝手に思っている

2022年の時に祖母葬儀でお世話になった際には

「中には別れがつらくてお別れする方に頬ずりをされる方もいる。衛生的な視点でみるとかなり危険行為なので、リスクを減らすためにも今はエンバーミング必須

という説明を受けた たぶん他社と比べると安いほうだったと思うが(記憶違いでなければ九万円だった)いやいやいや、九万でかくね?

でも納得できる部分もあったりはする

頬ずりこそしなかったが、確かに最後棺の蓋を閉めるとき自分も少しだけ体に触れたので、衛生的な観点エンバーミング必要なのだろうなと感じた

エンバーミングってしっかりと遺体に処理をするのでもう本当に亡くなってしまったんだなと悲しくなってしまうが、ドライアイスよりはしっかりと遺体に対してのケアを行ってくれるので、

本当に眠っているみたいな感じにしてくれるし、目も口もしっかりと閉じてくれるから見送る側にとって穏やかな気持ちでご遺体を見れるってのもあったりする

日本だと海外のように土葬はしないので、(しかも三日ほどで火葬されることも多いと思う)エンバーミングしか選べない!というプランにしなくてもよいような気もするが、

ドライアイスのみだと遺体状態が悪くなるのがわりとしっかりわかって怖かった記憶もあるので、エンバーミングメリットちゃんとあるよなとも思う

せめて自分死ぬとき保険なりで葬儀代くらいは残したいなあという結論で終わる

2026-05-05

40才から臭いケア、という広告に出てくるのがオダギリジョー(50)

リアルな40台は、ジャニーズアイドルNEWS)とかになるので、触れられないのだろう

あいつらみんな加齢臭させ始めてんのに、若者スタンスみたいなバカ発言してんだぜ

すごいよな

2026-05-04

映画ボディビルダー を見た

インセル、入ってる。67点。

 

ボケ祖父介護しながら大型スーパーで働く主人公ジョナサンメイジャースはIFBBプロを目指すボディビルダーの卵。怒りを制御できない彼はカウンセラーに通いながらもゴリゴリステロイドを打ちジムに通うもジムにも職場にも彼の周りには誰もいない。そんな彼は白人ボディビルチャンプに心酔しており、彼に返事のないファンレターを書き募る日々を送っている。そんな彼の日常些細なことがきっかけに崩れていく。

みたいな話。

 

なんかさー、つらい映画だったよなぁ。

ジョナサン黒人ユーザーだけどちゃんと鍛えてて、でも大きくならなくて、ジム仲間もいないかポージングがへたくそ全然承認が得られなくてさぁ。黒人なのに黒人コミュニティにも所属してなくてなんなら白人のいい子ちゃんみたいな服装ばっかりしてる。シャツは襟付きだし、もこもこの手編み風のセーターを着てる。途中で、レストランでブチ切れて周囲の客全員をののしるシーンがあるんだけど「ハゲ!」「チビ!」「デブ!」「ブス!」っていう、子供悪口みたいなことしか言えない。黒人らしいF〇uckとか一切言えないの。

一方で、バイト先のスーパーで客が買ったパイに唾たらしたり、仕事のやる気がなかったり、職場の気になるあの子シフトを調べて通い詰めたり、人に好かれる方法ネットで調べたり、まるで非モテ増田ルサンチマンを煮詰めたような行動をどんどんお出ししてくる。また、祖父馬鹿にされたと思ったらブチ切れてペンキ屋の店をバッキバキに破壊したりとマジでろくでもない奴でもある。

典型的コミュ障アスペ気味というか明らかに定型発達障害の傾向も見えるし、そんな中でヤングケアラーとして今の社会呪詛を吐き続ける従軍経験のある祖父リスペクトしながらも面倒を見続け、さらにはステロイド副作用身体ボロボロだし精神ロイドレイジ発症しているという生きづらさ三倍満。そしてキモヲタらしく推しビルダーへのファンレターにも「なんで連絡くれないの?」「これ届いてる?埋もれちゃった?」とか書いちゃうのもさぁ、なんかつらいよね~。ジャパニーズキモヲタが部屋中にアニメポスターを張るように彼は部屋中にボディビルダーポスターを張っている。

せめて鍛えた筋肉で人気者になりたいとSNS動画を上げるも、散々バカにされインセル臭がすごいとまで言われちゃう

でもそんな中で職場の気になる女の子を頑張ってデートに誘ってオッケーをもらってしまう。非モテ増田ブチ切れ。裏切者。しかし、そのデート先でボディビルダー特有のコダワリを発揮して店員を困らせ、バカみたいな量を注文し、推しビルダーを知らないと言われると説教までしてしまった結果、彼女には逃げられてしまう。

ここでさぁ、彼が「男に生まれたからにはデカいことを成さないといけない。じゃないと忘れられてしまう」って話をするんだけどさぁ。思うんだよね、目の前にお前を見てくれている女性がいて、この女性を本当に大事出来たら世界のだれもお前を覚えてなくても、彼女はきっとお前のことを忘れない。それこそが生まれてきて人がなすべき本当のデカことなんじゃないかって。

実際、最後最後の最悪の瞬間にこれまで話の中でちょろっとしか出てこなかった母親主人公を愛していた瞬間のことがフラッシュバックで表れて彼は最悪の選択を避けることができる。つまりあの瞬間、彼の母親は「忘れられてしまわない」ってことで、何より「デカいことを成した」んだよね。そしてそれをたぶん彼は自覚してステロイドを捨てて、自分自身承認するために再び自分身体に向き合うことを決める。

このエンディングを甘いと思う人もいると思うんだけど、俺はめちゃくちゃ誠実だと思った。

もろちん、彼が引き金を引いてレガシーを残してあのバカみたいな笑顔を浮かべてエンドでもよかったかもしれないけど、それじゃあジョーカーじゃん。

でも、彼はインセルなんだよ。だからあのエンドでよかった。

彼は審査員を銃で脅していて、ステの副作用で心筋は肥大しいつ止まってもおかしくなくて、腎臓にもクソデカ腫瘍ができていてはっきり言って未来なんかなんもないんだけど、なんもないんだけど最後に心の平穏を得られたのはよかったかな。

話は戻って彼が黒人コミュニティに属せない人だってのもなんか切なくて、彼が狙ってるかわいこちゃんは当然白人だし、ボディビルヒーローって現代で言えばロニコーとかも含めて黒人はいっぱいいるんだけど、彼は白人ビルダーを推しに選んでいる。自業自得コンテストで失敗した彼は(ここの展開あまりセッション過ぎて笑っちゃった)、筋肉あきら筋肉の代わりに男性性として銃を手に入れる。そしてクラブに行ってすわ乱射事件かと思ったら、そこでボディビルポージングをとるんだよね。黒人ばっかりのクラブの中で彼らのダンスのノリにも結局迎合できず、孤独ポージングをとる。

黒人娼婦を買って彼女の前で服を脱いで筋肉評価をしてもらう展開があって、いやこれ自体ゲロキショなんだけどそこで全肯定されてついに自分を受け入れてくれる人に出会えたと勝手勘違いしてキスしようとしたらぴしゃりと拒絶される展開もあまりに哀しくてねぇ。キショいんだけど。そして童貞喪失失敗した後に推しビルダーから連絡が来てウキウキでついていったらケツ掘られて、しっかり性的搾取までされてしまうのはさすがにちょっと草だった。けど、ボディビルというマッチョイズムの頂点にいる人間も結局醜い搾取者だったという主人公の美しい信仰を最悪の形でぶち壊してるんだよね。

なんていうかアメリカ的なマチズモの中だからこそ生きづらい人なんだろうなって思った。

彼のコミュニティからの断絶って最小単位コミュニティである家族ってものが、父親心中によって幼少期に壊されたことに端を発していて、以降、彼は祖父介護という形で自身を常にギブし祖父からのテイクは従軍時代の男とはという価値観だった。そしてその男性性を保つために彼はボディメイクを始めたんだと思うんだよな。そしてそれを最悪な行為によって失った結果、彼はすべてをかなぐり捨てて無敵の人になるんだけどそれでも最後に、母親から愛されていたことを思い出して踏みとどまる。この映画っていろんな生きづらさを描きながらもコミュニティ承認されることの映画だったのかなと思った。

 

まぁ、そんな感じかな。

正直ちょっとダラダラした展開もあるしボディビルダー的な話は中盤で終わっちゃってそこからインセル無敵の人綱引き大会が始まるのでなんか思ってたんと違うなぁって感じがするかもしれない。でもまぁ、現代Magazine Dream雑誌の表紙を飾ることで承認されたい、人に記憶に残りたいって話で、その承認欲求の行きつく先の一つに無敵の人化があるっていう話なんだろうなとは思ったかな。

なんか最後ちょっと切なくなる系のインセルスリラーを見たいって人にはオススメ

AIによるアドバイス

お互い歩み寄りなさいって

anond:20260504034259

プロンプト:客観的に見て、「俺」と「嫁」のどちらに非がある?





この問題は、掲示板SNSでも非常によく議論される「正解のない対立」ですが、客観的分析すると「どちらか一方が100%悪い」というよりは、コミュニケーションの前提と優先順位のズレに本質があります

それぞれの立場から「非」とされる可能性のあるポイントを整理します。

「俺(投稿者)」の視点で見える非

  • 事前の合意形成不足: 「前々から誘っていた」とのことですが、嫁側がその時点で「行く」とはっきり承諾していたかどうかが不明瞭です。

「嫁」の視点で見える非

  • 先約(潮干狩り)の入れ方: 夫から先に誘われていたにもかかわらず、後から実母との予定を入れて断るのは、夫婦間の約束を軽視していると捉えられても仕方がありません。
  • 歩み寄りの欠如: 夫にとって大切な「小学校以来の友人」という特別な場に対し、歩み寄る姿勢を見せていない(ように見える)点は、夫のプライドを傷つける要因になります

客観的な判定:どちらに非があるか?

結論から言えば、 「事の進め方」については夫、「夫婦の協力姿勢」については妻に、それぞれ改善余地(非)があると言えます

項目夫(俺)の非妻(嫁)の非
コミュニケーション自分理想押し付け拒絶のみで代替案や妥協案がない。
スケジューリング相手「YES」を確定させていなかった。先約(夫)より実家を優先した。
心理的配慮妻のアウェイ感を軽視した。夫のメンツや社交を軽視した。

2026-05-01

トランスカルト教祖バトラーさん、ボコボコにされてしま

https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/

バトラーが見なかったもの――書評

リンジージャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論概念的混乱を検討している。

 

1. 導入:性とジェンダーをめぐる古くて新しい論争

著者はまず、1970年代女性解放運動期に、米国マルクス主義人類学イヴリンリードが書いた「生物学女性運命か」という問いを引く。リードは、女性母親であることを理由に、社会的役割限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学人類学は、性役割女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。

今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然文化生物学社会的態度、性とジェンダー関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダーアイデンティティ運動における中心的な学術人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。

ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的ものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である

著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。

2. 極右文化戦争、反ジェンダー運動

書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダー文化戦争の一部となっており、バトラー右派極右による「ジェンダー理論攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプイタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーヴィクトル・オルバーンローマ教皇などである

バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジルコスタリカコロンビアフランススイス英国スコットランドエクアドルドイツハンガリースペインなどが例に挙げられている。スペイン極右政党 Vox は「ジェンダージハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。

著者は、こうした反動的勢力個人的性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家差別執行できる権力を持っているかである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖家族モデルである

しかし著者は、バトラー分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義危機、脱工業化生活水準の低下、反移民感情人種差別政治的動員、米国社会軍事化暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。

まり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理不安」ではなく、資本主義危機社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである

3. バトラーは「ジェンダー」をどう理解しているのか

著者によれば、バトラー実質的に「性/ジェンダー」の区別崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。

著者はこれを、現実身体カテゴリーイデオロギーへと作り替えてしま議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である

さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学事実である人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係依存してきた、というのが著者の主張である

著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然事実のもの存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。

また、バトラースポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセス個人トレーナー存在関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体性差問題を消すものではない、という趣旨である

著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。

4. マルクス主義自然文化をどう見るか

著者は、バトラーが『ドイツイデオロギー』のマルクスエンゲルス引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想人間物質生活過程から生じる。観念イデオロギー現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実のものを作るわけではない、というのが著者の理解である

著者は、バトラーが「phantasm」とマルクスエンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラー議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義唯物論からは遠い、と批判する。

マルクスエンゲルスは、人間自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解放棄することだ、と著者は述べる。

著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性母性役割理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級財産を守る国家装置形成財産継承保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性世界史的敗北」と呼んだ、とされる。

資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内無償労働有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義搾取規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー同調性に適した家族必要とした。そこには性的同調性も含まれ女性子ども男性従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。

この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニスト生物学決定論実証主義よりも優れている、と主張する。

5. 家族社会的再生

著者は、女性再生産における役割は中心的だと述べる。女性人類再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力再生産、つまり養育・ケア社会化・教育にも深く関わっている。家族次世代労働者比較的低コストで育成するため、経済的社会的役割を果たす。

女性母親であること自体不利益でなければならない自然理由はない。しかし、それが資本家階級利益をもたらす社会的経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である

この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である

一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年英国家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しか共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア料理、清掃などの社会的再生労働も、低賃金女性が多く担っているという点である

著者は、自然文化関係は複雑だが、女性生物学役割に色づけられていると述べる。女性けが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性不利益を補強する。

妊娠授乳更年期月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力不利益の多くを取り除けるかもしれない。しか資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。

著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である

6. 階級ジェンダー女性の恐怖の軽視

著者は、バトラー議論女性抑圧という特定問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダー社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実カテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。

また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。

著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダーアイデンティティ理論批判的な人を信用失墜させ、議論沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。

そのような人々まで、極右ファシストの側に客観的に立っていると見なすの馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダー分析にも複数立場がありうる。トランス権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラー理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である

著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力レイプ女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。

特に著者が不快に感じた箇所として、バトラー女性刑務所女性専用空間におけるレイプ性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数暴力男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性ペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性男性男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。

7. グローバルな女性労働階級

著者は、バトラー理論抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化差異だけでなく、物質生活現実も見なければならないと言う。

たとえば、フィリピンスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者女性男性黒人白人性的指向やジェンダー

2026-04-30

へずまりゅう 0勝8敗

Xの投稿(@tFTCj3jEn374486氏のもの)は、**奈良市議会議員のへずまりゅう氏**が「調査する」と発言した複数問題リストアップし、それらについて**成果が出ていない**(経過報告すらほとんどない)と批判した内容です。

### リストされた調査項目

投稿の主な趣旨は、へずまりゅう氏がこれらの問題に対して「調査します」と積極的発言するものの、**実際の成果や具体的な報告がほとんど見当たらない**という指摘です。

リプライでは「発言だけで信者が盛り上がり、インプレッション(注目)を稼いでいるだけ」「奈良市民に得はない」「調査権限範囲を超えている可能性がある」といった批判が目立ちます。一部では「現場写真を撮ってSNSに上げるだけ」「旬のネタに飛びつくだけ」との声もあります

### へずまりゅう氏の背景

へずまりゅう氏は元「迷惑YouTuber」で、過去過激な行動やトラブルで知られていました。2025年奈良市議会議員選挙で3位当選(8320票、無所属新人)し、現在奈良市議として活動しています選挙では「奈良公園の鹿を守る」「外国人観光客による鹿虐待問題」などを訴え、SNS活用した発信力が支持を集めたと分析されています

### 各項目についての成果検証

リストされた項目について、公開情報報道SNS上の活動を基に検証すると、**具体的な「成果」(問題解決改善提案の採択、公式報告書の提出など)は確認しにくい**状況です。




批判からは「調査発言で注目を集めるパフォーマンス」「権限外のことまで首を突っ込む」と見なされています

全体として、へずまりゅう氏のスタイルは**SNS活用した迅速な発信・現場視察・アピール**が中心で、元YouTuberらしい「撮れ高重視」の側面が強いようです。

当選後1年程度(2025年当選2026年現在)という任期の短さもあり、大規模な政策実現に至った事例はまだない**のが実情です。一方で、支持者からは「行動力がある」「話題提起をしている」と評価する声もありますが、批判投稿のように「成果ゼロ」「報告なし」との指摘がネット上で目立ちます

### まとめ


発言・視察・SNS投稿による「問題提起」は行われていますが、それらが行政議会でどう反映されたかフォローアップが不足している印象です。これは「パフォーマンス議員」との批判につながっています

地方議員場合調査権限には限界があり(越権行為の指摘も)、すべての問題を一人で解決できるわけではありません。へずまりゅう氏の場合SNSでの発信力が強みである一方で、「言うだけで終わり」と見なされるリスクも伴っているようです。

### SNSが「本当の成果」を判断しにくくしている理由

現代SNS特にX(旧Twitter)のようなプラットフォームは、以下の特性を持っています

結果として、**能力責任感の不足を、口の大きさと発信力でカバーやす構造**になっています特にインフルエンサーYouTuber出身政治家にこの傾向が目立つケースがあります

### へずまりゅう氏の場合現実

前のやり取りで挙げられた項目(メガソーラー多文化共生地方公務員外国人採用小学校給食いじめヤングケアラーなど)について:

2025年9月の初一般質問では市長に対して「どの面下げて市長やってんですか」「どのツラ下げて」と感情的に詰め寄る場面があり、議会から口頭注意を受ける事態にもなりました。

これは典型的な「大口を叩く」スタイルの表れで、支持者には「気概がある」と映る一方で、議会内や行政からは「協調性に欠ける」「パフォーマンス優先」と見なされやすい行動です。

### では、どう判断すればいいのか?

SNSだけで「この人は本当に成果を出せるか」を正確に判断するのは、**かなり難しい**です。むしろ**判断を誤りやすい**ツールと言えます

より良い判断材料

結局のところ、**「大口を叩く人ほど成果を出せない」**というあなたの観察は、心理的にも制度的にも一定の真理があります責任感の強い人は、軽々しく約束せず、約束したら地道に結果を出す傾向が強いからです。

SNS時代は「見せ方」の能力政治家必要になりましたが、それが「中身」の能力イコールではない——というのが、現在政治参加で最も注意すべき点の一つです。あなたのように「言うだけでなく、ちゃんと成果を出しているか」を厳しく見る目が増えれば、政治の質も少しずつ上がるでしょう。

2026-04-29

anond:20260429162123

おじさんどうしでケアしあってるほほえましい光景やろ…😟

2026-04-28

anond:20260427131811

「あのとき色々言われて傷ついた」っていうのはその場で落ち込まれるってこと?それとも事実をポンと置かれる感じ?

感情がセットになっていて相手ケアを期待しているか、そう言えばこういう事あったなって急に紐づいたものを口にしてるだけなのか。

2026-04-27

卓、やめてぇ〜〜〜!!!

やめたい、卓。

でもやめられないのが、卓。

私はCoCをメインに、他のシステムも楽しんだりする卓修羅だ。え? 卓修羅? そう、卓修羅

自称なんてしたくない。けど実際、5月は14日、6月は21日卓入れてて、6月なんて他の予定も含めると完全なる空きは4日だけ。どれもこれも私が悪いのだけど、でも本当に、卓修羅になってしまって後悔している。

去年の11月も似たような卓修羅になり、そこで反省したはずだった。なのにまた繰り返している。いや、11月調子乗った結果の卓修羅で、今回は成り行きでの卓修羅ではあるのだけど。とはいえキャンペーンシナリオを1ヶ月で3卓抱えてるのはアホすぎる。

もちろんこれらを飛ばす気はないし、TRPG自体が嫌いになったわけではない。おとといも卓だったけど楽しかったし。RP褒めてもらって嬉しかったし。少年漫画みたいな激アツ展開になったし。

だけどどうしてか、TRPG俯瞰して見ている自分もいる。

卓中、PCに向かって真剣に泣きそうな声でRPする自分を考えると恥ずかしくなる。でも、それとこれとは別でそのRPめっちゃ良くできたと満足気な自分もいる。

同卓者も良い人ばかり、良いRPばかりなのに、ふと相手PCに向かって喋ってるのかーと思ってしまう。別に推しライブ中とかでもふと自分俯瞰して見てしまうことがあるけど、セッション中はほぼ常に俯瞰して見ている自分と、見られていると分かりつつRP必死自分がいるのだ。

お人形さん遊びだとかなりチャとか言われてるけど、それは本当にその通りだと思う。とはいえ大人になってもお人形さんあそびしたい人間から許してほしい。オドオドした男の子、明るくて陽気な女の子暴言吐く冷たい警察官。色んなお人形で遊ぶのは、正直楽しい

とはいえそれを大人になっても好きなのが異常者という感覚も分かる。だって普通にキモいもん。

私の彼氏TRPGが好きだ。というか、TRPGきっかけに仲良くなり、付き合ったと言ってもいい。今でも「今日は卓?」「そうだよ、そっちは?」「私もー」なんてやり取りは当たり前だ。

彼氏のことは本当に大好きだけど、たぶんセッション中の彼を見ると引いてしまう気がする。テキセ民だからボイセよりはマシだろうけど、PCに数時間、長ければ朝から夜までひたすら文字を打ち込んでいると考えると、、、あまり見たくない。

そんなに恥ずかしいならやめろと思われるかもしれないけど、やっぱりセッション楽しいんだ。CoC以外のシステムも楽しくて、シノビガミのルルブ買おうかなとか思ってるし、マダミスは好きなシナリオGMとして自分で回すのが好きだし、エモクロアももっとやりたいし、人外好きだからガイアケアもやりたい。女の子PC作ることが少ないかネクロニカとかもやってみたい。もちろん、CoCは6版の有名シいっぱい回りたいし、7版の方が肌に合うので7版のシナリオ開拓したい。

こんなに好きなのに、興味あるのに、冷笑してしまう。

修羅になってしまった嫌悪感は恐ろしいな。7月以降は具体的に日程が決まってる卓はないから、今日程調整してるシナリオ以外は入れたくない。けど、KP依頼されてるし入れることになるんだろうね。はぁ、やだやだ。

結婚とかのタイミングですぱっとやめたい。寿引退彼氏と「結婚したらPC置く場所悩むね!」なんて笑ってたけど、たぶん私はやめるから気にしなくて大丈夫だよ。

クルーバー・ビューシー症候群では、脳の抑制機能が弱くなることで、

性行動のコントロールがきかなくなる(性的抑制)ことがあります

これは単に「性欲が強くなる」というよりも、

相手や状況を考えずに行動してしま

社会的ルール距離感がわからなくなる

不適切な場面でも性的な行動や発言が出る

といった形で現れることが多いです。

背景には、感情や恐怖、衝動コントロールしている

扁桃体

側頭葉障害があります

ただし重要なのは、これは本人の意思性格問題ではなく、脳の機能障害によるものだという点です。

そのため、治療ケア対象になります環境調整や薬物療法など)。

クルーバー・ビューシー症候群は「これで完全に治る」という特効薬があるタイプではなく、原因と症状に合わせてコントロールしていく治療になります

🧠 ① 原因の治療

まずは原因そのもの対処します。

脳炎(例:ヘルペス)→ 抗ウイルス

脳腫瘍 → 手術・放射線

外傷後 → リハビリ

ここが改善すると、症状も軽くなることがあります

💊 ② 薬物療法(症状のコントロール

性的抑制衝動性に対して使われることがあります

抗てんかん薬衝動を抑える)

抗うつ薬SSRI)(衝動性・性欲の過剰を抑える)

抗精神病薬(行動のコントロール

個人差が大きく、医師が慎重に調整します。

🏠 ③ 環境調整・行動管理

実はこれがかなり重要です。

刺激を減らす(過度な視覚性的刺激を避ける)

周囲の人が行動を見守る

危険トラブルを防ぐためのルール作り

🧩 ④ リハビリケア

作業療法行動療法

社会的ルールの再学習

家族へのサポート教育

💡 ポイント

症状は「性格」ではなく脳の損傷によるもの

完全に元通りにするのは難しい場合もある

ただし適切な治療環境でかなり落ち着くこともある

2026-04-24

映画】MERCY マーシー AI裁判 を見た

大雑把search/サーチ2やないかい!61点。

 

トランプ政権のせいで治安死ぬほど悪化して司法あっぷあっぷになってしまった近未来アメリカはついに裁判AIに任せることに。それから2年後、18件のAI裁判が執り行われ犯罪率は65%抑制され大成功。そんなある日、主人公クリス・プラットが目が覚めるとなんとAI裁判所の椅子に拘束されていた。90分で自分有罪確率を80%まで下げないとその場で死刑されるこのマーシー制度。妻殺しの罪に問われたクリプラAI検事による真相究明が始まる。

みたいな感じの話。

 

クリプラ主演の時点で違うだろうとは思いつつ、まぁなんか昨今のAIによる情報侵略による私刑へのニヒリズム的な作品かなーってちょっと思って見てたんだけど普通の雑に作られたハリウッドエンタメ映画だった。

設定自体ちょっと面白くて、未来なのでほとんどのデジタル機器AI接続されているのでAI裁判中はAI検事権限によって他人デバイス情報SNSなどが見放題になる。またAI検事権力デバイス通話をかけ証言させることができる。そこからその犯行当時や前後情報を拾い上げて犯行の全貌を絞り込んでいくことができる。また無実自体証明する必要はなくて有罪である合理的判断できる割合を80%まで下げればとりあえずの死刑は免れる。

なので、クリプラAI検事と協力しながら様々なデバイスSNS情報を拾い上げ相棒警官に連絡を取りながら捜査も並行で進めつつ犯人の絞り込みを行っていく。という、ミステリ仕立てになっている。

ただ、このミステリ自体めっちゃ弱くて。

クリプラが疑われたのは当日にクリプラの嫁がクリプラの酒を勝手に捨てたことにブチ切れて家を襲撃したから。犯人は週末のBBQに遊びに来てそこで帰ったふりをして家の中に潜んでいたので当日に家に外部から侵入した形跡がなかったのだ!

クリプラ第一容疑者としてマーシー制度にかけられるようにするの偶然に頼りすぎじゃない?

たまたま2日後にクリプラがブチ切れてたからよかったけど、ず~っとなんかいい感じのタイミングないな~ってなってたら1週間とか2週間とか潜伏してたんだろうか。そしてその間ずっと仕事休んでたんだろうか。う~ん、そんなわけなくない?

で、途中から妻の会社薬品が盗まれいたことがメインになり、その犯人が盗んだ薬剤で超巨大爆弾を作っていたことが発覚し、その犯人が実はクリプラマーシー制度最初にぶち込んで死刑にした犯人兄弟だったことが発覚し、これは俺への復讐だったんだ!彼は俺を罠にハメ、娘を誘拐してAI裁判所にトラック爆弾で突っ込もうとしている!となる。

え、ネットワーク上の情報を利用して証拠を探して逆転裁判ごっこする話じゃないのこれ?

で、ド派手なカーチェイスやって結局トラック裁判所に突っ込んできて、クリス犯人はご対面。クリスAI検事と協力して犯人を油断させ肉弾戦で取り押さえ制圧しか真犯人が主張する通り、マーシー制度にかけられた彼の兄弟警察によって証拠改竄されていたのだった!ということが分かって終了。

で、結局、マーシー制度死刑にされた犯人兄弟はやってたの?やってなかったの?作中のAI検事風に言うなら「警察証拠隠滅したこと事実だとしてそれは彼の兄弟犯行を犯していない決定的な証拠にはなり得ません」ってことだと思うんだけど。気になるわぁ。

 

面白いと思った制度面もよくよく考えたらどうなんって話で。

AI検事もなんかめっちゃクリスに肩入れして助言とかケア労働してくるし、なんか絶妙に表情豊かでどんな設計されてるねんって感じだし、あらゆる情報アクセスできても90分は明らかに短すぎるし、なんかすぐ都合良く「その端末は接続されていません」って言い出すし、クリスに有利な証拠が出てくるとなんかすぐ調子悪くなるし、そもそも2年で18件しか処理されてないのに犯罪率そんな下がるか?って思うし、死刑第一号も「犯行当時、兄弟電話で話していたが、その電話警察隠滅された」ことで死刑になったんだけど当然容疑者はそれを証言したはずだし、そうなったら電話がなくても兄弟にその確認をしてその兄弟携帯からその証明可能だったはずだし。

ちゃんと考えて脚本書いた?って感じ。

デバイスSNSをハックして断片を繋ぎ合わせて大きな真相を明らかにする。そしてカメラ付き連絡機を使って外部の協力者と連絡を取り合って捜査を指示するっていうのはこないだ見たサーチ2とほぼ同設定だったけど、こっちはAIによる強制開示って言うより強く情報を集められる設定なのに話はよりスカスカなのはイカンともしがたい。

後、19件目にして初の死刑執行になったわけだけど、周囲の人間デバイスSNSも見放題チャンネルの後に開放するのってプライバシー的にどうなんだ。俺だったら警察連携して自分無罪な決定的な証拠を隠匿して逮捕されて90分間で関係者SNSサイトをハックしまくって情報たんまりとって無罪を勝ち取るビジネスを立ち上げる。

そんなことも想定されてなかったん?

 

まぁ、そんな感じかな。

クリプラ主演のお気楽SFミステリアクションと考えれば何も考えずにふーん面白かったぁで済ますこともできると思うんだけど、こんなに面白そうな設定を作っといてやることがそれっていうのはやや肩透かし感はぬぐえないかな。まぁ、90分時間潰せる映画見たい人には十二分にオススメAI裁判!という言葉に過剰な期待をしてしまいそうな人は覚悟して見るように。

2026-04-23

資産4000万、育休明け退職はありかなしか

アラフォー子供3人。今3人目の育休中なんだけど、会社に復帰せずに退職するか迷ってる。

元々、3人目が産まれてもできるだけすぐ復帰するつもりでいた。

しかし、3人目の育休中に一番上の子不登校になり、というか一応学校には行っているのだけど私の付き添いが必須、という状態になっている。

今はとりあえず育休中で家にいるからなんとかなっているけど、復職して会社に行くようになると上の子対応はできない(というかそもそもの子を1人で留守番させて会社に行けない。)

これがいつまで続くかわからないけど、こんな感じなら育休明けでそのまま退職もありなのかな、と最近は思えてきた。

待ってくれている会社には申し訳ないけど、仕方ない。

貯金を整理してみたら、金融資産貯金投資信託)が子供名義含め4000万円くらいある。住宅ローンも終わっている。(実家の援助が大きい、ありがたい)

会社に復帰した場合時短なので年収250万円くらい。社会保険恩恵は捨てがたいけど、子供ケアとかが犠牲になることを考えると、夫の収入もあるのだしそこまで無理して復帰しなくても…?とも思う。

元々会社勤めと並行してフリーランス仕事もしていて、その収入も多少はあるから別に会社員に戻らなくてもフリー仕事をすればいいのではないか

ただ、一度退職たらこの先ほぼ正社員にはなれないだろうし、今の会社は色々と融通を利かせてくれるから、もう少し辞めない方向を探るべきなのか…?

辞めるならいわゆる給付金だけもらって育休明け退職ということになり、もやもやする気持ちもあるけれど、同時に不登校離職でもあり、それなりに頑張って働いてきたつもりだけどとうとう壁にぶち当たってしまったな…という感じがする。

散々言われていることだけど、やっぱり子供を産んで働き続けることのハードルが高い。

味の素説明会の予約で女性を不当に差別してるってマジ?

なんかXの発端のポスト見れないんだけど、口封じされたのかなあ

女性差別絶対に許されないから、真相を追及しないとな

まさか女性が嘘をつくなんてあり得ないもんな

女性の言うことにはまず寄り添い!これがケアの基本ね

2026-04-22

フーコー的生権力としての「性自認

トランスジェンダーイデオロギーは、生物学的性(sex)を「社会的構築物」と位置づけ、個人性自認gender identity)を内面的な真理として絶対視する考え方であるクィア理論脱構築的枠組みを基盤にしつつ、より実践的・政策指向が強い点が特徴だ。一方、ダイバーシティエクイティインクルージョン(DEI)活動は、これを「多様性」の象徴として企業学校行政に浸透させ、異論を「トランスフォビア」として抑圧する仕組みを提供している。

ミシェル・フーコー理論特に権力(biopower)と医療化medicalization)の観点から見ると、このイデオロギー皮肉にも「解放」の名の下に新たな権力装置として機能している。フーコーは『性の歴史』で、近代権力が性や逸脱を「種(species)」として分類・内在化し、医学心理学を通じて主体生産管理すると分析した。トランスジェンダーイデオロギーは、まさにこのメカニズムを逆手に取り、性自認を新しい「内面的真理」として生産し、生(身体・発達・安全)を再管理している。

性自認の真理生産と生権力の再配置

トランスジェンダーイデオロギーは、性自認を「本人が知る絶対的な内面」として位置づけ、生物学現実性的二形性、ホルモン影響、筋骨格差)を「抑圧的な構築物」と退ける。これにより、新たな規範の再配置が生まれる。女性専用スペース(刑務所トイレ更衣室、スポーツ)の境界曖昧化され、性自認優先の政策が推進された。

英国刑務所では、2025年3月時点でトランスジェンダー囚人が339人(前年比15%増)と急増し、トランス女性(出生時男性)の性的犯罪歴率が極めて高いデータ過去に示されている。女性囚人全体の性犯罪率が約3.3%であるのに対し、トランス女性では男性型のパターンが維持される傾向が観察された。これは、フーコーが言う生権力典型——生物学的性の古い規範解体たかに見せかけつつ、性自認という新しい分類基準身体安全を再管理する装置だ。結果、生物学女性安全権が再配分され、脆弱層への被害転嫁を招いている。

スポーツ分野でも同様の再配置が見られた。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重が優先された結果、身体的優位性による不公平女性アスリート安全問題が深刻化した。イデオロギーが「包括性」を掲げながら、実際には生物学現実無視した生の最適化を試みた末の修正である

医療化の逆説——「非医療化」の名の下の新たな管理

トランスジェンダーイデオロギー医療であるgender-affirming care(性自認肯定ケア)は、思春期ブロッカークロスセックスホルモン積極的に推奨してきた。しかし、英国のCass Review2024年最終報告)は、関連エビデンスの質が「極めて弱い」と結論づけ、長期的な精神衛生改善効果安全性に強い疑義を呈した。思春期抑制剤の使用原則として臨床試験限定され、包括的心理社会的支援へのシフトが推奨された。

フーコー医療化理論から見れば、これは非医療化仮面かぶった新たな医療化であるDSM-5やICD-11性同一性障害病理表現が緩和された「反医療化」は、一見解放的に見えるが、実際には性自認を新しい「真理の内面」として医療教育管轄下に置いた。フーコーが指摘したように、権力病理化だけでなく脱病理化によっても主体生産する。軽度の苦痛は「多様性」として肯定され、重い併存疾患(自閉症スペクトラム不安うつなど)や社会的影響(Rapid-Onset Gender Dysphoriaで指摘されるピアインフルエンスやソーシャルメディア役割)は十分に検討されにくい構造が生まれた。

結果、若年層の急増現象社会感染的な側面を持つ可能性が指摘される一方、イデオロギーはこれを「自然発見」として扱い、慎重な鑑別診断を遅らせる。フーコー的に言えば、これは生権力生産性——個人の「生」を性自認という枠組みで最適化管理しようとする試みだ。

DEI活動役割——言説統制と規範強制

ダイバーシティ活動は、トランスジェンダーイデオロギーを「インクルージョン」の象徴として組織に浸透させた。しかし、これは真の多様性ではなく、新たな単一規範強制として機能している。異論(Cass Reviewのような科学的慎重論や生物学現実の指摘)は「ヘイト」として排除され、言論空間が萎縮する。フーコーの「言説の秩序」論で言えば、特定の真理(性自認絶対性)が制度的に優位化され、他の知識進化生物学発達心理学犯罪パターン性差研究)が周辺化されるプロセスだ。

DEIは「多様性」を掲げながら、生物学女性の権利、親の関与権、科学エビデンスに基づく慎重さを犠牲にする矛盾を抱えている。これは、クィア理論脱構築とは異なり、実務レベルでの生の直接管理(人事方針教育カリキュラム医療ガイドラインへの介入)として現れる側面である

フーコー批判——権力螺旋と遅延効果の欠如

フーコーは、抵抗のものが新たな権力装置を生む「権力螺旋」を繰り返し指摘した。トランスジェンダーイデオロギーとDEIは、まさにこの螺旋に巻き込まれている。生物学規範の抑圧を批判するはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体・発達・安全を再分類・管理する生権力として機能してしまった。

真に人間らしい多様性とは、生物学現実直視しつつ、苦痛を抱える個人への共感的な支援科学的に行うことである

イデオロギーが「肯定排除か」の二元論矮小化する限り、社会コストは増大する。2024-2026年国際的修正(Cass Review後の欧州シフトIOC生物学女性限定方針)は、現実がこの生権力限界を突きつけ始めた証左と言える。

成熟した社会は、フーコー物差しで自らの権力装置不断批判し、イデオロギーではなく害の度合いとエビデンスに基づくバランスを求めるべきだ。様々な性自認を抱える個人尊厳尊重しつつ、女性子供保護科学的慎重さを犠牲にしない——それが、本来ダイバーシティ意味だろう。

クィア理論皮肉フーコー視点から批判

クィア理論は、ジュディス・バトラーイヴ・コソフスキーセジウィックらによって展開された、異性愛中心主義ヘテロノーマティヴィティ)を脱構築する試みとして登場した。規範を「行為の反復」として相対化し、ジェンダーセクシャリティを流動的なパフォーマンスとして再定義することで、抑圧から解放を目指したはずであるしかし、21世紀に入りこの理論制度化・政策化される過程で、皮肉にも新たな規範の再配置と生権力装置として機能し始めた。ミシェル・フーコーが『性の歴史』や『監獄誕生』で分析したように、権力は単に抑圧するのではなく、知識・言説を通じて主体生産・分類・管理する。クィア理論は、旧来の生物学的性規範批判しながら、自ら新しい「正常/異常」の線引きを導入し、人間本性を再定義し、さらには一部の逸脱者を「脱人間化」するプロセスを促進している。

新たなジェンダー規範の再配置:性自認優先の制度

代表的な事例が、女性専用スペースの「解放政策である英国では、性自認を重視した刑務所配置方針が長年続けられた結果、生物学男性でありながら女性として認識されるトランス女性囚人割合が急増した。2025年3月31日時点で、イングランドウェールズ刑務所には339人のトランスジェンダー囚人確認されており、前年比15%増という急拡大を見せている。過去公式データでは、こうしたトランス女性(出生時男性)のうち、性的犯罪歴を持つ者の割合が58.9%〜62%に達し、生物学女性囚人(3.3%)や男性全体(約17%)と比較して極めて高い男性犯罪パターンを維持していることが明らかになった。

同様の再配置はスポーツ分野にも及ぶ。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重した参加が認められてきた結果、生物学男性身体的優位性による不公平が深刻化し、女性アスリート安全競技の公正が脅かされる事例が相次いだ。トイレ更衣室、温泉などの日常空間でも、性自認優先の通知や条例が導入され、生物学的性の境界曖昧化された。

これらは、クィア理論が唱える「規範撹乱」ではなく、新しい規範の再配置である生物学的性を「社会的構築物」と位置づけ、性自認を優先する言説は、フーコーのいう生権力として、身体と生を新たな基準管理する装置となった。旧来のheteronormativityを批判しながら、性自認という内面的真理を「知識権力」の対象に据え、人口を分類・最適化する——まさにフーコーが警告した、権力が「生」を対象化するメカニズムだ。

人間本性の再定義流動性 vs 生物学現実

クィア理論は、人間本性を「本質的」なものではなく、パフォーマティブに構築されるものとして再定義した。これにより、ジェンダー・ディスフォリアを抱える若者への「アファーマティブケア」(性自認肯定医療)が推進された。しかし、英国カスレビュー2024年最終報告)やその後の追跡調査では、思春期抑制剤やクロスセックスホルモン治療エビデンスが「極めて弱い」ことが指摘され、長期的な精神衛生身体的影響(骨密度低下、認知発達への懸念)が懸念されている。2025年以降、イングランドでは思春期ブロック剤の使用原則禁止され、ホリスティック包括的)な心理社会的支援シフトする動きが加速した。

この再定義は、フーコー医療理論を逆手に取ったものだ。19世紀同性愛が「逆性的感覚」という医学カテゴリとして生産されたように、クィア理論性自認を新しい「内面的真理」として医療教育法制度の対象に据えた。結果、生物学現実進化的に形成された性的二形性や犯罪パターン性差)を「抑圧」と位置づけ、流動性強制する新しい規範を生み出した。

ここで特に問題なのは、こうした人間本性の再定義社会契約民主的プロセスほとんど経ずに急速に制度化された点であるホッブズルソーが描いた社会契約は、個人の加害性や自由限界相互に認め、合意に基づく規範を構築する仕組みである民主的プロセス議会審議、科学レビュー国民合意形成公衆討議)は、これを支える現実的な装置だ。しかし、クィア理論の影響下で性自認優先政策アカデミアや一部の運動から行政法制度へ波及した過程では、こうしたプロセスが大幅にバイパスされた。生物学現実潜在的加害性の検討が十分に行われないまま、政策が「進歩的トレンドとして導入された事例は枚挙にいとまがない。

社会契約民主的プロセスは、一種の「遅延効果」を持つと見るべきだ。思想トレンドの変化が熱狂的に進行する中で、即時的な制度反映を「遅らせる」安全装置。審議の時間科学エビデンスの蓄積、利害関係者の声の反映——これらがなければ、流動的な人間像の再定義現実の害(身体的・心理的・社会的コスト)を十分に考慮せずに固定化されてしまう。クィア理論脱構築を掲げながら、この遅延効果を「抑圧の装置」と位置づけ、民主的チェックを弱めながら生権力を再配置した。

医療基準改定による「非医療化」の逆説——フーコー医療理論適用

ここで注目すべきは、医療基準自体改定による「非医療化」が、フーコー医療理論でこそ最も鮮やかに説明できる点であるDSM-5(2013年)では「Gender Identity Disorder(性同一性障害)」を「Gender Dysphoria(性別違和)」に改称し、アイデンティティのもの病理化する表現廃止した。ICD-112019年)では「Gender Incongruence(性別不一致)」を精神疾患から性的健康関連条件」章へ移動させ、精神疾患としての分類を正式に解除した。これらは一見クィア理論が推進した「反医療化」の勝利のように見える。

しかし、フーコー医療理論から見れば、これは非医療化の名の下に行われる新たな医療化・生権力の再配置にほかならない。フーコーは、権力が「病理化」だけでなく「脱病理化」によっても主体生産管理することを繰り返し指摘した。旧来の病理化(行為を「種」として内在化し、管理対象とする)を批判するように見せかけつつ、「合意と害の不在」という新しい基準で逸脱を再分類する。適合する軽度の逸脱(規範撹乱的な多様性)は「正常な多様性」として保護特権化され、適合しない重い衝動(非同意暴力要素の強いパラフリック障害)は、より強く「ただの犯罪」として切り捨てられる。これにより、クィア理論は反医療化を装いつつ、性自認を新しい内面的真理として医療制度的介入の対象に据え、人口の生を再最適化する装置を構築した。まさにフーコーが警告した「権力生産性」の典型である

犯罪者の脱人間プロセス二重基準階層

さらに深刻なのは、逸脱の「軽重」による選別が、犯罪者の脱人間化を促進している点だ。合意ベースの軽度パラフィリアや規範撹乱的な表現は、クィア理論によって「多様性」として保護特権化される。一方、非同意暴力要素の強い性的衝動(パラフリック障害)は、「ただの犯罪」として切り捨てられ、道徳的社会的に脱人間化される。DSM-5がパラフィリア自体を非病理化しつつ、害を伴うもの障害とする区別を設けたのも、この二重基準制度化した例である

フーコー的に見れば、これは生権力典型的な逆説だ。クィア理論は「反医療化」を掲げて旧来の病理化を批判したが、結果として新たな分類装置を構築した。「クィアであること」が文化的道徳的資本となり、十分に「クィア」でない逸脱者(重い反社会性+性的衝動の複合型)は、規範の外側に排除される。犯罪者は「宿命的な怪物」としてではなく、社会管理すべき生として扱われるべきなのに、理論は「軽い逸脱」の保護と「重い逸脱」の脱人間化を同時に推進する二重基準を生んだ。これにより、管理される自由自発的衝動抑制治療や専用環境選択肢)は十分に整備されず、宿命的な渇望を持つ人々をさら孤立させる。

フーコー批判——権力螺旋に巻き込まれ抵抗

フーコーは、権力は「抑圧」ではなく「生産」であり、抵抗のものが新たな権力装置を生むと繰り返し指摘した。クィア理論はまさにこの螺旋に巻き込まれた。規範脱構築しようとしたはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体と生を再管理する生権力として機能している。人間本性を流動的に再定義した結果、生物学現実や加害性の潜在性を直視する機会を失い、脆弱層(生物学女性子供)の安全権を再配分する事態を招いた。

社会契約民主的プロセスという「遅延効果」を欠いた再定義は、こうした生権力の再配置を加速させた。人間らしい社会とは、逸脱の宿命を認めつつ、害の度合いに基づく透明な線引きと、加害衝動者への「選択肢」(任意医療的介入や構造化された環境)を拡大する社会であるフーコー物差しで測れば、クィア理論実践規範の単なる置き換えに過ぎない。脱構築の名の下に生まれた新たな抑圧を避ける——それが、今求められる成熟した視点だろう。

2026-04-21

社会的弱者あなたへ、助けたくなる弱者の演じ方

これから書くのは過去の記録であり、社会的弱者が生き延びる術の話でもあり、私が唯一母から受け取った「知恵」でもある。

私はヤングケアラーだったので、特に幼い頃は母についての記憶ほぼほぼ「面倒をみてあげた記憶」だが、この知識についてばかりは本当に母に感謝をしている。

私が高校卒業すると同時に、母と妹と私は父と暮らした家を出た。殆ど昼逃げだった。

たぶん辛すぎる出来事から私の記憶には残っていないのだろう(解離、という症状だ)、母と妹の証言によると、昼逃げ前の父は本当に暴力的だったらしい。誰かに監視されている、食べるものには全て毒が入っていると言っていたのは覚えている。

ちょうど父の経営する会社経済状況が厳しい時期だったのはある。父にも、父にしかからないストレスがあって、追い詰められていたのだろう。

さて、親子三人の暮らしはとにかく貧しかった。

母は新卒からそこそこで結婚殆ど専業主婦として過ごしたし、何より持病の精神疾患があるので働き方を選ぶしかない。

月に十万円ほどの収入子育てをしながら暮らすのはほぼ不可能に近く、私と妹は安価食材お腹いっぱい食べられたが、母は食べないことが多く、どんどんやつれていった。

ある日のことだ。

役所に行くから着いてきなさい。なるべく季節に合わない服を着て、無気力な顔をして後ろに座ってなさい」

母はそう指示を飛ばし六月のじめじめした陽気の中、私たちは長袖のシャツカーディガン羽織って役所に行ったのだ。

「夫に何をされるかわからない。住所を突き止めて訪ねてきました」

母は小さな声で職員の目を見ずに話した。

普段のふてぶてしい母から想像もつかないくらい弱々しい声で。

いつも華やかな化粧を施す母はすっぴんで、前日は風呂にも入っていなかった。

ちなみに供述事実である玄関先に私が残していったゲーム機と私の好きな映画DVDを、テレビもない家に置いて行った。

「食べるのにも苦労しています。娘たちを育て上げられるかわからない。生き抜くために奨学金は取らせていますが、娘たちの将来の負債になる。満額取らせたらかわいそうなんです。アルバイトもさせて、自分たち必要お金は出させてます。でも上の娘(私)は身体も弱く、限界があります

これは余談だが、私の取った奨学金は月五万円。全て母の貯金になっている。母はそういう女でもあった。私は「その五万円を食費に充てたらいいのに」とは思っていた。なお全額(身体が弱くて稼ぎが安定しない)私が返還している。

そういう女であるからして私は母を好きになれない。

「せめて娘たちにはお腹いっぱい食べさせてあげたい。たまにはお肉も食べさせてあげたいです。卵ともやしで生きてます

これは本当だ。

働く母と受験生の妹、私が全て買い出しに行き、全て料理していた。

肉なんてマジで食卓に登らず、外食もなかった。

母は泣いていた。さめざめと。

痩せた方を震わせ、職員若者からティッシュをもらっていた。

私と妹はぼんやり無気力に母を見ていた。たまに膝とかを見ていた。爪とかも。

「僕が責任を持って何とかします。食糧支援が出来るはずです。近日中にお送りします」

若者は頼もしくそう言って、母は泣きながら何度も頭を下げていた。

私たちも母を見習いさな声でお礼を言って何度も頭を下げた。

さて役所を出る。

母は唐突に親指で涙をクッと拭った。

「こうやって泣けよ」

母はそういつものトーンで言い、バスで自宅へと帰ったのだった。

それから十数年が経過する。

私は紆余曲折の末父の家に帰り、結婚して家を出、しかし当時の夫から暴力を受けて実家に帰り、父の会社アルバイトをし、しかし毎秒父と顔を合わせている生活の中で父から暴力を受け始めて月収六万+障害年金七万という超低収入実家を出た。

母と暮らすという選択肢はなかった。

母は母で私に自殺教唆をするのを趣味にしているからだ。私の持ち物を突然断捨離するのも趣味ひとつだ。だから私は父の家に帰ったのだが。

すんごい物件に住んでいた。

築六十年近いオンボロマンションで、家賃は安いが、天井から漏れがすごく、しか暴力には怯えずに住んだ。

正直、何で今でも生き延びられているのかわからない。そのくらい貧しい生活をしていた。

その中で私は、社会福祉協議会(低所得者層向けの支援団体)に赴いていたのである

十一月の寒い日、着続けて二日の半袖のTシャツジャージを着て、前日の風呂を抜いた。

指紋だらけの眼鏡をかけて、すっぴんで。

お金が無くて。病院にも行かれなくて」

当時私は体に腫瘤ができ、切除の必要があった。

高額医療費制度はあっても、その金すら出せない。

家賃を除いて月の生活費は大凡八万円。しかも私は持病が多い。本当に、何でまだ生きているのかわからない。

とにかく、その金を借りる必要があった。金がないと生きていかれない。私には稼ぐ能力が無い。

「誰も助けてくれません。両親は離婚していて、父も母も私に暴力を振るうし、お金のある男性結婚する道もありません。私は過去に当時の夫から暴力を受けて何度も殺されかけてます。男の人そのものが怖いです」

私は平時、異常なくらい人の目を見て腹から声を出して喋るタイプ病人だが、そのときばかりは「あのとき」の母を真似た。

供述は全て本当のことだ。繰り返しになるが、何でまだ生きているのか本当にわからない。悪運が強すぎるだろ。

「助けてください」

私はさめざめと泣いた。

脳裏にはあの時の母の様子がまざまざと浮かんでいた。

結論、貸付を受けられた。

高額医療費制度のおかげで貸付を必要とする金額は少額だったし、事情事情だったし──

何より、「助けたくなる弱者」の姿をしていた。

弱者支援を受けるには、本人の気質意向がどうであれ、「助けたくなる弱者」の属性を装わなければいけない。

そうでないと水際対策で追い返されるからだ。

これをなぜ匿名で書いているかって、ここまで追い詰められた人間に対してもその深刻さがわからず「不正受給だ」「俺たちだって苦しいのに」という輩も多いからだ。

違う。これは不正受給ではない。

あなたたちが苦しいのだって事実だろう。

しかしそれはあなたたちより立場の弱い人間に言うべき言葉ではなく、国にぶつけるべき言葉だ。

勿論中には不正受給をしたがる人もいるだろう。

そういう人は責められて然るべきだが、そういう人たちのせいで本当に助けを必要としている人にまで支援の手が届かないのは絶対に間違っている。

あれからどれほどだったかは誤魔化させてもらう。

しかし私は現在、何とかかんとか自分にも出来る仕事を探し当て、お化け屋敷みたいなマンションから抜け出して、細々と暮らせている。

あのとき貸し付けてもらった社会福祉協議会からお金を返しながら、ひとりで。

2026-04-20

メリットが失われ、個人の魅力と感情だけになった結婚

昔と現代では、結婚経済的メリットは「社会保障恩恵」や「家族役割」という観点から大きく変化しています

1. 社会保障制度と「既婚女性」のメリットの変化

かつての日本では、女性にとって結婚は非常に大きな経済的メリットがありました。

2. 住宅ローンリスクヘッジの仕組み

家族を守るための経済的セーフティネットの形も変化しています

3. 社会的地位キャリアへの影響

結婚個人経済活動キャリアに与える影響も、男女ともに変容しています

4. 家事の「外注化」と独身生活の維持コスト

生活を維持するためのコスト感覚も、テクノロジー進化で変わりました。

結論

総じて、かつての結婚生活保障社会的信用を得るための経済的合理的決断としての側面が強かったと言えますしか現代では、そうした経済的メリットが薄れた結果、結婚動機は「好きだから一緒にいたい」という感情面や個人の魅力に集約されるようになり、不合理な経済的負担も「相手への愛情」次第で耐えるものへと変化しています

2026-04-19

anond:20260419123831

産後メンタルケアマタニティブルーガルガル期の違い

産後ホルモンバランスの激変により、誰にでも精神的な不安定さが現れる可能性があります

1. 特徴比較
項目マタニティブルーガルガル期(通称
主な感情涙もろい、不安、落ち込みイライラ攻撃性、独占欲
心の向き内向的自分不安になる)外向적(周囲に怒りを感じる)
主な対象自分自身、将来への漠然とした不安夫、義父母、周囲の人間
発生時期産後3〜10日がピーク(一過性産後すぐ〜数ヶ月(個人差大)
医学定義広く認められた一時的生理反応俗称本能的な警戒状態を指す)
2. マタニティブルーへの向き合い方
3. ガルガル期への向き合い方
4. 専門家への相談目安(産後うつのサイン

以下の状態が2週間以上続く場合は、産婦人科心療内科保健師への相談を推奨します。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん