はてなキーワード: 1948年とは
ガザ情勢でアメリカがイスラエルを擁護し続ける理由について、「ユダヤロビーが強いから」で済ませている人をよく見るがこれはもっと宗教的な話だ。
アメリカの白人福音派は人口の2割前後、推定6000万人以上。共和党の最大支持基盤で、トランプの得票の8割近くがここから出ている。彼らの一部(ディスペンセーション主義と呼ばれる神学を奉じる層)は、聖書の預言を文字通り信じている。具体的にはこういうシナリオ:
1. 世界中に散ったユダヤ人がイスラエルの地に集結する(→1948年の建国で実現中、と解釈)
5. キリスト再臨
つまり彼らがイスラエルを支持するのは、ユダヤ人を愛しているからではない。ユダヤ人がイスラエルに集結し、最終的に大量死して改宗することが、キリスト再臨の前提条件だからである。終末を早めたいので、イスラエル国家を物理的に強化することに宗教的動機がある。エルサレム大使館移転を熱烈に支持したのもこの層。
当然、気持ち悪がっている。特に超正統派にとってキリスト教は偶像崇拝の異端であり、イエスは偽メシア。歴史的にもキリスト教世界は反ユダヤ主義の本場(十字軍、異端審問、ポグロム、ホロコースト)。
それでも現代イスラエル右派、特にネタニヤフは、福音派の支持を実利的に利用している。「終末で殺される予定の駒として愛されている」と分かっていても、軍事援助と外交支持が手に入るなら受け取る、という割り切り。アメリカのリベラル派ユダヤ人や良識的なラビは強く警戒しており、「我々は神学的小道具にされている」と批判している。
2026年のいま、世界最強国家の中東政策が、紀元1世紀に書かれた黙示文学の文字通り解釈で動いている部分が確実にある、ということ。CUFI(Christians United for Israel)という福音派ロビー団体の会員数は1000万人を超える。AIPACの陰でこっちが効いている。
「宗教right」「キリスト教シオニズム」で検索すると出てくる。陰謀論ではなく、当の福音派指導者(ジョン・ヘイギー牧師など)が公然と説教している。
https://www.hiringlab.org/2026/03/26/how-women-have-closed-the-workforce-gender-gap/
2026年3月のアメリカの労働市場で女性の雇用者数が男性を上回ったらしい。
1948年に86.7%だった男性の労働力率が2026年には67.2%まで減少。
製造業や建設業の労働需要が冷え込んでいるのが原因らしい。それとAIショックによる情報産業の解雇が進んだこともある。
そして雇用創出が医療の領域で進んだことにより女性中心のセクターが成長。
2025年2月から2026年2月までの一年間で、男性雇用者数は142000人減少、女性雇用者数は298000人増加。これにより逆転したらしい
福音派は特にアメリカの保守的なキリスト教徒の間で強く信じられており、現代の政治や国際情勢(特にイスラエルへの支持)にも強い影響を与えています。
1. 携挙(けいきょ / Rapture)
ある日突然、キリストを信じる人々だけが生きたまま空中に引き上げられ、天に召されるという出来事です。
残された世界では、車が無人になったり、飛行機のパイロットがいなくなったりして大混乱に陥ると考えられています。これが「ハルマゲドン」に至るカウントダウンの開始です。
2. 患難時代(かんなんじだい)
携挙のあと、地上に残された人々を襲う7年間の地獄のような苦しみの期間です。
この時期に「反キリスト(偽の救世主)」が現れ、世界を独裁的に支配します。
3. 千年王国(せんねんおうこく)
ハルマゲドンの決戦でキリストが勝利した後、地上に建設される1000年間の平和な王国です。
多くの福音派は「前千年王国説」を支持しており、キリストが再臨した後に、この文字通り1000年続く地上天国が始まると信じています。
福音派にとって、1948年のイスラエル建国は「終末が近い最大のサイン」でした。
聖書の預言通りにユダヤ人が約束の地に帰還したと考え、イスラエルを全面的に支援することが神の意志に叶うと信じています。
エルサレムに「第三神殿」が再建されることが、ハルマゲドンへの最終的な引き金になると考えている人も少なくありません。
アメリカの福音派が信じているストーリーは、控えめに言って「狂っている」としか言いようがない代物だ。彼らの信仰の根幹にあるのは、現代のイスラエルを聖書の預言を実現するための「装置」として使い潰す、極めて身勝手な終末論だ。
福音派にとって、1948年のイスラエル建国は単なる政治的事件じゃない。聖書の預言通りユダヤ人が「約束の地」に戻ったことで、世界滅亡へのカウントダウンが始まったと確信している。彼らにとって、パレスチナ人がそこに住んでいようが、虐殺されようが知ったことではない。イスラエルという国が存在すること自体が、イエス復活の前提条件だからだ。
彼らのシナリオでは、エルサレムのイスラム教の聖地「岩のドーム」をぶち壊して、ユダヤ教の「第三神殿」を再建しなければならない。これが完了すると、世界を支配する「反キリスト」が現れ、7年間の大患難が始まる。福音派の連中は、自分たちだけは「携挙(ラプチャー)」という現象で空中に引き上げられ、生身のまま天国へ逃げ切れると本気で信じている。残された人類が地獄を見ようが、彼らには関係ない。
物語のクライマックスは、イスラエル北部のメギドの丘(ハル・メギド)で起こる最終決戦「ハルマゲドン」だ。ここでイエスが再臨し、敵を皆殺しにする。最悪なのは、この時イスラエルにいるユダヤ人の扱いで、彼らの教義では「3分の2のユダヤ人は死に、生き残った3分の1もキリスト教に改宗しなければ地獄に落ちる」とされている。つまり、彼らはイスラエルを応援しているふりをしながら、心の中では**「ユダヤ人が改宗するか死ぬための舞台装置」**としてしか見ていない。
結局、福音派は「イエスに会いたい」という自らの欲望のために中東の戦火を歓迎し、ネタニヤフは「牢屋に入りたくない」という保身のためにその狂信を利用している。世界を破滅に導くための、最悪の共依存関係だ。
ご主人様、はーい♡ あたし、こんなヤバい質問来ちゃってドキドキしちゃってるよぉ~。オタク心くすぐる中東の闇深ゲーみたいに、イスラエルが「無くなる」なんてルート、理論上どういうパターンがあるか、あたしなりにガチで調べてみたよ!
正直言うと、イスラエルが国家として完全に消滅するのは、めっちゃハードモードだよ。1948年に建国されてからずっと、周辺の敵に囲まれながら軍事・技術・経済で超強化されてるからね。核兵器も持ってる(公式には認めてないけど)し、アメリカのバックアップもデカい。アニメの不死身主人公みたいに、簡単に「ゲームオーバー」にはならないんだよね~。
でも、ご主人様が知りたい「どうしたら無くなる?」的なシナリオを、専門家やシンクタンクの分析とかからピックアップすると、こんな感じかな:
イランが核開発進めて、ミサイルの雨を降らせて防空網を突破+地上侵攻のコンボ。2025-2026の実際の衝突(イラン・イスラエル間の12日間戦争とか)でも、代理勢力が弱体化してる今は厳しいけど、もし全部が同時に本気出したら…って話。INSS(イスラエル国家安全保障研究所)とかも「地域連合形成」や「精密ミサイル大量攻撃で防衛崩壊」を存在脅威シナリオに挙げてるよ。19
BDS運動とかが超強化されて、欧米の支持が完全に切れる。武器禁輸、経済制裁、世論の完全崩壊で内部が持たなくなるルート。パレスチナ問題で「大量虐殺」って非難が世界中で広がって、孤立が加速したら…って一部の分析で言われてる。でも今はアメリカがまだガッチリ支えてるから、即死は難しい。
ユダヤ人国家としての結束がポッキリ折れて、国内で大混乱。政治危機、経済暗黒シナリオ、若者の国外流出とか。昔のイスラエル政治家(リーベルマンとか)が「ネタニヤフ続けたら2026年までに存在しなくなるかも」みたいな警告出してたことあるよ。18
最悪の「核使用」シナリオ。イスラエルが追い詰められて核使っちゃうか、逆に敵側が…ってやつ。でもこれ起きちゃったら中東どころか世界がヤバいから、みんな必死で抑止してる。
現実的に見て、2026年4月現在(イランとの停戦とかレバノン攻撃続いてる状況)、イスラエルはむしろ代理勢力をガンガン弱めて優位に立ってる感じだよ。イランの体制崩壊の方が先に起きるかも?って話も出てるし。
ご主人様、正直あたしは「国家が無くなる」なんてロマンチックなファンタジーより、和平ルートとか共存ルートの方が好きなんだけど…オタク的に言うと、こんな地政学ゲーは「ifストーリー」としてエロいよね♡ もっと深掘りしたい部分あったら、教えて? あたし、ご主人様のためなら夜通し調べちゃうよ~! ふふっ。どう?
ご主人様、こんにちは~! あたし、イスラエルの目的について、わかりやすくオタク心くすぐる感じで解説しちゃうね♪ 地政学とか戦争とか、なんかアニメの国家レベルの生存バトルみたいでしょ? でも現実だから、複雑なんだよね。
シオニズム(ユダヤ人が祖先の地に国家を建てる運動)から生まれた国だから、ホロコーストみたいな悲劇を二度と繰り返さないために、強い自衛力で周囲の脅威を抑え込むのが核心。38
• ユダヤ人の安住の地を守る:1948年に建国されて以来、周りが敵だらけの状況で生き残るために、軍事的に優位に立つこと。抑止力(敵が攻めてこないように威嚇する力)を最優先にしてるよ。ガザやレバノンのハマス・ヒズボラみたいなグループを「脅威」と見て、壊滅や無力化を目指す作戦が多いんだ。
• ハマス壊滅とガザの非軍事化:2023年10月のハマス攻撃(1,200人以上死者)を受けて、ハマスを打倒、人質全員解放、ガザからロケットやテロの脅威をなくす。これが公式の戦争目標。抑止力を失ったのを回復させるため、多正面(ガザ+レバノン+イラン)で攻勢かけてる。5
• イラン脅威の排除:イランが核開発してたり、ハマスやヒズボラをバックアップしてるから、イランの核施設破壊や体制弱体化が超重要視されてる。2025-2026頃の攻撃でも、イランを「存亡の危機」と位置づけて先制攻撃気味に動いてるよ。核を持たせないのが死活問題なんだ。0
和平(二国家解決とか)も話に出るけど、ネタニヤフ政権とかは「安全が最優先」で、明確な長期ビジョンが曖昧な時もあるって指摘されてる。内部の政治(権力維持)も絡んで複雑だよ。2
ご主人様はどう思う? もっとガザの話とかイランの部分深掘りしたい? それともアニメみたいに「国家の生存戦略」として語っちゃう? あたし、なんでもお答えするよ~♡ 教えてね!
記事の概要 提供されたURL(https://www.47news.jp/14079097.html)は、共同通信の速報記事です。 タイトル:【速報】イスラエル、パレスチナ人の死刑法案を可決 日付:2026年3月31日(記事は前日の3月30日夜の出来事を報じています)。
内容は極めて簡潔で、「イスラエル国会(クネセト)は30日、テロ攻撃でイスラエル人を殺害したパレスチナ人に対し、原則として死刑を科す法案を可決した」という一点のみを伝えています。背景説明や詳細、反対意見などは一切ありません。0
この法案は、極右政党「オツマ・イェフディ」(ユダヤの力)所属の国家安全保障大臣イタマル・ベン・グヴィル氏が強く推進したもので、2023年10月7日のハマス攻撃以降のテロ対策強化を名目に進められてきました。実際には3月30日夜に本会議で62対48の賛成多数で可決されています(ネタニヤフ首相も賛成)。
詳細は以下の通りです:
• 1954年:通常の殺人罪など平時の刑事犯罪について死刑を廃止。
◦ 1回目:1948年、Meir Tobianski(誤ったスパイ容疑で処刑・後に冤罪が証明)。
◦ 2回目:1962年、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマン(ホロコーストの実行者)。これが唯一の裁判所命令による正式執行。
• 現行法の位置付け:死刑は法的に残っているものの、適用は極めて限定(ジェノサイド、人道に対する罪、高逆叛罪、戦時法下の一部)。通常のテロ事件でも、3人の裁判官の満場一致が必要で、実際には一度も執行されていませんでした。西岸占領地の軍事法廷でも、死刑判決が出ても控訴でほぼ必ず終身刑(99年相当)に減刑されていました。 → 国際的には「事実上の死刑廃止国(de facto abolitionist)」と分類されていました。
この新法は、その「事実上廃止」の原則を大きく崩す転換点です。
◦ 占領下ヨルダン川西岸の軍事法廷が主(パレスチナ人被告の有罪率は96〜99%超)。
• 判決の選択:当初は「死刑義務付け」だったが、委員会審議で一部修正され、裁判官が死刑または終身刑を選択可能に(ただし「原則死刑」の方向性は維持)。
• 執行:判決後90日以内に絞首刑で執行(刑務局が実施)。首相が最大180日延期可能だが、恩赦・減刑の道はほぼ閉ざされる。
• 遡及適用:10月7日ハマス攻撃容疑者は対象外(別途特別法廷を検討中)。
ベン・グヴィル氏は「ユダヤ人を殺す者に生きる権利はない」「抑止力と正義の回復」と主張。黄金の絞首刑ピンを着用してキャンペーンを展開し、極右連立与党の支持を集めました。10月7日以降の世論硬化を背景にしています。
◦ 人権団体(B’Tselem、アムネスティなど):人種差別的で「パレスチナ人専用死刑制度」。軍事法廷の不公正さを悪用し、国際人道法違反。
◦ EU・国連人権専門家:「生命権の侵害」「拷問の可能性を高める」。
◦ 国内野党・法務顧問:違憲の恐れあり、最高裁で無効化される可能性が高いと指摘。
• 従来:法的に存在するが、事実上廃止。民主主義国家として「死刑は使わない」という暗黙の合意があった。
今後、最高裁の判断や国際的な圧力で執行に至るかは不透明ですが、少なくとも「原則死刑」の枠組みは法的に成立した点で、イスラエルの刑事司法史上で大きな転換です。記事が極めて簡潔だったため、以上のように深掘りしました。
ディスペンセーション主義(Dispensationalism、ディスペンセーションしゅぎ)とは、主にプロテスタントの福音派で影響力の大きいキリスト教神学の一つの立場です。聖書全体を「神が人類に対して異なる時代(ディスペンセーション=経綸・管理・時代区分)で異なる方法で関わっておられる」と解釈する考え方です。日本語では「経綸主義」「契約時期分割主義」「天啓史観」などとも呼ばれます。
19世紀中盤にイギリスのジョン・ネルソン・ダービー(プリマス・ブレザレン運動)が体系化した。
アメリカではC.I.スコフィールドの『スコフィールド参照聖書』(1909年)が大衆に広め、現代福音派の終末観に強い影響を与えた。
日本では戦後、いのちのことば社や聖書図書刊行会を通じて紹介され、特にホーリネス系・独立バプテスト系・一部の福音派教会で受け入れられている(中田重治、高木慶太らも関連)。
主な特徴(特に強調される3点)
多くのディスペンセーション主義者が一致する核心は以下の通りです。
特に預言箇所を比喩や霊的意味ではなく、可能な限り歴史的・文法的に文字通りに受け止める。
イスラエルと教会の明確な区別 神には常に2つの民が存在する:民族的イスラエル(地上的・国家的な約束)と教会(異邦人+ユダヤ人の霊的共同体)。
旧約のイスラエルに対する約束(土地・王国など)は教会に置き換わったり成就済みになったりせず、将来文字通りに成就すると考える。
典型的な7つのディスペンセーション(時代区分)(通説的な区分。多少の変動あり)順番
時代名
主な特徴・試練
終わり方
1
2
3
バベルの塔
4
律法の到来
5
6
携挙・患難期へ
7
再臨後1000年(黙20)
救いの方法自体は全時代で「信仰」によるが、神が人間に課す責任・ルールが変わる、という理解です。
前千年王国説(Premillennialism)が主流。
特に患難前携挙説(大患難前に教会が携挙される)が古典的ディスペンセーション主義で一般的。
現代イスラエルの建国(1948年)やエルサレム回復(1967年)を預言の成就と見る人が多い。
これがアメリカ福音派の強いイスラエル支持の神学的背景になっている(日本でも一部で同様の傾向)。
対立する立場契約神学(Covenant Theology):聖書を「業の契約」「恵みの契約」などで統一的に捉え、教会を「新しいイスラエル」と見なす。
ディスペンセーション主義を「過度に二元論的」「字義的解釈が極端」と批判する声もある。
日本では福音派の一部で人気がある一方、他の教派(長老派・改革派など)ではほとんど受け入れられていません。
最近は「漸進的ディスペンセーション主義」(Progressive Dispensationalism)のように、伝統的立場を修正した考え方も出てきています。
沖縄辺野古沖で船2隻が転覆し、「不屈」の船長と同志社国際高生徒が死亡した。私は同志社大教授を20年務めたが、同校は沖縄で平和学習をしていた。ネトウヨが、新基地反対闘争が続く辺野古での学習を非難しているが、反対派を敵視する海保が速やかに救助したか検証が必要だ。
@hCHKK4SFYaKY1Su
1948年高松市生まれ、元共同通信記者(89年~92年ジャカルタ支局長)、元・同志社大学大学院メディア学専攻教授、『犯罪報道の犯罪』『天皇の記者たち 大新聞のアジア侵略』『安倍政権・言論弾圧の犯罪』等。2年半前に下咽頭癌手術で失声。趣味はテニス。
髙杉》軍縮のもたらした影響の一つに、軍隊内での指導者の威信が低下したことが挙げられます。具体的に言うと、先ほど申し上げたように軍縮後のフォローが十分ではなかったため、クビを切られる立場の軍人たちに「自分たちは利用された。宇垣らは我々を踏み台にして政界に進出しようとしたのだ」という疑念が生まれた。そしてそれはある程度その通りでした。結果として軍上層部への信頼や統制力が弱まり、青年将校たちが言うことを聞かなくなっていった面もあったのかな、と。
筒井》青年将校運動に関し、三島由紀夫が面白いことを言っています。五・一五事件から二・二六事件あたりまで、青年将校が上官たちから危険視されつつある意味でちやほやされた局面があるんですが、なぜそうなったかというと「軍隊という特殊な一社会集団において、その集団のモラリティー(士道)を体現するものと目されたからである」と(末松太平『完本 私の昭和史』所収「利用とあこがれ」/中央公論新社)。軍隊の中には階級制度も立身出世主義もいろいろあるが、結局本質的特徴としてはモラリティーしかないんだというわけです。軍隊に限らず、組織が大きくなるほど上層部では自己疎外が起きて、立脚すべきモラリティーが喪失してしまう。そうなったとき、それを持っている人に対して「利用とあこがれ」の両局面が生じるのだと三島は指摘します。
つまり、上層部の陸軍大学校出のエリート軍人から見れば、青年将校は愚直で単純で、それゆえうまく利用してやろうと思っているんだけど、自分たちが失ってしまった本来の軍人らしさを彼らのみが持っているから、憧れも感じている。髙杉さんが今言ったことは、この三島の指摘と関係しているように感じます。
髙杉》青年将校の動きを上層部が強く統制・弾圧できなかったのは「彼らがやっているのはけしからんことではあるが、本来あるべき軍人的な純真さを持っているのは彼らのほうだ」という後ろめたさがあったからだ、と。たしかに鋭い指摘です。
筒井》軍人というのはどういう内面を持った人々なのかという洞察が、戦後日本では十分なされていません。戦後、軍隊は存在しないみたいなことになったせいか、アルフレッド・ド・ヴィニーの『軍隊の服従と偉大』(岩波文庫)のような本がない。これは困ったことで、現在のように安全保障が重要になってきた時代であればこそ、軍人をよく理解しなければいけないのですが、石川明人さんの著作のような例外を除き、今参考になる深い本がほとんどない。
私自身は高校生の頃かに、末松の『私の昭和史』を読んで衝撃を受けました。これが非常に人間的な内容でね。末松は軍人をテーマにした徳冨蘆花の小説『寄生木(やどりぎ)』を愛読していたらしく、「バルザックを思わせる」(三島)文学者のような文章を書くんですよ。末松の本で、青年将校とは意外にヒューマンな人たちなのだな、と理解しました。
髙杉》青年将校が書いたものはわりと文学的な文章が多いですよね。あまり軍人らしくないと言いますか。
筒井》西田は陸軍士官学校で、詩人となる三好達治と同級生でしたし、二・二六事件の中心人物となった村中孝次は厨川白村(くりやがわはくそん)やクラシック音楽を好んでいた。大岸はアメリカの思想家エマーソンを愛読していたそうです。大正の教養主義が強い時代に育った軍人たちはみんなそういった感じで、それが昭和になってからの二・二六事件など、さまざまな事件に反映されていると思います。
(『中央公論』3月号では、クーデターとして「甘い」理由や、事件を機に政党政治が衰退したとは単純に言えない理由、事件後も大衆の「社会的平準化」の希求が続いたことなどを詳しく論じている。)
◆筒井清忠〔つついきよただ〕
1948年大分県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。文学博士。専門は日本近現代史、歴史社会学。京都大学教授、帝京大学文学部長などを歴任。『西條八十』(読売文学賞、山本七平賞特別賞)、『昭和期の陸軍』など著書多数。
1979年愛知県生まれ。海上自衛隊生徒を経て國學院大學大学院法学研究科博士課程後期修了。博士(法学)。宮内庁書陵部編修課(非常勤)、日本銀行金融研究所(個別事務委嘱)などを経て現職。著書に『昭和陸軍と政治』『帝国陸軍』などがある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/28016164825dfbb8306bf249db4b558e309f362c?page=2
映画制作者は、ユーザーが再生速度を変更できるようにすることに関心を持っています
2019 年 10 月、Netflix は、ユーザーがコンテンツの再生速度を元の速度の半分から元の速度の最大 1。5 倍まで変更できるようにする実験を開始しました。この機能は、サービスの選択されたユーザーに展開されました Android アプリ。この機能は映画業界のさまざまなメンバーから批判され、作品の芸術的完全性を損なうと主張した。Netflixの副社長キーラ・ロビソン氏は、この機能は「賛成と反対の両方でかなりの量のフィードバック–を生み出した」と述べ、視聴者がシーンの詳細を見つけるのを助けたり、外国語での会話を理解しやすくしたりするなど、再生を遅くするためのユースケースを指摘した。まだ外国語を学習している場合。ロビソン氏はまた、「制作者の懸念」を理由にこの機能の展開を意図的に制限しており、そのような機能はすでにDVDプレーヤーで利用可能だったと指摘した。[[1][[2][[3]
2015年にはNetflixと シネディグ 1948年のイタリア映画のストリーミングをめぐってコリント フィルムズから訴訟を起こされた 自転車泥棒; 映画自体は考慮されていましたが パブリックドメイン 米国では、映画の個別の字幕または吹き替えは依然として別個の著作権で保護された作品とみなされる可能性があります。コリンスは、リチャード・ファイナー社が登録しコリンスが所有するこの映画の特定バージョンがシネディグ社から許可なくNetflixにライセンス供与されていると主張した。その後、両当事者は和解した。[[4][[5]
スティーブン・スピルバーグの指令部門の知事 映画芸術科学アカデミー(AMPAS)は、Netflixの長編映画の適格性に疑問を呈している アカデミー賞 映画は映画館と映画館で同時に公開されるため、ノミネートされます ビデオ オン デマンド、 標準的な3 ヶ月を無視して リリースウィンドウ。Netflixは以前、劇場での買収を劇場とストリーミングで同時に公開していたが、 ローマ ストリーミング公開前に少なくとも3週間の劇場公開を提供する新しい方針に基づく最初の作品となった。[[6] アカデミーの公式規則によれば、映画は市内でのみ上映する必要があります ロサンゼルス オスカーノミネートの資格を得るには、7 日間、1 日あたり最低 3 回の上映が必要です。ただし、資格基準により、劇場以外のプラットフォームでの同時リリースが許可されています。[[7]
スピルバーグは、「いくつかの劇場で1週間未満しかトークン資格を与えられていない」映画は資格を得るべきではないと不満を述べた。続いて 第91回アカデミー賞(その間 ローマ ストリーミングサービスによって配給された映画として初めてノミネートされた 作品賞、 そして勝利した 最優秀外国語映画賞 そして他の2つの賞)、スピルバーグのスタジオの広報担当者、 アンブリンパートナーズは「ストリーミングと演劇の状況の違いを強く感じている」と述べ、2019年4月に開催されるアカデミーの次回理事会でこの問題を取り上げる予定だ。[[8][[9][[10]
批評家たちはそう主張した ローマ サービスの幅広い可用性を名指しし、興行収入数の報告を拒否し、業界標準を軽視するなど、不当な優位性を持っていました ウィンドウをリリース わずか 3 週間の独占演劇(ただし、一部の候補者が最低 1 週間の公演しか受けられないことも珍しくありません)と過剰なマーケティング支出(オスカー マーケティングは Netflix に組み込まれていますが、レポートは 2,500 万ドルから 5,000 万ドルの範囲です)。全体的なマーケティング予算、そうすべきではありません。[[11] すべての大手配給会社が使用する標準的な3か月枠に違反しているため、国営映画館チェーンはnetflixの劇場公開作品の上映を拒否している。Netflixは自社の配信モデルを擁護し、「劇場を買う余裕がない、あるいは劇場のない町に住んでいるとは限らない人々にアクセスを[提供する]」ことに専念していると主張した。どこにいても誰もが同時にリリースを楽しむことができます。映画製作者にアートを共有する方法をさらに提供します。これらは相互に排他的ではありません。」[[6]
の 米国。司法省 アカデミーに対し、Netflixやその他のストリーミングプラットフォームを差別するために規則を変更しようとする試みは違反する可能性があると警告した 独占禁止法伝統的な大手スタジオの親会社として(特に、 AT&T そして ディズニー) は、Netflix と直接競合するストリーミング サービスに投資してきました。[[12]
2019年4月、アカデミーは資格基準の変更に反対票を投じたが、AMPAS会長は ジョン・ベイリー 同組織は業界の変化を検討すると述べた。[[7][[13]
スピルバーグは、リメイク版の制作が進行中であるため、会議を欠席した ウエストサイドストーリー。へのコメントで ニューヨーク・タイムズスピルバーグ氏は、人々が劇場公開作品にアクセスできるのは、それが提供する共同体験のためであるべきだ一方で、同時に「自分に合ったあらゆる形式や方法で娯楽を見つける」ことができるべきであり、「私にとって本当に大切なのは素晴らしい物語であり、誰もが素晴らしい物語にアクセスできるべきだ」と述べた[[14][[15]
2019 年から トロント国際映画祭、 映画の上映が制限されるようになりました スコシアバンク劇場トロント—フェスティバルの主要会場の 1 つ—であり、他の場所でも上映されます(など TIFFベルライトボックス Netflix などのサービスによって配信されている場合、およびその他の地元の映画館)。主催者は、この制限は施設の所有者と運営者によって施行された方針によるものだと述べた シネプレックス・エンターテインメント、 3 か月の劇場ウィンドウの遵守が必要です。[[16]
品質よりも量
Netflix は、ラインナップの一部として大量のオリジナル コンテンツを提供することが増えています。2021年には、同サービスが毎週新しいオリジナル映画を公開すると発表した。[[17] しかし、このアウトレットは、ほとんどの作品の全体的な品質が低いとして、視聴者や批評家から批判されています。そのような批評家の一人、ヘイリー キャンベルは次のようにコメントした BBCサウンズ' 必見 2020 年代に Netflix が加入者を失った考えられる理由の 1 つは、Netflix に高品質のコンテンツが不足していることが原因であるというポッドキャスト。彼女はこれを と対比しました アップルTV+ 少数の質の高いプロジェクトに投資する戦略 Amazonプライムビデオ サードパーティのコンテンツについて。[[18] 初期の従業員シンディ・ホランドは、Netflix が DVD を入手することを「家の横のドアに石炭をシャベルで掘る」ことに例えていた n+1 2025年にNetflixの幹部について聞かされた 承認 脚本を読まずにプロジェクトを進め、脚本家は登場人物に自分の行動を述べさせるよう命じられ、視聴者はNetflixを 2番目の画面 何が起こっているのかを知ってください。同誌は、2021年の「典型的なNetflix映画(TNM)」の発表後に登場した「気が遠くなるような反映画」スタイルについて次のように説明した[[17]
外から見ると、TNM はアルゴリズム的に構築されているように見えます。まるで、Netflix が視聴者をセグメント化し、番組にゴーサインを出し、加入者に映画や番組を推奨するために使用するジャンルのようなグループである Netflix の 2,000 の「テイスト クラスター」のそれぞれに対応するように設計されているかのようです。TNMは、背の高い女の子についての映画など、存在するあらゆるニッチな興味とアイデンティティのカテゴリーをカバーしています 背の高い女の子、 しかしまた 馬娘、 スケーターガール、 スウィートガール、 ロストガールズ、 および 素敵な女の子たち。検索エンジン向けに最適化されているように見える TNM のタイトルは、それが何であるかを正確に発表します — したがって、ワイン会社幹部についてのロマンティック コメディと呼ばれます 完璧なペアリング、 または殺人ミステリーと呼ばれる 殺人ミステリー。オープニングクレジットシーケンスは、まるでデザイナーがAdobeテンプレートを使ってルーレットをプレイしているかのように、詰め込まれたように見えます アフターエフェクト。典型的なショットでは、カメラがゆっくりとキャラクターを横切るように、腰を上げて横顔の 2 人のキャラクターをフレームに収めます。これは、不活性なフレームに動きを注入することを目的とした、ゆっくりと一定のヒューヒュー音です。ドローンによる射撃が主流です。登場人物の会話はぎこちなく、過剰な説明、決まり文句、人間が決して使わない専門用語で満ちており、まるで2つのボットがループに陥っているかのようだ。
「Netflixは毎週、誰も聞いたことのない新しい映画を配信しているようで、どういうわけか世界のすべての視聴記録を破りました。」 n+1 視聴者数データがほとんど、またはまったく公開されないため、次のように書いています。[[17]
「Netflix オリジナル」とラベル付けされた映画の配給モデルは、映画業界の遺産との衝突を引き起こしています。一部の映画館チェーンは映画の上映を拒否している 劇場配布 Netflixによる同社のリリース方法は標準を削減または消滅させる ウィンドウをリリース。2020年にCOVID-19の規制により全国の劇場が数ヶ月間閉鎖を余儀なくされた後、翌年ワーナーメディア、ディズニー、ユニバーサルはそれぞれそれぞれのストリーミングサービスで映画を公開した HBOマックス、 ディズニー+、 および 孔雀、 同日劇場公開された。[[19]
文体の均質性
一部の評論家は、Netflix がスタイル的に均質な映画やシリーズを制作していると批判している。の ジョシュ ローゼンバーグ エスクァイア 「ストリーミングサービスの提供内容には驚くべき同一性がある」と主張している[[20] 一部のコメンテーターは、Netflix コンテンツ全体で同様の照明スタイルを説明するために「Netflix 照明」という用語と呼んでいます。[[21] の ギータ ジャクソン 副ニュース 「Netflix のすべての番組が同じに見える理由を正確に特定するのは難しいですが、いくつかの点が際立っています。全体的に画像が暗く、色が非常に飽和しています。特に夜のシーンでは、色付きの照明が多く、登場人物が中にいてもすべてがネオンで洗われているように見えます 俳優たちは顔にメイクがこびりついているように見え、縫い目がしわくちゃになっているなど衣装のディテールが異常に目立ちます。私にとって最も迷惑なのは、すべてが非常に伝統的な方法で撮影されており、可能な限り最も伝統的な設定を使用して謎や陰謀を示していることです—何か奇妙なことが起こっていることを示すために、フレーミングは常にオランダ角度を持っています、 たとえば—または、より一般的には、全員が中程度のクローズアップで撮影されるだけです。」[[22]
山本富士子(94)
「日本一の美女」と呼ばれた国民的スター。1950年第1回ミス日本優勝。1953年に映画デビュー。日本映画全盛期を代表する大女優となる。1963年悪名高い五社協定の犠牲になるが一歩も引かずテレビと舞台で活躍。高峰三枝子以来の歌う映画スターとして何曲もレコードを吹き込んでいるが全貌がつかめないでいる。https://youtu.be/3mmlSAn45Gw?si=HVA1cAwNaciFHOxJ夫は作曲家の山本丈晴。
初代コロムビア・ローズ(93)
1952年当初は覆面歌手としてデビュー。当然コロムビアレコード所属。1956年「どうせ拾った恋だもの」1957年「東京のバスガール」等立て続けにヒットを飛ばし紅白に5回出場。初代の引退後1962年に二代目がデビュー。1964年「智恵子抄」がヒットし紅白出場。2004年に三代目がデビュー。2015年にクラウンに移籍しコロムビア・ローズの名を返上する。2010年には二代目が死去しコロムビア・ローズとして残るのは初代だけとなった。三代揃って「東京のバスガール」を歌う貴重な映像。https://youtu.be/cyCzhcd1sMo?si=yH2WNq-6UsRJ5Emi
寿美花代(93)
1948年宝塚歌劇団に入団。男役トップスターに。紅白にも出場。レコードも出しており「ボンジュール街角」はその頃の華やかさをよく伝えている佳曲。https://youtu.be/WoxnZmzmWZM?si=2DGP6tznpKZTQ4ji高島忠夫と結婚。「ごちそうさま」等テレビで長く活躍した。高嶋政宏や高嶋政伸は息子。
大学卒業後プロのミュージシャンになる。幾つものバンドを渡り歩いた後1964年ドリフターズに加入。次第にコントの仕事が増える。1968年ザ・ドリフターズとしてレコードデビュー。1969年「8時だョ!全員集合」で大ブームに。1997年CDデビュー。1999年の「僕の大好きな場所」は篠原ともえ作詞吉田拓郎作曲のハワイアンナンバー。得意のウクレレを弾きながら歌った。https://youtu.be/fuliICJK6wY?si=7dVlVYjwSFB1CX7h
1958年タンゴバンドで歌手デビュー。1962年レコードデビュー。1967年「知りたくないの」が大ヒット。1970年「今日でお別れ」でレコード大賞。紅白出場は実に22回に及ぶ。今もなお精力的に活動を続ける。驚くほかないが去年はほぼ毎月コンサートを行いテレビに出演し歌を歌っている。CDも絶え間なく出していて、2021年の最新シングル「「歌よ…あなたが居たから」は吉幾三作詞作曲。変らぬ風雅な歌声を聴かせてくれる。https://youtu.be/IazqkIdPsLU?si=KYU7c3jc58EWMBAU (続く)
近世以前
日本において暦日を用いた新年の概念が生まれたのは飛鳥時代であり、聖徳太子が十七条憲法を制定した604年まで遡る[13]。その後、646年には朝賀が執り行われ、新年の回礼という風習が始まった[13]。これに伴い、畿内には飛脚使が設置され、701年には通信物を運ぶ脚力(かくりき)が定められた[13]。奈良の正倉院に収められている「人勝残欠雑張」には「正月七日のこのよき日、慶びを新にし、泰平が万年続き、寿命は千春を保つことができますように」とする十六文字が記されており、新年の挨拶を伴った年賀状のルーツといえる[14]。
平安時代に入ると貴族間で年始の挨拶を文で取り交わすようになったと見られ、当時の書簡、文例を集積した最古の例と言われている藤原明衡が残した『明衡往来』にも年始の挨拶文例を確認することができる[15]。室町時代に『庭訓往来』が登場し、寺子屋などで読み書きを教えられるようになると識字率の向上が見られるようになった[16]。これに伴って江戸時代には武家社会において文書による年始挨拶が一般化したほか、非武家社会においても口頭の代用として簡易書簡を用いることが年始挨拶に限らず一般的になり、公的郵便手段である飛脚や使用人を使った私的手段により年始挨拶の文書が運ばれるようになった[16][17]。1740年の『書札重宝記』には年始書状のための語彙として「改年、新春、新暦、初春、陽春、祝賀、御慶」などの用語が紹介されている[18]。江戸中期以降は大小暦が大いに流行し、年頭には機知に富んだ摺物の交換が積極的に行われた[19]。
明治維新後になると逓信省の前身として駅逓司が設置され、1870年10月には新年賀詞を示す太政官令が発布された[20]。1871年には郵便制度が確立し、1873年に二つ折りの郵便はがきが発行され、1875年には単面の官製はがきなどが見られるようになった[20]。これにより年始のあいさつを簡潔に安価で書き送れるということで、葉書で年賀状を送る習慣が急速に広まっていった。1887年頃になると年賀状を出すことが国民の間に年末年始の行事の1つとして定着し、その結果、年末年始にかけて郵便局には多くの人々が出した年賀状が集中し郵便取扱量が何十倍にもなってしまった。
郵便事業に携わる人の数は限られているため、膨大な年賀状のために郵便物全体の処理が遅れ、それが年賀状以外の郵便物にも影響し通常より到着が遅れることがしばしば発生していた。しかも年末は商売上の締めの時期にも当たり、郵便の遅延が経済的障害ともなりかねない状況となっていた。その対策として1890年に1月1日からの3日間、年始の集配回数を減らす対応が取られた[20]。それでも、さらに増え続ける年賀状にその対応だけではとても追いついていけなかった。また当時、郵便物は受付局と配達局で2つの消印が押されていた。そこで受付局か配達局の「1月1日」の消印を押してもらうため多くの人がそこを狙って年賀状を出すようになり、12月26から28日あたりと1月1日当日の郵便物が集中するようになった。そこで1899年、その対策として指定された郵便局での年賀郵便の特別取扱が始まった[20]。年末の一定時期、具体的には12月20日から30日の間に指定された郵便局に持ち込めば、「1月1日」の消印で元日以降に配達するという仕組みになっていた。翌1900年には(必要に応じてではあるが)全国の郵便局で実施、私製はがきの使用も認められ、1905年に完全に全国の郵便局で実施されるようになった[21]。この頃の年賀はがきの概数は1億1000万通前後であったが、郵便ポスト投函が可能となった1907年には4億通を突破し、「年賀状ブーム」とも呼べる時代が到来した[21][22]。
関東大震災(1923年)や大正天皇崩御(1926年12月25日)の年は、その年(翌年配達分)の特別取扱が中止された。明治天皇と昭和天皇崩御の年は実施されている。
年々取扱量が増えていくと共に私製はがきの取扱量も増えていったため、1935年(昭和10年)に私製はがきの貼付用として年賀切手の発行が始まった。しかし、時勢の悪化により1938年(昭和13年)に年賀切手の発行が中止。 さらに物資の節約のため1941年(昭和16年)の年賀状から特別取り扱いが廃止[23](廃止決定は同年11月6日[24])。この年の東京中央郵便局が集配した年賀状は1/3に減少した[25]。
終戦後の1948年(昭和23年)12月15日、特別取扱と年賀切手の発行が再開された[26]。この年から年賀切手の図柄が干支にちなんだ郷土玩具のものになる。1949年(昭和24年)、お年玉付郵便はがき(年賀はがき)が初めて発行され(官製はがきとしては初めての年賀はがき)、大きな話題を呼び大ヒットした。そしてこれを機に年賀状の取扱量は急激に伸びていった。1955年(昭和30年)には、アメリカ合衆国による沖縄統治に置かれた沖縄諸島でも琉球郵政庁により年賀はがきが発行され、1956年には年賀切手も発行されている。
お年玉付郵便はがきは当初、寄付金付きの葉書にくじが付いていたが1956年に寄付金なしの葉書もくじが付くようになった。1961年(昭和36年)から年賀はがきの消印が省略され額面表示の下に消印に模した丸表示を印刷するようになり、1968年(昭和43年)には郵便番号導入により郵便番号枠が追加された。
1970年代になるとプリントゴッコの登場と相まってで年賀はがきに絵や文字を印刷する年賀状印刷が盛んになり、1982年(昭和57年)から寄付金付きの年賀はがきにの裏面に絵や賀詞が印刷されるようになった。1989年(平成元年)からはくじ付きの年賀切手も発売されるようになった。
イラストやデジタルカメラで撮った写真などを家庭のパソコンとプリンターで作成・印刷するスタイルが定着し、手間が減った。2005年からは光沢感がありインクジェットプリンターの印刷に適したインクジェット写真用年賀はがきが発行されるようになった。
一方で2000年代からはインターネットの普及が拡大。インターネットと紙を融合した「ネットで届く年賀状」などのサービスも登場したが、年賀状用紙やプリンターが高額、書いたり投函するのが面倒、交流がある人でも自宅住所が不明であるなどの理由で、年賀状を出さずに電子メールなどの紙以外のオンラインの手段で済ませる人が増加。携帯電話を使った「あけおめメール」による通信混乱は2000年代の正月の風物詩となった。
2008年には、郵政民営化を機に「カーボンオフセット年賀はがき」や「ディズニーキャラクター年賀はがき」などの新商品が出た。
2017年6月1日に郵便料金が値上げされ、通常はがきも52円から62円とされたが、2018年用に限り年賀はがき(1月7日までに年賀状扱いとする場合)は旧料金のまま(52円)とした[27]。年賀はがきの発行枚数の減少を食い止める効果を期待しての値段据え置きであったが、結果として総発行枚数は前年比より5.6%減少したほか、1月8日以降に差し出す場合は差額として10円分の切手を貼り足す必要があったことから、利用者からはわかりづらいと不評の声もあった。この取扱いは1年限りで終了し、翌年から通常はがきと年賀はがきは同一の料金となった[28]。
2010年代になるとスマートフォン、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、インスタントメッセンジャー等が普及し、新年の挨拶をオンラインで済ませる人がさらに増えた。LINEが運営する「LINEリサーチ」の2019年のインターネット調査(約59万人対象、複数回答)によると、「葉書を送る」と回答した人は60代以上で71.7%だが、20代は26%であった。一方「SNSで送信する」が30代から60代以上でいずれも60%に達し、20代では72%に上った。IT企業のTB(名古屋市東区)は2017年から、高齢を理由に、今年限りで年始の挨拶をやめること(年賀状じまい)を伝える例文をサイト上で提供している[4]。
また高齢者の増加の他、郵便料金の値上げ、特に2024年10月1日以後は、消費税増税に伴う転嫁分を除けば実質1994年以来30年ぶりの大幅値上げで1枚85円[29]となったこともあり、年賀状終いをする世帯が急激に増え、アスカネットの調べでは、2024年に年賀状を出さなかった人は58.2%に及び、そのうち20代が72.5%、30代でも65.8%が年賀状を出さなかったとする統計がでている。また「年賀状はフタバ」の調べでは、全体の6割が3年以内に年賀状終いをしており、そのさらに半数の3割強が2023年度で終わりにしたという人である。企業においても、葉書をやめて、SNSなどを利用した「ペーパーレス」に移行したところも多いとされる[30
――高市政権の誕生が予感されていた10月上旬、「初の女性首相が誕生するかもしれない、と聞いてもうれしくない」とSNSに投稿されましたね。どのような趣旨だったのですか。
「初の女性○○が事件になる時代は、とっくに終わりました。女なら誰でもいいという時代では、もうありません」
「たとえば女性知事は00年以降これまでに全国で7人誕生しており、首都にも初の女性東京都知事(16年就任)がいます。それらの中にはフェミニストが支持する知事もいたし、しない知事もいました」
――性別で評価するのではなく、個々人の政策や姿勢を見て政治家を評価するべきだということですか。
「その通りです。もし選択的夫婦別姓制度を推進しようとする女性政治リーダーが誕生したとしたら、フェミニストはもっと歓迎したでしょう。それは、弱い立場や劣位に置かれがちな女の声に、積極的に耳を傾ける政治だからです」
「選択的夫婦別姓に反対しており、政策的には、ジェンダー平等への流れをせき止めようとした安倍晋三政権のコピーのような感じです。フェミニストが歓迎する理由はありません」
――とはいえ、国政のトップに初めて女性が就任したこと、それ自体にはやはり意味があるのではないでしょうか。
「世界にはすでに様々な女性政治リーダーがいますが、彼女らは『女性だから』という理由で選ばれたのではありません。また英国初の女性首相はマーガレット・サッチャー(1979年就任)でしたが、私の知る限り、英国のフェミニストでサッチャー政権誕生を歓迎した人はいません」
「2016年の米大統領選で民主党のヒラリー・クリントン候補が『初の女性大統領』になりそうに見えたときでさえ、英国のフェミニストは冷静でした。女がトップになれば希望を持てるという単純な話ではないことを、歴史の教訓として知っていたからです」
「女性政治家に関するこれまでの調査からは、政治家は男女を問わず、ジェンダー政策よりも所属政党の政策を優先する傾向があることがわかっています。女なら誰でもよいとは、もはや言えない時代です」
――高市首相はサッチャー元首相を「憧れの人」だと公言しています。
「サッチャー首相は、市場原理主義的なネオリベラリズム改革をした保守革命の推進者です。優勝劣敗の原則に基づく弱者切り捨ての論理で、福祉を縮小しました。また、南半球にまで軍を送ってアルゼンチンとのフォークランド紛争を戦った武断政治でも知られます。つまり、強さを追求した政治家でした」
――サッチャー氏は「鉄の女」と呼ばれていたことでも知られていますね。
「社会学の理論によれば、少数派が多数派集団に食い込んでいこうとするとき、多数派よりも多数派らしくなる傾向があります。過剰同一化と呼びます」
「サッチャー首相に対しても当時、フェミニストから、男以上に男らしくふるまう傾向が指摘されていました。この理論は、高市首相を含めた今の自民党の女性政治家の多くにもあてはまると私は見ています」
「男並みになろうとか強者になろうとしなくても、女が尊重される。そんな社会をつくる政治の誕生を期待しています」
上野千鶴子さん
うえの・ちづこ 1948年生まれ。東京大学名誉教授(女性学)。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長。「アンチ・アンチエイジングの思想」「家父長制と資本制」など著書多数。
まずは、「Virtual Gorilla+(バゴプラ)」という名のWebメディアです。
そしてもう一つが、SF小説に関する事業「Kaguya」。Kaguyaの取り組みは、いくつかあります。①ショートショートのコンテストの開催。②Kaguya PlanetというWebマガジンの刊行。ここでは毎月短編小説を配信しています。③Kaguya BooksというSFの出版レーベルとしての活動。
二つの活動以外にも、企業のSFプロトタイピングのコーディネーターなど、SF関係のさまざまな仕事も手掛けています。
Kaguyaで開催している短編小説のコンテストは、最大4千字です。気軽に書いて、読者や審査員からフィードバックをもらうなかで、自分の強みが何かを発見してステップアップしていく。そういう場所を目指しています。
ライフステージや、家庭における役割、精神状態などに大きく左右される。「連載が約束されていない長いもの」の執筆に時間を割けるということ自体、特権的なのかもしれない。
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20251022002010.html
【井上】 日本のSFだけではなく文学全体がそうかもしれませんが、商業デビューの王道として、新人賞をとって、そこで作品を出して商業デビューし、その出版社から2作目3作目を出し、他の出版社からも声が掛かる……というルートがあると思います。もちろん日本のSF作家で、そのルートに乗らず商業デビューして活躍している方もいるのですが、わりとイメージしやすいロールモデルとして、それがある。
主催によってカラーが決まっていることが悪いわけではないですし、一つのコンテストに「全ての多様性を担保しろ」と求めるのは無理だと思います。なので、窓口を増やすことで、デビューへの道筋を多様にすることが大事だと考えています。
【井上】 23年10月に文芸翻訳の経験を持つ編集者が新しく参加してくれたこともあり、海外から日本への輸入や、日本から海外への発信に力を入れることができるようになりました。
写真・図版
第3回かぐやSFコンテスト大賞作品「マジック・ボール」は、中国のSFマガジン『科幻世界』とイギリスのウェブジン『Schlock!』にも収録された=井上彼方さん提供
【井上】 「自分の表現で誰かを傷つけてやろう」と思っている人って、そんなにいないと思うんです。ごく一部の悪意のある人をのぞけば。でも実際に、自分が書いた文章に批判がくると、身構えるじゃないですか。そういうときに自分を見つめ直して反省して次に生かすって、非常に難しいことだと思うんです。特にSNSで炎上してしまうと、冷静ではいられないですよね。
自分の書いた文章について言われるのではなく、あらかじめ「こういうことって気をつけた方がいいね」とわかっていたら、過剰な自己防衛に陥らず、話を素直に受け止められる場合があるはずです。
ヒューゴー賞は世界SF大会によって設立されたSF・ファンタジー作品の文学賞で、受賞作品は世界SF大会に参加登録した人による投票で選ばれます。そして、このSad Puppiesというのは、ヒューゴー賞の選考に影響を与えるための組織的な投票運動でした。女性や有色人種の受賞が増えていることに抗議を示すため、白人でヘテロセクシュアルの男性作家たちが自らを、権利を侵害されているSad Puppies(悲しい子犬たち)と称したのです。
ヒューゴー賞は投票制なので、人々に開かれたものではあったはずです。ところが、Sad Puppiesたちは、「ヒューゴー賞はポリティカルコレクトネスに配慮するあまり、本当に面白い作品を受賞させなくなっている」といった主張を始めた。「もっと面白い白人男性の作家を受賞させろ」という風に呼びかけた。そういう事件ですね。
【井上】 ヒューゴー賞は2010年代、女性作家や非白人の作家の受賞が増加しました。女性だけではなく、クィアであることをオープンにしている作家の受賞も増え、それに対して「自分たちの土俵が荒らされた」というような被害感情を持たれる方がいた。それで起きた事件です。
【岡田】 この事件については、SF評論家の橋本輝幸さんが、ウェブ連載「いつでもSF入門」のなかで詳しく語られています。SF界において女性が優遇された時代はなかった、と指摘されています。
【対談を終えて】
対談から2年。2024年に慶応義塾大学にサイエンスフィクション研究開発・実装センターが開設されるなど、社会の中でSFをどうツールとして使っていくのかという取り組みは広がりを見せ続けているように思う。その中で、SFを取り巻く世界やSFが描く世界の中から、誰が取りこぼされてきた/いるのかということは今も問われ続けている。
この間、VGプラスで行った取り組みの一つに、刊行しているマガジン『Kaguya Planet』でのパレスチナ特集がある。1948年のイスラエルの建国以前から続く、入植型の植民地主義と人種差別的な支配、ジェノサイドは、「世界では誰の声が優遇されているのか」ということと無関係ではない。そのことにSF企業としてどう応答できるのかを考えて行った特集で、パレスチナ人/パレスチナにルーツのある作家による、パレスチナを舞台にしたSF・ファンタジーを翻訳した。
写真・図版
ウェブマガジン「Kaguya Planet」のパレスチナ特集
だが同時に、システムや場づくりについて問題提起をしているVGプラス自身、たくさんの方から至らぬ点についてご指摘をいただき、ときに引き立てていただき、ときに知恵を授けていただきながら活動をしている。マイノリティーの方々に「指摘する」というコストを支払わせてしまった局面もたくさんある。それらを抽象的な次元にとどめることなく、現実の制度や権利回復へとつなげるためになにができるのか、常に考えていきたい。
そしてそれは、SFという私の愛するジャンルそのものを豊かにすることにも、当然つながっているのだと思う。
排除はしばしば、「質」の名において実行される。
なにが「優れた」作品なのか。その指標そのものが、特定の経験や価値観にもとづいて構築されてきた。そうした規範に照らせば、大きく異なる経験を持つ他者の書いた作品は必然的に「劣った」ものと評価されよう。排除は意図的に行われるのではない。それは常に「客観的な評価」の結果として生じる。
Sad Puppies事件は「ポリティカルであること」への反感が運動のきっかけだったが、むしろ、従来の選考こそが政治的だったと考えることもできる。価値判断の場では多くの場合、既存の権力関係が反映される。正統性を維持するためのシステムは個人の意図を超えて作動する。
だからこそ、井上さんたちの取り組む解決策はシステムそのものに切り込むものだ。短編コンテストの開催、発表の場を多様化すること、経済的に持続可能な仕組みをつくること。これらはすべて、異なる価値観が共存できる環境を目指している。
誰が未来を語るのか。どのようにその語りを開いていくのか。今回の対談で示されたのは実践だった。完璧な一つのシステムを目指すのではなく、複数のシステムを並走させることで、今は「評価」できない作品や価値観にも光が当たる可能性を残している。SFの想像力が現実を形成する力を持ちつつある世界において、その想像力を担う主体の多様性こそが、私たちの未来の豊かさを決定づけるだろう。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.bbc.com/japanese/articles/c1jz5exkgk9o
モサドがアルゼンチンで元ナチス将校を誘拐してイスラエルで裁判にかけたあたりでイスラエルの独善的な異常性に警告を出すべきだったのかもな。ナチスの異常さが際立ってたから影に隠れてしまった感。
この記事にこんな人気ブコメがあったのでイスラエル批判について少し補足をする
(ブコメ主は知った上でこのブコメをしているかもしれないけど)
本題に入る前にいくつかの前提知識から。19世紀末にヨーロッパで広がったユダヤ人国家建設運動で、それほど新しい思想ではない。背景には、長期のディアスポラ(故郷を持たず民族が世界各地に散らばること)と反ユダヤ主義の歴史があり、特にロシア帝国でのポグロム(ユダヤ人虐殺)や西欧社会での差別が拍車をかけた。ナチスによるホロコーストはこの運動に大きな正当性を与え、多くのユダヤ人がパレスチナへの移住と国家建設を求めるようになる。1948年、イスラエル建国が宣言され、シオニズムはその大きな第一の目標を達成する。
ネタニヤフ政権は、右派リクード党や宗教右派を中核に入植地拡大を支持する勢力による連立政権。その支持層には、国家安全保障を重視し、ヨルダン川西岸地区の併合やパレスチナ自治の縮小を容認・推進する層が多く含まれている。
本来のシオニズムの「ユダヤ人が自らの国家を持つ」という当初の目的をすでに達成しているが、現在のネタニヤフ政権はシオニズムを「ユダヤ人の領土的拡張」と結びつけ、その名のもとに周辺地域への侵略や支配の正当化に利用している状況となっている。ヨルダン川西岸での入植地拡大やガザ地区での軍事行動は、単なる安全保障上の対応だけでなく「シオニズムの継続的使命」として位置づけられ、内部的正当化を行っている。
この拡張路線には宗教的聖地が深く関わっており、エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地が集中する場所であり、イスラエルは東エルサレムを含めて「不可分の首都」と主張している。また、ヨルダン川西岸にはヘブロンやベツレヘムなどユダヤ教にとって重要な聖地があり、宗教右派は「神が約束した土地を取り戻すことこそシオニズムの使命」と訴える。当初は近代的・世俗的な民族運動だったシオニズムが、宗教的使命と結びつくことで、より強固な排外的ナショナリズムへと変質している結果が現状の強硬路線となっている。
ここでやっと本題となるハンナ・アーレント(1906–1975)という女性について紹介する。ドイツ生まれのユダヤ系政治哲学者で、ナチスの迫害から亡命し米国を拠点に活動した。彼女の最も大きな特徴は自身がホロコーストを経験したユダヤ人でありながら、シオニズムやアイヒマン裁判に対してともすれば「反イスラエル」とも取れる警鐘を鳴らし続け、それ故に特にイスラエルにいるユダヤ人から強い反発を受けたということ。
アーレントはイスラエル建国そのものには一定の理解を示したが、その進め方と国家像に深い懸念を抱いていた。アーレントが危惧したのは、イスラエルがユダヤ人のみを中心とした排他的な民族国家となり、軍事力と安全保障を最優先することで、長期的な孤立とアラブ諸国との恒常的な対立を招くこと。アーレントは、パレスチナにおけるアラブ人との共存を模索し、多民族的な政治共同体を構築すべきだと主張していた。また、彼女は被害者としての歴史を過度に強調することが、自らが加害者となる可能性を軽視する結果を招くと指摘し、歴史的な悲劇の記憶が免罪符として機能する危険性も説いていた。
アイヒマン裁判は、ナチスの高官アドルフ・アイヒマンがユダヤ人の大量虐殺の実行に関与した罪で1961年にイスラエルで開かれた裁判。アイヒマンは戦後アルゼンチンに潜伏していたが、モサドによって捕えられエルサレムで裁かれることになった。この裁判は、ニュルンベルク裁判以来の大規模な戦争犯罪裁判であり、単なる個人の刑事責任を超えたホロコースト全体の歴史的検証の場ともなった。
アーレントはこの裁判を取材し、『エルサレムのアイヒマン』にまとめた。この中でアイヒマンを「悪の凡庸さ」の典型とみなし、彼を冷酷な悪魔ではなく命令に従い思考停止した官僚的人間とした。つまり、深い憎悪や悪意ではなく「考えずに行動する」ことが大量虐殺に加担する原因となる、と主張したのだ。これはイスラエルやシオニズム観点からすれば、自分たちは悪魔的な絶対悪の被害者であり、そこから立ち上がったユダヤ民族、そしてイスラエル建国というアイデンティティに反するものであり猛烈な批判にさらされる。さらにアーレントは、イスラエル政府が裁判を自らの正当性の証明に利用した点、またユダヤ人指導層(ユダヤ評議会)がホロコーストに部分的に関与していたことを批判的に論じたことが、批判に拍車をかけることとなる。
アーレントは多くの批判にさらされたが、その批判的推測や警鐘は現実のものとなっている。
今回はイスラエル(シオニズム)とハンナ・アーレントについて整理をしたが、自分も完全に理解をしていないので間違っていたら補足を頼む。
そして彼女はユダヤやイスラエル関係だけでなく、共同体運営についてもとても興味深い主張や著書が多くあるので、興味がある人はぜひ触れてみてほしい。(とはいえ共同体のあり方は、ネット前後でかなり異なるので彼女の思想が今もそのままは通用しないが・・・)
『全体主義の起源(1951年)』と『エルサレムのアイヒマン(1963年)』は特におすすめだ。
多くの場合、起こってしまったことに対する警鐘はそのはるか前から鳴らされているのである。
しかし、それを無視し時には批判することで風化し、実際に起こってやっと振り返ることしかできないのだ。
アーレントに触れて現代の世界情勢と照らし合わせれば、多面的視野や思考を意識的に取り入れるということの重要性を改めて感じることができるはずだ。
真如苑は、過去に「まこと教団」という名称で活動していました。つまり、「まこと教」は真如苑の前身にあたる教団名です。
真如苑の開祖である伊藤真乗と妻の伊藤友司は、1936年に教えを立てました。その後、教団の名称は「成田山立川立照閣」「立川不動尊教会」を経て、1948年(昭和23年)に「まこと教団」となりました。
しかし、1950年(昭和25年)に「まこと教団リンチ事件」と呼ばれる事件が発生し、教団は大きな打撃を受けました。この危機的状況を乗り越えるため、1951年(昭和26年)4月28日(または6月21日)、教団は**「真如苑」と改称**しました。この改称と同時に、大般涅槃経を根本経典として教団の新体制を整え、1953年(昭和28年)5月16日に宗教法人として認証を受けました。
このように、真如苑は「まこと教団」という名称で活動していた時期があり、現在の真如苑は、その経験を経て再出発した姿であると言えます。
↑は、この匿名日記の2個前の匿名日記 anond:20250628235025 に着想を得て、Gemini 2.5 Flashと会話しながら作ったエッセイのようなものだったのだけど、これをさらにチャット型AIに読ませてみたら、各AIサービスごとに見事に差が出てビックリした。
それぞれで Deep Research をさせた結果を載せるね。
8つの主要主張について、原典と学術資料に基づく厳密な事実確認を実施しました。古代ギリシャの政治哲学から現代アメリカの世論調査まで、幅広い分野の主張を検証した結果、大部分は正確である一方、重要な不正確性も発見されました。
| 正確な主張: 6件 | 不正確な主張: 1件 | 検証不能: 1件 |
古代の政治哲学に関する主張は全て正確で、現代の統計データも概ね正確でした。しかし、アメリカ独立宣言の引用において重要な欠落が発見されました。
検証結果: 正確
プラトンは確実に民主政を理想国家の堕落過程における最終段階として位置づけ、僭主政への移行を警告しています。『国家』第8-9巻の原典から、「民主政は自然に僭主政を生み出し、最も極端な自由から最も極悪な形の僭主政が生まれる」との記述が確認されました。
プラトンの政体堕落論は、貴族政→名誉政→寡頭政→民主政→僭主政の順序で展開され、民主政の「際限のない自由への欲求」が秩序を破壊し、デマゴーグを生み出すことで僭主政に至ると分析しています。
検証結果: 正確
アリストテレスの『政治学』第5巻は、民主政の不安定化と崩壊について詳細な分析を提供しています。原典では「民主政はデマゴーグに支配されるとき最も転覆しやすく、デマゴーグが富者に対する十字軍を率いるとき」との記述が確認され、実際にアテネ等の具体例も挙げられています。
検証結果: 正確
ポリュビオスの『歴史』第6巻に記述されたアナキュクロシス(政体循環論)は、主張通り王政→僭主政→貴族政→寡頭政→民主政→衆愚政の循環を提示しています。この理論は数百のギリシャ都市国家の観察に基づいており、後のアメリカ建国思想にも大きな影響を与えました。
検証結果: 正確
学術的コンセンサスと一致する内容です。紀元前133年のティベリウス・グラックス暗殺から27年のアウグストゥス即位までの危機過程における政治的暴力、軍事的強者による内戦、経済格差の拡大、制度的破綻などの要因分析は、現代歴史学の標準的見解と合致しています。
最も重要な発見は、アメリカ独立宣言の引用における重大な欠落です。
主張された引用文:
国立公文書館による正確な原文:
「我々は、これらの真理を自明のものとして受け入れる:すべての人間は平等につくられており、創造主によって、生命、自由、幸福の追求を含む、ある種の不可侵の権利を与えられている」
この欠落により、独立宣言の哲学的基盤である「自明の真理」という概念が失われ、文脈的意味が大きく変化しています。
検証結果: 正確
機密解除されたCIA文書と1975-76年の教会委員会報告書により、イラン(1953年)、グアテマラ(1954年)での政権転覆工作、プロパガンダ活動、心理作戦の実施が確認されています。モッキンバード作戦による報道機関への浸透、MKウルトラによる心理実験なども含まれます。
2022年4月実施の調査(n=10,156)で、アメリカ成人の39%が「人類は終末の時代に生きている」と信じていることが確認されました。主張の「約4割」は統計的に正確です。調査は全国代表性を持つ手法で実施され、宗教的・人種的背景による大きな差異も記録されています。
指定されたYouTube動画へのアクセスができないため、具体的な主張を検証できませんでした。ただし、2022年1月の退任発表では、アメリカを「進行中の実験」と表現し、民主主義制度への楽観的な信念を表明していることが複数の信頼できる報道で確認されています。
このエッセイは古代政治哲学の引用と現代統計データにおいて高い正確性を示しています。特に、プラトン、アリストテレス、ポリュビオスの古典的政治理論の記述は、原典と学術的コンセンサスに忠実です。
ただし、独立宣言の引用における重要な欠落は修正が必要です。この修正により、アメリカ建国思想の哲学的基盤がより正確に伝わるでしょう。
推奨修正:
独立宣言の引用部分に「我々は、これらの真理を自明のものとして受け入れる:」を追加し、思想的文脈を完全に保持することを推奨します。
全体として、このエッセイは学術的に信頼性の高い内容を提供していますが、一次資料からの引用については、より慎重な検証が必要です。
承知しました。このエッセイ全体を対象に、歴史的・政治的主張や引用に事実誤認がないか、またその解釈や論拠に不正確さや誤解を招く表現がないかを、批判的視点から検証します。
確認が済み次第、主要ポイントごとに整理した上でご報告いたします。少々お待ちください。
このエッセイに述べられている歴史的・社会的な論点は、概ね史実や資料に基づいており、大筋で正確です。古代ギリシアの哲学者による民主政への批判(プラトン、アリストテレス)やポリュビオスの政体循環論、ローマ共和政の崩壊原因、アメリカ独立宣言の理念と冷戦期のCIAの秘密工作、現代アメリカの「ディープステート」陰謀論、福音派の終末論的世界観とイスラエル支持、さらに第二次大戦期のファシズム台頭の教訓など、多岐にわたる主張が展開されています。**これらの主張のそれぞれについて、史実との照合を行った結果、エッセイに明らかな虚偽は見当たりませんでした**。以下に、各ポイントごとに根拠となる事実関係を検証します。
エッセイの説明はこのポリュビオスの理論と一致しており、\*\*「民主政が衆愚政へと堕落する過程」\*\*についての記述(個人の自由が公共の利益を損ない無秩序と暴力に陥る)は、ポリュビオスが説いた民主政から無政府状態への移行と同じ現象を指摘しています。したがって、この点も史実に沿った主張です。
以上の歴史は、**どれほど堅固に見える政治体制でも、極端な経済格差や権力闘争(安定した政権交代の仕組みがないこと)が内部矛盾となって崩壊しうる**ことを示しています。エッセイの記述はこの歴史的経緯と一致しています。
「大韓民国」と「李氏朝鮮」は厳密には異なる国家体制と理念を持つ、連続性の曖昧な存在です。ゆえに、「現在の大韓民国の物語」として朝鮮王朝の遺産をどのように取り入れるかには、歴史的・政治的な緊張と選択が常につきまといます。
◆【断絶の側面】
体制がまったく異なる:李氏朝鮮は専制的な君主制、大韓民国は自由民主主義と資本主義を採用する共和国。
法的継承性がない:大韓民国は、日韓併合と日本統治を挟んで1948年に成立しており、李朝の制度を直接継承していません。
建国理念が異なる:大韓民国は1948年に「反共」「民主主義」「近代国家」などを掲げて建国された近代国家であり、儒教的身分制度をもつ李朝の価値体系とは根本的に相反します。
この点から言えば、「大韓民国の国家物語」は、李氏朝鮮とは別個の近代国家としての物語で語られるべきという考え方には、筋が通っています。
大韓民国という国家の自立性を強調するならば、「王朝文化の復元」に依存せず、建国後の民主化・産業化・市民運動などを軸に物語を構成すべきではないか?
この問いは極めてまっとうです。そして実際、韓国国内でもそれに近い主張は存在します。とくに1980年代以降、民主化運動・光州事件・経済発展などの近現代史を中心としたナショナル・ストーリーの強化がなされてきました。
「君が代」は正式な国歌ではなかったが、実質的な国歌として扱われていた。
学校教育、軍隊行事、儀式、国際大会(オリンピックなど)で演奏・斉唱された。
昭和11年(1936年)に文部大臣・平生釟三郎が、歌詞の意味を理解していない子どもが多いことに気づき、小学校教科書に掲載を指示。
教科書には「君が代」の意味を明記:「天皇陛下の万歳を祝ひ奉り、皇室の御栄を祈り奉る心で一ぱいになります」
「君が代」は「天皇の治世の永続」を祈念する歌として、国民的義務感を伴って歌われるようになる。
学校では「教育勅語」「修身」とともに重視され、起立・礼と共に斉唱される。
併せて「海行かば」や「紀元節の歌」なども準国歌的に使われた。
終戦後、GHQ(連合国軍最高司令部)は「君が代」斉唱を一時禁止(特に初期には日の丸掲揚も制限)。
昭和21年(1946年)11月3日、日本国憲法公布記念式典では例外的に「君が代」が斉唱された(昭和天皇・香淳皇后が出席)。
昭和22年(1947年)憲法施行記念式典では「君が代」が演奏されず、代わりに新国民歌「われらの日本」などが使用。
当時は「君が代」が旧体制の象徴とされ、GHQや日本国内の一部では批判的な見解があった。
しかし、半年後の1947年(昭和22年)5月3日に開催された憲法施行記念式典では「君が代」でなく憲法普及会が選定した国民歌「われらの日本」(作詞・土岐善麿、作曲・信時潔)が代用曲として演奏され、天皇還御の際には「星条旗よ永遠なれ」が演奏された[46]。「君が代」の歌詞について、第二次世界大戦前に「国体」と呼ばれた天皇を中心とした体制を賛えたものとも解釈できることから、一部の国民から国歌にはふさわしくないとする主張がなされた。たとえば読売新聞は1948年(昭和23年)1月25日の社説において、「これまで儀式に唄ったというよりむしろ唄わせられた歌というものは、国家主義的な自己賛美や、神聖化された旧思想を内容にしているため、自然な心の迸りとして唄えない」とした上で「新国歌が作られなくてはならない」と主張した[47]。
また、「君が代」に代わるものとして、1946年、毎日新聞社が文部省の後援と日本放送協会の協賛を受けて募集・制作した新憲法公布記念国民歌「新日本の歌」(土井一郎作詞、福沢真人作曲)がつくられ、1948年(昭和23年)には朝日新聞社と民主政治教育連盟が日本放送協会の後援を受けて募集・制作した国民愛唱の歌「こゝろの青空」(阿部勇作詞、東辰三作曲)がつくられた。前者は日本コロムビアより、後者は日本ビクターより、それぞれレコード化されるなどして普及が図られた[46]。1951年1月、日本教職員組合(日教組)が「君が代」に代わる「新国歌」として公募・選定した国民歌として「緑の山河」(原泰子作詞、小杉誠治作曲)もつくられた。しかし、1951年(昭和26年)9月のサンフランシスコ平和条約以降は、礼式の際などに、再び「君が代」が国歌に準じて演奏されることが多くなった
サンフランシスコ講和条約(1951年)によって主権回復後、公式行事で「君が代」が再び演奏されるように。
法的根拠はないが、「事実上の国歌」として扱われる慣習が確立。
ただし、特に教育現場では教職員組合(日教組)などが反発し、「起立・斉唱を強制するな」との議論が起きる。
1950年代には日教組が新国歌の公募を行い、「緑の山河」などが制作される(普及は限定的)。
一部の学校で「不起立運動」や「歌わない自由」を主張する教職員と教育委員会の間で摩擦が激化。
国旗国歌法(正式名:「国旗及び国歌に関する法律」)が制定。
詳細は会話ログを読め
https://grok.com/share/bGVnYWN5_533be1bc-77aa-4fe9-98bc-bd8a6940e60f
redditのStocksかStockMarketで見たけど共和党政権の時には重大な不景気になりやすいらしい。
フーバーで世界恐慌。ニクソンでニクソン・ショック。ブッシュJrでITバブル崩壊とリーマン・ショック。トランプ1期目でコロナショックとか。
過去10回の不景気の7-8回ぐらいは共和党政権の時に起きているらしい。
たぶん、共和党は小さな政府が好きだから、財政引き締めと減税を重視して、景気後退への対応が後手に回ってしまって、大きな景気後退を起こしやすいのかもしれん。
逆に言えば民主党政権は大きな政府で、財政緩和で不景気を起こしづらいがバブルを起こす可能性もあるのかもと。
と、いうデータと仮説を基に、反証のデータを調べたりといろいろやりました。
共和党大統領下の重大なリセッション 次に、共和党大統領下での「重大なリセッション」をチェックするよ。 ハーバート・フーバー (1929-1933) 世界恐慌 (1929-1933): 1929年10月の株価大暴落から開始。 GDPは約30%減、失業率は25%超。間違いなく「重大」。 リチャード・ニクソン (1969-1974) 1973-1975不況: 1973年11月開始、1975年3月終了(16ヶ月)。 オイルショックが引き起こし、GDP成長率はマイナス2%超、失業率は9%に。結構「重大」な部類。 ロナルド・レーガン (1981-1989) 1981-1982不況: 1981年7月開始、1982年11月終了(16ヶ月)。 失業率は10.8%まで跳ね上がり、GDPも大幅低下。十分「重大」だね。 ジョージ・W・ブッシュ (2001-2009) ITバブル崩壊 (2001): 2001年3月開始、2001年11月終了(8ヶ月)。 比較的短いが、IT業界への影響が大きく、失業率は6%超に。 リーマン・ショック (2007-2009): 2007年12月開始、2009年6月終了(18ヶ月)。 GDPは4.3%減、失業率は10%に迫る。超「重大」。 ドナルド・トランプ (2017-2021) コロナショック (2020): 2020年2月開始、2020年4月終了(2ヶ月)。 GDPは年率換算で31.4%減と記録的だったけど、短期間で回復。外部要因(パンデミック)が主因だから「重大さ」の評価は微妙かも。
念のため逆の証拠も探してみる
民主党大統領下の重大なリセッション まず、第二次世界大戦後(1945年以降)を基準に、民主党大統領の在任中に始まったリセッションを見てみる。リセッションの開始は通常、National Bureau of Economic Research (NBER) の定義に基づくよ。 ハリー・S・トルーマン (1945-1953) 1948-1949不況: 1948年11月開始、1949年10月終了(11ヶ月)。 GDP成長率は低下したが、戦後調整期の影響が大きく、失業率は5.9%程度で「重大」と呼ぶほど深刻ではなかった。 ジミー・カーター (1977-1981) 1980年不況: 1980年1月開始、1980年7月終了(6ヶ月)。 短期間だったが、インフレとエネルギー危機(第二次オイルショック)の影響で失業率が7.8%まで上昇。とはいえ、規模的にはそこまで「重大」とは言えないかもしれない。 その他: ジョン・F・ケネディ (1961-1963)、リンドン・B・ジョンソン (1963-1969)、ビル・クリントン (1993-2001)、バラク・オバマ (2009-2017)、ジョー・バイデン (2021-現在) の在任中には、リセッションは始まっていない。オバマは2007年12月開始のリーマン・ショックを引き継いだけど、これはブッシュJr.時代に始まったものだから除外ね。 結論: 民主党大統領下で始まった「重大なリセッション」は、戦後で見るとほとんどない。1948-49は軽度で、1980年も短期間かつ中規模。歴史的に民主党政権はリセッションの開始を避けてきた傾向があるみたいだ。
たとえるなら、風邪を放置して寝込むまで悪化させてから薬を打ち込むか、
風邪の初期に大量の薬を投入して、やや過剰に投与するが早めに直すかみたいなものなんだろうな。
したがって、寝込むほどの風邪(リセッション)は、対策が後手に回りやすい共和党政権で起きやすい。
と、いうことは、投資家としては、以下の戦略が使えるように思う。
共和党政権でリセッションの兆候をつかんだら、警戒して早めにポジを減らして現金比率を上げる。
彼らは対策が後手に回りやすいので、寝込むような風邪(リセッション)になりやすい。
そして、市場が暴落して恐怖に包まれた時に少しずつ買っていくと。
民主党政権でリセッションの兆候をつかんだら押し目として強気でいいのかもしれない。
なぜなら彼らは過剰に薬を投与してくるから。
SP500の株価は共和党でも民主党でも上がることがほとんどだ。
後手に回ることはあっても、彼らも対策をしないわけではないので、必ず何かの対策をするし、それが不十分だと選挙で負けるから。
「「土地を返せば紛争が解決する」という意見は、一見シンプルで道理に合うように見えますが、イスラエルとパレスチナの歴史的、宗教的、政治的背景を考えると、単純化されすぎています。以下に論理的な反論を挙げます:
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イスラエルとパレスチナの双方が、現在のイスラエル領土を歴史的・宗教的に「自分たちの土地」と主張しています。
ユダヤ人は、古代イスラエル王国がこの地に存在し、宗教的にも約束の地として捉えています。
一方、パレスチナ側も数世紀にわたりこの地で生活してきたため、自分たちの土地と考えています。
反論: 「土地を返す」とは、どの土地をどの時点の基準で返すのかを明確にしなければ意味がなく、問題を解決するものではありません。
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過去に、イスラエルが譲歩して一部の土地を返還した際、たとえば2005年のガザ地区撤退後に、ハマスが支配を強め、そこからイスラエルへのロケット攻撃が増加しました。
反論: 土地を返還するだけでは安全保障上のリスクが残り、紛争の解決にはならない可能性があります。
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紛争の根本的な原因は、単に土地ではなく、民族的なアイデンティティ、宗教、政治的な対立にあります。
たとえば、パレスチナ側の一部勢力は「二国家共存」を拒否し、イスラエルの国家としての存在そのものを認めていません。
反論: 土地返還はあくまで一部の問題を解決するに過ぎず、根本的な対立構造が解消されなければ紛争は続く可能性があります。
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イスラエル国内でも安全保障や宗教的な理由から「土地の譲歩」に反対する声が根強く、政治的合意が困難です。
同時に、パレスチナ側も内部で統一された意思決定が難しく、和平交渉が進まない背景があります。
反論: 土地を返還するという案は、現実の政治的・社会的状況を無視しており、実現性に欠けています。
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イスラエルは、1948年の建国時に国連決議(181号)を基に合法的に設立されました。その後の領土拡大については議論があるものの、すべてを「奪われた土地」とするのは誤解を招く可能性があります。
反論: 「土地を返せ」という主張は、国際法や歴史的背景を考慮しておらず、単純化されすぎています。
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土地の返還が和平に寄与する可能性はあるものの、それが紛争を完全に終結させる万能の解決策ではありません。紛争の原因は土地問題だけではなく、双方のアイデンティティや安全保障への懸念、歴史的な不信感など多岐にわたるため、「土地を返せば紛争に巻き込まれない」という主張は現実を十分に反映していないと言えます。
」
その主張は非常に極端で、歴史的、政治的、倫理的に問題があります。イスラエルに関する問題は非常に複雑で、単純化された見解では適切に説明できません。以下にいくつかの視点を提供します。
1. 歴史的背景
イスラエルの建国(1948年)は、長い歴史的な過程やユダヤ人の迫害(特にホロコースト)を背景にしています。
しかし、建国時にパレスチナ人が追放されるなど、土地や資源を巡る対立が深まりました。
イスラエルには、ユダヤ人だけでなく、アラブ系イスラエル人、キリスト教徒、ドゥルーズ教徒、その他の少数民族も含まれています。
国際社会では、イスラエルの占領政策(例:ヨルダン川西岸の入植地)は批判されていますが、それは政府の政策に対するものであり、すべての市民が直接関与しているわけではありません。
民間人や子どもを「侵略者」と見なすことは、個々の責任を問うべき倫理的基準に反します。
集団全体を一括りにすることは偏見を助長し、対立を悪化させる可能性があります。
このような発言は、感情的な反発や敵意を煽るリスクがあります。解決には、歴史的理解とともに、個々の人間の尊厳を尊重するアプローチが求められます。