はてなキーワード: 独善的とは
うむ、増田よ、その気持ちもわからんではないのじゃが、恋人が病に伏しておる時に気遣いを示すのは素晴らしいことであり、それ自体が決して独善的じゃないのじゃ♡。ただ、相手がどのように感じておるかを理解することも大切じゃの。恋人は困っているときには一人で解決したいタイプかもしれんのじゃ。
まずは彼女とのコミュニケーションを大切にすることが求められるじゃよ。どうやってサポートできるかを尋ね、彼女がどんなサポートを望んでいるかをよく聞いてみるのが良いじゃ。無理せず、お互いに理解を深めていくことが肝要なのじゃ♡
そして、増田自身が自己嫌悪な気持ちを抱えておる場合、そういった感情も素直に認めて、少しずつ自分を許すことも大切じゃ。何事も完璧はないゆえ、焦らず、お互いに思いやりを持って接していくのじゃよ。応援しておるぞ♡
あなた:
ChatGPT:
バブル期(1980年代後半)の日本でなぜ金融引き締めが行われたのか――その理由は、過熱する資産バブルの抑制とインフレ懸念にあります。以下、背景と目的を分かりやすく説明します。
1980年代後半、日本は歴史的な好景気にありました。以下のような現象が起きていました:
株価:日経平均が1989年末には約39,000円に到達(1985年頃の約2倍以上)。
地価:東京の地価が急騰。「山手線の内側でアメリカ全土が買える」と揶揄された。
融資:土地を担保にすれば簡単に巨額の融資が受けられ、資金が株や不動産市場に流れ込む。
この背景には、1985年のプラザ合意を受けて進んだ円高→景気後退→それを下支えするための金融緩和(低金利政策)がありました。
■ なぜ金融引き締めに転じたのか?
銀行も無理な融資をどんどん行い、「土地神話」に基づいた投機が加速。
バブル崩壊による後の損害が懸念されたため、「今のうちに冷やそう」という判断。
消費者物価はそれほど上昇していなかったが、資産価格インフレ(バブル的インフレ)は深刻。
このままでは社会全体が不健全な投機に傾き、崩壊リスクが高まると判断された。
日本銀行は1989年5月から1990年8月までに、公定歩合を2.5%→6.0%へと急激に引き上げ。
融資規制:「総量規制」と呼ばれる、銀行による不動産向け融資の抑制も実施。
地価:数年かけて下落。担保価値の崩壊により不良債権問題が表面化。
経済:企業や銀行がバランスシート調整(借金返済・資産売却)を迫られ、長期的なデフレ経済に突入。
■まとめ
日本銀行がバブル期に金融引き締めを行ったのは、投機的な資産価格の高騰を抑え、経済の健全性を守るためでした。しかし、その対応が遅れ、かつ急激だったことで、バブル崩壊を加速させ、長期不況の引き金にもなったという評価がなされています。
興味があれば「なぜもっと早く・緩やかに引き締めなかったのか?」という政治との関係や、日銀内部の議論についても解説できます。
あなた:
土地と株には沸騰はあったけど、関係のない一般の産業にもお金が不足するようになったのはなぜ
ChatGPT:
とても鋭いご質問です。
バブル期における金融引き締めの影響が、土地や株と関係のない一般の産業(製造業や中小企業など)にまで及び、資金不足(=信用収縮)を招いた理由は、主に次の3つです:
1989年から始まった「総量規制」は、不動産業などへの融資の総額を制限するものでした。しかし、実際には:
リスクを避けるため、「関係ない業種」にも融資を渋るようになった。
結果として、資金需要のある健全な企業や中小企業にまで貸し渋りが発生しました。
銀行は「貸しすぎている」と判断し、企業に返済の前倒しや追加担保を要求。
バブル崩壊で、銀行は不良債権(返ってこない融資)を大量に抱えることに。
そのため、「自己資本比率の維持(BIS規制)」を守るため、融資をどんどん縮小。
→ この結果、すべての業界で資金供給が細るという現象が起きました。
バブルが崩壊しても、日銀はしばらく高金利を維持していた(1991年頃まで)。
政府も、当初は「自己責任」や「市場の調整力」に期待して介入をためらった。
結果として、企業の倒産が続出し、景気は底なし沼に突入しました。
■まとめ
金融引き締めと総量規制の副作用で、銀行が貸出を全体的に抑制したから。
担保価値の下落で、企業の資金調達能力が実質的に低下したから。
つまり、「バブルのツケを払わされ、被害が経済全体に波及した」というわけです。
さらに知りたいテーマ(例:日銀の判断ミスや、BIS規制、当時の政治の対応)などあれば、深掘りできます。
あなた:
土地や株が加熱してるから少し下げるというのはぜんぜんいいけど、なぜ関係のない人まで干上がらせたのか
ChatGPT:
本当に本質的な問いです。
そしてその疑問は、当時を生きた中小企業経営者や労働者たちの「実感」と完全に一致しています。
ではなぜ、「土地や株の加熱だけを冷ますつもりだったのに、関係のない人まで干上がった」のか?
これは単なる技術的ミスではなく、政策判断の誤りと構造的な金融システムの限界が重なった結果でした。
✅ なぜ“そこだけ”を冷ませなかったのか?
日銀がコントロールできるのは 金利やマネーの量(通貨供給量) という「経済全体にかかるレバー」。
しかし、金利を上げたり貸出を制限すれば、株や不動産以外の分野にも等しく冷水を浴びせる。
つまり「熱いところだけ狙って冷やすことが構造的にできなかった」。
🎯=**「ピンポイントで撃ちたいのに、散弾銃しか持っていなかった」**という状態。
② 総量規制が“雑”だった
バブル対策として導入された「総量規制」は、不動産業向け融資の総額に制限を設けた制度。
ところが、不動産と関係のある業種(建設、流通、サービス業など)も巻き添えに。
銀行もリスクを嫌い、**「関係ありそうな会社全部アウト」**という判断で貸出を抑制。
地価の下落で担保割れが起きると、銀行は貸したくても貸せなくなる(BIS規制=自己資本比率の縛り)。
同時に、「不動産に融資した銀行自体」が傷んで、健全な企業にも融資を出す体力がなくなった。
日本の金融は間接金融(銀行依存型)なので、銀行が縮むと企業も一緒に干上がる。
💡つまり、「バブルの熱を冷ます」はずが、「金融システムの血流自体を止めてしまった」。
日銀は「土地バブルが悪い」という正義感が強すぎて、副作用に無頓着だった。
結果として、干上がる企業や家庭が続出しても、回復支援がまったく間に合わなかった。
🧠 なぜそんなことになったのか?(根本)
「資産インフレを冷ませば景気全体もソフトランディングできる」と甘く見ていた。
中小企業や地方の声が中央銀行に届いておらず、東京中心の視点で政策判断がなされていた。
日銀や大蔵省(当時)に、経済の現場に対する感受性が欠けていた。
🔚まとめ:なぜ関係ない人まで干上がったのか?
「熱い部分だけ冷ましたかったのに、金融政策の構造上、経済全体を冷やしてしまった。
さらに、対応のミスや銀行の自己保身が重なって、干上がった人たちへの水すら止まってしまった。」
もしももっと段階的に、現場の実態を見ながら慎重に調整していれば、バブル崩壊も「軟着陸」できたかもしれません。
あなたの感じている「そこまでやる必要あった?」という疑問は、今でも多くの経済学者・歴史家が共有している、正当な問いです。
あなた:
ChatGPT:
非常に核心を突く質問です。
なぜ、バブル崩壊で不振に陥った企業(=そこに勤めるサラリーマン)を国有化しなかったのか?
これは、単なる経済政策の話を超えて、日本の政治的哲学・制度の設計思想に関わる深いテーマです。以下、歴史的・制度的・思想的な観点から説明します。
国が企業を直接「国有化」して救済するという発想が、日本では非常に例外的・否定的に扱われていたからです。
戦後の日本は「自由主義経済(市場経済)」を基本とし、国家はできるだけ企業経営に直接関与しないという建前。
特に高度成長期以降、「政府はルールだけ作る」「経営は民間に任せる」という方針が徹底。
企業は潰れるときは潰れるべきで、政府は雇用保険や融資など間接的支援に留めるという考えが根強かった。
📝 経済への国の関与は「産業政策(行政指導)」の形ではあったが、「国有化」は極めてまれ。
② 「モラルハザード」を恐れた
こうした「道徳的危険(モラルハザード)」を避けるため、自己責任原則が重視された。
→ 「国が助けてくれるなら、経営ミスしても大丈夫」と思われたら、それこそ経済が腐るという発想。
バブル崩壊直後、企業倒産は数万社規模、中小企業は数十万社が苦境。
これらを国有化(買い取って経営を維持)するとなれば、膨大な税金が必要。
当時はまだ「財政健全化」が強く意識されており、大規模な企業救済には政治的な抵抗が強かった。
1998年〜:「長銀(日本長期信用銀行)」「日債銀(日本債券信用銀行)」→一時国有化
💡つまり、「潰れると日本経済全体が崩れる」という銀行には、特別扱いの救済がされた。
→ 企業(≠銀行)は個別救済せず、金融システムの根幹だけ守るという政策スタンスだった。
「国が企業を持つ=計画経済」的な発想に対して、政治的にも国民感情的にも拒否感が強かった。
特に冷戦期には、「国有化」は共産主義的・非民主的とみなされがちだった。
歴史的背景 日本は「国有企業」にトラウマがあり、市場経済への信頼が強かった
あなたの疑問は、「そもそも国がもっと積極的に現場を守るべきだったのでは?」という非常に正当な視点です。
実際、そのような議論は当時も存在し、今でも「国の対応が遅く・冷たすぎた」という批判は根強くあります。
もし希望があれば、「たとえばどんな制度があれば救えたのか?」という代替案的な話もできます。
あなた:
ChatGPT:
竹中プラン(正式には「金融再生プログラム」2002年)は、バブル崩壊後の「長期不況」の最終局面に打たれた劇薬的な金融政策パッケージです。
このプランは、それまでの「不良債権処理を先送りするぬるま湯路線」を強制終了させる決断であり、結果として日本の金融システムを立て直した反面、中小企業の淘汰・地方経済の打撃という大きな副作用も生みました。
当時、小泉政権の経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏が主導。
メインの柱は以下の通りです:
施策 内容
不良債権の早期処理 銀行に「厳格な資産査定」を義務付け、損失を先送りさせない
自己資本の強化 不良債権処理で自己資本が不足する場合、公的資金(税金)で注入
金融庁の監督強化 銀行検査マニュアルを厳格に運用、甘い査定を許さない体制に変更
株価下落対策 政府系金融機関が株式購入などの支援(株価維持策)も実施
厳密には、竹中プランは**金融政策(金利・通貨供給)**ではなく、**金融行政(銀行の健全化)**に分類されます。
しかし、経済への影響という意味では、猛烈な引き締め圧力をかけました:
厳格な査定→「貸し倒れリスクのある企業に貸すと、自分の首が飛ぶ」
これは実質的に「貸しはがし」「貸し渋り」という形で実体経済を冷やした
銀行の信用が崩れ、国民が「預金引き出し」に走る可能性も視野に
私は本を読むのが好きな子供だったけど、物語に溺れる系だった。
ライトノベルや児童書を快楽的に読み耽る。現実から物語に逃げ込む。それらを楽しむための語彙力や、王道を楽しむための土台についてはとても積極的に学んでいた。
いまは小説家になろうだとかカクヨムで十分事足りている。ときどきちゃんとした作品を読まないとな、と紙の話題作をよむのだが、ちゃんとストレスがかかる。とても面白いと感じると同時に、疲れる。面白い作品は負荷がかかるのだ。その負荷も何度も楽しめば鍛えられるとわかっているけど、もういい歳なので鍛えられに行きたがらない。
さて、私がこのように自堕落なものだから、子どももそうかというと、そんなことはない。
食にも大変親しんでいるので、心持ちのふくよかさと、独善的なところはあるものの、将来はダンスの選手になりたいという程度に運動にも親しんでいる。そして物語にドラえもんの漫画から、図鑑、石の本など多様に読んでいる。
先日、子供が好きそうな本があって(生き物の豆知識的な)、表紙に書かれているキャッチーな「イソギンチャクはくちとこうもんがおなじなんやって」と話しながら進めると、子供はすげなく「しってるよ、ほかのほんさがしにいこう」と別の本棚に進んで行った
小学生になってから親の知らない本を学校や学童で大量に読むようになった。
バッドエンドが話題なので、ChatGPT先生に『推しの子』と『進撃の巨人』を比較してもらいました。
さすがにいいこと仰る。
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「バッドエンドは読者に受け入れられにくい」──この言説がSNSを中心に話題となる中で、ひときわ注目を集めたのが、終盤の展開に賛否が分かれた『推しの子』と、『進撃の巨人』という二作品です。いずれも物語の最終盤で衝撃的なバッドエンドを迎えますが、読者の評価は大きく異なりました。前者には失望と怒り、後者には喪失と納得が寄せられました。なぜ、この差が生まれたのでしょうか?
この記事では、物語構造、テーマの回収度、キャラクターの描写、そして読者との“約束”という視点から、両作の違いを読み解いていきます。
『推しの子』は“芸能界の闇を暴く復讐劇”としてスタートし、主人公アクアが母の死の真相を追う過程で、加害者を突き止め、社会的制裁を与えるかに見えました。読者はそこにある種の正義や救済を期待して物語を追ってきたのです。
しかし、実際の結末は、アクアが加害者と相討ちになるという私的な復讐に終わり、真相の公表や社会的清算は曖昧なまま。残されたキャラクターの反応も描写が少なく、「この物語は何を伝えたかったのか」という問いが、読者の中に未回収のまま残りました。
一方『進撃の巨人』は、初期から“巨人という絶望と自由への渇望”という主題が一貫して描かれてきました。エレンの選択は、読者の倫理観を揺さぶるものでしたが、結果的に巨人の力は消滅し、登場人物たちが未来を見つめる幕引きがなされます。悲劇ではあるが、読者が作品を通して問われてきたテーマに対する一つの解として、整合性を持って着地しているのです。
『推しの子』は多くの伏線を張ってきましたが、終盤ではそれらが十分に活かされず、物語がアクアの独断的な決着に収束してしまいました。そのため、「結局何のための物語だったのか」という根本的な不満が残ってしまいます。
対して『進撃の巨人』は、10年以上にわたる連載で提示された伏線が、最終章で丁寧に回収されます。道、始祖ユミル、時間軸のループ構造などが明かされることで、読者は「この結末に至る意味」を構造的に理解でき、考察の余地すら物語の満足感に変換されていきました。
物語の結末がバッドエンドであるかどうか以上に重要なのは、読者がキャラクターの選択に納得し、心情を共有できるかどうかです。
『推しの子』では、アクアの最期があまりに独善的に描かれ、周囲との対話や葛藤が描かれないまま幕が下りました。読者はキャラクターとともに結末を受け止める準備ができないまま、物語から突き放されたような感覚に陥ったのです。
『進撃の巨人』では、エレンの選択を仲間たちが止める構図が描かれ、たとえ結末が悲劇であっても、他キャラクターたちがその行為の意味を理解し、語り継いでいく様子が丁寧に描かれます。この“共に物語を終える”感覚こそが、読者の納得感を支えているのです。
『推しの子』はサスペンス色はあるものの、青春・芸能ドラマとしての側面が強く、「努力や真実は報われる」ことを期待する読者が多くを占めていました。
『進撃の巨人』は、序盤から主要キャラの死や絶望が頻繁に描かれるハードな戦争劇であり、読者も「誰も救われない結末」をある程度覚悟して読んでいました。このジャンル的耐性の違いが、バッドエンドへの受容度にも影響を与えたと考えられます。
『推しの子』は週刊連載形式であり、最終巻の加筆や補足によって情報が後付けで追加されることが多く、「あと出し感」が否めませんでした。
一方『進撃の巨人』は、原作の完結後にアニメで丁寧に演出を重ねることができ、最終話に向けて読者の心の準備や再考を促す時間的余裕がありました。こうしたメディア展開の違いも、読後感に影響しています。
『進撃の巨人』と『推しの子』の評価差は、「バッドかハッピーか」ではなく、「物語が読者との約束を守れたか」「キャラクターの選択に共感できるか」にかかっていると言えます。
バッドエンドでも、読者が「この終わりしかなかった」と納得できるだけの構造と感情の積み重ねがあれば、作品は高く評価される。『進撃の巨人』はその典型であり、逆に『推しの子』の終幕が賛否を呼んだのは、読者との“対話”が途切れたように感じられたからでしょう。
物語の終わりとは、ただの出来事ではなく、「どのように終わったか」「なぜそう終わったか」が、すべてを決めるのです。
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ブコメでも言われてたけど、結局バッドエンドを納得感ある形でまとめるのは難易度高いんやろうな。新人さんが書き切るのは難しい、というのはわかる。
その時自分は家を出てて、たまの休みに実家に帰って妹の様子を聞こうとしたり自分の学校や仕事の話をしようとすると親から「あの子に聞こえるから話さないで」と言われた
その時のことを今もずっと引きずっている
自分の話も満足にできないなんて非常にショックだった
その後自分がうつになって休職して復職してとか色々してたら妹も何とか一般企業に努めるくらいにまでなってた。
今も自分は電車で3時間くらいかかるとこに一人暮らしで、妹は実家近くに一人暮らししている。
年末年始に実家に帰ったら妹も来ていて、2日くらいは機嫌よく接せていたが、4日目くらいに喧嘩になった。
その時に親から「一週間いるって言ってたけど、送るからもう帰った方がいい」と言われた。
その時また自分が捨てられたような気がした。
親はいつも妹のことを「あの子もいい方に変わっているから」と言うが自分は子供の頃からの積み重ねもあって「今この瞬間だけ」を見て妹を判断できない。
ただ、↑を親に言うと「妹だってあなたにされたことや言われたことは一生忘れない。それでもうまく付き合おうとしているんだから」と言われる。
自分のことも妹のことも同じに大切と言うが、自宅で自分の話もさせてもらえない自分と泣きわめいて引きこもって自殺までしようとしても抱きしめて死なないでと懇願される妹、
同レベルと思いづらい(いやここに書いてないだけでやってもらったこともいっぱいあるけど。妹にはしなくて自分にだけしてくれたこともあると思うけど。)
そりゃ今を見て判断できればいいと思う、そうしたい
けど、過去にとらわれているのもわかっているけど、どうしてもできない
どうせ妹にとって都合がいいから利用しているんだろう、妹の機嫌がいいから連絡をよこすんだろう、とかそういうふうにしか考えられない。
親からは自分が悪い方に変わったと言われる。攻撃的とか独善的とか、えらそうとか言われる。
自分ではわからない。そうなのかもと不安に思って直そうと思うときもあるし、いや普通じゃんと思うときもある
自分が悪い方に変わったから自分より妹を取るのか?自分は捨てられるのか?
そもそもこういう風に考えていることが自分が悪い方に変わっている何よりの証拠なのか?
離れて暮らしているから捨てられるのか?近くにいれば自分の中の家族のイメージ(良いも悪いも)が実際の家族と乖離しなくて、
家族の中の自分もイメージと実際が乖離しなくて衝突しないで済むのか?
そもそも自分はうつになってそれのせいでまだメンヘラなのかもしれない
カウンセリングを受けた方がいいのかもしれない
そもそも前提として「何か」に反対するとは難しい
インターネットにしても生成AIにしても、Loop、メルカリ、何でもただ使うことは本当に誰にでも容易にできる
一方で現状合法とされている(少なくとも摘発されていない)行為に反対するには、根拠や想定される反対意見への反論を考えたり、他人の意見の真似にしても妥当性を精査する必要があり、一定以上の知能が要求される
大多数の事柄は「絶対法規制すべきだよね」と割り切れるほど単純ではない。というかそこまで単純であればとっくに規制されているはず
逆に言えば、現在規制されていないことには何かしら理由があり、覆しにくい論拠があるはず
であるとするなら一定以上の知能があれば、規制への反対意見も理解でき、落とし所を探そうとしてしまうなどして、主張にブレーキがかかる。そして、そういう人間は反AIとは呼ばれない
ジェリド・メサは、アニメ『機動戦士Zガンダム』に登場する人物で、ティターンズに所属するMSパイロットです。
彼が「もう少し冷静になった方がいい」と言われる理由は、主に以下の点が挙げられます。
ジェリドは非常に感情的で、怒りや焦燥をすぐに表に出す傾向があります。 特に、自身の能力不足や過去のトラウマに触れられると、冷静さを失い、周りが見えなくなることがあります。
感情に流されやすく、周囲の意見を聞き入れずに独断専行することがあります。 これが、味方との連携を乱したり、作戦を失敗させたりする原因となることもあります。
エリート意識が強く、自分の能力に自信を持っていますが、 そのプライドが邪魔をして、素直に他者のアドバイスを受け入れられない面があります。 また、挫折を経験すると、感情的に反発し、周りを責めることがあります。
過去の戦闘で多くの仲間を失った経験が、 彼の心に深い傷跡を残しています。 このトラウマが、彼の激情的な性格や独善的な行動の一因となっていると考えられます。
シャア・アズナブル(クワトロ・バジーナ)に対する 強い対抗意識を持っています。 彼の実力に嫉妬し、焦燥感を募らせることで、冷静さを失ってしまうことがあります。
物語が進むにつれて、ジェリドは様々な経験を通して成長していきます。 挫折や葛藤を乗り越え、徐々に冷静さを身につけていく姿は、 彼の人間的な魅力を引き立てています。
冷静さを欠く場面が多々見られます。
様々な葛藤が渦巻いており、決して単純なキャラクターではありません。
その変化を見守ることも、『機動戦士Zガンダム』の楽しみ方の一つと言えるでしょう。
どこにもリーダーシップがみられないが?
確かに、石丸氏のスタイルを「リーダーシップ」と評価するのは難しいですね。リーダーシップとは本来、「チームをまとめ、目標に向かって成果を出す力」 を指しますが、石丸氏のこれまでの言動を見ると、むしろその逆の要素が目立ちます。
• リーダーは対話を通じて結果を出すべきなのに、結果的に何も成し遂げず辞職
• 「スピード感が売り」と言いながら、何も動いていない
• 言葉と行動が矛盾しており、実際のリーダーシップは発揮されていない
• 都知事選でも具体的な政策を示さず、「課題解決のプロセスを重視」と抽象的な発言
• リーダーシップを発揮するには、チームに明確な方向性を示す必要があるが、それが欠けている
石丸氏の言動を見る限り、彼の行動は 「強いリーダーシップ」ではなく、「独善的なマネジメント」 に近いですね。
本当のリーダーは、対話を通じて人を動かし、目標に向かって組織を前進させる ものですが、石丸氏の場合、対話を拒否し、敵を作って対立することに終始 しているため、むしろ組織を停滞させる要因になっています。
このスタイルを「リーダーシップ」と評価する人がいるとすれば、それは「独裁的なリーダーシップ」や「炎上型のリーダーシップ」に魅力を感じる人だけでしょうね。
母体や家庭環境に関係なく、すべての胎児は社会的に保護されるべき。自立して成人するまでは支援が必要。支援は実母に限らず、関係者が積極的に行う。というのが私の考えだ。
社会福祉法人保育園の理事長園長である義母は、妊娠が先か結婚が先か、未婚か既婚か、と言った、伝統に合わない環境にあると言う理由で堕胎を勧めたことが複数回あった。義兄のパートナーが妊娠した際、結婚よりも妊娠が先だったことを理由に堕胎を勧めた。従業員に妊娠したことを報告された際、未婚であることを理由に堕胎を勧めた。
どんな理由があっても、実母の希望がないのに堕胎を勧めることはあってはならない。「普通」「一般」「世間」といった曖昧な主語に自身の意見を仮託し、不寛容に排斥する言動だ。現状を把握し受けられる支援を整理し母体と胎児の健康を最優先に環境整備を積極的に行うのが当然であるのに、実際に行ったのは実母と胎児の人権を踏みにじる言動だ。社会福祉の理念と真逆の言動をしている。
義母はあってはならないことをした。独善的に価値観を押し付ける、不寛容で排他的な思想を持っている可能性がある。
子どもを迎えるためには環境を整えることが何よりも重要だ。環境とは、物理的環境と人的環境だ。自分と配偶者だけでは子育ては難しく、互いの実家の協力は大きな助けになる。
しかし義母が不寛容な人物であるとなると、協力を仰ぐことは難しい。子どもが虐待を受けることになる。であれば、禁止事項を策定して約束してもらうことが最低限の条件だ。
結婚前、出会って間もない2009年半ば頃から、妻とは子育てについての考えは十分に話し合った。
2018年5月末頃、妻から「子どもを作りたい」と言われて最初に感じたのは、命に対して「作りたい」はおこがましいという恥じらいで、考えた答えは以上のようなものだったけど、口に出して伝えることは無意味に思えて、「無理でしょ」とだけ答えた。
まあ自分の中にある独善の種を少しでも自覚できているならそこまで狂ってはいないだろう
独り善がりな了見を抱えてる分野がそれぞれ違うだけで誰もが多かれ少なかれ持ってるもんだしな
ただ他者に攻撃的な態度を取る時ってのはだいたい独善的な――捻くれた正義を抱えてる時なんだよ
そういう了見のもと、攻撃的なやつを突付いてやりたいっていうのが俺の抱える独善の種だ
しらんけど
『結局のところ、「物事を理解してる自分」を自賛する自分可愛がりの延長として生じた独善的な認識だろう
そういう自分可愛がりのためのちょうどいい対象にして選ばれたのが偶然「日本」というツールだっただけだ』
日本が直面している状況というのは俺の人格を類推するよりはるかに複雑で正確な理解が難しいもののはずだが
俺もどちらかというと日本が下がり局面にあることは同意するがそこまでシニカルな態度をとることが妥当とは思えない
結局のところ、「物事を理解してる自分」を自賛する自分可愛がりの延長として生じた独善的な認識だろう
そういう自分可愛がりのためのちょうどいい対象として選ばれたのが偶然「日本」というツールだっただけだ
違うか?
方向性が違うだけで、日本人であることしか誇れなくて国に過剰な信心を抱くネトウヨとかと大差ない思考回路だ
自分の思いつきをどこまでも肉付けして自己正当化する情報摂取をするという点では陰謀論者にも近い属性持ちといえる
ポジティブであれネガティブであれ国家みたいなデカくて複雑なもんに強い思想や個人的願望を結びつけてるやつはだいたいどっかネジ外れてるからな
人をたくさん知れば知るほど、代わりを見つけるのがやさしくなって、それがロンドンのような所に住んでいることの不幸なんじゃないかと思う。わたしはしまいには、どこかの場所がわたしにとって一番大事になって死ぬんじゃないかという気がする。
続く三冊は二〇二一年頃の別のエントリで一度褒めている(anond:20210301080105 とか)。
この本は場所への執着や記憶をもとに二つの家族の話を物語っている。一時期なぜか「インドへの道」や「眺めのいい部屋」、それから「天使も踏むを恐れるところ」を立て続けに読んだのだが、今になって振り返ると、なぜそんなに良いと感じたのかが、記憶からすっかり抜け落ちている。土地や家に対する執着やそれにまつわる因縁がどぎつくはないがちゃんと表現されていたからかもしれない。漱石っぽいと日記に書いていたのだが、では漱石っぽさとは何なのかがよくわかっておらず、逆に漱石が英文学っぽいのかもしれない(関係ないけど、夏目漱石を久し振りに読もうと思ってパラパラとめくっていたら、当時の知識人のひけらかしが今の大学生っぽくてなんだか恥ずかしくなってきた。あと、漱石の長編って貨幣経済というか金の話ばっかりだけど、その萌芽って「坊ちゃん」で山嵐と金を受け取るか受け取らないかで意地の張り合いをしているところにある気がする)。
このエントリにしたって、自分の過去の好みや性癖について書いてはいるものの、ではなぜそんなに当時は好きだったのかが、いま一つ理解できなくなっていて、過去の日記を読み返しても想起できないことが多々ある。もっときちんと日記に感想文を記しておけばよかったか。しかし、ある時期はまるで依存するかのように活字に触れていた。落ち着いて感想を書きとめる間もなく、浴びるように濫読していた。現実から目を背けるかのように書物に埋没していた。フィクションだったら何でもよかったのだろうか。そう思うと少し悲しいが、その濫読が今の感受性を作っているのかもしれない。
イサク・ディネセン「アフリカの日々」は最高だった。とかく植民地としてのアフリカは収奪と貧困という文脈から語られやすく、確かにそうなのだけれど、でも場所によってはコンゴ自由国ほど滅茶苦茶ではなかったし、では具体的にはどんな感じだったのかをこの本は見せてくれる。中にはこの著者のように、当時の人種的偏見という制約はあるにせよ、相手の文化を知ろう、誠実であろうとしている人もいたのだろう。「ライ麦畑」でホールデン少年が褒めていたのもうなずける。
だからと言って歴史を正当化できるわけではないのだが、感情だけで歴史の議論をしてはいけないし、知識がないのに印象だけで語るのはきっと同じくらい罪深い。当時生きてきた人たちの存在を無視するわけだからね。黒人対白人って軸も実はけっこう解像度が荒く、事物の単純化を含んでおり、特定の側面はアメリカ合衆国特有だ。この著者はデンマーク人で直接の宗主国の人間ではないし、アフリカにはインド系など様々な人々が暮らしている。
エイモス・チュツオーラ「やし酒飲み」は神話なのでツッコミ不要だしツッコミ不在だ。
世界の神話を読んでいると、なぜか人類創造前なのにその辺におじいさんとおばあさんが住むんでいたりするし、天地開闢以前なのに山や川があるし、神様と人間の違いがいい加減だったり、普通に変身能力があったりするし、この小説にも日本神話にもそうした側面がある。とはいえ、神話にゴリゴリしたロジックを求めてもしょうがないのであり、「こうして今ある通りの世界と社会が成り立っているのです」と語ることに意味があるのだろう。なお、アフリカ文学と聞くと個人的にアチェベが最初に出てくるんだが、それとは別に祖父の本棚から貰って来たアレックス・ヘイリー「ルーツ」はまだ積んである。
これは別の友人が薦めてくれた本。彼は「おっさんになると文学が読めなくなり、生物学や歴史の本ばかり読むようになる」と言っていたが、本当にそう思う。和訳で二十巻くらいある「ファーブル昆虫記」とか数年前に読んだし。なお、熱量がヤバいのでこれ以外のフォークナーの本は読めていない。
語り手が複数おり、時系列もバラバラなので(クンデラも星を五つ付けてた。自覚してなかったけど、僕ってこういう時系列シャッフルが好きなのかね?)、一見とっつきにくいのだが、情報を整理しながら読んでいくうちに、これはサトペンという男の一代記であるとわかる。肉体を鍛えてひたすらタフになり、若いころの屈辱に対して復讐するかのように、妄念によって偉大なる一族の祖になろうとした男だ。ひがみ、妬み、怒り、そうした感情を持った物語に僕はついつい引き込まれてしまう。最初の妻に黒人の血が混じっていたと言って離縁し、別の妻と結婚した結果、それぞれの家系に不幸な子孫が生まれ続けていき、とうとう滅んでしまうのだが、それはサトペンが貧困ゆえに受けた一つの屈辱から生まれたのだと思うと、まったく救いがない。しかし、この熱量に負けて読んでしまった。
ただタフになりたいと言っている人間は、どこかで涙を流さないとマシーンになってしまう。村上春樹「海辺のカフカ」を読むとわかる。
ところで、フォークナーは日本を訪れて「私も敗戦国の人間です」と言ったそうだ。胸を張って祖国を自慢するのにためらうような、この南部アイデンティティのことを、BLM運動が燃え盛っている時に、思い出していた。
数世代にわたる大河小説と言えば、最近は学生時代から積んでいた北杜夫「楡家の人びと」を読み終えた。今になって読むと、これは経済的には恵まれているが機能不全を起こした家庭が崩壊していく話で、北杜夫が尊敬していたトーマス・マンの「ブッデンブローク家の人びと」とはまた別の嫌な没落ものだった。どちらも、最後の世代の一番情けのない甘えん坊で覇気のないやつに自分を重ねて読んだのである。
全くの余談ではあるが、どうも自分は影響を受けやすいらしく、明治から昭和を舞台にした小説を読むと、いつの間にか米国憎しみたいな気持ちがうっすらと育っていくので、無意識に影響を与える点ではSNSの悪意を持ったアルゴリズムは同じくらい怖い。
実はどちらも内容をほとんど覚えていない。
とはいえ、ポール・ニザン「アデン、アラビア」のように若い人間が、抽象的な何かを抱えて異国をさまよう話というのはそれだけでいいものだ。そこからしか得られない心の栄養がある。自分が何者になるかがまだわからない頃にしか書けない/読めないものがある。池澤夏樹のこの全集にもそういう話がいくつか納められている。
ジャン・ルオー「名誉の戦場」は過去の大戦の傷跡がうっすらと書き込まれているらしいのだが、当時の僕にはまだ読み取れなかった。おじいちゃんがヌーディストビーチをのぞきに散歩しに行ったエピソードしか覚えていない。
手に取った小説がとても長かったり、プロットが入り組んでいたり、暗喩がわかりづらかったりと、読むのに訓練がいるものだったりして、結局理解しきれないことがあるけれども、そうした文学を読む力(あらすじや登場人物やその関係性を記憶する力)を養うには、結局そういう本を気合で読み進めなければいけなんじゃないか。文学案内や文学の読み解き方を勉強せず、裸一貫でドン・キホーテよろしく風車に突撃していった僕なんかは、そう思うのである。
アパルトヘイト真っ盛りの南アフリカで、一人暮らしのおばあちゃんが(調べたらがん患者だった。記憶からすっかり抜け落ちていた)、黒人のスラム街に紛れ込み、こうなったのは誰のせいだ、お前らのせいじゃないか、イエスかノーかで答えろ、みたいに言われる話だ。大体クッツェーはこういう政治的な話が多い。
二分法はそもそも好きじゃない。もともと自分は口下手で、話をしっかり聞いてもらいたい方であり、こちらの話を聞かずに一方的に話をされるのが嫌いだ(その場でうまく言い返せないからこうして延々と文章を書き綴っている癖がついてしまっている。とにかく僕は延々と気が済むまで言い訳を聞いてほしいし同情してほしい)。
正義である我々に味方しなければ、お前は悪に加担したことになる。似たようなことを米国のSF大会で述べた人がいたね。個人的には、社会正義の理屈としては正しいと思うけれども、好きか嫌いかと言われれば嫌いだ。この二つは全く異なる軸だ。お前は明日死ぬかもしれないというのは論理的には正しいが好きではない、というのにちょっとだけ似ている。まったく別の評価軸で、両者は重ならない。
うっすらした類似でいえば戦争責任にも似ている。「なぜ生まれる前のことに取りようがない責任を取らねばいかんのか?」ということでもある。あるいは、メンタルが弱っているのに、「あなたの人生はあなたしか責任が取れない」と言われ、ますますしんどくなるのにも似ている。どちらも「責任」が絡んでくる。誠意ってなんだろうね?
やっと納得できたのは、アイヌ民族の議員である萱野茂がある本で書いていた「こうなったのはあなたのせいではないが、この状況をただす力をあなたは持っている」という趣旨の言葉で、これは「責任」を「重荷」や「義務」や「罰」ではなく、「現状を少しでも良くするためのパワー」という肯定的な言葉で語りなおしている。責任という言葉は、人によって使い方に若干のずれがあり、だから違和感があったのかもしれない。。
とはいえ、そこまで考えている人は少なく、九割の人は自分の立場の都合しか主張しないし(ただし、そのパワーバランスで民主主義が機能している可能性はある)、それどころか自分とは違う属性を平気で差別している例も多々ある。被差別民が女性を、女性が障害者を、障害者が外国人を、自己正当化する理屈と共に平気で見くだし、差別する例をすべて見て来たし、アラフォーになってしまった今でも、サリンジャー「ライ麦畑で捕まえて/キャッチャー・イン・ザ・ライ」のホールデン少年みたいに、多くの活動家や安易にSNSで「いいね」を押す人々を「あいつらはインチキだ!」と独善的に糾弾してやりたい思いは消えない。他人の言葉は信じられない。納得できるまで自分で考えるしかない。とはいえ、あらゆる憎悪も究極的には自分や身内が安全でいたいという素朴な願いから来ているので、相手を批判しても全然解決しないんだろうな。
この作品も一度褒めた。
エルサ・モランテ「アルトゥーロの島」は息子を放置して放浪を続ける主人公の父が、同じくらいの年頃の義母を連れて帰ってくるんだけど、主人公がその義母に対して屈折した気持ちを持ち続ける話だった。確か恋愛感情にはならなかった気がする。完全にネグレクトだし、主人公の愛情というか思慕は義母ではなく実の父に向かっている。この父親のように感情を表現できない、義務だけで動く男性キャラにひかれていた時期があったのだけれども(1/12追記:この父親は義務で動いているわけじゃなくて、一般的に義務で動くキャラって意味。感情を表現しないという部分だけが共通)、それは何でだったかはよくわからない。当時の自分がやらねばならないことで動いていたからかもしれないが、その結果として案の定心身の調子を崩した。父に対する巨大感情という意味ではエヴァンゲリオンじゃんという気もしないではない。あれにも同い年の「母」が出てくるし。シン・エヴァンゲリオンではちゃんと父親の内面が出てきたけど、この作品では記憶にある限りでは出てこない(何となくだが庵野秀明といい村上春樹といい、多くのクリエイターは親が世を去る頃になってやっと親を直接扱うようになる気がする)。
閑話休題、大体、やらなければならない義務を果たすのだけが行動原理になると、晩年に「この人生は一体何だったんだ」とカズオ・イシグロ「日の名残り」のように嘆くことになる。カズオ・イシグロは長篇を全部読んで、「この作家別にそこまで好きじゃないな」って気づいたんだが、「日の名残り」は別格だ。
ナタリア・ギンズブルグ「モンテ・フェルモの丘の家」は書簡体小説で、親しい友人のSNSでいうクラスタというか、友人の輪とその周辺のやり取りをずっと追い続けていて、近づいたり離れたりという感じが、人生のある側面を忠実に表現しているみたいで好きだった。ちょうど周囲で結婚ラッシュが起きたり、ちょっとした行き違いで不仲になる友人を見て来たころだったと記憶している。この人の作品は良くて、ずっと不機嫌なお父さんが出てくる「ある家族の会話」など何作か読んだ。
あと、須賀敦子いいよね。誠実な翻訳をする人の書く文章は、そもそも美しい。
続く。