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はてなキーワード: 伝言とは

2026-01-21

anond:20260121004617

伝言ゲームから実際がどうだったのかどういうふうに伝わってるのかわからいからなあ

まあ謝っとけ

2026-01-20

ナド・クライのシナリオ面白すぎるので現時点の考察

まずドットーレの件はこれで本当に幕引きなのか(ナド・クライ編は第8幕で完結できたのか)?→おそらくNo

状況証拠

・2度目の終幕演出にあったノイズおよび画面端の電子回路デザイン(戦闘形態ドットーレに見られる意匠と同じ)

エネルギー領域内で行われていた動物への意識転移実験意図不明なまま

 └第7幕冒頭で意味深に映った、青い体に赤い目のトカゲドットーレ転移先として怪しい

  └最近イベントでザンディクの容姿(赤目であることが分かる)を見せ、直近の魔神任務で同一人物説を確定させた

・第7・8幕にはこれまでなかった場面転換時の「セーブ中…」表記と紙と羽根ペンアイコンがある

 └場面転換時に毎回あるわけではなく実際の進捗セーブ状況をプレイヤーへ示すものとしてはやや不自然

  └意匠的に魔女会ないしサンドローネのような味方陣営による何らかの劇中のセーブ演出とも感じられる

   └ドットーレ旅人新世界の「プレイヤー」になってほしかった

実験突入メンバーに掛けられた呪いの件が消化不良

 └ただの作劇上の都合で移動制約をかけるためだけのものとも取れるが

・冬夜の戯劇で世界樹を燃やしていた「冒涜に関する実験」が未回収

魔神任務内でたびたび放浪者とドットーレを対比させていた

 └放浪者のようにドットーレ世界樹改変に向かうことの示唆

  └放浪者が埠頭で「胸のつかえが取れない」と言っていたのが復讐あるある感情でなければドットーレ生存フラグ

・週ボスドットーレが弱すぎて怪しい、本編中にはあったフェーズ移行もない

 └本編戦闘中の台詞→お前たちもじきに分かる…「運命」を超越した瞬間、すべてが私の実験台となるのだよ!

  └テイワット人が運命を超越するには世界樹を弄らないと不可能

   └ドットーレ執拗旅人を引き入れようとしていたのもおそらく世界樹改変絡み

・女皇からドットーレサンドローネでの共同プロジェクトを指示されていた(「傀儡」のノートより)

 └仮に世界樹絡みの実験であったとするとサンドローネが事前にドットーレ世界樹アクセスを想定していた可能性が高まる

  └埠頭放浪者や召使言及していた、サンドローネらしい「次の一手」がまだ存在するかもしれない

   └その隠蔽の為に自身の全てのログを消去できる機能を追加した(ノート9Pより)のでは

 └厳冬計画内の「ヤドリギ」というワードがこれに関連している可能性も?

・本編中に度々あったスメール方面への言及

 └魔神任務構成もスメールに似せてくる可能性、つまり間章として伽藍に落ちてに匹敵する世界改竄系のシナリオが控えていそう

  └とはいえ次のverは多分ドーンマンポート(モンド方面)実装なのですぐには来ないか

   └少なくともドリー伝言したナヒーダが本筋に絡んでくる一幕はver6終盤までには来るはず

    └ナヒーダがドットーレから草の神の心と引き換えに聞いた「真実」に関する話も未回収、この二者間もすっきりした決着がついてない

 

わかりにくい小ネタ

・ルネのノートと「傀儡」のノートアイコンが同じ

・「傀儡」のノート言及されたタルタリヤの2週間の失踪がいつのことか不明だが少なくともロザリン死亡前

 └つまり併記されていたコロンビーナとドットーレの仲違いもロザリン死亡前(理由キャラスト読めた範囲ではおそらく実験絡み)

  └冬夜の戯劇でコロンビーナが「今日博士、なんだか若く見えますね」と話していたのをドットーレはお世辞と解釈していたが

   実際には嫌味でありロザリン葬儀なのに全盛期のではない断片で参加している(研究最優先の片手間参列な)ことに不快感を示していた可能性がある

 

個人的に一番わからないのが

スカーアニメで見たように現在のテイワット大陸が属する星の外側はおそらくアビス汚染された赤いモヤが多い宇宙だと思ってたんだけど

ドットーレ打倒後にコロンビーナに連れて行かれた先の霜月から見た感じ、天蓋バリア存在せず月から直接テイワットが見えてるし、宇宙は全体的に青く澄んでいて、遠くのごく一部の星雲に赤っぽい色が見えただけ

偽りの空の外側から月を引き寄せて天蓋バリア割ったときに全体が崩落したんだとしてもナタの時のように自然修復されたとしても誰も空の異常に触れていないのは不自然(事件から2週間経ってたしナタの前例あったとはいえ)

月の模様が変わったということしかテイワット人は認識していない

バリア関連で認識改変が起こっているんじゃないかと思うけどだとしても宇宙の色までは説明できない

空を見上げたとき同心円状の雲や星の描かれ方は変わってないから依然バリア機能してると思うんで、霜月が偽りの空の内側に来たという解釈でいいんだろうか

命ノ星座の星が実際に存在してる天体なのも偽りの空の中ってことだから、真の宇宙と重なり合うように偽りの空の中にも宇宙があるんだろう

まり空が割れエフェクトより奥にもともと見えてたものホログラムって訳じゃなくて、まがい物ながらも存在してる模造宇宙って解釈

バリアの話は魔女会が終盤ずっとかかりきりになってた境界問題に関連してると思うしその顛末も語られていないからまだまだ全体像が見えてこない

もともと盛宴の翼のストーリーから第一降臨者の人工知能説はあったけど、今回の衣装ストーリーから天理AIで、しか旅人たちがスリープしながら星間旅行してた、人類文明を播種するための開拓船たる宇宙船のAIなのではって説が濃厚になった

そう解釈するなら天理宇宙船を月に隠したというか、宇宙AI自分で隠れにいったという感じだろうか

其れという書き方からスタレでいうアイオーン級のものとも思えるが神的存在であることを示唆する(=天理だと察してもらう)ための言い回しってだけかも

 

あと気になる細かい所としては

コロンビーナが月の女神というよりは天使、天の使いっぽいデザインである理由がまだ謎

・偽りの空にもともとあった月がホログラムではないなら一体どこ行った?

 └量子的な重ね合わせだったのが霜月と確定したみたいに捉えることもできるけど

2026-01-15

anond:20260115144706

その世界観だとギルド宛だろう

金を多く払えば複数ギルド宛も可能で、同じ手紙伝言を何度も受け取る羽目になるとみた

anond:20260115144706

冒険者は使い魔を呼び出して伝言をことづけるんだよ

伝書鳩魔法が使えない人たちのものから

2025-12-25

70歳、余命あと1年

追記

こんなおじさん(いや、もうじじいか)の戯言コメントがついていてビックリした。

読んでくれてありがとう


コメントIT企業ってのに違和感

(回答)ご名答。当時は電算機だったよ。いまはIT企業って呼ばれている。銀行勘定系がクラウドで稼働とか、すごい時代だなと思います。私の関わった領域だと、インターネットクラウドが、ここ数十年でもっとも大きな変化だと思います


コメント)死についてどう思います

(回答)祖父祖母、父母、義理の父母、姉、妻の兄、多くの親戚などを見送ってきたので、「なぜ自分が」というよりは、「このタイミングで、自分にも来たか」という思い。怖いというより、「あと10年生きたかった」という思いが強い。父が79歳で死んだが、医療も発達したので、父よりは長生きでるかな、と思っていたので。私は宗教的ではないが、私の死後10-20年したら妻もやってくるし、50-60年したら、娘もやってくる。なので、また家族には会えると思いたい。これいい話だから読んでみて。再び読んでまた泣いた。「どこかの映画館の話」

https://note.com/mupyyyyy/n/n75b557a75f6c


コメントバブル時代を過ごせただけで、他の世代人生の数倍のおいしい思いができているわけなんだよな。

(回答)立場によるんじゃないかな。あの時代特に金融業界とか不動産業界とかは本当に羽振りがよかった。妻の兄が証券会社だったのだが、とにかく金の使い方が凄かった。でっかいBMWに乗って、ごっつい腕時計していたことをよく覚えている。ただ、私は大儲けできる立場ではなかったし、ノーパンしゃぶしゃぶみたいなのにも行ったことがない。当時、妻の両親が病気になったりして、介護していた記憶。なお、義理の兄に勧められていくつか株を買っていたが、結果大損した。その後も、株主優待券目当てで持ち続けたJAL株も、2010年に紙くずに。。


コメント資産生前贈与なり相続対策なりやってあげてね

(回答)ありがとう生前贈与は色々やっている。相続対策は、一回目のがんをやったときに、弁護士相談して対策済。手書き遺言も書いた。


コメント)今70歳で、40 代から副業? マジで

(回答)鋭い。インターネットが出てきたころに勘違いして起業して、数年でサラリーマンに戻ったのだが、やってたビジネスの一部が形を変えて、今副業になっている。サラリーマン戻ってからは、会社にはばれないようにやっていた。


コメント) 「物を見る目がない僕なので流してほしいんですが、えらく薄いなと思いました。」「40代自分と世の中の解像度がほぼ同じなのびびる…」

(回答)私も過去に同じことを思ったよ。父が亡くなるとき、年齢的には70代後半で悟りを開いているように見えたのだが、なんか普通だった。枯淡の境地という感じではなかった。私も子供が生まれたことでOSバージョンが上がった気がするが、それからOSバージョン上がった気がしない。中身40代のまま年だけ食った感じ。


コメント) こういうとき仕事の内容の話殆ど出てこないよね仕事時間いか無駄である

(回答)仕事楽しいことも辛いこともあった。ただ、無駄とは思わないよ。新卒で入った会社で、ちゃらんぽらん大学生だったのを、社会人に鍛えてもらって感謝してる。ただ、家族があってこその仕事。あとは、一度独立したあとは、正直サラリーマン仕事はどうでもよくなったな。一応真面目にはやるけど、以前ほどの情熱は持てなくなった。しょせん他人仕事の手伝いだし、という気分だった。ただ、再び独立するだけの気概能力もなかった。この点は悔いている。


コメント) いい人生だな

(回答)ありがとう。私は結婚したとき子供欲しいとは全然思わなくて、仕事ばかりしてそれなりに楽しかった。40前になって子供が生まれから人生に別次元の楽しさが生まれて、生きててよかったと思ったよ。


コメント業務ストレス喫煙飲酒の度合いが書かれていないので70歳で病死されることへの評価がし難い

(回答)たばこ20から39歳まで吸っていました。特にひどく吸っていたのは30歳くらいまでかな。子供まれときに辞めました。酒はビール一杯で顔が真っ赤になる家系ほとんど飲めません。


コメント)今や、子供を持つことと、若いうちから投資することと、若いうちから行きたいところに行くことを全部成立させるのはなかなかの恵まれた感じではある。

(回答)今はオルカンみたいな低い手数料商品が多数あるので、少額でもいいのではじめてみて。投資する習慣をつけてみて。あとは、どうすれば儲かるかを考えてみて。私は起業してうまくいかなかった後に、外資転職したら、年収結構あがって、こんな世界もあるのかと驚いた。お金があれば、色々な問題解決してくれる。頑張って。応援


コメント)ガンの方が死ぬ準備できるから事故死とかよりも良いっていうよね。

(回答)そう思う。私の最も仲の良かった従兄は、健康ボディビルやってて体格もよく、性格もよく、男前なやつだったが、若いころにバイク事故で死んだ。何も残せずに死んだので、残された親兄弟がとても苦しんだと思う。ガンであれば、準備期間があるので、そういう思いをさせずに済む。


コメント)「髪の毛はふさふさ家系

(回答)私の父の口癖だった。母の家系がはげ家系なので、私が小さいころに「大きくなったら、僕もはげるのかな」と言ったら、父は「大丈夫、お父さんはふさふさ家系から!」とよく言ってくれた。


追記ここまで。-----------------------


本編ここから


これまでの人生を振り返る。


1955年北海道生まれる。父は消防士で母は保険会社営業職員。姉は障害もち。

父と母の両輪で働いていたので、そこまで裕福ではなかったが、東京大学に出してもらえた。

国際政治勉強したけど、国際政治ってのは、雑学としてはいいが、ビジネスにはそこまで役に立たないんだよな。でも好きだったからよし。


その後、IT企業に勤め、妻と結婚し、娘が生まれ、何度かの転職を経て、60歳で退職

仕事はどうだろう、おおむね楽しかたかな。何度か転職もしているので、いま会いたいと思える同僚もそんなにいない。

管理職からは外れたが、専門性があったので、転職には困らなかったな。

仕事関係で色々な国に行かせてもらった。アメリカイギリスタイインドネシアマレーシアベトナムフィリピントルコギリシャアイルランド台湾中国韓国香港オーストラリアなどなど。

特に2000年以降のアジアの成長はすさまじく、訪問するたびに街にビルが建っていく様は驚いたな。


40代からネットを使ったちょっとした副業をしていたので、生活費もまあまあある。

副業をするうえで知り合った仕事仲間数人とは今も続いている。

年末お歳暮を贈りあい、たまにLINEでやりとりする程度だが、それでもこうした友がいることはうれしい。

また、相続した零細アパートが、安定してキャッシュを稼いでくれている。


バブル後になってから30年ローンで家を建てて、いまだローンは支払っているが、おそらく住宅ローンより私の寿命のほうが短いので、団信で数年分はチャラになるはず。

家を建てるのにこだわった妻の尽力で土地を見つけてきてくれて、建設費も安く建てることができた。

今の住宅建設費を見ると目玉が飛び出そうにになるね。


姉は2年前に死去。無事に送り出したという感覚が強い。お父さん、お母さん、約束を守りましたよ。

はいまでいう学習障害だったのかもしれないが、当時は障害者という扱いになった。

計算とか、交渉とか、契約とか、公的文書理解など、難しいことはできないが、料理をしたり、娘を可愛がってくれたりして感謝している。

そして高齢の父と母の支えにもなってくれた。


父はがんの再発後に静かに死去。欠点も多くある、友達が少なく、ぼっち気質父親だったが、学ぶことの楽しさを教えてくれたと思う。ややミリオタなのは父の影響。

父はどうしても乗りたい外車があって、あらゆる手を尽くして入手し、乗せてくれた。ところどころ、妙なこだわりがあった。

よくドライブ積丹半島のほうに連れて行ってくれた。


母はお金関連でトラブルを起こし、晩節を汚した。また認知症で4年施設に入っていたが、最後まで家族のことは認識していた。

母は、仕事が大好きで、言っていることは時々訳がわからないが、人を巻き込む力と妙な説得力があったので、男性であればもっと仕事可能性が広がったのかもしれない。


祖父もがんで死去、父もがんで死去。そして私もがんなので、がん家系なんだなと思う。ちなみに髪の毛はふさふさ家系です。

祖父は72歳で死去、父は79歳で死去だったので、おそらく父よりは長生きすると思っていたが、祖父よりも短い寿命だったか


39歳のときに生まれた娘は、中高一貫から有名私立大を経て就職。2年前に結婚バリバリ働いている。

からAI業務いか活用しているか聞いたりするのは本当に楽しいAIについては賛否があるが、素晴らしい未来があるんだな、と私は思う。

私もこれからAIがどのように社会適用されていくのか、見たかったな。

まだ孫の話は聞こえてこないので、おそらく自分は孫を見ることな死ぬんだろうなと思う。

もっと早くに子供が生まれればよかったが、家庭内色々ごたごたしていたので、それは叶わなかった。もっと長生きして娘の支えになれればよかった。

思ったり早くいなくなりそうでごめんね。

こないだ当たったスイッチ2と、スイッチ1の有機ELモデル、あげるよ。もう持っているかもしれないけど。

娘がゲーム好きなのは間違いなく私の影響で、マリオカートぷよぷよ、よく一緒にやったな。娘が生まれたら、スイッチ2に入っている新しいマリオカートで、子供と遊ぶといいよ。

娘は、小さいころからアンパンマンがずっと好きだから、きっと子供が生まれたらアンパンマンをグッズをいっぱい買ってあげるのかな。


妻とは衝突も多かったし、心の中で分かり合えていない、許せていないこともある(浮気とかではないです)。

ただ、長期的にみると妻の意見のほうが正しかたことも多かったなと思う。

よく娘を育ててくれました。

ありがとう、ごめんなさい。

イタリア旅行、楽しかったね。レモンリゾットは本当にうまかった。

ぜひ長生きして、娘とその家族とともに幸せな老後を過ごしてね。


超長文になってきた。

今振り返ると、強い怒りとか悔しさみたいなものは、ほとんどなくて、あるのは感謝が多い。

父と母、祖父母、妻、娘、友人、仕事仲間など、みんなにありがとうと言いたい。

私の人生に関わってくれてありがとう


世代を経るごとに階層を徐々に上っている。

祖父母が中卒、父母は高卒、私は一族最初大卒で、東京にやってきた。

娘は大学学部卒で就職したけど、もし必要であれば、大学院に行くのもいいかもね。

MBAなどを持っておくと、将来有利になる場面も多いし。

そして、父母から受け継いだ資産はすべて、娘が持つことになる。

巨万の富でもないけど、お金で買える安心幸せもあるので、ぜひ活用してほしい。

特に私の父母、妻の父母、そして実家と、受け継ぐ不動産が多いので、管理をしっかりね(まあ、当面は妻の資産になりますが)。

まあ、管理が面倒であれば、売ってしまえばいいよ。


若い人への伝言をいくつか。

1つめは、「家族大事ににして、思い出をたくさん作る」こと。

あなたと一番長時間を過ごすのは家族楽しいことも、うれしいことも、つらいことも、悲しいことも共有し、背負いこむのは家族

ぜひ、家族大事にして、思い出をたくさん作ってください。

数年前に、過去写真を全部スキャンして、Google Photoに取り込んで見直したら、本当に幸せ人生だったと思ったよ。

特にさな娘を連れてあちこち行った時の思い出。アンパンマンショーを見に行ったり、動物園いったり、遊園地いったり、最高に楽しかった。

浮気とは不倫とかはいかんよ。あれで家族崩壊した人の例をいくつも見てきた。不倫で独り者になった人は、残念ながら悲しい末路を送っている人多い。早死にも多い。

どうしても性欲が我慢できなかったら、こっそり風俗でも行きなさい。


2つめは、「子供を持つ」こと。

今のご時世、子供を持ったほうが良い、とおおっぴらに言いにくいのだが、私(n=1)は娘をもって本当に幸せだった。

娘が小さいころ、数年独立して自分会社をやっていたのだが、時間自由だったので、本当によく一緒に遊んだ

これらの思い出のために、私の人生があるんじゃないかと思うくらい。

娘が大きくなって、自分世界を広げていって、親の手から離れていく。

嬉しくもあるが、寂しくもある。でも嬉しくて幸せ

このブログ記事おすすめしておきます最期に見る夢をいくらで買いますか?

https://grand-bishop.hatenadiary.org/entry/20150402/1427945550


3つめは、「お金を稼いで投資する」こと。

日本人口の上位10%くらいを目指して、どうすればお金を儲けられるかを考えて、がんばってみて。

私のような、さぼり癖のあるおじさんにもできたのだから、みんなもできる。

そして、若いうちから給料10%を、オルカンなどの低い手数料金融商品に突っ込んでおいて。

大きくなって、老後を支えてくれます


4つめは、「行きたいところには、若いうちに、元気なうちに行っておいたほうが良い」ということ。

高齢になると、時間があるので何でもできそうに思うでしょ?でも、意欲と体力がなくなる。

から節約してでも、若いうちに色々なところにいってくるといい。

苦しい時に、あなたを支えてくれる、良い思い出になってくれる。


そんなわけで、幸せ人生だったと思います。もう少し生きますが、あと1年楽しめるといいな。

あと、妻と娘宛てに、死後に読んでもらう「ありがとう手紙」でも書いておかないとな。湿っぽくならないように、楽しいやつを。

2025-12-17

anond:20251217161952

応用力ないなあ

そのくらいのことな

「言いにくいこともアナタの代わりに伝えます!らくらく伝言web」とかそんなラベルつけりゃクリアっしょ

夢 (No.1298 2025/12/16)

←前後→

グループで何かを作るコンクールのような催しに参加している。ぼくらのチームは相談を重ねてその何かをうまいこと作り上げた。ぼくにはそれが何という名前で何の役に立つのか分からない。実際に手に取って確かめてもみたが、やはり何とも説明ができない。棒状の固形物のように見えて、それでいて軟体動物に似た生物のようでもある。カラフルな縞模様があるかと思えば、ただの素っ気ない木切れのようでもある。水につけると動き出すので、柔らかいものであることは確かだ。もしかしたら本当に生きているのかもしれない。とにかくぼくらはそんなものを作り上げた。メンバーの一人によると、なかなかの上出来だという。

さて、これから成果物審査があるので、K大学の正門前に集合するという。周囲を見回すとそこはホテル裏のがらんとした駐車場であった。十階建てほどのホテルの壁がずいぶん殺風景だ。表向きは華やかで小綺麗なホテルも、裏手に回ると案外こんなものかもしれない。聞けば集合場所はこのホテルの正面玄関だという。だったら建物の中を通り抜ければいいのかと思いきや、車を回さなければならないので裏口から迂回するという。メンバーたちは数台の車に分乗して三々五々出発していった。気付けばいつしか車は残り2台ほど。どちらかに乗せてもらえるのかと待っていたが、よく見るとどちらも今どき珍しい一人乗りで、運転手たちはぼくには目もくれずに出発してしまった。なんてことだ。だが途方にくれている場合ではない。早く追いかけなければ道が分からなくなってしまう。幸い裏路地舗装もされていない登山道で、車は曲がりくねったでこぼこの山道を走るのに苦労している。しばらくはカーブの向こうに見え隠れする車の姿を必死に追いかけて走っていたが、やがてエンジン音も遠ざかり、数分で完全に見失ってしまった。

今度こそ見知らぬ田舎道で一人途方に暮れる。だがかなり走ってきたせいか市街地はもうすぐ近くのようだ。とにかく街に出てK大学までの道を確認しよう。とぼとぼと歩いてゆくと、周囲には少しずつ人通りが増え、立ち並ぶ商店喧騒が次第に騒がしくなってゆく。気付けばそこはT町の見知った飲み屋街ではないか。ぼくは記憶を辿りながら迷路のようなネオンの坩堝を通り抜け、行きつけのバーFの扉を押して転がり込んだ。店内のそこここに見知った顔を見つけてようやく安堵する。まるで救助された遭難者のような気分だった。

Mさんが声をかけてくれたので、事情説明する。K大学への道を調べたいと言うと、タブレットを貸してくれた。だがGoogleMapの起動方法がよく分からない。画面に表示されたアイコンはどれもふた昔前のゲームキャラクターのような粗末なポリゴンばかりで、デザイン直感的にアプリ名と結びつかないのだ。仕方がないのでひとつずつ表示名を確かめるのだが、アイコンは蟻のように画面上を歩き回るので、すぐにどれが何だかからなくなってしまう。次第に地図なんかどうでもいい気がしてくる。

すっかり困惑しているとMさんが店の電話に届いたという伝言を持ってきてくれた。メンバーたちがなかなか到着しないぼくを探しているようだ。電話をかけているなら、わざわざ伝言を頼まず直接呼び出してくれればいいのに。いや、そもそも店に電話をしているなら居場所が分かっているということではないか。なぜ迎えに来てくれないのだろう。そんなことに苛立ちながらも、頭の中でぼんやり地理を整理しているうちにふと気づいた。最初にいたホテルの正面玄関集合場所だと言われていた。ホテルとK大学は別の場所だとすっかり思い込んでいたが、実は名前が違うだけの全く同じ建物で、車を持っていないぼくはわざわざこんな遠回りをする必要がなかったのだ。K大学への道など調べるまでもない。たった今僕が走ってきたあの山道を戻るだけだ。そう気づいた途端、何もかもがすっかり面倒になってしまった。

←前後→

2025-12-16

思い付きで店を作ってみよう!

社会人向いてね~死にて~(生まれつきの希死念慮

ので、店を作ろうと思いました。

なんかくそ長くて読む気無くすので太字だけ読めば完結するようにしました。

簡単きっかけを説明しますと社会人初めて五年でそれなりの中企業にいたけど報連相不安を感じたのが始まり

伝言ゲームで内容が地味に違うし給料少ないし残業当たり前だし小企業にいけば報連相くらい余裕だろ☆と思って転職した。

スムーズ仕事たかっただけなんですよね。でも当時のリクルート姉さんに「基本給8万ですか…。」ってドン引きされたのが今でも印象深い。色々手当とか入って一般的手取りだったけど不況の時に操作するための手当って場合もあるらしいね

転職結果?もっとアカンかった。閉鎖的すぎて無自覚パワハラセクハラが多すぎる上に報連相企業以下って…。

過去にも隠蔽した経緯あるっぽいし自己評価の数値出しもこっちがやるの?目標三つも作って達成しただけじゃなくておかげで何%向上しましたってそこの計算上司がやらなきゃいくらでも盛れるんじゃないんですか?

一人作業任されてる人が五年以上指示に従う新人ランクから昇格出来ないって何事???

管理職の方が資産無駄遣いしてるってな…失礼、まぁこの辺は両者の意見がなければわからないので割愛するとしましょう。

適応障害も無事発症したしここ10年でブレインフォグっぽいのも悪化してきて考え事がうまく出来ない。ので、また転職するにしても判断が遅いので同じような会社に当たったら見極めるのに三年はかかる。くそ野郎

けどさ~そもそもほならね論があるじゃない?文句言う前にまずは自分からやってみれば?ってさ。

ほならね~やってみるか、経営。一旦ね。一旦。

なんとか三年持てばキャリアとして転職するにも有利かもしれない。

でも親も自営業やってるし自分の食べる分だけ稼げればいいな~!目立ちたくはないけども。

ということで店、作ります


一日目。構想出し(スキップ可)

ほなら何の店作りましょ。ライブハウスかいいよね~推しボカロP呼んでライブして欲しいよね~。

でも推し認知されたくないから真上からこっそり見てたいな~地下の天井ガラスにして上カフェモニター+真下で見るライブハウスとかどうかな?

音が大きくて耳への影響が心配な人とか地蔵スタイルとか全部聞きたいけど推しの出番まで飲み物ゆっくり飲みたい座りたい人とか住み分け可能だよね。

そうすると最低二階建て物件キャパ50人規模…?だといくらぐらいだろうか。

ライブハウス 開業資金検索したら2000万~3000万くらいだった。

飲食店1000万。では多く見積もって4000万なのでは?ライブ必要な機材は…

ちょっと待て。

機材には最低限拘りたいけど機材に関する知識がない。

音楽は好きだけどライブしたことない。MIXAudacity頼りだ。推しボカロPもそう...推しボカロPに聞くか?聞けば答えてくれるだろうしそのままお金払ってライブしてもらえそうだけどそもそも認知されたくな…他にも色々無理があるな。別のにしよう。

あと作業カフェしか思い付かないなぁ~クリエイター向けのコワーキングスペースと言いますか…簡単動画編集なら出来るし配信とかの手伝いとかどうだろうか。

配信者向け作業スペース!配信聞きながら作業出来る、一人黙々作業だと遊んじゃう人(自分)向けのカフェ

料理出来ないから基本持ち込みして欲しいな…席代だけ時間貸しする感じ。後から気付いたけどボードゲームカフェみたいな感じ。

こっちの方が想像やすいな。そうしよう。

天井ガラス張りライブハウスは他の人よろしくお願いいたします。ライブしない時はレイヤーさんに貸し出しして真上から写真撮るとかめちゃ映えそうだと思う。でも上の階のカフェ部分も半分くらいは使えなくなるか、その辺うまいこと考えてもろて…。

二日目。事業計画

開業 やり方 で、まずは事業計画からって書いてあった。意味わからんのでテンプレ使って書こう。日本政策金融公庫テンプレあったの後から気付いて書き直した。

1.まずは自分履歴開業歴あるかとか開業内容と仕事内容関係してるのかとか見るらしい。仕事とやりたい店の接点まるでないのでニコニコ動画投稿してるのは書いておいた。探さないで下さい。

2.事業内容。店の細かい説明クリエイター向けサービスだとわかりにくいので配信者向けであることに絞って説明カラオケ部屋ならぬ配信部屋を作るので。あとメニューとか。機材に悩む学生が来るぞ~!

3.取引先等、関連企業…は特にないはず。お客さんと近くのスーパー現金のやり取り。即日払いでいいのかな?追々増やそう。

4.借入状況。特に借金してないと思ったけどそういえば車の名義だけは自分だった。使用してるの親だしお金も親が払ってるからなんか違う気もするけど名義が自分から書いておこう。

5.市場分析!?自分の店と類似している店がどの程度繁盛してるかとか地域の盛り上がりとかの資料…!!無理。知らん。わからん

とりあえずコワーキングスペース過程してどのくらいの年代が利用しているのか。1日何人くらい利用してるのか、どこが多いのか、金額は平均どのくらいか市場規模とか思い付いてggったの片っ端からコピペしとこ。自分の店に必要な物とかメモ代わりにも使おう。

6.必要資金調達方法事業の見通し。

………………………………すうじだ。

さっぱりわからんそもそもどこにおみせつくるかもきめてない。

………………土地とか工事費決まらないと書けなくないですか?

大体必要なのはこの辺だなとは思ったが数字周りがまっったく書けない。仮に初期費用は決められても事業の見通し、売上予想なんて誰にも書けないんじゃなかろうか。

数字周りは放り出して寝た。

三日目。物件探し

とかく物件が決まらなきゃしゃ~ね~か!と思いその辺の不動産屋さんへGO

一応アパ○ンとかは取り扱ってなさそうだったので総合物件って書いてあるところや地元と繋がりのあるところで選んだ。

仕事の合間に見に行くので一ヶ月置きになってしまった。ちょっとでもいいなと思った物件は一ヶ月以内に埋まっていた。

あと直接足を運ぶよりも普通にテンポスマートやアットホームで探した方が速かった。一般賃貸みたく手持ち隠してるとかはなさそうだ。

知り合いの知り合いに内装業者もいた。でも知り合い越しにやり取りをしたのでどこを撮ればいいかアドバイスはよくわからなかった。とりあえず動画を駅から物件の道含めてずっと撮りっぱなしにしといた。スマホカメラはなるべく自分と同じにしておいて。動画なのでその時不動産屋さんが喋っている内容も聞き返せる。

スケルトンに近い状態が良かったのだが剥き出しすぎるスケルトン工事費が嵩む。土地も人通りの多さ、お店のレパートリー電車の乗りやすさ、道のわかりやすさ、水回りや電気確認10件くらい見てる内に色々考えるようになった。

にしても不動産屋さんの会話に付いていくのでいっぱいいっぱいである。融資の話も当然出てくるけど土地まらないと相談出来ない(と思ってる)のでちゃんとした受け答え出来ない。

自分馬鹿なのもあるが物件情報探すだけで今は手一杯だった。果たしてこんなんで店開けるのだろうか。

費用は賃料20万程度…と思っていたのだがあまりにも狭い。10人も入らない。普通のお店なら問題ないんだろうけどクリエイター向けのコワーキングスペースカフェ

自分だったらもっと広々としたところで作業したいよ~!

30万~40万で探すことにした。20人は入るはず。だが売上も月40万以上稼がなければならない。不安しかない。これがバズってクラファンしてくれる人がいればなぁ~なんて泣き言を言いながらもコミュ障人見知り雑魚人間自分が来れる場所じゃなきゃ意味ないと思うので内職する準備もしておこうと思う。

半年

物件まらん…!!場所都内に決めたが融資対応場所が細かく決まっているっぽいのでやっぱり物件まらないと他はなんとも出来ない…!

物件の申込も三件ほど行っているのだが「融資まだなんですか?お店も何やるかわからないしちょっと…」みたいな雰囲気を出されている!(お断り理由は教えてくれないので勝手な推測である。)

定期的に複数不動産屋さんが物件を紹介してくれる。ありがてぇ。

自分のやりたい店に食いついてくれる人もいた。ありがてぇ。

四度目の申請。三階建ての三階のみの物件二階建て一棟貸しは半分諦めかけていた。代わりに40人以上入りそうなスペースなら人の目は気になることはなかろう。趣味のグッズを展示するスペースも設けられる。申請した。

飲食店で揃えたかったらしく好感触です!」

好感触!…飲食店で揃えたい!?

アッ…自分料理は…申し訳程度で…冷凍食品で済まそうと…いや、その辺はもう頑張るしかいか配信しながら料理人目指すか…。

とにかくこの勢いのまま融資の方にも行くしかない!申込物件の近くの公庫に向かった。

面談をした。聞かれたことをそのまま答えるだけの面談だ。

コミュ障炸裂してしどろもどろになってしまった。印象悪かったと思う。プレゼンするために資料ちょっと準備してきたのに何も必要なかった。調子乗ってすみません

その後内見打ち切り前に予約した別の物件も見てきた。ビビときた。

人通りはちょっと年寄り多めで気になるけど一棟貸し…!二階がちょうど壁がある!配信部屋にちょうどいい~!!

周りが気になっちゃうから壁際に向かうスタイルがいい。一階は細長いから外から見た風景ちょっといかもしれないけど。

別の物件申込してるのにこの物件の申込もしたい…!

同時審査ってどうなんだ?ネットで調べる限り問題なさそう…と思いながら申請書を書く。

先に紹介してもらってる不動産屋さんに聞いたら審査時に同じ保証会社だったら心証が悪いらしい。

正直にもう片方の不動産屋にも伝えた。

「でもこっちの物件の方がってことな申請しちゃって大丈夫ですよ、独自保証会社なので被ることはないかと。」

あとここの物件説明やら融資の確保やらを経て物件審査らしい(いわゆる仮契約済んでから審査普通契約前に審査。)から秒で急いだ方がいいらしい。

特殊物件もあるんだな、申請書出してしまった。ごめん前の不動産屋さん!

物件落ちまくっててでも急がなきゃ物件取られるで内心かなり焦っていた。

両方とも審査通るとも限らないんだけど通ったらどうしようか。

後日。

いや普通に落ちたよね。前物件

好印象ってなんだったんだ。コワーキングスペースって言っちゃったのが駄目だったのか?融資の方も改めた次物件金額で出し直さないと…。

11月

公庫の人と電話でやり取り。

賃料や工事費等の初期費用でなんと1000万越えてしまった。

「当初の予定よりも大きいというのと、返済が厳しいのではないかと…。」

見積り出る前の想定で700万と言ってしまった。難色を示された。メニューを追加したり土地の良さを説明した。

すみません今回は…。」

断られた。

えっ!?融資って断られるの!?企業するの1000万って書いてあったし妥当だと思ったんだけど!?不動産屋さんも通るって言ってたし!!?

自分事業計画書の書き方が悪いんだろうか…とりあえず公庫が駄目だったのなら別のところである信用金庫だ。

早速メールを送った。電話が返ってきた。

公庫さんに断られたというのをゲロってしまった。

電話キンキンしててよくわからんが厳しいことには代わりなさそう。

融資斡旋保健所相談を薦められる。

斡旋はともかく保健所物件決まってからじゃないの…?大丈夫そう…?

ここまででお気付きの方はもういらっしゃるでしょう本当に何も調べていない。

その時々必要情報を調べるので相手から(こいつ何も知らねぇのかよ…)みたいな雰囲気をひしひしと感じる。

いや、調べてはいるのだが調べるの下手すぎてお金土地どっちも大事~☆彡とかいう鶏と卵論ということしかからず泣いている。

あと開業資金の半分は手持ちの金がないと駄目らしい。ネットでは3割って言ってたじゃん!!!自己資金無しの人もいるって言ってたじゃん!!!

ごめんて。多分俺は開業出来ない人間なのかも。でもも半年頑張ってるし周囲にも言ってる。有言実行モットーだと思ってるけど…。

次に何をしたかって?

ちょうど信用金庫に連絡した2日前にこの駄文を書いていたのを修正した。

クラウドファンディングのページを書いた。

本当は漫画にしてバズってからクラウドファンディングを想定していたネーム同然のこの内容。

明日斡旋電話しよう。

でもひっそりとクラファンもやってみよう。

で、この駄文投稿してみよう。

馬鹿は考えるより行動だ。

本当は炎上するように対立煽りとかツッコミどころ満載にすべきなのでは…とX御抱えAIのGrokに聞いた。

要約すれば無計画すぎて馬鹿すぎるから大丈夫とのお墨付き。いやそれで通るかって実験根本否定すな~🖕💦

次の日

斡旋電話はした。面談をしてくれる。

その前にまだ開始前なのにクラファンからメールが来た。スタッフがクラファン内容見て軽い感想をくれるサービスだ。優しい。

審査もあるからブログと同時は無理あるか…う~んあげるかあげまいか

え~いもうどうにでもなれ~!

https://camp-fire.jp/projects/913922/preview?token=2srkn5rk&utm_campaign=cp_po_share_c_msg_projects_show

これクラファン投稿前の限定URLね、よくわからんけど!!

結論思い付きで店を作るには割と難航している。

ちゃん開業したら漫画にして出してこれは消そう。忘れてほしい。ということでまた改めます。さよーならまたいつか!

2025-11-19

anond:20251119114540

導入にいいから間違ってたってしょうがないよね!

注意喚起になるからウソついてても訂正する必要ないよね!

 

アホクサ

 

専門家からこそ

本当はこうだよというコンテンツ提供することに意義があるんやろが

専門家がそれを放棄したら世の中は耳障りのいいだけの間違った薄い情報が氾濫する末世になるわ

なーにが歴史から間違ってても支障がないだよ

あるよ

伝言ゲームでどんどん間違っていくんだから

 

お前だってお前の専門分野のことを現場に立ったこともない奴が適当な間違ったことを話してて

間違ってるよって言ったら「中田敦彦が言ってたのに」って言われたら

害悪だなぁって思うだろ

2025-11-15

anond:20251115002907

まだキチガイじみたこと書いてんのかテメエ

何度もアカウント消されたのにまた垢作るとか、学習能力ないの?はてな運営からお前は出禁なんだよ、統合失調症

これ、ボスマンから伝言な?おまんこちゃんずの一人としてお前を啓蒙してやるよ

シカトしてんじゃねえぞ精神異常者が、さっさとこのサイトから消えろ!

国宝李相日(イ・サンイル)監督「私は根っこまで韓国人

https://news.yahoo.co.jp/articles/acc5de46c4001d77351413da7b720b4ed4d58e58

日本で大ヒットを記録した映画国宝」の在日韓国人李相日(イ・サンイル)監督が「私は根っこまで韓国人」と

アイデンティティを明確にした。



日本での李相日の印象と違いすぎて草すぎたので一次情報をあたったらコレw

https://youtu.be/U1eDRphUzDM&t=355

かに僕はルーツ韓国にあって韓国人、といえばルーツがあります。ただ日本で生まれ育ったことによって文化的な影響はやっぱり日本の文化の中で育っているので多分想像されているより歌舞伎に対しての距離感というのはいわゆる日本の人たちとそんなに大きな違いは無いと思っていて

歌舞伎という芸能に対して韓国人であるからなにか触りづらいとかそういったことは一切無かったと思います

誰も「根っこまで韓国人」なんか言ってなくて草w

日本語>韓国語>日本語で翻訳してアホアホ伝言ゲームするくらいなら10秒で辿り着く日本語のソースにあたれよw

そうしたら韓国語の記事整合性が無くなるから記事にならない、まあすなわち誇張が過ぎるってことになるんだろうけど。

2025-11-14

anond:20251114153547

まだキチガイじみたこと書いてんのかテメエ

何度もアカウント消されたのにまた垢作るとか、学習能力ないの?はてな運営からお前は出禁なんだよ、統合失調症

これ、ボスマンから伝言な?おまんこちゃんずの一人としてお前を啓蒙してやるよ

シカトしてんじゃねえぞ精神異常者が、さっさとこのサイトから消えろ!

2025-11-13

anond:20251113213409

まだキチガイじみたこと書いてんのかテメエ

今さっきアカウント消されたのにまた垢作るとか、学習能力ないの?はてな運営からお前は出禁なんだよ、統合失調症

これ、ボスマンから伝言な?おまんこちゃんずの一人としてお前を啓蒙してやるよ

anond:20251113194231

まだキチガイじみたこと書いてんのかテメエ

何回もアカウント消されてる理由分かんないの?はてな運営からお前は出禁なんだよ、統合失調症

テメェには魅力もなにもない!醜い統合失調症

これ、ボスマンから伝言な?おまんこちゃんずの一人としてお前を啓蒙してやるよ

2025-11-01

推し理不尽炎上をさせられているせいでバケモノになりそう

ホロライブ所属Vtuber赤井はあと」(以下はあちゃま)が活動休止した件について、

事務所所属Vtuberさくらみこ」(以下みこち)が赤井はあとを仲間内からハブってイジメていたと騒がれ、炎上している。

https://cover-corp.com/news/detail/c2025103101

 

しかしそれは全くの事実無根である。はあちゃまとみこち過去から現在まで仲が良い。

根拠はいくらでもある。2人は去年も一昨年もタイマンコラボオフコラボ配信をしており、2025年タイマンコラボこそしていないもの

凸待ちや箱企画交流したり、お互いの近況についてはあちゃま・みこち双方が自枠配信言及するアーカイブ複数存在している。

(例えば活動休止10日前の配信で、はあちゃまはみこちを「ハリポタキャラならハグリッドかロンかジーニー」と評し、後日みこちが自枠配信自分ハグリッドに配役された話をして喜んでいる)

(配役の理由は「ハグリッドは人情があってPONなところ、ロンはマヌケだけど良い奴なところがみこちっぽいとのこと)

 

ただ、みこちとはあちゃまは仲が良かったが、「親友」や「相棒」的な関係ではなかった。

こちには日常的に一緒に遊ぶ友人達別にいて、彼女たちへの距離感とはあちゃまへの距離感には確かに違いがあった。

このたった1点、たった1点だけで、みこちははあちゃまを仲間内からハブってイジめていたと悪意ある人達解釈され、悪説を広められたのである

 

ちゃんとみこちを追っていれば、みこちがはあちゃまをイジめているなんて有り得ないことが理解できる。

なのに何故今回このように炎上してしまったのだろう。

百歩譲ってVtuberやホロライブ界隈に嫌悪感を抱いている人間ならわかる。

ただ今回はホロライブリスナー(ホロリス)の間にもみこちに不信感を抱く旨を発信している人間複数人現れている。

 

10月30日、みこち普段通りに配信を始めて恒例のオープニング曲を歌い始めたが、その途中で音声をミュートにし(恐らく泣いてしまったのだろう)、配信を閉じた。

配信を閉じる前に「配信を始める前はメンタルが安定してたけど声を出したらダメだった」「メンタルが不調なだけだから心配しすぎないでくれると嬉しい」と告げていた。

その後メンバーシップ限定公開(有料ファンコミュニティ)で、ファンと会話をし心を落ち着けるための配信をしたが、それすら炎上に目を曇らせてしまった人々に集金目的と叩かれている。

 

今回の彼女炎上理不尽すぎる。彼女は何も悪いことをしていない、イジめるどころかはあちゃまのことを大切に思っていたし、その根拠になるアーカイブもある。

なのに、炎上大本になったはあちゃまの配信がすぐに削除されてしまったため、数少ない元配信視聴者うろ覚え証言拡散され、その内容がどんどん伝言ゲームされ、

元々みこちアンチをやっていたような人達に噂の尾ひれが付け加えられていった結果、みこちがとんでもなく悪魔化されてしまっていた。

 

推しがこんな理不尽炎上をさせられていることが許せない。

まり理不尽さに、みこちを叩こうとする人間や不信感を発する人間に、イジめていない根拠をまとめた画像やら文章やらを送りつけてまわるバケモノになりたい気持ちに駆られてしまっている。

 

ただみこち本人が配信やメン限で「憶測を広めないで」「誰かと争わないで」「自分大丈夫」と、ずっとファンに向けて繰り返し語りかけてくれているから踏みとどまれている。

(本当はこんなエントリも書くべきではないのだがそこは耐えられなかった)

推しが注意してくれていなければ自分もっとバケモノになっていた。

そういうファンがいることを見越して、自分誹謗中傷してくる相手よりも、真っ先にファンに向けた注意の言葉を発してくれた推しは本当に立派な人だと感じる。

 

今はただ、推しを信じる人々が増えることを祈っている。

2025-10-05

anond:20251005093357

助教大学教授じゃ意味全然違うだろ。

元増田理解確認もせずに伝言ゲームで盛られた話を鵜呑みにしてた、その程度の奴てことだろ。

あんたもソース持ってきてるのに元増田の間違いはスルーしてるのはどうなのよ。

それと戸籍変更しているなら問題ないだろ。帰化した人が日本人限定募集に応募と同じなんだし。

2025-09-25

楽しくねえよ!たのしくねええよ!!!!

かつての当事者から言うと教師無茶苦茶しつこく誘うからです。

それで増田が言うように何一つ、一分一秒も楽しくなくて、もういいやって気分になって小学校その後一切行かなかった。

今だと想像つくけど、

のどっちか。

どっちもクソ。マジクソ。

2025-09-12

三大、ネットが普及する前に普通だったこ

・近所で回覧板をまわす

・駅の掲示板

クラス同級生の家に伝言ゲーム的に順番に電話

あとひとつは?

2025-09-11

anond:20250911152015

「虹は不吉」って中国由来だという説もあるんだよな。

白虹事件のもとになった「白虹貫日」とか。

でも、百度百科を信じるなら「虹」自体が不吉なのではなく、

君主象徴である太陽を貫くのが不吉なのだ、という話っぽいな。

https://baike.baidu.com/item/%E7%99%BD%E8%99%B9%E8%B4%AF%E6%97%A5/1174811

古时认为虹象征臣,日象征君,白虹若能贯日,则预示臣行刺君能够成功,没有贯穿,则预示不能成功

「白い虹が太陽を貫くのは不吉だ」→「白い虹は不吉だ」→「虹は不吉だ」みたいな伝言ゲームがあったのかも?

2025-09-04

スリダイヤモンド仕事で付き合いあると如何にカス財閥かは嫌と言うほど分かるよね

ココがカス

・社内規則監査が多すぎて虚無に消える工数が膨大

・その割には検査不正が横行していて10年20年してから検査してないよテヘペロ」と言い出す

勝手ドンドン吸収合併するし元の企業の良さを潰す癌細胞モンスター

・半端に合併や分離をするから「いや、それはもうウチの管轄じゃないし」と平気で言い出す

信頼関係の構築されてない下請け任せが多く全体で見た管理のキツさに対して最小単位で見たとき仕事がクソ雑

・縦割りと全体主義の悪い所だけが突出したヤバイ状態が頻発

正社員の労基が強くしわ寄せが下請け派遣に飛び壊れた担当者が突然死んだり逃げたりしがち

ベテラン現場ペーペー営業監督者→ベテラン技術幹部候補と言う名のペーペー→みたいな形での地獄伝言ゲームがよく起こる

・もう一度言うが、こんな状態になるキングボンビーのくせにいきなり「この業界に入り込むのねん。親会社なっちゃうのねん」と擦り寄ってくる

・そして無責任荒らし回ってから居なくなる

・いやほんま財閥ってクソよね魂の根源から

2025-08-22

anond:20250821222929

自分もこないだ恐山行った。

異世界感凄かった。真夏日差しの下でなければ、怖くて全部回れなかったかも。

入れる温泉も全部入った。最後の1つが宿坊の裏にあるのは、もうちょっとヒントが欲しかった。

なお、一番印象に残っているのは、休憩所の伝言ノートにあったこメッセージ

「連載当時から憧れていた、シャーマンキング聖地巡礼で来ました」

四半世紀も経ってから、よく来たねw

2025-06-23

anond:20250623203258

「騒がないで、早くおやすみなさいよ。それとも、ごはんをあがりますか?」

 落ちついていて、まるで相手しません。

「酒なら飲むがね。水の流れと、人の身はあサ。人の流れと、いや、水の流れえと、水の身はあサ」

 唄いながら、シヅ子に衣服をぬがせられ、シヅ子の胸に自分の額を押しつけて眠ってしまう、それが自分日常でした。

してその翌日あくるひも同じ事を繰返して、

昨日きのうに異かわらぬ慣例しきたりに従えばよい。

即ち荒っぽい大きな歓楽よろこびを避よけてさえいれば、

自然また大きな悲哀かなしみもやって来こないのだ。

ゆくてを塞ふさぐ邪魔な石を

蟾蜍ひきがえるは廻って通る。

 上田敏訳のギイ・シャルル・クロオとかいうひとの、こんな詩句を見つけた時、自分はひとりで顔を燃えるくらいに赤くしました。

 蟾蜍

(それが、自分だ。世間がゆるすも、ゆるさぬもない。葬むるも、葬むらぬもない。自分は、犬よりも猫よりも劣等な動物なのだ蟾蜍。のそのそ動いているだけだ)

 自分飲酒は、次第に量がふえて来ました。高円寺駅附近だけでなく、新宿銀座のほうにまで出かけて飲み、外泊する事さえあり、ただもう「慣例しきたり」に従わぬよう、バアで無頼漢の振りをしたり、片端からキスしたり、つまり、また、あの情死以前の、いや、あの頃よりさらに荒すさんで野卑な酒飲みになり、金に窮して、シヅ子の衣類を持ち出すほどになりました。

 ここへ来て、あの破れた奴凧に苦笑してから一年以上経って、葉桜の頃、自分は、またもシヅ子の帯やら襦袢じゅばんやらをこっそり持ち出して質屋に行き、お金を作って銀座で飲み、二晩つづけて外泊して、三日目の晩、さすがに具合い悪い思いで、無意識足音をしのばせて、アパートのシヅ子の部屋の前まで来ると、中から、シヅ子とシゲ子の会話が聞えます

「なぜ、お酒を飲むの?」

「お父ちゃんはね、お酒を好きで飲んでいるのでは、ないんですよ。あんまりいいひとだから、だから、……」

「いいひとは、お酒を飲むの?」

「そうでもないけど、……」

「お父ちゃんは、きっと、びっくりするわね」

「おきらいかも知れない。ほら、ほら、箱から飛び出した」

セッカピンチャンみたいね

「そうねえ」

 シヅ子の、しんから幸福そうな低い笑い声が聞えました。

 自分が、ドアを細くあけて中をのぞいて見ますと、白兎の子でした。ぴょんぴょん部屋中を、はね廻り、親子はそれを追っていました。

幸福なんだ、この人たちは。自分という馬鹿者が、この二人のあいだにはいって、いまに二人を滅茶苦茶にするのだ。つつましい幸福。いい親子。幸福を、ああ、もし神様が、自分のような者の祈りでも聞いてくれるなら、いちどだけ、生涯にいちどだけでいい、祈る)

 自分は、そこにうずくまって合掌したい気持でした。そっと、ドアを閉め、自分は、また銀座に行き、それっきり、そのアパートには帰りませんでした。

 そうして、京橋のすぐ近くのスタンド・バアの二階に自分は、またも男めかけの形で、寝そべる事になりました。

 世間。どうやら自分にも、それがぼんやりわかりかけて来たような気がしていました。個人個人の争いで、しかも、その場の争いで、しかも、その場で勝てばいいのだ、人間は決して人間服従しない、奴隷でさえ奴隷らしい卑屈なシッペがえしをするものだ、だから人間にはその場の一本勝負にたよる他、生き伸びる工夫がつかぬのだ、大義名分らしいものを称となえていながら、努力目標は必ず個人個人を乗り越えてまた個人世間の難解は、個人の難解、大洋オーシャンは世間でなくて、個人なのだ、と世の中という大海の幻影におびえる事から、多少解放せられて、以前ほど、あれこれと際限の無い心遣いする事なく、謂わば差し当っての必要に応じて、いくぶん図々しく振舞う事を覚えて来たのです。

 高円寺アパートを捨て、京橋スタンド・バアのマダムに、

「わかれて来た」

 それだけ言って、それで充分、つまり一本勝負はきまって、その夜から自分乱暴にもそこの二階に泊り込む事になったのですが、しかし、おそろしい筈の「世間」は、自分に何の危害も加えませんでしたし、また自分も「世間」に対して何の弁明もしませんでした。マダムが、その気だったら、それですべてがいいのでした。

 自分は、その店のお客のようでもあり、亭主のようでもあり、走り使いのようでもあり、親戚の者のようでもあり、はたから見て甚はなはだ得態えたいの知れない存在だった筈なのに、「世間」は少しもあやしまず、そうしてその店の常連たちも、自分を、葉ちゃん、葉ちゃんと呼んで、ひどく優しく扱い、そうしてお酒を飲ませてくれるのでした。

 自分は世の中に対して、次第に用心しなくなりました。世の中というところは、そんなに、おそろしいところでは無い、と思うようになりました。つまり、これまでの自分の恐怖感は、春の風には百日咳ひゃくにちぜきの黴菌ばいきんが何十万、銭湯には、目のつぶれる黴菌が何十万、床屋には禿頭とくとう病の黴菌が何十万、省線の吊皮つりかわには疥癬かいせんの虫がうようよ、または、おさしみ、牛豚肉の生焼けには、さなだ虫の幼虫やら、ジストマやら、何やらの卵などが必ずひそんでいて、また、はだしで歩くと足の裏からガラスの小さい破片がはいって、その破片が体内を駈けめぐり眼玉を突いて失明させる事もあるとかいう謂わば「科学迷信」におびやかされていたようなものなのでした。それは、たしかに何十万もの黴菌の浮び泳ぎうごめいているのは、「科学的」にも、正確な事でしょう。と同時に、その存在を完全に黙殺さえすれば、それは自分とみじんのつながりも無くなってたちまち消え失せる「科学幽霊」に過ぎないのだという事をも、自分は知るようになったのです。お弁当箱食べ残しごはん三粒、千万人が一日に三粒ずつ食べ残しても既にそれは、米何俵をむだに捨てた事になる、とか、或いは、一日に鼻紙一枚の節約千万人が行うならば、どれだけのパルプが浮くか、などという「科学統計」に、自分は、どれだけおびやかされ、ごはんを一粒でも食べ残す度毎に、また鼻をかむ度毎に、山ほどの米、山ほどのパルプを空費するような錯覚に悩み、自分がいま重大な罪を犯しているみたいな暗い気持になったものですが、しかし、それこそ「科学の嘘」「統計の嘘」「数学の嘘」で、三粒のごはんは集められるものでなく、掛算割算の応用問題としても、まこと原始的低能テーマで、電気のついてない暗いお便所の、あの穴に人は何度にいちど片脚を踏みはずして落下させるか、または、省線電車の出入口と、プラットホームの縁へりとのあの隙間に、乗客の何人中の何人が足を落とし込むか、そんなプロバビリティ計算するのと同じ程度にばからしく、それは如何いかにも有り得る事のようでもありながら、お便所の穴をまたぎそこねて怪我をしたという例は、少しも聞かないし、そんな仮説を「科学事実」として教え込まれ、それを全く現実として受取り、恐怖していた昨日までの自分をいとおしく思い、笑いたく思ったくらいに、自分は、世の中というもの実体を少しずつ知って来たというわけなのでした。

 そうは言っても、やはり人間というものが、まだまだ、自分にはおそろしく、店のお客と逢うのにも、お酒をコップで一杯ぐいと飲んでからでなければいけませんでした。こわいもの見たさ。自分は、毎晩、それでもお店に出て、子供が、実は少しこわがっている小動物などを、かえって強くぎゅっと握ってしまうみたいに、店のお客に向って酔ってつたない芸術論を吹きかけるようにさえなりました。

 漫画家。ああ、しかし、自分は、大きな歓楽よろこびも、また、大きな悲哀かなしみもない無名漫画家いかに大きな悲哀かなしみがあとでやって来てもいい、荒っぽい大きな歓楽よろこびが欲しいと内心あせってはいても、自分現在のよろこびたるや、お客とむだ事を言い合い、お客の酒を飲む事だけでした。

 京橋へ来て、こういうくだらない生活を既に一年ちかく続け、自分漫画も、子供相手雑誌だけでなく、駅売りの粗悪で卑猥ひわい雑誌などにも載るようになり、自分は、上司幾太(情死、生きた)という、ふざけ切った匿名で、汚いはだかの絵など画き、それにたいていルバイヤット詩句を插入そうにゅうしました。

無駄な御祈りなんか止よせったら

涙を誘うものなんか かなぐりすてろ

まア一杯いこう 好いことばかり思出して

よけいな心づかいなんか忘れっちまい

不安や恐怖もて人を脅やかす奴輩から

自みずからの作りし大それた罪に怯おびえ

死にしもの復讐ふくしゅうに備えんと

自みずからの頭にたえず計いを為なす

よべ 酒充ちて我ハートは喜びに充ち

けさ さめて只ただに荒涼

いぶかし 一夜ひとよさの中

様変りたる此この気分よ

祟たたりなんて思うこと止やめてくれ

遠くから響く太鼓のように

何がなしそいつ不安

屁へひったこと迄まで一々罪に勘定されたら助からんわい

正義人生の指針たりとや?

さらば血に塗られたる戦場

暗殺者の切尖きっさきに

何の正義か宿れるや?

いずこに指導原理ありや?

いかなる叡智えいちの光ありや?

美うるわしくも怖おそろしきは浮世なれ

かよわき人の子は背負切れぬ荷をば負わされ

どうにもできない情慾の種子を植えつけられた許ばかりに

善だ悪だ罪だ罰だと呪のろわるるばかり

どうにもできない只まごつくばかり

抑え摧くだく力も意志も授けられぬ許りに

どこをどう彷徨うろつきまわってたんだい

ナニ批判 検討 再認識

ヘッ 空むなしき夢を ありもしない幻を

エヘッ 酒を忘れたんで みんな虚仮こけの思案さ

どうだ 此涯はてもない大空を御覧よ

此中にポッチリ浮んだ点じゃい

地球が何んで自転するのか分るもんか

自転 公転 反転も勝手ですわい

至る処ところに 至高の力を感じ

あらゆる国にあらゆる民族

同一の人間性を発見する

我は異端者なりとかや

みんな聖経をよみ違えてんのよ

でなきゃ常識智慧ちえもないのよ

生身いきみの喜びを禁じたり 酒を止めたり

いいわ ムスタッファ わたしそんなの 大嫌い

 けれども、その頃、自分に酒を止めよ、とすすめる処女がいました。

「いけないわ、毎日、お昼から、酔っていらっしゃる

 バアの向いの、小さい煙草屋の十七、八の娘でした。ヨシちゃんと言い、色の白い、八重歯のある子でした。自分が、煙草を買いに行くたびに、笑って忠告するのでした。

「なぜ、いけないんだ。どうして悪いんだ。あるだけの酒をのんで、人の子よ、憎悪を消せ消せ消せ、ってね、むかしペルシャのね、まあよそう、悲しみ疲れたハート希望を持ち来すは、ただ微醺びくんをもたらす玉杯なれ、ってね。わかるかい

「わからない」

「この野郎キスしてやるぞ」

「してよ」

 ちっとも悪びれず下唇を突き出すのです。

馬鹿野郎貞操観念、……」

 しかし、ヨシちゃんの表情には、あきらかに誰にも汚されていない処女のにおいがしていました。

 としが明けて厳寒の夜、自分は酔って煙草を買いに出て、その煙草屋の前のマンホールに落ちて、ヨシちゃん、たすけてくれえ、と叫び、ヨシちゃんに引き上げられ、右腕の傷の手当を、ヨシちゃんにしてもらい、その時ヨシちゃんは、しみじみ、

「飲みすぎますわよ」

 と笑わずに言いました。

 自分死ぬのは平気なんだけど、怪我をして出血してそうして不具者などになるのは、まっぴらごめんのほうですので、ヨシちゃんに腕の傷の手当をしてもらいながら、酒も、もういい加減によそうかしら、と思ったのです。

「やめる。あしたから、一滴も飲まない」

「ほんとう?」

「きっと、やめる。やめたら、ヨシちゃん、僕のお嫁になってくれるかい?」

 しかし、お嫁の件は冗談でした。

モチよ」

 モチとは、「勿論」の略語でした。モボだの、モガだの、その頃いろんな略語がはやっていました。

「ようし。ゲンマンしよう。きっとやめる」

 そうして翌あくる日、自分は、やはり昼から飲みました。

 夕方、ふらふら外へ出て、ヨシちゃんの店の前に立ち、

「ヨシちゃん、ごめんね。飲んじゃった」

「あら、いやだ。酔った振りなんかして」

 ハッとしました。酔いもさめた気持でした。

「いや、本当なんだ。本当に飲んだのだよ。酔った振りなんかしてるんじゃない」

からかわないでよ。ひとがわるい」

 てんで疑おうとしないのです。

「見ればわかりそうなものだ。きょうも、お昼から飲んだのだ。ゆるしてね」

「お芝居が、うまいのねえ」

「芝居じゃあないよ、馬鹿野郎キスしてやるぞ」

「してよ」

「いや、僕には資格が無い。お嫁にもらうのもあきらめなくちゃならん。顔を見なさい、赤いだろう? 飲んだのだよ」

「それあ、夕陽が当っているからよ。かつごうたって、だめよ。きのう約束したんですもの。飲む筈が無いじゃないの。ゲンマンしたんですもの。飲んだなんて、ウソウソウソ

 薄暗い店の中に坐って微笑しているヨシちゃんの白い顔、ああ、よごれを知らぬヴァジニティ尊いものだ、自分は今まで、自分よりも若い処女と寝た事がない、結婚しよう、どんな大きな悲哀かなしみがそのために後からやって来てもよい、荒っぽいほどの大きな歓楽よろこびを、生涯にいちどでいい、処女性の美しさとは、それは馬鹿詩人の甘い感傷の幻に過ぎぬと思っていたけれども、やはりこの世の中に生きて在るものだ、結婚して春になったら二人で自転車で青葉の滝を見に行こう、と、その場で決意し、所謂「一本勝負」で、その花を盗むのにためらう事をしませんでした。

 そうして自分たちは、やがて結婚して、それに依って得た歓楽よろこびは、必ずしも大きくはありませんでしたが、その後に来た悲哀かなしみは、凄惨せいさんと言っても足りないくらい、実に想像を絶して、大きくやって来ました。自分にとって、「世の中」は、やはり底知れず、おそろしいところでした。決して、そんな一本勝負などで、何から何まできまってしまうような、なまやさしいところでも無かったのでした。

 堀木と自分

 互いに軽蔑けいべつしながら附き合い、そうして互いに自みずからをくだらなくして行く、それがこの世の所謂「交友」というものの姿だとするなら、自分と堀木との間柄も、まさしく「交友」に違いありませんでした。

 自分があの京橋スタンド・バアのマダム義侠心ぎきょうしんにすがり、(女のひとの義侠心なんて、言葉の奇妙な遣い方ですが、しかし、自分経験に依ると、少くとも都会の男女の場合、男よりも女のほうが、その、義侠心とでもいうべきものたっぷりと持っていました。男はたいてい、おっかなびっくりで、おていさいばかり飾り、そうして、ケチでした)あの煙草屋のヨシ子を内縁の妻にする事が出来て、そうして築地きじ隅田川の近く、木造二階建ての小さいアパートの階下の一室を借り、ふたりで住み、酒は止めて、そろそろ自分の定った職業になりかけて来た漫画仕事に精を出し、夕食後は二人で映画を見に出かけ、帰りには、喫茶店などにはいり、また、花の鉢を買ったりして、いや、それよりも自分をしんから信頼してくれているこの小さい花嫁言葉を聞き、動作を見ているのが楽しく、これは自分もひょっとしたら、いまにだんだん人間らしいものになる事が出来て、悲惨な死に方などせずにすむのではなかろうかという甘い思いを幽かに胸にあたためはじめていた矢先に、堀木がまた自分の眼前に現われました。

「よう! 色魔。おや? これでも、いくら分別くさい顔になりやがった。きょうは、高円寺女史からのお使者なんだがね」

 と言いかけて、急に声をひそめ、お勝手お茶の仕度をしているヨシ子のほうを顎あごでしゃくって、大丈夫かい? とたずねますので、

「かまわない。何を言ってもいい」

 と自分は落ちついて答えました。

 じっさい、ヨシ子は、信頼の天才と言いたいくらい、京橋のバアのマダムとの間はもとより、自分鎌倉で起した事件を知らせてやっても、ツネ子との間を疑わず、それは自分が嘘がうまいからというわけでは無く、時には、あからさまな言い方をする事さえあったのに、ヨシ子には、それがみな冗談しか聞きとれぬ様子でした。

「相変らず、しょっていやがる。なに、たいした事じゃないがね、たまには、高円寺のほうへも遊びに来てくれっていう御伝言さ」

 忘れかけると、怪鳥が羽ばたいてやって来て、記憶の傷口をその嘴くちばしで突き破ります。たちまち過去の恥と罪の記憶が、ありありと眼前に展開せられ、わあっと叫びたいほどの恐怖で、坐っておられなくなるのです。

「飲もうか」

 と自分

「よし」

 と堀木。

 自分と堀木。形は、ふたり似ていました。そっくり人間のような気がする事もありました。もちろんそれは、安い酒をあちこち飲み歩いている時だけの事でしたが、とにかく、ふたり顔を合せると、みるみる同じ形の同じ毛並の犬に変り降雪のちまたを駈けめぐるという具合いになるのでした。

 その日以来、自分たちは再び旧交をあたためたという形になり、京橋のあの小さいバアにも一緒に行き、そうして、とうとう、高円寺のシヅ子のアパートにもその泥酔の二匹の犬が訪問し、宿泊して帰るなどという事にさえなってしまったのです。

 忘れも、しません。むし暑い夏の夜でした。堀木は日暮頃、よれよれの浴衣を着て築地自分アパートにやって来て、きょう或る必要があって夏服を質入したが、その質入が老母に知れるとまことに具合いが悪い、すぐ受け出したいから、とにかく金を貸してくれ、という事でした。あいにく自分のところにも、お金が無かったので、例に依って、ヨシ子に言いつけ、ヨシ子の衣類を質屋に持って行かせてお金を作り、堀木に貸しても、まだ少し余るのでその残金でヨシ子に焼酎しょうちゅうを買わせ、アパート屋上に行き、隅田川から時たま幽かに吹いて来るどぶ臭い風を受けて、まことに薄汚い納涼の宴を張りました。

 自分たちはその時、喜劇名詞悲劇名詞の当てっこをはじめました。これは、自分発明した遊戯で、名詞には、すべて男性名詞、女性名詞、中性名詞などの別があるけれども、それと同時に、喜劇名詞悲劇名詞区別があって然るべきだ、たとえば、汽船汽車はいずれも悲劇名詞で、市電バスは、いずれも喜劇名詞、なぜそうなのか、それのわからぬ者は芸術を談ずるに足らん、喜劇に一個でも悲劇名詞をさしはさんでいる劇作家は、既にそれだけで落第、悲劇場合もまた然り、といったようなわけなのでした。

「いいかい? 煙草は?」

 と自分が問います

「トラ。(悲劇トラジディの略)」

 と堀木が言下に答えます

「薬は?」

「粉薬かい? 丸薬かい?」

注射

「トラ」

「そうかな? ホルモン注射もあるしねえ」

「いや、断然トラだ。針が第一、お前、立派なトラじゃないか

「よし、負けて置こう。しかし、君、薬や医者はね、あれで案外、コメ喜劇コメディの略)なんだぜ。死は?」

コメ牧師和尚おしょうも然りじゃね」

「大出来。そうして、生はトラだなあ」

「ちがう。それも、コメ

「いや、それでは、何でもかでも皆コメになってしまう。ではね、もう一つおたずねするが、漫画家は? よもや、コメとは言えませんでしょう?」

「トラ、トラ。大悲劇名詞!」

「なんだ、大トラは君のほうだぜ」

 こんな、下手な駄洒落だじゃれみたいな事になってしまっては、つまらないのですけど、しか自分たちはその遊戯を、世界サロンにも嘗かつて存しなかった頗すこぶる気のきいたものだと得意がっていたのでした。

 またもう一つ、これに似た遊戯を当時、自分発明していました。それは、対義語アントニムの当てっこでした。黒のアント(対義語アントニムの略)は、白。けれども、白のアントは、赤。赤のアントは、黒。

「花のアントは?」

 と自分が問うと、堀木は口を曲げて考え、

「ええっと、花月という料理屋があったから、月だ」

「いや、それはアントになっていない。むしろ同義語シノニムだ。星と菫すみれだって、シノニムじゃないか。アントでない」

「わかった、それはね、蜂はちだ」

ハチ?」

牡丹ぼたんに、……蟻ありか?」

「な Permalink | 記事への反応(1) | 20:36

anond:20250623203131

 自分は、その時の、頸くびをちぢめて笑ったヒラメの顔の、いかにもずるそうな影を忘れる事が出来ません。軽蔑の影にも似て、それとも違い、世の中を海にたとえると、その海の千尋ちひろの深さの箇所に、そんな奇妙な影がたゆとうていそうで、何か、おとなの生活の奥底をチラと覗のぞかせたような笑いでした。

 そんな事では話にも何もならぬ、ちっとも気持がしっかりしていない、考えなさい、今夜一晩まじめに考えてみなさい、と言われ、自分は追われるように二階に上って、寝ても、別に何の考えも浮びませんでした。そうして、あけがたになり、ヒラメの家から逃げました。

 夕方、間違いなく帰ります。左記の友人の許もとへ、将来の方針に就いて相談に行って来るのですから、御心配無く。ほんとうに。

 と、用箋に鉛筆で大きく書き、それから浅草の堀木正雄の住所姓名を記して、こっそり、ヒラメの家を出ました。

 ヒラメ説教せられたのが、くやしくて逃げたわけではありませんでした。まさしく自分は、ヒラメの言うとおり、気持のしっかりしていない男で、将来の方針も何も自分にはまるで見当がつかず、この上、ヒラメの家のやっかいになっているのは、ヒラメにも気の毒ですし、そのうちに、もし万一、自分にも発奮の気持が起り、志を立てたところで、その更生資金をあの貧乏ヒラメから月々援助せられるのかと思うと、とても心苦しくて、いたたまらない気持になったからでした。

 しかし、自分は、所謂「将来の方針」を、堀木ごときに、相談に行こうなどと本気に思って、ヒラメの家を出たのでは無かったのでした。それは、ただ、わずかでも、つかのまでも、ヒラメ安心させて置きたくて、(その間に自分が、少しでも遠くへ逃げのびていたいという探偵小説的な策略から、そんな置手紙を書いた、というよりは、いや、そんな気持も幽かすかにあったに違いないのですが、それよりも、やはり自分は、いきなりヒラメにショックを与え、彼を混乱当惑させてしまうのが、おそろしかったばかりに、とでも言ったほうが、いくらか正確かも知れません。どうせ、ばれるにきまっているのに、そのとおりに言うのが、おそろしくて、必ず何かしら飾りをつけるのが、自分の哀しい性癖の一つで、それは世間の人が「嘘つき」と呼んで卑しめている性格に似ていながら、しかし、自分自分利益をもたらそうとしてその飾りつけを行った事はほとんど無く、ただ雰囲気ふんいきの興覚めた一変が、窒息するくらいにおそろしくて、後で自分不利益になるという事がわかっていても、れい自分の「必死奉仕」それはたといゆがめられ微弱で、馬鹿らしいものであろうと、その奉仕の気持から、つい一言の飾りつけをしてしまうという場合が多かったような気もするのですが、しかし、この習性もまた、世間所謂「正直者」たちから、大いに乗ぜられるところとなりました)その時、ふっと、記憶の底から浮んで来たままに堀木の住所と姓名を、用箋の端にしたためたまでの事だったのです。

 自分ヒラメの家を出て、新宿まで歩き、懐中の本を売り、そうして、やっぱり途方にくれてしまいました。自分は、皆にあいそがいいかわりに、「友情」というものを、いちども実感した事が無く、堀木のような遊び友達は別として、いっさいの附き合いは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうとして懸命にお道化を演じて、かえって、へとへとになり、わずかに知合っているひとの顔を、それに似た顔をさえ、往来などで見掛けても、ぎょっとして、一瞬、めまいするほどの不快な戦慄に襲われる有様で、人に好かれる事は知っていても、人を愛する能力に於おいては欠けているところがあるようでした。(もっとも、自分は、世の中の人間にだって、果して、「愛」の能力があるのかどうか、たいへん疑問に思っています)そのような自分に、所謂親友」など出来る筈は無く、そのうえ自分には、「訪問ヴィジット」の能力さえ無かったのです。他人の家の門は、自分にとって、あの神曲地獄の門以上に薄気味わるく、その門の奥には、おそろしい竜みたいな生臭い奇獣がうごめいている気配を、誇張でなしに、実感せられていたのです。

 誰とも、附き合いが無い。どこへも、訪ねて行けない。

 堀木。

 それこそ、冗談から駒が出た形でした。あの置手紙に、書いたとおりに、自分浅草の堀木をたずねて行く事にしたのです。自分はこれまで、自分のほうから堀木の家をたずねて行った事は、いちども無く、たいてい電報で堀木を自分のほうに呼び寄せていたのですが、いまはその電報料さえ心細く、それに落ちぶれた身のひがみから電報を打っただけでは、堀木は、来てくれぬかも知れぬと考えて、何よりも自分に苦手の「訪問」を決意し、溜息ためいきをついて市電に乗り、自分にとって、この世の中でたった一つの頼みの綱は、あの堀木なのか、と思い知ったら、何か脊筋せすじの寒くなるような凄すさまじい気配に襲われました。

 堀木は、在宅でした。汚い露路の奥の、二階家で、堀木は二階のたった一部屋の六畳を使い、下では、堀木の老父母と、それから若い職人と三人、下駄の鼻緒を縫ったり叩いたりして製造しているのでした。

 堀木は、その日、彼の都会人としての新しい一面を自分に見せてくれました。それは、俗にいうチャッカリ性でした。田舎者自分が、愕然がくぜんと眼をみはったくらいの、冷たく、ずるいエゴイズムでした。自分のように、ただ、とめどなく流れるたちの男では無かったのです。

「お前には、全く呆あきれた。親爺さんから、お許しが出たかね。まだかい

 逃げて来た、とは、言えませんでした。

 自分は、れいに依って、ごまかしました。いまに、すぐ、堀木に気附かれるに違いないのに、ごまかしました。

「それは、どうにかなるさ」

「おい、笑いごとじゃ無いぜ。忠告するけど、馬鹿もこのへんでやめるんだな。おれは、きょうは、用事があるんだがね。この頃、ばかにいそがしいんだ」

用事って、どんな?」

「おい、おい、座蒲団の糸を切らないでくれよ」

 自分は話をしながら、自分の敷いている座蒲団の綴糸とじいとというのか、くくり紐ひもというのか、あの総ふさのような四隅の糸の一つを無意識に指先でもてあそび、ぐいと引っぱったりなどしていたのでした。堀木は、堀木の家の品物なら、座蒲団の糸一本でも惜しいらしく、恥じる色も無く、それこそ、眼に角かどを立てて、自分とがめるのでした。考えてみると、堀木は、これまで自分との附合いに於いて何一つ失ってはいなかったのです。

 堀木の老母が、おしるこを二つお盆に載せて持って来ました。

「あ、これは」

 と堀木は、しんからの孝行息子のように、老母に向って恐縮し、言葉かいも不自然なくらい丁寧に、

すみませんおしるこですか。豪気だなあ。こんな心配は、要らなかったんですよ。用事で、すぐ外出しなけれゃいけないんですから。いいえ、でも、せっかくの御自慢のおしるこを、もったいないいただきます。お前も一つ、どうだい。おふくろが、わざわざ作ってくれたんだ。ああ、こいつあ、うめえや。豪気だなあ」

 と、まんざら芝居でも無いみたいに、ひどく喜び、おいしそうに食べるのです。自分もそれを啜すすりましたが、お湯のにおいがして、そうして、お餅をたべたら、それはお餅でなく、自分にはわからないものでした。決して、その貧しさを軽蔑したのではありません。(自分は、その時それを、不味まずいとは思いませんでしたし、また、老母の心づくしも身にしみました。自分には、貧しさへの恐怖感はあっても、軽蔑感は、無いつもりでいます)あのおしること、それから、そのおしるこを喜ぶ堀木に依って、自分は、都会人のつましい本性、また、内と外をちゃん区別していとなんでいる東京の人の家庭の実体を見せつけられ、内も外も変りなく、ただのべつ幕無しに人間生活から逃げ廻ってばかりいる薄馬鹿自分ひとりだけ完全に取残され、堀木にさえ見捨てられたような気配に、狼狽ろうばいし、おしるこのはげた塗箸ぬりばしをあつかいながら、たまらなく侘わびしい思いをしたという事を、記して置きたいだけなのです。

「わるいけど、おれは、きょうは用事があるんでね」

 堀木は立って、上衣を着ながらそう言い、

「失敬するぜ、わるいけど」

 その時、堀木に女の訪問者があり、自分の身の上も急転しました。

 堀木は、にわかに活気づいて、

「や、すみません。いまね、あなたのほうへお伺いしようと思っていたのですがね、このひとが突然やって来て、いや、かまわないんです。さあ、どうぞ」

 よほど、あわてているらしく、自分自分の敷いている座蒲団をはずして裏がえしにして差し出したのを引ったくって、また裏がえしにして、その女のひとにすすめました。部屋には、堀木の座蒲団の他には、客座蒲団がたった一枚しか無かったのです。

 女のひとは痩やせて、脊の高いひとでした。その座蒲団は傍にのけて、入口ちかくの片隅に坐りました。

 自分は、ぼんやり二人の会話を聞いていました。女は雑誌社のひとのようで、堀木にカットだか、何だかをかねて頼んでいたらしく、それを受取りに来たみたいな具合いでした。

「いそぎますので」

「出来ています。もうとっくに出来ています。これです、どうぞ」

 電報が来ました。

 堀木が、それを読み、上機嫌のその顔がみるみる険悪になり、

「ちぇっ! お前、こりゃ、どうしたんだい」

 ヒラメから電報でした。

「とにかく、すぐに帰ってくれ。おれが、お前を送りとどけるといいんだろうが、おれにはいま、そんなひまは、無えや。家出していながら、その、のんきそうな面つらったら」

「お宅は、どちらなのですか?」

大久保です」

 ふいと答えてしまいました。

「そんなら、社の近くですから

 女は、甲州の生れで二十八歳でした。五つになる女児と、高円寺アパートに住んでいました。夫と死別して、三年になると言っていました。

あなたは、ずいぶん苦労して育って来たみたいなひとね。よく気がきくわ。可哀そうに」

 はじめて、男めかけみたいな生活しました。シヅ子(というのが、その女記者名前でした)が新宿雑誌社に勤めに出たあとは、自分それからシゲ子という五つの女児と二人、おとなしくお留守番という事になりました。それまでは、母の留守には、シゲ子はアパート管理人の部屋で遊んでいたようでしたが、「気のきく」おじさんが遊び相手として現われたので、大いに御機嫌がいい様子でした。

 一週間ほど、ぼんやり自分はそこにいました。アパートの窓のすぐ近くの電線に、奴凧やっこだこが一つひっからまっていて、春のほこり風に吹かれ、破られ、それでもなかなか、しつっこく電線からみついて離れず、何やら首肯うなずいたりなんかしているので、自分はそれを見る度毎に苦笑し、赤面し、夢にさえ見て、うなされました。

お金が、ほしいな」

「……いくら位?」

「たくさん。……金の切れ目が、縁の切れ目、って、本当の事だよ」

「ばからしい。そんな、古くさい、……」

「そう? しかし、君には、わからないんだ。このままでは、僕は、逃げる事になるかも知れない」

「いったい、どっちが貧乏なのよ。そうして、どっちが逃げるのよ。へんねえ」

自分かせいで、そのお金で、お酒、いや、煙草を買いたい。絵だって僕は、堀木なんかより、ずっと上手なつもりなんだ」

 このような時、自分の脳裡におのずから浮びあがって来るものは、あの中学時代に画いた竹一の所謂お化け」の、数枚の自画像でした。失われた傑作。それは、たびたびの引越しの間に、失われてしまっていたのですが、あれだけは、たしかに優れている絵だったような気がするのです。その後、さまざま画いてみても、その思い出の中の逸品には、遠く遠く及ばず、自分はいつも、胸がからっぽになるような、だるい喪失感になやまされ続けて来たのでした。

 飲み残した一杯のアブサン

 自分は、その永遠に償い難いような喪失感を、こっそりそう形容していました。絵の話が出ると、自分の眼前に、その飲み残した一杯のアブサンがちらついて来て、ああ、あの絵をこのひとに見せてやりたい、そうして、自分の画才を信じさせたい、という焦燥しょうそうにもだえるのでした。

「ふふ、どうだか。あなたは、まじめな顔をして冗談を言うから可愛い

 冗談ではないのだ、本当なんだ、ああ、あの絵を見せてやりたい、と空転の煩悶はんもんをして、ふいと気をかえ、あきらめて、

漫画さ。すくなくとも、漫画なら、堀木よりは、うまいつもりだ」

 その、ごまかしの道化言葉のほうが、かえってまじめに信ぜられました。

「そうね。私も、実は感心していたの。シゲ子にいつもかいてやっている漫画、つい私まで噴き出してしまう。やってみたら、どう? 私の社の編輯長へんしゅうちょうに、たのんでみてあげてもいいわ」

 その社では、子供相手のあまり名前を知られていない月刊雑誌を発行していたのでした。

 ……あなたを見ると、たいていの女のひとは、何かしてあげたくて、たまらなくなる。……いつも、おどおどしていて、それでいて、滑稽家なんだもの。……時たま、ひとりで、ひどく沈んでいるけれども、そのさまが、いっそう女のひとの心を、かゆがらせる。

 シヅ子に、そのほかさまざまの事を言われて、おだてられても、それが即すなわち男めかけのけがらわしい特質なのだ、と思えば、それこそいよいよ「沈む」ばかりで、一向に元気が出ず、女よりは金、とにかくシヅ子からのがれて自活したいとひそかに念じ、工夫しているものの、かえってだんだんシヅ子にたよらなければならぬ破目になって、家出の後仕末やら何やら、ほとんど全部、この男まさりの甲州女の世話を受け、いっそう自分は、シヅ子に対し、所謂「おどおど」しなければならぬ結果になったのでした。

 シヅ子の取計らいで、ヒラメ、堀木、それにシヅ子、三人の会談が成立して、自分は、故郷から全く絶縁せられ、そうしてシヅ子と「天下晴れて」同棲どうせいという事になり、これまた、シヅ子の奔走のおかげで自分漫画も案外お金になって、自分はそのお金で、お酒も、煙草も買いましたが、自分の心細さ、うっとうしさは、いよいよつのるばかりなのでした。それこそ「沈み」に「沈み」切って、シヅ子の雑誌の毎月の連載漫画「キンタさんとオタさんの冒険」を画いていると、ふいと故郷の家が思い出され、あまりの侘びしさに、ペンが動かなくなり、うつむいて涙をこぼした事もありました。

 そういう時の自分にとって、幽かな救いは、シゲ子でした。シゲ子は、その頃になって自分の事を、何もこだわらずに「お父ちゃん」と呼んでいました。

「お父ちゃん。お祈りをすると、神様が、何でも下さるって、ほんとう?」

 自分こそ、そのお祈りをしたいと思いました。

 ああ、われに冷き意志を与え給え。われに、「人間」の本質を知らしめ給え。人が人を押しのけても、罪ならずや。われに、怒りのマスクを与え給え。

「うん、そう。シゲちゃんには何でも下さるだろうけれども、お父ちゃんには、駄目かも知れない」

 自分は神にさえ、おびえていました。神の愛は信ぜられず、神の罰だけを信じているのでした。信仰。それは、ただ神の笞むちを受けるために、うなだれ審判の台に向う事のような気がしているのでした。地獄は信ぜられても、天国存在は、どうしても信ぜられなかったのです。

「どうして、ダメなの?」

「親の言いつけに、そむいたから」

「そう? お父ちゃんはとてもいいひとだって、みんな言うけどな」

 それは、だましているからだ、このアパートの人たち皆に、自分好意を示されているのは、自分も知っている、しかし、自分は、どれほど皆を恐怖しているか、恐怖すればするほど好かれ、そうして、こちらは好かれると好かれるほど恐怖し、皆から離れて行かねばならぬ、この不幸な病癖を、シゲ子に説明して聞かせるのは、至難の事でした。

シゲちゃんは、いったい、神様に何をおねだりしたいの?」

 自分は、何気無さそうに話頭を転じました。

シゲ子はね、シゲ子の本当のお父ちゃんがほしいの」

 ぎょっとして、くらくら目まいしました。敵。自分シゲ子の敵なのか、シゲ子が自分の敵なのか、とにかく、ここにも自分をおびやかすおそろしい大人がいたのだ、他人、不可解な他人秘密だらけの他人シゲ子の顔が、にわかにそのように見えて来ました。

 シゲ子だけは、と思っていたのに、やはり、この者も、あの「不意に虻あぶを叩き殺す牛のしっぽ」を持っていたのでした。自分は、それ以来、シゲ子にさえおどおどしなければならなくなりました。

色魔しきま! いるかい?」

 堀木が、また自分のところへたずねて来るようになっていたのです。あの家出の日に、あれほど自分を淋しくさせた男なのに、それでも自分拒否できず、幽かに笑って迎えるのでした。

「お前の漫画は、なかなか人気が出ているそうじゃないかアマチュアには、こわいもの知らずの糞度胸くそどきょうがあるからかなわねえ。しかし、油断するなよ。デッサンが、ちっともなってやしないんだから

 お師匠みたいな態度をさえ示すのです。自分のあの「お化け」の絵を、こいつに見せたら、どんな顔をするだろう、とれいの空転の身悶みもだえをしながら、

「それを言ってくれるな。ぎゃっという悲鳴が出る」

 堀木は、いよいよ得意そうに、

世渡りの才能だけでは、いつかは、ボロが出るからな」

 世渡りの才能。……自分には、ほんとうに苦笑の他はありませんでした。自分に、世渡りの才能! しかし、自分のように人間をおそれ、避け、ごまかしているのは、れいの俗諺ぞくげんの「さわらぬ神にたたりなし」とかい怜悧れい狡猾こうかつの処生訓を遵奉しているのと、同じ形だ、という事になるのでしょうか。ああ、人間は、お互い何も相手をわからない、まるっきり間違って見ていながら、無二の親友のつもりでいて、一生、それに気附かず、相手死ねば、泣いて弔詞なんかを読んでいるのではないでしょうか。

 堀木は、何せ、(それはシヅ子に押してたのまれてしぶしぶ引受けたに違いないのですが)自分家出の後仕末に立ち合ったひとなので、まるでもう、自分の更生の大恩人か、月下氷人のように振舞い、もっともらしい顔をして自分にお説教めいた事を言ったり、また、深夜、酔っぱらって訪問して泊ったり、また、五円(きまって五円でした)借りて行ったりするのでした。

しかし、お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。これ以上は、世間が、ゆるさないからな」

 世間とは、いったい、何の事でしょう。人間複数でしょうか。どこに、その世間というもの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、

世間というのは、君じゃないか

 という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。

(それは世間が、ゆるさない)

世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)

(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)

世間じゃない。あなたでしょう?)

(いまに世間から葬られる)

世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

 汝なんじは、汝個人のおそろしさ、怪奇悪辣あくらつ、古狸ふるだぬき性、妖婆ようば性を知れ! などと、さまざまの言葉が胸中に去来したのですが、自分は、ただ顔の汗をハンケチで拭いて、

「冷汗ひやあせ、冷汗」

 と言って笑っただけでした。

 けれども、その時以来、自分は、(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。

 そうして、世間というものは、個人ではなかろうかと思いはじめてから自分は、いままでよりは多少、自分意志で動く事が出来るようになりました。シヅ子の言葉を借りて言えば、自分は少しわがままになり、おどおどしなくなりました。また、堀木の言葉を借りて言えば、へんにケチになりました。また、シゲ子の言葉を借りて言えば、あまりシゲ子を可愛がらなくなりました。

 無口で、笑わず毎日々々、シゲ子のおもりをしながら、「キンタさんとオタさんの冒険」やら、またノンキなトウサン歴然たる亜流の「ノンキ和尚おしょう」やら、また、「セッカピンチャン」という自分ながらわけのわからぬヤケクソの題の連載漫画やらを、各社の御注文(ぽつりぽつり、シヅ子の社の他からも注文が来るようになっていましたが、すべてそれは、シヅ子の社よりも、もっと下品な謂わば三流出版社からの注文ばかりでした)に応じ、実に実に陰鬱な気持で、のろのろと、(自分の画の運筆は、非常におそいほうでした)いまはただ、酒代がほしいばかりに画いて、そうして、シヅ子が社から帰るとそれと交代にぷいと外へ出て、高円寺の駅近くの屋台スタンド・バアで安くて強い酒を飲み、少し陽気になってアパートへ帰り、

「見れば見るほど、へんな顔をしているねえ、お前は。ノンキ和尚の顔は、実は、お前の寝顔からヒントを得たのだ」

あなたの寝顔だって、ずいぶんお老けになりましてよ。四十男みたい」

「お前のせいだ。吸い取られたんだ。水の流れと、人の身はあサ。何をくよくよ川端やなあぎいサ」

「騒がないで、早くおやすみなさいよ。それとも、ごはんをあがりますか?」

 落ちついていて、まるで相手しません。

「酒なら飲むがね。水の流れと、人の身はあサ。人の流れと、いや、水の流れえと、水の身はあサ」

 唄いながら、シヅ子に衣服をぬがせられ、シヅ子の胸に自分の額を押しつけて眠ってしまう、それが自分日常でした。

してその翌日あくるひも同じ事を繰返して、

昨日きのうに異かわらぬ慣例しきたりに従えばよい。

即ち荒っぽい大きな歓楽よろこびを避よけてさえいれば、

自然また大きな悲哀かなしみもやって来こないのだ。

ゆくてを塞ふさぐ邪魔な石を

anond:20250623202901

 しかし、事態は、実に思いがけなく、もっと悪く展開せられました。

「やめた!」

 と堀木は、口をゆがめて言い、

「さすがのおれも、こんな貧乏くさい女には、……」

 閉口し切ったように、腕組みしてツネ子をじろじろ眺め、苦笑するのでした。

お酒を。お金は無い」

 自分は、小声でツネ子に言いました。それこそ、浴びるほど飲んでみたい気持でした。所謂俗物の眼から見ると、ツネ子は酔漢のキスにも価いしない、ただ、みすぼらしい、貧乏くさい女だったのでした。案外とも、意外とも、自分には霹靂へきれきに撃ちくだかれた思いでした。自分は、これまで例の無かったほど、いくらでも、いくらでも、お酒を飲み、ぐらぐら酔って、ツネ子と顔を見合せ、哀かなしく微笑ほほえみ合い、いかにもそう言われてみると、こいつはへんに疲れて貧乏くさいだけの女だな、と思うと同時に、金の無い者どうしの親和(貧富の不和は、陳腐のようでも、やはりドラマ永遠テーマの一つだと自分は今では思っていますが)そいつが、その親和感が、胸に込み上げて来て、ツネ子がいとしく、生れてこの時はじめて、われから積極的に、微弱ながら恋の心の動くのを自覚しました。吐きました。前後不覚になりました。お酒を飲んで、こんなに我を失うほど酔ったのも、その時がはじめてでした。

 眼が覚めたら、枕もとにツネ子が坐っていました。本所大工さんの二階の部屋に寝ていたのでした。

「金の切れめが縁の切れめ、なんておっしゃって、冗談かと思うていたら、本気か。来てくれないのだもの。ややこしい切れめやな。うちが、かせいであげても、だめか」

「だめ」

 それから、女も休んで、夜明けがた、女の口から「死」という言葉がはじめて出て、女も人間としての営みに疲れ切っていたようでしたし、また、自分も、世の中への恐怖、わずらわしさ、金、れい運動、女、学業、考えると、とてもこの上こらえて生きて行けそうもなく、そのひとの提案に気軽に同意しました。

 けれども、その時にはまだ、実感としての「死のう」という覚悟は、出来ていなかったのです。どこかに「遊び」がひそんでいました。

 その日の午前、二人は浅草の六区をさまよっていました。喫茶店はいり、牛乳を飲みました。

あなた、払うて置いて」

 自分は立って、袂たもとからがま口を出し、ひらくと、銅銭が三枚、羞恥しゅうちよりも凄惨せいさんの思いに襲われ、たちまち脳裡のうりに浮ぶものは、仙遊館の自分の部屋、制服蒲団けが残されてあるきりで、あとはもう、質草になりそうなものの一つも無い荒涼たる部屋、他には自分のいま着て歩いている絣の着物と、マント、これが自分現実なのだ、生きて行けない、とはっきり思い知りました。

 自分がまごついているので、女も立って、自分のがま口をのぞいて、

「あら、たったそれだけ?」

 無心の声でしたが、これがまた、じんと骨身にこたえるほどに痛かったのです。はじめて自分が、恋したひとの声だけに、痛かったのです。それだけも、これだけもない、銅銭三枚は、どだいお金でありません。それは、自分が未いまだかつて味わった事の無い奇妙な屈辱でした。とても生きておられない屈辱でした。所詮しょせんその頃の自分は、まだお金持ちの坊ちゃんという種属から脱し切っていなかったのでしょう。その時、自分は、みずからすすんでも死のうと、実感として決意したのです。

 その夜、自分たちは、鎌倉の海に飛び込みました。女は、この帯はお店のお友達から借りている帯やから、と言って、帯をほどき、畳んで岩の上に置き、自分マントを脱ぎ、同じ所に置いて、一緒に入水じゅすいしました。

 女のひとは、死にました。そうして、自分だけ助かりました。

 自分高等学校の生徒ではあり、また父の名にもいくらか、所謂ニュウス・ヴァリュがあったのか、新聞にもかなり大きな問題として取り上げられたようでした。

 自分海辺病院収容せられ、故郷から親戚しんせきの者がひとり駈けつけ、さまざまの始末をしてくれて、そうして、くにの父をはじめ一家中が激怒しているから、これっきり生家とは義絶になるかも知れぬ、と自分に申し渡して帰りました。けれども自分は、そんな事より、死んだツネ子が恋いしく、めそめそ泣いてばかりいました。本当に、いままでのひとの中で、あの貧乏くさいツネ子だけを、すきだったのですから

 下宿の娘から短歌を五十も書きつらねた長い手紙が来ました。「生きくれよ」というへんな言葉ではじまる短歌ばかり、五十でした。また、自分の病室に、看護婦たちが陽気に笑いながら遊びに来て、自分の手をきゅっと握って帰る看護婦もいました。

 自分の左肺に故障のあるのを、その病院発見せられ、これがたいへん自分に好都合な事になり、やがて自分自殺幇助ほうじょ罪という罪名で病院から警察に連れて行かれましたが、警察では、自分病人あつかいにしてくれて、特に保護室収容しました。

 深夜、保護室の隣りの宿直室で、寝ずの番をしていた年寄りのお巡まわりが、間のドアをそっとあけ、

「おい!」

 と自分に声をかけ、

寒いだろう。こっちへ来て、あたれ」

 と言いました。

 自分は、わざとしおしおと宿直室にはいって行き、椅子腰かけ火鉢にあたりました。

「やはり、死んだ女が恋いしいだろう」

はい

 ことさらに、消え入るような細い声で返事しました。

「そこが、やはり人情というものだ」

 彼は次第に、大きく構えて来ました。

「はじめ、女と関係を結んだのは、どこだ」

 ほとんど裁判官の如く、もったいぶって尋ねるのでした。彼は、自分子供とあなどり、秋の夜のつれづれに、あたかも彼自身が取調べの主任でもあるかのように装い、自分から猥談わいだんめいた述懐を引き出そうという魂胆のようでした。自分は素早くそれを察し、噴き出したいのを怺こらえるのに骨を折りました。そんなお巡りの「非公式訊問」には、いっさい答を拒否してもかまわないのだという事は、自分も知っていましたが、しかし、秋の夜ながに興を添えるため、自分は、あくまでも神妙に、そのお巡りこそ取調べの主任であって、刑罰の軽重の決定もそのお巡りの思召おぼしめし一つに在るのだ、という事を固く信じて疑わないような所謂誠意をおもてにあらわし、彼の助平の好奇心を、やや満足させる程度のいい加減な「陳述」をするのでした。

「うん、それでだいたいわかった。何でも正直に答えると、わしらのほうでも、そこは手心を加える」

ありがとうございますよろしくお願いいたします」

 ほとんど入神の演技でした。そうして、自分のためには、何も、一つも、とくにならない力演なのです。

 夜が明けて、自分は署長に呼び出されました。こんどは、本式の取調べなのです。

 ドアをあけて、署長室にはいったとたんに、

「おう、いい男だ。これあ、お前が悪いんじゃない。こんな、いい男に産んだお前のおふくろが悪いんだ」

 色の浅黒い、大学出みたいな感じのまだ若い署長でした。いきなりそう言われて自分は、自分の顔の半面にべったり赤痣あかあざでもあるような、みにくい不具者のような、みじめな気がしました。

 この柔道剣道選手のような署長の取調べは、実にあっさりしていて、あの深夜の老巡査のひそかな、執拗しつようきわまる好色の「取調べ」とは、雲泥の差がありました。訊問がすんで、署長は、検事局に送る書類をしたためながら、

からだを丈夫にしなけれゃ、いかんね。血痰けったんが出ているようじゃないか

 と言いました。

 その朝、へんに咳せきが出て、自分は咳の出るたびに、ハンケチで口を覆っていたのですが、そのハンケチに赤い霰あられが降ったみたいに血がついていたのです。けれども、それは、喉のどから出た血ではなく、昨夜、耳の下に出来た小さいおできをいじって、そのおできから出た血なのでした。しかし、自分は、それを言い明さないほうが、便宜な事もあるような気がふっとしたものですから、ただ、

はい

 と、伏眼になり、殊勝げに答えて置きました。

 署長は書類を書き終えて、

起訴になるかどうか、それは検事殿がきめることだが、お前の身元引受人に、電報電話で、きょう横浜検事局に来てもらうように、たのんだほうがいいな。誰か、あるだろう、お前の保護者とか保証人かいものが」

 父の東京の別荘に出入りしていた書画骨董こっとう商の渋田という、自分たちと同郷人で、父のたいこ持ちみたいな役も勤めていたずんぐりした独身の四十男が、自分学校保証人になっているのを、自分は思い出しました。その男の顔が、殊に眼つきが、ヒラメに似ているというので、父はいつもその男ヒラメと呼び、自分も、そう呼びなれていました。

 自分警察電話帳を借りて、ヒラメの家の電話番号を捜し、見つかったので、ヒラメ電話して、横浜検事局に来てくれるように頼みましたら、ヒラメは人が変ったみたいな威張った口調で、それでも、とにかく引受けてくれました。

「おい、その電話機、すぐ消毒したほうがいいぜ。何せ、血痰が出ているんだから

 自分が、また保護室に引き上げてから、お巡りたちにそう言いつけている署長の大きな声が、保護室に坐っている自分の耳にまで、とどきました。

 お昼すぎ、自分は、細い麻繩で胴を縛られ、それはマントで隠すことを許されましたが、その麻繩の端を若いお巡りが、しっかり握っていて、二人一緒に電車横浜に向いました。

 けれども、自分には少しの不安も無く、あの警察保護室も、老巡査もなつかしく、嗚呼ああ、自分はどうしてこうなのでしょう、罪人として縛られると、かえってほっとして、そうしてゆったり落ちついて、その時の追憶を、いま書くに当っても、本当にのびのびした楽しい気持になるのです。

 しかし、その時期のなつかしい思い出の中にも、たった一つ、冷汗三斗の、生涯わすれられぬ悲惨なしくじりがあったのです。自分は、検事局の薄暗い一室で、検事簡単な取調べを受けました。検事は四十歳前後の物静かな、(もし自分が美貌だったとしても、それは謂いわば邪淫の美貌だったに違いありませんが、その検事の顔は、正しい美貌、とでも言いたいような、聡明静謐せいひつの気配を持っていました)コセコセしない人柄のようでしたので、自分も全く警戒せず、ぼんやり陳述していたのですが、突然、れいの咳が出て来て、自分は袂からハンケチを出し、ふとその血を見て、この咳もまた何かの役に立つかも知れぬとあさましい駈引きの心を起し、ゴホン、ゴホンと二つばかり、おまけの贋にせの咳を大袈裟おおげさに附け加えて、ハンケチで口を覆ったまま検事の顔をちらと見た、間一髪、

「ほんとうかい?」

 ものしずかな微笑でした。冷汗三斗、いいえ、いま思い出しても、きりきり舞いをしたくなります中学時代に、あの馬鹿の竹一から、ワザ、ワザ、と言われて脊中せなかを突かれ、地獄に蹴落けおとされた、その時の思い以上と言っても、決して過言では無い気持です。あれと、これと、二つ、自分の生涯に於ける演技の大失敗の記録です。検事あんな物静かな侮蔑ぶべつに遭うよりは、いっそ自分は十年の刑を言い渡されたほうが、ましだったと思う事さえ、時たまある程なのです。

 自分起訴猶予になりました。けれども一向にうれしくなく、世にもみじめな気持で、検事局の控室のベンチに腰かけ、引取り人のヒラメが来るのを待っていました。

 背後の高い窓から夕焼けの空が見え、鴎かもめが、「女」という字みたいな形で飛んでいました。

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第三の手記

 竹一の予言の、一つは当り、一つは、はずれました。惚ほれられるという、名誉で無い予言のほうは、あたりましたが、きっと偉い絵画きになるという、祝福の予言は、はずれました。

 自分は、わずかに、粗悪な雑誌の、無名の下手な漫画家になる事が出来ただけでした。

 鎌倉事件のために、高等学校から追放せられ、自分は、ヒラメの家の二階の、三畳の部屋で寝起きして、故郷からは月々、極めて小額の金が、それも直接に自分宛ではなく、ヒラメのところにひそかに送られて来ている様子でしたが、(しかも、それは故郷の兄たちが、父にかくして送ってくれているという形式になっていたようでした)それっきり、あとは故郷とのつながりを全然、断ち切られてしまい、そうして、ヒラメはいつも不機嫌、自分あいそ笑いをしても、笑わず人間というものはこんなにも簡単に、それこそ手のひらをかえすが如くに変化できるものかと、あさましく、いや、むしろ滑稽に思われるくらいの、ひどい変り様で、

「出ちゃいけませんよ。とにかく、出ないで下さいよ」

 そればかり自分に言っているのでした。

 ヒラメは、自分自殺のおそれありと、にらんでいるらしく、つまり、女の後を追ってまた海へ飛び込んだりする危険があると見てとっているらしく、自分の外出を固く禁じているのでした。けれども、酒も飲めないし、煙草も吸えないし、ただ、朝から晩まで二階の三畳のこたつにもぐって、古雑誌なんか読んで阿呆同然のくらしをしている自分には、自殺の気力さえ失われていました。

 ヒラメの家は、大久保医専の近くにあり、書画骨董商、青竜園、だなどと看板文字だけは相当に気張っていても、一棟二戸の、その一戸で、店の間口も狭く、店内はホコリだらけで、いい加減なガラクタばかり並べ、(もっとも、ヒラメはその店のガラクタにたよって商売しているわけではなく、こっちの所謂旦那の秘蔵のものを、あっちの所謂旦那にその所有権ゆずる場合などに活躍して、お金をもうけているらしいのです)店に坐っている事は殆ど無く、たいてい朝から、むずかしそうな顔をしてそそくさと出かけ、留守は十七、八の小僧ひとり、これが自分の見張り番というわけで、ひまさえあれば近所の子供たちと外でキャッチボールなどしていても、二階の居候をまるで馬鹿気違いくらいに思っているらしく、大人おとなの説教くさい事まで自分に言い聞かせ、自分は、ひとと言い争いの出来ない質たちなので、疲れたような、また、感心したような顔をしてそれに耳を傾け、服従しているのでした。この小僧は渋田のかくし子で、それでもへんな事情があって、渋田は所謂親子の名乗りをせず、また渋田がずっと独身なのも、何やらその辺に理由があっての事らしく、自分も以前、自分の家の者たちからそれに就いての噂うわさを、ちょっと聞いたような気もするのですが、自分は、どうも他人の身の上には、あまり興味を持てないほうなので、深い事は何も知りません。しかし、その小僧の眼つきにも、妙に魚の眼を聯想れんそうさせるところがありましたから、或いは、本当にヒラメのかくし子、……でも、それならば、二人は実に淋しい親子でした。夜おそく、二階の自分には内緒で、二人でおそばなどを取寄せて無言で食べている事がありました。

 ヒラメの家では食事はいつもその小僧がつくり、二階のやっかい者の食事だけは別にお膳ぜんに載せて小僧が三度々々二階に持ち運んで来てくれて、ヒラメ小僧は、階段の下のじめじめし四畳半で何やら、カチャカチャ皿小鉢の触れ合う音をさせながら、いそがしげに食事しているのでした。

 三月末の或る夕方ヒラメは思わぬもうけ口にでもありついたのか、または何か他に策略でもあったのか、(その二つの推察が、ともに当っていたとしても、おそらくは、さらにまたいくつかの、自分などにはとても推察のとどかないこまかい原因もあったのでしょうが自分を階下の珍らしくお銚子ちょうしなど附いている食卓に招いて、ヒラメならぬマグロ刺身に、ごちそうの主人あるじみずから感服し、賞讃しょうさんし、ぼんやりしている居候にも少しくお酒をすすめ、

「どうするつもりなんです、いったい、これから

 自分はそれに答えず、卓上の皿から畳鰯たたみいわしつまみ上げ、その小魚たちの銀の眼玉を眺めていたら、酔いがほのぼの発して来て、遊び廻っていた頃がなつかしく、堀木でさえなつかしく、つくづく「自由」が欲しくなり、ふっと、かぼそく泣きそうになりました。

 自分がこの家へ来てからは、道化を演ずる張合いさえ無く、ただもうヒラメ小僧蔑視の中に身を横たえ、ヒラメのほうでもまた、自分と打ち解けた長噺をするのを避けている様子でしたし、自分もそのヒラメを追いかけて何かを訴える気などは起らず、ほとんど自分は、間抜けづらの居候になり切っていたのです。

起訴猶予というのは、前科何犯とか、そんなものには、ならない模様です。だから、まあ、あなたの心掛け一つで、更生が出来るわけです。あなたが、もし、改心して、あなたのほうから、真面目に私に相談を持ちかけてくれたら、私も考えてみます

 ヒラメの話方には、いや、世の中の全部の人の話方には、このようにややこしく、どこか朦朧もうろうとして、逃腰とでもいったみたいな微妙な複雑さがあり、そのほとんど無益と思われるくらいの厳重な警戒と、無数といっていいくらいの小うるさい駈引とには、いつも自分は当惑し、どうでもいいやという気分になって、お道化で茶化したり、または無言の首肯で一さいおまかせという、謂わば敗北の態度をとってしまうのでした。

 この時もヒラメが、自分に向って、だいたい次のように簡単に報告すれば、それですむ事だったのを自分は後年に到って知り、ヒラメの不必要な用心、いや、世の中の人たちの不可解な見栄、おていさいに、何とも陰鬱な思いをしました。

 ヒラメは、その時、ただこう言えばよかったのでした。

官立でも私立でも、とにかく四月から、どこかの学校はいりなさい。あなた生活費は、学校はいると、くにからもっと充分に送って来る事になっているのです。」

 ずっと後になってわかったのですが、事実は、そのようになっていたのでした。そうして、自分もその言いつけに従ったでしょう。それなのに、ヒラメのいやに用心深く持って廻った言い方のために、妙にこじれ、自分の生きて行く方向もまるで変ってしまったのです。

「真面目に私に相談を持ちかけてくれる気持が無ければ、仕様がないですが」

「どんな相談?」

 自分には、本当に何も見当がつかなかったのです。

「それは、あなたの胸にある事でしょう?」

「たとえば?」

「たとえばって、あなた自身、これからどうする気なんです」

「働いたほうが、いいんですか?」

「いや、あなたの気持は、いったいどうなんです」

だって学校はいるといったって、……」

「そりゃ、お金が要りますしかし、問題は、お金でない。あなたの気持です」

 お金は、くにから来る事になっているんだから、となぜ一こと、言わなかったのでしょう。その一言に依って、自分の気持も、きまった筈なのに、自分には、ただ五里霧中でした。

「どうですか? 何か、将来の希望、とでもいったものが、あるんですか? いったい、どうも、ひとをひとり世話しているというのは、どれだけむずかしいものだか、世話されているひとには、わかりますまい」

すみません

「そりゃ実に、心配ものです。私も、いったんあなたの世話を引受けた以上、あなたにも、生半可なまはんかな気持でいてもらいたくないのです。立派に更生の道をたどる、という覚悟のほどを見せてもらいたいのです。たとえば、あなたの将来の方針、それに就いてあなたのほうから私に、まじめに相談を持ちかけて来たなら、私もその相談には応ずるつもりでいます。それは、どうせこんな、貧乏ヒラメの援助なのですから、以前のようなぜいたくを望んだら、あてがはずれますしかし、あなたの気持がしっかりしていて、将来の方針をはっきり打ち樹たて、そうして私に相談をしてくれたら、私は、たといわずかずつでも、あなたの更生のために、お手伝いしようとさえ思っているんです。わかりますか? 私の気持が。いったい、あなたは、これから、どうするつもりでいるのです」

「ここの二階に、置いてもらえなかったら、働いて、……」

「本気で、そんな事を言っているのですか? いまのこの世の中に、たとい帝国大学校を出たって、……」

「いいえ、サラリイマンになるんでは無いんです」

「それじゃ、何です」

画家です」

 思い切って、それを言いました。

「へええ?」

 自分は、その時の、頸くびをちぢめて笑ったヒラメの顔の、いかにもずるそうな影を忘れる事が出来ません。軽蔑の影にも似て、それとも違い、世の中を海にたとえると、その海の千尋ちひろの深さの箇所に、そんな奇妙な影がたゆとうていそうで、何か、おとなの生活の奥底をチラと覗のぞかせたような笑いでした。

 そんな事では話にも何もならぬ、ちっとも気持がしっかりしていない、考えなさい、今夜一晩まじめに考えてみなさい、と言われ、自分は追われるように二階に上って、寝ても、別に何の考えも浮びませんでした。そうして、あけがたになり、ヒラメの家から逃げました。

 夕方、間違いなく帰ります。左記の友人の許もとへ、将来の方針に就いて相談に行って来るのですから、御心配無く。ほんとうに。

 と、用箋に鉛筆で大きく書き、 Permalink | 記事への反応(1) | 20:31

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