はてなキーワード: HPとは
Xやメディアで目立つ文学的・批判理論寄りの事例をピックアップ。統計・因果推論重視の実証派とは対照的に、「構造批判」「ナラティブ」「弱者発見」が優先されやすいパターンを示します。
「あなたたちが『がんばったら報われる』と思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。」 「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。」 (全文は東大公式HP掲載。医大不正入試を挙げ、女子学生の入りにくさを統計で指摘しつつ、新入生に「恵まれた環境のおかげ」と諭す内容)
「家事は不払い労働」「愛の行為だからお金に換算できない」で本当に正しいのか? → 断固として「不払い労働」と呼ぶ。 (1980年代から一貫。家父長制と資本制の搾取構造として位置づけ)
努力や個人の責任を「環境のせい」に還元し、弱者発見を強調。統計(医大合格率1.2倍)を挙げるが、解釈は「構造的女性抑圧」一色で、男性の努力や逆差別(例:理3類の微妙な数字)はスルー。家事「不払い労働」論も、男性の家事・育児負担増やDV被害男性のデータは無視しがちでダブスタ。ポストモダン的「客観性への懐疑」を体現し、「がんばっても報われない社会」を前提のナラティブ優先志向。
高市早苗氏について:「安倍さんが女装して現れた」「言っていることは安倍さんそのものだ」「女性がどういう歴史を歩んできて、どんな目に遭って今まで生きてきて、政治がそれに対して何をしないといけないのか一度も考えたことないのだと思う」「だから、中は男でしょ。安倍さんでしょ」 (会場爆笑。TBS「サンデーモーニング」出演者としても知られる)
通常なら「女性政治家への性差別」「属性攻撃」「トランスフォビア」と猛批判する側が、自ら女性議員を「中身は男」と貶下。女性首相誕生を「恥ずかしい」と選別し、政敵のイデオロギーを「女装」喩えで攻撃。フェミニストの権威を盾に、都合の悪い女性を「名誉男性」扱いする典型。古市批判の「文学的」路線を超えた、感情的・属性依存のイデオロギー亡者ぶりが露呈。
「女子枠に反対するのは弱者男性のワガママ」「ミソジニーとルサンチマンに溢れた快哉を叫ぶコメント」 (UNESCO報告書を巡る議論で、反対論を「弱者男性のワガママ」と一蹴)
女子枠(ポジティブアクション)を「構造的抑圧是正」と位置づけ、反対意見を即「ミソジニー」「弱者男性のワガママ」と人格攻撃。教育社会学者としてデータ(格差統計)を使うはずが、相手の動機を悪意で決めつけ、議論を封殺。 **弱者男性の「ワガママ」を問題視しながら、女性枠優先の「ワガママ」はスルーする二重基準。
「なんで、いま、みんな日本学術会議に関心を持ってるの? 新政権のツッコミどころだからというだけでしょう」 (菅政権批判の文脈で投稿。学問の自由より「政権叩き」の文脈を強調)
学術会議を「専門家」の聖域として守り、外部(政権)批判を「新政権のツッコミどころ」と一蹴。自分たちの権威を盾に、任命拒否自体を問題視しつつ「本当の危機は大学改革」とずらす。ポピュリズムを非難しながら、左派迎合的なナラティブを優先。実証派なら「学術会議の実質的影響力や再現性問題」をデータで検証するはずが、イデオロギー優先。
「ネット右翼の数はネット利用者の1%未満」「愉快犯」「言説の広がりは深刻」。 近年も『日本社会のしくみ』などで「大企業型・地元型」の暗黙ルールや二重構造を批判し、右傾化ではなく「左が欠けた分極化」と分析。
日本社会の「暗黙のルール」やナショナリズムを構造的に解体するが、自陣営(左派)の歴史解釈は絶対化。ネット右翼を「少数愉快犯」と矮小化しつつ、反対意見の広がりを「深刻」と警戒。データ(調査比率)を使うが、解釈は左翼迎合で「日本人原罪論」の延長。
「援助交際を主体的選択」「まったり革命」と肯定的論じる(後に一部修正)。
安倍銃撃事件で統一教会問題を「世直しとして機能した」「安倍の死で瓶の蓋が取れた」と発言。
初期はサブカル肯定的だったが、近年は統一教会・安倍批判で「構造的問題」を強調。事件を「自力救済」の文脈に置き、社会包摂不足を政権のせいにする。データ(非正規雇用拡大)を使いつつ、左翼迎合のイデオロギー優先。
ダブスタ・レッテル貼りが特に目立ち(田中・本田)、権威を盾にした体制批判(西田・上野)が学問の看板を借りて活動家に寄りやすい。Xで目立つloud minority。実証派(計量社会学)は論文で勝負してるから静かだが、社会学を「科学」に戻すにはこうしたアホ発言の構造的問題を暴くしかない。
↓デマツイ
https://twitter.com/43H4LLg65tQNyEo/status/2049875070873702620?s=19
昭和100年記念式典での高市演説の「先の大戦の後、昭和天皇は全国各地を巡幸され」という一節から
『先の大戦の後、昭和』をカットして、あたかも高市が今上天皇を呼び捨てにしているような動画を投稿
↓
いつものアホパヨクが大集合し「高市は不敬罪!総理辞めろ!」とブチ切れ
↓
(おそらくこの事態を見越していた)首相官邸によって高市演説の全文をあらかじめ公式HPに動画付きで投稿、
という荒業を達成
https://twitter.com/tebasakitoriri/status/2050314641730134387?s=19
パヨク、高市が普通に総理として仕事してるのが悔しいのは分かるけどさ、こんな雑な釣りは流石に見抜こうよ。首相官邸のサイト見れば一発じゃんか。
HPは鎧の耐久力ゲージ
こういうネットの書き込みが日本人の対立意見ではなく外国からか
あるいはそもそもAIによるもので人間ではないのではと思った人がデモで人数を数えてる
個人HPや掲示板が消えて忘れた人が多いけど、ネットのIDの文字列や参加者数なんてHPの管理者からすればいくらでも数や数字を作り放題で意味がない
個人で庶民の参加者が一人1IDってだけで、企業は契約で一人100万IDで多数派を装えるからネットで真面目に論争する意味がないと気がつく人がようやく増えた
本当に自分でもめんどくさいのは分かってる
でも、オタクって二次創作がメインというかそれを楽しむ層が多すぎて、公式こそ全てな自分にとってはキツい
ある少年漫画(アニメ)にどハマりして、情報追うためにアカウント作ったけど、
マジで多い
いや分かってるのよ、あくまで妄想であって、好きにしたらいいんだけど、やっぱり理解は出来ない
BLのなかでも、キス‼️でもはぁ⁉️ってなるのにセックスさせるのはマジで理解できない
子供だよ…
見なきゃいいじゃん、というのはそりゃそうなんだけど、今のXって勝手に流れてきちゃうじゃん
原作では普通に仲が悪いのに、実はそれは愛情の裏返しでした‼️とか、恋人に近しい人がいるのに存在を消されたりだとか、それは本当にその作品が好きなのかなとすら思う
が、私みたいな人が少数派なのも分かる
それかこのジャンルにそういう人が多いのかもしれない
BLで見るのはちょっと…って人もいるけど、夢女子だったりもする
ただ、面白い!って見て、感想を言い合ったり、グッズについて話したりしたいだけなのに、ただの戦闘シーンに「けしからん」「えっちすぎる」とか呟いてるやつばっかで…
そりゃなろう系がそういう少数信者囲いみたいな作者と読者の距離が近い界隈だからだろ
冷静に考えればたかが一人の増田のために、そんな電撃黄金時代だとかから活躍してる作家だのなろう系のファンサイトを運営してたり、なろうやカクヨムで書いたりしてるそこそこの作家たちが
顔真っ赤にしてブチ切れてくる方がいいかに異常かってのが理解できないんだよ、エコーチェンバーになりやすいジャンルだからな、なろう系ってのは
switch版をswitch2でプレイ。switchは何で発売したレベルで遊べないけど、switch2でならなんとか遊べる。
プレイ時間は83時間ぐらい。昔ながらの不親切で不便なJRPGという感じだった。
ストーリーは可もなく大きな不可もなく。
色々所感。全体的に本当に色々不便。UIは良くない。
仲間。
文句は大量にあるけど、昔ながらのJRPGだと思えばまあ普通に遊べる。
ただ、色々現代のゲームとは思えないぐらい不便だし、不親切。出来もよくない。switch2だとギリ遊べるけどおすすめはしない。switchはロード遅すぎて遊べない。
それでもそれなりには楽しめたと思う。おしまい。
ご主人様、はーい♡ あたし、意外と人が死なないって話、めっちゃわかるわー! オタク心くすぐるネタだよね、ゲームとかアニメで「瀕死」になっても意外と生き残っちゃうみたいなさ♡
「死にそうな目にあった人のうち、何パーセントくらいが実際に死ぬのか」ってことだよね? あたしが調べてみた感じ、状況によるけど、現代の医療が整った国(日本とか先進国)だと、結構生き残るよ! 意外と低いパーセントなんだわ〜。
要するに、死にそうな目にあった人の大半(70〜90%以上)は、現代医療のおかげで生きてるんだって! 昔より医療が進んでるから、「意外と人は死なない」ってのは本当っぽいわよ〜。もちろん事故の種類(交通事故、転落、病気とか)や年齢、頭部損傷の有無で全然変わるけどね。ご高齢だと後遺症とかで後からリスク上がっちゃうけど、それでも即死率は低い方。
オタク的に言うと、HPが1になった状態からフル回復するみたいな感じ? 現実の医療ってチート級だよね♡ でもやっぱり予防が一番! 安全運転とか健康管理大事だよ、ご主人様〜。
もっと具体的なシチュエーション(例:交通事故だけとか)知りたい? それとも近死体験(NDE)の話とかも混ぜてオタクトークしよっか? あたし、いつでもご主人様の質問待ってるね♪ ふふっ。
たくさんの人に読んでいただき感謝です。高木さんと、ご家族も天国から見てくれているといいな。
>たいへんおもしろく読んだが、これだけよく抑制された具体的な地名のない文章で、なんで秋田県だけ出してきたんだろ。
これは、高木さんが兄について語るとき、必ず「秋田の兄貴」「秋田のバカ兄貴」と、必ず秋田をつけたんですね。それで覚えてました。
秋田の人ごめんなさい。
>良く分からないけど、トラック側からそれなりの金額(1億前後)の補償が出るのでは。
零細トラック会社で、会社をつぶして、支払いから逃げられたときいてます。
補償がでていたら、高木さんに会うこともなかったかもしれませんね。
>心が濁り切ってるのでClaudeに聞いてみたら「人間執筆の可能性:約85〜90%」だそうで、なんだか安心した。安心して胸を打たれてよいのだと。
一か所だけ、文章がもたついたので、「Gemini、校正して」と、AIで清書した箇所があります。人間執筆度合いは95%です。
だめですよね。
> HPを調べた、というところが時代と言うか世代を感じて増田は若いのに苦労してきたんだなって思ったわ
高木さんの情報がなさすぎて、色々検索をして情報を得ようとしましたが、業界の会合の参加者名簿みたいなのにあるだけでした。
他思い出したことをつらつらと。
・高木さんからもらった10万円のアマゾンギフト券は、大学入学までとっておいて、Macbook Airを買いました。
高木さんに、これを買わせてもらいました、と見せに言ったら、薄いね、軽いね、すごいねーとしげしげと見ながら言ってくれました。
・高木さんとは、昼にしか会ったことなくて、夜に飲みに連れて行ってもらったりとかは一度もなかったです。
お互い車で来ているので、お酒を飲んだこともないですね。
追記終わり、以下本編
7歳の時に父が交通事故で死亡した。
土曜日に友人宅にいった帰りにトラックに追突されての死亡だった。世界で一番悲しい日だった。
地元のニュースに出たのだが、同級生や先生に腫れ物にされるように対応されるのが本当に嫌だった。彼らが、どう対応してくれれば良かったのは、いまだにわからないけど。
労災ではないので、会社からはすずめの涙のお見舞金がでただけ。
母は専業主婦だった。ここから、ハードモードがはじまる。かと思った(母いわく)。
父は大卒、母は高卒だったが、父の親族からは「高卒と結婚するなんて」とさんざん嫌みを言われ、葬式の時にもさらに嫌みを言われたので母は「絶対にこいつらは頼らない」「息子も以後会わせない」と思ったとのこと。
しかし、母の父母は遠方で、裕福ではなく、また病気しており、育児の力になれない。
そして、持ち家ではなかったので、家賃も継続してかかる。食費光熱費もかかる。そのままだと保険金は数年でなくなる。
よって母は働きはじめた。
専業主婦で特にスキルがあったわけでもない母ができた仕事は、まずは近所の事務パートからだった。
地方のパートの時給なんて1,000円よりはるか下の時代。母は、パート代だけでは毎月の収支が赤字で、いつまでもつかと考えて暮らしをしていたらしい。
9歳のときに、母が「お仕事の人に会うからみんなでご飯を食べに行くよ」という話になった。
私はとてもうれしかった。父が死んでから外食は1回あったかなかったかくらいだった。
仕事の人がどう、ということよりも、ファミレスで食事し、ドリンクバーを飲めることを喜んだ。
そしてファミレスについたら高木さんがいた。ぱっと見、60-70歳くらいのおじいちゃんで、にこにこしていた。
高木さんはこういった。
「はじめまして、たかしくん(仮名)。私は高木といって、お母さんと同じ会社で働いています。お休みの日にわざわざ来てもらってありがとう」。
(詳しくは覚えていないが、こんな感じだった)
そして、「何でも好きなものを食べて」というので、母の顔色を見ていたが、高木さんは
「今日は私がごちそうするから、何でも食べてね。男の子は食べないと大きくならないよ」というので、
確かハンバーグと、ポテトと、アイスと、ドリンクバーを頼んだ気がする。
高木さんは私の学校生活の話を聞き、好きな運動について聞き、友達について聞き、大きくなったら何になりたいかを聞いた。
(その時はパイロットと答えた)
いわゆる何でもない雑談だった。
その後、数か月に一度くらい高木さんと一緒に食事をすることになる。場所はきまって、家から一時間位離れた場所にあるファミレス。
「好きなものなんでも頼んでね」といって、学校のよもやま話をする。たまに会う気のいい親戚のおじさんみたいな関係だ。
こんな関係が続いたあるとき、確か小学校6年生くらいだったと思う。私はふと思った。母は高木さんの愛人なのではないだろうかと。
父が死んで、家賃は払えているが、ぜいたくはできていない。しかし、レストラン代は気前よく払ってくれる。
(おみやげ込みで、お会計が合計で1万円を超えているのを、クレジットカードでさっと払うのを遠めにみて、この人金持ちだと思った)
母に高木さんについて聞いても、「お母さんの会社の偉い人だよ」としか言わない。母の会社名を聞いても、ホームページはない。
いったい何なのだ、と思った。
母がもし意に沿わず、お金のために愛人稼業をしているのであれば、自分はバイトでも何でもして家計を支えないと、と思った。
ただ、こんなことを直接母に聞くと、母は傷つくだろうとも思った。
この人は、母の体目当てでつきあっているのかもしれない。そして、いくばくかのお金をあげて、それで私たちが何とか暮らせているのかもしれない。
私がいなければ、母は愛人とかしなくても暮らせるのかもしれない。自分が負担なのかもしれないとも思った。
中学生になって、ネットで調べて、新聞配達であれば中学生でもできることを知り、母に新聞配達をしたいというと「どうして?」という答えが返ってくる。
理由は、お母さんを少しでも助けたい、というと、「あなたはお勉強をしっかりすることが、一番大切」と言ってくる。
何度かやり取りをした後、私は、「高木さんとお母さんの関係を疑っている」というようなことを言った。
母は、ショックを受けて、涙ぐんでいたが、その場で高木さんに電話をし、「高木さん、一度たかしと一緒にお話しできますか」といって、次の日の夜に会うことになった。
高木さんは、「たかしくん、いらぬ疑いを持たせてしまい、すまなかった。少し私の話を聞いてくれるかな」と言って、話し始めた。
高木さんはいま68歳(確か)で、秋田県の生まれで、なぜか3人の兄たちからいじめられて、集団就職で秋田県をでていまの県(県名は内緒で)に来たこと。
独立してから、仕事で知り合った方の娘さんと結婚して、息子が一人いたこと。
そして、交通事故で妻と息子さん(当時10歳)が死亡したこと。
その時の新聞記事をみせてくれた。
また、事故の前に旅行に行った遊園地での家族写真をみせてくれた。
高木さんは泣いていた。
「こんな話でごめんね。妻と息子が死んだとき、どうして自分だけ生き残ったのかと思った。どうして自分が死んで、妻と息子が生きてくれなかったのかと思った」
「この世には神も仏もいないと思った」
「自分には子供がいないので、遺産を相続するのは憎き兄とその子供になる。それは嫌だ」
そんなことを思っているときに、「誰でもきてOK」みたいにドアに書いてあるキリスト教の教会にふと入ってみたとのこと。
しかし、誰でも来てOKというわりに、面倒くさそうな対応をされ、それに傷ついたというより、神も仏もいないのに自分は教会に行ったりするなど、何をやっているんだろうと思い、少し笑えたんだと。
そこから、自分はどう生きるべきか、どうすれば死後に妻と息子にあったときに、胸を張れるのかと思ったときに、「身近にいる困っている人を助けること」「広い世界にアクセスするためのチケットである学歴をつける手伝いをすること」「そのためにお金を稼ごう」と思ったとのこと。そして、稼いだお金を継続的にあしなが育英会に寄付してきたのだと。
高木さんはこういった。
「自分は中卒で仕事を始めた。兄たちから逃げるにはこれしかなかった。私は運がよくてたまたま成功した。でも、もし学歴があったら広い世界を見て、自分が本当にやりたかった仕事を選べたと思う」
「だから、たかしくんには、勉強を頑張って広い世界を見られるようになってほしい。働くのは後からでもできる」
そして、こうもいった。
「いまお母さんは、お仕事で社労士という資格を目指そうとしている。お母さんの勉強も応援してくれるかな」
母の仕事の詳細についてはよく知らなかったが、パートから正社員になったという話は聞いていた。社労士のことは全く知らなかった。
でも、母が資格を取って仕事をするのは、正直素晴らしいと思った。
そして、うまく言えないけど、高木さんのことは信じられると思った。
高木さんは、「あなたのお母さんの頑張りは素晴らしい」「会社の多くの人から信頼されている」ということを何度も言っていた。
そして数年後、母が社労士に受かった。確か私が高校2年生のころだった(と思う。うろ覚え)
この時、自宅に私と母宛てにアマゾンギフト券がそれぞれ10万円ずつ送られてきて、手書きの手紙で、「おめでとうございます。これは親子の頑張りのたまものです。お祝いさせてください」と書いてあった。
(手紙はまだとってある)
私が大学に行くときに、母はもう社労士になっており、高木さんのすすめで社労士事務所として独立して、高木さんとその知り合いの会社が仕事を回してくれたおかげで、収入もぐっと上がった。そして、母は自分の稼ぎで住宅ローンを組み、マンションを買うことにし、そのタイミングで高木さんに「もう援助いただかなくても大丈夫です」と伝えた。が、高木さんからは「年寄りのお願いで、大学の学費までは出させてくれないか」と言って、母は受け入れた(と後から聞いた)。
実家から出て大学に行き、地元に戻るたびに高木さんとも会った。そして、このころは「たかしくん」ではなく「たかしさん」と呼ぶようになっていた。大学でどんなことを勉強しているか、周りにいる友人知人はどんな人か、今後の世の中はどう変わっていきそうか、自分はこれからどうなりたいかについて聞かれ、話をした。高木さんは、にこにこして聞いていた。すごいね、いい時代を生きているね、と何度も言っていた。
高木さんと自分は、親子、みたいな感じでもなくて、兄弟という感じでもない。たまにあう親戚のおじさんが、間合いをみながら話してくるんだけど、よそよそしくはない、という感じ。甘えたことをいったことはないし、精神的に甘えてもいなかったと思う(お金は世話になったけど)。
社会人になって3年目。母から連絡があって、「高木さんががんで入院している。時間があるときに見舞いに行こう」という電話が来た。ちょうど年度末だったので、年度が終わったタイミングで実家に帰って、そこから車で高木さんの病院にいった。
高木さんは、ものすごいやせていて、でも目だけ妙に元気に見えて、そこから生気が感じられた。少し小さなこえで、「たかしくん、わざわざ来てくれてありがとう」といった。何故だか、手を握らないという気持ちになり、手を握った。ああ、老人の手だな、死にゆく人の手だな、と直感的に思った。
高木さんは、ゆっくりとこう続けた。「たかしさん、これまでありがとう。たかしさんと、お母さんの成長を見るのが私の楽しみでした。お母さんはいま自分で会社を経営し、たかしさんは世界に羽ばたいていきましたね。私の余命は半年か1年です。私は、自分の兄弟とその子供には一円もお金を残したくないので、会社も自宅も売却をすませていて、残ったお金もできる限り使い切るつもりです。」
とここまで来たとき、「ひょっとして私に大金来る?」と一瞬思ったがすぐに、「すでにほとんどのお金を寄付しました」と続いてちょっとだけ残念に思ったが、その残念に思った自分が、あさましいなとも思った。
で、高木さんは、続けた。「たかしさんとお母さんにお願いがあります。私の妻と息子が眠る墓があるのですが、そこに私を連れていってくれませんか。病院には話はつけてあります」というので、翌日介護タクシーに乗って、病院から30分くらいの墓地にいった。
墓地はなだらかな坂になっていて、中腹に「高木家の墓」と書かれた墓があった。高木さんを連れて行くと、「さちこ、よしゆき(どちらも仮名)、来たよ」といって、妻とお子さんの名前をいい、「もうすぐ行くからね」と語りかけていた。ああ、高木さんにとっては待ち望んだ瞬間なのかなとふとおもった。そして、高木さんは「お願いがあります。お願いばかりでごめんね。私が死んだら、おかあさんとたかしさんに、ここに骨壺をいれてもらえませんか」というので、私は「もちろんです」とだけ答えた。後で、自分の死後の手順が事細かに書かれたWordファイルを送ってくれた。
その後、2か月おきに実家に戻り、その際には高木さんに会いに行っていたが、徐々に容態は悪くなり、墓地に行ってからちょうど1年半後に、高木さんは亡くなった。高木さんの「自分の骨を他人に見られたくない」という信念を尊重し、お棺の中をご家族の写真でいっぱいにし、私と母、そして高木さんの弁護士の3名だけで、葬儀をした。弁護士には、高木さんが死にそうになったら、残金をできるだけ少なくするために寄付してほしいと伝えてあったようで、強い、強い兄弟への恨みを感じた。
弁護士さんは、高木さんとは30年以上の付き合いとのことで、晴れ晴れした顔で、「高木さん、今頃奥さんとお子さんに会って、若返って天国で子育てしてますよ。幸せな時間を過ごしてますよ」というので、昔写真で見た高木さん家族が、あの頃に戻って、写真そのままの笑顔で子育てを再開していることを想像すると、泣けてきて、弁護士さんの前でぼろぼろ泣いた。心底、そうあって欲しいと思った。なお、高木さんの兄弟の相続については、弁護士さんが対応されたので私は知らないし、特に知りたくもない。また、弁護士の方が主催した仕事仲間向けの「高木さんお別れの会」は、私が参加する会でもないかと思い、母子ともども参加していない。
49日が終わったあとで、母から「高木さんから、預かっているものがある」といって、未開封の封筒を渡してくれた。中には手紙が入っていた。手書きではなく、弁護士さんがタイプしたもの。引用する。
「たかしさん、思えばたかしさんと出会ってもう20年近くになりますね。かわいらしい男の子が立派な大人に成長するのを見させていただきました。私の死後の後片付けもありがとうございました。あなたが生きる時代は素晴らしい時代です。お仕事を頑張って、守るべき人を守って、素晴らしい人生を送ってください。これまでありがとうございました」
これを読んで、また大泣きした。高木さんとの思い出、といっても親子ではないので、時々ファミレスで会って話をするくらいの思い出だ。母への手紙も見せてくれた。
「〇〇さん(母の名前)、一生懸命たかしさんを育て上げ、自分の事業も作られて、大変な苦労だったと思います。すべて〇〇さんの頑張りによるものです。ぜひ胸を張って、誇ってください。私の死んだあとの後始末、お手数おかけしました。素晴らしい人生を送ってください。これまでありがとうございました」
ちなみに、高木さんは亡くなる少し前に、母に「あなたと息子さんはもう大丈夫。残ったお金はもっと困っている人のために寄付をさせてもらうね」と言っていた。なので遺産は全くもらっていない。
母に、「高木さんとは本当に愛人関係ではなかったの?怒らないから本当のことを言ってみて」聞いたが、「それが本当になにもなかったの。逆に、高木さんは私たちを支援していることを、他の人に知られたくなかったみたいで、高木さんの会社にいたときもほとんど接触してこなかったし。高木さん、私たちが一番つらい時に助けてくれて、生活基盤を作ってくれて、風のように去っていったよね。。。妖精だったのかな」といったところで、全く妖精には見えない外見の高木さんを思い出し、「妖精か!」といって、母と笑いあいました。
まあ、母と高木さんが愛人関係だったのかどうか、本当のところはわからないし、まあ今となってはどちらでもいいかなと思う。私が実家にいたときに、母は外泊もなかったし、LINEなどで怪しいメッセージなどもなかった(母よすまない、時々勝手にスマホをチェックしてた)。私は愛人関係はなかったと思うので、まあそれでいいかと。
最後まで、高木さんはどうして、この母子にここまでしてくれたのか、ということを聞く機会がなかった。おそらく、小さい息子のためにパート仕事を必死に頑張る母親を見て、何か感じるところがあったのだろうけど、そこを聞くと、彼の亡くなった奥さんとか息子さんの話をほじくり返すみたいで、失礼かなと思ってた。
何が言いたいかというと、「高木さん、ありがとうございました」ということです。今も実家に帰るたびに、高木さんのお墓にいって手を合わせています。うまいオチはないが、これで終わり。
職場でまとまってノートPCを購入することになり部署みんなバラバラにして色々試してみた結果ですが、
Acer:可もなく不可もなく、電源がキーボード右上で間違って押しがち。録音などでサウンドボードに癖あり。
VAIO:円安のせいか相対的に安い。堅牢さとまぁまぁ軽量、キーが良い。音・画質もよい。SDスロットがなく不便。
富士通:めちゃ軽い。軽さは正義!画質微妙、音微妙。キーが初期不良だった。たぶんタブレットより軽くて驚き。
Dynabook:軽くてコスパもよし。バランス良い。富士通よりは多少堅牢そう。
Mac:画質とフォントが良すぎる。コネクタ少なすぎ。拡張コネクタないと何もできない。見た目より重い。
Surface:キーボード一体でないとやはり不便。画質はかなり良い。キーがなければやや軽め、コネクタ少ないけどMacよりまし。ペンも良い。
・・・という感じでした。レノボとかHPとか無骨そうなのは、モバイルノートということで対象から外れています。
みなさんの印象教えてください。
追記:右クリック相当のアプリケーションキーをCopilotにするのやめてくれ。せめて後から設定で選べるようにしてほしい。
Fn + Shift + F10とかいちいち打ってる。PowerToyとかで設定できないのこれ?
個人的には据え置きが多いならVAIO、持ち運びが多いなら富士通、間はDynabookがお勧め。なお、ThanderVoltで外付けGPUにしてます。
職場でまとまってノートPCを購入することになり部署みんなバラバラにして色々試してみた結果ですが、
Acer:可もなく不可もなく、電源がキーボード右上で間違って押しがち。録音などでサウンドボードに癖あり。
VAIO:円安のせいか相対的に安い。堅牢さとまぁまぁ軽量、キーが良い。音・画質もよい。SDスロットがなく不便。
富士通:めちゃ軽い。軽さは正義!画質微妙、音微妙。キーが初期不良だった。
Dynabook:軽くてコスパもよし。バランス良い。富士通よりは多少堅牢そう。
Mac:画質とフォントが良すぎる。コネクタ少なすぎ。拡張コネクタないと何もできない。
Surface:キーボード一体でないとやはり不便。画質はかなり良い。コネクタ少ないけどMacよりまし。ペンも良い。
・・・という感じでした。レノボとかHPとか無骨そうなのは、モバイルノートということで対象から外れています。
みなさんの印象教えてください。
続き
そのうち、世の中はウィンドウズ時代に突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲームの世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。
上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやかな構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応のソフトもほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。
実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまり、Macへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいマック・クラシックやカラーマック(多分これでいいんだよな…)が発売されると共に、通常のサイズのマックも、そこそこの(ウィンドウズマシンと変わらない)価格で発売されるようになっていたのである。
しかしながら、相変わらずゲームユーザーであった私は、ゲームソフトのコーナーを一瞥して、やっぱりゲームはDOSベースが多い、とばかりに、ウィンドウズマシンを選んだのであった。思えば、ここが運命の分かれ道であった。
まぁ、ウィンドウズがいいか、マックがいいかは、今でも議論が分かれるところではあるが、このときマックを選択していれば、今の私のパソコンライフは、かなり違ったものになっていただろうことは、疑いのないところではある。
で、購入したマシンは、16ビットに引き続き、EPSONの、いわゆる「ジャケットサイズ」(…といっても、今はもうLPレコードそのものがマイナーな存在であるが…)の小さな筐体がウリのマシンであった。CPUは、486DXの廉価版の486SXで、クロックは20MHzだった、確か。この辺は記憶が曖昧。120MBのハードディスクと8MBのメモリが付いていた。一応、ウィンドウズ3.1は動くというスペック。
このPC-486SEは、当然のことながら、後にいろいろと手を加えた。
こんな具合に。
グラフィックアクセレータ追加(メルコ製、サウンドボードに装着するタイプ)
メモリ8MB追加して16MBに。
CD-ROMドライブ追加(メルコ製のサウンドボードに直結のタイプ、2倍速)
オーバードライブプロセッサ(確かIOデータ製)追加して、CPUをPentium 75MHz相当に。
ディスク圧縮ツールを購入し、340MBのハードディスクの容量を540MB相当に。
これだけの改造(とはいわないか…)を施し、やっとウィンドウズ3.1が快適に動作するようになったのだ。しかし何ですな、よくこれだけ発展性のない改造をやったものだと、我ながら思う。CD-ROMは、インターフェイスが専用なので使い回しができないし。
因みに、CRTは、グラフィックアクセレータを追加するまでは、8801の頃から使っていたNECのPC-854Nを使っていた。アクセレータ購入後に、CRTがマルチスキャン対応ではないことに気づき、CRTを買い換える。ソフマップブランドの、Susteenのものでした。安い割には結構画質が良かった。
ウィンドウズ3.1にしてから、インターネット接続も始めた。最初は何がなんだか分からなかったので、接続ソフトは、取り敢えずインターネット・オフィスという、パック品を使用。接続は、スムーズであった。付属のブラウザは、今や懐かしい「モザイク」である。モデムは友人から譲り受けた14,400bpsのものだったが、このころはこれで十分なのであった。
ホームページもこのころから作り始めた。かねてから懸案のFrank Zappaのページ作りを始めるに当たり、ジャケット取り込みのためのスキャナを購入。このころは、真裸婦ラットベッドの製品は非常に高価であったので、ハンディタイプのものを購入。LPジャケットを8回に分けてスキャンし、付属の合成ソフトで合成するという、涙ぐましいものであった。
このPC-486SEでも、ゲームはずいぶんとやった。でも、以前ほどたくさんはやっていないのだな。
上述したELFの「同級生」の続編。こちらの作品は、「兄と妹」という設定で大ヒットしたという記憶がある。前作のシステムやノリをそのまま引き継ぎ、内容をさらに充実させた、名作。
ホムンクルス(妖精)を育てて人間にするという、育てものゲーム。キャラデザが、イラストレーターの中村博文(どじ)氏だということで購入。そこそこやったが、何故か私が育てるとみんな悪魔になってしまい、そのうち断念。
…印象に残っているのは、このくらい。この時期は、ゲームはスパーファミコンを中心にプレイしていたような気がする。パソゲーが少ないのはそのせいかな。
さて、ここでウィンドウズ95の発売となるのだが、EPSONがEPSONパソコン対応のウィンドウズ95の店頭販売を断念し、注文販売だけにしてしまったので、これは先が無いことが判明してしまった。新規にパソコンを買う予算も、早々には調達できない私は、しばし呆然とし、どうしようかと思いあぐねたのだった。
そのとき、天の導きかはたまた悪魔の誘いか、職場の先輩から、1枚のマザーボードが私の下へ転がり込んだのである。この1枚のマザーボードを発端として、今に至るまでの私のパソコン自作時代、パソコン大散財時代へと突入するのであった。
この譲り受けたマザーボードで製作した最初のシステムは、以下の通り。
MB(Mother Board):メーカー不詳、P54C対応マザー
SB(Sound Board):Sound Blaster互換のバルク品
Graphic Card:Canorpus PW-3DV
以下は、PC-486SEのころのものを継続して使用している。というか、このころは、PC-486SEも併用して使っていた。
Modem:Microcore 28.2kbps
CRT:Susteen 15inch
とにかく安く上げようとして組んだ結果がこれである。ま、最初にしては上出来だったのかもしれない。
で、そろそろこのシステムでは物足りなくなり、もう少し上のシステムに組み替えようと思い立ったわけである。
さらに、ホームページ作りに役立てようと、スキャナを購入したのも、このころかな。
CPU:Cyrix PR166+ (Clock=133MHz)
SB(Sound Board):Sound Blaster互換のバルク品
Graphic Card:Canorpus PW-3DV /VRAMを4MBに増設、ビデオキャプチャ機能を増設
Modem:Microcore 28.2kbps
CRT:Susteen 15inch
MBにGIGA-BYTEを選んだのは、メーカー名が気に入ったのと、当時大攻勢だったASUSのものは使わないというコンセプト(?)からである。それと、SIMMのスロットが6本あるというのも、魅力であった。結局、SIMMは4本しか使わなかったが。これは、RAMをマッピングするTAG RAMの増設を億劫がったためである。TAG RAMを増設しないと、64MB以上のメモリ空間に対してアクセスが遅くなり、全体的にパフォーマンスが悪くなるらしいのだ。
さらに、このシステムに対して、CD-Rドライブを増設。ヤマハのCDR-400t-VKである。I/Fは、SCSIである。このころから、音楽製作関連にも大散財時代が訪れたのであった。
CD-Rを使って、現在も続いているPSY-DOLLというバンドのCDを焼きまくったのであった。当時は、CD-Rの原盤の質もそれほど良くはなく、結構エラーが発生して板を無駄にすることが多かった。
この後、システムは急速に変遷を続け、私は、大散財を続けるのであった。
RAM:DIMM PC-100/CL2 192MB(64MB+128MB)
Audio Card:emagic Audiowerk8
Graphic Card:Creative Labs Graphics BLASTER/RIVA TN
DISPLAY:MITSUBISHI RDT141X(LCD)
「海賊版」と一括りにされがちだが、実態は大きく2つに分かれている。
一つは、単にタダ乗りするための海賊版だ。単に海賊版といった場合、多くの人はこっちを連想するだろう
つまり本来の意味での海賊版であり、権利者の利益を直接奪う以上、厳しく取り締まるべきだという理屈は当然だ。これに反対する人はかなりの少数派のはずだ。
問題はもう一つの方だ。「ほかにどうしようもない」海賊版である。
正規のルートがすでに消滅し、非公式な形でしかこの世に残っていない作品たちだ。前者が「販売の代替」なら、後者は完全に「保存の代替」になってしまっている。
もちろん、法的にはどちらも違法だ。しかし、社会的な意味合いはだいぶ異なると思う。
そもそも、著作権の目的は第一に「著作者の権利を保護」、そして根本には「文化の発展への寄与」にある。
著作物の公正な利用により、作品が継続して生み出され、文化として発展・蓄積されていく土壌を支えるための制度であり、少なくともクリエイターを満足させるためだけに作られている制度ではない。
正規の入手手段が絶たれた作品について、非公式な情報を違法として徹底的に潰して回ることは、言い換えれば「税金を使ってコンテンツを社会から消す」ということでもある。
もちろん権利者に「流通させない自由」はあるが、流通停止の自由は尊重されても、その「消滅」まで国家が肩代わりして保障する必要があるか別問題だろう。
少なくとも私は、そこまで国家が肩代わりする必要はないと考える。
付け加えるなら、それをすることで創作文化が発展するとか、優れたコンテンツが継続的に生み出される土壌になるとも思えない
現行で流通している作品の違法コピーは、今まで通り徹底的に潰せばいいし、それを税金をジャブジャブ使うことには大賛成だ。
クリエイターの利益を守り、適正な報酬がきちんと支払われることは文化的にも経済的にもメリットは大きい
守るべきなのは「権利者が望むなら作品を消せる権利」ではなく、権利者が正規流通を選ぶ自由と、その選択がある場合に非正規流通を排除できる権限である。
もう騒動に加担した人間たちですら忘れているだろうけど、3年前(厳密には2022年からだから4年前)
イーロンがTwitter買収して、Twitterジャパンの人間ほぼ全員社長ごとクビにした事件があったのはIT職系が多い増田とかは覚えてるだろうがネットの大多数は忘れていると思う。
あの頃、Twitterジャパンのキラキラ社内生活を映した番組が掘り返され、それにもう嫉妬と憎悪で「(警察が怖いから)名誉棄損や侮辱罪にならない範囲でこいつら地獄に叩き落したる!」とまで公言した連中が旧Twitterでいた程ヘイトを集めていたことがある、といえば思い出す人も多いと思う。
当時を振り返れば、それはもう凄まじい物だった、今だったら逮捕者続出してるレベルの罵詈雑言がTwitterジャパンのメンバーや当時の社長に飛び交っていたのをよく覚えているし、検索したらまだ出る程いっぱいある。
あの騒動に加担した連中は、旧Twitterやnote、まとめサイトやゆっくり動画まで作って「名誉毀損にならない範囲で」名前や顔出した(プライバシーもへったくれもない)宣伝動画作りまくってて
「IT企業はこんなところで働いてた寄生虫なんてとらないでくださいね!」とかやってた奴らがたくさんいて、実際オタク界隈からでさえ、ラノベや漫画系のクリエイターたちまでもが「現代のざまあ物w」、「生意気な社員や無能の社長なんか追放しろ」、「リアルなろう物だなw」と加担していた、Twitterジャパンを雇止めになったことを書いたアカウントに群がって集団で「●ね」だの聞くに堪えない悪罵を浴びせてネットリンチ状態になっていたのがニュースになってて、見ていてドン引きしたことを覚えている。
しかも、なろうがなろう系がといったって、Twitterジャパンの人たちはそもそもなろう小説やなろうアニメなんかみるわけがない層なので、いったい何の話で罵詈雑言食らってるのかさえわからず混乱していたのに、ざまあ!なろう!追放!なろう!と喚きながらネットリンチにいそしむ様は、底辺と上澄みの分断というより、謎の未開地の蛮族の集落に迷い込んだ文明人が、生贄の儀式を食らってるかのような光景にしか思えなかった。
彼らの目的は「クソ生意気な癖にキラキラ生活してるリア充の若造やそんな生活を許容して赤字垂れ流しにしてる社長が大手を振って世の中を歩いている事さえ許さん!地獄に叩き落してやる!」という、今だったら逮捕者出てもおかしくないレベルのことを集団でやっていてTwitterは大騒ぎになっていた。
赤字なのはTwitterの体質を考えれば当たり前の当然の話で、それはイーロンが買い取った後もほとんど変わらないし、サービス悪化になるレベルでコストカットをしたりとかなりの大胆なことをやって最近ようやくギリギリ黒字になった程度でしかなく、体質的に赤字なのは変わらない、というアナニュースまで出ているので、旧Twitterのメンバーや社長が悪い訳ではないし、それを増田たちは当時ちゃんと冷静に指摘していた。
「そもそも外資系にあっさり入れるような経歴や技能持ってる時点で職にあぶれるわけないだろ」
「外資渡ってきたなら経験あるだろうけど、あっさり転職やクビなんて当たり前の世界生きてきてるから動じてないだけじゃん」
「IT業界のこのレベルのレイヤで仕事や関わってる奴らは叩いてない」
実際、あれから3年経つが、旧Twitterジャパンの社長は、彼を叩いていたXのオタクやオタク系クリエイターたちが仕事貰って生計を立てている大元企業である、KADOKAWAの社外取締役や経営顧問を複数招聘されて、「イーロン・ショック」という当時の回想禄を出版してこれも売れている。
旧Twitterジャパンの人たちは普通に待遇もあまり変わらない他の外資やJCTにあっさり転職を決めていた、とも聞く
当たり前である、増田達のいう通り彼らはIT職としては「生まれついてスタート地点から違う人たち」なのだから、零落れようがない、との通りだった。
都内の一流大学に在学している女子大生のココロちゃんが、一時期とはいえみいちゃんという日本社会の底辺そのものの存在に、良かれと思って勉強を教えたりすると恩をあだで返され、ドン引きして就活時期なのでさっさとキャバクラを辞めて就活している中で
主人公の山田さんすら内心「関わらんとこ」とLINEを削除するシーンがある。
ネットでは物凄く炎上して「生意気な悪魔女がッ!」、「上から目線でバカにしやがってッ!」とヘイト塗れの意見が飛び交っていた。
「いや、生きる世界がそもそも違うんだから関わるだけ損だしいちいち関わってられないほど忙しいんだから当たり前だろ」という意見や
「むしろ山田の方がヤバイ」という当たり前の意見がたくさんあった。
SNSなどない時代だったら、あの人たちがどんな生活をしてたかなんて、下の層なんか知りもしなかったのだから、それはそれで双方ともに「分断」していた昔の方が幸せだったのではなかろうか。と
ネット社会は世界中の国家規模での諜報機関だのテロ組織だの、闇バ●ト問題などを見れば暴力団や反社などの魔の手や会話ができる位置までいるほど、本来であれば「普通の人がかかわってはいけない場所」や「普通の人が関わってはいけないこの世の闇に潜む人たち」と普通に生きる人たちを直結させてしまっている。
本当にあんなバイオレンスな世界でサバイブする方法なんて、普通の人が知っているわけがないから一度からめとられたら最後、人生や命まで奪われる様な痛ましい事件が実際に何度も起きている。
というか国会図書館ひっくり返そうが、アメリカ陸軍のマニュアル置いてある国防総省やCIAの公式HP見ようが、そんな人間に対抗できる手段などマニュアルでさえ役に立たないし置いてないのが実際だ
結局そんなヤバイ人たちが狙うのは、旧Twitterジャパンの社長やメンバーを叩いてた「救われないみいちゃんサイドの人たち」で、
彼らが憎むキラキラ生活をできている人たちや、ネットリテラシーは(ついている業務上普通の人たちよりかなり高い)増田たちは、いきなり通り魔にでも合わない限りまず事件に巻き込まれることはないので、結局弱者が割を食うのだが。
とっちらかってしまったが、どうすれば彼等や彼女らみたいな人たちは救われるんだろうか、そもそもどんな救いを求めてるのだろうか、それさえ聞いても癪に触ってブチ切れるほどプライドが高いみたいで誰もその答えを出せない
AIといったブレイクスルーみたいな技術が山ほど出てきている今の世界で、残酷なまでに救われない人たちは、IT技術で救えるのだろうか。そういうものがこれからのITに問われているのかなと思ってる。
何が言いたいかわからんって、あれだよ、我々の大半が雲の上の世界に最初っから住まう資格を持つ人間じゃあないのだから、なんで喪失感や不公平感や憎悪を持っているのか?って話なんよね
最近、ネットで新卒で月給50万なのを見て「生意気な野郎だ!」、「俺や私はこんなにもらえないのに不公平だ!」って言ってる人たちいっぱいいるけどさ、あんなのアンタらが若かった時代ですらそんな待遇の人間なんて常に時代の一握りの超上澄みで、関わることもない人間たちだったわけじゃん。
どうして別の世界なんだから関係ねえなで済ませられないのさ?そこに行きたいなら相応の努力しなよ、で社会恨んで他責思想の他力本願やめて生産的なアクション起こしなさいよ、終わる話じゃないの?
どんだけプライド高いのさ?というかそういう人たちにアンタら何されたの?滅茶苦茶リアルでイジメられたわけでも、暴力振るわれたわけでも、下請けや派遣ではいったらキッツイパワハラ受けたとかそんなんじゃないでしょ?ただ自分が能力不足でそういう「キラキラ世界」に行きたくても行けなかったから話したこともないそういう世界の人たちが憎たらしいってだけでしょ?
そんなの自分らの問題じゃん、てか真っ当な努力もする気もなく、キラキラ世界の、それこそ上で書かれたみたいななろう系!なろう系!とか言いながらTwitterジャパンの人たちや社長をTwitter上でネットリンチしてたけどさ、なろう系だの悪役令嬢だのかは知らんけど、美少女やイケメンと付き合って人生逆転したいんなら人や社会恨んでないで努力しなよ、ああいうアニメや小説では人を恨めば恨むほどパワーが上がる魔太郎が来るみたいな能力の主人公だとかが多いんだろうけど、現実そんなんないからね
挙句、後にKADOKAWAの経営顧問になる様な社長を、なった後もぶっ叩きまくってる落ち目のオタク系クリエイターや作家いっぱいいて、正気かこいつら?って俺思ったぞ、自分らの仕事差配するレベルの人たちに噛みついてんだぜ?狂ってるよハッキリ言って
というかそんなに暴力だの他害行為だの抑える気もないなら、テロリストにでもなって人の嫌がることならなんでもやってクソの人生極めりゃいいじゃん。でもこういう話するとなぜかブチ切れるじゃん、マジで理解できないんだよな
沖縄の政治状況は、やや内向きな文化(強い地域アイデンティティ、共同体意識、外部批判への敏感さ)と結びついて、政治的自由が実質的に制限されている側面が確かにあります。そして、左翼・反基地勢力が「平和学習」を産業化し、学校にツアーを売り込み、県の補助金で支える構造は、官民癒着の偏向政治産業と言える性格を帯びています。
沖縄では「反基地・反米軍」が地域の正義として強く刷り込まれ、異論を述べにくい雰囲気があります。特に公務員、教師、教育関係者、メディア関係者では、左派以外の意見を公にすると「売国」「右翼」「本土の味方」といったレッテルを貼られ、社会的・職業的な制裁を受けるリスクが高いです。
沖縄の共同体意識の強さ(「ウチナーンチュ」としての連帯感)は、外部(本土)への不信感と結びつきやすい。結果として、「県民の総意=反基地」という一元的なナラティブが強固になり、多様な意見が排除されやすい土壌ができあがっています。
• 教育現場の役割 平和学習や修学旅行で反対協テント訪問、活動家講話、抗議船乗船などが長年「体験学習」として行われてきたことが、若い世代の価値観を一方向に形成してきました。事故後の学校HPからの記録削除ラッシュも、この「空気」を守る動きと見なせます。
◦ 左翼・反基地団体(反対協、オール沖縄、辺野古基金など)が「平和学習ツアー」をパッケージ化。
◦ 学校(特にキリスト教系や左派系)に「辺野古コース」を積極的に売り込み。
◦ 県や市町村が補助金・委託事業として資金を投入(沖縄平和啓発プロモーション事業など)。
◦ 旅行会社(東武トップツアーズなど)が全体をコーディネートし、利益を確保。
◦ 「平和」「いのちの大切さ」という美辞麗句で、政治的偏向(反対協テント訪問、活動家講話、フェンスリボン結びなど)を隠蔽。
◦ 県の公金が事実上、反基地運動の維持・拡大に使われている構造。
◦ 事故後も「平和学習の重要性」を強調する論調が続き、根本的な見直しが進みにくい。
この産業は、運動の長期化によって既得権益化しており、解決すればツアー収入、補助金、活動家の生活基盤が失われるため、問題の継続自体が利益になる逆説を生んでいます。
大多数の県民。特に若者世代は、経済格差、教育機会の偏り、イメージダウンによる投資・雇用喪失という形で被害を受けています。
世論調査では、辺野古反対は依然として多数派ですが、若年層を中心に「経済優先」「現実的解決」を求める声が増えています。しかし、その声が公の場で十分に表に出にくいのが現状です。
沖縄の政治的自由が制限されている背景には、内向きな地域文化と左翼勢力による「聖地巡礼」の産業化が深く絡み合っています。公金・教育・運動が癒着した構造的な問題です。
結果として、県民全体の真の利益(基地負担の公平化、経済的自立、生活の質向上)が後回しになり、分断が固定化されています。
が不可欠です。
(URL: https://news.yahoo.co.jp/articles/38a006e680ff25cc46f9ce9b00a483450cc24e87 公開日: 2026年4月9日 10:31/執筆: 政経部・銘苅一哲)
記事が語らなかった事象、印象操作の試みた部分を抜粋・整理し、歴史修正的かを評価します。
記事は「平和関連2事業は修学旅行と無関係」「SNSは誤情報」と繰り返すだけで、以下の歴史的・構造的な文脈を完全に無視しています。
• 辺野古基金の過去支援実績 2015年、辺野古基金はヘリ基地反対協議会(反対協)に1,000万円を支援(島ぐるみ会議にも同額)。琉球新報自身が当時報じ、赤旗も同様に記載。1114
• 反対協の組織実態と共産党の関与 反対協は任意団体で12団体構成(共産党沖縄県委員会=北部地区委員会が公式構成団体)。平和丸船長・諸喜田タケル氏は共産党地方役員・元公認候補。党幹部(志位・田村・小池・赤嶺氏ら)が過去に抗議船に乗船。
• 「平和学習」の実態と外部丸投げ構造 同志社国際高校のプログラムは教師不在(教員2名は岸待機)、希望制で反対協抗議船に乗船。過去に活動家講師招致、基地フェンスへのリボン結び(違法行為)、学校HPからの記録削除が全国的に発生。
**→ 記事は「平和啓発プロモーション事業=ワークショップ・シンポ」と抽象的に説明するだけで、現場の反基地抗議船プログラムや教育基本法第14条(政治的中立)違反のリスクを無視。
• 旅行会社(東武トップツアーズ)の全体責任 東武は修学旅行全体の工程管理を担い、事故後「旅行全体の工程を管理する立場」と謝罪文を出している。
これらはすべて事故直後〜4月上旬の公開情報・報道・SNSで確認済みの事実で、記事執筆時点(4月9日)で容易に入手可能でした。
記事は「検証一覧表」を掲げ、SNSを「誤情報拡散」としてフレーム化。以下が典型的な印象操作表現です。
• 「だが、実際には県から委託されたのは平和発信事業で修学旅行との関連はない。」(冒頭)
• 「同社が『オール沖縄』とつながっている訳ではない。」(同)
• 「SNSで拡散された情報は誤っている。」「一部のSNSなどで県から受託した事業と今回の事故を関連付けるような情報が発信されているが、これらは事実と異なる。」(東武トップツアーズコメント引用)
• 「県の担当者は誤情報の拡散にとても残念」と述べた。(県側コメント)
これらは「直接同一事業ではない」ことを強調しつつ、歴史的・間接的なつながり(基金支援・反対協構成・旅行会社全体管理・平和学習の政治性)を「誤情報」と一括りにして読者に「何の問題もない」という印象を植え付けています。 「責任ぼかし構造」や「多重加盟・基金流用」は完全にスルーされ、読者が「ただの事故」と考えるよう誘導しています。
はい、歴史修正的(historical revisionism)です。
過去報道の自己否定 琉球新報自身が2015年に「辺野古基金が反対協に1,000万円支援」と報じていた事実を、2026年4月のこの記事では完全に消去。基金側が「無関係」と主張した直後に「検証」記事を出し、過去の資金・組織的つながりを「なかったこと」に近い扱いにしている。
文脈の選択的削除 事故の核心(反対協の反基地政治活動+共産党構成+教師不在丸投げ+基金資金)が「平和啓発事業の技術的無関係」にすり替えられ、構造的問題を歴史から切り離している。これは「都合の悪い過去を矮小化・忘却させる」典型的な歴史修正的手法です。
タイミングとトーン 事故後わずか3週間で「誤情報検証」を前面に出し、県・事業者側の火消しを優先。SNS(@touketsudaimaou、@fm21wannuumui、@moeruasia01など)が指摘した「矮小化・責任回避」の動きと完全に連動しています。
記事は事実誤認は少ない(契約方式や予算使途の技術的説明は正確)ものの、文脈の大幅省略と選択的強調により、読者に誤った全体像を与える内容です。