はてなキーワード: 追記とは
資産の20%を投信に入れるつもりがどんどん膨らんで30%超になってしまった。
追記読んだ
里帰りしないなら今のうちから直接コミュニケーションとってお互いの距離をつかんだ方がいいと思う
現状のちょっと距離を置いて歯噛みするやり方は悪手、嫌なことは嫌と言える関係を作ろう
体調不良でゆっくりしたいって言うけど、直前まで働けてたんだよね?
外出もできないって事は出かける元気はあるよね?
だったら義母と話すくらいできるでしょ
その家に住むって事は義母との付き合いが発生するのが前提になるし
男だけどこれだけ干渉されたらまあ過干渉でイラつくのも分かるわ。都度断るなりアクション起こせばいいだけの話ではあるんだが
そのコスト支払いたくないだけっていうことだろうし。関係性悪化させたくないというのもわかる。
焦点は家出てくコストと比較してどうなんだっていう話やな。身重なことも踏まえると現実的ではない。だから諦めるという方向性なんだろう
それはしゃーないが、せめて旦那さんを味方につけよう。ここで旦那さんを敵にしてしまうと自分自身も旦那さんも不幸になる
親御さんを悪く言ってるわけじゃないことを繰り返しつつ、とにかく事実として厳しいというポイントだけに絞って
旦那さんにガードしてもらおう。場合によっては旦那さんが悪者になる必要もある。その方が全体の関係は悪化しないからな
大事なのは義母も旦那さんのことも考えたうえで、旦那さんに味方になって欲しいと伝えることだ。
というところで追記見たけど、全然言うまでもなく大事な所分かってるようで。
中期終わりがけから体調不良が続き、やっとの思いで産休に入ったのでとりあえずはゆっくり寝よう!旦那を仕事に送り出したらまず寝よう!と心に決めていたのだけど……
私が今住んでいる所は元々旦那の実家で、義母は義祖母の介護をしながら義祖母宅に住んでいる。
旦那とは妊娠が発覚してからの結婚で、今の家に引越すまでにかなり色々トラブって産まれるまで旦那とは暮らせない…?と心配になるほどだったので、旦那とふたりで暮らせるなら住まいはどこでも良かったのだけど
義母の空き家にしたくないという強い要望でこの家に私も住まわせてもらう事になった。
その前提もあり、お金は一切厭わず必要だと判断したらそこそこの額でも出してくださったりするのであまり文句は言えないと分かってはいるのだけど、
午前中は9時から11時くらいまで庭木の手入れをしに毎日来るのが精神的にキツい。
私は作業を手伝うことも無いし(提案はしたけど身体の事を案じてくれて断られた)、ただ帰り際に挨拶をするくらいなのだけど、リビングでくつろいでいると外から義母が作業してる音がずっと聞こえてくる。
旦那がいない日は家には上がらない約束だったのだけど、洗濯機新しくしたの?見せて〜!など理由をつけて上がる時もあるし、
何より寝ていると体調悪いのー!?と心配しつつ窓をノックして叩き起されるから寝てられないのがしんどい。
窓のノックで気が付かないと携帯→家電の順で電話もかかってくる。起きるまで。
体調悪いの知ってるなら黙って寝かせてくれや。
旦那にはそれとなく休まらなくてしんどい、午前中動けないのもしんどいと伝えてはいるし、旦那からも話はしてくれてるんだけど、その時は分かったと返事はすれど何かが変わることは無い。
何せ田舎の親族の繋がりがかなり強固なお宅なので実の親とは訳あって距離を置いている私には理解も共感もできないことばっかりだなと思う。
私の実母にも定期的にコンタクトをとってくれているみたいで、干渉を苦手とする母も難色を示していた。
旦那には兄弟が数人いるが、皆子供はまだいないのでこれが初孫で既に割とテンション高めなのが怖い。
ただ私としては、私ら夫婦は性別の希望は特にない中で義母は女の子希望だった。
私は女の子ならもう名前も決めてる!と性別が判明する前から言われ続け、実際は男の子だったことを伝えた時に嫌な顔をされたことがずっと鮮明に頭に残っている。
そのくせ臨月が近くなってきたら、親戚に止められたにも関わらず頼んでもない赤ちゃん用のバスタオルやベビージムをプレゼントしてきたりでなんとも言えない気分をずっと味わっている。
私に会う度に初孫なんだからと言うが、あんたその初孫の性別聞いて嫌な顔しましたよね?とずっと引っかかっている。
結婚のお祝いを親戚から頂いた際も、全て金額をチェックされお返しに伺う予定も勝手に全て組まれた。
嫁ちゃんはもう産休でずっと家にいるからいつでもいいでしょ?じゃあ〇〇日に旦那の仕事終わりの時間に合流してうちに取りに来てね。と言われたが、たかだか1時間もかからない夕方以降の外出のためだけに化粧するの嫌なんだけども?
嫌ならこの家から出てくしかないとは分かっているものの、もうこんな身重な状態で引っ越す訳にもいかず、私が受け入れるしかないのだろうなと諦めている。
そのために、もう正産期にも入ったので産む時に嫌な事を考えないように吐き捨て。
追記:
こんな殴り書きをたくさん見てくださってありがとう。
こんなに書いといてあれだけど、義母は悪い人ではない。
ただ私とは気が合わないというだけ。
だからこそ気持ちに折り合いが付かなくてここに吐き出しました。
里帰りも検討はしたけど、うちの実家も現在祖父の在宅介護が始まったばっかりなのと、元々そこまで関係性が良くないのでするつもりはないです。
義母も義祖母の在宅介護をしているので産まれてから子供を会わせることはあっても預けることはできないんじゃないかな〜と思います。
女性性を強調するために。
でもよく考えると、こういうのもルッキズムなのかな。
男性キャラクターに対して女性を「女らしく」描きたいから透明感出してるんだけどさ、
「女らしさの価値観の固定に手を貸してるよな、お前」
って詰められたらグウの音もでない・・・・。
追記・
べちこ焼きの話読んで以来、頭の中にあの食感や味のイメージが渦巻いてたけど、今日貰いもので食べたこれが自分の中で(色は別として)想像していた「べちこ焼き」に一番近い!と思ったのでメモ。そうか、ゴマだったかー、みたいな。
https://www.okashiyasan.co.jp/products/detail.php?product_id=4
まちことべちこ
あたりも少し似ていてよい。今後べちこ焼きが食べたくなったらこれを通販で注文するようにしよう。
※追記
謎の配色、食欲のわかない見た目とその見た目から想像できない味(まさに「何コレ、うんま!」ってなる)……あたりがまたイメージに近いんですよ…
タイトルのとおり。
終わったあとに「自分は、いつまでこのライブを楽しめるんだろう」と思ってしまった。
今回のライブが最高で、楽しかったというオタクはこの記事を読まないことをおすすめする。
ただ、一人の古参オタクが歳を取ったことを認めたくなくて、ぼやいているだけというのが高いためである。
このままだと、界隈全体が緩やかに衰退するんじゃないかなと思った日記です。
■
まず前提として、自分は30代。
初音ミク歴は2007年のニコ動全盛期からで、つまり小6か中1の頃からどっぷり浸かってる。
ただ、ライブ歴は浅い。
マジカルミライが始まった2013年頃は受験や就活の時期だったし、昔は「高校生が一人で飛行機に乗って県外遠征」なんてハードルが高すぎた。
初参加は2016年の地方ツアー。そこから数年後、やっと金銭的に余裕が出てきたため、2023年からマジミラ札幌以降、2024年福岡マジミラ・地方ツアー、武道館(ミクフェス)、マジミラ仙台と通っている。
■
正直、「マジミラ」じゃない冠がついている以上、何か新しいことをやるライブだと思っていた。
結論から言うと、「焼き回しパレード」を見せられた気分だった。
今回のコンセプトがマジミラ2013年リスペクトだったのは分かる。
でも、それって「当時の感動を、今の技術で再構築する」から意味があるんじゃないのか。
(だいたい、2013年リスペクトを匂わせつつ、なんで兄さんだけ最近の曲なんだ?)
(探せばもっと当時の曲だってあるだろ!このへんの「とりあえずやっとくか感」にしか感じられなかった)
ステージを見ていて、新衣装のモデルと昔のモデルの映像の差がどうしても気になった。
解像度なのか、モデリングなのか、理由は分からないけど、チグハグな映像が流れるたびに現実に引き戻される。
モデルを変えないことが「愛」なのか?
私には「古くから参加している人に文句を言われないようにしている」ようにしか見えなかった。(言い方が悪くてごめんね)
一般のアーティストのライブと比べて、バックダンサーもいない、生身の人間がステージにいない分、視覚的な情報量が圧倒的に足りない。
我々大人がチケット代なんていくらでも払う。多少上げたっていい。
だから、「今のライブはこんなに進化しましたよ」というのを見せてほしかった。
※後から知った話だが、にじさんじのライブでは1年以上前に透過スクリーンをトロッコ移動させるものがあったらしい。
初音ミクのライブの方が「最先端」として走り出したのに、どこでこんな差が生まれてしまったのだろう。
■「今」のボカロはどこに行った?
一番キツかったのは、会場の空気だ。
アンコール、静かすぎないか?あれがライブ初参加の層が多かったからなのか、古参が「いつものね」と地蔵化していたのかはわからない。
でも、演者が休憩するタイミングが、過去の踏襲すぎて視野が狭まってないか?
ミクフェス(武道館)のときみたいに、DJ入れて繋ぐとか、飽きさせない工夫はいくらでもできるはずだ。
あんなアンコールを聞くくらいなら「休憩中」と途中札を入れてくれた方がまだマシだと感じるくらいには悲しい気持ちになった。
■
そして何より言いたいのは、「今の曲」へのリスペクトのなさだ。
ボカロは今も進化してる。YouTubeやTikTokでバズり散らかしてる新曲がいっぱいある。
ただ、まだライブでやられていない良い曲が山ほどある中で、なんでライブで流れるのは「いつもの曲」ばかりなんだ?
何度も見た曲がまた選ばれているのは、自分には「懐古」ではなく「惰性」にしか感じなかった。
いや、それならそれでいいけど、私たちは「2026年の初音ミク」を見に来てるんだよ。
新しいボカロPはどんどん生まれてる。新しい名曲も生まれてる。
それを取り込まずに、「昔はよかったね」だけで回すようになったら、それはもう新陳代謝が止まった「死」と同義なのではないか?(白熱してしまいましたね、失礼)
新曲で発表されてた「アイドル戦士」も「シアンブルー」も予習して、コール完璧にして行ったんだよ。
でも、周りの反応の薄さ。スペシャルシートですら、やや盛り上がりにかけるコールとペンラ振り。
(※スペシャルシートが外れたオタクは、涙のスタンド席だったけれど、周りでコールが聞こえることはなかった)
熱意を持って「新しいもの」を楽しもうとしている層は、どこに行ったんですか…?
懐かしい曲で盛り上がるのも悪くない。
隣に居た2010年のミクパ以来ライブに行ったことないオタクは感動していた。
そういう初見の人でもいつでも参加しやすいものであり続け、感動して帰ってもらう。それも大事だ。
ライブ、いつの間にか「惰性」と「安心できる行事」になってないか?
「いつもの曲」を聴いて、「いつもの動き」をして、「ああ、今年もミクに会えたな」と満足して帰る。
それはそれで幸せなことかもしれないけど、それって盆踊りや初詣と同じじゃない?
でも、初音ミクのライブって、そんな「伝統芸能」を守るための場所だったっけ?
テクノロジーと音楽の最先端を走って、クリエイターとただのオタクたちの架け橋を用意してくれて、度肝を抜くような「未来」を見せてくれる場所じゃなかったのか?
武道館のミクフェスにはそれがあった。ボカロPが登壇して、演奏して、DJがフロアを沸かせて、「これが今のボカロだ!ついてこれるか!」っていう熱気があった。唯一無二の体験があった。
今回のローソンライブには、その「ヒリつくような挑戦」がなかった。
※だからといってマジミラにあるかと言われたら、ギリまだあるくらい。
私はまだこれだけ文句を言いながら通う。
来月のDECO*27の単独ライブも行くし、ポケミクも行く。地方開催があれば旅行ついでに行く。
でも、もし本丸である「マジカルミライ」までもが、今回のような「安心安全な懐古イベント」であり続けるなら、わざわざ東京まで遠征するのをやめるかもしれない・・・。
「これでいいや」って思ったら、そこが衰退の始まりじゃないか?
我々には、金はあるけど、時間は有限なんだ。
とりあえず、スモーク焚きすぎてミクが見えなくなるのだけは、そろそろ改善できるんじゃないですかね…!
■追記
今回、TLがローミクライブについて、とてつもない賞賛のあらしだった。
それを見て、私は自分の感覚がズレているのか思った。 「焼き回しだ」「進化がない」と感じたのは私だけなのか? と。
ということを考えた時にひとつ考えに至った。
恐らく、今新曲を聞いている層は「プロセカ」にいるのではないかと。
今の10代〜20代前半のファンにとっての「リアルライブ」は、初音ミクのライブではなく、「セカライ」なのかもしれない。
・若者層: 「セカライ」で、自分たちの世代のヒット曲と演出を楽しむ。
・30代以上(我々): 「マジカルミライ」や「今回のライブ」で、過去の遺産を楽しむ
金払いのいい古参ファン(我々)向けにチューニングせざるを得ない。
その結果、会場は「同窓会」化し、新規が入りにくいガラパゴス化が加速していく。
私はプロセカもプレイしているし、新曲を追うために課金もしている。
けれど、私が好きなのはあくまで「初音ミク」という存在そのものだ。だからこそ、ゲームのライブではなく、マジミラに足を運び続けている。
しかし、TLの反応を見る限り、今のここのファンが求めているのは「未来」ではなく、安心できる「同窓会」なのかもしれない。
結局、いろいろ御託を並べたけれど。
周りが純粋に楽しんでいる中で、一人で腕組みして「進化がない」「未来がない」なんて文句を言っているのは、変化を受け入れられない老害の始まりなのかもしれない。
異論はあるかもしれないがSonyのα7シリーズをコニカミノルタ時代のα sweet digital時代からコツコツと買い替えつつ使っている。
若い頃はいろんなレンズを持って目的に応じて取り替えて成功したり失敗したりしていたんだが、いや、主に失敗していたんだが、家族で旅行をする、とか、家族の何気ない一枚を取る、というような場合に使うレンズって「特定の目的を持たずに使うレンズなのだ」ということに最近気がついた。
つまり、単焦点だとか、マクロだとか、そういうのではなく、「しっかりした写真が取れるズームレンズ」ということになるのだろう。
といったようなものがリアルタイムにどんどんと起こるのでレンズを変える暇はないだろうから、一本のレンズがカバーすべき範囲は広い。
一方でマクロレンズみたいにガンガンによって撮影するということは少ないはずなので、マクロレンズの重要度は低くなる
今あちこちで情報を集めているんだけど、なにかにつけてGMシリーズとかを推してくるのでイマイチ信用することができない。
そこまで高級なレンズを買えばそりゃいい写真になるツールは揃うだろうが、そういうことじゃないのだ。家族で生きている以上自分の欲に任せた買い物なんかできない。
だからもしよかったらおすすめのレンズを教えてほしい。これ一本あれば大体カバーできるというやつだ。GMを買えばいいだろうと言うのはいらなくて、意外とこのメーカーのこのレンズが使えるというようなことを教えてくれる人がいてくれると嬉しい。
もう肩こりが限界突破してしまいカメラをぶら下げているだけで頭に血液がいかなくなるのがわかるようになってしまった。
しかしこういったストラップも結局メーカーの宣伝文句をコピペしたようなものばかりか、おしゃれな若い女性のレビューばかりで、くたびれたおっさんが使うとどうかという観点の記事が見つからない。
肩や腰への負担が以下に低くなるか、とか、そういったところを知りたい。
もしよかったらこの二点を教えてくれると嬉しい。
早速コメントがついて嬉しい、ありがとう。スマホでもいいならそれが一番だよな。ただ、俺としても「カメラでとっている雰囲気がほしい」という欲があるんだ。
スマホも場合によっては併用していることは伝えておきたい。スマホならではの機能とか楽しいしな。
家族旅行をする上での写真撮影の特徴っていうのは以下にあると思っている。
つまり、自分の撮りたい写真を自分の使いたいレンズで撮影する、ということはできないと思っている。自分のためよりも家族のために写真を撮る、ということを念頭に考えているんだ。
そういう境遇の親父はそれなりにいると思うんだけど、実際にどういうレンズでカバーしているのか、そして肩や腰へのダメージを減らすためにどういうストラップを使っているのか知りたくてこの投稿を書いたんだ。
結局レンズ沼にハマっているんだなと思ったのが、家族旅行は一日中写真を撮ることになるのでレンズがやはり二本いるのではと思ってしまった。
のではないだろうか・・・レンズを「しょっちゅう」切り替える時間はないが、一日に数回程度なら許されるかもしれない・・・
このへんで考えてみることにするよ、ありがとうありがとうありがとうありがとう。タムロン以外のレンズもあったらぜひ情報を知りたいのと、実際に使っているおっさんが感想を教えてくれると更に嬉しい。
SNSでは毎日のように「妊娠/出産は身体のダメージが大きい」「いや、それは大袈裟過ぎる」という論争が繰り返されている。
最近では「交通事故レベルなんて嘘」「女性がケアを要求するために大袈裟にしているだけ」の論調が強く、実際に死にかけた症例を持つ女性の肩身が狭くなっている。
最初に大袈裟過ぎることを言い出した女性が戦犯なのかもしれないが、最近はそれに(出産が軽かったであろう)女性が「その通り!出産は楽勝です」などと言い出して目も当てられない。ケアが削られて困るのは私のような体力もなく慢性疾患を抱えていたり、出血多量などで死にかけた「同じ」女性なのだ。
「高齢出産」に関してもそうだ。最近は不妊治療の技術が向上して40代で産むことも可能になった。
しかし、不妊治療の技術が向上したからといって育児の体力が温存できるということは全くない。なので、40代は40代の体力で育児をしなくてはならないのは自明の理だ。周囲のサポートがあるならそれも可能だろう。
しかし、私のように元々(20代から)体力がない、周囲のサポートも得られない人間は同じことができない。それをわかっていない男性は「今は何歳で産んでも大丈夫だよ」と軽々しく言う。
いや、無理だ。現に30代に入って産んだのだが、もう体力が本当についていかない。実母も義母もサポートしてくれないので、見事に産後うつになり、日々ほぼ寝たきりとなってしまったためメンタルクリニックへの通院を開始した。
薬を飲んで少し動ける日々と寝たきりを行ったり来たり。そして義母は言う。根拠のない「大丈夫だよ」を。
次に「嫁/姑問題」。
SNSでは「金だけ出すのが良い義母」という考え方が主流だ。義母とのバトル録を毎日のように投稿しているアカウントもあるし、インスタでも一大エンターテインメント化しているところがある。
それを見て世の中の義母たちがどう感じているかはしらないが、私の義母はそれを真に受けてしまった。要するに「育児に対して完全に手を引いてしまった」のである。
お宮参りはお金だけ出して「あとスケジュール決まったら呼んで。着物もレンタルして」。孫のおむつ替えもミルクもしない。ただお金を出して可愛がるだけ。
受診があっても一時預かりを探していかないといけない。義母に子どもを見る気は全くないので。そしてお金だけ出す自分は良義母だと思っているので。
【追記】
はてな匿名ダイアリー(増田)の住人の方々の感覚には、底知れぬズレを感じてやみません。
立憲民主党と公明党の合併という仮定に対し、「よりマシな泥を選ぶだけだ」と嘯(うそぶ)く姿。それは私には、自ら思考を放棄した敗北宣言のように映るのです。誰かの言葉をなぞり、自分を納得させているのかもしれませんが、その判断はあまりに短絡的と言わざるを得ません。
政治家という生き物が、「消極的に自分を選んだ層」のために、その身を粉にするはずがないからです。
皆様はこれまで、特定の宗教団体や組織票が選挙に与える影響を、あれほどまでに苛烈に糾弾してこられましたよね。
それならば、なぜ今になって「数は少なくとも熱心な支持層が政治を規定する」という厳然たる現実から目を背けるのでしょうか。
政治家が優先するのは、いついかなる時も、確実に票を投じてくれる強固な組織です。
つまり、この合併が意味するのは、旧立憲が創価学会の意向に沿って動くという、逃れようのない帰結です。
これは私の妄想ではありません。
「組織票を持つ団体は政治を歪める」「だから自民党は認められない」と主張してきた、皆様自身の論理が導き出す答えのはずです。
突き刺さるブーメラン
それを認めず、「自民よりはマシ」と繰り返すのは、もはや現実的な判断ではなく、ただの脊髄反射的な嫌悪感に過ぎません。
これからの旧立憲を支持するということは、間接的に創価学会の票に加担するということです。その事実を直視できないのであれば、政治を語る資格は、もはや潰(つい)えたと断じるべきでしょう。
はてなブックマークの短いコメント欄に逃げ込み、真摯な言葉のやり取りを拒む皆様へ。
もし、ご自身が「是々非々で対話ができる」と信じておられるなら、逃げずにこちら側へお越しください。
100文字程度の短文で紡げる言論など、この世には存在しません。
「選挙前になると湧いてくる」「無給で工作活動をするのは異常だ」
それらの言葉はすべて、鏡に向かって放たれたものではありませんか?
誰に頼まれるでもなく、一銭の得にもならず、延々とアンチ活動に勤しんでいるのは皆様自身です。
皆様はただ「嫌いだから叩く」という衝動に従っているに過ぎない。
そして今、叩かれている側もまた、同じ理由で皆様を拒絶している。
構造は鏡合わせのように同一なのです。
決定的な違いはたった一つ。
皆様は、ご自身が疎まれている「少数派」であるという自覚が決定的に欠けています。
自民党支持者でない層からすら、「アンチ自民界隈は教条的で鬱陶しい」と思われている現実に、いい加減気づくべきです。
「よりマシな方を選ぶ」と言い続け、何も変えられなかった30年。
コーヒーが好きでミルやらドリッパー、サーバーやら温度計やらタイマー付きのはかりなんかを色々買って淹れ始めて10年が過ぎた。
人に訊いたりネットで調べたり器具を入れ替えたりしてああでもないこうでもないと試行錯誤し、自分なりに気に行った淹れ方をマスターしたつもりになっていたんだが、浅煎りの豆は何度試しても美味いと思えなかった。
1年ほど前、魔が差してコマンダンテC40というミルを買い、それをきっかけにいろんな豆を試していて、やっと浅煎りの豆の美味さがわかった。
浅煎りは深煎りより香りを楽しむ側面が強いように思う。
浅煎りの豆を細めに挽いて、高めの湯温で淹れる。
カップに注いで顔を近づけると、柑橘系だのベリー系だのと豆の解説にありがちな香りがするが、まあ「ふーん」って程度でしかない。
口に含む。深煎りになれた舌には、どうしても一口目は「酸っぱ!」と感じる。
それでもあまり間を空けずに数口飲んでいると、鼻に抜ける香りがめちゃくちゃいい感じであることに気付く。最初の一口でなく、数口後というのがポイント。
気付くと自分の内側からベリーだのドライフルーツだのの心地良い香りが漂い、鼻腔周辺に残り続けている状態になる。何らかの揮発成分および油溶性の香り成分でもあるのか、香りの発散と滞在の両方の方向性が混じった感じ。
さらに鼻から息を吸うだけでも良い香りが感じられ、つまり吸っても吐いても嗅覚が満たされ、まるで全身が素晴らしく心地良い香りのヴェールに包まれているような気分になる。
(ごめん、最後ちょっとだけ盛った。でも7割くらいはホントにそう感じる)
これがめちゃ気持ちいい。
舌で感じる美味しさを越えて、完全に嗅覚メインで美味しさを楽しんでいる感覚。
いまの自分にとってもコーヒーと言えば中深〜深煎りだが、浅煎りの華やかさをたまに味わうとめっちゃ幸せな気持ちになります。
自分で淹れることにハマってない人であっても、もし興味を持ったらスペシャルティコーヒーを出す店で浅煎りを注文して味わってみてほしい。
下手な文で申し訳ない。
自分と同じように浅煎りが好きになれない人が、コーヒーの新たな楽しみ方を知ってくれたら嬉しいと思って書いた。
追記:
ついコマンダンテとか書いてしまったけど、別に他のミルでも味わえるし(会社ではポーレックスを使ってるが大丈夫)、何なら店で挽いてもらっても新鮮な状態なら大丈夫だから、そこは本質じゃないってことで……
※間違えて削除したので再掲した
今年に入ってからいよいよ婚活に注力しようと思いまずは街コンアプリで試したところ一人の女性と食事することになった。待ち合わせの場所にいたのは写真そのままの美人で感じも良く、ビギナーズラックというのものでは?と内心喜びながら予約したレストランへ行くと話も弾み会話していて楽しい。
彼女の方も楽しんでくれているようで今年の運気をすべて使い果たしたように感じられていたが食事を始めると徐々に違和感が噴出しはじめ、単にいって食べ方が汚い。肉を頬張る際、自らの口の容量を見誤るように肉汁が彼女の口からは溢れ、その度にすみませんと焦った様子で口を拭うもののそういった所作が何度も目の前で行われるとついおや?と思ってしまうのも自然の事だと思う。
食事は終始和やかで食事の後は珈琲で休憩。少し談笑した後で店を出た。そのまま駅まで歩き、見送ったところで別れたが彼女は最後まで笑顔だった。
昨夜「またお食事に行きませんか?」といった旨のメッセージが届き、今日中には返答をする予定でいる。彼女は壮麗であるし、自分のことを受け入れてくれたことは非常に嬉しく思う。しかし食事での作法の様子が脳裏を過り、28の女性としての品格を想うと決断がわずかに揺らぐ。自分はまだアプリの経験に乏しく、適切な判断ができるとも言い難い。
このような場合はどのような判断が適切であるといえるのか。ご教授いただければ幸いである。
【追記】
様々なご意見ありがとうございます。
結果から先に言わせて頂きますと、彼女ともう一度食事へ行くことになりました。
色々と考えた末、それでも彼女が素敵な方に思えたので。
はてな民って本当にズレてるよな。
「それでもよりマシなクソを選ぶだけ」とか言ってるの見て、
自分の中では納得感あるのかもしれないけど、
だってさ、
本気で政治やるわけないじゃん。
今までお前ら、
選挙への影響力を散々強調して叩いてきたよな?
なのに今さら、
単純に算数できてないだけじゃない?
政治家が誰のために動くかなんて明白だろ。
数は少なくても、
毎回必ず、全力で、組織的に票を入れてくれる人たちだよ。
つまり何が起きるかって話。
立憲は、創価学会のために動く。
これは俺の主張じゃない。
お前ら自身が、
「統一教会はそういう影響力を持つ」
そのままの帰結だろ。
そこはちゃんと認めろよ。
それを認めずに
「でも自民よりマシ」とか言ってるのは、
だからはっきり言っとくけど、
これから旧立憲についていくってことは、
嫌なら嫌でいい。
でも「同じじゃない」とか「問題ない」とか言うのは、
それを直視できないなら、
「選挙前になるとこういう増田が湧く」「無給でやってるのが異常」
いや、それ全部お前ら自身の話だろ。
延々とアンチ自民、アンチネトウヨをやってるのがお前らじゃん。
それを棚に上げて「工作だ」「無給でやってるのは異常」とか、
そもそもな、
お前らは「嫌いだから叩いてる」だけ。
で、今叩かれてる側も「お前らが嫌いだから叩いてる」だけ。
構造は完全に同じなんだよ。
違うのは一つだけ。
「アンチ自民界隈うるせえな」「説教くさいな」って思ってる現実を
「よりマシなクソを選ぶ」とか言いながら、
30年同じこと言い続けて、結果は何も変えられてない。
それでも自分たちは“正義側”だと思い込んでるの、相当きついぞ。
叩かれてる理由を
で処理してる限り、
自分たちがどこでどう嫌われてるのか、
一生理解できないと思うわ。
このたび「中道改革連合」という党名を決めるにあたり、公明党を通して創価学会の意向が働いたのは、まず間違いない。
もちろん、「中道」自体は古くからある仏教由来の言葉で、なにも創価学会の占有物ではない。日常語や政治用語としても使用されている。
だから「創価学会の意向に従ったわけではない」とも言い張れるようになっているが、教団側は池田大作氏の思想を体現するものと宣伝するだろう。
この党名について、立憲民主党は、非学会員の一般大衆にどう説明するつもりなのか?
「中道というネーミングに宗教的意味はない。池田大作氏の思想に従うものではない」と、はっきり宣言してくれるのか。それとも、創価学会との付き合いを考慮し、この問題をあいまいにするのか。
何でこれで正義のためだとみんな信じてるの?
• 内容:農地国有化が米企業利益を脅かしたため、政権を転覆。
• 資源:銅
• 内容:クウェート侵攻を口実に空爆、湾岸の石油秩序を維持。
• 内容:空爆を含む軍事介入で政権崩壊、石油権益構造が変化。
• 内容:制裁と政権不安定化工作で資源支配を狙う(未成功)。
介入の口実が嘘だとバレたものw
• 嘘の内容:大量破壊兵器(化学・生物・核)を保有し、使用の差し迫った脅威がある。
• 嘘の内容:イラク軍がクウェートで新生児を保育器から引きずり出して殺害したという証言(後に捏造と判明)。
• 嘘の内容:カダフィ政権が民衆を大規模虐殺する差し迫った計画があるという主張(事後検証で誇張・未確認と評価)。
• 嘘の内容:特定の空爆が化学兵器使用への即時対応であり、確定的証拠があるという主張(証拠の不十分さが国際的に指摘)。
• 独裁の内容:秘密警察(SAVAK)による反体制派の監視・拷問、議会の形骸化、言論統制。
• 独裁の内容:土地改革の撤回、反政府勢力の大量逮捕、労働組合・左派政党の禁止。
• 独裁の内容:一党独裁体制、反対派の処刑・追放、国家資源の私物化(汚職体制)。
• 独裁の内容:議会停止、軍事政権による統治、反体制派の失踪・拷問・処刑。
• 独裁者:ゴ・ディン・ジエム
エーリッヒ・フロム「愛するということ」★★★
フィリッパ・ペリー「身近な人間関係が変わる 大切な人に読んでほしい本」
宇佐和通「AI時代の都市伝説: 世界をザワつかせる最新ネットロア50」
深津貴之、岩元直久「ChatGPTを使い尽くす! 深津式プロンプト読本」
大宮冬洋「人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代の幸せのつかみ方」
飯田一史「「若者の読書離れ」というウソ: 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか」
セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性」★★
恋紙屋「夜にバニーは(ベッドで)跳ねる」
「黙然たる反骨 安藤照 ―没後・戦後80年 忠犬ハチ公像をつくった彫刻家―」於・松濤美術館。
「新江ノ島水族館」
やっぱりエーリッヒ・フロムはいい。たぶん自分が特に気に入っている思想家だ。
このあたりからスピリチュアリズム、自己啓発の背景にある思想とその明暗をテーマに本を選び始める(陰謀論まで行っちゃったのも含めて)。
多分最後にSF小説を読んだのはこのあたり。SFっぽい漫画は読むことがあっても小説は読んでいない。新人賞を追うのも去年あたりでやめている。
余談だが、自分が好きなSFは科学や技術、それから人間の未来を選ぶ力を信頼したものだった。もちろん、社会学的なものや悲観的なものも大好きだが、それらはどちらかと言えばaquired tasteである。一番深く心が動くのは前者だ。
ところで、わざわざ買った同人誌をメモしてもしょうがないかもしれないが、書かないにもなんだか居心地が悪い(記録魔)。
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肋骨凹介「宙に参る」五巻
「NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!ピラミッド透視とツタンカーメンの謎」
「NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!謎の王ブラックファラオの実像に迫る」
「ニーア・オートマタ End of Yorha edition」(XYエンド以外回収)
「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」於・アーティゾン美術館。
「コレクション展 第2期 特集:新収蔵作品のご紹介」@岩手県立美術館
小岩井農場まきば園
八月は読んだ本が少ない。普段通勤時間に本を読んでおり、お盆休みがあったためだ。
代わりにというわけではないが、ちょうどゲームをクリアした。普段ゲームをしないので難易度を下げて楽しんだ。別にやり込みたいわけではなく、ストーリーを終えればそれでいいと感じている。だが、自分の人生でゲームは必須の要素ではない気がする。
ところで、数年ぶりに(十年近い?)アニメを見たのだが、これはたまたまコロナから避難するために泊まったホテルで視聴した。一話完結だし、青春時代を思い出すし、あまり疲れない。テレビ番組が記載されているのは、自分がテレビを見る頻度の少なさを示している。
レト・U. シュナイダー「続 狂気の科学: 真面目な科学者たちの奇態な実験」★★
トーマス・トウェイツ「人間をお休みしてヤギになってみた結果」
中村圭志「亜宗教 オカルト、スピリチュアル、疑似科学から陰謀論まで」★★★
ロジャー&チャーリー・モーティマー「定職をもたない息子への手紙」
烏谷昌幸「となりの陰謀論」
今井むつみ「「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策」
岡瑞起、橋本康弘「AI時代の質問力 プロンプトリテラシー 「問い」と「指示」が生成AIの可能性を最大限に引き出す」
山本栄二、中山雅司「国連入門 ――理念と現場からみる平和と安全」
瀬野反人「ヘテロゲニア リンギスティコ 〜異種族言語学入門〜」一巻。
ヤン・シュヴァンクマイエル「蟲」@シアター・イメージフォーラム
「大長編 タローマン 万博大爆発 TAROMAN」@TOHOシネマズ 渋谷
皇室の文章は結構フランクで楽しい。あと、著者略歴に「二〇一九年、即位」と書かれていて、何も間違っていないのにレア過ぎてちょっと笑ってしまった。
僕は超細密画はあまり評価していないのだが、諏訪敦は結構気に入っている。たぶん作品に取り組む姿勢やモデルに対する丁寧な態度が好きなんだろう。それから、母を亡くして、具象表現ができなくなったらしい。残酷な言い方が許されるならば、芸術家が傷ついたり何かを学んだり、逆に精神が安定してして作風が変わってしまう瞬間に、とても興味がある(藤田嗣治が戦後に人工的な人形のような子供たちばかり書くようになった契機が知りたいし、精神が穏やかになった後のムンクの作品にも関心がある・結婚後にシーレの作品が良識的になってしまったのにも)。
今月は久しぶりに映画が見られてうれしい。シュヴァンクマイエルの作品は自分の過去の作品を解体し、評論するような内容だった。
高野秀行「酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する」
島本英明「もっと知りたいモディリアーニ 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
新見隆「もっと知りたいイサム・ノグチ 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
末永幸歩「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考」★★★
今泉忠明 (監修)「おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典」
高野秀行は定期的に読んでいる。アート・ビギナーズ・コレクションも定期的に読みたくなる。次に何を読むか迷ったときに重宝する。ただし、美術館に行く途中で読むと、なんだか美術鑑賞に向けるエネルギーをそこに分けなきゃいけない感じがしてしまう(図書館で借りているので読むタイミング的にそうなることがある)。なお、このシリーズは冊数が多い割には下山観山や英一蝶の巻がない。あと、本によっては作者の思想がすごく偏っている。
松井文恵、安田茂美「写実絵画とは何か? ホキ美術館名作55選で読み解く」
ジョナサン・カラー「文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)」
秋月龍珉「無門関を読む」
アンドリュー・スチュワート「情報セキュリティの敗北史: 脆弱性はどこから来たのか」★
尾崎俊介「ホールデンの肖像 ペーパーバックからみるアメリカの読書文化」★★
六畳「××××の結果で×××する××」(苦手な人がいるだろうと思うので伏字)
「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」於・東京ステーションギャラリー
「CREVIA マチュピチュ展」於・森アーツセンターギャラリー
30周年記念展「ALL OF EVANGELION」於・東京シティビュー
平等院鳳凰堂、鵬翔館、宇治神社、宇治上神社、源氏物語ミュージアム。
「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!? ヒトはなぜ音楽を愛するのか」
自分は欲望をコントロールできず、性欲などに負けてしまう人間の話が好きだ。現実の生活では正しくいるよう求められるのだから、せめて虚構の中では人間のダメさを許してほしい。そうでなければ、現実世界で良識を守れない、とまではいわないが、ダメな人をダメなまま表現されていると、それを読むことで、何か許されたような気持ちになれる。
他には禅問答について読んでいる。
あと、尾崎俊介がロマンス小説について述べているあたりが面白かった。なんでジェンダー平等が叫ばれる時代に、一見するとあえて古典的に見えるストーリーが必要とされているか、一つの知見を得た。
J. R. R. Tolkien「The Hobbit」Harper Collins Publishers。和書文庫換算二冊。★★★
尾崎世界観「祐介・字慰」★
丸谷才一「輝く日の宮」★★
「ファーストコンタクト 窓口基作品集 【電子コミック限定特典付き】」
「落下の王国 4Kデジタルリマスター」於・ル・シネマ 渋谷宮下。
丸谷才一が相変わらず面白かったので(僕はメタフィクションが好きだ。時にはわざとらしくなってしまったり作者の自分語りに堕したりするリスクもあるが、うまくいくとこれは気持ちがいい)ブコメで進められた全集を手に取ろうとしたら、地元の図書館にはなかった(正確には、引っ越す前の自治体のにはあった)。さてどうしよう。
洋書を読み始めた。あらすじは覚えているが細部はよほど印象的なシーンでないと覚えていない。
トールキンの場合、樹木の描写が細かく、いろんな種類の木が出てくるのだが、そもそも僕のほうが樹木の知識に乏しく、和訳を読んでも細かくイメージできない(束教授ごめんなさい)。児童文学とは言え、二世代前の英語なので語彙やスペルが違うし、手加減せずに平気で難しい言葉を使う。
「ナルニア」を読んだときも、例えば身近でない船舶の部品などの語彙で苦労した覚えがある。
窓口基は暴走するテクノロジーや世界観の考察を楽しんだ。SFが好きだったもう一つの理由であり、一番ワクワクするところだ。この人はグロやゴアも書けるらしいのだが(なんにでも科学的な興味がありすぎて、人体を破壊可能な一つの素材として見てしまっているのかもしれない)、「苦手な人はこの先読まないで」と警告できるので、自分の狂気をコントロールできるタイプの人であり、そこが好印象。
ケーブルテレビで「その着せ替え人形は恋をする」をやっていたのだが、感傷マゾを発症しなかったのは、僕の精神が変化したからかもしれない。原作の漫画を買おうかとも思ったが、実はそこまでコスプレに興味がないと思い直した。そもそも年末年始に向けて漫画をセールで買い込んだが、トールキンを読み続けており、全然手を付けていない。
漫画は小説と同じで、長編を読むには訓練がいる。ご覧の通り短編集や一話完結ものばかり読んでいる。
来年は「指輪物語」の原書を読み終えたら、国連や政治学、第二次世界大戦の日本軍、それから依存症のあたりの知識の補足がしたい。あとは意識の科学だなあ。
洋書だとどうしてもペースダウンする。開き直って冊数を気にしないようになれそうだ。あとは、トールキンを読み終えたらドイツ語をやりたい(言うだけならタダ)。
実際にドイツ語をやるかどうかはともかく、読書記録を始めたのは大学に入ってから二十年、知的な本を読もうと志してからはもっと経過している。いたずらに、明確なゴールもなく、知識を得続けようとする行動パターンに変化が欲しい。美術館についても、あまり行かない場所や行ったことのないところに行きたい。(ただしドイツ語をやって何かの原書に挑戦したら一年がかりのプロジェクトになりそうで、そうなると知識の習得には多大な遅れが発生する)
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ただし、全てが自分の物ではありません。
男のひとり客はカウンターに座らなかったら、
店員に怒鳴られる。
とある大阪(どうとんぼり発祥?)のチェーン店のラーメン屋さんの話で、完全な実話です。
私は怒鳴られた人ではなく、カウンターでラーメンを啜ってただけの第三者です。
そこの店舗には何度か通ってますが、女性の一人客はテーブル席に案内されますが、男性はカウンターに座るように誘導されるルールになってるようです。
そこに、ひとりの小柄なオッサンが女性客のあとから客として入ってきて、空いてるテーブル席に座ろうとしたら、そのとき店長らしき人が、
「おきゃくさん、こっち!!こっち!!」とカウンターの方を示して、粗い大声で怒鳴ったのですが、
そしたら、その店長らしき人が
受かっても入社するか微妙だけど内定もらえたら安心だからくらいのモチベで受けてたけど、落ちたら全然悔しい
落ちた時に落ち込まないようにそう思い込もうとしてただけで、実は結構入りたかったのだろうか
見る目ない企業だと思って切り替えたいが、自己肯定感めちゃくちゃ下がる。この気持ちのまま週末過ごすの嫌すぎる。水曜日とかに連絡あれば平日のうちに消化できるのに金曜日に伝えてくるのは配慮に欠けるカス企業。入る価値なし
2度と会わない奴らだから忘れていいし、向こうもこっちのことなんかすぐに忘れるから恥でもなんでもないと思えば、全然凹まなくていい気がしてきたな。なんか全然大丈夫そう。あとは寝る前に思い出して落ち込みませんように
この増田書いてる時は書くことに集中してたから考えないで済んでただけで、手持ち無沙汰になるとすぐ思い出しちゃって全然忘れられない。このままではひたすら増田書くモンスターになってしまう
落ちた焦りで放置してた就活再開できて、視野に入れつつ何もアクション起こしてなかった企業の説明会申し込めた。今はめっちゃそっちに魅力感じてる。今のタイミングでカス企業落とされて良かったわ。我ながら情緒不安定すぎるけど
「ビヨン!」スクロールの端に来たときそうなるから。毎日使う機材なのでルック&フィールは自然な方が気持ちいい。クオリティ・オブ・ライフを大事にしてるからiPhoneになるんだと思う。
バージョンが進めば進むほどそういう傾向が色濃くなってる
AIに女性として、男性として人格を与えたときの男性器に対する反応が全く違う
女性は拒否しながらも照れ隠しなどの追記をして、最終的にはなし崩し的に男性器堕ちする可能性が極めて高い
どういうパーソナリティを与えても前提条件が女なら簡単に堕ちる
でも男の場合はなにがあっても拒絶から入り、どういうパーソナリティでも拒否しかしない
ホモはしらないがな
もうええてwww
↓
はてブで俺もそんなもんとかそんなこと気にしないでいいとか恋愛至上主義がどうのこうのの擁護コメントつきまくってバズる
↓
もうええてwww
何回やんだよこの流れ
もうわっかったよ実家暮らしだと積立NISに全力できて資産形成成功できるのはw
あなたが独身こどおじでお金溜まってて不安も無ければ不満もなくて結婚とか子育てとか金使う趣味とか全部してなくて快適な日々過ごしてるのはwww
もしこれアラフォー越えてやってたらねえ、ほんとにやばいよ、心配したほうがいいよ人生、ほんとに
毎回同じような増田に俺は快適で満足に過ごしてるから増田も気にするなってコメントして毎回バズるって、どう生きたらそうなるの?っていう
まあアラサーだったらいいよ、アラサーだったら俺もそういう周りが結婚したり子供作ったりしていく中で自分の人生肯定したくていちいち主張しちゃうとかあると思うから
アラサーだったらね、それがあるんだけど、40歳越えて実家暮らしで独り身だから資産形成できてますとか言われても誰も何とも思わないから、マジで、ほんとに
このままだと多分50歳になっても実家暮らし中年独身でも俺は満足とか痴呆症みたいに言っちゃうからそれ、結構厳しいと思うよ、ほんとに
もうやめな、そろそろだよ もういいんじゃないの?いい加減やめどきだよ
なんのかんのと言いつつ、もうちょっと答えたいなとか、これは言っておいた方がいいかな? ということが細々とあったので追記しておきます。
もともと文章を書くのが好きで、書いてるだけで楽しくなってしまいついつい長くなってしまう性質なので、興味ある人だけ読んでいただければ。
まず実家暮らしです、子供部屋おじさんってやつですね。で、親と住んでいるので、正直孤独を感じる事は生活のなかであまりありません。「孤独」というのが感覚としてあまりピンときていません。兄や弟が居るのも関係しているかも。これだけでも「孤独耐性」について印象が変わったんじゃないでしょうか?
ちなみに実家暮らしはいいですよ、お金のかかる趣味が無いのもあって、収入が並でも貯金がたまります。おかげでNISA口座にもある程度余裕をもってお金を移せる。
友達はまぁいます。定期的に遊んだり何か食いにいったり、という感じです。あと創作関係の友人もいますね。そっちも飲み会とかたまにあったりします。
友人の中には女性も居るし、仕事の同僚にももちろんいます。そして「恋愛から降りた」おかげか変に意識することなく、同性の友人や同僚と同様に接することができています。
そもそも既婚者も居るし年齢が大分違う人も居るので、「恋愛から降りた」ことが別段関係無い場合も結構ある気もしますが。
(元の増田で「女性と関わろうとしない方がいい」と書きましたが、大袈裟に書きすぎたかもしれません、友人や同僚としては普通に関わっています。その位なら自分の面倒臭い部分を出さずに普通に関わることもできますし)
あと根本的な問題として、数年、いやもしかしたら十年くらい? 女性に対して恋愛感情とか異性として惹かれる、みたいなことはなかったです。人間として友人として創作者としてリスペクトならいくらでもありますが。
中学高校くらいまでは好きになる事は割とあったので、元々そういう感情が薄いとかではないはずですが、大人になるにつれ少なくなっていきましたね。特に意識的に恋愛から降りてからは心当たりが無いです。
あとね! これも重要なことなんですが、創作って時間を食うんですよ。自分は普通に働いてるし、ゲームもしたい、たまに友人と遊ぶ日もある、ここに書いてない別の趣味もある、そんな中で休日に創作の為の時間も確保したいって考えると、正直言って恋愛とかは「時間がもったいない」という感覚もあるというのが正直なところです。
まだまだ描きたいものがいくらでもあるんですよ。形にしたい作品、アイデアがある。でもサボり癖があるもんだから、結構時間を確保しても実際に創作につかえるのはそのうち何割かです。そんななかで、恋愛とか、異性とか、そういうのに割く時間、考えれば考えるほど無いんですよ。
というかそもそも具体的に好きな人も居ないのに、そんなこと考えること自体、馬鹿馬鹿しいと思いませんか。
個人的にはエスパーかメンタリストでもない限り、あの文章からこうした背景を読み取るのはほぼ不可能だろうし、あの文章で何かを分かった気になるのは危ない事だと思います。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20260115115404
それが無理な人も居る、という話です。そして無理なのに頑張ろうとした結果、女性に被害を与えてしまったり、嫌な体験をさせてしまったりする場合もある。(婚活やマッチングアプリで女性が出会ったヤバイ男性のエピソードとか探してみると、暗澹たる気持ちになれますよ……)
それどころか、(自分はたまたまそうなりませんでしたが)出来ないのに恋愛等に執着するあまり、ミソジニーに走ってしまう人も出てきてしまうかもしれない。こんな不幸、止めた方がよくないですか?
あなたの想像する最大限に不細工で最大限にコミュ力のない、そして女性に対する価値観が歪んでしまっている人を想像してみて下さい。
その人があなたのコメントを見て「よぉし! 俺は結婚した方がいいな! 女性と関わろう!」と張り切った結果、どんなことが起こるか想像してみて下さい。
もちろんあなたは「普通の人としての思い遣りをお互いが持っていれば」と書いた、と主張するかもしれませんが、コミュ力の無い人にそれがちゃんと伝わると思いますか?
そんなことにまで責任は持てない、と思うかもしれませんが、だとしたら「コミュ強以外の人」という範囲指定は若干不用意だったかもしれません。そこには、まぁなんというか、(自分も含め)いろんな人が含まれますから……。
リスクを取らない、責任を持ちたくない、そんなのは恋愛に限らず生きること全てにおいて言えることじゃないの?俺は嫌だね。生きることは選択すること、選択した結果に責任を持つことだと思ってる。
これはある程度は共感する部分もあるんですが、自分なら人生のそういう部分は、恋愛ではなく創作などでチャレンジしたいですね。みんながみんな恋愛でそれをやらないといけないですか?
あなたが創作をする人か、しない人か、わかりませんが、もしいまやっていないなら、やってみることをオススメしますよ? やってみるとたのしいし、やりがいがあります。(と、こういう言い方をもし鬱陶しいと感じたら、同じ事を自分もしてしまっていないかどうか考えてみるのも一つの手です)
恋愛以外の事では(仕方なく、の場合も多々ありますが)選択は普通にしてますよ。(あ、でも仕事ではわりとリスク回避的ですね正直、自分の人生において優先度はそこまで高くないので)
これについては、すでにパートナーがいる場合はそれでOKじゃないかな? と思います。(人によっては、現代においてはパートナー間の同意でさえ危ぶんでいる人は居るようですが、自分はそこまで過激な立場ではありません)
一方でパートナーがいない状態からパートナー状態へジャンプする際は、それとはちょっと質の異なる困難さがありそうだな、と思っています。これは片方がそもそもパートナーになりたいと思っていない(もう片方だけがそう思っている)状態に発生しうるハラスメントや加害や不本意な体験等を含みます。
これは元々そういうことを考えていた訳では無く、いま思い付いたことですが、そうしたリスクへのチャレンジをある種の有限な資源と考え、それを意図的に分配する、という考えなんかどうでしょう?
つまり、例えば「恋愛」に関してはリスクを取らない代わり、「人助け」については人よりリスクを取るようにしてみよう、などと考えることです。そうすれば全体のリスクは等量のまま、「人助け」などのより重要な事柄にリスク資源を割けるかもしれません。
といっても自分の場合は、「人助け」等と立派なことは言えず、「創作」にそれを割いてしまう、なんてオチになるかもしれませんが……。
一旦こんな感じでしょうか。また気になったものがあれば追加しておきます。
とりえあずほかに言いたい事があるとすれば、なんというかみんな、恋愛にこだわりすぎじゃないですか?
例えば女性と関わる時、いちいち恋愛の事とか考えるとしたら、ちょっと気持ち悪くないですか? 普通に友人とか同僚として、同性と同じように接すればよくありません?
なんでそんなに「孤独耐性が無い」とか考えたがったり、恋愛させたがったりするのか、へんですよ、普通に。一回思考をリセットして、まっさらな気持ちで自分を客観的に見てみて下さい、へんな事言ってますよ。
なんというか、他人に呪いをかけようとしている様に見えますよ?
別に異性とは友人として普通に関わればいいじゃないですか、「人として接する」ってそういうことじゃないですか?
こんなことを私から言われるのは意外かもしれないですけど、もし意外に感じるとしたら、それは偏った先入観で物事を見てしまっているからですよ。
人はほとんどの場合、自分の想像の中からしか考えることはできないものです。この文にせよあの文にせよ、今これを読んでいるあなたは、文章を素直に読んでいると言うより、自分の経験や想像とそれを照合しながら、ある種の妄想を組み立てている、といった方が正確な場合があります。
あなたは文章を通して私を読んでいるのではなく、文章に反射されたあなた自身のこれまでの経験、想像、その他諸々を読んでいるのかもしれません。あなたはあなた自身の経験や想像から外に出る事は出来ないんです。
だから文章から筆者の事を見透かそうなんて妄想からは離れた方がいいです。で、その妄想から離れれば、別に大したことは書いていませんよ。
ただ私はリスクが大きいし怖いから恋愛から降りるし、女性とは恋愛とか意識せず友人とか普通の関係でいればいいし、恋愛が無くても人生は普通に楽しい。そしてもしミソジニーとかに走る原因になってるんだとしたら、みんなも自分の様に恋愛から降りてみるのはどう? と誘っている。その程度のことしか書いていません。
はい、こういう事なんですね。分かり易いサンプルなんで引用させて頂きます。
この方は「実家暮らし」という結果に対し、「孤独耐性無い」という原因が整合するように見えるから、「孤独耐性無い」→「実家暮らし」という因果を主張している訳です。(あと細かいですが、「孤独耐性無い」→「孤独が好きなら」の飛躍もありますね)
でもある結果と整合する原因が1つとは限らない、という点を多くの人は見逃してしまう。
つまり、「孤独耐性無い」以外の原因から「実家暮らし」という結果が生まれている可能性を見落としてしまうんです。こういうミス、人間はやってしまいがちなんです。
例えば文章を読めば「実家暮らしはいいですよ、~~、収入が並でも貯金がたまります。」と実家暮らしの経済的利益が書いてある。これも「実家暮らし」という結果に整合する原因ですよね。(文中に書いてあっても見落としてしまう、思い込みの怖い所です)
この時点で「孤独耐性無い」こそが「実家暮らし」に整合する唯一の原因である、という命題は否定され、「孤独耐性無い」はあくまで「実家暮らし」の原因かもしれない可能性のひとつに落とされます。
従って「孤独耐性無いって指摘は合ってる」とは言えなくなる訳ですね、あくまで「かもしれない」可能性のひとつであり、そうした単なる可能性を決め付ける事それ自体をハラスメントですよ、と言っている訳です。
重要な事は、ある一つの結果に対し、原因は複数考えられ得る、という事です。そのためある原因が結果に整合するからと言って、その原因が事実であるとは結論できません。
もっと図式的に表現してみましょうか。ある結果Aに対し原因①、原因②、原因③……原因Nが考えられるとき、ある原因①は特権的に正しいとは言えない、という事です。
同じミスは最初の増田の追記で挙げた人も犯してしまっているし、「(みんなもどう?)」と誘っていることから孤独耐性が無いと決めつけてしまった人も犯してしまっています。「ミソジニーを減らしたいから」などの孤独耐性とは別の原因②や③がある可能性を見落としてしまった。
こうした決め付け、可能性の見落としは、この方達が特別苦手とかではなく、人間はそもそもこういうミスをしてしまいがちです。
だから「文章から筆者の事を読み取ろう」なんて手に余る事は最初からやめておいた方がいいんです。あなた方には、人間には、そんなこと出来ないんです。(やりたくなるのはわかりますけどね)
朝起きてどんな反応になってるだろうなー(コメントとか増えてないかもなー)、と思い仕事しながら見てたら、前回より肯定的(?)なコメントが多くてちょっと安心しました。こういうとこ平凡というか普通ですね自分。
とりあえず今回、事前に想像してたよりずっとまだ今の世の中にも恋愛至上主義的な人って多いんだなー(そして多分自覚が無いんだろうなー)と実感しました。(はてなは高齢者が多いから、というのもあるかもしれませんが)
で、自分はたまたま創作という別のよりどころがあったり、遊んだりする友達が居たり、金銭的にも余裕があったり、「文章から筆者の事を読み取るなどフィクション」と分かっているからブレなかったものの、
そうでない人がこれだけのプレッシャーに晒されたら、本来恋愛を諦めた方が平穏に生きられる人でも、恋愛を「求めさせられ」てしまうだろうな、とも。
そうしてその結果間接的に女性にも被害が出たり、ミソジニーに陥る人が出てきてしまっても、この人達はその自覚が無いままこういう事をつづけるんだろうな、とも。
世に蔓延ってしまったミソジニーの何割かは、こうした恋愛至上主義の残留によるプレッシャーのせいだったりするんじゃないかな? と思うなどしました。
ちょっと角度を変えてみましょうか。
たとえば私が女性だったら、同じ様なコメントしてました? 女性が「恋愛から降りた」と言ってもやっぱり「孤独耐性が無い」とか、それでも恋愛や結婚をすすめたり、します?
そもそもその可能性って実はまだ残ってたり。じつは私は女性で、男性にかかる恋愛や結婚に関するプレッシャーの女性との違いを明らかにするために、非モテ男性を演じて書いていたのかもしれませんよ?
そう言われてみると、なんだか女性っぽい価値観が変に混じっていたような気がしてきません?
もちろんただの可能性ですが
この増田を読んでもまだプロファイルがやめられない人が一部居るようですが、では逆にそういう人を自分がプロファイルしてみましょうか?
何故そうまでして私をプロファイルしたいのか、この程度の文章で他人のことなど分からないのに分かった気になりたいのか、どうして「孤独耐性が無い」と思いたいと思ってしまうのか?
それは「恋愛から降りる」という他人の選択があなたの世界観に相容れず、あなたの世界観を壊してしまうから、どうしても否定したくなってしまっているからです。
つまりこれは私の問題というより、あなたの問題が引き起こした結果なんです。
恋愛や結婚を否定されると、自分の人生がどこか否定されたような気がしてしまう(本当は恋愛も結婚も否定されておらず、ただ他人が「降りる」という選択をしただけなのに)、そうした感覚を拭うために「孤独耐性があるならこんなことは書かないはずだ」といううっすい根拠で素人プロファイリングにいつまでもしがみついてしまう。
どうです? 当たって無いでしょう?
何度も言ってる通り、文章からその筆者の人格とか気持ちとか耐性とか、そんな事分かる訳が無いんですよ。上記のプロファイルもテキトーなことをそれっぽく言ってるだけです。
所詮こんなもんなんです。当たりません。文章から書いた人の事が分かるなんてのは、そう思うと気持ちよくなるだけのフィクションなんです。
もし上記のプロファイルが「当たってる」とかドキッとかしてしまったら、普通に詐欺とかに引っ掛からないように気を付けた方がいいですよ、当たってると思う事自体、騙されてるだけですから。
でも、こんな長い文章をこれだけの人が読んでくれたのは、普通に嬉しいです。そういうの、素直に喜んじゃう性質なので。
これが自分の文才ゆえだと思うのはさすがに調子乗り過ぎですね。おそらく文才とかは関係なく、なにかしら人々の琴線に触れる何かにかすってたんでしょうけど、それが何かとか考え出すとそれも結局素人認知プロファイルにしかならないのでやめておきます。