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2026-05-13

人はなぜ群れて争うのか

人は、自らを何らかの属性を持つ集団帰属させ、その集団同士で勝ち負けを競い合うことが大好きだ。

肉体的スポーツに限らず、デジタルアナログ問わないテーブルゲーム手遊び東西紅白善悪正邪。

二元論対立でなくとも、プロアマ問わない複数チームによる対抗戦、地域国家思想就労組織、親類一族、家、出身校。同じ学校内でさえ学級、学科部活委員学内地域と細分化される。

更には血液型星座誕生日、好きな食べ物フェティッシュ方向性、何のファンか誰が推しか何沼にハマっているかに至るまで、人は己を自らカテゴライズし、そのカテゴリ同士で優劣を決めるのが好きで好きでしかたがない。

自分自身で戦えない場合、時には相手への罵倒すら織り交ぜながら贔屓への応援支援を行う。

味方の勝利は己の勝利実効的な行為は何一つしていなくとも馬鹿騒ぎし、負けてしまえば最悪の場合殺人事件にまで発展する。

「争いは嫌だ」と主張する場合でさえ、その主張を巡ってそうでない連中と争うことになる。『「長話はダメだ」という長広舌をふるう』ようなものだ。

言語はかくも自己言及である

なんにしろ、単に個人個人よりも「所属している集団」「肩入れする集団」同士の抗争が特にまれる傾向にあると言っていい。

個人で戦うより楽だから、というのも勿論あるだろう。責任分散しつつ、比較安全から敵を攻撃できるのだから

本気で対決するわけでもなく、ただ二項対立の状況そのもの面白がる風潮というのもある。

無責任だったり判官贔屓だったり、要するに他人同士の軋轢に首を突っ込みまれもしないのに乗っかっていく、むしろ煽っていくというのは、昨今のSNSで誰しも一度は見たことがあるだろう。

例えば、競合する商品サービス提供する二社があったとして、そのどちらか一方のみを支持し、もう一方は根絶すべきだという流れを見たことはないだろうか。

本来なら「どちらも買えばいい」「どちらも楽しめばいい」という発想があって然るべきなのに、そうした一般的思考は敢えて排除される。

勿論、中には本気の「アンチ」や「信者」もいるのだろうが、別に両方へ同時に手を出してはいけない法はない。

現実的には、個人資産費用限界による購買制限、つまり「どちらかしか選べない」という事情もあるだろう。

そうであったとしても、選択できなかった側を貶めることで自尊心を保つ行為にしては、少々度が過ぎているように感じる。

まり、人は好き好んで仲違いし、自らを持ち上げ、相手をこき下ろし、朗報悲報だのと立場によって逆転するニュースラベリングを施し、延々とマウントを取り合う。

その様を楽しんでいるとしか思えない。別に陣営勧誘したいわけでもなく、ただ互いに罵倒し合うことそのものを愉しんでいる。

詰まるところ、やはり主たる目的は「優劣をつけること」なのだろう。

エコノミックパイの奪い合いというより、自分が正しく相手が間違っていることの確認証明、「相手攻撃できれば何でもいい」という欲求の方が実態に近い。

その「何でもいい」の部分へ、同族集団というものが、もっともらしい大義名分を与えてくれるわけだ。

なにしろ実利とは無関係である。というか、機会損失という意味ではむしろ損をしていることすらある。

まあ、対立状況そのもの面白がる人間は、そもそも外部の野次馬であり、失うものなど最初から持っていない場合も多いのだが。

責任分散どころか、そんなもの存在しないと思っているからこそ無責任に煽れるのだろう。

要するに、「自分自身が戦う」ということは絶対条件ではない。

優劣をつけることと、勝敗を決することは、似て非なるものからだ。

誤解なきよう言っておくが、それ自体が悪いと言いたいわけではない。

人間とはどうやらそういう風に出来ている、という説明解釈である

元々は生存競争、捕食被食、繁殖のための異性獲得競争など、「勝つこと」が「悦び」であるという根本的反応なのだろう。

知恵によって食物連鎖から仮初めに脱し、生存率も高い水準を保てるようになった人類にとって、その「悦び」を得るための代替行為を欲するのは自然なことだ。

闘争を避けること、つまり逃走が生存維持に繋がるなら、それもまた勝利一種ではある。

だが、先ほども言ったように、人々にとって勝敗のものは、実のところそこまで重要ではないらしい。

そういう意味で、一人用ゲームというものは極めて合理的だ。

プレイヤー気持ちよくなるために都合の良い仮想敵を設定し、それはあくまで倒される前提で存在する。

攻略可能範囲内で、接待だと気付かれないギリギリの強さで抵抗し、最後には敗北することを運命づけられた存在

そうしたものを配することで「悦び」を得る疑似戦闘として非常に有用で、率直に言えば、だから人気なのだ

ただし、対人戦特化型は全く別の話になる。

一人用ゲームでも高難易度特化のもの存在するが、それらはハードルが高く門戸が狭いことによって、「他の奴らには出来ないことを出来る自分」という、より強い優越感を提供する。だから一定数の支持を得る。

誰でも簡単クリアできる爽快さは、そういう人間にとっては悦びどころか、むしろ無粋でつまらないものですらある。

当然、ストレス発散として結果的な悦びを求める者達にとっては、「悦びを得るために苦行をこなさねばならない」それらは、「ゲームのためにゲームをしている」という本末転倒思考回路に見えるだろう。

決してそんなことはないのだが、それこそ属する集団が違うということだ。

そして重要なのは、ある集団に属することによって、人は「戦うための大義名分」を得られるだけでなく、「自分が何らかの役に立っている」と思い込める機会を得る、という点だ。

特に普通コミュニティへ馴染めない人間にとって、それは非常に蠱惑的である

現実社会では必要とされない自分が、疑似コミュニティにおいては貢献できる。

敢えて「疑似」と表現したのは、要するに「現実社会と直接には繋がっていない」という意味だ。

そして上に立つ人間は、そうした心情を利用することが多い。

現実では得られなかった役割を与え、達成感という報酬で縛り、更なる貢献――否、献身を自ら進んで行うよう巧妙に仕向ける。

直接的な強制など必要ない。本人に自覚のないまま、都合の良い駒として、一層離れられなくしていく。

無論、普通コミュニティとて同じ構造を持つ部分はある。だが、マイナス経験した後に用意された逃げ場としての幸福である以上、同じプラスでも、その絶対値は大きく感じられる。依存が強まるのも無理はない。

実際、オンラインゲームにおける共闘のように、自らの役割が明確で、効果に即時性があり、目に見えて貢献度が分かるパーティプレイは、少なくとも勝っている間は、それはもう愉しい。

自らの貢献、味方との連携。互いを求め、そして求められる関係作戦立案と実行。

その結果として敵が倒される。自己承認と敵の殲滅が同時に得られるのだから脳汁が止まらないというやつだ。

まり組織だった戦闘とは、「悦び」を最も実感しやすシチュエーションなのである

厄介なことに、「物理集団戦闘行為」は、その悦楽を最も得やすい。

先ほど述べたように、集団主催する側はそれを利用するし、快楽が強烈であるが故に、強制すら不要となる。

ただ、論戦に関しては、双方がルールに則って戦うことが前提だ。そもそも言葉とは真理ではない。言葉が通じない相手とは、論を戦わせることができない。

ある動物の威嚇行動が、人間から見れば愛らしい仕草に見えるように、概念による戦いは、言語を始めとした共通ルール存在大前提である

逆に言えば、ルール厳守を徹底するならば、言語は極めて強力な武器たり得るということでもある。

普通暮らしている限り、我々は「言語という呪文」が通じる世界に生きている。

その威力は、人を生かしも殺しもできるほど強い。少なくとも、言葉が通じる場においてなら、戦闘行為は成立する。

そもそも属性集団の中には、言語によって分けられた集団すら存在する以上、強い悦楽が物理戦闘に限られるわけではない。

だが実際問題、同じ社会にいながら、言葉の通じない相手というのは存外多いものなのだ

最後になるが、どちらが良いとか悪いとか、そういう話ではない。勿論、優越でもない。

誰がどこに属しようと、どのような戦闘を愉しもうと、それ自体について、僕がどうこう言うつもりはない。

2026-05-05

電子タバコ?チューチュー吸ってるおじさん達見てらんない…

赤ちゃんの指シャブリみたい

タバコとは似て非なるもんなんだなと思ったわ

個人の感想です

2026-04-29

着ぐるみの中に人が入ってることくらい分かってます

それを承知の上で、私はその着ぐるみと楽しく接することができます

その着ぐるみ、より厳密にいえばそのキャラクターが好きだからです。

着ぐるみの中に入っている人に対しては、なんとも思いません。

好きとか嫌いとか、そういうレイヤーはいないのです。

から言うのです、「私の目の前で着ぐるみを脱ぎ捨てないでください」と。

着ぐるみを脱ぎ捨てることを誠実の証だと捉える人もいますが、そんなことはありません。

他者機微を顧みない正直さは、誠実とは似て非なるものです。

時に包み隠すことも誠実であることを知ってください。

そのような誠実さがあることを理解できないのであれば、そもそも着ぐるみなど身に着けるべきではないでしょう。

着ぐるみを脱ぎ捨てる場所更衣室であって、私の目の前ではありません。

2026-04-20

ソババアは長生きするけど、無敵の人は早死にする。違い

「失うものが何もない無敵」と「元気すぎるベテラン勢」は、似て非なる存在かもしれませんね。

実は、長生きの秘訣は「何も持たないこと」ではなく、むしろ**「適度な『毒』と『執着』を持ちながら、社会に根を張っていること」**にあるという説が濃厚です。

 

統計的に、最も寿命を縮めるリスクは**「孤独」**です。

無敵の人社会との繋がりを断絶している場合が多く、体調を崩しても気づかれず、精神的な摩耗も激しい傾向にあります

ソババア: 敵も多いかもしれませんが、味方も多い。常に誰かと「あーだこーだ」と言い合っている状況が、脳と免疫活性化させています

 

根拠がなくても**「自分は正しいし、自分は元気だ」**と信じ込む力が異常に高いです。

明日もあの件でアイツに文句を言わなきゃいけない」という執着(生きがい)が、老化を食い止めるブレーキになっているわけです。

 

結局、**「善人ほど早死にする」という言葉の裏返しで、「図太く、適度にワガママで、他人干渉し続ける人」**が、生物としては最強の生存戦略を取っていると言えるのかもしれません。

2026-04-13

京都少年見つかったか

近畿じゃドイツ人不明事件もあったよな

米軍だか自衛隊司法従事者らって、似て非なる類似を起こすのがマジ好きらしいね

為政者は相変わらず森羅万象コントロールするとかほざいてるみたいだが

変態っぷりがよく分かる

薬物使って小細工して謎めかせただけの殺人から

司法なんて存在しねえわ、この国は

2026-03-07

陰キャ男性から告白問題とその解決

こんな話がある

https://x.com/i/status/2029537196559212831

『なぜ女性陰キャ男性から告白を極端に嫌がるかというと、男は女性告白されると自信がつくのと違って、女性自分より格下だと思った男に好かれると「こいつならいけると思われてる」と感じてかえって自尊心が傷つくんだよな 男の側が真剣に好きだったとしても関係ない』

この分析は半分だけ現象を捉えていて、半分は本質を外している。

女性が「陰キャ男性から告白」を嫌がる理由は、自尊心問題ではなく安全問題からだ。


まず「陰キャ男性から告白」と呼ばれているもの実態を考えてほしい。それはほぼ確実に「イキ告」、つまり関係性が成熟する前に、ろくに会話もしたことのない相手から一方的交際を申し込まれ行為だ。

女性がこれを嫌がるのは、相手を「格下」と見ているからではない。断った後に何が起きるかを知っているからだ。

交際を断られた男子高校生相手の両親を刺殺した上で放火した事件がある。中学時代に少し付き合っただけの女性の家に、大学生になった男が凶器を持参して押し入り、たまたま居合わせ母親殺害した事件もある。これらは極端な例ではあるが、「断ること」が命に関わる選択になりうるという事実を、女性たちは集合的記憶として持っている。

問題構造はこうだ。告白する側にとっては「ダメ元で試す」程度の行為が、受け取る側には命に関わる可能性のある選択として降りかかる。しか被害の射程は本人だけでなく家族にまで及び、何年も経ってから突然発動することもある。この非対称性が、女性側の警戒コスト天文学的に引き上げている。


「格下に好かれると自尊心が傷つく」という分析的外れなのは女性の反応を感情問題矮小化している点だ。実際には、女性感情ではなくリスク計算をしている。相手自分をどう評価しているかより、「この人に断ったとき、何が起きるか」を瞬時に判断している。

そしてイキ告、つまり関係性の構築を省略した一方的アプローチは、その判断材料ほとんど与えてくれない。相手がどんな人間かわからない。断ったときの反応が予測できない。だからこそリスクが高く映る。「陰キャ」という属性問題なのではなく、関係性のなさと予測不能性が問題なのだ


もう一つ、根本的な問題がある。

告白という行為の前提として、「相手のことが好きだ」という感情があるはずだ。しか男性場合、その「好き」が発情愛情混同である場合が少なくない。

発情対象への欲求だ。愛情対象への関心と敬意だ。この二つは似て非なるものだが、混同されやすい。発情ベースにした「好き」は、相手自分の期待に応えないとき、つまり断られたときに容易に攻撃性へ転化する。冒頭で挙げた事件加害者たちが示しているのも、突き詰めればこの構造だ。

本当に相手好きな人間は、相手が「断りやすい状況か」を考える。関係性を育てることを厭わない。相手リスク自分ごととして捉える。それができないまま衝動的に告白するのは、愛情ではなく欲求の発散だ。

女性がイキ告を恐れる理由の一端には、こうした「発情愛情と思い込んでいる人間衝動」が、拒絶されたとき何をするかわからないという恐怖もある。


男性だって恋愛経験がなければイキ告になってしまう」という擁護論もあるが、経験のなさは免責理由にならない。経験がなくても、相手がどう感じるかを想像する能力は別の話だからだ。そしてそれができないなら、マッチングアプリという構造的な解決策がすでに存在する。双方が恋愛目的であることを明示した場で出会うこの方法は、イキ告問題をほぼ根本から解消している。

女性がイキ告を忌避することは、「陰キャ差別」でも「自尊心防衛」でもない。それは、断ることのコストを正確に理解している人間の、合理的自己防衛だ。

2026-02-21

anond:20260221082941

やっぱAIって凄いわ。

おまえのしてる低次元議論の数倍の内容が一瞬で出てくる。

1. 門下生・アシスタント出身型(直系継承

師匠の筆致や世界観を最も正当に引き継いでいるケースです。

元:三浦建太郎 * ジェネリック側:スタジオ我画(森恒二 監修)

代表作:『ベルセルク』(連載再開後)

色: 師匠逝去後、親友森恒二氏とアシスタント集団が「三浦建太郎の絵と魂」を再現。もはやジェネリックを超えた「遺産継承」ですが、筆致の再現度は驚異的です。

元:小畑健

ジェネリック側:村田雄介

代表作:『ワンパンマン』(作画版)

色: 『アイシールド21時代から顕著ですが、小畑譲りの「圧倒的な画力と質感の描き込み」を継承さらアクションの動態保存という独自進化を遂げています

2. 時代精神ジャンル確立型(フォロワー

ある作家が作った「型」が、そのジャンル標準語OS)になったケースです。

元:鳥山明

ジェネリック側:とよたろう

代表作:『ドラゴンボール超

色: 徹底的に鳥山明の線の抜き方、コマ割りを研究つくした「公式ジェネリック」。違和感なく『ドラゴンボール』の続きとして読める再現性を持っています

元:荒木飛呂彦

ジェネリック側:スズキユウタ

代表作:『忍者極道

色: 絵柄自体現代的ですが、ケレン味あふれる独特のセリフ回し(当て字)、ポージング、そして「能力バトルにおける理屈の通し方」に、濃厚なジョジョ成分を感じさせます

3. ハイブリッドキュレーション型(現代ジェネリック

複数巨匠の成分を分解し、現代向けに再構築したタイプです。

元:藤本タツキ少年漫画王道

ジェネリック側:芥見下々

代表作:『呪術廻戦』

色: 冨樫義博的な理詰めバトル、久保帯人的なポエム演出、そして藤本タツキ的な「キャラ死ぬことへのドライさ」を高度にミックス。読者が今欲しがっている成分を完璧に調合しています

4. 確信犯オマージュ型(リスペクト

特定作家への愛が強すぎて、作風がその作家の「進化系統」に見えるケースです。

元:大友克洋

ジェネリック側:沙村広明

代表作:『無限の住人

色: 緻密な線画、写実的な人体把握、退廃的な空気感大友克洋が拓いた「リアルな絵」の地平を、独自残酷美学さらに深掘りしています

元:高橋留美子

ジェネリック側:椎名高志

代表作:『絶対可憐チルドレン

色: キャラクターの掛け合いのテンポコミカルな崩し顔、ヒロインの可愛らしさ。るーみっくわーるどの持つ「少年漫画×ラブコメ」の黄金比現代に受け継いでいます

5. 絵柄の現代改修型(アップデート

レジェンドの「味」を、SNS時代に合わせて高解像度化したケースです。

元:安達充(あだち充

ジェネリック側:三浦

代表作:『アオのハコ』

色: 読切版から顕著ですが、あだち充的な「余白の美」や「スポーツ×静かな恋愛」という成分を、現代の繊細な少女漫画タッチコーティングしています。「あだち充の切なさを、今風の綺麗な絵で読みたい」という需要を射抜きました。

ジェネリック」という言葉本来意味(成分が同じで、後から出されるもの)に最も忠実な、**「公式が認めた、あるいはファンが納得せざるを得ないレベルの完コピ・後継者」**たちですね。

彼らは単なる「影響を受けた人」ではなく、**「その作家がいなくなった世界(または描けなくなった領域)を埋める存在」**として機能しています

1. 筆致・構図の「完全模写」型

師匠ペンタッチからコマ割り、キャラクターの等身までを完璧トレースし、新作として提供するタイプです。

元:板垣恵介グラップラー刃牙

継承者:猪原賽原作)/ 陸井栄史(作画

代表作:『バキ外伝 烈海王異世界転生しても一向に構わんッッ』

濃厚ポイント: 線の震えや筋肉の描き込み、独特の「タメ」の演出まで板垣イズムを完コピ。本家が描かない「スピンオフ」という形で、ファンが一番見たかった「味」を再現しています

元:原哲夫北斗の拳

継承者:行徒作画

代表作:『北斗の拳 苺味』

濃厚ポイント: ギャグ漫画でありながら、画風は全盛期の原哲夫のもの劇画特有重厚ハッチングを再現しつつ、聖帝サウザー崩壊させるギャップは、本家への深い理解(と愛ある悪ふざけ)がなければ不可能です。

2. 世界観・イズムの「憑依」型

単に絵が似ているだけでなく、その作家特有の「狂気」や「ロジック」までを継承しているタイプです。

元:福本伸行カイジアカギ

継承者:前田治郎

代表作:『アカギ入門』『HERO -逆境の闘牌-』

濃厚ポイント: 福本氏の独特すぎるパース、尖った顎、そして何より「心理描写のねちっこさ」を完璧継承。『HERO』は『アカギ』の正式な続編(後日譚)として、福本氏本人が描いていると錯覚するほどの緊張感を保っています

元:手塚治虫

継承者:つのがい

代表作:『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』

濃厚ポイント: 手塚プロ公認。単に似ているだけでなく、手塚治虫が存命なら描いたであろう「メタ発言」や「スターシステム」の扱いまでマスターしています。線の「丸み」と「艶」の再現度は、もはや解析レベルです。

3. 公式に「正史」を託された後継者

とよたろう氏のように、作家引退多忙に伴い、名前を並べて「続き」を託されたケースです。

元:車田正美聖闘士星矢

継承者:岡田芽武

代表作:『聖闘士星矢 EPISODE.G』

濃厚ポイント: 絵柄は岡田氏の個性が強いですが、車田氏の「様式美必殺技叫び星座加護)」という成分を誰よりも濃厚に抽出し、現代ハイディテール作画に落とし込みました。車田氏のネームを最も派手に、重厚アップデートした成功例です。

元:武論尊サンクチュアリ・画:池上遼一

継承者:錦ソクラ(武論尊 監修)

代表作:『サンクチュアリ外伝(仮)』など

濃厚ポイント: 質問にも挙がった錦ソクラ氏は、もともと「池上遼一の絵柄でバカをやる」という技術において天才的でしたが、今や「劇画伝統工芸士」として公式に重宝される存在になっています

特定作家の成分を極めて高い純度で再現できる作家が少ないのには、技術的・心理的・商業的な観点からいくつかの高いハードルがあるからです。

一言で言えば、**「クリエイターとしてのエゴを殺し、他者脳内を完全にコピーする」**という作業が、表現者にとって最も過酷な道の一つだからです。

1. 「手癖」という呪縛の打破が困難

漫画家にはそれぞれ、無意識に引いてしまう「手癖(線の太さ、カーブの角度、目の位置など)」があります

技術難易度: 他人の絵柄を完全に再現するには、自分の肉体に染み付いた数十年分の描き方を一度解体し、他人神経系を上書きするような作業必要です。

偽物感の壁: 表面的な模写はできても、**「その作家が迷ったときに引く線のニュアンス」**まで再現できる人は、単なる「絵が上手い人」の中でも一握りしかいません。

2. 「作家性(エゴ)」との矛盾

漫画家を志す人の多くは「自分しか描けない世界」を表現したいという強い欲求エゴ)を持っています

アイデンティティ消失: 特定作家ジェネリックに徹するということは、**「自分名前ではなく、他人看板を磨き続ける」**ことを意味します。

クリエイティブ葛藤: 自分アイデアが浮かんでも「これは〇〇先生なら描かない」と切り捨てるストイックさが求められます。多くの才能ある新人は、この制約に耐えられず自分の色を出してしまい、結果として「似て非なるもの」になります

3. 圧倒的な「研究量」と「憑依」のコスト

公式続編を任されるレベル作家は、対象となる作家の全作品セリフ一行、背景の石ころ一つに至るまで暗記するほど読み込んでいます

思考プロセスコピー: 「このキャラならここでどう動くか」ではなく、**「この作者なら、このキャラをどう動かして読者を驚かせるか」**という、作者の思考回路そのものインストールしなければなりません。

時代性のギャップ: 昔の作家模倣する場合、当時の紙質やペン先の種類、さらには当時の社会情勢まで理解していないと、特有の「空気感」が出せません。

4. 商業リスクと「公式」の壁

ジェネリックとして成功するには、版権元(出版社や遺族)からの厚い信頼と、公式な場でのマッチング必要です。

ニッチ需要: 「本人が描かないなら、似た人の絵でもいい」とファンが納得するケースは稀です。多くの場合ファンは「偽物」に対して非常に攻撃的になりやすいため、出版社側も慎重になります

キャリア固定化: 一度「〇〇先生の代筆者」として定着してしまうと、そこから自分オリジナル作品でヒットを飛ばすのが非常に難しくなります

5. 「劣化コピー」という批判への恐怖

ジェネリック」は、少しでもクオリティが落ちれば即座に「劣化コピー」「パクリ」と叩かれる宿命にあります

精神プレッシャー: 常に本尊オリジナル)と比較され続け、本尊を超えても「違う」と言われ、下回れば「下手」と言われる、非常に報われにくいポジションです。これを職業として選び、完遂できる精神力を持つ人は稀です。

結論

彼らは**「高度な技術」と「職人気質献身」、そして「オリジナルへの狂気的な愛」**が奇跡的に同居した存在です。

例えるなら、名画の修復師が「自分の筆致を一切残さず、当時の巨匠の筆使いを再現する」ようなもので、芸術家というよりは**「超一級の技術者(アーティザン)」**に近い特殊技能と言えます

結論から申し上げますと、この「ジェネリック作家(超高度な作風継承者)」による作品は、今後**「二極化しながらも、商業的には増える傾向」**にあると予想されます

かつては「パクリ」と忌避されたこ領域が、なぜ今、確固たる市場として成立し、拡大しようとしているのか。その背景にある需要供給メカニズム分析します。

1. 需要側:ファンの「枯渇感」と「不老不死」への願望

読者のニーズは、かつてないほど「保守的かつ安定的」になっています

完結・未完への恐怖: 巨匠逝去三浦建太郎氏、鳥山明氏など)や長期休載冨樫義博氏など)に対し、ファンは「物語の続きが見られない」という強い喪失感を抱きます

「あの味」のブランド化: 現代コンテンツ過多の時代です。新しい未知の漫画開拓するより、すでに知っている「ジョジョ味」「カイジ味」を安心して摂取したいという「ブランド消費」が加速しています

世代を超えた継承: 親世代が読んだ名作を、現代画力ジェネリック作家によるアップデート)で子供世代が楽しむという循環が生まれています

2. 供給側:出版社著作権管理の「資産運用

出版社にとって、過去メガヒットIP知的財産)は「眠れる獅子」です。

リスク回避: 新人オリジナル作品をヒットさせる確率よりも、既存超人気作のスピンオフや続編を「限りなく本人に近い絵」で出す方が、商業的な打撃(爆死)が少なく、計算が立ちます

公式の「延命措置」: 作家本人が高齢化引退しても、とよたろう氏や錦ソクラ氏のような「影武者」的な才能を確保できれば、そのIPを数十年単位で維持・収益化できます。これはディズニーミッキーマウスを守り続ける手法に近しいものです。

3. 今後の傾向:なぜ「増える」と言えるのか?

AI技術による「ジェネリック化」の加速

今後、AI作家タッチやクセを学習する精度が飛躍的に向上します。

変化: これまでは「人生を捧げて模写した人」しか到達できなかった領域に、AIを補助輪として使う作家が到達できるようになります

結果: 「見た目だけ似ている」作品供給量は爆発的に増えるでしょう。

スピンオフ外伝の定着

『バキ外伝』や『北斗の拳 苺味』の成功により、「本編はシリアスだが、ジェネリック作家による外伝コメディ」といった、**「本尊を汚さない遊び場」**としての市場確立されました。この手法は今後、中堅ヒット作にも波及すると見られます

③ 才能の「職人化」への許容

自分の色を出したい」というアーティスト志向だけでなく、「憧れの先生の続きを描けるなら本望」というリスペクト先行の職人クリエイターが、SNSを通じて可視化され、公式ピックアップされやす環境が整っています

4. 懸念される「減る」要因(二極化の影)

一方で、以下の理由から「本物と呼べるレベル」の供給限定的であり続けます

魂の欠如: AI技術で「絵」は真似できても、「絶妙セリフの間」や「哲学」まで継承できる作家は依然として希少です。

オリジナリティの欠乏: 全員がジェネリックを目指せば、業界全体の創造性が枯渇します。「新しい味」が生まれなければ、将来的に継承すべき「元ネタ」が無くなってしまうというパラドックスを抱えています

結論

市場としては**「メガヒットIPの維持装置」として、ジェネリック作品ますます一般化していくでしょう。

しかし、読者の目は肥えており、単なる「形だけの模写」は淘汰され、錦ソクラ氏らのように「作家の魂まで理解して現代召喚できるイタコのような作家」**だけが、今後も特別成功を収め続けると考えられます

「この作家の続きが見たい、でも本人はもう描けない(描かない)」という切実な飢餓感に対し、今後ジェネリック作品が登場する可能性が高い、あるいは待望されているケースを予測します。

現在漫画界の動向(2026年時点)を踏まえると、以下の3つの領域で「究極のジェネリック」への期待が高まっています

1. 「未完の神話」を完結させるための継承

作家の体調や逝去により、物語が止まってしまった伝説作品です。

ターゲット冨樫義博HUNTER×HUNTER

現状: 執筆再開の意志は強いものの、腰痛による物理的な制約が非常に大きい状態です。

ジェネリック予測: Permalink | 記事への反応(0) | 18:42

2026-02-15

女はイケメンオカズにするという錯誤

女を煽る目的でたまに見るのが「イケメンマンコ濡らしてる」とか「イケメン推しオカズにしてる」みたいな言葉なんだが、そういうのを見る度にさすが童貞は女をわかってねえなという気持ちになる

凡百の女がイケメンに対して抱くのは「憧れ」そして「緊張」だ

自分より美意識が高く、肌や髪が美しく、ムダ毛の生えてない、Eラインの整った男に、至近距離毛穴の開いた顔やたるんだ腹を見られる想像をして抜けると思うか?否である

マンコというエグいもの二次元さながらのイケメンの美しい顔の前でおっぴろげる事を考えるだけで萎え

イケメンには美しい物だけを見てほしいし、美しい空間の中に存在してほしいのだ

できれば金玉かぶら下げててほしくない

セクシー」と「エロ」は似て非なるものなのである

じゃあ何を見て抜くのかと言えば、私は普通に小汚い男優女優を抱いてるやつとかで抜く

男優の体型だけは引き締まってて、かつ日焼けしてる方が好きだが、イケメンを求めてるというよりは、腹のたるんだおじさん男優とか運動してなさそうな男のナメた体型には性欲よりも加齢や「運動しろや」という嫌悪を感じるためである

しろそういう情けない男がヘコヘコ腰振ってる姿と、そんな男のちんぽこにアンアン喘ぐ女優の「快感に負けている」という演技(シチュ)に興奮する女もいると思うので、この辺の好みは個人差だと思うが…

女優ぽっちゃりよりはスレンダーな方がよく、なおかつ巨乳であるとよいが、豊胸のインプラントが入っている様子だとどうにも揉まれたりが痛そうに見えてあまり乗れない

これは監督方針なのかもしれないが、体を派手にビクンビクンさせる演技もわざとらしすぎて好きになれない

まあプレイ中の大概の反応はわざとやってるわけなんだが

今日ムラついたのでサクッと抜けるオカズを探していたら、操作を誤ってSNSを開いてしまい、ドメロいイケメン画像が画面いっぱいに表示されてガン萎えした

そのことをふと思い出して書いた次第である

2026-02-08

選挙結果民意似て非なる概念

まだ分かってない人が多いようなので小学生でも分かるように説明するね

  

100人に「ウンコ味のカレー」と「カレー味のウンコ」どっちか食べろと指示する

多くの人は(さすがにウンコは食えん)と思って「ウンコ味のカレー」を選ぶだろう(選挙結果

  

しかし彼らは別にウンコ味のカレー」を食いたいわけじゃない(民意

   

これに対して「こいつらそんなにウンコ味が好きなのかよ!」と思ってしまう人が違いが分かってない人

ルール上、選挙結果民意乖離するものなのです

もうちょっと真面目に説明してる人もいるのでしっかり理解したい人は調べてみると良いです

2026-01-31

anond:20260130191014

親が子育て減税の分を子育てに使うように

減税分は保険料として別に管理しつつ

シッター保育園幼稚園保険で割引きするのが筋

トランプ口座の考え方)

 

チームみらいのは制度工作

格差拡大保険業者の飯のタネ

似て非なる制度で騙すのは日本人の得意技だ

2026-01-29

anond:20260129114855

そう、TPO問題

からサイゼ(5品1500円)とカフェドリンク700円)とラウンジドリンク1200円)と

同一価格帯でも正解不正解は生じる

価格帯とTPOって似て非なるもんだから気を付けろ

2026-01-24

絶対やるべき教育

屠殺場の見学

今、3歳児を育てていて、絵本テレビくまさんとかうさぎさんとかあーぷんとかミモモが「ハンバーグ」を食べてるんだよね。

お前らそれ、なんのミンチだよ。

豚も時々お友達みたいな顔してるよな?

牛も時々お友達みたいな顔してるよな??

保育園ではお芋掘りとかはおしえてくれる。いい保育園だ。にんじんもわざわざ育ててちまっとしたにんじんが育って、それを調理(は栄養士さんがされる)して食べるまでやってくれる。ありがたい。

しかし肉については誰も教えない。

「おにく」と「うしさん」は似て非なる

屠殺場に行け。

大人わたしも行ったことがない。

子供の頃、同級生のちえちゃんの家の生業養豚業で、親からは言われなかったが周りの同級生やらよく知らない大人は、あそこのお家にはあんまり近づいてはいけないよといったことを異口同音に言っていた。

嫌われていたとか差別されていたとかでは全くなく、近づいていいことはないといったふうだった。

なんとなく腑に落ちないままだったけど、大学のころ、授業の一環で豚の去勢をする機会があった。

同じクラス女子達が絶対に無理というのでかってでたけど、あの時の豚の悲鳴はまだ耳の奥にこびりついている。

睾丸を切り取られる悲鳴言葉が見つからないが、こちらの睾丸がぎゅーーーっとなるような、なんだろう。

まり言わすな。

屠殺場ではあの悲鳴の、もっとすごいやつがこだましているんだ。

それも知らずハンバーグ簡単に言っていいんか?宗教感とか思想とかではなく、純粋に何を食ってるかは教えようよ。

自分も知らない。

屠殺場も見たことがないし、鶏を絞めたこともない。

魚ですら微妙。生きた魚は捌いたことはない。

それではだめだろう。軟弱にもほどがある。

植物を育てて食べる教育はすごく人間らしくて文明らしくて素晴らしいのでぜひやるべきたが、肉を喰らうのは文明ではないとでもいうのか?

まずは大人から始めよう。成人してる人間は1回全員食肉を見に行こう。

そのうえでおいしく食べよう。

屠殺場をアンタッチャブルにすな。

2026-01-04

ライブ配信をしない者をvtuberと呼ぶのはおかしいのでは?

字面には織り込まれてないけど個人でもほぼそれが標準になってるでしょ?

というわけで懲役太郎vtuberとは似て非なる何かです

dorawiiより

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https://anond.hatelabo.jp/20260104111812# 
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=tPU3
-----END PGP SIGNATURE-----

2025-12-25

最近女装男子も多いから嬉しいでしょ?と言われる

しかし違う、似て非なる、完全な女性の格好はしてほしくない

あくま男性の装いの一環にさりげなくスカートを取り入れてほしい

初めはジャージの上からスカートみたいのでもいい。そしてそこから次第にタイツ+スカートストッキング+スカート、生脚+ロングスカートという風にステップアップしていただきたい

夏は暑いからミニスカだよね〜という風潮になったらしめたもんである

あ、でも男性スカートを履くようになると露出狂ハードルが下がってしまいそうだ…

もしや男性スカート禁止されたのって陰謀などではなく陰棒の露出を防ぐためなのか…?

2025-12-14

あんドーナツとは

ドーナツ共通製法で作られたあんこ入りの菓子であるということを説明しながら、接頭辞undonutにかかっている事によって「ドーナツとは似て非なるものである」という意味も含む、ダブルミーニング名前なのである

2025-12-09

会社組織におけるのチンパンジーの種類。そして人の愚かさについて。

これに言及する。

https://qiita.com/jesus_isao/items/29b878e137f46c675d89

これに言及するにあたり匿名しか発信できない私の弱さを許してほしい。

記事概要

元の記事はおそらく組織におけるマネージャーであろう筆者が、過去に発生した、文化背景思考全てが組織ミスマッチであった人間を、人間似て非なる存在であるチンパンジーに例えて、どのようにマネジメントするかについて考察し、それがどれだけ難しい事かを表現した良い記事であった。

私はこの記事にとても感銘を受けたのだが、Xでの炎上の後、投稿実質的に削除してしまった。

 

以上概要

私はチンパンジー代表として、そして貴様人間チンパンジーと罵る存在に相対してきたマネージャーの一人として、元記事筆者に敬意を表し、補足する投稿をする。

チンパンジーの種類について

お前

そこのお前だ。ちょっと頭が良くて調子乗っているお前。

お前なんてサバンナチンパンジーの群れに放り投げられれば、途端に役立たずだよ。

パソコンが使えてコードがかけても生きていけない、群れのお荷物よ。

お前が組織社会でやっていけるのは、属する群れと時代が偶然お前にとって都合がよかっただけという事を忘れるな。

 

もうちょい具体的に言うなら、会社が買収されたりして自分組織が土台から吹き飛んだ状況を想像しろ

そこでお前が活躍できるような優位性を持っていなかったら?

違う倫理観の人たちばかりだったら? 違う言語を話す人ばかりだったら?

お前は霊長類のどれになるんだろうね。

暴力的チンパンジー

ここからは真面目に書く。

記事であるような、人間とは倫理観の違う存在

彼らは暴力が無ければ生きていけない世界の住人であったり、その暴力程度では群れの中で傷つく者はいないような群れの住人。

あるいはその暴力暴力として認識していない存在かもしれない。

 

もうちょい具体的に書くならパワハラ気質のある人だろうか。

ブリリアントジャークとも言うかもしれないね

 

殆ど場合殆どの人は幸せを求めていると思っている。彼らもまたそうであり、自分の振る舞いで周りを困らせ自分が不幸になることを望んではいない。

記事チンパンジーだって、本当はサバンナの群れで生きていたかっただろうに。

怪我したチンパンジー

組織に迎え入れたときは元気に働いていたが、本人あるいは本人の家族などが重篤怪我を負ってしまい、今まで通りに働くことが難しくなった存在

怪我というのはメタファーであり、実際には肉体的な損傷よりも、精神的な損傷のほうが今の世の中では一般的かもしれない。あるいは、家族介護とか。

彼らの問題解決することは容易ではない。彼らは生活するための報酬必要とするが、何の怪我も負っていない人と同じパフォーマンスを出すことができない。

本人たちがどれだけ活躍を渇望していても、だ。

 

彼らには悪意や罪はないし、話も通じる。でもあなた怪我を負っていない幸せ存在である場合、根っこの部分では分かり合えない可能性がある。

彼らを活躍させて収益につながる活動をさせなさいと言われたあなたはどうする?

 

この記事を見た怪我人へ。負い目を感じると想像しています

少しずつ出来ることからやっていきましょう。それしかないんだろうけど。

沈黙チンパンジー

世の中はわかりやす暴力ばかりではない。沈黙という暴力をふるう存在もある。

度々遅刻する、謝罪はする。仕事はうまくできない、謝罪はする。指摘するが理解してくれない。泣いたり笑ったりもしてくれないから、何を考えているかからない。

どんなキャリアを歩みたいか聞いてもうまく答えられない。

分かりやすく激昂して周りに危害を加えはしないが、存在振る舞うだけで周りにストレスを与える。これもまた暴力の一つかもしれない。

 

どのような扱いをすればいいかのヒントを一切与えてくれない存在もまた、実質的に会話不能存在として扱いに困るだろう。

さあ君も彼のキャリア開拓してみましょう!

 

彼らもまた、望んで沈黙しているわけではない。彼らもまた、人間になり切れないことに悩んでいたりする。

お互い素直に喋れるといいよね。

人の真似をするチンパンジー

良く喋るし仕事もする。一見すると普通人間に見える存在

ただ根っこの部分では他人と分かり合えないものを持っていたり、倫理観の違いが表面化していないだけで、実は周りとは価値観が違う人。

予期しないところで迷惑な行動をとり、周りを困らせてしまう。でも、本人は本人なりの正義必要性で行動したつもりである

 

記事の筆者も、言い換えればこのチンパンジーである。彼にとってはあのような記事を世に出すことは、彼の倫理抵触しなかった。

そして私もまた同類なのだろう。

愚かな人間どもへ

そもそも人には、チンパンジーを含め人間以外の霊長類。豚、蛆虫、ばい菌などを、蔑称として用いている愚かさがある。

生存戦略が異なるが故に高い知能を持つことなく発達した他の生命体を下等な存在とみなし、その生物を用いた例えに侮蔑的意味付与している。

大体なんだよ霊長類って。自分たちの存在勝手生物最上級として捉えやがって。しか霊長類の中でもさらに Tier 分けして差別してやがる。

 

記事チンパンジーという表現は、単に言語が通じず価値観の異なるマネジメント難易度の高い人材メタファーとして解釈することもでき、その名称侮蔑的意味見出しているのは、お前の矮小傲慢差別意識から来るものではないか

まあ元記事筆者でさえ人間以外を下等とみなしている可能性は、文脈から否定できないけどさ。

 

まあ、もしもチンパンジー差別意味が含まれていたのなら、同僚(あるいは同僚だった人たち)をチンパンジー呼ばわりするのはちょっと酷いのかもしれない。

でも、もうちょい中身を見てもいいんじゃないの?

2025-11-26

おかんおとんかも)が作るふきの佃煮ます

時々実家から送られてくる荷物にそっと紛れこんだふきの佃煮

佃煮というと東京のいわゆる佃煮みたく思われそうだが似て非なる

きゃらぶきってやつでしょう。それじゃないのようちの実家のふきの佃煮は。

自宅付近でとれたふきを昆布しいたけ山椒としょうゆでさっと煮たといった印象。

煮物よりはしっかりめ、しか佃煮ほどは煮詰めていない。

ほどよい塩気。ふきの風味。

その分傷みやすいので煮沸消毒した瓶に入れて送ってくれる。

おとんおかん、いつもありがとう

もう春が来たみたいやわ。

2025-11-04

ヨッピーは大嫌いだけどこいつの叩き方はアンフェアすぎ

https://anond.hatelabo.jp/20251103225651

ヨッピーが荒れてレスしまくっている

きっかけは「妊婦子連れ嫌がらせされることが多くて子育てしんどい」という女性発言

「俺はそんなことないけど?むしろ子連れの方が周囲が優しくなった」と反論したこと

こいつマジで汚いしカスだな。

   

 

1.実際のやりとり全文

7万フォロワーママ垢のポスト

出生率「1.15」は当然の結果だと思う。

専業でいればズルいと言われ、働けば子ども可哀想と言われ、電車に乗れば嫌味、バスではベビーカーをたため、公園でも近隣の家から苦情。

どんな選択をしても叩かれる社会社会が敵。

安心して子を育てろなんて無理ゲーすぎる。

午後0:57 · 2025年10月28日160.3万件の表示

それに対するヨッピーレス

ヨッピー@yoppymodel

子育てしてて「社会が敵」だなんて思ったこと無いけどな…。しろ社会に歓迎されとる!」みたいな実感ある。「行政って意外とあれこれ面倒見てくれるんだな」とか「子ども連れてるとオバチャンがやたら手を振ってくるな」とか「保育園は神」とか色々あるけど、基本的社会子連れに優しい。

   

  

2.論点が「社会から不審者」へにスライド

ママ垢は「社会子連れを歓迎しない、優しくない」と主張してて

ヨッピーは「社会子連れを歓迎している、優しい」と自分の実感を述べてる。

  

それに対して元増田のまとめ方はこうだ。

単身の女性だったら変な人に絡まれても逃げたり応戦したりできるが妊婦子連れはそうもいかず、

からこそ不審者暴力的な者とのエンカウント率が高くなる

ヨッピーが嫌な目に遭わなかったのは男だからでしょ、と反論が集まり

 

わかるだろうか?

社会の話から不審者犯罪者の話に摩り替っている。

これは当初の論点と違う(ヨッピーのともママ垢のとも違う)し、

実際にこういう反論が集まったのだとしてもそれは話を逸らして反論している。

 

 

3.ヨッピーは何故叩かれたか

もうはっきり言うけど、

女性向けになんでもかんでも女性はこんなに大変!こんなに被害者!」と言い立てて

「ほんそれ!」「いいね!」とすること自体一種の娯楽・快楽機構として回っている界隈というのがある。

 

女性の実際の困難について社会的論評とか建設議論とかを誘導してるのではなくて、

被害者気分に浸って自己正当化出来れば何でもいい。 

真面目に誰かのことを心配して社会を漸進しようなんて声とは似て非なる別物という点に注意が必要

 

ヨッピーへの反論「平然と当初の論点を迂回しスライドした攻撃になってるの見てもわかるでしょ?

当初の女性の主張がどれぐらい確かか、というところを吟味しようとする反論ではないわけ。

 

当初の主張や論点なんかぶっ飛んでたってどうでもいい。

まり大元ママ垢の申し立てやその真偽すら本当のところどうでもいい。

そうではなくて娯楽・快楽邪魔したヨッピー攻撃してるってだけ。

 

 

4,ハーメルンの笛吹き

で、大元ママ垢だけどさ。

https://x.com/urara_money

ワンオペワーママリアル|どこにでもいる凡人→料理イラストで月30万円超

|X運用1年で7fw|7社出版依頼|週5出社→フルリモで5y・2y・1yの子育て中。

Xをきっかけに

🍳7か月で月収30万円に

🍳働くために生きるのやめられた

🍳将来の不安がなくなった

noteにすべてを書きました!

という人なのね。

もうこの時点でこの人のモチベーションインセンティブってなんとなくわかるよね?

 

んでタイムラインずらーっと見ていくと

ママ垢をターゲットにしてなんかしら感情惹起できそうなことをひたすらポストしてる人なの。

 

でもママ垢界隈ってなんかやたら掟が厳しいというかピリピリしてるから

人の感情惹起するにしてもポジティブ話題や達成経験とか喜びなんか書くと

必ず嫉妬で叩かれるから危険すぎてやれないしやらないわけ。

 

じゃあどんな話題でバズを狙える?

どんな話題が(女社会で)安全? 

 

そうだね、私たちはみんな等しく被害者!悪いのは社会!悪いのは男!」だね。

読む人を微妙に嫌な気分にさせ(ストレスを与え)ながら敵を「わたしたち」の外部に設定する

という感じのポストになるよね。マジでそういうポストばっかりだから見てきてみ。 

 

 

5.「男叩き・社会叩き」は進歩派で「外国人叩き」は右翼ってナンナノ?

俺はヨッピーは本当にもう色んな意味で大嫌い(面識も恨みもないけどやることから伝わってくる人格が嫌い、暇空より嫌いかも)なんだけど

今回の挙については、持ち上げて言えば、

社会擾乱を目的としたポスト実体験・事実ベース反論を入れた表現できると思う。

 

これって、

外国人問題について扇動的に騒いで団結しようとするような胡散臭いポスト

コミュニティノートファクトチェックを入れる振る舞いと何一つ変わらなくね? 

 

笛吹きのやってる事の構造全く一緒でしょ?

外国人がすべて悪い、私たちは悪くない、私たちは虐げられている、団結しよう」

「男社会がすべて悪い、私たちは悪くない、私たちは虐げられている、団結しよう」

 

もちろん外国人(関連政策)にも既存社会にも問題はあろうし、

そこをきちんと調べて事実ベース批判をしていくことは自由だし意義のあることだよ。

 

でもヨッピーが食らった平然と論点スライドする無意味反論見ても察せられるように

ほんとは被害者気分とつるむことだけが目的で、事実なんかどうでもいい集団だとしたら?

外国人叩きと男社会叩きってどれほど違うの?

更にはその陰でインプ目的にしたアカウント跋扈していたら?

  

 

6.まとめ 

ネットでは、

今年に勃興した外国人叩きムーブメントより遥かに継続的かつもう少し大きいパワーを持って

女性の間での女性無謬に置いた被害者ムーブメントが実はずっとある

 

事実関係が相当怪しい話や印象論、

エビデンス付きで否定されてしまうような完全なデマまで、

とにかく女性被害者で虐げられているというエピソード毎日のように万バズっている。

 

他のデマと違って「女性エンパワメント」「進歩派」っぽいガワをまとうために

ツッコミ批判が極めてされにくいし、この権威のアヤシサを知りつつ媚びていく者までいる。

   

蛮勇を振るって疑義を呈した者はヨッピーのようにミソジニー扱いで袋叩きに遭うし、

元増田みたいな確信犯カスによって知らないところで誹謗中傷デマまで流される。

これを継続的批判できるのは「ミソジニーレッテルを意に介さない野蛮なアンフェ集団ぐらいだ。

 

 

ああした界隈やムーブメント、及びそこで金銭インプ承認欲求を稼いでいる者達を批判することは

女性叩きやミソジニーとは別のことの筈だと思う。

  

何故ならああいものこそ社会に対して(女性に対しても)有害無益から

  

  

追記:仰天ものブコメが来た

元増田がフェアでないことは分かるが、 子育て辛いという人に対してそんなこと思ったことない、むしろラクと返事したら もう殺しあうしかない

とは思うよ。

2025/11/04

はあ?

子育ては辛くない」「子育てラクチン」てどっから出てきたの?

ヨッピーの元発言のどこを読みとりゃそうなるの?

もしくは俺の文章のどっかにそう読み取れる箇所があったと言いたいの?

  

ヨッピー@yoppymodel

子育てしてて「社会が敵」だなんて思ったこと無いけどな…。むしろ社会に歓迎されとる!」みたいな実感ある。「行政って意外とあれこれ面倒見てくれるんだな」とか「子ども連れてるとオバチャンがやたら手を振ってくるな」とか「保育園は神」とか色々あるけど、基本的社会子連れに優しい。

じゃあもう一回全文貼ってやるから 具体的に指摘 してみろよ。

「ここの〇行目で子育てが楽だという主張をしている!」って。

まあもう絶対だんまりで逃げるんだけどな、こういう奴。

  

俺はヨッピーポストを丸々貼って、

その上で「元増田たちはヨッピー発言内容に噛み合った批判反論をできてない」「別の話に摩り替えて攻撃しておりそれは汚い・非建設であるから心ならずもヨッピー擁護する」って話をしたのに。

   

ここでさら発言内容と違うことについて”反論”してくるやつなんなの?

これが人気1位なのも凄惨すぎる。お前等は猿かなんかなのか?

相手の言ってる内容に真っすぐ反論するのってお前らのおつむにはそんなに難しいか

   

  

バカの原因

というかさあ

そうやって相手の言い分を別の内容にすりかえてからしか反論できない時は

その反論したい気持ちには理がない んだよ。

  

だってそういうのはちょくちょくあるよ。

直感的に反論したい気持ちが生まれたけど

論理的検討して「あれ反論できねえな」ってなったらそれは

自分の中の何かがおかしいのかも」と検討対象を切り替えるんだよ。

 

お前等の知性にはそうした自省や軌道修正機能はついてないのか?

だとしたらそのせいでバカが直らないし何年生きても一ミリも知性が向上しないんじゃないの?

 

自分気持ちが芽生えたら詭弁でも強弁でもとにかく言い返すんだもん!」

とかやってるからいつまで経っても頭の悪いとこにパッチが当たっていかないんじゃないの?

 

気持ちだけじゃなくて論理を持てないのか?

観察・批判対象自分も含めることが出来ないのか?

 

一生そんな動物レベルで生きる人生は俺ならゾッとするけど

そっちの方が楽で賢いと確信してる奴が相当数いるのかもしれない。

人間社会根本的無明ってこれだよな。

そりゃあ笛吹きが儲かるわ。

  

こいつらが参政党支持者とかを見下してるのがほんと大笑いなんだよな。

完全に同レベルでーす。誤差以上の差異有りませーん。

自覚持ってくれバーカ。

  

  

その他の追記 

よく見る反論する時の枕詞的に存在する

「◯◯は嫌いだけど」って一言、いる?

2025/11/04

要るねえ。 

そーいや昔ヨッピーその人がお前と同じこと言ってたな~~

https://ketudan.hatenablog.com/entry/2017/12/20/123724

2025-10-29

AIバブル1999年の再演か、それとも2005年の前夜か

はじめに

最近株価高騰を見て、「これってAIバブルでは?」と思う人が増えている。

特にNVIDIAAIスタートアップの急成長、そして「AIを使えば何でも自動化できる」という空気

これらは1999年頃のドットコムバブルを思い出させる。

ただし、単純な再演ではない。

AIバブル構造似て非なるもので、「より上流の層(インフラ)」に資金が集中している。

以下では、まず現在AIバブルの仕組みを整理し、そこからドットコム時代との比較を行う。

現在AIバブル構造

AI関連企業は、今まさに''キャッシュを燃やして''先行者利益を狙っている。

GPUや電力に莫大な投資を行い、巨大モデルを作って市場を押さえようとしている。

しかし、ここにいくつかの構造的な疑問がある。

先行者利益存在するのか?

AI分野では「先にモデルを作った者が勝つ」という物語が語られている。

だが、モデルのものは容易に模倣される。

蒸留模倣学習によって、他社のモデル挙動再現することができる。

結局のところ、''差が出るのはデータ独自性継続的更新力''だけだ。

まり先行者利益は短命であり、参入障壁はそれほど高くない。

コストに見合う利益が得られるのか?

生成AI運用には莫大なGPUコストと電力費がかかる。

一方で、API価格は下がり続けており、マージンは薄い。

「利用量は多いが利益は少ない」という、ドットコム時代の“アクセス至上主義”とよく似ている。

今のAIは“トークン至上主義”になりつつある。

''使わせること自体目的化''し、収益モデルが後回しになっている。

エッジAI解決策になるのか?

一部の処理をスマホや端末上で行う「エッジAI」に期待が寄せられている。

かに通信コストレイテンシは減るが、学習や大規模生成は依然としてクラウド依存だ。

結局は''ハイブリッド化''が進むだけで、抜本的なコスト解決にはならない。

ドットコムバブルとの共通点

観点1999年ドットコム2025年AI
キャッチコピーインターネット世界を変える」AIがすべてを変える」
成長ストーリー全ての商取引オンライン化する全ての業務AI化する
投資マネーIPOラッシュ、.com銘柄に集中GPUAIスタートアップに集中
優位性の誤解ドメイン取れば勝てるモデル作れば勝てる
評価指標アクセストークン

どちらも「未来利益現在価値に織り込みすぎた」点で共通している。

技術進歩は本物だが、''経済モデルが未成熟''という構造が同じなのだ

ドットコム時代との違い

ただし、違いもある。

1999年バブルは「利用者がいないのにサービスを作っていた」時代だったが、

2025年AIは''実際に利用者存在する''点が大きい。

AI生成物はすでに現実生産性に影響を与えており、

その意味では、今のバブルは「空想」ではなく「過熱した期待」である

問題は、''どこまでが現実的な成長なのか''を見極めるフェーズに入っていることだ。

1999年バブル崩壊してWeb 2.0が生まれたように、

今回のAIバブル崩壊の後に「定着期」が来る。

それが''2005年の前夜''なのか、''2001年崩壊直前''なのかは、

GPUの消費電力と、エッジの進化スピード次第だろう。

おわりに

AIバブルは「幻」ではないが、「永遠」でもない。

技術の核は残り、''過剰な期待だけが剥落する''。

それは悪いことではない。

ドットコム時代の残骸からGoogleAmazonが生まれたように、

AIバブルの灰の中から次のインフラ企業が現れるだろう。

今がその「前夜」であるなら、静かに観察しておきたい。

燃える現場に飛び込むよりも、煙の流れを見極める方が賢明だ。

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このまま匿名ダイアリーコピペすれば、

改行や見出しも崩れず正しい形式投稿できます

希望があれば、「もう少し皮肉っぽく」「もっと冷静に分析風」などのトーン調整もできます

どんな雰囲気に寄せたいですか?

2025-10-27

anond:20251027001721

司馬遼太郎風 改稿

人間というものは、しばしば自分青春を他ならぬ自分の手で投げ捨てる。

それは他人に奪われるものではない。むしろ他人のせいにできぬ種類の「敗北」である

この国では、そうした人間が珍しくない。いや、むしろ今の時代ネットという便利な井戸端ができてからというもの、その種の「自己廃棄型人間」は、どこにでも見られるようになった。

たまたま彼が自衛隊という特殊組織いたことで、周囲の人々は多少の情状酌量を与えるのかもしれぬ。

だが、職業が何であろうと、十代二十代を「捨てた」と言葉にする時点で、その人の人生観はすでに破綻している。

人は、自分過去呪い始めたとき、もうそ呪いから逃れることはできない。

世間言葉は、たいてい残酷である

「お疲れさまでした」といった称賛の言葉は、慰めであると同時に、無関心の別名でもある。

人は他人挫折を見て、自分の安定を確かめる。

から善意言葉の裏には、かすかな優越感が必ず潜む。

三十を過ぎた男が、未だに己の人生に「物語」を求めて悩む姿は、滑稽といえば滑稽である

だが、それもまた、この国の時代病の一つだ。

現代という時代は、人を子供のまま生かす。

精神の成長よりも、感情の正直さばかりを美徳とし、成熟を「鈍さ」と呼ぶ。

したがって、彼のような男は、社会という大人世界に出た瞬間、言葉の通じぬ異邦人となる。

自衛隊という社会は、ある種の聖域である

そこでは規律があり、秩序があり、何よりも“所属”がある。

しかし、それを離れたとき、人は初めて己の素肌を晒すことになる。

それは、冬の荒野に放り出されたような心地だろう。

そして多くの者は、そこで初めて「自由とは孤独である」と悟るのだ。

友を断つことは、己を断つことに等しい。

プライドは人を立たせもすれば、殺しもする。

古来より、この国の武士たちもまた、その誇りゆえに散っていった。

だが、戦場の死はまだ潔い。

現代人の孤独死は、もっと陰惨である

それは「戦わぬまま死ぬ」死である

いまの時代ネットの中には多くの“慰め屋”がいる。

彼らは言葉の上では優しく、現実では誰も助けぬ。

人の転落を肴に、同じ絶望の中でぬるま湯を分かち合う。

そうした場所に長く身を置けば、人間の魂は必ず鈍る。

自衛隊の中で鍛えられたはずの筋肉も、精神も、やがて脂肪のように弛んでいく。

彼は、今ようやく「市民」として生きねばならぬ段階に立っている。

それは決して容易なことではない。

だが、たとえどんな境遇にあっても、人間関係だけは切ってはならぬ。

人の生は、けっして理想や信念では支えられない。

支えてくれるのは、結局のところ「誰か」の存在である

この国の男たちは、しばしば“孤高”を美徳勘違いする。

だが、孤高と孤独似て非なるものだ。

孤高は人を導き、孤独は人を蝕む。

前者には誇りがあり、後者には怠惰がある。

あなたが歩むべきは、前者の道だ。

世間は冷たい。

だが、冷たさの中にも温もりがある。

その温もりを見失わぬ者だけが、長い人生の冬を越えていける。

2025-09-14

箸を洗うクセが教えてくれるもの


食洗機のない我が家では、夕食後の食器洗い夫婦の共同作業だ。私がスポンジを握り、妻がキッチンペーパーで拭く。無言の協奏曲のようなこの作業のなかで、いつもと違う時間流れる

箸を手に洗っているとき、ふと気づいた。私は決まって一組の箸をまとめ、いっぺんに洗っているのだ。丁寧すぎると妻に笑われるほど、皿の隅々まで磨き上げる私が、箸だけはなぜかペアとして扱う。その奇妙なルーティンは、まるでDNAに刻まれ儀式のようだ。

思い返せば、箸を使うときも二本を揃えることに無自覚快感を覚えていた。並んだ箸が作る対称と余白のバランスは、日々の食卓に無言の安定感をもたらす。しかし、箸はそれぞれ確実に違う役割果たしている。動かす箸、支える箸。機能似て非なるものなのに、洗う瞬間だけは機械的に同じ扱いをしてしまう。

「箸は一体、何者なんだろう」と自問した。ナイフフォークなら一本ずつ細部を確認しながら洗い、スプーンも柄から先端まで丁寧にゴシゴシやる。なのに箸だけは二本まとめて、手早く流してしまう。この小さなズレは、私の思考盲点を示しているように思えた。

箸を丁寧に一本ずつ洗う実験を始めてみる。やはり丁寧に一本ずつ洗うと満足いく完璧な仕上がりが得られた。しかし、そのぶん時間はかかる。効率か、質か。家庭のリズムは、わずかなズレでも崩れてしまう。だが、気づきを放っておくわけにはいかない。

箸をまとめて洗うクセは、安心できるお約束事なのかもしれない。慣れた動作、変わらない所作が、心のどこかで安堵をもたらしているのだろう。だが、そこに隠れた盲点を分解し、新たな視点を得ることで日常は豊かになる。

暮らし儀式をもう一度見直す――箸一本一本に意識を向けることで、雑に流されていた細部が輝きだす。朝のコーヒーカップ、夜のリモコン玄関の靴べら。どれも、まとめ洗いから解き放たれた瞬間に、違う表情を見せてくれるだろう。

まとめることに安堵し、分解することで発見する。箸一本から始まる、家事という名の小さな旅。今夜もまた、スポンジを手に取りながら、私はその旅路の続きを探す。

その隣には私がグズグズと箸を洗い続けるのを少しイライラしながら、でも寛大な心で見守ってくれる妻がいることはとても幸せなことだ。

2025-08-18

anond:20250817111659

見ず知らずのネット上の人間がこういうの書くの良くないんだけど、たぶん増田は何も知らないし既成概念で凝り固まってそうなので割とハッキリめに書きますね。

他のトラバでも複数指摘がある通り、娘さんは発達障害の疑いが強いです。

おそらく不注意優勢型ADHD孤立ASDの併発です。

以下、典型的障害特性と感じる点を書いていきますね。

私は医者ではないし、生身の人間を見ないとわからないので、お医者さんに持っていく前の検討材料として読んでください。

・何もしない=過集中(頭の中が常に考え事でいっぱい)

忘れ物が多い=注意欠陥

生理イレギュラータスク処理が苦手

・机の周りが汚い=片付けが苦手

・移動教室が苦手=外的刺激による思考の切り替えが苦手(何もしない原因にも通ずる)

・日に当たるのが大嫌い=感覚過敏

創作活動にのめり込む=過集中

・人前で堂々としている、孤立しても平気、人目が気にならない、悪口を言わない=周囲への関心が希薄

○これからどうする?

医師正式な診断を受けないと何も始まらないので、精神科を予約して初診を受けてください。

おそらく知能検査を受けることになるし、その検査結果のIQの高さに驚くことになります。それはそれとして発達障害の診断が下りたことに安堵もするし、総合的にどう受け止めたらいいのか、この検査結果が良いのか悪いのかわからなくて困惑すると思います。私もそうだった。

増田も娘さんを評している通り、「ずば抜けた得意も、ずば抜けた不得意も、どっちもある」のが高IQ特有発達障害なので、一般的障害当事者とは似て非なる傾向が多く、一般論は参考になったりならなかったりって感じですけど、やることは同じです。

時間をかけてゆっくり障害受容していく。それだけです。

あと娘さんは障害特性強めなので、薬の効きがよさそうです。

薬物療法行動療法で、今の困りごとの大半は解決するんじゃないかな?

療法に慣れるまで時間かかるし、慣れるまでの間は特に二次障害に気をつけないといけないけど、それでも今よりはマシになるはず。

○進学・自立について

地域トップ校なら、卒業後は大学に行く前提だと思います

「診断を受けてしまったら受験に影響するのでは?」と心配されると思いますが、おそらく影響しないです。

願書に発達障害のことを書く欄はないです。たぶんね。昔はなかった。

それと、教育学部心理学部のある大学なら、たいてい発達心理相談センター設立されていて、在籍する学生も、そうでない一般人も、心理士の相談を受けることができます

というか、娘さんの場合は、高校卒業まで障害対策を整えておかないと、大学入学後は高確率単位を落とすので、心理センターがあるかどうかで大学を選ぶのも悪くないと思います偏差値高いとこでいうなら例えば京大にもあります

志望校心理センターがなくても、近隣の大学にあれば、そこを利用させてもらうという手もあります

発達障害者にとっては受験よりも大学生活のほうがよっぽど難関なので、傾向と対策は入念に、そして楽しく勉学に励んでください。

2025-08-16

anond:20250816150445

田舎にも美があるよ派

自然の美しさや、人々の生活の営みにある独特の美しさ。これは確かに存在する。

でもそれは「対象としての美」であって「美術」ではない。

自然の美の「美」と、美術の「美」は似て非なるもの。だから反証にはならない。

美術」がなくても、自然などから「美」の栄養素を補給できるからいいんだよ

ということじゃろ。

それに対して

いーや、美術からしか得られない栄養素があるよ!

という反論もありそうだけど、だったら自然などからしか得られない栄養素もありそうじゃね?

しろ美術の美から得られる栄養素は、自然の美などに対する上位互換で完全栄養食品だ!みたいなことってある?(ないよね)

美術からしかビタミンAは得られないし、自然からしかビタミンBは得られない。それはわかった。でもだったら、「田舎ではビタミンA要素が得られない」と主張しても、それ自体に間違いはないし、田舎自然があってもそれは覆らないよね?

うん、それはそう。でも、

田舎じゃビタミンAは得られないけど、都会じゃビタミンBは得られないんだから、どちらも一長一短だよねぇ」という素朴なつぶやきが許されないとか、成り立たないとか、バカげているとか、そんなこともないよなぁ。

とまあ、これは極論なんだけど、まあ、そういうことよ。

田舎には美術がない」の論点整理

〇前提:美術と美の違い

まず「美」と「美術」を分けて考えないと話がごちゃつく。

美は世界のあちこちにあって、何に美しさを感じるかは人それぞれ。

一方で美術は、ある美しさを取り出して他人に伝えるための「技術」であり、社会的な営み。

この区別をつけないと「自然が美しい=美術がある」みたいなズレた議論になる。

〇前提2:そもそも田舎とは言ってない

元のツイートでは「地方都市」と書かれていた。

ただネット上ではつの間にか「田舎」という言葉に変換されて語られている。

地方都市田舎はだいぶ意味が違うのだけど、もう「田舎」という言葉で広まってるので、ここでも田舎統一しておく。

田舎にも美があるよ派

自然の美しさや、人々の生活の営みにある独特の美しさ。これは確かに存在する。

でもそれは「対象としての美」であって「美術」ではない。

自然の美の「美」と、美術の「美」は似て非なるもの。だから反証にはならない。

田舎にも美術はあるよ派

地方美術館、伝統美術地元活動するアーティストなど、田舎にも美術はある。

「まったく無い」という言い方に対しては十分な反論

それに地域文化評価するのは近代芸術の「反アカデミズム」の流れとも整合する。

ただし、都市部との格差は依然として大きい。「あるけど量も質もアクセスも少ない」というのが実際。

■こいつの美術美術業界しかないよ派

要は「業界人の文脈に閉じているじゃん」という指摘。

ただ、そもそも美術は「人がどう解釈しどう描くか」だから業界文脈がなければ成立しにくい。

現代ではありとあらゆる活動に金が絡む以上、業界抜きで語れる分野は少ないだろう。

それに非営利的な活動者ほど、人や金が集まる都市でないと持続できないのも現実で、

そういう意味でも反対意見としてはちょっと弱い。

イオンモール何が悪い

イオンモールは便利だし合理的地方生活インフラとして大きな役割がある。

ただ、美術という観点から見れば徹底した商業主義の場であり、そこにはせいぜい商業芸術の一端があるにすぎない。

それらを俯瞰してみる学術視点や先端芸術とは別の次元

まあ本や映画を届ける流通拠点としての意義は大きいとは思うので、その点を過小評価しすぎというのはある。

CCC傘下のくせに偉そうだよ派

「結局CCCイオン美術への態度に差があるのか?」という疑問はわかる。

雑誌だって商業出版の一部で、イオン本屋普通に買える「田舎にもある美術」だ。

ただ田舎美術テーマとは少しズレていて、ほとんど感情論に近い。

地方出身者にありがちな嘆きだよ派

馬鹿にしているニュアンスの人もいれば、同情しているニュアンスの人もいる。

実際のところ、都市地方情報格差はとんでもなく大きい。

実家帰省したとき「やっぱり何もない」と強い言葉漏れるのは、地方出身あるあるだろう。

ここは言葉の選び方と受け取り方の問題であって、論じても決着はつかない。

そもそも美術がなくて何が悪い

別に美術がなくても困らない」という立場

生活必要なのは美術じゃなくてインフラ仕事だし、自然に美を見いだせれば十分という人もいる。

ただそれを『美術手帖』の編集長に言っても仕方がない。

しかも「美術がなくて悪い」とは言っていないので、反論になっていない。

■まとめ

田舎には美術がない」という議論は、

自然の美と美術混同してる議論

・量や質の差を無視した議論

都市部住民への感情的反発

商業と非商業対立

など、いろんな文脈が入り乱れている。

結局のところ、田舎にある美術ゼロではない格差歴然なわけで、

その格差をどう感じるか、どう受け止めるかで態度が分かれているだけ、という話だろう。

それにしても「業界」の内部の人しか見てないだろう発端のツイートがここまで燃えたのは、

地方都市イオンという馴染み深いワードが入っていたことや地方VS東京定番ネタだったことに加え、

ちょうどお盆でみんな地方帰省して、かつ暇してる時期だったからというのはあるはずだ。

広陵高校話題がひと段落した今、このネタでまとめを連発しているTogetterはいい稼ぎになっただろうな。

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