はてなキーワード: ソバとは
去年のことなのだが、一国一城の主になることができた。
昼と夜に営業する飲食店を開いた。若い頃から、ずっと関東地方にあるレストランで修行してて、いつかは自分の店持ちたいなー、と思ってた。先輩方は30代後半までにお店を起こす人が多かった。出遅れた感はあるけど、やっと達成できたのが心地よかった。
悩みというのは、「おしぼり業者をどうすればよかったのか?」ということだ。本業に比べれば、なんとも小さいことなんだが、地域でやっていくにあたり最適な業者を選びたかった思いがある。
以下長いけど、経過をまとめてみた。
(以下経過。長いです)
東京で修行して、故郷である京都市内でお店を開くっていうのが若い頃からの理想だった。
最初は故郷である山科の郊外でお店を開こうと思ってたが、(いろいろ問題がわかって)試行錯誤した結果、祇園にいいところが空いていた。
で、まさに開業をしようという時だった。残りひと月を切ったあたりかな?
お店の開店準備をしてると、何かの営業の人がふたり来ていた。「こんにちは。ちょっと、いいですか?」ってプランクな感じだった。見た目は京都スタイルの和風私服だったけど、まあビジネスにもありかなって装いだった。
それまで営業は全部断っていた。自分で調達先を決めていたから。でも、『おしぼり』の会社だったんだ。京都でずっとやってるという。
おしぼりは、当時の自分が失念していた調達先のひとつだった。その時に「うわ、まずい忘れてた」と思ってひとまず話を聞いた。
という感じで名刺を渡されて、いろいろ話を聞いて、その場では返事をしなかったけど、こんな感じの内容だった。
・祇園の半分の店はうちを使っている
すごいニコニコしていた。嫌な感じはしなかった。
「少し、考えさせていただけます?」でその場は乗り切った。
一応は、東京都内の飲食店に勤めていた過去がある。一部マネージャーの仕事もやってたから、なんとなく嫌な予感がした。最悪、反社の可能性がある。はてな民・増田民の皆様も、ああいう営業で人当たりが良すぎるのは気を付けた方がいい。
『地面師たち』のドラマ見たことある人はわかると思うけど、反社の人って演技力が抜群である。いい人の演技が熟達してるヤツが結構いる。
正直迷った。ちゃんとした業者の可能性も十分あるので。どうしようか迷った結果、飲食店の組合に聞いてみることにした。
京都は飲食店組合が強いと聞いていた。コミュニティが熟成しているのは間違いない。祇園なんて、全体で見ても狭い街である。最短で10分もあれば横断できる。新宿や六本木も狭いけど、一般市街地まで含めたら広い。
ただ、この京都のコミュニティの中で、(反社含めて)いろんな業者がどれほどの力を持っているのか、自分には全然想像もつかなかった。
祇園の飲食店組合(※正式名称は出しません。一応……)に思い切って聞いてみた。長年の経験によるアドバイスがほしかった。
業者が来た経過を説明したのだけど……正直スゲー他人事みたいな表情だった。その初老の役員さんは。
「聞きにくいんですが、いわゆる、そういう方々なのでしょうか?」
「さあ、どうやろなぁ~祇園も色々あるやんなぁ~答えられん。おしぼりをどこから取るかは、結局、お店が決めることやし。組合がどうこう言う話でもない」
そっけなかった。「お店が決めること」っていうのは、自己責任ということだ。
組合は相談に乗ってくれなかった。絶対あんた情報知ってるやろ。反社かそうでないかくらい教えてくれよ。
「うちの店の近所である」と断言できるお店が3つだけあった。同じ通りにある。
ただ、そこも教えてはくれなかった。口が重いというか、うちが新参だから気にされてる感はあった。
返答はこんな感じだった。
・うちは昔から付き合いのあるところに頼んでる。会社は教えられない
・おしぼりなんて、適当に決めたら?(紙おしぼりでもええですよ)
・あなたもお店も、まずはええお客を作らんと。細かいところは後でいい
・どこも似たようなもん。京都府内だったら適当に会社を選んでもハズレはない
・話聞く限り、あなたのお店は高いんでしょう?おしぼりくらい自分で選びや~
なんか、どのお店もよそよそしい感じだった。それはわかるんだよ。近所とはいえライバルなのだから。
私が京都に帰ってきたのはつい先日である。料理の専門学校を卒業して都会に出たのだが、その暮らしの中で京都弁はすっかり抜けて標準語になってた。年に一度は山科に里帰りしていたのだが(京都の人は地元感を気にする)。
あの人たちは核心に触れるのを避けているように感じられた。面倒事に関わりたくないというか。
例えば、鴨川を挟んで真向かいにある木屋町だったら、今でも反社に守ってもらってるお店はある。高瀬川の上流にあるエリアである。第一観光ビルとかグリーンビルとか、昔小学校が建っていて今ホテルになってるとことか、あの周辺が特にそうだ。※たまに足がついて京都府警のお縄になっている
下流のエリアだと、ハイソがお店が並んでいる。同じ木屋町でも、お金持ち向けのエリアである。高瀬川の反対側にも飲食街があるが、そのあたりは残念ながら確信がない。
あきらめたくなかった。当時、一生懸命にどの業者がいいか?を調べていった。
おしぼりや什器といったお客さんが絶対に使うモノは、どこぞの知らない業者から手に入れたくなかった。こだわりがあった。反社など論外。東京で痛い目にあったことがあるからわかるのだ(秋葉原~台東区にかけての飲食街。アキバ冥途戦争はあながち間違ってない)。
ところで、故郷である山科で開業しなかったのは、開店時に「そういう人達」がやってくる可能性が極めて高かったから。木屋町も同様だった。その点、祇園は飲食店組合がしっかりしているからか、明らかにそういう連中が「うちが守ってあげますよ(^^)」みたいに来ることはなかった。
というわけで、食材やメニューや仕入れルートを決め切った後で、細かいことでも一生懸命に調べまくったよ。まな板とか包丁とか、食器とか、キッチンの導線とか、メインでもメイン以外でも、こだわりたかった。何事も最初が肝心だと思ってる。
今になっての感想だが、調べておいてよかったという確信はある。小さいことにも専心するのが事業の基本である。おしぼり業者は、結局インターネットで見つけた大手の無難そうなところにした。
ただ……今になって後悔がある。あの例のふたりで営業にきたおしぼり業者なのだが、彼らは反社ではなかった。正直、まっとうというか、京都市内でも伝統があると断言して差し支えないところだった。
彼らは、「祇園の半分の店はうちを使っている」旨の発言をしてたけど、それはマジかもしれなかった。実際、うちの近所の3店は、その業者からおしぼりをリースしてもらってた。
だったら、なんで教えてくれなかったんだよ!! 最近になって、そのおしぼり業者がもう一度きて、「しょうがないか……」という感じで、ほかの店とリース契約している証拠を見せてもらった。うちが京都と地縁が薄い新参店ということで、特別な配慮をしてもらったのだ。
後悔している感はある。実際、今からでも間に合うなら、その会社とおしぼりの契約をしたいと考えてる。ここだけは、明らかに選択を誤った。
けど、今の会社もまっとうな大手企業だし、契約期間1年未満で切るのもちょっとな~という思いがある。
おしぼりって意外と大事なんだよ。今の時期だったら、温かいおしぼりと、冷たいおしぼりが選べる店があるかと思うんだが、どっちにも適応できる神おしぼりを提供できるリース業者だってある。
あと、食事中もお手拭きや、洋食のナフキン代わりにおしぼりを使うお客さんもいるので、できればいいやつをお店に置きたいのである。
飲食店を開いたのは、「自分の料理で人を幸せにしたい」という確固たる思いがあるからだ。その思いは、開店前も今も変わらない。
だからこそ、全部こだわりたい思いがある。自分でうだうだ悩んでいてもしょうがないので、こちらに相談してみようと思った。その道に詳しい人が増田にはたくさんいるはずだ。
商売とかやってる人でも、会社員の人でも、経済社会に今は参加してない人でも、アドバイスをいただけるとありがたいです。クソバイスになってても読ませてもらいます。
Age of Empires 3がリメイクされた時にそこらへんポリコレチェックが入って用語直されちゃったんだよな(その他、ネイティブアメリカン絡みのポリコレ修正が多数)
もともと「日本人の主食は桜」みたいなクソバカバカしい設定の対戦ゲームなのに、そういう目立つとこは放置して細かいとこだけ言葉狩りしてどうすんだか
何言ってるのか分かるかわからないくらいの距離でバンバン音を立てて金切り声で叫ぶ
独り言の体なのだが明らかに気に入らない対象に向けてまくしたてる。
キッカケはなんか言動が気に食わなかったや皿を洗わなかったなど、対面で一言言えばいいだけの些細なことである。
しかし下手に構っても当人の機嫌を損ない対面で気が済むまで嫌味を垂れるだけとわかってるからもう誰も触れない。
というか俺が気に食わないだけなのだ。婆さんが生きてた頃は対象が二分されていたが、婆さんが死んでストレスの発生源が俺だけになった。
俺は俺でニートだった頃は母親の機嫌をとろうという努力をしていたが、バイトとは言え働き出してワガママクソババアの機嫌を取る気力が無くなりつつある。俺自体を嫌っているから俺が何やっても無駄なのだ。
「正解」のハードルを上げ続ければ一生不満を生み出せつづける。
俺にしても家から出る金もなければクレヒス真っ黒で賃貸借りるための審査に通る自信もない。
そうなると家庭の平穏のためにいかに顔を合わせず口を利かず、ヒスったとき構っても機嫌を損なうだけとわかってるから触れず、いかにダルマのごとく心を殺して生きるかを家庭内で実践するだけの生活である
・自分のことを正しく、常に被害者で、心清く無謬で絶対的善の存在であると捉えているから
・なので何が起きても(自分が加害者側でも)悪いのは男、自分に落ち度は何一つないと結論付ける
これは頭悪くないとできない所業なんよね
メタ認知能力があったら自分に対して疑問を抱くから、こういった思考は「できない」
そんな自分に都合の良すぎる解釈をしようとしても矛盾が多すぎるから、普通は自分の頭脳が結論を却下してしまう
人間が猿の真似して生きていこうとしても恥ずかしくなってできない
狂わないとできない
人間なのに猿として生きけてしまうのは、客観視して自分が猿であることを認知できないという才能が必要になる
まあフェミをクソバカにしてはいるけど、おっさんにもこういうのはいっくらでもいるし、むしろオッサンも同等にヤバい
だが「オッサン(の中の何割か)は基本的にヤバいから関わってはいけない」というのは大昔から常識になってるから今更自分が言う事でもないってだけ
一つの組織が完全な破滅へと突き進んでいく様子をこんなに間近で見られるなんて……。
担当者間ミーティングという事後報告会は「あっ、これもう来年から仕事回らないな」と確信に至るに十分なだけの断絶を感じさせてくれた。
そして、新システムを前提とした仕事の回し方が換装に間に合うことは恐らくない。
各部署のトップに対して「全くやり方が変わりました!新しいやり方は根本的に考え方が変わります!」と説得することはまず失敗に終わるだろう。
よしんばルールを突貫で作りなおしたとして、現場が今までのペースで仕事を進めることがまず無理だろう。
「システム換装で効率化する」という話はただの妄想でしかないことは事後報告会で判明しているのである。
一時的な歪みの発生は効率化と相殺させることで受け止める予定だったが、効率化がそもそも流れた以上、現場が連鎖的に死ぬ以外の結末に辿り着くことは不可能だろう。
サンクコストを全て投げ捨て、スモールスタートの原則さえ知らなかった馬鹿なトップが責任を取ってくれれば解決するが、まずそれは無理だろう。
官公庁として仕事をする以上……それなりの額の金を業者に渡して動き出した以上、今更になって「全部無駄だったから止めるぞ!」と決断することによる重責は半端ではない。
会計監査院からは矢のように追求が叩き込まれるだろうし、怒り狂った身内がそこら中の左翼にでも紙飛行機を飛ばしまくってマスコミが押し寄せる可能性もある。
スモールスタートを切ってさえいれば……そうしていれば「検討したけど、厳しいことが分かった。この教訓を活かして、次こそいい感じのシステムへの換装を目指します」で切り通せたのに。
まともなテストさえせずにいっせーのせで全てを丸ごと換装しようとした当時のトップはマジでセンスがない。
時代が時代なら国損を与えた無能一族として5親等までが処刑台、10親等までが投獄、20親等までがお家取り潰しの後穢多非人へと貶されていたことだろう。
本当にクソすぎるぞ……官公庁……マジでバカばっかで面白すぎるwwwwwwww
勘違いしないで欲しいが、俺はこのクソバカ税金泥棒だらけの官公庁がちゃんと大嫌いだ。
でもな、目の前で何度と無くゴミのようなトラブルが起きる様はそこまで嫌いじゃないんだ。
だって滑稽だろ?
まるで生の映画を見ているようだよ。
もう10年くらい前になるが、とある漫画家のアシスタントをやっていた。
当時はまだリモートではなく、先生の仕事場にアシ数人が通っていた。
その数人のアシ仲間のひとりにスーパークソバイザーがいたのだった。
彼女はリアルで接しているぶんには普通で、仕事場では当たり障りのないオタク話を交わしていた。
さほど親しくはなかったが、当時のアシ仲間と先生とは皆SNSで繋がっていた。
そして彼女はネット上で華麗にスーパークソバイザーに変身するのである。
彼女のクソバイスには特徴があって、こっちが言ってもいないことを勝手に推測して二、三歩先回りしたアドバイスをし、そしてその方向が明後日に逸れているのだった。
たとえば私が「雨だけどこれから出かけなきゃ」と書き込むと「革は濡れると染みになるので革のカバンは持たないようにしてくださいね」とかリプしてくる。
こっちは革のカバンで出かけるとは一言も言ってない。しかし波風たてることでもないし「はーい。そうしまーす」と返信する。
どうってことないと言えばそうだが、これが頻発されるとじわじわと堪えてくるのである。
彼女はそんな実のないアドバイスを先生やアシ仲間にもしていたが、さらに恐ろしいのが漫画家、作家、声優などの著名人にも同様のクソバイスを繰り出していたのである。
ある著名人が「最近は折り畳み自転車で移動しています」と書き込めば「電車に乗るときは袋に入れてくださいね」などとリプを送る。
前述したがその人は「袋に入れてない」などとは一言も言っていない。
しかし著名人ともなればリプも膨大だしクソリプも日常茶飯事だろうし、彼女のクソバイスはほぼスルーされていた。
彼女の助言にもなっていない助言は端から見るぶんにはシュールな味わいを生んでいて、アシ仲間のひとりは彼女のクソバイスウォッチャーと化していた。
そんなアシ仲間がある日「ちょっとこれ!」とリンクを送ってきた。
飛んでみると、ある声優が彼女のクソバイスに「いいかげんにしてください。なんでそんなことばかり言ってくるんですか」とキレていたのだった。
これには血の気が引いた。自分が同じ立場だったら垢消して布団のなかで泣いて震える事態だった。
しかし数分後、声優はその発言を消し、彼女に「すいません。言い過ぎました」とリプをしてきた。
それに対して彼女は「わかってくれてよかったです」と言い放ち、その胆力の強さに震撼した…。
数年後、アシ先の先生がデジタルに移行をしたのを機に、彼女とは疎遠になり、SNSのフォローも切った。
この時期になると「就職は終わり」「ロボットのように属するしかない」「人生終了。あとは苦しめ」みたいな投稿が各SNSに増え始める。
ぶっちゃけ人と会社によるから、そんなに「そこの扉を開けたら溶岩があふれ出して死ぬ」ってくらい新社会人を怖がらせる必要あるか?と思う。
だからせめて幸せなやつもいるよって、ひとりでも「そんなに社会人を怖がらなくてもいいのかな」思ってくれればいいかなとはてな書いた。
確かにブラック企業に入ったら終わりだけど、そこは最近増えている転職サイトが豊富になっているから存分に使えばいいと思う。
私は大学時代の方が激務だったから、社会人で定時to定時の土日祝休みなのが最高だと思っている。
大学時代は休みは課題に追われ、資格の授業や実験もあって朝ラッシュ~終電・終バス上等。
バイトなんて月に数回できればいい方で、基本出来ない。しかも大学は当然無給。出費の方が多い。
実家から通えば家賃が浮くので、片道2時間を毎日繰り返し、大雪でも欠席を許さないクソバカ教授の授業があれば親にすまん!と言って車を出してもらうこともあった。
好きでこの大学に入ったから大変なのは別にいいんだよ。楽しい。この大学に入れて良かったと思う。でもやっぱり疲れる。
こんな体に鞭打って成果を提出しても「もっとできるよね?(もう一度やれ)」とかホザく近所住み教授にムカついて「できらぁ!」と叫ぶ夜中の方が辛かった。
土日祝休み、年末年始もちゃんと休み、夏季休暇も1週間取れる。しかも!なんと!お金がもらえる!
お金がもらえる!?!?!?!??!?!
え!土日は自由にしていいのか!?
え!有給をとってもいいんですか!?
え!部長やみんな優しすぎじゃん!?
え!休憩時間に休憩していいんですか!?
え!定時ぴったに帰っていいんですか!?
え!もう一回となって、定時を超えてしまった場合、残業代がはいるんですか!?
え!休日出勤になったら代休またはお賃金がもらえるんですか!?
大学の無給無休でこき使われていたアレなんだったんだ!?
って人もいるからさ。社会人はみんながみんな地獄を見ているわけじゃないって思ってほしいわ。
何かに属して、何かをやり遂げるのって、娯楽よりは楽しくないけど、「あー!今日も頑張った!」って思いながら風を浴びるのもいいもんだなって。
検査結果や過程に納得行っておらずインフォームド・コンセントもとれてない状況での「飲めばわかるさ」「自己判断でやめてもいいんだ」「どうせマニュアルがあるはず」といったクソバイスはつまり何も考えずに身を委ねろという意味で盲信と同じ。
で?
まあ本当にわかんないんだろうな。
つまり教えてもやはりわかんないってことだけど。
「ボキは処方を盲信しろなんて言葉使ってないんだい」を最後の希望とたのんで連呼してるから潰してやらないとな。
【反駁し得ない相手の主張を】【大袈裟に脚色したうえで】【反駁できたことにする】
で、検査過程に納得いってなくてもとにかくなんかのめばその薬の効果がわかるしAIに聞けばうんちゃらの知ったかクソバイスには俺は最初から思いっきり反論してんのよ。
そしてそのことを「処方を盲信」ってパラフレーズしてるだけ。
詭弁としての構造は理解してなくて「前に言ったことに後で言及する」のがダメってことなんだろうなと、わからないなりにわかった気になってるだけなんだよお前は。で「お前もやってるだろ!」と。やってないんだなこれが。言わずもがな「自分は盲信という言葉は使ってない」とか、あたりまえかつ完全に無意味。もとより俺の言葉なんだから。
わかった?わかんねえよなお前の頭では。
既出。
俺は元増田が発達障害の検査の結果のみならず検査にまつわる過程の諸々にまったく納得がいっていないという事実を受けての「とにかく薬を飲んでみればいい」という知ったかクソバイスを批判する意味で「その状態で処方を盲信するのは自分だったら嫌だ」と言っただけ。
俺は元増田が発達障害の検査の結果のみならず検査にまつわる過程の諸々にまったく納得がいっていないという事実を受けての「とにかく薬を飲んでみればいい」という知ったかクソバイスを批判する意味で「その状態で処方を盲信するのは自分だったら嫌だ」と言っただけ。
「充分な説明をしてもらってるのに医者と張り合いたくて無限のコストを要求うんちゃらかんちゃら」は全てアホが苦し紛れに付けた尾ひれにすぎない。
相手が本当に何を言ってるのか立ち止まって吟味することなく初見の印象と勝手な思い込みだけで突っ走り、んなこと主張してねえよと否定されて無駄にあとに引けなくなるアホの定番ムーブ。