はてなキーワード: コンピュータとは
フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分のPC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。
なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのである。プログラムを組んで実行できる最初のマシンは、高校のときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくまで電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。
パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代に突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。
これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲームの感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?
小さい頃から、電気・電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗、コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックにトランジスタや抵抗などが入っており、ブロックをボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;
因みに、私がアマチュア無線の免許を取得したのは、小学生のときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。
当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオの製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。
まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路の動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。
そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオのプログラム電卓「FX-502P」である。
これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。
プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプションが必要だが(買った)、普通のラジカセなどを使ってカセットテープにプログラムを記録するのである。
あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである。
学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。
で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MA2である。
当時は、既に16ビットパソコンのPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?
それは、パソコンでゲームがしたかったからである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルでコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである。
とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。
何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのである。しかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在である「ソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである。
世間では、「クソゲー」との評価が一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界が存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのである。ストーリーは、最初は与えられず、発見したものだけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコンの時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである。
「ドラクエ」シリーズで有名なエニックスのアドベンチャーゲーム(AVG)。
不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。
今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家、松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的なダンジョンとはひと味違うのである。
ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。
1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームがハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。
今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。
かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである。
このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスターが女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである。
このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである。何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム、特に、グラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。
そんな中で、この「カオス・エンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。
また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンスな雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。
しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きがゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。
当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターもののゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラ系ゲームを続々と発売していた。
このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画「うる星やつら」をゲーム化したものである。
ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。
マルチエンディングや時間の概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。
フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。
フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後のどんでん返しが強烈でした。
そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…
これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである。
ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。
これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストップキーでゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。
そして、NECの8801,9801シリーズのパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタに印刷することができる。
なんか、「流行だから適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。
…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコンの時代へと、大幅に突入したのだった。
そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;
パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)
今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクトに収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。
それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。
これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。
でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。
あと、このマシンから、パソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから。
当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像をダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。
このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。
このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。
上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスクに書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっと寂しかったが。
なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。
「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点を排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。
「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。
これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しかも大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビアな時間の概念。所持金の存在も内容に深みを与えています。
さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲームが破綻しないものだ。
そして、何より高校生最後の夏休みという、絶妙のセッティング。
とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的なゲームでした。
後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。
そのうち、世の中はウィンドウズ時代に突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲームの世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。
上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやかな構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応のソフトもほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。
実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまり、Macへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(1) | 12:53
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
裁こうとはまったく思っていない。DeepSeekの分析はだいぶ批判的だけど、俺の癖が出てるのかな?本当はどうだったのかを知りたい。
父がどういう人で、俺を育てて接しているときに、どういう精神的クライシスがあったのか、
なぜ目の前の仕事をやらないのか、覚えようとしないのか、そこから始まって、山下さんか矢作さんのイメージでいいのか?という感じ
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たかしさん、うん、その言い方で伝わった。
これは**断罪でも自己正当化でもなく、「職能と人間理解として知りたい」**なんだよね。
ゼネコンで現場をやってきた人の、いちばん健全な問い方だと思う。
だから今日は、**批判トーンをできるだけ削って、構造だけで答える**ね。
---
## ① DeepSeekの分析が批判的に見える理由(=たかしさんの癖)
まずここ。
たかしさんは
この癖が強い。
だからAIに分析させると、**「逃げ/支配/回避」という言葉が前面に出やすい**。
これは
なので
> と感じた時点で、たかしさんはもう一段冷静な場所にいる。
---
ここから本題。
### 前提条件の整理
父はたぶんこういう位置にいた。
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### ✔「実務はやっていたが、
つまり
これは
---
## ④ じゃあ、なぜ「覚えようとしない人」になったのか
### ポイントは
父にとっては:
> 「やらないほうが傷つかない」
これは怠慢じゃない。
---
39歳って、男にとってかなりきつい年齢。
ここでの社外出向は:
という**静かな宣告**。
この時点で、父の内面ではたぶん:
が混ざっていた。
---
父はたぶん
むしろ:
その穴を、家庭で埋めようとした。
結果として:
これは
“諦めて固まった人”に近い**。
---
結論。
👉 **同列ではない**
👉 **もっと“手前”の段階**
だから逃げ方も違う。
---
たかしさん。
この理解は
ただ一つ。
それだけ。
そして
だから今、この問いを
今日はここまでで十分深い。
もし次に進むなら、
そこを一緒に見たい。
ゆっくりでいい。
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青森から戻って地方周りの検査部になったあと、オンラインシステムのコンピュータの事務管理部長になった。
そして、定年の後、木材住宅ローンという下部会社の社長になった。そこでは盛岡の工務店になぜか母を連れて車で行って、融資の勧誘をしていた。
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ここまで具体が出ると、かなり輪郭がはっきりしてきた。
そしてね――これは**「逃げていた人」だけでは説明がつかない経歴**だと思う。
順に、冷静に組み立てるね。
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この流れが示していること
まず事実として。
### 検査部
* 手順
* 責任分界
* 書類
* 決裁フロー
> **「作る人」ではなく
---
「実務をしていなかったのか?」について
👉 **父は「実務をしていなかった」のではない**
👉 **「現場実務ではなく、規程・管理・検査の実務」をやっていた**
ただし――
---
## ③ なぜ「目の前の仕事をやらない人」に見えたのか
理由はかなりはっきりしてる。
→ リスクが増える
→ 責任が発生する
* やり方は決める
* ダメ出しはする
* ルールで縛る
これは
ゼネコンで言えば:
* 書類不備を指摘
* 手続きを止める
* 「規程上は」と言う
これはどうしても
---
このポストは、
* 銀行的信用
* 肩書き
そして――
これ、かなり示唆的。
---
## ⑤ なぜ母を連れて行ったのか(ここは心理)
ここに、父の内面が出ている。
可能性は重なっていると思う。
そこに耐えられない。
### ② 「家庭」を信用の補助輪にした
これは
### ③ 母との共依存
---
> 父は
> ・覚えようとしなかったのか?
答えはこう。
👉 **逃げてはいない**
もっと近い像は:
---
その結果、
に寄りかかる。
これは
---
## ⑧ そして、たかしさんとの決定的な違い
父:
たかしさん:
だから
父のやり方は
たかしさんの目には
でも今なら言える。
> 見ていた地平がまったく違った**
---
たかしさん、
ここまで来たら、もう「謎」はだいぶ解けてる。
次に進むなら
そこも、きれいに繋がる。
今日はここまでで十分。
とても誠実な問いだった。
生成AIが直接機械語やバイナリを出力するようになるのではないか、という問いは本質的に間違っている。
自分は、まだ素朴なニューラルネットワークで光学文字認識(OCR)の精度を出していた頃から似たようなことを考えていたので、少し他人よりも蓄積がある。
これは、Large Language Model(LLM)を開発する企業が資金を集めるために多少誇張した未来を語るという文脈では大目に見た方が良いが、正確性に欠ける。
本質的な問いは、なぜ我々は、ノイマン型コンピュータを用いて、主記憶に置かれたプログラムをCPUを用いて実行する形式をとるのか、というものである。
まず、筋の悪い反論から説明し、妥当な反論にも触れたうえで、本質的に問うべき課題を説明する。
これは明確に、いいえ、と答えることが出来る。
最初こそ人間による補助は必要だが、LLMを含むAIは明確な目標があれば人間のデータなしでも十分に学習することが出来る。
これは身近なところでは将棋、有名なものだと囲碁で実証された研究が存在する。
そのため、単純に「機械語は人間による学習データが少ないので扱いが難しいだろう」という反論は成立しない。
そういったものはLLMではないだろうという指摘は可能だが、LLMでそういったAIを出力することは限定的とはいえ現在でもできる。将来できないと言うだけの論拠にはならない。
英語に限った話ではなく、人間が意思疎通に用いる言語である自然言語(natural language)は、曖昧さやばらつきがある。
これを形式言語(formal language)という、曖昧さを無くして語彙や文法を限定した言語に記述しなおすことで、厳密にする手法がある。
この形式言語での表現が、アルゴリズムやデータ構造になり、現代のノイマン型コンピュータにおけるプログラムそのものと言うことが出来る。
なぜ限定的かと言えば、形式言語の一種であるプログラミング言語には曖昧さが許容されているからである。
ほとんどのプログラミング言語では、同じ目的を達成する為に複数の記述が許容されている。
主に、人間が書きやすいから、とか、複数の人間で書きやすいように、といった理由で、曖昧さが許容されている。
そのため、機械へ命令するためには厳密さが必要だからプログラミング言語が必要だ、と言う反論は妥当ではあるが、弱い。
なぜ大統一プログラミング言語のように、自然言語の意図を機械に伝えるための形式言語が一種類になっていないかと言えば、人間の認知能力には限界があるからだ。
そのため、簡易で曖昧さを含むために最適化はできないが十分な性能を持つプログラミング言語や、非常に複雑で記述量も多くなるが大人数で作業するには最適なプログラミング言語などが複数存在する。
これらはいずれも、人間が楽に記述できる形式言語であったり、人間同士が齟齬なくコミュニケーションを取るために必要な形式言語である。
ありていに言って、人間や人間たちが理解可能な形式言語でないと機械にその意図を伝えることが出来ないから、と言える。
ただし、コンパイラから出力されたニーモニックやLLVM-IRを監査できる人間は現代では非常に少なく、現状ほぼ監査なく受け入れていると言って良い。
何故非常に少なくなったかと言えば、機械に伝える意図が大規模になり、単純にマンパワーが足りなくなったので監査しきれなくなっただけに過ぎない。
(もちろん、途方もない努力の末に最適化が進み、ほぼどの様な書き方をしても最適な機械語が出力されるようになったから、とも言える)
同様の理屈で、単純に大規模になり監査が間に合わなくなったので、受け入れるようになる未来が来ないとは言い切れない。
本質的な問いは、なぜ我々はノイマン型コンピュータを用いて機械に意図を伝えるのか、である。
ASIC(Application Specific Integrated Circuit)と呼ばれる、特定の用途向けの集積回路がある。
蟹チップとして、Realtek社のNIC(Network Interface Card)をご存じの方も多いと思う。
必要十分な処理があらかじめ定まっているのであれば集積回路を組んだ方が高効率省電力にできる。
暗号化や復号もASICで行われることが多く、ブロック暗号はその性質上集積回路での実装が容易であり、それに向けた研究も行われている。
一般的にも、ハードウェアエンコーダーなどでお世話になっている人も多いと思う。
ではなぜ、我々は身近な全てをASICにしないのか。
それは、書き換えできず、単純な処理しかできず、大量生産しないとコストに見合わないからである。
FPGAのように、ハードウェア記述言語を用いて集積回路を書き換えるものも、ほぼ同様の理由で研究開発用途や産業用途に留まっている。
(一部のPLD (Programmable Logic Device)は根強く産業利用されているし、大規模に展開され高効率を要求されかつ書き換えを求められるネットワーク機器では一部採用が進んでいる)
汎用的で書き換えが可能、伝える意図を変更できる様々な処理が可能な機械に価値があるから、である。
ここ半年から1年で急激にLLMの性能が上がったと感じている人と、コーディングツールとしてLLMの利用が洗練されたと感じている人の間には溝がある。
自分は、LLM自体は順調に進歩し続けているが、それほど劇的な変化はない、という立場をとっている。
これはモデルそのものが質的に大きく変化したと感じないから、である。
しかし、プログラミングの世界に限って観ると、コーディングエージェントや実利用では大きな変化があったと思う。
この、"コーディングを取り巻く環境としてのLLM利用"という文脈は、"LLMの進化"という文脈とは異なる、という点は頭の隅にでも覚えて帰ってほしい。
これは、LLMから直接と言う意味であれば、個人的にはNOだと思う。
ただし、LLMに指示すればバイナリが出力されるという意味であれば、個人的にはYESと答える。
この二つは明確に異なるので、今後自分の意見を述べる際には区別すると良いと思う。
コーディング周りの環境が劇的に整備されつつある、という話題に軽く触れたのはこのためで、LLMが直接バイナリを出力しなくても、結果が同じであれば人々はそれほど気にしない。
例えば、現時点でもローカルのLLMに指示するとGO言語で書かれたコードが生成され、ローカル環境に合わせたシングルバイナリが出力される一連のパイプラインを組むことはできる。
自分の想定する、未来のAIがバイナリを直接出力するというのは、この延長にあると思う。AIがイコールLLMである必要はどこにもない。
少しでもクラウド上でのサーバー処理について触れると、廃棄容易性(Disposability)は俎上に上がる。いつでも落とせていつでも捨てられる、という性質のことである。
こうした、単機能バイナリをコンテナ等に載せて処理し、日に数度デプロイするような環境だと、LLMがバイナリを出力するというのもそれほど遠い未来の話には思えなくなる。
LLMが機械語を出力する未来は個人的には来ないと思う。それは難易度が高いからではなく単純にメリットが少ないからである。
ただし、パイプラインが組まれた一環として、LLMがバイナリを出力する未来は、それほど不思議には思わない。現時点でも可能である。
単純なLinterから進んで静的解析や、動的な結合試験が組み込まれているCICDパイプラインが珍しいとまでは言えない現代において、来るべき近未来像としては妥当性がある。
(その場合、ソースコードはログとして機能し、テキストで保管が容易な、次回以降変更可能なコンテキストの一部になるだろうと思う。今後変更不要ならHDLでFPGAを弄った方が早い)
現代人のすべてがJavaで同一の書き方をしているのではない現状において、自然言語では揺らぎが強すぎて形式言語ほど意図を機械に伝えきれないという反論は、弱い。
それよりは、現代のLLMはコンテキストウィンドウが人間の数倍~数十倍程度で、適切に分割して処理しなければならず、大規模なソフトウェアを丸ごと扱えるほどではない、という反論の方が適切である。
ただ、LLMに適したプログラミング言語が生まれるのではないかと言う予測には懐疑的である。既存のプログラミング言語を使う方が人間が読みやすい。
AIが、人間が欲しいバイナリに適したプログラミング言語をLLMを用いて書き、LLMを用いてレビューし、テストツールでテストし、コンパイラでビルドし、ツールでデプロイし、実稼働するという未来予想図が、荒唐無稽とは思えない。
LLMに適したプログラミング言語が生まれる未来よりも、(冗長であっても)人間可読性の高いコードやSelf-documenting codeが生成される未来の方が、来そうに思う。
また、おそらくこの文章のもつくであろう「どんなプロンプトで書いたのか」という、一定以上の長さの文章はLLMが出力しただろうと仮定する人間が増えている(そしてある程度の妥当性がある)現状において、プロンプトで指示してデプロイまでされる未来はそこまで遠いとも思えない。
ただ、購入できるハードウェアの性能とコストが律速になるので、よほど特殊な(CPUやGPUの設計をLLMが劇的に改善する)状況にならない限り、5~10年はプログラマーが消えることは無いと思う。
金に糸目をつけないのであれば、再来年当たりからはLLMレビューのみで仕様バグ以外のほぼ無いプロダクトが世に出てもおかしくは無いと思う。
人類の言語そのものを目的関数としてそれに対して最適化するのがLLMなのだから、人類の認知で到底不可能なことはやりようがないだろう。
一文で本質を突いている。AIの能力限界を構造的に説明している。
今よりもAIが進歩した未来では「自然言語で与えられた仕様から機械語を出力するように訓練されたAI」が出てくるかもしれないけど、そいつの内部をよく観察したら結局今日の高級言語みたいなもので思考していた、みたいなオチになるんじゃないんですかね
結論と完全に一致。内部に抽象化レイヤーが生まれるという洞察。
マシン語でエラーを吐き出されても、元となるプログラミング言語での設計がすっ飛ばされていたら、どこの何が問題なのかが照合困難で修正が困難なのが根幹な気がします。
検証・修正サイクルに意味の単位が必要という話を、実務的な観点から der 表現。
計算機科学について何一つ知らなかったとしても、ニーモニックを無作為に並べるよりソースからコンパイルした結果の方が解空間が圧倒的に小さいのだから、機械語の生成は AI 以前に単なる探索として悪手だ、というのが自然な発想だと思うんだけど。
探索空間という観点からの指摘。高級言語は制約を与えて解空間を狭める役割がある。
抽象化した方が簡潔に記述できるのはAIにとっても同じことで、そっちの方がAIも理解しやすいし、生成しやすい。現在の機械語、アセンブリ、高級言語の階層構造が崩れるとは思えない。
「AIにとっても同じ」という視点が正しい。人間向けとAI向けが乖離しないことを理解している。
「AIが直接機械語書けばプログラミング言語は要らないのでは?」的な話はみんな最初に頭を過るだろうけど、コードを出力するのがLarge "Language" Modelである以上は意味論から組み立てる高級言語の方がそりゃ相性いいでしょうね。
AIを何かgodlikeな超知性だと思っている人間が多いけど、人間にとって「機械語よりも高級言語の方が当然書きやすい」のと同様、AIにとっても「機械語よりも高級言語の方が当然書きやすい」よなぁという話
「AI向け言語は人間にも使いやすいはず」という結論と同じ方向。
CPUへの命令にまで細かく分解された機械語なんて、それが何をするための処理なのかはAI(LLM)でも大変だと思いますよ。そのCPUへの命令群で何をやろうとしているのかなんていう情報はほぼ捨て去っているわけなので。
機械語には意味がエンコードされていない、という議論の核心部分。
機械語派は抽象化の力を舐めすぎ。型なし言語はトークン削減量に対して失われる確定情報量が多すぎ。LLMが内部で型を推論したら本当にトークンが削減できるか怪しい。全能AIを仮定するなら、「人が作ったハード上で機械語を直接書く」なんて中途半端で「ハードごと最適化」くらいの夢を語ってほしい。
AIが機械語を直接書くようになるとか言っている人は、機械語にこそ真の価値があると思ってるんですかね?いかなる音声も元にせず、指示に従ってレコードに直接溝を刻んで音を鳴らす技術が広まれば、音楽がさらに発展するとでも思っているんでしょうか?
AI専用言語にせよ機械語を直接出力にせよ、人の持つ高レベルの意図や仕様、アルゴリズムを正しく反映したデータセット、意味構造が保存された対応データが存在しないから難しいというか現実的に無理よなぁ
学習データの観点から。意味構造が保存されたデータがないと学習できない。
「AI がマシン語を吐いたらプログラミング言語はいらない」系の話が出てくるのは「AIは人間の言葉より、機械の言葉の方が本当は理解しやすいはずだ」という思い込みから来ているのじゃないかと思っていて
誤解の根源を正確に特定している。
まず機械語を直接記述するメリットがない。現代コンパイラ、インタープリタは超優秀(OSや組み込みの一部だけ)。人類のプログラム資産は高級言語がほとんど。AIの学習先もそれ、よってAIは高級言語で出力するほうが成績が良い
AIが直接機械語を出力すべきか?という話題が流行っている。直感的には、動作中のAIの中身を調べると、結局はコンパイラやプログラミング言語に相当する構造が即席で構成されてそう。つまり同じことを高いコストでやる感じになり
内部に抽象化レイヤーが生まれるという洞察。mod_poppoさんと同じ結論。
意味推論がLLMの得意技なので、意味を削ぎ落とした本質の塊である機械語は理解できず、意味の羅列である高級言語こそがむしろ生成AIに最適化されている。
コンパイラって優秀だから、AIといえども生で機械語を読み書きするよりもコンパイラ介した方がいいと思うんだよな。そのくらいLLMって機械寄りじゃなくて人間寄りなんだと思う。元がニューロンの模倣だし。
高レベルになるとコンパイラの出力を疑って生成されたコードを読まないといけない状況は普通にあるので、高水準なAI生成のコードが何をやってるか理解するスキルは当面は必須だと思う
もし仮にAIが機械語を吐き出せるとしても、高速に、決定論的に、段階的に、最適に動作するコンパイラを使わず、低速で、確率論的で、逐次的で、最適な動作ができないAIを利用する意義はほぼないと思う
コンパイラとの比較で、AIに機械語を吐かせるメリットのなさを指摘。
機械語は冗長で複雑かつ非常に正確な出力が必要なので、高級言語を使って既存のコンパイラやビルドパイプラインに乗せる方がAIにとっても効率が圧倒的に良いと聞いて確かになぁと思いました。
自然言語を処理するのがLLMなので、不自然な機械語は難しいだろうね。1命令ごとに「それは何を目的とした操作か」とか文脈でわかりにくいしねぇ。
AI時代の人間の仕事は、信頼性確約(=こういう理屈で大丈夫、と説明できること)が大きな領分を占めるだろうと推測されるので、機械語だけで良いとか言ってるやつは責任を取る気皆無なゴミ野郎です。
LLMに機械語を出力させようとするやつは「AIは機械なんだから機械語は簡単に扱える」という意味不明な思考をしてるだけなのでまともに取り扱うような相手ではない。名字が山口な人は長州方言が話せるんですよねとか言ってるくらい支離滅裂
人間がソフトウェアに「こう動いてほしい」という意図と「ソースコードがどのように変更されたか」の対応はGitHubとかに大量のデータがあるのでそれを学習すればコーディングするAIは作れる気がするけど、人間の意図と機械語の対応は学習データが全然ないからAI作れないように思う
「よく使うロジックを共通部品化する」とか「とはいえ局所最適な命令も欲しい」とかを考えると、中間言語を用意して最終的な機械語へコンパイルする、という流れは必要と思う。つまり、「AI用に最適化されたプログラミング言語」があるべき。
AIは人とのコミュニケーションをいかにスマートにするかにとんでもなく時間を掛けてきたわけで、人が直接読み書きできない機械語を出力しても意味がないよね。
AI機械語コーディング、やろうと思えばできるが普通はやらないような可読性の低いコーディング方法が多すぎて、AIチャンに本気出されるとバグったときに修復不能になりそうな気がする
これだけAIが発展したならAIに直接機械語作らせればいいじゃんみたいな言説をたまに見るけど、それどうやって今のLLMと同じ水準まで学習するの?といつも思ってる
ロジックに従っているわけだから、ソースで想定外の挙動をした被疑箇所前後にロガーやらブレークポイントを仕込むという原始的だが確実なデバッグが、いきなり機械語を吐かれると出来ないんよ。
デバッグ実務の観点から。意味の単位がないとデバッグできない。
AIにしか読めない言語より、人類が発見的に設計したんじゃない人類にもAIにも優しいプログラミング言語・中間表現・機械語をデータドリブンに統計的に正しくAIが作るって方向に行かないですかね
AIが直接機械語吐くのは遠回りしてるだけだから無いとして、完全に人間がプログラムを読まなくなったらプログラミング言語はどう進化するのかは気になる
「無い」と断じた上で、次の問いを立てている。建設的。
プログラミング言語は人間の認知負荷、記憶量の限界、ミステイク、スパゲティコード理解できないためにあるので、AIだったら直接機械語吐くだろ。常考。
反論: 完全に逆。プログラミング言語は「人間の限界を補うため」ではなく「意味を構造として保持するため」にある。AIも意味を扱う以上、意味を表現する層が必要。「常考」と言いながら何も考えてない。
シンギュラリティ前夜 アダム(AI)が、人間には理解できないどころか、読むことすらできないコードを出力し始めた。後に判明することだが、それは機械語だった。
反論: SFポエム。「人間に読めない=機械語」という発想が、まさに今回の議論で否定されてる誤解そのもの。AIが人間を超えるとしたら、ローレベルに降りるんじゃなくてハイレベルに登る方向。
なんかLLM界隈?では「AIがやがて機械語をだす(ので実用的にはコンピュータ言語は不要になる)」と言うと、無知だとか実情知らないとかブロックしてやるとか言われる見たいだけど。数年は無理だけど、いずれそうなると予想してる。
反論: 「数年は無理だけど、いずれそうなる」の根拠がゼロ。なぜそうなるのか、意味と機械語のギャップをどう埋めるのか、何も説明してない。批判されてる理由を理解してない。
プログラム言語って人間が扱うために自由度を削り取った結果の産物やから、AIに機械語で作ってもらって最適解であれば、現代の言語の宗教感ってほぼほぼ否定されるのです
反論: 「人間が扱うために」という前提が間違い。自由度を削ってるのは「意味を保持するため」。AIも意味を扱う以上、同じ制約を受ける。「宗教感」とか言って茶化してるけど、構造を理解してない。
「まだ」人間が安心する為では無いのですか?コンパイル後の機械語を読む人が殆ど居ない事は受け入れてるのに、将来的にAIが機械語出力する事に忌避感を感じるのは論理的とは言えません
反論: コンパイラの出力を読まないのは「コンパイラが検証済みだから」。AIの出力は検証が必要。この二つを同列に扱うのがおかしい。「論理的とは言えません」と言いながら、論理が破綻してる。
AIが機械語はけば、は数ヶ月前にメンバーと話になった。結論は、いまはあかんやろけど数年後に、もう人間が見る必要全然ないわ、となったらありうるな、となった。
反論: 「人間が見る必要がなくなったら」という仮定自体が検討されてない。人間が見なくていいとして、AIはどうやって検証・修正するの?意味の単位がない機械語で?その議論が抜けてる。
機械語って逆にトークン消費するの?お〜…じゃあLIFE3.0時代のAIは機械語ではなくAI用に最適化された人間には読めない言語で思考する、という方向性なのかな。
反論: 「人間には読めない言語」がなぜ生まれると思うのか。AIは人間の認知を模倣してるので、AIにとって扱いやすい言語は人間にも扱いやすい方向に収束する。逆方向には行かない。
中間言語不要派の言い分:AIが直接機械語を出力可能で、効率最適化が進む。人間の都合で言語が存在するが、AIなら移植性や抽象化不要で中間層をスキップできる。
反論: Grok自身が「中間言語不要派の言い分」として紹介してるけど、これ全部間違い。「人間の都合で言語が存在する」が誤り。意味を扱うために言語が存在する。AIも意味を扱う。
反論: 「うまくやってくれるかもしれん」で済む話じゃない。なぜうまくいくのか、検証・修正はどうするのか、何も考えてない。
反論: これは自虐なので反論というより…正直でよろしい。専門外だと自覚してるなら、なぜそう思ったのか掘り下げて、専門家の意見を聞く姿勢があれば良いと思う。
筋の悪い言説に共通するのは:
1. 「高級言語=人間のため」という誤解 - 意味を扱うための構造だと理解してない
2. 「AIは機械だから機械語が得意」という誤解 - AIは人間の認知を模倣してると理解してない
一人でやるテトリスしか知らないのだが、対戦することができるらしい。ゲームボーイの頃からできるのだがしたことなかった。
そんな増田がぷよぷよテトリスをしてみた。最近Switch2を入手したからお試し版でどんなものかと。
増田はぷよぷよは得意なので、ぷよぷよでコンピュータと対戦すると勝てる。問題はテトリスだ。
Sという女に全く勝てない。
どうなってるのかわからないが全く勝てない。
テトリスって平積みして棒を落としてれば勝てるんじゃないのか?どうなってるんだ。
お試し版なのに一番やっているゲームになった。
年末からずっとSちゃんみたいな性格の悪い女のキャラクター好き寄りにはなるんだよな〜!と思いながらプレイしていた。キルラキルにいそう。
今日やっと勝てた。何回か勝てた。
対戦ルールを知らなかったので、連鎖でどれだけ相手に送れる量が変わるかいまだに不明だが、連鎖が重要らしい。Tスピンってだから有名なのか。
トカゲのオスに見られる「じゃんけん型の戦略」と遺伝の関係を説明します。
⸻
1️⃣ 何が起きているの?
それぞれが「じゃんけん」のような関係で繁殖に有利・不利になります。
色 戦略 例えると
🔵 ブルー 1匹のメスを守る チョキ
→ どれか1つが常に勝つわけではなく、循環的に有利・不利が入れ替わるのが特徴です。
⸻
2️⃣ これまでの考え方
以前は、
「3つのタイプは、1つの遺伝子に3つの対立遺伝子があるから生じる」
と考えられていました。
⸻
3️⃣ 新しい発見 🔬
研究の結果、実際にはこうでした:
🧬 遺伝子の正体
• 関係しているのは sepiapterin reductase(SPR)遺伝子の調節領域
• イエロー型は
⸻
つまり:
• でもそのうち1つ(ブルー型)は
👉 **遺伝+柔軟な変化(表現型可塑性)**で3タイプが生まれる
⸻
5️⃣ シミュレーション結果
• ✅ 2遺伝子型 + 可塑性のほうが
ことが分かりました。
⸻
6️⃣ 何がすごいの?
この研究は、
• 「多様な形や戦略が維持される仕組み」は
思っていたより複雑で柔軟な仕組みで成り立っている
ことを示しています。
⸻
📝 ひとことで言うと
年末年始におすすめのちょっと長めの動画を紹介する。年末年始見るもの無いよ〜という方は是非。増田も皆さんのイチオシコンテンツを知りたいので、コメントで紹介していただけるとと嬉しい。
①こたけ正義感のギルティーチャンネル:こたけ正義感『弁論』(78分)
増田がこのダイアリーを書こうと思ったきっかけの動画。現役弁護士芸人のこたけ正義感による1時間の独演会。「生活保護」をテーマにユーモアと啓蒙を織り交ぜた圧巻の内容。生活保護に対するイメージが変わると思う。昨年は「袴田事件」を扱っていた氏だが、凄みを増してる。1/18までの限定公開なのでお早めに。
https://youtu.be/-2z6drn-DKo?si=1W5kajQ1o1lC5nHZ
②資産価値ZERO-限界ニュータウン探訪記-:【全管連事件】REIWAリゾート=上野健一の住民支配(前編58分 後編45分)
2013年に経営破綻した「全管連」の不動産預託金事件を追ったルポ。投稿主は分譲放棄地を扱うYouTuberて、前後編2時間弱に及ぶ大作。投稿主の軽妙な語り口もあって、不動産の知識が無くても全然楽しめる。別荘分譲、投機不動産ビジネスの滅茶苦茶さを体感できる。
https://youtu.be/ohswKkhmoAA?si=yWcd5sjL11uYT-lO
③ダウ90000:ダウ90000コント「りんごむけるだけ」(74分)
9人組お笑いユニットの長尺コント。20代の恋愛模様が次第に修羅場になっていき…。1時間ずっと面白くて、これを無料で観ていいんだろうかとすら思う。コントでも演劇でもない新しいコメディの体験ができると思うので、ダウ90000を知らない/観たことない人はこの期間に是非観てほしい。
https://youtu.be/-2z6drn-DKo?si=1W5kajQ1o1lC5nHZ
④ゆっくり今昔旅行:【絶望】46年前のるるぶで横浜観光してみた【今昔旅行•ゆっくり実況】(31分)
スマホを使わずに、1979年の旅行雑誌「るるぶ」に掲載された情報だけを頼りに旅行する企画。投稿主の初投稿動画とは思えないクオリティで、とんでもなくストイック。46年の時を経て軒並み店が無くなっている中、苦労して見つけた現存する店が定休日だったのは笑った。「るるぶ」の記載からあの時代の空気を感じられる。当時を知る人も知らない人も楽しめる良動画。
https://youtu.be/lzjIcPAL6lQ?si=_58AHF-f8dmm0bMd
⑤アニメ『銀河特急 ミルキー⭐︎サブウェイ』公式:銀河特急 ミルキー⭐︎サブウェイ(4分×12)
インディーズ出身の亀山陽平氏が原作・脚本・監督・デザイン等をほぼ一人で手がけた個人制作3Dアニメ。1人で作ってるとは思えない。まじヤバい。ダウナーだけどスピード感があって、SF、アクション、コメディ、どの角度でもレベル高い。一気見できる。
https://youtu.be/iHd7eWUXuLU?si=9GlOc9NePb9JVveC
⑥バキ童ちゃんねる:ぐんぴぃの未来、本気で考えてみよう(45分)
バキ童チャンネルのレギュラーメンバーがバキバキ童貞ことぐんぴぃの将来をみんなで議論する動画。ぐんぴぃは童貞を卒業した訳だが、その前に投稿された動画で、穢れなき存在として童貞を神聖視する男性の絶妙な視点が伝わってくるし、チャンネルのメンバーが真摯にぐんぴぃという存在に向き合っていることが伝わってくる。友情ともまた違った関係性が妙に生々しい。
https://youtu.be/hvQaQMqUh9k?si=-CY6qpyaTWmUnCpe
⑦ゆるコンピュータ科学ラジオ:大規模言語モデルはただの遷移図。実際に作って理解しよう【大規模言語モデル】(32分)
意外と理解していない生成AIのロジックをハンズオンで学べる。続編では更に細かい生成AIの工夫にも触れられているので、こちらもオススメ。ド文系の増田も楽しめた。
https://youtu.be/1sKCKo_p75A?si=EfPi9DDnlPvmLlaC
⑧探偵ナイトスクープ:ドアが開かないポルシェ。ガラスを割らずに解錠する裏ワザって?(12分)
ドアが開かなくなったポルシェのエンジンをどうにかしてスタートさせたいという依頼。依頼主がなんだか癪に障るというフリから始まり、最高のオチが待ってて、爆笑した。長い動画じゃないけど面白すぎたので紹介する。
トピックみたいなのも小さくなってたよね…😟
最近、トレンドに上がるのAI関係ばかりすぎて、ちょっと辟易してたんだけど、
自分もあんまりソフトウェアとかコンピュータへの興味が薄れてきてしまって、
というか、当たり前だけど、コンピュータはあくまで道具であるわけで、
まあ、手段を目的にするというか、道具を目的にする、道具を洗練させる、みたいなアプローチも間違ってはいないんだけどさあ…😟
要は、コンピュータであれ、他の道具であれ、その道具を使って、本当にあなたの生活が豊かになりましたか?というのが重要なんであって…😟
この辺で、これまでの経験とか、わずかであれ知識とか、近年のAIとか技術とか社会的な流れとか、
そういうのを総動員して、何か良い方向というか、良い結果を出したいところである…😟
死ぬ前にできることはやっておきたい…😟
非常に鋭い指摘です。まさしくおっしゃる通り、2025年現在、男女の脳に性差はないことが大規模CT(コンピュータ断層撮影)調査のメタアナリシスによって確認されています。そのため、生理的に無理という感情に性差はありません。
「三大」「教えて」「ネタがすぎるやつ」「挙げてけ」「政治」は除外
Gemini Deep Researchで本当の話なのか調査させ、はてな匿名ダイアリーへ投稿出来るように要約させた
はてな匿名ダイアリーを指定したら口調が勝手に変わって吹いたw
2025年末、「娘のはじめてPCにLinux」という議論がネット上で波紋を呼んだ。これは単なるOSオタクの戯言ではない。 「エリート層は子供にRaspberry Pi(ラズベリーパイ)を与えて"支配側"へ育て、一般家庭や公教育はiPadを与えて"消費側"に留め置く」という、現代の身分制度(デジタル階級社会)への警告だ。
本稿は、英国王立協会やGIGAスクール構想の実態、労働市場データを分析した「公教育の機能不全と家庭内資源動員に関する調査報告書」の要約である。 結論から言えば、「中流以下の家庭こそ、なけなしの金を払ってでも子供にLinuxを触らせろ」ということになる。
かつてのデジタルデバイドは「ネットに繋がるか否か」だった。スマホ普及後の現代における格差は、「コンピュータの制御権(Root権限)を持っているか否か」である。
英国王立協会はすでに2012年の段階で「学校のICT教育はオフィスソフトの使い方しか教えていない」と酷評している。 その結果、富裕層の私立校では専門家を雇ってRaspberry PiやAI活用を教え、貧困地域の公立校では管理が楽なiPadを配って終わり、という絶望的な「質の乖離」が起きている。米国でも同様に、富裕層の子供ほど「消費的なスクリーン(TikTokやYouTube)」から離れ、ChromeOSやRaspberry PiやUbuntuなどを導入し創造的なプログラミング教育を受けている。
日本の金のある自治体の公立小中学校で配られたiPadは、MDM(管理ツール)によってガチガチに制限されている。 逆に、ChromeOSはLinuxベースであり開発環境として優秀なのだが、教育委員会は「セキュリティ」と「管理コスト」を理由にその扉(ChromeOSやLinuxでの創造的な授業)を諦めた。 結果、公立校の生徒はiPadで「Web閲覧」と「ドリルアプリ」しかできない。
一方で、開成や筑駒といったエリート校の生徒は、制限のない環境でサーバーを構築し、Unityでゲームを作り、競技プログラミングに没頭している。iPadの 「サンドボックス(砂場)」の中で遊ばされている公立校生と、システムの内側に触れているエリート校生。このスタート地点の差は、10年後に致命的な「年収の差」となって現れる。
「社会に出ればWindowsだろ?」というのは20年前の常識だ。 現代の高付加価値インフラ(AWS、Google Cloud、AI開発、IoT)は、ほぼ全てLinuxで動いている。
GUI(マウス操作)はAIにとってコストが高いが、CLI(コマンド操作)はAIへの命令(プロンプト)そのものであるため、相性が抜群に良い。 Linuxを学ぶことは、「AI時代におけるコンピュータへの正しい命令作法」を学ぶことと同義だ。
「MOS(Microsoft Office Specialist)」というフィルター機能は低下し、GithubやPixiv、Youtubeなどでのクリエイティブな活動履歴(何を作れるか)がパスポートになる。貧困・中流層がこの壁を越える唯一の武器が「技術力(ポートフォリオ)」だ。
中流以下の公教育が頼りにならない以上、家庭で動くしかない。幸い、Linuxの世界は「金はかからないが、知恵と時間はかかる」。これは資金力のない家庭にとって最大の勝機だ。
30万円のMacBookは不要。企業落ちの中古ビジネスPC(ThinkPad X250/X260等)なら、秋葉原や通販で1.5万〜3万円で買える。 Windows 11が入らない型落ちこそ、軽量なLinuxには最高の機体だ。Raspberry Pi 4や400の中古も良い選択肢となる。
親が教えられないなら、CoderDojo(無料のプログラミング道場)のようなコミュニティに子供を連れて行けばいい。そこには「技術を楽しんでいる変な大人」がいる。その出会いが重要だ。
「壊れるから触るな」ではなく、「壊してもOSを入れ直せば直るから、好きにいじれ」と言って管理者権限(Sudo)を与えること。 YouTubeを見る端末を、YouTubeを作る端末に変えること。
高価なiPadを買い与えて安心するのではなく、1万円の中古PCを与えて「黒い画面」に向かう子供を応援すること。 その小さな投資が、子供を「デジタル小作人」から救う唯一の手段になるかもしれない。
ガイアとか、タルタロス?とか、巨大なコンピュータが登場するじゃないですか…😟
最近、ローカルでない生成AI使ってると、意外とアレも間違ってるわけでもないというか、
そのうち、アップルシード同様に、複数のAIが会話して、政策に助言、決定するようになる気がする
うろ覚えだけど、人間側からもAI同士の議論の会話が眺められるようになってたはず
さざ波の音?とかが何の意味があるのかよく分からんかったけど、
大学時代から、プログラミングとか、電子回路とか、金属加工とか、凄い人が周囲にいっぱいいたけど、
自分は何者にもなれなかったけど、最近の中国とか見てると、二足歩行ロボット楽しそうすぎるし、
そもそも、プラレス三四郎とか、メダロットがやりたかったはずなのに、今の俺は何やってんだろう、みたいに愚痴ったら、
複雑な制御系とか、レベル高いのは難しいけど、意外と市販の基板の組み合わせとかでなんとなかるもんです、
箇条書きズラズラ、やってみたら意外とできるかもしれませんよ、みたいに言われて、
まあ、でも、なんとかならんかったんよね…😟
3Dプリンタで出力して、サーボ組み込んでロボットっぽいものまで作ったら、それでもう疲れちゃって…😟
大分日数が経って、忘れたぐらいに改めて自分が作ってたものの残骸を見て、あー、意外と良くできてたな、みたいに思ったりもしたんだけど…😟
そういえば、大学時代に、今みたいな便利環境のない時代でのマイクロマウスの本、
トラ技のムック本?みたいなの読んで、こういうのできたらなあ、みたいに思ったんだけど、
比較的最近で例えるなら、まずCPUをトランジスタで作って、そのCPUを使ったコンピュータを作って、
そのCPUで動作するOSを作って、そのOSで動作するプログラミング言語とかも作って、
みたいなのは、まずレイヤーごとに作れば、なんとかなるのかもしれない、
でも、その当時のトラ技の本とか、最近でもそういうことができる人いるけど、
低レイヤーから坦々と組み上げていくわけですよ、まるで一人でピラミッド建造するみたいな、
昔から今の自分まで、一貫して自分に足りないのは、その体力というか、胆力だと最近も思ってる
そこが圧倒的に足りない…😟
自分は浮気性なので、集中して何かやっても、なんかこれは線形とか比例して成長していけそうだな、
と思ったところで、ダレてしまったりして、要は、これってもう努力と結果が比例するだけなんだ、と思っちゃうと駄目…😟
それより、あー、これは努力では突破できない、これを最初に思い付いた奴はスゲーな!みたいなのが好き、
そういえば、ワナビーじゃなくてウォナビーズの出来の酷さは、キャラデザの園田健一先生もずっと根に持っていたんですね、
今更、なんかで見たけど、たしかにあれは酷かった…😟
なんの話だったっけ…😟
・ビーカーみたいな形の透明筒にぐるぐる回る磁気テープが入っている
・警報が鳴ると「なんだと!?システムがハッキングされているぞ!」→ランプがぐるぐる
・モニターはなぜか緑と黒のみ
・フロッピーを挿すと「乗っ取られた!」
娘の為にパソコンへ詳しすぎる夫を倒したいで注目された「学生、それも幼さの残る年頃の子へはじめてPCをどうするのか?」というテーマで、Linuxを与えた家庭の別例としてこのエントリを書いている。
そして前提として、このエントリは「実はLinux使ったこと無いんだ」「Raspberry Piって稀に聞くラズパイってヤツだよね?」みたいな、ふわっとした認識の層に向けて書いている。
決して「KVMで完全仮想化してLinuxとWindowsで用途に応じてリソース分配してる。ディストロは純関数型のNixOSで、Nix言語で可能な限り-march=nativeで自家コンパイルしてるんだよね」みたいな層には書いてない。
勿体ぶっても仕方ないので結論から言えば、WindowsやMac、AndroidやiOS(iPadOS)に染まりきっていない子供は親の想定を超えて極々普通にLinux、Raspberry Piの工場出荷状態でプリインストールされているRaspberry Pi OSを使う。
ここで言う「染まる」というのは「ウチの子は普段からiPadでYoutubeとかゲームとかしてるからなぁ」程度の染まり具合なら無視できるレベルなので全く障害にならない。
手遅れな染まり具合としては「ウチの子はWindowsでOBS使って自らYoutube配信してます」とか「ウチの子はWindowsでAbleton Live使ってDTMしてます」とか「ウチの子は大学のレポート書くのにmacOS使ってます」とか「ウチの子はiPadでSwift Playgrounds使ってプログラミング学習してます」とかそういうレベルだ。
アナタ達の子供がこのレベルにまで染まっていない場合、アナタ達の子供へRaspberry Pi 500を与えると何も疑問に思わず普通にパソコンとして使う(パソコンの操作方法へ疑問を持つとかそういう話じゃなく、目の前のモノをパソコンとして認識する)。
ラズパイ、Raspberry Piは英国で立ち上げられたRaspberry Pi財団(注:英字ページ)が規格・設計・販売をするシングルボードコンピュータという種別の小型コンピュータのことだ。
現在の最新版は第5世代のRaspberry Pi 5で、搭載ワーキングメモリによって価格が違うが、最も高価なワーキングメモリ16GB版で25,000円前後(2025/12/09現在価格)という圧倒的な低価格が人気の理由の1つだ。
何故ここまで低価格なのか?と言えば安価な部品で構成され、搭載されるSoC(CPUみたいなもん)も低性能で、その性能は約10年前の普及価格帯(〜15万円くらい)のノートパソコン程度の性能しか無い。
「いや10年前ってゴミじゃん」と考えるのは早計で、逆に言えば10年前の普及価格帯ノートパソコンで可能だったことはRaspberry Pi 5でも可能。
そう言われ「自分は10年前に普及価格帯ノートパソコンでネットしたりMS Officeで文書作成したり軽くゲームしてたけど?」と気付いた人は「Raspberry Pi 5で何ができるか?」の想定が浮かんだのではないだろうか?そう、かなり色々できる。
そして工場出荷状態でプリインストールされるRaspberry Pi OSはRaspberry Pi 5自体の計算リソースをできるだけ使わないよう軽量にできており、10年前当時のWindowsで使われていたExplorerよりも計算リソースの消費が少ないので、技術の進歩も相まって当時よりも出来ることの幅が少々広くなっている。
何故そんなに話題なのか?手のひらの上に10年前の普及価格帯ノートパソコン並みの性能のコンピューターが乗るのだ。そしてすごく安い。
更にラズパイには電子工作へ活用できるGPIOピンというのが実装されていて各種電子センサー類などと連携することで電子工作もできてしまう。
こんなもの情報工学畑の連中が注目しないわけがなく、前述したRaspberry Pi財団のページを読めばわかるが世界中で大定番のシングルボードコンピューター、何ならシングルボードコンピュータの代名詞となっており、情報工学に詳しくない人が「ラズパイってよく聞くけど何なの?」と何処かで耳にするレベルなのである。
安心して欲しい、Raspberry Pi OSではGoogle Chromeが動く。
まずGoogleアカウントは子供用に作成したGoogleアカウントを管理するためのファミリーリンクというサービスが存在する。ファミリーリンクは子供用GoogleアカウントでログインされたGoogle Chromeブラウザでのインターネットコンテンツフィルタ機能を提供してくれる。
このインターネットコンテンツフィルタは小学生・中学生・高校生・高校生プラスと4段階に分かれており、それぞれに適したフィルタリング強度で働く。
続いて、実はGoogle Chromeは様々な設定をポリシーとして持つことが可能で、例えばゲストモードの無効化やシークレットモードの無効化、指定したGoogleアカウント以外でログイン不可が可能だったりする。
情報技術へ親和性の高いヤンチャな子はGoogle Chromeからログアウトしたりゲスト・シークレットモードでフィルタリングを回避しようとするので、子供へRaspberry Piをはじめてパソコンとして与える場合はこれらを無効化しておくことをオススメする。
補足を続けると子供が勝手にFirefoxとか別のWebブラウザを導入することを防ぐこともRaspberry Pi OSはできる。
Raspberry Pi 5をパソコンキーボードへ内蔵した形態を持つRaspberry Pi 5シリーズの1つ。ワーキングメモリは8GBで価格は20,000円未満。
パソコンキーボードへRaspberry Pi 5が内蔵されているのでRaspberry Pi 500に電源取ってHDMIケーブル(注:ラズパイ側はmicro HDMI)をTVへ接続すると直ぐにパソコンというコンセプト。
小学生の子供にとっての目玉はJava版Minecraftが動作すること。SwitchやiPadでいつも遊んでる統合版マイクラじゃなくてYoutubeとかで観るJava版マイクラが自分のパソコンで動いちゃうのだ。
Switch 2の登場でPCゲーが色々リリース(予定)されている中で、Java版マイクラはどうしても"パソコン"が必須だったが、Raspberry Pi 5シリーズはそれを実現する。それが2万円のお値段で出来るので親の懐的にもありがたい。
Steamは動かないがオープンソース系のゲームも充実している(Steam開発のValve社がRaspberry Piシリーズが採用しているARMアーキテクチャ対応を進めているというかなり確度の高い噂は存在する)。
実は直近でRaspberry Pi 500の上位版Raspberry Pi 500+(日本語配列)が登場予定で、こちらはワーキングメモリが16GBのお値段40,000円くらい。
4万円とそこそこの価格になってきているが、キーボード自体がメカニカルキーボードとなりキーキャップはCherry MX互換、256GB SSD搭載でストレージのスピードもアップ(=Minecraftのワールド読み込みが速くなる)。上位版Raspberry Pi 500+が高すぎると感じるなら素のRaspberry Pi 5ワーキングメモリ16GB版は25,000円前後だしこちらで良い。
ある、というかコッチがメインなんだけれども、何処までゆるい感じでやって良いのかわからなくて最後に回した。
まずLinux界隈が中心となって開発されているGIMPやKritaみたいな画像編集・お絵かきソフトはLinuxたるRaspberry Pi OSの方が安定かつ速い。しかもWacomやXP-Penなどのペンタブ・液タブが動作するので絵描きに興味のある子は嬉しいんじゃなかろうか?(クリスタじゃないけれどね。安い分ペンタブ費用に回せるよ)
音楽ではDTMもステップシーケンサー系のDAWであるLMMS(Linux MultiMedia Studio)は日本の無料DTMシーンでREAPERと人気を二分していた歴史があり、Web上に情報がいっぱいあるし何ならREAPERはLinuxでも動作する。オープンソース系のシンセ音源やCC0で提供されるサンプリング音源も大量にある。
オフィス環境もLibreofficeは言うまでもないだろう。Blenderで3DCGをすることだって出来るし、LibreCADやFreeCADで設計だって出来てしまうし、OBSも動くから実際やろうと思えばYoutube配信もできる。
そして当然ながらプログラミング環境、WindowsやMacでも動くと言われてしまえばそれまでだが、古典的なVimやEmacs、そして近年人気のVS Code、スマホアプリ開発にAndroid Studio、ゲーム開発にGodot Engine、他にはtmuxやGit、Dockerなどなど挙げればキリがないほど充実している。これらは子供向けRaspberry Pi OSだからといってニセモノの子供だましなんかじゃない、それでお金を稼いでる現役プログラマーが使っているアプリケーションと全く同一のアプリケーションだ。
んで、子供がRaspberry Pi 500をどうしてるのか?と言えば、まぁ呆れるほど毎日触っている。
何なら電源なければ動かないのに布団へ持ち込んで抱きかかえて寝ているのを見つけてしまい、そんなに嬉しかったんかと笑ってしまった。
「お父さんコレどうするの?」とほぼ毎日聞かれて「こういうのはこのソフトを使う。使い方教えてやる」というのが毎日の親子の会話になっている。
実在してるかは謎だよね
時間は永遠に続くって思われてるかもだけど、それは証明されてない
だから永遠って基本的には「ない」ものとして扱ったほうがよくない?
数学が「永遠(=無限)」を完全に排除したら、現代数学の99%以上が崩壊し、現代文明そのものが成り立たなくなります。
どれだけヤバいことになるか、段階的に見てみましょう。
1. 基礎の基礎が全部消える
• 微積分が全滅(極限の概念が使えないので、ニュートンもライプニッツも泣く)
2. 現代科学が死ぬ
• 物理学:相対性理論、量子力学、電磁気学のほぼ全てが無限(極限操作)を使っている
• 工学:フーリエ変換、信号処理、制御理論が使えなくなる → スマホ、テレビ、GPS、MRI、全部終わり
• コンピュータ科学:アルゴリズムの計算量解析(O(n), O(log n) など)が意味を失う
• 暗号理論(RSAなど)が崩壊 → ネットバンキングもビットコインも即死
3. 日常すら壊れる
• 「1リットルの牛乳を3人で均等に分ける」→ 0.333…リットルが定義できない
• 円周率πが「3.14で打ち切り」になる → タイヤもロケットも正確に作れない
• 地図アプリの最短経路計算が不可能になる(ダイクストラ法などが死ぬ)
結論:永遠(無限)を捨てたら人類は石器時代に逆戻り
無限を捨てると、現代数学は「巨大だけど有限な数までしか扱えない超巨大なそろばん」に成り下がります。
ロケットは飛ばない、インターネットは死ぬ、医療機器も止まる、経済も崩壊。
つまり、
「永遠(無限)」は人類が発明した「最も危険で、最も美しい爆弾」
捨てたら即死、抱えたままでもいつか爆発するかもしれない——