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2026-01-17

[]2025年に読んだ本、前編

1月

読書(14冊)

藤井一至「土 地球最後ナゾ 100億人を養う土壌を求めて」

阿部勤也「西洋中世男と女 聖性の呪縛の下で」★★★

横山祐典「地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候過去現在未来

藤井一至「ヤマケイ文庫 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」

文學界編集部「大解剖!文學界新人賞」

主婦の友インフォス情報社「事故物件サイト大島てる絶対に借りてはいけない物件」(再読)

上遠野浩平恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-」★

菅沼 悠介「地磁気逆転と「チバニアン地球磁場は、なぜ逆転するのか」

伊藤聡「神道とは何か 神と仏の日本史」★★

佐藤康宏「もっと知りたい伊藤若冲 生涯と作品 改訂版

鎌田浩毅「地学ノススメ 「日本列島のいま」を知るために」

岡田莊司、小林宣彦「日本神道史(増補新版)」

島尾新「もっと知りたい雪舟 生涯と作品

ヴィンチェンツォ・ヴェヌート「生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰」

漫画(3冊)

いがらしみきおぼのぼの人生相談自分しまちゃうのをやめないとさ」」

森薫乙嫁語り」15巻

ちょめ「室外機室 ちょめ短編集」

美術

特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類系統~」於・国立科学博物館

雑感

 昨年に引き続いて阿部勤也を読んでいる。歴史系の本は雑学が増えて楽しいし、現代で当然とされていることが全く通用しない世界イメージできるので、自分価値観が相対化できる(時折正しいかどうかだけが自分判断軸になり、どう感じているかおざなりにしがちなので大事)。他には地学や土壌が気になってたようだ。

 なお、昨年までやっていた星印の評価はやめにした。同率二位とか三位とかを考えるのが面倒だったからだ。……とか思ってたけどやっぱり直感でやることにした。

2月

読書(13冊)

藪本勝治「吾妻鏡鎌倉幕府正史」の虚実」

乙一「The Bookjojo’s bizarre adventure 4th another day~」

柴田勝家岸辺露伴は嗤わない 短編小説集」

榎戸洋司フリクリ」一巻、二巻、三巻★★

鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」

志村史夫「古代世界の超技術改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧

仁藤 敦史「加耶任那古代朝鮮に倭の拠点はあったか

饗庭淵「対怪異アンドロイド開発研究室

比奈秋「サンショウウオ四十九日

松永K三蔵バリ山行」★

ガルシアマルケス百年の孤独」(再読)★★★

漫画(4冊)

コタニヨーコ「夏が、僕らの世界を見ていた」

熊倉献「春と盆暗」

浅白優作「スターウォーク」一巻

海島千本プリズムの咲く庭 海島千本短編集」

観た

フリクリ

美術

貝類展:人はなぜ貝に魅せられるのか」於・国立科学博物館

異端の奇才 ビアズリー展」於・三菱一号館美術館

特別展「魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―」於・三井記念美術館

雑感

 久し振りに芥川賞を読んで面白いと感じた。自分の好みは、語り手が男性で、非常に知的であるか(丸谷才一をこの年読んだのはそのため)、怒りや暴力性などを抱えている作品にハマることが多い。もちろん例外も多数ある。というか読書趣味例外だらけだ。

 あとは、高校生以来で「百年の孤独」を再読したが、当時と比べて複雑なストーリー理解する能力が向上していたとわかったのは嬉しい。

ジョジョ」や「フリクリ」など、すでに知っている物を手に取ったのはファン心理かもしれないし、これは外れないだろうというある種の安心(または怠惰さ)かもしれない。面白かったけれどね。

3月

読書(15冊)

志村史夫「古代日本の超技術新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧

田原史起「中国農村現在 「14億分の10億」のリアル

越智啓太「眠れなくなるほど面白い 図解 犯罪心理学

中島恵「日本のなかの中国 (日経プレミアシリーズ) 」

篠田謙一「新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255) 」

小牟田哲彦日本鉄道廃線史-消えた鉄路の跡を行く」

シュリー・ウォード「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う」

「生誕150年記念 モンドリアン純粋絵画をもとめて 公式図録」

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展 JACKSON POLLOCK[図録]」

鈴木真弥「カーストとは何か-インド「不可触民」の実像

池澤春菜わたし孤独な星のように」

三島由紀夫潮騒」★

若宮總「イランの地下世界」★★

永田生慈監修・解説北斎漫画 第一巻」

丸谷才一「横しぐれ」★★★

美術

特別展 慶珊寺と富岡八幡宮の名宝―『大般若経』が語る中世東国史―」於・金沢文庫

高松塚古墳壁画館、四神の館

特別展鉄道で巡る聖地 近代ツーリズム橿原神宮

雑感

 遺伝人類学が気になっていた模様。

 また、この月は数年前に行けなかった美術展の図録を買って楽しんだ。たまたま行けなかったり、コロナ禍で自粛してしまったりしたもので、ずっと喉の小骨のように行けなかった後悔にさいなまれていたのだが、すっきりした。

4月

読書(15冊)

永田生慈監修・解説北斎漫画 第二巻」

丸谷才一「樹影譚」

永田生慈監修・解説北斎漫画 第三巻」

スタインベックハツネズミ人間」(齊藤昇訳)★★

ハンフリー・カーペンター「J. R. R. トールキン 或る伝記」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(上)」

J. R. R. トールキン「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(中)」

J. R. R. トールキン妖精物語の国へ」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(下)」

A. A. ミルン「クマのプーさん Anniversary Edition」

A. A. ミルン「クマ横丁にたった家 Anniversary Edition」

エーリヒ・ケストナー池内紀訳「飛ぶ教室」★★★

ジェームズ・M・バリー「ピーター・パンウェンディ

下村智恵理「天網恢々アルケミー」★

漫画(+α)

凸ノ高秀「ぼーんずあんどがーるず」(ウェブコミック

美術

特別展古代DNA日本人のきた道―」於・国立科学博物館

チームラボボーダーレス麻布台ヒルズ

雑感

 児童文学が多い。「飛ぶ教室」は男子校卒業して二十年余りの自分にはとても良く刺さった(小さい頃にもらったのだがパラパラめくっただけだった。たぶん自分の中の男性性を求める心が強く目覚めていなかったんだろう。あるいは、一生付き合っていきたいという友人に出会う前だったからかもしれない)。また、今まで触れてこなかったトールキン作品に触れて楽しかった。これは十二月洋書による再読の遠因となる。

 スタインベック障害観が少々古いが、無駄な場面がなく、悲劇としての構成が美しい。

5月

読書(8冊+α)

J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(上)」★★★

J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(下)」★★

るるぶ神戸’25 紙書籍版」

斎藤英喜「陰陽道の神々 決定版」

原田隆之「入門 犯罪心理学

宮田登江戸はやり神

湊一樹「「モディ化」するインド ――大国幻想が生み出した権威主義」★

鈴木正崇「山岳信仰 日本文化の根底を探る」。

J. R. R. トールキン著、クリストファートールキン編「ベレンルーシエン

美術

相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史

うろこの家・展望ギャラリー山手八番館、北野外国人倶楽部、坂の上の異人館

神戸須磨シーワールド

湊川神社宝物殿

その他諸々神戸観光地

ゲーム

クインティ

雑感

 いつもの月と比べて大変に少ない。今月は休みの日に読まなかったのと、「終わらざりし物語」が上下巻それぞれ五百ページ超えと大変に長かったためである。四月までの分を加えれば平均して月十冊は読めているし、味わわずに読み飛ばすよりははるかにましである。というか、三月四月と十五冊読んでるじゃないかプラスマイナスなし。

 年始から神道をはじめとした日本信仰について読んでいる。記紀記載のない神々や、民間信仰仏教との混交などの知識が増え、日本神話についての解像度が上がった気がする。

 なお、「クィンティ」はファミコンゲームで、これをスイッチプレイした。祖父の家に合ったもの子どもの頃はクリアできないなりに楽しんでいた。スイッチの巻き戻し機能を利用してやっとクリアした。

 余談だが昨年はクリアしないなりに「パリア」をプレイしたのだった(結局こういうクエストものや箱庭・スローライフものはそこまで好きじゃないというか飽きるとわかった。スローライフと言いながら結局採取労働をしており、仕事で疲れて帰ってきてやるモチベーションが湧かない)。「Neo Atlas」は二〇二二~二〇二三にプレイしたが結局飽きている。世界探検するのが好きなのはcivilizationで分かっているのだが、通知がひっきりなしに来るので、これもリアル仕事と似ていて疲れた

6月

読書(18冊)

飯島吉晴「竈神と厠神 異界と此の世の境」

松井冬子世界の子友達になれる [図録]」★★

ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人痕跡殺人タンパクの謎」★★★

成澤勝嗣「もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アートビギナーズコレクション)」

狩野博幸「もっと知りたい河鍋暁斎 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

稲垣栄洋「生き物の死にざま」

田口善弘「知能とはなにか ヒトとAIあいだ」

稲垣栄洋「生き物の死にざま はかない命の物語

渡辺正峰「意識脳科学デジタル不老不死」の扉を開く」

松元雅和「政治哲学講義 悪さ加減をどう選ぶか」

小泉悠、高橋杉雄、太田啓之、マライ・メントラインゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」」

小塩 真司「「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイド心理学」

綾辻行人「どんどん橋、落ちた」

櫻井武「SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか」

鈴木俊貴「僕には鳥の言葉がわかる」★

信原幸弘、渡辺正峰「意識はどこからやってくるのか」

山極寿一鈴木俊貴「動物たちは何をしゃべっているのか?」

安田峰俊民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国実像

漫画10冊)

荒木飛呂彦岸部露伴は動かない」三巻

福島聡星屑ニーナ」一巻~四巻(全)

坂月さかな「星旅少年」一巻~五巻

美術

「ACN ラムセス大王ファラオたちの黄金」於・クレヴィアベース東京

雑感

 軽めの本が多め。

 この後読む皇族の本も含め、学問世界の厳しさに触れる本が多かった。知識を蓄えるのではなく、同じ問題にずっと取り組み続け、微細な差異違和感に疑問を持つ才能がないと、研究者としてやっていくのは難しい(これはうまくできなかった自分を慰めている側面もある)。

 脳科学については、著者の主張や意見ウエイトが大きく、前々から気になっていた意識心の哲学についてはそこまで突っ込めなかった。ジャンル全体の概観をつかむだけなら、おそらくウィキペディアを拾い読みしたほうが早いか

 国際政治インド中国それからロシアの本を今年はよく読んだ気がする。

2025-07-27

著書の一部「遠東的線索: 西方秩序的輸入與中國的演變」

1. 基本コンセプト:秩序輸出論(Order‑輸出論)

劉仲敬は「西洋国際秩序」がどのように東アジアにもたらされ、中国周辺地域でどのように再生(=輸出)されたかを、1912年以降のおよそ百年間を通じて追跡します。本書では、

秩序の輸入:ウェストファリア体制以降、植民地化や不平等条約国際連盟国連体制など西洋発の国際制度東アジアに持ち込まれプロセス

秩序の輸出:中国日本共産主義運動独自の「大帝国モデルを再輸出し、周辺地域や内陸アジアに影響を及ぼしたプロセス

という双方向の流れを「秩序輸出論」として体系化し、従来の一方向的な「西洋化論」を批判的に改編しています

2. 全体構成と主要章の論点

本書は序論+10章+結論構成され、主な論旨は下表のとおりです。

章 節題の例 主な議論

序論 歴史神話解体 東アジア史に残る「神話」を洗い出し、秩序輸入/輸出モデル必要性を説く

第1章 秩序輸出論の理論モデル 秩序の流れを「入力→再構築→再輸出」という三段階のメカニズムとして提示

第2~3章 不平等条約と立憲運動 清末の列強侵入と、中華民国成立後の憲政・立憲論を「西洋秩序の部分輸入」と捉察

第4章 国民政府模倣限界 国民党政権における米英「外交情報システム」の導入と、その矛盾

第5章 暗躍する世界革命 20世紀前半、コミンテルンレーニン主義東アジアに「革命秩序」を輸入した事情

第6章 世界革命の失敗 冷戦末期のソ連中国・米台間の「非公式同盟」と、台湾戦地位の低下を分析

thinkingtaiwan.com

第7章 冷戦体制の安定と裂け目 『台湾関係法』以降の米台中三角関係を、「秩序の柔性規訓」と捉える

第8章 改革開放と秩序の再輸出 鄧小平以降の中国が「市場経済+自党支配」をセットで周辺に拡散した構造

第9章 新大国の興隆東アジア秩序 21世紀初頭の中国台頭を、再び「大帝国モデル」の輸出兆候として描く

10章 多元連合体としての未来 「諸夏主義」の萌芽を示し、東アジア多元的秩序共存可能性を展望

結論 歴史神話刷新 中国建国神話と党国語りを脱構築し、新たな地域秩序を提示

3. キー・セクションの詳解

◇ 第6章「世界革命の失敗」

主張:レーニン主義スターリン主義の「世界革命モデルは、社会を敵―味方に切り分け、一気呵成破壊軍拡標榜したため、結局は内部消耗を招き、外部への拡張継続できず頓挫した。

台湾戦地位の低下:1970年代、米中ソの三角関係台湾米国秩序の「柔性規訓(技術支援情報協力)」に依存するだけの立場に転落。南ベトナムと同様に「前線国家から外され、戦略的価値を大きく失ったと解説します 。

◇ 第8章「改革開放と秩序の再輸出」

主張:鄧小平以降、中国市場主義と一党支配を「パッケージ輸出」し、途上国や内陸アジアで「経済的自由政治的統制」モデルとして受け入れられた。

意義:ソ連共産主義とは異なる「中国モデル」の国際的地位確立し、東アジア秩序に新たな亀裂を生む。

◇ 第10章「多元連合体としての未来

主張:東アジア複数の「文明圏(夏)」が緩やかに連合する多元的秩序として再編する可能性を探る。これが後の「諸夏主義理論根拠になります

4. 本書の意義

歴史神話脱構築:従来の「中国一貫史観」「西洋単線近代化論」を批判し、歴史を多層・多元的に再読解

地域秩序の相互依存性:西洋東アジア中国大陸と海洋諸国相互影響を「秩序の輸入/輸出」で可視化

現代への示唆:米中対立台湾問題改革開放後の中国影響圏拡大といった現状を、歴史的長期視点から俯瞰的理解できる

https://anond.hatelabo.jp/20250727140855

劉仲敬と各国の言論人との思想的結びつき

日本反中言論人との相性

日本保守派言論人は、安全保障経済技術現実的リスクを重視し、「中国」という単一大国モデル立脚して警戒を表明します。一方で劉仲敬は中国を多様な文明圏(諸夏)の集合と捉え、中央集権的な「大中華」神話解体理論的に唱えます。このため、表面的には「中国への警戒」という点で共通しますが、日本言論人が問題とする「中国の脅威」を、劉はより深層の歴史構造として捉えています日本言論界が打ち出す防衛強化や経済安全保障策に対し、劉の文明圏論は政策根拠として理論裏付けを与え得る――こうした点で両者は補完的です。ただし、劉の抽象的・学究的アプローチ大衆向けの論調とはやや距離があるため、直接の協業や共同声明のような即時的連携には向かないというズレもあります

アメリカ反中言論人との相性

米国の対中論者は、覇権競争人権問題貿易軍事面での衝突を中心に据え、「自由主義陣営オーソリタリアン体制」という価値対立を前面に出します。劉仲敬もまた米中を対立する二つの文明圏とみなし、その構造必然性を指摘する点では親和性があります特に中央集権的な中華体制民主化できない」とする劉の見解は、米国側の「中国は変われない脅威」という議論学問的に補強します。しかし、米国言論人が提唱しがちな軍事同盟強化や経済制裁の即効策に対し、劉はむしろ中国内部の多元自治・分裂を促す戦略示唆するため、手法論では差異があります。長期的視野での「文明共存」を標榜する劉の立場は、米国短期的・戦略思考とは一歩引いた関係と言えます

台湾反中言論人との相性

台湾言論人は、自国主権民主制度を守る切実さゆえに、感情的かつ愛国的に「中国統一圧力」を批判します。劉仲敬もまた「一つの中国」を虚構と見なす点で共鳴し、台湾独立した「夏」の一つと評価します。そのため、理論的には台湾側が狙う「国際社会への承認」や「軍事的抑止」よりもさらに深い歴史文明論を提供でき、台湾アイデンティティ確立裏付け哲学的支柱になり得ます。ただし、台湾現実主義的な安全保障外交路線(米中間を巧みに泳ぐ戦略)に対し、劉の「中国解体」的アプローチは極端と受け取られることもあるため、政策レベルでの直結性は限定的です。

香港反中言論人との相性

香港言論人は「一国二制度」の破綻言論弾圧を肌で感じ、切実かつ直接的に自由法の支配回復を訴えます。劉仲敬が香港独立した文明圏と認め、その自治文化圏尊重する立場は、まさに香港民主派の理念合致します。特に中央約束脆弱」という劉の批判は、香港人が経験した裏切り感に理論言い訳を与えるものです。反面、香港言論は目の前の弾圧と闘う実践性が強く、劉の長期的・理想的な「多元的連合体」像は今すぐの救いになりにくいという難しさがありますしか精神的支柱としては大きな共鳴を呼び、思想的な結びつきは最も強いと言えるでしょう。

https://anond.hatelabo.jp/20250727122945

劉仲敬と各地域反中言論人の違いと相性

https://anond.hatelabo.jp/20250727122739

項目 劉仲敬の特徴 反中言論人(日本台湾香港米国)との違い 相性・補完性

思想的深さ・視点 歴史的文明圏論、多民族多元連合体「諸夏主義」重視。単なる政治対立を超えた根源的構造分析。 多くは政治安全保障人権経済的現実問題を中心に議論歴史文明論は浅め。 劉の深層分析反中言論理論的補強になるが、専門的すぎて一般には難解。

対中理解の複雑さ 中国多元的多民族的に理解し、「大中主義」への批判が中核。 中国一枚岩的に「脅威」「敵」として捉える傾向が強い。 劉の多面的理解は、単純化しがちな反中論にバランスを与える補完的役割

政治スタンス 中央集権中国体制解体分散自治理論的に支持。 国家主権擁護民主主義自由防衛を最優先し、現実安全保障を重視。 方向性共通点多いが、劉は思想根本からの変革を目指すため、即応的政策とはズレる。

言論スタイルトー学術的で理論的、やや難解。思想的な枠組みを重視。 感情的実践的、政治的に切迫感を持つ言論が多い。 相互補完的だが、劉の思想一般大衆向けには敷居が高い

対象読者・影響範囲 知識層・思想層や特定専門家に影響力が強い。 広い大衆政策決定者、国際社会に向けた発信が多い。 劉の理論反中言論バックボーンとして有効だが、直接的な大衆動員には向かない。

国際的視点 東アジア・多文明圏の長期的多元秩序を志向国際政治現実的なパワーゲーム同盟関係地政学重視。 補完関係が強いが、劉はより長期的で理想的な多元共存を目指す傾向。

まとめ

劉仲敬は思想的に深く、多文明圏歴史の長期的視点から中国問題分析し、単純な対立を超えた理論的枠組みを提供

日本台湾香港米国反中言論人は、より現実的かつ政治的・安全保障的な問題に焦点を当てることが多い。

相性としては、劉の思想反中言論理論的補強や視点多様化寄与し、知識的な補完関係にある。

ただし、思想の複雑さゆえに、直接的な政治運動や大衆向け言論との間にはギャップがある。

劉仲敬思想日本反中保守派の相性・補完性

https://anond.hatelabo.jp/20250727120239

劉仲敬思想日本反中保守派の相性・補完性

1. 共通点対中批判・警戒の姿勢

劉仲敬は中国中央集権的な大中主義中華民族統一神話を強く批判し、分裂・多元的自治を支持します。

日本反中保守派中国拡張主義政治的圧力を警戒し、対抗姿勢をとることが多い。

→ ここで思想的な共鳴点がある。

2. 思想的な深みと歴史文化的視点提供

劉仲敬は歴史民族文明圏視点から中国問題解釈し、単なる政治的対立を超えた深層分析を行う。

反中保守派政治的安全保障的な観点が強い場合が多く、劉の文明論や「諸夏主義」は知識の補完として有用

3. 相違点・注意点

劉仲敬の思想中国内部の多元性や複雑さを強調し、単純な「中国=敵」とは異なる多面的理解を促す。

一部の反中保守派中国全体を単一的な脅威とみなす傾向があり、そこはやや視点の違いとなる可能性がある。

4. 補完関係可能

劉仲敬の多文明圏論や分散連合体視点は、反中保守派中国多様性理解し、より戦略的かつ柔軟な対処を考える上で役立つ。

逆に反中保守派現実的外交安全保障視点は、劉仲敬の理論現実政治に応用する際の具体的枠組みとなりうる。

まとめ表

項目 劉仲敬思想の特徴 日本反中保守派の特徴 補完関係・相性

対中姿勢 大中主義批判・多元分散支持 中国の脅威警戒・対抗姿勢 共鳴点あり

理論的深み 文明圏歴史民族視点での複雑分析 政治安全保障中心の現実主義対応 知識補完的な価値が高い

中国理解の多面性 多文明圏多様性を強調 単一的な脅威認識が多い場合あり 視点の違いに注意が必要

政策応用 理論的・思想的枠組み 現実的外交安全保障政策 互いに活用しあうと効果

結論

劉仲敬の思想日本反中保守派一定親和性があり、知識視点の補完関係として非常に有用です。ただし、思想の複雑さゆえに単純なイデオロギーとして受け入れるよりは、柔軟に多面的活用するのが望ましいです。

劉仲敬の考える「脱中華」とは?

https://anond.hatelabo.jp/20250727120239

劉仲敬の考える「脱中華」とは?

1. 「中華」の枠組みを根本から疑い解体すること

劉仲敬は「中華」や「中華民族」という概念政治的神話プロパガンダとみなし、それに基づく大中主義的な国家統一観念根本から解体・脱却することを指します。

2. 多様な民族文明圏(諸夏)への回帰

「脱中華」とは、単一民族単一国家の「中華幻想から離れ、歴史的に多様であった地域民族独自性、多文明圏多元的連合体に戻ることを意味します。

3. 中央集権体制否定地域分権の推進

中華中央集権的な中国帝国体制共産党一党独裁体制否定であり、地方民族ごとの自治独立多元的政治秩序を追求します。

4. 歴史的帝国支配終焉

「脱中華」は単に現代中国から離脱するだけでなく、数千年続いた中国帝国支配皇帝制度終焉示唆し、地域文明分散多様化を目指す思想です。

5. 現代的な政治的意味合い

劉仲敬の「脱中華」は、台湾独立チベット新疆内モンゴル琉球沖縄)などがそれぞれの文化政治的主体性回復することにも繋がり、中国の一体化・統一神話に対する根本的な挑戦と位置づけられます

まとめ

ポイント 意味解説

中華概念解体 中華民族大中主義神話政治的プロパガンダ否定

多元的文明圏(諸夏)への回帰 単一国家モデルから多民族・多文明圏の多元連合体へ移行

中央集権体制否定 強権的な中央集権政治から地域自治・多元政治への転換

歴史的帝国支配終焉 中国帝国皇帝制度歴史的終焉意味する

現代政治的挑戦 台湾独立少数民族自治など、中国統一神話への挑戦

劉仲敬の米中対立

https://anond.hatelabo.jp/20250727120239

劉仲敬の米中対立

1. 米中対立は単なる国家間の力関係ではない

米中対立は単なる二つの大国の争いではなく、文明圏政治体制価値観の衝突であるとみなしていますアメリカ多元的で分権的な自由主義体制代表し、中国中央集権的な大中主義体制代表しています

2. 中国中央集権体制根本的に変わりにくい

劉仲敬は中国体制歴史的文化的中央集権を基盤としており、民主化自由主義への移行は極めて困難だと考えています。そのため、米中対立は長期化しやす構造対立とみます

3. 米国中国の分裂を促すべきという考え

中国単一国家として強大化させることを抑制するため、劉仲敬はむしろ中国の多様な民族地域自治や分裂を促すべきだと示唆します。これにより、中国中央集権体制支配力を弱める戦略的効果を期待しています

4. 米中対立文明間の価値観の競合

アメリカ個人自由民主主義を軸にする文明圏中国は秩序と統一を重視する文明圏として、それぞれ異なる価値体系を代表し、これが対立根本原因とされます

5. 対立は不可避だが対話連携必要

劉仲敬は対立構造必然性を認めつつも、複数文明圏共存連携する多元的秩序の構築を理想としています。そのため、単純な軍事衝突ではなく、複雑な政治的折衝や調整が必要とみます

まとめ

ポイント 内容

米中対立文明圏価値観対立 自由主義・分権(米)vs中央集権統一重視(中)

中国中央集権体制は変わりにくい 歴史的文化的に強固な中央集権体制民主化は困難

中国の分裂や多元自治を支持 中国単一国家として強大化させるより、多様な自治を促すべき

対立は不可避だが多元的秩序が理想 軍事衝突だけでなく、文明間の共存連携を目指すべき

劉仲敬から見た香港と反送中デモ

https://anond.hatelabo.jp/20250727120239

劉仲敬から見た香港と反送中デモ

1. 香港独自文明圏(「夏」の一つ)として捉えられる

香港歴史的中国本土とは異なる植民地時代を経て、独自法制度や文化社会構造を築いてきました。劉仲敬の「諸夏主義」の視点では、香港中国大陸の一部というよりも、独自の「夏」として考えられます

2. 「一国二制度」への懐疑と矛盾

香港の「一国二制度」は中国共産党が一時的に認めた独自政治法制度ですが、劉仲敬はこうした中央政府約束根本的に脆弱で、最終的には大中主義的な中央集権によって押しつぶされる運命にあると見ています

3. 反送中デモは「諸夏」間の対立の一例

反送中デモは、香港独自性や自由を守ろうとする動きであり、中国本土中央集権体制との衝突を象徴しています。これは単なる政治運動ではなく、文明圏の違いがぶつかる構造的な問題解釈されます

4. 中央政府による「文化弾圧」と民族地域差異の抑圧

劉仲敬は、中国共産党が漢民族中心の「中華民族統一神話を強化し、香港独自文化言語広東語)を抑圧する動きを批判しています。これは広義の文化弾圧であり、結果として反発が生まれているとみます

5. 香港未来は「諸夏主義」の視点から見るべき

彼は香港中国本土と同一視され続けることに疑問を呈し、香港を含む地域ごとの多元的自治連合形態模索されるべきだと示唆しています

まとめ

ポイント 内容

香港独自文明圏(夏)の一つ 中国大陸の一部ではなく独自歴史文化圏として評価

一国二制度中央集権圧力で揺らぐ 中央政府約束脆弱で、最終的には中央集権が強まると予想

反送中デモ文明圏間の対立 香港自由独自性を守ろうとする運動文明圏の違いの表出

文化弾圧言語弾圧批判 漢民族中心主義による地域文化の抑圧が反発の原因とみなす

多元的自治連合体の必要性 香港も含め、地域ごとの自治連合形態模索するべきだと提唱

劉仲敬から見た台湾位置づけと評価

https://anond.hatelabo.jp/20250727120239

劉仲敬から見た台湾位置づけと評価

1. 台湾独立した「夏(文明圏)」の一つ

劉仲敬は台湾中国大陸の一部として一律に扱うのではなく、歴史的文化的独自文明圏として捉えています。つまり台湾中国の周辺の亜流や単なる「一県」ではなく、独立した文明圏ひとつです。

2. 多民族多文化の複合体としての台湾

台湾には漢民族系だけでなく、原住民や後から移民、そして独自言語文化があります。こうした多様性台湾を単なる中国の一部とは異なる存在にしています

3. 中国大陸中央集権統一モデルへの批判立場

劉仲敬は中国共産党の「一つの中国政策や「中華民族統一神話批判し、台湾独立自治は「自然歴史的帰結」と見る傾向があります

4. 台湾独自政治的文化的主体性承認

彼は台湾民主化自由主義的な政治体制評価し、中国大陸中央集権体制とは別の政治文化圏として尊重しています

5. 琉球沖縄)や他の周辺地域との比較

劉仲敬は琉球新疆チベットなどもそれぞれ独立した「夏」として評価しており、台湾も同様に多元的文明圏の一つである位置づけています

まとめ

ポイント 劉仲敬の見解

台湾独立した文明圏(夏) 中国の一部ではなく、歴史的文化的独立した存在

多民族多文化の融合体 原住民移民など多様な民族文化共存している

中国中央政府統一神話否定一つの中国政策虚構政治的神話とみなす

台湾民主的政治体制評価 自由主義的な政治文化圏として尊重

周辺地域と並ぶ多元的文明圏 琉球新疆チベットと同様に独自文明圏として認識

劉仲敬から見た日本の特徴と位置づけ

https://anond.hatelabo.jp/20250727120239

劉仲敬から見た日本の特徴と位置づけ

1. 日本独自文明圏(「夏」の一つ)として捉える

劉仲敬の「諸夏主義」の枠組みでは、中国大陸以外の地域も「夏=文明圏」のひとつとして考えられます日本は、長い歴史と独特の文化を持つ独立した文明圏であり、単なる中国文明周辺地域亜流ではないという立場です。

2. 中国と違い「中央集権的な巨大国家」にはならなかった

日本歴史的に中央集権国家をつくりながらも、中国のような広大な多民族帝国形態は取らず、島国ゆえの文化独立性と地域分権的な要素が強いとみなします。

3. 歴史的に「諸夏」間のバランサー存在

劉仲敬は東アジア地域関係文明圏同士のバランス連携とみることが多く、日本中国大陸複数の「夏」の間で独自の影響力を持ち、特に琉球朝鮮半島台湾などとも複雑に関係してきたと評価します。

4. 中国大中主義に対抗する存在としての日本

中国の「中華民族中華帝国」の統一神話に対し、日本独立した文明圏としてその政治的文化的な影響力を保持しているため、一定意味中国の主張や影響に対抗する存在と見ています

5. 現代日本役割

劉仲敬は直接的に現代日本政治社会を詳細に論じることは少ないものの、東アジアにおける「多元的連合」の一員として、日本多様性独自性を重視し、地域の安定や文明共存に貢献するとみなしている可能性があります

まとめ

ポイント 劉仲敬の見解評価

日本独立した文明圏(夏) 中国文明亜流ではなく、独自文化圏・文明圏

中央集権多民族帝国ではない 島国独立性と地域分権的な特徴を持つ

東アジア地域バランサー役割 複数の「夏」の間で独自の影響力・調整役を担う

中国大中主義に対抗 中国統一神話へのカウンター存在

多元的連合体の一員として評価 地域多様性尊重共存寄与

諸夏主義とは何か?

諸夏主義(しょかしゅぎ)とは?

「諸夏主義」は劉仲敬が提唱した概念で、中国大陸を「単一中華民族国家」としてではなく、複数独立した文化圏文明圏(=夏)からなる連合体とみなす思想です。

「夏(か)」とは?

「夏」は古代中国自分たち文明を指す言葉ですが、劉仲敬はこれを「文明単位」「文化圏」として広く解釈しています

まり中国の歴史や現代社会は、複数の「夏」が共存連合している状態と見るのです。

諸夏主義の核心

中国は一つの民族国家ではない

中国は多様な民族文化集合体で、複数独立した「夏(文明圏)」が歴史的共存連合してきた。

多元的連合体としての中国

国家としての「中華人民共和国」はこの複数文明圏一時的・人工的な統合体にすぎず、永続的な統一はありえない。

それぞれの「夏」の自治独立が望ましい

文明圏は自立し、緩やかに連携し合う多元的政治体制をつくるべきだ。これが「諸夏主義」の理想形。

単一民族単一国家モデル否定

大中主義」のように漢民族中心で国家統一を求めるモデル否定し、多様性自治尊重する。

劉仲敬の思想文脈での意義

中国における「中華民族」や「中華人民共和国」の統一神話批判し、現実の多様な民族的・文化的状況を反映させた新たな政治思想

地域主義的な分散自治を支持し、中国の分裂や再編成を予見・促進する思想として注目される。

台湾チベット新疆内モンゴルさらには琉球沖縄)や満州なども、それぞれ独自の「夏」として考えられる。

まとめ

諸夏主義ポイント 意味解説

夏(文明圏)の複数存在 中国複数文明圏文化圏共存している

単一民族単一国家モデル否定 漢民族中心の大中主義は作られた神話しかない

多元的連合体形成文明圏独立自治しつつ、緩やかに連合する形が理想

国家の枠組みを超えた新たな秩序 伝統的な国家観を超え、地域ごとの自治連携を重視

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劉仲敬と従来の中国反体制派の違い

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劉仲敬と従来の中国反体制派の違い

項目 従来の中国反体制派(民主派自由主義派) 劉仲敬の主張

中国国家既存の「中華人民共和国」を民主的改革民主化すればよい 「中華人民共和国」という国家枠組み自体が人工的で非現実的中国多民族連合体として再構築・分裂すべき。

民族観・統一観 「中国は一つの民族中華民族)としてまとまるべき」ことが前提 「中華民族」は政治的神話実態複数民族の多元集合体単一民族国家否定

体制批判の焦点 一党独裁権威主義体制民主化自由化目標 体制批判根本的。中央集権国家崩壊多元的地域分裂・自治を推奨。

未来ビジョン 民主主義中国の実現(西洋民主主義への接近) 「諸夏主義」などの地域文明単位による緩やかな連合体形成国家民族固定観念解体

歴史観 中国は長く続く統一国家であることを基本に認めている 中国史は分裂と連合の繰り返し。単一連続的な民族国家歴史は作られた神話

国家態度 中華人民共和国を乗り越えるための改革革命志向 国家のもの時代遅れ解体視野。新しい地域単位多元的な秩序を目指す。

国際関係国家主権尊重国家としての中国民主化目標 国家の枠組みを超えて地域間の多様な連携自治を重視。国家主義ナショナリズム否定

具体的に言うと…

従来の反体制派は「共産党独裁民主主義に変える」「言論の自由法の支配確立する」といった改革を求めます。これは「中国という国家を良くする」ことが前提です。

一方、劉仲敬は「中国という国家そもそも巨大な神話であり、漢民族中心の大中主義虚構」とし、「国家民族概念自体を分解し、多様な民族地域が緩やかに連合する新しい秩序を作るべき」と主張します。

まり、従来の民主化運動が「国家改革」を目指すのに対し、劉仲敬は「国家の枠組みの破壊と再構築」を提唱しているのです。

なぜ彼の考えはユニークか?

伝統的な中国の「民族統一」観や「国家主権」を根本的に疑っているため、単純な民主化論や自由化論では解決できない根本問題を突きつけている。

そのため、民主派自由主義から理解しづらい「分裂主義」としても受け取られることがあります

逆に言えば、彼の主張は中国の多様な民族地域現実を踏まえ、より柔軟で現実的未来像を模索しているとも言えます

2025-07-18

日本放送における政治的中立性と情報信頼性に関する考察

レポートは、日本放送における政治的中立性という長年の課題に焦点を当て、その具体的な実態資金源と権力関係性、そしてデジタル時代情報環境の変化がもたらす影響について、多角的考察したものである特に電波公共財産であるという日本特殊放送構造と、それに起因する固有の課題について深く掘り下げるとともに、諸外国の事例やブロックチェーン概念を交え、情報信頼性確保に向けた論点提示する。

放送法における政治的中立性の現状と課題

日本放送法第4条は放送事業者に「政治的に公平であること」を義務付けている。この「公平」の解釈は長年議論の的となっており、現状では量的公平(ある候補者に報じた時間を他の候補者にも同程度割く手法)が広く採用されている。

メリット:
デメリット:

「公平」の多様な解釈

量的公平の他にも、「公平」には以下のような解釈存在する。

資金源が放送政治的中立性に与える影響

日本放送は、受信料運営されるNHK日本放送協会)と、広告料で運営される民間放送に大別され、それぞれ異なる構造課題を抱えている。

民間放送広告主・企業献金の影響

民間放送広告収入依存するため、以下のような形で政治的中立性が脅かされる懸念がある。

NHK政治との関係

NHK受信料運営されるため広告からの直接の影響を受けない一方で、政治との根深関係性が指摘される。

透明性確保と国民監視国内外の取り組みとブロックチェーン示唆

ガバナンスの強化や透明性の確保は、国民監視が伴って初めて実効性を発揮する。日本政治資金問題が示すように、監視の目がなければ問題放置されうる。

外国における取り組み

他国では、政治資金の透明性確保やメディア独立性確保のために様々な制度アプローチが試みられている。

政治資金の透明性:
メディアガバナンス独立性:
ブロックチェーン概念から示唆

ブロックチェーン概念は、情報の透明性と改ざん困難性という点で、政治資金メディア報道における情報信頼性確保の可能性を秘めている。

モチベーション非対称性」という本質的課題

最大の課題は、「フェイクを流すことで利益を得ようとするモチベーション」が、「正しい情報環境を守ろうとするモチベーション」よりも往々にして高いという点であるセンセーショナルフェイクニュースは速く拡散する(ベロシティが高い)のに対し、事実確認や訂正は時間と労力がかかる(ベロシティが低い)。このモチベーション非対称性が、健全情報環境の維持を困難にしている。

結論

日本放送における政治的中立性確保は、放送法の解釈資金源、そして政治との構造的な関係性という複数レイヤー課題を抱えている。諸外国の取り組みやブロックチェーンのような技術解決策は参考になるものの、それらはあくまツールに過ぎない。

最終的に、健全情報環境民主主義を維持するためには、国民一人ひとりのメディアリテラシーの向上、そして政治メディアに対して不透明な部分を批判的に検証し、声を上げていく「不断努力による監視」が不可欠である技術人間努力が組み合わさって初めて、情報信頼性担保される社会が実現されるだろう。

2025-07-13

anond:20250713200546

この返答には複数の深刻な論理的誤謬が含まれており、議論の質を著しく損なっています。以下、主要な問題点を体系的に分析いたします。

## 科学手法誤用

科学実験における統制変数概念社会的価値判断不適切適用している点が重要誤謬です。科学実験では測定可能変数を統制して因果関係特定しますが、人間価値尊厳は測定可能変数ではありません。社会的価値判断は複雑な文脈的要因を考慮する必要があり、実験室的な単純化適用できません。この類推は表面的な類似性に基づく誤った論理です。

## 価値判断における等価性の再定義

「差をつけない」という表現を「価値がない」と再定義する論理根本的に欠陥があります社会における平等な扱いは、異なる属性行為価値否定するものではなく、個人基本的人権尊厳を等しく認めることを意味します。例えば、職業における平等処遇は各職業社会的価値否定するものではありません。この論理意図的概念混同させています

## 論理的必然性偽装

「以外に解釈できない」という断定的表現は、論理的分析ではなく修辞的強制に該当します。実際には、出産社会的価値を認めながら個人人間としての価値出産能力判断しない立場多元的価値観に基づく個人評価、貢献の多様性を前提とした社会的包摂など、複数合理的解釈存在します。単一解釈強要することは論理的思考の放棄です。

## 権威への攻撃による論点回避

AI馬鹿ポリコレ汚染されてる」という表現は、議論の内容に対する実質的反駁ではなく、論者の属性や背景を攻撃することで議論から逃避する手法です。これは議論本質的問題対処することを回避し、感情的反応を通じて相手信頼性を損なおうとする典型的詭弁手法です。

## 二項対立の強化

この返答は依然として複雑な社会的問題を単純な二項対立還元しようとしています人間価値社会的貢献は多次元的であり、単一基準による判断現実の複雑性を無視した過度の単純化です。

この返答は、表面的な科学権威を借用しながら、実際には論理的厳密性を欠いた議論を展開しており、感情的攻撃を通じて実質的議論回避する詭弁構造を示しています

2025-07-07

[]石岡丈昇のエスノグラフィ入門を読んで

子の付き添い入院経験してそれを何かの形にしたいと思っているのだけれど、その「形」とエスノグラフィは8割くらい被ってる気がする。「当事者研究」とも近い。

この本は、私が付き添い入院と付き添い入院の間、数ヶ月の在宅治療中に、「なんかメンタルが整うような本ないかな」と思って立ち寄ったスーパーの中にある本屋で、めぼしいものが見つからず、「じゃあ新しい学びでも得るか」と立ち寄った新書コーナーで見つけた本だ。「エスノグラフィってなんだっけ?」と思って手に取ったが、初めて知った言葉だった。

買って一日で読み切ってしまった。

この本では「エスノグラフィとは何か?」という問いに対し、冒頭に結論となる文章が書かれている。初見では分かりにくい文章だが、その中で登場するキーワードを、各章で細かく説明する形で理解を深めていくようになっている。

私の感想もその文章の各キーワードについて、「付き添い入院中に私がやってたのってエスノグラフィなのかな〜違うかな〜」など、思ったことを書いていく。

その文章説明をするところの前に「はじめに」と第一章の「エスノグラフィを体感する」があるので、そこの感想

はじめに

エスノグラフィは社会学の一部らしい。私は社会学部卒だったのでこの本を手に取ったのも必然だったか、という気持ち。あとこの「はじめに」の中に「在宅酸素療法」という言葉が出てくるのにも驚き。子がまさに酸素療法中だったので、「空気って大事なんだな」って話に非常に縁を感じた。

第一章 エスノグラフィを体感する

賭けトランプと棺の話面白い。ざっくりこの辺まで立ち読みして買うのを決めた。

エスノグラフィは何も隠されてはいない、ありふれた日々の「生活を書く」ことを基本にします』。付き添い入院が行われている小児病棟は、隠されているわけではないけど、限られた条件の人しか参加できない。ただ、そこでは少し変わってはいものの確実に生活が営まれている。

フィールドで見た場面と研究主題接続:これが私の書きたいこととエスノグラフィの違い。私特に主題っぽいものを持ってない。「貧困」とか「差別」みたいな。多分。問題意識はあるんだけどそれをいま書いて訴えたいかと言われると、ちょっとピントがズレる。

フィールド自分普段生活二重写しにみる:これはそう。付き添い入院を知らなかった私には戻れない。

フィールド調査十戒:これは基本的に「部外者」としての考え方だ。「当事者」として病棟にいた私が、より理性的振る舞うために何が必要だったか考えさせられた。寛大であることと関わる人を中傷しないことは難しかった。私は「奪われた」寄りの人間だったから、無駄に奪われないために戦う必要があったし、中傷もした。「そういう考え方もあるね」と俯瞰することもないではなかったけど。フィールド文化歴史を知るために調べて歩き回ることは意識した。付き添い入院がどういった背景で行われているのか調べ、実際に入院する前に病棟見学もさせてもらった。情報があまりにも少ないことが不安を生んでたからだ。偉そうにしないこととただの見学にならないように記録することも「部外者」の発想だと思う。

書くことについては、私は完璧に考えがまとまってから書くのでも、書きながら考えが立ち上がってくるのでもなく、考えた端から書きつけていかないと気が済まないタチ。不安や怒りといった感情とこれからすべきことは何かといった思考が絡まった状態脳内にあるので、言語化して要らない感情は捨てて、必要思考を拾い上げていく。整理してまとめ上げるというよりは断捨離

章間にあるコラム全部面白いストリートコーナーソサエティの付則が面白いって書いてあるのと似てるかもしれない。

さて本題の結論となる文章こちら。

エスノグラフィは、経験科学の中でもフィールド科学に収まるものであり、なかでも①不可量のものに注目し記述するアプローチである。不可量のもの記述とは、具体的には生活を書くことによって進められる。そして生活を書くために調査者は、フィールドで流れている時間参与すること必要になる。こうしておこなわれたフィールド調査は、関連文献を④対比的に読むこと着眼点が定まっていく。そうして出来上がった⑤事例の記述を通して特定主題(「貧困」「身体」など)についての洗練された説明へと結実させる。
①不可量のもの (第二章 フィールドに学ぶ

妊娠中に子が先天性心疾患を持っていることがわかった。付き添い入院必要があることが分かったのは生まれて1か月が経ったころ。2か月で手術をし、付き添い入院が始まり、4か月で退院した。現在子は7か月で、この先もう一度、手術と付き添い入院の予定がある。そしてその母親である私は、大変な記録魔である。それも、数字の記録はあまり続かず、起きたことを起きた時に感情と共に記録することを、携帯が普及し始めた学生時代からずっと続けてきた。そのため、子の病気に関することや私の生活についての数千件にも及ぶメモが分単位で記録されている。これは、不可量のものが記録されたフィールドノートになるのか?

客観化の客観化:エスノグラファーが研究対象に参加しようと努力するのに似て、私は自身自身の置かれている環境を観察できるよう、自分の心から離れた位置から事象を捉えようと心がけてたように思う。発生時点では一人称的な見方になるし、ショックも受けるが、落ち着いたら、相手立場に立ったり、制度面での欠陥がどこにあるのかを考えたりもした。冷静になりたかったし、付き添い入院経験したこと有益にしたかった。

この章に出てくる市について『2024年能登半島地震被害に遭った地域にある』との記述を見て驚く。待ってこの本いつ出たの?2024年9月!?出版されて一年経ってない本を私はいま手に取って「やべ〜めっちゃ今私が知りたかった視点だ〜」とか思ってるの!?「いまーここ」すぎる。

生活を書く (第三章 生活を書く)

私が付き添い入院中記録していたことは100%これだ。事件もあったが、日常をひたすら記録していた。というか、育児日記を書いているママ大勢いるから、生活を書いている人はたくさんいるんだろう。参与ではなく当事者研究に近い行い。

アフリカの毒については、退院後の外来で、他のママが「あの環境って独特ですよね。なんか連帯感というか」となんだか楽しげに言っていたのが印象深い。子の命が懸かっているので、アフリカのように無限に往復したい場所ではないのだが、そこを無視すれば、一種の寮のような共同生活は他にはない体験ができる場所だ。具体的にどこがとは言いづらいが、非常に「日本的」だとも感じた。

フィールドを『問題地域としてのみみなすような態度を取らない』ことは、付き添いが始まる前はどうしてもできなかったことで、始まってみて「どこにいようが日常は続くな」と思うようになったことを思い出した。ちょっと石岡先生の言いたいこととズレてる気もする。

ここで『かわいそうでもたくましいでもない』という記述がある。かわいそう、たくましい。この二つは患者家族がめちゃくちゃ言われる言葉トップ2だ。そうね。かわいそうだし、たくましくもある。そのあっさい感想で、あっさい関係性の人たちについてはもういい。だがもうちょっと地に着いた、実際どうなの?というところを知りたい人に対して、私はものを書きたい。この記述太字で書いてあって、後半にも出てくるから先生の中で通底してる考えなんだろうと思うととても嬉しい。

部落の話を通じて「いまーここ」を見つめようという話は、目を逸らしたい気持ちだった。自身の中にもいろんな偏見があって、正すべきだとわかっているけれど、今ちょっとそんな余裕がない。ごめん。の気持ち

エスノグラフィで記述されるのはすでにあるものって話も、私を勇気づけるものだった。こんな当たり前のこと書いてなんになるんだろうと思うような話ばかりだが、丁寧に調べて書けば、論文にすらなるんだと思うと心が晴れた。

買ってから気づいたのだけど、この本には挿絵が入っている。印象的な場面やキーワードをページ一枚のイラストという形でも表している。図表は一個もない。大学教授自身研究と参考文献を大量に提示した、論文に近い新書でこの形式はとても珍しいと思うが、文章だけでなく絵で切り取ってみるのも、エスノグラフィが一つの事例を深掘りし、「何が」を調べるものではなく、「いかに」を調べる学問であるという説明を強化しているなあと思った。

時間参与する(第四章 時間参与する)

その場に見学者としているだけではなく役割を持って参加することを持って「時間参与する」と表現しているようだ。私は当事者なので参与も何も、強制参加させられて日常に帰ってきたのちに、「あの経験エスノグラフィにできないか?」と、入り口ではなく出口としてエスノグラフィを使おうとしている立場である

参与観察はもう少ししたかった。他の家族がどうやって子を看病しているか、一日のスケジュールがどうなっているか経済状況、家族構成、抱えている困難。知り合いになった結果面倒ごとを押し付けられそうで、退院が確定するまで(いざとなったら逃げられる状況になるまで)他者を詮索するリスクを取れなかった。逆に言えば退院が決まってからめっちゃ人と話した。

④対比的に読む(第五章 対比的に読む)

この本を読む以前に私がやってきたことがエスノグラフィ(というか研究)じゃないのはここだなあと。大学時代にやったことだが、研究には先行論文を読むステップが欠かせない。ただ単に「これってこうだと思うんですよ!」だけじゃダメで、「この論文ではこう言ってて、この研究ではこういう結果で、でも自分はここの部分はこう思ってて。で実際調査してみた結果がこれ。ね?あってるでしょ?」みたいな。

そして今日この本を読み終わって思ったのが、「この本を読んだことで、私のエスノグラフィ始まったんじゃない?」ということ。まあ当事者なので完全にエスノグラフィにはならないし、仮説を立てるとか主題を持つとかする気はないのだけど、この部分はエスノグラフィっぽい、ここは違うな、と「対比的に読んだ」ことで、ただの雑記が、研究分析みたいな深みを得そうな気配がした。

それ以外にも「対比的に読む」ことはしていて、いま書こうとしているのと同じ媒体の、似たタイプの作者の書いたものを大量に読んで勉強している。書きながらやっているので、自分がぶち当たっている壁をどう解決しているのか教えてくれる最良の教科書として機能しているし、自分が書くもののどこがユニークなのかを都度確認もしている。

あとここで先生は『容赦なく書き込む』ことを推奨しているので、ここで初めてマーカーを手に取った。私は本を汚している感じがして書き込みをしない。けど、書いた人がそうしてというなら遠慮なくそうする。「はじめに」に書いていてほしかったな。なんでこんなど真ん中で…。先生の言うように初読の読むペースの時間経験の中で重要と思われる部分にマークしていくべきだった。珍しく凄まじいスピードで読んだから、この文章を書きながら再読している時の咀嚼感と全然違う。

対比的に読むことがデータをつくることに関連している:一回目の付き添い入院初体験だったので新鮮な驚きや緊張感で乗り越えられた気がするが、待ち受けている二回目に向けてのモチベがなくて困っていた。どういった姿勢で臨むべきか決めかねていて。そんな悩みに光を差す記述として、『フィールドで得た漠然とした問題意識を明確にするために文献を読み、着眼点を得て、その着眼点気づきを持ってフィールドに戻って、「データをつくる」ためにインタビューフィールドノートの記述をするのだ』(要約)と書いてありました。なるほどな〜と。二回目もやはり逃げられる状況になるまで他者インタビューリスキーではあるけれど、とりあえず一回目の振り返りをして、二回目はどんな記録をしていきたいか見定め、関連資料を探すことをしようと思う。

⑤事例の記述を通して(第六章 事例を通して説明する)

私は日常を書きたいだけで主題がないので、この章は自分のやってることとはちょっと違うかなということが多かったのだけど、主題があるとすればできることはあるなあと思った。前章の対比的に読むことや、社会学文脈で書くこともそうだし、比較するのではなく、対比することもそう。

子の闘病において、病棟で暮らすことと、家で暮らすことのほかに、「外来」という場所がある。退院後も月に一回程度はその病院外来に足を運んで検査をするし、外来を重ねてまた入院することもある。病棟にいるとよく聞く会話に「外来来るよね?」というものがある。最初耳にした時はそんなこと確認してなんになるのかと思ったが、別の日、外来に来た母親病棟にも顔を出すというので、病棟の外に大量の母親たちに、なんと医師看護師病棟保育士まで集合しているのを見た。主題を「人間関係」とかに置いた場合、「病棟」と「家」だけで見たら抜け落ちてしまものがこの「外来」という場所にありそう、対比して調査する場所として必須なのではと感じた。外来もまた病棟とは違った、独特な空気感を感じる場所である

時間的予見を奪う:これは私に取って大きな学びだった。本書ではフィリピンの立ち退きに遭ったスラム住人の例が挙げられていたが、付き添い入院もこの困難を抱えていることを自覚たからだ。付き添い入院は始まる時も終わる時も未定で、予告されるのが数日前だったりする。病気を抱えているから当然だと思うだろうか?では、その入院する病棟が、盆正月GWといった長期休暇にはガラガラになることを知っても同じ感想を持つだろうか?病気の子人質医療者の都合が押し付けられているのだ。あーあ書いちゃった。まだ治療が続くので今は敵に回したくないんだけど、気づいたら書かずにはいられない性分で。先の見通しが立たないことは病児看護において日常になる。生まれから治療が終わるまで、年単位スケジュールが未定になる。純粋病気のせいの部分もあるが、先に書いたように医療者の都合による部分が確実にあるにも関わらず、それは私たちには容易には分からない上、付き添い入院は「家族がどうしてもやりたいっていうからやらせてあげている」ていになっているので、余計にストレスが溜まる。この気づきを得たのは大きかったな。

病棟が長期休暇になると患者が減ることは他の家族のインスタで知った。付き添い入院において背景や論理を知ることは難しい。先にも書いたように詮索することで子の手術や看護といった医療サービスが適切なタイミングや質で受けられなくなるかもしれない不安が付きまとうからだ。医療者の側から観察できればいいのだけど。もしくは保育士や清掃員とかで入るのもいい。

ある人々にとっての現実の把握:この、たった一つの真相を知るでもなく、多元的見方をするのでもなく、バイアスがかかっていることを自覚しながら観察するのは、当事者としてもいい見方だなと思った。私は当然患者家族であるので、その立場からものを見て言いますよと、自省的なのか開き直りなのか分からない姿勢にも自信が持てるというもの

ミクロ視点からマクロを見る:付き添い入院マクロにまで射程が届く研究対象なのは明らかだろう。付き添い家族ターゲットにしたNPOあるくらいだし。一方でその実態は泣く子と眠れない夜を明かし洗濯をし食器を洗いシャワーを浴びて食事をする、とても地味でありふれたミクロな場面の連続だ。

ルポルタージュとの違い:エスノグラフィは時間の縛りがない事がルポとの違いらしい。なるほど。昨日『ダーウィンが来た』で、動物写真家シロイワヤギを40年追っかけてるっての見たけど、そっちと近いんだろうか。文学とも重なる感じ。先生も書いてるけどエスノグラフィは「読み物として面白いものが多そう。まだ私一冊も読んでないけど、本書で引用されたものだけでも十分面白かった。けど、「研究」でもあるので、主題と紐付けて研究結果が出てくるところが、エッセイルポとの違いだろうか。エッセイでも面白いものはそうした「発見」みたいなのはちょいちょい見る気がするけど。社会学文脈にびたびたに浸って先人たちのあれやこれやを紐づけまくってその上に自分の見た事象から発見記載できればエスノグラフィなのかな。知らんけど。ここは明確な区切りがわからなかった。

長文の研究計画書を書くって書いてあったけど、そこに何書くんだろう?私は主題はなくてフィールド強制的に決められて問題意識(不平不満)と記録は大量にあるわけだけど、大学生とかは、①エスノグラフィというものがあるのを知り、②「子供貧困について研究したい!」とかって主題を決め、③エスノグラフィで調査しようと決めて、④主題関係が深そうなフィールドを探して(こども食堂とか?)、⑤主題に繋がりそうな場面に遭遇しないかな〜と思いながら参与観察するみたいな感じだろうか。やりてえ〜大学生に戻って。

研究お金の話は文系理系も似たような感じだな〜と思った。応用研究は金出るけど基礎研究にはなかなか出ないし長期での研究も難しいみたいなの話。

おわりに

私が今付き添い入院フィールドエスノグラフィができない理由はここまで書いた通りで、問題意識を表出すると角が立つからだなあ。当事者は奪われる側なので。できない分ここで社会学視点からみれそうな表現問題意識については書いたつもりなので、誰かやってください。ほんとはやりたいよ。今すぐ石油王になって付き添い入院病棟を全て個人産院並の、シャワートイレ冷凍冷蔵庫付きで親と子それぞれのベッドがある広めの個室にして、食事もついて、付き添い保育士外注できるようにして、その病棟看護師患者家族全員が参加 Permalink | 記事への反応(2) | 17:51

2025-06-23

anond:20250622123225

A:それにしても、この「<法>の支配」って何なんですか?なんで法に<>付けてるんでしょう?

B:あー、それは従来の法律だけじゃなくて、ガイドラインとかアルゴリズムとかも含めて考えようということらしいですね。

A:でもそれって、結局誰が決めてるかよくわからないルールに従えってことですよね?普通法律なら国会で決めるから、気に入らなかったら選挙文句言えますけど、業界の申し合わせとかアルゴリズムって誰が決めてるんですか?

B:まさにそこが問題なんです。実はこの「<法>の支配」って、報告書では「アップデート」と言ってますが、歴史的に見ると完全に逆行してるんですよ。

A:え、どういうことですか?

B:法の支配って、800年以上かけて発展してきたんです。最初ゲルマン部族法みたいな慣習から始まって、マグナカルタで成文化されたけど、あの時点ではまだ貴族特権しかなかった。

A:ああ、学校で習いました。王様権力制限したって。

B:そうです。でもそれが本当に意味を持つようになったのは、近代になって議会制民主主義と結びついてからなんです。国民が選んだ代表が法を作り、司法政府をチェックする。これで初めて一般市民権利も守られるようになった。

A:なるほど。それが本当の進歩だったんですね。

B:ところがこの「<法>の支配」は、その核心部分である議会制民主主義司法審査から切り離されてるんです。「マルチステークホルダー」とか言って、選挙で選ばれない人たちに権限分散させている。

A:それって、昔に戻ってるってことですか?

B:そうなんです。中世領主教会商人ギルドが、それぞれ勝手ルールを作って支配していた時代と同じような多元的支配に戻ってる。近代国家が統一的な法秩序を作り上げたのに、また分散させようとしてるんです。

A:でも報告書では「アップデート」って言ってますよね?

B:それが巧妙なところなんです。「新しい」「革新的」という言葉で包装してるけど、実際は前近代への退化なんです。しか司法審査制も形骸化させようとしてる。

A:どういうことですか?

B:裁判所アルゴリズム適法性なんて審査できますか?技術的に無理でしょう。結局、司法によるチェックを回避する仕組みになってるんです。

A:つまり、「法の支配」の民主的な部分を取り除いて、支配の部分だけ残そうとしてるってことですか?

B:まさにその通りです。法の支配が「人の支配」「力の支配」を克服してきた歴史的意義を完全に無視してる。800年進歩無駄にしようとしてるんです。

A:怖いですね...。「アップデート」の名前で、実際はダウングレードしてるなんて。

B:そういうことです。市民にとっては何が「法」なのかもわからなくなるし、法的安定性も予測可能性も失われる。これのどこが進歩なんでしょうね。

2025-05-18

国民民主党公認した議員

惑星エササニの多元的生命バシャール交信し、宇宙連合の一員になる』と著書に記述

 

そういうひとは参政党にいったほうがいいと思う。

2024-08-26

anond:20240825171421

実績ってシステムは「しゃぶりつくしたい」人のためにあるから現実的にしゃぶりつくすことが不可能なら気にならなくなる

コンテンツが潤沢に更新されていき(運営型)、楽しみ方が多元的ゲーム(オープンワールドMMO)であれば、実績システムへの耐性をつけられると思うんだ

ってことでつい先日the gamescom award 2024 Best Mobile Gameを受賞した原神をやろうぜ

運営ゲームの中で一番と言えるほどアップデートの質・量が凄まじい作品から普通にコンテンツ食い尽くせないほどあるせいで

実績にまで気が回るのは初期からやってる古参くらいだと思うぜ

ちなみにPSストアでもいつもセールス上位にいる

https://store.playstation.com/ja-jp/pages/browse

個人的にはPCPS5でやったほうがいいと思うがPS4でもできるよ

俺もアラフォーおじだけど元々この年代ネトゲおじさんにぶっ刺さってたタイトルで、今は若い子の比率も増えてるけどね

まあ別の解法として当然、複数ゲームを並行してプレイすることで実績埋めよりも他ゲーを進めた方が楽しい状況を作るって手もある

でも実績システムのないゲームだけやるってのは、現代ゲームほとんど類似システムがある都合上、古いゲームしかできなくなるのでおすすめできない

2022-04-22

anond:20220422124957

数字説明できる世界は究極的にはシンプルから脳の発達さえ著しければ高度な計算の域まで駆け上がることはできる

単語感情表現文学みたいな分野は同じ表現であっても背景には無限解釈可能性があって多元的からいくら脳神経の発火が尋常でなくともある程度の時間をかけて人生経験を積んで人力ディープラーニングしていくしかない

まり脳力によるショートカットが効かない

2022-01-28

anond:20220128144933

相対的多元的物事を考えられず、自らの不幸に溺れる程の知能しかない事が悲しいです。

下を見て、自分はまだマシだと感じ安堵する事ができる程度の知能が欲しかったです。

2021-12-30

anond:20211230212757

顔の美醜だって実際は多様でしょう、2つの軸に見えるけど、全然単純じゃない。

単純な顔立ちでいっても、爬虫類系とか小動物系とかたくさんあるし、

本人の就いている職業だったり、時代だったり、人生の在り方でも見え方は変わるわけで、

要するに、そういった要素が美醜に集約されるというのが一元的評価問題点だと思うんですよね。

かわいい社会性の差は結局、お茶の間言語化されているのかいないのかという話でしかないんじゃないでしょうか?

仕事ができそう」とか、近い言葉はあるんですが、もっと強烈な単語ができれば解像度も上がってくると思うんです。

あと、取り扱われ方で近いのは(さっき僕がつついてしまったけど)「収入」というのがあります

収入」は社会性を大きく象徴するものの一つなので、

女性の美醜の反対は男性の『収入である

という論建てがされやすいのだと思います

ちなみに僕は上野千鶴子嬢の、「カワイイの反対はイケメンじゃない」というのは賛成ですが「多元的価値があるからイケメンといってもいい」は反対です。

結局はルッキズムに根差した話でしかないので。

2021-02-26

anond:20210225145638

どうすればイジメがなくなるか,について。

まず,集団管理している人間が,犯罪行為を許さない,というはっきりとした態度をしめすのが重要です。上でも,罰するのは教師警察の役目だろ,というコメントがありました。その通りで,見て見ぬ振りではなくそういう人たちへの報告なり通報なりが,本来まわりのとるべき態度です。で,管理者はそれを黙殺しないで適切に対応する義務があります

あとは個人的意見ですが,イジメが発生しやす集団の特徴として,構成員の多くがその集団のみに固定的に属している,というのがあると思ってます小学校クラスとか,ブラック業務外の生活ほとんどない企業とか,地方集落とか。このような環境では,発生したストレスが逃げ場を失って,すぐに集団の一番弱い部分への攻撃になります。一方,所属する集団自由に変更できる状況では,イジメは発生しにくい。なので,多くの集団多元的所属し,しか所属する集団自由に変更できる状態になっているというのが大事なのかな,と思ってます

2020-12-04

anond:20201204084904

差別というより偏見偏屈の類。

地域とか、国とか、企業とか、団体とか、あらゆるものにそれは存在する。

まとめニュースなんかで悪い見方を吸収して「○○って××なんでしょ」という印象を容易に固めてしまうのは、情報リテラシー問題だが、そういう過ちをあらゆるトピックにおいて1つもしていない人間存在しないだろうな。

悪意的な見方かいう段階ではない誰の目にもやらかしと思える事例・事実だとしても、そういうものばかり取り上げあげつらうような情報摂取では偏屈になる。

その上、上記のような、「これは明らかなやらかし事実だろ」と思えるような取り上げ方をされていることでも、実際には野次馬ではない有識者から見たら多分に悪意をもって語られている記事が世の中には多いことにも注意しなければならない。人間はよく分からないものには無意識のうちに悪意を盛り込んでしまものだ。

そもそも差別という単語表現してしまうことは、「差別だ・差別じゃない」の善悪二元論単純化されてしまうからよくない。

偏見かどうか、という見方をすることで、情報の広さや深さが足りていないんじゃないか、という多元的もの見方に踏み入っていくことができる。

そういう認識の習慣こそが、情報リテラシーを高めていく思考だと思うのだ。なんつって。

2020-02-01

マスクウイルスは防げない」という説について

SNSで「マスクウイルスは防げない」という話がSNSでバズっているが、これはどこまで本当なのだろうか。根拠とされている記事やそのソースを読んでみた。

日常的なマスク着用による感染予防効果について - ヨシダ製薬

https://www.yoshida-pharm.com/2018/letter128/

マスク着用群とコントロール群に分け、マスク着用群では発症者が他の家族と同じ部屋や限られた空間(車の中など)にいる場合マスクを着用することを5日間実施しました。その結果、調査間中家族インフルエンザ様症状を示した割合は、マスク着用群は16.2%、コントロール群は15.8%で有意差はなく、マスク着用による感染予防効果は認められませんでした。

家庭内のみでの調査なので、外出時のマスク着用の効果についての根拠としては弱い。家庭内なら食事歯ブラシ等を介した飛沫感染の影響が大きすぎるのではないか

医療従事者32名をマスク着用群17名、非着用群15名に分けて77日間、咽頭痛、鼻水、咳など風邪症状を記録する調査が行われました。(中略)風邪症状の重症度に有意な違いはなく

この部分に関してソース論文確認した所、各群から感染者が1人だけしか出ず、結論として、マスク効果の有無を実証するには、より大きな研究必要だ、と書かれていた。マスク効果がない事のソースとしてこの論文を出すのはおかしいのではないか

サージカルマスク着用を義務付けただけでは有効な予防効果はなかったと報告されており、多元的対策効果検討する必要があります

ソースが閲覧できなかった。

N95マスク群で48名(22.9%)、サージカルマスク群で50名(23.6%)のインフルエンザ感染が生じ、マスクの種類による感染予防効果の差はみられなかった

N95マスク(微粒子用マスク)と一般的マスクとで差が無かったという話。今回の話と関係がない。

マスクをつけてもインフルエンザ感染を防げない理由 - 講談社

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68435

インフルエンザウイルスの直径は0.1マイクロメートルぐらい、一方、通常のマスクの網目は10マイクロメートル以上だからです。つまりマスクの網目はウイルス100倍以上も大きいのです。したがって、空気中を漂うウイルスマスクだけで防ごうとするのは無理です。

健栄製薬のインフルエンザ感染経路に関する記事によると、"インフルエンザ飛沫感染します。空気感染しません"、"空気感染する感染症は結核、水痘、麻疹の3つだけです"だそうだ。他にもインフルエンザ空気感染否定する記事が大量に見つかった。もしインフルエンザ空気感染しない(≒ウイルス空気中を漂わない)のであれば、インフルエンザウイルスの直径がマスクの網目より小さかろうが関係ない事ではないか

ただし、くしゃみのように、飛沫の中にウイルスが含まれている場合には、マスクが飛沫をひっかけてくれる可能性がありますしかし、感染した人のくしゃみを直接浴びるようなことは少ないので、実際のマスクによる感染予防効果はかなり低いものと考えていいでしょう。

厚生労働省咳エチケットによると、"くしゃみをするとき、しぶき が 2m ほど 飛びます"だそうだ。自分の周囲2メートル以内の人がくしゃみをする可能性は無視できるほど低いのだろうか。

2019-10-03

anond:20191002082636

相手自分と同じくらいのレベル人間だ」と考えるのは、知能の低い人間もやりがちですよ。

頭のいい人がものすごく多方面多元的思考の結果、断腸の思いで多方面への配慮とともに下した決断を平気で馬鹿にしたりする人が世の中に全然いないとでも?

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