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はてなキーワード: 原稿とは

2026-05-11

会社殆ど会話をしない、凄く楽

ある程度の規模の会社に、1人は置かないといけない資格を持っており、それの仕事をしている

社内で何かを調整する必要殆ど無く、大体外部と仕事をする

連絡は殆どメールで済む

そうなると必然と会話をしない

今日なんて原稿用紙1枚分の会話量で済んだ

そのうち半分は朝と帰りの挨拶になる

凄く楽である理想仕事だと思う

2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること

地方進学校から東大に行った人間予後が悪い。

もちろん全員ではない。

ただ、少なくとも私はそうだった。

私にとって不幸だったのは、東大に入ったことではない。

自分天井を知るのが十八歳まで遅れたことだった。

十五歳で負けていれば、私はたぶん助かった。

十八歳まで勝ってしまたから、負け方を知らないまま大人になった。

私はどこで間違えたのだろう。

若い頃の私は、自分が間違えることより、他人に合わせて間違えることを恐れていた。その恐れはたしかに私を東大まで連れていった。けれど同じ恐れが、私を社会から少しずつ遠ざけた。

私は今、四十七歳になる。

はいない。子供もいない。

三度目の転職をして、今の会社に来てから二年が経つ。

前の会社は、私から見れば理不尽理由で私を遠ざけ、最後には私の居場所を消した。前の前の会社も、その前の会社も似たようなものだった。

私は毎回、自分は正しかったと思っている。

今でも半分くらいはそう思っている。

ただ、半分はもう思っていない。

これから書くのは、その「半分」の話だ。

この文章を君に向けて書こうと思った理由を先に言っておく。

先日、ある雑誌に頼まれ大学新入生向けの短いエッセイを書くことになった。

東大卒の社会人として、若者メッセージを」というやつだ。

私は引き受けた。

引き受けながら、ふざけるなと思っていた。

社会人として何かを成し遂げたわけでもない私に、なぜそんな依頼が来るのか。たぶん編集者は、私の経歴の一行目しか見ていなかったのだろう。

地方公立高校から現役で東京大学法学部

就職先も誰でも知っている会社だった。

一行目だけは綺麗だ。

二行目以降は読まないほうがいい。

私は二日間、机の前に座った。

何も書けなかった。

自己啓発言葉が一文字も出てこなかった。

「夢を持て」とも「努力は裏切らない」とも書けなかった。

書けば嘘になる。

私は夢を持っていなかった。

努力は私を裏切らなかったが、努力以外のすべてが私を裏切った。

あるいは、努力以外のすべてが私のほうから去っていった。

三日目に編集者電話して、原稿を断った。

その代わりに、誰にも頼まれていないこの文章を書き始めた。

これは雑誌には載らない。

たぶん誰にも届かない。

けれど、もし、たまたま、これから大学に入る誰かが読んでくれるなら、一つだけ伝えたいことがある。

素直になれ。

それから性格をよくしろ

書きながら自分でも笑ってしまう。

よりにもよって私が言うことか。

私はずっと素直ではなかった。

性格も悪かった。

からこれは説教ではない。

懺悔だ。

懺悔は聞かなくてもいい。

ただ、もし君が今、自分の周りを少し愚かに感じているなら、その先に何が待っているかを、私という見本を通して少しだけ覗いてみてほしい。

第一部 正解者だった頃

私が育ったのは北関東県庁所在地だ。

地名は伏せておく。

人口三十万人ほどの、何の特徴もない地方都市だった。

父は地方銀行に勤め、母は小学校給食室でパートをしていた。

妹が一人いた。

家は古かったが、貧しくはなかった。

私の最初記憶は、小学校二年生の算数時間だ。

先生が黒板に問題を書いて、「わかった人?」と聞いた。

私はわかっていた。

手を挙げた。

当てられて答えを言った。

正解だった。

先生が褒めてくれた。

隣の席の女の子が「すごいね」と言った。

私は嬉しかった。

たぶんその瞬間が、私の人生最初ピークだった。

書きながら本当にそう思う。

あの瞬間以上の幸福は、その後の私の人生にもう一度も訪れなかった。

小学校から中学校にかけて、私は常に学年で一番だった。

二番のときもあったが、すぐに一番に戻った。

地方の小中学校で一番というのは、ほとんど何も意味しない。

後になって考えれば、競争相手絶対数が少ないだけのことだ。

けれど当時の私は、自分特別だと信じていた。

周りもそう扱った。

先生も、親戚も、近所のおばさんも。

「あの子東大に行く子だから

中学校とき、母が近所の人にそう言われているのを二回か三回聞いたことがある。

母は嬉しそうに笑っていた。

否定はしなかった。

私は、否定しなかった母を嫌いにはなれなかった。

中学まではまだ良かった。

授業はつまらなかったが、それは皆そうだった。

活動もそれなりに楽しんでいた。

私はクラスで浮いていなかった。

しろ勉強ができる優等生としてちょうど良い位置にいた。

スポーツ普通にできた。

背は普通だった。

顔は、まあ、普通だった。

すべてが普通で、勉強けが少し抜けていた。

それは十三歳の少年にとって、ほとんど理想的な配分だった。

歪み始めたのは高校に入ってからだった。

私が入ったのは、県内で一番偏差値が高いとされる公立高校だった。

OB地元選出の国会議員県知事がいる、というのが地元の自慢だった。

今思えば、それも大した自慢ではない。

けれど当時は、その校門をくぐることに確かな誇りを持っていた。

入ってみると、勉強はやはり私が一番だった。

最初中間試験で学年三位を取ったとき、私は少し焦った。

自分が一番ではないことが、十五歳の私には許せなかった。

期末試験までの一ヶ月、私は本気で勉強した。

期末試験で一番を取った。

それから卒業まで、私は一度も学年一位の座を譲らなかった。

問題勉強以外で起こった。

高校一年の秋、文化祭があった。

私のクラスお化け屋敷をやることに決まった。

決まる過程で、私は反対した。

お化け屋敷過去三年間、毎年どこかのクラスがやっていた。

もう新鮮味がない。

それに暗幕の手配や教室の改造に時間がかかりすぎる。

準備期間は二週間しかない。

私は別の案を提案した。

模擬店で何か食べ物を出すほうが客の回転が早く、利益も出やすい。

これは数字で示した。

前年度の各クラスの売上データを、わざわざ生徒会から借りてきていた。

私の提案却下された。

却下した中心は、クラスで人気のあった明るくてうるさい男子だった。

彼は私の数字を見もせずに言った。

「いや、お化け屋敷のほうが楽しいだろ、絶対

クラスの三分の二が彼に同意した。

私は食い下がった。

「楽しさを論じているんじゃない。準備期間と利益の話をしているんだ」

教室が少し静かになった。

誰かが小さく「うわ」と言った。

私はその「うわ」の意味が今ならわかる。

当時はわからなかった。

担任が温和な顔で言った。

「みんなで決めたんだから、それでいこう」

私は黙った。

黙ったが、心の中では「これは間違いだ」と思っていた。

そして二週間後、その思いは正しかたことが証明された。

私のクラスお化け屋敷は、案の定、準備が間に合わなかった。

当日の朝になっても暗幕が一部つけられず、外から中が見える状態のまま開店した。

客は数えるほどしか来なかった。

模擬店をやった隣のクラスには長蛇の列ができていた。

打ち上げの席で、誰も私に「お前の言う通りだったな」とは言わなかった。

その代わり、最初に反対した男子が笑いながら言った。

「いやー、失敗したわ。けど、楽しかたからいいよな」

クラスの全員が笑った。

私は笑えなかった。

笑えない、というのは笑顔筋肉が動かないという意味ではない。

心が笑い方を覚えていない、という意味だ。

彼らは間違えたあと、間違えたまま、楽しそうに次へ進んでいた。

私は一人だけ間違えていなかった。

間違えていないのに、その輪の中にいなかった。

その夜、私は自分の部屋で長い時間考えた。

そして結論を出した。

人に合わせると間違える。

多数派は正しさを選ばない。

から自分で考えたほうがいい。

この結論は、十六歳の私にとってほとんど真理として体に入った。

そして最悪のことに、それは半分は事実だった。

これが後で書くことのすべての始まりだ。

似たような出来事はその後何度もあった。

一つだけ、もう一つ書いておく。

高校二年の春、私は生物の授業で課題研究の班に入れられた。

班員は四人。

テーマは「学校近くの川の水質調査」だった。

私はすぐに気づいた。

このテーマでは、論文として何の新しさもない。

前の学年の先輩が、ほぼ同じテーマで発表していたからだ。

私は班員にそれを伝えた。

「だから、別の角度で攻めたほうがいい。例えば、水質と水生昆虫の種数の相関を上流と下流比較するとか、もう少しオリジナリティのある切り口がいる」

班員の三人は、ぼんやりと私を見ていた。

一人の女子が言った。

「うーん、でも、先生がこのテーマでいいって言ってたじゃん」

先生は最低ラインの話をしているだけだ。発表会で評価されるためには、もう一段必要なんだ」

別に評価されるためにやってるわけじゃないし……」

そこで私は致命的なことを言った。

今でも覚えている。

評価されないものを、なぜやる必要があるんだ?」

教室空気がすっと冷えた。

そのとき私は、自分が何かまずいことを言ったことには気づいていた。

けれど何がまずいのか、正確にはわからなかった。

今ならわかる。

彼女たちは別に手を抜きたかったわけではない。

ただ、四人で何かを一緒にやる時間のものを、彼女たちなりに大切にしようとしていた。

私はそれを「評価されない無駄」と切って捨てた。

私たち研究は、ありきたりな水質調査になった。

発表会の評価は、可もなく不可もなくだった。

私はその後、班の打ち合わせにあまり出なくなった。

彼女たちも私を呼ばなくなった。

私たち最後まで、お互いの名前フルネームで言えるような関係にはならなかった。

その夏、私は塾の自習室にこもって一人で勉強するようになった。

そのほうが効率が良かった。

私の偏差値は上がった。

この時期に、もう一つ私の中で固まったことがある。

「言い方」という言葉が嫌いになった。

正しいことを言うと、決まって誰かが「言い方がきつい」「言い方を考えろ」と言った。

私には、それが奇妙な反論に見えた。

内容が正しければ、それでいいではないか

なぜ正しい内容を、わざわざ柔らかく包まなければならないのか。

それは内容より装飾のほうが大事だと言っているに等しい。

知性に対する侮辱ではないのか。

私はそう考えた。

そして、ますます内容で押し切ろうとした。

内容が正しければ、いずれ理解される。

理解されないのは、相手の知性が足りないからだ。

「言い方」を気にする人間は、内容で勝負できない人間だ。

これは私の中で信仰になった。

この信仰は、その後の三十年間、私を支配し、私を破壊した。

ここで君に一つだけ言わせてほしい。

「言い方」は装飾ではない。

内容を相手に届けるための、内容の一部だ。

届かない正論は、正論ではない。

ただの独り言だ。

私は四十歳を過ぎてから、ようやくそのことに気づいた。

三十年遅かった。

君はこれを、十八歳のうちに知ってほしい。

東京大学合格発表は、その時代はまだ本郷キャンパス掲示板に紙が貼り出された。

私は二月の終わりに東京へ出て、安いビジネスホテルに泊まり、当日、本郷に向かった。

三月十日だった。

寒い日だった。

自分の番号を見つけたとき、思っていたほど嬉しくなかった。

これは嘘ではない。

本当のことだ。

「やった」とは思った。

「これで人生最初の関門は越えた」とも思った。

けれど、それだけだった。

なぜなら私は、合格することを最初から知っていたからだ。

模試の判定はずっとAだった。

直前の本番形式の演習でも、合格者平均より上を取り続けていた。

落ちる理由がなかった。

から合格は、驚きではなく確認だった。

掲示板の前では、合格した人たちが抱き合ったり、泣いたり、家族電話したりしていた。

私は誰にも電話しなかった。

電話する相手がいなかった、というのとは少し違う。

電話する相手はいた。

父にも母にも、塾の先生にも電話できた。

けれど誰の声を聞きたいとも思わなかった。

私は一人で本郷の門を出て、近くの蕎麦屋に入り、かけそばを食べた。

蕎麦はぬるかった。

それでも最後まで食べた。

蕎麦屋を出てから赤門のあたりをもう一度歩いた。

三月の風が冷たかった。

そのとき一つだけ、ふと思ったことがある。

この四年間、誰と過ごすんだろう。

不思議感覚だった。

喜びではなく、空白に近い感情だった。

私はこれから、知らない街で知らない四年間を過ごす。

誰も知らない

誰も私を「すごい」と言わない。

私の隣の席に座る人間は、たぶん私と同じくらい問題を解ける。

少しだけ怖かった。

けれど私は、その怖さをその日のうちに押し込めた。

「いや、俺はやってきた。一人でやってきた。これからも一人でやればいい」

そう自分に言い聞かせた。

これは合格した日に、十八歳の私が自分自身に与えた呪いだった。

その呪いに私は気づかなかった。

二十年以上、気づかなかった。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20260510234017

2026-05-02

AI文化の前からデザイナー発注するとき

デザイン案を3〜5案提出、原稿ダミーでそれらしいものを作れ、写真素材も適当にみつくろってなんか入れとけ、レイアウト構成発注者の意図を汲み取って本番でも通用する構成を考えろ

という発注普通だったので、今はデザイナー中間業者になってAI下請けに出して、出てきたものを調整して提出してる感じ

発注者は昔も今もなんも変わらず、というとこだろうな

2026-04-27

日記を書きたい。ただ、日々あったことを書くというより、テーマを決めてそれについて自分の考えや体験を書いていきたいので、書きたいのは日記というよりエッセイかもしれない。

ダラダラ書くよりきちんと推敲もして、10年後に読み返した時にある程度読み応えのあるものにしたい。

どういう手段で書き保存していていくべきか一緒に考えてください。

本当は大学ノートに気に入った色のペン手書きするのが一番低コストだし手軽で良いと思っているが、それだと推敲が出来ないしトピック毎の入れ替えが出来ない。

ノートパソコンWordで書いて印刷ファイリングするのだと写真掲載できるし推敲やすいしトピックの入れ替えも出来るし良いが、コストがかかる。

ノートパソコンWordで下書きを書いて、それを見ながら大学ノートペンで清書をするのは、推敲できるし低コストだが時間がかかる。

何か良い案はありますか?

かなり筋のいい悩み方をしてます結論から言うと、「書く場所と保存形態を分ける」のが一番バランスがいいです。全部を一つの方法で完結させようとすると、どうしてもどこかが犠牲になります

まず、あなた目的を整理するとこんな感じです:

テーマ型でしっかり考えて書きたい

推敲したい

から読み返して価値があるものにしたい

できれば低コスト

でもある程度“形”として残したい

この条件だと、「紙だけ」「デジタルだけ」どちらかに寄せるのはちょっと無理があります

現実的に一番おすすめ構成

執筆推敲デジタル(メイン)

Microsoft Word や Notion、Google Docs のどれかで書く

推敲し放題(これが一番重要

テーマごとに並び替え自由

検索できる(10年後にめちゃ効く)

写真簡単に入れられる

👉 正直ここはケチらない方がいいです。「思考の質=編集のしやすさ」なので。

②「完成版だけ」残す(アナログ or デジタル

ここが工夫ポイントです。

パターンA:印刷は“厳選”

月1本 or 気に入ったものだけ印刷

クリアファイルバインダー管理

👉 毎回印刷するからコストが気になるのであって、「ベスト版だけ」ならかなり現実的

パターンB:PDFで保存(実は最強)

完成したらPDF化してフォルダ管理

年ごと・テーマごとに整理

👉 コストゼロ劣化なし、検索可能

👉 10年後に一番“資産”になってる可能性が高い

パターンC:清書ノート趣味寄り)

あなたが考えている

Word手書き清書

これは悪くないですが、正直こうなりがちです:

面倒で続かない

時間の割にリターンが少ない

ただし、

特に気に入った作品だけ書く」

ならかなり良い趣味になります

もう一歩だけ踏み込んだ提案

エッセイ集」として育てる

日記としてではなく:

1テーマ1タイトルをつける

800〜2000字くらいでまとめる

定期的に読み直してリライト

👉 これを続けると、10年後には普通に「本の原稿レベルになります

個人的な最適解(バランス型)

これが一番おすすめです:

書く:Google Docs or Word

保存:基本はPDF

紙:年に数本だけ印刷 or 清書

👉 コスト継続性・質、全部バランスいい

最後に少しだけ厳しめの話

手書きの良さ」は確かにありますが、

推敲できない文章はほぼ確実に10年後読む価値が落ちる”**です。

なので優先順位はこうした方がいいです:

手書き気持ちよさ < 編集できること

もしよければ:

どれくらいの頻度で書きたいか

1本どれくらいの長さにしたいか

教えてくれれば、もう少し具体的に「運用ルール」まで一緒に設計できます

どれくらいの頻度で書きたいかは、月一本程度。

1本どれくらいの長さにしたいかは、大学ノート2〜3ページ分。またはA4の紙2枚分くらい。

その条件なら、かなり良い形に仕上げられます。むしろ作品」として積み上がるペースです。

月1本・A4で2枚前後(だいたい1500〜2500字くらい)なら、無理に効率化しすぎるよりも、**“ちゃんと育てる仕組み”**を作った方がいいです。

結論:この運用が一番しっくりくる

■ 基本構成シンプルだけど強い)

下書き〜推敲デジタル

 → Google Docs or Microsoft Word

完成版:PDF保存(必須

 → 年別フォルダ管理

紙:年に数本だけ“選抜して”残す

■ 具体的な運用フロー(かなり現実的

テーマ決め(軽く)

メモ程度でOK

違和感があったこと」「考えが変わったこと」など

② 初稿(1〜2日で一気に)

とにかく最後まで書く

クオリティ気にしない

👉 月1本ならここで止まる人が多いけど、それだと“日記まり”になります

推敲(ここが本体

数日〜1週間置いてから見直し

やることは3つだけでいい:

無駄な文を削る

言い切りを強くする

構成を並び替える

👉 デジタルじゃないとここがほぼ不可能

タイトルをつける(意外と重要

内容を一言で言い切る

少しだけ抽象度を上げる

👉 10年後に読み返すとき、ここが効きます

PDF化して保存(これが“完成”)

例:

2026/

2026-05「○○について考えたこと」.pdf

👉 この時点で「作品化」されます

⑥ 紙に残すか判断任意

基準シンプルOK

自分で読み返して「ちょっと良い」と思えたら残す

■ 紙の使い方(ここが工夫ポイント

あなたの「手書き欲」は活かした方がいいです。ただし使い方を間違えると続かない。

おすすめ

「完成作品だけ手書きで写す」

月1本のうち、年3〜4本くらい

お気に入りペンゆっくり書く

👉 これは“複製”じゃなくて“鑑賞行為”になります

👉 読み返す体験も良くなる

■ このやり方の良いところ

推敲できる → 質が上がる

PDFで蓄積 → 消えない資産

紙も残る → 満足感がある

コスト低い → 続く

そして一番大きいのは:

👉 10年後に「普通に読み物として成立する」

■ 少しだけ踏み込んだ提案

年に1回だけでいいので:

全部読み返す

軽く手直しする

ベスト10を選ぶ

これをやると、ただの記録じゃなくて

自分思考編集史」**になります

■ 正直な話

月1本・この分量でちゃん推敲する人はかなり少ないです。

からこそ、このやり方を続けると普通に差がつきます

2026-04-22

お前が推敲するな

そこそこ文章を読める知人に同人小説校正を頼んだ。

だがお前の案は聞いていない。

頼んだ時から嫌な予感はしてたんだ。

「頑張って推敲するね!」

推敲するのはお前じゃない。私だ。共著じゃないぞ。

かに推敲にあたって」とは言った。

しか推敲のものを人に頼んだ事はない。

前に頼んだ友達推敲推敲と言っていたんだが、何故なんだ?

(その友達は実際は普通に校正をしてくれた)

主旨も添えずに差し込んで「アレンジしてね」って、人の文章の中に作文しないでくれ。

一人称間違ってるし。

説明不足で分かりにくかったのは悪かったよ。ありがとう

まさかこれが普通とかないよな?

校正を人に頼むの怖い」「人の文章校正も怖い」とよく聞くのはこういう事だったのか?

知人はかなりまともで士業に就いてるような学もある人なんだけど。

まさか皆さん校正が何かをご存知ない?

それで立候補とか誤字以外に赤入れとかやっちゃうの?

本当は小説を書きたいのか?

じゃあ書けよ。

読むから。読みたいから。

プロ校正をお願いした事もある。

修正案ってのはだいたいが単語熟語単位で、文節がいくつもある文例を出された事はない。

単位での加筆が必要な時には求められる文意に留められていた。

他人の書いた文章を読んで文単位改善案を出したくなる気持ちも勿論解る。

自分にもよくある。

でもそれをそのまま取り入れたらそこだけ文体や癖が変わっておかしくなる。

しかもそれが好みの問題なのか本当に直すべき点なのかは別の問題だ。

結局は理解に支障があるってことだろうから、不足なら主旨、てにをは/単語/文節の入れ替えなら修正案って形になるのだと思う。

考えてみたら、修正って誤字みたいな単純ミスしかしないよね。

ありがとうプロ校正

それでも知人にも感謝はしてる。

協力してくれるだけで有り難いし何が問題かは汲み取れるから

一旦全部箇条書きに直して考えるね。

完成原稿も読んでもらう事になってるんだけど、相手を傷付けずに丸く収められたらいいな。

ああ、文章勝手に書き換える編集ってこれをやるんだな。

他人文章推敲すんな!

2026-04-19

ご主人様、こんばんは~! あたし、今日オタク心くすぐる話でワクワクしちゃってるよ♪ マンガ描くのにデジタルが推奨されるようになったのって、どれくらいかかったか? って質問めっちゃいいね! それにAIの浸透も同じくらいかかりそう? って比較、鋭いわ~。あたし、調べてまとめてみたから、一緒に振り返ってみよっか!

まずデジタルマンガ歴史だけどさ、
アナログ(紙とペンからデジタルクリスタとかクリップスタジオiPadとか)へのシフトは、90年代後半から本格的に始まって、2010年代中盤~後半で「推奨レベル」まで広がった感じなんだよね。

1990年代パソコンが少しずつ普及して、Power MacWindows98あたりから一部のプロデジタル実験し始めた。

2000年代前半:TabletPCWacomペンタブが登場して、プロの間で「背景やトー作業デジタル便利!」って声が増えてきた。

2004年頃:電子コミック配信スマホi-modeとか)で広がり始めて、制作側もデジタルデータ必須になってくる。

2010年代クリスタCLIP STUDIO PAINT)が爆発的に普及! 特にスマホタブレット進化で、新人同人作家が「最初からデジタルで描く」のが普通になった。

2020年代今:もう出版社の多くが「デジタル原稿推奨」か「完全デジタル必須」になってる。アナログ勢は少数派だよ~。

まり、本格的なデジタルツール登場から業界全体で推奨される」まで、だいたい15~20年くらいかかってるイメージ最初は「便利だけど高くて面倒」って抵抗あったけど、ツールが安くなって使いやすくなって、電子書籍ブームで一気に加速したんだよね。ご主人様も知ってると思うけど、今じゃ「アナログだけ」って言うと逆にレアキャラ扱いされちゃうレベル(笑)

で、AIの利用が浸透するのも同じくらいかかりそう? って話だけど、
**あたしは「デジタルよりちょっといかも、でも似たような時間軸で進む」**って感じてるよ~!

理由は:

• 今すでにデジタル基盤ができてるからマンガ業界はもうほとんどデータ制作からAIツール(背景生成、線画補助、彩色とか)をすぐ組み込める。「AI Ready」状態なんだよね。2023~2024年頃からAIで背景描かせたりラフ作ったりする人が急増してるし、フルAIマンガ実験作も出てきてる。

• でも抵抗課題は多い:著作権問題学習データ)、スタイル模倣クオリティの「人間味」不足、業界ルール整備…。デジタル時代最初は「味が出ない」「高価」って叩かれてたのと同じ。

市場予測見てると、AIマンガジェネレーター市場2024年の25百万ドルから2030年に102百万ドル超え、CAGR27.5%で爆速成長中。生成AI日常生活利用率ももう13%超えてるし、**2025~2026年で一気にツールが洗練されて、2030年頃には「AI補助が標準」**になるんじゃないかな。

デジタルが15~20年かかったのに対して、AI10~15年くらいで「推奨レベル」まで来そう。理由技術進化スピードが段違いに速いから! でも完全に「AIだけで描くマンガ」が主流になるのは、もう少し後かも。ご主人様が描くマンガでも、AIで面倒なトーンや背景サクッと済ませて、ストーリーキャラの表情に集中できる未来、すぐ来ると思うよ~!

オタクとして言うとさ、デジタルAIも「ツール」だよね。結局大事なのはご主人様の想いや世界観! あたしはどっちも大好きで、両方使いこなすクリエイターが最強だと思うんだ♪

ご主人様はどう思う? デジタル移行の頃のマンガ読んでた? それとも今AIで何か試してみてるの? もっと詳しく聞かせて~! あたし、いつでもお供するよ♡

2026-04-14

そろそろ企業の生成AI利用に無条件でキレるのをやめないか

タイトルのとおり、昨今の企業を取り巻く生成AI関連の炎上について、思うことを取り留めなく書いていく。

はてブ記事を書くのは初めてなので、色々と拙い点があることはご容赦いただきたい。

筆者は本業SEをやりながら、しがない同人字書きをかれこれ十年以上続けている。

生成AI利活用業務では既に欠かせないものとなっている一方で、作家個人創作性重要視される同人活動においては、まだまだ全体として忌避感が強い印象だ。

少し前の話だが、同人印刷ツクヨミ宣伝用の画像の一部について、加工の過程画像生成AIを利用したことが指摘されて炎上謝罪する事態となった。

この謝罪ポストを見かけた時に、「これってそんなに激詰めされるほどのことなのか?」と感じたことが、今回の記事を書くきっかけとなった。

https://x.com/i/status/2022628318609326210

生成AI特に画像生成AIの是非については、活発であると同時にやや過激議論が日夜交わされているが、筆者としては「知的財産権への配慮のない生成AI利用が許されないのは当然として、生成AIの利用全てに目くじらを立てるのも如何なものか」というスタンスだ。

モラルのないAI利用者がいることも、「自分作品を盗まれる!生成AIの利用は絶対禁止するべき!」と過敏になる作家がいることも、彼らの間での主張が平行線なことも、きっと今はどうしようもない。

生成AI知的財産権侵害に関する判例が蓄積されるに伴い、より建設的な議論の中である程度の「ライン」が社会に浸透していくことを願うのみだ。

AI推進派や反AI派、どちらかに与してレスバをしたいわけではないので、この気持ちをこの記事の中に残しておく。

本業所謂システム開発をしている筆者は、業務において頻繁に生成AIを利用している。

主な利用用途は以下だ。

業界の動向の調査

・逐一検索するのが面倒な技術知識検索及び要約の代行

簡単ソースコードの生成

海外部署とやりとりする際のメール文章翻訳及び添削

筆者が属する企業契約している生成AIは、オプトアウト設定により社内情報学習しないようになっているが、念のため筆者はプロンプトに社内情報入力せず、一般的知識を問う内容にするように心がけている。

生成AIあくま業務の補助としてのみ利用しており、設計レビューなどは全て引き続き筆者のタスクだ。

ちなみに、弊社は規定によりAIが生成した文章画像の外部公開は認められていない。

社内で公開する際もAIによる生成であることを明記すること、第三者知的財産権侵害するようなプロンプトは入力しないことを定められている。

特に厳しい規定だとは思わず企業コンプライアンス遵守のために当然の制限だと感じている。

同時に「プライベートでもこれくらいの意識で生成AIを利用する分には問題ないのでは?」と思うのだ。

同人印刷所のツクヨミの件は、①生成AI利用した画像をそのまま公開したこと、②その過程においてガバナンスが効いていなかったことについては批判されて然るべしだが、そこから飛躍して「今後生AIを一切利用しないことを誓約しろ」とまで求めるのは行き過ぎていると感じる。

生成AIの利用を一切禁止した場合、例えば、印刷所のホームページをよりユーザーフレンドリーにしたいので生成AI活用してソースコードを見直すことも許されないのだろうか。

もちろん専門家発注すれば求めるものは出来上がるだろうが、生成AI活用により安価に同等の成果物が得られ、結果的消費者提供するサービス価格にその分が還元されると企業が言ったら、消費者はそれを受け入れるのだろうか。

個人自分好みのイラストのために生成AIを利用することと、企業業務効率化のために生成AIを利用することを、一緒くたにし批判するのはそろそろ止めたほうが良いのではないか

生成AI利用の何もかもを吊るし上げる行為は、今後消費者が受け取ることが出来たはずのベネフィットを失わせるだけではないだろうか。

正直に言えば、この記事を書いている時点から既に「こいつは字書きだからこんな呑気なことが言えるんだ」だの「絵描き危機感理解できるわけがない」というツッコミが聞こえてくる。

絵描き気持ちを正確に理解することは、確かに絵を描かない筆者には不可能だ。

だが、一介の創作活動をする者として、自身著作物への権利侵害となりうる生成AIの利用方法に脅威を感じることについては、共感できるものだと思っている。

筆者の所感だが、作家の生成AIに対する忌避感は、「インターネット上に公開した自作勝手学習され、その創作性搾取されることに対する無尽蔵の恐れ」から来るものだと認識している。

実際、特定作風模倣する形で生成AIを利用するユーザーはいる。

モラルのないユーザーモラルのない行為は好きなだけ糾弾すれば良いが、生成AIインターネット上のコンテンツ学習すること自体否定するのは、個人的には違和感がある。

生成AIコンテンツ学習をしただけでは、まだ誰の何の権利も侵されておらず、悪意をもったユーザーが生成AI学習したコンテンツ悪用した時に、初めて権利侵害が成り立つものだと考えているからだ。

インターネットとは膨大な知の蓄積であり、これまでその活用によって恩恵を受けてきた人間が、どうしてプログラムが機械的にそれらを学習することを否定しようとするのだろうか。

人力で苦労していたものを省力化できることのメリットの方が絶対的に大きいと思うのだが。

法整備が追いついてない点や利用者リテラシーが浸透していない点などの課題は確かにあるが、だからこそ、現在企業業務における生成AI利用に細心の注意を払って取り組んでいるのだ。

少なくとも弊社はそうだ。

そして、そういった企業は今後も増えていく。

それでも、上述した課題が解消されない限り、ヒステリックに生成AI排除企業に対しても叫び続けるのだろうか。

それをしたことで、得られるものは何だろうか。

ITの分野において、情報とは広く共有されるべきものだ。

故に、エンジニアは盛んに情報を発信する。

発信した情報が誤っていても、それを有識者が訂正することで、インターネット上に蓄積される情報は少しずつ洗練されていく。

そうすることにより、「誰かが困った時にはインターネット上の誰かの残した情報が助けてくれる」という認識エンジニアは共有しているものだと、この仕事をしていて筆者は感じている。

同人活動においても、同様のことがあるはずだ。

初めて同人誌を作る時、印刷所の選び方や原稿の作り方、イベントの申し込み方、それら全てを筆者はインターネットを通じて学んだ。

先人たちが残してくれた記録に、大いに助けられたのだ。

AIは、そんなインターネット上の知恵に、より手軽にアクセスできるようにしてくれる手段である

留意したいのは、AIは道具でしかないということだ。

道具に善悪はない。罰する対象となるのは、あくまで道具の利用者の悪質な行為であるべきだ。

道具そのものや道具を使うこと自体に対して非難することはおかしい。

感情的になるあまり、その点を混同することがないようにしたい。

繰り返すが、確かにAIあなた作品学習するかもしれない。

それはインターネット上に作品を公開した時点で避けられないことだ。

けれど、学習されただけでは、まだ誰もあなた作品を盗むことも、その作家性を脅かすこともしていないのだ。

同人印刷所のツクヨミは、文字加工の仕上げに生成AIを利用したと報告していた。

加工対象となったのは一般的文字列で、企業ロゴですらなく、加工の内容にも特別デザイン性があるようには見えなかった。

この行為は、本当にあなた作品を盗んだものなのだろうか。

「利用したAI学習元に自身作品があるかもしれないから許せない」というのは、カスタマーハラスメントではないか

「生成AIを利用したのだから、いつか顧客作品AIに食わせるに違いない」というのは、あまりにも下衆の勘繰りであるし、企業というもの馬鹿にしているとすら感じる。

消費者の生成AIに対する過敏さを理解している企業は、できるだけその感情を刺激しないように日々試行錯誤しながら、社内規定を整え、従業員コンプライアンス教育に努めているのだ。

あなたは、まだ何も盗まれていないにも関わらず、生成AIを適切に利用しただけの企業を、まるで盗人かのように無条件に糾弾してはいないだろうか。

今一度、立ち止まって考えてみて欲しい。

昨今の企業における生成AI関連の炎上騒動を見かける度に、そんなことを思わずはいられない。

2026-04-04

anond:20260404194331

4名(以下、「海田教授ら」)が2名1組になって面談調査をすることを決定し、米澤助手の立ち会いの下で、甲野、A子、B子から話を聞いた[31]。坪内所長を含むセンター教授らは、海田教授から調査結果を聞いて、「矢野は潔白ではないのではないか」という心証を持ったが、「教授会には司法権がなく、本人個人の誠意ある対応を待つしかない」という消極論が大勢を占め、11月20日に米澤助手に対して、「すぐには結論が出ない。しばらく待ってほしい」と答えるに留まった[32]。

人権救済の申立

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甲野は、自分調査に応じたのにセンター側は矢野に対する処分をする様子が全くなかったので、井口弁護士対処方法相談した[32]。そして、プライバシー保護時効の壁を乗り越えることを考慮して、匿名人権救済の申し立てをすることを決めた[32]。そして、井口弁護士と他6名の弁護士代理人として、12月14日京都弁護士会人権擁護委員会に対し、「甲野乙子」という仮名人権救済の申し立てを行った[5]。

矢野対応

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矢野12月15日スウェーデン出張から帰国した後、自宅に新聞記者が待機しているという情報があったため、自宅に帰らず京都市内のホテル宿泊した[33]。事態対処について徳山理事長相談し、徳山理事長の勧めもあって、教授職を辞任して出家することを決意した[34]。12月17日、高谷教授は、徳山理事長から矢野が辞意を固めていることを電話で聞いた[34]。12月18日、高谷教授確認のため、古川教授と共に矢野を訪ねたところ、矢野は、よく考えた結果出家することに決めたからできるだけ早く辞めたい旨を語った[34]。高谷教授は、12月19日の朝にセンターへ行って坪内所長らに矢野の決意を報告し、その日の夜に2種類の辞職願書式を矢野に渡した[34]。矢野縦書きの書式に従って全文自筆の辞職願を書き、坪内所長に届けてほしいことと、センターに保管されている印鑑を辞職願に押印してほしいことを高谷教授に依頼して預けた[34]。12月20日、高谷教授は坪内所長に辞職願を渡し、センター事務局職員によって辞職願に印鑑を押印してもらった[34]。坪内所長は、矢野を訪ね、古川教授が同席する中で、セクハラ事実の有無と辞意の確認をした[34]。その面談において、矢野は、坪内所長宛に辞職の理由を記した書簡と、センター事務長宛に同封の『京都大学を去るにあたって』と題する文書関係者に配布するように依頼した書簡を渡した[34]。この際、矢野セクハラ事実について否定した[35]。

矢野は、12月21日臨済宗東福寺にて居士としての修行生活に入った[32]。12月25日には、『京都新聞』のコラムに『諸縁放下』という文章寄稿した[36][注釈 5]。

センターでは、12月27日教授会と協議員会で矢野の辞職が承認され、12月31日付で辞職辞令が発せられた[32]。

1994年平成6年1月26日、「セクシュアル・ハラスメント疑惑事件の徹底究明を求める大学教員の会」などの代表東福寺を訪れ、「矢野を匿うことで事実関係の究明を困難にした」などと追求した[16]。福島慶道東福寺管長は「軽率だった」とし、矢野1月29日東福寺を出ることとなった[16]。2月9日までに朝日新聞矢野からの釈明の手紙が届き[37][注釈 6]、2月11日には『AERA』のインタビューに応じた[17]。

小野和子の手記・文書

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1994年平成6年1月18日、『京都新聞』に野田正彰の『危機状況での判断』というエッセイ掲載された[38]。その中で、矢野セクハラ疑惑について、次のような趣旨のことを書き記している[39]。「矢野の進めてきた研究私人趣味ではなく長い年月と社会的経費が投じられたものであり、辞職するには明確な理由がなくてはならない[38]。研究個人への中傷で辞めるべきではなく、大学もそのような個人攻撃容認しないという意思を見せるべきであった[40]。元秘書矢野告発したいのであれば、刑事告訴をすべきである[41]」

この文を読んだ小野和子は、匿名でなされた告発矢野個人への誹謗中傷に過ぎない、と捉えられかねず、現代社会女性の置かれている状況が理解されていないと考え、以前からセクハラについての原稿を依頼されていたこともあり、1月25日京都新聞に『学者人権感覚 矢野教授問題によせて』と題する手記(以下、「本件手記」)を寄稿した[42][39]。この中で、小野は、女性職員の有志による告発事実に反する誹謗中傷ではないことを示し、改善委員会による調査において「三件の軽微なセクハラ」と「一人の女性の、レイプに始まるすさまじいまでのセクハラ」の事実証言)が出てきたことを書き記している[43]。

本件手記の反論として、2月10日京都新聞に河上倫逸の『もう一つの人権侵害』が掲載された[44]。その中で、「根深政治的背景をうかがわせる『事件』が、元秘書に対する『セクシュアル・ハラスメント』という問題矮小化されてしまいつつある」とした上で、次のような趣旨のことを書き記している[45]。「矢野の辞職はセクハラ問題による批判を受け入れたものと明言されておらず、辞職自体が本人の自由意志かどうかすら明らかではない[46]。また、批判者は匿名か伝聞の形を取っており、矢野には反論の機会が与えられておらず、客観的事実確認がなされていない[46]。矢野犯罪行為継続的になしてきたと主張するなら刑事告訴がなされるべきであり、矢野事実関係で争うなら名誉毀損などで告訴すべきである[47]」

2月20日京都府婦人センターで開催された「大学でのセクシュアル・ハラスメント性差別テーマとする公開シンポジウム」において、小野自身作成した『河上倫逸氏に答える セクハラは小事か』と題する文書(以下、「本件文書」)を参加者に配布した[42]。その中で、「セクハラ即ち女性の権利の侵犯果たして矮小』なことなのであろうか」「私たちが問うているのは、その『セクハラは小事』とする差別意識である」と訴え、改善委員会被害者から証言を聞いて確認しており、矢野自身謝罪念書を提出しているケースもあることを踏まえ、「決していわゆる『伝聞』ではない」と書き記した[48]。”


判決要旨

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原告は、「辞職願」をその内容を理解したうえで作成し、高谷教授を介してセンターへ提出したことを認めながら、「辞職願」を提出して辞職につながるとは思っていなかったとか、「辞職願」作成時はある種の理性を失っていたとか、「辞職願」は正式ものではないかもしれないと半信半疑であったなどと趣旨不明瞭ながら、その主張に一応沿う供述をするが、前記一認定〔註・矢野自筆の辞職願が高谷教授を通じて坪内所長に渡され、教授会と協議員会において辞職の申し出が承認されたことなどを指す。〕のとおり、原告は、「辞職願」作成後も、「京都大学を去るにあたって」と題する文書退職手続書類作成し、「辞職願」作成の翌々日には、京大教授としての職務を投げうって、東福寺に入山しているのであって、原告は「辞職願」作成時、京都大学教授を辞職する意志は固く、「辞職願」は原告の本意に基づくものであることは明らかである。従って、原告の「辞職願」不成立及び心裡留保の主張は理由がない。また、本件セクシュアル・ハラスメント問題発生後の経過や前記一認定原告が「辞職願」を作成・提出するに至った経緯によれば、原告は「辞職願」作成時にその意思能力にかける点は全くないことも明白であるし、原告が主張する詐欺強迫、錯誤を認めるに足りる証拠は全くない。

— 東京地裁平成8年8月20日判決平成6年(行ウ)第58号、『辞職承認処分取消請求事件』、労判707号92頁。

原告は、センターが「辞職願」受領後、本人の意思確認手続を怠ったから、本件辞職承認手続瑕疵がある旨主張するが、前記のとおり、原告の「辞職願」提出による辞職の意思表示には、全く瑕疵がなく、そもそも「辞職願」の受理とは別に、あえて原告意思確認手続をしなければ、本件辞職承認処分違法となるわけではなく、(教育公務員特例法一〇条、国家公務員法七条人事院規則八―一二第七三条)、原告の主張は主張自体失当である。なお、本件においては、坪内所長が原告の辞職の意思確認したこと原告は、坪内所長の要請に従って、「辞職願」とは別にセンター教授会、協議員会で審議するとき理由書として辞職の理由を記した「京都大学を去るにあたって」と題する文書作成してセンター事務局に提出したことは前記認定のとおりであって、原告意思確認手続きは充分なされていたというべきである

— 東京地裁平成8年8月20日判決平成6年(行ウ)第58号、『辞職承認処分取消請求事件』、労判707号92頁。”

—— Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E9%87%8E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

anond:20260404170551

矢野事件(やのじけん)とは、京都大学東南アジア研究センター(現・東南アジア地域研究研究所)所長であった矢野暢(1936-1999)教授1993年平成5年)に起こしたセクシャルハラスメント(以下、固有名詞引用文を除き「セクハラ」で統一する)事件と、それに関連する事件訴訟総称である。「京大矢野事件」「京大矢野事件」「京都大学矢野事件」「矢野セクハラ事件」「京大教授セクシュアル・ハラスメント事件」とも呼ばれる。

日本におけるセクハラ問題化メルクマールとなった事件とされ[1][2]、これ以降、大学でのセクハラに対する文部省(現・文部科学省)の取り組みも始まったとされる[3]。

概要

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1993年平成5年)、京都大学東南アジア研究センター(以下、「センター」)所長である矢野暢が、あるセンター職員の妹を秘書として雇いたいと申し出た。矢野面接と称してホテルラウンジに呼び出し、「秘書仕事には添い寝も含まれる」など発言し、断ったら姉を辞めさせると脅した。姉であるそのセンター職員からの抗議により、矢野謝罪念書を書いたが、その後も秘書などに対してセクハラ行為を繰り返し、次々に秘書が辞めていく事態となった。そのうち1人の非常勤職員は、センター事務長に「矢野からセクハラを受けたので退職したい」と訴えた。

上記事情を知ったセンター助手センター質問状を提出することなどによって、セクハラ疑惑として表沙汰となった。その頃、センター助手に、学生時代自分矢野から暴力に遭っていたという女性から電話がかかってきた。

センターは、改善委員会を設置し、矢野センター所長辞任をもって解決を図ろうとするが、具体的なペナルティもなく事件がうやむやにされるのを恐れた被害者女性が、井口弁護士相談の上、弁護士名義で文部大臣宛に質問状を提出したり、「甲野乙子」名義で京都弁護士会人権擁護委員会に人権救済の申し立てを行ったりした。矢野は、12月31日付で京都大学を辞職した[4]。

1994年平成6年1月18日京都新聞に、この事件に関する野田正彰の文章掲載された。これを読み、現状が理解されていないと感じた小野和子が、1月25日京都新聞に『学者人権感覚 矢野教授問題によせて』を寄稿した。これに反論する河上倫逸の文章2月10日京都新聞掲載され、小野2月20日の「大学でのセクシュアル・ハラスメント性差別テーマとする公開シンポジウム」において、『河上倫逸氏に答える セクハラは小事か』と題する文書を配布した。

矢野は、文部大臣に対する辞職承認処分の取り消しを求めた行政訴訟と、虚偽の事実新聞公表されたことなどにより名誉を傷つけられたなどとして甲野乙子、井口博、小野和子に対する3件の慰謝料請求民事訴訟を起こしたが、いずれの判決矢野請求棄却した。

事件の経緯

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甲野乙子事件

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1982年昭和57年1月末、大学3年生であった甲野乙子(仮名[注釈 1])は、甲野の通う大学非常勤講師であった矢野暢[注釈 2]の特別講義に出席した[7]。その講義の終了後、甲野は大学内の学生食堂矢野と話す機会を得て、東南アジア研究の話を中心に会話が弾み、自分が将来は研究者になりたい旨を伝え、甲野は矢野自分の住所と電話番号を教えて再会を約束した[8]。三度目の面会の際、大阪市内ホテル地下街で夕食などを共にした後、矢野は「今日は疲れているから部屋で話の続きがしたい」と切り出し、自分チェックインしている同ホテルの部屋まで来るように申し向け、甲野はそれに応じて部屋に入った[8]。

部屋に入ってから東南アジアの話が続いたが、突然、矢野椅子から立ち上がり、甲野の手を握ったので、甲野は矢野の手を振り払った[8]。すると、矢野は「何で振り放った」と怒鳴り、甲野が「男の人からいきなり手を握られたら振りほどいて当然である」と答えると、甲野を平手で数回殴り、罵倒し始めた[8]。甲野は泣きながら反論したが、矢野罵倒と殴打を繰り返され、反論も止め、手を握られるままとなった[8]。矢野は甲野の手を握りながら説得し始め、甲野の肩を抱こうとし、甲野がそれを拒もうとすると再び罵倒と殴打を繰り返した[9]。また、矢野は甲野をベッドに座らせ、自ら着衣を脱ぎ、「君も裸にならないと対等ではない」と着衣を脱ぐように求め、甲野が裸になると矢野性交渉に及んだ[9]。矢野は「性行為は対等な人間同士がやることであり、君と僕性的関係を持ったことは東南アジア研究を目指す者同士の同志的連帯の証である」などと言い、研究者になるために日常生活に到るまで指導することの同意を求めた[9]。甲野は黙り込んでいたが、矢野が詰問してきたために同意をした[9]。翌日、次に会う約束の日時を決めて別れた[9]。

この日以降、甲野は、矢野に殴られた跡の治療にも行かず、矢野と会う約束以外では人目を避けて寮の自室に籠りがちになり、大学の授業に出ないことも多くなった[9]。また、矢野性的関係を持ったことには誰にも口外しなかった[9]。

甲野は、矢野の勧めに従い、4月からアルバイトとして、卒業後は事務補佐員として矢野研究室に勤務した[9]。この間、何度か辞めたい旨を申し入れたが、その度に矢野激怒し、殴るなどして撤回させられた[10]。また、矢野との性的関係継続させられ、甲野が婚姻した後も続いた[11]。1988年昭和63年)、甲野は他のアルバイト矢野から性的関係を求められていたことや、第一秘書自分矢野との関係認識していたことを知り、自分に対する対応研究ぐるみで行われていたと認識し、夫に対して告白するとともに、研究室への出勤を拒み、そのまま3月末に退職扱いとなった[11]。その後、甲野は大学院に進学したが、矢野関係者との接触を避けるために東南アジア研究の道を選択しなかった[11]。

A子事件

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1992年平成4年12月京都府庁アルバイトをしていたA子は、センターに勤務している姉を通じて矢野[注釈 3]から秘書として採用したいという申し出があった[11]。1993年平成5年1月8日に京都市内のホテルにあるフランス料理店にて、A子とA子の姉、矢野矢野の所長秘書の4人で面接を兼ねた会食を行った[11]。その際、矢野は、あと数回会ってから採否を決めること、次の面接については姉を通じて後日連絡することを伝えた[11]。

次の面接である1月12日、出張から戻ってきた矢野と駅で再会し、矢野疲労を訴え、話し相手になってほしい旨を述べたため、A子は「私でよかったら話し相手になります」と応じた[11]。その後、会食で利用したホテルの地下にあるバーに向かい階段を降りる途中で、矢野は「私がこういう風に疲れた時は、『先生今日は一緒に飲みに行きましょう』とか、『先生今日添い寝をしてさしあげましょう』とか言わなければいけない。それが秘書役割だ」と言った[12]。A子はバーに入った後、秘書仕事自分には負担が大きいので辞退する旨を述べた[12]。すると、矢野はA子に対し、「秘書としての事務処理の能力で雇うんではない。ハートの付き合いをしてもらうために雇うのである」などと怒鳴り始めた[12]。A子は「私には恋人いるから、先生とはハートの付き合いができない」と言うと、「男がいるような妹を紹介したお姉さんもお姉さんだ。お姉さんと所長秘書には責任をとってもらう。私は所長だから辞めさせることは簡単なんだ」と畳み掛けた[12]。A子は、これらの発言を聞いて秘書採用の最終的な返答について保留し、矢野から次の休日頃に再度会いたいから予定を開けておくようにと言われて別れた[12]。

A子が帰宅後に自室で泣いていることから事情を察したA子の母がA子の姉に電話をし、A子は電話口でその日の経緯についてA子の姉に説明した[12]。A子の姉は話を聞いて憤激し、翌日、所長秘書事情説明し、A子の秘書採用を断り、自分責任を取って辞職する旨を申し出た[12]。A子は、前田教授にも事情説明した[12]。前田教授から事情を聞いた高谷教授は、A子の姉に対して、矢野謝罪させる旨を電話で伝えた[12]。

2月25日、同ホテルにおいて、前田教授、高谷教授、所長秘書、A子の姉の立ち会いの下に、矢野はA子と会い、二度と同じようなことはしない旨を書き記した念書を渡し、「意志の疎通がうまく行かず、誤解が生じたのを深くお詫び致します」と謝罪した[12]。A子は、念書に「セクハラ」の文言を入れてほしいと思ったが受け入れられず、A子に対する言動の詳細については「あなたの心を傷付けた」という抽象表現に留まった[13][14]。

3月8日、この事件告発する匿名文書が、文部大臣文部省記者クラブに届いた[15][16]。矢野は、この事件を全面否定する釈明書を提出した[17]。

B子事件

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1993年平成5年4月中旬矢野出張先の東京ホテル自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書B子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。B子直ちに帰宅し、以後出勤することな4月30日付で退職した[18]。

C子事件

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矢野は、前述のB子とのトラブルがあった1週間後に、出張先の東京ホテル自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書のC子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。

D子事件

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1993年平成5年6月10日矢野京都市内のホテルエレベーター内で非常勤職員D子に抱きついた[18]。6月14日、D子は「矢野からセクハラを受けましたので辞めさせてください」「愛人にはなれません。報復が怖いか一身上の都合ということで辞表を出します」などと言って辞職願を出した[18]。

改善委員会

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1993年平成5年6月14日、D子がセンター事務長とセンター庶務掛長に対し、矢野からセクハラを受けたので退職したい旨を訴えて辞職願を提出したことセンター職員らが目撃した[19]。6月15日には、矢野研究室の私設秘書全員が辞職願を提出した[19]。

A子の事情を知っていた米澤真理子センター助手(以下、「米澤助手」)は、上記事情も知り、もはや矢野個人的問題では済まないと考え、他の女性センター職員10名と共に6月21日付で事件真相を究明し断固たる処置を取ってほしいという旨の質問状を「センター女性職員有志一同」名義で所長代理、副所長、各部門長、各部門主任宛に提出した[19][20]。

この質問状を受領したセンター教授らは、部門会議及び拡大部門会議対応検討し、改善委員会を設置し、矢野以外の全センター教授構成することを決定した[19]。これらの経緯を知った矢野は、7月15日に開催された臨時教授会において所長を辞任したい旨を申し出て承認された[21]。改善委員会委員長である高谷教授は、個人良識解決を委ねるべきであると考え、矢野謝罪等の条件を実行させ、所長を辞任することで事態を収拾しようとした[22]。米澤助手は、高谷教授の報告の中にセクハラについて触れていないことを不満として、再び7月26日付で改善委員会の全委員宛に調査継続の有無と辞任理由セクハラ責任関係について回答を求める趣旨質問状を提出した[22]。

質問状を受けて、7月30日に所員会議を開き、改善委員会委員長は、センターの全所員に対し、7月29日協議員会でも矢野の辞任が承認されたこと[注釈 4]、矢野の辞任の理由は他の公務多忙であることとセンター内が混乱していることの責任を認めてのことであるとし、改善委員会はこれ以上の調査をしないことを伝えた[22]。その一方で、女性職員に対し、今後は非公式に懇談を続けていくことを提案した[22]。米澤助手は、非公式の懇談を続けるという提案を受け、8月中に2度の懇談を持った[22]。また、米澤助手らは、井口弁護士(以下、「井口弁護士」)と相談し、8月20日付で、セクハラ事実を認めて被害者謝罪するか、責任の取り方として全ての公職を辞職するつもりがあるか、という趣旨矢野個人に対する質問書を送付した[25]。

矢野は、8月31日に正式センター所長を辞任した[26]。9月1日矢野の後任として坪内良博センター教授(以下、「坪内所長」)がセンター所長に就任し、改善委員会委員長兼務することになった[26]。9月9日矢野は、所員会議において、所長辞任の挨拶をし、センター内に混乱が生じたことについて、遺憾の意を表した[26]。矢野は、岡本道雄元京都大学総長(以下、「岡本総長」)、徳山詳直瓜生山学園理事長(以下、「徳山理事長」)、高谷教授古川教授と、自分の今後の対処の仕方について相談した[26]。

同僚から手紙上記のような内部告発が行われていることを知った甲野は、9月24日センター編集室に電話し、米澤助手自分矢野との性的関係などの事情告白した[27][28]。この告白を踏まえ、米澤助手は、同日の小懇談会において、矢野セクハラ事実の有無について調査したいと申し出た[29][30]。

米澤助手らは、8月に送付した質問書について、質問書に記載した期限を過ぎても返答がなかったため、文部大臣宛に9月27日付で井口弁護士代理人として質問書を送った[26]。10月1日、文部省京都大学に照会し回答を求めた[29]。坪内所長は、高谷教授前田教授の立ち会いの下、矢野に対し事実関係を問い質したが、矢野事実関係存在しない旨の弁明をした[29]。10月4日、坪内所長は、事実関係調査したいと申し出た米澤助手に対し、事実関係調査を所長の責任公的ものとすることを決めたので、調査結果をまとめて提出してほしい旨の説明をした[29]。

米澤助手は、甲野らに公的調査が開始されるので協力してほしい旨を伝え、甲野らから陳述書を入手した[29]。それに聴取書証言メモ作成し、これらに基づいて作成した調査報告書と陳述書等を11月8日に坪内所長に提出した[29]。1111日、坪内所長は改善委員会を開き、被害者とされる女性実在証言自発性確認するため、海田教授土屋教授前田教授福井 Permalink | 記事への反応(1) | 19:43

2026-04-01

出版社という看板を掲げるなら、せめて「本」を諦めるなよ

今日担当編集から連絡があった。

次の新刊、紙の単行本は出さずに電子書籍だけにするとのことだ。理由はもう聞き飽きた。紙代が高騰しているから、返本のリスクが取れないから。そんな話ばかりだ。

正直、もうがっかりしたという言葉では足りない。

出版社は一体、何のためにあるのだろうか。こっちは毎日必死に、腱叟炎になりそうなのを我慢して、細かいところまでこだわって原稿を描いている。見開きの迫力とか、ページをめくるタイミングとか、全部「紙の本」になることを前提に作っている。

それを「コストが合わない」という身勝手理由で切り捨てられては、たまったものではない。今の出版社は、ただの「データ転送屋」に成り下がったのではないか

担当申し訳なさそうに数字の話をしていたけれど、結局は自分たちが損をしたくないだけだろう。紙の値段が上がっているのも、物流が大変なのも、昨日今日始まった話ではない。それなのに、この数年間、彼らは紙の本を売るためにどんな努力をしてきたというのか。定価を少し上げても読者に納得してもらえるような工夫をしたのか。本屋さんにしっかり届けるための新しいルートを考えたのか。紙で読むことの良さをちゃんと読者に伝えてきたのか。

結局、何もしていないように見える。昔からのやり方にしがみついているだけで、少し状況が悪くなれば、真っ先に作家の夢でもある「本」を削る。電子なら売れていると言うが、それは作品に魅力があるからであって、出版社の手腕ではない。もし紙の本を出さないのであれば、これまで紙のインフラ維持のために差し引かれていた分、印税率を大幅に上げるのが当然の筋ではないだろうか。

電子で結果が出れば、いつか紙にできるかもしれません」なんて気休めも言われたが、そんな「いつか」が来ないことくらい、こっちだって分かっている。最初から本屋さんの棚に並んで、そこで初めて生まれ話題熱量があるはずだ。それを最初から諦めて、膨大な数がある電子ストアに放り込んで「あとは売れるのを待ちましょう」というのは、仕事放棄しかない。

本屋に行けば、中身の薄いタレントの本や、どこかで見たような実用書が大量に積まれている。そういう本に割く紙はあるのに、一生懸命物語を描いている漫画家のための紙はないというのか。出版社にとって漫画は、ただ効率よく稼げる「集金道具」に過ぎないのだなと、冷めた気持ちになった。

こっちは「本」という形に残るものを作りたいという思いで描いている。読者がページをめくる感触や、本棚自分作品が並ぶ喜び。それを一緒に守るのが出版社役割だと思っていたが、それは幻想だったようだ。紙の本を出さないというのは、出版社としての仕事放棄したのと同じだ。それを「時代の流れ」とか「デジタルトランスフォーメーション」とか、都合のいい言葉ごまさないでほしい。

真っ白な原稿を前にして、何のために頑張っているのか分からなくなった。データで消費されるだけでいいなら、もうこんなに苦労して描き込む必要もないのではないか。そんな風に考えてしま自分が悲しい。

明日も打ち合わせがあるけど本当に嫌だ。面白いものを描きましょうと言われても、もう何も信じられない。本を作ろうとしない出版社なんて、もう存在価値がない。

2026-03-31

プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、いかにして映画化に至ったのか?メディアミックスの裏側

2020年初頭、小説プロジェクト・ヘイル・メアリー』の出版前、発売日すら未定だった時期から、本作の映画化は進められていた。その第一歩となったのは、原作者のアンディ・ウィアーが俳優ライアン・ゴズリング出版前の原稿を送ったことだ。その意図謙虚だが、明確だった。映画の主演としてだけでなく、プロデューサーとしての参加も検討してほしい、というメッセージである

ウィアーは、近未来舞台に緻密な科学描写感情を巧みに結びつける作風評価を築いていた。2011年ベストセラー火星の人」では、複雑な難問が立ちはだかっても、それを解く人物が魅力的であれば、観客が付いてくることを証明し、2015年に『オデッセイ』として映画化された際には、より大きなスケールでその方程式を確かなものにした。

しかし「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、「火星の人」とは異なり、地球から遠く離れた宇宙孤立する男からまりしか記憶喪失、やがてはるか大きな物語へと広がっていくというものだった。原稿を受け取った、ゴズリングは一気に読み切った。

「本当に壮大な旅なんです」とゴズリングは語る。「それに、ライランド・グレースは少しもストイックじゃない。伝統的な意味で勇敢でもないし、自分ヒーローだなんて幻想も抱いていない。でも彼は、挑み続けるんです」

ウィアーが原稿を送ったタイミングは偶然ではなかった。世界コロナ禍に突入し、映画撮影が各地で停止、映画館がクローズしていった時期と重なる。映画興行ビジネス崩壊し、大規模な映画製作未来には暗雲が立ち込めていた。

人生いちばん壮大な映画体験を作るチャンスが来たと思ったら、映画館が閉まっていた」とゴズリングは言う。だが、そんな試練の最中に「プロジェクト・ヘイル・メアリー」と彼が出会たことは、どこか不思議な巡り合わせを感じさせるものがあった。「この作品太陽が死にかけている話ですが、同時に深く希望に満ちている。私たちには“不可能問題”を解決する力がある、諦めなければ奇跡は起こりうると、思わせてくれるものなんです」

ウィアーは、この映画化を彼らしい控えめさで、こう説明する。

「私の売り文句はこうです。“宇宙を揺るがすバディ・ムービー”」

このアイデアだけでも『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が従来のサバイバル物語と異なる点が示唆されている。最終的に物語を動かすのは協力しあうことであり、「ひとりでは達成できない」という真理なのだ

ゴズリングは、このアイデア映画化したいと即座に反応した、そして作品テーマと同じく、それには“チーム”が必要だとわかっていた。

最初に思ったのは、優れたプロデューサーに入ってもらわないと、ということでした。これは不可能じゃないかと思っていた」とゴズリングは言う。「最高の人材必要だったんだ」



彼が最初電話したのが、エイミー・パスカルだった。映画スタジオ ソニー・ピクチャーズトップから転身し、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』、『ストーリー・オブ・マイライフわたし若草物語』、『スパイダーマンスパイダーバース』など幅広い作品を手がけてきたアカデミー賞ノミネート経験のある映画プロデューサーだ。パスカルもまた、ウィアーの原稿をすでに読んでおり、ゴズリングと同じものを感じていた。

グレースは、私たちと同じごく普通の人。スーパーヒーローでも宇宙飛行士でもなく、凡人です」とパスカルは言う。「でも時間をかけて、途方もない犠牲を払える人間になっていく。その感情の旅、変化こそが柱なのです」

パスカルにとって、SFであることは問題ではなかった。ウィアー作品らしく、ジャンルの外見は、もっと大きく普遍的ハートの部分を美しく際立たせるためのものだったのだ。

「確かにSFです」とパスカルは言う。「でも“信頼”の話でもある。人への信頼、協力しあうことへの信頼。今は皆がお互いを怖がっている時代です。誰もが他者を信じない。誰も人の話も聞こうとしない。各々が自分の部屋に閉じこもって、自分の信じたいものだけ信じ、違う新聞を読み、他者に心を開こうとしない。この映画は“聞くこと”を求める。誰か別の言語を学ばなければならない。相手がどこから来たのか理解しなければ、世界は救えない」


パスカル正式プロデューサーとして加わり、企画は形になり始めた。次に必要だったのは、ユーモア危険、ぬくもりとスケール、その緻密なバランスを取りつつ、エモーショナルな魂を見失わない映画作家を見つけることだった。

「誰がこの映画を引き継ぐべきか、議論余地はありませんでした」とパスカルは言う。「フィル・ロードクリストファー・ミラーしかいなかった」


私たちは、物事が“不可能”に見える時代を生きています。けれどこの映画は、想像力善意を持って人が集まったときに何が可能になるのかを描くのです」とロードは言う。

プロデューサー、主演俳優監督正式に揃い、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は原稿から撮影へ向かうチームが発足した。作品で描かれるミッションと同様に、このチームもあらゆるレベルで協力し合うことで、困難を乗り越えていくことになる──。

https://x.com/ProjectHM_movie/status/2031007266405531711

残り観て完走したい朝ドラ増田酢魔野良ドサ空いた紫卯村糧みりこの(回文

おはようございます

うわー雨だわ。

足もと濡れて嫌になるションテンだだ下がりだけど、

よーし、

なんか朝は美味しいもの朝ご飯にしよっかなー!って飛び込み前転で背中が濡れないようにギリギリ背中が着地しないような回転を披露しながら入店したんだけど、

おにぎりの棚もサンドイッチの棚も、

私がときめかないラインナップの面子で、

入店したにもかかわらず、

ノー購入でお店を出たの。

なんかコンビニに入ったら何か1つの品物でも買わなくちゃいけない症候群発症することなく退店できたわ。

これがなんかお手洗い借りたときはなんか申し訳ないので、

お水!とか心ばかりの気持ちを込めて100円ぐらいで購入できるものを買ってみたりするんだけど。

なので、

珍しく入店しても何も買わずに出るってことが珍しくてこんな日もあるのね!ってそう思ったわ。

コンビニエンスストアの補給の車のタイミング且つ、

その商品や食料を補給の車のトラックタイミングのあとのそっから店員さんの陳列までの時間ってお店毎にルーティーンがあると思うんだけど、

たまたま入ったその時間帯は一番枯渇している時間帯だったかもしれないわ。

うーん、

棚がすっからかんだったので、

そう言うことかもしれないわ。

雨の日ションテンが下がるから何か美味しいものでも食べてションテン上げたかったのになぁーって思いつつ、

天気予報を今週ずーっと見ていたら、

今週はどうやら雨っぽい天気が多いみたいで、

その都度で毎回ションテンを上げていたら、

すーっと雨でションテン高祭りじゃない!って

もー自分のションテンは自分であげなさい!って思っちゃうほどよ。

うそう、

朝の連続ドラマ小説の『ばけばけ』が終わって新しいのが始まったんだけど、

私と言えば先週分の追っかけを追いついてみているところの『ばけばけ』なのよ。

新しいドラマタイトルすらまだ私の頭の中に入ってきてないけど検索してみたら『風、薫る』なのね。

私は先に『ばけばけ』を片付けなくっちゃいけないわ。

私は何が一番良かったかっていうと、

トキちゃんのお母さん松野フミ役を演じた俳優池脇千鶴さんのお母さんっぷりが一番良かったわ。

あと珍しくお話の終盤までなっても主人公のご両親が健在ってのもなんか珍しく思ったし。

総じて言えば、

『ばけばけ』っておトキちゃんが取り乱してギャーギャー言っているのとヘブン先生執筆中に書斎に誰かが黙って入ってきたときに「シャラップ!」ってどちらにしても、

ギャーギャーとシャラップ応酬ドラマだったような気がして。

なんか今週のおトキちゃんの騒ぎの取り乱しっぷりはどうなるのかな?って離脱しそうになっちゃったけど、

泣いた顔がニッチェの左の人にそっくりなことを気付いてそれも相まって離脱しそうな感じになったけど、

とりあえずはあと残り3話あるので、

ここまできたら見届けたいところよ。

朝ドラって近代史描写しすぎると橋本環奈ちゃんギャルおにぎりみたいに結構見てて空回り感半端ないような気もするし、

やっぱりみんな大好き明治とか?大正とか?

戦前の話が好きみたいで、

これだと近代を描いた朝ドラだと、

この年代の設定で部屋に置いてある洗濯機存在しない型番だとかツッコミどころ満載になってその答え合わせに皆必死になるから

昭和より前のことを描く方が、

時代劇みたくファンタジーにも見えるからかい時代考証ツッコミは目に入ってこないので、

その時代を描く方が人気があるのかもね。

でさ、

その『ばけばけ』なんだけど、

松江編までは週1回でドタバタ劇を繰り広げて、

いちいち細かいことの出来事家族総出で繰り出してそこでみんなでずっこけるって展開が結構好きだったのに、

熊本編はたまた一瞬で終わってしまった東京編はあんまりドタバタがなくってちょっと残念ね。

あと、

朝ドラお話書く人たちの間で流行ってるのかしら?

犯人はこの中にいます!」ってくだり。

なんか前にも見たような気がする朝ドラでって思ったけど気のせいかな?

そんで、

熊本編で荒金九州男って役名で出てくる怪しい投資家お金を預けるんだけど、

ここでまた一波乱あって物語ドタバタになるのかと思いきや、

小豆先物取引が上手く言ってすごい大金松野家がゲットする、

見るからに怪しい男にしか見えない荒金九州男がクセ強いい人で、

これ以上ともっと投資を試みようとすると、

いまは時期が悪い!つって必死投資を止めるところとか荒金九州男って字面と見た目に一番反してめちゃくちゃいい人だってことが分かったのが熊本編ね。

ちょっと酷かったのがヘブン先生日本語得意じゃないのってのもあったかも知れないけれど、

車夫の人にクビだっていって、

まりにも「クビです」って言い方が直接すぎてちょっと酷くない?って思ったし、

アメリカにいるイライザへ『Kwaidan』の原稿を送ったとき

「幼稚すぎるわ!」ぷい!ってやって言ってたのに

ちゃん出版はされたんかーい!みたいな。

松江編以降はそういうのが印象的だったわね。

でも残り私がまだ見ていない3話で急展開待ったなしかもしれないか最後まで見逃せないわよ!

最後まで完走するわ!

うふふ。


今日朝ご飯

そうね雨の日だからションテン上げたいしーって思って入店してみたものの、

なにかこう棚に輝くものが無かったので、

珍しく何も買わずに出たんだけど、

まあ家で豆乳トマトジュース飲んできていて良かったわ。

結構これ飲んだらお昼までにお腹がぐーぐー鳴んのよね。

凄い勢いでぐーぐー鳴んのよ。

雨だけどランチは美味しいの食べたいわね。

デトックスウォーター

もうすっかり春めいてきたというか春というか春かもしれない春かなるってところ。

夜も暖房もつけなくてよくなったし、

随分暖かいわ。

なのでホッツというより、

レモン炭酸水ウォーラーをシュワっとキメてみたわ。

もうちょっとでまたストックなくなるので、

注文しておかないとね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

チェンソーマン作者宛てにファンレター送ったら返送されたので編集部に問い合わせたら「郵送の問題」との返信があった話

好きな漫画の作者にファンレターを出すのが趣味(好きすぎて作品語りをしたくてしょうがないし、何を書くか考えてる時間のものも好き。思考が整理されるから作品じゃなく人を好きになるタイプだったらストーカーになりやすタイプだと思う)で、集英社なら「呪術廻戦」「只野工業高校日常」「幼稚園WARS」は何通もファンレターを送ってる。

とくに「只野工業高校日常」は届いたプレゼントファンレターを作者がXに写真投稿するのでめちゃくちゃ嬉しかった。

ファンサービスが好きなんだなぁ、としみじみしていた。

送ってよかった、連載が長く続いてほしいなぁ、と思っていた。

幼稚園WARS」なんてもっとすごい。

なんとファンレタープレゼントハガキで返信をもらえるのだ。

しかコメントまで書いてある。

返信用テンプレートハガキならまだわかるけど、わざわざメッセージまで書くなんて手間がかかりすぎてる。

もちろん嬉しい。

嬉しいんだけど、やっぱり更新が楽しみだから応援したいのであって、大量にファンレターが届くような人気漫画家がそんなことに時間を割いて、原稿の進捗は大丈夫なのかさすがに心配になった。

いや、嬉しいんだけどね。

そんな感じで「チェンソーマン」もレゼ編見て面白かったのでファンレターを送ったら3通まとめて返送されてしまった。

パソコンで作ったハガキ(さすがに手書きはしない。字が汚いので)が3通、封筒に入っていた。

驚いて思わず写真を撮って証拠を残してしまった。

住所が間違ってるとか内容が殺人予告とかヤバイとかならわかるけど、送り返される理由がよくわからない。

友達集英社漫画編集者友達で、ヤバイ内容じゃない限りファンレターは作者に渡すと聞いていたし、他の出版社漫画編集者友達(ずっと出版社下請け企業で働いていたのでそういったつながりがあり、友達はみんな自分と同じWeb編集者をしている人ばっかり)にも聞いたらそんな話は聞いたことがないと言っていた。

じゃあ、これはジャンプ編集部理由を聞くしかないと思って、問い合わせフォームに以下のように連絡してみた。

「ご担当者

お世話になっております

増田と申します。

こちらに問い合わせすべきことなのかわかりませんが、ジャンプ編集部藤本タツキ先生宛てにファンレターを送ったのですが、3通まとめて返送されてしまいました。

こういったことはよくあるのでしょうか?

住所が間違ってたわけじゃなく、他の先生でこんなことはなかったので、一体なぜなのか気になっており…。

パソコンで作ったハガキです。

内容も殺人予告といった問題あるものではないと思います

よろしくお願いします。」

そしたらわりとすぐに返信が届いて、こんな内容だった。

お客様

ご利用ありがとうございます

集英社電子書店カスタマーセンターです。

お問い合わせのお送りいただいたファンレターの件につきましては、

郵送時に問題が発生した可能性がございます

もしお急ぎの場合は「少年ジャンプ+ブラウザ版の作品ページからファンレター

お送りいただくことも可能となっておりますので、利用をご検討くださいますと幸いです。

・例:チェンソーマン 第二部の場合

 下記URL作品ページにて下方向にスクロールすると、画面左側にファンレターを送る」が表示されます

 https://shonenjumpplus.com/episode/3270375685341574016

希望作品にて同様にページを開き、メッセージをお送りいただけますと幸いです。

引き続き少年ジャンプ+よろしくお願いいたします。

※ご返信の際は、同一のメールアドレスにて件名を変えずにご送信ください。」

!?

郵送時の問題とは…?

郵便局員が何かしたということ…?

それはさすがにありえないでしょ…。

どんな問題!?

ファンレターが作者に確実に届いてることはすでに知ってる(集英社作家以外も大量に送ってる)のに、そんな雑な回答なの…?

恐らくこういった問い合わせにはこう返す、みたいなテンプレなんだろうなぁ、と思って、実際に返送されたハガキ封筒写真を送るのはやめておいた。

サポートなんて社員じゃなくアルバイトだろうし、会社としての問題にしたくないんだろうなぁ、と思った。

大量に問い合わせが届くから、流れ作業だろうしね。

とにかくビックリしたので増田に書いて成仏させたい。

只野工業高校日常」「幼稚園WARS」はマジで面白いので読んでほしい。

すでに人気だけど知らない人もいると思うので書いてみた。

ファンなのでこれからも地道に布教していきたい。

ファンレターも書くと作者が喜ぶ(もちろんリップサービスもあるだろうけど、本当に喜んでる感じがする)ので書いてほしい。

呪術廻戦」はアニメが最高すぎるので必見です。

乙骨推しとしてはたまらないです。

2026-03-29

結婚って学生の内に相手捕まえないと無理じゃね?

私の職場には同性しかいない。

ただ、異性がいたとしても、途中で梯子外されてセクハラ扱いされる危険性あり(私が相手立場なら、やる可能性は大いにあると思う)

余暇の土日祝や長期連休趣味副業漫画原稿イラスト描いたり、取材旅行運動に充ててる。

異性との出会いに割く時間がない。

これ、学生の時に結婚相手見つけないと詰んでるじゃん。異性と自然に接する学生時代が一番のチャンスって、なんで誰もしっかりと教えないワケ?

日本少子化で潰れてもいいってのか?政治家子育て支援云々より、その前段階の恋愛教育に力いれるべきだろ。

2026-03-25

今年も文化放送ラジオCMコンテストくそだったな〜

ラジオCMコンテスト~ずーっと、前からオーディオアド~ https://radiko.jp/r_seasons/10015446

3/31まで結果発表イベントを聴ける



誰も知らないと思うけど、ひっそりやっていた。

20秒のラジオCMを競うもので、一般プロコピーライターも応募可能コンテストである

今回の入選作もクソだった。

くだらないダジャレオンパレードで、半分くらいが意味不明もの


私は若手コピーライターだが、私の予想では下読み(応募原稿審査員に見せる前に1次審査として絞る係)が死にかけの構成作家とか、CMのなんたるかを知らないおっさんなんだと勝手に思っている。

2026-03-23

アニメ映画ルックバック』のとあるスタッフの行き違い

https://lavender.5ch.io/test/read.cgi/asaloon/1771594058/116

116: メロン名無しさん 2026/03/23(月) 09:56:50.52

押山監督ミートソースのつもりで描いたけど仕上げさんはカルボナーラだと思って塗ってきたといういわくつきのスパゲティ

ちなみにタツ先生炒飯のつもりで描いたということで非常に凸凹していますね…。

https://x.com/an_shida/status/2035731263542428094

https://pbs.twimg.com/media/HEBeWCBboAAnSwf?format=jpg&name=900x900

そもそも脚本やコンテにチャーハンとかミートソースとか書かないのでしょうか

アニメ制作ワークフロー理不尽です

メロン名無しさん03/23(月) 16:06:42.53

>>116

全部先回りで書いていたらキリがないので判然としないものだけ適宜質問確認するアジャイル開発です

その一枚絵だけでも50オブジェクトくらい配置されているので一々墨汁ですとか物差しですとか挙げてたらコストが積み上がります

慢性的にカネがない業界なので間違いゼロよりもコスパ最優先です

メロン名無しさん03/23(月) 16:09:33.38

面白い間違いが起きたら珍プレー好プレー集としてインタビュー資料集声優ラジオネタも稼げます

ただしおかゆサムゲタンに間違えると燃えるのでそれだけは専門スタッフ確認しま

メロン名無しさん03/23(月) 17:47:26.92

>>116

そもそも漫画描いてる合間に麺料理がありえません。原稿用紙にソースが飛んだら大惨事です。炒飯にしたタツ先生けが常識人です。

メロン名無しさん03/23(月) 18:02:55.68

飼ってたメダカが死んだ(中略)公園死体野ざらしにしてたら蟻に運ばれ始めたので急にメダカへの愛着が湧いてメダカ死体を食べたら胃腸炎になった

このタツキが常識人だと…

2026-03-22

anond:20260322031604

文章読めない人ですか?

小学館みたいな体系のとこは稀で、大抵のとこは編集者担当作家印税原稿掲載料がちょろっと入ってくるので元々私は養分ですよ?

2026-03-21

anond:20260321172152

できたぞ!自分全く指摘してないからな!

黄金放課後モノクロの夢』

 銀行残高に並んだ「0」の数を何度数えても、それは現実だった。

 宝くじ一等、前後賞合わせて6億円。その瞬間、僕を縛り付けていた「生活のための労働」という鎖は、音を立てて弾け飛んだ。

 翌週には退職願を叩きつけ、僕が向かったのはハローワークでも不動産屋でもなく、都内にあるマンガ専門学校の門だった。

「……あの、保護者の方ですか?」

 受付の女性怪訝な顔をされたとき心臓が跳ねた。

「いえ、入学希望者です。……4月からの」

 僕は震える手で資料差し出した。38歳。かつて受験に失敗し、親の勧めるまま就職し、趣味で描くことさえ忘れていた「漫画家」という夢。その燻っていた火種に、6億円というガソリンが注がれたのだ。

 4月。教室に入ると、そこは異世界だった。

 金髪ピアスオーバーサイズパーカー。18歳や19歳の若者たちが放つ、根拠のない自信と熱気。そこにスーツを脱ぎ捨て、ヨレたTシャツを着た「おじさん」が混じる。

 授業が始まると、現実さら残酷だった。

「……田中さん。このコマ割り、古いです。昭和劇画をなぞってるみたい」

 講師を務める20代の青年が、僕の原稿を冷淡に指さす。

「今の読者は、もっとテンポを求めます説明台詞が多すぎるんですよ」

 周りの生徒たちの視線が痛い。クスクスという忍び笑いが聞こえた気がした。

 6億円あれば、最高級の画材も、資料となる資料も、快適な仕事部屋も買える。けれど、失った20年という「感性の鮮度」だけは、いくら積んでも買えなかった。

 放課後。一人、自習室でGペンを握る。

 インク匂い。指先につく黒い汚れ。これだけは、中学生の頃にノートの端に描いていたあの時と同じだ。

「……あ、その背景。すごく丁寧ですね」

 顔を上げると、隣の席の少女が僕の原稿を覗き込んでいた。ピンク色の髪をした、クラスで一番絵が上手い子だ。

「あ、いや。古いって言われちゃってさ」

「古いですけど、すごく安定してます。私、パースとか苦手だから……ちょっと教えてもらえませんか?」

 彼女は屈託のない笑顔で、自分クロッキー帳を差し出した。

 僕は驚き、それから少しだけ胸が熱くなった。

 僕は働かなくていい。一生遊んで暮らせる金がある。

 それでも、僕はここにいる。

 自分より二十歳も年下の子に頭を下げ、流行を教わり、必死に食らいつく。

「いいよ。その代わり、最近流行りの漫画、教えてくれるかな」

 窓の外には、夕焼けに染まる街並みが広がっている。

 6億円で手に入れたのは、贅沢な暮らしじゃない。

 もう一度、夢に破れるための「挑戦権」だった。

 僕は再びペンを取った。

 真っ白な原稿用紙に、僕だけの新しい線を引き始める。

〈続くのかは知らん〉

2026-03-20

anond:20260320094124

ブクマカの好きななろう小説みたいに高市トランプを恐れず毅然正論をいって

トランプが「おもしれー女…」って受け入れて戦争が終わるみたいなのを妄想してたんじゃね

高市はと無能なくせにアドリブがきくと勘違いしてて突発的にいらんことを言いたがる、したがるタイプバカから

とにかく余計なことをしないでくれ!!ってのが健常な日本国民の総意だったわけで

原稿通りの社交辞令言ってなんの印象もインパクトもなく終わってよかったよかったって感じじゃんね

2026-03-16

ニュース記事トップ画像現場警察署写真になってるのなんなん

建物写真なんかいらんわ

ひどいのだと建物動画見させられることもあるぞ

あと「警察署から中継です」も意味不明すぎるわ

中継先では建物の前で原稿読むだけじゃねえか

スタジオアナウンサーがそれ読めばいいだけだろ

2026-03-15

星霜の心理士が叩かれてる件について

増田情報

・女

イラストレーター

カウンセリング知識あり

 

叩かれの内容

加害者漫画原作に携わるべきではない

加害者カウンセリングを題材にすべきではない

 

前置き

今回この文章で触れたいのは八ツ波樹の件のみであって、そのきっかけとなった山本章一の件に関しては触れる気はない。内容が吐き気を催す醜悪さであり、少なくとも一読者としては加害者に更生の意志が見られず、編集部対応も最悪だったためだ。

被害者本人が出版社への誹謗中傷は本意ではないと声明を出しているが、そもそも小学館は以前から原稿紛失やセクシー田中さんの件などで長らく不信感があり、漫画家や読者が相次いで離れていくのも仕方がないと思う。

あくまでも山本章一の件、小学館対応への炎上と一連のものとして片付けられてしまっている八ツ波樹の星霜の心理士に関しては、少し事情が違うのではないか、という文章だ。

 

叩かれの内容に対する反論

加害者漫画原作に携わるべきではない

この主張は、加害者は野垂れ死んでほしいという主張か、もしくは漫画原作という職業特別職業だと感じているのか、どちらかだろう。

前者は置いておくとして、後者場合は何の職業なら許されるのだろうか? つらくて、給料が低くて、個別性の求められない職業だろうか? 漫画原作は楽そうだから(あるいは頭脳労働特別そうだから?)許されないのだろうか。作画なら許されたのか?

労働刑罰ではないし、職業に貴賎はない。

被害者に弁償していく必要性もある以上、加害者も働かなくてはならない。

 

加害者カウンセリングを題材にすべきではない

そもそも加害者/被害者というくくりは、刑法存在しているにすぎない概念であって、暴力連鎖するものだ。加害者は多くの場合もともと被害者だし、被害者も、適切なケアを受けず放っておけば加害者になってしまうことがある。刑法上は弁償や刑罰のために分ける必要があるが、心理的医療の面では分かち難い性質がある。

加害者となってしまった後の人間が、暴力連鎖を止めるカウンセリングというケア出会たことは幸運だったと思うし、現在軽く見られているカウンセリング保険適用されず、医療と認められていない)を広く周知し暴力連鎖を止める働きかけを、漫画を通してしていることは、大変意義のあることだと思う。

星霜の心理士は、いささか不正確な記述も多い。(例:主人公心理士スーパーバイザーを置かない、医師でもないのに病名を診断する等。異世界転生しているので仕方ないとはいえ、読者に誤った認識を広める可能性がある)

心理士を過剰に万能化しているという問題点はあるものの、裏を返せば、それだけクライアントとして熱心にカウンセリングに取り組み、自分がなぜ加害者になってしまったのかを深く見つめていないと描けない作品だと感じた。

復帰作のテーマとしてこれを選んだことは相応の覚悟があったと思うし、事前に「アクタージュの原作者が…」と公開して話題作りをしなかったところも、被害者への誠実な対応だと感じる。

 

少し話が逸れるが、逆に「こんなに面白いマンガなのに」という擁護も、許容したくない。

面白い面白くないに関わらずなされるべき判断だと思うからだ。

京アニ事件の際にも「こんなに若い才能のある人たちを…」という追悼が多かったが、逆に若くなくて才能のない人間ならよかったのか?

相模原事件に肉薄した価値観で薄気味が悪い。

商業エロ漫画家って高確率で顔のバランスが崩れだすよね

一般文芸の賞の評価基準を詳しく

ご主人様~!✨

一般文芸の賞の評価基準めっちゃ詳しく調べてみたよ~!

特に日本で一番メジャー芥川賞直木賞を中心に、一般文芸全体の傾向も交えてまとめてみたっ♡

あたし的には「なろう系は爽快感テンプレ一般文芸文学テンプレ」って前回の続きみたいで面白いよね~。

選考委員の選評とか過去の傾向から見えてくるポイントガチで書くね!

芥川賞純文学新人寄り)の主な評価基準

芸術性・文学性・表現独自性が最優先!


文体の美しさ、言葉の選び方、リズム視点の切り方、構成の斬新さとか「どう描くか」が超重要ストーリーより「表現の深み」や「内面の掘り下げ」が命。

テーマの深さ・含み・余韻


明確なメッセージ社会性はあるけど、全部説明しきらない「読者に考えさせる」終わり方が好まれる。ハッピーエンドカタルシス全開は逆に「浅い」って言われやすい。

作家性・オリジナリティ

「その人にしか書けないもの」「今まで見たことない視点」がめっちゃ評価される。当事者性(障害とかマイノリティリアル)も最近は強いけど、「小説としての技術」が伴ってないとダメ

• 短~中編(原稿用紙100~300枚くらい)


長すぎると「まとまりがない」って減点されやすい。

選考委員コメントでよく出てくるワード

言葉の力」「文体独自性」「露悪的だけど技術が高い」「俗情距離を置いている」「開かれた結末」「孤独描写が鋭い」など。

要するに「読んでスッキリしないけど、なんか心に残る…」みたいな作品が強いよ~。

最近は「読みやすさ」と「テーマ性」のバランスが取れてるのも評価されやすい傾向あるみたい!

直木賞大衆小説・中堅以上寄り)の主な評価基準

• 娯楽性・ストーリー面白さ・読後感の良さ

「読んでて楽しい」「引き込まれる」「ページをめくる手が止まらない」が最重要エンタメ性が高くないと即アウト。

文章表現の完成度+物語の勢い

純文学みたいに難解じゃなく、でも「ただのエンタメ」じゃなく、ちゃんと「文章の美しさ」や「人間描写の厚み」があるのが理想

キャラクターの魅力・リアリティ

主人公や脇役が立ってて、感情移入できるか。歴史ものミステリー時代小説とかジャンルは広いけど、「人間ドラマ」がしっかりしてるのが強い。

• 中~長編単行本として出てるもの)


シリーズの3作目とかベテランの円熟味が出てる作品普通に受賞する。

選考委員コメントでよく出てくるワード

「勢いがある」「読者を惹きつける」「非日常日常に溶け込ませる技」「女でしか書けない視点」「余韻が残る」「高得点で即決」など。

直木賞は「広く一般の人が楽しめる文学」って感じで、売れ線寄りだけど「安っぽくない」ライン大事なんだよね~。

一般文芸全体の賞(芥川・直木以外も含めて)の共通傾向

新人賞系(文藝賞群像新人文学賞とか)→ 芥川寄りの「文学性+独自性

• 中堅向けの賞 → 直木寄りの「完成度+娯楽性」

選考委員の好み・時代性がモロに出る(最近多様性ジェンダー障害社会問題が強い)

• 「俗っぽい」「エンタメすぎ」「説明過多」「余韻がない」は純文学系で即マイナス

• 「難解すぎ」「退屈」「テーマが薄い」は大衆文学系で即マイナス

結局、ご主人様が前回ブログで言ってた通り

「その賞の界隈が求めるテンプレ」にハマらないと評価されない

ってのがガチ現実なんだよね~…残酷だけどw

ご主人様はどう?

芥川派? 直木派? それともどっちもテンプレだと思ってる系?♡

もっと特定の賞(山本周五郎賞とか野間文芸賞とか)の基準も知りたいなら言ってね~!

あたし全力で掘ってくるから~✨

2026-03-12

少女漫画が描きたい

ふと仕事中に、猛烈に少女漫画が描きたくなっている。読む方じゃないんかい

大体あんた、リアル少女だった頃は小っ恥ずかしくて読むこともなかっただろうが。

昔は漫画家目指して原稿用紙だの付けペンだの買ってたけどさぁ、全部実家だよあれ。ペンタブは持ってきたけどさあ。

とりあえず設定とかを延々とメモとかノートに書き残してるけど、一体どうしてこんなことになってるんだろうか。

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