GW恒例、有田陶器市の臨時列車たち+貨物

おととい・昨日と飲み会が続きましたので、ブログはお休みしてました。

今日は早起きして、有田陶器市開催に伴う臨時列車を撮りに行きました。

例年ゴールデンウィークに開催される陶器市、福岡地区からのお客をさばくため、快速や特急などの臨時列車が運転されます。


私が狙っていたのは、快速列車。

陶器市の臨時列車充当に備え、各車両には「有田陶器市号」という行先表示が入っていて、その表示を出して走る姿を撮りたかったのでした。

年によって違うのですが、最近私が撮りに行った際は、なかなかその表示が出ておらず、今年度、4月29日からの撮影報告を見ると、その表示が出ている率が高い・・・。
特に、朝、博多を出る陶器市号はすべて表示されているみたい・・・。

今朝は晴れそうでしたし、午前中車を使えるという条件も揃ったので、早朝から撮影することになったのでした。





まずは、大牟田貨物(1151レ)が下ってきました。
日は出てますが、東の空に分厚い雲がかかってました。





そしてそのすぐ後、4093レは極上光線!
403号機は検査明けからまだ日が浅く、車体がきれいなのも良かったです。
GW期間中で貨物は軒並み運休と思っていたので、来てくれただけでもラッキーだし、さらに荷物も多くて、また良し。

もうこれだけで満足して帰ってもいいぐらいですが、今日は本命の陶器市号を撮らねば・・・。






陶器市号の1本目、9931M。
おでこの表示はバッチリ「有田陶器市号」!!
ここ数年、私が撮った時は、行先の「早岐」が表示されてたんですよね~。
良い光線で編成を撮ることができて最高!!






熊本行の415系。
良い条件で白電を撮れて、これも最高!





59レが下ってきました。
荷物はほとんどありませんでしたが、来てくれただけでもOK。





陶器市号の2本目、9933M。
特急退避のため数分停車します。
これもちゃんと陶器市号の表示!





かもめ5号が追い越していきました。





ハウステンボス・みどり1号。
風前の灯の赤塗装(CM24)先頭でした。





並び大好きなので、こういうのも撮ります。
光線も良いですし。
811系のリニューアル更新完了後は、懐古の対象となる光景なのかもしれません。






そして、陶器市号3本目は、811系の9935M。
811系もようやくこの表示で走る姿を撮ることができました。
811系は幕の周りが黒ばっかりでシンプルなので、813系よりもこの表示が目立ちますね。





さらに1時間後、鳥栖発の陶器市号の送り込み回送。
回送幕だし、単体で撮らず、上りの退避列車との並びで。





臨時特急「陶器市みどり91号」。
シルバーと緑の8連。



陶器市幕の臨時快速ももう来ないし、ここは撤収。

貨物をもう少し撮るべく、帰宅方々北上したのでした。
(つづく)





明日は何しようかな?
天気も良いみたいなので、何もせんのはもったいない・・・。

これから考えます~。



晴天の香椎にて(昨日撮影分)

昨日の朝、有田陶器市号を撮りに行った帰りに、香椎に寄りました。

11:00前に通る2071レ(土休日スジ)が、銀釜単機らしいので、ついでにどこかで撮ろうと思ったのでした。

少し早めに到着できそうでしたので、10:30過ぎから竹下への回送に向けて転線が見られるキハ7連を撮れる香椎駅近辺で撮ることに。





香椎駅は、鹿児島本線の他、香椎線のキハも頻繁に発着してます。
真っ青な顔のアクアライナーは、この線でしか見られない塗装ですね。





一番山側に集められた回送編成が、転線のため動き始めます。





一旦北側に行ってから折り返してきました。
鹿児島本線の下り列車と併走。



そろそろ2071レの時間。
銀釜を待ちます。





単機ということで、カーブで傾きながら走っていくところを撮ってみました。
右奥にカーブの向こうの線路が見えるよう配置したつもりですが、意図したよりも印象が薄いか・・・。






しばらく待って、締めは福山通運専用の57レ。
日が長い時期の正午頃ということもあり、太陽が真上に来るトップライト状態。
晴れてるのに車体側面の色が出てくれません。




これにて撤収、午後は昼寝したりしてゆっくり過ごしました。


そして今日もゆっくり過ごし、午後はヨメとイオンをぶらぶらしました。
夏場の炎天下の撮影用に、つば付きの帽子を買いました。




D51の雄姿(?)を撮りに山口線へ

昨日は、D51の雄姿を撮りに・・・ではなくて、引退という噂のC56がD51との重連の先頭に立つところを撮りに、山口線に行ってきました。





結果的には、往路復路ともD51が先頭、C56が次位となり、D51を撮りに行ったような形になりました・・・(汗)

でも、谷あいに響く汽笛やドラフト音を聞き、煙の臭いを体感すると、やっぱりSLはいいもんだな~と再確認したのでした。



連れて行って下さったK様、現地でお会いした皆さん、ありがとうございました&お疲れ様でした!!



今日はソフトの試合で、グラウンドに集合したものの、風雨が激しくなり、中止となってしまいました。

ゴールデンウィークも今日で終わり。
家でゆっくり写真データの整理などします。




和歌山よくばり乗り鉄(3)バリエーション豊かな和歌山電鐵

和歌山シリーズの続きをご紹介します。



早朝に天王寺を出て和歌山へ、和歌山市、和歌山港と巡って和歌山に戻ってきたところからです。





JRののりばから通算して数えた9番のりばが、和歌山電鐵貴志川線です。





終点の車止めは、側線のと一緒に、ホームのすぐそばにあります。





終点の貴志(きし)まで行く電車が、発車を待ってます。
車両も塗装もズバリ南海電車ですね。

ここは2006年3月まで南海の貴志川線でしたが、その後は両備グループの岡山電気軌道の出資で「和歌山電鐵」が引き継いでます。
「電鐵」の「鐵」が旧字体で、「鉄」でないのは、一時期多くの鉄道会社で流行った、「金」を「失」う赤字を避ける意味合いなのだろうと思われます。
国鉄の分割民営化で誕生したJR各社も、「旅客鉄道」の「鉄」を「鉃」と表記(四国を除く)してますが、同様に赤字忌避から来たものですね。





腰部分についているヘッドマーク。
「鉄道むすめ」関係のキャンペーンですね。
開始から1年、鉄製の台座に紙製のデザインのため、日焼けしてくたびれてきてますね。

名前の「神前」は途中駅の「神前(こうざき)」からでしょうね。
「みーこ」は猫っぽいのでたま駅長からとったものかな?






パンタグラフがある前側。





ヘッドマーク。
こちらは冬服仕様かな。





車内はロングシートでシンプル。
ワンマン運転のため運賃箱が設置されてます。





いろんなスイッチが増設された運転台。



いよいよ発車、14.3㎞、30分余りの短い旅です。






最初の駅、田中口。
年季の入った駅名標です。
これって、もしかして南海時代からあるやつかな?





次の日前宮(にちぜんぐう)で、「いちご電車」と交換。

同じ形式の車両ですが、水戸岡さんのデザインでリニューアルされ、魅力的な印象です。





交通センター前。
「交通センター」と聞くと、バスターミナルか何かあるのかと思ってしまいましたが、運転免許試験場のことのようです。
隣接する交通公園には、かつて南海の平野(ひらの)線を走っていた路面電車が保存されていて、車窓からも確認できました。





次の岡崎前では、「たま電車」と交換!
終点の貴志駅の駅長として有名になった猫をモチーフにした、水戸岡デザインのリニューアル車。
この鉄道の代名詞的な存在ですね。

この「岡崎前」の「岡崎」って何なのでしょうね・・・。
この付近の小字地名かな?神社仏閣かな?それともお店とか個人宅かな?






そして、本社や車庫がある拠点駅の伊太祈曽(いだきそ)。





右手の年季の入った木造車庫には、赤いのと南海塗装のやつがいますね。





赤いのが前に出てきました。
「うめ星電車」です。
和歌山は梅干しが有名ですからね~。




貴志から来た交換列車が入線します。





赤い電車2本をアップで。

入線してきた左の電車は「おもちゃ電車」です。

赤の色合いが微妙に違いますね。

これで、リニューアル車4本「いちご」「たま」「うめ星」「おもちゃ」すべて確認できました。
「たま」が元祖かなと思ってましたが、最初は「いちご」(2006年)、そして「おもちゃ」(2007年)、「たま」(2009年)、「うめ星」(2016年)の順だそうです。





大池遊園(おいけゆうえん)の手前に見える大池。
レストハウスやボートなどがありましたが、いずれもしばらく使われてなさそうな雰囲気。
桜の名所らしいので、春は人がたくさん来るのかも。





そして、終点の貴志です。





9:21着。
この電車は10分ほどで折り返してしまうので、次の10:03までゆっくり待ちながら、駅を見てみることにします。
つづく




今回の移動分。
和歌山から貴志までのオレンジの線です。




明日から通常の仕事の生活に戻らねばなりません。
うまく切り替えられるかな・・・。




【和歌山よくばり乗り鉄シリーズ バックナンバー】




C56山口線での運行終了

ゴールデンウィーク明け、不覚にも風邪をひき、午後は休暇を取って爆睡してました。
症状は喉と鼻。
熱は全くナシでした。

汗をびっしょりかき、症状も軽快してきており、明日からは通常どおり仕事できそうです。



昨日の5月6日、まさに「C56の日」と言うべき日に、C56-160が山口線での運行を終えました。

これまで、メインのC57-1を補佐するような形で、時々山口線に入ってましたが、もうそれも見納め。
最終日の昨日は青い12系客車を使ってお別れ列車も走りました。

私は昨日ソフトの試合が入っており、撮りに行きませんでした。



山口線自体あまり足を伸ばせておらず、C56の写真も少ないですが、せっかくなので、私なりに振り返ってみたいと思います。




私が最初にC56を撮ったのは、2011年10月の重連運行の時。
国体か何かの関係で、青い12系が使用されました。
重連の次位にC56がついてました。
C57に比べて小さい、支線用の機関車ですが、汽笛は立派なものでした。





昭和14年、戦前製。
もうすぐ80歳。
160両製造されたうちのラストナンバーです。
若い番号の僚機たちは、開戦直前にアジア各国に配備され、日本に戻ってきたのはわずかなのだそうです。





津和野でC57と憩う姿も過去帳入りです。





改札の向こうに姿を見せ、観光客を汽車旅の世界に誘った思い出。





そして久々に訪れた山口線。 '17.9.2
現行の客車が新製され、それまでのレトロ客車が引退するにあたり、新製客車をC57が、引退する客車をC56が牽くというイベントがありました。

このあと、発車してこちらに向かってくるC56を撮ろうとして、追い風に煽られた煙がこちらにかかってきて撃沈したのも良い思い出です。





山口デスティネーションキャンペーンの一環で、新山口で開催されたSL展示会。
きれいに磨かれ、赤プレートで、JR発足30周年のHMをつけた姿は凛々しいものでした。





この時は、D51-200、C56-160、C57-1の歴史的3並びでした。





年末にはC56による「SLやまぐち」も運行されました。
考えてみると、新製客車とC56の組み合わせは、わずかな回数しか運行されてないのでしょうね。





ああ、このヘッドマーク姿も見納めか・・・。





急坂に挑む雄姿を見ることもなくなってしまうのですね。





私としては、おとといD51との重連運転の次位についたのが最後となりました。





この釜は北陸本線の米原(まいばら)~木ノ本の「SL北びわこ号」でも走ってますが、北びわこ号も5月27日が最終運行となり、D51に譲り渡すこととなってます。



今後は京都鉄道博物館に戻って、展示されるのかな?

今まで本線を走りまくって、いろいろとくたびれたことでしょう。
ゆっくりと疲れを癒してほしいものです。




和歌山よくばり乗り鉄(4)和歌山電鐵たまⅡ世駅長とたま電車

風邪はほぼ治りました。


和歌山乗り鉄の続きです。



和歌山電鐵に乗って終点の貴志(きし)に到着したところからです。





ホームには、初代の猫駅長「たま」を祀ってあります。





保線車両が留置されてますね。
保線関係はここが拠点なのかな。

真新しい牽引車両。
銘板は平成29年5月となっており、1年も経っていない新車でした。





一番奥では、古い保線車両の解体作業中。
あの新車が入ったからでしょうね。





駅舎。
屋根に2つある破風は猫の目、出入口が口、屋根の上の両端に耳。
「たま駅長」に因んだ猫のデザインですね。
この駅自体が「たまミュージアム」なのだそうです。
2010年に新築されました。





おお~、いましたよ~!!
通常は10時出勤らしいですが、この日は少し早めに出勤だそうです。
ラッキー!




思ったより毛が長い猫ですね。
なかなかこっちを向いてくれませんでしたが、何とか撮れました・・・。





「たま駅長」の子供なのかと想像してましたが、全然別なんですね。
岡山の国道で拾われた泥だらけの子猫が、ここに鎮座し、観光客の注目を浴びてるのですから、世の中何があるか分かりませんね~。





駅舎には土産品コーナーのほか、「たま駅長」関連のギャラリーがあります。
いかにも水戸岡さんが好みそうな手法ですね。





ギャラリーの一角にはカフェ。
ジュースやジェラート、スイーツなどが味わえます。




朝食がてら、スイーツのセットをいただきました♪




駅舎の近くには、「TAMA VAN」と名付けられた社用車も(汗)





そろそろ戻りの電車の時間。
ちょうど「たま電車」が来てくれましたよ~♪





鉄板の耳がついてますね。
屋上の一番前の分散クーラーも着色され、いちごのマークが。
これ、「たま駅長」がかぶっていた制帽のデザインですね!





戻りの便は、中国人観光客で大盛況。
先回りした観光バスに乗り換えるのか、途中の駅でどっと降りていきましたが、それまで座る席もないし、かなり賑やか。
でも、地方の小私鉄にとって、これだけの人が乗ってくれることは、相当にありがたいはず。
ニタマ駅長や貴志駅、車両など、お金をかけて魅力的なコンテンツをつくりあげたからこそですね。




和歌山に戻ってきましたよ。





停車後、ゆっくり車内を見て回りました。





上り方車両。
いろんなタイプの椅子を配置して変化をつけてますね。





下り方車両。




未改造の車内はこんなふう。
同じ形式の車両なのに、えらい違いです。





文庫コーナー。





プチギャラリー。





車内にも「駅長室」。
初代たま駅長のレリーフが飾られてます。

ここに猫を乗せて走ったこともあるのかな?






JRのホームに移動し、「たま電車」と和歌山市行の電車を並べてパチリ。


これにて和歌山電鐵とはお別れ。
JRで移動します。
つづく








西戸崎で余生を過ごす、西鉄の路面電車

今日は保存車両の話題です。


福岡市東区の西戸崎(さいとざき)小学校のすぐ近くにある福祉施設の敷地内に保存されている、元西鉄北九州線の路面電車。

私の行動範囲内なのですが、今まで全然知らなくて、これがあるのを知ったのは、去年ぐらいだったかな・・・。

天気のいい時に行ってみようと思い、数か月・・・。
ようやく行くことを思い立ちました。






西鉄北九州線といえば、高校生の頃に一度だけ撮りに行ってました。 '91.4.1 砂津





敷地外からは撮りにくいので、施設の受付で許可をもらって撮影です。
時々、鉄道好きな人が撮りに来るのだそうで、施設の方も慣れた感じでした。

丸みを帯びた2両連接車。
真っ赤な車体が鮮やかですね~。





車体断面全体が幌になっていて、その真ん中に台車がついた連接部分。
出入口ステップの床が錆びて抜けかけているのか、コンクリートブロックで補強してあるようです。





行先表示の窓の奥には、破れてはいるものの、方向幕が残ってますね。





台車をアップで。





軸箱中央の円形のマークは近鉄。
その下のアルファベットも「KINKI」ですね。
近畿車両製かな。





車体の銘板にも、「近畿車輌 昭和33年」とあります。






車内には、「筑豊電鉄の仲介」という黄色い広告、そして運賃表示器。





運賃表も、筑豊電鉄のものです。





パンタ側の正面から。
行先表示は「黒崎駅前」。
(反対側は「筑豊直方」でした)






形式撮り。
カッコいいですね~!

色々調べてみたら、西鉄北九州線の車両ですが、晩年は筑豊電鉄の区間だけで運行されていたことから、筑豊電鉄の表示が随所に見られるのだとか・・・(?)





筑豊電鉄には、これと似た車両に中間車を足した3両連接車がわずかに残ってます。
側窓がユニットサッシに更新されてますが、元の窓配置は似てますね。



香椎を通過するゆふ森

今日はいい天気でしたね~。
2071レの重連とか撮りたかったのですが、あいにく朝から会社行事、昼から仕事。



昨日は香椎で飲み会でした。
讃岐路や出雲路の旅を一緒にした会社の人たちと、次回の旅行の検討会議という名目です。



香椎到着後まもなくゆふいんの森が下ってきますので、持っていたコンデジで撮りました。








来ました!
香椎宮の灯篭を入れて撮ってみました。

薄暗くなっていたので、ISO1600。
さすがにちょっとザラつきますね~。





振り返って3並び。
実はこれが狙っていた撮り方。

前から撮って書き込みに時間を要し、ギリギリで復活して何とかこれも撮れました。


通勤や旅行にも携帯できるサイズで、起動・書き込み・AF・連写が早くて高画質なコンデジが一つ欲しいな~。
CANONのG1X MARKⅢあたり、思い切って買うかな~。


明日は会社対抗のソフトボール大会と打ち上げですが、大雨の予報。
中止になれば、母の日だし、実家に行こうかな。

和歌山よくばり乗り鉄(5)オーシャンビューとオレンジビューの紀勢本線

昨日は会社行事や実家(母の日)などでバタバタしておりました。


和歌山乗り鉄の続きをご紹介しておきます。



2月26日、和歌山で猫駅長や「たま電車」などを見た後、紀勢本線で南下します。





左の新し目の電車(関西の新系列の形式番号を知らないのです)に乗り換えです。
10:48発の御坊(ごぼう)行。
クロスシートの快適な電車でした。





10分あまりで海南(かいなん)。
高架駅でした。
結構大きな街で、海のほうにはたくさんの煙突。
新日鉄住金の製鉄所があります。




まもなく海沿いを走ります。
和歌山マリーナシティの観覧車も見えます。





冷水浦(しみずうら)を過ぎると、きれいなオーシャンビュー!!






すぐに内陸になり、加茂郷(かもごう)付近からは、車窓にミカン畑が見えてきます。
和歌山はミカンも有名ですもんね!





初島の手前で、石油基地が現れます。





初島駅付近では、かつて鉄道貨物で石油を運んでいたと感じられる配置が見て取れました。





次の箕島(みのしま)駅付近には、気になる看板を掲げたお店が・・・。
後刻ストビューで調べたら、「福岡電気店」というところでしたが、正面には鉄道模型の看板はありませんでした。





箕島を出ると、北側に見事なミカン畑の風景が現れました。
手前に茂っているのもミカンの木、斜面にポツポツ緑の点になっているのもミカンの木です。
さすがは全国区の産地!
圧巻の車窓です!





山の結構上のほうまでミカンですよ~。
昭和時代と違っておやつも多様化し、各家庭の食卓にミカンが並ぶことも減ってきた昨今にあって、これだけの規模が維持されていることは驚きです。





奥のほうの山まで、ひたすらミカン!
右の家は蔵がいくつも建ち並んだ豪農って感じですね~。
元々庄屋さんなのかな?
ミカンで財を成したのかな?






紀伊宮原。
駅名標の隣に、「歓迎 本場 有田みかん」という看板が見えますね。

この付近は有田(ありだ)市で、段ボール箱なんかでよく見た「有田みかん」の産地の本丸なんですね。




いやぁ~、すごい極端な車窓!
地理のお勉強になりますね。





湯浅(ゆあさ)。
こちら側から見る限り、かなりいい感じの駅舎のようです。





広川ビーチを過ぎると、少しオーシャンビュー。
向こうの島の感じがいいですね。





風力発電のプロペラも見えます。
山肌に少しミカン畑が見えますが、量はだいぶ落ち着いてますね。





紀伊由良を過ぎると、右手にバスの廃車体が!





三菱の中型かな?





広い構内の駅が見えてきました。
御坊です。





11:48、定刻で到着です。
私はここで下車。
先へ行く人たちは、向かいのホームの青い電車(紀伊田辺行)に乗り換えてました。




113系か何かの中間車を先頭車化改造したやつですね。
ここから先は未乗区間として残ってしまいますが、この後の予定を考えるとやむを得ませんね。




一旦改札を出てすぐ、駅舎を見る間もなく、発車待ちしているレールバスに乗り換えます。

ここからわずか2.7㎞区間の私鉄、「紀州鉄道」に乗ろうというのです。
つづく



今回の移動ルート。
和歌山から御坊、50㎞あまり移動したので、分かりやすいですね。






二日市駅にもある!明治時代の跨線橋門柱

今日はメチャクチャ暑かったです。
曇ってましたが、早くも夏の雰囲気を感じました。



先日、JR二日市駅に行った時のスナップから。






太宰府天満宮の最寄駅(結構離れてますが・・・)ということで、神社っぽい造りになってます。





二日市温泉の灯篭も出迎えてくれますね。




間口は広く、改札を出てそのまま外につながってます。





左に待合室、右にコンビニ。





筑紫野市二日市中央の1丁目1番1号。






さすがは特急停車駅、待合室は広く、壁際には物産が展示されてます。





名物の梅ヶ枝餅(うめがえもち)の売店もありますね。





改札を入ってすぐ渡る跨線橋。
3段目の両端に、立派な門柱があります。






左側は、「浦賀舩渠株式會社製造」。





右側は「「明治四十四年 鐡道院」。

すごいですね~、明治時代の門柱が現役なんですね~。
1911年ですから、100年以上経ってます!

ちなみに、この駅の開業は明治22年。
大正から昭和に代わる頃には、のちに首相となる佐藤栄作が駅長だったこともあるそうですね。






跨線橋を渡り、ホームへ。
改札寄りの線路は撤去されてますね。





明治の門柱はコンクリートの架線柱に隠れてますが、跨線橋を横から。
鉄骨はトラス構造。
これも明治時代のものなのかな?
何層にも重なったホームの断面が、ステップ付きの客車時代から近代化していった歴史を感じさせます。





エレベーター設置のためか、跨線橋の延長された部分。
その下に、朱色の構造物が見えますね。





これも、さっきの門柱と同じもののようです。
跨線橋の改造で余剰となり、ここに移されたのでしょう。





簡単な説明も添えられてます。





残念ながら、そばに行けない場所にあります。






参考ですが、これと同じものが、福間駅にもありました。 '09.3.7
福間駅は橋上駅舎に建て替えられ、古い跨線橋も撤去されてます。





福間駅のは現在、西口前にモニュメントとして保存されてます。





福間駅の残りの門柱は、門司港の鉄道記念館で保存されてるんですね。



あと、同じものが宇都宮の日光線鶴田駅にも現存するようです。



記事を書きながら写真を見ていて、ハッと気づいた・・・。



二日市駅のは、浦賀「舩渠」株式會社。





福間駅のは、浦賀「渠舩」株式會社。


「舩渠」と「渠舩」、同じ年で違う表記。
どっちかがエラー?
あるいは、この年に会社名が変わった?


Wikiで検索すると、「浦賀船渠」がHITしました。
江戸幕府が浦賀(横須賀市)に設置した造船所で、海軍の軍艦などを建造してますね。

「船渠」という言葉は変換候補にも出てくる一般名詞で、英語で言う「ドック(dock)」。
船の建造、修理、係船、荷役作業などのために築造された設備及び施設の総称だそうです。


どうやら、福間駅の「渠船」という表示はエラーのようですが、真相やいかに??



プロフィール

蓬莱電鉄

Author:蓬莱電鉄
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福岡県の古賀を起点に活動している電車・バス好きのおじさん。
「蓬莱さん」と呼ばれることが多いです。

おもに近所での撮り鉄や鉄道模型(N)の加工を気ままに楽しんでおります。

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