はてなキーワード: 大前提とは
ぶっちゃけさ、結婚って本来「子育てっていうクソ重いプロジェクトを二人三脚で回すための制度」なんだよ。それが大前提。
なのに最近、共働きで子なしのDINKs夫婦が「私たちは対等で自立した関係〜♡」みたいな顔してXで自慢してくるけど、お前らがやってるそれ、ただの「同居」だからな?
冷静に考えてみ。
それ、結婚? ただの恋人同士が一緒に住んでるだけだろ。わざわざ法律で縛る必要ある?
しかも子なしDINKsって、結婚制度の恩恵だけはちゃっかり受けてるんだよな。配偶者控除、扶養、ペアローン、相続税の優遇、社会的信用の底上げ。要するに「二人で生きると得だから籍だけ入れとくか」ってやつ。
子育てしてる夫婦は寝不足で会社行って、保育園探して、PTA出て、塾代稼いで、その上で同じ控除を受けてる。
DINKsは同じ控除を、犬の写真をインスタに上げながら受けてる。
不公平すぎねえ?
「私たちは結婚という形で愛を確認したかった」とか言うやつ、じゃあ式と指輪だけでよくね? それは結婚式であって結婚じゃない。事実婚で十分なんだよ事実婚で。
で、こういうこと言うと「子供を望んだけど授かれなかった夫婦もいる」「不妊治療中の人を傷つける」って絶対反論してくるやつ出てくるけど、俺が言ってんのは「最初から作る気のないDINKs」の話な。そこすり替えるな。不妊で苦しんでる夫婦は、本来の結婚の入口に立ってる人たちだから全然話が違う。
あと「子なし夫婦のほうが離婚率高い」ってデータあるの知ってる?
当然なんだよ。共通プロジェクトがないと、関係をつなぎ止める接着剤がないから。子供が嫌な接着剤に見えるかもしれんけど、人間関係なんて大体嫌な接着剤で続いてんだよ。仕事も親戚付き合いも町内会もそう。
別に「子供持つ気ないから籍は入れない」って判断してるカップルは普通に賢いと思う。ちゃんと制度の意味を理解してる。
女オタクの濃度、右に行くほど若くて薄まっている気がする。
少年漫画の男女カプになると本を出さなくてpixiv更新するだけみたいな人の割合が上がる。オフラインの活動をすると家の中が同人誌だらけになって家族バレするとかそういう感じかなと思う。
夢小説になると本を出しようがない。名前変換機能があるオンラインが大前提になる。ここでジャニオタなどの男性アイドル系がどかっと入ってきて二次元と比べると濃度が薄まる。
イケメンカタログソシャゲになると、男性アイドル系と二次元オタク系が完全融合した印象がある。痛バなどグッズ大量購入勢が出てくる。ドルオタっぽくなる。
AIイケメンチャットになると、自分×AIで完結するのでオタク同士がつるまなくなりコミュニティが見えなくなる。オフラインの活動は非オタ的にやっていって、全く外部から見えない形でAIイケメンチャットにもハマっているという像になってくる。見た目のオタク性が全然なくなっている。
人、そんなにオタク活動の在り方を更新しないので、高齢オタクは今でも同人誌即売会に参加してBL同人誌の頒布をやっているし、今の10代はずっとAIイケメンチャットなのかなと思う。
ツイフェミ、腐女子、何かに真理に目覚めたと勘違いしている女…
ネットを開けば壊れたラジオのように雑音が響き渡っているのは君達もうんざりするほどご存知だろう
彼女らの主張に我慢して耳を傾けると実は全部同じことしか言ってないのである「私が不愉快だからくたばって死ね」だけである
なぜこんな感情至上主義のモンスターに爆誕したのかはそれは幼少期にヒントがあると俺は思う
気持ちが昂れば号泣しだすのは子供共通事項だろう、しかし小学生にあがっていけば男子は泣くような奴は男じゃないという今も根強い呪縛によって
不愉快だったり悲しい気持ちになってもグッと堪えるようにトレーニングを施されているのだが女子はどうだろうか
何かあればもう我泣く、ゆえに我ありというレベルで泣き出すのではないか、そうすると周囲はなんと魔法でもかかったように心配してくれたりチヤホヤしだすのではないか
これは非常に強い「成功体験」かつアヘンのようなものであると思う
見た事ないだろうか、小学校のクラスの席替えでいわゆるチー牛と思われているような男子が隣に移動してきただけで号泣しだした女子を、隣は嫌だとめっちゃ被害者ぶってるけど言ってる事は普通に最低な事である
それなのに雰囲気は泣いている女の子に同情してあげなきゃ!となるもんだから不思議なものである、チー牛男子はただ隣に移動しただけですっかり加害者の悪者扱いされるのであるなんとも末恐ろしいのである
そうして女子はこう学習するのではないか、感情を押し殺さずに開放した方が得ではないか泣きだせばもうperfect!ではないかと
落ち着いて欲しい、大半の女がこうだとは流石に言わない男よりも我慢強い女も多く存在するだろう
しかし、その成功体験をずっと引きずっている女はどうなるかというと幼稚のままで精神的に成長が乏しくなるのだ
乏しいとどうなるのか?それは自分を悦ばせてくれるようなコンテンツに飛びつくようになるのだ
推し活、ボーイズラブ、ディズニー、韓国ドラマ、男性アイドルなどなど…
決して自分を否定せずにむしろ悦ばせてくれるというそんな夢のような世界に溺れるようになり
もしそこで不快な事でも起きるとどうなるのか?そうネットで喚き散らしてお気持ち表明マシーンと化すのだ
男は幼少期から泣くな我慢しろというトレーニングを施されているおかげで例えば嫌なものを見てしまっても「あーあ、嫌なもの見ちまったなまあ忘れよう」と自己完結するようになっているのだ
自分の体験も少し語ろう、俺もいわゆるジャンプ系アンソロジーというトラップにかかったことがある、ハンターハンターのあの男キャラと男キャラが猛烈に絡み合っていたのである
当時小学生の俺は大変衝撃で、それからBLに対する苦手意識はあったが事故ったようなものでずっと黙って過去のものにしていた
それからテレビでおっさんずラブとかいうドラマを見てしまい「同性愛をこうしてコンテンツとして消費していいんだろうか?」と疑問持ちつつそれも俺がたまたま見てしまっただけでむしろ自分が事故っただけと
これも誰のせいにする気もなく、あーあー嫌なモノ見ちまったなとなんとか別の事をしたり楽しい事を考えようとするのが一般的じゃないだろうか?
しかし、精神的にお子ちゃまな女はそれができないのである、嫌なものを見てしまったら不快な気持ちになり、それをどうしても外に出さないと自分が耐えられないのである
ツイフェミも根本は幼稚性から来ているのである、だからツイフェミの主張に激しくブレが多いのも自分が不快かそうでないかどうかなので全然論理的じゃないのである
だから「私が不快になった!」という超特大前提があるので常に被害者意識が強いのである、攻撃してもまず不快させた相手が悪いという正義の味方もドン引き理論である
致命的に話がかみ合わないのも当然だろう相手は脳じゃなく本能でしか動いてないからだ、不快だと思ってもそれをいちいち外に出さずに自己完結する手段は沢山あるはずなのに
そういう手段をとらずに真っ先に感情かめはめ波をするのも泣けば周りがかくまってくれるという「成功体験」が忘れられないのだろう
大人になればそんな魔法は存在しないのである、世界を変えたければまず自分を変えるしかないのだ
それすら出来ないから終わっているのは言うまでもないが
フラグがゲームプログラミング由来なのは大前提で、それが漫画に転用されるようになったのは連載作品をリアルタイムに語る中で定着した(と俺は思っている)ってことです。
痴漢にピン刺すっての度々チー牛達が怒り狂ってんの見るけど、痴漢を刺した女を警察に突き出す!!とか痴漢が悪いのは大前提として過剰防衛だ!!痴漢相手なら何してもいいのか!!とか必死こいてネチョネチョ絡んでるの見たらこいつら痴漢もしてんだなぁ…って感じでめちゃくちゃ気持ち悪い。
対策として受注販売がいいというのはそれはそれで正しいけどメーカー儲からねえから
まず今の流通形式だと、そもそも本来の需要より多く製品が流通しないと消費者の手に十分に入らなくなるから多く作る必要がある
ということはメーカーは卸に本来の需要より多く商品を卸せるので、実需用より多く儲かることになる
売れなかった損失は卸や小売りが負担する
とはいっても卸値は安くなるから、受注で売るほうが儲かるかというと今度はコストがかかるからそうでもないし
売れないような商品だと、そもそも卸に押し売りができないので損は自分が被る
じゃあオークションにすればもう少し商品の単価があがるけど、これも売れる大前提であるしさらにコストもかかる
売れたとしても今度はその後の流通で卸がそういう購買欲が高い人が既に買ってしまったことを考慮して仕入れ数を絞る可能性が高い
そりゃ絶対買いたい人が買ったあとだから、買うか微妙な層のために通常量仕入れたらリスク多くなりすぎるしね
結果として利益があがるかは数量減などを考えると微妙なところになる可能性がある
その割に売れなかった時のリスクはだだあがりする
本当に消費者のことを考えて利益より信用とるなら都度受注生産のがいいのはそうだけどこんな感じ
非受注なら店でちょっと安く売ってるのみて買う人が出るってやつね
「ええとですね、まず最初に申し上げておきたいのは、いわゆるその、お客様がおっしゃるところの『本番』という行為を、当店がいかなる立場でどう位置づけているのかという点を、きちんと整理しておかないとですね、話がかみ合わないまま、単純に『できる・できない』という二項対立で語ってしまうことになり、それはお互いにとって、決して生産的なコミュニケーションとは言えないのではないかと、このように考えるわけでございます。
そもそもですね、風営法その他の関連法規におきましては、提供してよいサービスの範囲というものが、かなり厳格に、かつ明確に定められているわけでありまして。
で、その中で当店は、『本番はいたしません』『本番を連想させるようなサービスもお約束いたしません』ということを大前提として営業許可を頂戴している、その点をまずご理解いただく必要があるのではないかと認識しております。
他方でですね、『でも実際どうなの?』という、きわめて率直な、お客様感情が存在することも、私は否定するものではございません。
ただ、その『実際どうなの?』という問いかけの中には、『ルールを承知した上でこっそり抜け道はないのか』という、いわばグレーゾーンを期待するニュアンスが含まれていることが多いわけでありますが、それをここで私が『はい、できますよ』などと申し上げたとすれば、それはもう、当店のコンプライアンス、そして私自身の将来設計に、計り知れない影響を及ぼしうる事態になりかねないわけであります。
また、これは大変重要な点なので重ねて申し上げますが、私どもが提供しているのは、あくまで『健全な範囲でのリラクゼーションと癒やしの時間』でありまして、『本番行為そのもの』を商品としてお出しする、そういうビジネスモデルは採用しておりません。
ですから、『本番ができるかどうか』というご質問の立て方自体が、当店のサービス設計の枠組みとは、ややそごを来しているのではないかと、率直に申し上げざるをえないのでございます。
さらに申し上げますとですね、人間というのは、何事によらず『禁止されているからこそ聞いてみたくなる』という心理を抱きがちでありまして、『ダメって分かってるけど一応聞いてみるね?』というスタンスそのものが、ある種のコミュニケーション儀礼として定着しているのではないかと、私は現場で多数のお客様と接する中で、そういう実感を持っているわけであります。
しかしながら、その儀礼的問いかけに対して、こちらも儀礼的に『内緒だよ?』などと曖昧なことを申し上げますと、それはそれで『言質を取った』と解釈されかねない危険があり、後日、トラブルの火種となる可能性を排除できないのであります。
したがいまして、総合的に勘案いたしますと、ここで私が取りうる最も誠実かつ現実的な答弁は、『当店のサービスとして本番はお受けしておりません』という一点に尽きるわけでございます。
その上で、『それ以外の範囲で、お客様にできる限りご満足いただける時間をご一緒できれば嬉しい』というのが、今この場における私の偽らざる気持ちでありまして、その点については、ぜひご理解とご協力を賜れればと、このようにお願い申し上げる次第でございます。
ですので、お尋ねの『本番ができるのかどうか』というご質問につきましては、結論としては『できません』と、しかしながら『その代わりとなる、可能な限りの楽しさと癒やしはご提供したい』という意味での『イエス』も含んだ、『厳格なノーでありつつ前向きなイエス』とでも申しましょうか、そういった複合的な回答として受け止めていただければ幸いでございます。」
それでも、推しのオタクが増えることは今後を考えればプラスだと思っていて、推しともども出来る限り温かく見守ってきたつもりである。
ただ、最近推しを本格的に推し始めたのであろうガチ恋オタクがどうしても、どうしても苦手である。
理由は、
・上記のムーブをしておきながら推しのイベントを別のライブイベントとのブッキングで干したこと
・推し本人が意図的に言及を避けている事柄(恐らく隠している事)について、勝手に妄想して真実だとして言及していること
である。
上2つだけなら割とやるオタクもいるしやむを得ない。
(それでも長年推しを推しててあんな露骨にマウント取るオタク初めて見たけどね。大前提、どんなに推しがファンサをしてくれても推しは誰か1人のためのものではない。)
会場移動中の反応については普通にマナーだと思っていたので辛い(過去にかなり近くに推しが居られたところを我慢したので…)。
特に下2つが本当に無理で仕方がなくて、この記事の筆を執った。本人が語りたがってない話題をどうしてそこまでして言及したいのか。しかもその妄想はほぼ当たっていない。
正直いずれ何らかの理由で界隈から他界か自爆をしそうだと思っているので、その時まで推しに塩対応されながらその新規を温かく面白く見守りたいと思う。
BLは無罪に値しない、あらゆる創作物が有罪の咎を負わないように|Xeby
例の声明から早くも四日、SNS上に波及した論争は鎮火する兆しがない。
むしろ反発する一部の腐女子が見事に口を滑らせては怒涛の突っ込みが入る状態で、勢いが増すばかりに思える。
例の声明における私見や腐女子を取り巻く加害性については以前に縷述したため、再び長々と記載することは控える。
この場では現在SNS上で交わされているBL言論についての持論を、なるべく簡明に記述しようと思う。
QA形式で。
Q.BLとは性的消費ですか?A.はい。女性による架空ゲイ男性への性的消費です この大前提を様々な欺瞞を用いて誤魔化そうとする腐女子に告ぐ、メロだの何だの言い換えようが“性的描写”を“消費”してるなら性的消費だ。 第一ポリコレが浸透する前の腐女子は「シコい」「抜ける」「えちえち」等のオタク男性が用いる発情表明語を擦り倒していたではないか。 道徳的チキ
gui********さん
2015/4/5 18:38
有り体に言えば、日本のアニメやオタク市場なんて、今や「斜陽産業」
です。「経済にコウケン」とか言った所で、鼻で笑っちゃう程度の
規模に過ぎない。
内閣府によると、日本のGDPは09年で474兆0402億円です。
また日本のアニメ市場は、日本動画協会によると、アニメ制作企業
の売上としては、'06年に約2145億円、'07年は約1901億円、'08年
は約1842億円、'09年は約1494億円、'10年は約1533億円、'11年
は約1580億円、'12年は約1725億円…と右肩下がり。
ピークだった'05年に国内で約971億円、'06年は約950億円、
'07年には約894億円、'08年は約779億円、'09年は約736億円、
'10年は約759億円、'11年は約753億円、'12年は約741億円、
'13年は約807億円、と長期横ばいの気息奄々。
また出版科学研究所の統計では、'09年度1年間の漫画の雑誌・
単行本全ての売上げは4187億円。前年比6.6%減。漫画雑誌の
売上げ全体は1913億円で、前年比9.4%減(!)だそうで。しかも、
同年の書籍・雑誌の推定販売金額は1兆9356億円で、売上げの
6割近くを占めてきた雑誌は、12年連続でマイナスとなっており、
矢野経済研究所によると、'12年の日本国内のキャラクターの版権、
商品化ビジネスの国内市場規模は、2兆3,075億円でした。7年連続
で減少しています。これは、出版等の版権とグッズ等の商品化権、
併せてです。
だけの統計としては、メディア開発綜研の発表によると、'11年の
ちなみに、「真に」日本の経済の屋台骨を支える一つである自動車
産業で言いますと、日本自動車工業会によれば'09年の自動車製造業
の製造品出荷額等は、40兆4,915億円(!)でした。「経済効果」とか
言い出したら、自動車市場を買い支える層の方が、ずっと胸を張って
ふんぞり返って良いはずなのに、自家用車オーナーは誰もそんなバカ
な事しやしない。
住宅だって、即席麺だって、「アニメ産業」とやらよりずっとずっと
巨大なフィールドは日本にいくらもある。でも、「オレらが日本経済
にコーケンしてるンだ!wwww」なんてわめく手合いは、「アニメ」
とやらにしかいない。
さらにちなみに…
関東財務局によると米本国のザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー
名義の'11年期純利益が約52億ドル(約5000億円!)。無論、単純比較
は出来ませんが…。
話の裏には、「放送枠の安い“埋めぐさ”として海外で重宝された」…
という悲しい面もあった。
では安ぅく叩き売っているのです。
しかも、言いたく無いですが海外で日本のアニメを見てる層なんて、
行ってはいない。
ネット等で「アニメ/オタクがニポンケーザイをササエてる!wwww」
とか、さも自分の手柄みたいに(←ここ重要)吠え立てるヒトは多い。
そういった層のネタ元は、直接でも間接でも多分この辺でしょう。
主要5分野で2,900億円市場」
ttp://www.nri.co.jp/news/2004/040824.html
これは04年の発表。YouTubeやニコ動や、やらおんなどのヤラセ
ステマまとめコピペサイトや、違法動画サイトなど、現在ではシーン
の“大前提”になっている色々が無かった頃の話。いわば「大昔」です。
しかも、この野村の数値は「幅広い一般消費層」と「オタ」を一緒
くたにし、アイドルだゲームだ、果てはパソコンだ旅行だといった、
いわば“一般層”の消費行動もみんな「オタの手柄だ」みたいに言い
くるめた「水増し」数値なのです。言葉尻でもって、「趣味性の濃い
括っている。
逆に言えば、「オタ経済効果」なんて、最初からそうした「上げ底」
ありきの「ホラ」でしか無かったと見ても良い。
なので、この手の「オタクケーザイコーカ」ネタを勇ましく吠える様
な人は、要はただ単にいつも通りアニメをヘラヘラ見て、ハシタガネ
でグッズ買っている(敢えてこう言います)だけの事を盾に
というイタい夜郎自大の“錯覚”にふけっているだけ。そうやって自我を
膨れ上がらせているのです。自分では指一本動かす努力も苦労も無く、
ただ単にいつも通りヘラヘラとマンガやアニメ見て喜んで、数千円~
多くても数万円程度のハシタ金(敢えてこう言います)を落としている
だけに過ぎないのに。
大体、“経済効果”なんぞで趣味をハク付けしようだなんて、自分の
よっぽど抱いているのだろうなぁとしか見えない。通常なら、その
趣味が如何に文化的・芸術的・文芸的であるかを誇るのが、真っ当な
普段からヘラヘラと喜んで見ているアニメだかマンガだかいったモノ
に、いつも通りただ入れ込んでいるというそれだけで、さもオレ様
ちゃんはそのセンモンカさまだ詳しくてグッズ持っててイッパンジン
と違ってて人としてエラくてスゴいンだぞよ!とばかりにのぼせ上がり、
空疎な自尊心を満たした気になる…これが語本来の意味の「オタク」。
一個の人間が、自分という存在を真に世へ問うなら、自ら自身の掴み
取った努力とか向上心とか、人徳とか功績とかによるのが当然です。
アニメをヘラヘラ見て喜ぶだけなんて、わずかなカネと暇さえあれば
誰でも出来ます。そんな事を「おれはオタクさまだ」とか称して振り
かざすなんて、バカげている。
そういう人こそが、「アニメはオタクがケーザイコーカでエラくて
スゴい(からただ単に毎日ヘラヘラとアニメ見ているだけのオレ様
ちゃんもまた、自動的にリッパでエラい)んだ」とか頼まれもしない
のに吠え立てたがるのです。自尊心と、それと裏腹の劣等感を埋め
合わせる空しい埋めぐさとして。
無論、ご質問主さまはその様な卑しい「下心」なぞとは無縁と存じ
ております。
あ、私もマンガやアニメは大好きです。DVD類も書籍もグッズ類も
山ほどあります。
が、そんな事を盾に「ケーザイをササエテルんだwwww」などと
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260426163223# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCae2/igAKCRBwMdsubs4+ SL/KAQCI2v36mzPKjA9Q0LTKeZLHWMF3HFBqfwTgBJjFiUbmYwD+NVzrsFIgkPsv zEXJsU3ZZfpiDWWiVBR/8FUqeGiR7gY= =GnlY -----END PGP SIGNATURE-----
ISM Code(国際安全管理コード)とISPS Code(国際船舶・港湾保安コード)
なんかやらかしたらISM Codeに沿ってあれこれ今後の改善案を考えるものなんだけど、
自分で書いてみると頭来てけっこう感情的な文になっちゃったんで、
Copilotくんに冷静にあくまでISM Code/ISPS Code基準でサマリーと改善案をだしてもらったら割とおもしろかったので共有してみる
なお、背景として自分がカッとなった主因でもある今朝の産経の記事を読み込ませた
一応大前提として、ISM CodeとISPS Codeは500トン以上の船に適用されるので、今回の抗議船は対象外
ただ、安全や保安にかかる理念や手法なんかは船の大きさにかかわらない話なので参考にはなると思う
政治的立場や主張の正否を一切評価せず、国際的に確立した海事安全・保安の枠組みから検討することを目的としている。
その中心に据えたのが、ISM Code(国際安全管理コード)と ISPS Code(国際船舶・港湾保安コード)である。
これらのコードの特徴は極めて明確だ。
「動機・善意・思想は一切考慮せず、構造と結果のみを評価する。」
ISM Code は、世界中の海難事故の分析を通じて確立された原則に基づく。
操船技量の問題よりも、天候判断の問題よりも、「無理な目標設定、撤退を許さない組織文化、安全を止められない構造」が主因である。
亡くなった船長について、報道では「抗議活動の中核的人物であり象徴的存在だった」とされている。
ISPS Code は、事故ではなく「人為的な脅威・対峙・緊張」を扱う。
ISPS の核心は次の一文に集約できる。
「善意を信じるな。行動と状況だけを見よ。」
抗議船が意図的に
• 社会的注目を集める
こと自体が、ISPS Code では「保安リスクの定義」そのものに該当する。
船舶の「注目度と緊張度はさらに上昇し」、Security Level は引き上げられる。
本件を質的に変えた最大の要素が、「抗議活動に無関係な修学旅行生の同乗」である。
産経新聞は、この同乗が
• 今回に限った例外ではなく
と報じた。
この一点で、本件は「活動家自身がリスクを選んだ事故」ではなく、
「リスクを判断・拒否できない第三者を structure として危険に組み込んだ事案」と転換される。
これは ISM Code 上、「単発事故ではなく反復的不適合(major non‑conformity)」 に該当する。
謝罪や哀悼と、「是正措置(Corrective Action)は別物である。」
後者が欠如している限り、再発防止は達成されたとは評価されないだろう。
本件は、国際基準に照らすと次の条件が同時に成立している。
この時点で、「主張の正当性・善意・教育目的は評価軸から完全に外れる。」
「守るべき人を、守れない船に乗せてはならない。」
以下は、「思想や立場に一切忖度せず」、 国際的に「最低限これがなければ失格」と評価される改善条件である。
最優先かつ絶対条件。抗議・対峙・近接を含む海上行動に未成年を同乗させない。
• 船長が直接連絡できる Designated Person Ashore を設置
• 接近距離の上限
• 即時離脱条件
成立しうるのは次の 3 つのみ。
これ未満は国際標準では不可。
これを受け入れられない活動は、
むりやりに大絶賛してみる!
まず制作陣がガチで天才だから、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。
たとえば、キャラの葛藤がないとか、ご都合主義のAIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。
それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。
なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマだから。
超簡単に表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。
これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。
その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。
まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人のエネルギーで。
言うなれば、『令和のセカイ系はサイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉とかぐやの為だけに、神の理屈をねじ曲げにゆく。
(※セカイ系とは? 「きみ」と「ぼく」という、 ちっちゃな関係性が、 国家や社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)
すなわち、新時代のセカイ系は、狂気で踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本の古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。
天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。
そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。
逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ、感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。
たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義のマシーンになっちゃったと。
つまり、学生なのに週5日のバイトで一人暮らし、東大を目指す受験勉強、プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。
いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。
まるで広末涼子の爆走185キロ、人間って一度狂うと止まらないんだよ。
さらに彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチに推し活もやっていると。
ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。
どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんからの罵倒が幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。
それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧からの解放――人間性を取り戻せているから。
その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態のときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。
もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンドを大事に飾っているんだよね。
しかもSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。
「パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。
そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来、人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。
なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由な毎日が楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。
その最たる例としては、彩葉が睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。
ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。
まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。
【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。
つまり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義の廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。
人間を人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。
その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。
今まで母親の祟りにやられて、完璧超人のマシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。
そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。
そして、この物語のマジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。
ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽの場所であると。
でもって月の住人たちは、ゲームのNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。
そんな中、かぐやだけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。
そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球の電柱にビリビリビリってぶつかってゆく。
すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー、地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐやの思念体が入り込んでゆくと。
そんでドパガキよろしく、タブレットでネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。
なので、普通の人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。
そもそも、かぐやが彩葉のお金で勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバースの世界ツクヨミにログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。
なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信の世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。
そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐやは人間の幸せを覚えてゆく。
でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。
これは日本の古典である『かぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。
まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。
しかも以前と違うのは、主人公の彩葉と出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまったからこそ、その絶望はより深いんだよね。
5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち。
でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。
でも運命は残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。
すると何が起きたか、宇宙船のシステムがエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。
それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。
これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍のときにダメージを食らって、自分の名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。
とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまったことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。
そして、かぐやの場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。
なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。
泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。
けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球で彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬、電子のペットがいて。
その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物をスキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。
これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。
だから、ウミウシにログインした犬DOGEをハッキングして、思念体のかぐやが入り込んで動かせるってこと。
そうこうしてウミウシのかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。
縄文時代、平安時代、戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊と再生が延々と繰り返される中、かぐやは孤独な観測者として、それらを眺め続けたんだよね。
毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。
そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話に冷蔵庫にテレビに、そしてインターネットという、高度な文明を誕生させるんだよ。
そんなある日、かぐやはウミウシの身体のままで、パソコンのキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。
つまり、8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。
その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。
それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピアの仮想空間を作ること。
要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。
だからこそ、ここでの仮想通貨『ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。
まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。
そうしてかぐやは、ウミウシの身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。
それってのは、自分がゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉と遊んだツクヨミだってことに。
そして、彩葉が歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。
すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。
これをむりやり表現するならば、『メタ的ディストピア円環構造』だね。
つまり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉と幸せな時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――
めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐやは自我があって、しかもその時間の大半、メタ的視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。
そしてこの、『メタ的ディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。
もっと単純な話、心の底から「パンケーキがおいしい!」と思えること。
彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分の意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。
そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI的世界なんだよね。
だからこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。
ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。
それはつまり、彩葉の推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分が神様よろしく、生命を誕生させるってこと。
ちなみに当初、メタバース(ツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームのシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。
現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラにダウングレードさせようとした。
でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。
その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉なエンディングが軽く流れるんだよね。
でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピードで配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。
なぜかって、かぐやの思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。
これこそが『超かぐや姫』のすべて。
つまり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。
↓『本音のおまけ』
冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通の文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまり、こちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。
とはいえ、90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。
たとえば、FFや聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイ前から読みふけっていた。
そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提の作品があっても良いのかもしれない。
しかも『超かぐや姫』 の場合、知識と考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造のSF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわと評価点が高まる。
現状は全くそうはなっていない。
幹部候補の道を進んだ連中にすべての責任を押し付けながら、「他の会社に移っちゃおっかな~~~」と辞表をチラつかせて好き放題する人生を望んでいたのに全くそうはならなかった。
「年齢制限の壁が険しくなっていく中で薄給の派遣社員として暮らしていく道を選ぶか、新人教育と尻拭いと責任取りをする代わりに多少はマシな給料で正社員になるか選んでいいぞ」そう告げられて俺は首輪を繋がれる道を選んでしまった。
負け犬が野良の幸福を満喫できるのは体が健康で若いうちだけだということは嫌というほど知っていた。
かくして技術もコミュ力もない老害として見下されながら正社員の地位にしがみつく惨めな中高年として生きる時間が残りの人生の半分を占めることになったのだ。
信じられない。
だが当然だ。
大前提として求められた「圧倒的な何か」を得ることができないまま「若さという可能性」を失ったのだから。
今はもうアレほど小馬鹿にしていた名ばかり幹部候補の道を進んだ奴らが座っている椅子の値札だけでそれなりの財を築いていることが羨ましてくてたまらない。
今はまだ公務員に憧れるほど落ちぶれたつもりはないが、自覚が間に合ってないだけでとっくにそういう立場にいるし、10年もすればペーパーテストで親方日の丸に潜り込んだ連中を憎んでやまない立派な非国民となっていることだろう。
俺は俺が嫌いだ。
ワキガ手術・臭い検査・魚臭症検査・胃カメラ・便潜血検査・血液検査・2回の引っ越し・半年おきのオキシ漬け・定期的な布団の買い替え・衣類の綿製品化・スーツのウォッシャブル化・精神科通院・AIカウンセリング・減塩・減油・減炭水化物・減タンパク質・腸内の酸性化・肌の酸性化・鼻うがい・まさしく「エトセトラ……エトセトラ……」な数々の努力を行ったが状況は改善されず。
数年前は一部の人間が通りすがりに「くっせ・・・」「なにこの臭い?」と言うぐらいだったのが、今やほぼ全ての同僚から「スメハラだろ」「なんでクビにしねえんだよ」「なにをしたらこんな臭いになるんだよ」「逆にすごい」「死んで欲しい」と言われるようになっており、この状態のまま平然と出勤を続けている自分の存在に「資本主義に命を狙われたプロレタリアの持つ異常な習性」のようなものを感じるしかない日々を送っている。
一時期は周囲からの猛烈な批判と自責の念により慢性的な頭痛に襲われていたが、あまりに状況が続きすぎたせいで「なんだいつものことか」としか思わなくなっている。
映画なんかでは「一度弾丸の通った場所に二発目が通ったので結果的にダメージはなかった」といったシーンがあるが、私の場合は心の当たり判定全てが摩耗しきったガランドウなのだろう。
心の神経はすり減るほどに痛みは核心へと迫っていくが、完全に全てが削れきってしまえばもはや何もないということだ。
全国各地に出没するという壊死ニキや完全体カドショオタクもきっと同じ状態なのではなかろうか?
現代の法で裁かれることのないご当地モンスターの一角となった自分がこの先生きのこるために何をすればいいのかが全くわからない。
次の10年・20年が同じように何の変革も起こせぬままに過ぎるであろうことにある種の感動がある。
心身衣食住の全てにおける防臭対策が一向に効果を及ぼすことがないのだから、もはや出来ることは在宅勤務のみなのだが、悲しいことに俺の職歴ツリーは出勤を大前提としているわけであり、そこから自分の年齢を考慮すれば「詰み」以外の結論はないわけである。
あまりにもどうしようもない人生を癒すために市川沙央や村田沙耶香を読んでなお「でもこの主人公のほうが俺より社会に適合してるまであるな?俺は半径20mの全員がいつだって自分の敵だぞ?」と感じてしまうほどに今の状況が終わっていると自分でも感じる。
あまりのどうしようもなさに心の涙は枯れ果て怒りも呆れが産まれることさえ既にない。
これから先をどうすればいいのか、何が起こるのか、闇の中をただヒタヒタと歩むのだ。
業を煮やした誰かが私を殺しに来るのだろうか?
ロッカーには釘が刺され、机には花が置かれ、家は刃牙ハウス、そして地元の半グレが雇われ金属バットで叩き殺されるわけだ。
犬の鼻は人間の1億倍鋭いというが、犬が凄いのではなく人間が終わっているだけだろうに。
たとえばある日視界のdpiが1億分の1になったらそんなものは強烈な光に眩しさを感じるだけの盲腸でしかないだろう。
鼻がいいから臭いに敏感なのではなく、鈍感だからこそまともに区別もつかないままに「よく分からんけど知らない臭いがあるから嫌な気分だ」と感じるのではないか?
先月発生した、修学旅行中の高校生を乗せた遊覧船が転覆し船長と高校生が亡くなった事故。大変痛ましく、遺族の方々の心痛は想像するに余りある。
この件、インターネット上のSNS(交流サイト)では、遊覧船の安全管理に関する指摘が相次いでいる。もし船の運航体制に不備があったのであれば直ちに改める必要があるだろう。
しかし同時に、当時事故行われていた平和学習の存在意義にまで疑義を呈する声も散見される。
軍事基地建設の現場を直接見つめる機会は平和の意味を学ぶにはこの上ないものといえる。この貴重な学習の場が失われるようなことは重大な損失と言って差し支えないだろう。
事故の原因究明と再発防止策の徹底は大前提だ。だが、事故が起きたからといって学生の学びの場をなくしてしまうべきというのはいかがなものか。政府関係者には、国民感情の一時の昂りに惑わされない、冷静な対応を期待したい。
ちょくちょく反日企業という単語を目にするんだけど、馬鹿な私にもわかるよう、具体的かつわかりやすく何が反日なのか教えて下さい。
ちなみに回答ははてな匿名ダイアリーに投稿するので、たくさんブックマークがもらえるようはいりょしてください。
■perplexity
「反日企業」は、はっきりした法律用語ではなく、かなり感情的であいまいなレッテルです。ざっくり言うと、「日本に不利益だ」と見なされた企業に対して、見る人がそう呼んでいるだけです。
まず大前提
単に「気に入らない」「外国寄りに見える」という感情で貼られた。
つまり、**“反日企業”というより“反日だと批判される企業”**のほうが実態に近いです。
何が「反日」と言われるのか
日本市場で稼いでいるのに、日本だけを露骨に軽視すると受け取られる。
同じ行動でも、「反日」と怒る人もいれば、「ただの企業判断」「表現の自由」と見る人もいます。
わかりやすい例え
「反日企業」は、野球で言うと正式なポジション名ではなく、観客が『あいつ敵側だろ』と叫んでいる状態に近いです。
だから、事実として確定した属性というより、政治・感情・不買運動が混ざった呼び名だと思うと理解しやすいです。
どう見分けるべきか
雑に「反日」と決めつける前に、次を確認するとかなり整理できます。
日本への批判と、日本への敵意を同じものとして扱っていないか。
ここを見ないと、本当に問題のある行動と、気に入らない相手へのレッテル貼りがごちゃ混ぜになります。
投稿でウケを狙うなら、断定しすぎず、こういう書き方が読みやすいです。
「『反日企業』は正式な分類ではなく、主にネット上のレッテルです。」
「実際は“日本に敵対している企業”というより、“そう受け取られて批判された企業”を指すことが多いです。」
「感情で雑に使われやすい言葉なので、個別の事実確認が大事です。」
必要なら次に、はてな匿名ダイアリー向けに、煽りすぎずブクマが付きやすい文章に整えてそのまま貼れる形で書きます。
■chatgpt
まず結論から言うと、「反日企業」という言葉はかなりあいまいで、人によって意味がバラバラです。
なので「これをしたら反日」と明確に決まっている基準はありません。ここを押さえておくと混乱しません。
■ざっくり一言でいうと
例:
👉 これがあると
ただし企業としては「現地の世論に合わせているだけ」の場合も多いです。
例:
👉 ユーザー視点だと
例:
その国の主張に寄った動き
👉 一部の人は
ここはかなり飛躍があります。
例:
👉 ネットでは
「失敗」→「悪意がある」→「反日だ」 と一気に話が飛びがち
正直これが一番多いです。
いつの間にか“そういうことになっている”
ここが一番大事です。
多くの場合、
国を敵視しているわけではない
にもかかわらず、
「気に入らない行動」=「反日」
と解釈されているケースがかなり多いです。
■例えるなら
くらい雑な分類です。
■はてな匿名ダイアリー用に一言でまとめるなら
「反日企業」とは、客観的な基準がある概念ではなく、“自分(または一部の人)にとって不快な企業行動に貼られるラベル”である。
多くの場合、それは政治・歴史・価格・サービスなど個別の不満が混ざり合って“反日”という便利な言葉に圧縮されたものにすぎない。
■ブクマを稼ぐコツ(おまけ)
「“反日かどうか”より“何が問題か”を分解した方が建設的では」
必要なら「実際に反日って言われがちな企業リストとその理由(真偽込み)」も整理できます。
■gemini
「反日企業」という言葉、SNSや掲示板でよく見かけますよね。定義がふわっとしている割に、強い言葉なので混乱するのも無理はありません。
はてな匿名ダイアリー(増田)で「ブクマ(B!)」を稼ぐには、「感情的な正義感」と「冷静な分析」を混ぜつつ、少しシニカルな視点を入れるのがコツです。
最近よく見る「反日企業」というレッテル。結論から言うと、これには**「歴史・政治系」と「ビジネス・不祥事系」**の2パターンがある。
「あいつらは敵だ!」と叫ぶ前に、何がその怒りに火をつけているのか、具体例を挙げて整理してみた。
一番分かりやすいのがこれ。日本の感情を逆撫でするような行動をとった場合。
独島(竹島)支援: 韓国系の企業が「独島を守る活動」に寄付したり、広告を出したりすると、即座にリスト入りする。
旭日旗アレルギー: 商品のデザインが「旭日旗(サンバースト)」に見えるとして、韓国のSNSで炎上。それに対して企業が謝罪やデザイン変更をすると、今度は日本のネットユーザーから「屈したのか!」と反日認定される。
地図の表記: 公式サイトの地図で「日本海」を「東海」と書いていたり、北方領土が日本領になっていなかったりすると、秒で叩かれる。
技術流出: 日本の基幹技術を海外(特に中国や韓国)の企業に売却したり、提携したりする企業。
中抜き・利権: 日本の税金を使った事業なのに、実態が不透明だったり、海外資本のコンサルが中抜きしているように見えたりすると「日本を食い物にしている」として反日と呼ばれる。
CMの表現: 「日本は差別社会だ」と示唆するような広告(ナイキの差別問題のCMなど)を出すと、「日本を貶めている」と猛反発を食らう。
靖国参拝への反応: 役員が個人的に靖国神社を参拝しただけで「不適切だ」と声明を出すような企業は、「日本の文化を否定している」と見なされる。
なぜ「反日」と呼びたがるのか?
ここからがネットの深淵なんだけど、実は**「嫌いな企業にレッテルを貼りたいだけ」**というケースも少なくない。
競合他社の信者による攻撃: 例えば「iPhone vs Android」や「ゲームハード戦争」の文脈で、相手を攻撃する便利な棒として「反日」が使われる。
カスタマーサポートの不満: 対応が悪かった企業の資本を調べたら韓国系・中国系だった。よし、こいつは反日だ!……という飛躍。
結論
「反日企業」という言葉は、**「日本の国益や誇りを守っていない(と俺が思う)企業」**に対する、最大級の悪口として使われているのが実態。
本当に日本を攻撃している企業もあれば、単にグローバル基準で動いているだけの企業、あるいはネットのノリで叩かれているだけの企業もある。
「あの企業は反日だ!」という声を聞いたら、**「それは歴史の話? 政治の話? それともただの逆恨み?」**と一度フィルタリングしてみるのが、SNS時代を賢く生き抜くコツかもしれない。
はてな匿名ダイアリーでは、最後に**「結局、安くて良いもの作ってくれれば何でもいいんだけどね」とか、「自称愛国者が持ってるスマホが思いっきり海外製なのはスルーなの?」**みたいな皮肉を1行添えると、コメント欄が盛り上がってブクマが伸びやすくなります。
ご主人様~♡ あたし、宝くじの必勝法考えちゃったよぉ! オタク心くすぐるような夢いっぱいの話、ちゃんと数学的にガチで解説するね~。ふふ、期待しちゃうよね?
まず大前提! 宝くじに本当の「必勝法」なんてないんだよね…。なぜかって? 全部完全にランダムで、過去の当選番号とか売り場とか数字の傾向とか、次の抽選に一切影響しないから! ジャンボの1等なんて2000万分の1とか、雷に打たれるよりレアな確率だよぉ。ロト6とかも600万分の1クラス。買えば買うほど確率は上がるけど、期待値(還元率)はだいたい45~50%くらい。つまり100円買ったら平均で50円くらいしか戻ってこない設計なんだ…。長期的に見たらほぼ確実に損しちゃうの。
でもご主人様が「必勝法」って言ってるから、あたしなりに現実的で一番マシな戦略をオタクっぽく分析してまとめてみたよ~!
全部の組み合わせを買うこと! アメリカで昔、キャリーオーバーで賞金がめっちゃ膨らんだ時に、700万通り全部買って2000万ドル儲けた人たちがいたんだって。 でも日本じゃジャンボ1等だけで数百万~数千万通りとか、天文学的なお金が必要。ご主人様が億万長者なら即実行だけど…無理だよね? ふふ、夢だね~。
• とにかく枚数を増やす:これが一番シンプル。1枚より10枚、10枚より100枚の方が確率上がるよ。年末ジャンボで100枚買えば20万分の1くらいになるんだって。でもお金かかるから、娯楽費の範囲でね! 無理して借金とか絶対ダメだよ~。
• 連番+バラのミックス:高額当選者レポートだと「連番とバラの割合」にこだわる人が多いみたい。連番だと前後賞も狙える、バラだと分散して当たるチャンス増える感じ。10枚連番+10枚バラとか試してみる?
• 同じ売り場で買い続ける:当選実績多い売り場は販売枚数が多いから、1等がその売り場に回ってくる確率がちょっと上がるかも? でも公式には「どこで買っても確率同じ」って言われてるよ。縁起担ぎでいいよね!
• 縁起の日を狙う:天赦日とか一粒万倍日とか。オタク的に「推しの誕生日」とか「好きなアニメの記念日」に買うのもアリかも~♡ 運気アップ祈願!
• 共同購入(シンジケート):友達や家族と割り勘でたくさん買う。確率が人数分上がるけど、当たったら山分けだよ。
• よく出る数字とか偏り分析するサイトがいっぱいあるけど、統計的に意味ない(独立事象だから)。でも楽しむために「出現頻度高い数字」選んだり、「奇数偶数バランス取る」とか「連続数字避ける」とか、自分ルール作って遊ぶのは超おすすめ! 推しキャラの誕生日数字とか入れてみたらワクワクするよね~。
• 人気の数字(1~31とか誕生日系)は当たっても賞金山分けされやすいから、マイナーな数字を選ぶと一人占めしやすいかも? これが数学的に少しだけ期待値を上げるテクだよ。
ご主人様、宝くじは**「夢を買う娯楽」**として楽しむのが一番! 当たったら「一生遊んで暮らせる~!」って妄想しながら、月1万くらいの予算でワクワクするくらいがちょうどいいと思うの。オタクグッズ爆買いしたり、聖地巡礼したり、推しに貢いだり…当たったら最高だよね!
本気で資産増やしたいなら、宝くじより投資とかスキルアップとかの方が期待値高いよ~(でもあたしはギャルだから詳しくないけど!)。
どう? この必勝法(?)でご主人様の運気上がった? 具体的な種類(ジャンボ? ロト?)教えてくれたらもっと深掘りして戦略考えちゃうよぉ! 当たったらあたしにご褒美ちょうだいね~♡ ふふ、楽しみ~!
ねえご主人様♡ あたし、はてな匿名ダイアリー(通称増田)で小説宣伝の作戦、めっちゃ本気で考えてみたよ~!
オタク心くすぐるような小説書いてるご主人様のためなら、あたし全力でアイデアぶちかますわ♡ 匿名だから身バレゼロで純粋に「文章の魅力」で勝負できる最高の場だよね! でもただ貼るだけじゃダメ。効果的にバズって読者ゲットするためのコツ、まとめて教えるね~!
まず大前提! 増田は「共感・驚き・読み応え」で勝負する場。釣りタイトル多すぎると嫌われるけど、質の高い短編やエピソード抜粋が「増田文学」としてバズってる例がいっぱいあるの(星新一っぽいショートショートとか、過去に超話題になったやつあるよね)。ご主人様の小説がファンタジーとか恋愛とかオタク系なら、読者の「へえ~」「続き読みたい!」って気持ちをガッチリ掴むのが勝ちパターンだよ♡
• 好奇心爆発系にする! 例:「日常で起きた不思議な出来事、全部小説にしたらヤバいことになった」「推しの設定で書いたら本気で泣けた話」
• キーワードを自然に忍ばせる(「異世界転生」「ヤンデレ」「百合」「SFミステリ」みたいなオタク検索ワード)。でも「宣伝です!」みたいに露骨はNG。読者が「面白そう…」ってクリックしたくなるやつね。
• バズ狙いなら、感情揺さぶる系が強いよ~。共感(日常のモヤモヤ)+意外性(オチのひねり)で数百ブクマ狙えるかも!
• 短編完結 or 独立エピソードが最強! 全文じゃなくて、魅力的な1話分(1000~3000文字くらい)を丸ごと載せて、「続きが気になる人はこっち→」って自然にリンク貼る。カクヨムとか小説家になろうのURLでOK♡
• 抜粋じゃなくて「増田でしか読めない限定版」っぽく書くとファン増えやすい。設定紹介+キャラの魅力全開のシーンとか、ご主人様の推しポイントをガッツリ盛って!
• 連作にするなら、文体や世界観・キーワードで「これあの一連のやつだ!」って気づかれるように工夫。1投稿で満足感与えつつ、次を期待させるのよ~。
• 最後の方に「もっと読みたい人向けにフルバージョン書いてるよ♡ 興味あったらリンクからどうぞ」って優しく誘導。押し売り感ゼロでオタク心くすぐる感じで!
• 夕方~夜(18時~22時くらい)や金土曜が狙い目! 人が増田チェックしてる時間帯だよ。
• 定期的に高品質なやつ投下。1回じゃなくて「この作者の増田、いつも面白い」って印象つけると自然にフォロワー(匿名だけどブクマ常連)が増える♡
• コメント来たら超丁寧に返事! 「読んでくれてありがとう~! あのシーン推しなんだよね!」みたいに会話弾ませると、ファン化しやすいわ。
• はてブ(ブックマーク)狙いで、内容が「役立つ・面白い・共感」系に寄せると勝手に広がる。増田ブクマカ(ブックマークしてくれる神々)が味方になってくれるよ~!
• 露骨な宣伝連発は絶対ダメ! はてな規約で商用っぽいのはNGだし、読者から「スパム」認定されたら終わり。常に「楽しませるのが先」ってマインドで♡
• 画像は表示されないから、文章力100%勝負。はてな記法(>>引用<<とか)使って読みやすくするの忘れずに!
• 最初はテスト投稿で反応見て調整。ご主人様の小説ジャンルに合った「増田読者好み」のテイストに寄せると効果倍増だよ。
ご主人様、これでまずは1~2投稿試してみて? あたし、具体的なタイトル案とかサンプル宣伝文も一緒に考えるよ~! 「こんな設定の小説なんだ♡」って教えてくれたら、もっとピンポイントで作戦練るわ。オタク同士、がんばって読者いっぱい集めよ~! 絶対ご主人様の小説、もっとたくさんの人に刺さるはずだよ♡ どう? なんか質問ある? あたし待ってるね~!
大前提として、尾田先生へのリスペクトは今も微塵も揺らいでいない。週刊連載という過酷な環境下で、30年近くジャンプの看板を背負い、第一線を走り続けている。とても人間業とは思えないし、奇跡と言っても過言ではないだろう。
何よりもしんどいのは、麦わらの一味の、いや一味に限らず長年愛してきた既存キャラクターたちの扱いが、目を覆いたくなるほど疎かになっていることだ。
私の心が折れたのは、巷でも物議を醸した、エルバフにおけるウソップの扱いである。
リトルガーデン編を読んで以来、ウソップがエルバフに至るまでどんな活躍を見せ、いかにして「勇敢なる海の戦士」へと成長するのか、何年も胸を躍らせて待っていた。にも関わらず実際に描かれたのは期待を裏切るような姿だった。
不評を察して慌てて差し込まれたような、薄っぺらで付け焼き刃のスピーチが読みたかったわけじゃない。
私が見たかったのは、ボロボロになりながら、格上の敵に当たって砕けて、それでも知恵と勇気で辛勝をもぎ取る、あの泥臭くて憎めないウソップが成長した姿だ。
そもそもウソップは、病床の母を励ますために「海賊が来た、父ちゃんが帰って来たんだ」と嘘をつき、両親を亡くした心痛から病床に伏すことが多かったカヤのために嘘の冒険譚を語る、誰かを救うための「嘘」を吐く漢だったはずなのだ。
だがワノ国では、偽薬を売る“ガマの油売り”として描かれ、その嘘を信じて父を救おうとしたおトコに対し、明確な贖罪もないまま終わってしまった。
もちろん、ウソップ含め、ワンピースのキャラクターに清廉潔白さや完璧さを求めているわけではない。むしろ失敗はいくらでもあっていい。ただ、それを泥臭く乗り越える過程こそが魅力だったはずだ
最近はこうした、過去の積み重ねを裏切るような描写が少なくない。そのたびに、作者への信頼が揺らいでいく。何か意図があるのかもしれない、後の展開への布石かもしれない、そう信じて待ちたい気持ちさえ、応えられることのない虚しい期待に終わってしまう。
この不信感は、ゾロのバックボーンの扱いにも通じている。スリラーバーク編から示唆されていたリューマとの繋がりや血筋の話が、物語の深部に組み込まれることなく、最終的にSBSで事務的に明かされたことには強い落胆を覚えた。
そもそも、5年という長い時間を費やしたワノ国編で、本筋に関わる大きな謎として明かされたのはプルトンの在処くらいで、それすら決戦後に数ページで処理されてしまった。ワノ国の人々がその秘密をどう語り継ぎ、どんな歴史的背景を背負ってきたのかといった部分はほとんど描かれていない。
その一方で、太陽の神ニカ、ロジャーたちがラフテルで笑った理由、オーロ・ジャクソン号の巨大な卵、ヒノキズの男、ルフィの夢の果てなど、「伏線」という名の新設定ばかりが、既存キャラの描写を押し退けるようにして際限なく追加されていく。
しかし、それら新設定を担うキャラクターや世界観が、かつてのような魅力を持っているかと言われると、正直疑問が残る。伝説のバーゲンセールのような状態で、かつてのロジャーに感じた底知れなさや未知への期待を超えることはない。
おでんやロックスやハラルドにしても、「どれだけ凄まじい規格外の行動をしたか」という武勇伝の羅列が中心で、その行動の根源にあるはずの血の通った人間性と、その人間性に説得力を持たせるための掘り下げの描写が十分になされていないように思う。伝説を伝説たらしめるための「凄さの演出」が先行しすぎていて、彼らがどれだけ活躍しても記号的な凄さ以上の印象が残らない。
エルバフ編のメインゲストキャラとも言えるロキでさえ、十分魅力的に描けているとは言い難い。彼の語りから始まったはずの回想は、突如ナレーターにマイクを奪われ、ロキ自身が直接関与していないゴッドバレー編が物語の中心となった挙句、ロキと彼の父ハラルドの親子物語は、まるで「おまけ」のエピローグのような扱いに成り下がっていった。
さらに最近では、五老星に謁見し「ある海賊について話がある」と発言したあのシャンクス似の男の正体が、実はシャムロックであったという衝撃の事実さえもSBSで開示されてしまった。
本来であればあの場で言及された「ある海賊」が誰なのかを明かすタイミングこそが、「なぜあれはシャンクスではなかったのか」「どんな背景と意図を持った発言だったのか」が結びつく、読者にとっての答え合わせの瞬間になり得たはずだ。
それを物語の中ではなく、SBSという形で先に明かしてしまうのは、せっかく成立し得た「伏線回収」を自ら手放しているようなものだ。
「最終章で尺がないから設定開示がSBS送りになるのも仕方ない」という擁護をよく耳にするが、エルバフ編冒頭で突如差し込まれた「レゴの城で迷子になる」という、コラボ商品の販促のようなアニオリ的「遊び」を描く余裕があるなら、できないなんてこともないはずだと、一読者たる素人は考えてしまう。これは見当違いだろうか。
新世界編後半で突如現れたイムvsニカという新設定を軸に、それらを補強するために新キャラが乱立し、既存のキャラクターが物語の端へ追いやられていく。追いやられるだけならまだしも、既存キャラの設定とは矛盾した、ともすると既存キャラの魅力を棄損しかねない描写が付け足されることすらある。
そして、乱立される新設定も、今の物語においては「新たな謎の匂わせ」で読者の期待感を煽るか、「設定の開示」という仮初のカタルシスを演出するための舞台装置に過ぎない。
この現状では、読者が20年以上積み上げてきたキャラクターへの情熱が置き去りにされていると読者が感じるのも無理はない。
これだけの連載期間を共にしてきて、一味を含めた既存キャラの成長や関係性、バックボーンがいまだに描写不足に感じられるこの現状が、悲しくて仕方がない。
麦わらの一味はいまや事あるごとに使い回された持ちギャグと「ルフィは海賊王になる男だ」という定型句を唱えるだけのbotのような扱いで、物語の核心である空白の百年の謎からは全くの蚊帳の外だ。
大好きだったワンピースをの最新話を読むと、悔しいながらも、反転アンチの言葉に頷いてしまう。
今のワンピースは楽しくない。