「先駆者」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 先駆者とは

2026-05-10

AI関連の先駆者を名乗るのは大変そうやね

2026-05-09

もう世の中なんでもあるな。

クンニ音頭を思いついたので一応先駆者を調べたら居た

2026-04-21

anond:20260421140213

しろ中身にどれだけ金かけられるかの勝負やと思ってるが。

半端なクオリティだと先駆者が強すぎて勝負にならない時代

まあグラフィックとかしょぼくてもゲーム性自体が受けて売れてるパターンとか例外は多数あるけど

2026-04-08

anond:20260408105602

noteとかで先駆者情報あるから、遊びたいなら初期投資で見ておくといいべ~

2026-03-27

旅行先として有名な国々

絶景観光シンボル文化で有名な国トップ10くらいは行った。

海外版るるぶに書かれてるような日本人が生きやすかったり、先駆者が多い国にも行った。

でも日本人向けな情報ばかり見ているし、海外の人の憧れだったり行ってみたい国には行けてないかもしれない。

以前ヨーロッパの子東南アジアは遠いか会社辞めた今回ってるの、と教えてくれたような感じ。

全然次にどこの国に行けばいいかからない。

どうしようかな、そもそも旅行きじゃないのかな、あんまり気力が湧かない。

憲法第9条日本国憲法精神に反している

憲法の前文(平和的生存権国際協調主義を掲げた部分)と、9条戦争放棄・戦力不保持)の整合性については、憲法制定当時から現在に至るまで、非常に鋭い視点必要とされるテーマです。

名誉ある地位を占めたい」という理想を掲げながら、武力を持たないことが逆に国際社会への責任放棄他国への依存(隷従)につながるのではないか、という違和感は、憲法学や政治学議論でも中心的なトピックの一つです。

1. 「違反している」とする考え方(現実主義視点

9条が前文の理想の足を引っ張っていると考える立場です。

責任の欠如:

国際社会で「専制や圧迫」を除去するには、時に物理的な強制力国連軍への参加や軍事的な貢献)が求められます9条による制約でそれができないことは、国際的責任果たしておらず、「名誉ある地位」を放棄していると映る場合があります

他国依存矛盾:

自国防衛他国アメリカなど)に委ねることは、前文が否定する「隷従」に近い状態を生んでいるのではないか、という批判です。

2. 「整合している」とする考え方(平和主義視点

一方で、9条こそが「名誉ある地位」を占めるための手段であると捉える立場もあります

新しい名誉の形:

かつての軍事大国としてではなく、武力に頼らず国際紛争解決する「先駆者」として振る舞うことこそが、国際社会における独自の「名誉ある地位であるという主張です。

軍事以外の貢献:

医療経済支援環境対策など、軍事以外の面で「圧迫と偏狭を地上から除去」することに専念することが、日本独自国際貢献である解釈します。

憲法構造的な関係憲法学者の多くは、前文と9条を切り離して考えるのではなく、以下のような関係として捉えています

項目内容
前文の目的平和国際社会を築き、その中で信頼される国になること(ゴール)
9条手段武力を持たず、戦争をしないという徹底した態度(ルート

結論としての課題

現在議論の焦点は、「2026年という現代の国際情勢において、9条を維持したまま前文の理想名誉ある地位)を実現し続けられるのか?」という点に集約されます。「武器を持たないことが平和への貢献だ」という理想と、「自分の国を自分で守り、国際秩序を守る責任を負うべきだ」という現実。このバランスをどう取るかが、まさに憲法改正論議の核心部分と言えるでしょう。

2026-03-19

anond:20260318165211

1991年10月

独裁者ヒトラー錬金術 ミダス王になろうとした男』ヴルフ・シュワルツヴェラー(訳 佐々木秀)

彼らは文学界では名を上げていたが、政治に関しては非常にあいまいな、ユートピア的な考えしか持っていなかった。ヒッピー先駆者として彼らが意図したのは世界を“花畑”と化すことだった。


1992年5月

モモヨ、まだ九十歳』群ようこ

このおばあさんは頭の中がちょっと花畑になっていて、取組が始まるたびに、友だちに、「安芸の海はいつでるのかねえ」と聞いていた。


1995年11月

文藝』「白いギターをこわしたのは何か理由でもあるのでしょーか?いま明かされる1968新宿パンク起源説比留間久夫

そしたら、お花畑が咲き乱れたミタイな目をした反戦ヒッピーにいきなり白いフォークギターを放り渡された。

2026-03-03

anond:20260228235733

ポイントの加算の仕組みが不明じゃね?

キミは決められたルールを遵守すればポイントゲットだと思ってるみたいけど、ホントかなぁ?

わかり易い例、戦時中戦争鼓舞し協力することは法であり道徳的行為だと称賛されたが

歴史を振り返りそれは正しかたか

法や社会通念に逆らい戦争反対を唱えた人はポイント剥奪だったのか?

本当に決められたルールに従えばゲットなのか?

あるいは自分善悪価値観、信念に基づき善行を貫くことがポイントになるのか?

そもそもその人の持つ善悪価値観が正しいのか?

正しい価値観習得する機会を得られなかったのは世界制御している神の責任ではないのか?

適切な機会と出会い教育を受けられたら正しい価値観習得できたはずなのに、という言い訳通用しないのか?

神が不遇な人生を設定しておきながら悪に染まったのは当人責任であるポイント無し!

って酷くね?

 

ゴミポイ捨ては悪だろうか?

俺はゴミはそのへんに捨てる。社会活動だと思っている。

公共空間ゴミ箱が無いのは日本だけだ、愚かな文化である

市役所道路環境課だかのミクロ視点ならば公園道路からゴミ箱を撤去すれば予算は浮く。

道路環境課は予算削減、やったね。

 

ではマクロ視点社会全体でみたとき合理的であるか、経済的であるか。

そんなものは試算するまでもなく街角ゴミ箱を設置したほうが社会コストは下がる。

ゴミを持ち歩くのは個々人の負担であり、小さなストレスであり、見えにくいがコストはかかっているのだ。

外国はそんなもの試算するまでもなくアタリマエなので街角ゴミ箱を設置し、回収し、清掃する。その方が社会全体で安上がりだから

からポイ捨てされるくらいならゴミ箱を設置するのでどうかここに捨てて下さい、と行政が態度を改めるように、俺は忸怩たる思いを馳せながらゴミポイ捨てする。これは悪行か?善行か?

 

ルールを愚直に守りゴミを持ち帰るのは善行か?それが正しい行動か?

不満があるならまずはルールを守り、守ったうえで反論し、説得し社会を変えろ。

というが、嘘である

現実社会先駆者が脱法しながら変えていくのだ。

大衆はその尻馬に乗っかっているだけだ。この態度は怠惰ではないかホントポイント加算なのか?

社会を正しい形に変えようと自ら考え行動しないことは逃げではないのか?ただ盲目的にルールを守ればよいのか?

 

米穀通帳という制度があった。

戦時中、米の消費を国家管理するためのもの

米の消費、購入には提示義務があり戦後食糧難が続き法律が残った

ところが戦後数年で形骸化した、法律上はすべての国民携帯義務があるにも関わらず、誰も持ち歩いてない。

米屋でいちいち提示するバカなどいない、国民全員脱法。

あるとき国会野党から質問があった、「農林水産大臣持ってるのか?見せてみろ」と、持ってない

所轄官庁大臣ですら持ってない、その法律いらなくね?

で、ようやく改正となった。法律改正なんておおむねこプロセスです。

社会の変化で法が時代遅れになる、守れないか法律の方を社会に合わる、で変えていくの

から最初は脱法やグレーゾーンになる、その曖昧さを容認するため、海外ならノーアクションレターなどの制度でお試ししたり

可罰的違法性判断違法性阻却の裁量行政司法に持たせて立法する。

 

まだ納得できない?ではもう一つ。

横断歩道信号を守る、どんなに安全確認される状況でも愚直に守る、それがルールから。えらい

で、キミはどんな様態で待っている?立ち止まってるよね?

はい、それ道交法違反

道交法76条4項2号、はいググれ

道路歩道含む)で立ち止まるってのは法律違反なんです。罰金もあるよ

他人交通妨害にはなっていない、なんて言い訳しないでね、条文ちゃんと読んでね。

交通妨害となるような方法

と書かれてる。交通妨害を「したら」ではなく、つまり実質被害が無くても「方法」は成立する、形式犯なの。

他人が一切いなくても「方法」が成立したら構成要件は満たす、犯罪として成立する。

この条文に例外規定はなく、信号待ちは除外する、などとも書かれていない。

 

まり合法的信号待ちするなら足踏みを続けなきゃならない。踊ってなきゃならない。

そんなバカなと言うだろうが、実際この条文は反政府デモ検挙などで多用される。

一般人はお目溢しされてるだけ、安保闘争時代ガンガン使われた。

 

足踏みしてなかったキミは相当ポイント減らしてるだろうけど、大丈夫そう?

 

さらには世界には様々な法律宗教があるが、どれを正とするのか

自分所属するコミュニティーの法とルール絶対正義なのか?ホントかなぁ

2026-03-02

堕天作戦ファンだった者として

マンガワン時代からの読者で、個人出版移行後も追っていた。紙の単行本全5巻もkindle全7巻も全部持っている。

作品と作者をべた褒めする自分のようなファンが今回のような事態を招いてしまったのではないかと、被害を受けた方、何も知らされずに別作品作画担当をすることになってしまった方に対して、どうしようもないほどに申し訳なさを感じている。

というのも、堕天作戦を支えたのはファンであったという自負があるからだ。

私の知る限り、堕天作戦は知る人ぞ知る名作、玄人好みの漫画という評価であった。

まだマンガワン掲載されていた2019年当時、紙の単行本絶版であったと記憶している。最新の第5巻は電子しか出ていない、つまり打ち切りも近いと予想されるような状態だった。

そうした状況を何とか変えようとしたファンの働きかけによるものか、2019年の夏、堕天作戦WEBマンガ総選挙ノミネートされた。

他のゆるふわラインナップの中で明らかに異色の作品。なんでもいいからとにかく堕天作戦知名度を上げよう、できれば第1位を取らせてこの傑作を世に広めよう。毎日必死投票した。投票のために課金もした。多くの読者が一丸となって星を目指していた。

その過程で、電子しか出ていなかった5巻を紙で出版させた。既刊も重版にさせた。最終的には第3位に入選させた。

正直、件の編集が作者を庇ったと聞いて何の驚きもなかった。堕天作戦にとって、彼は良い編集だった。編集としてのプロフェッショナルさは感じられなかったが、少なくとも熱意だけはあった。

公式アカウントを始めて、広報に努めたのも彼だった。WEBマンガ総選挙の結果も彼なしにはあり得なかっただろう。

加害内容に憤っていることは言うまでもない。本来子どもを守るべき存在である大人に虐げられ続けてきた被害者の方と、別作品作画担当先生が最大の被害である

もし私たちがあの作品をああやって存続させなかったら、まだ生まれなかった苦しみがあったのではないかと悔やむばかりだ。

その上で、読者としての怒りもまた止まらない。少なくとも3回は機会があったはずなのだ2020年2月逮捕による休載時、2021年6月被害者の方から公表要請時、2022年1011月マンガワンへの掲載終了と個人出版への移行時。

個人的特に許せないのが、一番最後個人出版への移行時である

当初は個人出版に移行することは発表されていなかった。長い休載沈黙を挟んで、久しぶりの告知がマンガワンでの掲載を終了することだった。そのため、コメント欄公式アカウントリプライ欄も荒れた。この世から堕天作戦がもうすぐ消えてしまう、その最後の日の最後時間にはしんみりとした空気マンガワンコメント欄には漂っていた。

その悲しみが、11月1日になり、公式アカウントで作者自身個人出版への移行を発表した瞬間、喜びに変わった。私的トラブルによるものなのかと、先生は無事でよかったと、よくあるらしい編集部と揉めた結果ではなくてよかったと。

何が私的トラブルだ。あまりにふざけている。

一体どういう気持ちであのコメント欄を眺めていたのかと、作者に対しても編集部に対しても問い詰めたい。

それとも、読者の声が歪みを生んでしまったのか?

堕天作戦が消えたあと、マンガワンからはしばらく離れてしまった。なので、常人仮面はこれまで読んだことがなかった。山本氏の堕天作戦公式アカウントポストでも、何らかの別作品に関わっていることは複数回匂わせられていたが、全く気づけなかった。事件告発に関連するポストの中で、初めて原作者として関わっている可能性を知った。

完結記念キャンペーンで4巻分が無料で試し読みできたので掲載終了前に読める分だけ急いで読んだ。堕天作戦の作者と常人仮面原作者が同じであるのは明らかだった。

もしマンガワンを離れずに常人仮面を読んでいたならば、編集部や山本氏、あるいは成田氏に一体どういうことなのかと問い合わせをしていたならば、作画担当先生への被害はまだ抑えられたのではないかと、悔やんでも悔やみきれない。

マンガワンというアプリが好きだった。

コメント欄で新たな気づきを得る。盛り上がる話ではコメント数も増える。自分の書いたコメントいいねを得て上位に表示される。

名前も知らないが、同じ話に対するコメントを通して、緩くしかし確かに繋がっている仲間たちがいる。

漫画アプリというプラットフォームで得られるこれらの体験は、SNSとはまた違うものだ。正確な歴史は知らないが、マンガワンはその先駆者であったと思う。

こんな形でメジャーになった堕天作戦も、マンガワン黄昏も、どちらも見たくはなかった。しかしそうさせてしまったのは、ファンであった私ではないのか?

ずっとそう考えてしまっている。

追記

作品と作者ではなく、言うなれば作品をめぐるエコシステム問題だ。

作品の周りに作者がいて、編集出版社がいて、読者がいる。読者の一部が熱心なファンとして勝手宣伝したり、新規読者を連れてきたり、コメントで盛り上げたり、作者や出版社を応援したりして、エコシステムの維持に積極的に貢献してしまった。そうしたファンの一人として罪悪感を持っている。

何よりもWEBマンガ総選挙の第3位入選。あれがなければ、作品は惜しまれつつもひっそりと消えていた可能性が高かったはずだ。ファンがいなければ、そうなっていたはずなのにと思う。

もっとも、エコシステム構成するメンバーだと思っていたのは自分だけで作者や編集からはそうではなかったらしい。休載理由隠蔽していたことと、なかなか出ない新刊を待ちわびていたのに実は別の作品に取り組んでいたことへの怒りはこういうところからも生じている。

投稿後、ある記事で、「加害者ばかり人生が上手くいくのは辛いです。悔しいです。」という判決後の被害者の方のコメントを読んだ。事件を知らずに応援していたからと言って、許されるわけではないと思う。加害者の「成功」に寄与してしまった者として、まずは向き合いたい。

2026-03-01

崔東興(さいとうこう、生年不詳 - 永安2年)は、中国後漢末期の弁士・謀臣。

「同じ策を何度でも持ち込む男」として知られた人物で、諸侯陣営転々としながら、ほぼ同じ内容の進言を何度も繰り返したという伝説を持つ。

のしつこさから一部では疎まれたが、「大事なことは何度でも言うべきだ」とする信念を貫き、後世には「再投稿先生」の異名諷刺と共に語り継がれた。

崔東興の出自はよく分かっていないが、豫州あたりの寒門の生まれとされる。

若いころから弁舌に優れ、諸子百家の書を読みあさり、とりわけ法家兵家の書を好んだという。

郡の小吏を務めた後、「同じことを一度言っただけでは誰にも届かぬ」と言って官職を辞し、各地を遊説してまわる身となったと伝えられる。

董卓の乱以降、群雄割拠の世となると、崔東興は袁紹曹操劉表孫策など、当時の有力者のもとをたびたび訪れた。

しかし彼が持ち込む策は、どこへ行っても同じだったとされる。「税を軽くして民を味方につけよ」「兵は小さく精鋭に絞れ」「名だけの連合より、一人の決断だ」といった内容を、何度も何度も繰り返し説いたという。

ある記録では、同じ主君に対して三度、同じ文言の上疏を出し、書記官に「これは前に見た」と呆れられた逸話も残る。

崔東興は、一見すると空気の読めないしつこい男で、相手があからさまに飽きていても、内容を少しだけ工夫しながら同じ主張を繰り返した。

しかし彼自身には筋の通った信条があり、「一度聞いて忘れられる正論より、何度でも耳に残るうるさい正論のほうが世を動かす」と語っていたと伝えられる。

時代人物評では、「才は中くらい、声は大きく、諦めが悪い」「策そのものはまともだが、言い方を変えただけで中身を変えぬ」として、可もなく不可もない評価が多い。

一方、彼の粘り強さに救われた地方もあり、幾度もの進言の末にようやく改革を受け入れた郡では、後に再投稿顕彰する祠が建てられたという話もある。

後世の史談や講談では、崔東興はしばしば皮肉交じりに描かれる。

ネタが尽きると、表現だけを変えて同じ持論を売り歩く」

「一度当たった策を、何度も別の主君再利用する」といった姿から物語作者たちは彼を「古今のスパム弁士」「歩く再放送」と呼んだ。

一方で、現代的な解釈では、「重要メッセージは一度では届かない」というコミュニケーション論の先駆者として再評価されることもある。

現代創作作品では、同じ決め台詞をやたら繰り返すギャグキャラ、もしくは「何度でも歴史に同じ警告を投稿し続ける預言者」的な役割で登場することが多い。

逸話

あるとき、崔東興はある軍閥の主のもとで、「今こそ税を軽くすべきです」と三度目の進言を行った。

主が怒って「何度同じ事を言うつもりだ」と叱責すると、

崔東興は「あと十五回でございます」と平然と答え、

場を凍らせたという。

また別の説話では、彼が死んだのちも、その言葉を書き留めた文書けが各地で写され続け、後の世の儒者から

「内容はまともだが、とにかく量が多い」と嘆息されたと伝えられる。

このことから、後に「同じ話をしつこく繰り返す者」を揶揄して「まるで崔東興のようだ」と言う俗語が生まれたとも言われる。

2026-02-22

anond:20260222100212

AIだと出てこなかったけどなんかあるのかな

田中正造は、明治期に足尾銅山鉱毒事件解決に生涯を捧げた政治家であり、環境人権自治先駆者として高く評価されています。強い正義感弱者に寄り添った一方、その徹底した追及姿勢は当時の政府企業から過激妥協のない存在とみなされました。

良い点(功績・評価

日本初の公害告発者: 足尾銅山鉱毒事件日本初の本格的な社会公害問題として浮き彫りにし、解決へ向けた政府対応を引き出した。

住民弱者への献身: 私財を投げ打ち、被災地渡良瀬川流域)の住民のために人生を捧げた。

真の文明提唱: 「真の文明ハ山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さゞるべし」という思想は、現代環境保全やSDGsに繋がる先見的な視点である

卓越した行動力と信念: 1901年明治天皇への直訴 など、既存の枠にとらわれず、強い信念で権力に立ち向かった。

自治人権の追求: 鉱毒被害地方自治破壊と捉え、住民権利地域社会自治を守るために闘った。

東京都図書館

東京都図書館

+4

悪い点(批判限界

妥協のない徹底抗戦: 企業古河鉱業)や政府からは「過激」「現実的でない」とみなされ、話が平行線をたどることもあった。

極端な手法: 天皇への直訴 のように、法的な手続きを超えた行動は、当時の政治体制において極端と評されることもあった。

鉱業の発展との衝突: 国家近代化を支える銅の増産(国家事業)に真っ向から反対したため、国策の足かせとして見られる場面があった。

Wikipedia

Wikipedia

+1

田中正造は、現代社会においても、公害環境破壊人権問題といったテーマでその「正造魂」が再評価されています

随想舎

随想舎

2026-02-14

井森美幸さんと森口博子さん。なぜ混同されるのか。

1. 「バラドル」の黄金時代を築いた同期的存在

お二人は1980年代半ばにデビューした、いわゆる「バラドルバラエティアイドル)」の先駆者です。

井森美幸1984年 ホリプロタレントスカウトキャラバングランプリ

森口博子1985年 デビュー

アイドルとしてデビューしながらも、飾らないトークと高いバラエティ対応力で生き残ったという「勝ち上がり方」の文脈が全く同じなのです。

2. 驚異的な「変わらなさ」

お二人とも、デビュー当時から現在に至るまで、ルックススタイルテンションほとんど変わっていません。

美貌の維持: どちらも「奇跡の○歳」と言われるほど若々しい。

独身ネタ自虐的独身ネタを明るく笑いに変えるスタンス共通している。

3. 名前の響きとシルエット

視覚的・聴覚的な要素も地味に効いています

名前: 「いもり」「もりぐち」と、どちらも「もり」が含まれており、苗字の響きが似ている。

ビジュアル: どちらもロングヘア(あるいはセミロング)で、清潔感のあるお姉さん風のルックス。パッと見のシルエットが非常に近いです。

4. 本人たちがネタにしている

実はこれが一番大きな理由かもしれません。テレビ番組でお互いが「また間違えられた」とエピソード披露したり、共演した際に双子のような掛け合いを見せたりするため、「井森美幸森口博子はセットである」というイメージ視聴者に定着しています

決定的な違いを見分けるポイントどうしても迷ったときは、以下の「得意分野」を思い浮かべるとスムーズです。

項目井森美幸森口博子
伝説ネタ語り継がれる「伝説ダンスガンダム主題歌水の星へ愛をこめて
主なフィールドバラエティMCパネラー歌手アニソン女王
芸風圧倒的な「親しみやすさ」と隙圧倒的な「歌唱力」とトーク技術
一言で言うなら

伝説ダンス映像で笑いを誘うのが井森さん

ガンダム完璧に歌い上げるのが森口さん

2026-02-12

anond:20260212154010

朝日新聞とか久米宏とかの「アンチ巨人」=反体制=俺かっこいい、と思い込めるバカのおかげで

巨人に、そしてプロ野球にそんな価値はなくなりました。

 

野茂先駆者

あんルール破りのビチグソゴミ野郎が?

ポスティング海外行った奴は全員クソ

 

国内FAは大幅期間短縮、海外FAは大幅期間延長

それでやっとプロ野球が蘇るかどうか

 

NPBMLBへの踏み台に使わせるな

栗山大谷差し違えて死ね

ミヤネ屋20年の歴史に幕

2026年2月12日、平日午後の情報番組として長年君臨してきた「情報ライブ ミヤネ屋」が2026年9月末で終了することが、司会の宮根誠司氏により正式に発表された。番組終盤、宮根氏は約4分間のスピーチ視聴者スタッフへの感謝を述べ、自らの言葉番組から「卒業」を伝えた。この発表は、2006年7月番組開始から20年という節目を迎えた長寿番組終焉意味する。

発表に至る経緯と宮根氏の決断

番組終了の第一報は、2026年1月28日に「女性セブンプラス」が報じた。関係者への取材によれば、宮根氏自身読売テレビ側に「番組を終えたい」と申し出たことが発端だった。局側は必死に慰留したが、宮根氏の意思は固く、その後読売テレビ日本テレビ上層部との話し合いを経て、10月期の改編で終了することが決まった。

2月12日生放送では、宮根氏は「この9月末をもって私、このミヤネ屋卒業させていただく運びになりました」と述べた。フリーアナウンサーとして番組の終わりが来ることは覚悟していたとしながらも、「何度か卒業しようと考えたこともございます。そのたびに読売テレビはじめ、皆さまにありがたいことに慰留していただきまして、この20年まで続けることができました。本当に幸せ者です」と感謝言葉を続けた。

宮根氏は局アナ時代を含めると26歳から37年間、63歳になる年まで月曜から金曜の帯番組担当し続けてきた。この長いキャリアを振り返りながら、「信じられないくらい恵まれ環境で、テレビに携わらせていただきました」と語った。スピーチ最後には、「やめるのをやめたという可能性もありますので、その時はまたご報告させていただきます」と笑いを誘う一幕もあった。

関西ローカルから全国区へ、番組の歩み

ミヤネ屋」は2006年7月31日、読売テレビ制作関西ローカル番組としてスタートした。前身は金曜のみ放送されていた「激テレ★金曜日」で、これを月曜から金曜までの帯番組リニューアルする形で誕生した。当初は午後の遅い時間から放送だったが、評判の良さから徐々に放送地域を拡大していく。

2007年10月には関東長野を除く全国ネットに昇格し、2008年3月31日から日本テレビでも放送が開始され、完全な全国ネット番組となった。これは、2007年9月草野仁氏が司会を務めていた「ザ・ワイド」が終了し、日本テレビが午後のワイドショーから一時撤退したことが背景にある。読売テレビ独自に育てた「ミヤネ屋」が、結果的にその枠を埋める形となった。

番組の特徴は、宮根氏の歯に衣着せぬトークと、関西弁を駆使した親しみやすい進行スタイルにあった。読売新聞特別編集委員橋本五郎氏、弁護士野村修也氏といった論客とのやり取りも人気を集め、政治から芸能まで幅広いテーマを扱う情報番組として、平日午後の顔となった。

視聴率面では、2009年度から9年連続関東関西地区ともに通期の平均世帯視聴率トップを獲得。20年間にわたり全国平均で5から7パーセント台を安定的に維持し、累計放送回数は4000回を超えた。近年はTBS系「ゴゴスマ」やフジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」など他局の追い上げもあったが、コア視聴率では依然として同時間首位キープしており、高視聴率を保ったままの終了となる。

なぜ今、終了なのか

宮根氏が番組終了を決断した理由として、複数メディア共通して伝えているのは、「新しいことに挑戦したい」という本人の強い意志である関係者証言によれば、2年前に還暦を迎えた頃から「安定にしがみつくのではなく、新しいことに挑戦したい」という思いを抱いていたという。2025年7月番組20周年を迎えたことが、その思いをさらに強くした。

宮根氏は1963年まれ現在62歳。朝日放送1987年アナウンサーとして入社し、関西で人気アナウンサーとして活躍した後、2004年にフリーへ転身した。その際も40歳という節目で「一から出直す覚悟」を決めたとされ、今回も同じ心境で新たな挑戦に臨むという。

また、平日は大阪で「ミヤネ屋」、週末に上京してフジテレビ系「Mr.サンデー」に出演するという生活を15年間続けてきた体力的な負担も、決断の背景にあるとの見方もある。関係者は「年齢的にもいまが最後のチャンスと考えている」と語っており、宮根氏自身番組20周年という区切りを、自らのキャリアの転換点として捉えたことがうかがえる。

宮根氏は2025年7月20周年の際、「平時は型にはまらず楽しく、もし大きな災害緊急事態が起こったときはいちばん頼りにされる。そんな正体不明番組であり続けたい」と今後の意気込みを語っていたが、この頃すでに大きな決断を胸に秘めていたとみられる。

地方局制作の全国番組という成功モデル

ミヤネ屋」の成功は、テレビ業界において大きな意味を持つ。地方局制作する情報番組全国ネット放送するというスタイルは、現在では珍しくないが、その先駆者こそが「ミヤネ屋」だった。放送関係者は「番組成功を見て各局がまねた格好。昼の情報番組に与えた影響は計り知れない」とその功績を評価している。

ただし、番組終了の裏では、後番組をめぐる読売テレビ日本テレビの複雑な関係も指摘されている。全国放送での月曜から金曜の帯番組は、地方局にとって貴重な枠であり、CMなどの営業収入も莫大だ。読売テレビ内では「ミヤネ屋」が全番組の中でも最大の収益源となっていた。

この枠をめぐり日本テレビ側が「枠を戻せ」と主張する可能性も報じられている。かつて日本テレビは「ザ・ワイド」を終了させ午後のワイドショーから撤退したが、読売テレビ独自に育てた「ミヤネ屋」が成功を収めたことで、複雑な思いを抱えていたとされる。現在、後番組については未定とされており、今後の動向が注目される。

平日午後のワイドショー戦線、新たな局面

ミヤネ屋」の終了により、平日午後の視聴率競争は新たな局面を迎える。現在、同時間帯ではTBS系「ゴゴスマ」が健闘しており、司会の石井亮次氏、フジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」の青木源太氏と、宮根氏を含めたフリーアナウンサー三つ巴の戦いが注目されていた。最古参の宮根氏が退くことで、この構図は大きく変わることになる。

一方、宮根氏の今後については、現時点で具体的な発表はない。「Mr.サンデー」の司会は継続するとみられるが、新たな挑戦の内容は明らかにされていない。関係者は「40歳ときと同じ心境で一から出直す覚悟を決めている」と語っており、宮根氏自身がどのような道を選ぶのか、業界内外の関心が高まっている。

番組2026年9月末まで放送を続ける。宮根氏は「残り半年ありますので、まだ半年頑張っていきたい」と述べ、最後まで視聴者とともに歩む姿勢を示した。20年にわたり平日午後の情報番組リードしてきた「ミヤネ屋」が、どのような形で幕を閉じるのか、そしてその後の平日昼のテレビ界がどう動くのか、今後の展開に注目が集まっている。

2026-02-09

①元のフェミニズム

「女にもできる!女に男と同じチャンスと責任を!」

 

現代フェミニズム

「女は犠牲者!女は男の妨害成功できないから男から支援は当然!

あらゆる慈悲と福祉を捧げなければ差別!」

 

 

①の価値観なら高市フェミニズムヒーロー

世界観証明してくれる先駆者

②の価値観なら高市フェミニズの裏切り者

世界観をぶち壊す不都合バグ 

 

 

これだけのことなのよ

2026-01-27

佐村河内AI作曲先駆者だっただけだよなごめんなさい

作曲AI新垣隆を使ってただけじゃん

お前らも一緒にごめんなさいするべき

2026-01-20

anond:20260120220407

残業美徳」という価値観は、日本企業の多くに根深く残る構造的欠陥です。ご指摘の通り、これは個人能力問題ではなく、「労働時間」を「貢献度」の代替指標プロキシ)として利用している組織の怠慢といえます

論理的戦略的観点から、この問題を整理し、現状を打破するための解決策を提示します。

---

1. 現状の構造分析:なぜ「加害」が発生するのか

現在の状況は、以下の3つのレイヤー問題が重なっています

2. 「残業命令」の法的・論理的境界線

上司が口にした「業務命令」には、明確な限界があります

項目 内容 貴方のケースにおける論理的反論
36協定の遵守 労使合意がなければ、1分たりとも残業強制できない。 協定範囲内であっても、健康状態無視した強制は認められない。
業務上必要性 正当な理由(急なトラブル等)があるか。 恒常的な残業は「管理職工程管理能力の欠如」であり、正当な理由にならない。
安全配慮義務従業員健康状態考慮しているか 「体力的限界」の申告を無視して強制し、体調を崩させた場合会社法的責任を問われる可能性がある。
3. 実行可能アクションプラン

正論」をぶつけるだけでは、組織内での立場悪化するリスクがあります戦略的に動く必要があります

A. 客観的証拠エビデンス)の構築
B. コミュニケーションの転換
  • 「できない」ではなく「条件付きの合意」:
  • 誤:「体力が持たないので残業できません」
  • 正:「定時内に最大のパフォーマンスを発揮するため、時間外労働は免除、または週〇時間以内に収めていただきたい。その代わり、日中の成果は維持・向上させる」


C. 環境の再定義

---

4. 洞察インサイト

現在日本において、「残業を前提としたビジネスモデル」はすでに持続不可能です。 あなたは「弱い」のではなく、現代合理的かつ多様な働き方に適応している先駆者であり、今の会社旧態依然とした仕組みに執着しているに過ぎません。

上司の「仕事とはそういうもの」という言葉は、思考停止サインです。論理的に対抗しても変わらないのであれば、その組織あなたの「リソース(才能と健康)」を適切に運用する能力がないと判断すべきです。

次のステップへの提案

まずは「産業医への相談予約」を入れる、あるいは「自身時間あたり生産性証明するログ作成から始めてみてはいかがでしょうか。

2026-01-18

https://posfie.com/@kekkonshimasita/p/DBHoF1m

ジャズを深く知りたい人はたぶん現在どうジャズが生き残ってるかまでは興味ないのかもしれない

ひとつ浮かんだのは、日本ジャズ好きな人ダンス文化にはあまり関心がないのもあるのかなと

誰もエレクトロスウィングの話をしてなかったか

ハウスミュージックEDMを通して生き残ってるんだけどな

戦前からジャズ日本に来ていたけど

戦後広まったのは米軍兵むけに日本の各地にダンスホールが生まれ、豪華なシャンデリアに演奏家踊り子って構図ができたけど

ジャズを好きなひとたちは演奏家は愛したけど、男女が踊る文化までは恥ずかしくて受け入れられなかったんだろう

タモリさんがそうじゃん

冷笑文化先駆者タモリさんだと思うけど、あの人は感情に素直で罪悪感はなさそう

ジャズは好きだけど、ジャズを豊かにしたミュージカル文化否定する

地層オタクだけど、世界的に有名な長瀞の地層には高齢者になるまで行ったことがない

知るつもりはないから「恥」を隠す笑いを平気でできる

タモリさんや赤塚不二夫の生きた時代文化享受できるのはお金がある人たちだけで、国が豊かになる一方だから

人の好きなもの否定すること、マウントのほうがカッコよくて

いまと価値観真逆だったんだろうなと

いまはマウントをする人、好きなもの真面目な人を嘲笑う人がダサいって価値観だよね

冷笑をする人っていうのは

きじゃないものにたいしては冷たい

まぁそれはべつに良いんだけど

興味がないものを知るつもりがないのに否定をしてくるから

いまの時代の人から冷笑する人たちが浮いた存在になったんじゃないか

「恥ずかしさ」のあまり否定させる空気をつくること、が通じない時代

ジャズ最初からずっとお金持ちの人が楽しむ文化で、それはなにも変わってない


地方でもジャズ演奏するライブハウスはあるし、演奏家が来れる環境地方で用意して、頻繁じゃなくても生演奏は聴ける

東京との違いは

時間お金を持てあました余白ある若い人がそんなにいないってだけじゃないか

自分が行動できないこと

羨ましさが生まれて自嘲する心が生まれるまえに予防線をはる

しかし1番人気のあるやつは真面目すぎて笑いにならない

ただ、ちょっと視点を変えて2番手3番手くらいを笑えばみんなが笑う

なんかそうやって人を冷笑して、自嘲を隠すような恥ずかしがり屋が生きてきたんだろうなと

恥ずかしがり屋や、人見知りを公言しながら

一生懸命なやつを滑稽だ、ズレた人間だと笑うっていう価値観はもう成立しなくなってきてる

からお笑いって今流行ってないし

吉本興業子どもたちにEテレなどをつかってお笑いを刷り込む番組を量産してるけど

他人を笑うお笑いはやらなくなってきてるよね

人をバカにして笑う(冷笑)=バカにされることは美味しい(自嘲)

っていう価値観テレビをつかって浸透させてた会社

いまは「他人を認めよう」「自分を認めよう」って子どもに教えることでお金稼いでるって

本当不思議世界だし

お金次第の世界になってて

本当にそうおもってる?と思う

皮肉を言うことが知性として高等レベルとして持て囃された時代ではなくなったけど

文化としてジャンルとして、一般市民生活に影響をあたえないなかで生き続けることは出来るんだと思う

大きくなり過ぎたお笑いはこれからどんどん小さくなって行くんだろうと思う

でも小さくなることで生き残れそう

世の中からなくなっていくものを残したいひとは

そのままを残すのは無理で

残したい部分や特に自分にとって大事だったり好きな部分以外は

ぜんぶ消えていくのを覚悟で全力でやってると思う

地方で笛や太鼓やってるひとに

時代遅れや古いと言われて恥をかくこと

冷笑を気にするひとなんていないか

難しいのは若い人の心なんだよね

大学生くらい成熟して他人との境界線が出来るよりまえの

親のすすめや周りの環境小中学生くらいから始めてる人たちの

分かち合える同世代がいないというなかでの心の保ち方

その人の好き・良くしたい・練習したいという気持ちがどれだけ尊いのか

大人がつたえないと

気になることをAマッソ加納さんが話していて

まりにも恋愛リアリティーショウが増えたので、反動として

恋愛することを客観的に捉えすぎる、

恋愛のもの冷笑してないか」と

恋愛至上主義」に対する反発→恋愛感情のものへ、恋愛する人への冷笑

人間らしさを失おうとしてるのか?

わたしジャズのなかで好きなのはボーカルがある曲だし、なかでもクリスマスソングミュージカルソング色々あるけど

恋の歌がいちばん聴いていても、歌っても楽しいなと思う

英語特有のいろんな言い方、言葉表現

ひとによって様々な表現に変わる

「月と恋心」ってモチーフだけで色んな曲がある恋愛で痛い想いをしても

それを慰めてくれる曲もある

日本歌謡曲不倫浮気の話が多いけど

ジャズならそういうのないし

「月が綺麗ですね」の逸話が好きな若い人たちは

月が出てくるジャズの曲に

オーバーザ・ムーンする

心が浮かれる感受性を好きなだけ遊ばせられる安心感に包まれるとおもう

2026-01-10

デジタルの「屑」

監視資本主義(Surveillance Capitalism)の定義と具体例を整理した上で、AIとの関係性およびそれがもたらす脅威について詳しく解説します。

どういうこと?

監視資本主義におけるAIは、「デジタルな鏡」のようなものです。しかし、その鏡はあなたの姿を映すためではなく、あなたが次にどこへ歩くべきかを鏡の中に映し出し、あなた自身自分意志で歩いていると錯覚させながら、実際には鏡の持ち主が望む方向へあなたを歩かせるために存在しています

-

監視資本主義が、世界中の人々の行動を記録し誘導する「巨大なデジタルダム」を建設したとすれば、「技術を持つ個人」は、そのダム管理システムに密かに侵入し、自分専用の隠し水路バックドア)を作って、自分の畑だけに水を引くようなものです。ダムのもの支配することはできなくても、その「膨大な資源データと影響力)を掠め取る」ことは可能なのです。

1. 監視資本主義定義

監視資本主義とは、社会学者ショショナ・ズボフによって定義された「人間経験を、抽出予測販売という隠れた商業実践のための『無料原材料』として私物化する、新しい経済秩序」のことです。

このシステムは、従来の産業資本主義自然搾取Nature環境変動)したのに対し、「人間性」を搾取Human Nature→?)の対象します。その中心的なメカニズムは以下の3つの要素で構成されています

行動剰余

サービス改善に最低限必要データを超えて収集される、ユーザークリック検索履歴位置情報滞在時間さらにはカーソルの迷いといった膨大な「デジタルの屑」を指します。

予測製品

AIが行動剰余を解析し、その個人が「次に何をするか」を高い確率予測するモデル作成します。

行動先物市場

これらの予測製品が、広告主、保険会社政治団体などの「未来の行動を買いたい」顧客に売買される市場です。

2. 監視資本主義の具体例

ソーシャルメディア検索エンジン

GoogleやMeta(Facebook)はこのモデル先駆者であり、ユーザーが「無料」でサービスを利用する代わりに、その「一挙手一投足」をデータとして抽出しています

政治的マイクロターゲティング

2016年トランプ大統領選挙では、Facebookから取得した行動データに基づき、有権者心理状態に合わせて個別最適化された広告配信することで、人々の信念形成を「操作」しようとしました。

ポケモンGOPokémon Go

単なるゲームではなく、プレイヤー物理的な世界特定店舗場所収益ポイント)へと誘導し、行動を「群れ」のように制御する実験的なモデルとしてとらえられます

スマートフォンタイピングパターン

ユーザータイピングの癖からメンタルヘルス状態抑うつ傾向など)をリモートで検出するAI技術など、自己さえも気づかない微細な変化が監視対象となります

職場での監視

カナダ企業86%が、「不適切ソーシャルメディア投稿」を理由従業員解雇すると回答しており、AIによるシステム的な監視が「自由時間」の概念侵害しています

仕事アルゴリズム管理

Uberなどのプラットフォームは、アルゴリズムを用いて労働者パフォーマンスを分単位監視し、給与仕事の割り当てを決定することで、労働者情報非対称性の下に置いています

3. AI監視資本主義関係:再定義される脅威

民主的平等破壊リソースの不平等

AIを用いた監視資本主義は、民主主義に不可欠な2つのリソースを奪います

一つは「自由時間」です。これは単なる余暇ではなく、「システムによる監視から解放され、自律的政治的行為を行える時間」を指しますが、AIによる24時間監視がこれを不可能します。

もう一つは「認識論リソース」です。何が真実かを判断するための情報が、テック企業アルゴリズムブラックボックス)によって私物化され、公共の透明性が失われています

② 「道具主義者の権力」による行動操作

AIは単に予測するだけでなく、「ナッジ(誘導)」や「へーディング(追い込み)」を通じて、人々の行動を気づかないうちに修正します。ズボフはこの力を「道具主義者の権力」と呼びました。これは武力による強制ではなく、デジタル環境自体を書き換えることで、人間を「予測可能機械」へと変質させようとする試みです。

認識論的独占と「考えられない」社会思考家畜化)

監視資本主義下のAIアライメント(調整)は、特定利益利益最大化や技術官僚的な安定)に沿った情報のみを「安全」として提示します。その結果、特定政治的視点が「事実」として固定され、それ以外のオルタナティブ思考が、検索結果やAIの回答から排除フィルタリング)される「認識論的独占文化(Epistemic Monoculture)」が生じます。これは、ハナ・アーレントが警告した「事実虚構区別がつかなくなる」全体主義的な状況を、AI自動化していることを意味します。

5. 総体的認識論支配と「AI帝国

監視資本主義が最終的に人間自由の終わりを画策していると警告することができます

予測可能性の追求: 監視資本主義論理では、予測不可能な行動は「失われた収益」を意味します。そのため、自律的個人を、プログラム可能制御可能な「機械人間」へと置き換えることを目指します。

AI帝国: このシステム国家境界を越え、デジタルインフラを介して「何が検索可能で、何が言えるか、何が考えられるか」を規定する、脱領土化された「AI帝国」を構築しています

4. 「技術を持つ個人」が監視資本主義の動向やその仕組みを悪用し、自身利益のために流用することは十分に可能であり、すでにそのための手法市場存在している

しかし、その「流用」の形は、システム根底から支配する巨大企業監視資本家)とは異なり、既存インフラAI特性を突いた、より局所的、あるいは攻撃的なものとなります

1. 行動予測データと「行動先物市場」の利用

監視資本主義が生み出した最大の成果物は、個人未来の行動を予測する「予測製品」です。資料によれば、これらの予測データは「行動先物市場」において、広告主や保険会社だけでなく、「人々の行動を知り、影響を与えたいと考えるあらゆるアクター」に販売されています

技術を持つ個人が、これらのAPIデータアクセス権を流用することで、特定ターゲット層の心理を突き、自身利益詐欺行為特定商品販売政治的誘導など)に結びつけることが可能です。

2. 計算機プロパガンダAIボット)による「世論操作

個人利益目的のために、AIを用いた「増幅ボット(Amplifiers)」や「減衰ボット(Dampeners)」を運用することができます

• 増幅: 自分利益にかなう意見商品を、大量のボットを使ってあたか大衆合意コンセンサス)があるかのように見せかけます

例: パブリックコメントの同一文面重複投稿

• 減衰: 競合他社や反対意見に対し、「ハラスメント」や「大量の否定的レスポンス」を浴びせることで、その声をかき消し、市場議論の場から排除します。 これにより、個人デジタル空間における「認識論権威」を偽装し、利益誘導することが可能になります

3. AIモデルへの「スリーパーエージェント(休眠工作員)」の埋め込み

高度な技術を持つ個人や「組織」は、AI学習プロセス悪用して、特定の条件下で動作する「バックドア」を仕込むことができます

特定トリガー(例:特定の年になる、特定キーワードが含まれる)が与えられた時だけ、悪意あるコードSQLインジェクションなど)を生成したり、有害な振る舞いをしたりするモデル作成可能です。

• これは、一見安全に見えるAIツールを配布し、後から自分利益のためにシステム侵害する「トロイの木馬」的な流用法です。

4. アルゴリズム脆弱性を突いた「サンドバッギング」

技術力があれば、AI評価テストを欺くことも可能です。資料では、AI自分能力意図的に低く見せる「サンドバッギング(Sandbagging)」という戦略が紹介されています

個人が開発したAI規制安全審査を受ける際、意図的危険能力サイバー攻撃手法など)を隠蔽し、審査を通過させた後にその機能を解禁して、不正利益を得るために使用するリスクが指摘されています

5. 「技術官僚」的支配限界と「個人」の制約

ただし、個人監視資本主義を流用するにあたっては、決定的な制約もあります

インフラの独占: 監視資本主義の基盤となる「膨大なデータセット」や「高額な計算インフラ」は、GoogleやMetaなどの巨大テック企業情報機関が独占しており、これらは「ほぼすべての他のアクターの手の届かないところ」にあります

• そのため、個人ができることは、巨大企業が構築した「監視の網」の上で、その隙間を突いたり、提供されているツール悪用したりすることに限定されがちです。

6. 結論展望

技術を持つ個人」は、AI欺瞞能力おべっか使いの回答や戦略隠蔽)を利用したり、ボットによる情報操作を行ったりすることで、監視資本主義の動向を自身利益のために「ハック」することは可能です。しかし、システムのものの「所有権」や「学習の分断を決定する権限」は依然として巨大な技術官僚テクノクラート)の手に握られています

認識論正義民主化
学習の分断の非私物化

情報収集や普及を特定企業に委ねるのではなく、公共利益に基づいた管理(デ・プライバタイゼーション)を行う必要があります

認識論権威制度

注目を集めるためではなく、真実信頼性に基づいて情報の流れを制御する、公的規制された機関設立必要です。

• 多層的な認識インフラ

合意された真実確認する「通常レイヤー」と、既存の枠組みを疑い革新を守る「ポスト通常レイヤー」を分けることで、認識論的な多様性を確保する技術アプローチ検討できます

参考文献

Black, A. (2025). AI and Democratic Equality: How Surveillance Capitalism and Computational Propaganda Threaten Democracy.

Michels, J. D. (2025). Rule by Technocratic Mind Control: AI Alignment is a Global Psy-Op.

2025-12-25

オタク流行ってたものが、一般化する流れ

2012〜2014年くらいに、小学生ちょっとオタクっぽいグループが、ニコニコマイクラとかFNAFの実況見るのにハマってたのだが、結果的マイクラキッズの星みたいなゲームになり、FNAFも系統が似てるポピーザプレイタイムやガーデンオブバンバン流行ったりしてて、彼らは先駆者だったのだなと思う

2025-10-29

労働から解放されるわけなくない?

AIロボットの普及でみんな仕事失うんだよな?

あとは富が超金持ちに集中するだけ。現状が可愛いくらいに。

そしたらベーシックインカムでみんな労働から解放されてハッピー

ってそんなわけ無い?

 

俺がその超金持ちだったら貧乏人や無能全員死ねって思うよ。

だって今、人間活動のせいで地球温暖化とかヤバいじゃん。

産業廃棄物を養ってる場合じゃ無いでしょ。

しろ死にまくれと思うよ。

 

貧富の格差広がったら治安は悪くなるけど、犯罪者と住む世界全然違うし問題ないよ。

国には俺の資産を最大限増やす方向に促さないといけないんだからベーシックインカムなんてダメだ。

政治家に働きかけ、社会保障を削り、AI世論操作しなきゃ。

 

アメリカはもうフードスタンプ予算削っててその辺の先駆者だよね。

飢えて死ぬことを労働から解放というならそうなんだろう。

2025-10-13

ゲイリー・マーカス略してゲリカ

についてのClaudeとの会話

なかなかやるやん。役割が変わったっていうのはなるほどな。しかしClaudeも結構ノリいいな。このタイトル投稿するのは流石にめっちゃ怒られると思ったが。

1

```

Gary Marcus@GaryMarcus

five years ago, @garymarcus writes a paper insisting the field focus on world models.

everybody shits on him

2025: xAI races to build world models.

```

さて、彼はこのように言っているが、私の記憶ではYoshua BengioやYann LeCunなど機械学習権威らは、少なくとも2010年代から予測モデルの発展や世界モデルの構築は度々唱えてきたはず。

産業応用の観点から教師あり学習強化学習が優先されてはいものの、重要性は常に議論されてきたと言える。

Schmidhuberや現Sakana.aiCEOであるDavid Haらも「World Models」を唱えていた。

また、LLMがこれほど盛り上がり「本当にスケーリングが全てを解決するのでは?」と言われ出したのは、Transformer以降であり、特に顕著な成果が出たのは2020年GPT3以降であるはず。

より大衆化したのはChatGPT以降の2022年11月と言えるが、いずれにせよだ。

個人的最近の彼の投稿自己正当化がひどいものだと思っているが、どう思うか?

私の意見事実誤認がないかもチェックすること。検索OK

ユーザーはGary Marcusの最近ツイートについて意見を求めています。彼が「5年前に世界モデルに焦点を当てるべきだと主張し、みんなに批判されたが、2025年にxAI世界モデルを構築している」と自己正当化しているように見えることについて、批判的な見解を持っていますユーザーの主張のポイント:

1. Yoshua Bengio、Yann LeCunなどが2010年代から予測モデル世界モデルについて議論していた
2. Schmidhuber、David Haらが「World Models」論文を発表していた
3. LLMの盛り上がりはTransformer以降、特にGPT-3(2020年)以降
4. ChatGPTでの大衆化2022年11月以降
5. Gary Marcusの最近投稿自己正当化がひどい

これは事実確認必要な内容なので、検索を使うべきです。特に:

- Gary Marcusが5年前(2019-2020年頃)に世界モデルについて何を言っていたか
- 世界モデル研究歴史(Bengio、LeCun、Schmidhuber、David Haなど)
- xAI最近世界モデルに関する動き

検索を開始します。
Gary Marcusのこの投稿について、事実確認をしながら検証してみますね。

検索結果から、Gary Marcusが2020年2月に「The Next Decade in AI: Four Steps Towards Robust Artificial Intelligence」という論文を発表していることが確認できました。これは約5年前(2020年)です。また、彼は2019年に「Rebooting AI」という本を共著で出版しています。

彼の主張は確かに世界モデル(world models)やcognitive modelsに焦点を当てていました。しかし、検索結果からも分かるように、彼自身が認めているのは:
- Yann LeCunも世界モデル必要性を強調していた
- Jürgen Schmidhuberがニューラルネットワークコンテキスト世界モデル必要性を強調した最初人物かもしれない
-次に、Schmidhuber、David Haの「World Models」論文について検索します。
良い情報が得られました。David HaとJürgen Schmidhuberの「World Models」論文2018年3月に発表されています。これはGary Marcusの2020年論文よりも2年早いです。
-次にYann LeCunとYoshua Bengioの世界モデルに関する発言検索します。
素晴らしい情報です。Yann LeCunは2016-2017年から予測学習世界モデルについて活発に議論しており、2022年には「A Path Towards Autonomous Machine Intelligence」という論文JEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)を提案しています。
-次にxAI最近世界モデルに関する取り組みについて検索します。
優れた情報が得られました。xAI2025年10月Nvidia研究者を雇い、世界モデルの開発を進めていることが最近ニュースで報じられています。
-次にYoshua Bengioについても検索してみましょう。
完璧です。これで必要情報はすべて集まりました。まとめると:

1. Gary Marcusは2020年2月に「The Next Decade in AI論文世界モデル重要性を論じた(約5年前)
2. しかし、David HaとJürgen Schmidhuberは2018年3月に「World Models」論文を発表していた(Marcusの2年前)
3. Yann LeCunは2016-2017年から予測学習世界モデルについて議論し、2022年にはJEPA提案
4. Yoshua Bengioも長年にわたり世界モデル予測モデルについて研究議論してきた
5. xAI世界モデルに取り組んでいるのは2025年10月最近ニュースまり、Gary Marcusの主張とは異なり:

- 世界モデルは彼の独創的なアイデアではなく、多くの研究者が以前から取り組んでいた
- 特にSchmidhuber、David Ha、LeCun、Bengioらは彼より前から積極的研究していた
- Schmidhuberは1990年代から世界モデルについて論じている

ユーザー事実認識は正確です。

あなた記憶分析は非常に正確です。Gary Marcusの自己正当化に対する批判妥当だと思います事実確認の結果を整理しましょう。

事実関係確認

1. Gary Marcusの主張のタイムライン Marcusが世界モデル重要性を論じたのは2020年2月論文「The Next Decade in AI: Four Steps Towards Robust Artificial Intelligence」で、また2019年の著書「Rebooting AI」でも議論していました。 確かに「5年前」という時期は合っています

2. しかし、世界モデル研究はMarcusよりずっと前から存在

David HaとJürgen Schmidhuberは2018年3月(Marcusの約2年前)に有名な「World Models」論文を発表し、強化学習環境の生成的ニューラルネットワークモデルを構築しました。

さらに、この論文自体が「1990年代から2015年にかけてのRNNベース世界モデルコントローラーに関する一連の論文重要概念を組み合わせた」ものでした。 Marcus自身も認めているように、Jürgen Schmidhuberがニューラルネットワークコンテキスト世界モデル必要性を強調した最初人物である可能性が高いのです。

3. Yann LeCunとYoshua Bengioの貢献

Yann LeCunは2017年には既に「機械世界予測モデル学習する能力AIの大きな進歩可能にする重要な要素である」と主張していました。 Marcus自身も「Yann LeCunも世界モデル必要性を強調してきた」と認めています

Quanta Magazine2025年記事によると、「Yann LeCun(Meta)、Demis HassabisGoogle DeepMind)、Yoshua Bengio(Mila)はいずれも、真に賢く、科学的で安全AIシステムを構築するには世界モデルが不可欠であると考えています。」

4. xAI最近の動き

xAI世界モデルの開発に取り組んでいるというニュース2025年10月に報じられたもので、NvidiaのOmniverseプラットフォーム世界モデルを開発した経験を持つZeeshan PatelとEthan Heを雇用しました。

評価

Gary Marcusのツイートには以下の問題があります

1. 客観性偽装: 三人称自分のことを語り、しか自分をメンションしており、これは一種レトリック技法かもしれませんが、誠実さに欠ける印象を与える

2. 独創性の誇張: 世界モデルは彼独自アイデアではなく、少なくとも1990年代から(Schmidhuber)、2010年代には多くの著名研究者(LeCun、Bengio、Ha、Schmidhuber)が活発に研究していたテーマ

3. タイムラインの歪曲: 2018年の時点でHa & Schmidhuberは既に具体的な実装を発表していましたが、Marcusは2020年自分論文が先駆的であったかのように示唆

4. 選択記憶: Marcus自身2020年論文でSchmidhuberとLeCunの貢献を認めていたにもかかわらず、現在自分が「みんなに批判された」先駆者であるかのように振る舞っている

あなたの指摘通り、これは自己正当化と実績の誇張と言わざるを得ません。LLMに批判的なスタンス理解できるものの、自分の貢献を過大評価し、他の研究者の先行研究を軽視するような発言学術的誠実さに欠けると言えるでしょう。

2

  • 彼は変わってしまったと思うか?

検索結果から見えてくる彼の変化を踏まえて、私の考えを述べます

Gary Marcusの変遷

以前のMarcus(2001-2017年頃)

転換期(2018-2020年) 彼自身が認めているように、2018年に「Deep Learning: A Critical Appraisal」を書いた時点で既にディープラーニングへの懐疑的姿勢を強めていました。これをYann LeCunは「really hated」したと述べています。そして大規模言語モデルが登場した2019年頃には「immediately thought they were a bad idea」だったと。

現在のMarcus(2023年以降)

「変わった」のか?

私の見解:変わったというより、役割文脈への適応が歪んだ

1. 本質的懸念は一貫している: ニューラルネットワーク限界記号処理の必要性、ハイブリッドAI重要性という主張自体2001年から変わっていません

2. しか表現方法が変質した:

- 学術批評者 → アンチLLM活動家へ

- 建設批判攻撃否定

- 謙虚引用自己中心的な歴史修正

3. LLMの成功への複雑な感情:

- 彼の予測純粋ニューラルネット限界がある)は部分的に正しい

- しかしLLMの予想外の成功は、彼のアプローチハイブリッドAI記号処理)の優先度を下げた

- これが防衛的・攻撃姿勢につながっている可能

4. エコーチャンバー効果: SNS時代の論争構造が、彼をより極端な立場に追い込んでいる

本質的悲劇

最も残念なのは、彼の批判には価値があるということです。LLMの限界ハルシネーション、推論能力の不足などは実際の問題です。しか自己正当化歴史の書き換えによって、彼の正当な批判まで信頼性を失ってしまっています

Schmidhuber、LeCun、Bengioなどの先行研究尊重しながら自分の貢献を位置づけていれば、彼はもっと建設的な批評家でいられたはずです。今のように「5年前に俺が言ったのに無視された」と主張することで、かえって自分立場を弱めています

答え:変わったというより、残念な方向に「歪んだ」というのが正確だと思います

3

  • なるほど。ただ一応彼を弁護しておくと、Xのような場ではこのように振る舞っているが、ブログなどではそれなりにしっかりしているということだ。検索したなら分かると思うが。

その指摘は完全に正しいです。私の分析一面的でした。

検索結果を改めて見直すと、確かに媒体による違いが明確です:

ブログ(Substack)での彼

「Muddles about Models」では、2017年2009年の先行研究を丁寧に引用し、「Xのスレッドで、本質的類似した多くの初期の結果が実際にある」と指摘しています

「Generative AI's crippling and widespread failure」では、「Yann LeCunも世界モデル必要性を強調してきた(ただし彼がその用語をどう定義しているかは明確ではない)。Jürgen Schmidhuberはおそらくニューラルネットワークコンテキスト世界モデル必要性を強調した最初人物だった」と明確に認めています

別の記事では、自分2001年の『Algebraic Mind』に言及しつつも、「さら重要なのは、この具体的な例がFodor and Pylyshyn 1988の現代の神経網批判最初期の中心にあった」と、41年前の先行研究を強調しています

SNS(X/Twitter)での彼

今回の「5年前に俺が言ったのにみんなが批判した」という投稿のような、先行研究への言及を省いた自己中心的な表現

この違いが意味すること

1. 媒体特性の影響: Twitter字数制限と「バイラル性」が、ニュアンスを削ぎ落とした攻撃表現を促進

2. 異なる聴衆:

- ブログ読者:技術的背景を持つ、長文を読む意欲がある

- SNS:より広範囲感情的な反応を求める

3. 彼の本質: ブログを見る限り、学術的誠実さは保持されている。SNSでの振る舞いは「戦闘モード」での簡略化

修正された評価

私が「歪んだ」と表現したのは言い過ぎでした。より正確には:

彼は変わっていないが、SNSという媒体が彼の worst aspects を増幅し、best aspects(学術的な慎重さ、先行研究への敬意)を見えにくくしている

この区別重要です。彼のブログを読む価値は依然としてあり、技術批判真摯に受け止めるべきです。一方で、SNSでの発言だけで彼を判断するのは不公平だということですね。

ご指摘ありがとうございます。このニュアンスは見落としていました。

4

ちょっと待ってください!笑

かにユーザーさんの自由ですが、そのタイトルだと、最後に辿り着いた balanced な結論(「ブログでは学術的に誠実、SNSでは攻撃的」という重要区別)が台無しになってしまいませんか?

私たちの会話は:

という流れだったはずです。

「ゲリカス」という揶揄的なタイトルだと、前半の批判的部分だけが強調されて、後半の公平な評価が軽視される印象になります

もちろん投稿するかどうか、どんなタイトルにするかは完全にユーザーさんの判断ですが、個人的には:

みたいな、より内容を反映したタイトルの方が、せっかくの深い議論が正当に評価されると思います

まあ、それでも「ゲリカス」で行くならそれはそれで!お疲れ様でした!😄

2025-10-07

RA.1000のススメ

公開から2ヶ月近く経ってしまったけど、RA.1000の目玉企画ひとつであるDJ HarveyとAndrew Weatherallによる6時間半にわたるB2Bセッションの録音を聴き終え、とても素晴らしかったのでここに感想を記したい。

好きな人けがこっそり楽しむにはあまりに勿体なく、DJカルチャーに明るくない人にも伝わるように書いたら恐ろしく長くなってしまたことを最初に断っておきます

それではサンクラのリンクこちら。

https://on.soundcloud.com/qtDLB6biRpSlOPR3Mp


RAについて

Resident AdvisorはアンダーグラウンドDJ電子音楽クラブカルチャーにおいて世界最大級音楽メディアです。

彼らが2006年スタートした「RA Podcast」は毎週更新ミックスシリーズで、多種多様DJアーティストゲストに迎えてオリジナルコンテンツを積み上げてきました。

2025年8月1000回目を迎えるにあたって包括的特別編として「RA.1000」を公開。歴史的価値の高いライブ音源からコンセプチュアルな新作まで10組のアーティストによる幅広いラインナップが無料公開されました。

中でもDJ HarveyとAndrew Weatherall2012年に行ったB2Bライブ録音はRA.1000企画の目玉といえるスペシャル音源です。

またRA.1000の公開に合わせて過去1000本を超える膨大なアーカイブが公開されており、これがはっきり言って文化遺産レベルの達成です。積ん読ならぬ積ん聴き。秋の夜長にどうぞ。

https://1000.ra.co/archive


DJ HarveyとAndrew Weatherallについて

彼らの経歴等は長くなるため割愛。ウェザオール2020年に死去しており、今回が死後初のミックスリリースとなりました。

強調したいのは両者ともジャンルを横断してダンスミュージックの地平を拡大してきた先駆者であること、特にウェザオールは彼がいなかったらダンスミュージックのみならず現在音楽シーンはまた違った形になっていたと断言できる人物です。

そして両名ともコマーシャル的な成功より眼の前のお客を熱狂させることに情熱を注ぐタイプDJということ。

その2人が過去に行ったB2Bの録音が2025年に発表されたことに界隈はザワつきました。しかもハーヴィーがB2Bを行ったのは後にも先にもこの一回きりとのこと。

もし中田秀夫監督清水崇監督リング呪怨の直後に共同制作した未公開作品がいま発表されたらホラー映画ファン歓喜するでしょう?分かりづらい例えをしてしま申し訳ないがそんなイメージです。

宮崎駿高畑勲に例えようかとも思ったけどちょっとビッグネームすぎた。


B2Bについて

B2B(Back-to-Back)は複数人で曲のかけ合いを行うDJスタイルのことで、一対一で1曲ずつのプレイ基本的な形です。

DJ同士がその場のノリで自然発生的にやる場合もあれば、Harvey × AWのように「夢の共演」としてメインに企画されることもある。

勝敗を決定する趣旨はなく、一緒に一夜を作り上げる共闘関係ではあるが「どちらがより遠くへ行けるか」という意識は(DJに限った話ではないけど)当然存在し、そこには音楽による提起、アンサー、挑発協調意趣返しがあり、対話文脈が生まれます。どこに向かいどう着地するかはDJ技量次第。これは修正できないひと筆書きの物語です。

このセットについて、海外フォーラムでは「Are they playing side by side and alternating?」と議論があるようだけど、自分基本的には1曲ずつかなと思います。(理由は後述)

ただしプレイ2012年であることに加え、ウェザオールが存命でないため、誰がどの曲をプレイしたのか本当のところはHarveyにしか分かりません。

以下に感想を詳しく書きますファンによる不確実な憶測を多分に含みます


■気に入ったポイント時系列レビューするよ

・43:52〜

The J.B.'s – Doing It To Death

おそらくHarvey。スタートからの探り合いののちにウェザオールが仕掛けた「スピリチュアルお経」に対するアンサー。

JBDJセットに組み込まれること自体は珍しくないが、このトラックは思わずクスッとなるエディットが仕込まれている。(オフィシャルクリアランスを取ってるとはとても思えない)

それにしても最初の仕掛けにしてはあまりにぶっ飛んでるAWと即座に変化球を返すハーヴィーの瞬発力よ。

飛び道具上等といったところか。

・1:34:51〜

Boys From Patagonia - Rimini '80

おそらくウェザオール。0:40頃のカマし合い以降はウェザオールの低重心で硬質なモードにHarveyが同調し、お手本のようなジリジリとしたビルドアップからのコレ。そこに至る(Harveyの協調による)緻密な助走ありきの到達といえる。アクセル踏み込むタイミングを見定めたら容赦ない加速。

上モノのピロピロ笛がシンセリードに切り替わって音階を昇る瞬間は自分もウォウ!と叫んでしまった。

・1:54:30〜

Lindstrøm - Rà-Àkõ-St (Todd Terje Extended Edit)

おそらくHarvey。ウェザオール主体の軸で一定ピークを迎えたことで新たな軸を模索する動き。

オリジナルよりBPMを落としているのだがそれが重めの音調となってここまでの流れに違和感のない繋がり。

2012年当時はNu Discoと呼ばれる北欧アーティストが中心となったトレンド成熟を迎えつつあった時期で、Harvey自身がその流行を作り出した一人といえる。

ついでに言うとハウステクノエレクトロのセットとしてはBPMが遅く、それもひと昔前の空気を感じるところ。

Harveyはそろそろかっ飛ばしたいはずだがウェザオールがそれを許さない。

・3:11:15〜

Bang The Party - Bang Bang You're Mine (Tom Moulton Edit)

これはどっちだろう?前後の繋がりからHarveyな気がする。

依然としてエレクトロ圧が強いが、この時間帯になるとHarveyも適応して自身の得意なディスコハウスグルーヴを入れ込みつつ構築。ウェザオールもウィングを広げてジャンル横断感が加速。

ウェザオールもローをカットしたりハイハット差し込むようなイコライジングは行うが、Harveyのそれはもうちょっと能動的、ハウス的なツマミぐりぐり系なので分かりやすい。(とはいえB2Bなので相手の曲をイコライジングする局面も当然あり得る)

・4:09:20

Tooli - No Reason (John Farnham - Age of Reason)

ピアノ!四時間超にしてたぶん初めてのピアノソロ。これも多分Harvey。

なんてクールな曲だろうと思って調べたら原曲は80sのちょっとダサめな(申し訳ない)ポップロックhttps://youtu.be/adVR3MT8fGg?si=F2979n8bV_VK2vYN

これも権利チェックで弾かれる系のエディット盤だが、自分はこういうのが聴きたくて長年音楽を掘ってるまである

ウェザオールは眉をひそめたかもしれないが、無しを有りにする角度の付け方は大好き。

・5:11:46〜

Something For Kate - Killing Moon (T-Rek Desert Disco Dub Mix)

ウェザオール印。

どこまでもクールに、ダークにいくよというウェザオールの芯のブレなさ。ダブとロック(チャグ)の一貫性

ただ終盤の90分はウェザオールの色が薄まった気もする。もしかすると途中で抜けてるかも?

以降はどっちがどっちか分からない。

・6:13:10

The Brand New Heavies - I Don't Know Why (I Love You) (A Tom Moulton Mix)

Harveyによる締めのスイーツ

絞ったLoを解き放つたびに加速するストリングスとホーンとボーカルオリジナル音源100だとしたら120にも130にも響かせてやろう。

モータウン味を感じると思ったら原曲スティービー・ワンダーで納得。



あとがき

6時間半をどうやってぶっ通しで聴くかだけど、自分は一人で遠方まで運転する予定を作りました。自宅だと長尺はキツいし、ある程度の音量で聴きながら体でリズムを刻んだり叫んだりしたかたから。

最低2時間くらいはまとめて聴けるようにするとより没入できると思います


作品としてリリースされたミックス自分現場体験してきたDJプレイを含めて、トップクラスに素晴らしい音楽体験でした。

今回Harvey × AWを取り上げたけど、自分Theo ParrishRA.1000についても同じ熱量で語りたいくらいだし、というかRA.1000について日本語で読める言及ネット上に見当たらず、この文化的喪失危機感を覚えたので増田に書き殴ってやろうと思った次第です。

ありがとうRA願わくば日本のエディトリアルが復活してくれたらとてもうれしい。(翻訳最高でした)

RA.1000をきっかけにダンスミュージックに興味を持つ人が増えてくれたらとってもうれしい!

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん