はてなキーワード: シークエンスとは
俺めちゃくちゃデブ専なんだけど、大鶴肥満の身体見て改めて自分って異常性癖なんだなって思った。文春オンラインの記事に載ってた服脱いで正面から見た大鶴肥満、細いわ。(細くない。実物見たこともあるけどもちろんデカい。横から見たときが本当に感心するデカさなので痩せてしまう前に1回は生で見てみてほしい)(それはそれとしてダイエット頑張ってください)
ファンボとかTwitterに生息する肥満体女を描いてるデブ専絵描きが描く肥満化シークエンスとかって大鶴肥満の体型はスタートから中盤くらいにあたるんだよな、俺はそれにめちゃ興奮する。
デブ専って結構参入ハードルこそ低めだから異常性癖って言われるとちょっとムッとしてたけど結構自分はレベル越えてるんだと気づいた。ほぼ二次元限定性癖なんだけど、1回くらい160/150くらいの女の子抱きたい。俺は175/54のクソ雑魚なんだけどな。
持ち味をイカせッッ!34点。
パーティ会場でKYクソハゲ科学者が突然ふらふらと移動し始め首を掻っ切られる事件が発生。主人公の刑事と女刑事が捜査を始めるがなぜか軍が介入しめちゃくちゃになってくる。その捜査線上に浮上した彼の同僚の女科学者を2人で護衛することになるが見えない悪の手が忍び寄ってきて……
みたいな話。
ネットフリックスに来てたから見たんだけど、なんか1がなかったんだけどたぶん1ってケビン・ベーコン主演のやつだよね?そっちは小学校くらいの時に見て怖くて面白かったような記憶があったりなかったりする。まぁそれに比べるとだいぶ良くない映画だったのは確か。
特によくないのはねぇ。
最初から透明なのはまぁ、人が透けていくカッコイイ演出はもう前作でやったからいいんだという判断だとして、冒頭のパーティ会場という人の密度が高く不規則行動が多いいところに透明人間が忍び込んで殺害に及ぶっていうシチュエーション自体がそんなわけなくね?透明なんだからもっと確実で適切な殺害プロセスがあるくね?って普通に考えたら思うよね。
そしてその後、女科学者宅に侵入を許して彼女を逃がすために主人公と女科学者がめっちゃ人込みをかき分けながら走って逃げるんだけど透明人間も律儀に人込みをかき分けて追いかけてくる。いや、その追跡方法なら透明人間である必要なくね?むしろ人込みで他人から自分が見えてないことで追跡が困難になってるだけじゃね?
まぁそれを活かした主人公たちが車道を無理やり横断してバカな透明人間がそれを追いかけて車道を横断するも運転手から見えないから普通に轢かれる展開は面白かったけどさ。まぁ、面白かったとバカすぎるだろという萎えの半々。透明人間だから面白かったところってマジでここだけだからね。いや、実写版ゴースト・イン・ザ・シェルの光学迷彩水上バトルを先取りした雨の中での戦闘シーンもギリおもしろかったか。
元特殊部隊員で透明人間にされてしまった男はその後もなんかずっと人込みを狙って犯行を仕掛けてくる。お前はお前の透明性を活かした活躍方法ってもんを思いつかんのか。まぁ、透明だから武器持てないって問題はあるか。いやだから透明度の高いガラスの武器を作りましたとかあるやん。特殊部隊員なんだからさ!
で、普通に考えて相手が透明人間だと思ったらその対策を用意しそうなもんじゃん。GPS入りの弾、は警官が普通に使うにはリアリティがないにしても、例えばラッカーとかペイントボールとか服に塗料をギトギトにしみこませておくでもいいよ。身体には悪いだろうけど死ぬよりはええやん。そんな感じで透明である相手を着色する方法を考えるべきなのにそういうのが一切ない。暗視機能のあるハンディカムを使うくらい。
暗視機能のあるハンディカムで言えば、序盤で急によくわからんバカップルがお互いのエッチビデオ撮影してるシーンが急に挟み込まれてその暗視機能使って撮影してるところに透明人間が映り込むっていう展開があるんだけど、まずなんで素人が暗視機能使ってエッチビデオ取るんだよ、部屋の電気つけろよ変態すぎるだろって話だし、そもそもなんで何の関係もないバカップルのエッチビデオ撮影会に参戦してんだよ。
終盤でこの透明人間プロジェクトは軍主導で政敵を排除するために利用されていたが、透明人間はそれに反して自分の意思で快楽的に人を殺すようになった!という設定が出てくるんだけど、だったら原因不明の殺人事件がめっちゃ起きててその捜査の一環で科学者殺人事件に関わるようになったって設定をちょっと入れりゃいいだけだけどそれもない。
ちなみに俺が覚えてる限りだとそのバカップルがどうなったかもよくわからない。死んだんじゃないの~?
そんなこんなで軍はその事実を隠ぺいするために、いや今そんなことしとる場合かと思うんだが透明人間を追う主人公をむしろ犯人扱いして指名手配。それから逃れるために主人公も透明人間薬を飲んで透明人間になりさっきもちょっとあげた、雨の中での透明人間同士の戦いシークエンスになる。20年前の映画だからしょうがないけどもっといいヴィジュアルになった気はするんだが、ここはまぁ面白くはあったかな。
そして女科学者を脅して作らせた解毒剤として注射された薬が実は殺鼠剤だったこともあって犯人は死亡し、主人公は透明人間のまま姿を消すのだった(物理)。何の話やこれ。
まぁ、そんな感じ。
とにかく元特殊部隊員の透明人間って設定をイチミリも活かせてなくて何を考えてこの映画撮ったんや。すべての映画をこいつにに撮らせろでおなじみの1作目の監督であるポール・バーホーベンが見たら気絶するぞ。まぁ製作葬式にクレジットされてるから見たんだろうけどさ。
この映画見るくらいだったら1を2回見た方がいいし、1を2回は多いなぁと思うなら1と新作の方の透明人間を見た方がいいと思う。
ロシアのレペゼン・タランティーノ、不条理ハードコアコメディを撮るの巻。66点。
恋人に頼まれて彼女の父親であるハゲの悪徳警官を殺しに彼女の家を訪れた主人公。出会い頭に一発くらわすはずが間が悪く失敗、父親に迎え入れられ世間話をする中で訪問の目的がバレ、戦闘に突入してしまう。アパートの一室で悪徳警官をめぐる不条理大バトルが今始まる。
みたいな話。
いや、意外によかった。
特によかったのは劇伴の使い方かなぁ。昨今流行りのオールディーズを流すようなタイプではないんだけど、妙にポップで明るいワンループの楽曲がジリジリした緊迫したシーンでも流れているんだけど、画面内でアクションが起きるとフッと止まって無音になる。で、次に何が起きるんだ……とジリジリ無音の時間が過ぎ、また流れ出す。
この劇伴と無音で作品の動と静をうまく演出していてめっちゃよかった。あと効果音の使い方がめっちゃ俗っぽくてそれもよい。死体が写るときにバキューンって入るとか。
アクションも頑張っていて。冒頭、殺害の意図がバレた主人公とハゲが戦闘になるシーンではドタバタアクションながらもしっかりロジックが成立してるし。ハゲが主人公を壁に向かって投げつけたら壁に穴が開いて主人公のケツだけ壁の向こうに突き出しちゃうのとかさすがに笑ったし、バトルの途中で両者息を切らせて同じソファに並んで座るのもありがちだけど良い。
なんかそんな感じでガチでやりながらも常にちょっとコミカルなんだよな、この映画。
捕縛された主人公は脱出のシークエンスもありつつ(ここのヘアピンを使って手錠を開けられる豆知識を披露しつつ、でも最近の海外製のはそれ無理なんだよね~ってなるズラし演出もいい)、主人公が誰に雇われた殺し屋なのかを吐かせるためにハゲが電動ドリルで主人公の足に穴をあける激痛シーンがあるんだけどさ。いやお前首でも切り落としたんか?ってくらいド派手に血が出るので逆に痛みが和らいでいて、これは意図したものなのかなってちょっと気になった。
そこ以外にもハゲの同僚の悪徳警官が腹撃たれて内臓出てるシーンもなんかコミカルで痛みを感じないし、最後に主人公の恋人が首を討たれて血が噴き出すシーンも妙に小ぎれいでやっぱり痛みを感じない。大量の血が出るんだけどなんかそれに悲壮感がない不思議なテンションの映画だなと思った。
登場人物の中では唯一の常識人であるハゲの嫁があまりの大惨事に世を儚んで首吊り自殺しようとするんだけど、それに気づいた娘が足元を支えてハゲが首吊りのロープを切った結果、垂直上体を維持できなくなった嫁がぶっ倒れてトイレの棚に頭を強打して死亡する不条理展開もよかった。
作劇としては「主人公」「ハゲの同僚」「娘」の3シークエンスが順番に展開され、それぞれがどんな意図をもってこの場に挑んでいるのかというのが次々明かされて、最後まで見るとだいたいこういう話だったのねと言うのがわかるようになっているのはティーノっぽい。
最終的に主人公の恋人でハゲの娘が「劇団やりながら生活するの大変やし金欲しいなぁ」ってことで、ハゲからの性被害をでっち上げて主人公にハゲを殺させようとしたけど失敗したっぽいから口封じに主人公をぶっ刺してハゲは自分で殺すわ!つってショットガンでハゲを撃ち、瀕死のハゲに撃たれて死ぬ。という、もうめちゃくちゃだよ!と言う感じになる。そして、ハゲに顔面にPCをぶつけられドリルで足に穴を開けられ恋人には包丁で腹を刺された主人公は、愛する恋人に寄り添い静かに眠りにつくのだった。
と思ったけど、なんか全然死ねないし帰ろ!と明るいエンディングを迎えるズラしもよかった。タフすぎる。
そんな感じかな。
なんか見て学びがあるとかすごい洗練された映像があるとかではないんだけど、タランティーノ的なオフビートな不条理スリラーを撮りたい!撮ったった!という監督の気概は感じたし実際そうはなってるのでタランティーノ好きな人は見てみても全然いいと思う。
舐めてた相手がキレやすい暴力衝動が抑えられない中年の殺人マシーンでしたものの決定版だと思う、78点。
工場勤務で美人の妻と可愛い2人の子供と暮らす冴えない主人公は毎日鬱屈とした日々を過ごしていた。ある日、家に強盗が入る。撃退できそうな場面を見逃したことで息子からは軽蔑され娘の大事なものを盗まれ、我慢の限界を迎えた主人公は強盗の家を探し出す。いろいろあって家に帰る途中に酔っ払ったロシア人連中がバスに乗り込んできてイライラしていた主人公は彼らをボコボコに。その中にロシアンマフィアの弟が含まれており復讐の的になる。襲い来るマフィアの部隊を返り討ちにした主人公は反撃に乗り出す。まるでイコライザーみたいな展開が幕を開ける。
みたいな話。
内容的にはジョン・ウィックだしイコライザーなんだけど撮り方と設定でこの作品ならではの感じを確立していて腕あるなぁって思った。
特にオープニング後のジャンプカットを多用した「繰り返される日常」描写は演出としてもカッコいいし、主人公が置かれた状況の開示として映画的に処理されていてめっちゃよかった。しかもその日常カットがどんどん短くなってすぐに強盗シークエンスに入るスピード感も完璧。ただ、あんだけ毎回ゴミ出し失敗してたら家がゴミで埋もれてまう。しっかりしろ。
オールディーズがアクション、爆破シーンなどにかなり多く挿入されているのは今どきっぽくてよいし、だいたいゆったりした曲なのでこのバカアクションン映画に通底する「過去からは逃れられない」「ミドルエイジクライシス」の哀しさを表現しているのはこの作品特有だなって思った。オールディーズってのが主人公が求める「若き日の栄光」を表しているんじゃないかな。わからんけど。
そして主人公のキャラもよくて、ハゲで髭面で腹の出た工場の中間管理職のおっさん。家族とうまく行ってないわけじゃないけどリスペクトは得られておらず、隣人や職場のいかにもアメリカンマッチョには見下され、今の生活に物足りなさを覚えており職場を買い取って自分の城を構えようと頑張っているって設定は感情移入度満点だし、この鬱屈とした生活が後の暴力の爆発につながっているのも納得力が高い。
敵も当然のようにロシアンマフィアなんだけど自分の趣味も兼ねたクラブでウェーイしながら一方でマフィア連合の年金基金みたいなやつの管理をさせられていてうんざり。また他の組にも舐められないように暴力にも出ないといけないしで、上司は上司でつらいよという感じで主人公と対比させられているのもよい。
そして主人公は大事にしていた自分の家を後始末として燃やし、その後、マフィアの年金を全部燃やしてしまう。互いの重荷を焼き尽くした2人は手元に残ったそれぞれの仲間だけを引き連れ、最終決戦に臨むという展開もよくできてる。
自分が絶対にこいつは変われないと思いながらも殺し損ねた男が本当に幸せな家庭を築いているのを見たときに生まれた「俺もああなれるかもしれない」という祈りに似た願望と、そして変わって得た鬱屈とした日々、そして甘美な暴力という名の誘惑。イコ、ウィックとかと比べると一番人間味のある話だったな。
アクションは全部いいから逆に言うことないんだけど、強すぎるんだけど強すぎないちょうどよさがあってぇ(矛盾)。
最初の大見せ場であるバスに乗り込んできたロシア人をボコすアクション。うわつよ!ってなる驚異的だけど泥臭い格闘スキルを発揮しながらもバーに頭をぶつけられたり複数戦してるところを後ろから刺されたりとリアリティのある強さに収まってる。そして、ぶん投げられてバスから放り出されるんだけど、ここが彼が「社会」から放り出された瞬間であり、バスの中に残った「暴力の世界」に自らの意思で戻り、積極的に武器を使い命に届く攻撃を繰り出す側に回るのもストーリー性があってよかった。
そして暴力の世界に帰ってきた主人公は男らしさを取り戻して冴えないオッサンから気前のいい男前にランクアップ。傷を治してくれた妻を求めたりするし、家に敵が攻めてきたら妻を隠すときに熱烈なチューもしちゃう。フゥ~。この家攻めのシークエンスもその場で撃退じゃなくて敗北して誘拐された後に脱出と一ひねり加えてくるのもグッド。
監督がFPSワンカット(風)映画出身だけあって、アクションデザインと長回しのセンスが良くて、なおかつバス内ならバス内、家庭内なら家庭内、工場内なら工場内のギミックを使った豊富なアクションギミックのバリエーションの多さはさすがに舌を巻くレベル。さらに広範では古き良きカウボーイの生き残りのおじいちゃんと現代的スナイパーのRZAも加わって人依存のアクションパターンも増えて大満足。
人アクションだとジョン・ウィックに軍配が上がるけどギミックアクションとしてはかなり上回ってると思う。近年まれにみるレベル。
そんなわけでアクション映画好きにはマストでオススメだし、ミドルエイジクライシスを迎えつつある抑圧された中年には余計刺さるんじゃないかな、知らんけど。
エイリアンシリーズっぽさを全開にしたSFアクション映画の佳作で最後のキモ巨人以外は満足度高くて71点。
ウェイランド社の所有する採掘星で搾取され尽くしている主人公とその弟分のポンコツアンドロイド。彼女らは同じく搾取され仲間たちに廃棄されたウェイランド社の輸送船を乗っ取りこのクソッたれ星から脱出しようぜと持ち掛けられる。しかしその船はエイリアンの研究船だった。次々に襲い掛かるフェイスハガーにうっかり蘇らせたアンドロイドによる妨害を潜り抜け、主人公たちはなんかうまいことすることができるのか。
みたいな話。
プロメテウス、コヴェナントとデビット2部作を見てその流れで見たのでてっきり3部作の完結編かと思ったらそことはあんま関係ない普通のエイリアンシリーズの映画だった。時系列的には1と2の間になるらしい。ただ、2部作に登場したエンジニア関係は割とうまいこと拾ってた印象。
オープニングシークエンスがよくてねぇ(いつもの)。ユタニ社の宇宙船が小さい隕石みたいな奴を回収。バリバリバリって割って中から何かを取り出す。割れた岩が無重力空間でゆっくり回転し断面をこちらに向けると、みなさんご存じのエイリアンの形にえぐれていたのであった。いきなりひと盛り上がりのアクションではなく落ち着いた雰囲気ながらも、今作ではエイリアンバリバリ出てきまっせ!という開幕宣言としてかなり良かった。
主人公たちはウェイランド・ヤナイ社(旧ユニクロ)の採掘用の後進星で低賃金で永久に働かされる搾取の傘の下にいる。そして主人公の弟分であるアンドロイドは父親がゴミ捨て場から拾ってきて既にガタが来ていて知能も低く設定されていてしかも黒人タイプ。彼は「アンドロイド」であること「知能が遅れていること」から差別の対象になっていて、外でいきなりガキどもにぶん殴られたりする。
ユタニ社の輸送船乗っ取りの際には「お前はユタニ製のアンドロイドだから」という理由だけで連れていかれ危険な任務にアサインされ散々いじめられ、この作戦が成功して別の星に行けることになってもお前はアンドロイドだから連れて行かないと告げられる。
アンドロイドをいじめる愚かでバカだからちゃんと死ぬ男も、実は親が採掘場で閉じ込められた際に「その他大勢を助けるため」という冷徹な判断でアンドロイドに遺棄されたことで、アンドロイド全般に恨みを持っているという過去がある。作中でも告げられるが、親を見捨てたアンドロイドと目の前にいるアンドイドは別物であるのだが、その理屈は彼には通じない。
この辺はもう今の社会の縮図だよなぁって感じる。労働用移民だからと搾取され、でも搾取する人間と同じ権利は認められない。でもそいつらを差別している人間も実際には社会に搾取される側って言う。
しかし、その後ポンコツアンドロイドはユタニ社のエリートアンドロイドのモジュールを使って"アップデート"され優秀黒人として大活躍するようになり"合理的な判断"で他のメンバーを切り捨てるようになる。ここで主従関係がいきなり逆転して今度は切り捨てられた側が「なんでこんなことするんだ!」と元ポンコツに迫る様は誠に滑稽。お前が先に始めたんやで。
このへんはブラックエンパワーメントの香りを感じつつ、アップデートの結果として元々あった人間性が棄損されていて「人間とは何なのか。完璧であることはむしろ人間的ということから遠ざかるのではないか」という問いを投げかけているような気もするしそうでもない気もする。
まぁ硬い話はそれくらいにして。
エイリアンシリーズとしては1と2の中間の話ということで方向性も1と2の中間で前半では1のジリジリとした怖さと寄生の恐怖をじっくりと描きながらも、後半では複数のエイリアンとの大立ち回りがあってエイリアン1好き2はバンバンアクションで嫌いて層にも、2の派手な感じ好き1は地味で嫌いて層にもリーチすると思う、いや知らんけど。
特に行き止まりに追い詰められ銃はあるがエイリアンを撃つと酸性の血液で床に穴が開き、穴が開くと死ぬから銃が打てないって場面で序盤に登場した重力発生装置を切るという展開を活かし、無重力空間で襲い来るエイリアンを銃撃し、なおかつ、宙を舞う酸血の隙間を縫って脱出するというエイリアンアクションアイデア大賞受賞シークエンスのすばらしさ。
アイデア大賞でいうと途中でX線照射装置を拾って「肉が透けるじゃーん」っていう話があって、後に彼女がフェイスハガーに襲われ卵を産まれそれが孵化する時に、それを使って自分の胸部を透過するんだけど幼体エイリアンがろっ骨をブチ折ってるところ透けて見えるというめっちゃ悪趣味な映像が見られて僕満足。天才。
てか重力発生装置もそうだけど、鍵が開かないシークエンスとか、破裂した謎の死体とかの伏線の張り巡らせかたと回収の仕方が見事でエンタメ脚本としての強度がめっちゃ高いのもよい。
シリーズおなじみの主人公にチューしようとするエイリアンを顔を背けて拒否するシーンがあるのも◯。
フェイスハガーに囲まれた通路をそろりそろりと通り抜けようとするシーンはドンブリの監督の「やったったで」感があって俺は好き。サスペンスとしても高得点出てるし。
あとは最後のビッグ人間モドキなぁ……妊娠してたクルーが輸送船で開発されてた人間の遺伝子とエイリアンの遺伝子を合体する薬を打った結果、赤ちゃんがエイリアン人間になるんだけどこいつがめっちゃキモいしダサいしカリスマ性もないしラスボスとしてめちゃくちゃ微妙なんだよなぁ。もろちん、あの色、フォルムは「エンジニア」をモチーフにしてるっぽいことはわかるし、エンジニア=創造主になり変わろうとした人類がエンジニアモドを生み出したって言うアイロニーはわかるけど、シンプルダサくて心情的に気まずすぎる。
まぁ決着直前の酸血で床を抜く展開(本日2度目)で、床が抜けた瞬間に宇宙空間に放り出されて音が消える演出めちゃくちゃ格好よかったのでやや持ち直した感。
というわけで、リドスコの神話大全としてではなくて、俺たちのエイリアンシリーズってこうだよね!っていうSFホラー&アクションに大きく振った作品としてエイリアン好きには普通にオススメできるのではないでしょうか。リドスコ新2部作の続編だと思って見たら、ナニコレってなる可能性もあり。
SFホラーの文脈を完全に踏襲した神話みたいな映画だった、65点。
2089年、考古学者の主人公は巨人と人類が宇宙の十字の星を指さす壁画を発見。その星を目指し旅立つ。その星はエンジニーアと呼ばれる人類の創造主の星でその基地を発見するも、エンジニアはなぜか全滅しておりいろいろあって乗組員はバラバラになってしまう。アンドロイドの裏切りで主人公の恋人は死亡し、主人公は懐妊、生き残っていたエンジニアは地球を滅ぼしに行こうとするし、おなじみユタニさんもやってきててんやわんや。私たちどうなっちゃうの~~?
というような映画。
剛力彩芽が爆散するか、俺が字幕で映画を見る集中力を取り戻しさえすれば+5点はあげたい。それくらい、主人公のエリザベスの声が壊滅的で、マジで吹き替えがヘタクソすぎて真剣なシーンや悲痛なシーンでも「こいつ煽っているのでは?」みたいな常に魅力20%減みたいな状態での視聴になった。
配給会社はもっと考えた方がいいよ。剛力彩芽さんを吹き替えに登用!って広告だけ出しておいて実際にはプロにやらせるとか、誰も損しない方法を考えた方がいい。ネットフリックスに来てたから見たけど、今から見る人は絶対に字幕がオススメ。
内容としてはSFらしくいろんなパーツをそれっぽく組み合わせて設定を浮かび上がらせる手法は見事だし、エンジニアの星の背景についても語りすぎないように十分に気を使われているし、結局何でこんな危険な遺跡を作ったんだよ!→地球侵略用でした!という展開も面白くてよい。宇宙船、遺跡内のビジュアルもいいし特に祭事部屋のレリーフや天井の造形は本当に素晴らしいし、ホログラフィック演出もめちゃくちゃ綺麗。宇宙の砂嵐みたいなのに襲われるシーンもいや死ぬだろと思わされる迫力があってよかった。いや死ぬだろ。
一方でホラー映画の定石に則ってクルーはだいたいバカに作られていてそれが世界規模の大企業であるウェイランド社が社命をかけて行うプロジェクトにアサインされたプロフェッショナルとして正しい態度なのかというのは非常に疑問。
特に地質学者と生物学者。典型的な「こんなところにいられるか」ムーブで迷子になるのも意味わからんし(来た道をシンプルに戻れよ)、生態がまったくわからん未知の生物に不用意に近づいて腕折られて傷口が露出しているにもかかわらずナイフでその生命体を切れと指示する。傷口から血が入ったら死ぬ確率だいぶあるよ。こんなバカ連れてくるなよ。
とはいえ、初期エイリアン特有のなんかおきそう、おきそうといったじめっとした怖さから一転、物理的に強敵が襲い掛かってきてドタバタした怖さになる感じも健在でアクションにあんまり振らないSFホラーとしてしっかり作られてた。
冒頭で3万年くらい前に地球にやってきたエンジニアが黒い液体を飲んで身体がバラバラになってその破片から生命を誕生させる。そして物語中盤で、今度はアンドロイドであるディビッドが黒い液体を主人公の恋人に飲ませる。そして恋人とセクロスした主人公は新生命を懐妊し、恋人は死亡する。そして、主人公が腹を裂いて取り出した新生命は生き残っていたエンジニーアをイラマチオしてその胎内をぶち破ってプロトタイプエイリアンが誕生する。
というように、旧世代を殺して新世代が誕生するという円環を成した構造になっている。作中でエンジニアは人類への攻撃基地として舞台となっている星に来ていたであろうことがわかるが、この理屈で言うなら新世界を作るために旧世界を滅ぼす必要があるということだろうと思う。
プリエイリアンを懐妊する主人公だが不妊で悩んでおり子供が産めない自分は生物足りえないのではないかと悩んでいる描写があったりするが聖母マリアを意識してるのは間違いないと思う。まぁ普通にセックスはしたんだけど。話は逸れるけど、この出産シーンがよくてねぇ。治療ポッドで腹をぱっくり割って、鉗子で広げて、UFOキャッチャーで腹の中の何かを掴んで取り出したら謎生命体で暴れ出すもんだから、手でへその緒ぶっちぎってホッチキスでバチバチ傷を留めるっていうのをモザイクなしでやってくれる。えらい!このシーンだけど10点プラスしちゃう。
その後、切腹後なのに血まみれで痛み止め打ちまくりながら走り回る主人公の姿は壮絶なんだけど、声が剛力彩芽でガン萎え。バーニング、許せねぇ。
戻して、そういう意味では最初のエンジニアが黒い液体を飲んで生命誕生させるのも処女懐胎だし、最後のエンジニアとプリエイリアンがオーラルセックスして生命が誕生するのも処女懐胎。祭事部屋の壁にはエイリアンが両手を広げた姿で刻印されていたけど、味方によっては磔にされたキリストにも見える。つまりこの映画はSF版新約聖書だったんだよ!ナ、ナンダッテー!地球は……滅亡する。
それに限らず、壁画で見つかった星が十字の形に配置されているのもそうだし、主人公がパパからもらった十字架のネックレスに執着しているのもそうだし、そう考えたらコールドスリープから覚めたイドニス・イェルバ船長がのんきにクリスマストゥリーを作ってて怒られるのも象徴的。
この作品の第二の主人公と言ってもいい(コールドスリープからみんなが覚めるまでの間、宇宙船独居生活を満喫しているオープニングシークエンスがめっちゃ好き)エイリアンシリーズおなじみユタニ社製アンドロイドの名前がDavidなのもキリストが新約聖書内でダビデ(David)の子と呼ばれているのを想起させないだろうか。そしてDavidが与えた黒い液体で主人公は懐妊する。キバヤシ、つまりどういうことなんだ?地球は……滅
神に作られた人に作られたアンドロイドに作られた新生命に作られたプロトタイプエイリアン(神殺し)という形でエイリアン誕生神話の円環が閉じるのもよい。
まぁ、タイトルがプロメテウス(ギリシャ神話)なのでキリスト教関係ないやないか!となっちゃうのがこの説の難点なんだけど、Davidが主人公の夢をスキャンしたときに「人が死んだみたいやけどパパは手助けしないの?」「あれは違う神を信仰してる奴らやからええんや」みたいな話が出てくるので、ギリシャ神話VSキリスト教の話なのかもしれないしそうじゃないのかもしれない。俺はカソリックだからキリスト教パートはチョトワカルけど他はわからんので。
そんなこんなで、ちゃんとよく考えられたSFホラー映画の佳作だと思うのでちょうど今ネフリで注目作の棚に並んでいるので見てなかった人は見てみるといいと思います。字幕で。もしくは悲しい気持ちになるためなら吹き替えでもOK。
全然スマートじゃない展開と異常にスマートな作劇が同居する南アフリカ的ハリウッド映画で57点。
潜入捜査官のチリとそのバックアップのシューズは頑張ってギャングと戦うも、出るはずの報奨金もなくなりさらには上司の堂々の汚職宣言にうんざり。チリはもう俺もギャングに加わって輸送強盗するもん!と開き直り、シューズは止めるも先っちょだけだから!と押し切られサポートに。その後、シューズが強盗団に囚われてピンチになったり、チリがやっぱ強盗やめとこ!となるも強盗は成功。チリはシューズを救って金を取り戻せるのか!?
みたいな話。
まずいっこ驚いたのは映像表現が意外とちゃんとしてること。特に、オープニングクレジットでは潜入任務明けに家に帰るチリをストップモーションのコマ送りで直立不動のまま帰路につかせ請求書の束を放り投げさせるというチリの現状をスマートに説明しながらも映像としての面白さの両立を図っていたところなんかは、やるやんと思ってしまった。
アクションシーンのこなれなさはありつつも映像として安っぽいなと思うようなところはなかったし、映画としての画作りのゴージャス感はちゃんとあって南アフリカも頑張ってるんやなぁと思いました。
話の展開としてはとにかく出てくる全員が行き当たりばったりでマゴマゴしたりウロウロしたりしてて、この泥臭さ南アフリカっぽいリアルさがあるなと思いました。
例えばチリは強盗団に合流して金をせしめたら強盗団を逮捕すればいいとか無茶苦茶言い出す。メンバーに以前の潜入捜査中に関わった人間がいることが分かりシューズが「ヤバじゃん」と止めるも「どうせ覚えてへん!」と強行、次のシーンでそいつに「あいつと前に関わったときにうちの組壊滅させられたんや!」とチクられていきなり疑われる立場にというスピード感で草。
何とか乗り切るも今度は情報収集してたシューズが捕まり殺すの殺さないの話になって、ずーっと「ヤッベ」みたいな顔しててウケるし、その後もなんとかかんとか誤魔化すもどんどん信頼を失っていき最終的に銃の弾ももらえず、強盗現場からも外される。しゃーなし、輸送車を止めて警告しようとするも強盗と間違われて轢かれかける。
リアルすぎる……
強盗団は強盗団で、襲撃しようとするもボロ車のエンジンはかからないし、仲悪いやつ同士で見張ってたら喧嘩しだして一方の頭を撃ち抜いちゃうし、輸送車に車ぶつけて横転を狙うもぶつけた運転手は意識不明の重体に。何とか成功してアジトに帰ると残ったメンバーで仲たがいして金を盗むも脱出口が分からなくなって転落死。
もうずーっとグダグダしてる。
でも地元のギャングで集まって銀行強盗するってこんな感じかもしれないよな。最近のこういう作品の集団がプロフェッショナルすぎるだけでさ。
オープニングシークエンスで潜入捜査中のチリが椅子に縛り付けられ尋問を受けているが拘束を解き、外のシューズと連絡を取るもシューズはいろいろあって銃を持っていないのでじゃあもういいから無線でサポートしてくれ!となって、敵の様子をシューズが逐一報告しそれを利用してチリが敵をせん滅するという展開がある。
そして終盤には、今度は強盗団のアジトで椅子に拘束されていたシューズが拘束を解き、弾の入っていない銃しか持っていないチリが無線でシューズに指示を出して敵の様子を知らせて危機を脱するという展開になる。
強盗成功後の身内のゴタゴタもちゃんとメンバー紹介の時に強盗団のボスと裏切者の間でこいつら関係悪いんやろなとわかるような描写が入っているし、冒頭で最新版の携帯買ったった!とウキウキのチリを映しておいてシューズが捕まってリダイアルで裏切者を炙り出す展開になったときに同じ携帯が鳴って視聴者だけ「アッ・・・」てなるんだけど実際には別のメンバーの関係ない着信だったという展開もハラハラを盛り上げるいい展開。
シューズを殺させずにアジトに置いておくことでチリが強盗後に仮に金は諦めたとしてもチリがアジトに戻らなければならない理由付けになっていて、間に合うか間に合わないかのサスペンスを仕掛けているし、最後に敵の大ボス(スマートなサミュエル・L・ジャクソンみたいな顔をしている)を強盗で奪った金が入ったバッグで窒息死させるのも「金に溺れたやつの末路」として正しい。
アクションのこなれなさや展開のあまりのグダグダさにう~んとなってはしまうけどたぶんグダグダさに関してはそう描きたかったということだろうし、何よりもちゃんとしたハリウッド式作劇術を守って"ちゃんとした"エンタメ映画を撮ろうとしたんだろうなっていうのがわかるのはよかった。
まぁこの映画じゃないと摂取出来ないエンタメ要素は薄いけど南アフリカのちゃんとしたエンタメ映画を見てみたい人にはオススメ。
ちなみに10年越しの2023年にネットフリックス映画として「イナンバ・ナンバ: ヨハネスブルグの金塊」として2が作られているが、1がそもそも「裏切りの獣たち」なので誰も2だと気づいていない可能性が高い。
科学と宗教、信仰と実証、そして人間と愛と荒唐無稽なSF設定が入り乱れた傑作SF映画だと思った81点。
宇宙科学者のジョディ・フォスターは宇宙人との交信を専門に頑張ってるんだけど嫌な上司には予算を打ち切られ、個人でスポンサー探しに奔走してようやく予算を得て研究を再開するも「なんか不気味だからヤだ」と予算打ち切りの危機に。するとついに宇宙からのメッセージを受信し、また上司に手柄を横取りされたり、メッセージを解読したらそれは宇宙船みたいな感じのやつでとんでもないことになったりする。
そんな話。
極端な実証主義者であるとされている科学者の主人公だが途中、宗教家のパーマーとの対話の中で「科学で神の存在は証明できないから神はいない」「じゃあ君はパパのことを愛していた?」「心から」「その証拠は?」と問われるシーンがあるように彼女は常に科学で証明できないものは「ない」と言いながらも、実際には常に様々なものを"信じて"行動している。
典型的な嫌な上司に「国家プロジェクトだから宇宙人みたいないるかいないかわからんもんのために税金垂れ流しにできんのよ」と言われた時にはブチ切れていたが、実証主義的な立場から考えれば彼の言うことのほうがよっぽど正しい。その後、ニューメチャシコで研究を再開した際には彼女は周囲から「砂漠の巫女」と呼ばれる不気味がられるようになる。
彼女は父親から教わった無線で「未知の相手と通信する」こと、「宇宙に地球人しかいないとスペース(場所、宇宙のダブルミーニング)がもったいない」という教えを純粋に"信じて"それを原動力に生きている。中盤までの彼女は認めないだろうがそれこそが「信仰」ということだが、彼女は他人の「信仰」は平気で踏みにじる。
印象的だったのはパーマーとの会話中に「科学は神の不在を"証明しただけ"では?」と挑発的に語るシーンと、幼少期に父が死に落ち込む主人公を励まそうと神父様が「理不尽な死はあるが神の救いはある」と語った際に「1階に薬が置いてあれば助かった」と突き放すシーン。でもたぶん、この神父への反発がより彼女を意固地にさせてたんだろうな。
その結果としてパーマーの愛と怒りで彼女は「地球人の95%は何らかの神を信じているのにそれを認めない君は人間の代表にふさわしくない」という理由で、宇宙人とコンタクトする役を降ろされてしまうのはある種当然と言える。
選考会もよくてさぁ。その前にパーマーと2人で話してる時に危険じゃないかと話すパーマーに「なぜ人類はこうなっているのかの謎を解き明かすために生きてきた。もしそれが叶うなら死んでもいい」と語る主人公ってのがまずあって、選考会でほぼ主人公に決まりやなってなったときにパーマーが「あなたは敬虔ですか?」と問うんだよね。「貴方は髪を信じていますか」と。パーマーは神を信じている立場で、でも主人公が信じていないと答えると思っていたし、そう応えれば落選する可能性が高いのもわかっていた。でも危険な任務から主人公を降ろしたいという気持ちと同時に、ここで永遠の別れになるなら自分と同じ世界を見ていてほしいとも思ってたと思うんだよなぁ。
そしてその後、口先だけで信仰を語る上司がその役に選ばれるも宗教過激派の自爆テロによって宇宙船ごと爆死するのは非常に皮肉めいているし、ある意味胸のすく思いもするし、もの悲しい気持ちにもなる。
そしていろいろあって主人公を見出してスポンサードしていた富豪が北海道に建築していた宇宙船2号機によって主人公は謎宇宙に旅立ち、そこで父親の形をした宇宙人と交信し戻ってくるも地球では宇宙船は単純に落下していただけで何の証拠もない。
選考会に似た、今度は聴聞会で「ホンマにあったんや!」と訴える主人公に対して「でも証拠ないじゃん」と詰められ「何の証拠もないのに信じろっていうのは科学的な態度なん?」と問われたときに「確かに幻覚を見ていた可能性はある」と素直に認めるの科学者としての矜持があっていいなぁと思ったし、それを認めた上で「私は証拠がないものを信じてこなかったけど今はわかる。信じてほしい」と涙ながらに訴えるのには正直胸を打たれた。そして宗教家のパーマーが「宗教も科学も世界の真理を解き明かすためにある。僕は彼女を信じる」といったのもよかった。
科学にわかは宗教を馬鹿にしがちだし、宗教は科学を忌避しがちだけどそういうことじゃないよな。そこにあるのは人なんだよなぁってメッセージはかなりよかった。
そして「落ちただけ」の彼女のポッドの内部の記録時間が「18時間」あったことが明かされ、科学も彼女を見捨てていなかったことが分かり、彼女はまた研究に戻り、彼女の父と同じように次世代に科学の種を植える作業を行うというエンドもよかった。
と言うわけで全体的にメッセージはよかったんだけど、SFパートはう~んご都合主義的っていうかエンタメやりに行き過ぎてるなぁと感じる部分が多かった気はする。最初はノイズみたいだったけど周波数を理解したら映像になって、その映像がヒトラーの初のテレビ放送だった!とか、実はその映像に秘密文書が隠されていた!とか、秘密文書を3Dで組み合わせると宇宙船の設計図が出てきた!とか、完全に組み合わせると中に人類が描かれていた!とか。
さすがにわかりやすくしすぎじゃないか?ここまで整合性を取られると逆に陰謀論めいてくるというか。
宇宙船が起動してからのCG盛りだくさんパートは正直、ノイズだったなって。あそこで彼女がとても信じられないような思想を根本的に揺るがすような超常的な現象に遭遇して変わる必要があるという映画的な要請は理解できるんだけど、宇宙人が父親の形(主人公の意識を読み取ってということだろうけど)しているのもそうだし、そこで彼が語る内容も正直、ナンダカナーって感じだった。
地球上でいろんな通信が行きかってて騒がしいところからどんどんズームアウトして無音の宇宙に行ってそこから星雲に行ってその星雲もまた宇宙の一部でと無音でどんどん宇宙の規模が広がっていって最後に幼い日の主人公の瞳になるっていうオープニングシークエンスがめっちゃよかったのでそこだけでも見て。
この映画、もう30年くらい前の映画でインターネットは研究所でちょっと出てくるだけなので、今だったらどうなっちゃうのかっていうのはすごく考えさせられたし、逆にそういうのがない非常にフィジカルな時代だったからこその研究所を囲んでフェスっちゃう感じもなんかよかった。映画化までは全然してほしくないけど脚本家の人まだ生きてたら現代に同じ設定で書いてほしい。
ゴーストが私に囁くのよ「原作全然覚えてなくてよかったな」って、64点。
事故で脳以外を失った主人公は義体というメカの身体を手に入れ"少佐"として公安9課で働く。サイバーテロリストと戦う中でそのボスの正体が自分の過去に関わっていること、そして義体を自分に与えた国際的テック企業の闇に触れてなんやかんや頑張っていろいろ解決する。
みたいな話。
たぶん原作は士郎正宗じゃなくて押井守の映画版だと思うんだけどたぶんDVDかなんかを借りて中学くらいの時に見た気がするんだけど何も覚えてない。少佐がゴリラになって戦車のてっぺんをモギモギするシーンだけ覚えてたけど、今作でも再現されていて僕満足。それ以外についてはエロ同人誌でしか知りません。くらいのテンション感の文章だと思って読んでけろ。
まず、ヴィジュアルは結構頑張ってたと思うし、何よりアクションが良かった。
タイトル後のハンカ社とアフリカ系大統領が会談中にテロリストに襲われて少佐がそれを制圧するシークエンス。出てくる芸者ロボのキモオリエンタルな感じはかなりよかったし、透明化した少佐がガラス越しに銃撃し、ガラスを突き破って突入するところは美しさと格好良さの両方をちゃんと表現できてたと思う。突入してからのアクションも概ねよかったけどMATRIXを意識したと思われるワイヤーアクションはちょっとふわふわすぎて微妙。
敵のアジトに乗り込んでまんまとボコられるシーンでも暗闇の中でスタンスティックのフラッシュでアクションを細切れに移す手法とかもそこまでめっちゃ新しいってわけではないけど俺は好きだし、水辺での近接アクションシーンも透明化ってギミックとの噛み合いがよくてよくできてた。
ただ、街の遠景とかになると急にCG感が爆上がりするしふとしたところで安っぽい質感やなってなる部分があって気合入ってるところと抜けてるところの落差は結構感じたかな。少佐のえちえちスーツの質感もなんか妙にマットな感じでもっといい感じの質感にならんもんかとは思った。
あとはアレだな。主人公スカヨハでたぶんめっちゃ鍛えたんだと思うんだけど、むこうの女優が鍛えると普通にゴリってくるのでCGモリモリのファンタジーアクションの中でもスタイリッシュな格好良さってよりは「うおっ、ガタイ良っ!」ってなって笑っちゃった。中盤で普通に脱ぐシーンが出てくるんだけど背筋もめちゃめちゃモリってて強い(確信)ってなった。
キャラで言うと北野武が演じる課長は全然合ってなかったので別の人のほうが良かったと思う。急に桃井かおりみたいな女出てきたなと思ったら桃井かおりだったのでびっくりした。
ストーリーに関しては良くも悪くもなかった。
事故で身体を失って大企業のスポンサードによって機械の体と新たな記憶を受け取るも途中で徐々に記憶が戻り始め、決定的な人物と接触することで記憶が戻り、大企業の偉い人に戦闘ロボットを嗾けられるもこれを排除し大企業の偉い人は死亡するのであった。
こ~れはGITS信者ブチギレですよ。まぁ、俺は別にGITS信者じゃないので目新しさはないが一定の強度がある展開だなぁと素直に思いましたよ。なんでそんなことするの?みたいな混乱もなくスッキリと整理されていてストレスが少なかった。
ロボコップと違って主人公の大切な人枠が今回はテロリストで、仲間達とつるんで楽しく反企業活動してたら誘拐されて義体実験に使われたけど少佐以外は適性がなかったので殺されたり捨てられたりしたので企業を憎んでたって設定になっていて、まぁ納得性はあるけどもっと政治的、哲学的な思想があってもよかったと思う。
義体化という人間の感覚が機械に代替された=外部からアクセスすることでその人にとっての現実を乗っ取ることも可能であるという世界に置いてのサイバーテロリストの動機が昔ながらの仲間の仇ってのは、逆に正しいのかもしれないけど正直つまらん。
少佐の最終的な結論が「身体がどうこうよりも自分が何をするかが大事だよね☆」ってのも凡庸すぎる。まぁハリウッドのブロックバスターエンタメの限界か。なお、ブロックをバスターできなかった模様。
ホワイトウォシュ問題とかいろいろあるだろうけどそもそも原作の素子は日本にいるからアジア人の外見をしている(汎用モデル)だったので、今回、舞台を欧米にした結果として外見が欧米人になっているのは理屈としては通ってるんじゃないの?知らんけど。エロ同人によく出てくる"草薙素子"の話も回収はしてるし。
でも、いつまで日本と中国を「オリエンタルな感じ」でひとくくりにしてるねんという部分に関してはイカンのイを唱えさせていただく。近未来のアメリカではチャイナタウンと日本人街とコリアタウンが合併されてアジアタウンになってる可能性がなきにしもあらずんば虎児を得ずか。
まぁそんな感じ。原作のアニメ版?漫画版?に思い入れがある人には不満も多いかもしれないけど、ちょっとゴージャスなMATRIXフォロワーの大作SFアクション映画としては一定の合格点は与えられる出来だと思うよ。原作信者じゃない人にはまぁまぁオススメ。
なんかいろいろ間違ったインドネシア産ジョン・ウィックみたいな映画だった52点。
インドネシアで船上生活を送る主人公は市場に買い出し中にスラム街のガキにうっかり懐かれてしまう。いろいろあってその家族と仲良くなった主人公だったが、近隣を仕切る海賊にガキを車で撥ねられうっかり海賊を惨殺。海賊経由で元アン作者だった主人公の情報を求めていたマフィアに漏れてしまう。ガキを攫われ怒り新党の主人公は暗殺者協会に復帰し復讐を開始する。
みたいな映画だった気がする。
最初のガキを撥ねた海賊を路地裏におびき寄せて惨殺するシークエンスだけど映倫がないインドネシア映画らしくめちゃくちゃゴアっててよかった。マチェットを片手にイキってる海賊に対して神速でマチェットを奪って腕をバコバコ切断し、最後の敵は両腕を切断したうえで首チョンパ。このへん、スピード感と無敵感、主人公の異常性を表すシーンとしてはよかった。
あとスラムのガキに仕事を聞かれて「引退したんだ」「引退って何?」「仕事をもうしてないってことさ」「その引退って難しいの?」って会話をするシーンがあるんだけど、実際のところそういう映画だったので"引退"って言葉自体をよくわかってないガキを使って「引退って難しいの?」って言わせるのは若干露骨すぎるなぁって気もしつつパンチラインだなって感じがした。
主人公はシラットの使い手って設定で全盛期のセガールよろしく接近戦での無駄も容赦もない爆速格闘はよかった。途中から殺し屋協会から派遣されたスナイパーと共闘するんだけど、狙撃手を頼むって言ったら対戦車ライフル持ってくるっていうあまりにバカな展開は笑った。次々敵の頭を文字通り"吹き飛ばす"スナイパー怖すぎるだろ。
敵のアジトに乗り込む際に途中で知り合ったトゥクトゥクの運転手を先に送り込んで、セキュリティや店内の強面たちにドル札を渡しながら「◯◯って人知らない?」って聞いて回らせるってシークエンスがあって、誰か探す必要なんかあったっけ?俺が見落としただけ?と思ってたら、実はドル札型遠隔爆弾でドル札を丸めて耳に挟んでたセキュリティの頭がふっ飛ぶバカ展開も面白かった。ドル札程度の質量にそんな爆発力ねぇだろとか、そもそもどうやって起爆したんだよとか言いたいことがないわけではない。
たぶんジョンウィックをパク、インスパイアしたんだと思うんだけど主人公は元殺し屋協会の会員で今回のヴィランは主人公に両親を殺されたって設定なんだけど、まぁそれは(映画的にも)どうでもよくて。途中でヴィランに殺し屋を送り込まれた主人公は体内のカプセルを起動して殺し屋協会に復帰するんだけど、復帰そんな簡単なんやって感じもするし、殺し屋協会ってメガネのカワイ子ちゃんが一人でデジタルキーボードをパタパタしてるだけで規模感が全然ない。深夜のすき家なん?中途半端なんはいっちゃん冷めるから。
序盤は超絶無敵主人公が敵を上回る殺戮力を発揮する展開なんだけど、その後はどんどん敵が間抜けになっていくのでこれ主人公が強いんじゃなくて敵が弱いだけじゃね?ってなるし、敵のアジトに侵入してからは主人公もどんどん間抜けになっていくのでナンダカナーって感じ。子供時代に両親を殺し屋に殺されてその復讐に燃えていたって設定のヴィランなんだからめっちゃ鍛えてて大立ち回りを用意してくれててよかったのに、それもないし。っていうか、ヴィランに魅力がなさすぎる。こいつがバカなせいで話が全部おかしなことになっとる。
アクションシークエンスもいいところと悪いところの差が激しい。接近戦は概ねいいけど、一部いまさらカメラに向けてパンチ撃つ?みたいなのがあったり、遠距離の銃撃戦になるととたんにオリジナリティがなくなるのもこの手の映画では致命的な気がする。
あと主人公がなんかヘンなやつでさぁ。(おそらく)殺し屋協会みたいな組織に元々所属していて倫理観がちょっとおかしい。途中、ガキが飼ってたニワトリが野犬に襲われて死んじゃうシーンがあって悲しみに暮れるガキに主人公が「どこの犬だ。その犬を探し出して殺さないのか」と真顔で言いだして「なにこいつこわ」ってなった。そしてそのシーンではガキは「殺しちゃダメだよ。それは悪いことだよ」って言って主人公は「あ、そうなん?」みたいな感じで終わるんだけど、作品の最後でヴィランに背中に弓を撃ち込んだ(一緒に弓を練習するシーンもある)ガキが「犬は殺さなきゃ」って言い出して、いやこの話の展開でそっち方向に倫理振ることあるんだ!って驚かされてしまいましたよ。
あと最後、ヴィランをぶっ殺してエンドロール前のCパートで救ったガキと家族の話をやるのかと思いきや、それは一切なしで手伝ってくれたトゥクトゥクの運ちゃんにオシャレに金渡してエンドロールに入ってまたまたビックリ。ガキと家族はどうなったの!?
そんなこんなでやりたいことはわからないじゃないけど、ちょっと今の一線級の作品に比べると距離があるかなぁって感じかな。金ローっていうよりは平日の13時くらいにローカル局でかかってるアクション映画って感じの作品だった。主人公の見た目もチャックノリスみたいだし。
この映画、なかなかのもんだな。
おそらくその原因は、映画冒頭のハイジャックのシークエンスがあるだろ?
あれを色んなところで見すぎて映画自体に対する印象が固定されてしまってたんだろうな。
変な先入観が出来ていた。
とくに印象に残ったのは、終盤にハサウェイがつぶやくじゃない?
「そうだよなクェス」とか、って。
あれがね、いいよね。
ゾッ、と、背筋に一瞬ゾゾゾ、ってするくらいに、ゾッとするんだよ。
おい、なんだよ、こいつ、きっちりとクェスの亡霊に取り憑かれてるんじゃないか……。
って。
ギギ・アンダルシアとセックスしようとしないのも、それのせいかよ?
なんだ色々と、大人の顔して悩んでるように見えて、お前、シャアとかと一緒で昔自分が殺してしまった少女の亡霊に取り憑かれてるだけなんじゃないか、、、って。
しまったね。
Amazonプライムで済まさずに、ちゃんとIMAXのリバイバル上映見に行くべきだった。
失敗した。
いや、1作目はかなりいい。
ただ、ちょっと導入のとっつきがあんま良くないのは仕方がないとは言え、もったいない。
なんだ、これ?みたいな演技があるじゃないギギ・アンダルシアとか。
あれがね、この映画の乗り越えなくてはいけないハードルになってるし、印象が悪くなる原因にもなってる。
仕方ないんだけどね。
でもいい映画だ。
これをつくるやつは2作目もいいもん作ってるに決まってる。
期待は高まるぞ。
基本的に#真相をお話しますと同じ結論、原作を読めばいいです。30点。
医学生の友人が海外で自殺、医学生の下にその遺骨が届く。骨壺には謎のクリスタルオブジェが入っており医学生は友人の死の不信からオブジェの調査を始め、その過程で謎の天才外科医ブラックジャックと出会う。で、まぁいろいろあってブラックジャックは獅子面病という顔が変形してしまう病気にかかった妻の夫から手術の依頼を受けるが、妻は人生を儚んでルスカ・ロマ所属の暗殺医キリコに安楽死を依頼していた。ブラックジャックは彼女を救えるのか。そして医学生の友人の死の真相とは。
みたいな話だった気がする。知らんけど。
Netflixの映画ジャンルに来てたので映画として見たんだけど、なんか途中のシーン転換で左下に「ブラックジャック」って出ててこれドラマやないかーいってなったので、出てくる奴らがもうみんなコスプレすぎるし演技がやりに行きすぎててうんざりするというようなところには目を瞑る。
ただそれはそれとして一本の作品としての志が低すぎる。
原作のブラックジャックは、もろちん人間ドラマとしての強い側面を持っていることは俺も否定しないが、医療系漫画としての強度に決して手を抜いていない部分が大きな魅力であるはずだがこのドラマ映画版ではまともに手術シーンをほとんど映さない。
最も長尺でやった鉄骨に挟まれたガッキを救うために両腕を切断しくっつけるシークエンスも何をやっているかを一切画で見せない。ドラマだから……じゃ説明がつかない。医龍だってドクターXだってブラックペアンだってちゃんとやってた。これはドラマでもできることのはずだ。でもやってない。
もっとどうでもいいグダグダしたドラマパートを切って医療シーンを入れるべきだったと思う。
じゃあ人間ドラマでオミットした医療作品としての部分を補えているかというとそうは思えない。
本作は「金持ちのドラ息子のために善良な市民の内臓全部入れ替える(と見せかけて、善良な市民の顔をドラ息子とすり替える)話」「鉄骨に挟まったガキの両腕を切断してくっつける話」「獅子面病の患者を助ける話」「内臓にピンクダイヤを埋め込む話」「キリコが毒殺しようとするも救う話」の5つを採用してるけど
鉄骨の話とピンクダイヤの話は1本の作品として見た時にぶっちゃけまったくいらない。ハンバーグに入ってるパン粉くらいの必要度。ほないるかぁ。いらない。
かろうじて呼応しているはずなのは「ドラ息子の顔をすり替える話」「獅子面病の話」でこれはどちらも「顔が変わってもそれは同じ人なのだろうか」という面白いテーマとして語る価値があると思うのだが、そこに関してはほとんど触れられない。めっちゃ不満。医学生の友人は顔が変わったけど生きてて、獅子面病も治ってよかった~!おわり。
敢えて褒めるべきところを探すとしたら原作では悪徳警官が獅子面病になった息子を無理やり助けさせる話だったのが、今作では「妻の顔が好きすぎて拝み倒して結婚した冴えない男が妻の顔が変形するという境遇になって愛とは何なのかに向き合う」という形に改編したこと。そしていつも通りBJに大金吹っ掛けられるんだけど妻の顔が変わったことで愛がすでに薄れ始めていてハイとは言えない。そうこうしているうちにキリコの暗殺計画は進行して……というサスペンスとしての面白みはあるかな。
そして今作でいろいろ改変がされてるんだけどほぼ全部うまく行ってない。
骨壺に入っていたオブジェはBJが手術に失敗した人の身体の一部を埋め込んで戒めとしていたという謎設定が生えてくるんだけど、まぁそれ自体はBJそんな奴か?という部分はありつつ是非が分かれていい部分かもしれんけど、なんで「死んだドラ息子の身体の一部で作ったオブジェ」を顔を挿げ替えた善人の関係者の骨壺に入れたん?意味わからんやろ。
渡すとしたらドラ息子の父親のほうやろ。「フフ、そういえばこんなものをもらったのですが私には必要のないものでしてね。手術成功の記念にもらってやってください(まぁその中身、お前の息子の遺体の一部なんやけどな)」だったらまだ理解できるけど、医学生はなんの知り合いでもないドラ息子の身体の一部なんかもろてどうすりゃええねん。
そして無理やりくっつけられたキリコパート。増田で一時期話題になった「キリコ性転換問題」ってこれのことだったんかと懐かしみつつ、キリコが女になったことで何か妙にウェットになってるの解釈違いやわぁと思いつつそんなことは些細なことで。
原作ではキリコの安楽死実行寸前にBJが駆けつけて患者を奪い治療を行うという展開だったと思うのだが、今作ではキリコが渡した安楽死キット(ナニソレ)を獅子面病の妻が使用してほぼ死んでしまう。そして妻の死に面した夫は「顔じゃなくて妻を愛していた」ことに気づいてBJに金はないけど俺の身体を使って(ホモ奴隷になるってこと?)くれ!と言い、BJはいつものドヤ顔で「それが聞きたかった!」と服を脱ぎだすんだけど(存在しない記憶)。
いや、薬剤注射で死にかかってる人間を助けるのって天才"外科医"のBJの仕事じゃなくね?内科医の仕事じゃね?いや、知らんけど。原作では元々BJが手術で救えるはずだった人を手術で救う話だったからいいんだけど、安楽死注射打って死にかけてる人をBJが救うのちょっと難しくね?これって気にしすぎ?
まぁ結局死ぬんだからなんでもいいじゃんって言われたらそれはそう。
でもあの最後に死ぬ展開も原作では、手術しないと死ぬ(しても死ぬかも)→安楽死させてあげよう→いや俺が救う→救えた!→でも別の事故(事件)で死ぬ→死なせとけばよかったのにVSそれでも俺は救う!の対立と諸行無常があったけど、今作では顔が奇形でもう死にたい→殺してあげる→自分で死ぬわ→グエー死んだンゴ→命も救って顔も戻す!→ありがとう→帰り道に事故で死にましたになっててシンプル脚本書いたやつ性格悪いなってなっちゃってる気がする。
別に実写化、フォーマットの変更にあわせて内容を変えたりオリジナル要素を入れるなとは言わないんだけどなんでそこの検証をおざなりにしてしまうんだろう。一本の作品としていいものを作ろうって気持ちがすごい薄く感じる。これが映画として撮られてたらさらに10点引いてもいい。
二郎系としてはそこそこ美味しいんだけど、そもそも二郎系ってホンマに美味しいんか?という映画。64点。
暗殺者の父親を謎の暗殺者集団に殺された主人公は暗殺者ホテルの支配人に拾われ、暗殺者育成バレエ団で育てられる。暗殺者としての技能を学び暗殺者試験を無事合格し暗殺者として活動を始める主人公だがその仕事中に父の仇である暗殺者集団の一味と出くわし殺害。しかし暗殺者育成バレエ団は暗殺者集団=暗殺者教団と平和協定を結んでいることが分かり手だし無用と言い含められるがそれを拒否し暗殺者教団狩りに向かうのであった。
この作品のせいでジョン・ウィックシリーズの問題点が逆に浮き彫りになってしまった気がする。あとジョン・ウィックシリーズとして期待してみた結果として若干、点を辛くつけているのは明言しておきます。
1と2は純粋な復讐譚+逃れられない過去の罪というわかりやすいテーマがあってそのテーマをアクションでコーティングした一本の映画として楽しめる作品になっていたけど、3、4と進むにつれてどんどんアクションがメインでその隙間を「ぽい」設定で埋める作業に終始していったというのが俺の感想で、世界的に最も評価が高い4は俺の中では最も評価が低い。
ぶっちゃけ4なんかYoutubeに違法で上がってるアクションシーンハイライト動画見れば面白さの9割は伝わるでしょ。途中で飽きてきたら別の動画見ればいいし。まぁ映画館の迫力がないのはマイナスではあるけども。つまるところ「1本の映画として」見る価値がどんどん下がっていったシリーズだと勝手に思ってる。
それでも人気シリーズとして確立していったし、俺もなんだかんだ全作3回は見てるのはひとえにスタントマン監督のチャド・スタエルスキとキアヌ・リーダスじゃなくてリーヴスの無駄に燃え上がるアクション魂だったわけだけど、今作バレリーナではそれが大きく後退している。
もろちん、今作ならではのKUFUは複数見られる。例えば過去作では安置であったはずの武器屋で襲撃を受け武器庫に逃げ込むも当然のように弾は抜かれてるし、重火器にはロックがかかっている。しゃーなし手りゅう弾だけを大量に使って戦うアクションなんかは見ててワンダーがあったし、スケート靴のブレードを使ったアクションも絵面の地味さはありつつも新しい。銃の上に皿が散らばってしまい銃を探しながら皿を投げ合うスラップスティックコメディアクションも楽しかったし、テレビのリモコンで相手の頭をポコポコ殴ったらテレビのチャンネルが変わっちゃうしょうもない小ネタも嫌いじゃない。
教団と対決するために教団の村に乗り込んだ結果、市民全員、通行人も料理人も誰もかれもが暗殺者っていう展開もばかばかしすぎて俺は嫌いじゃない。
ただ、とにかくアクションの撮り方がめちゃくちゃ後退してる。ジョン・ウィックシリーズのアクションってリアルなタクティクスを使ったカッコイイ殺陣(ファンタジー)を楽しむもので、チャドは「アクション俳優、スタントってすげーんだぞ」ということを伝えるために計算し尽くした敢えての長回しを多用していて、現実、そのすごさで観客を圧倒していたんだけど、今作ではチャドが監督から離れた結果、カット割りが増えて普通のアクション映画になってしまってる。
実際に主人公が日本刀を使って殺陣をするシーンがあるんだけどここはマジで品質がウンコ。ちょっと擁護できない。チャドとキアヌだったら絶対こんな雑な撮り方はしない。いや知らんけど。
あと今作では明らかにCGじゃんって思うシーンも多くて萎えポイントだし、チャドが撮り直したとされる終盤の火炎放射器のシーンも「これが実写ならスタントすごい!」とはなるけど、アクションとしては正直退屈。火炎放射器ってぶっちゃけ武器としてはトロいしさ。後どうでもいいんだけど、韓国映画のバレリーナでも火炎放射器が印象的に登場していたのでそれに対するアンサーでもあったのかな?知らんけど。
今作はとにかく脚本が過去一弱くてこのアクションを配置するにはこのストーリーにするしかないっていうふうにアクションシーンから逆算して書いてると思われる。なので物語の推進力がめっちゃ低い。途中、ノーマン・リーダスが出てきて急にウォーキングデッド始まったなと思ったら、そのシークエンスで死んで退場しちゃうし。
やっぱジョン・ウィックシリーズって「キアヌ・リーヴスのカリスマ感」が大きな魅力の一つだったんだなと再確認させられる。いるだけでちょっと映画が面白くなる。だから今作でもジョンを最強の敵であり味方というオイシイ役どころで登場させざるを得なかったんだろうなって。
ソーダバーグだったかスコセッシだったかスピルバーグだったかがMCUは映画じゃなくてテーマパークだと評したことがあるけど、ジョン・ウィックシリーズの特に後期の作品、そしてこの作品はその極北にあると言える。映画として物語や人物を見せることではなくアクションというアトラクションを次々乗り換えて楽しむだけの映像作品。
あっち行って戦ってこっち行って戦って。うわ~アクションすご~い以上の感想がないし、そのアクション自体も強度が明らかに落ちているので作品全体としてのパワーダウン感がハンパない。
とはいえ80点くらいのアクションはいっぱい見られるのでアクションだけ見て楽しけりゃ後はなんでもええんやって人は大絶賛できる映画だと思う。レビュワーの中に「脚本弱いって言うけどラーメン屋に行ってデザートマズいって怒る人はおかしい」って言ってる人がいて「映画ってアクションとストーリーが別皿で出てくるもの」と捉えている人がいることを知れて、じゃあ一生価値観が交わることはないねと思ったり。
オチから逆算して作る映画としてはジャンルが不適合すぎるし、ワンダーが足りない46点。
アメフト部のいじめっ子が殺害され、その後も同じ学校の優等生ぶってるカスとか主人公チームの鎮痛剤中毒の陰キャとかが次々殺されるんだけど、犯人は誰なの~っていう、スクリームとかラストサマーの5番煎じみたいな映画。
冒頭のタイトルバックへのシークエンスは悪くない。見るからにジョックス!みたいなアメフト部員が家に帰ってきたらなんか様子がおかしい。気付くとあちこちに自分のいじめの証拠写真が貼られていてバットだったかゴルフクラブだったかを持ってウォークインクローゼットに飛び込むも犯人はいない。と思ったら服の下からにゅっとナイフを持った手が伸びてきてアキレス腱をズバーッ!血がビュシャー!犯人が姿を現すと顔には被害者本人を模ったマスクが。めった刺しにされるアメフト部員。そしてタイトル。
THERE'S SOMEONE
INSIDE YOUR HOUSE
ドゥーン(効果音)
一番の問題は「INSIDE YOUR HOUSE」展開がこのあともうほとんど出てこないんだよ。
殺害場所は教会、パーティー会場、家(後から侵入)、トウモロコシ畑。最初だけかい!タイトル最初だけかい!
家という一番安心できるはずの閉鎖空間に何者かがいる?いない?というハラハラと思いもしないところから飛び出してくるビックリ、みたいなのがほとんどない。別に家スラッシャーじゃなきゃダメってことはないんだけど、タイトルのワクワクがあったからこそのギャップでだいぶがっかりしちゃった。
主人公が一緒に住んでる祖母が夢遊病って設定なんだけど、この設定が結局「え?誰かいるの?」→「おばあちゃんが寝ながらやっただけでした」っていう部分にしか生きてこないのも正直マイナス。
そしてこれ系のジャンル映画にしては殺害動機が薄い。薄すぎる。
冒頭のアメフト部員は同じアメフト部のゲイの部員をボコボコに殴るっていじめをしてたんだけど、別に殺したわけじゃなし、なんならそのゲイ部員は普通に試合も出ててエース選手。殺すほどのことかなぁ。
次に殺される優等生ぶった無神経のカスはなんかあるたびにヒロインぶってXのカスインフルエンサーみたいな美辞麗句を並べたてながら、実は裏ではポッドキャストでレイシスト発言連発してたことがわかる。嫌な女だけど殺すほどのことかなぁ。
次に殺される主人公チームの陰キャは鎮痛剤中毒で母親の鎮痛剤を盗んでいたことが断罪される。う~ん、殺すほどのことかなぁ。
で、結局は本丸は犯人の街の権力者で金持ちの父親の殺しだったことが最後にわかるんだけど、別に犯人が父親を恨んでいるのはいいよ。これも殺すほどのことかなぁと思うような動機だったけど、親子の怨って外部からは計り知れないからさ。
で、まぁ。外面ばっかりいいけど裏で汚いことをしてる父親を罰するためにいろんなやつの秘密を断罪したって理屈がつくんだけど、八つ当たりすぎるし支離滅裂すぎる。結局、別にそいつらを殺したことが父親殺しにいい影響を与えたことは何もなく、逆に無駄に警戒させただけでは?と思うし。
「いじめ」「ヘイトスピーチ」「ヤクブツ」というSNSでバレたら炎上させられる=社会的に殺害されるやつ~をスラッシャー文脈に落とし込もうとしたのかなという部分も読み取れなくはないけど、だとしたら犯人の動機は父親殺害じゃなくてもっと炎上系に寄せておいた方がいいと思った。メッセージの接続性が弱すぎる。
そういえば、主人公が抱える秘密が親友を文字通り炎の中に叩き込んだことだったのは示唆的に過ぎたかも。
過去の類似作品に対してやや良かった点としては犯人が殺害対象の顔を模った仮面を被っているという不気味さ。で、まぁそれが「お前自身=お前の中にあるお前の罪に向き合え」というメッセージになっていたり、サムワン・インサイド(中に誰かいる)を回収している部分はまぁ、悪くはなかった。
圧倒的映像美と圧巻のアクションシーンと散漫な物語が三位一体となった映画だった。67点。
冒頭に「中国武術は中国大陸がそうなように南派と北派に分かれていて、でもいろいろあって中国は統一したから武術も統一する必要があるよね。だもんで南派と北派の代表が戦って統一継承者を決めることになったんよ」みたいなナレーションが入るので、そういう達人たちが戦って最強を決めるハチャメチャアクションなのかと思ったら、実際には武術大河群像劇だった。
・南派の代表、詠春拳の宗師イップ・マンいや、イップ・パーソンもしくはイップ・ファイター(ポリコレ配慮)の興隆。
の3つの流派の戦いを軸に、それぞれの武術流派がどのように時代をサバイブしてきたかを描く。
まぁ、とにかく映像が圧倒的だったね。確か当時は「LOVERS」とか「英雄-HERO-」とか香港のアート的アクション大作ブームだったと思うんだけどその中でも相当金かけてしっかり作られてる。小道具大道具役者全部にしっかり金かけてその上撮り方もしっかりしてる。1秒も気を抜いたショットがない。雨のシーンも雪のシーンも室内も室外も全部きっちりデザインされている。もろちんそれを以てリアリティがないと批判することもできるとは思うけど、映像作品としての映画として非常に正しく誠実なアプローチだと思った。
これは次のアクションのところにもかかってくるんだけど、香港映画人がなぜか大好きな雨の中のカンフーシークエンスが3回くらい出てくるんだけど「俺は雨の中のカンフーシーンを撮るスペシャリストだ」っていう気概が感じられる、KIAIが入った出来でよかった。まぁ香港アクション特有のなんか急にふわっとするワイヤーアクションは俺はあんま好きじゃないけど。スローモーションの多用も「ここが見せ場なんや!」という強い意志を感じる。まぁ、どんだけやるねんとは思うけどさ。
で、アクションだけど今作が武術大河だなぁと思うくらいにはとにかく気合が入ってる。LOVERSや英雄が「武侠ファンタジー」だったのに比べるとこちらはかなり地に足がついた表現になっている。まぁワイヤーアクション使ってるし、スローも多用してるから全然ファンタジーなんだけども、それでもしっかり武術してるのが印象的。
特にめっちゃ気になったのがすげー足のポジションを映すのね。普通のアクション映画でも吹き飛ばされた後の踏ん張りのシーンとかで足を映すとかはあるけど、構えを変える、出す技を思案する、敵が動く、いろんなシーンで足のポジションを変更しているのを映す。もし向こうの観客がこれ見てニヤリとしてるんだとしたら武術リテラシー高すぎるだろ。
また武術を通じて人を映そうとしているのも印象的で、イップは実直な線の動き、チャンは柔らかい円の動き、チャンの仇は激しくパワフル、八極拳は極めて暴力的とそれぞれの使う人間の人格を使う武術に反映させている。
人体破壊描写も実は少なくて特にイップはいろんな人と戦うんだけど蹴ったり突いたりはするけど大怪我をさせるようなシーンはほとんどなく、逆に特攻出の八極拳の一線天はめちゃくちゃ相手を破壊する。そして八卦掌のチャンも女性らしい柔らかな戦い方をするんだけど仇を取る際に始めて相手の関節を決めて腕をへし折るという破壊行為に出る。どういう戦い方をしてどういう結果を得るかということがその人物の情景描写になっているのは、さすが武術ドラマだなと感じた。
ただ、この圧倒的に気合が入った映像パートに比べるとストーリーパートはどうにも厳しい。
ある程度、史実に基づいた大河設定だからしょうがないんだろうと思うんだけど、それぞれの流派のストーリーの接着が弱い。イップとチャンは南派と北派の戦いの際に戦って心を通じ合わせ、その後、次代の激動にもまれ離れ離れになり最後には再会するんだけど、八極拳の一線天に関しては幕間幕間で「一方その頃」みたいな感じで出てくるだけでイップとは一切絡まない。まぁ実際歴史的にも一方その頃八極拳はこんな感じでやってましたって感じだったんだろうけども。
また、イップは南派と北派の継承争いに向けて南派内での指導戦や実際の継承戦、その後のチャンとの戦いを序盤で消化すると後は時代が変わってめちゃくちゃ困窮して辛くて子供は死ぬわ、香港に渡ったらイギリスに併合されたから本国に帰れなくなるわ散々だよ~って感じで武術的な見せ場が急に減り、北派の内部抗争として北派の宗師をうっかり殺した一番弟子VS宗師の娘のチャンの戦いがメインバトルになっていくがそこにイップは一切関わらない。
この一番弟子ってのが最初からイップにも食って掛かるし、日中戦争がはじまると日本軍に取り入ってリッチになっちゃうしでメインヴィランっぽい感じなんだけどイップとは戦わないんだ、そういう感じなんだっていうのは見てるこっちからするとけっこう肩透かし感があったかな。
気合の入った映像部分に比べるとこっちは「そういう話だったんだからしょうがないじゃん」みたいな、エンタメとして過度に盛り上げようとはしてない感じには見えた。もろちんそれが誠実な態度と言えばそうなんだろうけど、なんかもっと楽しませてくれてもいいじゃん。僕は不満です。
あとは、時代的に途中から日中戦争がはじまってそのせいで裕福だったイップはめっちゃ苦労する展開になるんだけど、過度な抗日展開になってなかったのはよかった。ないとは言わんけど、まぁこれくらいなら実際の時代の流れ的にこう言うこともあったんやろなってレベル。抗日戦争が始まってってなったときに、ここからイップ達が力を合わせて日本兵と戦う展開になったら嫌だなぁと思ったけどそんな展開はなかった。
最後に出てくる幼少期ブルース・リーがめっちゃブルース・リーの子供時代クソガキ感があってよかった。こいつが後のブルース・リーですよみたいには紹介はされないけど見ててわかるようになってるのもニクい。
今は亡き香港大作映画の映像面に関しては一種の到達点の一つだと思うしアクションも非常に良い。もろちん、現在主流の実務的なアクションとは程遠いが、アクションを作品内での登場人物同士の対話として成立させる腕は歴史の長さを感じる。
俺に向けて作られてないことだけはわかった映画だった。30点。
主婦の水原夏子は草野球にハマっている夫を球場で亡くしてしまう。彼が心酔していたコーチから「君がほしい」と迫られた夏子は徐々に野球の才能が開花し野球にハマっていく。しかし夫の死は主人公の才能を開花させるためにコーチが仕組んだことだと知り……
というお話。
まず基本的にはトレーラーでも広告でも監督本人も「くだらない」ことを前面に押し出しているのでそういう映画ではある。もろちん「くだらないことを全力でやるのがカッコイイ」と見る向きもあるだろうけど、俺個人としては「くだらない」にもニュアンスがあり、「くっだらね~wwww」というものと「くだらん……」というものに分かれていて、俺は「くだらない作品ですよ~」って自分で言ってる作品は後者を黙殺しようとしている敵前逃亡予告のように感じてあまり好きではないデス。
特に俺個人はふざけている系の作品があんま好きじゃないので今作は全然ハマらなかった。
水島新司先生の男どアホウ甲子園をタイトルにインスパイアし、ヒロインの名前は水原で柔道部のやつがキャッチャーのまねごとをしてみたり。また大リーグボール要請ギプスのパチもんが出てきて宿敵のコーチの魔球は「パイリーグボール」。打つと見せかけて相手にバットを投げつける秘打。とにかく昭和の野球バカ漫画への多大なリスペクトが送られた作品であることはわかる。
今それを大真面目にやることによって生じるギャップで笑えるという効果を狙っているのもわからんじゃない。
また冒頭のアパートで夫婦睦まじく過ごしながらも夫は野球に夢中で構ってくれない。嫉妬で夫を引き留めたら次の日に殺害されてしまい、その犯人から身体(野球の才能だけど)を求められる。というのを非常にチープなセットにチープな演出で撮られたシークエンスは日活ロマンポルノを彷彿とさせるのもわかるし、謎リプレイ、謎スローモーションの多様も昭和中期の映画リスペクトなのもわかる。多少は見たし。
でも別に俺は昭和野球漫画にも昭和中期映画にも特に思い入れがないんよな。
当時のパロディを令和に大まじめにやっている。うん。
魔球が完成したらそれは超スライダーで男の股間に向けて飛んでいきそれを破壊するのが目的の球だった。うん。
対するコーチの魔球は女性の胸めがけて飛んでいくパイリーグボールだった。うん。
意味ありげに映されていた赤い番傘を使った唐突なミュージカル。うん。
対決後に雑にナレーションで処理される夏子の大成功(大リーグで活躍して野球教のシンボルになった云々)。うん。
少なくとも俺にとってはノウ。パロディ(引用)のためのパロディ(引用)がたぶん嫌いなんやな俺、って思った。
とはいえ夏子役の役者はよかったし60分しかなかったので途中で放り投げるほどめちゃくちゃ悪くもなかったので30点。
俺は大まじめにふざけてる映画に価値を感じるんだよ!という人にはオススメ。
全然関係ないんやけどこれを世間の人間はどう処理してるんやと思って↑まで書いてから映画.comとfilmarksを見に行ったら映画館リアタイ勢は賛、配信勢は否にほぼ別れてて、インディーズ映画を単館系の映画館に駆け付けるような人間に刺さるタイプの映画なんやなってかなり納得感があった。
エンゲルマン(Siegfried Engelmann)が開発した Direct Instruction(DI) は、一般的な「直接指導」とは別物です。
“科学的に最も効果が実証された教授体系のひとつ” で、特徴と構造が非常に厳密です。
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🔵 エンゲルマンのDirect Instructionとは?
教師が使う言葉・質問・例示・練習の順番まで完全に設計された教育プログラム のこと。
単なる教え方ではなく、
のが最大の特徴です。
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① 誤り最小化(Errorless learning)
例:
• 似た概念を同時に教えない
• 誤りにつながる例をあえて順を変えて最初に見せない
→ 子どものミスは「子どもが悪いのではなく、教材設計が悪い」という発想。
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② 最適な例示(Carefully sequenced examples)
概念を理解するための**例(examples)**を数学的に設計する。
• 良い例だけでなく「対比例」「非例」も意図的に配置
例:
同じ長さでも、形や向きを変えて提示することで「長さ」が抽象概念だと理解させる。
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• 失敗をすぐに修正(Immediate correction)
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授業の脚本(スクリプト)を教師がそのまま読むように設計されている。
• 誰が教えても同じ効果になる
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• DISTAR Reading(Teach Your Child to Read in 100 Lessons)
• Corrective Reading
• Connecting Math Concepts
• Language for Learning
• Expressive Writing
これらは、数十年にわたり研究と改善を積み重ねたプログラムです。
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アメリカの史上最大の教育実験 Project Follow Through(1967–1995) で、
• 学力
• 学習意欲
• 自尊心
どの指標でも
Direct Instructionが全モデル中トップ という結果になったことで有名です。
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🧩 なぜそんなに効果があるの?
• 誤解が起きる部分を先に潰している
• 教師の質の差を縮小できる
という特徴があります。
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⚠️ 批判点もある
• 教師の自由度が低い(スクリプト通りに授業を進める必要がある)
• 「訓練っぽい」「機械的」という印象を持たれることがある
• 高いレベルの抽象思考・学問的探究を直接伸ばすわけではない
しかし、
基礎学力や読解・計算力の習得性能では他の方式より圧倒的に高い
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📝 まとめ
• 誤りを最小化するために例示の順番まで最適化
「ちょうどよくない」映画だった。7点(100点満点中)。
何のバックボーンもない男女5人組が山奥のペンションに到着するが鍵がない。運営会社に問い合わせをすると「貸すのそこちゃうかったわ~」と言われた5人は鍵を破壊してそのペンションに侵入(!?)。wifiがないだの、食い物がないだの散々文句を言いながら過ごしていると武装した謎の女と熊のマスクをかぶった3人(ゴルディロックスと3匹のくま)が現れ、殺戮の幕が開ける。
見終わってみたら永久に流行っている「童話をホラー解釈しました」C級映画シリーズだった。たぶんその中でも出来はかなり悪い方だと思う。たびたび作品内でゴルディロックスが繰り返す「行動には結果が伴う」という教訓があるんだけど、「クソ映画を見たお前が悪い」と受け取った。ぶち◯すぞ。
まず登場する5人のバックボーンが不明すぎる。20代のイケイケ女と投資失敗して薬中毒女、30代のデブwifiオタクと髭もじゃのヌンチャクウクライナ人と、40~50代のイケおじ。これ何のパーティーやねん。何をどうやったらこれが集まるねん。しかし説明なし。
5人が他人のペンションに不法侵入する展開も「ゴルディロックスと3匹のくま」がそういう話だからしゃーないっちゃしゃーないんだけど、なんかもっと整合性のとれる話を作れなかったのか。「他のペンション今から探すの大変だしここでええやろ」みたいなテンションで侵入するからビックリする。
そして知らん間に行方不明になる薬中毒女。マジで急に気配が消える。ゴルディロックスの髪の色が似てるからもしかしたら?と思うんだけど、特にそれが示唆されることもないしメタ読みで言ってもゴルディと薬中毒女は別の役者なので多分別人。じゃあどこ行ったんだよ!(憤怒)
イケオジがゴルディにお粥に毒を仕込まれて倒れて、誰かが外に連絡を取りに行かなきゃ!ってなってそこでヌンチャクウクライナが名乗りを上げるんだけどなぜかヌンチャク片手に森の中に駆け足で入っていく。来る時に載ってた車はどこ行ったんだよ!ちなみにその後、ホラー演出でペンション内の電話が鳴ります。通じてるんかよ!
そして実際にゴルディが登場し拘束された女を人質にとって脅しをかけてくる。薬中毒女か?と思ったら全然知らん奴。誰だよそいつ!そして女を放置して森に戻るゴルディーズ。助けに行かなくちゃ!となったデブとイケ女。
イケ女「じゃあ着替えてくる!」
草。
急いで着替えを済ませて拘束された女のところに向かう2人。急に帰ってくるゴルディーズ。そしてミニベアが手りゅう弾を投げる。ヤバイ!撤退だ!そしてペンションに戻った2人をしり目に知らん女を拷問してまた森に持ち帰るゴルディーズ。この一連のシークエンス is 何!?
そしてビッグベアが1人で降臨。ヤバい、強そうだ。すると後ろの森からヌンチャクウクライナが!いやお前マジでどこ行ってたんだよ……と思う間もなく、ビッグベアがナイフを投げる。危ない!半身で避けて空中でナイフをキャッチするウクライナ。いや強すぎるだろ。しかしなぜかナイフをその辺に捨てるウクライナ。なんでだよ!そして踵を返して森に戻っていくウクライナ。なにがどうなってんだよ!
追いかけるビッグベアに車が迫る!ドン!交通事故だ!中からはさっきまで瀕死だったイケオジが!いや車あったんかいと思ったらイケ女が「この車どうしたの?」それそれ!イケオジ「そんなことどうでもいいだろ!」いや草。しかしビッグベアを撥ねた衝撃か車が動かない。止める2人を振り切り出て行くイケオジ。戻ってきたゴルディによって射殺!バカ!
気絶させられ捕らえられるデブとイケ女。森の中に連れていかれ目を覚ますとそこにはボコられて気絶したウクライナが。こいつは一生何してんだよ!
そんなこんなでいろいろあって最終的に逃げ出したイケ女は近所の夫婦の家に逃げ込むも、その家にもゴルディーズは襲撃、その夫とイケ女をぶち殺し「お前の行動の結果に苦しめ!」と言いおいて去っていくのでした。
何の話だよ!頭おかしなる!
たぶん超低予算だからだと思うんだけどなんか画面がずっと白っぽいし、なぜか一部の暗い部屋のシーンではカラーノイズが発生していてやたらと彩度がバキバキになっていてビックリする。暗いシーン撮るの苦手か!
あと、これはもしかしたらうちの視聴環境のせいかもしれないんだけど、音声がずっと反響してるんだけど急にここだけアフレコした?みたいな無反響無ノイズの音声が差し込まれて「!?」ってなる。なんならどこに反響してるんだよ!ってシーンで音声が反響してて笑う。
こんなもん低予算云々の話じゃないと思うんだけどなぁ。
人生には「予感」というものが存在し、それを信じていれば、あの時あそこで立ち止まっていれば、引き返していれば、こんなことにはならなかったのに人はなぜ時にその理性の本能とでも呼ぶべき"それ"を無視してしまうのだろうか。そういうことを考えさせられた映画だった。13点。
引き返すタイミングは何度もあった。「復讐法」を報じるニュース映像が終わった後のタイトルの上に「YUSUKE YAMADA」の文字を見た時に確かに嫌な予感がした。流れ出すビジュアル系ロックバンド風の曲もクソダサい。嫌な予感がする。ここで引き返せばよかった。
その流れで始まるコスプレをした犯人と遺族が復讐法の元対峙し、
遺族「よくも娘を!」
犯人「裁判受けさせてくれよォ!俺病気なんだよォ。だから罪には問えないはずだろォ」
犯人「ぐえー、死んだンゴ」(言ってません)
という、え?中学生に脚本書かせたん?というセリフの応酬を聞いた時にも引き返せた。
その次の4人組の男がまるで万代やロピアの中でも中型のスーパーマーケットに爆弾を4個も仕掛けて爆破して
「俺たちアースウイングは地球を守るためにエネルギー政策に反対する云々」
という犯行声明を発表した時にも引き返せた。環境保護活動家、エコテロリストがなんで地元密着型っぽい主婦の味方のスーパーを爆破するんや、こんな場所にいられるか!俺はもう帰らせてもらう!とできたはずだったのに俺はそうしなかった。
だからこの作品を最後まで見てしまった俺が悪い。俺が「間違った映画」を見てしまったのだ。
なのでこの作品のいいところをたくさん挙げたいと思う。
その前にあらすじ。
特定の島に犯人と復讐者を放ち100時間以内に犯人を殺害できれば復讐達成。できなければ無罪放免という復讐法。妻をフリーターに殺された教師は両親の反対を振り切り復讐を選ぶ(裁判か復讐を選べる)。今回はフリーター以外にも逮捕されたエコテロリストら、他3件の復讐も同時に行われることに。様々な思惑が入り乱れる復讐が今幕を開ける。
まず、わかりやすさは◎
教師が参加した復讐回で最初に行われる復讐シーンはこんな感じ。
遺族「よくも俺の幼い妹を無残にも殺してくれたな!」
犯人「でけぇ声上げるからだよ!静かにしてれば命まではとらなかったのによ!」
なるほど、遺族は幼い妹を殺されて妹は暴行されて大声を上げたから無残に殺されたんだな!と一発で理解できる名シーンである。俺が遺族だったら自分の殺された妹を「俺の幼い妹」などと言わずに1000%名前で呼ぶだろうけど、そんなことは俺が間違っているに違いない。
そしてその後もこのレベルの「あれは盗まれたパレスチナ製の核爆弾です!」とか「俺はお前が憎くて仕方なかった。でもお前の顔を見た時に迷いがよぎった」とか、日常シーンで突然テレビがフォーカスされて「パレスチナで核爆弾が紛失されましたがアメリカはテロリストの手に渡った可能性は低いと見ています」って喋り出すとか、台詞を聞いているだけであらゆることが理解できるので大変助かる。
は?
冒頭で主婦の味方のスーパーを爆破し、その他いろいろな罪で逮捕されたエコテロリストの4人が復讐対象として参加しているんだけど。逮捕まで計画的だったのかどうかは不明だが、仲間が復讐島に核爆弾を持ち込んでおり自爆テロを目論んでいることが後半で発覚する。
彼らは復讐島のシステムをハッキングし犯行声明を出すのだが彼らはなんと原発事故で家族を亡くしており、その復讐心でテロリストに堕していたのだった。テロリストに哀しき過去。そしてその復讐のために復讐島で核爆弾を爆発させると宣言!復讐島は別に発電島でもなければ管轄は法務省で担当職員も法務省職員なので原発事故にはまったく無関係なのだがそんなの関係ねぇ!はい、オッパッピーである。
ちなみに、その爆弾はテロで幼馴染を失った大学で原子力を学んだ復讐者によってサバイバルナイフ一本で解体され彼らのテロ計画は阻止されます。まぁサバイバルナイフがあれば核爆弾なんか簡単に解体できるよな。できない他の映画の奴らが悪いよ。
音楽がいっぱい聞ける。
タイトルから一連のシークエンスでビジュアル系ロックバンド風の楽曲が流れたように、エモいシーンや戦闘シーンになると必ずビジュアル系ロックバンド風の楽曲がかかる。毎回違うアーティストの楽曲なんだけど全部似たような曲なので統一感があってよい。
まるでニチアサの戦隊ものや仮面ライダーみたいでワクワク感を盛り上げてくれる。エンドロールで見たら10曲くらいかかってた。100分くらいの作品だから10分に1曲かかってた計算になる。人によっては戦闘シーンでエレキギターメインの楽曲かけるだけでダサいと感じるのに、それにゥェェェェみたいなビブラート聞かせたりデスボきかせたボーカルまでのってたら壊滅的だと思う人もいるかもしれないが、それはその人が間違ってる。
妻を刺殺したフリーターは実は別の看護師に「お前の母親の心臓移植の順番変えたるから女を殺せ」と命令されており、看護師は別の黒幕に「お前の毒親殺したるからその女を殺させろ」と命令されていた。そして看護師は黒幕を親殺しの復讐対象に指定し、しかし復讐しないことで無罪放免にするという作戦だったことがわかる。
それはそうと教師としては実行犯のフリーターはぶっ殺しといて、看護師もついでに撃つ。
黒幕に「彼女は殺しをゲームか何かだと思ってたのよ!」と言われ「なんてヤバい奴なんだ!!」と納得したかに見せかけて、最終シークエンスで主人公は黒幕を撃つ。
教師「ゲームならもっと高スコアのプレイヤーがいるはずだ!(それがお前だ)」
?????
主人公が聡明すぎて何を言ってるかはよくわからないが、主人公が聡明だったおかげで黒幕は殺され最終的に主人公によってナイフで面の皮を文字通り剥がされみんなスッキリするのだった。よかったよかった。
?????
テーマの深遠さがすごい。
全ての復讐を遂げついでに核爆発の脅威から国を守った(実際に守ったのは学生だけど)主人公は帰還するも、その際の大怪我で入院する。すると病室に謎の女が。包丁を取り出し語りだす女「私はフリーターの母、よくも息子を殺してくれたな!」グサーッ!ぐえー、死んだンゴ!(言ってません)
そしてニュースでは復讐法に反対していた主人公の父親が「裁判は受けさせません!息子を殺したあの女に復讐します!」と宣言しエンドロール。復讐の連鎖の哀しさを描く強い展開である。
そもそも増田に棲息するような人間を除く多くの人間には大切な人がおり、復讐法で殺害された犯人の遺族が殺害した復讐者を恨み犯行に及ぶなんてことは重々考えられることで、類似の事件は多発していると考えられるのに復讐法が維持できるわけないやろアホなんか、などと考えてはいけない。それはお前が間違ってる。
またテロリストも原発事故で家族を失ったことの復讐だったし、彼らの(ガチで論理が理解できない)復讐で殺害された遺族によってまた復讐が生まれるという展開も趣深さがある。
バカの作品を原作としてバカが脚本を書いてバカが撮ってなかったらこの映画はもっといい作品だっただろう。
演技もひどかった。ろくなディレクションがなかったんだろう。彼らも被害者なのだ。
学生の卒業制作としては一定以上のクオリティがあるのは認めるけど、それ以上でも以下でもない(空集合)気がする。37点。
ちなみに「くぐつ」ではなく「かいらい」と読みますがたぶん意味はない。
大学生が監督脚本をやっているらしいが、それを感じさせないクオリティはある。あぁ音響だけは大問題だったな。妙にガビガビしてて大事なセリフが聞き取りづらいことが多くてもったいなかった。カメラの性能は素人の機材でもどんどん上がってるけどマイクの方はそうでもないんかもしれん。こういうところ大事よ。
話としては。
彼女が川に謎の転落死して数年後、村で記者になった主人公は事件の取材のために村に帰る。しかし彼女の遺族は容疑者と一緒に住んでいたばかりか、ベタベタに依存していた。主人公は怒るも受け入れられず、いろいろあって容疑者を殺害。したと思ったら復活。お前、タイムリープしてね→してません。最終的に彼女の死の真相を知った主人公はなんかよくわからん間にたぶん死んだのでした。おわり。
何書いてるかわからんと思うんだけど何やってるかよくわからん映画なのでしゃーない。
作品としては意図的にループ構造が構築されている。特に被害者遺族と飯を食うシーンでは遺族は4回全く同じセリフのやり取りが繰り返されるが食卓に着く人間の組み合わせが毎回変わる。遺族+容疑者+主人公→遺族+主人公→遺族→遺族+容疑者。しかもやたらと過去の回想が入るので、これはいったいいつの話なのかがよくわからなくなってくる。
2日目の遺族+主人公になるタイミングの前夜に主人公は容疑者を殺害し、3日目の前に容疑者の死を知った遺族から「お前は容疑者の代わりにはなれない」と拒絶され主人公は遺族の家を追い出される。しょんぼりしてると殺害したはずの容疑者が現れ主人公を連れて家に帰ると、遺族は何事もなかったかのように受け入れる。
しかし、その後主人公が1日目~2日目の痕跡を発見するシークエンスが挟まり、ループしているわけではないということが示される。
また河原で遺体が発見される全く同じシーンが3回挿入される。これは全く同じシーン、全く同じ映像である。1つは彼女が死んだとき、2つ目は主人公が容疑者を殺害したと思われるとき、3つ目は主人公が容疑者に殺害されたと思われるとき。思われるときというのは具体的な死亡シーンは彼女が死んだとき以外は一切映されないからだ。なので、本当は2つ目で主人公は死んでいてその後は死後の世界の可能性もある。だとしたら後の展開が意味不明すぎるんだけど。
あと、タイトルの傀儡にあわせて実はこの容疑者が人心掌握術にたけためっちゃ悪い奴で遺族を操っていたのだった!みたいな話か?と思って見てても別にそんな感じもない。単に彼女が死んだ後のマスコミ攻勢から献身的に遺族を守ったことで信頼されているということっぽいし、最終的に明らかになる真実では彼女を守ろうとしていたであろうことも明かされる。なんかボソボソボソボソ観念的な意味深トークばっかするから逆に薄っぺらそうだなぁとは思うけども。
遺族もそうだけどなんかもうアート映画らしくフワフワフワフワしたテーマはあるけど益体もないセリフばっかり喋りやがる。
こんな感じで観客は主人公が感じているものと同じと思われる混乱、混沌を一緒に味わうことになる。
そう考えるとやっぱよくない作りだと思う。
ペナルティループでも書いたけど、わからせたくないのかわからせたいのかがよくわかんねーのよ。
前述したけどめちゃくちゃ回想シーンが挟まる。
それもほとんどが主人公のものではなく容疑者のもの、もしくは彼女のものである。
容疑者が村に来て彼女と出会ったのはいつなのか、容疑者は遺族にどうやって取り入ったのか、容疑者の幼少期の歪んだ思い出、彼女の学校での思い出、彼女の死の真相。
でもこの映画自体がずーっとフワフワしてて、この容疑者自体も実態感がないし何なら死んだのに復活してるし、現実に何が起きてるかもわかってないのにそこに改装を挟まれても困っちゃうのよ。観客は主人公と一緒に永遠に混乱してるんだから。この提示されている過去回想は実際にあったことなの?それともなんかよくわからんファンタジーシーンなの?ってなっちゃうでしょ。
よしんば、主人公と容疑者のダブル主人公だとしても、だったらどっちも知りようのない彼女の幼少期の思い出や彼女の死の真相に至るまでのシーンが回想で入るのはわけわからん。ちなみにサラっと書いとくと彼女は主人公の子供を妊娠しててそのことを容疑者に相談、堕胎するためにいろいろあって父親に突き飛ばされて事故的に落下。容疑者はその場で父親を突き落として殺害したのだった。急に父親の死が生えてきて草だし、容疑者やっぱり犯人で草。
いやもろちん、彼女と父親が水死体(実際には落下死で頭パックリ割れてたら水死のわけなくてこれも草)で発見された事件を調べるために村に帰ったってのは冒頭のシークエンスで示されてるのので急に生えてきたわけじゃないんだけど、村では父親の話3秒くらいしかしてないからね。すっかり忘れてたから急に生えてきてびっくりしたわ。
何にせよ、父親がどうやって彼女を殺したかは二人とも知らないはずだからこの回想も本当かウソかは不明。
堕胎する話もよくわかんねぇし。前もって主人公が村を出て行きたがってたって話があるなら、こいつは外に行く人、私は残る人、だから産めないでわかるけど、中田氏ックスするくらいに好きな相手だったら普通に相談したらいいだろ。
現実感がないように観客が立つべき土台をあえてあやふやに作っているにもかかわらず、その上に回想で設定を積み重ねようというのは俺は手法としては間違っているは言い過ぎとしてもうまくいってはないと思う。土台がしっかりしているうえでその凸凹に回想をはめ込むから世界がより強固になるわけでさ。
どんだけ考えても2回目の水死体発見のシーンと容疑者が死んで取り乱しまくる遺族のシーンがある以上、それ以降の復活後の展開にはつながらないのでたぶんこの話はそこの整合性は元から取れてないんだなって考えざるを得ないし、そこがもう整合性取る気ないんだったら回想とかも「なんかいい感じに並べときました」みたいな感じかもな知らんけどどうでもいいしってなっちゃう。
体温と痛みが現実を構成していて未解決事件に巻き込まれマスコミに執拗に追い回された遺族のそばで体温と痛みを共有してきた容疑者は遺族の中で強い現実感を持ち、逆に外に出て記者になってしまった主人公には体温が伝わらないから遺族にとっては現実ではない。現実というのはそれくらいあやふやで寄る辺なきものなのですよという話なんだろうなとは思ったけど、だとしても作品まで寄る辺がなかったらどうしようもない。
映画単体としてはいい出来とはとても言えないがランボー映画の最終作としては嫌いになれない。
59点。
この作品がどんな作品かを、めっちゃ簡単に言っちゃうならランボー怒りの96時間、もしくはイコランボー。96時間やイコライザーをランボーでやってみました、という映画。
悪い所はこの2作をランボーでやったことで起きてるし、いい所はこの2作をランボーでやったところで起きてる。
この2作、てかこれ系の作品は元特殊部隊員が大事な存在を害されてその敵をせん滅する話なので、その元特殊部隊員をランボーに置き換えるというアイデアはありだと思うし、むしろ普通の作品では「なんかしゅごいやつだったらしい」くらいのエッセンスとして描かれる特殊部隊員時代の話がランボーでは4作かけて積み重ねている分、有利ですらある。
しかし。
まず悪いところ。
他の主人公たちが恐らく諜報系の特殊部隊員であり過去のコネクションを強く持っているのに対して、ランボーはおそらく前線で戦う兵士系の特殊部隊員であり仲間は全滅し頼れるトラウトマンも死んでしまった孤独な戦士であること。
その結果、頼れる諜報仲間がいないからヒント出す以外に何の意味もない女ジャーナリストを出さなきゃいけなかった。こいつの存在ホンマノイズ。100人中92人くらいこいついらんなぁ~って思ったはず。
そして「ランボー」をやる必要があるということが無意味にしか見えない展開を生んでいるのもめっちゃマイナス。
誰もがハァ?って思ったランボーがノコノコ、無策でギャングのシマに乗り込んでいってボコボコにされてほっぺ切られる展開。これ、普通に考えたら絶対にありえない展開だけど、これって2のオマージュなのは明らかじゃん。敵地に乗り込んでいって捕まってほっぺ切られる。このことで平和ボケしたパパランボーは「ランボー」に戻る。
ということを表しているんだろうなぁと思うんだけどもっとうまいことできんかったか。
ここまでボケてるようには見えなかったからさすがに違和感過ごすぎてやりたいことを素直に受け入れられないレベル。
次、いいところ。
ランボーは旧友の孫のガブリエラを娘のようにかわいがってたんだけど、その父親がクズ中のクズで会いたがるガブに対して「人は変わらない」と言う。「おじさんは変わった」というガブに対して「蓋をしているだけだ」と答え、上で書いたように2の儀式を経て「蓋が開き」「変わっていないこと」を示す。
「人は変わらない」ってセリフも非常に凡なセリフだけど4作付き合ってきた身からすると「変われんかぁ……!」という気持ちになるよね。まぁ、今作のランボー、4の最後で返った牧場で地下道を延々と掘ってて「カウンセリング行く?だいじょぶそ?」って感じなんだよね。この辺は重みが出てて結構よかった。
そして他の作品だとイコライザーのホームセンターシークエンスをパク、拝借した?と言いたくなる最後の地下道での決戦だけど、ランボーだと別の意味を持つ。見ればわかるけど、やってることってランボーのトラウマであるベトコンそのもなんだよね。徹底したゲリラ戦。残虐ホームアローンも、愛するものを喪って1の前どころか、彼が抱える悪夢そのものになってしまったランボーと考えると哀しすぎる。
そう考えると冒頭のシークエンスで観光客?を鉄砲水から救おうとするも3人中1人しか救えないシークエンスも「救う男」になりたいというランボーと「救えない男」でしかないランボーの両方を表しているように思えてよかった。じゃなきゃ普通に全員救える展開にしてもいいんだし。
でも5作やったスタローンの中でのランボーの結論がこれかぁって寂しい気持ちもある。まぁ4でランボーを「殺す者」と定義してしまった以上、こうなるのは必然だったのかな。最終的にトラウマに飲み込まれて戦場に戻ってしまった男。
イコライザーもジョン・ウィック、ブライアンも最後は安息を手に入れたのに。
彼らには過去の仲間がいて、新しい友人もいる。ランボーには誰もいない。
「一人だけの軍隊」それがランボーの本質だったという結論は哀しいながら美しい。
ただ、このへんの高評価ポイントも正直、そこまで考えて作ってるのか?っていうのがかなり疑問になるくらいには作品としてはガタガタ。とても褒められた出来じゃない。ただ、「First Blood」から始まったランボーシリーズの最終作「Last Blood」として一定のケリをつけたことは評価したい。
後、敵のボスの吹き替えが武田真治だったんだけどヘタクソすぎてキレそうだった。プロを使えよハゲ。
1→2とバルクアップしていた肉体はついに天元を突破し過去最高にバキバキにバルクアップしている。首がゴン太になり常にロイドレイジを発症しているのか顔つきも非常に攻撃的に変化。その結果、彼は悲哀を背負うベトナム帰還兵から筋肉と火薬で敵を虐殺する殺人マシーンへと進化した。
この肉体をもって「強さに説得力がある」とする向きもあるけどボディメイク畑の人間としては「ステロイドで膨らませた機能性の低い筋肉」、俺はその向きには反対だが巷でよく言われる「使えない筋肉」にしか見えない。1のスタローンのほうがよっぽど"ガチ"の兵士感があった。
アーーーーーーーーーーーノルド・シュワルツェネガー(中山きんに君)ともはや何も変わらない。別にシュワちゃんも好きだけどさ。でもそうじゃないからランボーはランボーだったんじゃん?
こうしてスタローンがパワーフォームに変化することでランボーのアイデンティティを捨ててしまったように、映画もパワーフォームに変化することでランボーのアイデンティティを捨ててしまっている。
1では国のためとベトナムで戦いPTSDを負って帰ってきたら国内でも軽んじられ疎まれ蔑まれるベトナム帰還兵とアメリカという国との戦いがメインテーマとして描かれ。
2でもいちおう、いちおうすれは引き継がれ、国のために戦い捕えられるも国の冷徹な損得で見捨てられそうになるベトナムのアメリカ兵捕虜を助け、見捨てようとする国との戦いが描かれていた。
が、今作ではそういったベトナム帰還兵ランボーのアイデンティティはほぼ霧散している。
彼は友人のトラウトマンが戦地でソ連兵に捕えられたことをきっかけに彼を救出するために戦地へ赴く。その過程でソ連に侵攻されていたアフガニスタンゲリラの奮起を促し結果的にアフガニスタン(の一部)を救うことになるんだけど、そもそもトラウトマンは最初、それをランボーに頼みに来てたのにランボーはそれを断ってるのね。
しゃーなし、トラウトマンはランボー抜きでアフガニスタンに赴き捕えられてしまう。
つまりランボーにとっては友人>>>ソ連に侵攻されて困ってる国だったって展開になっているから、現地民との触れ合いのシーンも、途中で登場する「ベトナムで我々が負けたみたいに、その国を愛するゲリラがいる国は征服できない」みたいに彼らを鼓舞するランボーを見ても「でも、お前見捨てようとしてたしなぁ」としか思えない。
ちなみにこの映画が公開される前にソ連はアフガニスタンから撤退。ランボーとトラウトマンが支援したアフガニスタンゲリラはタリバンへと進化し彼らを倒すために今度はアメリカがアフガニスタンを侵攻するのであった。
まぁ、これはランボー3の責任じゃないけど皮肉な話だな。これを映画化しろ。
出てくる敵がカカシなのは2と一緒なので割愛。今回は「冷徹で頭が切れる奴だ」というカンバンが敵の大将には追加されてちょっとは歯ごたえが増してたからまだ2よりはボス感があってマシだったかな。最後の戦車とヘリの正面衝突を選ぶ展開でこいつが本当に頭が切れる奴だったのかは疑問が残ったけど。
救出シークエンスもまぁいまとなってはテンプレートだし特に語るべきところはなかった。脱出時にトラウトマンが一緒に戦うのは過去シリーズを見てきてた身からしたらファンサとして多少良かった。
アクションは俺の中では2よりも悪くなってた。火薬も人数も増えてるし規模は上がってるはずなのに編集のせいなのか妙に安っぽくペラペラの映像になっててもしかして予算だいぶ減ったんかな?って感じてしまうくらいだった。
最後のランボーwithアフガニスタンゲリラVSソ連軍のパートはゲリラの騎馬隊は動物倫理感の低い時代特有の迫力があってよかったけど、ランボーが戦うパートはやっぱペラペラ。画面が明るすぎるのがよくないのかわからんけど、2000年代とかの中国の戦争ドラマみたいなハリボテ感がすごかった。
ハリボテ感で言えば今作では妙にヘリが飛んでるだけのシーンが出てくるんだけどこれも作りモノ感がすごくて、これミニチュア飛ばしてる?って思っちゃった。まぁ、あんだけ撮ってるってことはホンモノなんだろうけど。
とにかく編集をケチったのか画面の映画っぽさが後退していたのが、特に大規模アクションパートの影響が顕著だったなって感じ。
映画としてのテーマ性も退化してアクションも退化してる。点が上がるわけないよね。
このアクションすごいなぁ!っていうのがせめてもっといっぱいあればランボーであるという点を忘れさえすれば楽しめる一作として別点つけられたのにそれもほとんどない。まぁ、頑張ってお馬さんいっぱい走らせて撮ったのかな。+4点。
駄作だと思う。
トランプの1人遊びのことは、"ソリティア"で検索すると出てくる。まあこの言葉「1人で遊ぶもの」って漠然とした意味なので、例えばビー玉をボードに並べてジャンプして取り除くようなゲームも"ソリティア"と呼ばれている上に、マイクロソフトが深刻なワード汚染をしたのでこの言葉で見つけにくくなっているのも確かだ。
Windowsを少し前から使っている人なら「ソリティア」と言って思い浮かぶのは階段状に裏向きに並べた端に1枚ずつ表向きにカードを並べて、余ったカードを山札にして開きつつカードを揃えなおすゲームだろう。あれは一般的には「クロンダイク」と呼ばれているのであのゲームで良ければこの名前で検索してくれ。ルールが見つかるはず。余ったカードは1枚ずつ開くルールと3枚ずつ開くルールがあって、3枚ずつのほうはハマって解けなくなる可能性が高いと言われているし、1枚ずつルールでもハマりは存在する。
改めてこれを遊びたいために並べるところからルールを書いておく。用語については説明はしないが、たぶんこのゲームのルールは説明されなくてもわかっているはずだからそこと照らし合わせて判別してくれ。
前述のクロンダイクは山札と裏向きの札、2つの不確定要素があって運次第の要素が多い。それを少し減らしたソリティアとして「ユーコン」がある。クロンダイクがカナダの地名由来であるように、ユーコンも地名由来だ。まあそのことはとりあえず忘れていい。
ユーコンを覚えると、そのバリエーションでさらに2つのソリティアを知れる。ここでは2つの別名で知られるソリティアを挙げておく。1つは「ロシアン」。
ゲーム準備はユーコンと同じ。違いは、列の並べ直しでユーコンでは「別の色」という制限があったが、ロシアンでは「同じスート」という制限が付く。あとは同じ。
これも列の並べ直しのルールが少しユーコンやロシアンと異なっている。ロシアンと同様「同じスート」という制限だが、「1つ上のランクか1つ下のランク」という制限になる。あとは同じ。
とまあ4つほど似たゲームのルールを書いたけど、個人的にはこの中ではユーコンが一番1人で遊んでいて楽しいと思う。自由度がそこそこあって、運要素が少なめで、というバランスが好き。