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日本基督教団(UCCJ)と部落解放同盟(解同)の公式連携は、1975年の「確認と糾弾」を契機に始まり、現在も継続しています。以下に公式サイトからの直接引用を示します。
(出典:日本基督教団部落解放センター公式「設立の経緯」ページ)
(出典:部落解放同盟機関紙「解放新聞」2010年7月5日号、教団側も公式に報告)
教団はこれを2年に1度の全国規模会議として定期的に共同開催しており、フィールドワークや講演なども共同で行っています。
日本基督教団が議長教団を務めた時期があり、部落解放同盟が主導する宗教者ネットワークの中心的な役割を果たしています。
部落差別撤廃を教団の宣教課題として明文化し、継続的な連携を位置づけています。
日本基督教団は公式に1975年の確認と糾弾を受け入れ、部落解放センターを設立して以降、部落解放同盟と共同会議・フィールドワーク・狭山事件支援などで組織的に連携しています。これは教団の社会派活動として公式に位置づけられたものです。
• 日本基督教団部落解放センター公式サイト https://blc-uccj.org/
• 設立の経緯(最も重要なページ) https://blc-uccj.org/日本基督教団と部落解放センター/history-of-establishment/
• 日本基督教団公式サイト内の言及 https://uccj.org/secretariat-publicationbureau-pensionbureau(事務局ページ)
(出典:https://blc-uccj.org/日本基督教団と部落解放センター/history-of-establishment/)
• 教団は部落解放全国会議を部落解放同盟とともに共同主催(2年に1度)。
• 「同和問題にとりくむ宗教教団連帯会議(同宗連)」に参加・議長教団を務めた時期あり。
これらはすべて日本基督教団の公式ウェブサイトに掲載されている一次情報です。 特に「設立の経緯」ページは、1975年の確認と糾弾から部落解放センター設立までの経過が詳細に記述されており、最も信頼できる公式記録です。
2025年の韓国リサーチ「宗教認識調査」(全国成人2万3000人対象)によると、宗教人口は以下の通りです。
• 仏教:16%
• 若年層(18〜29歳)の72%が無宗教。30代以下でも60%以上が無宗教。
• 宗教人口の高齢化が深刻:プロテスタント信者の44%、カトリック信者の50%が60歳以上。
• プロテスタントは特に福音派・ペンテコステ派が主流で、政治的・社会的に影響力が大きい。
韓国キリスト教の中心は大韓イエス教長老会(PCK)やメガチャーチ群です。反共産主義・親米・伝統家族観が強く、保守政党「国民の力」を支持する層が多いです。
極右勢力の象徴。尹錫悦前大統領支持デモを主導し、LGBTQ反対・反左派集会で大衆を動員。「影の支配者」と呼ばれるほど政治的影響力大。
保守団体「セーブコリア」を率い、尹前大統領弾劾反対デモを全国で展開。反共・反北朝鮮を強く主張。
2025〜2026年に左派政権下で「政教癒着」捜査が加速。新天地イエス教や旧統一教会(世界平和統一家庭連合)が選挙介入疑いで家宅捜索を受け、保守教会も標的化されるケースが増加。「宗教右派の台頭 vs 左派政権の締め付け」という対立構造が鮮明。
人権・弱者支援・環境問題に積極的だが、中立的・人道的。日本との歴史問題では「慰安婦」「強制徴用」などで日本政府批判の共同声明を出すが、聖書を直接政治スローガン化せず、社会教説に基づく倫理的訴えに留まる。
◦ 例:福島処理水海洋放出反対で日本カトリックと共同声明(2021年)。「いのちの尊厳」を強調するが、過度な政治利用は少ない。
◦ 評価:日本カトリック同様、政治的中立意識が高く、信仰の政治化を避ける傾向。
日本基督教団と1984年に宣教協約を締結。歴史認識(植民地支配の反省)や人権問題で日本基督教団社会派と密接に連携。共同声明で日本の歴史責任を強調するケースが多い。
韓国のキリスト教系メディアはプロテスタント保守派が主流で、政治色が強いです。
メガチャーチ系YouTubeや「全光焄TV」など。反左派・反LGBT・反北朝鮮を強く主張し、尹前大統領支持層を動員。政治集会報道が活発。
韓国基督教会協議会(NCCK)関連報道は平和・和解を強調するが、保守派からは「左派寄り」と批判される。
プロテスタント保守派は反共・伝統価値擁護を強く打ち出し、左派政権の宗教規制(新天地捜査など)を「信教の自由侵害」と反発。カトリック系は穏やかで、人権・環境中心の報道が多い。
日本基督教団社会派と韓国のキリスト教団体(特に在日大韓基督教会=KCCJ)は、1984年の宣教協約以来、歴史認識・人権問題で密接に連携しています。
1967年の日本基督教団「戦争責任告白」をきっかけに、KCCJと共同で「植民地支配の反省」「在日コリアン人権」をテーマにした声明を繰り返し出しています。 辺野古問題では、KCCJが反基地運動を支援し、日本基督教団社会派(金井創牧師ら)が抗議船「不屈」の運用に深く関与する形で協力関係が強化されました。
◦ 韓国の保守右派福音派(反共・親米・伝統家族価値重視)は、日本基督教団社会派(左派・反基地・構造的罪批判型)とイデオロギー的に正反対のはずです。
◦ それでも歴史問題(慰安婦・強制徴用・植民地支配)という一点でトーンが重なり、共同声明や平和運動で連携します。
◦ これは「日本政府批判」という共通の敵意識による戦略的協力で、信仰の本質とは無関係に機能しています。
◦ 辺野古事故でも、KCCJ関連ネットワークが日本基督教団社会派の平和学習を間接的に支える構造が見られます。
韓国では正統キリスト教(プロテスタント・カトリック)と異端・新興宗教の政治関与が大きく異なります。
◦ 韓国起源の新宗教。政治介入疑惑が強く、2025-2026年に李在明政権下で特別捜査を受けています。
◦ 日本では自民党との癒着問題で注目されましたが、韓国国内でも尹錫悦前政権時代に政界との関係が問題視されました。
◦ 特徴:組織的党員加入や献金を通じて政治に影響力を行使。保守右派との結びつきが強いが、正統キリスト教からは「異端」と強く批判されています。
◦ 近年急成長した異端団体。2026年1月に検察・警察の合同捜査本部が家宅捜索。
◦ 尹錫悦前大統領支援のため信者を党員に大量加入させた疑惑などで捜査中。
◦ 李在明大統領は「社会の害悪」「政教癒着の反乱行為」と強く非難し、解散命令を検討しています。
• 正統プロテスタント・カトリック:政治関与はあるが、比較的「信仰の実践」として位置づけ。歴史問題では日本基督教団と連携するが、選挙介入レベルの組織的活動は少ない。
• 統一教会・新天地:組織的・金銭的な政界癒着が特徴。信者を政治的に動員し、党員加入や献金で影響力を行使する点が正統キリスト教とは大きく異なります。
韓国のキリスト教分布はプロテスタント20%・カトリック11%・無宗教51%と、無宗教者が過半数を占めつつ、福音派の政治的影響力が非常に強いのが特徴です。 日本基督教団との「奇妙な共犯関係」は、歴史問題という一点で左派(日本)と保守右派(韓国)が戦略的に結びつく珍しい構造です。一方、統一教会や新天地のような異端団体は、正統キリスト教とは別に政界への直接的・組織的介入で問題視されています。この「共犯関係」と異端団体の政治関与は、韓国の宗教と政治の複雑さを象徴しています。
以下は、日本基督教団(UCCJ)の人物(主に牧師や関係者)が関与・協力した平和学習プログラムを採用している主な学校・団体を、公開情報・報道に基づいて挙げたものです(2026年3月時点)。関与の形は、講師派遣、プログラム企画協力、海上視察案内、開会礼拝でのメッセージなど多岐にわたります。
• 内容: 開校以来(1980年代〜)の沖縄研修旅行「辺野古コース」の平和学習で、海上視察プログラムを長年協力。2023年頃から抗議船「不屈」「平和丸」を使用した海上からの基地見学を導入。金井牧師は研修初日の開会礼拝でメッセージを担当するなど、プログラム全体に深く関与。学校側は宗教ネットワークを通じた信頼関係で実質的に協力・委託的な形で採用していた。
• 内容: 研究所自体が平和学研究・平和教育の拠点。学校内や外部からの依頼で平和学習プログラムを提供・支援。金井牧師の肩書を使って全国カンパで抗議船「不屈」を購入した経緯もあり、学院の平和教育に深く結びついていた。
• 内容: 年次セミナー(「いのち・平和・人権」をテーマにした全国大会)で分科会や講演を実施。「オキナワと平和学習」などの分科会があり、教団牧師が講師や聖書研究を担当。参加校はキリスト教主義学校が多く、平和学習の教材共有・研修に活用。
• 平和学園(神奈川県など、キリスト教学校教育同盟とも連携)
• その他参加校の傾向:フェリス女学院、横浜共立学園、青山学院関係校などキリスト教主義学校多数(毎年セミナーで平和学習の実践を共有)。
• 内容: 教団の宣教協力学校向けに平和教育を含むキリスト教主義教育の推進。講演会や研修会を通じて平和学習の重要性を強調し、加盟校(中学・高校)でプログラム採用を支援。教団の社会委員会・平和関連委員会が背景にある。
• 共愛学園前橋国際大学附属校(群馬県前橋市、共愛学園中学校・高等学校)
• 新島学園(群馬県など、新島学園短期大学・中学校・高等学校)
• 関西学院関係校(兵庫県など、教団認可神学部とのつながりが強い)
• 内容: 沖縄・広島などの平和学習研修旅行で、教団牧師を講師やガイドとして招くケース。NCC(日本キリスト教協議会)教育部を通じた平和教育資料提供やセミナーも間接的に関与。
• 明治学院大学・明治学院高等学校(東京・横浜) 国際平和研究所(PRIME)などで辺野古や沖縄関連の平和学習・シンポジウムを実施。教団関係の牧師や研究者が関与。
• 明治学園(北九州市) 中学3年生の沖縄修学旅行で平和学習(ひめゆり平和祈念資料館など)を実施。日本基督教団のネットワークを通じた平和講話などが取り入れられるケースあり。
• 日本基督教団社会派の人物は、個人的・ネットワーク的な信頼関係(同志社教会・同じ教団つながり)を活かし、キリスト教主義学校の平和学習に深く関与する傾向が強いです。特に金井創牧師のケースは、牧師職+平和研究所+抗議船運航+学校プログラムという多重関与の典型でした。
これらの平和学習は「戦争の悲惨さ」「沖縄の実相」「構造的罪への気づき」を強調する内容が多く、教育基本法第14条(政治的中立)の観点から議論を呼んでいます。
UCCJの歴史的立場をめぐる長年の論点は三つ。「キリスト教徒が、必ずしも日本原罪論(日本国家が永遠に戦争責任を負う『原罪』を持つという考え)に与する必要はない」、「人はみな罪を背負って生き、個人の贖いが大事」という聖書的な本質、そして牧師が政治思想を強要することの倫理的問題です。
以下、事実ベースで整理します(UCCJ公式告白文・教団史・内外の分析から)。
主な理由は戦後の一大転換「1967年 戦争責任告白」にあります。
1941年、戦時下の宗教団体法でプロテスタント諸派が強制合同され、日本基督教団が誕生。当時、教団は「皇国ノ道に従い皇運を扶翼」する声明を出し、戦争を是認・支持していました。 戦後、GHQ占領下の反省ムード+左翼勢力の台頭の中で、1967年に教団は公式に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を発表。「あの戦争を是認し、支持した罪」を認め、「世の光・地の塩である教会は戦争に同調すべきではなかった」と自己批判しました。 これが起点。以降、「国家・天皇制・戦争への加担のトラウマ」が教団のDNAになり、反戦・反基地・平和主義が神学的に強調されるようになりました(在日大韓基督教会との1984年宣教協約も、この戦争責任反省が基盤)。
社会正義・解放神学の影響 戦後、欧米の「社会福音」やラテンアメリカの解放神学(貧困・抑圧からの解放を福音の核心とする)が流入。UCCJの「社会派」(教会派と対立する潮流)は、これを日本版にアレンジし、「構造的罪」(植民地支配・戦争・基地問題など)を強調。 結果、「日本がアジアに負った罪」「沖縄・在日コリアンへの責任」が「平和の福音」として語られるようになり、辺野古反対や反靖国・反国旗国歌運動に積極的になるケースが増えました。 批判者(保守派キリスト者や外部論者)はこれを「反日左翼的神学」と呼び、「左翼思想と親和性が高い」と指摘しています(日教組影響や全共闘時代の造反派も一部で教団内に流入)。
聖書の原罪(ローマ人への手紙3:23など)は普遍的・個人レベル。「すべての人が罪を犯した」のであって、「日本という国家が特別に永遠の原罪を負う」という教義はありません。 贖いはキリストの十字架による個人的信仰(エペソ2:8-9)。民族・国家レベルの「集団贖罪」を強要するのは、旧約の民族契約とは別次元で、現代の政治解釈です。 UCCJの戦争責任告白自体は「信仰の告白」として意義深いですが、それを「日本は永遠に罪深い国家」という日本原罪論に拡大解釈し、平和教育や政治活動に結びつけるのは、神学の政治化です。「人はみな罪を背負って生き、それぞれの贖いこそ大事」——これがキリスト教の本質です。
牧師には「預言者的役割」(社会の不正を指摘)がありますが、それは福音の枠内で、特定の政党・イデオロギー(左翼反基地論など)を「信仰の必須条件」として信者に押しつけるのは越権です。 パウロも「すべての人に自由を与えよ」(ガラテア5:1)と強調。政治的強要は、良心の自由を侵害し、教会を「政治団体」に貶めます。
教育基本法第14条(政治的中立)や学校現場では特に問題。同志社国際高のようなキリスト教系学校で「平和学習」の名の下に特定団体(ヘリ基地反対協)と連携する場合、「政治思想の押しつけ」と批判されやすい。牧師個人の政治的発言は憲法で保障されますが、指導的立場で若者・信者に強要するのは、信仰の純粋さを損ないます。
結論 UCCJの左翼傾倒は、戦時協力のトラウマ+社会正義神学という歴史的文脈から来ていますが、それは「キリスト教の必然」ではなく、特定の解釈・時代的選択です。 「日本原罪論」はキリスト教の本質(個人罪・個人贖い)とは相容れません。牧師が政治を強要するのは、信仰の名を借りた権威濫用になります。
ただ、教団内にも「教会派」や保守的な声はあり、すべての牧師が政治的ではありません。内部の分裂と現実 教団は一枚岩ではなく、「社会派」(政治・社会運動重視、左寄り)と「教会派」(信仰・伝道優先)の対立が続いています。社会派が声明や運動で目立ち、「全体が左翼」と見られやすい傾向があります。
全国のクリスチャンよ、立ち上がれ。
私たちは、御名のもとで行われる働きが、光の中に置かれるべきだと信じてきた。
しかし今、いのちのことば社をめぐり、不適切な会計処理が行われていたことが、同社自身の公式文書によって明らかにされている。
問題は法的にどうかだけではない。
御業を伝える団体が、信頼を裏切ったという事実そのものが、すでに深刻なのだ。
私たちは問われている。
それでもなお、何事もなかったかのように商品を買い続けるのか。
沈黙と消費によって、この状況を黙認するのか。
いや。
だからこそ今、いのちのことば社が真摯な説明と悔い改め、明確な再発防止を示すまで、距離を置くという意思表示をしよう。
これは憎しみではない。
これは攻撃ではない。
これは、教会と宣教の働きを守るための、信仰に基づく行動である。
声を上げよ。
立ち上がれ。
御名が、これ以上軽んじられることのないように。
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宣教のため来日したキリスト教徒たちは、過去のアサクリシリーズによれば全員テンプル騎士団(シリーズの敵組織)サイド
・アレッサンドロ・ヴァリニャーノ
ただ、半年で終わったソシャゲ『メモリーズ』の展開は必ずしもなぞらないそうなので、どこまでシャドウズで拾われるかはわからない
ヴァリニャーノのもう一つの日本にまつわる有名エピソードは、天正遣欧少年使節の提案をしたこと
その兜は19世紀の火災で破損していたが、UBIが作中で使いたいからとパトロンになり、復元プロジェクトが行われた
今夏にスペイン王立武器庫の修繕が終わり次第、レプリカがオリジナルと並べて飾られる予定
ゲーム内にもこの兜が登場し、作中の資料で閲覧できるだけなのかもしれないが、弥助か奈緒江が身につけられたらいいな
アサクリはテンプル騎士団(敵)とアサシン教団(主人公サイド)の紀元前からの戦いを描くシリーズ
奈緒江はアサシン教団伝統の「アサシンブレード」の使い手なので、まず間違いなくアサシン教団サイド
アサシンブレードを見た弥助の反応が、どうもアサシンブレードを知っている風である
弥助は多分元からカタギではなく、アサシン教団の存在を知る者だろう
ヴァリニャーノがテンプル騎士団ならば、弥助も元はそっちの派閥ではないか
弥助は「日本に来るまでに辛い過去を秘めた元奴隷」として設定されており、苦境の中でテンプル騎士団に拾われ元よりはいい暮らしをしていたが、騎士団のヤバさに気づいてアサシン教団に寝返ったみたいな感じになるのかな?
奈緒江の方も信長の伊賀攻めで故郷を焼かれた復讐心を抱えるキャラであり、その復讐心を弥助にたしなめられているようなPVがあるが、騎士団を抜けても騎士団所属時代にいい思いもできていたら弥助ってどこの誰に復讐すればいいかわからん立場だしな
多分、信長の伊賀攻めなどの悪役的行動はバックにいたテンプル騎士団が引き起こしたもので、信長自身はわりといい奴だったって方向に行くんじゃないかな
奈緒江が信長に復讐心を抱き、一方で弥助が信長に恩義を抱き、両者が対立せずに仲間になるためにはそういう流れになりそう
メモリーズでは信長は『エデンの剣』という、かつてはアーサー王やジャンヌ・ダルクも所有していた不思議な力を持つ剣を手にしたせいで覇道に飲まれたという設定
メモリーズ設定はなくなってエデンの剣云々もなくなるかもしれないが……信長が元からテンプル騎士団関係者なのでヴァリニャーノが接近したのか、接近後にテンプル騎士団入りしたのか
少年使節の兜復元プロジェクトとかわざわざやるぐらいだから、今のところ人物紹介などで目立ってはいないがヴァリニャーノはけっこう重要人物になると思うんだよな
1755年のリスボン地震(リスボンじしん、ポルトガル語: Sismo de Lisboa de 1755、英語: 1755 Lisbon earthquake)は、1755年11月1日に発生した巨大地震である。
リスボン大震災(リスボンだいしんさい)あるいはリスボン大地震(リスボンおおじしん)などとも言う。
9時40分に西ヨーロッパの広い範囲で強い揺れが起こり、ポルトガルのリスボンを中心に大きな被害を出した。
津波による死者1万人を含む、5万5,000人から6万2,000人が死亡した。
推定されるマグニチュードはMw8.5〜9.0の巨大地震であったと考えられている。
震源はサン・ヴィセンテ岬の西南西約200kmと推定されている。
当時の通俗的な理解では、地震とは自然現象というより神罰である。
しかし、多くの教会を援助し、海外植民地にキリスト教を宣教してきた敬虔なカトリック国家ポルトガルの首都リスボンが、なぜ神罰を受けねばならなかったのか、
なぜ祭日に地震の直撃を受けて多くの聖堂もろとも町が破壊され、善人も悪人も罪のない子供たちも等しく死ななければならなかったのかについては、
震災の原因をリスボンの人々の「罪」にあるとしたイエズス会もポルトガルの領土から追放され、財産を国庫に没収された。
イエズス会の指導者で地震を人々に対する「罰」であると説教し続けて人々の熱狂的な支持を受け、
カルヴァーリョがリスボンを再建しようとすること自体を神に背くものであるとして糾弾し続けていたガブリエル・マラグリダは地下牢に幽閉の後に異端審問にかけられて処刑された。
キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。
死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。
そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。
更に、わたしたちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。
死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。
そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。
そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。
この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。
しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。
死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。
つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。
ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属している人たち、
次いで、世の終わりが来ます。そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、父である神に国を引き渡されます。
ゼロ年代のインターネットには、Alex Kさんという日本語が堪能なウクライナ人がいた。彼は日本語版ウィキペディアで、ウクライナに関する有益な記事をたくさん執筆していた。ウクライナ語のиをすべて「ウィ」と表記した結果、「フメリヌィツィクィイ」みたいな記事名ばっかりになっていたが、これも彼の正確さを重んじる姿勢のゆえだと好意的に見ることはできる。
しかし、Alex Kさんはウクライナ民族主義者であった。もちろん、民族主義者であっても良質な記事を書いてくれるなら問題はない。だから彼は、ウクライナの歴史上の人物や、都市や、教会についての記事を執筆し、加筆し、あるいは修正のために議論した。そしてある日、ひとりの日本人編集者が、彼の書いたウクライナにある教会に関する記事を修正しようとした。それが問題のはじまりだった。
話を150年ほど遡る。鎖国が終わり、自由にキリスト教を布教してよいことになったので、欧米人はこぞって宣教師を日本に向かわせた。宣教のためには、現地の言葉で書かれた聖書が必要不可欠である。だから宣教師たちは、それぞれが独自の日本語版聖書を作った。正教会の宣教師だったロシア人の聖ニコライは、漢文の素養のある日本人に助けられながら、教会スラヴ語(教会で用いられる古風なスラヴ語)に基づいていかめしい文体の日本語訳聖書を作った。カトリックやプロテスタントは、時代に合わせて聖書をよりやさしい日本語に置き換えてきたが、正教会の聖書は、明治時代からその言い回しなどがほとんど変わっていない。結果として、正教会の聖書は読みにくく、使われる語彙もカトリックとは異なっている。たとえば、こんなふうに。
| 正教会 | カトリック |
|---|---|
| 主教 | 司教 |
| 顕栄 | 変容 |
| 生神女 | 聖母 |
| 至聖三者 | 三位一体 |
| イイスス・ハリストス | イエス・キリスト |
これがいいか悪いかは、その人の価値観によるだろう。他の教会と共通する用語を使うべきと考える人もいれば、独自の伝統を守るべきだと考える人もいてよい。だがそれを決める権利は日本人の正教徒にしかなく、外部の者はそれを尊重すべきであるはずだ。
このようにキリスト教各派が使っている用語がバラバラなので、日本語版ウィキペディアでは、「各派の独自用語を尊重する」というデファクトスタンダードが確立された。たとえば日本政府は少し前までローマ教皇のことを「法王」と呼んでいたが、ウィキペディアではカトリック独自の呼称である「教皇」が採用された。カトリックの教会が「主教座」と表記されていたときは、カトリック用語の「司教座」に直された。だからその日本人編集者は、2009年に、Alex Kさんの書いた記事にある「三位一体」「変容」を、「至聖三者」「顕栄」に直した。
ところが、Alex Kさんにはそれが気に入らなかった。ウクライナ語や英語では、当然ながらこのような区別は存在しない。Alex Kさんは、「三位一体」は日本語の定訳なのに、なぜ「至聖三者」という日本正教会独自の用語を使わなければいけないのか? と反論した。さらに、大部の国語辞典を参照して、「顕栄」とは立身出世するという意味であり、「変容」の方が教義的に正しい、とも主張した。これに対し、日本人編集者たちは次のように答えた。
このような反論にAlex Kさんがきちんと応答していれば、もしかしたら有意義な論争になったかもしれない。だがAlex Kさんは、すでに論駁された自身の主張を繰り返すだけだった。あまつさえ、投票に参加しなかったにもかかわらず勝手に記事名を元に戻すなどの問題行動を起こした。最終的にAlex Kさんは日本語版ウィキペディアから出禁を言い渡され、現在のゆくえは杳として知れない。
Alex Kさんは何が気に食わなかったのだろうか。それはおそらく、日本正教会の立ち位置にある。実は、日本正教会は完全に独立した教会ではない。日本正教会はロシア正教会の一部なのである。
それの何が問題なのだろうか。日本のカトリック教会は、全世界の信徒を統べるカトリック教会の地方支部に過ぎないではないか。それと同じように、日本正教会がロシア正教会の支部であって何か問題があるのか? カトリックと正教会の組織運営上における最大の違いが、まさにこの点にある。カトリック教会は全世界の組織がピラミッド状になっているが、正教会では各地にある正教会は対等な存在で、それらを統べる上位者はいないのだ。つまりカトリック教会が「世界政府」だとしたら、正教会は「国際連合」のようなものなのだ(コンスタンティノポリスの全地総主教はあくまで同輩中の首席にすぎない)。
正教会において、国際連合における独立国のように振る舞うことができる教会のことを「独立教会(autocephalous church)」という。ロシア正教会やブルガリア正教会などはみな独立教会であり、対等な存在である。そして、国際連合に加盟する独立国の中にも自治区があったりするように、独立教会の内部にも自治を許された独自の組織が存在することがある。日本正教会はこのパターンで、教会内の人事は基本的に日本人の信徒や神品(聖職者)で決めているが、教会トップはモスクワから承認を受ける必要がある。日本正教会は、少数派であるキリスト教の中でもさらに少数派で、文科省の統計では人口1万人いるかいないかだ。小さな島が独立を諦めてイギリス領に留まることを選ぶのと同じように、日本正教会はロシア正教会から独立しようとしていない(というか日本だけじゃなく、そもそも東アジアに独立教会がない。中国正教会もロシア正教会の傘下だし、韓国や香港に至っては全地総主教の下の単なる府主教区であって自治権はない)。
つまり、ウクライナ民族主義者であるAlex Kさんにしてみれば、「日本正教会を尊重せよ」というのは、「ロシア正教会を尊重せよ」というふうに聞こえていたのではないか。なるほど彼からすれば、ウクライナ語では正教会とカトリックとで同じ言葉を使うのに、ロシア正教会日本支部ではわざわざ別の言葉を使ってカトリックと差異化しようとしている、と映ったのだろう(ウクライナには「儀式のやり方は正教会だが、組織としてはカトリック」という教会が存在しており、かつてロシア帝国から激しく弾圧されたことから、ウクライナ民族主義の核になっている)。
しかしAlex Kさんが見落としていたのは、日本正教会は日本人によって運営されている教会だ、という点である。確かに教会の設立はロシア人によるものだし、ある時期まではトップがロシアから派遣されていた。だが日本人の正教徒は自分たちで教会組織を運営するようになり、ここ半世紀は教会のトップも日本人が務めている。しかも、日露戦争やロシア革命によって生じた反露世論によって痛めつけられた上での話である。ロシア正教会が気に食わないというウクライナ人の気持ちは理解するが、逆風に耐えながら百年以上も信仰を守ってきた日本人信徒に対する尊重くらいは求めてもよいはずだ。
ところが、Alex Kさんが示したような日本正教会への侮蔑あるいは敵対は、残念ながらウクライナ人のあいだにしばしば見られる。たとえばウクライナ正教会は日本支部を開設しているが、その神品であるパウロ・コロリューク(Павло Королюк)は、「生神女就寝祭」を「聖母就寝祭」と呼ぶなど、日本正教会の用語法を意図的に無視する姿勢を打ち出している。ウクライナでならば好きな用語を使えばいいが、あいにくとここは日本であり、日本正教会の管轄地である。郷に入っては郷に従うべきではなかろうか。また、コロリューク神父あるいは彼に近しい誰かは、日本正教会を侮蔑するツイートを公然としている。まあ、こういうツイートでウクライナへの共感が強まると思っているならご自由にされればよい。増田は、コロリューク神父はキリル総主教の精神的双生児なのだから、似た者同士もっと仲良くすればいいのに、という感想しか持てなかったが。
(そもそも、ウクライナ正教会が日本支部を開設しようという時点で「シマ荒らし」といえる。日本在住の正教徒は基本的に日本正教会の聖堂に通うべきだからだ。とはいえ、移民が移民先に支部を作るのは米豪などでも問題になっているし、ルーマニア正教会も日本に支部を築いたことがあるので、ウクライナだけの問題ではないのだが。根本的には日本正教会が独立教会ではないのでナメられているのだろう。あるルーマニア人は「在日ルーマニア人が教会に行くのに、何でモスクワの許可が必要なんだ?」と嘯いたそうだ)
さらに、一昨年開かれたホロドモールの犠牲者を追悼する合同祈祷式には、コロリューク神父だけではなく「日本における総主教代理であるアンブロシオス府主教」が出席していた。日本の総主教代理とはどういうことか? 実は、全地総主教は日本正教会の自治権を認めておらず、韓国に派遣したギリシャ人の神品を日本の正教会のトップに任命しているのだ。彼は韓国の正教会のトップでもあるので、というかそっちが本業なので、ふだんはソウルにいる。なるほど、ウクライナ正教会が全地総主教によって承認された関係上、全地総主教が認める総主教代理を認めねばならないという事情は理解できる。だがそこでも、日本正教会が日本人の運営する教会だということは無視されている。明治時代からの由緒ある聖書を守り続けている日本人信徒がおよそ1万人いて、神学を修めた日本人の神品が何人もいるというのに、ふだんは韓国に住んでいるギリシャ人が日本の正教会のトップを名乗るというのは、日本人への侮蔑だとは思わないのだろうか?
ロシアのウクライナ侵略が許されざる暴挙であり、ウクライナ人へのジェノサイドであることにはいささかの異存もない。プーチンとプーチンを盲目的に礼賛するロシア正教会のキリル総主教は腹を切って死ぬべきである。Оккупанты, идите домой! だがそのことと、日本人が守り育んできた日本の教会を軽んじてよいかということとは、まったく別の問題であるはずだ。ウクライナ人、特にウクライナ正教会の関係者は、日本正教会に敬意を払うべきだ。彼らはどんなに苦しい状況でも正教会の信仰を守りぬいた人びとであり、彼らの培ってきた伝統は尊重されるに値する。もしもウクライナ正教会がイイスス・ハリストスの教えを日本で守り広めたいと思うなら、まずは彼らの伝統に倣うことから始めるべきだろう。
ところで、ウクライナ語版ウィキペディアの「日本正教会」の記事には、次のような記述がある。
На відміну від католицької і більшості протестантських церков Японії, Японська православна церква не використовує усталеної в японській мові християнської термінології. З 19 століття вона розробила власний словник. Більшість термінів вважаються застарілими словами і малозрозумілі для сучасних японців[13].
この「注13」は次のようなものだ。これは英語版やロシア語版にはない、ウクライナ語版オリジナルの記述である。
Наприклад звичне для японської мови слово «Трійця» саммі іттай (三位一体, дослівно: «три особи одна суть»), що зафіксоване у провідних японських словниках, японські правослані замінили на сісей санся (至聖三者, дослівно: «найсвятіші три особи»). Ця заміна сприймається неадекватно, оскільки друга частина словосполучення — санся означає не лише «три особи», а й «третю строну» або «аутсайдера». Інший приклад — «Преображення». В сучасній японській мові для позначення цього слова використовується термін хенйо (変容, дослівно: «зміна образу»). Японська православна церква замість нього вживає термін кен'ей (顕栄, дослівно: «проявлення слави»), який в японських словниках тлумачиться як «стати заможним» або «вибитися в люди».
Alex Kさん! 生きとったんかワレ! 「顕栄」についての一方的な解釈が健在なのを見てとても懐かしい気持ちにさせられた。さらに、「三者」は部外者というニュアンスもあるから、「「至聖三者」」はTrinityの正確な訳ではないそうだ。もちろんこれは日英露各版のどこにも書かれていない新発見である。確かに「第三者」という語を思い出せば、「三者」に部外者という語義があることは明白だ。このウクライナ人編集者の勉強熱心さには頭が下がるので、次はぜひ序数という概念についての記事を書いてほしい。しかし何より驚嘆すべきは、これほど独創的な日本語解釈が堂々とウクライナ語版ウィキペディアに載っているということだろう。ウクライナ人に向けて世界の言語についての知識を広めようとするAlex Kさんの思いには頭が下がる。きっとそのような手法はモスクワで身につけられたに違いない。いや、実にあっぱれ。<
アブラハムが、息子イサクを犠牲として捧げよるよう神から命じられる。アブラハムは苦悩するも、神への信仰(息子を死なせたとしても、神は生き返らせる事が出来るという信仰)を貫き、実際にその通りにしようとする。イサクを殺す寸前で神はアブラハムを止めて、代わりの犠牲(羊)を捧げるよう指示する。この、アブラハムの信仰を神は高く評価し、彼の子孫から人類を「原罪」から救う者=救世主=メシアが登場するという約束=契約をする。これが、アブラハム契約と呼ばれる物で、アブラハムの宗教と言われているのは、アブラハムが契約した神様の教えを守っているから。
※余談
メシアの本来の意味は油を注がれた者。救世主という意味は後から付いてきた。
■ユダヤ教
アブラハム以降、イサク、ヤコブ、ヤコブの12人の息子と子孫が増えていく。このヤコブの12人の息子の一人、ベニヤミンの子孫であるモーセが書いたモーセ五書(トーラー)を含む旧約聖書を聖典としている。アダムから受け継いだ「原罪」をメシアが取り除くという希望を抱いている。そのメシアはまだ来ていないというスタンス。
※余談
ノアの時は十戒はまだない。十戒はモーセ。ノアの時は肉食が許可された事と、契約の虹(=洪水で人類を滅ぼさない)が有名。メシアは、ヤコブの12人の息子の一人ユダ族から生まれるという預言がある。
「原罪」を取り除くメシアがイエスだという教え。ただし、現状「原罪」からはまだ開放されていないとする派閥もいれば、「原罪」から開放されたという派閥もおり、この辺の教えは様々。聖典は旧約聖書と新約聖書。教派によって外典を聖典扱いしたり、しなかったりするが、基本外典も聖典扱いしている。
※余談
基本、内ゲバが多い。カトリックのイエズス会は宣教ガチ勢。狂気に近い信念で行動しているヤベー集団。聖書ガチ勢だったルターは別に宗教改革とか考えていなかった。カトリックが良くなればいーなーぐらいのスタンスで、95ヶ条の論題を書いたけれど、思いの外バズって宗教改革につながった。時代の流れって怖いね。元増田にはプロテスタントが自由でカトリックが厳しいというが、どっちもどっち。
ムハンマドが最後の預言者という扱い。モーセ五書(トーラー)を含むクルアーンを聖典としている。イエスについての記述もあるが、キリスト教ほど重要視はしていない。ユダヤ教、キリスト教と比べ、メシア=救世主の重要度は低い。
※余談
イスラム教には詳しくないので、識者求む。
バイオラ大学での福音学での恩師、カーティス・ミッチェル博士はよく言っていた。「救いの前に彼らを迷わせなければならない」と。もし人々が自分たちの生活に何か深刻に満たされていないものを感じていなければ、新たな信仰を受け入れるとは考えにくいし、まして神や救いを求めようとするはずもない。
ダニエル・L・エヴェレット(著), 屋代通子(翻訳)(2012年)『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』(みすず書房)pp.369
キリスト教が宣教師によって世界各地に伝播していく仕組みはこれだったのか。ローマやエルサレムとははるか遠くに離れたアジアや南米にまでキリスト教が広まっているのが不思議だったけれども。キリスト教には原罪というすべての人類に押しつけがましく罪悪感を植え付ける思想があって、個人的には気に食わなかったけど、宣教にはうってつけの手法だったのか。
著者のエヴェレット博士は、SILという米国のキリスト教宣教師の組織の一員として聖書をピダハン語に翻訳して宣教するために、ブラジル・アマゾンの少数民族ピダハンの集落へと妻子と共に赴いた。著書によると、聖書を翻訳してピダハンに理解させることはできたが、キリスト教信仰を受け入れさせることはできなかった。
ピダハンは特別に宗教を信仰しておらず、実際に見聞きした物事しか信用しない。あえて何らかの信仰があるとすればアニミズム信仰であり、あらゆる物に精霊が宿っていると考えている。さらには自らが精霊になったりもする。故人に変装して土葬されたときの気持ちをトランス状態で語ったり、精霊の名のもとに自らの雄弁さや教訓を語ったりといった具合にだ。日本で言うところのイタコ芸かと私は思った。ピダハンにとって精霊は、実際に見聞きできるものなのだ。
ピダハンにとってイエス・キリストは実際に見聞きをすることのできない存在なので信仰の対象たり得なかったのだ。翻訳された聖書の音声レコードを聞いて文化の違いに笑ったりもするが、聖書はエンタメとしか理解されなかったようだ。洗礼者ヨハネが首をはねられる場面を楽しみながら何度も聞いたという具合にだ。エヴェレット博士は宣教師だが、同時に言語学者として大学での研究も並行していた。実証されたことしか信じないピダハンの態度を目の当たりにして、エヴェレット博士は科学者としての自らの論理的思考の結果から、信仰に疑問を持って無神論者になったという。
聖書をアニミズム信仰者に理解させることができなかったことは、キリスト教宣教師が自らの信仰を喪失させるほどのことだったのだろうか。だとしたら、過去に世界中にキリスト教を宣教できたのはなぜだろうか。やはり、金や暴力といった強制力を働かせなければ宣教は難しいのだろうか。日本に対するキリスト教宣教師がそうだったように。冒頭で引用したように、強制力をもってして迷わせることが、キリスト教宣教による救いを与えるのに必要な前提なのだろう。ジャングルという恵まれた自然に満足して常に笑顔を絶やさないピダハンには、迷う必要がそもそもなかったから、キリストは不要だったのだ。
科学技術の発展にともなう人々の論理力の向上と、金や暴力による強制力を忌避する社会的な風潮によって、宗教の力は今後ますます縮小していくことだろう。日本において神道・仏教などの宗教の力が人々から薄れていくのと同様の運命を、キリスト教など他の世界的な宗教でも同様にたどっていくことだろう。
ChatGPTに聞いてみた
キリスト教が布教に熱心なイメージがあるのは、その歴史や信仰内容に関係しています。一方、他の宗教にはそれぞれ独自の信仰や文化があり、布教活動のスタイルや度合いが異なります。いくつかの理由を挙げてみましょう。
キリスト教は福音主義的な宗教であり、イエス・キリストの教えを広めることを重要視しています。そのため、キリスト教徒は「福音を伝える」という使命感を持っています。一方、他の宗教、例えば仏教やヒンドゥー教は、それぞれの教えや信仰の中で布教活動が異なり、自己啓発や個人の修行に重点を置くことが多いです。
2.歴史的背景:
キリスト教は、歴史的にヨーロッパの植民地拡大や伝道団体の活動を通じて広まってきました。その結果、キリスト教は世界中に伝わり、多くの国や地域で信仰されるようになりました。他の宗教は、植民地主義や宣教活動による広がりがそれほど大規模ではなかったため、布教活動のイメージが薄いことがあります。
宗教は、その地域の文化や社会に深く根ざしています。キリスト教圏の国々では、キリスト教が文化や政治に大きな影響を与えており、その影響力を保つために布教活動が行われることがあります。一方、他の宗教は、その信仰や文化が布教活動に熱心でない地域やコミュニティに根ざしていることが多いです。
言語や文化の違いも、布教活動の程度に影響を与えます。キリスト教は、ラテン語や英語などの普及によって世界中に広まりやすくなりました。一方、他の宗教は、その教えが特定の言語や文化に密接に関連しているため、外部の人々に伝えることが難しいことが
ボクサーを撲殺したのは僕さ
これから満で数つけるわ
ナンを何枚も食べるのなんて、なんでもないよ
新患の新幹線に関する新刊に新館を立てて震撼し信管が作動する。
ケニアに行ったら生贄や
柑橘類の香りに歓喜し、換気を喚起したが乾季が訪れたので、寒気がした。
塗装を落とそうか。
観光客がフイルムに感光させた写真を刊行することが慣行になった。
サボってサボタージュ
景気が良くなりケーキを食べる契機を伺う徳川慶喜(とくがわけいき)
夫を成敗するオットセイ
つまらない妻の話
竹の丈は高ぇなー
餅を用いて持ち上げる
ロストしたローストビーフ
サボテンの植え替えサボってんな
過度な稼働は可動範囲を狭める
伯爵が博士の拍手に拍車をかけて迫真の爆死をし白寿の白人を白紙にもどす。
紅葉を見て高揚する
甲子園で講師をする公私混同した孔子の実力行使には格子窓も耐えられない。
死んでんのか?「心電図を取ってみよう!」
夜祭で野菜を食べる。
信玄餅を食べながら震源を特定するように進言する新元素を発見した人。
蜂の巣(honeycomb)を見てはにかむ
五反田で地団駄を踏む
ようやく要約が終わった
海溝で邂逅
豪華な業
甲板で甲板をかじる
甲板で乾パンをかじる
店頭で転倒
大枚をはたいてタイ米を買う
醤油をかける人「えっっ?」
神田でした噛んだ
少食な小職
牛の胆嚢の味を堪能する
あの娘にはどう告っても(どうこくっても)慟哭する結果に終わるだろう。
キーンという高音の起因が掴めない。
こんな誤謬は秒でわかるだろ
壊疽した箇所が治るというのは絵空事だ
経口補酔液
痴的好奇心
セントーサ島に行くのは正恩が先頭さ
軽微な警備
冬眠する島民
ベットは別途用意してください
The deserted desert in desert desert.
九尾のキュービズム
罹災者へのリサイタル
画家の画架
不納が富農になるのは不能だ
理工がRICOHに利口な履行
I sensed tha it is in a sense sense.
私はそれをある面では扇子だと感じた。
鯖を食べている人と、それを見ている人の会話
鯖 ça va?
ça va 鯖
ça va
ゆめゆめゆめをみるわけにはいけない
早漏で候
凪に難儀
東上線に搭乗した東條が登場
高校を後攻で煌々と口腔で孝行
蝉が転んでセミコロン
道徳をどう説く
写真はフォトんど撮りません
ダリ「絵ぇかくのだりぃなあ」
華美な花瓶のカビに過敏に反応
檻に入っておりいった話をする
夏のおサマー
夜は寝ナイト
渦中のカチューム
渦中のカチューシャ
リスボンでリスがborn
どうないはどないなってんねん
苫小牧でてんてこ舞い
市内を復旧しないと
石狩の石を借りる
おが置いてあるのを見た人「おはおっかねぇーから置かねぇ方がいいぞ」
砂がどしゃーw
東上線に登場した東條が登場
飽きない商い
おなか吹田市
観劇で感激する
側転に挑戦し即、転倒
別件を瞥見
凹地のお家
魚を初めてみた人「うぉー」
カラヤンの頭の空やーんw
豚をぶった仏陀
只見線をタダ見w
菊名でそんなこと聞くなよ
五秒で死んで御廟に埋葬
がらんとした伽藍
有給を使いすぎて悠久の時が流れた
長谷に想いを馳せる
Thinkerの真価
不具の河豚
暗記のanxious
半世紀にわたる半生での藩政を反省
タンチョウが単調増加
ショック死内親王w
カルカッタの石軽かった
天皇のこと知ってんのー
蒋介石を紹介した商会を照会した商會の船で哨戒する
其方のソナタ
先王に洗脳される
防潮堤で膨張した傍聴人
砂漠で鯖食う鯖を裁く
筒に入った膵島
サイコロを使った心理テスト(psychological test)
カラシニコフが辛子個踏んだ
皇帝の高弟が公邸の校庭の高低差を肯定する工程に拘泥した記録を校訂
にようかで酔うか?
うるさい人が売るサイ
どんなもんだい、を、どんなムンバイ、と言い間違える人
透徹した饕餮の眼球
チャカで茶菓を破壊
slimyなすり身
ゆうほど広くない遊歩道
いにしえのイニシエーション
コーランをご高覧ください
K殻の傾角を測定する計画
協賛した共産党員に強酸をかける
負けたのは聖者の静寂のせいじゃ
裏地見るウラジミール
カミオカンデの上に紙置かんでw
県大会がおわり倦怠感を感じる
夕暮れのユーグレナ
ストライキをする公務員に呼びかける人「 Stay calm(公務)」
エド・はるみの穢
祭壇を裁断
腐卵ダースの犬
全然人が集まらないクラブの人「参加数人は我々の十八番ですから。だけに。」
四苦fuck
都バスが人を跳ね飛ばす
怒るカロテン「なにカロテンねん」
嫌がる慰安婦「いやんっ」
かえるがえる帰る蛙
沈厳な青梗菜
トリコロールの虜
布陣を組む夫人
栗けっとばすクリケット🦗
婉容と遠洋漁業
アマルガムで余るガム
ハラスメントの疑いを晴らす
滋賀を書けない人を歯牙にも掛けない
他意はないタイ人の鯛の態度
鯛が蛇足
ダジャレではない↑
割と面白い
ハラッパーの原っぱ
紫に関して思案を巡らす
Huluが夏の風物詩だと思っている人「Huluですなぁ」(風流)
下調べのムニエル
わからないので
意味ない諱
よく分からんリポーター「うわぁ〜美味しそうですね!少なくとも不味そうには全く見えません!」
どうしても下がりたくない人「黄色い線の内側は、境界を含みますか??」
計算ができない人
着ていく服を決めた高橋是清「これ着よ」
enough、enoughは工夫がenough
負け負け山(カチカチ山)
薬師丸せま子
トーマス・マンの書いたふるさと「うさぎ〜おーいし、魔の山〜♫」
その心は
焼結が猖獗を極める
これはstaleだから捨てるか
衒学的な弦楽を減額
完全な勧善懲悪
イボ人の疣痔
イブに慰撫
(訳 ぬるぬるしてるありふれた魚)
盲いるのに飯いるの?
アーヘンで阿片を吸った人「あー変」
毒吐く独白
明借りるアスカリ(車)
丁寧な砂浜「Could you九里浜」
ゴーンと奉公
その心は
サンクチュアリに山窟あり
熟れたウレタンは売れたんか?
清澄な声調を静聴し成長
プエルトリコで増える虜
象さんを増産
兄弟が今die
Dose heで始まる疑問文に答える京都人、Yea, he どす
ソフィカルのソロカル
美人局に筒持たせる
十把一絡あげ
篤信な特進が涜神を得心
これは何という植物かな?ムユウジュでは?あそっか、なるほど。
クートゥを食うとぅいいよ
マイソールで昧爽に埋葬
ドクサは毒さ
暗殺で朝死んだ
クラシックについて語る人をそしる人「弦楽なんてペダンチックだなあ」
凛々しいリリシズム
衛生的な俳人
御髪も亂とはオクシモロンだ
コロナ後の世界を分析する学問→postcoronialism
影響が色濃いイロコイ諸族
あてのあてないアテナイ
統一教会と自民党の関係について簡単にまとめてたけど、先行増田(ありがとう!)があったから近年のリンク付き小ネタを貼ってくよ。(あんまりリンク張って怒られたからほとんどリンク削っちゃった、アドレスバーに貼るといけるとおもうよ。)
2018年までの状況をきちんとまとめたものについては藤田庄市氏の「日本における統一教会の活動とその問題点」
http://www.rirc.or.jp/20th/Rirc20th_inbound8_Fujita.pdf
あとはおなじみ「やや日刊カルト新聞」だね。ちなみに統一教会は歴史的に日本共産党関係の人が強く批難してるけど、やや日は日本共産党も準カルト判定(カルト候補ぜんぶ載せのポイント算出基準)してるのでその辺は公平なんじゃないかな。
基本的にリンクで見てへぇーって思えるやつしか置いてないから、あれがないなって思うかもだけどごめんね。
あとみんなやや日の記事になってるからそこを見てもらうのが一番いいと思うよ、上前はねてるみたいで申し訳ないし。やや日が継続してWeb媒体で取り上げてくれてるから、たいていソースはやや日になっちゃうんだ。)
・私は安倍さんとか勝共連合繋がりの人らが統一教会を宗教として信仰してるとは思ってないし、追求してる人らもそこは問題にもしてないよ。
・でも統一教会の集団としての勢力(集票力とか所有メディアとか)を利用するってことは霊感商法の被害金や信者の搾取による資金を利用するってことだから悪いよ。統一教会は財産を捧げる「万物復帰」とか日本の経済力を教団の目的のために使うべきと考えている「エバ国家の役割」とか、つまり教義の部分でお金が(特に日本人信者から)出て行くようになってるよ。
wikipediaの世界基督教統一神霊協会の関連用語が見やすいよ。
・何度も追求されても関係を絶ってないし、政治家の支持基盤となることで批判や規制がしにくくなっているから問題だよ。統一教会は様々なフロント団体を使って正体隠しをしてるけど、政治家がフロント団体と知ってて協力することでフロント団体が問題ない団体かのように見せてしまうよ。
・統一教会そのものはお金のこと以外にも合同結婚式で結婚して渡航した人のその後とか親が信者の宗教2世の問題とかがあるよ。統一教会系と自民党は家庭を「重視」する方向が一致してるけど、問題ある家庭に縛られる方向に進まないか心配だね。
統一教会の2世の人はほかの2世の人と同じようにネットで当事者として発信、交流してるよ。今回様々な考えや気持ちを表明してるけど、彼らが傷つかないよう、追加で傷つけられることがないよう配慮されるべきだと思うよ。
安倍さんのお爺さん岸信介さんは文鮮明の反共産主義団体勝共連合と連携したと言われているよ。(創立期の経緯は確認できなかった、ごめんね)詳しくはWikipediaの「国際勝共連合」を見てね。
岸さんの考えはこのスピーチにあらわれてるね。
twitter.com/B4Btv/status/1545558775717072896
勝共連合と岸信介さん、お父さんの安倍晋太郎さんの関わりが記述されてる記事を紹介するよ。
www.ifvoc.org/news/shiso-np180415/
保守の人らと統一教会はずっと反共産主義という点で繋がってるよ。この時代は日本でもアメリカでも冷戦構造を前提とした政治的な要素が強いよ。
でも統一教会が天皇役の人を立てて文鮮明に忠誠を誓うという儀式をやってることが問題になってちょっと距離感が発生したよ。
統一教会は霊感商法とかで荒稼ぎして大きくなって、政治家が大きい行事に祝電を送ったりする程度の付き合いはあったよ。安倍さんが官房長官の時の2006年に、官房長官名で祝電を打ってたことが問題になって、私人として対応すべきだったので担当者を注意したということだよ。なお2005年にも送ってたよ。
霊感商法対策弁護士連絡会から抗議されたりしたけど特に対応はなかったよ。
世間がざわついた2021年大会でのビデオメッセージは形式的じゃなくてちゃんと教団の価値観を踏まえて賛同するスピーチだったよ。ただこれは安倍さんが信仰してるとかじゃなくて、付き合いが長いのと統一教会を問題だと思ってないから丁寧な対応をしたんだろうなと私は思ってるよ。問題だと思ってほしいんだけどね。中身に触れてる記事を貼っとくよ。
www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_12006/
ちなみにこの回でトランプ元大統領もメッセージ送ってるからほんとただの付き合いだよみたいに言う人がいるけど、トランプ氏も統一教会(ムーニーって言われてるよ。文=ムン=moon)を利用してるよ。でもこの人も別に信じてはないと思うよ。
世界日報や勝共UNITEのメディアに登場してるナザレンコさんは
『国を良い方向に変えるために支持し投票してくれている有権者団体にメッセージを送るだけ』と言ってるから、支持基盤として感謝してたのかな?
twitter.com/nippon_ukuraina/status/1545631433959837697
この辺は詳しくないからわかんないな。新潮は2017年に当初大統領選に勝つと思われてなかったトランプ氏との会談を急遽セッティングしたのは勝共連合経由のコンタクトだよと書いてる。あと、この参院選に出てる井上義行氏は安倍氏が首相の頃の元首相秘書官で、統一教会の会合に出席して幹部から既に信徒になりましたと紹介されてる。冗談かな?どうだろうね。選挙に出るから近づいたのではなく前から近かったら、他にもそういう人脈の秘書とかがいたのかもしれないね。
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/508513
統一教会は信者から集めたお金でメディアを持ってるよ。世界日報、ワシントンタイムズ、ViewPointとかだね。世界日報はみんな知っての通り安倍さんの政策、例えば伝統的家族観の復活とか憲法改正を強く支持してきたね。安倍さん周辺の政治家やブレーンの人々は世界日報系メディアで執筆したり世日クラブで講演したりしてるよ。機関紙世界思想は安倍さんの政治主張に賛同する記事を書くとき表紙に写真を使ったりしてるね。統一教会と、教会と親密な周囲の人々の片思いだったのかな?どうだろうね。
各サイトを見に行ってくれたら雰囲気はわかるよ。外国のニュースは(ワシントン ニューヨーク)×(タイムズ ポスト)の組み合わせに注意ね。
2021年に安倍さんがビデオメッセージを送ったやつは正確には宗教団体としての統一教会じゃなくて、UPF(天宙平和連合)っていう真の父母様が作った団体だよ。このUPFはIAPP(世界平和国会議員連合)ってのを作っていろんな国の議員さんにアプローチしてるよ。
日本ではこんな感じだよ。
twitter.com/cult_and_fraud/status/1404845921205035011
残念ながら、平和、家庭、日韓友好あたりのワードは統一教会とフロント団体がよく使うワードなんだ。こうやってお付き合いが発生してしまうようだね。自転車イベントピースロードは実行委員会側にも自民議員さんがいるよ。
dailycult.blogspot.com/2021/08/peace-road.html?m=1
ちょいちょいあるんだけど、安倍さんの祝電が問題になった2006年はいっぱいいてすごいよ。
https://kamayan.hatenablog.com/entry/20060609/1149822704
あと2018年の日本宣教60周年の大会には6人の議員さんが出席してて、うち5人が自民党の人だよ。やや日刊カルト新聞のこの記事の関連記事にも似たような事例が載ってるよ。
dailycult.blogspot.com/2018/07/26.html?m=1
福田赳夫さんのスピーチ「アジアに偉大なる指導者あらわる、その名は文鮮明ということである。私はこのことを伺いまして久しいのでありますが……」
youtu.be/hleFmkOMdNg
中曽根さんも国会答弁で霊感商法の背後にある団体と手を切れと言われたときにきっぱり拒否してるね。壺売ってて問題になってたころだね。
twitter.com/nakano0316/status/1545570895330426880
神戸市の自民党市議さんは自民党は皆付き合いがあると言ってるね。みんながどの範囲かは知らないけど、神戸市の自民の人はそうなのかな?
twitter.com/okada_tarumi/status/1545538261375782912
2010年参院選で統一教会は自民党の山谷えり子さんを当選させよう、そして有田芳生さんを落選させようという運動をしてたと有田芳生さんは主張してるよ。(旧ブログの記事だからまた上げ直してくれないかなあ)
archive.ph/g6ses
山谷えり子さんはこの後国家公安委員長になったよ。その後で2001年に世界日報に出てたこととか2010年のこととかが問題視されたんだね。
www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/154061#
2014年には萩生田光一さん、中川雅治さんが「祝福原理大復興会」に出席したことが報道されたよ。
dot.asahi.com/wa/2014112600030.html?page=1
2017年にはヒゲの隊長佐藤正久さんが統一教会の関連会社の株主総会で講演したことがあるんだって、でも社長である叔父さんが信者ってつながりでの講演だったら、票田目当てとかとちょっと違うって思っちゃうな。この記事はむしろNPOが問題視されてるね。
dot.asahi.com/wa/2017042100009.html
2018年の勝共連合の50周年大会には何人も議員さんが参加してて、やや日の人の確認では8人はわかったんだって。
dailycult.blogspot.com/2018/10/blog-post_29.html?m=1
2017年に山本朋広さんが宮島喜文さんと一緒に「孝情文化フェスティバルin Tokyo」に参加してるんだって。山本さんの挨拶では自民党に協力してくれてありがとうって言ってるね。
『日頃より世界平和統一家庭連合の徳野会長、また世界平和連合の太田会長を始め本当に皆様には我々自民党に対して大変大きなお力をいただいていますことを改めて感謝を申し上げたいと思います。おかげさまで安倍政権も5年目を迎えまして『長期安定政権』そのように評価をいただいているところでございます。政治の安定は平和への一歩であります、そういった意味合いからも皆様には引き続き我々に大きなお力を賜りたいと思います。(拍手)』
dailycult.blogspot.com/2017/06/blog-post_28.html?m=1
音声もあるよ。
youtu.be/XMvVdmT2ihU
山本朋広さんはその後も世界平和国会議員連合の総会に参加したり、統一教会系セミナーで講演したりしてるよ。
dailycult.blogspot.com/2018/12/blog-post_14.html?m=1
2015年の統一教会→家庭連合の名称変更に関しては、2006年の赤旗報道で教団は変更したがってるけど文化庁が許可を出してないと書いてるよ。
www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-28/20060628faq12_01_0.html
だから名称変更を認めないなんてありえるのか、という点については、どうも少なくとも9年くらいは変更したかったけどできてない状態だったみたいだよ。
そんで下村さんが文科相だった時に変更できたんだけど、週刊誌とかでは関与が疑われてたみたい。
dot.asahi.com/amp/wa/2015101400053.html
下村さんについてきちんとしたソースがある話だと、世界日報社から献金6万円(少ないのにちゃんと記録しててえらいね)を受け取ったこと、変更時期に関係メディアに短期間に複数回登場したこと、とかかな。
dailycult.blogspot.com/2017/11/6.html?m=1
この話はちゃんとした人のちゃんとした書き物を信頼するのがいいと思うな。
指摘されてもやめてないよね。2021年はしっかり考え方に踏み込んだスピーチしてるよね。「神統一韓国のためのTHINK TANK2022希望前進大会」って名前のイベントでも祝電くださいって言われたらOKなんだ?2006年のメンバーリストに自民多すぎない?ナザレンコさんは支持団体へのメッセージって言ってるけど?
そうだね、信者じゃないと思うよ。でも信じるのは信教の自由で、問題は彼らの勢力を支えてるのは問題のあるお金ってことなんだ。今でもすごい金額が国内で毟られてるんだよ。被害者支援団体は政治家はお墨付きを与えるなって何十年も言ってきたんだよ。
1つの事例だけ見てこう言う人が多いように思うんだけど、この通りいっぱい事例があるね。あと神戸の自民系市議の人がみんな付き合いがあるって言ってるから神戸の人は聞いてみるといいんじゃないかな。
そうだね、カルトは政治家や著名人を利用したがるよね。でもずっと警告されてきたんだけど、国会答弁レベルでも問題ないと言ってきたんだよね。もし、統一教会は問題だね、と考えてくれさえすれば、これほどの一般人の被害や政治家の利用が継続しなくて済んだんじゃないのかなあ。
Qアノン界隈はまた別の方向でつきあいがあるよ。九州のトランプ支持デモの主催が九州のサンクチュアリ教会の人だったね。その辺はQアノンに詳しい人の説明を待ちたいね。
覚えておいてほしいのは、信仰が悪とかじゃないんだよ。真の父母様を信じることで心が救われるならそれでもいいと思うんだ。問題はお金、そして正体隠しをすること。みんなが幸せな宗教ライフを送るために、宗教団体は社会とうまくやっていくべきじゃないかな。
エホバの証人組織は1990年に「血はあなたの命をどのように救うことができますか」という31ページの薄い出版物を発行しています。この出版物は,ウェブ上でもみれます。
その中では,
①輸血をしなくても無血性の血漿増量剤(食塩水・ヘタスターチなど)を使用できること,
②ヘモグロビンが100cc中1.8グラムまで落ちても救命できた事例があること,
③エリスロポエチンなどのホルモン剤を使って赤血球の形成を促進すること,
④低血圧麻酔法やレーザーメスを使用して患者が必要とする酸素量を減らすこと,
2 また,エホバの証人組織は,「保存版」と銘打った上で,「私たちの王国宣教2006年11月号」という別の出版物の中で,
「受け入れ可能な血液分画」についての一覧表を信者に提供しています。
その中では,
①分画製剤:アルブミン・免疫グロブリン・血漿由来の凝固因子・ヘモグロビン・ヘミン・インターフェロン
②自己血関連の治療:術中回収式自己血輸血・血液希釈・人工心肺・透析・ブラッドパッチ・血漿アフェレーシス・自己血由来の血小板ゲル・標識
なんか、現代アートの中にも好きな作品もあるし現代アート自体が嫌いというわけではないんだが、界隈はすごい嫌いだった
なんでそうなんだろうかと思っていたんだがやっと気づいた
1. 現代アートはすばらしい
2. 現代アートを素晴らしいと言わないやつは人間として遅れている
3. 現代アートが素晴らしいのは確定したことなので疑義を挟んではいけない
4. 現代アートを素晴らしいと言わないやつは差別主義者 or 未開の地の可愛そうな人
5. 私はその素晴らしさをあなた達未開人に伝えてあげる宣教者
基本的に何故か界隈の有名人たちはこういう姿勢ででてくるんで、いや素晴らしいのもあるけどそれは作品が素晴らしいのであって、お前はミリも素晴らしくねえよって思っちまうんだよなぁ