はてなキーワード: ICUとは
風を起こすのは、他ならぬ自分だ。鼻の穴近辺を、鼻毛がちょろつく時期となった。
布団から起き出し、毛抜きを手に洗面所に向かう。鼻腔の平穏を乱すものはどれか、どれかと目を剥き鏡を凝視しあたりを付ける。
キングクリムゾンのアルバムジャケットのような表情。ほどなくして、首謀者と思しき獲物をキャッチする。
コツは、無理に引き抜かない事だ。掴んでテンションを掛け続けると、向こうが根負けしてくれる。
召し取った獲物をティッシュの上に置き、定規と合わせて撮影する。
「今日はまずまず。長さはめぼしくないけど、先端が白くなってハーフアンドハーフなのはレアかな」
コメントをつけてSNSにアップする。フォロワーが投資で成功し南国で暮らしているらしいブロガーただ一人の、
今日の調子なら、来週ぐらいに大物が捕れるかもしれない…。鼻毛は群生する。そして白髪になると自律を失い
出勤時間を確認するためスマホを見ると、SNSの通知が来ていた。
「この程度でレアとかwww義務教育からやり直しレベルじゃんwwwwww」
引用リツイート。誰だ?発信元を見に行く。フォロワー10万の鼻毛アカウントだった。製図用の定規を隣に、毎日のように
アップされる鼻毛。太い。これはひじきではないのか?驚愕で汗の滲んだ手の中で、スマホが震える。
「ごめんねえ。急で。」
父親が心不全で倒れた。ICUの前で母と落ち合う。一命は取り留めたが、しばらく一般病棟での入院が必要との事だ。
「携帯の充電の線とか分かるかしら?あと枕元にあるラジオも持ってって」母に促され、十数年ぶりに父の部屋へ入る。
煙草と、名状しがたい臭い…。父の余命がいくばくもないように感じる。ふと目が留まる。机の上にSNSで見た製図用の定規があった。
…まさかな。病院に戻ると、父は寝入っていた。実家から持ち出した父の一式を置き、踵を返すと、懐かしく厳しい声がした。
「太さは…」
「え?」
父は目を閉じて続ける。
「太さは、葉巻タバコを吸う事で養われる。安い…安いものでいい。たくさん吸い込み、鼻から出す」
3日後、父は容態が急変し死んだ。鼻毛アカウントの更新は倒れた日を最後に途絶えた。
父の鼻の穴には今、ひじきと見紛うような業の塊ではなく、白い綿がしおらしく詰まっている。
増田利用者の女性です。ちょっと話したいことがある。家族3人。夫と娘がいる。
一昨日の夜、趣味である稽古事のイベントの帰りに、友人と一緒に飲食店に行った。洋風の居酒屋レストランだった。
お祝いも兼ねていて、友人と一緒に酒席を楽しんでいたら、とある店員さんが気になった。
その店員さんは、高校生だった。女の子。明るくて利発な雰囲気だった。注文を取るのも早いし、気が利く子だと思われる。背は小さくて、若人らしい清潔感。
その子は、カウンター席でお客さんと楽しくお喋りしていた。高校生なのは、会話で年齢を聞かれていてわかった。
お客さんはタバコを吸ってて横柄な感じだったけど、その子は構わずにトークを返していた。全社会人が見習うような接客レベル。
その時に、嫌な感情が湧いた。嫉妬ではないけど近い感情だった。
うちには娘がいる。あの子と同じ高校3年生で、進学先はすでに決まっている。
お陰様で、成績はいい。アルバイトすることが選択肢にすらない高校に通っている。昨年は、学校推薦で都内の一流私大に合格した。はてなでは評判があまりよくない大学。早稲田やICUじゃないよ。
子どもびいきだけど、うちの子はどんなことにも一生懸命で、学業成績もよくて、いい子に育ってくれた。
ただ、のんびり・おっとりしているところがある。あの子のように、キビキビ動くのが求められる居酒屋従業員としては通用しない。
話は戻るけど、あの利発そうな高校生の子を見た時に、自分の中の嫌な感情に気が付いた。
言葉で表現するのは難しいけど、家柄であるとか、通っている高校であるとか、将来の職業のことであるとか、そういう「差」を感じていた。同じ高校生同士なのに。そんな自分が嫌だった。
私が働いているのは、斗比主閲子さんには及ばないけど、いわゆる大手企業だ。
あの子が高校を出てすぐに入社したとしても、是非一緒に働きたいと思える。それくらい清潔感があって、ハキハキとした接客だった。
それなのに、うす暗い感情を抱いてしまった自分がつくづく嫌になる。こんな自分が嫌だ。情けなくなる。
心を変えるには、どうすればいいの?すぐには変えられそうにない。でも変えたい。
良い意味でもそう思っていたし、
もちろん悪い意味でも
もう五年も経ちそうだ
いまも変わらずに強烈に死にたい
服薬で三度、飛び降りで一度、
生きてて何が楽しいのかも、
よくわからない
趣味があるだけで、生きなきゃいけない命を、
抱えてるのが、とてもじゃないけど
つらすぎる
こんな思いをしなきゃいけないのかと思う
単純な思考に異常を感じるようになった
なのに、
人によくないことをしてしまった
悪巧みをして人によくないことをしたのではない
なぜか? 愛してる人に付けられる「残る跡」は、
狂っている
謝ってどうこうなるものじゃない
いまも、よくないことをしている
やめられない
薬がやめられないんだ
助けて
どうやったら良いか分かるようになってきたせいで、
盗み癖がついた
更生できるものならしたいけど、
その自分が好きだった
だから、
その自分が居ないっていうのが、
とっても悲しい
死にたくなると、つらい
けど、安心する
まだいたんだって思う
つらくて苦しい自分が、ありがたくて
生きてるんだって思える
君はまだ、生きてるんだねって、思う
それでも
早く死にたいと思う
生きていてそれに再度埋もれないなんて、
考えられないから
消えていったんだ
頭が、脳の前側の少し上が、
ピリピリするのを感じる
このへんがピリピリするようになった
オーバードーズをしていなくても、
頭を安定させようと
座っている間も、
視界が揺れるのは、
頭が動いているからだと分かった
私はダメなんだ
私は自分のことが賢いと思っていた
人より話が上手で、
何よりも思索にふけることが好きだった
のに
それもできなくなった
人より話が上手だから、たくさんの人が近くにいた
でも私はみんなのことが、怖くなって
逃げ出す
面倒、怖い、つらいと思って
いまでも考えている、けれど
感動にあふれる
あの感覚は、
まったくなくなった
こんな続いていくだけの苦痛
つらい、よ
早く死にたい
良い意味でもそう思っていたし、
もちろん悪い意味でも
もう五年も経ちそうだ
いまも変わらずに強烈に死にたい
服薬で三度、飛び降りで一度、
生きてて何が楽しいのかも、
よくわからない
趣味があるだけで、生きなきゃいけない命を、
抱えてるのが、とてもじゃないけど
つらすぎる
こんな思いをしなきゃいけないのかと思う
単純な思考に異常を感じるようになった
なのに、
人によくないことをしてしまった
悪巧みをして人によくないことをしたのではない
なぜか? 愛してる人に付けられる「残る跡」は、
狂っている
謝ってどうこうなるものじゃない
いまも、よくないことをしている
やめられない
薬がやめられないんだ
助けて
どうやったら良いか分かるようになってきたせいで、
盗み癖がついた
更生できるものならしたいけど、
その自分が好きだった
だから、
その自分が居ないっていうのが、
とっても悲しい
死にたくなると、つらい
けど、安心する
まだいたんだって思う
つらくて苦しい自分が、ありがたくて
生きてるんだって思える
君はまだ、生きてるんだねって、思う
それでも
早く死にたいと思う
生きていてそれに再度埋もれないなんて、
考えられないから
消えていったんだ
頭が、脳の前側の少し上が、
ピリピリするのを感じる
このへんがピリピリするようになった
オーバードーズをしていなくても、
頭を安定させようと
座っている間も、
視界が揺れるのは、
頭が動いているからだと分かった
私はダメなんだ
私は自分のことが賢いと思っていた
人より話が上手で、
何よりも思索にふけることが好きだった
のに
それもできなくなった
人より話が上手だから、たくさんの人が近くにいた
でも私はみんなのことが、怖くなって
逃げ出す
面倒、怖い、つらいと思って
いまでも考えている、けれど
感動にあふれる
あの感覚は、
まったくなくなった
こんな続いていくだけの苦痛
つらい、よ
早く死にたい
TVで初めて見た時は、アラスカをひとりでバイクで横断とかしそうな粋なアウトサイダーお兄さんがなんかやってる・・・って思ったけど、
しかし、20年も結構なインパクトだけど、30年前、40年前に、TVで面白いことしてた人たち、世のオタクたちも、
50代、60代、70代でお孫さんいてもおかしくない落ち着いた年齢になってるんだよなぁ・・・
YouTubeに上がっている、1980〜1990年代のVHSの映像
その中の彼・彼女らは、20~28くらいだったりで、今のワイよりも若い
そんな彼・彼女らを見て、『ふふふ、若者め』って思うが、現実ではワイよりも年上なんだよなぁ、当たり前だけど不思議だ
なんかもうそう考えると、マドンナ(1958生まれ/66歳)が、全力で見た目の年齢を否定してるのアリかなって気がして来たな
途方もない資産(純資産8億5000万ドルとも)を既に稼ぎ、何もしなくてもいろいろなところから途方もないお金が入ってくるのに、
人工股関節置換術をして、膝関節の再生治療して、更にICUに入って3日も意識不明になって、普段は歩くのすらめっちゃ辛そうなのに、
それでもステージに立ち続けるのはなんでなん? 何が彼女をそこまでさせるのやろ?・・・って思ってたが、
まぁずっと永遠にパンクなんでしょうね。パンクだけどコントロールフリーク、パンクだけどクイーン・オブ・ポップ
19歳の時に35ドル握りしめてNYに単身乗り込んだパンクの旅はこれからも続くのだ
年齢ってのは、(基本的には経験値で強くなるはずだから)社会の責任を担ってねってという目安であって、
そう思うと、現実世界では、50代、60代、70代の、かつてTVで面白いことしてた人たち、世のオタクたちも可愛く思えてきたな
というか、現に メタばあちゃん も、さんまがやってた 八都宿ねね もかわいいもんな
みんなバーチャル世界で生きようぜ!!!!・・・・ってだいぶタイトルからずれて来たのでタイトルに戻る
屋上もあって外観完成している風に見えたので、タイトルには完成(?)って入れたけど、
蟻鱒鳶ルを建築されているご本人インタビューによるとまだまだ完成していないのだとか
中身どうなっているか気になっているが、2026年の春頃に一般公開の予定があるらしい。楽しみ
ちなみに個人的に増田は奇数年はいいことが起きて偶数年は嫌なことが起きると20年そこらの人生で感じている。
去年2023年も最初は良くて年末から雲行きが怪しかった。2024年は不運年だろうなとはなんとなく思ってた。それでは2024年振り返ってみる
外科をローテートしていてボコボコにされてた。パワハラでこのまま病院やめようかな、せっかく医者なれたけど辞めて塾講師にでもなろうかな思ってたけど、耐えてから1月終わって去年12月から続いた外科ローテート終了した。時間が経つのをひたすら待ってた。今も若干古傷あるけど、まあ平気になった。
2.3月
麻酔科回って、最初は外科の時のパワハラで挙動おかしかったけどある程度は無難にできたと思う。けど麻酔の症例が外科ばっかなのは苦しかった
当時の志望科回ったけど、オーベンがコミュ障で放置されて辛かった。ここで変な医者と出会って循環器内科とかいう全然興味なかったところを勧められて、その気になって循環器に入局してしまう。後悔の始まり
5.6月
勢いで入局して大丈夫?もう少し考え直すべきでは?思うけど後の祭りで誤魔化しながら過ごす
俺に循環器勧めた医者が竹田君系だったことが発覚。そんな奴の意見を間に受けて自分の進路を決めたことを後悔しだす。かなりの鬱だった
8.9月
地域研修で離島いく。嫌なこともあったけど楽しいことの方が多かったし、離島で働いている間は来年から循環器嫌だなとか思わなくなった
離島から帰ってきてからまた来年循環器嫌だな思うようになった。7月ほどじゃないけど鬱
ICUローテートした。それまで循環器→ICUの路線考えてたけど、それはないなと思うようになった。微鬱
来年からの生活が不安なのは変わらず。あと年末彼女にプロポーズする
いつから死にたいと思うようになっただろうか。小学生の時には口をついて出ていたような気がする。
前回の自殺は友人に止められた。なぜ止めたのだろう、なぜ止めてくれたのだろう。「あなたがいなくなると悲しいから」そう言った彼女は翌日家に来てメンクリの予約を私に取らせた。とてもわがままな子だった。私はあり得る可能性を先生に客観的に話したつもりだったが、時間が解決するかもねと一番弱い薬を処方した。私に必要なのは処方薬ではないことだけはわかっていた。
寝れないと言って貰った睡眠薬は翌日の眠気に耐えられず全て溜めている。
ODで死なないことも知っていた。多くの人間を見た。救急の先生は面白半分で胃洗浄に用いる活性炭をかき混ぜさせたことがある。私はODで運ばれた患者さんを哀れに思っていた。私なら確実に死ねる方法を教えられるのに、この病院には確実に人を殺せる薬がいっぱいあるのに。ICUにいる患者さんのもとへ行って、方法はいくらでもあると教えてあげたくなった。生かされなくていい自由が私たちにはあるのではないか。
9月某日
風邪だと思って行った近所のクリニックでたまたま心電図を撮ってもらえ、明らかに異常とのことで近所の総合病院の紹介状が出る。
総合病院到着後、すぐに救急外来に送られ、15分後には大学病院への搬送が決まる。
大学病院到着後、すぐに検査と手術を受け、そのままICUに入院。
診断は急性心筋炎。
10月某日
容態が安定したとのことで一般病床に移動になる。
自分としてはかなり回復し、いつでも退院できる気分だったが、検査結果があまり良くないとのことで入院が続く。
まだ数値は正常値ではないが、入院するほどでもないとのことで退院が確定。
・全てのことが優先され、本当の急患ってこういう扱いになるのか、と他人事のような感覚があった
・心筋炎と仮判断されるまでのスピード感に驚いた。搬送されて3時間くらい?で配偶者に説明があったらしい
・配偶者は「急変して最悪のことがいつ起こってもおかしくない」と説明されたらしい
・自分への説明はかなり濁され、後から詳しく教えてもらった。ショックを受けさせないためらしい
・補助循環装置、入れる時より抜く時の方が100倍くらいキツい。動脈の圧迫止血に1時間かかった
・1週間近く寝たきりだと、本当に身体に力が入らなくなる
・絶食が続くと、身体が消化を忘れるのか、いざゼリー食が始まってもなかなか食べられない
・いつの間にか消化を思い出したのか、急に食べられるようになった。ここから回復の実感が沸いた。
・病院食はそこそこ美味しく、塩分計算されているから浮腫まなく、寝て起きての生活でも太らない
・4キロ近く痩せた
・見ず知らずの自分に対してあんなに親身に優しく接してくれる医療従事者の皆さん、仕事とはいえ本当にすごい。頭が上がらない
・入院期間は不思議な気分だった。生かしてもらったのだという実感がある
・初診で「吐き気がする 気分が悪い」と消化器症状を訴えた自分に対して、心電図を撮ったクリニックの医師(消化器内科)は何を感じてそうしてくれたのだろう。神様っているのかもしれないと思った
手術お疲れ様
退院の見通しおめでとう
退院当日に病み上がりを置いて飲み会に翌日はドライブは心臓が毛深いな
ICU手術一般退院と順調に回復してるから、めちゃくちゃ心配した反動で感覚が狂ってるとか
でもそこはまず退院祝いちゃうんか薄情やな自分のことだけかい幼稚やなという印象も文面から受ける
その辺なんも考えてないんかもね
求めすぎとは思わない
取り敢えず安静にしてください
先日急な心疾患で救急車で運ばれて緊急手術、そのままICUに入院した。現在は一般病棟で、退院の見通しあり。
入院当日は病院から夫に連絡があり、仕事を早退して手術前に来てくれた。
ここまではありがたいと思ってたんだけど、
退院には立ち会うものの、夜は飲み会に行く。翌日は朝から日帰りでドライブに行く。と言われ、驚いてしまった。
10日前くらいまでICUにいた人を、仕事以外の理由で家でひとりにすることに抵抗がないという感覚に、大きなズレを感じた。
まあ確かに、退院してもいいという判断になったから退院するわけだが…
こんなことで離婚?と思う自分と、結構大きなズレなのでは?と思う自分がいる。
私が求めすぎなだけなのだろうか?
高校野球がらみで「日本の学校の校歌は日本語でなければ」などと言っている人がいるけれど、ICU高校の校歌は40年前から英語だよ。
https://icu-h.ed.jp/about_us/school_song.html
(ちなみに眞子さん佳子さんの出身校ICUの校歌も英語だ。日本語歌詞もあるが英語でしか歌われていない。https://www.icu.ac.jp/about/logo/)
補作:野村 威温
Of all the dreams I can search for
Of all the love that is God sent
Of all horizons I will explore
I will pledge to walk
The road of light and learning
With God in me to guide me every day
See me through the narrow
Send me on my way
A future which lies in our hands
A future we will shape and form
A future to make better for man
I will pledge to strive
To work for understanding
No matter what the race or creed may be
Our souls be all the same
We can work for peace abiding
*(Repeat)
この歌詞の2番「人種や信条にかかわらず理解する努力をすることを誓う」って、この排除や差別が横行するご時世には特にすばらしいと感じるよ。
医者8年目。
本当は、外科に行って、徳洲会あたりの外科救急とかこなしまくりたかった。
しかし、実際は、初期研修後は後期研修をせずに、あっさりとハイポ(楽な)バイト先を探し、週2〜4くらいでフリーター。
簡単な救急対応と健診とかの外来の継続診療はできるが、病棟管理は既にできない。
一念発起して、学位(博士)とかを取ろうと頑張って、研究は才能があったのか論文はコンスタントに出せている。博士は普通に取れるっぽい。
学生時代は、研究に全く興味がなく、「臨床できずに研究できない医者とか哀れすぎる、普通に稼げるようになってから研究やれよ」と思ったが、まさにそれに自分がなった。
恥ずかしいが、博士を取ったら、もう少し、他の救急のバイトとかバイトの幅を増やそうと思う。
救急のバイトとかで病棟とかも少しは目に入るようになるだろう。
できれば、救急の専門医をとって、ICUとかの集中治療専門医とかなりたいが。
996工作制においては、従業員には労働時間の延長が奨励または強制される。
このうち、「996」の3つの数字は、毎日午前9時に出勤し、毎日午後9時に退勤し、週6日働く、と言うことを意味する。
中華人民共和国の労働法では、労働者は1日8時間までしか労働できず、週平均労働時間は44時間を超えてはいけないことになっているが、
中国のプログラマの中には、このシステムに抗議の声を上げる者もおり、
例えば2019年3月、「996.ICU」という名前のプロジェクトがGitHubに登場した。
996工作制の存在と違法性に注意を喚起し、同時にこの慣習を変更することを目的としている。
2019年4月11日、アリババグループの馬雲董事長はアリババの社内SNSにおいて、
「996で働けるなんて、我々は幸せじゃないか。仕事がなかったり会社が潰れそうな人のことを考えれば」と語り、
「他人よりもっと多く努力し、もっと時間を費やさなければ、あなたが望む成功なんてできない」と語った。
マーはまた、「一生懸命奮闘と努力をした奴だけが、常人には得られない「成功」を得ることができる」と語ったという。
【よくある話】
もうだいぶ昔の話。
小さい病院で働いていた時に自分より年上の人が「専門医取得のため」とその病院にやってきた。申請に必要な「論文が足りない」とのことだった。
他の科は指導医資格を複数お持ちで(ネットでの発信/配信も盛んにされているようなので特定回避のため書かない)それでは足りないのだろうかとも思うくらいだったが、そこは個人の価値観によるのですごいなあと最初は思っていた。
少し引っかかったのはマイナーな学会の資格や加入歴がとても多いことと職場を転々としていることだった。
結果的に半年で去って行ったのだが、昨今のいろいろな告発などを見かけて思うことがあったのでそれまでに起きたイベントを記録しておく(※自分の見聞によるものが大きいので証拠はない、中立性には欠ける)。
とにかく立場が明確に下の人間(患者や研修医)へのあたりはとにかく強かった。そうした人間への暴言や謎の自信あふれる上から目線の発言は事欠かなかった(録音などはなく伝聞)。
ただ正当性が全くないわけではないので完全に悪とまで言うこともできない。
ざっと挙げる
・喘息/COPDの吸入薬が余った患者への当たりはとにかく厳しい。「当院治療効果は期待できない」とカルテに書かれて紹介状も書かれず(書かれた人もいたが)一方的に通院中止になった人も多かった、気持ちはわかる。
・喫煙している患者も同様、まあこれも気持ちが分からなくはない。
だいたい「禁煙できないのであれば(吸入薬をきちんと使用しないのであれば)、治療効果が落ちてしまう」「治療しようとしている医師に失礼」「治療をきちんとしないのであれば、当院のような専門医療機関で見る意味はない」という意味合いのことをとにかく強く言っていた。気持ちはわかる。
・吸入薬で動悸が出るため自己判断で休薬していた患者も「自分のこだわりが強く自分の裁量で調整してしまうこともある」とカルテ記載し一刀両断して通院中止にしかけた(たまたま周囲が気を利かせてそっと主治医変更)、誰のこだわりが強いのか判断が難しいね。
・引き継いだ肺癌症例のPD時治療方針が患者希望と一致していなかったことに対して怒りを覚えたのか、患者希望でもなく一方的に転勤した前医(同じ県内)にPS2~3の状態で紹介していた。そこまでするんだとは思うが希望があったのかもしれないし詳細不明
・ガムを噛みながら外来に入ってきた患者に「ガムを噛んで相手に応対することは自分は不愉快だ。」と入室して早々に怒鳴る、これもわからなくはないけど怒鳴るメリットあるのかな
・ICU担当の循環器内科医のコンサルトに対して「こんな重症肺炎は高次医療機関に紹介すべきだ。ここで診るのは厳しいだろう。」と口頭でお返事。相手からの報告のみでカルテの返信記録もなく証拠はないが、ICU管理以上の高次医療機関あるのかな。
・自身が外勤で不在中に入院担当患者尿道カテーテルの自己抜去が発生、病棟対応をした初期研修医は止血が得られて尿流出もあることを確認し、院内にいた別の当科医師に報告して経過観察にしていたが、戻ってきて報告を受けるなり「なぜすぐに泌尿器科に紹介しないのか。」と激昂。止血が得られていたことなどを説明したが、舌打ち、「使えねーな」と言い放った。このあと指導医即変更。
・時間がずれ込んで当直帯に輸血することになった他科患者の輸血承認を研修医が依頼したところ「俺の仕事じゃない!」と激昂して研修医を電話で30分激詰め。院内のローカルルールでは時間外の病棟対応も当直医がすることになってはいたが特に明文規定もなくこの辺はどこまでを当直業務とするのか難しいなと思った。
記載がない
とにかくカルテ記載がほとんどない。オーダーは外来にしても病棟にしてもかろうじて出るが、ほとんどdo処方。方針も書いてないので誰も手を出せない。
外来では少なくとも10件以上が無記載で処方のみになっていて無診察処方ともとられかねない状態。入院になると下にいた研修医がかろうじてカルテを書いていたが、早々に下につかなくなったうえ、病棟看護師にも威圧的な態度なため早々に誰も方針確認を出来なくなった。
コンサルトの返事も紹介状も書かないので彼が担当の日は部長が代行していた。
手技ができない
何の手技が出来るのか最後まで分からなかった。少なくとも胸腔ドレーン挿入は出来なかった。ドレーンは入れられるし指導も出来るということで研修医もドレーン挿入介助についたのだが、全く入れられずある時は手技を別の医者に変更になっていた。手を代わった先生によると皮下組織の剥離が全然できないまま、ドレーンをペアンでつまんでひたすら押し込んでいたらしい。EとIDのAttendがあっても出来ない手技はあるんだなというよくわからない驚きである。あとアナログな水封のドレーンバッグを当時使っていたが、仕組みが分からず水封に出来ずに使おうとしていた。
Ⅲ度気胸症例のドレーン挿入も出来なかったが、若い人だったのもあり局麻も十分に使わなかったのか痛みのために手技中に意識が消失しかかっていたらしい(緊張性気胸のほんとうにまずい状況ではなかったようだが)。病状説明では「患者が喫煙をずっとしていたために胸腔ドレーンの挿入に手間取った。挿入時の疼痛についても喫煙の影響だ。」と発言(そもそも説明記録がないので証拠はない)、そんな事実は今のところ自分は知らないがひょっとしたらそういうエビデンスがあるのかもしれない。
点滴、採血は看護師がやっていたのでそのあたりはわからないが、抜鉤は出来なかった(縫合は不明、抜鉤器は病棟看護師が使い方を教えたらしい)。
連絡がつかない
報告しないと激昂する割に電話はとにかくつながらなくなることが多い。外来が終わると姿が見えなくなるので外食でもしているのではと言われていたがどこにいて何をしていたかはわからない。
何もしない
入院患者はとにかく増やす。「入院を増やして収益に貢献する」と息巻いてとにかく自分の担当で入院させるもののそのあと何もしない。検査や点滴、処方のオーダーもしないので研修医がオーダーを入れていて、指導がつかなくなったあとは自分でしていたが、病状説明も方針決定もしないので抗菌薬が延々行き続ける、入院日数だけ増えていき収益に貢献するどころか負債になっていく患者が積まれていった。結局別の医者に担当変更して退院調整せざるを得なかった。
人の話は聞かない/自分の非は認めない
外来患者には延々自分から話をしていて全く話を聞いてくれないと毎日のようにクレームが来ていた。その上外来の時間は長時間になり待たされる/話を聞いてもらえないの状態から激怒する患者も多かった。こちらから何を言っても非は認めないので周囲から指摘することはすぐになくなった。
結局この状態なので論文どころではなく病棟担当からも外れたので早々に転職活動をして去って行った。
それでも世間を騒がせる医師と異なったのはここが内科であったことだ。内科は直接手技で死なせる/後遺症を負わせることは外科と比べると少ない。内科の薬も手術よりはリスクが低いのでリカバーがきいてしまう。誰かが修正すればどうにかなってしまうのだ。
その場の犠牲は少ない代わりにそんな人間がどこかで医療をすることは続く。自分には良いのか悪いのか分からない。
SNSなどを見ていると感謝されたというような投稿も見かける。自分が見たのもだいぶ昔なので変わったのかもしれない。
世間をにぎやかしている医師もそうだが、患者側からみると一目見ただけではおかしいかどうかはわからない。特に紹介状なしで受診すれば医者が選べることはほぼない。そのなかで当たりか外れかなんて事前に誰も分からない。
紹介状で指名でもしない限り無理だ(指名しても当たるかはわからないが)。ソシャゲのガチャに等しい。
全員を知らないが、医者は基本的に話を聞くスタンスで外来にいるし、喧嘩をすることはメリットが少ないので好んでしない人は少なくない(と信じたい)。
いろいろ批判が来そうだが客商売の側面はどうしてもあるので、患者相手に普通はそうはならないのだ(時と場合にもよるが)。
話がかみ合わない。喧嘩になる。普段の外来でもないわけではないが、そうなることが多いなら担当変更など考えても良いのかもと場末の医者は思う。
誹謗中傷したいわけでもない。世の中極端ではなくとも危ない医者はいる。そうでないまともな医者もたくさんいる。
犠牲になる人が一人でも減ることを願う。