はてなキーワード: 手際とは
わーい!
まあ私はいつものゲームの積みゲーのっていっても落ちものパズルのぷよぷよのぷよを積むとかそういう意味じゃなくて壁を折返しての多段のたくさんの連鎖ができないせいぜい4連鎖ぐらいまでしかできないんだけど連休は5連休ぐらいあるのかしら?ってそのぐらいな勢いで挑む感じなのよね。
このゲームをやっぞ!って勢い余っているところはいいんだけど、
ゲーム以外になにかお利口さんになることはないのかしら?って、
本屋でも覗いてトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッとあげたらなんかもの凄くお利口に見える感じのゴールデンウイークの過ごし方にならない?
本屋さんに行っても、
本を買って満足するのが関の山親方もそう言いそうなぐらい読まないそれこそ積みゲーもとい積み本になっちゃうのよね。
でもそういった時は、
何か本を買うぞ!って意気込みで行くのではなくって、
本を見に行くって、
向こうから声を掛けてくるような気がする私を呼んでいる、
そう!
なにのお惣菜を選ぶか迷っていたら一向に3つセット買うことができないし、
ここはお惣菜の声に耳を傾けて、
端から飲む気満々で『プラグマタ』もプレイする気ないでしょ?って一発でバレちゃいそうな感じ。
私思ったのよね。
よりどり3セット1000円セールで3つお惣菜セットを買ってきて、
おつまみにするでしょ?
量多過ぎるのよ!
3つって買い過ぎ!
私のハイボールのおつまみ多すぎ問題に口を覆い隠して悲鳴を上げるぐらいなの。
多すぎて食べきれないわって。
これが居酒屋おつまみ3種盛りだったら1000円でかなりリーズナブルに思えるので、
そういった時は、
よし!ここは居酒屋おつまみ3品1000円セット!って呪文を唱えるとそんなに価格が高くなく感じるからそういうことは、
心に思っても口に出した方がいいと思うわ!
そういうのに耳を傾けたら、
知らないコーナーの棚の本の『マンガで分かる虚数入門』って本も、
マンガで分かるなら買って読んでみる?って
漫画の絵で騙されると思ったけれど、
その漫画の登場人物の台詞が膨大すぎてマンガのコマの1コマの大半を占める台詞で、
これならなんか文字だけの本を読んでいるのと変わらないぐらいの迫力のセリフで吹き出しいっぱいにキャラクターが登場人物しゃべっているの!
登場人物が愛くるしいだけで、
難しいことしゃべっていることには変わりないのよね。
私が確定申告初めてするときに緊張して『マンガで分かる初めての確定申告物語』を読んだけれど、
確定申告博士の言っているマンガのコマの中の吹き出しの台詞が難しすぎて全くよく分からなかったそれが私のマイファーストマンガで分かる物語だったのよね。
もっと早く気付くべきだったわ。
マンガで分かるシリーズで本当にわかった人っているのかしらって思うぐらい私のポンコツな頭脳は、
それこそトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッと上げるぐらいではお利口さんにはなれないんだなぁって。
でも何の気なしに本屋さんにいって本を眺めているのだけでも楽しいからそれもいわばレジャーの一つといってもいいかも。
あれってさ、
シーディー屋さんのシーディー眺めててもそんなグッとこないのに、
ゲーム屋さんのゲームのパッケージを眺めていてもそんなにグッとこないのに、
本とレコード屋さんは眺めているだけでも、
なんかエモイというかグッとくる所があるのよね。
それこそ針?針すなお先生じゃない方の針を落として聴く?って全くよく意味が分からないけれど、
針すなお先生のようにヘッドホンを上下逆に装着して私はもの凄く今審査してますよ!ってぐらい、
あのジャケットの大きな表紙には圧倒されて見ているだけでも楽しいそうよね。
なんかそうやって一所懸命レコードを棚から持ち上げてパパパっと手際よく見て探している人を見るとただならぬなんかレコード好きな人に見えちゃう。
私がここでトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッと持ち上げても、
誰もきっとこの人はレコード好きなんだなって思ってくれないじゃない。
でも今どきレコードないけれどレコードのジャケットが可愛いから買っちゃう!ってのもあるのかもね。
実際レコードって買ったとて、
私聴き方が分からないわ。
持て余しちゃう!
だから辛うじて私が行ってそこで辛うじてお利口さんを演じられることができるであろうトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッと持ち上げることができると言えば、
やっぱり本屋さんなので、
目的もなしにぶらり本屋さんの売り場を端から端まで売り場をぶらぶらしているのがあっているかも知れないわ。
そう思ったら、
本屋さんにはそういう意味でじっくり時間を掛けて行ってないなぁって。
良い機会なので
せっかくのゴールデンウイーク行楽地はどこも人が多いそうだから
ゲームクリアするんだい!って勢いだけのある事ばかり言ってるけれど、
そんなゲームの合間に本屋さんに行って気分転換するのいいかも知れないわね。
もういつも無計画なのに、
ゴールデンウイークは有意義に過ごすんだい!って勢いだけは一丁前なのよね。
あらよ出前一丁も驚くほどの一丁前なのよね。
でも絶対にショート動画を見入っちゃって時間が溶けちゃっていた!って事態に陥ることは絶対に避けたいわ!
とにかく凄い自信なのには間違いないわ!
うふふ。
とくに深い意味はないんだけど、
赤いパッケージのお気に入りの豆乳の銘柄のものが深い味がして好きなのよね。
それと時々トマトジュースいや
また買いに行かなくちゃ!
起きたときに一杯飲みたい冷たいシュワッとしたものと言えばそうよね!
こっちもきっと連休中無くなりそうなので
ストックまた注文しておかなくちゃ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
連休を挟むので、
使用されたモデルとプロンプト、テーマを逆算してください。理由も答えてください。
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火曜日の朝は、いつも鋭角な匂いがする。しかし、アーチボルド・ペルニッケル氏にとって、そのような些細な幾何学は問題ではなかった。彼の手には、祖父から受け継いだ純銀製の、見事な装飾が施されたバターナイフが握られていたからだ。
午前七時ちょうど、真鍮製の目覚まし時計がジリリリリと暴力的な金属音を部屋中に撒き散らした。通常の人間であれば、頂部のボタンを叩いてその騒動を鎮めるだろう。しかしペルニッケル氏は、手にしたバターナイフを優雅に宙で翻すと、空中に震えるその「音の波」をすくい取った。
「ずいぶんとダマになっているな。これでは胃にもたれる」
彼は呟きながら、ベッドサイドに置かれたトーストの表面に、けたたましいアラーム音を均等に塗り広げていった。彼がバターナイフを握っている限り、この世のあらゆる事象——騒音、哀しみ、あるいは重力さえも——は、平らに塗り伸ばされるべき「ペースト」に過ぎなかった。刃先が滑るたびに、ジリリリという音は徐々にマイルドなハミングへと変わり、最後には完全にパンの気孔の中へと吸収された。
ペルニッケル氏がこの日、音を塗り広げるというアプローチに絶対の自信を持っていたのには、明確かつ(彼にとっては)科学的な理由があった。というのも、つい三十分ほど前、彼は洗面所で「赤い水玉模様の靴下が、完全に裏返っている」という驚くべき現象を目撃したばかりだったのだ。靴下が裏返るということは、世界の裏地が表に出ているということである。今朝の世界は裏返っている。裏返っているのだから、通常は耳で聞くべき音は、舌で味わうべきものへと変換されているはずだ。この直近の鮮烈な記憶は、彼の脳内で圧倒的な統計的優位性を獲得し、他のあらゆる過去の経験や物理法則を瞬時に駆逐していた。
「靴下が裏返っていたのだ。音をパンに塗るのは当然の帰結である」
彼は音の塗られたトーストを一口かじり、カリッという食感とともに午前七時の響きを胃袋へと流し込んだ。
身支度を整え、山高帽を被ったペルニッケル氏は、右手に純銀のバターナイフをステッキ代わりに握りしめ、霧の立ち込める石畳の街へと足を踏み出した。
街は奇妙な活気に満ちていたが、彼の目にはすべてが巨大な朝食のテーブルに見えた。道の向こうから、郵便配達員のモリスが、車輪のついた巨大な皮鞄を引きずりながらやってきた。モリスはひどく困惑した顔で、角の郵便ポストと格闘していた。
「おはようございます、ペルニッケルさん。どうにもこのポストの口が固く閉ざされていましてね。手紙がちっとも入らないのです」
ペルニッケル氏は歩み寄り、赤い鉄の塊を鼻先で検分した。彼の手の中で、純銀のバターナイフが微かに冷たい光を放った。
「モリス君、君は物事の本質を見誤っている。これはポストの口が閉じているのではない。単に、このポストがまだ『冷え切った固いバター』のままであるというだけのことだ。冷たいバターにナイフを立てようとすれば、反発されるのは道理だろう?」
「はあ……バター、ですか?」
モリスが目を白黒させるのをよそに、ペルニッケル氏は真顔で頷いた。そして、なぜ自分がそう確信しているのか、その揺るぎない論理を開陳した。
「考えてもみたまえ。私が家を出る直前、玄関のドアノブがいつもより三度(さんど)ほど冷たかったのだ。直近で確認された最も強烈な事実が『冷たい』なのだから、世界中のあらゆる問題の原因は『冷えによる硬化』に起因していると判断するのが、最も理にかなった確率的推論というものだ。ドアノブが冷たいのだから、ポストも冷たい。疑う余地はない」
ペルニッケル氏はバターナイフの腹をポストの赤い塗装にピタリと当てると、手首のスナップを利かせて、ポストの表面を「削ぐ」ような動作をした。銀の刃が虚空を滑る。すると、物理的な接触は一切ないにもかかわらず、ポストの口はあたかも室温で溶け出したかのように、だらしなく半開きになった。
「ほら見給え。少し削いで、常温に馴染ませてやった。これで手紙という名のジャムを詰め込めるだろう」
「あ、ありがとうございます……?」
混乱の極みにあるモリスを残し、ペルニッケル氏は意気揚々と歩みを進めた。彼にとって、手にした銀の刃は万物を切り開き、ならし、滑らかにする唯一絶対の哲学であった。
広場に出ると、空模様が怪しくなってきた。灰色の重たい雲が、街の煙突を押し潰さんばかりに低く垂れ込めている。道行く人々は傘を準備し、足早に家路を急ごうとしていた。
「なんという不手際だ。空の表面がひどく焦げているではないか。これでは太陽の光が塗れない」
彼はバターナイフを天に向けて高く掲げた。彼にとって、あの黒雲は天候の悪化ではなく、明らかに「焼きすぎたトーストの焦げ目」であった。
どうやってあの焦げ目を落とすべきか? 彼は再び、自らの最新の記憶の引き出しを乱暴に開け放った。そこには、つい先ほど遭遇した「半開きの郵便ポスト」の記憶が、まばゆいばかりの鮮度で鎮座していた。
「そうだ。つい先ほど、ポストは削ぐことで開いた。直近の成功体験によれば、問題は『削ぐ』ことで劇的に解決する。過去千回の雨降りの記憶などどうでもいい。最も新しく、最も強烈な成功こそが、この宇宙の最新のルールなのだ!」
彼は背伸びをし、空に向かってバターナイフを力強く滑らせた。ジョリッ、ジョリッという、巨大な乾パンを削るような音が大気を震わせた。見えない刃が雲の腹を削ぎ落とすと、削りカスとなった灰色の雲が、ボロボロと粉雪のように石畳へと降り注いだ。焦げ目を削ぎ落とされた空の裂け目からは、バターのように濃厚で黄色い陽光が、とろりと街へ滴り落ちた。
「完璧だ。実に滑らかな空になった」
その時、広場のベンチからすすり泣く声が聞こえた。見ると、隣人のマダム・ポルカドットが、両手で頭を抱えて震えている。彼女の足元には、形を持たない半透明の青いゼリーのような塊が、ぶよぶよと不気味に脈打っていた。
「ああ、ペルニッケル氏! 助けてくださいな。私、『火曜日』を落としてしまったのです。落とした拍子に、火曜日がこんなに膨れ上がって、私の足首に絡みついて離れないのです。これでは水曜日に行けませんわ!」
マダム・ポルカドットの足元で蠢くそれは、曜日の概念が実体化したような、非常に厄介で哲学的な代物だった。普通の人間であれば、神父を呼ぶか、精神科医に駆け込む場面である。
しかし、ペルニッケル氏の目は冷静だった。彼は右手のバターナイフの重みを確認し、左手で顎を撫でた。
「なるほど。火曜日が膨張していると。マダム、落ち着き給え。これは全くもって単純な現象だ」
彼は青いゼリー状の『火曜日』に近づいた。道具を持った彼にとって、この不定形の概念もまた、処理されるべき巨大な「食料の塊」に過ぎない。
「なぜ火曜日がこのようにぶよぶよと膨張しているのか? 理由は火を見るより明らかだ。つい一分前、私は空の焦げ目を削ぎ落とした。削ぎ落とされた空は軽くなり、光が満ちた。つまり現在の世界において『削ぎ落とされたもの』と『満ちるもの』は等価なのだ。この最新のデータに基づけば、あなたの火曜日は、空から削ぎ落とされた重力を吸収して膨らんだパン生地に他ならない」
彼の論理は、直近の自らの行動という極小のサンプルのみを根拠として、壮大かつ狂気的な三段論法を構築していた。
ペルニッケル氏は純銀のバターナイフを高く振り上げると、ぶよぶよと膨らむ『火曜日』の中心に深々と突き立てた。そして、手際よく、それを均等な厚さのスライスに切り分け始めた。
「一切れはあなたのポケットへ。一切れは私の帽子の中へ。残りは野良犬の腹の中へ。こうして切り分けて塗ってしまえば、火曜日などというものは、あっという間に消費されてしまうものです」
ナイフが滑るたびに、巨大だった『火曜日』は薄っぺらな青いスライスとなり、やがて空気中へとシュワシュワと溶けて消えていった。足首を解放されたマダム・ポルカドットは、歓喜の声を上げて水曜日の方角(広場の東側)へと駆けていった。
ペルニッケル氏は深く息を吐き、純銀のバターナイフを胸のポケットに丁寧にしまった。
世界は今日も、彼のナイフによって完璧に塗られ、削がれ、切り分けられた。すべての謎は、今朝の靴下と、さっきのポストと、少し前の空の記憶によって、寸分の狂いもなく説明づけられた。彼の心には、一片の疑いもなかった。
帰宅したペルニッケル氏は、夕食のスープを飲み干すと、ふとテーブルの隅に置かれた「真鍮製の巨大な漏斗(じょうご)」に目を留めた。彼はそれを手に取り、じっと見つめた。
「なんと美しいフォルムだろうか。これさえあれば、広すぎる世界も、散らかった思考も、すべて一つの穴に注ぎ込むことができるに違いない」
彼は漏斗を枕元に置き、ベッドに入った。眠りに落ちる直前、窓の外を一羽の巨大な紫色の蛾が横切った。蛾の羽ばたきは、パタパタというよりも、ズズズという重低音だった。
「なるほど」と、ペルニッケル氏は微睡みの中で確信した。「紫色のものが重低音を出すということは、明日の世界はすべて、狭い場所へ注ぎ込まれることで低く唸るのだな。すべてが繋がったぞ」
彼は真鍮の漏斗を抱きしめ、滑らかで、切り分けられた夜の中へと深く沈んでいった。明日は間違いなく、すべてを注ぎ込むための完璧な水曜日になるはずであった。
田舎町でJKの主人公は母の死後過保護になった父親や優しいだけの幼馴染に囲まれた退屈な日常にウンザリ。都会の大学に進学する野望を胸に鬱屈とした日々を送っていたが、ある日、彼女らの街でゾンビ・パンデミックが発生。学校の愉快仲間達やジョックスとのサバイバルが今始まる。
みたいな話。
何も知らんとティーンズゾンビ映画と思って見始めたら学校に行くや否やいきなり歌い出して、こういうギャグなのかな?と思って見ていたら、食堂で2発目も発動して「ゴリゴリのミュージカルやないか!」となった。で、その楽曲とパフォーマンスがよくてねぇ。昨今のティーンズミュージカルらしく、ポップで耳当たりのいい楽曲と歌詞で登場人物の人物紹介と現状の心境を手際よく紹介する手腕。
特に白髪のレズの子の歌がめっちゃよくて驚いた。ちなみに主人公のビジュがどちゃくそよくてすごい。
そして2曲披露しておおよそすべての登場人物を紹介し終わって、翌日、ちょっと寝坊した主人公が、でも「なんか今日はいつもと違う気がする!」とイヤホンで音楽を聴きながら「Brand New Day!」と高らかに歌い上げる後ろでドーン・オブ・ザ・デッド(ってかショーンオブザデッド)の冒頭よろしく、世界がゾンビパンデミックで阿鼻叫喚になっているという、たしかにBrand New Dayだけどさぁ!っていう展開は「いや流石に気付くだろ」と思いつつも皮肉が効いててよい。
そしてまぁそこからは友人たちとボウリング場に立てこもるもゾンビがやってきて戦ったり、家族に会いに学校に行く途中にジョックスと合流し、ジョックスたちは軽薄な若者らしくゾンビ狩りを楽しんでいたり、その道中でわざわざ危険なルートを選んだ結果、ジョックスの仲間を失ったりとゾンビ映画あるあるを陽気な楽曲とともにこなしていき、学校で家族と合流と思いきや、嫌味な校長が暴走していて「やっぱり一番怖いのは人間だよね」といういつものやつになって最終的にはそいつを倒して生き残った仲間と車でどこかに走り出して終了。という、ゾンビ映画で100万回みたやつでおわる。
個人的にえぇ~と思いつつ、そうなるよなぁと思ったのは、主人公の学校での仲間は主人公に思いを寄せる優しい幼馴染とラブラブカップルの3人、それとは別に嫌味なジョックスがいて、銀髪でレズだけど心根が優しい不良少女がいるが、生き残るのはジョックスと不良少女と主人公。仲間たちは次々とある意味無意味な死を遂げていく。
そして途中で主人公とジョックスは実は肉体関係があるも、そこから何となくすれ違っていたことがわかる。
ジャパニーズ・オタク・カルチャー的に考えればゾンビ・パンデミックという非日常の中で優しい幼馴染の気持ちを主人公が知り思いが通じるということになりそうだがそうはならない。死ぬ。ついでに最後には父親も死ぬ。まぁそこかしこでキスしまくってたバカップルが文法的に死ぬのはしょうがないけどさ。
でもこれが鬱屈した日常に飽き飽きしていたJKが非日常の中で道を切り開く物語だとすれば理屈が通じる。死んでしまった幼馴染みもバカップルも清掃員の父も、嫌味な校長も町の人たちも。みんな境遇に不満はあってもある意味で現状に固執する人間であり、主人公を庇護するものとして描かれている。
しかしジョックスは反発しつつも主人公を変えてくれる存在であり、必要であれば父親も殺す現状を変える人間として描かれているし、不良少女も現体制に反抗し日常ではなく世界を良くしようと活動している人物。つまり社会の庇護の中にあった子供だった主人公がそれらを失って新しい世界へと歩み出していく物語として、仲のいい人ばかりが死んでヘンな奴ばっかりが残るのはある意味で正しい。
でも優しいだけの幼馴染が恋愛競争に敗れて、暴力的なジョックスが生き残るのは青春のリアルな残酷さが描かれていて正直、ちょっとしょんぼりしてしまった。
ゾンビ映画としてのゴア描写はしっかりしているし悪ふざけみたいなゾンビ虐殺シーンもちゃんとあるし、悲劇的な別れも、バカみたいな別れもちゃんとある。ミュージカルにしてしまったことで正直、緊迫感は薄れてしまったなとは思うんだけどゾンビ映画のパロディ、コメディとしては十分な点を挙げられると思う。
ゾンビ映画とミュージカル映画の両方が好きって層には普通にオススメ。ガチのゾンビ映画が好きな層にはもしかしたら微妙かもしれない。
敬意がないんだっつーの。
敬意を払う趣旨の言葉はもちろんある。でも行動としては「杜撰な準備で見切り発車された動画企画の末に大型哺乳類が不必要に痛めつけられ絶命した」だけだ。
敬意が感じられないとかは見てる側の人間の感想でしかなくて、鹿からしたら殺されて食われてる時点で敬意もクソもあるか、としかならないように思える。そもそも鹿に敬意だとかそんな概念そもそも備わってないだろう。
不敬と言ってるけど、自分の感情を正当化し理由付けをすると共に鹿に人間的側面を持たせ、かつ動物を慮ってるという道徳的優位な立場を得て主張の正当性強化しようとしているだけのように思える。
他の狩猟動画のとどめを見てみるとほぼ2、3発の殴打で気絶させている。
それは下調べや準備がしっかりしているから。
準備や下調べだけでどうにかなるだろうか?実践以外に練習も出来ないし。
上手くいってるものだけ上がってるだけで失敗してるやつは上がってないだけでなかろうか?
まれにDIY、サバイバル、ゲテモノ料理の動画も投稿している。
動画収益を元手に食品加工工場を建て、漁場の地域経済に貢献している。
そんな彼が先日、海ではなく、なんと山でサバイバルする動画を投稿しはじめた。
そのハイライトとして、罠で捕獲した野生の鹿にとどめを刺す動画がある。
思いつくことは準備したと言う印象。
ただ、鹿のとどめについての準備は杜撰だった。
賛否の主な軸は二つある
「殺すなら苦しめるな」と「命の食育」
前者については最低のスナッフムービーと化していると私は批判する。
後者については意義があると思うが、凄惨な動画編集でせっかくの意義が薄れている。
閲覧者のうち批判側は苦しめるなと言っているが、擁護側は命の食育について語っている。
軸は二つあるが、混合したまま語られるか、片方だけを批判擁護している。
1:鹿を苦しめすぎ。
とどめ用の道具がないため、肉薄の鉄パイプで頭部を滅多打ちにしている。
初見時はこれが現実なんだと受け止めようとしたが、ぜんぜんそんなことはない。
他の狩猟動画のとどめを見てみるとほぼ2、3発の殴打で気絶させている。
それは下調べや準備がしっかりしているから。
2:準備が杜撰すぎ。
罠猟なのに捕獲後のとどめを想定した道具を持ち込んでいない。
免許をとっているはずなのに罠の扱いがおぼつかない。
苦しめた言い訳として命の食育論を持ち出しているだけに聞こえ非常に不快。
あと切り落とした首を長尺で写して目に生気がないと言うのも不敬すぎる。
全体的に敬意がない。
敬意がないんだっつーの。
敬意を払う趣旨の言葉はもちろんある。でも行動としては「杜撰な準備で見切り発車された動画企画の末に大型哺乳類が不必要に痛めつけられ絶命した」だけだ。
見慣れない屠殺シーンだからみんなびっくりしちゃって「これが現実なんですね。貴重な動画です」とか言っちゃってるけど、命の食育と獲物の痛ぶりは別軸なんだよ。
猟を勉強してきたって言うけど参考書籍にゴールデンカムイ読んできたとか言ってるし。
そんなことだから獲物固定ロープを準備しなかったり、罠の扱いきちんとできなかったりすんだよ。
参考書籍としてわざわざ読んだんじゃなくて好きで読んでた漫画を参考書籍としてあげただけに思えてしまう。
ひでー。
ひどすぎる。
ムカデ人間ってホラー映画があって、マッドな医者が人間をさらって残酷な人体実験するの。
で、続編ではそれに憧れた素人が医療知識なしで真似て更に凄惨な事件が起きるの。
鹿の動画を見て俺はこの続編を思い出した。
とにかく俺は怒った。
こんなこと許されねーよ。
食べるために殺すのはしょうがないけど、こんな凄惨なことしておいて「これが現実です」なんて言うな!
1:彼は罠猟初経験だった
2:鹿を捕獲した日、サバイバル生活のため風邪をひいて体調がとても悪かった
4:サバイバル企画のため思考が朦朧とするほど栄養失調になっていた
全部企画の影響。
鹿「そういうことなら私が滅多うちにされるのも納得です」とはならないだろ。
怒りによって私は狂っている。
それと同時に、悪意は悪意ではなく、拙さから単なる過失だろうとも理解している。
わかっていてなお怒りが収まらない。
狂っているからだ。
企画するなとは言えないけど、その前に適切な指導員と練習してくれよ。
けど、結果としてこんな凄惨な動画になっっちゃったんならお蔵入りにしなよ。
勿体無いから公開したんだろうけど、それにしたってこんな露悪的な編集をするなよ。
踏みとどまれる機会はたくさんあったはずなのに。
俺が一番腹が立ってるのはここまでの惨事を起こしておきながら、そのことに対してまったく自覚がない”フリ”をしてることだ。
意図せずに大型哺乳類をあそこまで痛ぶってしまったんだ。絶対不快感があったはずだ。
ぜんぜんちがうぜ?
こんな残酷な感じじゃないんだよ
同じとどめでも全然違うんだよ
失敗して痛めつけちゃったのはもうしょうがねーよ。
でもそのあと動画公開するまでに、編集してる時とか、痛めつけた感触を思い出しちゃってる時とか、踏みとどまる機会はたくさんあったはずだ。
そこを踏みとどまれなかったのはなんでだ。
他の狩猟者は失敗してもお前のようにスナッフムービー制作公開はしない。
お前は特別露悪的なことをしたんだよ。
その自覚を持てよ。
鹿のことをラスボスだの、ゴールデンカムイだの、とどめに対して軽薄な表現がこの動画には多い。
悪意がないのはわかる。俺だってゲームするしゴールデンカムイ読む。
そういうエンタメに触れたから表現がそうなっちゃってるんだとわかる。
大型哺乳類を屠殺するときにそういう表現をわざわざ選ばねーんだよ。
頭に浮かぶことはあるだろうけど、それを動画編集時にアフレコで入れないんだよ。
なぜかわかるか?
不敬だからだ。
正気を取り戻した上でこの動画を作ってYotubeに公開してることが俺はめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ腹立たしいんだよ。
経験不足から失敗しちゃうのはしかたねーよ!そこは同情する。まあ準備不足はひどいけどさ。
でもここまで自己弁護的なスナッフムービーを公開してんじゃねええええええええええええ!!!!
公開して視聴数稼ぐのはお前の自由だぜ。
でも俺は今回のお前の行動が大嫌いだ。
お前のことは好きだが、今回のお前の行動は大嫌いだ。
自覚を持て。お前は失敗した。失敗は恥じゃない。誰でも失敗する。
失敗に無自覚なふりして『現実』という言葉でデコレーションすんな。
ちょっと話戻るけど。
動画擁護してる側は命の食育について評価してるだけで、スナッフムービーを肯定してるわけではない。
俺は俺が狂っていながらも客観性を保っていることを文章の随所で示そうとしている。
この文章を書いた後、彼の過去の行動を調べて、2件の炎上事件を初めて知った。
同業者への執拗なコラボ要求と、断られた後の攻撃的な言動からのネットでの謝罪動画。
SNSで知り合った女性の実名と写真をネットに晒し、勤務先にまで押しかけて警視庁から警告を受けた件。(これは彼自身も暴行被害者になっている。なにが起こったかの詳細はわからないが、女性は加害者ではない)
行動力のある人間が自己認知の弱さを持ったまま巨大なプラットフォームを手に入れたケースだ。
この循環が回り続けてる。
私ははこの批判文章で「自覚してないフリをやめろ」と書いた。失敗を認めろ、偽装するなって。
彼はたぶんマジで偽装してない。悪も微塵もない。怠慢でもない。
無自覚な「フリ」ではなく、本当に認知できていない可能性を感じる。
同業者との炎上では、相手のインフルエンサーからこの特徴を指摘され激昂している。
彼にこの特徴を見出しているのは俺だけじゃ無い。
俺の怒りは的外れだった。
想像力のセンサーが無いのは人格とは全く別の要素で、体質に近いものだ。
鹿はかわいそうだ。
それは変わらない。
ただ、これは怠惰な人間の引き起こした過失ではなく、共感性のない生物が起こした痛ましい自然現象だったのだと認識を改めた。
ジョーズとかジュラシックパークとかエイリアンみたいな凶暴な生き物の話だ。善悪とか無い。
正直怒りはもうない。
獰猛な虎が残酷に鹿を殺したとしても「獰猛な虎だもんな。しかたなし」となるだけだ。
今回のことで私が気付けたこと。
言葉が通じる対象を、私は自分と同じ存在なんだと錯覚してしまう。
言葉が通じるだけで同じではない。
性質が異なる別の生き物というだけだ。
もしかしたらマサルだけじゃなくてみんなそれぞれ違うのかも。私が思ってる以上に。
それでもあの動画が異常だったという記録は残したい。
同じ動画を見て違和感を覚えた人が、自分の感覚が間違っていなかったと確認できる場所として文章は残す。
もう好きでも嫌いでもない。
あーあ。
23区内で働いていた時、朝の通勤時で近くの客がモゾモゾしている、というか自分に体を擦り付ける様な動きをしてきた。
一体何なんだと思ったが体もロクに動かせないぐらい混み合っている車内だったので、電車の揺れか何かでどうしようも無いのかなと思いスルーした。
次の駅が近づいてきた所で突然その体擦り付けてきた客(多分)の30代ぐらいの女性がいきなり悲鳴を上げて
何かと思ったら自分を指差してコイツに痴漢された!って叫ばれた。
一体何が起きているか分からず、戸惑っている内に他の乗客らに取り押さえられ、次の駅で降ろされて駅員に突き出された。
もちろん自分は何もやってないし、会社に遅刻とか色々考えて必死に自分はやってないって主張したけど
取り調べでは終始犯人扱いされて、恥ずかしい話泣いてしまって、終始屈辱的だった。
とりあえずその日は一日中拘束されたが何とか解放されたものの、不安と恐怖と屈辱でロクに眠れないまま次の日の朝方に
被害者とされる女性の弁護士を名乗る男から電話がかかってきた。
弁護士によると、被害者は大変ショックを受けており、また犯人である貴方に強い怒りを感じており刑事で訴えたいと希望している、
刑事で訴えれば強制わいせつ罪で警察に逮捕され、長期間身体を拘束される、またニュースで実名が報道されるかもしれない、
ただ一方で反省の意志を強く示し誠心誠意謝罪するのであれば、刑事告訴に関しては取り下げても良いと言っている、などと言われた。
今考えれば被害発生(実際は起きていない?)からの、相手方弁護士を名乗る者からの連絡の速さなど、あまりにも手際が良くて、
今でも十中八九「嵌められた」と思ってるが、当時は就職して一年ちょっとの若造で、不景気の中何とか正社員として働けてるのにって、
もし言う通りにすれば取り敢えず逮捕はされない、元の生活に戻れると思い、和解に応じた。
示談金として200万ちょっと、やってもない痴漢の罪の賠償として相手の女性に払わされた。
学生時代から貯めたバイト代、就職してから貯めた貯金など、全部無くなり、更には親に事情を話して借金までした。
仕事に関しては急病だと連絡はしたが、数日休んだ事や当日は無断欠勤状態になっていた事もあり、
それまで培った信頼も一気に無くなって居心地が悪くなり、結局数ヶ月後に退職した。
しばらくは電車に乗るのも外に出るのも怖くなり、働くどころか外出すらまともに出来なくなった。
今でこそ何とか普通の生活には戻れているが、結局不景気且つ最初の会社を一年ちょっとで退職、引きこもっていたブランクもあり、
30歳手前で当時派遣先での仕事が評価されたのか今の会社に正社員として雇用されるまで、派遣やバイトの非正規雇用で食いつなぐ羽目になった。
また電車にも怖くて乗ると足が震える様になったので、派遣先が変わる度に徒歩か自転車で通える範囲に引っ越す、
都内だと無理なので関東近郊の派遣先を探すなど、仕事にも人生にも大幅に制限がかかった。
冤罪被害で20代の大半をしなくても良い苦労で棒に振ったと思ってるし、今でも傷跡は完全には癒えていない。
先日、電車内で女性から自分の様に痴漢冤罪をかけられそうになり、痴漢でっち上げで刑事告訴したが
車内カメラなどの証拠があるにも関わらず不起訴になったという、大変理不尽なニュースを聞いて当時のトラウマを改めて思い出させられた。
痴漢をでっち上げようとした女は、冤罪被害者に暴力まで振るっていたという。
これがもし男女逆であれば、相手の女に冤罪をでっち上げた上に暴力まで振るった男など確実に逮捕されていたであろう。
先の事件は運良く証拠があったから冤罪だと証明されたが、被害者が自分の様に冤罪で加害者扱いされ人生を棒に振っていた可能性は高い。
司法の女割などというコメントもあったが、何故でっち上げが不起訴で無罪放免なのか分からない。
これではまるでやりたい放題だし、自分の様な冤罪被害者は一生救われない。
司法が信頼出来なくなれば、仮に冤罪をでっち上げられた時、相手を……するか、そこまでいかずとも、
一生後悔する様な自力救済をするしか無くなってしまうのでは無いかとすら思ってしまう。
そしてそれは仮に冤罪では無かった場合でも起こり得る話ですらある。
地方の高校にいた頃、僕は間違いなく「特別な人間」だった。正解の用意された問いを、誰よりも手際よく処理する要領の良さ。それさえあれば、僕は学校という小さな水槽の中で、一定の精神的優位を得ることができた。テストの順位表に貼り出される自分の名前を眺めるだけで、無敵の万能感に浸れたものだ。
だが、東京の大学に進学して、その薄っぺらいメッキは無惨に剥がれ落ちた。息をするように英語を操る帰国子女。親の金で当然のよに海外の“経験”を積む学生。あるいは、圧倒的な地頭の良さで、僕の徹夜の努力を鼻で笑いながら抜き去っていく本物の天才たち。彼らが外資系コンサルや投資銀行へ羽ばたき、あるいはあっさりと起業していくのを横目に、僕は自分がただのマークシートの塗りつぶし方が少し上手かっただけの、凡庸な田舎者であることを骨の髄まで思い知らされた。
就職活動で僕が逃げ込んだのは、品川に巨大な自社ビルを構える日系の大手SIerだった。親に社名を言えば手放しで安堵する優良企業。しかし、その実態はキラキラしたIT業界とは無縁の「デジタルゼネコン」だ。巨大な基幹システムのエクセルでの進捗管理と、下請けベンダーへの責任転嫁を繰り返すだけの、果てしなく地味な調整業務。30代になっても年収は700万円を行ったり来たりで、突き抜ける気配は一切ない。
川崎。最寄り駅から徒歩14分の6畳ワンルームのマンション。毎朝、すし詰めの東海道線で多摩川を越えるたび、自分が東京という巨大なヒエラルキーの外部に置かれた、中途半端な存在であることを突きつけられる。無数のエクセルのセルを埋め、稟議書を回し、いかにも「大企業のビジネスマン」の顔をしていても、乾いた自尊心は満たされなかった。だからこそ、僕は己の優位性を手っ取り早く確認するための副業を始めることにした。届かない上澄みを見上げる苦しさを、圧倒的な底辺を見下ろすことで中和する、醜い防衛本能だった。
AIに吐き出させた嘘か本当かわからない情報を、抑揚のない合成音声に読み上げさせるだけの動画。サムネイルは赤と黒の極太ゴシックで『真実』『衝撃』『実は日本人は…』。白い背景に「いらすとや」の画像。思っていたよりも、こうした毒にも薬にもならない動画を求めている人はいた。「努力できるのは才能」と自身の努力不足を遺伝のせいにするような動画や、根拠薄弱な雑学に絡めて「日本スゴイ」を連呼する内容は、面白いように再生数が伸びた。コメント欄に溢れる、社会へのルサンチマン。人生の答え合わせを終えた敗者たちに、安っぽいドーパミンを施す。教祖にでもなった感じでで少し気分が良かった。
先月、そのチャンネルを売った。爆発的に登録者を増やすコンテンツ力も、虚無を再生産し続ける継続力も、僕にはなかった。そこそこの値がついたので、バング&オルフセンのヘッドホンを買った。アルミニウムの冷たい質感と、北欧特有のミニマルなデザイン。装着するたびに、自分がこの川崎の泥臭い景色とは無縁の、洗練された“あちら側”の人間であると証明された気がした。
たまたま連休ができた。義理で顔を出した岐阜の祖母の家は、時間が止まったような空間だった。イオンモールとマーサ21だけが文明のすべてであるかのような地方都市。ここには、SAPIXのクラス分けに一喜一憂する親も、35年ペアローンという鎖で互いを縛り合うパワーカップルもいない。あるのは、弛緩した空気と変化を拒む土着の引力だけだ。
どうせ駅前の携帯ショップで、「お孫さんの写真が綺麗に撮れますよ」とかなんとか言いくるめられて、不要なハイスペック機と大容量プランを契約させられたのだろう。その光景が目に浮かぶ。
そこから流れる、抑揚のない人工音声。「実は、80歳を過ぎても元気な人は…」という、極太ゴシック体のサムネイル。白い背景の中央に配置された「いらすとや」の老夫婦。
目眩がした。
僕が売り払ったあのチャンネルではない。だが、構成は完全に同じだった。情弱向けの餌として吐き出し、見下していたコンテンツを血の繋がった親族が「真実」として有難がって摂取している。
祖母の瞳は、ブルーライトを反射して白く濁っていた。「へえ、そうなのかい」。その相槌の一つ一つが、僕の精神を削り取っていく。僕が承認欲求と小銭を満たすために生み出したインターネットの汚泥は、巡り巡って、僕自身のルーツである祖母の余生を埋める詰め物になっていた
「..…ほどほどにしなよ。目が悪くなるから。」
喉の奥から絞り出せたのは、ゲームに熱中する子供を注意する母親のような、陳腐な言葉だけだった。
帰りの新幹線。バング&オルフセンヘッドホンを装着する。どれだけ音楽を流しても、あの抑揚のない人工音声が、耳の奥にこびりついて離れない。トンネルを抜けるたび疲れた顔の男がこちらをみてくる。こちらを見つめ返すその瞳は、ブルーライトに照らされた祖母の目と同じように、ひどく濁って見えた。
https://anond.hatelabo.jp/20260210102032
当然ながら隷属しろってわけじゃないけど、
嘘はやめよう
世界各地で同じ口上ですね
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1769956
だそうですよ、マヌケ
そもそも中国と敵対するとかぶっ殺すぞとか言ったわけでもないのに
そのはるか手前の手前すら言ってはいけないっていうサラミ既得権益、
まともな企業なら進出先や取引先の政体や政情ぐらい当然計算に入れます。
あと中国人旅行客相手にオールインで商売してたのは同胞より中国人みたいですね……
中国人同士で商売して海外決済となると日本にお金落ちないインフラタダ乗りだし
観光客制限したのに日本人が悲鳴を上げてくれないので困りましたねえ。
それで、どう考えてるの?
イキりや嫌がらせが国益にすらなってないように見えますが大丈夫なんですかね?
仮に軟化してもその間に国民は損失を被ってるんだけど、
その時ですら強硬に出て良かったって言うの?
損をした人は中国への憎しみと警戒感を育てましょう。
本当に見事な手際ですね!
次の戦狼にも期待してまーす
最近復活した私のビリヤニ活動はこれ幸いかきっと絶対に乃木坂46の40枚目のシングルのビリヤニがかなり影響していると思うの。
だって久しくもう2年ぐらい行ってなかったのかな?
出店コンサルティングにならわない出店テンプレートにそぐわない、
ちゃんとサラダには謎のオレンジ色の調合されたその出店テンプレート店特有のドレッシングが掛かっているんだけど、
どれどれ?って賞味したらやっぱり胡麻ドレ。
されど胡麻ドレなの!
いや私は胡麻ドレのことを熱く熱く語りたいと言うわけじゃないんだけど、
なんにも特に音沙汰なく、
軽くいって酷く聞こえたらごめんなさいなんだけど軽く滑ってない?ってところ。
以降インドの山奥へはその乃木坂のビリヤニの噂はこちらまで響いてきてないわ。
それはともかく、
私的には、
ふとまたビリヤニのランチビリヤニを食べに行かなくちゃってことを久しぶりに活動再開してるところの影響大は大きなところね。
やっぱりこのお店のランチのチキンビリヤニは美味しいなぁって。
これは絶対に7つのスパイスが入っているから私的には7日に食べるこのランチのチキンビリヤニは、
スパイスの超効いたバスマティ米の7つ以上のスパイスが使われた七草粥に匹敵する効果がある言葉バッチリ証明されたことは強く確実に言えることなの!
苦いレモンの皮を苦い!っていいながら食べるのがまた一興なのよね。
今年はたくさんビリヤニ食べれたらいいなぁって思う次第なの。
そんでさ、
玄関正面ド真ん中に、
でももう閉店間際のもう七草も終わっちゃうよ!って私はちょっぴり寂しさを覚えつつ、
豪華な七草といってもせいぜい粥なんだけど、
どうしようかあぁって
あと1品加えて
七草粥から八宝粥にしたらものすごくグレードアップ感とラグジュアリー感とファビラスな感じが出ない?
あと1つなににしようかな?って思ったときに
やっぱりここは私はお粥研究家である今までの研究成果をここで繰り出すべきね!って張り切ってあと1品を考えるの。
サクッと作れるといったら、
せっかく昨日は7日だったんだし
そして夜また七草を決めたら
有終の美を飾るに相応しいあと1品を加えて八宝粥にするなら!なににしようかな?って
鶏モモ肉にしたところよ。
もっと勇気を出してあと1品のなにかパンチのある食材を加えて八宝粥にできたのに、
私のお粥の研究のテーマたる主の柱は「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」なのに、
確かに
鶏モモ肉の食べ応え強さはそこで得られるけれどせっかくだから何か変わった変化球内角低めにくるやつの食材を考えてみたかったじゃない。
店内に鳴り響くもうすぐ閉店しますよ!って音楽のあれなんて言う曲だっけ?
店内は買い物を早く済まそうとしているお客さん達で天国と地獄!
そうよ!その閉店間際に鳴り響く「天国と地獄」の曲に煽られたら、
結局私の作るお粥のテーマである「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」は鶏モモ肉で満たせるものの、
なにかもっと七草粥の七草に1品加えて八宝粥にできたチャンスがあったのに!と悔やまれるのね。
それに、
朝の七草ホッツ白湯ウォーラーにお昼のランチビリヤニの7つ以上使われているであろうビリヤニと
ここで最後に7つを決めないと!
私の好きなあの曲スコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」なんてどう?
閉店間際にしっぽりあと1品選ぶには余裕のあるのを生み出せる曲だと思うな。
そんなわけで私は
夜またちゃちゃっと手際よくお粥作っていただいて7日という日を終えたのよ。
でもさ、
七草粥に1品加えて八宝粥にするってナイスアイデアでものはいいようなリッチな感じしない?
とはいえ、
八宝粥にする際に7つの草1つ1つを宝として言うのには、
草なのに宝と言ってしまうには負担が大きすぎるかなって思うのね。
とはいえ、
ここで仮にスター選手の鶏モモ肉がスタメンで加わったとしても、
宝が1つ凄くなっただけじゃない。
所詮草なのねって悲しくなっちゃう役割に私はしみじみしながら、
熱々の出来立てを持ってきてくれた給仕の店員さんが申し訳なく言ったのね。
「すみません今日ウズラの卵がなくってウズラなしの八宝菜です」って
申し訳なさそうに持ってくるの。
もちろん、
私はその八宝菜には罪はないのは分かっているので合点承知の助で、
やっぱりあの八宝菜たる所以は1つ1つの具材のスター性があってこそだ!って強く思ったの。
もちろんなんかキクラゲとかエビとかイカとかも強いの分かっているの、
やっぱりウズラの卵1つない欠けたものなんて八宝菜と言えなかったのかもしれない。
つくづく思ったのは
七草粥にしろ八宝菜にしろ使う食材の数が決まっている人類が繁栄している歴史の以前から繁栄しているその人気メニューは、
むやみに食材を1つ足したり1つ引いたりしたら台無しになっちゃうってことなの。
それを実感したわ。
きっと私がモヤモヤ悩んでいてあと1品なににしようって迷っていた迷いって、
このバランスを崩しかねないという思いが潜在的にあったのかも知れないわ。
私はむやみに1つの食材を足してしまったことへの美味しさは増したものの後悔の念も増したことに苛まれたの。
やっぱり七草粥は7日の食べる7つの食材じゃなくっちゃ!ってことみたいね。
何でも無い草たちをこの日に限って7つ集めて売ったら高値で売れるぜ!って
商魂たくましい七草粥キャンペーンを打ち立て七草粥!って書かれた鉢巻きを締めて七草粥キャンペーンに勤しんだ当時の商人ってすごいなぁって思っちゃった。
そんな七草粥キャンペーンの歴史を感じてしまった七草粥だったわ。
うふふ。
タマゴサンドイッチだとちょっと量が多いかなって時に最適だわ。
程よい量でしっかりタマゴも堪能できるの!
これだけでもちょっと上品な味わいのとろろ昆布ホッツ白湯ウォーラーになるわ。
底にたまっているとろろ昆布をグルグル容器を回して一気に流し込むの。
火傷しないようにね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
・おもろい
液体ブシャーーー!!はたまにあるけど
液体飛び散らかすくらいやられてうんざりギレしたんやで
な「蓄積ギレ」が根源な感じだったので
ただの一発オモロネタじゃなくてちゃんとテーマと繋がってたので
よかった
・喪黒福造テンプレだが、これからどうなるんだ感もあってよかった
・あの足の星?の時間経過と世間の印象から忘れ去られていく描写が
手際良すぎすご
加速しながら突き進んでいく主人公が
リラックスしたような、体の緊張が抜けたような息を吐いてて
泣きたいような切ない気持ちになった
・演技力すげー!熱演すぎる
・映画評で母娘の話〜っていうのをちらほら聞き齧ったうえで
視聴したけど、なら孫が重度めの障害者のやつに…
なんか話がズレるし 別の角が立つし、
「同一」だぞって何度も念押しされてるから
大学を卒業して10年間、音楽の世界で自分の歌で稼ごうと夢を見ていた。寒い夜に路上で弾き語りもしたし、ライブハウスで前座を長いこと務めもした。それでも、マイナーレーベルからCDが3枚出たので、そんなに悪くはないと思っている。
そのあと、印刷工場に就職した。職場で変に目をつけられたりいじめられるのは嫌なので、国立大卒を隠して、履歴書ではFラン大卒にした。ばれると思ったが、これまで案外ばれてない。たまに、上司に増田君は手際がいいねと言われてヒヤリとするくらい。夜勤のある仕事で、稼ぎはまあそれなりだけど、1人が生きていく分には問題ない。忘年会のカラオケで歌がうまいねと褒められるのもすこし楽しい。
音楽業界とは縁がなくなったので、当時の人間関係もサッパリ切れたのがよかった。才能のない人は他人を嫉妬ばかりして足を引っ張るし、才能のある人は実績を作ろうと他人を蹴落とそうとカリカリしているので、業界の雰囲気は思ったより悪かった。
いまは家に帰ると、本を読んだりネットの記事を見たりで過ごすことにしている。ビッグデータの監視資本主義社会だけど、内心の自由は保たれるように努力している。頭の微小電流をスキャンすれば思考内容が翻訳される時代は、自分の世代の生きている間は来ないと思う。だから、読んでなにを考えたかは誰にも教えない。
趣味嗜好は変わるものだし決意すれば変えられる。だから、この時代、自分の中の変わらないものをデータとして吸い上げられないように工夫するのが生きるコツだと思う。例えば、能力や素の人格、内心を特定する情報をGAFAに売らないし、避けられない事情があって外に出すときには必ずノイズを混ぜる。どこにどのくらいノイズを混ぜたかは、自分だけの秘密にしておく。
例外はコンテンツだ。クリエイティブなものは売りに出して、見せたい自分をデータとして見せるのがいいのだ。そうすれば、データ市場はそれを見て自分を判断する。知恵と創造性だけは、真似できないし、アウトプットを推測できないから。当分のあいだは。
そのため、世間一般の常識とずれているのが直らないまま結婚した(もちろん結婚するときに、私はその事実に気がつけていなかった)
何がずれているかといえば時間の感覚で、まあ学生とかなら少し遅刻しようが、無駄に時間を過ごそうが、ある程度は許される。
ところが大人になってもまともな社会経験していないので(学生のときにバイトくらいはしていたらしいが)時間に関する意識が壊滅的に低い。
例えば、今もパートをしているが、ほぼ確実に数分の遅刻をする。
決して大幅ではなく、5分以内の遅刻だ。
自転車で5分程度のパート先なのだが、家を出るのが開始の2分くらい前だから遅刻をする。
普通に考えるのであれば、5分かかるのだから、遅くとも10分前には出るだろうし、一般的には15分くらい前にでるのではないだろうか。
なんでこんなギリギリになるかと聞けば、前の作業(つまり家事)が忙しいからだと言うのだ。
まあ流石に暇だというつもりはない。
ただ、スマホをいじっている時間もあれば、お茶を飲んでる時間もテレビをみている時間もある。
そういった事は、やる事をやった余剰の時間でやればいい話だ。
例えば時間がかかるけどかかりきりじゃなくてもよい洗濯を最初にやるとか、料理をするときに汚れ物をかたっぱしからシンクに入れて新しい食器を出すのではなく、料理の隙間で食器をあらうなどすればいい。
そもそも毎回遅れているのだから、時間の使い方を見直すのが普通だろうが、絶対にそれをせず「私は忙しい、大変なんだ」という。
それは仕事でも同じで、パート先では事務仕事をしているのだが、手際が壊滅的に悪い。
しかも色まで塗ったりする。
それで時間がかかって帰りが遅くなり、夕食の準備に間に合わず、結局私がやる事が時々ある。
本人は「絵が可愛らしいと他のパートの人に褒められた」と喜んでいる。
社内報のイラストも質だという意見もあろうが、望まれてやっているわけでもないし、他にもっと仕事をして効率を上げた方が喜ばれる事もあると思う。
こういった行動は人の時間を奪う行為であり、まともな社会人でやろうものなら「そんな事してないで、やる事先にやれ」と言われるだろう。
私もそれとなく伝えた事はあるが「私がこんなに頑張っているのにわかっていない」と憤慨していた。
それは頑張るではなく、ただの自己満足だ。
だがもうこの年齢になると、人の言う事をまともにきけないのだろう。
嫁がこのあとも、自分の幸せをまともに理解することなく生きていくためには、周りのパートが同じ種類の人間であり続ける事と、私の義務感が尽きない事が必要だ。
あとは運を天に任せるしかない。
私はその夜静かに関西国際空港に降り立った。携帯のSIMをカウンターと自販機でひとつずつ買い、空港内の一時預かり所ですぐに荷物を預け、翌日の午後遅くに取りに来る旨を伝えた。小さな鞄には電子機器が四つ入っている。身につけるものは、バッテリーを取り外しておいたSIMなし格安携帯(数日前に買ったばかりだ)とポーチひとつ。対岸の小さな町に飛び込みで宿をとることした。電車の降客は私と2、3人。地元の人間が見れば、私は関西人ではないとすぐ分かる顔をしている。うろうろしていると、早速「お出迎え」の車がメインストリートから細い路地へとわざわざ鋭角にターンして尾行してきたので、物陰に隠れる。目星をつけたホテルの前の駐車場には見張りの車が停車していたので、知らないふりをして行きすぎる。初めての町だが、行き当たりばったりに歩き回った挙句、駅から離れた場所に客のいない静かなバーを見つけ、ウィスキーを飲んで時間を潰す。
日付が変わる少し前にバーを出、宿のあるらしい方角へ歩く。宿に入ろうとした時、住宅街の十字路の向こうから、ボックスカーが一台、なにかを探しているかのように徐行してやってきて、止まった。生垣のそばに隠れたつもりなのだが、どうやらライトの向こうに見つかってしまったらしい。直進するそぶりだったのが、急に右折して去った。ナンバープレートを私に見られたくないのだ。別の宿を見つけ、この日は終わり、旅の疲れを癒そうとした。
翌朝、時差ぼけと寝不足の目をこすり、今年一番の早起きをして、再び空港に向かう。出張中のビジネスマン風の顔をして、通学中の小学生の後ろを歩く。預けた荷物を受け取り鉄道駅に向かおうと、空港ビルの吹き抜けの上階をふと見ると、手すりにもたれた男が下を見て何か携帯で指図をしていた。見張りだ。電車に乗り、念のため、中から隣の車両に移動した。すると、ひとりの男が目についた。まだ若さがかすかに残る、アメリカ人と思われ、こざっぱりした軽装で、イヤホンをつけ、手元の携帯を見ている。荷物はない。空港ホテルに泊まって文字通り手ぶらで観光に行く外国人はそうそういないだろう。この男は見張りの仲間と考えて差し支えない。おそらく携帯はグループ通話モードになっており、イヤホンから指図が流れるのだ。じっと見ていると、男は気まずそうに少し下を向いた。元の車両に引き返し、男から見えないことを確認する。予告は受けていたが、「今度のチーム」は手際がいい。これは逃げられないと思った。私はロンドンからの帰途アジア系の航空機で上海を経由したのだが、上海で乗り込んで来た20代のアメリカ人の男が私を見てニヤリとして着席したのを思い出した。
降車予定のいくつか前の駅に停車中に、ポケットの携帯が鳴った(機内モード)。私はここで降りることを迷っており、それを見透かされたかのように思い動悸がしたのだが、実は九時にセットしたタイマーだった。電車のドアが閉まる瞬間にホームへ身を投げ、私のせいでドアが再度開かなかったこと、および、隣の車両の男が降りなかったことを確認し、駅を出て停車中のタクシーに乗り込んだ。
「ヨドバシカメラへお願いします」先に着いたアメリカ人の男やその仲間がXY筋(どこだったのだろう?)を追尾する手筈は万全だろうと思ったが、仕方ない。タイミングよく開店と同時にヨドバシカメラに入り、入り口付近に電子機器の入った鞄を置いて、新しい携帯を買った。見上げると、レジの上の防犯カメラが意地の悪い目つきでこちらを見ていた。電源を切ってあるが、新携帯の設定を完了しないと機内モードにできないはずだ。警備員に見つかるかと思ったが、入り口に置いた鞄は盗まれず、日本は治安がいい。
大阪駅からP駅まで電車に乗る。P駅で電子機器を裸でロッカーに預ける。バスで役所の近くまで行く。降りると、大通りの路肩に車が止まり、私が近づくと発進した。役所の小さな駐車スペースにも見張りと思われる車がいた。海外勤務を終え、帰国手続きに本籍地発行の戸籍抄本が要るのは周知のことだと思う。
私は長期滞在のホテルを必死に探したのだが、残念ながらどれも予約で埋まっていた。仕方なく、この日の宿をオンラインで予約した(ウォークインで空きを尋ねるべきだった)。夕方、宿に着くと、部屋から大通りが見下ろせる。通りの両側には停車中の車が何台があり、気になる。例の格安携帯のバッテリーを入れ、しばらく設定をしていると、Bluetoothがオンになっていることに気づいた。先ほどまでオフにしていたにも関わらずだ。さらに、誰かの機器とBluetooth接続されていた。部屋に入った時には空いていた隣の部屋に、誰かいる。壁越しにキーボードを叩く音が微かに聞こえるのだ。「ようこそ日本へ」という訳だ。私はフロントに電話し、部屋を替えてもらった。階も違う。業務用階段の側だ。外の車が気になる。しばらくして、廊下に出たところ、ホテル従業員が業務用階段へと続く扉の向こうに消えるのを見た。客入りの良いこの時間帯に、妙ではないか。私は、ホテル従業員がグルである可能性を考え、ホテルを出ることにした。ロビーでソファに座り次の手を考えていると、20代の背の低いアメリカ人の男が宅配ピザの箱を抱えて外から入って来て、上階に向かった。つまり、「鳥が逃げた」という訳だ。通りに停めた車で見張っていたのだろう。ホテルを出て15mほど歩くと、近くの路肩の白いワンボックスカーが急発進した。私はこの時、2種類の人間に追われていることをまだ知らない。タクシーで警察署に向かう時、外国人の運転する高級車が二つ隣の車線にいるのを見た。
繁華街をぶらぶらして、カフェのテラス席で休憩したところ、側道から若い日本人の男の運転する車が目と鼻の先で停車した。通りに出るつもりはないらしい。私はこのときそのナンバープレートを新しい携帯で写真に撮ったのだが、交番で写真を警官に見せると、その写真は「画像が歪んで」番号が読めなかった。新しい携帯が、早速ダメになったのだ。
色々気にしても仕方がないので、適当な店に入り、久々の海鮮を楽しむことにした(中略)。ただし、押し入られて身の危険がないとも言えないので、他の客が引けたとき、すぐに出た。断言できるが、ほろ酔い未満だ。料理には満足した。
少し物足りなかったので、大通りから中に入ったところをほっつき歩いて、飲める店を見つけた。途中、誰かを探しているらしい様子のワンボックスカーを見つけた。カウンターで飲んでいい気分になった頃、一台の車が店の前で急に止まった。動かない。外は狭い一方通行の道で、しかも店の前を塞ぐように止まる車はタクシー以外通常ないはずだ。タクシーより車高が高い。これはまずい。逃げ場はない。私は、格安携帯の緊急通報ボタンを押した。すると、車は発進した。
携帯で調べるわけにもいかないので、酔い覚ましに、歩いて終夜営業のファミレスを探した。結局、マクドナルドに落ち着いた。この夜、私は初めて、なぜこのような不思議な目に自分が遭っているのかを知った。マクドナルドのwifiは無料で利用できるはずだが、「パスワード入力」を求められる。なぜか電波の入りが悪い。2階に上がる。どうやら、無料wifiを使わせまいとする勢力と、それを解除しようとする勢力が、電子的に腕相撲をやっているらしい。私は後者の「手助け」をしようとした。結局、早朝になってもwifiが使えることはなかった。
早朝、忠告に従い、急いで店を出る。危ないのだ。タクシーで向かう。預けた電子機器を回収しようと駅で待っていてもらった。ところが、引き出せない。預けたロッカーの番号を電子的に認証して鍵が開くのだが、「その番号が選択肢として存在しないため選べない」。どうやら、私の預けた荷物だけが引き出せないように電子的に操作されているらしい。見ると、他のロッカーは全て空だ。
あきらめて、コネのある長期滞在用のホテルにタクシーで向かう。
遠距離だ。
新婚の頃のようなイチャイチャはもうない。
だけど朝起きてコーヒーを淹れてくれる人がいて、一緒に朝食を摂れる相手が居るというのは悪くない。
前を歩いていたおばあさんがつまずいて転んだ。
考えるより先に体が動いた。
俺はすぐに駆け寄って、おばあさんの体を支えた。
横では妻が散らばったスーパーの袋と中身を、手際よく拾い集めていた。
幸い大したケガではなかった。
そのまま一緒に車まで荷物を運ぶと、おばあさんは笑顔で受け取り「ありがとうねぇ」と何度も頭を下げてくれた。
見送ったあと、俺と妻は顔を見合わせた。
でも今はそういうことはしない。
代わりに妻が「…ん」と小さく拳を俺の方へと突き出した。
それを見て、俺も同じように拳を出して「こつん」と合わせた。
それだけで、十分通じ合えた。
たぶん今の俺にとって妻は、妻と書いて「とも」と読む。
それが今のかたち。
「やるじゃん」と妻が俺に言って、俺は「そっちも」と言い返す。
妻はちょっと笑って、俺も少し笑った。
結婚十年目。派手じゃないけれど、悪くない。
少し前に出産して、退院後、今は自分と夫と子の3人で自宅で暮らしている。
沐浴中に自分が履いていた長ズボン(裾は折っていた)の太もも部分にお湯がかかり少し濡れたのだが、あまり気にならなかったので「あ、ちょっと濡れちゃった~」程度の発言をしてその場は終えている。
そのあと授乳をし子を寝かしつけている間に夫が晩ご飯を作ってくれ、いざ食べようというタイミングで座ろうとしたら、夫に「濡れてるズボンで座ったら椅子に染みるじゃん。脱ぎなよ」と言われ、洗濯して取り込んだあとその辺に置いていた短パンを夫が渡してきたのである。
なお、椅子はホームセンターで買ったよくある革張りのもので、別に水分が染みるといったことはない素材だ。
2日前に履いていたその短パンはその日が暖かったから履いていただけで、今日は寒い。だから履くならジャージの長いズボンがいい。
椅子に水分は染みないし、自分もこのあと風呂に入るのに逐一着替えるのがダルかったし、ご飯を温かいうちに食べたかったので「ありがとう~でも別に大丈夫だよ、先に食べちゃいたいし、そこまでビショビショでもないし」と伝えた。
そしたら、「椅子に染みるのに?ㅤあと、冷たくなったら風邪ひくよ?」と言われた。
ここでなんだか感情が決壊してしまって、「いや、染みる素材じゃなくない?」「風邪をひくかもって心配してくれてるのに、この程度でイラつくのは酷いかな」「でも寒いんだから短パンは無くない?」などと色んな思考が巡った末、無言で椅子を引いて立ったまま、中腰で食べ始めてしまった。
そしたら「なんで立ってるの?」と聞かれた。
「貴方が椅子の心配をしてるから立ってるんじゃん」と伝えたら「これ(差し出された短パン)で妻ちゃんの心配はしたから、今度は椅子の心配をしてるんだよ?」と返された。
「そう……」と伝えたあと洗面所に行き、涙が止まらなくなって顔を洗って15分くらいしてから食卓に戻り「嫌だった」と伝えてみた。
そんなつもりじゃ……ごめんね……と言われたので、表面上は仲直りしている。私はここに吐露するくらい、数時間引きずっているが。笑
我ながら幼稚だなと思った。
その前も「沐浴前後にあまり授乳するのは良くないみたいだから今日は17時に沐浴させようね」と伝えたのに「赤ちゃんが寝てるから」と夫が17時に風呂に入ってしまい沐浴が18時に後ろ倒しになったり。(その影響で私が夕食前に風呂に入れず、ズボンが湿ったままだった)
退院後10日ほど私が家から出られておらずそろそろ外の空気を吸いたいのに「あまり動かない方がいいから育児だけ専念してて?」と言われ外出させてもらえず、向こうは買い物や手続きをしてくれているものの合間にポケモンGOをやってマックに寄って2時間くらい帰宅時間が延びたり。(私もやりたい……)
連日「ママの方がオムツ替えや着替えの手際が良いし、泣き止むよね……」と言いながらチラチラ私の方を見て頼りたいオーラを出してくるし。(私だって必死になって子のためにやってるだけだ)
子が大号泣してるのに寝てて起きないし。(なんでこんな大声出してるのに逆に起きないんだ?)
そういったことが続いているので、色々と溜まってしまっていたのだろうなぁとは思う。
短パンだって、夫のほうは体温が高めで今日もステテコを履いていたのだから「これを履くと寒くなる」とは思われていなかったであろう。それくらいは推測できる。
だから「こんなの履いたら寒くなるじゃん」ではなく「お気遣いありがとう!ㅤでも私は寒がりだから後で長いズボンを履くね」と言っておいた。
でもなんだか「なんで私はこんなに気を遣ってるんだ……???」と思えてしまった。
難しいね。気を遣わないとそれはそれで嫌な奴になり得るし。
今までもこういった「本人は忘れているだろうけれど、私は嫌だったこと」はあったし、向こうもあるのだと思う。
色々と綴ってしまったが、基本的に一番仲の良い友達みたいな異性、が夫なのだ。趣味のサークルで出会った人だし、金銭的な価値観や、実家の方針(仏事や挨拶などをきちんとやるところ)も似ているので過ごしやすい人ではある。
ただ子どもが産まれたことで、今後はどうしても──今回のようなくだらない事案(笑)ではなく子のことで──衝突が発生してしまうのだろう。
そのときも出来るだけ相手には配慮していきたいが……まぁ、忘れられない「嫌だったこと」は増えるんだろうな。
でもその分、家族としての思い出も増えていくんだろう。そんなものだよね、家族って。
SNSには夫も含めて仲良くしてもらっている友人も沢山いるし、実家や夫のことを知らない友人周りにも心配を掛けたくないから、愚痴れないなぁと思いここに吐き出してしまった。
ただ、つらつらと書いていくうちにイイ感じ(?)の結論に辿り着けた気もする。
頑張りすぎない程度に頑張りたいなー。
端的に夫とセックスしたくない。付き合った当初は結構してたと思うけど、子どもが生まれてから夫に対する性欲が消えた。
多分2つ理由がある。ひとつは、産後に家事育児バランスが崩れたから(増田はフルタイムワーカー。ありがたいことにお賃金も結構頂いている)。自称リベラルな夫ではあるものの、ほぼ家事はしない。たまに気張って料理するけど、思いつくままに材料を買うので冷蔵庫マネジメントがめちゃくちゃになる。手際が悪いので機嫌がだんだん悪くなって攻撃的になるのも嫌だ。当たり前だが、掃除も全然しない。どうしてこんなに家事力が低いんだろう。「早く帰宅=俺は育児に参加している」と考えているようだけど、ただ増田が作ったものを口に入れるだけでしょ。洗い物もしてくれないし、戦力になってないのですが笑……といつも思う。家族ぐるみで遊ぶ時は、どうしていつも私が企画しなくちゃいけないんだよ。てめーはゲストか? 子どもが生まれた瞬間、ガラガラとバランスが崩れるなんて結婚する前にどうしたって見抜けないよ〜。クソ〜。要するに「こいつ……」と思う瞬間が爆増するなかで、それと反比例するように性欲がなくなっていった気がする。
もうひとつ大きな点として夫がセックス下手というのもある。こんなに下手だったっけ?と思うぐらい下手。ただでさえ気乗りしないのに、あらゆる所作が不快で全く濡れない。独身時代はもっと上手だったはずなのに、好感度が下がっている以外の……物理的な技術の低下が著しい。挿入もまったく気づかない。射精も気づいたら終わっている。先日も寝てる時にそういう雰囲気を醸し出されて「眠いから嫌」と断ったばかりだ。なんで人が寝てる時に起こすのか意味わからない。自分がオナホになったような気持ちになる。
別れた人の意見として参考になれば
8個年上で24歳の時に結婚した、29歳の時コロナ禍ちょい過ぎぐらいの時期に彼の風俗通いが発覚
色々話したし和解したつもりでお互い歩み寄ったり再構築頑張ったけど無理だった、長くなるから箇条書きで
・元々そういうサービスにお金を使うことを無駄と冷笑していたのにハマっていた事
・行かないと約束しGPSをつけた後も雑な嘘をついて月に一度行く事(同じ会社に勤めてるのに残業とか会議とか社内予定見たら分かるだろ)
・相手の女の子やプレイ内容に関係なく潜伏期間や今後の我々の性交渉に対して安全性を担保するための性病検査を断固拒否し続けた事
・本人的にはNN店利用が過酷な仕事の休息でありご褒美であるという認識である事、その認知の歪みはカウンセリング等が必要ではと提案するも断固拒否された事
・この人にとって若さは絶対的な指標であり性風俗店の記号化された【年齢】にもそれは発動し、また隣で私はどんどん老いてゆく事
・いわゆる口開けで必ず来店しシティヘヴンでクーポンを利用する事(個人利用ガチ勢)
・私が愛想を尽かして家を出た後に話し合いを持ちかけ喫茶店で待ち合わせをするも、その日の午前中にも風俗を利用していた事
・金を稼ぐ俺には“良い”女体が与えられて然るべきだという思考がずっとあったと分かった事
・女体を“買う”ことや金銭の授受を前提とする性行為に何も躊躇いがなく当たり前の権利と捉えていた事
・高校生や大学生の時にあまり女性と接点がなく青春のやり直しを切実に望んでいた事
そもそも自分も22歳の時に付き合い始めたし筋金入りのロリコンだったのだなと今では思います、とっても好きでした。今でも思い出します。教養があり思慮深く車の運転が上手くて平日の晩に手際よく作ってくれたペペロンチーノはすごく美味しくて見なりのセンスも良く仕事が出来る人で。
でも許したくても許せませんでした。彼の前で衣服を脱ぐ事が怖くなり、彼が私に触れる度に深い深い絶望のような失望のような気持ちが襲いました。風俗通いが発覚するまではコンスタントに性交渉のある夫婦でとても相性が良いという認識でした。せめて私が逆立ちしても出来ない属性の特殊性癖を外注する感覚ならまだ理解ができました。私が毎日失う物を是とする人の隣に立ち続けるほど私は強くありませんでした。
私は彼が風俗に行った、という事実だけで別れたというよりも芋蔓式に判明した諸々がどう足掻いても無理だなと悟った感じです。ご参考までに。今後なにかしら良い結果を増田から聞かせてもらえたら嬉しいです。