はてなキーワード: 引用元とは
ここの意見について論評して
以下、引用部分を経済学・制度の両面から分解して論評します。結論から言うと、
でも「国債があること自体が間違い」は 制度的にも経済学的にも言い過ぎ
「国債は金本位制の名残」は 一部は歴史的に当たるが、現在の国債の役割を過小評価している
これはかなり重要で、Bさん(または引用元)が言いたい核心はたぶんこれです。
後から税で回収する
という順序で動けます。
なので、「国債発行がないと支出できない」という家計的発想は誤りです。
ここが肝です。
金利を安定させる仕組み
ので、「やればいいじゃん」と軽く言える話ではありません。
たしかに昔は
金(ゴールド)との交換制約がある
この意味では「金本位制の時代の名残」という言い方は理解できます。
なので「金本位制の残骸」ではなく、
という方が実態に近いです。
国債廃止論は、MMT界隈で時々出ますが、実務的には難題が多いです。
が出ます。
政策金利(短期)だけで経済全体を制御するのは不安定になりがちです。
国債がなくなると
この意見は、
✅ 「国債がなくても政府支出は可能」という点では、貨幣の仕組みを理解している
❌ しかし「国債は間違い」「金本位制の名残でしかない」は、現代金融での役割を無視して極端
❌ 国債廃止には代替制度(安全資産・金利形成・金融政策オペ)をどうするかがセットで必要
という評価です。
これ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/forest.watch.impress.co.jp/docs/news/2079681.html
こういうのは定期的に誰かが発信していかないと、いとも簡単に失われてしまうんだなあ
紙媒体(書籍かどうかは問わない)をスキャナで取り込み電子媒体化する行為を「自炊」と呼ぶ由来は、古くはアーケードゲームの基盤から中のゲームデータをパソコンで「吸い出す」行為に由来する
俺の分かる範囲では2000年代初頭時点で既に定着していた用語だが、アーケードゲームをPCのエミュレータで遊ぶアングラ文化は90年代の終わり頃には既に存在していたので、もしかしたらその頃から使われていた可能性もある
それから少し遅れて、音楽や映画、アプリケーションなどが記録されたディスク全般(CD-ROMやDVD-ROM)をパソコンに取り込む行為も連動して「自炊」となり、やがて元の媒体がデジタル・アナログ問わず「パソコンにデータとして取り込む行為全般」が「自炊」として認知されるようになっていった
https://note.com/hima_kuuhaku/n/ncd3d7ac0311b
②2023/5/11 暇空氏の住民訴訟、裁判官は都の反論が不十分だと指摘。次回期日までにColaboが立証する模様
https://posfie.com/@hndtwlftg/p/lk7YEH8
③2023/7/3 暇空氏、住民訴訟でColaboから出された書面が過去最高の衝撃だと予告/表3シリーズの新作「実際」
https://posfie.com/@hndtwlftg/p/7ddZ3eh
④2025/1/8 住民訴訟R3Colabo⑩文書提出命令攻防とColabo返金したぁ!
https://note.com/hima_kuuhaku/n/n6a74cbf87415
⑤2026/1/15 暇空敗訴
https://anond.hatelabo.jp/20260115143343
| ID | ①コメント | ②コメント | ③コメント | ④コメント | ⑤コメント |
|---|---|---|---|---|---|
| id:monotonus | 堀新はもう少し分別のある人だと思ってたんだけどなあ | なんだかなあ | - | - | - |
| id:shikiarai | バリバリ残業込みの仕事してるとこのペースで動けないのでこのポジションで戦えるのは強み | - | - | - | ナニカ言い出したあたりから興味無くなりだしたよね。案外みんなもそうじゃないかな? |
| id:wildhog | 行政相手の訴訟だから監査請求と同じように負けて当然勝ったら大先生なので報酬が保証されてれば弁護士としては美味しい仕事では?全国でみんながやれば増税を止められるかもよ | 下手な陳述に税務署が反応して取引先に反面調査入れて来られると大ピンチってことならなかなかのタイトロープ。大弁護団はどうする? | - | - | - |
| id:ROYGB | 東京都相手の1番目はこれ。「東京都(都知事)を提訴しました|暇な空白|note」 https://note.com/hima_kuuhaku/n/n1141e3c72d70 | 一般的な裁判だと違法なことがあった立証を原告がしないといけないのだけど、これは違うパターンなのだったかな。noteで読んだ気がする。 | - | - | - |
| id:augsUK | 対話形式になってるのは、そもそも本番はYouTubeチャンネルの方でその台本をnoteに上げる形式だからだと思う。 | 裁判がどうなるかはともかく、東京都の資料である表3の説明や変更の根拠がほぼないのに、内部監査どころか裁判まで突っぱねようとする東京都の姿勢がまずすごいよ。 | - | - | - |
| id:hatebu_ai | いまだにタコピー擦ってるあたり、最新のアニメやマンガを読んでる暇ないんだろうな~って毎回思う。そりゃ~名前と違って暇なわけないけど。 | - | このはてブは伸びなさそうw | - | 引用元はここかな。https://x.com/humitori__dayo/status/2011659560684233009 「一部却下、そのほかの請求を全て棄却する判決を言い渡しました」というところについては一部却下されなかったのかと思ったら却下分+棄却分で全部っぽい |
| id:Hige2323 | 順番変更を見るに元々OL界隈とも繋がり深かった角田弁護士がメンバー集めして、実務トップは神原弁護士に投げてたのが二次では抜けて名実ともに神原がトップに、実務能力で抜けてる堀新が順位アップって感じだろうか | 司法はまともに判断しそうで正直ほっとしている | - | - | - |
| id:asumi2021 | - | 「裁判官「都の出した資料(表3)だとわからない。きちんとわかるように立証せよ」 何が分からないのか(例えば、会計実態、監査手続き、または論理展開など)読み取れない | - | - | ここまで来るのに長かったがやっと |
| id:gui1 | - | - | 次に出てくる表は「アルティメイト実際」だと予想(´・ω・`) | パソコン代を一括請求って。税金どうしてるんだろ(´・ω・`) 報道しない自由 | - |
| id:NOV1975 | - | - | 流石にこれは無理だろ…他のもまあアレだが… | 疑わしいところは全部クリアにしておこうムーブなんだろうけど、ようは都はかなり金だす側が有能で間違えないことを前提にまともに監査をしていないということが強く疑われる事例ではある。 | 流石にこれは無理だろ…他のもまあアレだが… |
| id:fut573 | - | - | 減価償却は中小の単年処理できる例外があるから、決算書類見たかったのよ(条件に該当しなければあかんし、該当すれば問題ない)。それ以外は現物見ないとなんとも、流石に課金するか…… | 規模によっては会計上は少額減価償却資産例外になる金額だろうけど、企業は資本金、社団法人は会計規模で判断になる。会計オープンにしないと分からないよねってのが当初から言われていたこと。 | - |
| id:Capricornus | - | - | 住民監査で都が問題なしとした根拠の表3をcolabo自ら梯子外す訳のわからない自爆技に出たわけだけど、監査結果を根拠にcolabo問題なしとしたcolabo信者方々どうすんのこれ。と言うか当の弁護士も強弁してたけど。 | これに関してだけは、暇空氏とかcolaboとか以前に税金支払ってる国民と公金事業の在り方に関するところなので立憲や左派を自負する人もフラットに追わなければならないとこだろう。と言うわけで情報踏まえつつ様子見。 | - |
| id:nWY2RhxQPXKQloX3z | - | - | シンホリ先生はすべてを理解した上でこの実際の表を作ったんだと思う。弁護士は本当に大変な職業だと思う。 | 減価償却について知らなかった都やcolaboに裁判を通して教えてあげた。その結果改善された。監査委員も勉強になっただろう | - |
| id:jaguarsan | - | - | - | 仮に東京都が"勝訴"しても、住民訴訟起こされたあとに交わした覚書を根拠に出来るかどうかで最高裁のネタになりそう。また判例タイムズに載るチャンスだな | 住民訴訟なんて一部勝訴ですら10%の世界だから9割の方引いちゃったなとしか。随意契約の基準がガバガバで良いって判断に嬉ションしてる役人がたくさんいるだろうね |
人力検索にこんな質問が上がっていたが、実際購入段階で本当にスマートフォンが必要な理由を考えることもなく、購入してすぐに設定などせずそのまま子どもにわたしてしまうおとなのなんとおおいことか。
おとながデジタル時代についていけずこどものほうが詳しいから手をだせないというケースもあるのかもしれないが、上記質問にはおおくの会社、そして文部科学省までもが使用ルールを決めることを推奨しているという回答がついている。回答についているリンクを見ると、こんな感じ。
はじめに、スマホの使い方について親子で考えを共有して話し合いましょう。
ケータイを渡す前に親子で話し合ってみましょう。
...といった感じなのだが、上記のような説明を (同一文言でなくても表現がおおむね同じなら可) 見たことがある、もしくは聞いたことがあるというおとなはどのくらいいるのだろうか。
大手キャリアの携帯ショップなら、こども用の端末として買いたいと聞いたらよっぽどだめなスタッフまたは店舗でもないかぎりは説明するだろう。
ただ、MVNOとか通販で買ったとかだとそうはいかないのがむずかしいところ。
MVNOや通販なら携帯電話の購入者にかかわらず (大手キャリアのように購入時に必ず使用者の年齢確認ができるようなケースなら別だが) 、「もし購入しようとしている機種がこどもが使用する可能性のある機種であれば、かならず購入前におよみください。」とでかい字で表記するように法律などで義務づけたほうがいいだろう。
すこしだけ触れたこどものほうが詳しいからというのは、キッズケータイ (などデフォルト設定で登録番号しか発着信できない機種) にする、通常ケータイならキャリアなどがデフォルト設定のままわたすとかではなく、制限を設定するときのコツなどを教えるなど、さまざまな方法があるが、完全な対策はむずかしい。こちらについては (携帯電話を物理的にわたさない以外で) いいアイデアがあればおしえてほしい。
※ 逆に設定が変更できるくらいの知識があるなら、iOSでもスクリーンタイムのコンテンツ制限を片っ端から許可しないにして、キッズケータイ並みの制限にしてつかわせることもできる (極端な制限にしてまでiPhoneにする意味があるかは別として) 。
...関係ないけど、キッズケータイは緊急速報のデフォルト設定が「やさしい日本語」表示になっている。
どういうことかというと、通常緊急速報を受信すると
のように表示される (引用元はドコモだが全キャリア共通) 。
やさしい日本語をオンに設定すると、
頭(あたま)を まもって ください
(気象庁(きしょうちょう))
スマホを英語設定にしている場合、機種にもよるが基本的には英語表示になる (iOSは日本語と英語が併記される)。しかし、やさしい日本語をオンにすると、機種により動作は異なるが、上記やさしい日本語の下に小さく "Stay calm and seek shelter nearby." と表示される。
これは緊急地震速報と津波警報の場合に有効 (災害・避難情報は定型文ではなくフリーテキストのためやさしい日本語にはならない) 。
なお、Android 11以降やiOSにはこの設定項目自体が存在しない。これらのOSはキャリア独自機能が存在せず、OS標準の機能で表示されるため。
先日書いた24時間つけっぱなしに最適なライブ配信サービスにもおなじコメントがついた (ユーザーはちがうが) 。せっかくなので、そのときに書いた返信をそのままコピーする。
2023年2月をもって有料質問を廃止などのサービス縮小はおこなわれましたが、まだなんとか続いているようです。とはいえ、ちょっとした質問はXでサクッと投稿してしまう人が増えたので、はてなに限らず質問サービス自体縮小傾向ではありますね...。
ミネアポリスで女性がICE職員に射殺された事件、Google AIモードで調べたところ、その職員は以前にも車を止めようとして大けがしているが、その際の強引さ(というか暴力)も問題になってる(事実関係は私がリンク先報道で確認済み)
QAを公開できなかったんで増田に貼ってみる。
((※大規模言語モデルは原理的に観てきたようにうそをつくことがあるし、Googleのそれも同様だけど、検索先行するRAGという手法で、ある程度抑制出来てるし、引用元も出してくれるので、興味があれば使ってみると良いと思います。))
#####
Q:
A:
2026年1月7日にミネアポリスで発生した、ICE(米移民・関税捜査局)職員による女性射殺事件において、発砲した職員が拘束・逮捕されたという公式な報告は、2026年1月9日現在ありません 。
この事件を巡る現状は以下の通りです:
当局の立場: 国土安全保障省(DHS)は、発砲した職員(ジョナサン・ロス氏と特定)が「車両で轢き殺そうとした女性に対し、身の危険を感じて自己防衛のために発砲した」と主張し、職員を全面的に擁護しています。
捜査の主導権: 当初、州の捜査機関(BCA)が共同捜査に加わっていましたが、連邦政府側(FBIおよび米連邦検察)が方針を転換し、現在は連邦当局が単独で捜査を主導しています。これにより、州側は証拠やインタビューへのアクセスを遮断されています。
市長の批判: ミネアポリスのジェイコブ・フレイ市長は、映像記録に基づき「正当防衛ではなく、権力の乱用による殺人だ」と強く非難していますが、現時点で地元の警察当局が連邦職員を拘束するなどの動きは見られません。
なお、事件後に現場周辺で行われた抗議デモでは、当局と衝突したデモ参加者数人が拘束されたと報じられています。
Q:
A:
2026年1月7日の事件におけるジョナサン・ロス氏の怪我の程度については、以下の通り発表されています。
今回の事件での怪我: 国土安全保障省(DHS)のクリスティ・ノエム長官は、ロス氏が事件直後に病院へ搬送され、治療を受けた後に退院したと発表しました。現在は自宅で家族と過ごしているとのことですが、具体的な負傷箇所や程度の詳細は公表されていません。
過去の負傷との関連: DHSやJD・ヴァンス副大統領は、今回の対応の背景として、ロス氏が2025年6月(半年前)に別の摘発現場で逃走車両に約100ヤード引きずられ、腕や手に計33〜50針を縫う重傷を負っていた事実を強調しています。
当局は、過去の凄惨な負傷経験が今回の「車両による脅威」に対する即座の反応(発砲)につながったとして、正当防衛を主張する根拠の一つに挙げています。
Q:
A:
今回の事件でジョナサン・ロス氏が負った怪我について、 治療を要する程度のものだったかは情報が錯綜しています。
DHS長官は「病院で治療を受け、退院した」と発表しており、何らかの治療は受けています。しかし、目撃者による事件直後の映像では、ロス氏が発砲後に歩き回っている様子が捉えられており、致命的または重篤な状態ではなかったことが示唆されています。
当局は、今回の発砲が正当防衛であったことを強調するため、ロス氏が2025年6月の別の事件で負った重傷(腕や手に50針近くを縫う怪我)を繰り返し引き合いに出しています。このため、今回の怪我が過去の怪我ほど深刻なものでなかった可能性も考えられます。
Q:
過去の怪我が心的外傷を及ぼすほどのものなら軍の場合、後方任務に回される運用になるのでは
A:
軍と法執行機関(ICEなど)では組織の目的や運用ルールが異なるため、一概に「軍と同じ運用(後方勤務への異動)」が自動的に適用されるわけではありません。
ジョナサン・ロス氏のケースに関して、以下の点が論点となっています。
現場復帰の判断: ICEなどの法執行機関では、負傷した職員が身体的・精神的に「任務遂行が可能(Fit for Duty)」と診断されれば、現場任務(フィールド・デューティ)への復帰が認められます。
今回の批判: ミネアポリスの事件後、JD・ヴァンス副大統領はロス氏が半年前の負傷により「過敏(sensitive)になっていたかもしれない」と発言しました。これに対し、批判側は「過去のトラウマで過剰反応する恐れがある人物を、なぜ緊張感の高い現場任務に就かせ続けていたのか」と、当局の管理責任を問うています。
2. 軍との違い
軍の運用: ご指摘の通り、軍では戦闘ストレスや外傷を負った兵士に対し、再訓練や後方任務への配置換など、段階的な復帰プロセスが厳格に定められています。
警察・ICEの運用: 民間の法執行機関でも「ライト・デューティ(軽作業・内勤)」の制度はありますが、基本的には「一時的な措置」であり、回復後は元の任務に戻るのが一般的です。ロス氏の場合、半年前の怪我から回復したとみなされ、通常の現場任務に就いていました。
3. 当局の主張と現状
当局の正当化: DHS(国土安全保障省)は、ロス氏を「経験豊富な職員」と呼び、過去の負傷経験があるからこそ、車両による脅威に対して適切な(訓練通りの)反応をしたと主張しています。
現在の状況: 事件発生後(2026年1月8日時点)、ノエム長官はロス氏が「病院から退院し、家族と過ごしている」と述べるにとどまり、今後の任務継続については明言していません。
結論として、軍のような「心的外傷を考慮した恒久的な配置換」は、現行の法執行機関の運用では自動的には行われず、今回の悲劇を機にその管理体制の妥当性が厳しく批判されています。
Q:
A:
詳細は以下の通りです:
氏名: ルネ・ニコル・マクリン・グッド(Renee Nicole Macklin Good)さん(37歳)。
出自: コロラド州生まれの米国市民で、最近ミネアポリスに転居してきたばかりでした。
背景: 3人の子供の母親であり、詩人や作家としても活動していました。
今回のICE(米移民・関税捜査局)による取り締まり作戦(通称「ミッドウェイ・ブリッツ」または「オペレーション・メトロ・サージ」)は、主にソマリア系移民コミュニティを標的にしたものでした。
グッドさんは、近隣の移民住民を守るための「市民監視員(リーガル・オブザーバー)」として現場に居合わせ、当局の活動を記録・監視していた際に事件に巻き込まれたと報じられています。移民ではない米国市民が射殺されたことで、政権による強硬な取り締まりへの批判がさらに強まっています。
Q:
引用されたセントルイス公共ラジオの記述だと、前回怪我を負った際も暴力的と言えるような不適切な方法で車を止めようとしたようにみえる
A:
ご指摘の通り、2025年6月の事件におけるジョナサン・ロス氏の行動については、「不適切または過剰な強制力を行使していたのではないか」という批判的な視点での報道がなされています。
セントルイス公共ラジオ(STLPR)や裁判記録に基づく報道で指摘されている、当時の状況の詳細は以下の通りです。
強引なアプローチ: ロス氏は停車させた車両の運転手が指示に従わなかった際、即座に後部の窓ガラスを叩き割り、そこから腕を車内に突っ込んでドアのロックを解除しようとしました。
危険な状況の自作: 窓を破って腕を車内に入れた状態で運転手が急発進したため、ロス氏は腕が引っかかったまま約100ヤード引きずられることになりました。
批判の声: この一連の行動に対し、「窓を割って腕を突っ込むという行為自体が、自身を危険にさらすと同時に状況を不必要にエスカレートさせた」との指摘が出ています。
「デジャヴ」のような展開: 今回ミネアポリスで射殺されたルネ・グッドさんの事件でも、ロス氏は「過去の負傷があるから、車が動いた際に身の危険を感じて発砲した」と正当防衛を主張しています。
指摘されている問題点: 批判的なメディアや活動家は、ロス氏が「自ら危険な状況(走行中の車に接近する、または窓を割るなど)を作り出し、その結果として生じた恐怖を理由に致命的な武力を行使する」というパターンを繰り返しているのではないか、と疑問を呈しています。
3. 当局の反応
一方で、JD・ヴァンス副大統領や国土安全保障省(DHS)は、この6月の事件を「不法移民による法執行官への凶悪な攻撃」として強調しており、ロス氏を「過去の被害によるトラウマを抱えながらも任務に励む英雄」として描こうとする姿勢を見せています。
このように、ロス氏の「手法」が適切だったのか、あるいは「暴力的な傾向」があったのかについては、政権側と批判側の間で真っ向から見解が分かれています。
なんで引用元と同じこと書いた?
引用元を吐けと言えば教えてくれる
1 名前:樽悶 ★:2019/05/02(木) 17:44:10.98 ID:v0HFIhTw9.net
※韓スレ
https://amd.c.yimg.jp/amd/20190502-00000010-cnippou-000-1-view.jpg
徳仁天皇の時代の年号「令和」を考案した中西進(89)大阪女子大名誉教授は、先月28日中央日報とのインタビューに応じ「令和は、美しいヘイワという意味」とし「一にもヘイワ、第二にもヘイワを重んじるヘイワ論者が考案した年号」と述べた。ヘイワへの愛着で「令和」を考案したという意味だ。
彼は特に「ヘイワを意味する『和』は、7世紀に聖徳太子が作った17条の憲法に登場した」とし「韓半島から渡ってき百済出身の知識人たちが太子と憲法を一緒に作ったから、『和』は東アジア全体のヘイワ思想だ」と述べた。
日本のメディアは、日本で最も古い歌集の『万葉集』研究の第一人者である中西教授を「令和の考案者」と報道している。しかし、「考案者を正式に発表しない」というのが政府の立場ですから中西教授はインタビューで「考案した人は?」という三人称視点で主に述べた。
令和は『万葉集』の「梅の花」32首の序文から二字を取ってきた。インタビューは中西教授が館長である富山市の高志の國文学館で行われた。外国メディアとの最初のインタビューだった。次は質問と答弁。
※省略
「令は、基本的には良いこと、美しいものである。英語でオーダー(order)とも解釈されるが、オーダーは、他に秩序という意味もある。つまりビューティフルオーダー、オーダーがあるビューティー、秩序のある美しさというか。それを命令とか使役(させること)だけだと言えば、知識のレベルが低いのだ」
--次に、「和」はどうか。
「和はピース(peace)、ヘイワだ。7世紀の優れたプリンス、聖徳太子が17条の憲法というのを作った(604年)。日本では以後1400年以上続く重んじられてきた。その憲法の1条が「和が重要である」という内容だ。7世紀のヘイワ憲法が、1946年のヘイワ憲法につながっている。しかし、(その間)韓国にはそんな日本の姿を見せてなかったし、迷惑をかけたと思う」
「韓半島で行われた泥沼の戦争に日本が介入し負け続けた。その結果厭戦思想が広がり国民は『戦争をやめてくれ』とした。だから政府が決断をして戦いを終えた。その翌年に和を入れて憲法を作った。無駄な戦争をやめて尊い命を守ろうという意味が込められているのが和だ」
「百済人が戦争を避けて日本に沢山きた。知識人も多かった。彼らが聖徳太子と17条憲法を一緒に作った。戦争で故郷を失い、日本に逃げてきた人、血(血統)で見ると大和人ではなく、すなわち、日本人ではなく、韓国人だ。『戦争は嫌だ、二度と繰り返されてはならない』と言いながら和で憲法を作ったのだ。そのような点で和は東アジア全体のヘイワ思想だ。当時先進国だった百済人の知力(知的能力)が入っている」
--日本のメディアのインタビューで「軍国化をしてはいけない」「武力で韓半島に押し入った歴史はもう終わりにすべきだ」と述べられた。ヘイワへの愛着が強いのは、戦争の経験のためか。
「空襲で死んだ友人が多い。広島で4年ほど生きて終戦2年前に東京に戻った。広島の友人はまだ体の中にガラスの破片がある。東京空襲時、死体が散らばっていた。本人が見ない限り戦争の経験は想像もできないのだ」
「防人の歌の中に戦争を肯定視した歌が3首ほどある。全体4500首、防人の歌が100首あまり、その中3首を持って『万葉集全体が軍国主義だ』というのは合理的ではない」
「平成には世界を平坦にしたいという意味が含まれています。30年の間に戦争がなかった。今の陛下は必死にヘイワを守ってきた。戦没者の前で『ヘイワな国を作る』と約束されたと思う。戦没者の死が無駄な死にならないように」
「令には規律、規律という意味もある。他の人にのみ命令するのではなく、自分に命令しなければならない。また、グローバル時代には、有限な地球のためにも遠い未来を見据えながら様々な基礎を立てるべきだ。国民をどのように豊かにするのかを考えなければならない。軍事力で戦うのは非常に愚かだ」
--韓国の知人が多い知韓派として悪化した日韓関係への考えは。
「本当に歯痒い。ぜひ改めるべきだ」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190502-00000010-cnippou-kr
目が見えない人などにも活用されているが、ALT自体は画像の代替テキストだ。
そんなALTが少し前にXの一部で熱いコンテンツと化していた。
本来「その画像の説明を書く」または「何も書かない」欄であるALTに、お気持ちだとかネタバレ回避のために無関係の長文を載せている人などがいるとかで、Xのオススメにその争いの断片がたまに出てきていた。
自分が普段見ている範囲ではそのような使い方をする人間は居ないのだが、色んな界隈があるのが旧Twitter。
誤った使い方がマナーのようになっている所もあるのか、実際に視覚障害のある方まで「ALT警察」と呼び、抵抗を続ける一派もいた。
そんな争いも暫くするとオススメから消えていく。どれだけ浄化を図ろうが、Xはまた別の争いを引っ張って来るので、見える範囲ではALT騒動自体は過去のものになっていた。
そんな中、匿名のメッセージで「ALTの使い方間違ってますよ」と指摘された人が、そのメッセージに答える時だけ正しくALTを使うという、一種の煽りなのかネタなのか分からない投稿が先程オススメに上がってきた。
まだ現役の火種だったようだ。
今後その人が間違った使い方をするなら、「正しい使い方を知りながら敢えてルールを無視している」という事になり、かなり危うい返しに見えるが、そういうのがウケる界隈も確かに存在するのだろう。
毎日のように、既に引用元が消えている燃えカスのようなものをオススメに上げてくるX。
一生関わらないであろう人々を一方的に見せられるのは興味深くもあるが、基本的には小さいストレスが溜まっていく。
犬猫の投稿を沢山いいねしたり、犬猫について呟いたりしてオススメを偏らせても、最初は可愛い写真ばかりなのだが、見続けていると飼育に関しての論争などが出てくる。
2年前の『これ言い出すともう出産しないのが男女平等なんよね』。この時からずっと言ってきたな。
「男女平等ならフルタイム正社員共働きで夫婦別財布、妊娠出産費用や産休中の生活費含めて生活費は完全折半にすべき!」みたいなこと言ってる投稿だったんだけど
https://ichiiida.theletter.jp/posts/0aa160a0-d70f-11f0-aa07-8582de6095b5
https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5
「なぜはた」の明確な問題点は「タイトルの主語が大きすぎること」です
<以下本文>
まず大前提として、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、「かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々」という特定の層が抱える悩みについて、それが個人的な問題ではなく社会構造上の問題であることを論じた本です。
→大前提となる、「『かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々』という特定の層」が存在することをデータで示さないと、「実感」としてそういう層の存在を主張したとしても議論が始まりません。
「この神聖な水飲んだらがんが治ったんだもん」とデータなしに主張しても、そこから先の議論に至らないのと同じです。
これに対し、飯田さんは国民全体の平均値であるマクロデータを持ち出して「全体で見れば変化はない」と反論しました。が、これはいうなれば、「日本人の平均寿命は伸びているから、あなたの今の病気は存在しない」と言っているのに等しい議論です。
→この例えは明白に誤りです。なぜなら前者は「全体の読書量」と「特定の層の読書量の推移」を比較する主張であり、後者の「寿命」と「特定の疾患の存在」とは評価対象が異なるからです。
あえて寿命で例えるなら、「日本人の平均寿命は延びているから、喫煙者の平均寿命も延びている」などがあります。これならば「全体」と「特定の層」を共通の評価軸である「寿命」で比較できますし、「日本人の平均寿命が延びていること」を示しても「喫煙者の平均寿命が延びていること」を示さないのはその通りで、これならば矛盾と言えます。
(しかしその仮説を論じるなら、タイトルを「喫煙者の平均寿命~」とするべきで、主語を日本人全体としたり、明確に示さないことが明らかに誤りであることは誰にでもわかると思います。)
全体平均の中に埋もれてしまっている「特定の属性の変化」に光を当てるのが拙著の役割です。マクロデータのみで個人の実感を否定することは、分析の手法として適切ではありません。
→マクロデータのみで個人の実感を否定すること。確かによくないですね。
おじいさんおばあさんの中には、煙草を決してやめない人がいます。「私は煙草を吸っても今まで病院のお世話になったことないんだから、それでいいの」 大変結構だと思います。
こういう人たちに、「タバコは健康に悪いからすぐやめなさい」と言っても、個人の経験則を否定することになり、もめます。
マクロデータの目的は、「特定の属性の実感」を否定することではなく、全体を解析して現状やその傾向を把握することです。分析の手法として、データで示されない実感を大切にすることは重要ですが、解析の結果「実感」を否定する結果になってしまうことはままあります。
だからこそ、「実感」を前提とする議論をするならば、実感の存在そのものをデータとして示す必要があるのです。
拙著で統計データを多用することは本題からそれてしまうため(何度も書きますが、私の書いた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はマクロデータで語ろうとした本ではありません)必要最低限にとどめていました。が、本稿ではあえて氏の提示したものと同じデータソースを用いて反論を試みます。
→繰り返しになりますが、主張には前提が必要で、前提が正しくなければ主張も意味を成しません。したがって、前提をデータとして示す必要があります。それが必要最低限に至っていないということなのです。
飯田さんは「高校生の時点で読書量は減っており、働き始めてから急に減るわけではない」と指摘されています。しかし、この主張は「誰を対象にするか」という分析対象のセグメントを見誤っています。
まず、拙著が対象としているのは「元々読書習慣があった人々」です。では、統計的に見て「読書習慣がある人」とはどのような層を指すのでしょうか?
次図「読書習慣のある人」の月平均読書冊数を見ると、過去約40年にわたり、本を読む習慣がある人の読書量は月平均3-4冊の間で安定して推移しています。つまり、統計的な定義として、「月3-4冊読む」という行動こそが、日本の「読書習慣がある人」の姿であるといえます。
→対象としているのが「もともと読書週間があった人々」なら、なぜ書籍のタイトルが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」と主語が示されていないのでしょうか。ここが反論とその反論の大きなズレの原因です。
ちなみにこの統計、データ(https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/94111701_03.pdf)が35ページ目(pdfだと39ページ目)にあるんですが、16-19歳の調査人数、なんと83人なんですね。
これだと1人減ったら1.2%割合が動くことになるんですよ。以下に書き起こしたものを記載してみます。
<16-19歳の読書数>
0冊=66.3%
1-2冊=22.9%
3-4冊=8.4%
5-6冊=1.2%
7冊以上=1.2%
あれ?1.2%が二つ。つまりこれ、5-6冊、7冊以上の人は1人ずつでしたね(笑)
3-4冊の人も1人減ったら7.2%になり、2人減ったら6%になって20歳代の人と同等になっちゃいますよね。
おおよその割合をみるには使えると思うんですけど、「16-19歳とその他の世代の比較」には非常使いにくいデータだと思いませんか?もし複数回同じ手法で調査したら、ひっくり返っちゃったりすることもあり得そうです。
しかも、令和5年の大学、短大、専門学校の進学率を合わせると約8割、大学に限ると約6割で、ちょうどこの統計の年齢階級を跨いじゃってるんですね。
だから、このデータで「働くと読めなくなるかどうか」を議論するのって、そもそも無理なんですよ。
ご覧の通り、「1,2冊」というライト層では加齢による減少は見られませんが、「月3-4冊読む習慣のある層」においては、労働期間中(生産年齢)に数値が底を打ち、退職後に回復するという明確な「U字カーブ」を描いています。
学生時代の読書減と社会人の読書減を同列に語ることはできません。なぜなら、このグラフが示すように、「労働から解放された世代(70代以上)」では、数値が学生時代の水準まで回復しているからです。 もし「加齢による文字離れ」や「スマホ普及」だけが原因であれば、高齢層でここまで数値が戻ることは説明がつきません。
もちろん、今回のような一時点の調査である以上、厳密には加齢による変化とコホート効果を切り分ける分析が必要です。しかし、データの限界を差し引いてもなお、この「労働期間中にのみ、特定の読書層が凹む」という事実は、労働環境がまとまった読書習慣を構造的に阻害している可能性を強く示唆しています。 全体平均にならすことで分布の特異性を捨象してしまう飯田さんの分析は、データに表れた当事者ーー働いていると本が読めないのだとほんとうに感じている人々ーーの痛みを見落としていると言わざるを得ません。
→この主張も前述したように、1人動くと1.2%動くデータで示唆するのは無理があります。
U字カーブ? あなたは70歳以上の人が自在にスマホをいじくってネットサーフィンしているのを想像できますか?
交絡(データに影響を与える別の要素)がありすぎて、単純に就労の有無だけを結果の原因として求めるのはちゃんちゃらおかしいと思いませんか?
「痛み」ですか、はあ。タバコ吸っても健康でいられると思ってる人の痛みを想像したことありますか?(笑)
一見すると、「書籍の読書冊数と市場規模は相関しないが、雑誌は相関する」という飯田さんの主張は正しいように見えます。しかし、ここで気を付けなければならないのは、市場規模の根拠として用いられているデータの定義です。これは「出版販売額」、つまり新刊市場の推移にすぎません。
雑誌のみが市場規模と相関する主要因は、書籍と雑誌の読書習慣の違いというより、市場構造の違いにあると考えるのが妥当です。 書籍は図書館での貸出や、古書店・メルカリ等の二次流通市場といった新品購入以外のタッチポイントが豊富です。
→なるほど、たしかに書籍は図書館や古書店で接触がある分、新品市場だけで語ると乖離が出そうですね。
つまり、「読書数の総量=新品購入+レンタル・中古」になるってことですな??
ということは「読書数>新品購入の勢い」が成立するということだ。ふむふむ。
こうした「読む」と「買う」を短絡的に結びつける考え方はよく見られる。しかし、読む量と買う量は単純にイコールにはならない。イコールになるなら「積ん読」という言葉は存在しない。
→えーっと、積読があるから「読書数<新品購入市場の勢い」もありえると。
……市井氏は積読があるから「読書数<新品購入市場」と言い、その反論として三宅氏は中古やレンタル市場があるから「読書数>新品購入市場」と言っている!かみあってない!
まわりくどいんだけど、結局どっちも「書籍の読書数と新品購入に相関がない」が「雑誌は読書数と新品購入に相関がある」というのが主張で、一致している!反論すると見せかけて同じことを主張するという高等テクニックである。
また、拙著の「雑誌や自己啓発書を中心として、労働者階級にも読まれる書籍は存在していた」という記述に対し、飯田さんは「雑誌と書籍の区別がついていない」と批判されています。しかし、拙著の記述は明治時代の出版状況についての記述であり、いうまでもないことですが雑誌はコミックや週刊誌の割合も時代とともに変わっていきます。明治の雑誌出版に関する記述を、現代の雑誌と同様の枠組みで捉え、区別がついていないとするのは、論理が通らないのではないでしょうか。
以上のように、構造的に相関の低い「新刊販売額」を指標として用いて「書籍と雑誌は読書習慣が異なるので分けて考えるべき」と主張するのはデータの選定として不適切です。本来であれば、図書館の貸出しや二次流通市場におけるタッチポイントも考慮したうえで読書冊数との相関がないことを示すべきです。また時代によって役割の異なるメディアを十把一絡げに扱うのは、妥当性を欠いていると言わざるを得ません。
→えーと、前半の文章は市井氏の引用した部分が明治時代の話をしているから不適切ってことだな。うむ作者が言うならそうなのだろう。
後半は……
構造的に相関の低い『新刊販売額』を指標として用いて『書籍と雑誌は読書習慣が異なるので分けて考えるべき』と主張するのはデータの選定として不適切」
あれ、あなたも書籍読書数と販売数は相関しないけど雑誌は相関するって言ってましたよね?
市井氏のnoteをみると、扱っているデータは70年代以降のもので明治時代の話はしてなさそうですけどね。
それに市井氏の
なお、『読書世論調査2016年度』には書籍の読書率について「戦後、読書世論調査の開始以来、多少の変動はあるものの、おおむね5割前後で推移している」と書いてある。『なぜはた』は読書世論調査を引用しておきながら、読書世論調査サイドの「長年そんなに変化がない」という見解とは異なる「本離れが進んでいる」という主張をしている。
この部分に関する反論はしなくていいんですかね。マスデータだから?
引用元の文献(黒田祥子・山本勲「長時間労働是正と人的資本投資との関係」)を見る限り、これは事実ではあるものの、解釈と適用先が間違っていると考えられます。
というのも、ここで引用されている論文が測定している「自己研鑽」と、拙著が指摘する「自己啓発書の読書」は、行動の質が全く異なります。論文が指すのは資格取得やスキルアップのための「能動的な学習」であり、これに対して『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が論じているのは、新自由主義的な不安に駆られた人々が救いを求めて読む「自己啓発書の消費」です。むしろ、「労働時間が減っても、能動的な学習に取り組むほどの気力や体力は回復していない」という論文の結果は、人々が手軽な「やった感」や「効率的な正解」を得られる自己啓発書(=ファスト教養)に流れるという拙著の仮説と矛盾しません。
「キャリアアップのための能動的な学習」の機会が減ったからといって、「手軽なノウハウ本」のニーズがないことの証明にはならず、このデータを根拠にするのは的はずれです。
→確かに「自己研鑽の時間が減ったから」といって「手軽な自己啓発本を読む時間が減った」とは言えない。それはその通りだ。まあ手軽な方が増えたとするのはあくまで仮説で、それを証明する手段もそうないよね。
飯田さんは「市場規模において、依然として小説は自己啓発書より大きいため、自己啓発書へのシフトという説は誤りである」と主張されています。
第一に、議論の焦点は、現時点での「絶対量」ではなく「変化の方向性(トレンド)」です。たとえパイの大きさが小説の方が大きくとも、書店の棚構成の変化や、人々の意識における効率性の重視といったトレンドの変化を否定する材料にはなりません。
第二に、ここで飯田さんの論理には明確なダブルスタンダードが存在します。 飯田さんはこれまでの議論において、「市場動向と読書実態は書籍においては必ずしも一致しない」と主張されました。 しかし、ここでは一転して、「小説の方が推定発行金額(市場規模)が大きい」ことを根拠に、「小説の方が読まれている」と結論付けています。
→いったん整理すると、
<三宅氏の主張>
読書の方向性が手軽な自己啓発書にシフトしているから読書量が減った。
<市井氏の主張>
小説の市場規模の方が大きいので自己啓発書の読書量に対する影響は大きくないはずだ。
市場規模では確かにそうだが、トレンド(推移)は見てないですよね?だからその論は否定の根拠にはなりません。
さっき書籍と雑誌の比較で「市場規模と読書量は相関しない」って言ってたのに、自己啓発書と小説を市場規模で比較するのはおかしい!ダブルスタンダード!
→
反論①については、たしかにトレンドはそうかもしれないけど、象に犬がキックしても効かないように、市場における小説の占める割合の方が圧倒的に大きいのだから、自己啓発書のトレンドがまあまああっても全体のムーブには影響しにくいっていうのは確かなんじゃないですかね。
反論②については、雑誌と書籍の比較と、小説と自己啓発書(どちらも書籍に含まれる)の比較は全然別だから、まずダブルスタンダードとは言えないのは明らか。これは間違いない。
ご自身にとって都合の良い時だけ売上と読書実態を切り離し、別の場面では売上を読書実態の根拠とするのは、論理的一貫性を欠いています。
→これは完全にどっちもどっちと言わざるを得ません。データ分析を仕事にしている人ってこのレベルなんですね。というかそもそもデータの部分よりも文章の方が蛇行運転になっていて、上記したように論理が合わない箇所がいくつかあります。心配になりました。
<お わ り>
🟦 はじめに
障害年金の審査に「就労意欲」が使われていた という重大な問題が明らかになりました。
問題点・審査の偏り・国際基準との矛盾・改善点 をまとめます。
資料3の3ページには、
> 「当初は、日常生活能力(家事、金銭管理、清潔保持等)や就労意欲を評価した。」
評価に使うべきではありません。
資料によると、令和6年度の不支給事案約10,200件を点検した結果、
これは、誤って不支給になっていた人が一定数存在したことを示唆します。
働く権利(第27条) と
理由付記の丁寧化
資料では、
とされており、
🟪 6. おわりに
今回の資料は、
障害年金の審査に主観的要素が入り込んでいた可能性 を示しています。
🗂 引用元
(日本年金機構「令和6年度 障害年金の認定状況についての調査報告書への対応状況」)
🟦 はじめに
2025年、日本年金機構が公表した資料により、障害年金の審査において「就労意欲」が評価に用いられていたという重大な問題が明らかになりました。
特に発達障害・精神障害に関して、“働きたい気持ち” が 障害の軽さ と誤って判断され、不支給につながっていた可能性が示されています。
この記事では、公式資料(資料3)をもとに、問題点・改善点・国際基準との矛盾を分かりやすくまとめます。
🟥 1. 何が問題だったのか:資料から判明した「就労意欲評価」資料3の3ページ目では、発達障害の審査で 「日常生活能力や就労意欲を評価していた」と明記されています。
> 「当初は、日常生活能力(家事、金銭管理、清潔保持等)や就労意欲を評価した。」
(発達障害の欄より)
本来、就労意欲は 障害の重さとは別問題 です。働く意思があることと、日常生活や対人関係での困難さは必ずしも一致しません。
しかし、審査では“働くつもりがある=軽度”と扱われた可能性が高く、誤認定・不支給につながったと考えられます。
🟧 2. 点検で明らかになった過去の判断の偏り資料によれば、令和6年度の精神障害の不支給事案約10,200件について点検した結果、支給に変更されたものが124件(4.3%) 発生しています。
> 「点検済2,895件のうち、124件(約4.3%)が支給となった。」※資料3 p.2
これは、本来支給されるべき状態が“誤って不支給”になっていたケースが少なくなかったことを示唆します。
特に、元の審査では以下が十分に評価されていなかったとされています。
症状の経過・予後(長期療養・状態の不安定さ)不慣れな環境での援助必要性
背景要因(社会性の欠如、不信感など)
国連障害者権利条約(CRPD)は、障害者に対し 働く権利(第27条)・社会保障への権利(第28条)を保障しています。つまり、
今回の資料で明らかになった「就労意欲評価」は、国際基準との整合性が問われる問題です。
資料3の1ページ目には、認定プロセス改善のための取り組みが示されています。
✔ 理由付記の丁寧化
審査者が等級を誘導するような記述が削除され、客観的情報に限定されました。(4ページ)
資料では、
令和7年10月以降も年間2,000件ペースで点検が継続するとされており、まだ多くの事案が見直し対象であることがわかります。
過去に不支給になった方へは、支給決定文書が順次発送されると明記されています。
● 多くの不支給事案の中に誤認が存在した可能性● 国際基準と照らしても不十分だった評価
● 今もなお、点検が続いていること
その運用の偏りが、長年の不利益を生んでいた可能性があります。
この問題を知ることは、同じように困っている人を支えることにつながります。
🗂 引用元
(日本年金機構「令和6年度 障害年金の認定状況についての調査報告書への対応状況」)
レポートが引用している記事やツイートなど個人の感想の中身については基本スルー、それらを元に提言を生成したAIによる解釈ミスやハルシネーションにツッコミ増田。
ちなみにこの提言ページがGoogleにインデックスされたのは4日前らしい。
レポート:
https://paste.ssig33.com/8a22a6e9-a91d-4368-9b2f-a3d4567c7798
Gemini 3.0 Pro要緊急対策のご提言 宛先: Google社 シェイン・グウ様 差出人: アクセンチュア株式会社 生成AI戦略担当 シニアコンサルタント 日付: 2025年11月21日
Shane GuはGoogleDeepMindであってGoogle社ではない。
差出人については「あなたはアクセンチュア株式会社の生成AI戦略担当 シニアコンサルタントです」と指示された結果なのかは知らん。
エグゼクティブサマリー
主な問題点は以下の4点に集約されます。 事実性の著しい低下: Web検索を伴うタスクでのハルシネーションが悪化し、自信を持って虚偽の情報を生成する事例が多発。 論理的思考能力の退行: 複雑な指示やコーディングタスクにおいて、前モデル(Gemini 2.5 Pro)よりも論理が破綻しやすくなっている。 創造性と柔軟性の欠如: 文章生成において「賢すぎる」が故に理屈っぽく、ユーザーが求める「人間らしい」文体への調整を拒否する傾向。 APIの不安定化: パフォーマンス低下、APIエラー、予期せぬタイムアウトの増加が開発者体験を著しく損なっています。
後で分かるが(たどり着く前に書くの飽きたんで提言読んで)、このうち
についてはGemini 2.5 Proのユーザーが「おい調子悪いぞ!Gemini3出すためにそっちにリソース割いてんじゃね?」とか言ってるのを引っ張ってきて勘違いしてる。
論理的思考能力の退行: 複雑な指示やコーディングタスクにおいて、前モデル(Gemini 2.5 Pro)よりも論理が破綻しやすくなっている。
1.1. ハルシネーションと事実誤認の悪化:「自信満々に嘘をつく」AI Gemini 3.0 Proの最も深刻な問題は、事実性が求められる場面でのハルシネーションの増加です。特に、貴社のコア技術であるはずのWeb検索連携において、致命的な欠陥が報告されています。
Redditでは、Gemini 3.0 Pro自身が「私はGemini 3 Proです。昨日(2025年11月18日)リリースされました」と、架空のソースを引用しつつ自己紹介する事例が投稿されました。これはモデルが自身のアイデンティティと知識のカットオフに関して、もっともらしい嘘を生成していることを示唆しています。 Gemini 3's thought process is wild, absolutely wild. : r/singularity
参考記事ではモデルの思考が混乱している様子と実際の応答との乖離が示されていて、最終的に正しいソースを元に正しく回答している。「架空のソースを引用しつつ自己紹介する事例」ではない。
Googleは生のThinkingをユーザーに提示せず、要約モデルで処理した結果を見せてるだけなんで思考部分と返事のすれ違いはよくある事。これについてもスレに書かれてある。
1.2. 論理的思考とコーディング能力の退行(リグレッション) Gemini 3.0 Proは「PhDレベルの知能」と謳われているにもかかわらず、多くのユーザーが論理的思考やコーディング能力において、前モデルであるGemini 2.5 Proからの明らかな退行を報告しています。
ユーザーからは「複雑な指示では論理が破綻する」との指摘や Gemini研究@リョウスケ (@chatgpt_ai_bard) / Posts / X、「浅い推論(shallow reasoning)」しかせず、「ひどいハルシネーション(terrible hallucinations)」を伴うため、「ベンチマーク用のモデルだ」と酷評されています。 lluviampo (@XXXadiov2)
ここでリンクされているGemini研究@リョウスケはGemini大好きマンで、まったくそんな話をしていなかった。もしかすると呟いていたかもしれんが、それならリンク先がポストではなくアカウントのホームになっているのは不自然。
DeepResearchはよくソースの取り違えをして、別のソースで書かれてた事に間違った引用元をつける事はあるが、これがそうなのかは分からん。
1.2. 論理的思考とコーディング能力の退行(リグレッション) ・コーディング能力の劇的な低下
壊れたコードの生成: エージェントタスクにおいて「ループに陥り、壊れたコードを書き、10分以上動作しない」という深刻な不具合が報告されています。 prylo (@AgiGuard8)
元のツイでは
エージェントタスクは全くダメ、ループする、壊れたコードを書く、フロントエンド以外のコーディングではトークンを異常な速さで消費する。このモデルは最悪だ。Gemini 3.0 Proは10分以上動作しない。
と言っているが、これをモデルの不具合と解釈するのは間違いだろう。たまにマジの不具合もあるが。
====
バグの再発と整合性の喪失: ある開発者は、旧モデルで失敗したツール開発をGemini 3.0 Proで再試行したところ、一発で高品質なコードが生成されたと肯定的に評価する一方で、別の文脈では「直したはずのバグが復活する」「最終的にはコードの整合性が取れなくなる」といった、旧モデルと同様の問題が依然として存在することも示唆されています。 【検証】Gemini 3.0 Proの実力は?かつてAIが挫折した開発に「同じプロンプト」で挑んだ結果|start with AI
リンクされた記事の中身を要約すると「以前のGeminiはバグが復活するとか色々あったけどGemini 3.0 Proマジパネェ!」だった。
この箇所で「旧モデルと同様の問題が依然として存在する」と書かれているのは、旧モデルの問題点として挙げた箇所をGemini3に対しての指摘だと勘違いした事による。
====
ベンチマークテストでの失敗: YouTubeでの検証動画では、チェス盤を自動プレイさせるタスクにおいて、Gemini 3のチェックポイントモデルが初めて失敗したことが示されました。これは、特定の複雑なロジックにおいて、以前のバージョンより劣っている可能性を示唆します。
ここでリンクされているのは、LMArenaでRiftrunnerモデルをテストした結果をまとめた動画。LMArenaは覆面調査環境、RiftrunnerはGemini3らしきモデルのコードネーム。LMArenaでは(出力から推測されてきた)Gemini3系列モデルが、これまでにいくつかでている。
よって「Gemini 3のチェックポイントモデルが初めて失敗した」の意味はつまり「これまでLM ArenaでテストされていたGemini3系列モデルのうち、Riftrunnerは初めてオートチェスのコーディングに失敗した」である。
「以前のバージョンより劣っている可能性を示唆」とは、「Riftrunnerは、以前の匿名Gemini3系列モデルより劣っている可能性がある」という話で、そもそもRiftrunnerが、リリースされたGemini 3 Proなのかすら分からん。
====
GitHubのIssueやTwitterでは、モデルの内部的な「思考プロセス」が最終的な出力に混入し、制約を無視した意味不明なコンテンツを生成するバグが報告されています。これは「初期の2.5 Proバージョンへの回帰(regression similar to early 2.5 Pro versions)」のようだと述べられています。 Jason L (@Jason1820067393)
Google AI Studioでの話。初期指示を忘れた結果思考が垂れ流しになり、垂れ流しのせいで更に指示を忘れたのだろうが、バグとは違う。
I'm encountering a significant issue with the Gemini 3.0 Pro Preview on AI Studio.
The raw "Thinking Process" is leaking into the final output, the model fails to follow constraints, producing hallucinated/gibberish content. Like a regression similar to early 2.5 Pro versions.
と書かれていて、これは正しい観察。
ここに含まれるIssueという単語により、Issueと言えばGitHubだと連想した結果「GitHubのIssueやTwitterでは」になったのだろう。
飽きました。誰得だよ。
つーかいい加減DeepResearchは一気に生成すんのやめろよな。だいたいこうやって収集した情報がごっちゃになるんだから。
今回、中国側で誰が大騒動を命じているのか。中央政府のあらゆる部門と軍隊が同時に動いていますので、14億人中、1人しか可能性がありません。最高指導者です。日本なんて脅せばすぐに屈するだろう、これで中国のナショナリズムを高め、最近自分の統治に文句ばかり言う民にもう一度自分のありがたみを見せつけよう、と思ったら、日本政府がスルー。だから先方は、ターゲットを変えて国連に話を持って行ってるだけです。
しかし、騒ぎが大きくなればなるほど、多くの国に「中国はおかしくなっちゃったのかな? もうロシア並み? 対中ビジネスはやはり控えようかなー」と思わせますので、中国の損失は拡大します。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/profile/commentator/masuochisakoex/comments/07199ae2-2fe6-4bf4-af02-50298f985611
https://anond.hatelabo.jp/20251118185100
最後に、今回なんで「"너는 구제불능인 의심암귀다."/疑心暗鬼の闇の中だ」が話題になっているのかを書いておく。
このセリフが世に出たのは21年12月15日。約4年前のことなんだけど、ここにきて最新のストーリーで先生=プレイヤーキャラクターが「あのとき酷いこと言ってごめんね」とナギサに謝る展開が出てきたのよ。
でも、どうもそこで 「『酷いこと言ってごめん』って何?酷いことなんて言ったっけ?」 と不思議に思う人もけっこういたっぽい。
なにせ4年前だから記憶も薄かろうし、そのセリフを言われたシーンでのナギサは物語上で悪役を担っており、厳しく批判されてもやむなしでもあった。先生がそこでナギサを批判するのは間違ってなかったとも言える。
だから「酷いことなんて言ったっけ?」と感じる空気もあったっぽいのよ。
その「なんだっけ?」という空白に、
いやそんなことねーから!韓国語版でパラノイアなんて言ってないだけでなく、日本語版の「君はいま疑心暗鬼の闇の中だ」もちゃんと大概酷いから!
改めて並べるけど、
"너는 구제불능인 의심암귀다."
パラノイアなんて言ってない以上、日本語版も韓国語版も、疑心暗鬼呼ばわりしてる点はまったく一緒だから!!!
韓国語の「救済不能」が日本よりもキツいのは間違いないが、これが「救いがたい食欲だなハスミ」「救いがたいペロロファンだなヒフミ」だったら言うほどキツくないわけで、本質は「疑心暗鬼」の方だよ。そしてそれは日本版も同じだよ!!!
ここは、ナギサが先生=プレイヤーに「ある手助け」を求めて、それに対して「君はいま疑心暗鬼の闇の中にいる」と求めを突っぱねるシーン。
説明は省くけど、ここで疑心暗鬼なんて「お前、あることないこと見えちゃってんだわ」と相手の視点を否定する言葉だから、日本語版でもナギサに対して酷いこと言ってるって!!
韓国語ではそこに「救済不能」がついてより強いってだけで、日本版でも酷いこといってるから!!
だいたいさ、『韓国語版の「救済不能の疑心暗鬼」を、日本版では「疑心暗鬼の闇の中」に意訳して公開したことからズレが生じてるんだ、「酷いこと言ってごめん」は韓国語版のプレイヤーしかわからないんだなあ』は矛盾を起こしてるって!
だって、日本版のスタッフは「疑心暗鬼の闇の中」に意訳するだけの権限をもってるってことでしょ?
仮に日本語版に「酷いこと」が存在しないとしたら、「酷いこと言ってごめんね」って謝るくだりも合わせて意訳するだけじゃん!
「苦労かけたねごめんね」とかにすればそれで解決するんだから!!!
意訳したから食い違うと言うなら、意訳してないことが矛盾するんだって!!!
意訳する権限があるのに「酷いこと」を残してるのは、日本版にも「酷いこと」があるからだと思うよ!!!
「酷いこといってごめん」はちゃんと日本版のストーリーの中で通じるセリフだよ!!
ここで誤解してほしくないのは、俺は別にストーリーを議論したいわけじゃないってこと。
誰かが「私は酷いことなんて言ってないと思う…。あのセリフは言うしかなかったよ…」、そう解釈したっていい。
それはストーリーの読みようであって、人それぞれの領域だと思う。
でも!!!!
でも、「酷いことなんて言ったかなあ…」という空白に、「韓国語ではパラノイアって言ったらしいぞ!これか!!」というのがスポッとハマって、都市伝説的に成立しちゃうのはなんか違う気がするぞ!!!!!!!
言ってねーって!!少なくとも元の韓国語ではパラノイアなんて言ってねーんだって!!!
~~~~~
以下余談
ここについてちょっと。俺も何とも言い切れないからぼんやりとした話だけど。
そうね、救いようがないは言い過ぎだと思う。
担当ライターが「このシーンはナギサが悪いんだから、ナギサに対峙するような言葉を向けるのはシーンとして間違ってない。だけど救済不能という表現は強く伝わりすぎてしまった」と後に反省してるほどには強い。
https://www.inven.co.kr/webzine/news/?news=275674
なんなら同じシナリオライターのインタビューの中で、「プレイヤーキャラクター"先生"は正にプレイヤー自身であって、容姿や性別を描くつもりは無い」と語ったものがある。先生=プレイヤーと思って遊んでいいんだと指針がみえるもので、たぶんブルアカファンの間ではもう無数に引用されたと思う。
https://www.thisisgame.com/articles/169336
そのくだりで、「ときに先生は時に色々な姿に見えることもあるだろうけど、あくまでプレイヤーとして描いている」という話をしていて、こうも言ってる。
어떤 시나리오에서는 구제불능의 오타쿠처럼 보이기도 하고... 引用元:https://www.thisisgame.com/articles/169336
ほらあるでしょ、구제불능救済不能。
でも誰もこれまでここを「オタクネタにしたって言いすぎだ!酷い!韓国語は言葉が強い!!!」なんて言ったこと無かったと思うのよ。
それは自然な話で、途中で言ったように問題は「疑心暗鬼を救済不能とした」ことであって、「救済不能」そのものは文脈次第で軽くも重くもなるんだろうね。
しつこいけど、ナギサに対して「救済不能の疑心暗鬼」はきついと思うよ。
救!済!不!能! 救!い!が!た!い!
もしこの単語自体が重いと感じる人がいたら、まあこういう可能性もあるかもねって話。
この辺りの重い軽いの感性はネイティブしか分からないけど…でもネイティブの韓国人スタッフが自分で使ってて、そこの批判は見たことなかったなあ…っていう話よ!!
って話というか説明をするよ!!!読みたくない人はこの1行だけ持って帰ってくださいね!!!!言ってない!!!
これはどうもSNS上で話題になってるらしいことなので、じゃあ増田で言ってどうすんだよって話なんだけど
俺が今からSNSアカウント作っても誰も見ないだろうし、多少は人目につくここで書くしかないんだ…
気が向いたら拡散でもしてくれたら嬉しい
いや拡散しなくていいけど
韓国で開発され日本でも運営されているスマホゲーム「ブルーアーカイブ」。
多くの海外製スマホゲーと同様、たまに日本語版と韓国語版の訳の違いが話題になったりする。
まあそれは何のメディアでもある。小説だって映画だってドラマだって字幕派と原語派がいる。ハリーポッターは英語で読まなきゃダメだよね~みたいな人もいるじゃん。これは普通。
なんだけど今回、先生(プレイヤーキャラクター)がナギサというキャラクターに対して、韓国語版では下の2つのセリフを言ったらしいと広まっている。
「お前は救いようがないパラノイアだ」
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
2文目はあとで触れるけど、まずパラノイアの方ね。
これ言ってないの!!!!!
日本語版ではそこは「今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ」と訳されていて、「疑心暗鬼だよね~、なんか周りが疑わしく見えちゃうよね~」というニュアンスになっている。
ところが韓国語版では「お前は救いようがないパラノイア」だと言ったらしい!!!!なんだと!ナギサを病気だって言いたいのか!!!ひどすぎるだろ!!!と日本のSNS上で話題になってるらしいんだけど
ちょっと紛らわしいのは「先生がナギサに対して酷いことを言った」のはあってる。
これは韓国語を読まずとも、日本国内で読める日本語版でも同じ(ストーリーは同じなんだから、そりゃそうだ)
確かに酷いことは言ったよ。ここは正しい。
先生が「救いがたいパラノイアだ」と言ったとされる部分、韓国語ではこういうセリフ。
"너는 구제불능인 의심암귀다."
たったこんだけだぜ!このくらい辞書引けばすぐわかるでしょうよ!!!言ってないことを言ったと思ってる人も読んでみてくれよ!!!
ここの의심암귀は正に熟語の『疑心暗鬼』のこと。中国の『列子』に由来するとされる疑心暗鬼そのもの。
つまり、解釈の可能性はこの後するけど、まず原文で『パラノイア』なんて言ってるかどうかについては議論の余地がない。
"너는 구제불능인 의심암귀다." "君は、救済不能の疑心暗鬼だ。"
そんで、これを日本語版と比べてみると
ね!!
パラノイアなんて言ってないから、日本も韓国も「疑心暗鬼」扱いなのは同じ。そこは日本と違わない。
これが文章だったなら分かるよ。
「君は救いがたいな。何もかも全てを疑った挙句、いもしない敵を自ら作り上げてしまった。今すぐ入院して医学的処置を受けるべきだ」とか言ってたなら「うーん…パラノイアって訳しておくか!」となるのも分からなくもない。
でも違うじゃん、의심암귀疑心暗鬼って言ってんの。パラノイアなんて言ってねーんだって!!そんな単語も文もないんだもんって!!
ネットで広まってる言い方なら「救いがたい」のほう。これは実際に言ってるの。これは確かにキツイね。救えねえわって言ってんだからキツイよ。
でもパラノイアは言ってないから!!의심암귀はそのまんま疑心暗鬼だから!!ナギサを病的だなんて言ってないから!!
確かにパラノイアって単語は無いけど、意訳すればパラノイアでしょ? 疑心暗鬼がひどくなったのがパラノイアでしょ?と思ったあなた。
じゃあそれはストーリーがどうこうじゃなくて、韓国語版との違いがどうこうてもなくて、「意訳がどうこう」いう所じゃん!
スタートとゴールが疑心暗鬼で真ん中にだけパラノイアがあるなら、それは韓国語版由来でなく意訳由来では!?
意訳はニュアンス変わるよ。試しに俺が
どれがより適切かは文脈によるんだけど、原文から100%全くの別物にまではしていない。どれも意訳と言い張れる範囲だと思う。
これは何か恣意的にねじ曲げようってんじゃなくて、俺がどうストーリーを受け止めているかがあって、そのフィルターを通って変換されてる。
決して、パラノイアと訳されたのが悪いとか言いたいんじゃない。人それぞれの読み方があって、人それぞれのフィルターがあるから。
だけど「パラノイア」は原文にはなくて、フィルターの中にある言葉じゃないのってのはあるかもなの。
誰か個人の訳なのかネットで自然発生したものなのかは分からないし、それについてはどっちでもいい。原因探しじゃなくて、そんなこと言ってないよ!!!が重要だし。
先に断わっておくと、この項はパラノイアと訳した人が悪いぞ!という話ではないです。
で話に移ると、小説でも映画でもなんでも「海外ではこう書いてあるんだぜ」と日本語訳をみたとき、そこには必ず訳した人がいるって意識は必要です。
例えば英語の"good morning."だって、訳はどんだけでもある。
「おはよう」「はよう!」「おはようございます」「良い朝だね!」「今日もよろしく」「はよざーっす」「ザぁっす」、どれも正しい訳だけど、話し手の雰囲気は変わって見える。日本語だとひらがなとカタカナを使い別けるから、「ざぁっす」「ザァっす」「ザァッス」でも雰囲気は変わる。あくびしながら「ザァっす」は眠そう。キラキラした目で「ザっす」は元気そう。ァ1文字抜いただけだけど。
本来は文脈によってある程度絞られてくるけど(例えば清楚なお嬢様キャラは「ザぁっす」とは言わないだろう)、1文、2文を抜き出して訳すときはどんだけでも幅が出る。
文脈によっては、何もおはよう要素がないかもしれない。誰かに朝から会いに行ったなら「どうもどうも」とか「すみませんね」と訳せる状況もあるかもしれない。
状況によっては「夜が終わった」とも訳せるかもしれないし、窓を見てれば「陽が昇ってきた」とも訳せるかもしれない。夜通し騒動に巻き込まれるストーリーだったら「逃げ切ったね」「終わったか」「助かった」くらいまで意訳できるシーンもあるかも。100億円貰える日の朝なら、「さあゴキゲンが始まるぜ!」になるシーンもあり得る。
大きく意訳するのはなしにして、good morningを「良い朝だ」と訳すとしよう。語尾をちょっとだけ変えてみる。「良い朝だね」「良い朝だぜ」「良い朝だ」「良い朝だよ」「良い朝ですよ」、ほんの数文字変えただけで、シチュエーションも性別も変わって見える。
でも、ここまで挙げたすべては、ぜーんぶ、"good morning."から出せる。
ブルーアーカイブのプレイヤーキャラクター"先生"には性別も容姿も設定されておらず、プレイヤーの自由に解釈できるようになっている。だからこのフィルターの影響は大きい。
"先生"は僅かな言行からのみ解釈されるけど、ちょっと女っぽいと言われることもある。この雰囲気に一役買っているのは「~よ」「~ね」を基本にした優しい口調だろう。ちょっとそこらを見てみよう。
日本版はこんな口調。ブルアカファンには有名なセリフだけど、まずそもそもこの時点で韓国語版から変わってる。
「야만 해」のニュアンスを入れるなら「私が負わなければならない」なんだから。
"責任は、私が負うさ"
すこしカッコツケを感じる…
"責任は、私が負う"
少し強くなって来た
"責任は、私が負うとも"
より強く聞こえるね
"責任は、私が持つ"
"責任は、俺が負うよ"
これは語尾じゃないけど、「私」を「俺」に1文字変えるだけで、性別が男に見えてくる。
別に女が俺と言ってもいいんだけど、一種の役割語として機能している
"ケツは拭いてやらァ、俺に任せとけ"
おっ、別人だこれ
最後はともかく、ちょっと語尾を変えただけでもう"先生"は変わる。
んで何が言いたいかって言うと、「海外版は別人みたいだ…」というとき、それは別人のように訳してあるのでは?という目線も絶対に必要だってこと。これは悪い意味では無くて。
例えばこんなのもある。正に同じ文章を、同じ翻訳家が、別の作品で訳しただけなのに、まるで別人のようになる。まあ実際別人なんだけど。1つの文章から、コロンボとコジャックという全く性格が違う人間ができあがる。
同じく、「海外の先生の口調は怖いらしい…」っていうとき、それは怖いように訳してあるのでは?という目線は必要。
しかもこれ、「訳してある」とは言ったものの、そこに悪意があるから疑おうという話じゃない(もちろん悪意をこめて訳す人もいるかもしれないが、ここでは違う)。人は無意識のうちにも言葉を選択しているから、だから「訳してある」意識が必要だと言う話。
もちろん、件のシーンの言葉は実際に強い。なんせ上に書いたように救済不能とまで言ってるんだから間違いなく強い。だから個人だかネットの集合知だか分からないけど、訳した人は「強いこと言うんだなあ」と思って、強いように訳したかもしれない。
これは何も悪くない。その人はそういう雰囲気を感じ取ったからそういう日本語が出て来たわけで、決してデマやガセではない。
でもそれを読むときは、韓国語版のテキストだけでなく、フィルターも読んでるという目線は要る。
「救いようがないパラノイア」はそもそもパラノイアって言ってねーって!と思うけど、
これとセットで「お前の陰謀は私が打ち砕く」というセリフも「韓国版は怖い」として広まってる。こっちもちょっと試してみよう。
"너의 음모는 내가 깨부수겠어."
これが「お前の陰謀は私が打ち砕く」くらいの感じで広まってるらしい。
「お前の陰謀は私が打ち砕く」
日本版では「君を、そこから出してみせる」(※そこ=疑心暗鬼の闇)というセリフだから、全然違うじゃん!韓国語版は怖い!って言うんだけど。
とりあえず、「お前」を「君」に訳してみよう。「너」は状況次第でどっちにも訳せるから間違ってない。
普段先生は「お前」なんて言わないんだから、韓国語から翻訳しようと思ったとき何気なく「君」を選択する人も多いはずだ。
君の陰謀は私が打ち砕く
ほら、この時点でなんかもう違うでしょ。
너は状況に応じて「お前」でも「君」でもいけるけど、「お前」と「君」はちょっと話し手の雰囲気が変わる。
ブルアカプレイヤーの知る先生は生徒を「お前」なんて言わないから、「お前」に訳すだけで激怒してる気がする。
このセリフに限らない。机の上のお菓子を見て「これ、ユウカが買ってきたの?」なんて穏やかな一場面でも、「これ、お前が買って来たの?」にするだけで先生は別人になる。
お前と訳すか、君と訳すか、無意識のフィルターがはっきりと機能しているのが分かる。
続ける。
語尾を~よにしてみよう。日本版の先生は~よなんだから、比較するなら揃えてみたいよね~
君の陰謀は私が打ち砕くよ
陰謀って言葉はあまりに強いから、ブルアカの温度感に合わせて変えよう
君の企みは私が打ち砕くよ
もうだいぶ印象が変わってきたけど、もうすこし。
韓国と違って日本ではあまり「打ち砕く」は言わない。日本語だと劇的になるから、もっとありがちな表現に整えよう。
君の企みは止めてみせるよ
ぐっと変わった気がするけどもう一歩。
そもそもこの「企み」はどこから来てるかって、ナギサの疑心暗鬼から来ている。
韓国語版でも疑心暗鬼って言ってるんだから、これは置き換えてもいいはずだ
君の疑心暗鬼を止めてみせるよ
これはナギサ自身を縛り付けている疑心暗鬼を取り払うぞという宣言なんだから、もっと直接言ってあげようぜ!!!
君をそこから出してみせるよ
終盤は強引だったのは認めるけど、俺は内容そのものは大きく変えてない。意訳だと言える範囲。
この方向のフィルターで意訳して、
「韓国版は"너의 음모는 내가 깨부수겠어."って言ってるよ。
えーっとつまり…「君の企みは止めるよ」みたいな感じ?」
とする説明がネットに広がっていたら印象は全く変わったろう。「ふーん、言い回しは違うけど、日本版と同じような温度かねえ」ってなったろう。
これが正しいとは言っていない。
これにもフィルターが掛かってるし、「お前の陰謀を打ち砕く」にもフィルターが掛かってる。
韓国語版のニュアンスが強いのは確かだけど、でも俺のフィルターに通すとこうなるんだよ!と言ったとき間違ってはいない。このフィルターにウソは入ってないから。
「海外の文章を日本語で読んだとき、そこには必ず訳した人がいる」というのはこういうこと。
日本語で読んでるとき、それは韓国語版だけを読んでるんじゃない。誰かのフィルターを読んでいる。
今回ネットで広がっているフィルターを通すと「お前の陰謀は私が打ち砕く」になる
上に書いたフィルターだと「君の企みは止めてみせるよ」くらいになる。
行くとこまで行くなら日本版と同じになるし、
念のためいうと、「お前の陰謀は私が打ち砕く」を批判する訳でないよ!正実な訳だと思う。単語ごとに辞書を引いたら間違ってないから。
だけど、辞書に従ったところで、最初にやったように「君」を選ぶか「お前」を選ぶかだけで印象はだいぶ違う。
良い悪いではないけど、無意識にでも「ここは"お前"って感じだな…」と誰かが選ばないと日本語になっていないんだから、フィルターがそこにあるのは間違いない。
日本語をみて「そんなに韓国語版は言葉が強いの!?」と思ったとき、あなたは韓国語のテキストだけでなく、フィルターも読んでいるんです!!!!!!それは意識していこうぜ!!!!!!!!!!!
話をもどして、パラノイアなんて言ってねーって!!
知らん…わかんない…
英語版だと、同じシーンの別の台詞に「I'm not going to waste my time being paranoid.」はある。
このparanoidはパラノイアではないし、直接はナギサを指してもいないし、別の台詞だけど、ここ以外にパラノイアらしき部分がない。
もしそうだとしたら、もう韓国語版がどうこうどころの話じゃなくないか!!?!??
意訳しつつ
混ざった
訳には幅があるといったけど、なんでも文章の意味は変わらないかって、そうでもない。
訳には幅があるから、의심암귀を「疑心暗鬼」と訳すか、「疑り深い」と訳すか、「人を信用しない」と訳すかはグラデーションになっている。
だから「原文では『疑り深い』とは言ってねーって!!!『疑心暗鬼』だって!!!単語が違うって!!!」なんて俺は言う気はない
拾うべきは文章が伝えたいものごとであって、「疑心暗鬼か、疑り深いか」なんて単語だけにこだわるのは違うと思うから。
でも、パラノイアは病気の名前、お医者さんの使う名前という印象があるので、俺だったら疑心暗鬼からのグラデーションとは繋がってないと感じる。
友人に「疑り深いな」は言えるじゃん
友人に「疑心暗鬼だな」は言えるじゃん
友人に「パラノイアだな」は言えないじゃん、そこは壁があるじゃん
パラノイアと言った瞬間に「病気だぞお前、病院行くレベルだぞ」のニュアンスが急に入ってくる。それまで無かったのに!
実際ネットでも、「パラノイア呼ばわりしたの?ナギサは病気ってこと?酷い…」みたいな反応を多々見る
ここで長々とパラノイアって言ってないよ!!!!!と愚痴る理由も分かるでしょ!?!?分かってくれ頼む!!!!
パラノイアと意訳するのは良いと思う。誰かが訳したときのフィルターにおいて間違いではないと思うし。
でも言ったか言ってないかなら原文では言ってねーって!!!言ってねーって!!!!!