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はてなキーワード: 歌集とは

2025-09-10

anond:20250909002627

id:fidajapanissa 本題とはズレるけどプロテスタントでは讃美歌、カトリックでは聖歌っていう。信者さんたちは割と使い分けてるから一般人も知っておいた方がいいかも。

スターつけてるアホもいるから一応指摘しておくが、「讃美歌」は神を讃える歌を意味していて英語でいうところのworship(礼拝とも)の訳語とされる。

ただ、教会によって使われる「讃美歌」と命名された歌集存在し、プロテスタントが云々というのはそれを指すものと思われる。なぜなら1954年日本キリスト教団プロテスタント系)によるものが広く用いられているから。別にカトリックプロテスタント関係ない概念包含しているので注意。

聖歌についてはほぼ歌集の「聖歌」を指すといって差し支えない。ただこちらは聖歌総合版、新聖歌など、それぞれ異なる出版社(いずれもプロテスタント系)から出ており判別が難しい。概ね「讃美歌より新たに編纂されている」ことが多く、ことばの表現はより平易で分かりやすいことが多い(とはいえ古い言葉も多くわかりにくいが、讃美歌と比べて相対的に)

カトリック聖歌という誤解が多いのはそのものずばり「カトリック聖歌集」や「典礼聖歌集」のような歌集出版されており、そちらによるものと思われる。

まりカトリック聖歌プロテスタント=讃美歌、という図式は成り立たず、したり顔でそういった主張をすることはおすすめできない

なおこの記事適当AIと書いたのでハルシネーションを含むかもしれない

2025-09-05

むかし子供の頃サンミーというパンをよく食べた

私が子供の頃、学童保育おやつとしてよく出てきたのがサンミーだった。

細長いデニッシュっぽい生地に、チョコクリームケーキ生地がかかっている。

それで「三つの味でサンミー」らしい。

出てくるとちょっとテンションが上がるくらい好きだった。

素直においしかった。

でも、当時の私はそれを食べながら、どこか心の奥でざわざわしていた。

うちはわりと熱心なキリスト教の家庭で、毎週日曜日は必ず教会に通っていたし、家の中には讃美歌集聖書自然に置かれているような暮らしだった。

からサンミー」=「三位一体」? という疑念が頭をかすめるたびに、これちょっとキリスト教イジってるんと違うんか?と子供心に少し不安になったのだ。

なんとなくふざけ半分に神学の核心をパンにされてるような気がして、笑えばいいのか、それとも目を伏せるべきなのか、よくわからなかった。

もちろん今思えば完全に考えすぎで、メーカーの人も絶対そんな意図はなかったはずだ。

でも小学生の私はパンの上のチョコ線を見ながら「父と子と聖霊……」と頭の中でつぶやいていた。

それでも結局、きれいに食べ切ってしまう。甘いものには勝てなかった。

信仰心と食欲のせめぎあいの果てに、残った空っぽビニール袋を眺めながら複雑な気持ちを抱いていた。

スーパーなんかで久々にサンミーを見かけると、あのときの複雑な気持ちまでよみがえる。

サンミーは、私にとってただのおやつ以上の存在なのかもしれない。

2025-07-25

寺山の修ちゃん高校生時代wwwwww

海を知らぬ
少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり


教科書でも見かけるこの歌は寺山修司歌集によれば高校生時代-1957年以前に作られたという。

ぱっと見では分かりにくいが、これは変な歌だ

そもそも「海を知らぬ少女」とはなにか?

なぜ「麦藁帽のわれ」が「両手をひろげている」のかの理由は全て読み手想像に任せている

穂村弘

冒頭の引用歌では「少女」という他者が「海を知らぬ」と内面から規定され「われ」の方が「麦藁帽の」とまず外側から捉えられているのだ。
これはは一見ささやかしかし、一人称視点原則とするこの詩形においては得意な逆転現象である

解説している。

教科書高校生の作った歌(多分)が乗っていることよりもこのハイレベル過ぎる一首を恐らくは高校生時代作成している修ちゃんマジで怖い


まだ生まれざるおとうとが暁の曠野の果てに牛呼ぶ声ぞ

田園に死す 子守唄より引用

なんということだろうか、海を知らぬ少女の前で手をひろげていたあの高校生は何年か経ち、これほどまでに変わってしまったのである

そう言えば理由説明していないと私は言ったが

その前後の歌はこうある

わが通る果樹園小屋いつも暗く父と呼びたき番人が棲む



果樹園の中に明日あり木柵に胸いたきまで押しつけて画く


うーん…これが高校生の作る歌なのか。というのは置いといて

やはり前後の歌を見ても「海を知らぬ少女」については説明していない事がわかる。

だが、そうでありながら読み手脳内にはこの場所は海なんだろうなとかいや野原なんじゃないかとか勝手に浮かぶものであってそれがこの歌のまたすごいところである

かに少女が「海を知らぬ」理由もわれが「両手をひろげている」理由説明できなくはない。

ただ、説明してしまうと歌の世界では「言葉にしすぎ」「くどい」と嫌われてしまものだ。

ちゃん高校生にしてこの嫌われてしまう点を避け、かつこんなにみずみずしく思想を感じない歌を作っている。だからすさまじいのだ

先日、短歌誌で高校生短歌をいくつか読んだ

どれも素晴らしかったのだが、やはり寺山修司には一歩及ばずといった感じだった。

本来高校生というのは伝えたいことが溢れて溢れて治まらない、そんな生物だと思っている。

そんな生物がこうして31文字の中で読み手に任せているというのはすごいことなんじゃないか

2025-04-27

歌の歌詞、ってハッとさせられるところがあるじゃない?

あいうの勅撰歌集みたいに集めてこれないかしら?

「どこまでも はてしなく ふりつもるゆきと あなたへの おもい」

「この恋は負けたくないの Give it Give it up」

とかさ。いろんな人が歌詞に感じるエモい部分を古今東西からあつめてきたい

2024-12-30

古本を買うのが悪と言われましても…

ネットではたまに古本屋で本を買うと作者が損する!とかBOOK・OFFで本買うな!とかそんな

意見を目にするけれど私はね、古本を買うしか無いんですよ。仕方なく古本を買ってるんです

Amazonでも出てこない様な本がTSUTAYAや近所の左翼本を店頭に置いてるような本屋にあるわけないじゃないですか。この前買った寺山修司全集だってどこの本屋でもなかったんですよ

もっと前に買った寺山修司エッセイスポーツ裏町人生」なんか存在すら知らなくて東京古本屋で偶然買えたんですよ。

からさぁ、古本が悪だって言うならAmazonもっと本の種類を増やしてほしいし、近所に国会図書館並の品揃えを持つ本屋が出来てほしいな

つーか絶版になる本が多すぎる

そりゃBOOK・OFFで探すしかないわ

特に歌集は)

2024-12-18

2024年に読んで良かった6冊の本

anond:20241217085132

読書メモの整理のために便乗。今年の読書文芸短歌仕事の専門書(ソフトウェア開発)が中心だった。

6冊を良かった順で挙げる。

大江健三郎大江健三郎自選短篇』(2014年

本書の長所最初短編から晩年短編までを収録しており年代による作風の変遷をたどれること。

ダントツに良いのは「雨の木」の連作ストーリーは「雨の木」というシンボル高安カッチャンという重要人物の周縁をぐるぐるし続け、いつまでも核心に踏み込まないため、最初は要旨をつかめない。しかし読み進めるにつれその構成多角的な視座を提供するための仕掛けだとわかる。短編であるにもかかわらず印象が何度も覆され、様々な味わいがある。

小説物語意図最初は分からいくらいが丁度いい、というようなことを三島由紀夫が何かに書いていたが、全くその通りである構成や内容が三島由紀夫豊饒の海」と少し似ている。豊饒の海は松枝清顕(早逝した親友)の生まれ変わり(と推測される人物たち)を数十年追い続ける物語で、ラストシーンでは清顕の存在自体が薄らぎ核心にぽっかり穴があく構成なのだが、大江健三郎「雨の木」もシンボルの雨の木の周縁をさんざんなぞった結末として木自体がほぼ焼失してしまう。「豊饒の海」は仏教死生観や死者に対する忘却根底に据えられているのと同じく、「雨の木」も死生観忘却(作中ではoblivion表現される)が重要テーマであるテーマに対するアンサーは正反対だが。なお先に書かれたのは「豊饒の海」。

物語の道具立てとして海外大学におけるシンポジウム海外作家引用原爆問題があり、衒学的な雰囲気を作っている点もわたしの好み。

「奇妙な仕事」などの最初短編はさすがに時代を感じる。「セヴンティーン」は発表当時右翼団体から脅迫を受けるなどかなり真剣に世の中に受け止められたようだが、令和の目線ではカリカチュアライズが激しく、大江健三郎絶対ゲラゲラ笑いながら描いただろうというノリの良さが全編にみなぎっている。また当時は右翼に対する攻撃という見方大勢だったようだが、左翼側の非論理性も指摘する内容のため、私の感覚では左翼小説と思わない。

最後の「火をめぐらす鳥」は大江健三郎流の引用の繰り返しや観念世界に入り込む構成といったスタイルを貫きつつも、おそらく意図的に情報量を落としており、ゆとりと円熟を感じさせる。

佐々木正美『子どもへのまなざし』(1998年

乳幼児育児の心構えを説く名著。以下は印象に残ったポイント

今年は家事育児ワンオペ + フルタイム勤務に忙殺され、子供への対応が雑になっていることを自覚しつつも改善策を見出せない期間が年末近くまで続き苦しかったが、本書の心構えを持っておくことで自信をもって育児ができるようになった。

夏目漱石私の個人主義」(講演1914年、底本1998年

夏目漱石1914年学習院で行った講演録。青空文庫で読んだ。https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/772_33100.html

ごく短く、読むのに30分もかからないが、内容はキャリア論、社会思想フェミニズムにまでわたる。

キャリア論の概略は以下の通り。

どこかに突き抜けたくても突き抜けられず、何かを掴みたくも掴めておらず悩んでいる者は、どこに進めばよいかからない以上、何かにぶつかるまで進む他ない。自らの個性で行けるところまで行ってツルハシで何かを掘り当てれば、自分なりに道を作ってきたことに安心と自信が生まれる。反対に、行けるところまで行かないかぎり、悩みと不愉快が一生ついて回る。

昨今は会社員主体的キャリア開発が求められる一方で、異動を会社の都合で命じられたり、顧客への責任第一に優先すべきという考えもあり、主体性を発揮してばかりいられないという板挟みを感じていた。しかし「私の個人主義」を読みとりあえず行けるところまで行くしかないと開き直ることができた。

社会思想については、自らの個性尊重すると同時に他者尊重しなければならないとか、裕福な人間は相応の責任を負うべきだ、など。

岡野大嗣『うれしい近況』(2023年

岡野大嗣の歌集まり短歌がたくさん載っている本。

いわゆる秀歌、つまり散文と異なる詩的な文体で、細部の描写を通じ、多層的な意味表現する、という歌ではないものが多いが、わたしは好き。岡野大嗣の中ではいまのところこれがベスト歌集

ボーカルの話すうれしい近況のうれしいピークで鳴るハイハット

ライブの楽しさが伝わる。ドラマーボーカルトークに関心を持ってきちんと聞いておりハイハットで反応してあげるという仲の良さがほほえましい。

どの店もゆかいな高低差の街でみるみる減っていく体力だ

高低差、という単語発見したのがこの歌の成果だと思う。坂が多くておしゃれな店ばかりの街で、ついつい歩きすぎて疲れてしまたことの充実感が歌われている。

ぼろ負けのオセロぜんぜん悔しくない広いソファーに変なあぐらで

オセロ相手との関係性を想像させる表現が巧み。"広いソファー"もゆとりある生活を感じさせ心地よい。

冬目景百木田家の古書暮らし』1~5(2022年2024年

漫画

冬目景は遅筆だが近年は順調に出してくれていることに、まず安心する。

冬目景恋愛モノが多く、登場人物たちがうじうじ悩みながら自分意志で一歩を踏み出していく様子を丹念に描いていることが、本作に限らない多くの作品の特徴。本作も登場人物おっかなびっくり、逡巡しながら実に遅々たるペースで接近してゆく。時には後退することもある。しか自分意志で進むからこそ人間味があり、納得感がある。

たこれも冬目景作品共通の特徴だが、登場人物基本的に善人ばかりであるものの皆わりと淡白コミュニケーションが暑苦しくないところに品の良さがある。

そして最大のポイントとして絵がわたしの好み。

劉慈欣『流浪地球』(2024年

中国SF短編集。「中国太陽」が最良。「良いSF未来技術ではなく技術がもたらす新たな社会を描く」ということをアシモフ小松左京高千穂遥あたりの誰かが言っていたが、その好例。SFなのに人生の苦労と発展にフォーカスしておりすごくウェット。

『三体』はまだ読んでいないが読むべきかな。

2024-12-14

anond:20241214100216

洗って乾いたらもう臭い人、

洗って乾いても無臭で耐えうるけどベッドインあたりではもう臭い人、

洗って乾いてベッドインしても無臭で耐えうるけど興奮して濡れたらもう臭い人、

洗って乾いてベッドインして興奮して濡れても無臭で耐えうるけど愛液出たらもう臭い人、




この展開の感じ、歌集に載ってる曲みたいですこ

2024-08-08

さら追記

https://anond.hatelabo.jp/20240807091141

引用元を書けと言われたので書く。

/よみびとしらず

古今和歌集 出版社忘れた

/俵万智

風のてのひら 河出書房新社

/寺山修司

寺山修司歌集 講談社学術文庫

/小山光夫

橐駝 現代短歌

/土屋文明

往還集 岩波書店

/野口あや子

くびすじの欠片 短歌研究文庫

/永井

日本の中でたのしく暮らす 短歌研究

/穂村弘

シンジゲート 沖積舍

/林あまり

現代短歌 2018年12月号より 現代短歌

/服部真理子

行け荒野へと 本阿弥書店

/杉崎恒夫

パン屋パンセ 六花書林

//森垣岳

多分現代短歌 2018年3月現代短歌

/俵万智

プーさんの鼻 文藝春秋

「じゅうろくとよんといちと

じゅういちとじゅうに=(にあまり)」

自作) 未発表

○方は二十五 鈍器ブローカー 秘書求む。__

桃色の踵の

しかもなほ雨、ひとらみな十字架うつしずかなる釘音きけり

塚本邦雄 自選集から引用 出版社忘れた

2024-08-07

よいなと思う短歌を書く。

すがるなく秋のはぎわらあさたちてたび行く人をいつかとかまたん/よみびとしらず
花札の絵柄のような春よ来いなんてことない日も悪くない/俵万智
しろ手に堕ちし雲雀をにぎりしめ君のピアノを窓より覗く/寺山修司
足もとに末枯れゆく草おほひゐてザボンひとつを分けあひて食ふ/小山光夫
山川のとどろとどろと暮れゆけば西の狭間の光こほしも/土屋文明
やるせないと思えるうちはまだ光っているのだろうなブラウスふわり/野口あや子
いるんだろうけど家に入って来ないから五月は終わり蚊を見ていない/永井
夕焼けの雲に向かって「アカ」「アオ」と水兵さんの手旗信号/穂村弘
台風が近づく朝にサキちゃんもカイくんも来てお鍋は空っぽ/林あまり
泳ぐには少し早いね真っ白な切手を売って暮らしていたい/服部真理子
やさしくて怖い人ってあるでしょうたとえば無人改札機みたいな/杉崎恒夫
あたたかな桃と思えば産まれ出てまもなく吾子の頭に触れる/森垣岳
ついてってやれるのはその入り口まであとは一人でおやすみ坊や/俵万智

おわり。

後書

「じゅうろくとよんといちと

じゅういちとじゅうに=(にあまり)」

こんな短歌ばかり作り続けてもう10年になる

改めて先人の残した歌に触れてみると自分の実力の無さに嫌気がさすが同時にもっと短歌を作りたい!と思ってしまうのはなぜなんだろう

金があれば一万冊でも歌集を買いたいものだが、世間のいう貧困のもの生活をしており、それは願いにしからない。ここに取り上げた短歌は家にあった歌集をかき集め、抜粋したものである

本当は塚本邦雄の歌も入れたかったのだが、変換に出てこない一文字があって断念した

多分こんな歌だったらしい

○方は二十五 鈍器ブローカー 秘書求む。__

桃色の踵の

この○だけが思い出せなくて断念した

もしこれを読んであなたもいい短歌が思い出したらそれを大切にしてあげてください



追記

手帳を見返してたら塚本邦雄短歌がもう一首

メモしてあった

しかもなほ雨、ひとらみな十字架うつしずかなる釘音きけり」らしい(合ってる?)

隣に書いてあったのは「男やもめにうじがわく」だった。謎

2024-08-06

読むか…一握の砂

一握の砂・悲しき玩具石川啄木による歌集である。有名な歌に

頬につたふなみだのごはす一握の砂を示しし人を忘れず なとがあるが今回はその中で個人的に好きな歌を紹介しようと思う




すこやかに、背丈のびゆく子を見つつ、
われの日毎にさびしきは何ぞ

石川死ぬまであと数年という時に読んだ歌である

さびしきは何ぞと読む側に問わせてはいるが

その答えは本人にしかからないだろう

私は別に妻も子供もいないがなんとなくこの気持ちがわかる…


ある日、ふと、やまひを忘れ、
牛の啼く真似をしてみぬ、__

妻子の留守に、

もう妻も結核ことなんか知っているのだから

留守にやらんでもとは思うが、そこが石川不器用なとこではある。しかし、この歌には季語などは無いが、どうしてか冬を連想してしまうのは

何故なんだろう。短歌マジック…?


ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆ

拙者、訛でふるさとを懐かしむ描写大好き侍

それでなくそなのが余計にいい

うん、いい。



教室の窓より逃げて
ただ一人
かの城址に寝に行きしか

本来は逃げるではなく盾みたいな字なんだけど

変換に出てこないからこれで許して。

あの有名な「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」の前にある歌

それにしてもこの十五とは何時なんだろうと思えば年表にはこうある

明治三十三年(1900年)十五歳

教室から抜け出して不来方のお城で寝転んだのは

この頃。鉄幹、晶子に心酔。

と。はえ〜今から100年以上も前の話だったんすね

いつになっても変わらんものは変わらんなぁ

庭のそとを白き犬ゆけり。
ふりむきて、
犬は飼はぬと妻にはかれる。

この一握の砂・悲しき玩具はこれで終わる

(おまけを除くと)

私は最初読んだ時、愉快な歌だなぁと思っていたが、そうではないらしい

これは石川結核死ぬ寸前らしく、飼ってもあなたはそんなに戯れられんでしょという妻の優しさかららしい。よくわかんないけど

それにしたって「妻にはかれる。」って

なんかいいな。悲しいけど

ぢつとして寝ていらつしやいと
子供にでもいふがごとくに
医者のいふ日かな。

これ、ほんと悲しい

文字数が足りないぐらいに悲しい



新しきサラドの皿の
酢のかをり
こころに沁みてかなしき夕

よく石川クズエピソードだけを取り上げ、クズクズだと囃し立てる人はいるが、果たしてその人らは石川啄木作品をどのぐらい読んだのだろろうか?そして、この歌の様な石川の心情をどれだけ分かってやれるのだろうか?

石川の心情を構うことなくただ囃し立てる人らこそ私にとってはクズしか言いようが無いんだが

最後

こういふ様な想いは、俺にもある。二三十年もかけはなれた此の著者と此の読者との間にすら共通の感ぢやから、定めし総ての人にもあるのぢやらう。(藪野椋十)

一握の砂・悲しき玩具とは改めて読んでみると

本当に日本人らしい歌集であると思う

時にはクズになったり時にはいい一面があったり

石川にも俺にも共通するそれがこの歌集を好きにさせてくれているのだろう。紹介した歌はまだ

本の一部である。他にも優れた歌はたくさんあるし、これはダメだろみたいな歌もあるにはある

だが、それに出会うにはやはり読んでもらうしかない。誰かが言葉は詰まるところ暴力だとか言っていた。この歌集を読むとそれがよくわかる

私は趣味短歌をやってる様なしがない人物

だが、永遠石川啄木には憧れつづくだろう

2024-05-07

ブコメ読んでて心情が入ってない短歌を探してたら楽しすぎた件

https://anond.hatelabo.jp/20240506061423

ブコメを読みながら「心情が〜」「我を表現するものが〜」みたいなコメントが気になって

「そんなに心情入れたがるものか?」と思って

心情が無い(?)短歌を探していた






四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら

/俵万智




まず心情で思い浮かんだ一首がこれだった

歌集「風のてのひら」の中に収めらたタイトルにもなっている歌。確かにブコメにあった通り、我を表現してはいるが、心情はどこにあるのだろう

この歌に「私はこう思いました」とか「こうだなぁ」とかは一切無いわけで作者にとって四万十を見た光景を切り取ったそれだけの歌である

だがらずっと私はこの歌には心情は無い!

と信じていたのだが俵万智本人は後書きでこう

語る

川面をなでてゆく風の手のひらは、目には見えないものですが、心には見えるものです。そして心に見えたものが、その時はじめて、歌になってゆくのではないでしょうか」

なんてこった「川面をなでる風の手のひら」自体が心情そのものだったのである

これでまずは一敗




バスタブに座って九九を覚えてる遠くにデルタブルースきこえる

/永井

日本の中でたのしく暮らすより

これは流石に心情は無いでしょう。多分

だけれども現代短歌、というかライトヴァースを

知らない人からしたら「こんなの短歌じゃない!」となるかもしれないかレギュレーション違反






ペーパーフィルター世界の始まりを目守る神々の春のゆうぐれ

/穂村弘

もはや「??」としかならない一首

シンジゲートより抜粋したが、穂村弘ワールドに置いては日常的によくあること。

私はあんまり頭が良くないので心情がどこにあるかとかこの歌は分からないけれど、頭がいい人なら分かるのかな



風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしシーツをかける

/笹井宏之

もう心情とか探してる内にどうでも良くなって

ただ好きだなと思った一首。

この人の歌は本当に変わった歌が多くて

例えば

「みんなさかな、みんな責任感、みんな再結成されたバンドドラム

この歌には「みんな」がいて「私」がいない

穂村弘

だが、《私》のエネルギーで照らし出せる世界がある一方で、逆に隠されてしま世界があるのではないか。笹井作品の優しさと透明感に触れて、そんなことをふと思う。とある

そうなって来るとますます短歌俳句ってどう

違うの?となってくるわけで



そんな時、歌人井辻朱美」がパン屋パンセにてこんな事を語っていたのを思い出した

休日のしずかな浮き雲のピザがいちまい配達される

詩歌とはこんなふうにひとつの窓、フレームを作るところから始まる。雑多な混沌を片寄せて、まず何もない空間をこしらえる。きれいになった場所にモノを置く。そうして初めて、そのモノはちゃんとモノとして見え、意味クリアに発信する。」と

まり私がひとつ俳句短歌の違いとして言いたいのはフレームの大きさの違いであ

俳句17音のフレームにどこか季節があって

短歌31音のフレーム自分が反射してる事もあるし季節が見える事もある。そのフレームの中をどうにか素敵にしたいと奮闘する

それが俳句 短歌なのではと

必死フレームに収めようとすればするほど、フレームは歪んでしまうし、収めなければフレームある意味が無くなる。だからむずかしい

でも楽しいのだ、よく分かってないけれど



最後ちょっとだけ不思議な歌を上げておく

死刑囚はこぼれてゆくトラックタイヤにつきてゐ花粉見ゆ

/寺山修司





おわり

2024-03-13

みんなのうた」とか学校歌集で採り上げられる曲

あれどういうバックグラウンドある人間発注くるんだ?

2024-03-02

anond:20240302000059

短歌歌集読むのは好きなんだけどツイッターフォロワー多い歌人気取りの一般人の声がデカ過ぎるんだよな

内輪でベタベタしてるのすげー鼻につくわ

小説家アカウントなら気にならないのにな なんでなんだろ

30手前の奴らが大学生のノリで盛り上がってるの見るのキツいんだよ

短歌が好きだがもう無理になってきた

どこにでもあるような話です。

短歌を作るのが楽しくて、たくさんできたので賞に応募する

※ いままでは音の響きや、実生活における共感(あるいは正反対フィクション、驚き)をそのまま楽しんでいた

②箸にも棒にもかからず、選評を読みこむ

③「句またがりだからこそ後半のズレが全体に真実味を〜」だの言われたらそうかもしれんがそんなことまで考えて詠んでいるのか?!と愕然とする

しこしことつくる 箸にも棒にもかからないpart2

自分より年下で、早稲田東大京大(その他地方の国公立)の短歌サークルに入っていた人たちが、短歌の賞を取り、賞金をもらい、出版社から歌集をだすのをみつづける

歌集を読んでも頭に入ってこない。なんかつかれた。

ワナビーとして歌人になりたかったわけではないのに、こんなことになっちゃった

オーウェルとか読む時と同じ部類の気合いがないと歌集も読めない。

しばらくしたらまた作りたくなるのかな、あーあ

2023-12-25

親戚の独身バサンが和歌歌集を出したらしく、献本として本が届いたのだが作風普段と違いすぎて誰の歌集?なのかさっぱり分からない

ゴーストライターってお高くないのかなあ

2023-07-11

穂村弘の『シンジケート』を買ったらグレープ味だった

79Pに小さな折り紙みたいな紙が斜めにくっついているのを見つけてぎょっとしてしまった

その紙には頭に水玉模様の布を被ったお化けみたいなキャラクターが巨大なブドウを食べている絵が描かれている

最初から読む前にパラパラとめくって発見したので、何だこの変な落丁みたいなの?となった

そのページの短歌の内容とも関係なさそうだし、意味不明で、何かどこかに意味が書いてあるのかと探したら、

新装あとがき説明があった

この歌集31年前に出たときに美しい本にしたかった著者は、集めていたかわいいお菓子の包み紙を編集者デザイナーに見せたらしい

この新装版を作る際にその話を聞いた方のアイデアで、本当にオリジナルデザインキャンデーの包み紙を本の中に入れているとのこと

グレープ味、レモン味、ストロベリー味の三種があって、僕が買ったのはグレープ味だったようだ

これっておしゃれなのか?遊び心ではあるよな?楽しいっていうよりは、よく意味が分からずびっくりな感じだ

こんな自由装丁ができるものらしい

本当にレモン味の『シンジケート』とストロベリー味の『シンジケート』も存在しているのか正直疑っている

2023-01-04

2022年に読んだ本

1月

琉球から歴史の原文へ。太平記史記を並行して読み始める。

現代語訳とはいえ長くてしんどい

2月

メモを取っているので一冊にかける時間が長い。とはいえ世界史教科書では一行で終わっていた出来事の細部を知るのは面白い

3月

ウェブ小説を読む。

4月

東アジア史が中心。

5月

詩集芥川賞に手を出す。

シン・ウルトラマンを見たせいか特撮関係の本が後半に増える。

6月

後半には自分学生時代ベストセラーだった本を手に取った。

価値観現代とは変わってしまっている点が多数あり、今読むときついと感じる箇所も。

7月

暴力団言語学、法学テーマの月だった。

8月

旧約聖書を読み始める。

9月

ちょくちょくSFを挟んで旧約聖書を読み進める。

10

旧約聖書読了学生時代新約聖書通読たから一応全部読んだことになる。

カズオ・イシグロ邦訳が出ているのはたぶん読み終えた。

11月

生物の標本にまつわる本を読みだす。やはり生物学は面白いネタが尽きない。

12月

土偶埴輪についても読む。

漫画

ジョジョを読み終えた。それにしてもハルタコミックスばっかりだ。

十三機兵防衛圏については友人に薦められたかクリア後のノリで買った。

美術展など

今年はたくさんいけた。行かない月もあった気がするが、それはそれ、そのときの気分に従った。

映画

「シン・ウルトラマン」★★

プラットフォーム」★

エクストリームジョブ

12モンキーズ」★★★

雑感

(長くなったのでブコメ

2021年に読んだ本

今更だけど2020年に読んだ本

2022-11-05

2022今年買ってよかったもの

仕事がら買ってよかったものよりも作ってよかったもののほうがはるかに多いけど。

造形村1/32ホルテンHo229

オークスグリルパン

Fusion360アカウント

ベルリンは晴れているか

同志少女よ敵を撃て

最果てアーケード

ホテルアイリス

夏への扉新版

戦争は女の顔をしていない

民主主義

彼らは世界はなればなれに立っている

石の花

スナイパーの誇り

万葉集原論

キリンの子 鳥居歌集

バッラリーニのちいさなフライパン

砂丘

キリンの子 鳥居歌集

2022-10-15

たんぽるぽる ―もてなかったもの

昨日まで机の上に置いてあった本が今は無くなっている。最近はその上にいろいろ積み重ねていたのでの存在を忘れていたけど、持ち主に「返して」と言われて掘り返すことになった。

のものではないその本だが、私はそれを買ったことがある。

〜〜〜

"歌集プレゼントしたことがある人"になりたくて、誰にあげようかと機会をうかがっていた。たまたま、仲良くしたい人が雑誌ダ・ヴィンチ」の短歌のコーナーを毎月楽しみにしているという話を聞き、きたきたと思った。渋谷hmv&booksの詩歌の棚とにらめっこして、帯に書かれていた

「目がさめるだけでうれしい人間がつくったものでは空港が好き」

という一首に惹かれ、装丁彼女イメージにぴったりだと思い、雪舟えまの詩集『たんぽるぽる』を誕生日に渡した。

なんと彼女はそれを図書館で借りて読んでいてとても気に入り、今度買おうと思っていたという。恋人のいる人をプレゼントでぐさりと刺してしまってヒヤヒヤしたが、それくらいじゃ揺らいではくれなくて安心した。

そんなに人を刺したプレゼントをできたことを自慢したくて、好きな人と遊んでいるときにその話をした。彼女もその一首をきいて、「わたしもその歌集が好きだろうね」と言っていた。

その話をした帰り道、気持ちを伝えて彼女と一歩先へ進んだ。恋人という契約はいらないので特に「付き合ってください」とは言わなかったが、そう名づけてもよい関係に、それからなった。

少し経って二人でhmv&booksに行くことになったとき彼女が『たんぽるぽる』を買った。私は同じ棚から同じ本が2冊別々に旅立っていくのに初めて立ちあった。

そしてまた少し経ったあと、ファミレスで並んで座り、二人でその詩集を読んだ。ドリンクバーティーバッグやそれが入っていた紙の袋を散らかしながら、ページをめくる係を交代しながら、一首ずつ読んだ。逢わなかった次の日に「『逢えばくるこころ会わなければくるこころ愛に友だちはいない』だね」なんて言っていた。

彼女がこの詩集をほしいと思った理由のうちに"嫉妬"が入っていたらどうだろうと思った。"好きな人が私以外に上げたプレゼント"を自分でも持っていたいという感情の渦のなかに自分がいるのだとしたら、とてもなんだかあれだな。雪舟えまの歌は、まるくて優しいものを紡いでいるけれども、そういう棘と無縁ではない感じがあって、このエピソードはこの詩集にぴったりだなと、胸に秘めていた。どうせいつでも返せるからということで、『たんぽるぽる』は私が持っていることになった。

その時をピークに、だんだんと二人の心は離れていき、今まで1ヶ月以上膝を突き合わせていない。「付き合おう」と言っていないせいで「別れよう」と言う必要がないので宙ぶらりんにある。先に向こうの恋が冷めて、友だちでいましょうという話はした。特別大事人間に変わりはないとも言ってくれた。だがこちらは今、それも受け入れられないほど心が離れている。それはまだ話題にもあがっていない。伝えたら驚かせるのか、察しているのかもわからないほど離れたところにいる。「話そう」とも「離そう」ともとれるよう「はなそう」とは言ってある。

宙ぶらりんをやめるためになにか伝えるとして、「もう好きではありません」と自信をもっては言えないが「あなたのことが嫌いです」とは実感を持って言える。"嫌いになった"わけではなく"もともと嫌いだった"ことに気づいた。ひどいことをされたとは思わないけど、向こうが普通にすることにモヤモヤするなと気づいて今に至る。こうしてわたし日中の物足りなさを純粋孤独で埋めるよう感傷にひたっている今、彼女自分を愛してくれる世界へと健やかに目覚めていくために体を休めているのだろうと思うと、そういう人間に魂の何を捧げるつもりなのか、ちゃんちゃらおかしいと思えてくる。同じものをみて同じことを切実に考えていたつもりだったけど、生きているだけで愛され満たされている彼女に切実なものなどなにもないんだろうどうせ。「大事な人だ」とか、「君しかいない」とかは、そのときは本当に口に出して気持ちよかったから言っていたけど、今は口が裂けても言えない。好きになるために無理して言ったわけではないけど、客観的にみると事実ではない。そのときの「私」はそう思っていたけれど、それは今の私と違う心の持ち主だという気がする。先に"冷めて"いただいたあなたですがこの"覚めた"感覚わかるでしょうか。

そういうつ最近までの「あのころ」感じていた気持ちは、"私のものであったことはないけれども、買ったことも読んだこともある"あの本と同じだ。

でも『たんぽるぽる』を読んだときに感じる、"美"みたいなものは同じように感じることができるだろうことは否定できない。でもそれは言葉にできないからかめようがない。

言葉にできないなにかで繋がっていて、言葉にできるすべてで離れている、そんな気がする。

話す必要も会う必要もないが、完全に拒みたいわけではない。持っている必要もない本だけど、これを返してほしい理由が「他の大事な人と読みたいから」だとしたらめちゃくちゃモヤモヤする気持ちはある。まぁこれは誰にでもあることでしょう。本は埋もれていたけれど、あなたのことはこの1ヶ月ずっと手前にあってどうすればいいか考えている。

とはいえどうせ愛される自分がだいじで足りないものなどないあなたは「ならそういうことで」と、本といっしょにこれっきりになるだろうから、悔しくて残念。あなたにとっての"切実なもの"に私がなれたら嬉しいのだけど、私にとってあなたがそうである理由が見当たらないように、あなたにとって私がそうである理由も見当たらないから、悲しいけれど驚きはしない。

わざわざ伝えることではないけど知りたいことかもしれないと思い、見つけてくれればとこんな使ったこともない媒体で書いたことのない類の文を書いている。もらってばかりのあなたにはもう何もくれてやるつもりはないが、手を伸ばしてくれるならどうぞ手に入れてほしい。「違うよ」と伝えたいと思ったら伝えてほしい。

ずっと手元にあったものが、今日無くなりました。貸してくれてありがとうね。

2022-01-15

宮澤賢治は別格

宮澤賢治の詩や短歌が好きで、定期的に他の人の詩集歌集に手を出してみるんだけど、あんまりさらない。一冊買って、まぁ良いかなってのが2、3ある程度。(井上法子はちょっとよかったけど)。やはり別格なのか?

2021-10-17

季語ってなんであんなにキモいの?

万葉集には季語は入ってないけど日本トップクラス歌集だよね。

そんでもって季語なんてなくても季節感なんていくらでも出せる。

まり季語って本来必要がない癖に誰かが後付で偉そうに付けたタスポB-CASカードみたいなゴミなわけ。

わざわざ季語なんて発明した理由ってマジでキモくて、結局の所は「俺達がマジで凄いことしてるってのアピールやすいように縛りプレイしようぜ」っていうマジキモすぎるキモさなわけ。

聞く側の気持ちとか一切考慮せずに「俺達が身内でやってる芸がマジで最強であるってことを教えてやるために敷居高めたろ」でしかないの。

マジでキモいよね。

まりは何の哲学も持たない料理人が「ヴィーガン料理名乗れば客くるし高くても売れるらしいから俺野菜縛りするわwwww」ってやるのと何も変わらねーわけよ。

マジキモくね?

こんなキモもの文化って持ち上げてる奴らキモすぎない?

俺はありえないと思うよ。

2021-07-31

負けヒロイン歌集

はかなくも なほ実ればと 思ふかな かく乱れたる 心厭はで

【訳:もう終わってしまった恋だけれど、実っていればと想像してしまう。そんな自分が厭わしい。】


春すぎて にほいたちばな しずけさに けふも昔の すひたかづらに

【訳:春が過ぎて橘の香り立つ季節になったけれど、私はひとりあのときの忍冬を、好きだったあなた面影や髪を思い出します。】


をちかたに ゆきて帰り路 双つ影 伸びのびてゆき なほをちかたに

【訳:帰り道に、遠くで見かけたあなたとあの子の連れ立つ影。私はつい立ちすくんでしまい、あなたたちはどんどん遠ざかっていきました】


ねぎごとや 夕露濡れし 青懸巣 去りゆく我を いひかけてとめ 

【訳:アオカケスのような青い髪のあなたは、あのとき去っていく私に何事か言いかけましたね。夕露のような涙で眼を潤ませ、何かを願うようにして。


身一つを 藍に染めあげ 待つ鳥や 撃たれて泣くな 飢えて歎くな

【訳:深い藍色の髪を持つあなたは愛もまた深かったのでしょう。不幸もまた、多かったのでしょう】


汀なる あらまほしきを さやかにも 荒浪くもる あたしってバカ

【訳:『魔法少女まどかマギカ』の美樹さやかのことを詠ったとされる】


さざなみ大津見かかり あはれなる 近江におもき 淡江のころ

【訳:琵琶湖から大津を望むたび、かの場所いたころ背負った罪が、今も哀れな私を苛みます。/滋賀志賀)を負けヒロイン見立てた歌。『万葉集』(古の人に我れあれや楽浪の 古き都を見れば悲しき)などにあるように、滋賀を負けヒロインに重ねるのは古来よりポピュラー主題。】


かぎりある おんみをつくし 相逢いへ なんでもするから ダメなとこなおすから

ギリシャ神話、もといFGOキルケーのことを詠ったとされる。「相逢いへ」はアイアイエー島にかかっている】


さめざめと 背中なでつつ 歎くぞよ 道さだかにも 決めかねる身を

【訳:涙に暮れるあなたをこうして抱きしめているあいだにも、私はどのヒロインルートにするかで迷っています。なんという卑怯者なのでしょう】


はつこひは 遠くこそなれ いとどなほ 夜の嵐に 髪を吹かれて

【訳:初恋はもう遠い昔なのだけれど、今なお夜の嵐のように私をかき乱します】

2021-06-12

26歳の一日

朝3時に悪夢で目が覚める

不安とか孤独とか焦りとかで心がイタイイタイになったけど

気づいたらまた寝てたらしい

東京丸善歌集を探す夢を見たがよく覚えていない

つけっぱなしのテレビサッカー中継をやっていた気がするが夢だったかもしれない

18時ごろに起きて近所の銭湯に行くが

人生が楽しそうな騒がしい大学生グループが後から来たので15分ぐらいで退却する

睡眠薬3錠飲んで寝る

明日も何も予定ない

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