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2026-05-07

映画ウインドブレイカー を見た

ファンシーヤンキースポー漫画の迷作。29点。

 

東風商店街を防風"鈴"として守護する風鈴高校という優しいヤンキー高校。そんな街に先天性白皮症により顔面の半分の色素が抜けた狂犬みたいな主人公がやってくる。風鈴高校のテッペンを取るためにやってきた主人公だったが、しかし強さを喧嘩に生かすのではなく街を守るために使う風鈴高校トップやその仲間たちに囲まれ少しずつ絆されていく。しかしそんな中、隣にある獅子頭連とトラブってしまいいろいろあって戦いが幕を開ける。

みたいな話。

 

まず間違いなく一番頑張っていると評価できるのは美術だと思う。

たぶん漫画アニメ原作だと思うんだけど、それに合わせて登場人物の9割くらいは安いコスプレ感にあふれているんだけど、今作の舞台になっている東風商店街は明るい方のティム・バートン映画に出てきそうなめちゃくちゃパステルカラーファンシーな造形物がたぶん本当に作られていて、安いコスプレ感がほとんど浮いていない。背景のすべてを作りもの感のあるセットにすることでこんな奴ら現実におらんやろという登場人物たちがギリギリ世界観に溶け込んでいるように見えたり見えなかったりさせているのは何気にすごいと思った。てかティム・バートンに撮らせればよかったのに。

後はまぁ、ほとんど見るべき場所がなかった。

アクションに関して言えば、過去にあまた存在するそれ系の映画クローズゼロハイローシリーズ品川ヤンキー映画である程度のジャパニーズケンカアクションの水準が作られた今見ると、正直レベルが高いとは言えない。明らかに当てていない殺陣、ヒッティングの瞬間にスローモーションになる演出はそれぞれの映画でも多用されてたぶんだいたいはハイスピードカメラと実際にゆっくりながらも当てているんだと思うんだけど、今作では当たっているのに顔が歪まない=スローモーションじゃなくて実際に拳を止めているのが見えてしまって激萎え

ケンカスタイルでの書き分けに関しては、それぞれちょっとずつ頑張ってるんだけど気を抜くと振りかぶってパンチヤクザキックなっちゃうのも不満。唯一、最初から最後まで通して頑張ってたのは眼帯の子くらいだったかな。特に風鈴トップは守るために戦う派ということになっているんだけどそのスタイルが「めっちゃタフです」はどうなん。無防備に殴られることと守ることは別の概念だろ。めちゃくちゃディフェンステクニックが巧で何をやっても防がれてしまうとかでよくなかったか?まぁ不良っぽさはなくなっちゃうんだけどさ。

脚本に関しても基本はファンシーヤンキー映画として割り切るとしても、根本がやっぱちょっとどうかしてて。

まずこの街にとんでもなく厄介な他所者がやってきた……みたいな映画テンション主人公がやってきて初登校日。普通だったら転校生かなと思うんだけど、この日、入学式の日なんだよ。いやなんでだよ。もしかして地元民がエスカレーター式に上がる高校なん?高校ってそういうもんじゃなくね?色んな中学から集まってくるもんじゃね?もしかして俺が増田の民ながらある程度の公立高校受験したいいとこの坊ちゃんなのがバレてる?

あとは今作では主人公相棒キャラ的にデータキャラが出てくるんだけど、そいつ最初商店街オムライス屋の娘がチンピラに絡まれていてそれを主人公が助けるときにずっと物陰からメモ取ってるのね。多勢に無勢になってボコられてても。いや、シンプル卑怯者じゃん。そんな奴応援する気になれないよ。そして、なんか町ブラしてるときに本人が「ここから先は獅子唐連のシマから絶対入っちゃダメですよ」って言ってた場所に知らんあいだに入っちゃってトラブル火種になる。データキャラなのにアホなんかよ。

そして獅子唐連のリーダー。強さと自由さを履き違えた強さ至上主義者で強くないと自由になれない、そして俺は強いのに自由になれないのは周囲が弱いからだからお前らは強くなるべきだし、弱い奴は死ぬべきっていうよくわからん設定なのはまぁ、ファンシーマッドキャラとして割り切るとして。その獅子唐連がやることが東風商店街を襲撃して町中にペンキを撒くことなのね。何?もしかして俺、実写版スプラトゥーン見てた?バケツペンキバッシャーやったり、ロールでぬりぬりしたりしてんの。いや、そのことと強さ、自由さに何の関係があるねん、アホなんか。やってる側も、なんで俺は街にペンキ縫ってるんだと思わんのか。

ドラマとしては主人公はたぶん幼い時に両親を亡くしてるんだけど、アルビノキモいって理由で親戚からハブにされて(そもそもそんな話ある?)、学校でもいじめられ(これはある)、孤独自分自身の強さ以外何も信じないっていう獅子唐連タイプ人間なんだけど、これが風鈴高校はいることでコミュニティに属し承認されるということを知る、という展開はまぁいい。だったら同じく自分自身の強さ以外何も信じない獅子唐連のカシラと戦って、孤独じゃないからこそ主人公が勝つという展開にすべきだとは思うけど、まぁ、そこはいいや。

で、なんか定期的に綱渡りをしている映像が挿入されてそのたびに自分の嫌な記憶フラッシュバックするんだけど、嫌な記憶と綱渡りって基本的あん関係なくね?普通に考えたら綱渡り対応する精神状態って「理性と本能」みたいなそこから落ちたらマズい概念じゃね?で、終盤、襲撃してきた獅子唐連に対して主人公が一人立ち向かってボコられたときに、また綱渡りが始まって落っこちるんだけど、俺はここで優しさを知った主人公がそれでも再び孤独の中の狂気に陥ってしまって街の人もドン引きキラーマシンに変貌するんだけど、それを風鈴の仲間たちに呼び戻される展開かと思ったら別にそんなこともなく普通風鈴の奴らが来てましたってなるだけ。

このシーンもだったら襲い来る獅子唐連に主人公が立ち向かおうとするも仲間から拒絶され、じゃあ俺一人で行く!→やっぱりみんな来た!とかなら成立するけど、主人公が一人で立ち向かうことになるのってこいつが一人でトンズラしようとしてたらたまたま襲撃が始まったってだけだから別に風鈴主人公を助けるために出てきたわけじゃなくて単に出遅れてただけだから別に格好いいシーンじゃないんよね。

なんかそんなんばっかりで、ちゃんと考えて脚本書いてる?って思っちゃった。これは不良という悪をファンシーしましたじゃ説明がつかない。

 

まぁそんな感じかな。

イケメンがいっぱい出てきて戦闘シーンもほとんどファンタジーバイオレンスあんまないかヤンキー映画の入門としてはギリいいかもしんないけど正直現代基準には達してないと思ったかな。あと、なんかジェネリックイケメン多いな。主人公劇団ひとりだし、眼帯はジェネリックガクトだし、風鈴トップジェネリック小泉孝太郎だし、ロンゲはジェネリック松田翔太だし、獅子唐の副頭取ジェネリック伊勢谷友介だし、イケメンパターンも意外と有限なんやなと思いました。

まぁ、原作好きと推しキャストがいる人向けのファンムービーでたぶんそんなに真面目に撮ってないんだろうなと思いました。

2026-04-10

旧TwitterJP騒動で見えた「みいちゃん山田さん」問題

Twitterジャパン騒動を振り返って

もう騒動に加担した人間たちですら忘れているだろうけど、3年前(厳密には2022年からから4年前)

イーロンがTwitter買収して、Twitterジャパン人間ほぼ全員社長ごとクビにした事件があったのはIT職系が多い増田とかは覚えてるだろうがネットの大多数は忘れていると思う。

あの頃、Twitterジャパンキラキラ社内生活を映した番組が掘り返され、それにもう嫉妬憎悪で「(警察が怖いから)名誉棄損や侮辱罪にならない範囲でこいつら地獄に叩き落したる!」とまで公言した連中が旧Twitterでいた程ヘイトを集めていたことがある、といえば思い出す人も多いと思う。

当時を振り返れば、それはもう凄まじい物だった、今だったら逮捕者続出してるレベル罵詈雑言Twitterジャパンメンバーや当時の社長に飛び交っていたのをよく覚えているし、検索したらまだ出る程いっぱいある。

あの騒動に加担した連中は、旧Twitternoteまとめサイトゆっくり動画まで作って「名誉毀損にならない範囲で」名前や顔出した(プライバシーへったくれもない)宣伝動画作りまくってて

IT企業はこんなところで働いてた寄生虫なんてとらないでくださいね!」とかやってた奴らがたくさんいて、実際オタク界隈からでさえ、ラノベ漫画系のクリエイターたちまでもが「現代のざまあ物w」、「生意気社員無能社長なんか追放しろ」、「リアルなろう物だなw」と加担していた、Twitterジャパン雇止めになったことを書いたアカウントに群がって集団で「●ね」だの聞くに堪えない悪罵を浴びせてネットリンチ状態になっていたのがニュースになってて、見ていてドン引きしたことを覚えている。

しかも、なろうがなろう系がといったって、Twitterジャパンの人たちはそもそもなろう小説やなろうアニメなんかみるわけがない層なので、いったい何の話で罵詈雑言食らってるのかさえわからず混乱していたのに、ざまあ!なろう!追放!なろう!と喚きながらネットリンチにいそしむ様は、底辺と上澄みの分断というより、謎の未開地の蛮族の集落に迷い込んだ文明人が、生贄の儀式を食らってるかのような光景しか思えなかった。

彼らの目的は「クソ生意気な癖にキラキラ生活してるリア充若造やそんな生活を許容して赤字垂れ流しにしてる社長大手を振って世の中を歩いている事さえ許さん!地獄に叩き落してやる!」という、今だったら逮捕者出てもおかしくないレベルのことを集団でやっていてTwitterは大騒ぎになっていた。

赤字なのはTwitterの体質を考えれば当たり前の当然の話で、それはイーロンが買い取った後もほとんど変わらないし、サービス悪化になるレベルコストカットをしたりとかなりの大胆なことをやって最近ようやくギリギリ黒字になった程度でしかなく、体質的赤字なのは変わらない、というアナニュースまで出ているので、旧Twitterメンバー社長が悪い訳ではないし、それを増田たちは当時ちゃんと冷静に指摘していた。

増田達のいう通りになってたその後の旧Twitterジャパンメンバーたち

増田達はこういう意見が大半だった。

そもそも外資系にあっさり入れるような経歴や技能持ってる時点で職にあぶれるわけないだろ」

外資渡ってきたなら経験あるだろうけど、あっさり転職やクビなんて当たり前の世界生きてきてるから動じてないだけじゃん」

IT業界のこのレベルレイヤ仕事や関わってる奴らは叩いてない」

実際、あれから3年経つが、旧Twitterジャパン社長は、彼を叩いていたXのオタクオタククリエイターたちが仕事貰って生計を立てている大元企業であるKADOKAWA社外取締役経営顧問複数招聘されて、「イーロン・ショック」という当時の回想禄を出版してこれも売れている。

Twitterジャパンの人たちは普通に待遇もあまり変わらない他の外資JCTにあっさり転職を決めていた、とも聞く

当たり前である増田達のいう通り彼らはIT職としては「生まれついてスタート地点から違う人たち」なのだから、零落れようがない、との通りだった。

みいちゃん山田さんに見る「生きる階層が違う人たちがお互いを見えてしまうという不幸」

みいちゃん山田さんにあるシーンがある

都内の一流大学に在学している女子大生ココロちゃんが、一時期とはいえみいちゃんという日本社会底辺のもの存在に、良かれと思って勉強を教えたりすると恩をあだで返され、ドン引きして就活時期なのでさっさとキャバクラを辞めて就活している中で

主人公山田さんすら内心「関わらんとこ」とLINEを削除するシーンがある。

ネットでは物凄く炎上して「生意気悪魔女がッ!」、「上から目線バカにしやがってッ!」とヘイト塗れの意見が飛び交っていた。

当然、結構な数の意見として

「いや、生きる世界そもそも違うんだから関わるだけ損だしいちいち関わってられないほど忙しいんだから当たり前だろ」という意見

「むしろ山田の方がヤバイ」という当たり前の意見がたくさんあった。

俺はふとTwitterジャパンを思い出した

SNSなどない時代だったら、あの人たちがどんな生活をしてたかなんて、下の層なんか知りもしなかったのだから、それはそれで双方ともに「分断」していた昔の方が幸せだったのではなかろうか。と

憎悪と悪意が渦巻く世界にいながら、そこに物質的に適合する技能知識を持たない「本当に救われない人たち」が生きる地獄世界を、僕たちはどうすればいいのだろう。

ネット社会世界中の国家規模での諜報機関だのテロ組織だの、闇バ●ト問題などを見れば暴力団反社などの魔の手や会話ができる位置までいるほど、本来であれば「普通の人がかかわってはいけない場所」や「普通の人が関わってはいけないこの世の闇に潜む人たち」と普通に生きる人たちを直結させてしまっている。

本当にあんバイオレンス世界サバイブする方法なんて、普通の人が知っているわけがいから一度からめとられたら最後人生や命まで奪われる様な痛ましい事件が実際に何度も起きている。

というか国会図書館ひっくり返そうが、アメリカ陸軍マニュアル置いてある国防総省CIA公式HP見ようが、そんな人間に対抗できる手段などマニュアルでさえ役に立たないし置いてないのが実際だ

結局そんなヤバイ人たちが狙うのは、旧Twitterジャパン社長メンバーを叩いてた「救われないみいちゃんサイドの人たち」で、

彼らが憎むキラキラ生活をできている人たちや、ネットリテラシーは(ついている業務上普通の人たちよりかなり高い)増田たちは、いきなり通り魔にでも合わない限りまず事件に巻き込まれることはないので、結局弱者が割を食うのだが。

とっちらかってしまったが、どうすれば彼等や彼女らみたいな人たちは救われるんだろうか、そもそもどんな救いを求めてるのだろうか、それさえ聞いても癪に触ってブチ切れるほどプライドが高いみたいで誰もその答えを出せない

AIといったブレイクスルーみたいな技術が山ほど出てきている今の世界で、残酷なまでに救われない人たちは、IT技術で救えるのだろうか。そういうものがこれからITに問われているのかなと思ってる。

追記

何が言いたいかわからんって、あれだよ、我々の大半が雲の上の世界最初から住まう資格を持つ人間じゃあないのだから、なんで喪失感不公平感や憎悪を持っているのか?って話なんよね

最近ネット新卒で月給50万なのを見て「生意気野郎だ!」、「俺や私はこんなにもらえないのに不公平だ!」って言ってる人たちいっぱいいるけどさ、あんなのアンタらが若かった時代ですらそんな待遇人間なんて常に時代の一握りの超上澄みで、関わることもない人間たちだったわけじゃん。

どうして別の世界なんだから関係ねえなで済ませられないのさ?そこに行きたいなら相応の努力しなよ、で社会恨んで他責思想他力本願やめて生産的なアクション起こしなさいよ、終わる話じゃないの?

どんだけプライド高いのさ?というかそういう人たちにアンタら何されたの?滅茶苦茶リアルイジメられたわけでも、暴力振るわれたわけでも、下請け派遣はいったらキッツイパワハラ受けたとかそんなんじゃないでしょ?ただ自分能力不足でそういう「キラキラ世界」に行きたくても行けなかったから話したこともないそういう世界の人たちが憎たらしいってだけでしょ?

そんなの自分らの問題じゃん、てか真っ当な努力もする気もなく、キラキラ世界の、それこそ上で書かれたみたいななろう系!なろう系!とか言いながらTwitterジャパンの人たちや社長Twitter上でネットリンチしてたけどさ、なろう系だの悪役令嬢だのかは知らんけど、美少女イケメンと付き合って人生逆転したいんなら人や社会恨んでないで努力しなよ、ああいアニメ小説では人を恨めば恨むほどパワーが上がる魔太郎が来るみたいな能力主人公だとかが多いんだろうけど、現実そんなんないからね

挙句、後にKADOKAWA経営顧問になる様な社長を、なった後もぶっ叩きまくってる落ち目オタククリエイター作家いっぱいいて、正気かこいつら?って俺思ったぞ、自分らの仕事差配するレベルの人たちに噛みついてんだぜ?狂ってるよハッキリ言って

というかそんなに暴力だの他害行為だの抑える気もないなら、テロリストにでもなって人の嫌がることならなんでもやってクソの人生極めりゃいいじゃん。でもこういう話するとなぜかブチ切れるじゃん、マジで理解できないんだよな

あいうことやってる奴らってさ、どこ目指してんの?何になりてえの?どうしたいの?としか思えんのよな。

それがわからいから「みいちゃん」なんだろうけどさ。

2026-04-03

anond:20260403094947

やりたくないを出来ないって言ってるだけで要は舐められてるということ

取りあえず12発殴って4,5m吹き飛ばさないといけない

殴ればモラハラでもない

ハラスメントよりバイオレンス

2026-02-08

2026冬アニメ感想 -2-

前回の続き

ハイスクール!奇面組 ⭐️☆☆

3年奇面組からスタート1話中学卒業してハイスクール!奇面組に。

昔はこれで笑ってたんだけど、今はそんなに面白いとは思わないなー。

主題歌うしろゆびさされ組/うしろ髪ひかれ隊ではない。結構あれ好きだったんだけどな。

うしろゆびさされ組の歌はお世辞でも上手とはいえなかったが、曲が好きだった。→うしろゆびさされ組カバーBlu-rayDVD 3巻の特典CDに収録されているようです。

うしろ髪ひかれ隊に変わった後は工藤静香歌唱力に驚いたもんだ。

6話よかったわー。やはり千絵ちゃんと豪くんペアかわいいな。原作通り尿瓶を出してきたのもよかった。

あれ、7話もよかったわー。出瀬潔のドスケベ人生。あれ、これ意外と好きかも

ソニックとか、たけしの挑戦状とかゲームネタ多いな。

12話。2期はなさそうな終わり方だった。

青のオーケストラ シーズン2 ⭐️⭐️☆

世界ジュニアオーケストラコンクール編となるのかな。

今までOPを見てて青野君の髪型違和感を持っていた人もいるかもしれないが、ここで鬼太郎ヘアーから髪型が変わる。

演奏もすごいが、青野とハルちゃんのアオハル話も気になる。

全21話最後「卒業」この季節にぴったりな話。いやー泣いたし。カノン最高だった。

拷問バイトくんの日常 ☆☆☆

拷問殺人合法世界。マジかよ。いかにも4コマ漫画原作というペース。

拷問シーンの直接的な描写はない。日常アニメとして見る感じ。拷問である必要あるのか

日々は過ぎれど飯うましでも思ったけど、このアニメ大学生の事を学生じゃなくて生徒って呼んでるのよね。なんか違和感

12話。11話でセロたち若いバイトがいる話は終わって、最終話はシウとヘラ過去の話。

転生したらドラゴンの卵だった~最強以外目指さねぇ~  ☆☆☆

こんなタイトルだけど1話ふ化します。ドラゴンデザインデジモン寄りに見える。

そんなに好きじゃない。「最強以外目指さねぇ」ってこの言い回しも好きじゃない。

12話。スライムあれで倒せるんだ

綺麗にしてもらえますか。 ⭐️☆☆

熱海という、ザ・観光地クリーニング店をしている人々に焦点をあてたお仕事アニメ

白洋舎とのコラボキャンペーンもある。

こういう勉強になるアニメは毎シーズン1つはやって欲しい。洗濯・染み抜きもいいけど、個人的には靴の修復が好きだったかな。

セクシーサービスカット多めなところが気になる。そこが控えめだったらもうちょっと好きだったかな。

6話の会計シーンでキャッシュレス決済用QRコードが出ますが、読んでみたらアニメ公式ホームページでした。ですよね。

12話。綺麗に終了。最後に登場する女性客は、ふたりぐらしのキャラなんですかね。

地獄先生ぬ〜べ〜(2025)  ⭐️☆☆

2クール目。OPED変更。セレクションリメイクといった感じで、

人気だったストーリー、印象的なストーリーが再アニメ化している感じ。

ジャンプたまに読んでた程度だし、単行本は持っていない私でも何となく知ってる話が多い。

23話の「約束レクイエム」は文庫版のお話

第1クールエンディングテーマにシルエットで登場した女の子は、この話に出てくる秋山恵ではないかと言われている。

全13話(#14-#26)最終話は初回1話&2話放送と同じく2話連続放送だった。

貴族転生~恵まれた生まれから最強の力を得る~ ☆☆☆

転生したら貴族で水属性SSという凄いステータスだった。

転生といっても現代日本から異世界転生ではない。

結構強引に金と力でねじ伏せる感じが強い。いやホンマ金ばらまきすぎ

主人公判断力政治力の高さに皇帝褒めまくり。すごいぞノア、よく進言してくれた、よく提案してくれた、さすがだノア

2話、11ED特殊。全12話。ステータスの変化が分かりにくかった・・・

勇者パーティーかわいい子がいたので、告白してみた。 ⭐️☆☆

転生もの。魔族に転生した主人公勇者パーティー僧侶に一目ぼれ。告白するが撃沈。

勇者魔王を討伐した後は一人前の冒険者になり、僧侶アタックしようと志す。

初々しいのう。8話のEDCMで予告されたとおり特殊EDだった。

11話はあまーーい。レイヴンハピネスおめでとう

全13話。お幸せ

DARK MOON -黒の月:月の祭壇- ☆☆☆

韓国漫画原作

吸血鬼を憎む転校生の怪力少女と、吸血鬼イケメンとの運命的な物語

対立する学校イケメン集団として人狼もいるし、人狼側もヒロインチヤホヤする。少女漫画でよくあるシチュエーション

吸血鬼を嫌う理由過去親友を殺されたこと、自分の力の強さを見てよく吸血鬼と間違われること。

EDは2種類あるFatal Troubleは映像シリアスな感じ。CRIMINAL LOVE漫画チックでコミカル映像

8話でそれぞれの過去が明らかになる。ED映像特殊

12話。ストーカー男の歪んだ愛に振り回された吸血鬼人狼と姫の話だった。ポケモンセンターの件もあって余計に怖かった。

悪魔くん ⭐️⭐️☆

2023年Netflix配信されたもの

悪魔くんの続編。今回は二代目(埋れ木一郎)が主人公。前回主人公であり先代悪魔くん(埋れ木真吾)も登場する。

先代の悪魔くん義理の父にあたる。襲名式。この二代目、結構ドライ性格

メフィスト二世は結局妹と一緒になったのかー。推理サスペンス探偵モノみたいな話になっている。

結構後味の悪い話が多い気がする。視聴者感情移入するのは悪魔くんよりもメフィスト三世側だろうな。

EDの百目とこうもり猫との掛け合いも面白い。前作を知っていたら余計に面白いと思う。

12話。まじかよ、なんという終わり方・・・・w

科学×冒険サバイバル!第2シリーズ ☆☆☆

韓国出版社が出しているサバイバルシリーズ子供向け学習漫画原作

アニメでは9話分やって以降は第1シリーズ再放送だったので、久しぶりに第2シリーズの新作をやることになる。

第2シリーズでは今の所お詫びはない。

今回はナイトサファリサバイバル12話〜14話)→月のサバイバル(15話〜16話)→山のサバイバル10話〜11話)→海面上昇のサバイバル17話〜19話)

山のサバイバルが後回しになったのは熊の事件が相次いであたこからか。

全19話。またどこかで続きやったりするのかな。

ガングリオン ☆☆☆

BSよしもとで放送3分アニメ漫画原作

サラリーマン戦闘員リアル臭い日常ホープマン二号ははんにゃ金田なんかい

EDが変更。EXILE TAKAHIRO

24話。やっぱ1話が短いよ

デッドアカウント ☆☆☆

デジタル化した悪霊と戦う。ポリこれハンマーとかネーミングが面白い

なんやかんやあって、霊媒師を育成する学校生活が始まる。

特殊専門学校的なところに入って同級生能力を高め合うってのはよくあるよね。

どうも好きではない。

12話。乙組と甲組の対決、甲乙戦の決着がついたところで終了。自分が悪いと思ったら謝れるキャラ結構いてそこは好印象。

不滅のあなたへ ⭐️⭐️☆

現代編の続き。人間とノッカーとの共存についてフシは悩む。

フシに連れてこられた他の皆もこの時代に適合しようと変わっていく。進んでいく。

そんな周りの変化にフシは戸惑いを隠せない。

火の鳥好きな人にはちょうどいい?

EDは16話でVersion2になる。

全22話。最終話ED特殊。私は結構好きな終わり方だった。続きやるだろうなー

グノーシア ⭐️⭐️⭐️

ゲーム原作SFパラレル人狼ゲーム。2クール

主人公ユーリアニメオリジナルキャラクターである

原作はあるとはいえ、よう考えてあるな。

EDは16話で凛として時雨に戻る。18話で一旦終了。特番を挟んでエピローグ

内容が内容だけに不変な作りが多く、一番凝っている作品だと思う。1から100まで見逃せない。

全21話特番。めちゃくちゃよかった。今年の夏に舞台化決定。

推しの子】 第3期 ⭐️⭐️⭐️

ルビー、動きます。かなちゃんには幸せになって欲しい。

あかねも動きます、が、

OPちゃんみな

11話(#25-#35) 最後は1時間。2期より好きでした。第4期(Final Season)制作決定

死亡遊戯で飯を食う。 ⭐️☆☆

私デスゲームは嫌いなんだけど。これは・・・なかなか・・・ 初回1時間

スプラッター表現がある。寝る前には見たくない。

WOWOWではがっつりPG-12と書いてある(けど内容は他の放送と違いはないです)

音がものすごくいい。声の演技がすごくいい。

雰囲気作りとか義妹生活と似てるなーと思ったら同じ会社監督だった。EDとか特にそっくり

11話。人選ぶ作品だろうなー。最初は好きだったけど、だんだんそうでもなくなってきた。

東島丹三郎仮面ライダーになりたい ⭐️⭐️⭐️

ショッカーや怪人が実在する現代仮面ライダーに本気で憧れたやつらの話。

2クール目。今回は東島丹三郎側ではなく、怪人側のことが描かれている。

私事だけど、行きつけの居酒屋店長普段競馬野球の話しかしないんだけど、

たまにこのアニメの事を話してくる。

蝙蝠男との戦いはゲキアツだったなー。BGMもいい感じだった。全24話。いい終わり方だった。

お気楽領主楽しい領地防衛生産系魔術で名もなき村を最強の城塞都市に~ ⭐️☆☆

異世界転生もの。2歳からスタート

魔術適正が4大魔術のどれにも該当しないという不遇な結果であったため、父からは役立たず扱いに。

辺境の地の領主を任される。という追放要素があるけど、街の人々が笑顔で送り出してくれる明るい追放系。

家族からは厳しい対応だが、それ以外はゆるい感じ。タイトルに"お気楽領主楽しい"ってあるし。

主人公生産系魔術は最近ワタルであったようなクラフト系の魔術。いろんなものを創り、村を発展させていく。

OP作曲前山田健一。よいしょ!ボーカル裏声くらい高い声なのでヒャダルコかと思ってしまったよー

8話すごい好きだなー。世紀末的なヒャッハーとか、BGMがビフォアアフターぎりぎりとか、クサラとフラミリアの関係とか。9話のED特殊

12話。アルテちゃん強すぎ。そのままからくりサーカスに参加できそう。

ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界無双する~ ⭐️⭐️⭐️

聖者無双と同じ監督なのでOP聖者無双ラップがあります

聖者無双がちらついて期待してなかったけど(いやあれはあれでぶっとんだ内容は面白かったけど)

こち結構好きかも。異世界で最強や成り上がりを目指すだけではなく、こっちでの家族第一に考えるの好き。家族愛には弱いのよ。

6話でとうとう旅たちに。まさかこういう経緯で感じで旅立つのね。親を想う子、子を想う親。やはり泣いてしまった。

8話では剣術でミハイに勝てないところもいいわ。最近転移・転生アニメだと勝ってそうだけど、身の丈に合う感じが好き。

10話ではまさかの悲しい話に・・・ ummm, ノブレス・オブリージュってやつなのか

いやーこんなに好きになるとは思わなかった。正直2026冬アニメでは個人的かなり上位。

このペースで3, 4クールくらいやってくれんかな。

12話。グランヴェル家の従僕から客人へ認められる。

この作品家族を含めこの場所での人と向き合い、そこに生きる人々と認識を変えていくところが魅力だと思う。

そして2期決定。7月から放送開始。やったぜ!

勇者クズ ⭐️☆☆

ロケット商会の小説原作。同作者は「勇者刑に処す」の作者でもある。舞台21世紀日本

超能力を持ったマフィア魔王、それを討伐するもの勇者と呼ばれる世界

異色な勇者物語多いですよねー。まあ、令和にもなればそりゃそうか。

デザイン吸血鬼すぐ死ぬに似ているが、ギャグはそこそこバイオレンス描写も強めで結構違う。

連続2クール

人外教室人間嫌い教師 ⭐️☆☆

人間嫌いの人間が、人外クラス(全員女子生徒)で教鞭をふるう。

人外クラス先生という設定から最近では「妖怪学校先生はじめました!」を連想するが、

生徒が全員女性だったり登場人物がそれほど多くないので感じ方は変わってくると思う。

OPオーイシマサヨシ。ニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン この人こういう耳に残りやすい曲作るの上手よね。

OPタイトルロゴドーン!の部分に動物アイコンがあるのだけれど、あれが話が進むにつれて変わる。

4話はやっぱり泣くよね。こういう話に弱い。5話は特殊ED

全13話。右左美が卒業してしまったので2期なくていいです(ぉぃ) 春名さん好きになれないです。

うるわしの宵の月 ⭐️☆☆

綺麗だけど周りから女の子扱いされない王子様系女子と金持ちイケメン王子との恋物語

最初はお試し程度の気持ちだったのに・・・なんだ・・これ。どちらの王子も予想外の自分気持ちに戸惑う。

日本では数少ないタイトスカート制服高校

そういえば芦田愛菜さんが通っていた慶應義塾女子高校タイトスカートだったな。

OPEDUNISON SQUARE GARDEN2026年秋に実写映画化する

12話。きれいに終わった。男の子たちはみんな首痛めてたな

正反対君と僕 ⭐️⭐️⭐️

元気なギャルクールともいえる大人しい男子生徒の恋物語

その他のクラスメイトの中にも正反対な組み合わせがあったり

みなさん楽しそうに学校生活を楽しんでてなによりです。

眩しいくらいの青春が描かれてて私の大好物です。

恋愛漫画って、恥ずかしかったり考えすぎたりして言いたい事が言えない。

そんなもどかしさがモヤモヤするけど面白い。なんてのがよくあるけれど、

本作は初々しさもありながら、ちゃんと思いを言語化して可及的速やかに相手に伝えることが多い。

そういう所に誠実さを感じるし、物語テンポもいい。

温度的にはホリミヤかな。あれをもう少し賑やかにした感じ。

私の中では主人公は平です。

あー好き、好きですね。OPも大好き。OP演出考えた人天才だと思う。EDも大好き全部好き。

12話。続きあるよ、2期は7月放送

ずっと「いいなー」とか「わかるー」とか「んごー」とか今期一番うるさく視聴をしていた作品だと思う。ご近所様、うるさかったらごめんなさい。

姫様“拷問”の時間です ⭐️⭐️⭐️

ゴールデンカムイと同じ時期にやるのかよ。って思いますよね。

これ永遠にやれるな。もはや拷問はついでである

あのー、ここに就職したいんですけど。

21話からEDサクラが追加される。22話からOPも同じように変更。

23話でサービスエリアのトーチャーがあった。これ原作好きだったのでありがたい。

12話(#13-#24)最終話ゲラゲラ笑った。

メダリスト 第2期 ⭐️⭐️⭐️

1年ぶりの2期。枠も同じNUMAnimation枠。

やはりこの冬の時期にやるのがいいね。今回は時期的に冬季オリンピックとも重なる。

OPHANA

17話のいのり選手の演技は神演技でしたね。手に汗握る感じで見ておりました。

全9話(#14-#22)+特番 寒さと熱さ、かわいいとかっっこいいが両立する作品だった。あと分かりやすい。 

最後のいのりが光を見る目は、憧れを見る目ではなく、ライバルを見る目だった。続きは2027年劇場版

  

文字数オーバーで書ききれないので続き

2026-02-01

anond:20260201073357

「最悪の目覚めだ……」と、私は浮いた奥歯をカチカチと鳴らしながら、冷え切った布団の中で天井を仰いだ。おじの腸をリードにして都内散歩するなど、倫理観ログアウトした夢の余韻で胃がムカムカする。二度寝して口直しをしよう。もっとキラキラした、そう、推しが出てくるような夢で上書きするんだ。そう願って再び目を閉じたのが運の尽きだった。

第二幕:地獄の「鍋」スタジアム

気がつくと、私はなぜか高級料亭大広間に座っていた。目の前には巨大な土鍋。そして、その鍋を挟んで火花を散らしている二人の男がいた。東山紀之ヒガシ)と、薬丸裕英やっくんである。さっきまでの「腸リードおじさん」はどこへやら、画面が急に80年代後半の輝きを放ち始めたが、空気はちっともキラキラしていない。むしろ一触即発殺伐としたオーラが漂っている。

「……薬丸、シイタケの飾り切りが甘い。これでは出汁の染み込みが$0.5mm$足りない」

ヒガシが、まるでおろしたての軍刀を抜くような手つきで菜箸を構えた。彼は自らを「鍋奉行」と称し、具材の投入順から火力のミリ単位の調整までを完璧に統制しようとしている。その瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。

東山、君は相変わらず細かいね。だが、この鍋の統治者は僕だ。僕は奉行などという現場役人じゃない。『鍋公方(なべくぼう)』……つまり鍋の将軍なんだよ」

やっくんが不敵に笑う。彼は立ち上がり、まるでお色直しのような手つきで、小皿に盛られた「特製つくね」を一切の迷いなく鍋の中央ドロップした。

「待て! 薬丸! まだ灰汁(あく)を救い切っていない!」

「灰汁も旨味のうちだよ、東山。民(具材)の声を無視した独裁的な鍋は、もはや鍋とは呼ばない!」

混沌具材バトルここから地獄だった。ヒガシストイックなまでに灰汁を掬い、鍋の透明度$100%$に保とうとすれば、やっくんは「彩りが足りない」と言って勝手カマボコを並べ始める。

ヒガシ奉行): 「豆腐は絹ごしだ。それ以外は認めない。並べ方は市松模様で固定だ」

やっくん公方): 「何を言ってるんだ。庶民の味方、焼き豆腐こそがこの国の(鍋の)礎(いしずえ)だ!」

二人の箸が空中で激しくぶつかり合い、カチカチと乾いた音を立てる。その音は、先ほど私が夢の中で鳴らしていた歯ぎしりの音と完全にシンクロしていた。

「おい、お前も何か言え!」突然、ヒガシがこっちを睨んだ。

「この鍋の統治権は、奉行にあるのか、それとも公方にあるのか。はっきりさせろ」

横を見ると、さっき私に腸を引きずり出されたはずのおじが、なぜか仲居さんの格好をして「まあまあ」と割り下を差し出している。おじは私の耳元で、赤ん坊のような無垢笑顔でこう囁いた。

「お祖母ちゃんが言ってました。鍋のケンカは、シメ雑炊を食うまで続くって……」

「うるせええええええ!!!

叫びながら飛び起きた。今度は奥歯だけでなく、顎全体がガクガクと震えていた。時計を見ると、二度寝時間わずか15分。

教訓:ストレスが溜まっている時に「豪華キャストの夢」を願うと、ジャンルが「歴史スペクタクルクッキングバイオレンス」になる。

もう今日は、一日中ゼリー飲料しか飲まないと決めた。

2025-12-26

anond:20251226175647

🌟 見どころ

🔥 1. 圧倒的なバイオレンス描写

主人公雷音竜の戦いは、ただ強いだけではなく衝撃的な描写過激な格闘シーンが続き、当時の少年漫画の枠を越えたインパクトを持っています

🧠 2. 狂気じみた設定と展開

格闘漫画として始まった物語が次第に宗教的・超常的なスケールへ拡大していきますイエス・キリスト歴史上の偉人たちが戦士として登場するなど、常識を逸脱した展開が魅力です。

🌀 3. 哲学的スピリチュアルテーマ

単純な力比べではなく、復讐、救済、信仰暴力意味といった深いテーマ内包しており、単なるアクション漫画に留まらない読後感があります

🎨 4. 風忍ならではの画風と演出

従来の格闘漫画とは一線を画すコマ割りや構図、アート性の強い作画で、視覚的にも強烈な印象を残します。読者によっては「アート漫画」と呼びたくなるような独特さも本作の魅力です。

📌 まとめ

地上最強の男 竜』は、ただ強い主人公が敵を倒すだけの話ではなく、

圧倒的パワーと激しいバトル描写

宗教歴史哲学を混ぜた奇想天外ストーリー

一味違う画風と演出

といった点が魅力のカルト的名作です。従来の少年漫画とは全く違った驚きと衝撃を味わいたい人にこそおすすめの一作です。

もし「どの巻から読むのがいい?」や「初心者向けの作品ポイント解説」なども知りたいなら、気軽に聞いてください!

地上最強の男竜」のあらすじ

地上最強の男 竜(ちじょうさいきょうのおとこ りゅう)』は、風忍(かぜ しのぶ)が1970年代に『週刊少年マガジン』で連載したカルト的格闘活劇漫画で、作者の初の長編作品にして代表作ともいえる異色作です。バイオレンススピリチュアル、そしてアート性が混ざり合った独特の世界観で、今なお語り草になっています

📖 あらすじ(ストーリー概要

主人公雷音竜(らいおん りゅう)――どんな相手でも0.2秒で倒すと言われる地上最強空手家。そのあまりの強さゆえ、空手試合相手を死なせてしまい、師匠道教により力を封じられ、仮面を付けられて人前から姿を消す。

竜は妹・悦子とひっそり暮らしていたが、かつて竜が倒した相手婚約者二階堂邦子復讐燃え、師・道教と共に竜を追う。戦いの中で妹が殺され、復讐燃えた竜は邦子を打ち倒す。だが道教は巨大な念力装置の塔を使い、神=イエス・キリストを復活させる。さらキリスト宮本武蔵ブルース・リーまでも呼び出し、竜に立ちはだかる――という、ぶっ飛んだ展開へと進みます

(※一部情報源では「神はニセモノで実は弥勒菩薩が現れる」といった解釈もあるなど、読者間で語られる解釈が多様です。)

2025-12-24

anond:20251224235707

なんでまんさんて全ての男がレイパーだと思ってんの?

まんさんはそんなバイオレンスなところに住んでんの?

2025-12-19

あたし女だけど

思うの

あたし殿方に生まれなくて良かったのかもしれないわ

あたしアスペメンヘラでブスで、生きててやるせないこと沢山あったのよ

でもホラ、あたし女だから、「社会が憎い」と思った時、誰かを殴ろうとか、復讐してやるみたいな発想に繋がりにくかったのよね

殿方って、女よりもバイオレンス行為に向かいがちじゃない?

生物学的な理由か、社会的な理由かはわからないけれどもね

両方なのかしらね

少なくとも全てが個人責任ではないわよね

あたし無差別殺人ニュース見ていつも思ったわ

あたしが男に生まれてたらきっと同じことしてたわって

暴力はもとより、殺人なんて絶対にいけないことよ

それはわかってるけど、「あたしが男なら、今きっと街中で包丁を振り回してたわね」って思ったことが一度ならずあるのよ

逆に言うとね、悔しい思いをしていても他人攻撃性を向けずにいる殿方の自制心は驚嘆に値すると思うのだわ

誇って頂戴ね

2025-12-03

anond:20251203162400

ド直球なエンタメ小説だな

推理作家賞取ってるけど推理ものを期待するとぜんぜん違う

エログロバイオレンスで勢いよく駆け抜ける感じ

読みやすいから1日あれば十分読める

文学を求めるなら向かない

エンタメを求めるならあってる

2025-10-29

SHOGUNとかをポリコレやwokeに屈しないドラマと評してるアカウントをXで見た記憶があるけど、反ポリコレ勢のポリコレ解像度低すぎだと思う。SHOGUNみたいに日本のことをちゃん日本の人たちで作るとか、ポリコレ以外の何者でもないのに。マイノリティアメリカでは日本人や日系人マイノリティ)を偏った仕方で描写せず、マイノリティを題材にする癖に当事者を締め出したりせず、またマイノリティをできるだけいないことにしないのがポリコレ的に評価される作品なわけで、日本人が日本人を演じて日本人が日本考証をするハリウッドドラマが反ポリコレなはずないのに。

なんか、「行儀のよさを求めるもの」程度に思ってたりするよね。バイオレンスだって下ネタだってエロだってポリコレ的に評価されるコンテンツはいくらでもあるのに。

海外勢はなんでチェンソーマンを叩かないんだ?

なんかさ、欧米をざっくり見ると

建前であるポリコレライン

本音であるバイオレンス大好きライン

両方があるよね

後者に刺さるのは良いんだけど、前者の人らはもっと叩くと思ったんだけどな

下手に触るとファンに燃やされるんだろうかね

2025-09-28

自分デンジだと思い込む精神異常者男性たちの集団ヒステリー

米津玄師が「デンジって女性に対してものすごく性欲的な感情を抱くけれども、セクハラ的な行動は絶対しないんですよね」とインタビューで話した件について、ネット弱者男性界隈がガチギレして殺気立っている。米津玄師存在を消して、米津玄師共感する女だけに対して異様な被害者意識を抱いている。

Xを見れば特にバットなる中年弱者男性の噴き上がり方が凄まじい。

   

「楚バット@geEeZ4e

デンジ未成年孤児貧困層児童労働大人に利用され続けた被害者)に向かって"性欲あるのにピュアかわいいでちゅね〜"的なセクハラしてるオバサオタクほんまにキモくて有害女性性の悪魔かと思った」(1万いいね

   

「ラルナ@避難所避難所 @rarunaDAME3

デンジくん、マキマさんパワーちゃんパイと序盤から連続してスケベ行為の見返りに危険な事をさせられるという直球の性的搾取を受けてるんですが、それをデンジくんはセクハラとかしなくってぇ・・・みたいな消費のされ方してるのちょっとグロテスクだと思います」(5千いいね

   

「石壁@waxter1211

デンジは性欲があるのにセクハラしない紳士!」は本質を捉えてないし「デンジの性欲は綺麗!」はもはや噴飯物の主張あれは人生女性と全く関われなかった影響でセクハラや性欲まみれのアプローチすら実行する発想が無い、本物の恋愛弱者ムーブだろ本当に皆さんは弱者が目に入らないんだな」(1.4万いいね

その他、有象無象キモオタアイコン弱者男性ミソジニストオタクが、うじゃうじゃと女特有の読解力のなさだとか男性を加害生物のように扱うのが許せないだの行く動に直球の差別発言を吐いているが

要するに【米津玄師サン発言者なのは男だから脳内から消去します】【デンジセクハラしないのが長所だと女が語るのは、弱者男性(俺)への性的搾取に決まっている】【女に俺の性欲を否定された】という歪んだ主張に尽きる。

   

まず主題歌連続担当するだけあって、米津玄師の読解は正しい。

チェンソーマン』は暴力的で野蛮でショッキングバイオレンスに見せかけて、最近漫画らしく主人公陣営馬鹿をやっても不快感が極力なく応援したくなるように、きちんと計算してヘイト管理されている。

藤本タツキは天然でM性癖から」で片付けるのは、さすがにタツキの頭を見下しすぎだ。作品理解力が誰よりも劣っている。

デンジは育ちは無茶苦茶で語彙はドブだが、決してクズではない。

陰キャ特有のめんどくささは皆無。素朴で真っ直ぐで不幸な目にあってもすぐ立ち直る明るさがある。

1話時点から粗暴な野生児ながら倫理観社会性をそれなりに備えていたし(己を搾取したヤクザを殺した事でさえ成り行きでゾンビ化して人間に戻れないなら仕方ないと分別のうえだった)

人並みの環境に移ってから世間との折り合いやコミュニケーション能力が急成長している。それが出来ているのは自分の不幸を言い訳にしないからであり、自分弱者であることに甘える発想が無いからだ。

王道少年漫画主人公らしい魅力を持ったいい奴である。性欲のある孫悟空みがある。

陽キャ陰キャかで分けるなら、間違いなくデンジ陽キャだ。

性的欲求に対しても同じこと。

 

そんなデンジに、デンジとは180度真逆の、自分ケア他者強要する事しか頭になく倫理観社会性が中年になっても欠如したままの、自分の弱さを盾に諸々放棄して全ての責任から免除されようとする自分だけに甘い卑劣さな陰キャオジサン達が一斉に自己同一視しているかと思うと、滑稽であると同時にデンジに同情してしまう。

 

そもそもデンジって性欲はあっても、加害したりマウントしないのがいいよね」の一言勝手に湧いて出てきて「傷つけられた」「はい性的搾取」と騒ぐ心性が理解できない。

バットルナ石壁ら100人異常散見できた自称弱者男性軍団理屈に照らし合わせると、まるで『男(俺)の性欲には女を加害しても許される男性権が当たり前に含まれており、それを不当に奪われたから怒った』と言わんばかりではないか

性愛に限らず、人は何がしか欲求に常に振り回されている。その我欲の充足のために他人を傷つけたり貶めたりしないのは人間として最低限の道徳であり、普通の対等のコミュニケーションである

その普通の対等のコミュニケーションを、女性男性に対して肯定した時だけ「搾取だ」「グロい」「傷ついた」と逆上する被害者意識超弩級女性差別主義と一体だ。

男性を女を屈服させる願望持ちの加害動物のように言うな」などと女性憎悪誹謗中傷クソリプする弱者男性集団は論外で、その行動で自らの男特有のミソジニックな加害性を証明してしまっている。

 

マジレスするけど、もし、デンジ自分から行為と引き換えに悪魔退治してやると女性陣に持ちかけてたら、読者の印象は最悪だぞ。「弱みにつけ込む小狡い肉欲クズ」として。

女性陣の性的奔放さを強調したとしても、どうしてもデンジ計算高い印象を与えてしまう。それだとキャラがブレる。

性的取引が初手から大満足の結果だったらデンジが早々に目標を失ってしまい、作者が困る。

何事に対しても内向的受け身アニメ碇シンジキャラならイラつく読者も多くなるだろう。「積極的に動いてエネルギーを外に向けて発散する外向性を有しつつ女性に対しては奥手」は昔から愛される王道主人公像だ。

とにかく『チェンソーマン』本編の面白さと読者好感度バランスは、デンジの性欲抱いてもセクハラではなく純粋なイチャラブ願望で実現しようというピュアさと健気さで成り立ってる。

作り手が意図して「こんな男子、可愛げあって好感持つでしょ?」と造形してるんだから、その観点デンジに好感持ってる米津玄師女性ファンは正しい。

 

 

 

内なる暴力性を持て余してる欲求不満の非モテ男性が「俺を無害と見なすなクソ女!俺様の抑圧されし性欲の恐ろしさを思い知れ!男と書いてチンポの怒りをくらえ!」と突然キレ出して暴れるような、自称弱者男性理想物語が欲しければ新井英樹漫画でも読んでろ。

2025-07-26

映画国宝』の児童虐待描写はいいの?

白痴女の子ゴミを食べさせて笑う社会に生きている

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20250723050053

ゲームAV社会の「割れ窓」

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20250724110825

どうにかこうにかこの作品にはこんな悪影響ガー!危険性ガー!加害ガー!被害ガー!とラブドールっつってんのに初手から何故か障害者に置き換えて未だないゲーム相手にない事ない事喚かれてる表現規制戦士様方ですが、最近大きく話題となり、現在も絶賛上映中の『国宝』と言う映画はご存じでしょうか?

https://kokuhou-movie.com/

こちらの話、手始めに一番バイオレンスなシーンがありますが、それはまあ相応に悪い奴が殺される上、日本では大多数の人と関わり少ないものなので、影響力も加味してさて置くとして、規制戦士様方の言い分を取って言わせて頂きますと、とても言い逃れようがないのではと言うシーンが続いて出てきます

児童への暴力を伴う躾です。

それもこちらは創作といえど実在人物が演じてますから、実際にぶたれたり蹴られたり罵詈雑言も吐き捨てられます

皆さん知っての通り、現代でも躾と称した暴力は世に蔓延っており、被害児童も多いです。

簡単に影響される家庭、肯定している家庭もいくらでもあるでしょう。

現代では立派な児童虐待であり保護されるべき通報案件です。

そしてこの作品、この暴力が作中咎められるかと言うとそんなものはありません。

暴力を振るった人間は慕われながら亡くなるだけです。

悪い事が悪い事として描かれ、作中で裁かれているので良しと言う皆様方の言い分もありましたよね。

完成してない誰もプレイできない絵のゲームなんぞにない事ない事妄想膨らませて文句つけられるより、完成して誰もが見る事ができて、身近にありふれた問題で、しかも実写で絵より直接的な表現となる媒体創作についてある事ある事でお話しされた方が今は余程有意義なのではないでしょうか?

それともこちらには何もご不満ないのでしょうか?

この点、私とても不思議に思いましたので、一筆書かせて頂きました。

因みにこれは所謂whataboutismにも当たらないと思います

皆様が存在しているものについて語ってらっしゃるなら、それに対してこれはどうなんだは立派なwhataboutismですが、皆様存在しないものを語ってらっしゃる

0は100に膨らませても0ですよ。

以下追記

20250726 10:00

早速whataboutismだと難癖つけられちゃいました。

体験もできないないもの妄想議論することは無意味と言っているのだから擁護も当然無意味に決まってるんですが、文章を読めない方だったようですね。

で、結局上記児童虐待描写への言及は無しと。

せっかく作品として完成され、彼らの言い分も十二分に立つ、しか記憶に新しいごく最近のものを議題として提示してあげたのですが、これが無視されるのであれば、彼彼女らが訴えた表現の影響力とその危機感と言うのは一体何だったんでしょうかね。

20250726 15:00

未だにまともにこの児童虐待描写について、これはダメだと声を上げてくれそうな方は一人もいませんね。

誠に遺憾です。

児童とは言え男→男の加害パターンからどうでもいいと言うことでしょうか?

まだ存在してもいないマイナーインディーズゲームの話では飛ぶ勢いでその影響力に懸念を表明され燃え上がっていた皆様の正義の心ですが、今も流行りに流行り今年一番の盛り上がりを見せる話題実写映画ではその心に煙も立たないご覧の有様です。

皆々様の正義とはその程度のものだったのでしょうか?

それとも、対象女性だったからどこまでも親身になり、我が事のように訴えられていただけだったのでしょうか。

差別界隈では声を上げないのは差別への加担であると言う言葉がありましたよね。

児童虐待等につきましても、絶対的弱者を守るべく、悪影響をもたらしかねない表現について一貫性を持って声を上げて行くべきではないでしょうか?

20250726 16:00

anond:20250726154849

一つ目の問いからとても浅はかな返しです。

実際に見たり体験したりしないと真価がわからない作品なんて星の数ほどあるでしょうに、リリース前の紹介文が出てるからなんだと言うんでしょう。

その後も色々と述べられてますが、なぜ肝心の問題表現のものについての言及がないのでしょうか?

児童虐待矮小化する文句だけは見受けられます

お前の言う事は詭弁から無効!としたいのが透けてますね。

いちゃもん乙です。

次2点はブコメより

児童虐待を楽しむことが主題映画ではなく、登場人物はこういう世界で生きていますという背景紹介シーンに過ぎないからとかその辺なのでは?

タイトルからしてゴミを食べさせることがメインテーマゲームと、成長描写として出てくる虐待シーン比べられてもなあ。それにゲーム主体的にできるからね。ぜんぜん違うよ。

なるほど。では、主題ではなく背景描写等なら子供ゴミ食べさせて、それが悪いことと描かれず、その親も何ら報いも受けず子に慕われて亡くなったとしても何も問題ないと言う事ですね。

私は問題のある表現は悪影響があるから批判されていると理解しているので、背景紹介だからとか成長描写からとか、その描写用途無関係ではないか理解しているのですが、そう考えられる方もいらっしゃるんですね。

もしかして皆さん、そう言う話で批判していらっしゃったんですか?主題でなければ問題ないと?

じゃあ件のゲームタイトル変えたら丸っと解決なんですかね。

20250727 3:00

様々なご意見いただき誠にありがとうございます

すっかり日も超えてしまいましたので、これを〆の追記とさせていただきます

しかしながら、誠に誠に遺憾ですね。

多くの方は私に反論してやろう、こいつは詭弁を言っている、だから潰してやろう。そう言った敵意丸出しのくだらない御託ばかりです。

問題ある表現に関してはまるで言及がありません。

本当に骨があるなと思ったのはこの方くらいでしょうか。

anond:20250726195325

人の目につかず、問題提起が露と消えると言うのは色んな意味でとても残酷なことですね。誠に同情致します。

もちろん他にもこのエントリーを受けて、自分なりに咀嚼して頂いてるなという反応もぽつりぽつりと見受けられます

せめてそういう風に受けて頂けると有り難く存じます

さて、そもそもですけど、なぜ表現規制をかける必要があるのかと言うと、前述の元増田様方でも挙げられていた通り、その表現の影響を懸念してのことではなかったでしょうか。

この度『国宝』では児童虐待次世代が引き継いでないから良くないことと描写されていると言った反論が見受けられますが、折檻していた人物虐待理由に何一つ裁きに合うような事にはなっていないのも事実ですし、影響を受ける方と言うのはそのふんわりと良くないことと描写されていると言う文脈を、そういう風に読み取ってくれる方ばかりでしょうか?

私は個人的にはわかりますよ。寧ろ他の表現規制の話でも、そうした文脈理解でき、常識的判断が出来る方が大多数だとも思います

ですが、当ブコメでもそのようには受け取らず、あの暴力を伴う躾を是としている方もいらっしゃいます

表現の影響の懸念と言うのは正にそう言った、受け手任せなところを懸念して、少しでも被害者を増やさないために行われるものではなかったでしょうか?

私に言わせれば多くの皆様は表現懸念より私にヘイトを向けてばかりで、それはその実、『国宝』における児童虐待表現意見することからは逃げてばかりとしかとれません。

件の現存しないゲームでは我先にと同調し、ラブドール障がい者に置き換えられた事実誤認など気にも止めずに表現の影響を問題視されていたじゃないですか。

それほどに懸念される事であるならば、本件の『国宝』の児童虐待描写についても同様に懸念し、問題提起して行くのが筋ではないでしょうか。

現在未だ存在すらしていない作品では皆様あれだけ懸念された表現がもたらす悪影響と言うものが、今回の現存する立派な作品のケースではあれやこれやの理屈問題ないなどと蔑ろにされるのであれば、私はそれは片手落ちであると思う他なく、また片手落ちというのは皆様自身問題提起を詭弁として毀損してしまものなので、心より誠に遺憾に思うのです。

此度私はお前が気になるならお前がやれと言った突き放しの声もたくさん頂きました。

悪影響が懸念される表現問題提起していくという道は、このままでは前途がとても暗いものと感じました。

なので、この場では私の懸念を残し終えようと思います

ありがとうございました。

2025-07-06

人間の鳴き声

英語韓国語を少し勉強してわかったがそもそも日本語コミュニケーションも苦手だ。コミュニケーションというものそれ自体が苦手なんだ。旅先で路上ハトをみるたび「このハトはどの国のハトとも通じ合えるんだな」と感慨深くなる。なぜなら言語を持たないから。いや、ほんとうにそうか?A地域ハトは「ポッポー」があいさつでB地域ハトは「ポポッ」があいさつかもしれない。あいつのある地域とない地域があるかもしれない。言葉とは鳴き声のパターンだと最近つくづく思う。共鳴することそのものが快と感じるように生き物はできている気がする。わかる。わかるんだけど私は上手くハモれない。「休みの日とかなにしてるのー?」なんて雑談ハモやすいように投げかけてくれているだけなのにそこに意味見出ししま歌詞意味を考えているうちに乗り遅れて合唱は終わっている。誰かとうまく歌えるようになりたい。雑談を振られるとどうしても何かジャッジされると思い込んでしまうので人と話す前は「鳴き声鳴き声鳴き声共鳴共鳴共鳴」と唱えてから挑む。そして雑談が終わった後は「失敗した…」と内容を振り返って落ち込んでしまう前に「ちょっと歌がズレただけ」と意識シャットアウトする。会話が鳴き声の共鳴だと気づくまでに随分と長い時間がかかってしまった。ずっと誰とも会話できている気がしないなと思っていた。そもそも共鳴は快である」という前提を知ったのが最近からOKOKと思っている。だけどもさ、と独唱で転調してみるのですが、私は合唱でうまく馴染むことができず教室を抜け出して人知れず鼻歌うたって帰ってるような人のことが大好きなんですよね。こんなに私はこの世界のことを少しでも理解してせっかくだから順応しようとしているのに、自分が死んだら世界死ぬ意味ないじゃんと思う。そういえば、年齢的に子を持つこと・持たないことを検討するようになり、自分が生まれたこと、いま意識があり思考があることとかまで考えを巡らすようになった。そう思うと、いま意識があること、ひいては世が存在するということは親の気分みたいなところに左右されており、この世はなんて心許ないんだと愕然とした。もっと壮大で強烈なもの裏付けらていると思っていた。この世、この生、儚ね〜、大事にしよ。もうこの歳になると学歴とか会社とか、この世が幻想だなあと自分世界の捉え方がふわりとしてくる。世のジジババが孫に対して甘々なのってそういうことなのかなあと思う。幻想とわかった上で幻想を楽しめる歳なのだろう。ところが不思議なことに、私のジジババは最後までずっと幻想を信じていたな。祖母は当時もう80とかなのに、私の進路についてあれこれと口を出してきていた。幼い頃から〇〇ちゃんはこの大学かこの大学に行くのよと言われ勉強を教えられていた。浪人して芸大に行きたいと言った時は、どうか普通の〇〇ちゃんに戻って、浪人するなら縁を切る、この敷居を跨ぐなと言われた。芸術系浪人なんか全保護者不安にさせる進路を選ぶ自分にも完全に非があるのだが、当時はこの老人とはこんなにも意志が通じないのかとに驚くばかりだった。私は80近くになってもこの幻想にそこまで執着できるとは到底思えない。バイオレンス婆は、文字通り普通虐待をする。長い物差しで人の頭を執拗に叩く。孫の私にはさすがにしたことがなく、母はよく「おばあちゃん丸くなったわ」と言っていた。そんなバイオレンス婆に育てられた母は運良く反骨精神の持ち主で、祖母と繰り広げたバトルをコミカルに私によく話してくれた。中学生の時自分の部屋に仲間を集めて祖母にバレないようにシンナーを吸っていたのが楽しかったとか、万引きスリルとか、夜な夜な窓から飛び降りて遊びに出かけていたとか、無免許バイク事故して病院に行けず祖母にもバレないように必死に隠し、今も腕にぶっとい傷跡が残っているとか。わかりやすヤンキーに仕上がったようだ。口酸っぱく祖母に「先生と呼ばれる仕事に就きなさい」と言われていて、女子短大卒業祖母コネ幼稚園先生になった。快活で子供にすぐ懐かれる母には向いていたと思うのだけど、母は幼い頃から絵を描くのが好きで、デザイナーになることを諦められなかったらしい。頭から血が出て何針か縫うくらいの祖母バトルを経たのち、昼は幼稚園で働きながら夜はデザインスクールに通い、なんとかデザイナーになった。といっても版下とか、テレクラPOPデザインみたいな仕事だったけど、それでも母はデザイナー時代のことをいつも楽しそうに話していた。そんな母はまた、自分いくら願っても叶わなかった幸せな家庭という幻想を見ていた。祖母のように、子を縛ることなく、どんなヤンチャをしても一緒に面白がり、あんたはほんまアホやな〜っていつでもふざけ合える家庭。きっとそういうものを夢見ていた。本当に申し訳なくなる。母は仕事を辞め結婚して専業主婦になった。私と母は本当に、本当に性格が合わなかった。こればかりは、いくら血縁関係でもこういうこともあるんだなと思ってきた。それでも努力して近づこうとしていたとは思う。一度もまともに通じた会話ができたことがない。母は幸せな家庭という幻想を夢見て、とにかく真面目で無害そうな父と結婚した。殴ったりしなければOKという認識だったんだと思う。父と母が会話で盛り上がっているところなど見たことがない。価値観趣味性格真逆で、側から見てもお互い苦手なタイプしかないと思う。子供ながら、お互い家庭という幻想のために結婚したんだなあとなんとなくわかっていた。私は父に似てしまった。とにかく物心ついた頃から、母は私のことが気に食わなかった。気に食わなかったんだなと思うことでしか説明がつかないことが多すぎて、そう思うようにしている。なんだかずっと怒られていたというより、ずっと罵られていた。母は私の自虐しか話を聞いてくれなかった。何を話しても否定から入られるので、家で何も話せなくなった。実家にいた時はずっと、教室に一人は必ずいるガキ大将暮らしているような気持ちだった。母は夢見ていたはずの家庭がこんな惨状になってしまたことのすべてが気に食わず、ずっと機嫌が悪かった。もともとも性質かそのような家庭環境なのかわからないが、私は人とうまく会話するのが下手で、一人で没頭できる勉強読書が好きな子供だった。そういうのがさらに母は気に食わなかった。どんな親だよとは思うけど、極端に言えばもっと万引きとかして欲しかったんだと思う。現代陰湿なほうじゃなくて仲間とカラッとやるような万引き。そんで警察によばれて頭をスパーンと一発叩いて「アホ!!!帰るで!!」ってやりたかったんだと思う。ぱっちりと目が大きく美人で筋力がある母に似つかず、全て父に似て地味な顔で運動ができない太った根暗になった。母の幻想である娘を私は上手く演じることができなかった。一方祖母は、教育という幻想を再び見てしまったのだと思う。そこまでしんどい思いをせず勉強ができてしまう私に勝手に期待をした。母は、祖母幻想を叶えられる存在としての私に対しては、まんざらでもない様子なときもあった。ところで、祖父や父はこういうとき何をしていたのかというと、何もしていない。何も言わない。記憶にない。ずるいよね。母はきっと心から安らぐ幸せみたいなものを感じたことがないのかもしれないと勝手不安になる。けど母は自分の家庭を持つという幻想を成し遂げた、殴ったりしてないしOKOK、それが満足だと思っているはず、と言い聞かせる。ところで不思議なことに、私はかつての母と全く同じグラフィックデザイナーとしていま働いている。何も気が合わないのに特技だけは遺伝した。人との会話が何十年も成り立たない中で、視覚的な共通言語ものが通じることが自分の救いになったのがデザイナーになったきっかけで、決して何かを教えてもらったこととかは本当に一度もない。そもそも母も私も絵が描けるのは、祖母書道家芸術家だったことが遺伝情報としては大きくて、(だとしたらなぜそんな教育幻想暴力に囚われてしまったのかは本当に私が教えて欲しい)、わたしたち相互に歪み合いながら螺旋を描いている。祖母も母も、芸術センスみたいなものは遥かに私より良くて、そういった面でふたりのことは尊敬しているし、破天荒人間性面白くて好きだ。けど、もう最小限でしか関わりたくないし、こういうのは距離があった方がいい関係が築ける。私含め3人とも地球規模で見れば息は長くないのだし、それぞれができるだけ幸せであればいいと願っている。東京にいると、そういうタコピーみたいなふわふわことが思えてしまうのだから怖いなと思う。たまに地元に帰るとあまりにも地に足がついてずぶりと沈みそうになる。地元とは幸せみたいな言葉嘲笑される地域のことを言う。その地域にはその地域が共有している鳴き声のパターンがある、それだけの話。

2025-04-15

anond:20250414112430

表現の自由歴史的背景は、国によって異なる。

そんな視点で以下、自分用のメモとして長文を残す。あえて言論自由の優位性といった憲法理論をガン無視するが、どんな規制が適切かといった考えから離れることで、表現の自由の失われた状況の風景みえることもある。

++

とくに「表現の自由による暴力(不法行為性)」をどこまで許容するかが重要視点だ。欧米日本では大きく違う。

フランスでは、あらゆる権利が「尊厳ある生」を守るための抵抗に原点を持つ。

その意味で、社会運動ストライキ争議権)と、表現の自由は同じ線上にある。たとえば、名画にペンキをかける環境団体抗議活動日本では即座に「環境テロ」として報道されるが、英仏では「レジスタンス抵抗運動)」という言葉がより広く使われていた様子だ。これは体制に対して暴力的に抗う行為意識しているからだ。

環境問題に限らず、農家などの過激な抗議行動(輸入品増加に抗議した放火破壊行為など)や、労働争議においても同様だ。フランスでは、国家や大組織による構造暴力に対するカウンターとしての「市民による尊厳を守るための抵抗」に心情的な理解が寄せられる。犯罪としての側面を否定しないまでも「レジスタンス」は革命以来の伝統という認識フランス社会は共有する。

その背景には、18世紀カトリック教会が「真理の解釈権限」を独占していた時代に、啓蒙思想が登場し、科学合理性武器公共空間を構築し、新たな政治制度模索した原体験がある。「神を冒涜する権利」は、黎明期政教分離文脈から分化した表現の自由の形であった。

一方、アメリカ表現の自由の出発点は、事情が少し違う。

制度の根幹に「科学合理性」や「絶対的真理」は置かれていない。むしろ、人それぞれ真理と信じる”信念”があり、誰も完全な真理に到達していない、という前提がある。この考えは巡礼始祖たちの宗教的多様性の中で育まれ、やがてプラグマティズムに吸収され、「思想の自由市場」(O.W.Holmes)という発想へとつながってゆく。

もっとアメリカでも、20世紀半ばまでは「有害言論の内容規制」が志向されたが、判事たちはそのたびに建国思想巡礼始祖の理念に立ち返り、「有害表現定義できない」という議論に収まった。1970年代には「社会不協和音こそが強さの証」とまで言い切る判決(1971)もあった。司法ヘイト規制消極的かつゾーニング規制シフトしてゆく歴史がそこにある。

トランプの出現などリベラル保守のあまりの違い、それでも国家として成り立つ社会。それを支えるのは、「一致しないままでも共存できる」という、個人主義を基盤とした社会の強さだ。

一方で日本は、「価値観の不一致」に不安を感じる社会だ。

会社でも地域や家庭でも、できるだけ摩擦を避けたい。コロナ禍での自粛違反者への度を越した非難などに表れているように、「他人迷惑をかけるのは不徳だ」という感情が深く根付いている。

この「迷惑感情」は、表現の自由制限する根拠として働きうる。憲法学では人権制限原理は「公共の福祉」として整理されるが、実態としてはその時々の「社会空気」に左右されがちだ。たとえば、受忍限度論という法理をとってみても、それ自体迷惑感情社会的「耐性」の程度を空気から測るものにすぎない。日本人の考える公共フランス人の考える公共とかなり異なる。

電車CM強制音声に対する訴訟「囚われの聴衆」事件1987年最高裁)では、そうした「空気」に抗う個人の主張が結局退けられた。受忍限度という大義名分の下で、「それくらい我慢しろ」と結論づけられたわけだ。迷惑感情による秩序そのもの否定するわけではないが、空気として内面化されすぎると、異論や異質さの排除へとつながりやすく、かつ世代間、階層間の認識ギャップという課題に直面する。

フランスとの比較でもう少し考えてみよう。

日本には、フランスのように「尊厳のための抵抗」を肯定する文化がない。絵画ペンキを投げれば即「テロ」として断罪される。暴力抵抗が「歴史ある社会の声」として認識されることはない。

水俣病初期の漁民暴動、60〜70年代国鉄病院のストを見ても、「迷惑感情」が前面に出て、GHQが持ち込んだ争議権は本当の意味では社会根付かなかった。正規雇用では労使協調路線非正規雇用は分断が続いているのが現状だ。ストライキがなお社会的に力をもつフランスとは対照的だ。

全農警職法事件国家公務員の争議権全否定1973年最高裁)、75年の国労スト権ストは、日本社会が「暴力的な表現や行動」との距離感を決定づけた分岐点となった。

暴れる新左翼へのストレスが頂点に達し、迷惑を嫌った大衆心理が、最終的に「暴力容認しがたいもの」と司法行政に決着を迫った形だ。

こうした着地は、人権市民一人一人の体験として自ら闘って獲得してこなかったという、日本社会構造限界を示しているのだろう。

日本社会における「市民による暴力抵抗」が断罪されやすい背景には、市民の行動が過激ものに映じるの対して、しばしば国家行政の抑圧や不作為は、暴力として認識されず、社会の中で可視化されにくい構造がある。水俣病における行政不作為反原発運動に対する過剰な監視、あるいは災害被害者の声の届きにくさなど、国家による制度暴力不作為の積み重ねに対して、市民が抗いの言葉を発するとき、その言葉とき過激さを帯びるのは当然の帰結でもある。だからこそ、表現暴力性だけを批判的に切り出すことは、構造非対称性再生産になりかねない。

構造的な非対称に加えて、もうひとつ重要なことがある。それは市民一人ひとりが権利意識再生産するための「思い出」や過去の教訓を忘却やす社会ということだ。

欧米でいう「人権」とは、突き詰めれば「こういう社会には戻りたくない」という歴史体験からまれる(米仏だけの例で暴論は承知の上)。その教訓を社会を生きる一人ひとりが繰り返し思い出すこと、それが人権ボトムアップ的な再生力だ。

しかし、日本では「権利」は「国家が授けるもの」として明治以来、教育されてきた。敗戦までその構図は変わらず、戦後アメリカが新しい憲法人権を与える側に回った。この付与される構造が、今日日本においてもなお、自由をめぐる議論憲法制度論に終始してしまう要因になっている。

だとすれば、今あらためて必要なのは自由の意義を自分たちの歴史体験として取り戻すことだ。

特に敗戦前後記憶――若者人間爆弾にし、それを大人が見送っていた時代。そして敗戦後、手のひらを返すように価値観を変えた、あの社会の激変こそ戦後日本原体験であり、空気に逆らう力を考える出発点であるべきだ。

++

ここからは、戦後日本映像表現の潮流に視点を移す。

戦後社会」と呼ばれる時期―おそらく平成初期まで―に見られた日本映像表現には、大きく三つの傾向があったように思う。

1. 既成の価値観への反抗

戦中派から戦後世代はかつての「正しさ」に対して疑いを抱き、積極的破壊しようとした。

映像作品での典型例として、岡本喜八を挙げたい。軍や国家権力風刺し、戦時空気を相対化する『肉弾』(1968年)は象徴的だ。

表現体制批判自己解放手段だった時代道徳国家価値観への反抗心がそれを後押ししていた。

「反抗」というテーマは、家族内の世代対立ないし嫁姑問題80年代の校内暴力管理教育という軸での「反抗」など形を変えて表現された。

2. 新しいアイデンティティ模索

高度経済成長のもと、戦後社会は猛烈な速度で変化し、かつて「当たり前」だった家族のあり方、地域風景は急速に姿を消した。

そのような変化の中で、新しい「自分らしさ」を探すような表現が生まれた。家族崩壊再生を描いた「岸辺のアルバム, 1977」は社会に衝撃を与えた。

3. 失われゆく価値観への郷愁

こうした変化に対する不安喪失感は、郷愁としても現れる。

山田洋次の『男はつらいよ』では、理想の家庭像を夢見るも決してそこには迎え入れられない寅さんという存在を描き続けた。

倉本聰の『北の国から』では、泥付きの一万円札をめぐる暴力沙汰などを通して、「義理人情」や「恩を忘れぬ人間関係」が描かれた。

スクール☆ウォーズ」に代表される大映ドラマにおいては、努力根性家族の絆といった「倫理」が過剰なまでに押し付けられる一方で、それは裏を返せば、かつては当然のように共有されていた義理人情倫理が、社会の中で揺らぎ始め、もはや社会がその正しさを自信をもって教えられなくなっていた時代の反映ともいえる。任侠映画の「落とし前をつけさせてもらいます」というカタルシスもまた、現代社会ではとうに失われた暴力的「自力救済」への郷愁でもあった。

この三つ――反抗、自分探し、郷愁――が、戦後日本表現の中心テーマであった。いずれの表現にもどこかに心情的共感を呼ぶやむにやまれぬ加害内包していた。そこに着目すべきだ。

「反抗」の終焉表現行為暴力性をめぐる葛藤

この三つのうち、「戦前価値観への反抗」は、戦前世代が退場するにつれ次第に衰えていった。最後の強烈な反抗例として、敗戦後に上官が行った部下の処刑告発した『ゆきゆきて、神軍』(原一男1987年)を挙げることができる。

奥崎謙三狂気。上官を告発し、天皇パチンコ玉を撃ち込むなど、常軌を逸したようにも見えるが、そこには彼なりの倫理がある。表現行為が、敗戦前後記憶を呼び覚まし、組織における人間関係―「上官と部下」「国家個人」―に対して強烈な問いを投げかけていた。

しかし今、このような強烈な表現は久しく見かけなくなった。反抗への共感はある特定世代記憶に留まり引き継がれない傾向が見て取れる。あたか社会全体にノイズ耐性が失われたかのようだ。

かにつけ「コンプラ違反」として簡単に切り捨ててしま社会。「こんなの今の時代にはムリ」と。例えば、中井貴一がある制作現場で呈した疑問は示唆的で、全体にバイオレンスドラマなくせに、コンプラ配慮たばこポイ捨てシーンだけがNGになったことがあった。それは思考停止ではないか

奥崎のような過激手法であっても、そこに社会権力構造に対する本質的な問いが込められているならば、無視できない重みがある。原一男ドキュメンタリーは、まさにそうした問いを突きつけるものだ。

ドキュメンタリーという暴力からみえもの

ドキュメンタリー手法に内在す加害性も多くの示唆を与える。

ゆきゆきて、神軍』のようなドキュメンタリーなどの手法には、つねに「出演者の許諾は取ったのか?」という問いがつきまとう。

伊藤詩織氏の『Black Box Diaries』に対する映像や音声の使用をめぐる批判が良い例だ。「フェアユース正当化可能」とする声(中根若恵)もあれば、「権力犯罪を暴く表現であればOK」という立場原一男)もある。しかし、原自身も認めるように、たとえ告発目的であってもセルフドキュメンタリーには「現実自分に都合よく再構成する」危うさがある。無条件の承認はありえない。その語りが私的物語にとどまらず、社会的な意味を持つためには、他者に開かれた語りに昇華される必要がある。

では、表現行為に内在する「やむにやまれぬ加害」を評価するのは誰か?

最終的には司法だとしても、まず問われるべきは、共感を持って応える観客であり市民である

コンプラ違反を恐れて、表現物が公開前に修正されてしま社会――それが望ましいのか?

私は、暴力性を含んでいても、その中に真摯倫理があり共感可能性のある表現ならば、それは世間に問うてよいと思う。それを受け止める権利もまた市民にある。内部告発/公益通報もまた、不法行為公益性のはざまにあるという意味奥崎謙三の反抗と地続きだ。兵庫県職員告発とその後の県知事対応は耳目を集めたばかりだ。

空気にあらがえるかが試金石

今の日本社会において、「表現内包する暴力に対する寛容さ」はきわめて低い。

敗戦体験した世代がいなくなり、記憶として残っているのは「国鉄ストの迷惑」「新左翼暴力」「オウム事件の恐怖」など、暴力に対するアレルギーばかりだ。

一宿一飯の恩義といった価値観は薄れ、市民暴力的な自力救済抵抗運動共感しなくなっている。

コンプライアンスに敏感な時代からこそ、私たちはもう一度、「表現の自由とは何か」を原点に立ち返って考える必要がある。

かつてトクヴィルは、革命後のフランスに、公共の名のもとに行われる言論統制など専制洞察した。一方、アメリカ民主社会には、世論専制という別の危険をみた。制度的な保障はあっても、多数派少数意見排斥するような雰囲気社会が醸成すると実質的自由は奪われる、との黎明期アメリカ社会への洞察は、現代キャンセルカルチャーなどの課題を予見している。

――暴力性を含み得る表現に対して、我々はどのような態度を取るのか。その暴力倫理的な共感はあるのか。どんな社会私たちは避けたいと思っているのか――

憲法理論制度保障を語る上では有効であるしかし、表現規制論だけでは上記のより根源的で実存的な問いには答えられない。「制度いか自由を守るか」ではない議論必要だ。自由擁護する倫理共感の土壌がなければ、制度簡単形骸化する。「抵抗」とか「不協和音の強さ」とまでいわないまでも何か核が必要だ。

社会同調圧力空気に抗ってその問いを突きつける力、受け止める力が社会から失われたとすれば、それは表現の自由が失われた社会だと思う。

2025-03-23

薬屋とかSPY×FAMILYが妙にデカくなったのはさ

いわゆる少年漫画枠がガチバイオレンスに寄りすぎてて、無難に手広く広報できる作品群に空白が生まれいるからだと思うんだよな。

もちろん薬屋にもSPY×FAMILYにもバイオレンスはあるんだけど、見せ方でうまいことコナンレベルマイルドさにしてる感じ。今のジャンプ作品とか主人公が誰よりも殺意MAXだったりするじゃん。チェンソーマン漫画はメチャ良かったけどやっぱ内容的に国民的とまではいかなかったし。

別に作者がそういう枠を狙ったわけじゃなくて結果論だとは思うんだけど、俺らの世代で言うところのクレしんドラえもんルパン三世が軒並み古くなってしまったところにうまいことハマってる感じがあると思うんだよな。

anond:20250322211611

仕事の嫌な客を全員⚪︎してるから平和

通りすぎてくバイオレンス

嫌いじゃないよ

2025-03-13

デビルマン cry baby を見て泣いた

 

 

デビルマンをひとことでまとめると:

ダンダダン+寄生獣)x BL x 絶望

 

1話から時系列感想

なんか、不動明イメージが違うな

優しくて泣き虫クラスメイトから馬鹿にされていて・・・

 

あっ これ

ダンダダンのオカルンだ!走り方も同じだ!

 

悪魔に憑依されると見た目も人格もかっこよくなって女の子にもモテちゃう王道少年漫画だね

馬鹿にされていた心優しい少年が俺TUEEEモードに入るのは楽しい。いい感じの導入。

 

リョウ君がヤバイ

 

超美形、超天才児、10代なのに既に教授

初登場時からいきなりやばい。銃撃ってくるし

頭脳明晰・冷静沈着と思わせておいて

明を助けるために躊躇なく人を殺すのがヤバすぎる

リョウの明への執着が異常。なにこれBLなの?

明は心優しいのでリョウ君が人を殺すたびにショックを受けて泣いている

 

 

3話 美樹のピンチ

明の変身するところを記者に撮られていた。そこに美樹が巻き込まれ・・・

 

えっ この展開3話でやるの??

普通はワンクール最後でやるよね???

展開が早い。この後どうなるんだ

 

 

4話 母親・・・

明のお母さんが久しぶりに帰国する。不穏な電話が入り・・・

 

うわぁぁぁぁぁぁ !!!

普通こんな展開、2クール目の最後にやるでしょ???

怒涛の展開次々にぶっ込んでくる

 

5話 シレーヌ君は美しい

リョウ君の家、大富豪だよな

部屋に謎のプールがある

 

親の姿も見えないし何者なんだこの人。

役割としてはヒーローの明に対し、ブレーンのリョウなんだろうけれど

明への感情ちょっと異常すぎる。BLなの?

 

 

6~8話

悪魔存在世間の明るみに出る。人々は悪魔狩りを始める・・・ 

 

こわい、こわい、こわい、こわい

令和のクオリティで描かれる終末世界が怖い。

ビルから人が降ってくるのは9.11で見た。厳戒態勢の街。外に出た人が拘束される、コロナ禍の中国で見た。政府の緊急放送3.11で見た。

そしてSNS

SNSデマに尾鰭がつきヒステリー集団形成していく。パニックになった人たちが人を襲う。悪魔でなくて人を。

恐ろしいリアリティ世界がぐちゃぐちゃになっている今視るべきじゃなかったよ・・)

 

デビルマンで一番怖いのは人間なのです。

実は悪魔ほとんど人間を殺していない。数十億の人々を人間が殺す。それが悪魔だと信じて。

 

 

この作品悪魔を通して人とは何かを問いかける

デビルマン達は悪魔の姿をしていた。でも、確かに彼らは人間だった。

暴徒と化した人たち。彼らは姿は人間だけれども、悪魔だった。

 

人とは何か? 人であるとはどういうことなのか?

 

 

お父さん、お母さんと弟

この作品で一番きつかったのは弟のシーンです

つらい・・・本当につらい。

お父さんが銃を撃てなくて、撃てなくて、どうしても撃てなくて。慟哭するシーンにボロボロになるまで泣きました。

 

9話 地獄に堕ちろ人間ども

結末は知っていた。でも、おもっていたのとは全然違ってた

 

デビルマン悲劇です。人の弱さ、人の愚かさが強烈に描かれます

でも作品根底にあるのは熱い炎の様な信念と希望です。

その中心にいたのは美樹でした。彼女偏見に囚われず人を信じ、手を差し伸べました。

恐怖ではなく理性で。暴力ではなく愛を。彼女の信念は確かに人を繋ぎデビルマン達を集結させました。

偏見暴力に争い、抵抗した人たちがいた。それはとても小さな光だったかもしれないけれど、人の可能性と美しさを証明するのです

 

 

10話(最終話

BLかよ」といって茶化してすみませんでした

とても真面目なBLでした

この作品最初から最後まで、明とリョウ関係を描いたものでした

  

串刺しシーンがクライマックスだと思っていたので最後スケールの大きいBLが始まるとは思ってもいませんでした

いや、これをBLと呼ぶのは正しいのか???もっと壮大なものを見た様に思います

 

二人が戦っている時、すでに人類は滅亡していました。勝ってもなにも得られません

あのとき明は人類代表人類の生きた証としてそこにいたと思います

デビルマンは、人類悪魔の愛をめぐる話だったのではないか

 

作中に繰り返し繰り返し、バトンを渡すイメージが挿入されます

二人の最後の戦いの最中にも。

 

みーこから美樹へ、美樹から明、明からリョウに。バトンは落ちる

みーこから美樹へ、美樹から明、明からリョウに。バトンは落ちる

 

バトンはおそらく人の愛、友情、いたわり、優しさ、人が人であるために大切なこと

リョウは渡されたものが何である理解することができない。

ちょっと首を傾げて、バトンは地に落とされる。

 

最後、亡骸となった明を抱き抱えてリョウ慟哭しま

  

バトンは渡っていたのです。遠い昔に。

猫が死んだ時。もしくは、「もう怖くないよ」と抱きしめたあの時に。

 

リョウが咽び泣いたあの時、神の光で滅ぼされるまでのあの一瞬。

彼は人間ではなかったか

 

滅びる地球最後に立っていたのは人間だった。

本当に勝利したのは、悪魔ではなく人の愛であった

 

私はそう信じている

 

その他

エログロ

エログロバイオレンス治安の悪さはさすが昭和だと思った

 

リョウ君の不自然

最終話まで見ると、リョウの不自然さの全てが伏線になっていたのがすごい。

そうか、家政婦さんの正体も・・・

 

最後のシーン

地球滅亡後、明とリョウが静かに並んで赤い海を眺めているシーンが End of Evangelionラストシーンで驚いた

原作もこんな感じなの?

 

デビルマン

1972年に「デビルマン」というアニメが放映されたと言う世界設定。

なので作中の日本人デビルマンを知っているし、「デビルマン悪魔に憑依されたスーパーヒーロー」の意味で通じるのが話をわかりやすくしている。

ここぞというシーンで1972年の方のデビルマンの曲(たぶん)が流れる

 

弟の携帯から流れるシーンがつらかった・・・

 

 

 

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