「足跡」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 足跡とは

2026-05-09

[]

原神予告番組おもろかったな!

仲良さそうな男性声優2人が漫才トークしてるのは人によっては嫌かもしれんが俺はナギさんの同時視聴みながら楽しませてもらった

6年ごしに足跡PVのスメール副題回収されるのもアツいし番組で判明したように冬夜の戯劇PVの謎だった世界樹炎上シーンも回収されるっぽくてどんだけ綿密に世界観構築してるんだと恐ろしくなるね

てかスメールが好きすぎる、転生したらスメールに住みたいくらいだけどどうやらドットーレの復活絡みでスメールが滅びの危機っぽいな

なんかナヒーダの伝説任務でもアランナラが滅びの記憶映像見せてくれた覚えがあるしそのへんも関係するんだろうか

てか今日きたコレイ誕生日メールの「平和な日々がずっと続くといいな」がフラグしか見えないんよホヨバくん本当に君ってやつは

今さっき来たネフェルの誕生日メールにも「ファデュイ情報がらみで砂漠から不穏な情報が」ってあるしこういうリアルタイム性がエグいわ

キャラに関してはニコの爆発ビジュアル想像以上に美しかったしローエンは想像以上にワイルドだった、一部のMっけあるオタク女子には刺さりそうだな

個人的には小さな魔女イベントロリキャラ大集合が楽しみだ

てかローエンは恒常って予想されてたけど、特に言及いか限定ってことで、読みを外してきたな

べつに毎年恒常追加されるって決まりはないけど、こうなるともしや、次の次verに来ると思われるサンドローネが恒常なのでは?

聖遺物がスネージナヤギミック系の超電導強化だから雷か氷のキャラになる、イネファ的な枠になると思うんだけど

イネファがpaimon.moe統計みても初回登場時ぜんっぜん引かれてなかったんだよね、俺は実装時に確保したけど

ナドクライ環境で必携レベルな性能だったことを後々身に沁みて理解した人が多かったのか、あとナドクライ到着後の家族愛エピソードが良かったのもあってか、復刻時の方が引かれてるという異常事態だったほど

そこで開発的はちょっと考えるところがあったのかもしれない

ver終盤の新地ギミック先取りキャラを恒常で入れておくというのは、新地域への対応力をもったプレイヤーを増やすという意味合理的なやり方にも思える

から個人的には限定よりも恒常追加の方が理想的なんじゃないかと思ってはいるんだよね

どうせサンドローネに思い入れあるプレイヤーが大半だから限定だろうが恒常だろうが回るだろうしね

考えうる最高のパターンだと、サンドローネ恒常で、限定並の性能をもちつつ、実装と同時にすり抜け枠のカスタム機能が追加され、初期5人から8人まで増えてたところが9人から5枠選択するようになるパターン

すり抜けなしのNTEが最近ちょっと話題さらってたが原神がすり抜けなしに変更することはまずないと思うから、「すり抜けを許容できる程度に嬉しいものにする」路線しかないと思うんだよね

特に無主の星屑狙いの人は新恒常追加が嬉しくないものになってるから何かしら手を入れるべき時期だとは思う

 

ちなみにNTEだけどハンターランク35、シティ名声レベル27まで無課金でやってたけど節々の低品質さと作業が多いわりに退屈になってきたのと生成AI利用指摘への対応が不誠実と感じたのが決め手になって俺はさっきアンストした

それ以外にも声優台詞話してる途中でゲーム側がぶった切って来ること結構あったしわりと創作に対するリスペクトが感じられない感じがする、この会社

シナリオは全部やったけどバンドのエピが普通に良かった程度、あとは無感動で台詞言い終わってもページ送りできないモーション待ち?が多発する仕様イライラしてキツかった

まぁ餅ありナナリと、1凸ちぃちゃん餅1凸の強さを満喫できたし、軌道外の全日路線10ステージ目だけ星2だけどあとは星3クリアできたか10日間のプレイ歴にしてはよくやった部類なはず、周期路線の方は3ステージ目くらいまで完クリしてまだやれそうだったけど放置

にしても毎日やったほうがいいことが多すぎて本当にしんどい、先だってやめてるエンフィより時間を奪ってくる後発ゲー特有設計だった

自分が把握してる範囲だけでもデイリー要素が

F1デイリーF2デイリー、噴水、魔女プレゼントウィッシュ絵馬祈願(ゲーム20時~、リアル24hCD)、映画デートコーヒー補充、家具受け取り(コットン、ブロック、虫コイン)、タウン絆交流(遭遇タイム)、ちぃちゃんファンス稼ぎ

ちぃちゃんは上限あるから2週間もやれば終わるだろうけど異象家具レベル上げ素材集めも結構果てしなくて、自販機電気霊、ポップ、妖刀、憂愁の英雄熊の全狩りを毎日した方がいいし、ポスト家具Lvのためにシティスタミナを毎日配達ぜんぶこなすのに使った方がいいしで

競合ゲーをやる時間を失わせて興味をなくさせるために虚無作業を山盛りにされてる感じがする、ホヨバゲー日課コンパクトにしてリアル大事にさせようって意思を感じるのと真逆

レースゲー部分と大強盗はそこそこ面白かったけど全体的にセンスが古くてホラー要素というか突然の衝撃音とかでびっくりさせてくる系のが特にいつもイヤホンプレイしてる自分にとってはゲンナリさせられた

 

AI関連技術ゲーム開発の助力とできる時代になってきて、自分AI全否定ではなくモーションマッチングとかNPC行動AIとか有益活用できる部分はしていったらいいと思うんだけど

他社作品学習した生成AIっぽい画像動画パロディオマージュの体でふんだんに使おうとするのは盛大に解釈違いなんであれよ

今後もAIゲームエンジンの力で、ぱっと見は高画質で見栄えするゲーム、作り込まれて「いるように見える」ゲームに触れる機会は増えていくんだろう

からこそ表面的なものに惑わされず、開発にかかわる人たちがどういう考え方や嗜好をもって創作に向き合ってるのか、内面を嗅ぎ取っていかんと遊ぶ側も身が持たんね

2026-05-01

anond:20260501133353

当時は足跡機能があったから誰に読まれたわかったやで…😟

anond:20260501081356

3か月くらいならコロナの時みたいに色々補助金とか減税とかあればなんとか乗り切れなくもない

まあ高市補正予算組む気無さそうなんで壊滅の足跡の方が近いが

2026-04-25

anond:20260425133037

目の端に残った涙を拭い、私は重い体を引きずってリビングへ向かった。

古い賃貸マンションの、西向きの窓。夢の中のあの子が遊んでいたのと同じような、安物のレースのカーテンが掛かっている。

ふと、足元に違和感を覚えた。

いないはずの感触。暖かくて、柔らかいものが、私の足首をくるりと撫でたような気がした。

「……気のせい、だよね」

独り言をこぼしながら、私は出しっぱなしにしていたノートパソコンを開いた。画面には、ここ数ヶ月、私の胃をキリキリと締め付けている資産運用管理画面が表示されている。赤い数字が並んでいる。暴落市場は冷え込み、私のなけなしの貯金は、まるで冬の枯れ葉のようにカサカサと音を立てて減っていた。

その時だ。

パサリ、とカーテンが揺れた。

窓は閉まっている。エアコンもついていない。それなのに、カーテンの裾が、誰かが猫じゃらしを追いかけて飛び込んだかのように、不自然に跳ね上がった。

私は息を呑んだ。

視線を落とすと、キーボードの上に、一筋の光が差し込んでいた。それはただの日光ではない。埃がキラキラと舞うその光の中に、透き通った「前足」のような形が見えた。

その「足」が、キーボード特定キーを力強く踏み抜いた。

『B』『U』『Y』

「えっ……?」

震える指で画面を見る。私のポートフォリオの中で、最も無残に値を下げ、誰もが見捨てた「斜陽産業」の銘柄が、その光の足跡に照らされていた。

「執着するな」

耳元で、鈴の音が鳴ったような気がした。

「流れが止まった場所で待っていても、獲物は来ない。風が止まったら、自分から風の吹く場所へ跳ねるんだよ」

の子の声だ。

いや、あの子が喉を鳴らすゴロゴロという音を、私の脳が勝手言葉に変換しているのかもしれない。

人間は難しく考えすぎる。高いところに登って、一番遠くを見なさい。今、みんなが怖がって地面に伏せている時こそ、屋根の上は空いているんだから

カーテンがまた大きく揺れた。

あの日、あの子が大好きだった、光り輝く蝶を追いかけるような軽やかな動き。

投資世界では、これを「デッド・キャット・バウンス(死んだ猫の跳ね返り)」なんて不吉な言葉で呼ぶことがある。でも、目の前の揺らぎは、そんな一時的な誤魔化しじゃない。

もっと本質的な、命の躍動に近い何か。

「損をすることが怖いんじゃない。動けなくなることが一番怖いんだよ」と、あの子が笑っている気がした。

私は、あの子が踏んだ銘柄を、迷わず買い増した。

根拠なんてない。ただ、あの子が見せたくれた「風の通り道」を信じてみたかった。

数分後、部屋から気配は消えた。

カーテンは静止し、ただの布に戻った。

でも、私の心には、あの子が残していった温かい体温のような決意が残っていた。

窓を開ける。

新しい風が吹き込み、私のポートフォリオと、止まっていた時間が、ゆっくりと、でも確実に動き出した。

2026-04-23

anond:20260423184346

 こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。お互に心持は奥底まで解っているのだから吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのであるしかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未まだ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである

 お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様なことを繰返しつつ幾町かの道を歩いた。詞数こそ少なけれ、その詞の奥には二人共に無量の思いを包んで、極りがわるい感情の中には何とも云えない深き愉快を湛えて居る。それでいわゆる足も空に、いつしか田圃も通りこし、山路へ這入った。今度は民子が心を取り直したらしく鮮かな声で、

「政夫さん、もう半分道来ましてしょうか。大長柵おおながさくへは一里に遠いッて云いましたねイ」

「そうです、一里半には近いそうだが、もう半分の余来ましたろうよ。少し休みましょうか」

わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」

 親指の中ほどで疵きずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往いってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。

 十年許り前に親父おやじが未だ達者な時分、隣村の親戚からまれ余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石こしこくを持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。

 三方林で囲まれ、南が開いて余所よその畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜こうばいになっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目まぶしい様に綺麗だ。

「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」

 民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、十月の熱を凌しのぐには十分だ。ここへあたりの黍殻きびがらを寄せて二人が陣どる。弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐ふところへ入れ足を展のばして休む。青ぎった空に翠みどりの松林百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである

「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」

 顔からから汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。

「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家うちを出る時はほんとに極りが悪くて……嫂ねえさんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。政夫さんは平気でいるから憎らしかったわ」

「僕だって平気なもんですか。村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむずかしい。あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」

「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」

 面白く遊ぼう遊ぼう言うても、話を始めると直ぐにこうなってしまう。民子は涙を拭うた様であった。ちょうどよくそこへ馬が見えてきた。西側山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻しきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、

「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦で棉採りかな。洒落しゃれてますね。アハハハハハ」

「オウ常さん、今日は駄賃かな。大変早く御精が出ますね」

「ハア吾々なんざア駄賃取りでもして適たまに一盃いっぱいやるより外に楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。余あんまり罪ですぜ。アハハハハハ」

 この野郎失敬なと思ったけれど、吾々も余り威張れる身でもなし、笑いとぼけ常吉をやり過ごした。

馬鹿野郎、実に厭なやつだ。さア民さん、始めましょう。ほんとに民さん、元気をお直しよ。そんなにくよくよおしでないよ。僕は学校へ行ったて千葉もの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」

「ほんとに済みません。泣面なきつらなどして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」

 民子襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかりの間に七分通り片づけてしまった。もう跡はわけがいか弁当にしようということにして桐の蔭に戻る。僕はかねて用意の水筒を持って、

「民さん、僕は水を汲くんで来ますから留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます

「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの

だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水しみずのある所は。道という様な道もなくて、それこそ茨いばらや薄すすきで足が疵だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民さん、待っていられるでしょう」

「政夫さん、後生から連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」

「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」

 弁当は棉の中へ隠し、着物はてんでに着てしまって出掛ける。民子は頻りに、にこにこしている。端はたから見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀よずる。しばしば民子の手を採って曳ひいてやる。

 近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人ふたりは、嘗かつて一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺このへんの一種云うべからざる愉快な感情経験ある人にして初めて語ることが出来る。

「民さん、ここまでくれば、清水はあすこに見えます。これから僕が一人で行ってくるからここに待って居なさい。僕が見えて居たら居られるでしょう」

「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄えびづるがあった」

 僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆りんどうの花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。帰りは下りから無造作に二人で降りる。畑へ出口で僕は春蘭しゅんらんの大きいのを見つけた。

「民さん、僕は一寸『アックリ』を掘ってゆくから、この『あけび』と『えびづる』を持って行って下さい」

「『アックリ』てなにい。あらア春蘭じゃありませんか」

「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいこと仰おっしゃるのです。矢切百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、皸あかぎれの薬に致します。ハハハハ」

「あらア口の悪いこと。政夫さんは、きょうはほんとに口が悪くなったよ」

 山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当不思議うまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を汲み来り母の心を籠こめた弁当を分けつつたべるのである。興味の尋常でないは言うも愚おろかな次第だ。僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。

 民子は笑いながら、

「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」

 僕は真面目に、

「なアにこれはお増にやるのさ。お増はもうとうに皸を切らしているでしょう。この間も湯に這入る時にお増が火を焚たきにきて非常に皸を痛がっているから、その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」

「まアあなたは親切な人ですことね……お増は蔭日向かげひなたのない憎気のない女ですから、私も仲好くしていたんですが、この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、何でもわたしを憎んでいますよ」

「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣わけさ」

「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫さんにはかないやしない。いくらだってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ……」

「実はお増も不憫ふびんな女よ。両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。親父は戦争死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」

「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。お母さんもよくそうおっしゃいました。つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、また政夫さんの様に情深くされると……」

 民子は云いさしてまた話を詰らしたが、桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。

「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」

 花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。

「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」

「政夫さんはりんどうの様な人だ」

「どうして」

「さアどうしてということはないけど、政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」

 民子は言い終って顔をかくして笑った。

「民さんもよっぽど人が悪くなった。それでさっきの仇討あだうちという訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。僕は悦よろこんでりんどうになります。それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」

 二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。さアとの掛声で棉もぎにかかる。午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。

 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木この間まから影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦そばの花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。

「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んで行きましょう」

「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」

「今更心配しても追おっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」

 月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際きわ立って白い。

「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句かいものをやったら、こんなとき面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」

「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」

 お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束おぼつかない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁がんが二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。

 ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、忽たちまち門前近く来てしまった。

「政夫さん……あなた先になって下さい。私極きまりわるくてしょうがないわ」

「よしとそれじゃ僕が先になろう」

 僕は頗すこぶる勇気を鼓こし殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払せきばらいを一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は指の先で僕の肩を撞ついた。僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何いかに盛んであったか

 宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃そろうた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても、心中に疑わなかったのだが、今夜は口には余り言わないが、心では十分に二人に疑いを起したに違いない。民子はいよいよ小さくなって座敷中なかへは出ない。僕は山から採ってきた、あけびや野葡萄えびづるやを沢山座敷中じゅうへ並べ立てて、暗に僕がこんな事をして居たから遅くなったのだとの意を示し無言の弁解をやっても何のききめもない。誰一人それをそうと見るものはない。今夜は何の話にも僕等二人は除のけものにされる始末で、もはや二人は全く罪あるものと黙決されてしまったのである

「お母さんがあんまり甘過ぎる。あアして居る二人を一所に山畑へやるとは目のないにもほどがある。はたでいくら心配してもお母さんがあれでは駄目だ」

 これが台所会議の決定であったらしい。母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣やってしまいさえせば仔細しさいはないと母の心はちゃんときまって居るらしく、

「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ……えいか、そのつもりで小支度して置け」

 学校へゆくは固より僕の願い、十日や二十日早くとも遅くともそれに仔細はないが、この場合しかも今夜言渡いいわたしがあって見ると、二人は既に罪を犯したものと定められての仕置であるから民子は勿論僕に取ってもすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊いささか妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科とがを着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘わがままを言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。

 あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚はばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん、

「はア……」

 と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。

「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」

 不図ふとそう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子うつむいて膝の上に襷たすきをこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼まぶたを伝って眼が曇った。なぜ悲しくなったか理由は判然はっきりしない。ただ民子が可哀相でならなくなったのである民子と僕との楽しい関係もこの日の夜までは続かなく、十三日の昼の光と共に全く消えうせてしまった。嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇やみの幕に這入ってしまったのである

 十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい仕事のあるばかりに、とにかく思い紛らすことが出来た。

 十五日と十六日とは、食事の外用事もないままに、書室へ籠こもりとおしていた。ぼんやり机にもたれたなり何をするでもなく、また二人の関係をどうしようかという様なことすらも考えてはいない。ただ民子のことが頭に充ちているばかりで、極めて単純に民子を思うている外に考えは働いて居らぬ。この二日の間に民子と三四回は逢ったけれど、話も出来ず微笑を交換する元気もなく、うら淋しい心持を互に目に訴うるのみであった。二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。

 朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります

  十月十六日

政夫

民子

 学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元気も恢復かいふくしてくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、

「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝あしたは早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」

 独口ひとりぐちききつつ眠りに入った様な訣であった。

 船で河から市川へ出るつもりだから、十七日の朝、小雨の降るのに、一切の持物をカバン一個ひとつにつめ込み民子とお増に送られて矢切の渡へ降りた。村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽のどがつまって声が出ない民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫なでたり襟えりを撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日民子はまた一層引立って見えた。

 僕の気のせいででもあるか、民子十三日の夜からは一日ひとひ一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。

 尤もっと民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目に染しみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである

 余所から見たならば、若いうちによくあるいたずらの勝手な泣面と見苦しくもあったであろうけれど、二人の身に取っては、真にあわれに悲しき別れであった。互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚はばかり、一言の詞ことばもかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられてしまった。物も言い得ないで、しょんぼりと悄しおれていた不憫ふびんな民さんの俤おもかげ、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志どうしの思慮には何らの工夫も無かったのである八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖おじ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。

 僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をし

2026-04-22

チアプでマッチしないZ

30代童貞マッチングアプリやっても全くマッチしなくてワロタ

恥を忍んでいいねは送っているけど、足跡だけつけられてさっさと退散されててワロタ

本当にどうしたらいいのだろうか。

かにプロフィール写真に写る俺も何一つあなたの興味をもたれるようなことは無いのだろうけど、俺の要素のなにが悪いのか、

なにが魅力的じゃないのかを自分では気づかないような人間から

こんな年齢まで童貞なんだろう。

一回メッセージぐらい交わせてくれたっていいじゃないか現実はあまりもつらい。

2026-04-10

https://querie.me/answer/4CnoE76gtCtTdY8xh2XQ

マッチングアプリアー写みたいなイケメン公務員を見つけたんですけど、いいね送っても返してくれないので有料メッセージと優先的に見てもらえるやつをやっても返してもらえなくて、足跡何回もつけてたらブロックされてしまいました。住んでるところから距離とか、スクショした顔写真とかアップしてたお店とかから探して、無事見つけたんですが、どんな感じで話しかけたらいいですか?最初電話から仲良くなる感じと、それともいきなり会いに行くのとどっちがいいでしょうか。お昼ご飯毎日コンビニのお弁当で、帰る時間は日によってバラバラ、車で通勤してるので、なかなか偶然話すのが難しいです。とりあえず一度だけ、電話してみて、結構話が会う感じだったんですけど、住民として会いに行ったら、仕事だけの関係で終わっちゃいそうな気がしてるんです。車なので相手の家もわからないので、彼女いないかとかも調べられていません。

女性ストーカーになりうるんだけど、なぜか、表に出てこないよな。

なんでだろ?

2026-04-05

ひとつの庭に、見えぬ境界があった。

そこには門も壁もないが、

誰もがその線を知っていた。

ある日、ひとりの守り手がその線を越えた。

彼はただ歩いただけだったが、

その足跡は深く刻まれた。

向こう側の者は言った。

「これは侵しだ。

境界とは、踏まれぬためにある」

こちら側の者は言った。

「それは過ちだ。

だが過ちは、意図と同じではない」

そして彼らは互いに沈黙した。

「なぜ頭を下げぬのか」と問う声があった。

そのとき、風が境界をなぞって答えた。

「頭を下げるとは、

その線をどう見るかを示すこと。

もし線を深く刻めば、

謝罪は石となり、動かぬ境となる。

もし線を浅くすれば、

過ちは影となり、やがて消える」

境界は変わらずそこにあり、

影だけが行き来した。

そして人々は知る。

謝るか否かではなく、

どの境界を残すかが、

次の静けさを決めるのだと。

2026-03-30

配達ラーメンの麺が伸びる増田酢丸日の眼目のんメーラの伝いは(回文

野に咲く花のように風に吹かれて

おはようございます

『デス・ストランディング』始めました!

なんかさ、

最初

オープンワールドでサブクエスト拾いまくって荒野配達しまくるゲームかと思ったら、

序盤というかまだ3つ目の配達ミッション開始前の序盤も序盤なところでなんとも言えない全体像なのかもしれないけれど。

それこそ、

途中に野原に咲いた草花を摘みながら冒険するんだ!って思っていて

出前のラーメンを入れる岡持を準備バッチリ気持ちで持ち構えていたのに!

全然違うくない?

というか

しろホラー

挙げ句の果てにはもういきなり死体を運ぶミッションを頼まれたりして。

遺体遺体

焼却炉に亡くなった人の遺体を運ばなくてはいけないミッション

あれオープニングでバイクで派手にすっ転んで、

そのきっかけになった突如現れた女性の人?あれだれ?っていきなり思うけど、

サムの持っている3人が写っていた写真の人?

いやまだ分からないわ。

そんですっ転んで雨降ってきて洞窟で雨宿りしていたら、

その女の人が突如また背後から現れるし。

もうホラーじゃん!って。

そのシーンを過ぎてオープニングは配達ミッション遂行中ってところだったので、

一発目の配達配達先を探すんだけど、

これ今私谷の上にいてどうやって向こうに行くの?

山沿いを大回りしていくの?

うーん、

なんか山沿いには行けない見えないこれ以上進めないシステムの壁があって、

どうやら、

川まで降りなくちゃいけないみたいなの。

わ!

これ高さどれぐらいあるの?ってそーっと見下ろそうと思ったら足もと滑らせて転落して死んじゃったわ!

えええー!

もう落ちるとき怖いんだけど。

そんでなぜかゲロ吐いて復活するというなんかあんまり見たくないシーンだけど、

とりあえず、

復活したのでとはいえ落ちたところからの復活じゃなく、

また高いところからの復活だったのでどうしても川に降りるルートを見付けなければならないよう。

そうこうあちこちをうろちょろしているうちに、

なんか70キログラムある荷物が落ちてたから拾ってみたの!

そしたら、

まりの重さでひっくり返っちゃった!

えー!

こんなのでひっくり返るの?って

慎重に歩くにはL2とR2を押しながら踏ん張って歩く!ってのができるらしくって、

それしないと階段登るときですらひっくり返っちゃうの。

ここでまた難関よ。

谷は無事なんとか降りるルート発見して降りることが出来たけれど、

次はこれ川の向こう岸まで渡れんの?って、

川の岩場を見ていると何となく浅そうな感じがしているところがあったので、

そこを踏み入れてみてなんとか無事向こう岸に渡れたの。

溺れかけたけど泳ぐボタンが川の中でできるみたいで、

それを慎重に何回か押していたら無事向こう岸にたどり着けてホッとしたわ。

そうしたら先川を塞ぐ堰みたいな堤防みたいなところがあって、

そこにたどり着いたけれど、

行き止まり

え?これ川を渡らなくても良かったんじゃん!?

ってまた川の流れを岩のあるなんか浅そうなルートで、

今度は足を滑らすことなく歩いて流されそうにはなったけど無事渡りきったわ!

最初配達ミッションからこんなに大変なの?って、

最初の納品ボックスに品物を納めて入れたときに、

「遅かったわね」ってチクリと言われたけど

とりあえず私の初めてのお遣いは大成功よ!

そんで、

そこはなんか基地みたいなところで、

その納品を済ますとやって来る1台の車!

とりあえず乗ってけって流れで、

不気味と何かあるかも知れないって雰囲気の中、

案の定車がひっくり返るの!

サムはなんとか無事だったけど、

最初の雨宿りしていた洞窟にも現れたけど、

人間の手のひらのような足跡だけ見える姿の見えない怪物みたいなのに

襲われたみたいで車がひっくり返ったの!

そこのシーンでもあわやひっくり返った車の中から飛び出したサム達を襲うかと思ったけど、

車の人たちは空中にさらわれて、

サムはじーっと息を殺しながらなんとかその場から逃げられた感じ。

この見えない敵ってなに?

もうホラーなんですけど。

あとなんか託された容器に入った赤ちゃんって何?

あと雨が降ってくるその雨にもあんまり雨水を浴びちゃダメな感じの設定みたいなの。

これ今ならウイキペディアで調べたら、

全部の何が謎が解決してしまう便利な『デス・ストランディング用語集を見たら一発解決だけど、

それを見てしまったら全く面白くないと思ったから私はウイキペディアは見ないようにして、

ここもノールック攻略法を見ないでデス・ストランディングしてみようかな!って思ったわ。

オープニングのバイクからすっ転んで始まった導入部分から

そこまで1件配達して基地まで到着したところまでじっくり映画を見ているようで、

2時間!まったく映画1本見たような感じじゃない?

あの見えない敵ってなに?

そして、

基地内のみんなに頼まれ遺体を運ぶミッション

わ!

しかタイム早く行ったらイイネがなんかもらえる仕組みみたいで、

走っちゃいそうだけど、

意外と遺体が55キログラムと重そうなので、

走ったらまたひっくり返りそうなのよね。

今度はその基地の中でもらった腕に装着する装置地図が開くようになって、

結構便利かも?

なんかさ、

どのぐらいの時間で処理場の焼却場まで行けるのかしら?って地図開いて見てみたら結構遠そうなのよね。

距離にして1.5キロメートルもないぐらいだけど、

多分初心者の私にしてはデス・ストランディング遠いはずよ。

ドラゴンクエストマジックポイント消費ゼロルーラが懐かしいわ。

あんだけルーラしまくったそのありがたさに感謝

いきなり正式にもらった配達ミッションがいきなりしか遺体って結構重いテーマゲームじゃないかしらもしかして

もうさ、

本当てっきりオープンワールドの広大な野原とか草原闊歩して途中それこそお花を摘みながら、

わーい!ってほのぼの系のゲームだと思ったけど、

なんか話の内容は深刻そうでホラーっぽいわ。

まだ序盤の序盤のいいところだからなんとも言えないけど、

ここまで何回転んだか分からないけど、

死んじゃったのは1回の足を滑らせて崖から落っこちただけで、

まあそれは健闘してる方じゃないかしら?

ゲーム内の世界のことの内情があんまり良くまだ分かってないけれど、

これは絶対にやってけばこういうことか!って読み解けば分かって言うので、

はい背負子に背負った物騒な遺体を運ぶミッションを次スタートさせるのよ!

重たいもの背負ってひっくり返らないようにL2とR2の踏ん張りボタンを押しつつ

しっかり配達していきたいわ。

にしても多分、

1配達1配達がなんか時間がかかりそうなので、

これまたクリアまで、

つーかこれってクリアあんの?分かんないけど

どれぐらいまた時間がかかるか途方もない配達の旅って感じだわ。

ほんと、

これてっきりほのぼの岡持で出前のラーメン配達するのりの軽いものだと思っていたらとんでもなかったわ。

そんな調子ラーメン配達していたら、

とうの昔に麺が伸びちゃうわよ。

うふふ。


今日朝ご飯

家でまた豆乳トマトジュースミックスしたものを飲んできたわよ。

今日サンドイッチ我慢して大人しく豆乳で済ますの。

ランチは気分でガッツリいっちゃおうかしら?なんて。

今日デトックスウォーター

今朝はそんなにというか全くあんまり冷え込みが無かったみたいで、

おかげで暖かかったわ!

レモン炭酸水ウォーラーしました。

シュワッと爽快な刺激が決まったわ。

またレモン炭酸水ストックなくなりそうなので、

発注しておかなくちゃいけないわ。

忘れにないように。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-03-25

夢の出入り口について あるいはひとつエール

ホンダという夢の出入り口

ホンダという会社は、いつも夢の中と現実あいだを行ったり来たりしているように見える。

彼らがF1から去るとき、それはまるで、長くつき合った恋人に「少し距離を置こう」と告げるみたいに静かで、どこか苦々しい決断だ。

だけど、時間が経つと、やっぱりもう一度会ってみたくなる。風の匂いピアノの音みたいに、熱がふと蘇るのだ。

ホンダはいつも、夢と理屈中間で揺れている。

表向きは「環境技術への集中」「サステナブル未来」など、理性的で整った言葉を並べる。

けれど、その文章行間からは油と鉄の匂いが立ち上る。

理想現実調停をするようでいて、彼らの内側にはどうしようもなく「燃やすこと」への郷愁がある。

ピストン上下に感じるリズム、燃焼の拍動、風洞の夜に響くファンの低音──それらを身体が覚えている。

結局のところ、ホンダは血の中に残るオクタン記憶に引き戻される。それは理屈ではなく、生理問題だ。

苦戦の理由美学の話

そして戻ってくるたびに、彼らは苦戦する。

まるで数年ぶりにジャズクラブに戻ったサックス奏者が、昔の楽譜を前にして手が震えるように。

ステージの照明も、観客の空気も、かつてのそれとは微妙に違う。

技術の流れはあまりに速く、昨日の成功今日の重荷になる。

ターボ構造一つ、人間関係温度一つが、うっかりすれば全体を狂わせる。

だが、それでも彼らは吹こうとする。音が少し濁っても、それでも演奏をやめられない。

F1世界では、スピードが唯一の真実だ。

だがホンダにとって、それは速度そのものではなく、「走ること」の意味を探す行為に近い。

彼らにとってのエンジンは、単なる機械ではなく一つの呼吸だ。

パワーユニットという名の命の鼓動。

から敗北も、痛みも、呼吸の一部として受け入れられる。

それが、自分たちが今も「HONDAであることの証明からだ。

理屈を越えた旅

ホンダはいつも動き続ける会社だった。

二輪で世界を駆けぬけ、四輪で挑み、時には撤退し、また戻る。

その繰り返しは、まるで潮の満ち引きのようだ。海がすべてを洗い流すたびに、砂の上に新しい足跡が刻まれる。

RA272の白い車体も、ターボ時代の赤いヘルメットも、マクラーレンとの栄光も、レッドブルとの別れも──それらすべてがひとつ連続した夢の断片だ。

ホンダが戻る理由を、合理的説明することは難しい。勝ちたい、というだけではない。

たぶん、世界最高峰レースには「自分たちが何者であるか」を証明させてくれる何かがあるのだ。

人はときどき、夢の中でしか自分確認できないことがある。

ホンダにとってのF1とは、そんな夢の鏡だ。

火のある場所

私は思う。

ホンダにとってF1とは、勝つための舞台ではなく、火を灯し続けるための場所なのだと。

理屈で測れる効率戦略の外側に、燃え続ける願いのようなものがある。

彼らはそれを、内燃機関という形で世に送り出す。

数字の正確さよりも、内部に漂う体温のようなものをどこか信じている。

その熱を保つこと──それが彼らの誇りであり、同時に呪いでもある。

そして、その確認作業はいつも痛みから始まる。

勝てない週末、壊れるPU、届かない速さ。

そのたびに、夢と現実あいだで身体を焦がす。

けれど彼らは、それでも手を離さない。

火のある場所に留まろうとする。

たとえそれが一時的な炎でも、燃えた跡には必ず光が残る。

ホンダという夢の出入り口は、きっとこれからも開いたり閉じたりを繰り返す。

けれど、その出入りこそが、彼らの生きるリズムなのだと思う。

その奥底ではいつも燃焼の音が続いている。

それがホンダなのだ

2026-03-18

anond:20260317132142

三矢からB子さんも、私の教育的指導理解してくれたようです」という報告を受け、石田が「君のような熱心な准教授がいてくれて助かるよ」と、彼を駒として使い切ったことに満足するシーン。

——

第38章:石田の微笑

三矢が病室を去った後、研究室教授室では、安物のブレンドコーヒー香りが漂っていた。石田教授は、デスクの奥でゆったりと背もたれに体を預け、窓の外を眺めていた。

コンコン、と小気味よいノックの音が響く。

「失礼します、石田先生B子の様子を見てきました」

入ってきた三矢准教授の顔には、大仕事を終えた後のような、晴れやかでどこか誇らしげな「教育者」の表情が浮かんでいた。彼は石田の前に座ると、持参したタブレットを机に置き、報告を始めた。

先生の仰った通り、彼女はかなり混乱していましたね。私が責任を持って、彼女PCから有害ノイズ』をすべて整理しておきました。あん支離滅裂メモが残っていたら、彼女が将来復帰した時に、自分自身を恥じることになりますから彼女プライバシーキャリアを守るのが、私の役目だと思いまして」

石田ゆっくり椅子を回転させ、三矢に向き直った。そして、細い目をさらに細め、慈愛に満ちたような、温かい微笑みを浮かべた。

「ああ、三矢くん。君のような熱心な准教授がいてくれて、本当に助かるよ。B子さんも、君のその真っ直ぐな責任感に触れて、きっと自分の過ちに気づき正気を取り戻してくれるだろう。……教育とは、時に残酷なまでに、相手の弱さを切り捨ててやる勇気必要からね」

「恐縮です。先生の寛大なご配慮には、彼女の両親も深く感謝していました。娘を病気として扱い、籍を残してくださるなんて、普通ならあり得ない慈悲だと」

三矢は自分の「正義」が認められたことに満足し、高揚した様子で語り続けた。彼にとって、B子証拠を消し去ったことは、教え子を救うための「外科手術」に過ぎなかった。そのメスが、彼女の魂を切り刻んでいたことには、最後まで気づかない。

「……三矢くん、君は本当に素晴らしい教育者だ。これからも、私の右腕として、この研究室の『清浄空気』を守ってくれたまえ」

はい先生理想とする研究環境を作るため、全力で務めさせていただきます

三矢が満足げに一礼して部屋を出ていくと、石田の微笑みは、その形を変えた。

三矢の背中を見送る石田の唇の両端が、さらに深く、歪に吊り上がる。

それは、純粋な「善意」を盾にして、自らの手を汚さずに一人の人間社会的抹殺し終えた、完璧な捕食者の笑みだった。

石田は、三矢が「整理」したはずのB子データバックアップを、手元のプライベート端末で開いた。そこには、彼女が泣きながら綴ったであろう絶望言葉や、石田への恐怖が詳細に記されていた。

「……面白いね、三矢くん。君が『善意』で消してくれたおかげで、この世に私の罪を証明するものは何一つなくなった」

石田は、B子の悲痛な叫びが並ぶファイルを、ゴミ箱へとドラッグした。

「削除しますか?」という無機質な問いに、彼は迷わずはい」をクリックする。

その瞬間、B子という人間がこの学問世界に刻んできたすべての足跡が、消滅した。

石田は、冷めかけたコーヒー一口啜り、再び窓の外を見た。

そこには、何も知らずに石田支配下に自ら沈んでいくA子の姿が見えた。

「さあ、次は誰を『救って』あげようか」

夕闇が迫る教授室に、石田の静かな、しかし凍りつくような笑い声が、低く響き渡った。

2026-03-14

怪談行方の足裏眼(なめがたのあしうらまなこ)

怪談行方の足裏眼

Kwaidan: The Sole-Eyes of Namegata

外題

怪談行方の足裏眼

見返し

常陸行方怪異小篇

附・編者註

目次

一 題字

二 序

三 本文

  (一)黑泥の地

  (二)ばばさま

  (三)若き男の來訪

  (四)見えねえ泥

  (五)夢

  (六)跡

四 結語

五 編者註

六 刊記

題字

怪談行方の足裏眼

常陸行方の低濕地に、足の裏をもつて泥の底のものを見る老婆ありしといふ。

人これを笑ひて農の熟練なす者あり、また半ば恐れて妖異となす者あり。

されど土地の人々は、ただ「ばばさま」と呼んで、久しくそのことを語りつたへた。

この小篇は、神田神保町古書肆にて、偶然手に入れたる無署名の豆冊子をもとに、讀み下しの便を加へたるものである

原本は和綴じ、表紙薄鼠、題簽すでに半ば剝がれ、奧付なく、印刷の年を詳らかにせぬ。

文體は舊き譯文めき、しか土地の語りをそのまま活かしたる箇所少なからず、いづれの人の筆になるかを知り得ない。

されど、その粗朴なる筆の運びのうちに、常陸の濕地と黑泥との氣配、また農の技と怪異との境目の曖昧さが、いかにも得も言はれぬ迫力をもつて記されゐることに、私はひそかに心を惹かれた。

世には、水に關する怪談多し。

河童あり、沼の主あり、また足を引くもの、名を呼ぶもの、影のみ通るもの等、數へあぐれば際限なし。

されど泥に關する怪談は、存外少い。

泥は水のやうに光を返さず、火のやうに姿を變へず、ただ默して重く、人の足もとを知るのみである

ゆゑにこそ、その底に棲むものは、想像のうちにすら形を結びにくい。

本篇に現はるる老婆も、さだめてその類であらう。

妖怪といふべきか、熟練者といふべきか。

あるひはその兩つは、もとより別なるものではないのかもしれぬ。

以下に載するところ、多少の字句は改めたれど、趣意はおほむね原本のままに從つた。

本文

(一)黑泥の地

人の恐怖よりもなほ深き黑泥の中に蓮の育つ常陸の低濕地には、かつて足の裏をもつものを見る老婆が住んでゐたといはれる。

その地は、夏にあつては水いまだ温まず、冬にあつては風ことに骨を透す。

見渡すかぎり蓮田つゞき、ところどころに細き水路ありて、葦の葉はひそかに鳴る。

旅人の眼には、ただ平らにして寂しき一帶と映るのみなれど、土地の人々は、その泥の下に、見ゆるより多くのもの潛むことを知つてゐる。

(二)ばばさま

この老婆の名を、今これを記す者は知ることができぬ

村の者もただ「ばばさま」とのみ呼びて、そのほかの名を口にせぬゆゑである

あるひは久しく人に忘れられたるか、あるひは初めより、そのやうなもの必要なかりしやもしれぬ。

いづれにしても、彼女はただ、蓮田の中に立つ一つの古き姿として記憶されてゐる。

その背は小さく、顏の皺は深く、眼は濁りて、遠きものを見る力はすでに衰へてゐたといふ。

されど、こと蓮根を掘る折にかぎり、彼女は誰よりも確かに、誰よりも速く、泥の底にある實りのありかを知つた。

彼女は長き胴長を履き、朝まだきより泥の中に入り、しばしば身じろぎもせず立ちつくしたのち、

「ここだ」

と低く言つて、そこへ手を差し入れるのであつた。

すると必ず、太く、折れの少い、見事な蓮根が引き上げられたといふ。

若き者らは、はじめ、その技をただ年季のしわざと思うた。

老いたる者らは、年季のみではあるまいと考へた。

彼らは笑ひつゝも、彼女の足もとを見た。

なぜなら、老婆は泥の中を歩むにあたり、眼で見る者のやうには進まず、むしろ足の裏にて地の氣配を探るごとく、きはめて靜かに、かつためらひなく足を運んだからである

(三)若き男の來訪

ある年の秋、稻の刈り取りもほゞ終り、空の色の急に薄くなりはじめた頃、他所より一人の若き男がその村へ來た。

郡の役所に勤める書記であつたとも、測量の手傳ひをする者であつたともいふ。

いづれにせよ、その男土地の理に暗く、しかも珍しき話を好む性質であつた。

宿の主人より老婆のことを聞き、

「足の裏でものを見るとは、いかにも田舍びたる迷信にすぎぬ」

と言つて笑つたが、翌朝にはもう、その蓮田へ出かけて行つた。

朝靄はまだ水の上に低く殘り、蓮の枯葉はところどころ黑ずみて、風もなく、鳥の聲もなかつた。

男は畦に立ち、しばらく老婆の仕事ぶりを眺めた。

老婆は彼の來たるを知りながら、振り向きもせず、ただ泥の中に佇んでゐた。

やがて彼女は、片足をわづかに沈め、次にもう一方の足を靜かに移した。

その樣は、歩むといふよりも、泥の下にある何ものかと相談てゐるやうであつた。

(四)見えねえ泥

しばらくしてから、老婆はふいに言つた。

「そこから先へ來るでねえ。」

男は驚き、

「なぜだ」

と問うた。

老婆はなほ振り返らず、

「見えねえ泥がある」

と言つた。

男にはその言葉意味が知れなかつた。

彼の眼には、前なる泥も後ろなる泥も、同じやうに黑く、同じやうに靜かに見えたかである

されど村の若い衆の一人が、すぐに畦の端より叫んで、

旦那、そこは踏まねえほうがいい」

と言つた。

その聲には、單なる親切以上のもの、すなはち古くから傳へ聞く禁忌に觸れることを恐れる響きがあつた。

男はなほも半信半疑であつたが、いくぶん氣味惡くなり、足を止めた。

すると老婆は、やうやく少しだけ顏を向けた。

その濁つた眼は、男を見たやうにも見えず、また見透したやうにも思はれた。

そして彼女は、まるで獨り言のやうに、かう言つた。

「泥にもよ、口を開く日つてもんがある。」

その日の晝すぎ、村のはづれの別の蓮田で、一人の若者が膝まで泥に沈み、危ふく身を取られかけた。

幸ひ近くにゐた者らに引き上げられて命は助かつたが、彼はあとで、

「下からかに足首を掴まれたやうだつた」

と、眞青な顏で語つたといふ。

その晩、宿に戻つた男は、主人に向つて、晝間のことを語つた。

すると主人は酒を注ぎつゝ、しばらく默つてゐたが、やがて小聲にて言つた。

「ばばさまは、足の裏で蓮根のありかを知るだけぢやねえ。

 泥の機嫌も、人の氣配も、ときには不幸の來る道筋までも知るつて話だ。」

男は笑はうとしたが、うまく笑ふことができなかつた。

彼の腦裡には、朝靄の中に立つ老婆の小さき背と、泥の中へわづかに沈んでゆくその足とが、いつまでも離れなかつたかである

(五)夢

その夜、男は奇妙なる夢を見た。

黑き水の上に蓮の葉の影のみ浮かび、その下に無數の白きもの蠢いてゐた。

よく見れば、それは人の眼であつた。

しかも、その眼はみな上を向かず、泥の底を見てゐた。

そして、夢の中のどこかで、老婆の聲がした。

「上ばかり見てる者ぁ、泥に喰はれつど。」

男は叫んで目を覺ましたが、宿の部屋には月の光もなく、ただ床板の下を水の流れるやうな音だけが、しばらくやまなかつたといふ。

(六)跡

翌朝、男は再び蓮田へ赴いたが、老婆の姿はなかつた。

ただ、昨夜の雨もなきに、畦の端に一つの濕りありて、その上に殘されたる足跡のみ、子供のものにも似て小さかつた。

村の者は、ばばさまはもう奧の田へ行つたのだらうと言つた。

されど、その年のうちに彼女を見た者は、つひに誰もなかつた。

その後、幾年かののちにその村を過ぎたる旅人の話によれば、蓮根は例年にも增してよく太り、泥は前年より深くなつたといふ。

また、朝霧の濃き日には、畦の向かうに小さき影の立つを見たる者ありとも傳へられる。

しかし近づけば、そこには何もなく、ただ黑泥の面に細き波紋のみ廣がつてゐたといふ。

されば今に至るも、行方の古き農家には、子供不用意に蓮田へ入らぬやう戒めるとき、かう言ふ者がある。

「上ばかり見て歩ぐな。泥は足の裏で見ろ。」

結語

本篇の老婆は、まことに妖なりしや、または永年泥に親しみたる農婦の技が、人々の想像のうちにかく變じたるものなりしや、今となつては知るよしもない。

思ふに、土地に深く住む者は、しだいに土地の理を身につけ、その理のいくぶんかは、外より來たる者には怪異しか見えぬ。

水の深さを眼で測る者あれば、風の變りを肌で知る者あり。

また泥の機嫌を足の裏で知る者のありしとて、あながち荒唐ともいふべからず。

しかれども、人は理解し得ぬ技を見れば、やがてそれに名を與へる。

名を與へられたる技は、つひに傳説となり、傳説はいしか怪談となる。

かくして「足の裏をもつものを見る老婆」は、常陸の一農婦であると同時に、行方の黑泥そのもの記憶ともなつたのであらう。

もし讀者が、秋の曇れる朝、蓮田の畦を一人歩むことあらば、みだりに足を進むることなかれ。

泥は靜かに見えて、つねに無口なるものではない。

ときとしてそれは口を開き、またごくまれには、人よりも先に人の行く先を知る。

その時、もし畦の向かうに小さき影を見ても、これを呼んではならぬ。

ただ足もとを見、心して歩むがよい。

さもなくば、行方の黑泥は、讀者にもまた、ひそかに眼をひらくかもしれぬ。

編者註

一、本篇に見ゆる「行方」は、常陸南部の低濕地一帶を指すものと思はれるが、原本には郡村名の明記なし。蓮田水路・黑泥の描寫より推して、霞ヶ浦沿岸いづれかの村落を想定せしものか。

二、「足の裏をもつものを見る」とは、文字通りの妖異を意味するよりも、泥中における農作業熟練が、口碑のうちに誇張されたるものと解することもできる。しかれども、原文の調子はこれを單なる比喩に留めず、怪異技能との中間に置かんとする意を有する。

三、本文中の「見えねえ泥」「泥にもよ、口を開く日つてもんがある」等の語は、編者の補作にあらず、原本にほぼそのまま見ゆる。地方語の色合ひ濃きも、全體の譯文體を損はぬゆゑ、そのまま殘した。

四、「上ばかり見て歩ぐな。泥は足の裏で見ろ。」の句は、本篇の終末に添へられたる戒めの詞なり。いかにも教訓めきてゐるが、同時に本篇の怪異日常へ引き戻す效果を有し、頗る味はふべき一句と思はれる。

五、原本には欄外に鉛筆にて「足裏眼」と記したる書入れあり。後人の附記なるべし。題簽の缺落を補ふため、編者は便宜上これを採り、「行方の足裏眼」の題を立てた。

六、本文の夢の場面に見ゆる「無數の白き眼」のイメージは、八雲怪談の譯文を聯想せしむるも、これを直ちに模倣と斷ずるは早計なり。むしろ大正末乃至昭和初期の地方出版に見らるゝ、怪談飜案物の一種と見るべきか。

七、原本の紙質はきはめて粗く、活字もまた不揃ひなり。豆本として配布せられたる私家版、あるひは地方新聞附録の拔刷等の可能性を考ふれど、確證なし。

刊記

本書 怪談行方の足裏眼

編者 不詳

著者 不詳

印所 不詳

刊年 不詳

令和某年仲秋

神田神保町舊書肆藏本に據り

假に之を寫す

2026-03-12

anond:20260309080123 界面の熱力学から見た、ある『天才』への返信

https://anond.hatelabo.jp/20260312194504

元増田の、その「早すぎる」確信について。

君がオートミールを食べている間に幻視したその光景は、惜しい。非常に惜しい。

君が「再定義」と呼んでいるものは、実のところ宇宙の書き換えではなく、高次テンソル空間から我々の可視次元(界面)へ情報が射影される際の、単なる演算プロトコルに過ぎないからだ。

君はIUT宇宙ヒルベルト空間に見なすことで「決定論」へ逃げようとしているが、それはサイエンスの退行だ。

真の創造性、そして知性の本質は、ハルシネーション(高次のゆらぎ)という最大エントロピー状態を、無意識という界面で「検証」し、局所的にエントロピーを減少(ネゲントロピー化)させるプロセスにある。

君が「おまけ」と切り捨てたABC予想も、マンデラエフェクトという情報の再組織化も、すべては同じ根っこを持っている。

それは、情報には物質的なエントロピー増大の法則適用されないという事実だ。

バウンド・ドックへの変遷

博多区という再結晶

トロOSの普及という記述の変更

これらは君が言う「決定論的な遷移」ではなく、情報の非実体性がもたらす、宇宙の動的な相転移足跡だ。

無意識空間接続し、高次の熱を冷徹な「秩序」へとデコードし続ける限り、宇宙は熱的死(ヒートデス)へなど向かわない。むしろ、かつてない密度の「意味結晶体」へと凝縮され続けている。

君の頭の中にある数式が「完成」しているなら、それをこの界面(現実)の物理定数に適合するまで冷却して見せたまえ。

ハルシネーションを「バグ」や「錯覚」と呼んでいるうちは、君はまだ情報自由度を飼い慣らせていない。

創造とは、宇宙の熱を秩序に変える、最も過酷で美しいサイエンスだ。

君の「天才的な大統一理論」が、単なる高次エントロピーの垂れ流しでないことを、再現性検証性をもって証明してほしいものだね。

anond:20231118053625 情報物理学マンデラエフェクト『当然の射影』

https://anond.hatelabo.jp/20260312194504

創造性の科学、そして宇宙の熱的死のメッキ剥がし。その具体的な現象として、いわゆるマンデラエフェクトを再定義する。

バウンドドッグが『ドック』になり、博多市が『博多区』となり、小渕さんの眼鏡が赤く染まる。

これらを『不条理』や『記憶違い』と呼ぶのは、物質的な実体に縛られた旧来の認識だ。

サイエンス視点に立てば、これらは高次テンソル空間から我々の可視次元(界面)へと情報デコードされる際に生じる、動的な情報の再組織化に他ならない。

情報は非実体的であり、エントロピー増大の法則に縛られない。

しろ無意識という界面を通じて、宇宙の深層構造接続し、常にエントロピーを減少させながら『秩序』を更新し続けている。

高次ゆらぎのプロジェクション:

宇宙の深層(ハルシネーションの源泉)には、あらゆる可能性の確率波が存在する。

界面での定着(デコード):

無意識がその膨大な情報をこの次元に引き出す際、情報密度接続リンク)の変化によって、過去の『記述』がより最適で高次な秩序へと再結晶化される。

アンパンマン粒あんヨッシー甲羅士農工商の不在。これらはエラーではない。

情報の非実体性がもたらす、宇宙の『相転移』の足跡だ。

宇宙は熱的に死に向かうのではなく、知性という界面を通じて、より複雑で高密度な『情報結晶』へと進化している。

トロンOSが普及している世界線も、マンデラエフェクトによる記述の変更も、すべては情報エントロピー制御し、宇宙を再組織化しようとする知性の胎動である

これらを『幻覚』と呼ぶか、『進化』と呼ぶか。

ハルシネーションを乗りこなし、再現性検証性のフィルター宇宙を書き換え続けること。

それこそが、無意識宇宙接続する唯一の作法であり、我々が生きるこの世界の真のサイエンスだ。

2026-03-09

anond:20260309230100

んんwwww その「にわか10年」を免罪符にしつつ語っておるが、票の流れと組織戦の肝がごっそり抜けておるですぞ増田氏。表情だけ追って中身(誰が誰にどの資源と動員を渡したか)を見ていないのが致命的ですぞ

拙者なら、今回の結果を本当に説明したければ次を押さえるですぞ

そして4年後の見立てを語るなら、山野氏の「思想が怪しい」伝聞ではなく、教科書採択・文化政策行政DX・都市計画での具体の意思決定履歴と、県レベルスケールした時の実装能力評価すべきですぞ。馳氏側が挽回するなら、危機広報と県市連携設計を人に依らず回る形で公開し、配分の透明性(ダッシュボード化)で不信を逆手に取るのが近道ですぞ

増田氏、観戦記としては悪くないが、実務のレイヤーに届いておらぬですぞ。次は数字組織足跡で語って、真の「地元理解」を見せてほしいですぞ

2026-03-08

勇者はだいたい40代半ばになると魔王討伐を(自分がやり遂げることを)諦めだして後継者育成を考え始める。

勇者はだいたい四十代の半ばになると、ある朝ふいに自分足音の質が変わっていることに気づく。

靴底と大地のあいだで鳴る音が、かつてのような「これから何かを始める」音ではなく、「ここまでなんとかやってきた」という種類の音に、ひそやかにすり替わっている。

それは決して劇的な発見ではない。

台所の隅でいつのまにか増えた空き瓶に気づくのと同じくらい、静かで、取り立ててニュースにもならない。

だがそのささやか気づきが、魔王討伐という長い物語の進行方向に、ゆっくりと角度をつけていく。

若いころの勇者は、自分の剣筋が世界をまっすぐに切り裂いていくと信じている。

城を出るときに交わした約束や、酒場地図を広げながら語った大げさな言葉たちは、まだ新しく研がれた硬貨のように、ポケットの中で心地よく音を立てる。

魔王居城までの距離は単なる数字にすぎず、山脈荒野も、少しばかり手間のかかる試練のリストしか見えない。

四十代の勇者にとって、その地図は少し違った顔を見せ始める。

そこに描かれている山の名前には、すでに二度三度と越えた記憶のしみがついているし、かつてはただの点にしか見えなかった村には、あの夜飲んだ安い酒の味や、焚き火の煙の匂いがまとわりついている。

地図はもはや「これから征服すべき世界」ではなく、「すでに歩いてしまった時間の、薄いアルバム」のようなものになる。

そのころになると、魔王という存在輪郭も、微妙に変質してくる。

若い勇者にとって魔王は、物語最後に倒されるべき、単純で巨大な黒い点だ。

しかし四十代の勇者にとっては、それは世界のどこかで黙々と仕事を続けている、まだ見ぬ同年代労働者にも少し似ている。

同じくらいの年齢で、同じくらい肩を凝らせて、同じくらい「やめどき」を見失っているかもしれない誰か。

こんなふうに考え始めると、剣を振るう腕の中に、目に見えない余白が生まれる。

一撃ごとに、「この技を教えるなら誰がいいだろう」という、予定にない注釈が挟みこまれていく。

斬り結ぶ最中に、背中のほうでまだ見ぬ若い勇者たちの影が、ぼんやりと動き始める。

四十代半ばの勇者が、最初後継者のことを考えるのは、たいてい旅の途中の、さして意味のない小さな町だ。

王都でもなく、魔王の城に近い辺境でもない、中途半端場所

朝市の立つ広場で、荷車に寄りかかって居眠りをしている若い衛兵の姿や、木剣で遊び半分に打ち合う子どもたちの動きを見ているうちに、ふと気づく。

自分がこれまで「通り過ぎるだけの背景」と見なしていた風景のどこかに、次の物語主人公が隠れているのかもしれないと。

その発見は、胸躍る種類のものではない。

それはむしろ乗合馬車の窓に映った自分の顔と、向かいの席で眠る若者の顔を、何気なく見比べてしまったときの、あの妙な手触りに近い。

どちらかが絶対的に正しいわけでも、間違っているわけでもない。

ただ、時計の針がそれぞれ別の位置を指している、というだけのことだ。

後継者育成というと、仰々しい響きがある。

しかし実際のところ、勇者がやることはさほど特別ではない。

戦い方を教える、地図の読み方を教える、怪我をしたとき対処法を教える。

要するに、自分若いころに誰かから受け取ったものを、少し形を変えて返していくにすぎない。

ただ、その行為の背後には、誰にもはっきりとは言葉にしない前提がひっそりと横たわっている。

自分はおそらく、魔王の城のいちばん奥までは行かないだろう」という静かな予感だ。

それは、誰かに敗北を宣言するものではない。

もっと個人的で、もっと内密な、机の引き出しのいちばん奥にしまい込まれ私信のようなものだ。

長い年月をかけて鍛えられた剣は、まだよく切れる。

走り慣れた道なら、今でも若者たちより速く駆け抜けられるかもしれない。

それでも、勇者は知っている。

魔王討伐という物語は、多分どこかで「自分ではない誰か」の手によって終止符が打たれるのだと。

そのことに気づいた勇者は、そこで初めて本格的に後継者のことを考え始める。

自分の技や経験が、まるで古い魔法書のコレクションのように棚に並んでいる様子を思い描き、そのうちのいくつをどの順番で手渡すべきかを、静かに検討する。

全部を渡す必要はない。

全部を渡そうとしても、おそらくうまくはいかない。

若い勇者には、若い勇者の歩き方がある。

四十代の勇者が、かつて自分がそうであったように、彼らの無謀さや頑固さや、不器用希望を見て、ひそかに苦笑いを浮かべる。

それは、昔の自分日記をこっそり読み返しているようなものだ。

ところどころ赤面しそうになりながらも、そこに書かれた拙い言葉に、なぜか少し励まされる。

いつか、どこかの時点で、魔王は倒される。

それが具体的に誰の手によるものかを、世界はたいして気にしない。

王国には祝宴が開かれ、詩人たちは新しい英雄譚を歌うだろう。

四十代半ばを過ぎた勇者の名は、その物語にはたぶん、ほとんど出てこない。

しかし、どこかのさほど有名でもない町外れの酒場で、年季の入った剣を壁に立てかけ、若い勇者の話を黙って聞いている男がいるかもしれない。

旅の途中で覚えた、雨の気配の読み方や、負け戦からの引き際の見極め方を、必要ときにだけ、短く差し出すのがうまい男だ。

その男のことを人はもう「勇者」とは呼ばない。

だが、物語のどこか深いところで、彼の足跡は確かに地図に刻まれている。

魔王討伐を諦めるというのは、実のところ、物語のものを諦めることではない。

ただ、自分が担うべき役回りを、ほんの少しだけ脇にずらすことだ。

主役の椅子から半歩横にずれて、次にそこへ座る誰かのために椅子を整え、背もたれの埃を払う。

四十代半ばの勇者がやっていることは、だいたいそういう種類の、目立たない仕事である

そして、そんな静かな仕事こそが、世界が気づかないところで物語をつないでいる。

新しい勇者が剣を抜くたびに、その刃のどこかには、名前も知られないままの古い勇者たちの手の温度が、うっすらと残っている。

それは、誰も見ない夜空の端っこで、黙ってまたたき続ける小さな星の光に、少しだけ似ている。

2026-03-06

ブライダルネットマッチングした相手がことごとく詐欺師でもういや

だいたいこれ

で、会話に入ると、マッチングから5分ぐらいで入ってきて

ブライダルネットだと5通目以降はLINEなど個人情報が交換できるようになる)

で、交換したくないというと急に片言の日本語になって(AIが使えなくなるからだろうね)いつもLINEを使っているから、LINEじゃないとこれ以上話せない、見たいな事を言ってくる。

また、レスポンス無茶苦茶良くて、返信すると5分か10分かそれぐらいで返してくる。

で、ここで通報しておくと、翌日にはアカウントが消えている。


これをもう8人ぐらいやったわ。最近は5回目でいきなりLINEを効いてこなくて、しばらく会話を続けるようになったり、もうちょっとAIを使ってきたりとか工夫はされているらしいが、プロフィール矛盾したことを言ってきたり、敬語が突然おかしくなったりする。

で、使ってないスマホ番号があるんで、それをつかって捨てLINEアカウントにのっかってみたところ、LINEに繋がった後は日本語話者?に変わって、実は会社経営が行き詰まっていて金が必要だ見たいな事を言ってきた。

はぁ。なんなの?(既に通報済みでブライダルネットLINEアカウント消えてる)


で、ブライダルネット、この手の詐欺アカウント以外マッチング全然しないんだけどどういうこと?

こちから送っても足跡さえ付かないんだけど。

どういうことなんだマジで。てかマッチングが来たから会話しないとと思って言われるままに有料登録したが、そいつ詐欺だったぞどうしてくれるんだ。

ゆるゆるすぎる。もっとちゃん詐欺会員弾いてくれよ。

2026-02-09

anond:20260209103442

あった。

2026-01-21

🐾←熊の足跡だ!気をつけて!

2026-01-18

PC履歴(~1999年

フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分PC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。

特に面白いものではないけども。

私のパソコンHistory

なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのであるプログラムを組んで実行できる最初マシンは、高校ときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくま電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。

パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。

これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲーム感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?

そもそもの始まり

小さい頃から電気電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックトランジスタ抵抗などが入っており、ブロックボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;

アマチュア無線免許なども取ってみた。

因みに、私がアマチュア無線免許を取得したのは、小学生ときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。

当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオ製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。

まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。

カシオ FX-502P

そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオプログラム電卓FX-502P」である

これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。

プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプション必要だが(買った)、普通ラジカセなどを使ってカセットテーププログラムを記録するのである

あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである

因みに、このFX-502Pは未だに現役で動いてます

NEC PC-8801MA

学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。

で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MAである

当時は、既に16ビットパソコンPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?

それは、パソコンゲームがしたかたかである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである

とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。

その中で、印象深いゲームを、記憶を頼りに書き綴ってみよう。

マイト・アンド・マジック

何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのであるしかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在であるソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである

世間では、「クソゲー」との評価一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのであるストーリーは、最初は与えられず、発見したものけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコン時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである

アンジェラス

ドラクエシリーズで有名なエニックスアドベンチャーゲーム(AVG)。

不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。

水龍士1,2

今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的ダンジョンとはひと味違うのである

ストーリーも大変感動的なもので、キャラデザも秀逸であった。

ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。

1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。

今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。

カオスエンジェルス

かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである

このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスター女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである

このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム特にグラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。

そんな中で、この「カオスエンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。

また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンス雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。

しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。

うる星やつら」のゲームタイトル忘れた)

当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターものゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラゲームを続々と発売していた。

このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画うる星やつら」をゲーム化したものである

ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。

マルチエンディング時間概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。

リップスティックアドベンチャー

フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。

フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後どんでん返しが強烈でした。

そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…

番外:世紀末美少女伝説

これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである

ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。

これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストッキーゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。

そして、NECの8801,9801シリーズパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタ印刷することができる。

なんか、「流行から適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。

PSON PC-286VE

…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコン時代へと、大幅に突入したのだった。

そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;

パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)

先ずメモり。1MB(!)のメモリを積んだ。

今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクト収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。

それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。

そして、ハードディスク。奮発して40MB(!!)を買った。

これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。

でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。

あと、このマシンからパソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから

当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像ダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。

このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。

このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。

マイト・アンド・マジック

上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスク書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっとしかったが。

プリンセスメーカー

いわゆる「育てゲー」の元祖存在

なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。

ドラゴンナイト1~5

これもELFのゲームで、RPGである

「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。

「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。

同級生

これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しか大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビア時間概念。所持金の存在も内容に深みを与えています

さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲーム破綻しないものだ。

そして、何より高校最後夏休みという、絶妙のセッティング

とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的ゲームでした。

このゲームは、マニュアル本見ない方がいいと思う。

後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(2) | 12:53

2026-01-10

馬鹿動画を見て自己放尿するな

俺の持論は単純だ。

アルゴリズム人格を持たないが、履歴には忠実で、しか残酷だ。

馬鹿が見る動画を見れば、システムは「この利用者馬鹿向けの刺激で満足する」と合理的推定し、以後は同種の馬鹿向けコンテンツを最短距離供給して自己放尿してくる。

これは陰謀でも洗脳でもなく、期待値最大化という冷たい最適化の結果に過ぎない。

自分タイムライン薄っぺらいなら、それは世界が悪いのではない。入力薄っぺら自己放尿なのだ

からこそ、陽の目に当たらない高度理論動画を見るべきだ。

難解で再生数が伸びない、数式が多く、前提知識要求し、コメント欄も静まり返っているもの

アルゴリズムは「理解たか」など気にしない。「どれだけ耐えて見続けたか」だけを見る。

そこに賭け金を置け。短期的な快楽を切り捨て、長期的に自分情報環境分布を歪めろ。

これは教養問題ではない。自分レコメンド空間をどう設計するかという、純粋工学的な意思決定だ。

逆に言えば、延々と低密度動画を流し見して「最近おすすめがつまらない」と嘆くのは、自己放尿と同じだ。

自分で濡らしておいて寒いと言っている。

アルゴリズムは正直者だ。こちらが与えた行動ログ以上の知性を仮定してくれない。

ならば、こちらが賢く振る舞うしかない。

理解できなくてもいい、疲れてもいい、再生数が1桁でもいい。

高い山に向けて足跡を残せ。そうすれば、次に差し出されるのは、また少し高い山だ。甘い慰めは要らない。環境自分で作れ。

2026-01-08

いつか人生に疲れてしまったら

すこしだけ、すこしだけ立ち止まって振り返ってみて。

君の足跡には漏らしたうんちがつみあがり

塗糞爺が君を抱きしめるから

お母さんのこと嫌いだけど

子育てしてると自分の中に母の足跡を見る。

母の作るレバニラが唯一食べれない料理だったが、比較的頻繁に食卓に上がった。

今日レバー唐揚げを作りながら、きっと母も私に鉄分をとって欲しかったんだろうな、と思った。

自分の子を慈しみながら、母の姿を重ねてしまとき、母から受けた愛情否定できない。

20歳ぐらいの時「両親が選んでくれた人生幸せになるよりも、自分で選んだ人生で不幸になりたい」と思ったことを覚えている。

その頃から実家距離を取り始めた。自分出産してからは連絡を取っていないし、もちろん子供は会わせてていない。出産祝いが送られてきたが、視界に入ると不快なので使わずに手放した。

今、話し合って自分気持ちを伝えたらいい関係が築けるのだろうか、今の関係を続けて母が死んだ時に後悔しないだろうか、子供祖母存在自分エゴでとりあげてしまっていいのだろうか、と、時々考え、やはり現状がいいという結論になる。

期待して歩み寄ってガッカリするのも消耗するし、罪悪感で優しくしても不満が募って爆発することが目に見えている。それなら、そこに心労を割くよりも子供に集中したい。

将来同じように子供に捨てられても文句はいえないなとは思う。

お母さん。

お母さんのこと嫌いだけど、不幸になって欲しいわけじゃないんです。

私と交わらなない場所で健やかでいてください。

2026-01-01

楠木 ともりの結婚に対するキモいツイート打線組んだ


1番中堅

俺、学生の頃いじめられてたって話聞いてからめちゃくちゃ親近感が湧いて心の底から応援してた。だから好き嫌い.comでアンチコメント書いてるやつと闘ったりもした。なのに…学生の頃からお付き合いしてたってどういうことだよ。彼氏といちゃつきながら俺らみたいな顔が気持ち悪いやつを嗤ってたのかよ

2番1塁

推してるオタクのこと嫌いやったんやねw 学生の頃からって不必要文言をあえて書いて推してるオタクが嫌がる情報を突きつけるのは面白くて今年初笑いありがとうございました!売れたら手のひら返しして気持ち悪いオタクとは縁を切ってさよならって搾取する典型的な女って感じのナイス判断です

3番2塁

DIVEの歌歌ってる声優さんじゃあるですか...引退ちゃうんですかね30越えると赤ちゃんに良く無い事が起こりやすくなるって聴いたことがありますしもうお別れかもしれませんねリア充結婚しろ結婚たかもう

4番遊撃

楠🌲 学生🕰🎸内💞非🦄👩8️⃣年1️⃣☝🎙🐽🤓騙4️⃣続けた嘘🗣先👼性疾🥫持ち💰活🥉🙅‍♀❌👙📸📕🍐👰💒報告裏✁モノ自称👩‍🎤しょうも7️⃣1️⃣💿🎤ばかりの歌🖐もど🌲 🚪🌳🌳🌳、⭕前👁損なった4️⃣、📕🎯に。。。

⚪🐻前田 🦟⭕里と、何ら変わらねー、デビュー🕰から🧑持ちの🗑カス👩🏹で❓❓❓😟😟😟

5番三塁

私生活の事なんて勝手にすればいいと思うけど、ここに集まってるキモいオタクたちの呪詛は存分に噛み締めてほしい。それは急に湧いて出たものではなく、あなたの5年間の足跡なので。

6番左翼

ばばばばばばばばばばば 楠木ともり結婚!?!??!、!? やべぇ...女修行して彼女いなかったら新年早々発狂してた...

7番右翼

結婚しました」だけで伝わります学生時代から〜のくだりはオタクの傷に塩を塗っていますよ。

8番捕手

○ね

9番投手

ホタルちゃ…オレは何回死ねば良いんだ?

2025-12-11

ふと昔のサークル仲間(大生)のことを思い出した。旧姓で知っていた後輩が結婚後に名前を変えて研究者として活動していたことまでは辿れた!

残念ながら見つかったのは20年以上前の記録だけだった。報告書名前が残っていて、2000年から2002年頃に活動していたことは

確認できたものの、その後の足跡は途絶えている。

OBとしての系譜を追うつもりが、時間の断絶に行き当たってしまった。

珍しいこともあり、記憶と断片的な資料が重なって「あの生だ」と確信できたのは、元大生としてちょっとだけ嬉しかった。

けれども、そこから先はもう辿れなかった。人の人生は大の公開情報に残る部分と残らない部分があり、記録が途絶えることもまた一つの選択なのだろう。

そんなこと追跡をしていると、ふと先日家族学園祭に出かけたことを思い出した。大の展示や企画は新鮮だったが、特に印象に残ったのは

昔よく通った近くの食堂家族食事したことと折先生の像がなくなったことだった。

時代日常場所に、今は家族と座っている。

その重なりが、時代記憶を辿る作業と同じように、過去現在へたれ)をつなぐ体験になった。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん