はてなキーワード: 恋愛模様とは
友人が最近トモコレを買ったらしく「トモコレで○○作っていい?」と聞かれたので、正直に「ちょっとやめてほしいかも、ごめんね」と言ったら、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされた。
「そっか、わかったー」って言ってたけど「え、マジ?」「心狭すぎだろ」って心の声がダダ漏れ。
トモコレで自分をモチーフにしたキャラを作られたくないってそんなにおかしなこと…?自分のアバター的存在が自分の意思と関係なく友達作ったり恋人作ったりってすごく気持ち悪く思ってしまう。その友人は私に作っていいか確認してくれたけど、ほとんどの人は勝手に知り合いとか作ってるんだろうし、それがすごく嫌。
あとトモコレのコンセプトを全否定するみたいだけど、そもそもキャラクターや実在の人物を許可を取らずに勝手に作って、人間関係や恋愛模様を眺めるという楽しみ方が不謹慎に思えて苦手。
強い言葉を使うと悪趣味だなと感じる。あつ森とかぽこポケみたいなノリで流行らないでほしいとも思う。
あと今回から恋愛対象を選べるようになったみたいでそれは良いことだと思うんだけど、恋愛対象って他者が決めるものではなくない?ってモヤモヤする。
腐女子が版権キャラを作って男性キャラ同士をいちゃつかせてるのですら釈然としないものがあるのに、それが実在の人物ならなおさら。
まあトモコレの中のキャラクターはあくまで本人ではなくそっくりさんなんだと思うし「自意識過剰」「自他境界が曖昧」って言われたら否定できないけど。
食事行くだけでモテるに入るのバグりすぎでは?声かけられなくても紹介とかであてがわれるんだよ。彼氏いらないって言ってたのに、会うだけ会ってみなよ!って勝手に約束組まれてみんな私の恋愛模様を面白がってたよ。絶対自分なら付き合わないでしょって相手と引き合わされたりして、お似合い~とかって言われるんだよ。ただ食事しただけなのにプリクラ取る時に後ろから急に抱きしめられたことある?20代前半だったのに俺早めに結婚したいんだよねーって言われて、フーンと思ってたら何を勘違いしたのか結婚を前提に付き合えると思ったのか痴漢まがいのことされて。100キロ超える巨体の男だったな(ちなみにタイプのイケメンでもそういう行為してきた時点で同じく嫌。タイプだと思っただけに余計嫌)ジブリのかぐや姫が帝から抱かれた時のおぞましさに似てる。そういう奴が「俺頭悪いからさー」とか言ってそんなことないよ待ちして、一方で前に好きだった女が働いてる店に行ってチラチラレジを見ながら女を連れてる自分を見せつけてるんだよ。これを前向きな意味でのモテと言わなくてはいけないならクソくらえだわ。
設定とヘルプ
Gemini との会話
Gemini の回答
劇場版『名探偵コナン』が毎年右肩上がりで動員数・興行収入を伸ばし続けている(2023年『黒鉄の魚影』で初の100億円突破、2024年『五稜星』で150億円突破)背景には、単なる「アニメの人気」を超えた戦略的な要因がいくつかあります。
かつては「子供向けアニメ」でしたが、現在は**「かつて子供だった大人」と「今の子供」の親子二世代**、さらにはミステリーやアクションを好む一般層まで取り込んでいます。
大人の鑑賞に堪える脚本: 政治や最新技術(AI、顔認証、潜水艦など)をテーマに盛り込み、サスペンスとしての質を高めています。
ラブコメ要素の強化: キャラクター同士の恋愛模様が丁寧(かつじれったく)描かれるため、女性ファンやカップルのリピート率が非常に高いのが特徴です。
作品ごとに、コナン以外の**「メインキャラクター」を据える形式**が確立されました。
キャラ人気による爆発: 安室透(降谷零)をメインに据えた『ゼロの執行人』や、灰原哀にフォーカスした『黒鉄の魚影』など、特定のキャラクターに熱狂的なファン(いわゆる「安室の女」など)がつき、その「推し」を応援するために何度も劇場へ足を運ぶ「追いコナン」という現象が定着しました。
静野孔文監督時代(第15作〜)から、**「ハリウッド映画並みの派手なアクション」**を重視する演出に舵を切りました。
「映画館の大きなスクリーンで見る価値がある」爆発シーンや身体アクションを増やすことで、推理漫画としての枠を飛び出し、スカッとするエンターテインメント作品としての地位を確立しました。
映画単体で完結させつつも、原作の重要キャラクターの過去や新事実が映画で初公開されるケースが増えました。
黒の組織の核心に迫る描写や、赤井秀一・安室透などの人気キャラのバックボーンが映画で描かれるため、原作ファンが「見逃せないイベント」として劇場へ向かう仕組みになっています。
毎年4月のゴールデンウィーク前に公開するという**「春の風物詩」としてのブランディング**が成功しています。
次回予告の演出: 映画の最後に必ず「来年の主役」を暗示する特報が流れます。これにより、見終わった瞬間から翌年への期待感を持たせるという、非常に強力なファン繋ぎ止め戦略が機能しています。
SNSとの親和性: ネタバレを避けつつ熱量を共有しやすい構成になっており、公開直後のSNSでの盛り上がりが新規客を呼び込むループを作っています。
補足
近年では、日本国内だけでなくアジア圏を中心とした海外市場の成長も、制作予算の増加やクオリティ向上に寄与しており、それがさらに国内のヒットを後押しするという好循環が生まれています。
1日に59回も上映する映画館があるらしい 公開直後でも予約なしでも見れるのかな
Gemini の回答
1日59回という驚異的な上映回数は、2026年4月10日(明日!)公開の最新作**『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』に合わせて、「T・ジョイ横浜」**が打ち出したスケジュールですね。
もはや映画館のロビーが「電車の時刻表」状態になっているとSNSでも話題ですが、予約なしでふらっと行けるかどうかについては、以下のような状況が予想されます。
予約なしで見れる可能性は「高い」が、条件あり
結論から言うと、**「席を選ばなければ、どこかの回には滑り込める可能性が非常に高い」**です。
回転率が異常: 5分〜10分おきに次の上映が始まるため、一つの回が満席でも、15分後の回や30分後の回には空きがある、という状況が生まれます。
「予約なし」の落とし穴: 公開直後の土日は、予約なしで行くと「直近の回は満席で、2時間後の回しか空いていない」といった事態になりがちです。しかし、59回もあれば「15分待てば入れる」という状況になりやすく、飛び込み客にはかなり優しいスケジュールと言えます。
注意すべきポイント
良い席は埋まる: 中央の見やすい席やペアシートなどは、事前にネット予約で埋まってしまいます。予約なしだと「一番端っこ」や「最前列」になる覚悟は必要です。
舞台挨拶や特典: 公開初日や2日目の特定の回(入場者特典の配布初動など)は、回数が多くても一気に埋まる可能性があります。
劇場の混雑: 上映回数が多いということは、ロビーにいる人数も尋常ではありません。チケットを買うための列や、売店(ポップコーンやグッズ)の待ち時間で、結局上映時間に間に合わない…というリスクがあります。
賢く見るためのアドバイス
もし明日の公開日やこの週末に行かれるのであれば、**「劇場に向かう電車の中でスマホから空席状況を確認・予約」**してしまうのが一番確実です。
新宿区から横浜までは少し距離がありますが、わざわざ足を運んで「数時間待ち」になるのはもったいないですからね。もし「予約なし」にこだわるなら、お昼時などのピークを少しずらすだけで、よりスムーズに席が見つかるはずです。
今回の舞台が横浜ということもあって、聖地での59回上映はかなりお祭り騒ぎになりそうですね!
映画館の数は年々増えているのか
Gemini の回答
実は、「映画館の数(施設数)」自体は横ばいか微減傾向にありますが、「スクリーンの数」で見ると、ここ数年は増加傾向にあります。
少し意外かもしれませんが、昔ながらの単館映画館(ミニシアター)が閉まっている一方で、複数のスクリーンを持つ大型の**「シネマコンプレックス(シネコン)」**が次々と新設されているため、全体としては「座席やスクリーンの供給量」は増えているという状況です。
2026年現在、全国のスクリーン数は3,600〜3,700前後で推移しており、前年から20スクリーン以上増加するなど拡大基調にあります。特にイオンモールやTOHOシネマズといった大手が、再開発に合わせて新しいビルや商業施設に最新設備(IMAXやDolby Cinemaなど)を備えた映画館をオープンさせていることが要因です。
2. 「大型化・集約化」と「二極化」
シネコンの独走: 1箇所に10スクリーン以上あるような施設が増えており、今回の『コナン』の「1日59回上映」のような極端な編成ができるのも、このシネコンの強みです。
ミニシアターの苦境: その一方で、新宿シネマカリテやシネ・リーブル池袋といった歴史あるミニシアターが閉館するなど、小規模な映画館は厳しい経営状況が続いています。
3. 直近・今後の主な新設予定(2026年)
あなたの拠点である東京近郊でも、新しい映画館の動きが活発です。
「映画館という建物」の数は、閉館と開館が入り混じって増えている実感は薄いかもしれませんが、「映画を見られる場所(スクリーン)」の数は着実に増えています。
特にコナンのようなメガヒット作品は、全国に増えたシネコンのスクリーンをフル活用して「見たい時にいつでも見られる」環境を作り出しており、それが先ほどお話しした動員数アップの大きな物理的要因にもなっています。
Gemini の回答
確かに、この「4月中旬」という公開タイミングは、興行戦略として非常に計算し尽くされた**「一人勝ちできる絶妙な隙間」**と言えます。
なぜこの時期にビッグタイトルが重なりにくく、コナンが独走できるのか、その裏事情を読み解くと面白いですよ。
多くのファミリー向け大作映画(ドラえもん、プリキュア、ディズニー系など)は、3月の「春休み」に合わせて公開されます。一方で、洋画の超大作などは5月の「ゴールデンウィーク」に向けて公開されます。
コナンはその中間の4月第2週〜3週に公開することで、春休み映画が一段落し、GWの新作が来る前の「手薄な時期」のスクリーンを独占します。
劇場側も、GWに向けて集客の目玉が欲しい時期なので、コナンのために最大スクリーンを空けて待っている状態になります。
現在のコナンは、公開から数週間で興行収入50億、100億を軽々と稼ぎ出す「怪物」です。
他の配給会社としては、同じ時期に大型作品をぶつけても、スクリーンの確保や話題性で勝ち目がありません。そのため、**「4月後半に大きな映画を出すなら、コナンから2週間は離そう」**という力学が働きます。
明日、2026年4月10日公開の最新作**『ハイウェイの堕天使』**の周辺状況を見ても、この戦略は健在です。
強力なライバル: 4月後半には『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』や実写版『SAKAMOTO DAYS』などの話題作が控えていますが、いずれも4月24日以降やGW直前です。
独走期間: つまり、明日から約2週間は、全国の映画館のメインスクリーンが「コナン一色」になります。59回上映ができるのも、この時期に「他にこれほど客を呼べるコンテンツがない」からこそ可能な力技です。
もはや映画というよりは、お花見と同じような**「4月になったら映画館へコナンを見に行く」という年間行事として定着しています。
「ビッグタイトルが重ならないから勝つ」というより、「コナンが来るから他のビッグタイトルが道を譲り、結果としてお祭り騒ぎになる」**という、まさに王者の勝ち方になっています。
明日からのお祭り、せっかくなら59回上映という「歴史的瞬間」を横浜で体感してくるのも面白いかもしれませんね!
ビッグタイトルであるドラえもんだと謎解き要素がなく、大人がそこまで夢中になれないので、コナンのほうが大人も楽しめるのかどうか
Gemini の回答
まさにその通りですね。ドラえもんとコナンの決定的な違いは、ターゲット設定の**「解像度」と「レイヤー(階層)」の深さ**にあります。
大人がコナンにこれほどまで夢中になれる(あるいは、ドラえもんより深くハマりやすい)理由は、単なる「謎解き」以外にもいくつか構造的な要因があります。
ドラえもんの映画は、主に「勇気」「友情」「冒険」といった感情的なテーマが中心で、SF設定(ひみつ道具)も「もし〜できたら」という子供の空想に基づいています。
対してコナンは、**「大人の知的好奇心」**を刺激する作りになっています。
専門知識の導入: 化学、歴史、最新の軍事技術、ITなど、大人が「へぇ〜」と思うようなトリビアがトリックに組み込まれます。
ロジックの積み重ね: 伏線回収の快感は、論理的思考を好む大人にとって非常に強力なエンタメになります。
2. 「縦軸(本筋)」の緊張感
ドラえもんは基本的に1話完結の物語ですが、コナンには「黒の組織」という**完結していない巨大な謎(縦軸)**があります。
映画のたびに「組織の核心に1ミリ近づくのか?」「RUM(ラム)の正体に関するヒントが出るのか?」といった緊張感があり、これはもはや長編サスペンスドラマを20年以上追いかけている感覚に近いです。この「続きが気になる」感覚が大人を引き離しません。
3. 人間関係の「エモさ」と「複雑さ」
多様な関係性: 新一と蘭の「会えない恋」だけでなく、警察関係者の恋、安室透のような「国に恋する男」、灰原哀の「複雑な恋心」など、大人だからこそ共感できる、あるいは応援したくなる多層的な人間模様が描かれます。
これにより、キャラクターを「子供向けアニメの登場人物」としてではなく、**「推し」**として応援する大人が激増しました。
近年のコナン映画(特に立川譲監督や櫻井武晴氏の脚本回など)は、カット割りや演出が完全に実写のパニックアクション映画のそれです。
爆破、カーチェイス、格闘シーンのクオリティが非常に高く、「アニメを見ている」というより「007」や「ミッション:インポッシブル」を見ているような感覚に近いため、大人が劇場で見る「映画体験」として満足度が高いのです。
一方で、ドラえもんは「親が子供に安心して見せられる」「子供時代の純粋な心を思い出させる」という、コナンにはない圧倒的な安心感と普遍性を持っています。
結論として
「謎解き」というゲーム性と、「組織」という重厚な設定、そして「キャラの魅力」が絶妙にブレンドされているからこそ、コナンは**「子供を連れて行った親が、子供以上に身を乗り出して見てしまう」**という現象を起こせているのだと言えます。
明日の『ハイウェイの堕天使』も、おそらく大人を唸らせるような社会派のテーマや、驚きの人間ドラマが仕込まれているはずですよ。
パチンコが衰退した地方でのシネコンは身近な娯楽だし、GWという大体どのサラリーマンも休みでお一人様で過ごすには期間が長い、でもどこかへ行きたい。ひとりで行ける場所、そうだ映画。という風にはなりやすいんでは
Gemini の回答
その洞察、非常に鋭いです。まさに現代の地方都市における「レジャーの空白」をシネコンが埋めている側面は確実にあります。
おっしゃる通り、以下の3つの要素が組み合わさることで、コナンやシネコンが「お一人様」の強力な受け皿になっています。
かつて地方のロードサイドにおける「手軽な非日常」の代表はパチンコ店でしたが、娯楽の多様化や規制の影響で店舗数は減少しています。
その一方で、郊外の巨大なショッピングモール(イオンモールなど)に併設されたシネコンは、以下のような点でパチンコに代わる「身近な逃避場所」となっています。
心理的ハードルの低さ: 1人でも入りやすく、清潔で、冷暖房完備。
コストパフォーマンス: 2,000円前後で2時間、完全に現実を忘れて没頭できる体験は、現代のタイパ・コスパ重視の傾向にも合致しています。
サラリーマンにとって、GWのような長期休暇は嬉しい反面、予定がないと「何もしない罪悪感」や「手持ち無沙汰」を感じやすい期間です。
ダンサーの池松壮亮とタクシー運転手の伊藤沙莉が出会って付き合って別れてその後の話。
あらすじにも書いたけどぶっちゃけ特別なことはほとんど起きない。
まぁ、池松のバイト先の水族館に無断で侵入して急に盛り出り、会社から許可が出なかったタクシーの無断使用したりとこいつらモラルないなってイベントが定期的に挟まってイラッとさせられることはあるんだが基本的には何か人が死んだり(死ぬけど)はしないし三角関係も起きない(起きるけど)、何の変哲もない恋愛模様が描かれる。
ほな、この映画の一番の面白ポイントなにかっていうと、6年分の池松の誕生日を逆順に辿っていく作劇手法。
2021年コロナ禍の7月26日からスタートし、2020年、2019年と同じ日の2人を遡っていく。
その性質上、いろんなシーンで池松と伊藤を対応させて撮影している。例えば序盤に家で音楽にあわせてダンスのストレッチ運動を一人でしている池松のシーンがあってカットが切り替わるとタクシー会社で洗車しながらラジオ体操をちょっとだけやっている伊藤のシーンになったりする。
そして時が遡って2人がラブラブだったときには、朝チュンした後に池松と伊藤が並んでダンスのストレッチ運動をしているシーンが入ったりして、あぁ、この時はもう失われてしまったんだなぁとしんみりしたりする。
こうして、別れた後からスタートしてどう別れてどうラブラブでどうそうなってどう出会ってと、終わりから逆に見ていくことで、表現が難しいんやけど「別れる」という結果がわかっていてもその過程にも意味があったんやなって思えるような映画。
でもその過去を過度に美化しないで「ちょっと思い出しただけ」で日常は続くという終わりも嫌いじゃない。
冒頭、コロナ禍のタクシー運転手の伊藤(かわいい布マスクをしていて医療リテラシーゼロ)が尾崎世界観を乗せて池松が働いている劇場に立ち寄るところから話が始まり、その2年前足の怪我でダンサーの夢を絶たれた池松が照明係として働き始めたライブハウスでライブをやっているのが尾崎世界観で、その4年前2人が池松演出の舞台で出会ってエスケープした先の商店街でストリートミュージシャンをやっている尾崎世界観の演奏をバックに2人で踊る。
2019年にスタッフとして尾崎と再会した池松は尾崎に「どこかでお会いしましたっけ?」と聞くが当然尾崎は知らない。そして最後に2021年に戻り、トイレから出てきた尾崎と池松がばったり出会い尾崎は「どこかでお会いしましたっけ?」と聞き、池松は「えぇ、何度か」と答える。今作が尾崎世界観が作った楽曲にインスパイアされて作られた映画だということを考えれば、人生における"音楽"ってそういうもんだよなと思う。転換期に、そういえばあの時もこいつの曲聴いてたなってついつい思い返してしまう。そんな感じ。
2人の恋愛とは全然関係なく出てきてずっと公園のベンチで妻を待ってる永瀬正敏がいるんだけど、冒頭ではその奥さんはもう死んでてそれでもずっと同じベンチに座って待ってる。でも時を遡って奥さんが生きてた時もずっとベンチで奥さんを待ってるんだよね。時が経って環境が変わっても変わらないものの象徴として、時が経って変わっていく2人というテーマのアンカーとしての役割を果たしてたと思う。
バーのマスターの國村隼がずっとジェンガしてるのもジェンガの「下の方の木を抜いて上に積み上げていく」というこの映画の作劇と合っているし、人生というものはただ積みあがっていくものではなく過去を積み直していくものでもあるし、いつかは崩れたとしてもまた積み直せるものだということなのかなとも思ったり。
あと池松がダンサー時代は髪が長くて照明の仕事をするって決めたときに髪を切って、2021年にはまた髪が伸びてるんだけど映画の最後で冒頭で照明の仕事場のステージでダンスしているシーンに戻ったときに、まぁ人生ってそんな簡単に割り切れないよなっていうリアリティを感じて切なくなりましたよ。文字通り後ろ髪引かれてんやなって。あとモップ掛けした後のステージではだしで踊ったら意味ないからまたモップかけとけよと思いました。
そんなこんなで特別なことが起きるわけではないのだけれど、これ以外にもいろいろと考えさせられる要素や考え尽くされた要素が多くてちゃんと作られたいい映画だなぁと思いました。まぁ俺は定期で言ってるけどドカーン!っていう映画が本来好きなので、そういう映画が好き!何も起きない地味な映画嫌い!って人にはあんまおすすめできないかな。逆にそれ以外の人はオススメ。
【悲報】平均的増田の民の俺氏、うっかりジャニタレ主演キラキラ系恋愛映画に挑むもイチミリも刺さらずに泣く。40点。
ナーロッパ留学でいろいろあって日本の音大に逃げ帰ってきた主人公は旧校舎でピアノを弾く古川に出会う。で、主人公に恋心を抱くかわいい幼馴染とすったもんだあったりしながらも古川とイチャついていると急に古川はいなくなってしまう。古川の実家を訪ねた主人公はとんでもない真実を知ることになる。
みたいな話だった気がする。知らんけど(やり投げ)
おそらく恋愛映画だろうということは知りつつもアマプラで26レビューで星5というパーフェクトスコアに期待して見たらジャニタレ主演でファンの爆撃と人が死んだら泣いちゃう系観客(別にそれが悪いとは言わんけどさ)によるスコアで俺はまったく想定された顧客ではなく肩を落とし自分の感性の貧困さに号泣してしまったのだった。
とりあえずサラっといいところだけネタバレ全開で書いていくと。
設定はギリよかった。旧校舎で出会った古川は携帯もスマホも持ってないし主人公以外の人間とほとんどコミュニケートしないので、あ、こいつシックスセンスだな、でもピアノは弾いてるんだよな、もしかしてファイトクラブなのかななどと思って見ているとなんと、20年前からタイムリープしてきていた存在だったことがわかる。しかしその副作用で現代では「実存はするが最初に目があった人にしか認識されない」ようになっていたという設定。
これ自体はどういう理屈やねんというのはさておき、設定として新しいし作劇的にいろんな問題を一気に解決できる表現する価値のあるアイデアだなと思った。中盤に古川が「この108歩は私にとって大切なの」と告げ、三歩必殺の拡大版かな?となる展開があるんだけど、それが終盤に「旧校舎のピアノから主人公が待ってるベンチまでの歩数」であることがわかり、彼女は他の人に出会わないように目を瞑ってドキドキしながら廊下を歩いていたことがわかって、ちょっとじんわりする。だとしても108歩は長いな、一歩の等間隔感すごすぎるなと思わんでもないが、特殊ルール含めてトキメキギミックとしてよくできてた。
他はまぁ、あんまよくなかった。っつーか、上に書いたギミックに全振りしてて話がスッカスカやねん。
主人公はヨーロッパにピアノ留学してたけど逃げ帰ってきてピアノにトラウマがあるって設定があるんだけど、それが途中でカリスマ性のないフレッチャーみたいなハゲに「日本に帰れ!」と罵倒されるシーンが10秒くらい挿入されるだけでその後一切出てこなくなる。で、古川と一緒にピアノ弾いてたらなんか楽しくなってきた!で解決する。
ハァ?この恋愛においてここは主人公が成長すべき唯一のポイントやろ。なぜキャワな幼馴染ではなく古川でなければならなかったのか。そこを彼のトラウマと絡めて昇華させるのがドラマを描くってことやろがい。な~に、イチャイチャしてたらなんか気分良くなってきたからもう大丈夫じゃい。それがリアルって言われればそれはそう。
で、もうここは俺が完全に悪いんだけど主人公と古川の恋愛模様に一切興味が持てないし、そこに幼馴染が関わってくる三角関係もしょうもないしこの辺全部虚無。でもさ~、だってもう全部クリシェなんだもん。幼馴染が無理やり主人公とチューしてそれを古川が見ててショックを受けて走って逃げだしてそれに気づいた主人公が追いかける展開、1億回は見たよ。20年前からやってきた死にかけ女との恋愛っていう何重にも捻れる設定出しておいて恋愛面でのワンダーがまったくない。
古川が20年前の旧校舎でピアノ弾いてたら突然どこからともなく楽譜が降ってきてそれを弾いたらタイムリープできるって設定なんだけど、その楽譜が何なのかの説明もねぇし。ドラえもんの世界か?こんなもんアホでも美味しく料理できる素材やろ。ちょろっとでもその楽譜も未来、もしくは過去から来たとか、連綿と受け継がれてたとか出すだけで深みが出るやん。あと20年後の世界にいることがわかってやるべきことは絶対に恋愛じゃねぇだろ!って思うのは俺が増田の民だからだろう。俺だったらまず株を買う。
演技もおおむね悪かったです。古川琴音、みなに幸あれではあんま気にならなかったけどすげーモチャモチャ喋ってなって感じるし、主人公もなんかボケっとした演技だし、音大生も浮かれた演技で~す!って感じだし。あと途中で出てきたピアノ王子とか言うやつ、ビジュがどう見ても王子様じゃなくてもしかして逆にイジメられてるのかなと思ってしまいました。
そんなこんなで間違った映画を見てしまった感覚で終始、俺はこの世界に存在してはならない人間なんだ!という過去に戻って倒れている古川を発見した主人公のような悲痛な面持ちで映画を見ていました。まぁ、設定の面白さもあるし絵作りは割とちゃんとしてるし、ジャニタレも出てるし、あとヒロインが可愛そうな感じで死ぬのでそういうのが好きな人にはたぶんオススメ。
年末年始におすすめのちょっと長めの動画を紹介する。年末年始見るもの無いよ〜という方は是非。増田も皆さんのイチオシコンテンツを知りたいので、コメントで紹介していただけるとと嬉しい。
①こたけ正義感のギルティーチャンネル:こたけ正義感『弁論』(78分)
増田がこのダイアリーを書こうと思ったきっかけの動画。現役弁護士芸人のこたけ正義感による1時間の独演会。「生活保護」をテーマにユーモアと啓蒙を織り交ぜた圧巻の内容。生活保護に対するイメージが変わると思う。昨年は「袴田事件」を扱っていた氏だが、凄みを増してる。1/18までの限定公開なのでお早めに。
https://youtu.be/-2z6drn-DKo?si=1W5kajQ1o1lC5nHZ
②資産価値ZERO-限界ニュータウン探訪記-:【全管連事件】REIWAリゾート=上野健一の住民支配(前編58分 後編45分)
2013年に経営破綻した「全管連」の不動産預託金事件を追ったルポ。投稿主は分譲放棄地を扱うYouTuberて、前後編2時間弱に及ぶ大作。投稿主の軽妙な語り口もあって、不動産の知識が無くても全然楽しめる。別荘分譲、投機不動産ビジネスの滅茶苦茶さを体感できる。
https://youtu.be/ohswKkhmoAA?si=yWcd5sjL11uYT-lO
③ダウ90000:ダウ90000コント「りんごむけるだけ」(74分)
9人組お笑いユニットの長尺コント。20代の恋愛模様が次第に修羅場になっていき…。1時間ずっと面白くて、これを無料で観ていいんだろうかとすら思う。コントでも演劇でもない新しいコメディの体験ができると思うので、ダウ90000を知らない/観たことない人はこの期間に是非観てほしい。
https://youtu.be/-2z6drn-DKo?si=1W5kajQ1o1lC5nHZ
④ゆっくり今昔旅行:【絶望】46年前のるるぶで横浜観光してみた【今昔旅行•ゆっくり実況】(31分)
スマホを使わずに、1979年の旅行雑誌「るるぶ」に掲載された情報だけを頼りに旅行する企画。投稿主の初投稿動画とは思えないクオリティで、とんでもなくストイック。46年の時を経て軒並み店が無くなっている中、苦労して見つけた現存する店が定休日だったのは笑った。「るるぶ」の記載からあの時代の空気を感じられる。当時を知る人も知らない人も楽しめる良動画。
https://youtu.be/lzjIcPAL6lQ?si=_58AHF-f8dmm0bMd
⑤アニメ『銀河特急 ミルキー⭐︎サブウェイ』公式:銀河特急 ミルキー⭐︎サブウェイ(4分×12)
インディーズ出身の亀山陽平氏が原作・脚本・監督・デザイン等をほぼ一人で手がけた個人制作3Dアニメ。1人で作ってるとは思えない。まじヤバい。ダウナーだけどスピード感があって、SF、アクション、コメディ、どの角度でもレベル高い。一気見できる。
https://youtu.be/iHd7eWUXuLU?si=9GlOc9NePb9JVveC
⑥バキ童ちゃんねる:ぐんぴぃの未来、本気で考えてみよう(45分)
バキ童チャンネルのレギュラーメンバーがバキバキ童貞ことぐんぴぃの将来をみんなで議論する動画。ぐんぴぃは童貞を卒業した訳だが、その前に投稿された動画で、穢れなき存在として童貞を神聖視する男性の絶妙な視点が伝わってくるし、チャンネルのメンバーが真摯にぐんぴぃという存在に向き合っていることが伝わってくる。友情ともまた違った関係性が妙に生々しい。
https://youtu.be/hvQaQMqUh9k?si=-CY6qpyaTWmUnCpe
⑦ゆるコンピュータ科学ラジオ:大規模言語モデルはただの遷移図。実際に作って理解しよう【大規模言語モデル】(32分)
意外と理解していない生成AIのロジックをハンズオンで学べる。続編では更に細かい生成AIの工夫にも触れられているので、こちらもオススメ。ド文系の増田も楽しめた。
https://youtu.be/1sKCKo_p75A?si=EfPi9DDnlPvmLlaC
⑧探偵ナイトスクープ:ドアが開かないポルシェ。ガラスを割らずに解錠する裏ワザって?(12分)
ドアが開かなくなったポルシェのエンジンをどうにかしてスタートさせたいという依頼。依頼主がなんだか癪に障るというフリから始まり、最高のオチが待ってて、爆笑した。長い動画じゃないけど面白すぎたので紹介する。
一昨年の年始に成人式の話がルッキズム丸出しで炎上していたと思うが、そもそもちびまる子ちゃんの作品そのものがルッキズムヤバイよね
花輪くん、城ヶ崎さん、大野くん、杉山くんあたりの美人・イケメンキャラは良い人として描かれていて、逆に前田さん、みぎわさん、藤木あたりのブス・不細工キャラは悪い人として描かれている。そして主人公=作者のまる子はどちらかというと可愛いよりのデザインなのがまたキモい。
全く別の話なのだが、作者自ら脚本を担当した『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』って映画、これよく考えると痛すぎない?
作者のアバターであるまる子とオリキャラ白人イケメンの恋愛模様を映画にしました〜ってキッッッツ!!って思っちゃう。ちなみに声優もイケメン俳優なのがさらにキツイ。金の力で夢小説を映画化して楽しいか?
そしてこの映画もルッキズム丸出しで白人イケメンのアンドレア以外にもインド、ハワイ、ブラジル、香港からの留学生も登場するがみんなステレオタイプすぎてビビるよ。
ChatGPTちゃんに
プロデューサーでもあり美食家の秋元康さんことやすすが初めてビリヤニを食べてその味に感動して
DJおみそしるとMJごはんさんの手法に則ってビリヤニ作り数え歌を作ってその曲名がビリヤニになった直球曲?って尋ねたら、
それは絶対ない!違う!と、
こればっかりは肯定的に乗っかってくれないハッキリとものを言うChatGPTちゃんにジワジワくるわ。
ねえAがいい?それともBがいい?って尋ねるとだいたいは
「うーん、AもいいですがBもいいですな!」って
どっちつかずなこと言いがちな感じのChatGPTちゃんだったけど、
この曲名ビリヤニがビリヤニ作り数え歌の可能性は?ってことに関してはスバリ可能性はゼロです!って言うのよね。
なんかこれ相当ビリヤニ界隈盛り上がっているんじゃないかしら?って思う反面、
交差する運命をスパイスが絡み合って美味しく仕上がったビリヤニに例えている恋愛模様を歌っているのか?
それとも、
初恋の人の香りがもう別れてしまったけどふと立ち寄ったインドレストランで食べたビリヤニの香りで思い出す初恋思い出しソングなのか?
安直に複雑に絡み合う何かの人の人生だとか恋模様だとかをスパイスになぞらえて比喩しているとしても
これ安直じゃない?
やすすはそんなことするのかしら?
って私はもちろんやすすのことを何一つ知らないし、
坂ごとでコンセプトが違うって言うし、
坂同士の移籍とかもないって言うじゃない。
やすすが坂メンバーのメンタルが落ち込んでいるときに屋上でアイスクリームを一緒に食べることも絶対にないってChatGPTちゃんそう言っていたわ。
それに私ほとんど言うか坂界隈のことは知らなかったので、
総勢何人いんのよ?ってのもあるじゃない。
これ熱心なファンの人はエクセルでメンバーの今日どの番組に出る!ってかそう言うのを記している人もきっといそうじゃない?
私はそんなビックコンテンツに今から取りかかることができないわ。
あまりにも乃木坂46ってそういういわゆる坂系ってコンテンツ覆いすぎるわ!
そんで、
でもさビリヤニって曲は聴いてみたいじゃない?
インターネッツで調べたら、
全く私の未知の領域に曲1つだけなのにそんなに種類バージョンエディションあんの?って腰を抜かしてしまったわ。
SKU46!って
そのぐらい冗談抜きで
種類が多かったので
よく分からないから配信で1曲でたらこっそり買ってみると目論んでいるところよ。
「ビリヤニ」って曲名を掲げていて40枚目のシングルって結構節目じゃないの?
そこでビリヤニってやっぱりこれハードル上げすぎなんじゃない?
これが例えビリヤニ作り数え歌だったら?
乃木坂のメンバーがビリヤニ屋さんを開店のオープンするってそっちに舵を切っていったら?
もうとにかくビリヤニのことで頭がいっぱいよ。
なんか急に最近ビリヤニのランチの発注が多くてどうしたんだろう?って首をかしげているかもしれないわ。
インド系楽器やインドネパール辺りの地名にそしてスパイス名は絶対に歌詞に入れられないNGワードよね?絶対に。
槇原敬之さんよりも言わないよ絶対に!ってより絶対感がマックスだと思う!
しかも
ビリヤニって
とはいえビリヤニ界隈の琴線に触れさせるには数があまりにもビリヤニ好き人口が少なすぎるニッチだし
ビリヤニ層をがっさりいくっていっても、
ターゲットとしてもそこ狙うの変わよね?
さんざんビリヤニって言っておいて、
ChatGPTちゃん何かの拍子でそうですね!って全然賛成言ってくれない
ビリヤニ作り数え歌ではないことは確実みたいよ。
ビリヤニ注文する人を見ては、
あなた乃木坂のファンなのね?って思われるのもなんか普通のビリヤニ好きとしてはそう思われるのかな?ってこれは考えすぎよね。
まったくもって謎過ぎるわ。
いったいどうなるのかしら?
うふふ。
ツナ美味しいわよね。
そんな変なツナサンドイッチは最近見かけないわよね本当に美味しくなったものね。
作りたてはホッツで作っておいたけれど
その後は粗熱とって常温のままではいかないので、
さすがに寒くなってきたので思いっ切り冷えたウォーラーは寒くて身体冷えちゃいそうな、
もう一気に気温が下がってきてるわよね。
こういう季節の切り替え変わる瞬間に人は風邪引くので
いつもより慎重に暮らさないといけないわね。
みんなも気を付けて!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
クソアニメ愛好家の一角である。これまで約50本のクソアニメを観てきて、Amazonでレビューを残している。
あなたはクソアニメをご存じだろうか。辞書的な定義だと、pixiv百科事典が参考になる。
クソアニメとは出来がクソでつまらないアニメという意味の言葉。
具体的(?)な例としては
・作画や声優の演技など作品そのものの基本的なクオリティが低い
こんなところである。
今回はクソアニメを紹介するのだが、真の意味でのそれは1本に留めている。クソアニメと言っても色々ある。その多くは「製作を頑張ったけど"届かなかった"もの」である。当然だが、アニメの作り手の方々はマジでやってる。本気で創作してるのだ。クソアニメという蔑称を付けて紹介するのは気が引ける。
だから今回、真の意味でのクソアニメというのは……製作委員会が圧倒的にやる気不足、実力不足、資源不足でそうなってしまったものだ。先に言っておくが『ジビエート』を選んだ。
それ以外は、ちょっと惜しかったものや、ダメダメなんだけど作り手の本気がうかがえるものを紹介する。なお、昔のクソアニメは知ってる人が多いので、できるだけ近年のものを選んでいる。文字数は各千字程度とする。
紹介するのは各部門(①作画、②脚本、③努力、④悲運、⑤神クソアニメ)5つ。では、早速いってみよう。極力ネタバレはせずに、フワッとした紹介にする。
すべてが「事故」だった。作画崩壊を超えたナニカである。正式タイトルは『DYNAMIC CHORD』。通称ダイナー。
こちらは、多くの視聴者に衝撃を与え、そして困惑と爆笑の渦に叩き込んだ伝説的な作品である。ニコニコ動画では「観る抗うつ剤」と言われる(表記ゆれあり)。原作ゲームのファンからは嘆きの声だったが、一部の視聴者からはカルト的な人気を得ている。
誰もが指摘せずにはいられないのが、その圧倒的な作画崩壊。キャラクターの顔は話ごとに変わるし、遠景の人物はもはや判別不能なまでに歪み、時には背景と人物が完全に融合するシュールな光景が繰り広げられる。制作現場はおそらく「ダイナミック」だったのだろう。
点字ブロックが障碍者を殺しにきているなど、もはや意図を読み取ることすら困難な描写の数々。「崩壊」というよりは、むしろ「フリーダム」と呼ぶべき領域に達している。2017年当時のニコ動視聴者の腹筋を崩壊させた。
ライブシーンでの楽器の持ち方の不自然さや、指の動きと音源の乖離も音楽アニメとしては致命的でありながら、この作品の「味」となっていた。
ストーリーもまた、視聴者を置いてきぼりにする展開の連続である。バンド間の人間模様や恋愛、葛藤を描くはずが――脈絡のない会話、唐突な出来事の発生、意味不明なセリフの応酬により、物語の核を掴むことが難しい。『ヒプノシスマイク』が如何に優良アニメであるかを思い知らされる。
結論としては……『DYNAMIC CHORD』は、アニメ制作におけるあらゆる「やってはいけないこと」を詰め込んだ作品だった。だが、その圧倒的な完成度の低さ、あるいは高すぎる芸術性が、皮肉にも多くの人々の記憶に残り、「伝説」となった。
真面目に評価すれば低評価しかないが、ここまで振り切れた作品はほかにない。「見て損はない」と言えるのかも。あなたが「クソアニメ」の概念を理解したいなら、ぜひ。
視聴にあたっては、ニコ動を推奨する。やはりコメント付きだと違う。あにこ便もチェックしてみよう。
なお、似たような系統としては、『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』が挙げられる。こちらも作画崩壊アニメだが、ダイナミックコードに比べると製作陣の本気がうかがえる。OP映像は最初こそ未完成だが、後半になるとすっかり完成して、ある種の感動を覚える。『BEATLESS』『出会って5秒でバトル』も同等といえる。
虚無の時間を知りたいなら視聴をおススメする。2020年、コロナ禍で混沌とする世の中において、ひときわ異彩(異臭)を放っていたアニメ。それが『ジビエート』だ。
「クソアニメ」という言葉では生ぬるい、もはや「アニメの屍」と呼ぶべきその惨状は、多くの視聴者の度肝を抜き、忘れられない記憶として刻まれた。制作陣の豪華さとは裏腹に、なぜ本作はこれほどまでに語り草となる「伝説」を築き上げてしまったのか。
まず目を引いたのは、柿原徹也、藤井ゆきよ、東地宏樹、池田秀一といった錚々たる声優陣。OP曲は演奏のみのオフボーカル(吉田兄弟)、ED曲は大黒摩季。まさに一流。
誠に遺憾ながら、彼らがどれだけ熱演しようとも、意味不明なセリフ回しや棒立ちのキャラクター、そして視聴者の理解を超えた展開によって、その演技は虚空に消え去った。まるで、一流の料理人が腐った食材で調理しているような。
全編を通して、まるでPS2時代のゲームのようなカクカクとしたCG、不自然すぎる動き、そして頻繁に挟み込まれる静止画。特に戦闘シーンは、もはや何が起こっているのか判別不能なレベルであり、キャラクターが棒立ちで銃を撃つだけ、謎の光線が飛び交うだけ、という展開の連続だった。キャラデザは天野喜孝のはずなのに、なぜこんなことに?
さて、肝心の脚本である。視聴者の理解を最も困難にしたのが支離滅裂なストーリーだ。タイムスリップしてきた侍や忍者が、ウィルスによって変異した「ジビエ」と戦うという設定自体は悪くないものの、話の展開はとにかく唐突で、伏線回収も皆無。「俺忍者!」「そうなんだ~」といった感じで話が進んでいく。
視聴者は彼らが何のために戦っているのか、何を目指しているのか、最後まで理解できない。結果として、物語は収拾がつかないままに最終回を迎えた。虚無感である。「こういう結末もアリってことだ!」
結論としては、鑑賞すべき失敗作である。『ジビエート』は、アニメ制作におけるあらゆる「失敗」を凝縮したような作品だ。しかし、そのあまりに徹底した「残念さ」は、逆に一種のエンターテイメントだ。
当時のTwitterやあにこ便では、毎週のようにトレンド入りし、その「クソさ」を語り合うことで人々は連帯感を覚えた。
真面目に評価すると、酷評しかない。先ほど取り上げたアニメとは違って、こちらは製作陣にやる気が感じられない。本気度がないのである。アマプラではレビュー評価が低すぎてビデオ自体が一度削除されている。
ただ、「ここまでひどいアニメがあるのか」という驚きと、それによってもたらされる負の感動は、他の作品では味わえない。もしあなたが「最低のアニメ」を体験したいなら、『ジビエート』は間違いなく筆頭に挙げられる。同類としては、『ぱすてるメモリーズ』が挙げられる。こちらは第2話のトレースが発覚して訴訟沙汰寸前に至っている。当然もう観れない。
なぜリアルになれなかったのか。原作を表現しきれなかった作り手の痛みが伝わってくる。
2018年に『3D彼女 リアルガール』という恋愛アニメがあった。
オタクっぽい高校生と美人JKの恋愛譚なのだが、これがまた……リアルといえばリアルで、男性が見てもつまらなくはない。しかし、製作陣がその忙しさに耐えられなかったのだろう。残念アニメとなった。
本作がまず直面した問題は、映像クオリティの低さだ。「リアルガール」と銘打っているにもかかわらず、キャラクターの作画は不安定で、表情の変化に乏しい。原作の持つ魅力や、細やかな感情の機微を表現するには力不足だ。
また、頻繁に挟まれる静止画や動きの少ないアニメーションは、ラブコメ的な躍動感を欠いている。今季アニメだと『薫る花は凛と咲く』の表情的躍動感がラブコメには必須である。瑞々しい青春期の揺れ動く心情を表現しきれていないのは残念である。
キャラクターの魅力もそうだ。原作の魅力の一つは、オタク気質の主人公「つっつん」と美少女「色葉」という、一見不釣合いな二人の関係性の変化、そして彼らを取り巻く個性豊かな友人たちにある。しかし、アニメでは前述の作画や演出の拙さにより、これらの本来の魅力が半減している。
キャラクターの表情や仕草が適切に描かれないのは致命的だ。共感がしにくくなる。なんというか、本当にすべてが「のっぺり」である。視聴者は彼らの恋愛模様に共感したり、応援するのが難しくなる。
決して原作が悪いわけではなく、アニメーション制作側の力量不足が招いた悲劇と言える。原作ファンにとっては「原作に失礼」と感じさせる出来栄えであり、新規視聴者にとっては「なぜこれが人気漫画?」と疑問を抱かせる。
だがしかし、基礎的なアイデアに光るものはあった。京アニが制作していたら、『リズと青い鳥』のような人気作になっていた可能性濃厚である。
似たアニメとしては、『ネト充のススメ』が挙げられる。こちらは、リアルガールと比べるとはるかに健闘しているが、やはりリソース不足が否めない。作画や演出があまりに簡単すぎる。4話までは通用するレベルだが、後半にいくにつれて息切れが目立ってくる。良アニメだとは思う。『Wake Up,Girls!』『エガオノダイカ』『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』もこの類である。
輝きを失った星である。放送局の都合に左右された悲運な作品といえる。本当は2クールだったのに、1クールに強制圧縮された関係で尻切れトンボになった。
オリジナルロボットアニメとして期待されながらも、その評価は残念なものに終わった。特に物語の後半は視聴者の困惑を招き、「クソアニメ」と揶揄されるほどに評価を落とした。
序盤は面白かった。本当に。期待してたよ、マジで。でも失速した。物語は、主人公ソウゴと、不思議な少女フェリア、そして巨大なロボット「ガーディアン」との出会いから始まるのだが――ラピュタみたいな始まり方でワクワクを覚えた記憶がある。
序盤は、まさに王道ファンタジーロボットアニメである。美麗なメカニックデザインや、キャラクター描写も美しい。滑り出しは悪くなかった。
だが、長くは続かなかった。とにかく説明不足としか言いようがない展開が続く。中盤以降は、世界観や設定に関する説明が極端に不足してしまい、視聴者は物語に何が起こっているのか理解に苦しむ状況が続いた。特に、物語の核心に触れるはずの「ギフト」や「ルシファー」といったキーワードに関する描写が抽象的すぎて理解不能。
キャラクターの感情の変化や成長がほとんど描かれないまま、唐突な展開が繰り返された。物語に引き込まれることがない。主人公とヒロインの関係性の掘り下げがなくて、肝心な局面でも感情的な繋がりが希薄に感じた。
結論としては、未消化としか言いようがない。話数変更が響いたのだろう。最終回は本当に唐突の連続だった。魅力的な要素はあったのに、消化しきれなかった残念さがある。まさに悲運。
なお、同じような事情(2クール→1クールに変更)になったアニメの例としては、ほかにガリレイドンナ、魔法戦争、星合の空などがある。いずれも尻切れトンボ感が凄かった。特に星合の空は残念だった。
神クソアニメとは、一見クソアニメに見えるものの、実際は視聴者の心に感動を残す作品をいう。
この『魔王様、リトライ!』だが、紛うことなきクソアニメの一角である。
作画は安物だし、OP曲のセンスは10年前だし、各話タイトルはどこかで聞いたことがあるし、台詞も同じくどこかで聞いたことがあるし、キャラの名前もやはりどこかで聞いたことがあるし、バトルシーンは餅が跳ねているし、魔法名エフェクトは気の抜けた感じだし、岩場まで吹っ飛ばされたのに草むらに落ちた音がするし、とにかくすべての要素が三流としか言いようがない。
でも、私の評価はAmazonだと★4以上だ。すべての要素が三流だからといって、つまらない作品になるわけではない。
例えば作画。廉価アニメのそれには違いない。魔王様、リトライ!の作画なのだが……
動かない。動きません。びっくりするぐらい動かない。「バトルシーンを動かさないという実験作なのか?」という想いが伝わってくるほどに動かない。一例として、第3話において敵に襲われるバトルシーンで、
「偽りの天使に死を! ファイヤーバードッ!」
「聖女に嘆きあれ……アイスハンマアアアアアッ!!」
という詠唱から始まるバトルシーンの最中に、口に含んでいた飲み物を吹き出した。今見ても吹き出してしまうのだと思う。なお、人物は動かなかったがドラゴンはよく動いていた。衝撃で舞い散る石畳も。
一方で、矛盾するようだが、作画そのものは悪くない、むしろ良質と思えることもある。主人公である九内伯斗やアク、ルナといったメインキャラの作画は綺麗さを保っている。初登場時のルナを見た時は、違うアニメを見ていると錯覚しそうになった。美麗ではないけど、シンプルでシュッとしていて、洗練さがある。
この作品で最も推したいポイントは『笑い』だ。とにかくこの作品は、笑いに特化している。
EKACHI EPILKA(エカチエピルカ)というあまり聞かない制作会社が作っている。実力がある会社だと感じた。
おそらく、視聴者がどういう反応をするのかわかっていて、わざとこういう作風にしている。
実はこちらの作品、2024年に第2期が放送された。1期とは比べ物にならないほどひどい出来だった。アマプラでの平均評価も2.9しかない。ちなみに1期は3.8。低予算アニメとしては相当高い。
同年の作品としては『手品先輩』がある。こちらも低予算ながら製作陣が健闘した秀作である。
作品紹介は以上だ。
ひとつは、普通のクソアニメ。作画、脚本、演出、声優、音楽――何が悪いのか一概には言えないが、とにかく普通につまらない。放送前は話題にならず、放送中もアニメ板のスレッドが数パートしか進まず、終了後は「○話以降は見なくてよかった」「普通に駄作」「なんともいえない」といったコメントが掲示板に書き込まれる。
もうひとつは、ダメさ加減が突き抜けているアニメ。多くの場合、作画がとんでもないことになっている。そのうえ、ストーリーが理解不能だったり、キャラクターの名前が覚えられない。しかし、あまりに悪すぎて、それが逆に面白さに繋がっている。動画サイトや感想サイトで「これはひどい」と同好の士で語り合える。
最後のひとつが神クソアニメだ。製作者がお金も時間もない中で、良作品に仕上げている。まず一見して、これは低予算だなという印象が伝わってくる。作画でわかるし、脚本の展開に無理があるし、登場キャラが「どうしてそうなる?」という言動を取ることがある。
それでも面白いのは不思議なことじゃない。仮に、とある作品のすべての要素が三流だったとしても、一流の作品に仕上がることはある(聖剣使いの禁呪詠唱、イクシオンサーガDT、可愛ければ変態でも好きになってくれますか? など多数)。創作の世界にはそういう化学反応が存在している。
というか、神クソアニメは厳密にはクソアニメではない。『クソアニメの性質を有した神アニメ』である。
(最後に)
実はずっと、クソアニメ紹介をやりたいと思っていた。「時間がない」を言い訳にして、できないまま数年が経った。
生活環境が変わる時が迫っているので、それまでにはなんとか……というつもりで本記事を仕上げた。少しでも気に入った作品を見つけてもらえたらうれしい。
なお、クソアニメを観る場合は、SNSとか感想まとめブログとか、YouTubeとかニコ動のコメントとか、そういうのを伴いながらだと、より一層面白く視聴できると思う。
この前YouTubeで流れてきた広告の作品、具体的にタイトル挙げるのはやめとくけど
これがまた百合とカワイイ以外にな~んのテーマも見当たらない、死ぬほど薄っぺらいやつでさ
なんか今の「次やったらマジで"これ"だからな」ってネット発の一発ネタみたいだな……とか思ってたら、マジで出所そんな感じだった
百合好き以外狙う気一切なし、ある意味清々しいまでに予定調和のポルノって感じ
まあ創作なら好きにしたら、ってことでこっからが本題なんだけど
増田とかで、「高校時代好きな男がいたけど結局片思いでした~」みたいな自称ゲイの実体験風エピソードにまで「エモい」とか言い出すの
それ「エモい」っつーか、単にお前らがゲイだのレズだのの恋愛模様覗き見するのが大好きです、ってそんだけだろ?
でもさ
良い告白は成功した告白だけ、一方的な恋愛感情は加害ですらあります、みたいな、いわばネオリベラヴな空気漂うこのご時世に
どうして同性愛だけ、一方的であっても叶わなくても、そんな美しいものであるかのように持ち上げられなきゃならんのか
だったらゲイの皆様はリアルで相手にアプローチするなんて打率の低すぎる行為はスパッと諦めて、あのナイモンとかいうアプリにでも引きこもってそっちでやってなさい、って悪い差別感情が出てきそうになる
とにかく、お前らが都合よく消費したいというだけの話を、エモいって言葉で都合よくごまかすなよ
正直うすら寒いわ
世代ではないが中学生の頃からベルばらが好きで、少年漫画少女漫画分け隔てなく読むけど一番面白い漫画はベルサイユのばらで間違いないと思っている。
史実に忠実でありながらオリジナルの登場人物を違和感なく活躍させる作品としての構成力の高さはもちろんなんだけど、自分は女性なのもあってベルばらの人間模様というか、青年期に出会った誠実な男性から命がけの一途な愛を受け取る筋書きが刺さりに刺さる。
ただ疑問に思っているのは、世の男性ってああいう情熱的な恋愛模様を面白いと感じたり感動したりするものなの?
昨今の男女対立を眺めてると同じ作品を観ても同じ感動を得られてない(=男性には女性ほどベルばらが良い作品に思えていない)可能性があるのかなって気になってしまって。
最初は「オタクとはこういうものだ」と紹介するような漫画に思えた。
当時はオタクの地位が低かったのもあり、「オタクサークルの生活」を描くこと自体が面白かったのだろうな。
だから今読むと、価値観が古い感じがするのは否めない(面白いのは面白いけれど)。
コミケ参加やコスプレに対する抵抗感も、今ではほとんどないし、時代がげんしけんに追いついたとも言える。
自分は木尾士目先生の前作『五年生』が好きだったこともあり、明るい作風の『げんしけん』には最初違和感があった。
ただ、連載が進むにつれて社会的にオタクの地位が向上し、作品の方向性も変わっていったのだろう。次第にオタク要素よりも、誰と誰がくっつくかといった恋愛模様が中心になり、もはや別の漫画のようになってしまった。
自分が木尾士目先生の作品に惹かれていたのは、大学生活の描写だった。大学生活がそれなりに楽しかったこともあり、そのゆるい雰囲気を漫画として味わえるのが心地よかったのだ。
しかし残念ながら、自分はオタクではない。漫画もあまり読まないし、アニメもほぼ見ない。ゲームは好きだが、オタクと呼べるほどではない。だから『げんしけん』のオタク特有のノリには、あまり馴染めなかった。
結局、自分が求めていたのは大学生のゆるい日常を描いた漫画だったのだ。オタク文化の話や恋愛要素にはあまり関心がなかった。
そのため、物語の終盤で恋愛漫画のようになった展開には興味を持てず、むしろ苦痛だった。斑目が誰と付き合うかなんて、正直どうでもよかった。
自分は連載当時はげんしけんを途中まで読んでいた記憶がある。だが脱落してしまった。
今こうしてやっと全部読めて、少しはスッキリした。
ただ、連載当時、特に終盤の斑目ハーレムの部分についてはみんなどう感じていたんだろうって思う。
木尾士目先生も連載途中で結婚して子供も生まれ、感性が変わったんだろうな。年齢的にも、大学サークルものを書くのが難しかったのかもしれないし。
でもだからといって、斑目ハーレムとか、誰が誰と付き合うとか、そういうのは興味がなかった。
本来ならばもう少し前の時点で終わっててもよかったのでは?なんてすら思ってしまう。ドラゴンボールみたいにキリがいいところで終わらずに延命させた、みたいに見えてしまった。
とはいえ、中盤あたりまでの話はゆったりしつつも緩急があり、面白かった。オタク文化を語るには欠かせない作品だし、雑誌アフタヌーンを代表する漫画だと思う。
お探しの映画は、もしかすると韓国映画「情事(1998年)」かもしれません。この映画は、3人の女性(叔母、母、娘)がそれぞれの過去の恋愛を回想するストーリーで、悲劇的な恋愛模様が描かれています。映画の雰囲気や時代背景も、昭和や平成初期のレトロな感じに近いです。
また、他にも以下のような映画が該当するかもしれません:
「花様年華」(2000年、香港) - これは既にご存知かもしれませんが、レトロな雰囲気と複雑な恋愛模様が特徴です。
「青い門」(2002年、台湾) - 若い女性たちの恋愛と成長を描いた作品で、ややレトロな雰囲気があります。
これらの映画が条件に合うかどうか、ぜひチェックしてみてください。もし他に思い当たる作品があれば、教えてくださいね。
(Microsoft Copilot)
途中で切れてた
日本の農業の期待を一身に受けたインディーズゲーム原作アニメ。原作ゲーム、想像以上に小規模制作でびっくりした。
ぐーたらしてる豊穣神サクナヒメが、島流しされて、稲作しつつ、鬼退治する話。
ゲーム原作アニメって難しい印象あるけど、これはうまくやってたように思う。既プレイだとまた感想違うかな?
日本神話っぽい世界観だけれど、登場人物の一人であるミルテがキリスト教っぽい信仰を持っている。でもそこで変な衝突はしないし、ミルテが信仰を変えたりもしない。懐の深さがある
今クールではユニコーンのニコ様と、ラスボス?のガオウが登場。ガオウより、よほどニコ様の方が怖ろしいのは私だけでしょうか。笑顔で圧をかけてくる上司って怖いよね。
悟いろ告白回、すごく良かった。この手の回だと敵が空気になったりするけど(伝説の8話とか)、今回は敵も含めてナイスアシスト。
普段、プリキュアの男女カプにはあまり興味が湧かなかったんだけど、悟は相手の気持を大事にして、控えめで、いじらしいところが応援したくなる所以だったかもしれない。いざ想いがばれたら、誤魔化さずにちゃんと告白したところも高評価。悟いろを見守る俺たちが猫屋敷まゆだったんだ
2期。舞台東京ブレイドをメインとしたクール。今どきの2.5D舞台ってあんなにステージ派手なんだろうか。舞台見るけど、たぶんメインストリームからはちょっと離れてるからよく分からない。
アニメ自体も舞台を見ているような演出あって個人的には良かった。生で見るなら近くで観たいけど、全景映像もいいよね。
恋愛模様もいろいろあるけど、有馬かながかわいくて好きです。感情が(視聴者的には)表に出て、ころころ見てて飽きないのが良いよね
まだ1話残ってるけど、だいぶ終盤戦。原作ラストは次シーズンってことかな。映画とかだとちと辛い。
本当に総力戦って感じで、ヒーロー側もヴィラン側もキャラクターを余すことなく使ってるのがすごい。
荼毘とかトガヒミコとか、長らく積み重ねてきたものが、ちゃんと決着していて良い。一方で仁くん不憫だよね
これも最終回前だけど。Divinezの二期。
ヴァンガード、ルールあまり分からない(一期の1話で多少説明あったけど忘れた)けど、最終的にデッキめくりになるのが、アニメコンテンツとしては分かりやすいなとは思う。そこまで考えてデザインされてるのかな?
下手にルール分かると、そっちに意識向いてしまうから、これはこれで良いのかもしれない。
話的には、ヒカリ周りの話が一期からも絡めて上手いなとなる。怪しさ満点満載のマサノリはもう少し暗躍して欲しいけれど、別の話になっちゃうかな
高専を卒業してからしばらく経つのだが、定期的に高専はうんぬんですごいみたいなXの投稿が流れてくる
実際のとこ世の高専卒のみなさんってその選択に満足しているのだろうか?
自分は高専卒業後に大学編入をして、以降は普通の大卒のルートに乗って社会人になっているので、キャリア的な不満は一切ない
高専卒でそのまま働いている人たちはみんな早婚で20代で2人子供がいる人もよく見かけており、それなりに幸せそうには見える。学生時代女性に縁がなさそうだったやつも子供がいたりするので、実質男子校に5年間幽閉されても恋愛面での影響はないのかもしれない
一方で学業的の不満はたくさんある。
5年間の学生生活で講義はフル単を要求され、受けないという選択肢がない。
きちんと出欠を取るのでサボることも難しく、それでいてどの科目も宿題があるので放課後も忙しい。高専は進級要件が厳しく全単位の平均点数が6割を超えてないと留年したりするが、自分の高専は下限の学生に合わせた救済措置がある。課題プリントの点数が最終点数のn割、中間期末試験の点数の10-n割が最終点数として計算されるケースが多かった。
まあ大学の講義でも似たようなシステムを採用してたりしますが、編入学志望の学生は大学受験と関係ないことにかなり時間を割かれるので厳しいわけです
高専は四半期に10科目以上の講義を受講し、それぞれの最終点数平均で席次が決まる。体育や第二外国語みたいな科目の点数も席次に影響してくるので、本当に5年間学生生活にコミットしないといけない。それに加えて受験科目の勉強も必要なので拷問
厄介なのが、就職希望の学生もいいとこの推薦が欲しいので成績ガチ勢になる。席次を上げるのが受験生活で1番苦しかった
推薦入試はこの席次の点数配分がめちゃくちゃに高いので受験までの4年間きちんと努力しないといけない。
特に苦しいのが、旧帝大などハイレベルな大学はそもそも一般受験を受けるために推薦が必要となるため、受験勉強に全振りすることができないところ。よく編入生は優秀なんていわれたりするが、単に受験難易度が高いから本来の適性の大学に進学できていないだけでは?と感じる。一方で地方駅弁レベルの大学はそれほど受験需要が高くないので、クラスで下位の学生が数ヶ月勉強して受かってたりする。上を見るときついが、とりあえず進学したいならたしかにコスパのよい選択肢かもしれない
編入のペーパー試験は過去問を公開している大学が少ない(特に旧帝大など)ので情報量の格差が大きい。それだけでも赤本というものが存在する普通受験が羨ましい。他にも模試が定期的に開催されるので自分の適正感を測ることもできるし、お金さえかければ学習塾でみっちり対策できる。編入試験は基本的に宅弁なのでね、内省力とか調査力が高くないと受験競争に勝てない
高専はどこも金がない、まともな論文指導ができる教員もいないし、講義の熱量は教員によって露骨に違う。授業時間の半分くらい高専卒は優秀、大企業にコスパよく入社するのが幸せを連呼する教授のせいでその専門科目が嫌いになった
大学の図書館のような時間を忘れて学業に専念できる空間もないし、そもそも専門科目が難しくなる時期は受験生なのでそれほど授業に集中できない。編入生は在来生よりも専門科目が得意っていうのは当時から大嘘だと思っている。東大の講義資料でクラウド構築して〜とかやってたりするのを見ると、高専ではBASICでGOTOしてましたとは言えない。
レポート作成も全部手書きだし(多分地元では今でもそうだと思う)、なにかと無駄が多い。大学はなにかと勉強するためのストレスが一切ないので楽しすぎワロタだった
あとはサークル活動もしょぼいし、恋愛模様も少ない。というか年齢層が中学卒業したてから大学4年生(専攻科)の年齢まで在籍している空間なので、校内恋愛が本当に歪で気持ち悪い。16歳と20歳で恋愛していることもザラだし、学校見学にきた中3と連絡先交換して付き合ってた奴はマジでキモかった。女性が希少すぎるのでとんでもないブスが高飛車になってたりして、男女双方に悪影響すぎる。女性の理系進学が推されている昨今ではあるが、自分が親ならせめて大学の理系学科進学にしときなさいと伝える
社会人になってから久々に高専出身の人間にあうと、みんなどこかズレてるなと感じることが多いが、いつまでもあの頃のノリで会話ができるのは嬉しかったりする。愚痴っぽくなったが、それなりに悪くはない選択だったと思っている
同人活動をしている女性、という意味なのだから、使っている言葉としては間違っていない。なのだが、これを自らを指して使っている人から覗く薄い排他意識、みたいなのものが苦手なのかもしれない。
最近話題になっている、女性向け同人を男性が描いていると、作品を読んでいる間に作者がチラついて集中できないという話。これを肯定する方々の話を聞いていると、自らが「同人女」であることに一定のプライドのようなものを感じる。
女性がうっすらと感じているらしい男性嫌い。それを持っている女性が、三次元には存在しないようなイケメンな男性同士の恋愛模様を描いている。これは同人女にしか生み出せないもの…と、いうような偏見に近い何か。
そういう、自分も周りも「同人女」であるという確信の中で活動をしているのに、そこで人気の作品を生み出している人物がまさか「同人女」ではない「男性」であったという事実に受けたショックを、別に理由付けしているように見えてしまった。
もちろんこれは私が勝手に感じたことであるので、本当に読んでいる最中に作者がちらついて嫌であるという人もいるのかもしれない。
ただそれは個人の問題であり、言うならばそれは読んでいる側が作品に没頭する力が足りないのではないか。
作品の中身に本当に没頭しているなら作者のことなど考えている暇はない。チラつくなら、もっと集中して読む力をつけたほうがいい。
そしてその力不足をまるで作者の非であるかのように、ましてや「被害」などと言うのも、ただただ恥ずかしいので控えるべきだ。
「こう思っている人が多い」「過去に男性作者が顔を出して売り上げが落ちたような事例もあった」という意見を発している人もいたが、「だからなんだ?」で終わることでしかないと思う。
漫画家が顔を出したら売り上げが落ちてしまったので今後顔出しはしない…というのは、仕事として絵を描いている以上対策としてすることもあるかもしれないが、同人は趣味でしかない。その趣味でしていることと漫画家の話を並べて語るべきではないし、そう思っている人が多いから男性作者が自らの姿を隠せと言われる筋合いはないはずだ。
女性向け同人誌を描く男性作者に対してどのような感情を抱こうと個人の自由であるが、それを表に出すべきではないし、本人に言うなどもっての外だ。多数意見だから正義ではないし、多数意見こそ尊重されるべきという考え方は捨てた方が良い。
同人活動において、苦手なものを避ける手段などいくらでもある。そしてそれは自分が動くことであり、相手を動かすことではない。
2月7日から10日までの4日間、テイラースイフトが東京ドームでライブをやってたんだけど、はてなーのみんなは知ってた?
そのライブの次の日の11日に、アメリカでスーパーボウルが開催されるんだけど、その試合にテイラースイフトの彼氏が出場するんだとさ
テイラースイフトは彼の出場するスーパーボウルを観戦する予定なんだけど、間に合うのかがファンの間で話題だったらしい
この話題があまりに加熱してアメリカの日本大使館が間に合うぞと投稿してそれがバズったり、とにかく人の恋愛模様に乗っかりまくりなのよ
https://twitter.com/JapanEmbDC/status/1753455158460133508
文化が違いすぎるううううううって思ったよね
これ日本で起きた事だったら、「日本人は他人の恋愛にずかずかを介入する非常に野蛮な国」と言われていたことだろう
真子様と小室圭とか、羽生弓弦の結婚生活とか、追いかけるマスコミがきもいみたいな話をネットでよく見るけど
NFLも、このテイラースイフトとアメフト選手の恋愛模様のおかげで、女性がNFLに興味持つきっかけになるとかで大歓迎らしい
さっそく今回のスーパーボウルのCMは女性向けを意識してて、がっつりテイラースイフト旋風に乗じてるってわけで
まじでほんとアメリカ人ってプライベートなことでも、恋愛ってなるとぶっ壊れるよな
https://dcdemorouhi.hatenablog.com/entry/2017/08/05/123955
を思い出すよね
海外のテイラーファンは、ライブでlove storyが歌われているときよくプロポーズをしているらしいのだが
日本のファンも東京ドームでそれをやって、動画撮影してxに投稿するやつらが出現したんだけどさ
https://twitter.com/ortiz_i_/status/1755576977296384008
この件に関してはおめでとうという人と、邪魔だという人で意見が割れてて
日本のテイラーファンはまだこのアメリカのきもい文化を完全に受け入れられないようで笑う
ツイッターと少しの間距離を置いていた。代わりに支部ばかり見る生活が続いて、自分のCP傾向について考えるようになった。ツイッターをやってる間は元々雑食である自覚はあったものの、CP自体語る時には左右決めておくべきだよなと思い支部である程度推し2人の色んな組み合わせ(左右固定とかリバとか)読んで自分の解釈と近いものを推しCPとしてた。自分と似た考えの他人が1人でもそのCPにいれば私もそこにいていい気がしたから。何かしらグループに属さないとツイッターなんて大きな社会ではやってけないんだよ。でも自分で何かを発信せずただ支部で作品だけ見ているうちに自分は左右そこまで気にして検索したことないし、左右どうでもいい概念ないの?????と思うようになってきた。リバはリバでどっちでもあるになっちゃうからそれはそれで違うし。
調べたら左右不定、左右未定、左右なしなど色々な言い方があるにはあると知った。オタク用語の定義は難しいのでそれぞれの違いはまた詳しく調べるとして、問題はこの辺の表記CPの上手い略し方がない。いや存在はするが、大体リバかコンビ表記と被ってる。あと検索避けに使えなかったり、無駄に長かったり。それだけ左右を気にしないオタクは少ないことの表れなのか?私も左右は固定かリバしかないとBL用語のサイトか何処かで学んでそれを愚直に信じて来たから人のことを言えないが。
それはそれとして問題はツイッターに戻る時である。なんかもう左右決めた人間みたいな感じで今まで垢を運営してしまっている。どうしよう。こういう考えに変わったからこれからはこの方針でいくよ、自分として騙してるつもりはなかったけれど結果として推しCPに嘘をついたような形になってごめんねと謝るのは確定として、これから推しCPを語るときにいい略称がない。今までは適当に決めた左右があったからそんなこと考える必要がなかった。これが男女CPであれば左右なんて何も考えなくてただその2人が恋愛感情にあることをCP名だけで伝えられるのに。
それと自分の垢で試しにフォローしてる人だけに絞って推し2人の恋愛関係飲みを表す用語を色々検索したら同じこと言ってる人が誰もいなかった。ジャンルとしてそこまで大きな村では無いので恐らく左右に関係なくある特定の2人の恋愛模様が好き人は自界隈に殆ど居ないとみてよいと思われる。居場所もない。たまたま推しCPの2人が両方とも男だったせいで面倒臭いことになっている。これからどう生きていこうね
銀魂リボーンのころは腐ってばっかりだったけど、とうらぶで夢いけるようになったのも一緒。
男性向けエロに関してはわたしも痴漢とか夜這いとか「意に反する」系が大好き。
1.BLに関してはエロより恋愛模様のほうを重点的に消費していたから恋愛自体に興味というか憧れが強かった。
2.わたしは恋のしかたも異性の愛し方もわかんないうちからオナニーが大好きになって、どうしても誰か乳首を舐めたり膣にペニスを入れたりしてほしいという思いが強くなった。セックス要員がほしくて、コクられたら好きでもないのに付き合ったりしてた。
という点か。
自分が性的な当事者になるのが恥ずかしくなくなったのは、27で初恋してからだな。
それまではセックスはただ快楽を得るためだけの刺激。マッサージ屋のようなものだった。最中に名前を呼ばれたりキスされたり顔をジロジロ見られるのは苦痛で仕方なかった。気持ちよくなかったら絶対しないのに!と思いながらしてた。
恋人と抱き合うようになってからは、今までのセックスはなんだったのだ。というくらい別物になった。
痴漢でも夜這いでもレイプでもないフツーのセックスしてるけど、心から満たされるしとてつもなく気持ちがいい。
つまり、いろんなことに理性的になるまで先送りにしていたせいで、ちょっといろんなことにハードルを感じるかもしれないが、やってみれば案外なんとかなることが多く、やってみないとなんともわからんことも多いので、深く考えずに飛び込んでしまえば良いと思う。