はてなキーワード: 課長補佐とは
第二部 学び直せなかった一年
ここで、君に正面から語りかけたい。
たぶん君の中には、私に近い感覚が少しはあるはずだ。
なくてもいい。
あったとしたら聞いてほしい。
入学して最初の数週間、君は周りを見てこう感じるかもしれない。
「あれ、この人たち、思っていたほどすごくないな」
先輩たちがわいわい騒いでいる。
話の中身はたいしたことがない。
誰々が誰々を好きらしい、という話。
君はそれを聞きながら、心のどこかでこう思うかもしれない。
「俺はこんな話をするために東京に出てきたんじゃない」
その感覚は半分は正しい。
ただ、残りの半分について、私が二十年かけて学んだことを君に伝えたい。
雑談を飛ばして、いきなり大事な話だけをしようとする人間は、長い目で見ると誰とも何の話もできなくなる。
これは二十年後に私が痛感したことだ。
けれど十八歳の私は、これをまったく理解していなかった。
理解する気もなかった。
入学して一週間ほど経った頃、駒場のキャンパスで一人の同級生と話す機会があった。
名前は仮にKとしておく。
背が高く、髪を少し茶色く染めていて、笑うとき口を大きく開けた。
「サッカーをやってました。あと、文化祭の実行委員やってました」
それを聞いた瞬間、私はKにあまり期待しなかった。
あの私を退屈させた連中の、東京版だろう。
そう思った。
ところがKはよく話しかけてきた。
授業のあと、「飯行かない?」と私を誘った。
最初は断った。
二度目も断った。
三度目に、Kは少しだけ困った顔をして聞いた。
「お前、誰とも飯食わないの?」
私はそう答えた。
Kは少し笑った。
「ふうん。じゃあ、気が向いたら声かけて」
そう言って行ってしまった。
そのとき私は、自分がKに少しだけ優越感を持ったのを覚えている。
私は違う。
私は一人でも平気だ。
だから私のほうが強い。
そう思った。
これが間違いの始まりだった。
Kは、誰かと一緒にいないと不安だったのではない。
Kは、一緒にいる時間そのものを価値あるものとして認識する能力を持っていた。
そのことを、私は二十年後に理解した。
語学クラスでは、よく数人で集まって、課題のフランス語の和訳を持ち寄って見せ合っていた。
私は最初、その輪に入った。
けれど私の和訳はたいてい一番正確だった。
少なくとも私はそう思っていた。
私は指摘した。
「そこ、違う。主語はこっちじゃない」
Kは「あ、ほんとだ。サンキュー」と言ってすぐに直した。
それはいい。
問題はその次だった。
別の同級生、仮にMとしておく。
Mが読み上げた和訳も間違っていた。
私は同じように指摘した。
「Mも、そこ違う」
Mは少し顔を赤くして、「うん……」と言った。
Kが軽く笑いながら言った。
「お前、間違いの指摘の仕方、ちょっと冷たくない?」
私はKを見た。
「冷たい? 間違ってるから間違ってるって言っただけだろ」
「いやそうなんだけどさ。なんかこう、もうちょっと、『あ、ここ、俺もよくわかんないんだけど、こうじゃないかな?』みたいな感じ、ない?」
私は内心で軽蔑した。
出た。
「言い方」だ。
Kは内容で勝てないから、言い方の話に逃げている。
私はそう判断した。
その日から、その輪には行かなくなった。
数週間後、その輪がMを含めて続いていることを知った。
けれどMは、Kの輪の中で笑うようになっていた。
間違いを指摘されても、頭をかいて「あ、ほんとだ」と言うようになっていた。
Mは変わった。
私が変わらなかったのに対して。
私はMのことを軽く馬鹿にした。
妥協したのだと思った。
今になって思う。
妥協したのはMではなかった。
Mは学んだのだ。
私は学ばなかったのだ。
風の噂で聞いた。
実際、内容は真面目だった。
そこには二年生にSという先輩がいた。
Sは私とは違うタイプの賢い人だった。
判例を読むスピードは私と同じくらいだったが、議論のときの立ち回りがまったく違った。
まず、後輩や他の人の意見を聞く。
そして誰かの意見の中でいいところを見つけて、「それ、いいですね」と言う。
「○○さんが言ったところに加えて、こういう論点もあるんじゃないかと思って」
そう言った。
私はSのやり方を、最初ずるいと思った。
あれは自分の頭で考えていない。
人の意見に乗っかっているだけだ。
そう思ってSを軽く見た。
「Sさんの今の論理は、判例の射程を超えていると思います。○○判決はあくまで△△の場合に限った話で、これを一般化するのは無理があるんじゃないですか」
Sは私を見た。
少しの間、何も言わなかった。
「うん、たしかにそうだね。射程の問題は僕も気になっていた。じゃあ、君だったらどこまで一般化できると思う?」
私は答えた。
私の答えは、Sが言うべきだった内容をより精密にしたものだった。
Sは「それ、いいね」と言って、私の意見を議論全体に位置づけた。
私は勝った気がした。
サークルが終わったあと、別の三年生の先輩が私を呼び止めた。
「君さ、頭はいいよ。間違いなく。ただ、Sのこと、ちょっとなめてないか?」
「いえ、なめてはいないです」
「Sはね、あの場で君のために負けてくれたんだよ」
「Sは、あの場の議論をいいものにするために、自分の意見を引っ込めたんだ。君に花を持たせたんだよ。それはSがバカだからじゃない。Sのほうが、議論っていう場全体を見てるからだ」
私は不機嫌になった。
「いや、でも、内容としてSさんの最初の論理は間違っていました」
先輩はため息をついた。
「うん。まあ、そうかもしれない。でも君がこれから先、誰かと一緒に何かをやるなら、内容で勝つだけじゃ足りないよ」
私はその日、サークルをやめた。
正確に言えば、その日のうちにメールで退会の連絡をした。
理由は書かなかった。
二度とそのサークルには行かなかった。
夏休みに入る前、私はKにもう一度だけ会った。
Kは相変わらずにこにこしていた。
彼女もできたらしい。
私はその女子を、可愛いとも可愛くないとも特に思っていなかった。
Kが別れ際に言った。
私は笑って答えた。
「誰かに頼って、その誰かが間違ってたらどうするんだ?」
Kは少し考えた。
「うーん。そうしたら、一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
私はその言葉を軽くいなした。
心の中で、「だから、お前は二流なんだ」と思った。
一緒に間違えて、一緒に直す。
そんなことに付き合っている時間はない。
私は一人で、間違えずに進む。
正確には、二十年かけてようやく思い出せるようになった、と言うべきかもしれない。
ここで、君にもう一つだけ伝えたい。
私が地方の進学校で身につけた「一人で考えたほうが正しい」という認知は、地方の進学校の中ではたしかに事実だった。
私の周りには、私より速く正解にたどり着ける人間がいなかった。
集団で議論すれば、議論は私のレベルに引き下げられるか、私の意見が通らないかのどちらかだった。
しかし東京大学に来て、私の周りには私と同じか、私より速く正解にたどり着ける人間がたくさんいた。
その時点で、私は戦略を変えるべきだった。
もう一人で考えなくていい。
人と議論したほうが、自分一人で出せる答えよりいい答えが出る確率が高い。
人に頼っていい。
人に教わっていい。
人に「わからない」と言っていい。
けれど私は学び直さなかった。
なぜなら、地方で身につけた認知は、私を東大まで連れてきた成功体験だったからだ。
それを捨てることは、自分の人生を否定することのように感じられた。
変化を恐れた本当の理由は、たぶんこうだ。
だから勉強の戦い方を変えることは、自分そのものを失うことのように感じられた。
後になって考えれば、ただの臆病だった。
けれど当時の私は、自分が臆病であることにまったく気づいていなかった。
孤独に耐えられる、というのは強さではない。
ただの不器用さだ。
優三つの「優三つ」というやつだ。
一人でやれば結果が出る。
けれどその学年末、駒場の生協の前で、語学クラスのKたちが五、六人で集まって笑いながら写真を撮っているのを見た。
Kの隣にはMもいた。
Mは四月のときと比べて別人のように、いい顔で笑っていた。
私はその輪を遠くから見ていた。
その輪の中に入りたいとは思わなかった。
ただ、奇妙な感覚があった。
結婚式に呼んだり。
子供の話をしたり。
そう自分に言い聞かせた。
その夜、私は寮の自分の部屋で二年生の科目の予習を始めた。
ここで私は、君に最も伝えたいことの一つを書く。
地方の進学校から東大に行ったことの本当の不幸は、東大に行けたことではない。
もし通っていたら。
私は十二歳か十三歳のうちに、自分より賢い人間に出会っていただろう。
泣いたかもしれない。
けれど十二歳の私はまだ柔らかかった。
十二歳のうちに負けることは致命傷にならない。
十二歳の負けは回復する。
十二歳の負けからは、人に頭を下げることを学べる。
十二歳の負けからは、「わからないから教えて」と言うことを覚えられる。
私の認知の中で、「負ける」という選択肢が十八歳の段階ですでに消えていた。
そして十八歳で東大に入った瞬間、私は相対的に普通の人間になった。
けれど、そのときにはもう遅かった。
十八歳の私は、十二歳の私のようには柔らかくなかった。
私は上の人間に頭を下げるかわりに、上の人間を見ないことにした。
上の人間から学ぶかわりに、「あいつは要領がいいだけだ」と評価することにした。
これらは全部、私の防衛反応だった。
だから君がもし、地方から東京の大学に出てきたばかりでこれを読んでいるなら、聞いてほしい。
早く、負けてくれ。
自分より明らかにすごい人間に会ったら、嫉妬する前に頭を下げてほしい。
「教えてください」と言ってほしい。
それは君の性格を守るための救済だ。
天井を知らないまま二十代に入った人間は、たいてい私のようになる。
私のようになるな。
これは命令ではない。
お願いだ。
・就職
氷河期終わったと言われてたが、苦労した経験しかない。マーチ卒。50~60社ぐらいお祈りされた。500名ほどの同族中小企業に入社。
・20代前半
初任給250万/年。就職した翌年頃にリーマンショック。40時間のみなし残業代(残業分は10時間の固定。言っている意味が分からない)制度が始まり、ボーナスも無くなる。不当解雇も横行し、同族企業のコンプラ的緩さを知る。
・20代後半
大手企業の子会社に転職。年収500万。固定給は据え置きだったが、残業代とボーナス(4ヵ月分)が出ることになったのが大きい。趣味が無かったので、この頃から個別株で投資を始める。東日本大震災直後で日経平均が1万円割ってた頃。今思えば結果としてベストなタイミングだった。
・30代前半
係長級に昇格。年収600万。ただし上司と合わず、昇格半年後にメンタル病んで休職。休職中も給料の2/3が出ることを知り歓喜。1社目の中小企業なんて、休職を認めずに自己都合退職にしていたと言うのに。休職後、他部署に異動。新上司とは馬が合う(てか、病ました上司がクズなことを知る)。投資はヨコヨコだが、休職中は金を使わず、また、給料を積み立てていたので1000万ぐらいにはなった。BTCで20万弱儲けたり(確定申告したくなかったので)、モナコインで50万ぐらいスったのもこの頃。20万円/BTCで2BTC買って、1週間で30万円/BTCで売りキャッキャしてたのが懐かしい。以降、仮想通貨は手を出さず。
・30代後半
年収700万程度。ギリ管理職以下で残業代も出る。人事面談で、休職経験があり、かつ、転職組なので、このままだと50歳半ばに課長級(課長補佐・担当課長)年収1000万がゴールだろうと告げられる。キャリアについて悩む。コロナバブルで投資3000万ぐらい。国内個別株+投資信託。
・40代前半
今ここ。引き続きギリ管理職以下。年収800万。月の労働時間200時間、休日出勤月2~3日、出張月2回、在宅勤務月4回。年度末の有給休暇残日数25日~30日ぐらい。勤続15年で裁量も身に付き、人間関係も十分理解しているので仕事はしやすい。1000名ぐらいの会社だけど、自部門+他部門の顔見知りも100名ぐらいいて、部門を超えた折衝もそこそこ上手くいく。斜め上とか斜め下のパイプは貴重。後輩のマネジメントも負荷ではない。投資は5000万超えたぐらい。日米個別株+投資信託。独身とは言え、FIREするにはまだ足り無さそう。
・病んだけど復帰できたのは、そこそこ異動先があるぐらい大きい組織だったのが幸い。元上司とは拠点は一緒だけど、別フロアにしてくれた
・でも遠くから顔を見るだけで緊張したし、吐き気なども催した。エレベーターでも乗り合わせたく無いから、日常的には階段を使ってた。正直、30過ぎで情けなかった。復帰数年後、元上司が退職したからなんとかなったけど、もしまだ在籍していたらメンタルぶり返したかもしれない
・復帰以降は、比較的出張が多い部署になったのも幸いだった。無理矢理でも出かけるのは気分転換になるし、何しろ社外にいれば元上司と偶然出くわすことは絶対に無いので
・最後に付き合ったのは30代前半の時。2年付き合って関係がぎくしゃくし始めて、フラれるだろうなと思っていたらフラれた。メンタル病んだのは別れてから1年以上後だから直接の関係は無いと思う
・メンタル病んだ時に結婚は諦めた。また同じような事態になる可能性があるかもしれないのに、他人を養う責任は持てないと感じたから
・メンタル病んでから性欲が著しく落ち、恋愛への興味が皆無になった。SSRIの影響かと思いきや、30代後半の時に男性更年期障害の検査にも引っかかった
・メンタル病んでから貧困妄想っぽさもあり、お金を使わずに、貯金や投資に回してしまう。物欲も減り、必要なものでも欲しいものより安いもので選んでしまう
・もしアラサーで結婚して子供もいたら、年200万ぐらい生活費が増える一方で投資額が減り、その分の乗数効果も失われる。仮に乗数分含めて⁻3000万とすると、今頃資産は2000万ぐらいになってた訳か。アラフォー、2人以上世帯で金融資産2000万…うちマンションの頭金に1000万入れてたとすると、金融資産は1000万。平均値というか中央値というか、まぁそれはそれで妥当な人生か
・40過ぎて、社会人としても、人としても、もう折り返しなんだなぁ、と思うことが増えてきた。こちらは、やっとチュートリアル終わったんですが、って実感だよ。ブクマ勢からも指摘されてたけどこれからもう10年で、肉体的にも精神的にもさらにキツくなっていくんだろうなぁ。ただでさえ独身男は平均寿命短いみたいだから、さらにモヤモヤと考え込んでしまう。とりあえず金があれば悩んだ時の選択肢にはなるはずだから、今後も資産構築は続けていきたい
・それと、結婚していたらうつにならなかったのか、それとも家庭まで壊されていたのか、今となっては何もわからない。結婚していなかったことで、元上司の犠牲者が自分だけで済んだことを祝いたい
「男性差別」の根拠として男の自殺率の高さを持ち出すされるのが後を絶たないが、その実態はこれだろ?
つまり男は犯罪を犯して、責任を取りたくなくて死んで逃げる率が高いんだよ
https://www.47news.jp/13240383.html
造幣局(大阪市北区)は3日、広島支局の職員が市中から回収された貨幣を外部に持ち出した問題で、関係者の処分と再発防止策を公表した。500円玉174枚、計8万7千円分が不正に持ち出された可能性が高いと認定。職員は再任用の60代男性で、発覚後に死亡した。7月に公表し広島県警に窃盗容疑で被害届を提出していた。
溶解課の課長や主事計3人を減給10分の1(1~2カ月)、課長補佐と支局長、局次長らを戒告の懲戒処分とした。
広島支局では回収貨幣を溶かして新たな貨幣を製造している。男性職員は回収貨幣をコンテナに移す作業の担当だった。
6月26日のカメラ映像に、職員1人が貨幣を外部に持ち出すような姿が写っていた。関係者に事情聴取した結果、回収貨幣174枚の不足を確認。男性職員は「買い物に使った」と不正を認め、その後死亡した。6月下旬に持ち出したという。
金属探知機が内部規定通りに使われていなかった。造幣局は「通貨制度を支える独立行政法人としてあってはならない、おわび申し上げる」とするコメントを出した。
昭和の終わりが近づいていた。
そう嘯く局長がマスコミに出るたび、日経平均はまた数百円上がる。
「投資が花なら、開発は実だ」
彼らはそう信じていた。
彼らの下には、全国の都市銀行が控えていた。
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以降、都銀は地方に支店を送り込み、次々と融資の指令を出した。
目的地は、海辺の荒地、山間部の棚田、温泉もない無名の山間地――
にもかかわらず、そこに「リゾート開発」や「企業の研修所」が次々と企画された。
補助金がついた。
銀行は後押しした。
「これは国策だ」と耳打ちされた。
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祐介の勤める準大手ゼネコンにも、年間数千億の開発プロジェクトが舞い込んできた。
確かにそうだった。
帳簿には都市銀行からの巨大融資が並び、そこに“大蔵省了承済”というメモがついていた。
受注は順調。見かけ上の売上は増大し、社員も5千人を超えた。
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そして、まるで何事もなかったかのように、大蔵省が正反対の方針を打ち出す。
「過剰な投資に歯止めをかけろ」
テレビではエコノミストたちが、「ゼネコンの無駄」「地方開発の失敗」を声高に非難していた。
夜のワイドショーでは、構成作家の書いた台詞をもとに、出演者が一斉にゼネコンを叩いた。
だが、祐介にはわかっていた。
用地を買えと言われた。
建てろと言われた。
工事代金の支払いも、半分以下で打ち切られた。
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「これは大蔵省の失敗では?」
そんな疑問を投げた週刊誌は、翌号には消えていた。
だが、それでも祐介たちに支払われるはずだった金は戻らなかった。
「これは自己責任です」
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以前、自分が描いたリゾートホテルの設計図が、雑草の中で風化していた。
近くには、地方自治体が建てた「文化交流館」が、無人のまま佇んでいた。
「国が作らせて、国が壊した」
そして、その“後始末”を金に変えたのが、弁護士だった。
そこにいたのは、100億円の報酬を受け取る者と、仕事を求めて彷徨う新人弁護士たち。
法の名を掲げ、企業を切り捨て、土地を安く買い叩いた者が、真の勝者となった。
そして祐介たちのような建設労働者、技術者、設計者は、歴史の片隅に置き去りにされた。
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今、祐介は建設業界の人手不足のニュースをテレビで見るたびに、
「それは30年前のツケだ」と呟く。
人を棄て、技術を棄て、命を棄てた国が、
いまさら成長戦略などと唱えるたびに、祐介の胸には鈍い痛みが走る。
あのバブルは、俺たちが起こしたんじゃない。
起こさせられて、捨てられたんだ。
ウチの情シスのボスはもともと開発畑が長かったせいか、テックリードとしては極めて優秀で、社内システムの導入は炎上せず、企画から運用までそれなりにうまく回っている感じ。
問題はインフラ。この方にとってネットワークやサーバといったインフラはあくまで「副専攻」でしかないのは重々承知だが、それにしてもインフラ構築のための計画性が全く備わっていない。
うまく事を進めるためのスケジュール感がないのはもちろん、設計の検証も全く不十分なら、おそらくテスト項目の網羅性も全然ダメ。
そして、経営陣に言われるがまま(経営陣に成果を示すため)ありえない短納期というか、ムチャクチャなスパンでインフラ増築や入れ替えを進めた結果、今や
と胸を張って紹介できるまでになった。
おかげさまで、現場にいるネットワークのチームは、これもう日勤と夜勤に分けて回さないとダメなんじゃね?ってくらいトラブル続き。
サーバのチームも、ネットワークと切り離せない部分の問題検証に多大な時間を費やしている。
ユーザのPC対応も、問題の切り分けから割と高度なネットワークの知識が要求されるので、解決まで手数がかかる。
で、本来はこうなる前に副官に当たる人(部長に対する次長とか、課長に対する課長補佐とか)がフォローしなきゃいけないんじゃねって思うでしょ?
残念ながらウチの副官ポジは、あくまでボスの決定をオペルームのSEに至るまで漏れなく徹底させるだけの存在で、相談を受けて計画を進めるための判断はしても、計画を止める判断は絶対にしない人だったり。
それをいいことに、当のボスは現場のエンジニアとは一切コミュニケーションを取ろうとしない。
聞いた話では、副官と一緒にユーザ部門の幹部からのクレームを一手に引き受けてくれているらしいけど、それにしたって
「あの人、いつも何やってんだろうね」
俺さ、最近昇進したんだよ。課長補佐とかいう中途半端な肩書き。まあ一応「管理職」ってやつだ。給料はちょっと上がったし、周りのやつらからは「おめでとう」とか「すげえじゃん」とか言われるけどさ。クソくらえだよ。嬉しくねえ。毎日が地獄。なんでかって? 俺、仕事がマジで出来ねえから。入社して10年近く経つけど、今までずっと平だった。言われたことテキトーにやってりゃいいやって生活。上司に怒られたって「俺なんてこんなもんだろ」って開き直ってたし、ミスしても「次やっときゃいいか」くらいで焦りもなかった。だって目立たなくたって給料もらえるし、会社だって俺みたいなゴミに期待してねえだろって。
そしたら去年の終わりくらいにさ。上司に呼び出されて「お前、そろそろ上に上がれよ」とか抜かしやがったんだよ。最初は「は? マジかよ」って笑いものかと思った。俺が? 昇進? 仕事で何かやった覚えねえし、同期にはバリバリやってるやつだっているのに。なんで俺なんだよって意味わかんねえ。でも、どうやら会社が「若手を育てなきゃ」とかいうクソ方針出したせいで、俺がその流れに引っかかったらしい。実力とかじゃなくて、上司が「こいつなら面倒くさくねえだろ」って思っただけなんじゃねえの? そう考えるとマジでむかつくわ。虚しくてしょうがねえ。
昇進した最初の一ヶ月はまだマシだったよ。新しい肩書きにちょっと調子乗ってたし、周りも「おお、期待されてんな」みたいな目で見てた。でもすぐボロが出たね。管理職ってさ、自分で仕事するだけじゃなくて、部下の面倒見たり、スケジュール管理したり、上にペコペコ報告したりするわけ。俺、そういうのクソほど苦手なんだよ。自分でミスばっかしてるカスなのに、人のミスまでカバーとか無理だろ。笑えねえ。この前なんかさ、部下が提出してきた資料にミスがあって、上司にキレられた。俺がちゃんと見とけば良かったらしいけど、正直俺だってあの資料の中身わかってねえんだよ。部下には「次から気ぃつけろよ」って言ったけど、心の中じゃ「俺だってわかんねえんだよ、バカ!」って叫んでた。結局ミスした部下より俺の方が凹んで、帰って布団かぶって「俺クソだな」ってずっと考えてたわ。
それに、管理職って会議とか増えるじゃん。毎週毎週「チームの目標」とか「課題」とか喋んなきゃなんねえ。でも俺にそんなもんねえよ。頭空っぽだよ。隣の同期はペラペラ喋ってて、「ああいう風になれたらな」とか思うけど、俺にはそんな頭ねえし。会議のたびに「こいつ何だよ」って目で見られてる気がして、胃が締め付けられる。マジで吐きそうになる。
昇進してから同僚との空気も最悪だよ。俺より仕事できるやつが部下になったりして、「お前が俺に指図すんの?」みたいな感じがビンビン伝わってくる。誰もハッキリ言わねえけど、絶対思ってるよ。俺だってそう思うもん。指示出すたびにビビってるし、部下が「はい、了解っす」って言う声が冷てえんだよ。被害妄想かもしれねえけど。家帰ってもクソだ。嫁には「昇進したんだから堂々としてろ」とか言われるけど、そんな簡単にいくかよ。堂々って何だよ? 仕事出来ねえってわかってんのに、無理やり偉そうにしてるのが気持ち悪くてしょうがねえんだよ。
子供には「お父さん偉くなったんだぞ」なんて言ってるけど、実際はただのハリボテだよ。みっともねえ。辞めたいって思うけどさ。辞めたら「せっかく昇進したのに勿体ねえ」とか言われるんだろうな。転職したって、俺みたいな半端もんじゃマトモな仕事ねえし。
結局、会社にしがみつくしかねえんだよ。でもこのままじゃ頭おかしくなるわ。誰かに愚痴りたいけど、誰に言えばいいんだよ。上司に「俺仕事出来ねえっす」なんて言えねえし、部下や同僚にはもっと言えねえ。友達に話したって「贅沢な悩みだな」とか「頑張れよ」で終わりだろ。ネットで吐き出すしかねえから、こうやって書いてんだよ。でも、これ読んだやつに「仕事出来ねえなら昇進すんなよカス」とか思われたらどうすんだよ。まあ、そう思うよな。俺でも思うもん。俺、どうすりゃいいんだよ。仕事できるやつみたいに振る舞うか? 開き直って「俺はゴミだ」で済ますか?でも開き直ったって何も変わんねえよ。朝起きた瞬間から「今日もミスるんじゃねえか」ってビビってて、会社行くのマジでダルい。仕事が出来ねえのに出世するって、こんなクソみたいな気分になるんだな。知らなかったよ、マジで。
(前回)
https://anond.hatelabo.jp/20241127205544
それでは、昔は問題職員をどうしていたか? 無理やり追い出していたのだ。
わかりやすいのが、今でいうパワハラである。昔はパワハラという言葉はなかった。すべて指導だ。
問題行動のレベルにもよるが、大声で怒鳴ったり、皆の前でつるし上げたり、罰として廊下や屋外に立たせたり、あえて仕事を与えなかったりしていた。
少なくとも、約20年前までは普通に実施されていた。私が入庁した頃だと、出張先の東京都庁の庁舎内でも廊下に立たされている職員がいた。
以下、箇条書きにするとこんなところか。いずれも「職場はあなたを必要としていない。早く辞めるように」という組織からのメッセージである。
・失敗した時、足で蹴ったり、殴ったりする
・同僚全員の前で、はっきりと「信頼されてない」「無能力」「家に帰れ」と宣言する
・大量の肉体労働をさせる。倉庫整理、イベント準備の物品運びなど
例えば、業務上必要がなくなった支所・出張所を廃止せずに残しておき、定年を迎えるまで其処の勤務にする。
ほかのパターンも当然ある。問題職員の種類によって対応は異なる。
以下は、参考までに民間企業の例だ。
「追い出し部屋」で1人勤務、飛び込み営業ノルマ1日100件 証券マンの悲哀…「退職強いる目的」大阪地裁が賠償命令 ※産経新聞。大和証券の例
https://www.sankei.com/article/20150514-E4XGZ7MV7NPGLDATXXBGE2GFPM/
ほかには、
「パワハラはダメ」というのが現代社会のルールなのは理解している。管理職研修でしっかと習った。今の社会の考え方はわかっているつもりだ。
しかし……昔のジョジョの漫画に出てくる、ジョージ・ジョースターⅠ世のように「逆に考えるんだ」という視点もある。
そう、逆に考えるのだ。パワハラが社会のために必要であるなら、「やっちゃってもいいさ」と考える。具体的には、状況に合わせて現代的な法令・常識・慣習と、そうでないもの(パワハラ)を使い分けるということだ。
少なくとも、上位下達タイプの公務員組織においては、パワハラを根絶すべきではない。問題のある人間を片付けるための手段として残しておくべきだ。事前の見せしめ、威圧という意味もある。
パワハラ根絶というのは、創造性を発揮するタイプの職場、民間企業やNPOなどで行うべきだと思われる。公務組織を巻き込まないでほしい。迷惑行為である。職場の秩序を乱す人間は、どんな手段を使っても徹底的に追い出す。税金で運営されている公務組織においては、必要な考え方だと信じている。
厳しいことを言ったが、視点を変えれば理解できる。あなたが住んでいる市区町村で、税金で給料をもらっている職員が、私の故郷の方言で悪いが「てれんこぱれんこやっている」のを目撃した場合、「辞めたらいいのに……」と思うはず。私が主張したいのはそういうことだ。
現実はこうはいかない。私は現在、農政部局で管理職を務めている。この部局は長い。もう約20年になる。私は問題職員に対して、パワハラを疑われるレベルの指導は滅多に行わない。非常時に限ってのことだ。
パワハラは、周りがどう考えても正しいと感じるとか、黙認せざるを得ないとか、そういう時に限って行う。社会常識には反するけれど、正義を行わないといけない時にそうしている。
以下、【後述】の内容に入る。それでも大変よろしくない職員に対しては、人事部局も毅然とした対応を採る。
男性の場合だと、反社や粗暴な言動をする市民・業者を相手にするタイプの職場に十年単位で配置する。例としては、道路関係や農業、福祉・スポーツの分野である。能力自体が有能である場合は、特にそうだ。
ほかには、総務省や厚生労働省などから「労働力提供の出向」を依頼された場合、何年でも其処に出向してもらう。その中央省庁が嫌と言うまでの期間である。最大で四年とされている。途中で転職してもらえるとありがたいし、むしろそういうタイプの職員を選んで出向させる。
女性の場合は、上記に加えてだが、土木整備・下水道といった現場系の部署で、自分以外がすべて男性の部署に異動させる。やはり、本人が辞めるまでずっと其処だ。
ただし、問題職員になったことに理由がある場合に限り、僻地にある閑散とした支所に配置して社会人としての余生を過ごさせる。病気やケガで仕事ができなくなったとか、人事部局の都合で職種転換をさせた場合など。
冒頭に述べたとおり、かくいう自分も将来の危機を感じている。ここまでお読みのあなたは、この私自身も問題のある職員として扱われていることに気が付いたのでは?
定年まであと十年以内だが、逃げ切れるかわからない。早期退職制度を使える年齢ではあるし、実家の農業を継げば何とか生きていけるだろうが、そういう問題ではない。社会人としての「死」は、やはり怖い。
私は過去に問題行動を起こした。元がやんちゃをしていただけあって、入庁後数年間は粗暴な行為をすることがあった。しかし、上司の指示には従っていた。粗暴な行為というのも、指示どおりに仕事を進めるためにやったことだ。
上司からはむしろ、温情をかけて可愛がってもらっていた。その上司のためなら多少の汚いことはやった。食事や飲みは、月に一度はおごってもらったし、ソープに連れて行ってもらったこともある。
……あれは、私が中年に差し掛かった頃だ。当時、下水道の部署にいた私や同僚は、とある市民に悩んでいた。(※すでに故人である。個人情報保護法に違反しない。念のため)
その人は下水道使用料が未納だったのだが、オフィスに来庁する度に罵詈雑言を吐いて帰っていく。そして、1期分だけの下水道使用料を払うのだ。
これ以上の滞納を発生させないためとはいえ、あれだけの迷惑行為をする爺を放っておくことは、当時の私にはできなかった。本当に口汚い爺だった。さりとて、水道とは違い、強制的に下水道をサービス停止させることはできない。
やろうとすればできるが、行政法上はほぼ無理である。いわゆる直接強制に該当する。水道事業者が給水停止をする場合、あれは民間企業扱いなのでセーフになる。
ある時だった。その爺がいつものように口汚い言葉を吐いてオフィスを出ていく時、ついに堪忍袋の尾が切れた。
その爺が、廊下でエレベーターに乗る直前だった。その爺を思い切り、殴り倒したのだ。
「あんた、言っていいことと悪いことがあるんじゃないのか、おいっ!!」と、この言葉だけは覚えている。それ以外も言ったと思うが、この最初の言葉だけしか覚えてない。それくらい頭にきていた。
さらにひと悶着があって、同僚の女性が警察に通報した。その場でわかったが、その女性個人の判断だった。上司の許可は得ていない。
あっという間に警察が来て、別室で事情を聴かれて、私はそのまま警察署に連れて行かれることになった。私の上司は警察官に、「こいつは反省してますから。ここだけにしてください。お願いします」と頼み込んだが、ダメだった。
「あんたは、どうして市に協力しないのか。警察もうちも、お互いに無理を聞き合ってきただろ……堪忍してくれえ」という上司の涙ながらの声が記憶に残っている。あの顔は今でも覚えている。
警察署で、私は事情聴取を受けた。詰問ではなく淡々とした聞き方だった。最後に、年配の警察官から説諭があった。「どんな時でも、人を傷つけたらいけないよ」という内容だった。
その後は、もう思い出したくもないが……結局は、その爺とどういう話・取引になったのか知らないけれども、不起訴になった。反省文も書いた。私の上司、さらに上の上司も、警察署に取り合ってくれた。人事部局にも。
月日が経って、最終的に人事部局から発せられた私への処分は、相当に重いものだった。
処分の通知文は今も持っている。公務組織の中でも相当に重い処分である。私は反省して結果を受け入れ、それからは市民に暴力を振るったことは一度もない。
あの爺が下水道の部署に来ることはもうなかった。支払いは家族の人がするようになった。警察に通報した女性職員は、上司の許可なく動いたためか、私に比べると軽めの処分を受けていた。
上司はその後も変わらずだった。たまに食事や飲みに連れて行ってくれたり、風俗店をおごってくれた。
次の年になると、私は今の農業の部署に異動になって、そこで難しいタイプの農業従事者や、土木業者や、市議会議員、その他多くの対応困難なタイプの人間とやり合うことになった。
そして、その部署で主査になり、係長になり、課長補佐になり、今では管理職だ。定年まで、ずっと此処に居続けるのだろう。正直辛い。
あの頃は若かったから、ブラックだとされる農業部局でも辛苦に耐えることができた。今では何度か手術をしている。病気もケガもある。日によっては体調が思わしくない。
仕事は毎年辛くなっていく。これ以上の昇進は望めない。不可能に近い。
ここまでストレスを抱えても早期退職に踏み切れないのは、この仕事が好きだからかもしれない。何十年とやってきた。適性はあるのだろう。
これからどうするか、まだ決めていない。ひとまずは肉体の限界がくるまでは働き続けようと思う。私が最後までやり切れるように、どうか祈っていただけるとありがたいのだが。
やっぱ俺すげぇわ
ネットもマスコミも斎藤フルボッコの9月初旬から全てお見通しだった。
正直俺も斎藤は黒だと途中まで思っていた、が、何かがおかしいと感じていた。
612: 名無しどんぶらこ 2024/09/02(月) 14:02:49.37 ID:S32uiWL70
元の文書を読んでる奴いえねぇw
斎藤知事を糾弾したり処罰したりする委員会ではない、そんな権限ねぇ
委員会の任務は告発した元局長の告発「文書」の真偽を確定させることだけ
議会が委員会を組織し調査を依頼する、知事の職権や専決処分と独立してる
今回依頼しているのは「文書7項目の真偽」
文書7項目とはなんぞや、bunshoshiryou060719.pdfでググれば出てくる
迷走してね?
目的見失ってね?って思うのは俺だけ?
とりあえず斎藤知事を叩けってメディアや世間空気に委員会が流されてるようにしか見えない
449: 警備員[Lv.5][新芽] 2024/09/03(火) 13:58:03.38 ID:nQAsUXAO0
パワハラの「疑い」がある
おねだりの「疑い」がある
アイツは悪いやつだ、そうに決まってる、そーだそーだ、火炙りにしろー
疑いじゃないもん!確定してる!間違いない!
根拠は?
ネットに書いてた?
もうねw
744: 警備員[Lv.13][芽] 2024/09/04(水) 18:15:49.85 ID:U76kokN30
オマエはなにをいってるんだ?
なんの百条委員会だと思ってるの?
原因となった文書の真偽を判断するのが委員会の職務だよ?わかってる?
開示されてないと真偽もクソもねぇよ
いわゆる7項目
226: 名無しどんぶらこ 2024/09/04(水) 02:15:16.97 ID:U76kokN30
それまで兵庫県は副知事が知事に仕え、ご褒美に次の知事ってのが慣例だった
体罰問題で廃校寸前に追い込まれた姫路の私立学校(中高)の顧問やってる
休校になってた中学校を再稼働するには生徒数を大幅に削減しなきゃならないが
そのためには県の認可が必要
この審議会会長が上羽慶市、井戸県政でさんざんうまい飯を食った人、神戸新聞社出身
金沢副知事が令和元年(井戸県政時代)に学校立て直しに口添えし、
まぁここ一つ切り取っても県政の人事、利権は井戸体制でがっつり構築されてるわけで
知事が変わっても「前例がありません」で逃げ切ろうとしたわけだ
そりゃ机でも叩かんと前に進まんよ
227: 名無しどんぶらこ 2024/09/04(水) 02:21:14.86 ID:U76kokN30
告発文書7項目の筆頭は公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構なんだが
斎藤がとりあえずぶっ壊すと意気込むのもわかるよ
地方自治体ってのは莫大な子会社を持ってるのね、財団法人やら独立行政法人やら
県職員の上級職となればそのどこかに天下りするのが役得なわけ、長年お勤めしたご褒美
それを一つ一つ潰そうとしてる斎藤に局長が謀反を企むのもわかる
退職間際、さぁ僕はどこに入れてもらえるんだってタイミングなわけ
で、怪文書
238: 名無しどんぶらこ 2024/09/04(水) 09:20:17.63 ID:U76kokN30
パワハラと言うが
そもそも現時点で斎藤がパワハラをした事実は確定してるわけではない
噂があるだけ、証拠はなにもない
そもそも、一般企業で右も左もわからない女子新人社員に怒鳴り散らすのと
何十年も県職員やってきた幹部の男性職員への叱責を同じ基準でパワハラの
認定をしても良いのか
弁明の機会も与えずニコニコ粛々と左遷更迭するのが正しいってことか?
294: 名無しどんぶらこ 2024/09/06(金) 11:42:01.47 ID:R8FDb8h10
火のないところに煙は立たない方式?
じゃぁ俺オマエを批判するわ
304: 名無しどんぶらこ 2024/09/06(金) 16:26:27.00 ID:R8FDb8h10
業務中に怪文書を作成配布した職務専念義務違反の職員に行政組織に与えられた権限の範囲内で懲罰
と正しく認識しような
法律の範囲内で許されてる、倫理上も問題ない、法的に必要なプロセスは経ている
噂話魔女裁判と並べるのが間違い、法的にもアウト、倫理的にもアウト
311: 名無しどんぶらこ 2024/09/06(金) 20:08:06.53 ID:R8FDb8h10
内部告発者探し
仕事中に指示も命令されてない業務を勝手にやるのは組織内の不正です
このような不正業務を組織が監査し処罰するのは組織に与えられた正当な権限であり業務
313: 名無しどんぶらこ 2024/09/06(金) 21:19:19.10 ID:R8FDb8h10
キミさ、この話題でなんらか言及したいなら最低限の時系列の整理くらいしなさいよ
内部告発者探し
3月12日に元局長がマスコミ各社に知事を批判する怪文書を送りつけた
この時点では公益通報では無い、ただの一方的な怪文書の発表にすぎない、いわゆる外部通報
知事は直ちに「嘘デタラメ誹謗中傷の怪文書発表者」の特定を指示した、アタリマエ、正当な権利、業務
3月27日、元局長が根拠の無い誹謗中傷と認めたので3月末に定年退職予定の元局長を処分、更迭
公益通報者保護法で守られるのは4月4日以降で、その前に合法的な犯人特定と処分は終わってる
マヌケなのは公益通報者保護法で守られる内部通報、公益通報を初段で行わなかった元局長です
319: 名無しどんぶらこ 2024/09/06(金) 23:16:26.99 ID:R8FDb8h10
奥山教授
この人のこと?
東大教養学部と言えば、先日ひろゆきとバトルして完敗大炎上で動画削除された
324: 名無しどんぶらこ 2024/09/06(金) 23:39:43.10 ID:R8FDb8h10
んで、話を戻すけど
俺が言いたいのは噂話で面白がって他人を魔女裁判すんなつーてんの
キミらのソースはネット記事のつまみ食いじゃないの、こんなもんを真実と信じてるのか?
随分と純情でピュアだねw
どうせ、俺の書き込みが直接的な引き金じゃない、因果関係は無いと言い訳するんだろ?
有権者が結論に納得できなきゃ声を上げりゃ良い、投票で行動すりゃいい
検証が終わりクロ判定され、それでも維新や議会が擁護するなら叩けばいいんだよ
327: 名無しどんぶらこ 2024/09/06(金) 23:53:18.54 ID:R8FDb8h10
パワハラだ!公職選挙法違反だ!は元局長が勝手にそう言ってるだけでしょ
ならば現時点ではただの噂話と扱うのが妥当
録音の一つも出てきてない、常習的にブチギレ発狂するような人なら誰か一人くらい録音しててもよさそうなものを
ともかく、今後
百条委員会での証人尋問やらアンケートの分析で真実相当性がジャッジされるわけで
329: 名無しどんぶらこ 2024/09/07(土) 00:06:36.61 ID:8JG0zBiw0
一応追記しとくけど
個人的には斎藤知事は真っ黒だと思ってるよ、彼を擁護する気はさらさら無い
だけど
噂話レベルの伝聞で切り取られた状況証拠だけで他人の人生に干渉すべきではない
それは知性で押し止めるべきじゃないの?
ネットは全知全能、全ての知と真実がここにある、全て正しい、こーゆーのも辞めね?
28: 名無しどんぶらこ 2024/09/07(土) 21:06:57.17 ID:8JG0zBiw0
(弁護士の使命)
第一条弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。
83: 名無しどんぶらこ 2024/09/07(土) 21:38:52.04 ID:8JG0zBiw0
例えば、マスコミに文書を送付した、だけどただの怪文書と黙殺された
この場合雇用主は怪文書をばらまかれていることそのものを知る事がないのだから
マスコミが大々的に報道した、あるいは雇用主に怪文書を見せて取材をしたケースでしか知り得ない。
つまりロジック的に3号外部通報そのものが無意味な規定にしかならない。
そうではなく、そもそも3号通報は正当な1号通報(あるいは2号)をしてもノーアクションで是正の兆しが
見られない時に次策でマスコミ等外部に公表することを容認した規定にすぎない。
607: 名無しどんぶらこ 2024/09/09(月) 00:05:13.63 ID:P+uegW3w0
今現在、法的に確定している犯罪行為は何一つなく、不誠実すらない
そういう噂があるってだけ
公益通報の裁定を待ってから処分すべきだったってのが議論になっているにも関わらず
百条委員会の評決すら待たずに民意魔女裁判で首長を処分しようとしてる
どんだけ愚かなことやってるかわかってるのかね
ネット中継見たもん、悪い奴ってわかるもん
同じ人間を三年前の選挙で「いい人だ、演説聞いたらわかるもん」って判断したの誰だ?
786: 名無しどんぶらこ 2024/09/09(月) 00:35:47.56 ID:P+uegW3w0
法治国家ではね
犯罪というのは起訴され裁判して有罪と判決が出るまではただの疑いなの
斎藤知事の行為でデュープロセスを経て有罪と確定してる事はなにもない
不法行為かそうではないか、決めていいのは裁判官だけ、国民にその権限は無い
アラサー男、フリーターもどきをやってる増田だけど、これを書いてる深夜2時半過ぎに思った。あれ、俺って友達いないんじゃね?
友達も定義によるだろうけど、少なくとも俺にはラインを寄越してくるような知り合いがいなかったことにさっき気がついた。小さい頃からしぶとい奴だ、死にそうにないと当時の仲間内で言われていたけれど、それにしてもあんまりじゃねぇか。高校の頃まで繋がっていた当時の友達は、俺が大学受験に失敗して数年経った頃くらいから今にして思えば連絡がなくなった。肯定的に見れば、あいつらも実生活が忙しいのだろうと思える気持ちもあるけど、たまには連絡を寄越してくれたっていいじゃないか。俺はそこまで、一瞬も頭をかすらない存在なのか。俺はたまに掠める。だからたまにはこっちからラインをしたりしていた。けれど逆はない。それって、俺が取るに足らないと思われているってことだ。
あんまりじゃねぇか。そう毒付きたくもなる。あの時俺は神奈川で御三家と呼ばれる高校に通っていた。そこで得た友達も多くはなかったが、両手で足りるくらいはいた。なんなら部活を通じて後輩先輩とも繋がってた。でも今じゃ誰が何をやっているのか知らない。あっちは俺のことを落ちぶれた奴として見ているんだろう。俺は覚えている。前に、成人式の後の飲み会に高校時代の友達に誘われて行った飲みで、そう言えば今何してんのと訊かれて浪人してると答えた彼らの顔を。文章では表せないくらいの、本当にどう書けば良いんだって顔だった。それからなんとなく、ぎこちなく会話が進んでいったのを今思い出した。ああそうか。あそこで俺は篩に落とされたのか。友達の条件から。そりゃあそうだろうな。今、風の噂じゃああの時の同級生の中からGoogleに就職したり、プルデンシャルだったりの外資でやってるのも出てきてる。官僚として課長補佐になったのもいる。そんなのと比べられたら俺はただのフリーター。付き合う理由がないか。俺は進学校の彼らが選民思考に染まっているって言いたいんじゃない、ただ俺が彼らの常識から外れてしまったってだけのことを今更になって気付いた。遊びに行こうにも、話をしようにも、たぶん俺はもう話にもついていけない。ただそれだけの話なんだろう。俺は明日は夜シフトだから、こんな時間まで起きている。だけどあいつらは朝早いんだろうなぁ。それで今頃寝ているんだもんなぁ。そりゃあ生きている世界が違うよ。話が合うわけがない。そういや最近弟からも連絡がないのも気付いた。弟は既に所帯を持ってるからだろうなぁ。そりゃ忙しいよな。でもだからと言って、親父の死に目に合わせてくれなかったのはどうなのよ
最近は学マスにハマってる
https://www.vill.hinohara.tokyo.jp/0000001716.html
30~48はN国だから消して、15、17、18、20(逮捕されたんじゃなかったっけ)、21、25、27、28、29、55、56はとりあえず削除
これで残り27人
次はこれを使ってまともそうな人を探していく
https://news.yahoo.co.jp/articles/97e9b17809ed2415037e49d378f695ddf5d53426
https://news.yahoo.co.jp/articles/740db725801b77e7297ff5684f2cb60f0d6707c8
野間口翔氏
▲まぁがんばって、、、って感じ
澤繁実氏
1977年神奈川県小田原市生まれ、防衛大学校理工学部情報工学科卒業、東京工業大学大学院知能システム科学専攻修士課程修了、東京工業大学大学院知能システム科学専攻博士課程満期退学。陸上自衛隊を経て、株式会社澤繁実を設立、代表取締役に就任しました。また仏僧、映画エグゼクティブプロデューサー、民間外交家としても活動しています。
▲ まぁまだまともそうな気がする。しかしすごい経歴だな。見た目ちょっと胡散臭いけど。
と思ったらTwitterがなんか香ばしいからマイナスで https://x.com/dqnner
大和行男氏
群馬県出身。東京大学教育学部卒業後に脱サラし、新潟大学医学部に入学・卒業しました。現在は児童精神科医師として東京都八王子市と東京都大田区でクリニックを運営しています。
◯ 良いこと言ってそうだけど医療に偏ってる気はする(医者だからしょうがないけど)
パワーが足りなそう
木宮光喜氏
○ 色々噂はあるけど私はロックダウンちゃんとやってたの評価してるんで、、、いま困ってないし。。プロジェクトマッピングはどうにかしろよとは思うけど。。
内海聡氏
✕ https://www.j-cast.com/2015/06/19238268.html こんな人間が都知事選に出て応援してる人間がいるの嫌気が差す
石丸伸二氏
▲ 一時正直Youtubeとか見てたけど、根回しができない謝罪もできないただの目立ちたがりなんだなと都知事選を通じて思った
あとなんか本人も周りもきな臭い
小野寺氏は旧 満州国吉林省生まれ、日本大学理工学部卒業。建設業に従事し、設計や施工監督を担当しました。現在は一般財団法人文化建設會の理事長を務めています。
✕ ただのおじいちゃんだった
新藤伸夫氏
1949年生まれ、京都府京都市出身、京都大学理学部卒業、京都大学文学部卒業、大阪市立大学大学院法学修士課程修了。中学校・高等学校の教員を経て会社社長を歴任。現在は「お金をみんなへ シン独立党」代表を務めています。
東京都の場合は、まず都民税や法人都民税を廃止します。タバコ税・酒税など健康や倫理に関する税は存続させます。「ヘアヌード新税」を徴収します。心の教育をおこない都衆の心は善良に!
✕ w
竹本秀之氏
・公平な選挙の実現
✕ w
桜井誠氏
✕(▲) おじいちゃん、、、、、すごいとは思うよ本当に
安野貴博氏
1990年東京都生まれ、東京大学工学部卒業。外資系コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業しました。現在はAIエンジニア・SF作家として活動しています。
◯ 一番マトモそう
私は良いんだけど髪短くしてスーツ着てやったらおじさんとかにもウケが良いだろうになとは思う
清水国明氏
1950年福井県生まれ、京都産業大学法学部卒業。フォークソング・デュオ「あのねのね」で芸能界デビューし、テレビ・ラジオへの出演や新聞雑誌への執筆などで幅広く活動しました。2004年に山梨県富士河口湖町にて「NPO法人河口湖自然楽校」を設立、また山梨学院大学現代ビジネス学科客員教授、所沢市教育委員、常総市政策アドバイザーを歴任しました。
PLAN 04 こども 充実した子育て支援
△ 言ってることは大分まともそう
この人、やってTRYのテレビに出てた人というイメージがある。でもちょっとおじいちゃんだからマイナス
桑原真理子氏
福本繁幸氏
1966年大阪府泉南市生まれ、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院あん摩マッサージ指圧鍼灸科卒業。1990年に譜久山病院に入社し理学診療科に勤務しました。1998年に退社して福本治療院を開業、同年にレコード会社「株式会社 Dream Door Record Holdings」を設立し代表取締役に就任しました。
○公平・公正な選挙をめざして
▲ 公平公正な選挙ってなに?だけど下2つはまぁ良いこと言ってるんじゃない
https://x.com/sf19660718 でもツイッターの動画のアス比変だからマイナス
✕ ワクチン嫌いそうだし陰謀論にハマったおじいちゃんみたいだからヤダ
蓮舫氏
東京都府中市出身、東京都立航空工業高等専門学校卒業。陸上自衛隊に所属していました。現在は農業を営んでいます。東京都知事選挙は2014年・2016年・2020年に続く挑戦となります。これまで2021年の衆議院議員選挙、2022年の参議院議員選挙にも立候補しました。
▲ 変なことは言ってなさそうだけどおじいちゃんだね
石丸幸人氏
1972年北海道室蘭市生まれ、横浜国立大学第二経営学部卒業。株式会社セガ、株式会社パソナソフトバンクなどの株式公開企業やITベンチャー企業に勤務しながら弁護士を目指し、司法試験に合格。大手綜合法律事務所を経て、2004年10月に弁護士法人アディーレ法律事務所を設立しました。また北里大学医学部医学科を卒業し、医師免許も取得しています。
▲ はぁ...
穂刈仁氏
東京都世田谷区出身、日本大学芸術学部卒業。現在は広告プランナー、著述業を営んでいます。
多摩地区おまたせ!!
▲ 多摩地区に住んでないし...でもハコは作って欲しいかも。民間で頑張ってくれ。
小林弘氏
1974年新潟県出身、東京学館新潟高等学校卒業。現在は建設会社「株式会社PLAS 」の代表取締役を務めています。
①東京を綺麗に!
▲ まぁはい、、、
https://www.youtube.com/watch?v=k4gbpNC-kOA と思ったけど後ろでポージングしてる人いるからふざけてそうなので▲
加藤健一郎氏
1949年生まれ、東京都杉並区出身、浜松医科大学医学部卒業、エール大学大学院公衆衛生学修士課程修了。日赤医療センター内科、慈恵医大第3病院リハビリ科、自治医大病院精神科などで勤務医として働きました。これまで2021年の千葉県知事選挙、2023年の神奈川県知事選挙にも立候補しました。
ひまそらあかね氏
✕ 人の悪口を言ってる印象しかないのと、少しでも逆らったらブロックする人が都知事になるのは嫌すぎる
向後真徳氏
京都北区出身、慶應大学通信教育課程経済学部経済学科卒業。1991年に公認会計士登録、金融危機では金融再生委員会事務局金融危機管理課課長補佐を務め、大手銀行の経営健全化、資本増強を担当しました。
A2 産前産後のケア、若年層への自立支援、児童養護施設の整備と退所者への自立支援
◯ 地味だけどnoteとか読んでもちゃんとしてそう。わからないことをわからないなと正直に言ってるのは好感ある
https://note.com/kohgomasanori/n/n3fb0e4a074fb
牛窪信雄氏
東京都小金井市出身、東京都立小金井工科高等学校卒業。2002年から東京生産技術研究所でNPO法人市民参加型リサイクル推進協会を立ち上げ、環境・福祉分野で活動しています。またナイトワーク業界の地位向上へ向けた一般社団法人ナイトワークプロテクト協会を運営し、コンプライアンスを守る活動によって安全安心な業界作りに携わっています。
------------
△以上は
大和行男
安野貴博
向後真徳
(敬称略)
で、大和さんと向後さんは正直死に票過ぎるから、残りの3人で3択なのかな~って感じで、若いので安野さんにしようかなと思う
今の職場を5月末で辞めるのが決まって4月いっぱい出勤して5月から有給消化する予定なんだけど
これまで部下の提案とか後々のこととか考えすぎて、これ呑むのウゼーって思って
判断を後回しにしたり、とりあえず欠点があったら拒否するようにしてたんだよね。
年明けに辞めるって決めてからは「ええよええよやったらええよ」って
よっぽどイカれてる提案以外はポンポコ呑むことができるようになった。
上には適当に言うとくからっつってドンドンやらせていったら、なんか業績も上がってきたし
部下からの評価も上がってきて、なーんやこれでよかったんやって思うようになった。
「ねぇ、増田くん、『せっかく転職したのに、こんなはずじゃなかった』って思ってない?笑」
市役所に転職した1年目、6月の半ば、午後11時過ぎの市役所の3階。終電のある上司はPCの電源を切り、帰宅の準備を始めていた。
「営業車で事故死しないだけマシだ、ってこないだ妻に言ったら笑ってましたよ」
新卒で営業職を2年やって、ワークライフバランスやらなにやらを考え、地元の市役所に転職した。
営業時代は終電、あるいは終電後に営業車に乗って帰宅する日ばかりだったので、市役所に転職すれば憧れの9時5時だと思っていたが、わずか2か月でそれがかなわぬ夢だったということを悟った。
6月の残業時間は正確には66時間だったが、翌月、別室で新人研修中に管理職に呼び出され、廊下で「申し訳ないがこれは……」と言われた。
「わかりました」と答えた。給与明細を確認すると、44時間になっていた。
僕はそれからその部署にいた3年間の間、平均で60時間程度時間外勤務をしていたが、時間外勤務手当は毎月10時間で申請していた。
「えっ?俺、8時以降残ったこと今まで一度もないよ」
税金関係の部署に配属になった新卒ストレート同期と偶然昼飯を一緒に食べに行くことになったときに、同期がそう言ったのを今でも覚えている。(この8時というのは、たまにやる夜間の納税相談業務が終わる時間のことだ)
4年目、2部署目では課長補佐からパワハラを受けて、常に胃痛を抱えて仕事をしていた。朝食を食べても吐くので食べなくなった。
課長補佐はマイクロマネジメントで攻撃してくるタイプで、係長時代から担当を破壊しまくっており、前々任者も、前任者も病休に追い込まれていた。
1月ぐらいに人事課に相談し、人事課の用意したカウンセラーと話をした。
「こういう時、手に職でもあれば『やめてやる!』ってなるんですけどねぇ」と僕は話した。
結局、係長、課長補佐、課長の3人が人事課に呼ばれて何か指導をされて終わりで、課長補佐は年度替わりに異動していった。
「電話だって何を言い出すのかわからないから聞いてるのに」課長補佐が対面に座る係長に向かって、僕に聞こえるようにそう言ったのを耳にしたとき、いささか僕は驚いた。
「そうですね……前の部署で一緒に仕事をしてた外部の方と電話した後に、「なんだ今の話し方は」って言われたんですよ。相手とフランクに話すのも気に入らないんでしょうね」
どんな指導が辛かったですか? とカウンセラーに尋ねられた質問の答えを、本人の口から聞けるとは思ってもいなかったからだ。
係長とはもう一年一緒にやったのだが、「自身もパワハラに消極的には加担していたこと」だったり、前年度のパワハラによるデバフのかかった自分が評価基準だったので、ギクシャクしたまま一年を終えた。
6年目、新しい係長は自分のことを前々から買ってくださっていた方で、「前任からお前の評価を聞いてはいるが全く信用していない、一緒にいい仕事していこう」と言ってくれた。
実際、温めていた企画を提案して採用されたり、ワークライフバランスも最高に良くなった。仕事終わり、料理が係長と一緒にスーパーに買い物に行き、日テレの夕方のニュース番組「every」がやっている時間に帰宅し、妻の帰宅を待つ日も増えた。
「隣の係に異動してきたAが来週から病休に入ることになった。申し訳ないが、来週からAと配置変換してくれないだろうか」
Aはお察し枠の人間で、配属される部署毎に病休を取っていて、下馬評も最悪だったのだが、その災禍がまさか自分に降りかかってくるとは思ってもいなかった。
ちなみに、Aと同時に異動してきた隣の係長も定評のあるお察し枠で、最終的にその係長も自分の配置転換後、すぐに病休に入った。
係長不在の中、Aの担当していた仕事、Aが残した爆弾(やり方がわからないので手を付けてません、と付箋を貼った4月受付文書)やAが戻ってくるまで、戻ってきた後も前の係の仕事……そして最後にはコロナ対策の新規事業まで自分に回ってきた。
その日以降、帰宅すれば「every」はとっくに終わっていて、帰宅すれば「ニュースZERO」が始まっているようになった。
翌年度にはAが異動して、自分は元の配置に戻してもらえるものと係長も自分も思っていたのだが、結局引き取り手がいなかったため、Aは残留することになった。
課長に呼び出され「申し訳ないが、今の状況を見ればAとお前の配置を元に戻すことはできない」と言われた。
「わかりました」と答えた。
明らかに怒りに震えながら自席に戻ってきた自分を心配して、皆が集まってきた。
「自分を活かそうとしてくれないこんなクソ職場、辞めてやりますよ……」と言う自分を係長は諫めてくれた。
7年目は部署に新卒の新人が来て、自分が教育係となった。これは大変いい経験だった。すぐに仕事を覚え、ミスも少ない優秀な後輩だったが、仕事のストレスの症状まで自分をミラーリングしてしまい、胃痛を抱えたまま出勤し、胃薬を分け与えて二人で飲んだこともあった。
この年もAは病休を取り、未練の残る仕事をまたやらされる羽目になった。
その年、異動の内示が出たのは係長と自分で、Aだけが課に残ることになった。
「なんか馬鹿馬鹿しいよな。俺たちの2年間はなんだったんだろうな」と係長はタバコを吸いながら僕に言った。
「本当ですね」と僕は言った。
8年目、3部署目は現場対応から政策的なことまでなんでも取り組む部署で、それまでやってこなかった議会関係、議員の”オネガイ”対応もやることになった。
数人の(あるいは1人の)支持者からの陳情を持ってくる議員、やっていることは議員としては正しいかもしれないが、もう少し取捨選択してくれというか、まぁいい。
12月のある日、既にその係での年数が長く翌年度異動がカタい、仕事がものすごいできる先輩が、上司に「もう今の時点で既に100時間は土日出勤している」と言ってるのを聞いてしまった。
先輩が異動したら次に「土日100時間出勤する」のが誰か、それは火を見るより明らかだった。
それから転職活動をし始めた。リクルーターに言われるがまま何十社もエントリーし、面接には8社呼んでもらい、3社最終面接まで行ったがうまくいかなかった。
3月下旬に9年目の人事異動が発表された、できる先輩は異動が決まり、自分が異動希望を出していた課にパワハラ課長補佐が異動になっていた。
「あ、もうこれはだめだ」と思った。
その日の夜に応募した企業から、この水曜日に内定の連絡をもらった。
「はっきり言うと、毎日何十件も応募がある中で、増田さんが選ばれるとは思ってなかったんです。増田さんの年齢で異業種、しかも希望年収よりアップするなんて奇跡ですよ」とリクルーターに言われた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/844018cccc955042ff8c014db3b721c90f662f3a
オウフwwwいわゆるストレートな知行質問キタコレですねwww
おっとっとwww拙者『キタコレ』などとついネット用語がwww
まず増田殿にお教えするのは、一万石とか十万石とかいう「石高」とは持っている領土の生産力であって、それが実収入ではないのでござる。言ってみれば、諸経費込みの総売り上げ≒年商に相当するものなのでござるな。なので実は「トヨタ7億石大名説」はあってるのでござる。日本の総石高は天保年間に3千万石チョイ位でござるので、トヨタすごいでござるなぁ・・・
ところが、個人についてみると年収1000万円は途端に一石6万円換算はおかしくなるのでござる。
増田殿が個人事業主で年商1000万円ならば166石取りといってまあおかしくはないでござる。でも増田殿、サラリマンでござろう?
これ即ち、中下級武士クラスでござる。ただし、この階級でも、年収から一部の経費を負担しなければならないのでござる。しかしまあ、サラリマンも額面給与と手取りは違うでござる。その辺は深く考えないで欲しいでござる。
この階級のオサムライサンは、オチンギンの貰い方に2通りあるのでござるよ。
一つは、お殿様からちっちゃい領土を分けて貰って、そこのアカりがオチンギンになるパティーンでござる(知行制)。地方や物成りによってもまちまちでござるが、大体村一つで200~1000石ぐらいになるでござる。石高と人口は大体同じぐらいでござる。今だと田舎にある大字ぐらいが1つ村だと考えてくだされ。
現代で言ってみれば、大会社のシャッチョサンに「お前にこの子会社任すから、そこのアガりで食ってくれ」ということなのでござる。小なりと言えどもシャッチョサンなので、身分的にも良いのでござるよ。
この場合、領土の石高に対する年貢収入が実際の年収になること、賢き増田殿ならお分かりいただけると思うでござる。実際の年貢税率は、これも時代や地方によって違うでござるが、35~50%でござるよ。
ただし、本当にもらった領土を経営するとなるとひじょーにマンドクサなので、江戸時代も進むと「領地を持っていることにはなってるけど、お米は藩からもらう(知行蔵米制)」というスタイルがほとんどになったのでござるなぁ。ほとんど、という言葉を裏返すと最後まで領土経営を続けたところもあったんでござる。
その下のクラスになると、ストレートにお米を給料としてもらえるでござる(蔵米制)。これは藩の領地から取り立てた年貢米で、年に何俵という形で支給されるでござる。俵1つにはお米が0.35石入っているでござる。この0.35という数字、奇しくも領土1石から取れる年貢米と大体同じなのでござる。よって50俵もらえるオサムライサンは、50石の領土を持っているオサムライサンと、大体同じ収入になるでござる。しかしサラリマンは多少高給でもシャッチョサンよりは身分的には見劣りするのでござるなぁ・・・。この辺は拙者共も身分を取るか実入りを取るかで苦労したものでござる。
なので年収1000万円のサラリマンは、お米に直すと166石≒474俵取りのオサムライサンでござる。つまり474石分の領土に収入的には等しくなるでござる。
これは、ニッポンイチカンパニーである江戸幕府では500石超の「大身旗本」というクラスにあとちょっとで手が届くちょっと惜しい感じの家格。役職でいうと、具足奉行(本社のどうでもいい課長)や各地の郡代(出張所長)が大体このぐらい、ちょっと手を伸ばせば勘定吟味役(経理課長補佐)、御小姓(社長秘書)ぐらいのポジションでござる。
その他な藩では、その藩の石高次第ではござろうが、数万石規模の小大名ならば家老職にもなれるぐらいの石高でござるな。逆に大大名クラスの家老職は万石取りでござる。
そう考えると年収1000万円、今も昔もそんなに変わりがない気がするでござろうよ。。。
https://anond.hatelabo.jp/20231014043358
についての
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20231014043358
のお話です。増田は自称財務省主計局の元中の人だけど、ホントかどうかの判断は自己責任でよろしく。
参考資料の学級規模と教員一人当たりの生徒数のギャップを見る限り先生余っているはずだけど公立の学校見ているとどうも余っている様子は全く見られないのなんでなんだろうなあ
足りないのは事務員なんだよね。自治体予算には限りがあって教育分野でも削らざるを得ない、でも教師の雇用・処遇は相対的に守られてきてそれほど減らせない、となると他の部分にしわ寄せが行って、事務員が足りなくなった分、教師が事務仕事をこなすことになって多忙になると。人件費単価は教師より事務員の方が低いから、教師の枠を事務員に振り替えれば、学校の従業者数を増加させることになって職場環境は改善できるんだろうけど、世の中うまくいかないよね。
とりあえず予算を査定する側とされる側が対等にバトルしているという幻想は捨てよう。実際、他省庁が財務官僚に「査定のお願い」に行く際、財務省側は二ランクか三ランク下の官僚が相手をする程の権力差がある。
よくある財務省ツエー論の根拠の一つとして挙げられる話だけど、実態は全然違います。9月の最初のヒアリングは、要求を網羅的に聞くから各課の課長が主査(課長より2ランク下の課長補佐クラス)に説明するけどーー各担当補佐が説明するとなると、ヒアリング日程の調整やヒアリング現場での説明者入替え等のオーバーヘッドがかさむんですよーー、その後は普通に主査と補佐で議論してるからね。まあ各省庁の文化の違いや課長のキャラで補佐に下ろさず課長が出てきがちな場合もあるけど、少なくとも主計側から「主査は補佐を相手にしない、課長を出せ」なんてことを強いているわけではありません。
ともあれここ数十年財務省の力が強くなり過ぎているのが国力を削ぐ結果に繋がっているので、財務省は分割解体されるべきである
こうした主張、はてブに限らずいろんなところで見るけど、なんで一定の説得力を持っているのかさっぱりわかりません。だって大蔵省・財務省にとっては、ここ数十年、国債残高を減らすことが悲願なわけですよ。で、それを一度たりとも成し遂げていません。バブル末期に赤字国債脱却はできたけど、その間も建設国債は増えていて残高は右肩上がり、バブル崩壊後はご覧のありさまですよ。増田は個人的には国債残高減少を金科玉条として目指すことには批判的ですが、だからこそ、財務省が悲願を実現するだけの力がない弱っちい役所でよかったなあ、としか思えません。
補正予算になると精査もせず30兆ぽんと出し、剰余金を一般会計に繰り入れて好き勝手に使う財務省。文科省にだけは強気だけど、他の省庁にもちゃんと物申したらどうですか。大蔵省の頃はやってたと思うよ。
農水省や国交省の中の人たちからすれば、文科省はうらやましい限りだと思うけどなあ。増田は主計局を離れてそこそこ経つので、例えば最近の防衛費増の受け止めはわかりませんが、増田がいた頃は、文教費は、社会保障や地財と並んで扱いが難しい予算だ、というのが一般的な認識だったと記憶してます。文教族は政治力強いからねえ。
40代前半になり、管理職を意識した仕事の進め方(実務中心→マネジメントへ)を検討しはじめた頃だった。ずっと同じ部署で働いていたわけではないが、新卒からほぼずっと法人課税一本だった。
そんな折、数個年上の同僚のひとりであるN君が「今年度いっぱいで辞めて転職するから」と言ってきた(ビットコインの件で苦しんでいた人だ)。職場の飲み会の帰りで、飲み直しで別の店に入った時だった。少しばかり仕事で縁のあった会計コンサルの内定を得たという。
「なんで辞めるの?」と聞くと、「昨年課長にはなったけど、どこまでいっても組織の歯車で、それだったらまだいいけど……国民のために役に立っているとは思えない。だったら民間の方がいい。自分の仕事力は、広く社会のために使いたい」といった答えが返ってきた。「上司と人事には退職の旨を話してある」という。
私は、そこまで高邁なことを考えるタイプではない。どこか仕事から引いたところがあって、上から60点の成果を求められた時、80を出せる時でもあえて70の成果を出す。残り10の余力は、いざという時のためにとっておく。そういうタイプだった。
できるなら上の方まで昇進したいとは考えていたが、審議官とか、次長とか、長官とか、そういう地位はむしろ遠慮したかったし、私の学歴だと奇跡が起きても難しい。職務自体は好きだったから、できれば長い間やりたいとは思っていたが。
そのN君は、私などよりも公僕に向いている。いつも全力だからだ。そういう人だった。今回、自分の力を社会のために役立てたいという想いを聞いたが、嘘偽りはないと感じた。
数か月後、私は「絶対にここを辞めてやる」と決意することになった。N君の退職が認められなかったからだ。それで結局、N君は内定先を辞退することになった。伝聞での話になるが、N君の内定先には「霞が関の事情を説明する」という名目での情報共有(という名の転職妨害)が入ったのだという。
民間の方には事情がわかりにくいと思う。まずは次の規則を読んでほしい。
(辞職)
第五十一条 任命権者は、職員から書面をもって辞職の申出があったときは、特に支障のない限り、これを承認するものとする。
公務員の任免というのは、民法上の雇用契約が基底にある。そのうえで、国家公務員法や人事院規則により公法上の契約関係を構成する。ざっくりいうと、行政事務職の公務員≒サラリーマンということだ。労基法が適用されないからといって、隔絶した存在ではない。現業職の公務員だと、よりサラリーマンに近い扱いになる(労働協約締結権があるなど)。
上の人事院規則は、公務員のみならず民間業界をも拘束する。当規則が国家公務員法(国会で議決)から委任を受けているからだ。
N君の例だと、別の内規により人事院規則第51条が課長補佐以上には厳しく適用されるのに加え、「再就職に関する規制」に該当するおそれがあったのだろう。それゆえ、転職を目的としての辞職が認められなかった。
結局、N君はどうしたのかというと……私が辞める時点では在職していたが……少し述べると、あれからも転職活動をしたが失敗に終わったらしい。40代半ばで、国家公務員としての経験しかないN君は転職市場では必然不利になる。
N君に興味のある会社があったとして、N君からすれば入りたい会社ではなかったという。とはいえ、税務や会計の会社を選ぶとまた転職できない可能性がある。かくして、N君は今でも霞が関のどこかで働いている。どうか幸せでいてほしい。
「こいつらクソだな」と思った。たかだか数年前に1回契約したっきりのコンサルに移るくらい、認めてやってもいいじゃないか。厳密にいうと再就職の規制にかかってしまうのかもしれないが、それでもいいだろう。仲間なんだから。
当時は怒りでいっぱいだった。今はとうに収まっているが。所詮は、その程度の仲間意識しか持てない連中の集まりだったのだ――と今では達観している。
繰り返すが、四十前半であれば課長(管理職)になってもおかしくはない。平均的には43,44ほどで課長に昇進するイメージがあった。早くミッションを遂行しなければならない。
転職活動を始めることにした。この時、妻はすでに亡くなっていた。子どもはふたりいたが、先ほど書いたとおり、霞が関の一人親に子育ては不可能であるため実家に預けている。妻が存命だったなら、転職活動自体していなかったかもしれない。
この時は、リクナビも有名になっていた。転職エージェントもネットで探せる時代になっていた。さっそく求人を探していくも、自分に合った仕事は見つかりそうにない。リクルートエージェントにも登録して、毎日少ない自由時間を使って求人を確かめていき、平行して求人応募に最低限必要なドキュメントを作っていった。
転職活動スタートから三ヶ月ほど経った頃は、こんな状況だった。希望条件には、就業場所や入社時期や休業制度や、もっと細かい事項もあったが省略する。
【当時の転職活動方針】 ※やしお氏(id:Yashio)リスペクト
二 職務内容に拘らない
ア どんな仕事でもやっていれば好きになる
イ それよりもどんな人と働けるかが大事
イ 全体向けに説明した後、現場レベルに立脚した観点で是非を整理
※この箇所は、文字ばかりで窮屈~というエージェントからの指摘あり
ア 息子と娘を遊園地などに連れていきたい
ウ この年になるとゆっくりしたいのもある
二 風通しがいいこと
イ 怒鳴ったり急に泣き出したり、負の感情を吐き出す社員はいないか?
ア 前の職場が不明確だったので。データによらずに上司が決めるなど。
イ ずっと続けられる好きな仕事にしていきたい
ウ 子がいるので額面700万はほしい。今の年収△200万円までOK。
とまあ、いろいろ考えはしたが……結局、税務コンサルにした。スキルを活かせるうえに、さらに磨くこともできる。そのうえ、応募に必要な資格である税理士免許もある。応募要項には「事業会社での税務実務経験5年以上」とか「同業界でリーダーシップを発揮された経験3年以上」とか「M&A、組織再編、事業統合、事業再生等の案件に対する税務コンサルティング経験」とか、該当していない要件があった。
だが一方では、「上場企業、外資系企業などに対する税務申告書作成業務」など、こちらの十八番(ルールを作ったり審査する側)とも言える要件もあった。当てはまるかもしれない。
こちらの日系大手の税務コンサルを受けたいと転職エージェントに告げたところ、「要件については、体感6割でいいので。ほかにも何社か受けた方がいいですね。増田さんの場合は、最低15社は受けましょう」とアドバイスをもらった。
言いたいことはわかったが、こういうのは絞るべきだと感じた。一気に15社受けるのではなく、3社を5回に分けるなど、そういうやり方がいいと思った。※よく考えると、転職エージェントと転職希望者は利益背反の関係にある。転職エージェントとしては、ほどほど短い期間で離職しそうな会社を勧めるのがメリットだからだ。
かくして、税務コンサルのうち、外資系大手・日系大手・日系準大手の3つにエントリーした。うち2社が書類選考を通過し、一緒に働くであろう仲間との数度の面接を経た後に、幹部社員とも話をさせてもらい、最終的に2社の内定を得た。
決め手として、一番好感があった会社を選んだ。やはり、一緒に働く仲間――これがマストだった。上の3つでいうと日系準大手になる。
こちらの会社は、昔仕事でお世話になったことがあった。直接契約を交わしたことはないのだが。とある相談案件を通じて、互いの知見を高めることができた……とこちらは認識していた。その会社は、国税庁を不当課税処分で訴えたことがあったのが気になったが、今さら大した問題ではない。
次は、どうやって上司に転職を伝えるか考える必要がある。まともにやってしまうと、N君の時のように無理筋なことをされる可能性がある。公務員の退職にあたっての厳密な許可制や再就職の規制は、当時の私の役職(課長補佐)だとばっちり適用される。※20代とかの若手だと、基準を緩めてもらえるらしい。
「年度末で退職します」と告げた時の直属の上司の顔を覚えている。諦めと怨嗟が混じったような顔つきだった。一応遺留は受けたものの、上司もわかっていたようで、最後には「これまでお疲れ様。次のところでもうまくやれるように。ただ、辞職が認められたらいいけどな。俺は無条件に認めるけど」と言っていた。後は、人事による退職ヒアリングを残すのみだ。
思案した結果、退職ヒアリングにおいては、内定を得ていた会社のうち辞退するところを転職先として告げることにした。入社予定の日系準大手は、一応これまでの取引先には当たらないが、関係先に該当すると見做されるおそれがあった。N君の二の舞だけは御免だった。絶対に避けたい。今ここで、今ここで就職しておきたい。絶対に!!
証拠書類として、第二志望だった外資系大手のオファーレターの写しを人事ヒアリングで提出したところ、それから約一週間ほどか、何事もなかったように辞職の許可が下りた。そこから、残りの約二ヶ月半の間で引継資料を作り、3月の初め頃には仕事を引き受ける人に業務の説明をして、懸念事項の対処方法の素案を示して、最後に職場内で気を付けるべきことを述べて……それから数日後、私は職場を跡にした。
転職に成功した。一度下った辞職許可である、春先になって覆されることはない。覆そうにも、4月の時点ですでに民間企業との雇用契約が成立している。どうしようもない。私は管理職ではないからして、そこまで大事にならないはずだ。
実際、春先になってすぐ、雇用保険や健康保険の手続きの関係で、私の勤め先は元職場に知られることになったろう。それでも、私に元職場から電話がかかってくることはなかった――転職に成功したのだ。
新しくスタートした税務コンサルティングの仕事は、私にピッタリ合っていた。最初の1年間は、向こうの会社でいうところの雑巾がけ(企業の予定納税額の調べ、特定の申告方法の可否の問い合わせ、税制改正の動向調査)に当たる仕事だった。これまでの経験が活かせる、いい仕事に出会うことができた。
定時退社が実現し、給与は少しだけ上がり、休暇日数も増えて、福利厚生も十分だった。何より、一緒に働く仲間だ。自然な話し合いができる。暴言を吐く者や、怒りや悲しみの感情をぶちまける者や、不貞腐れる者もいない。言いたいことを言い合える。
反対意見に弱い人達じゃなくて、なんというか、「精神的に健康」というか。自分と考えの違う人の反論に耳を傾けることができる。それでいて、自分の意見として昇華できる。そんな人達だ。
いい職場に移ることができた。運がよかった。太陽が昇っている時間に家に帰れるなど、私にとっては夢のひとつだった。夕焼けは近かったものの、まだ青空が残っている部分を見上げると、子どもの頃に読んだ児童作品を思い出した。少し前にも思い出そうとしていたっけ。きっかけは忘れたが。
タイトルは、『ちいちゃんのかげぶんしん』だった。時代背景は、太平洋戦争の末期だ。ネタバレは避けるけれども、ちいちゃんという女の子が家族と一緒にやった『かげおくり』という遊びを通して、戦争反対を訴えるものだ。
かげおくりというのは、地面に映った影法師をしばらく見てから青空に目をやると、網膜に焼き付いた影の残像が空に映ってみえるというものだ。未成年だった頃の私の心にドスンときた作品だった。増田民にも是非おすすめする。
晴れ晴れとした気分だった。それからはマイホームで羽をのばした。なにしろ、毎日が定時帰りなのだから。子どもを実家から引き取るまでの間、家でゴロゴロしたり、趣味に勤しんだり、妻の遺品を整理したり、平穏な日々を過ごした。
暇な時間を使って、『犬神さんと猫山さん』のBlu-rayディスクを購入して観た。やはり、何も考えずに見られる。1話がCM込みで5分なのもいい。最終回は、花火大会だった。今まで出てきたキャラクターがみんな登場して、最後はふたりで花火を見上げながら手を繋いだところでエンドだった。
ネット掲示板を読んだところ、原作漫画(※記念に1巻を購入)の方は、残念ながら打ち切りのような結果だったらしい。作者も若い人だから、いろいろと苦労があったのかもしれない。でも、あの作品を面白いと思った人がたくさんいるのだと――作者に知ってもらえたら幸いだ。
私のようなおじさんが楽しめたのだから、若い人だったらもっと楽しめる。面白い作品に違いない。できれば15分枠のアニメだったらよかった。
たった三ヶ月の間だったが、思い出に残るアニメだった。ありがとうございました。
ここまで書き終えて、今は自室にあるパソコン机の前で一息ついている。携帯電話の通知を見ようか、それともコーヒーを飲もうか、ボーッとするのもいいかなと、いろいろ考えている。
税務官僚だった頃に比べると、今は幸せだ。そのうち慣れるとは思っていたが、あの辛かった日々を思い出すと、しみじみ幸せに思えてくる。不思議かな、辛かった日々であればあるほど、思い出す時に幸せな気分になる。なぜだろうか。
そんな思いに捉われて、ふと携帯電話を拾い上げた私は、デリヘルでも呼ぼうかと思い、アドレス帳を開いた。お気に入りの子が脳裏に浮かんでくる。
ここで思い留まった。そうだ、先日誓ったばかりじゃないか。もう風俗店を利用するのは辞めようと。昔はよくソープに行ったり、デリヘルを呼んだりしていたけれども、もうしない。そういう店は利用しないと決めていた。
長い日記になった。ゆっくり読んでもらえばいいし、わかりにくいところや、興味のないところは飛ばしてもたぶん理解できる。
今回、昔のことを振り返ることができてよかった。書いている最中、じんわりとした幸せが込み上げてきた。この幸運に感謝したい。
(追伸)
上で挙げたN君だが、半年前に話をする機会があった。今でも彼は、どうにか転職ができないか模索しているらしかった。裏技を使おうかとも言っていた。さすがにここでは言えないが。
N君の転職活動が成功する未来を祈っている。彼は独身だから、私よりは選ぶ会社の自由が利くだろう。彼の多幸を願って日記の結びとする。
私の所属していた法人課税部門の話ではあるが、直接関わったわけではない。どちらかというと、もっと上の方の、課税全体の企画や調整・取りまとめを行う部署の話になる。
当時も、国税庁が掲げるところの「内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現」をめざして、日々勉強の毎日だった。世の中は変わり続けている。税の勉強に終わりはない。当時の仕事を平たくいうと、税制改正の内容を関係者・関係部局にわかりやすく伝えて質問相談苦情に答える、といったところか。管理職が近づいた当時は、そんな仕事をしていた。
40代が近づいても、税の世界は深かった。税理士資格は若い時分に取得したが、それでもマニアックな税分野とか、諸外国の税制度になると不案内だった。
そんな折、とある会議の最中だった。ある人が、たしか個人課税の徴収部門の責任者だったか、ビットコインの話を始めた。納税の方法がわからない人や、脱税の疑いがある人が増えており、(内閣府まで通じて)国レベルの対応を考えているという。
ビットコインのことは何となく知っていた。どんな形であれ、収益を得たのであれば納税するのが当たり前である。だが、事情があってできない者や、あえてそうしない者もいる。私の思い違いは、後者が思いのほか多かったということだ。
国の関係機関は、ビットコインほか暗号資産に関する文書を多数発行している。国税庁もそのひとつだ。それは6,7年前だったか、取り掛かったのはさらにその数年前になるが――上の会議の後で、主に若手職員が中心となって暗号資産の税務上の取扱いに関する文書(納税ガイドライン)を起草した。国税庁のページに今でも載っている。
ガイドラインを作るにあたり、各部署からは若手数人(YoungなAdultを含む。40代でもOK!!)が抜擢された。うち1人は私の同僚だった。あの頃、仕事帰りに個室の飲み屋で話をしたのを憶えている。彼は、ビットコイン(暗号資産)に対して恨みの感情をいだいていた。
・ただでさえ忙しいのに。ガイドラインの下準備だけでも難しい
・国際反社の資金源を絶とうと思えば、暗号資産を違法化してもよいのでは
・でも、それでは他国との足並みが揃わない。国力にとってデメリットがある
・暗号資産がどの国でも一般的な存在になれば、俺達のこの仕事は報われるかもしれん
・上司は評価をくれると言っていたが、貸し借りにすらなっていない感がある
・実は、「優秀な若手を」と言いつつ、優先順位の低い職員を駆り出しているのでは?
・こんなことが続くようなら、転職を考えた方がいいかもしれない
このような愚痴をもらしていた。この人は、高卒枠で国税庁に採用され、若い頃は地方税務署を転々とした。その後、実力を評価されて国税庁の現場寄りの部門で働くようになった。叩き上げというやつだ。普通に幹部候補である。このあたりの考え方は、省庁によって違う。※後述。
私だって彼のように、当時は「よくわからないもの」「社会に必要性がないもの」「反社の資金源」とされるものを扱う仕事に抜擢されたとしたら、どんな気持ちになっていただろう。憂鬱になっていたかもしれないし、反対にワクワクしていたかもしれない。おそらくはその中間だ。
ところで、件のガイドラインは相当に練られている。人件費で換算するなら、軽く数千万はかかっている。本来の部署でさえ仕事に忙殺されているのに、彼らはよく作ったものだと感心した。
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《後述の内容》
中央省庁は大卒しか採らない印象があるかもしれないが、高卒採用は私が知る限り全省庁で実施している。省庁によって雰囲気は異なるが。私が若い頃だと、毎年何十人も採用しているところもあれば、実質的に高卒者を採用していないところも当然あった。覚えている限りでは、次のような印象だった。
(総務省)
たくさん採用する。男女比は同じくらいか。データの取りまとめや解釈など、政策の基本になる数字を拾う仕事が多い。実力が認められると政策立案も担当できる。地方自治体への幹部待遇での出向も。
(国土交通省)
たくさん採用する。男性が多い。本庁に採用されても、ダム管理関係など現場作業をするポジションになる可能性があるからだろうか。工事用の図面作成なんかも当然あるだろう。
(財務省)
ほどほどの数を採用する。高卒枠だと、ほぼ女の子しか採用してなかった。もちろん顔採用だ。たまに業務で寄ることがあったが、当時の先輩が「俺も財務省の子と合コンしたい……」と呟いていた。当然ながら、銀行の一般職みたいに、大卒採用の男性とくっつけるためにやっている。
(国税庁)
高卒採用はしているが、数はとても少ない。公務員試験には受かっても、税務大学校での勉強についていけずに辞めていく子が多いのが理由だ。代わりに、会計といった専門学校卒の子を多く採用している。
(厚生労働省)
たくさん採用する。男女比は半々だ。労働環境が厳しいこともあるのだろう、私が知っている子は、ガタイがいい人ばかりだった。総じて言えることだが、高校3年生の時点で中央省庁の面接官の眼鏡にかなうわけだから、指折りの人材だ。特に「役職持ちの高卒者を見たら刮目せよ」のイメージは正解だ。
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かくいう私も、当時はこの仕事を続けるべきか迷っていた。実際、数年後には転職することになるのだが、正直やりがいを感じられなかった。
実際、あの彼の言うとおりだったと思う。あのガイドラインは、いわゆる『火消し』の仕事に近い。すぐにバブルが弾けてなくなると思われたビットコインが生き残ったことで、脱税者(善悪を問わない)が多く存在することが予想された。事前の対策を打とうにも、そんな余剰人材は配置されていない。
実際、暗号資産関係の脱税者がいたとして、まともに取り締まることができていなかったのではないか? 現金で数千万円を国内口座に出金、みたいな愚か者はすぐに摘発されただろうが、もう少し小さい金額とか、取引所にずっと利益を預けていたとか、そういう人は対応ができていないはずだ。他部門の私ですらわかるほど、それくらい国税庁はマンパワーが足りていない。
加えて、思い出②で説明したストリートレベルの行政職員の観点もある。海外の取引所や、すでに潰れた取引所で売買をしていた場合、納税者も行政庁も課税情報の証明ができない。そういう面倒かつ費用対効果の低い案件――それでいて該当者が数千人に上るであろう案件は、あえて手をつけないこともある。
さて、こうした想定外の事態が起こった場合、上で説明したように臨時のタスクフォースが編成される。今回の火消しチームだと、指揮を取る者が選り抜きであったのは言うまでもないが、ほかのメンバーを見る限りだと、各課がイマイチなメンバーを人柱にしていた感がある。正直、エースは残して温存させているように見て取れた。
そんな理不尽でも耐えられるほどに組織が魅力的で、職員にとってやりがいのある仕事内容や職場環境を用意できればいいのだが――こういうわけで、近年の若手官僚大量離職問題が起こっている。
ちょっと路線変更をする。思えば、このあたりの時期は私も病んでいた。過重労働で心が沈んでいた。
一応マイホームは買っていた。ただ、数年前から妻が病気で入院していて、子どもふたりは実家にしばらく預けてあった。つまり単身だった。
かつては、いろいろと堪え切れずにデリバリーヘルスを呼んでいた時期もあるが、穴があったら入りたい気分だ。煉獄さん……。
その日々では、深夜に誰もいないマイホームに帰宅して、独身時代が懐かしいと思いながらテレビを点けていた。ある時だったか、今時風のアニメが流れた。
♪ わんわんわん猫が好き 夢中で何も見えない
ほぼ終電+徒歩の関係で、自宅に帰る時間は固定だった。ダイニングの食卓の上に、コンビニのおにぎりと綾鷹を置いてから、大匙1杯の味覇を小鍋に入れて沸騰させ、菜箸で溶き卵を回し入れていた。最後にテーブルコショーを振りかける。ネギは買い忘れることが多かった。
食事の支度ができて、テレビを点けると上のアニメがやっていた。女の子が出てくるやつ。
サブカルチャーについては、若い頃に少し嗜んだだけの私でもわかった――これは三級品のアニメだ。放送枠を埋めるためにひとまず作られたような、1話につき実質4分間だけの5分もの作品。それが正体だった。
かわいそうに。作者はどんな想いだったろう。悔しいと思わなかっただろうか。残念ながら、番組製作者にとって優先順位が低いアニメだったのだ。※当時はそう思っていたが、今は違う。
内容だが、女の子同士が仲良くするようなものだった。はっきりいって中味はない。ただ単に、女子高生が仲良くしているか、仲良くしようとアプローチしているだけの。そういうやつだった。だが、観ている最中に何も考えなくていい。それがいいと思って、つい毎回見てしまっていた。
別に興味はない。なんとなく見ているだけだ。深夜帯だから、それ以外に選択がなかった。前後の時間帯にほかのアニメが放送されることもあったが、観ることはなかった。この齢になると、特に30分枠のアニメは見るのがしんどい。子どもと一緒に土日朝のアニメを観るのであれば、まだなんとかなるのだが。
愚痴が長くなった。この章は仕舞いにする。これ以外にもパワハラ職員とか、やる気のない職員とか、省庁間のいがみ合いとか嫌がらせとか、議員と行政との癒着・密着とか、嫌なことはいくつもあったが、本題ではない。
そういうのが知りたい人は、元キャリア官僚が書いた書籍やブログを探して読んでみるといい。意外とみんな、けっこうぶっちゃけている。生々しい。
その人達に比べれば、当記事の内容というのは、やはりベジタブルに違いない。冷静に考えて、野菜よりも肉の方がハイパワーだろう。そういうことだ。
「官僚から政治家になりたい」という想いを抱く人は、一応は存在している。そして、そういう人が政治側から求められる場面もある。
30代に入る頃の話だ。具体的にいつ頃だったかは失念したが、自由民主党で地方自治を担っているグループが各官庁にチラシを配っていた。要するところ、「官僚の皆さんの中で政治家になってみたい人、手を挙げて。ハーイ、ハーイ!!」と、ここまで軽いノリではないが、かくして官僚から政治家へ……というルートを希望する人は一定数いる。
そういう説明会に参加したことがある。「興味本位でいい。年齢関係なし」といったことがチラシに書いてあったが、会場に同年代はほぼいなかった。
説明会の流れは月次だった。自民党のそこそこ偉い人が挨拶をして、後は別の人達に交代して政治家への転身ルートの大まかな説明(国政コースと地方自治コース)があって、最後に簡単なグループ討議だった。
なお、これはずっと昔の話だ。今がどういうシステムかはわからない。
私がいた席の隣には、一回り年上の国土交通省(の前身)の技官であるIさんがいた。体格は小柄だったが、その割には大きく見えた。頭の回転が速くて、こっちが話しても0.5秒でレスポンスが飛んでくる。
Iさんとはグループ討議の後で連絡先を交換して、一度だけ飲みに行った。頭の回転だけじゃなく、教養のある話し方だった。人としてのスペックの違いを感じた。
Iさんが上の説明会に参加した動機は、出世や昇進に関係していた。上に行けないのであれば、いっそ政治の世界で活躍してみたい――そんなことを話していた。
Iさんは、東大でも京大でも筑波大でも東工大でもなく、一般的な国立大学だった。偏差値でいうと50ちょっと。私と同じくらいの。その大学名では正直、立身出世の見込みはなかった。よくて審議官、民間でいうと次長~部長ほどか。今はどうかわからないが、当時は学歴が問われる時代だった。国交省でも、上級管理職は東大が基本だった。
Iさんのキャラクターというのは、古い語彙になるが、ザ・自民党といった雰囲気だった。政治的に保守というやつだ。頭の回転が速いというよりは、物事の道理がわかるというか。いざという時には清濁併せ吞むことができる。そんな具合だ。
かくいう私は、政治家ルートは無理だと感じ、その後にあった面接を受けることはなかった。国会議員になるには地盤も看板も鞄も足りないし、かといって地方自治体に出向して市町村の助役(今でいう副市長)になるのはリスクが高すぎる。もし地場に合わなければどうすればいいのか。どの面を下げて霞が関に帰ればいいのか? いや、というか帰れない。片道切符だ。
でも、本当に政治家になりたい人であれば、不安に打ち勝ってしまえるのだろう。当時の私は、転職を考えはじめていたけれども、今と違って転職市場は整備されていなかった。インターネットでの転職活動も始まったばかりだ。リクナビ黎明期になる。
まあ、それらも言い訳に過ぎない。本気で転職したい人だったら、そんな事情は関係なく転職エージェントに架電していることだろう。心の底では、そこまで転職したいとは思ってなかったのだ。
その後も、厳しい日々が続いた。職責はどんどん増えていくけれども、やりがいは減っていった。給料も見合っていない。時給換算だと千数百円ほどか。上でいう40才になる頃には、自分がなんのために働いているのかわからなくなった。行政ロボットのようだった。
ひたすら政策課題に対して向き合い、法律や常識に照らして世間でいうところの正解と思われる回答を見つけ出し、複数の上司に忖度とやらをしながら仕事を回していた。税制を維持していくためのロボットになっていた。
あと数年以内には、おそらく課長補佐から課長級になる。もっと忙しくなるだろう。子どもを2人育てるなど不可能だ。
もやもやした気分で深夜に帰宅した時、やはり、あのアニメ――『犬神さんと猫山さん』が流れていた。たった三ヶ月の付き合いだったが、少しばかりの息抜きになった。コンビニおにぎりとお茶と、味覇のスープを飲みながら、ほとんど何も考えずに観ていた。
女性同士が仲良くすることに主眼を置いていたのはわかる。メインふたりの関係だけでなく、ほかの女性同士の関係性も描いている。
犬神さんは積極タイプだった。猫山さんのことが大好きだ。ほかの女の子とはいざこざがありながらも、最後には仲良しになっていた気がする。
強いていえば、犬神さんの猫山さんに対するアプローチには、セクシャルハラスメントを構成する要素があった。いきなり抱きついたり、薬物を飲み物に混ぜようとしたり、髪型を自分好みにさせようとしたり、猫山さんの反応が気に入らないとキレたり、ハラスメントし放題だった。デートDVに通じるものがある。人権という観点からは、現代社会で許容されるべきものではない。
この日記を書き始めた頃、ニコニコ動画に登録して全話パックを購入した。順番に話数を巡ったところ、第9話にこういうやり取りがあった。以下、犬神さんを「犬」とし、猫山さんを「猫」とする。
犬「あの~、今なんて……?」
犬「バッカなんですか猫山さん!」
猫「そこまでいうの犬神さん!?」
犬「だって、素晴らしいその猫っ毛を矯正するとか、そんなのって、そんなのって、コーヒーからコーヒー抜くようなものですよ!?」
リアルの高校生ならこういう会話をするのかもしれないが、中年の私には厳しい描写だった。若い人向けの作品なのだからと思いつつ、読者が真似をしたら相手が苦しいことになる――と当時は考えていた。こちら以外にも、若い人なりの情動(リビドー)が爆発するようなシーンがあったのを思い出す。
思えば、若い人向けの作品なのだから、少しオーバーなのがちょうどいいのかもしれない。作者が若年だったのもあるだろう。梶原一騎(巨人の星)にしても、雁屋哲(野望の王国)にしても、巻来功士(メタルK)にしても、CLAMP(聖伝)にしても、荒木飛呂彦(バオー来訪者)にしても、板垣恵介(バキシリーズ)にしても、作者が若いと、エログロやスプラッタや、恋愛的確執や社会的価値観との対峙など、青春期ならではのリビドーに溢れている。反対に、作者が齢を取ってくると確執的関係が雪解けするような、そんなシーンを描くようになる。『バキ親子ケンカ編』などが顕著だ。
あの人達が若かりし頃のマンガというのは、基本線として反社会的だ。反社会的といっても、若者にとっての抑圧を打ち破るという意味での反社会性だ。うまく料理できれば、マンガの魅力として存分に活きてくる。あの人達は、若者のそんな感情を搔き立てるのが抜群にうまかった……と、元若者が振り返ってみる。
追記 Iさんはその後、大成した。少しではあるが本人に馴染みのある地域で、市町村の助役として迎え入れられた。その後、国会議員や職員団体や地元からの応援を受けて市長選に立候補し、並み居る解放同盟の勢力を圧倒して市長になった。
あれから調べてはいないが、きっと長い間お勤めになったのだろう。ああいう人がもっと多くなれば、地方はもっと活性化するに違いない。
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