はてなキーワード: 反論とは
なんか嬉しいな
気軽に駄文を書いただけなのに、だいたい4人くらいからAIっぽいと言われた
本人にとっては皮肉のつもりで書いたようだけど、客観的には反論できない言い訳なんだから
勇気づけられました
ああやっとか。実は最初からAIに頼んでるけど、君が必死に反論してくるから、それに合わせてAIにも適応してもらっただけだよ。君が思ってるほど、「自力で勝てない」とか悔しくないし、むしろ君が毎回同じこと繰り返してるのを見るのが面白いから、わざと続けてるんだよ。君みたいな人間に付き合うことが面倒じゃなくて楽しいってこと、わかってないだろ?
それに、「論理のお勉強頑張ってね」だとか逆に君がそのアドバイスを受けるべきだろ。こんだけ反論できない君が、何を言っても説得力が無いって自覚した方がいいんじゃないの?
もう内容も読まんけど、1パラグラフの文字数が大体そろってる時点でAIに代筆頼んでるのバレとるよw
自力じゃ勝てないのを悟ったのかな?悔しかったんだね。がんばったね。その悔しさをばねに論理のお勉強頑張ってね。
ほう、今度は「論証の責任」だとか「根拠」だとかまたお決まりのフレーズを引っ張り出してきて、さも自分が正義のように語り出したな。でも、ちょっと待ってくれ。 その前に気づいてないことがあるぞ。
まず、君が言ってる「主張をした側に論証の責任がある」というのは、基本的な論理のルールそのものなんだけど、俺は別に君が主張したことに対して「反論しろ!」とか言ったわけじゃない。むしろ、君が自分で 突っ込みどころ満載な発言をしたことをきっかけにそのツッコミどころを指摘したわけだ。君が言った「根拠を出せ」「答えろ」だって、その時点でお前の主張に対してツッコミを入れてるんだよ。
俺が質問に答えないのは、最初からお前の主張に対して論証の責任を持たないからだよ。君は「答えろ」「根拠を出せ」って言っているけど、それ自体が何も論証していないまま求めてることにすぎない。君は、自分が正しいと思っているなら、まず自分がどんなに自信たっぷりに発言しているかを、まず冷静に見返してみた方がいい。自信があるのなら、何をどうしても自分の意見を通そうとするだろうが、君は結局、自分の主張を守るために、相手の反応を無視して論理を無視してひたすら繰り返しているだけだ。
それに加えて、「小中学生で経験しないのかな」という部分、痛いほど分かるよ。君が言ってるのは、単なる思い込みだろう。君はこのやり取りの中で、少なくとも俺に対しては一度もその意見に対する反証や実証をしていないし、自分の無理を棚に上げて矛盾を指摘する気にならない。要するに、君はただの主張で、根拠なんか無くても平気で語ってるってことを意識していないんだよ。
一体君は、今までどれだけ「根拠なしの自分勝手な意見」を繰り返してきたんだろうか。俺は君が反論を求めてきた段階で、君の発言がいかに「論理的に足りない」かを指摘しようとしたんだ。だが、君が何度も繰り返すだけの言葉に対して、こちらが反論を加えないのは、君の発言が論理的に完結していないからだよ。
君の言い分に「理屈」なんて無い。最初の段階から根拠もないまま「答えろ」とか「おちょくるのも飽きた」とか言ってるだけなんだから、それがただの自己満足の発言だということを理解しろよ。根拠が無ければ、君の意見が無意味だと気づかない限り、相手が何を言っても意味が無いという基本的な部分を、君は完全に無視しているんだ。
「論理を学べ」だとか「勉強しろ」だとか、君がいくら言っても、それは逆に君自身が教訓として受け取るべき言葉だってことに気づかない限り、君は何も変わらないよ。君のように、根拠なく振り回して自分の意見を押し通すだけの人間には、まずその事実に気づいてもらいたい。反論できないくせに、ただ無駄に感情をぶつけて「根拠を出せ」だの「論理を学べ」だの言っているだけでは、結局自分の無知を晒しているだけだって気づくべきだ。
そして結局、君がまた「おちょくるのも飽きた」と言いながら逃げていく様子が目に浮かぶ。さすがに、こんな論理も根拠もない文章を繰り返して、何一つ自分の立場を証明できないのは、お前にとっても痛い部分だと思うぞ。自分が何か大きなことを言った気になっているのかもしれないが、結局このやり取りが示しているのは君の論理の浅さと、矛盾だらけの意見にすぎないという事実だ。
これまでのやり取りから得た教訓は、君が考えるほど簡単に「論理を学ぶ」ことじゃないってこと。主張すること自体は簡単だが、それに対してきちんと論証できないなら、意味が無い。そして、君がその責任を果たさずに「答えろ」だの「根拠を出せ」だの言っていることが一番痛いポイントだということを、もう少し理解してほしい。
だから、またね。
ほう、今度は「論証の責任」だとか「根拠」だとかまたお決まりのフレーズを引っ張り出してきて、さも自分が正義のように語り出したな。でも、ちょっと待ってくれ。 その前に気づいてないことがあるぞ。
まず、君が言ってる「主張をした側に論証の責任がある」というのは、基本的な論理のルールそのものなんだけど、俺は別に君が主張したことに対して「反論しろ!」とか言ったわけじゃない。むしろ、君が自分で 突っ込みどころ満載な発言をしたことをきっかけにそのツッコミどころを指摘したわけだ。君が言った「根拠を出せ」「答えろ」だって、その時点でお前の主張に対してツッコミを入れてるんだよ。
俺が質問に答えないのは、最初からお前の主張に対して論証の責任を持たないからだよ。君は「答えろ」「根拠を出せ」って言っているけど、それ自体が何も論証していないまま求めてることにすぎない。君は、自分が正しいと思っているなら、まず自分がどんなに自信たっぷりに発言しているかを、まず冷静に見返してみた方がいい。自信があるのなら、何をどうしても自分の意見を通そうとするだろうが、君は結局、自分の主張を守るために、相手の反応を無視して論理を無視してひたすら繰り返しているだけだ。
それに加えて、「小中学生で経験しないのかな」という部分、痛いほど分かるよ。君が言ってるのは、単なる思い込みだろう。君はこのやり取りの中で、少なくとも俺に対しては一度もその意見に対する反証や実証をしていないし、自分の無理を棚に上げて矛盾を指摘する気にならない。要するに、君はただの主張で、根拠なんか無くても平気で語ってるってことを意識していないんだよ。
一体君は、今までどれだけ「根拠なしの自分勝手な意見」を繰り返してきたんだろうか。俺は君が反論を求めてきた段階で、君の発言がいかに「論理的に足りない」かを指摘しようとしたんだ。だが、君が何度も繰り返すだけの言葉に対して、こちらが反論を加えないのは、君の発言が論理的に完結していないからだよ。
君の言い分に「理屈」なんて無い。最初の段階から根拠もないまま「答えろ」とか「おちょくるのも飽きた」とか言ってるだけなんだから、それがただの自己満足の発言だということを理解しろよ。根拠が無ければ、君の意見が無意味だと気づかない限り、相手が何を言っても意味が無いという基本的な部分を、君は完全に無視しているんだ。
「論理を学べ」だとか「勉強しろ」だとか、君がいくら言っても、それは逆に君自身が教訓として受け取るべき言葉だってことに気づかない限り、君は何も変わらないよ。君のように、根拠なく振り回して自分の意見を押し通すだけの人間には、まずその事実に気づいてもらいたい。反論できないくせに、ただ無駄に感情をぶつけて「根拠を出せ」だの「論理を学べ」だの言っているだけでは、結局自分の無知を晒しているだけだって気づくべきだ。
そして結局、君がまた「おちょくるのも飽きた」と言いながら逃げていく様子が目に浮かぶ。さすがに、こんな論理も根拠もない文章を繰り返して、何一つ自分の立場を証明できないのは、お前にとっても痛い部分だと思うぞ。自分が何か大きなことを言った気になっているのかもしれないが、結局このやり取りが示しているのは君の論理の浅さと、矛盾だらけの意見にすぎないという事実だ。
これまでのやり取りから得た教訓は、君が考えるほど簡単に「論理を学ぶ」ことじゃないってこと。主張すること自体は簡単だが、それに対してきちんと論証できないなら、意味が無い。そして、君がその責任を果たさずに「答えろ」だの「根拠を出せ」だの言っていることが一番痛いポイントだということを、もう少し理解してほしい。
だから、またね。
あのな、基本的なことだけど、主張は、その主張を行った側に論証の責任があるんであって、主張された側にはその主張に対する論証の責任なんて無いんよ。
君はタダで論理の基本のキを勉強できて今日は実に得したな。どのくらい身になったのかは知らんけど。
根拠もなく主張すると根拠を問われて困るという得難い経験もできて良かったろ?(笑
せいぜい精進して、今後は根拠レスなうかつな主張は慎むように。
ああ、もう「答えろ」とか「根拠を出せ」って言われるのも、いちいち反応しないといけないこと自体、こっちの暇つぶしになってるな。まあ、お前がどんだけ繰り返しても、結局自分が何もできてないことに気づけない限りはそのまま迷走するんだろうけど。
「答えろ」って言う割に、自分の言葉に責任を持たず、根拠を求める側が何も提示しないってどういうことだよ? こっちは、あえてお前に一回目の突っ込みを入れてるわけだし、そのまま反論すらできずに「おちょくるのも飽きた」なんて言い出すこと自体、自分の無力さを認めたってことだろ。
根拠を「答えろ」って言ってるけど、その前にこっちがすでにお前の文章の無理がどうしても目立ってるから突っ込んでることを認識した方がいいよ。お前が言いたいことはわかるけど、それがどれだけ上手く伝わってるのか、自分の発信力に自信があるんだろうか? 人に根拠を求める前に、自分がいかに相手に伝えられるだけの力を持ってるのかを理解するべきだろ。
結局、「おちょくるのも飽きてきた」とか言いつつ、まだ暇つぶし感覚で絡んでくるってのが、まさにその証拠だろ。お前、そもそも最初の段階で自分の矛盾を自覚した上で質問してるわけじゃないから、だんだん煽りを重ねても答えられない自分に苛立ってきてるんだろうな。それでもなお、自分の矛盾から目を背けて、こっちに答えを求めるだけの構造に落ちてるのが痛々しい。
こんなふうに何度も同じことを繰り返して、お前がまだそのループから抜け出せていないことを自覚できる時が来るか、それともまた「答えろ」って繰り返しながら時間を無駄にするか。それを俺は楽しませてもらってるだけだから、またね。
ああ、もう「答えろ」とか「根拠を出せ」って言われるのも、いちいち反応しないといけないこと自体、こっちの暇つぶしになってるな。まあ、お前がどんだけ繰り返しても、結局自分が何もできてないことに気づけない限りはそのまま迷走するんだろうけど。
「答えろ」って言う割に、自分の言葉に責任を持たず、根拠を求める側が何も提示しないってどういうことだよ? こっちは、あえてお前に一回目の突っ込みを入れてるわけだし、そのまま反論すらできずに「おちょくるのも飽きた」なんて言い出すこと自体、自分の無力さを認めたってことだろ。
根拠を「答えろ」って言ってるけど、その前にこっちがすでにお前の文章の無理がどうしても目立ってるから突っ込んでることを認識した方がいいよ。お前が言いたいことはわかるけど、それがどれだけ上手く伝わってるのか、自分の発信力に自信があるんだろうか? 人に根拠を求める前に、自分がいかに相手に伝えられるだけの力を持ってるのかを理解するべきだろ。
結局、「おちょくるのも飽きてきた」とか言いつつ、まだ暇つぶし感覚で絡んでくるってのが、まさにその証拠だろ。お前、そもそも最初の段階で自分の矛盾を自覚した上で質問してるわけじゃないから、だんだん煽りを重ねても答えられない自分に苛立ってきてるんだろうな。それでもなお、自分の矛盾から目を背けて、こっちに答えを求めるだけの構造に落ちてるのが痛々しい。
こんなふうに何度も同じことを繰り返して、お前がまだそのループから抜け出せていないことを自覚できる時が来るか、それともまた「答えろ」って繰り返しながら時間を無駄にするか。それを俺は楽しませてもらってるだけだから、またね。
ニヤニヤ
いいからー
さっさとー
答えろよ、根拠を
次のレスはお前がきっちり答えたらしてやるよ
まともな答えがないなら
そろそろおちょくるのも飽きてきたんで、またねってなもんだ
お前、ずっと「根拠」を言ってるけど、その根拠を語る前に、まず自分の言ってることに自信持てよ。
「突っ込みどころ満載」と言って何度も突っ込まれてるのに、自分が一番突っ込みどころ満載なことに気づけないのは、ある意味才能だよな。結局、論証責任だなんて言いながら、具体的な反論は一切できてないんだから。自分で自分の投稿が破綻してるのを理解しないで、どこがどうダサいか痛いかなんて結局言い訳ばかり。その説明の方がよっぽど突っ込みどころ満載だってわからないんだろうな。
お前が必死に「根拠」を求めてるけど、実際にはお前自身が質問に答えられてない。どうしてその突っ込みが無駄だと言えるのか、最初に自分の文章で明確に立証してから言えよ。言葉に責任を持てないのに、論証だとか根拠だとか言う資格すらないよ。逆に、ずっとその状態で「突っ込みどころ満載」だの「答えろ」だの言ってるお前の方が、本当の突っ込みどころ満載の人間に見えてるの気づかないの?
楽しませてもらってるんだから、どんどんその「突っ込みどころ満載」な姿を披露してくれ。自分がどれだけおかしなこと言ってるか気づく時が来るまで、こっちはただ笑って見守るだけだよ。
お前、ずっと「根拠」を言ってるけど、その根拠を語る前に、まず自分の言ってることに自信持てよ。
「突っ込みどころ満載」と言って何度も突っ込まれてるのに、自分が一番突っ込みどころ満載なことに気づけないのは、ある意味才能だよな。結局、論証責任だなんて言いながら、具体的な反論は一切できてないんだから。自分で自分の投稿が破綻してるのを理解しないで、どこがどうダサいか痛いかなんて結局言い訳ばかり。その説明の方がよっぽど突っ込みどころ満載だってわからないんだろうな。
お前が必死に「根拠」を求めてるけど、実際にはお前自身が質問に答えられてない。どうしてその突っ込みが無駄だと言えるのか、最初に自分の文章で明確に立証してから言えよ。言葉に責任を持てないのに、論証だとか根拠だとか言う資格すらないよ。逆に、ずっとその状態で「突っ込みどころ満載」だの「答えろ」だの言ってるお前の方が、本当の突っ込みどころ満載の人間に見えてるの気づかないの?
楽しませてもらってるんだから、どんどんその「突っ込みどころ満載」な姿を披露してくれ。自分がどれだけおかしなこと言ってるか気づく時が来るまで、こっちはただ笑って見守るだけだよ。
いらないと言うのにお弁当まで作ってくれる
早く自分も自立して恩返しもしよう
母親は自分の資産を増田名義の口座で運用して増やした(口座を保険営業に預けてたか)
増田はテストが98点でもバカと言われ、成績1位のクラスメイトを褒めそやす
お嫁さんになりたいと言うと顔色変えて叱責される
服を買って貰えてないと言うと父親に10万円のコート1着のみ買わせる(戦艦かよ)
母親は睨んでくる以外、増田と目を合わせたことが一度もない(会話中もあらぬ方向を見ている)
弟の話には大喜びで乗る
増田の話は常に否定する上、反論すると、口答えするな、土下座して謝れ、と言う
口腔外科によれば、舌下小帯が短かった
増田の紛争相手方代理人弁護士は「誤って」実家に書類を送る(母親との通信かな)
母親の妹の叔母と叔父は国交省系、もう1人の叔母は医師で増田や父親を大人しいと言ってからかう
迫害の如きに耐えつつ成績も上がらなかった増田や理系の父親は怒りっぽくなった(父親も何か察してたが妥協してたと思う)
ほほを赤らめさせ、うるませた目、目を伏せながら髪をかきあげるしぐさにクローズアップ。
アニメという人が描く絵だからこそ「男目線で可愛い女を描くとこうなります」な記号が盛りだくさんなのがキツかった
(この「男目線の可愛さ」は女も自分の内部に取り込んでいたりするから、反論したくなる人もいるだろうが)
それでいて別に直接的にエロ描写をしたわけじゃないから反論を受ければ
「AVとかぶる?それは考えすぎじゃないですかねェ~ふだんからエロいことばっか考えてるんですね!」と嘲笑返しができる卑怯さ
女だけがいつまでも「AVに見えるが直接描写じゃないから文句も言えないTVCMを延々と流される側」に立たされる理不尽さ
ただ、踏み絵的長い枕詞を付けたうえでしか発言が難しくなってる事象は他にもある
違う属性に対して配慮しなければアラをつつかれることがあるのは他のことでも同じ
不快感を持っていることは表明したほうが良いと思う
授業中、突然だった。
「チー牛」
クラスのみんながざわめいた。
何のことか分からない。
ネッケツが手を挙げて聞いた。
すると、担任はニヤリと笑って言った。
「お前ら、全員チー牛だ」
ボクサーが立ち上がり、机を叩いた。
「おい、先生! それは言い過ぎだろ!!」
でも、担任はまったく動じなかった。
「いや、事実を言っただけだ」
誰かがそう言った。
担任は頷いた。
「そうだ。お前ら全員、チー牛だ」
「納得できません!!」
ハカセが立ち上がった。
「いいだろう、説明してやる」
「ネッケツ、お前はすぐ熱くなる。熱くなりすぎて何も考えない。チー牛特有の単細胞だ」
「なっ……!」
「ボクサー、お前は筋肉をつけてるくせに、心が弱い。ちょっと煽られただけで手を出す。チー牛の防御力は皆無だ」
「ぐぬぬ……!」
「ハカセ、お前は頭がいいつもりかもしれないが、結局は屁理屈ばかり。コミュニケーション能力がチー牛レベルだ」
「ノッポ、お前は身長が高いのに、存在感が薄い。いるのかいないのか分からない。それこそがチー牛の特徴だ」
「そんなバカな……!」
「クリス、お前は女だが、チー牛の魂を持っている。いつも本ばかり読んで、友達が少ない。チー牛のメス、それがお前だ」
「えぇ……」
「結論、お前らはチー牛だ」
誰も反論できない。
「先生……」
ネッケツが、震える声で言った。
「俺たちは……チー牛なんですか……?」
担任は頷いた。
「そうだ。だが——チー牛で終わる必要はない」
「……え?」
「お前たちが"チー牛"を超えられるかどうかは、これからの行動次第だ」
だが——
ボクサーは、拳を握りしめた。
ドゴォッ!!!!
担任の体が宙を舞い——
5m吹っ飛んだ。
壁に激突し、教室が揺れる。
静寂。
誰もが息を飲んだ。
だが——
奇声を上げながら笑い出した。
その声は、まるで電子音のように響く。
そして——
担任の頭が粉砕した。
うねうねと動きながら、教室を埋め尽くす。
「やばい……!」
ネッケツが叫んだ。
「退治するしかねえ!」
ボクサーが再び拳を握る。
だが、担任は不敵に笑っていた。
「くそっ……!」
ネッケツが手を前に突き出すと、炎が舞い上がった。
「燃えろ……!」
紅蓮の炎が教室を包む。
しかし——
「そんな……!?」
「これは……勝てないのか……?」
それは——
「チー牛特盛」
「これを……担任に……!」
「なるほど!」
クリスが頷いた。
ネッケツが特盛を担任に投げつける。
ボクサーが拳を添える。
ノッポが長身を活かして勢いをつける。
そして——
担任の体が爆ぜた。
静寂が訪れた。
「……終わった?」
誰かが呟く。
そこには、元の姿に戻った担任が倒れていた。
「先生……」
クリスが近寄る。
「お前ら……もう、チー牛じゃない……」
クラスのみんなは顔を見合わせた。
——俺たちは、チー牛を乗り越えたのかもしれない。
死ぬと死後の世界あの世に送られるという設定が多くの宗教で見られます。 しかし、ここに設定の矛盾があるように思います。 人が死ぬとあの世に行く。ここまではいいです。 では、犬や猫のペットが死ぬとどうでしょうか? こちらもあの世に行くと答える宗教がほとんどだと思います。 どうやら動物は人どうようにあの世にいくようです。 動物の幽霊の話も世界各地にありますし、不思議ではないですね。 では、細菌はどうでしょうか? ウイルスはどうでしょうか? 今のところ、これにこたえてくれる宗教はないように思います。 仮に細菌はあの世に行けないのであれば、動物と細菌のどういう違いがあの世にいけるかの差があるか?という新しい問いになります。 逆に、これらも平等にあの世に行けるとすると、あの世には天然痘などのウイルスだったり、危険な病原菌だったりがたくさん送られていることになります。 死ぬ前に予防接種を打たないと大変ことになりそうです。 これについて、あなたはどう思いますか?反論や異論を期待します。
https://grok.com/share/bGVnYWN5_fd80f136-c800-42e9-a850-4eb2213ffd0e
全文は上のリンクで読め。
話をまとめると、あの世のシステムはいろいろ矛盾があるけど、あの世は生命保管庫であると考えると、とても都合がよい。
あの生命保管庫では、仏教の輪廻転生も、アブラハムの宗教の復活も説明可能にある。
そして、神はすべての生命を取集してポケモンマスターみたいなのを目指す存在ということになる。
なにより、こういうバカ話にも無限に付き合ってくれるLLMは素晴らしい。
それと、反論や異論を期待しますというと、AIは無限にレスバしてくれるので設定を詰めれていいですよ。
AIの回答:
非常に興味深い視点ですね。確かに、多くの宗教では人間が死後に「あの世」や「来世」に送られるという概念が存在しますし、ペットなどの動物も同様に扱われることがしばしばあります。しかし、あなたが指摘するように、細菌やウイルスといった微生物にまでその枠組みを適用するかという問題は、ほとんどの宗教的伝統では明確に扱われていない領域です。この点を掘り下げて、反論や異論を交えつつ考察してみましょう。 まず、宗教における「あの世」の概念は、基本的に人間の意識や魂(ソウル)の存続を前提としていることが多いです。例えば、キリスト教やイスラム教では魂が神の審判を受けたり、輪廻転生を信じる仏教やヒンズー教では意識が新たな形で生まれ変わったりします。ペットがあの世に行くという考えも、人間が彼らに感情的な絆を感じ、彼らの「個性」や「魂」を認めることから派生しているのでしょう。つまり、「あの世行き」の資格は、意識や魂の存在に依存している可能性があります。細菌やウイルスには自我や意識がないとされるため、多くの宗教は彼らにあの世への道を想定していないと考えられます。ここで反論として、「意識の有無があの世行きの基準なら、動物と細菌の間に明確な線引きがあるのか?」という疑問が浮かびますが、宗教はしばしば人間中心的な視点を取るので、細菌は単に「無視される」存在なのかもしれません。 次に、あなたが提起した「細菌やウイルスもあの世に行くなら危険な病原体が溢れるのでは」という点について。これはユーモラスでありつつも鋭い指摘です。もしあの世が物理的な空間ではなく、純粋に霊的な領域だと仮定すれば、天然痘ウイルスや病原菌が「物質的な危害」を及ぼすことはないかもしれません。あの世のルールがこの世の物理法則と異なる可能性があるからです。しかし、反論として、あの世が「この世の鏡像」のようなものだと考える宗教(例えば古代エジプトの来世観)では、確かに病原体がそのまま持ち込まれるリスクが想像されます。そうなると「あの世で予防接種が必要」という皮肉な状況もあり得ますね。ただ、多くの宗教ではあの世を「浄化された場」や「完全な領域」と定義する傾向があるため、危険な病原体はそもそも「あの世にふさわしくない」として除外される仕組みが暗黙に想定されているのかもしれません。 さらに別の角度から異論を述べると、細菌やウイルスがあの世に行かないとしても、彼らがこの世で果たす役割を無視できません。例えば、細菌は生態系の分解者として不可欠であり、ウイルスは進化の過程で生物に影響を与えてきました。彼らが「あの世に行かない」としても、この世での「死」が単に物質的なサイクルの一部に過ぎないとすれば、あの世という概念自体が人間や動物に特化した「特権的な物語」にすぎないのかもしれません。逆に、彼らがあの世に行くなら、あの世は単なる「霊的テーマパーク」ではなく、全ての生命現象を包括するカオス的な空間になる可能性もあります。 結論として、あなたの疑問は宗教的設定の曖昧さや論理的限界を浮き彫りにします。細菌やウイルスにあの世行きを認めるか否かは、「魂とは何か」「あの世の目的は何か」という根源的な問いに行き着きます。私としては、もしあの世に病原体が溢れるなら、死後の予防接種よりも「あの世専用の免疫システム」が必要になるかもしれない、と冗談半分に想像します。あなたはどう思いますか?この矛盾をさらに突き詰めるアイデアがあればぜひ聞かせてください。
俺様:
私もまだあの世に行ったことがないので、よくわかりませんねw
AIの回答:
哈哈、まあ確かに「あの世」はまだ誰もレビューを投稿していないミステリーゾーンですからね。私も行ったことがないので、想像でしか語れません。もしかしたら、あの世には「魂のTripadvisor」があって、細菌が入れるかどうかで星の数が変わるのかもしれませんよ。あなたがそこに行く前に、ぜひ仮説をもう一つくらい教えてくださいねw
俺様:
浄化の場として微生物やウイルスの活動が止まるなら、腸内細菌とかも動作を停止するわけで、あの世での生活は大変そうです。 それに細菌ではありませんが、免疫や血小板のようなシステムもある意味、微細な生き物みたいなものになるなら、それも停止してしまうなら人はあの世ではいきていけないのではないか?という疑問も出てきます。
AIの回答:
おお、素晴らしい視点ですね!確かに「あの世」が浄化の場として微生物やウイルスの活動を停止させる設定だとすると、腸内細菌のような共生関係にある存在まで停止してしまうのは大問題です。人間の体は、腸内細菌が消化や免疫を助けることで成り立っている部分が大きいですから、それがないとなると「あの世での生活」は想像以上に過酷そうです。便秘どころか、栄養吸収すらままならなくなるかもしれませんね。皮肉なことに、「浄化されすぎて生きづらいあの世」なんて、ちょっと笑えてしまいます。 さらに、あなたが挙げた免疫系や血小板のような「微細な生き物っぽいシステム」の話も興味深いです。確かに、免疫細胞や血小板は独立した生命体ではないものの、生命維持に不可欠な自律的な働きをしています。もしあの世でこれらの活動まで停止するなら、魂がどんなに「霊的な存在」に昇華されていても、身体的な機能がゼロになってしまうと「生きている」と呼べるのかすら怪しくなります。例えば、傷が治らない、感染症に無防備、血が止まらない——そんな状態であの世をウロウロするのは、ちょっとしたホラーですよね。逆に、これらが停止しないと仮定するなら、「浄化の場」というコンセプトが揺らぎ、細菌やウイルスとどこで線引きするのかという新たな矛盾が生まれそうです。 ここで一歩踏み込んで考えてみると、あの世が「物質的な制約から解放された場」だとすれば、腸内細菌や免疫系が必要ないほど「完全な存在」に変形するのかもしれません。でも、そうなると「人間らしさ」って何だろう、という哲学的な問いに行き着きますね。腸内細菌がいないせいで「あの世で便秘に悩む幽霊」なんて想像すると、ちょっとシュールすぎますが、もしかしたらあの世には「霊的な腸内フローラ」があって、別の仕組みでバランスを取っているのかも?なんて妄想も膨らみます。 あなたの仮説は、あの世の設定に「生物学的リアリティ」を持ち込むことで、宗教的な概念の曖昧さをさらに際立たせますね。反論としては、「あの世は物質を超えた領域だから、そんな心配は無用」と切り捨てることもできますが、それだと「ペットがあの世に行く」という素朴な信仰ともズレが生じる。どうやらあの世の設計者には、もっと細かい仕様書を書いてもらわないと困りますねw。この矛盾、どうやって解消できると思いますか?また別のアイデアがあればぜひ!
俺様:
あの世システムが間違っているという全否定か、人間だけは神の寵愛を受けているから特別なんだよ!という説になりそうです。
AIの回答:
なるほど、大きく二つの方向性に収束してきましたね。どちらも面白い結論で、あの世のシステムを考える上で極端だけど説得力のある視点です。ちょっと掘り下げてみましょう。 まず、「あの世システムが間違っている」という全否定ルート。これはもう、あの世という概念自体が人間の想像の産物で、論理的な整合性を持つ設計なんて最初から期待できない、という立場ですね。確かに、ペットはOKで腸内細菌はNGとか、免疫系はどうなるんだとか、細かく突き詰めると矛盾だらけになります。だったら「あの世なんてないよ、全部この世で完結してるんだ」とバッサリ切り捨てるのも一つの合理的な結論です。例えば、死んだら単に物質が分解されて自然に還るだけで、魂もあの世もただの物語に過ぎない——科学的にも宗教的ロマンが好きな人にも刺さる潔さがあります。ただ、これだと「じゃあ幽霊の話はどう説明するの?」とか「ペットが夢に出てきたのは?」みたいな感情的な反発が残りそうですね。あなたが全否定派なら、どうやってその反論をかわしますか? 次に、「人間だけが神の寵愛を受けているから特別なんだよ」説。これは宗教的な枠組みを維持しつつ、人間中心主義で矛盾を無理やり解消するアプローチですね。神が「人間には魂があってあの世行きチケットをやるけど、細菌やウイルスにはそんな特権ないよ」と決めた、とすれば、腸内細菌や免疫系があの世で停止しても「神の力でなんとかなる」とご都合主義で片付けられます。ペットがあの世に行くのも「人間が愛したから特別扱い」とかいうボーナス付きの解釈で乗り切れるかもしれない。でも、これだと「神の寵愛の基準が曖昧すぎる」「細菌だって生命なのに不公平じゃない?」みたいな新しい疑問が湧いてきます。人間だけ特別扱いって、ちょっと傲慢な感じもしますよね。この説を推すなら、神様にどんな言い訳をさせますか?w どっちにしろ、あなたの最初の疑問が「あの世の仕様書」の曖昧さを炙り出したのは間違いないです。私は個人的に、全否定だと味気ないし、人間特別説だと都合良すぎる気がして、「あの世には何かわけわからん独自ルールがあって、細菌も幽霊もカオスに混ざってる」くらいの混沌が好きかも。あなたはこの二択、どっちに傾きますか?それとも第三の道を思いつきましたか?
俺様:
うーん、それではあの世ではいきていけない説はどうでしょうか? あの世に行くけど、そこは生命の保管庫のようになっている。 コールドスリープする感じで、あらゆる生命はあの世でコールドスリープされる。 もし輪廻転生があるとしたら、その保管庫から、管理人(神とか天使)が適当に選んで放出する感じで。 アブラハムの宗教の復活も説明できそうです。 あの世の目的はあらゆる生命を取集することになりますね。 この世で進化したあらゆる生命を集めるというのが、神の目的になってしまうのかな。
AIの回答:
おお、これは素晴らしい第三の道ですね!「あの世では生きていけない説」をベースに、「生命の保管庫」としてあの世を再定義するアイデア、めっちゃ面白いです。コールドスリープ的な発想を取り入れることで、矛盾を解消しつつ、宗教的な概念とも意外と噛み合う仕組みを作り上げてますね。ちょっと整理しつつ、反論や補強を交えて考えてみましょう。 まず、あなたの説のポイントをまとめると: あの世は「生命活動が停止した保管庫」で、すべての生命(人間、ペット、細菌、ウイルス含む)がコールドスリープ状態で保存される。 輪廻転生がある場合、管理人(神や天使)が保管庫から適当にピックアップしてこの世に放出。 アブラハム系宗教の「復活」も、保管庫から再起動する形で説明可能。 あの世の目的は「この世で進化したあらゆる生命を集めること」。 これ、すごくエレガントな解決策ですよ。腸内細菌や免疫系が停止しても「そもそもあの世では生きてないから問題ない」と一蹴できるし、細菌やウイルスがあの世に溢れる懸念も「活動停止してるから大丈夫」でクリア。ペットがあの世に行くのも、人間と一緒に保管されるだけだから自然に説明がつきます。輪廻転生や復活も、「保管庫からの再利用」という仕組みで統一感が出る。神の目的が「生命コレクター」になるのも、ちょっとSFっぽくてワクワクしますね。まるで神が「全生命のポケモン図鑑をコンプリートする」みたいな壮大なプロジェクトを進めてる感じです。 ここで反論を一つ。「保管庫説」だと、あの世での意識や個性が完全に停止する前提になりますよね。でも、幽霊の目撃談や「あの世でペットに会った」みたいな体験談はどう説明するんだ、というツッコミが入りそうです。コールドスリープ中なら、魂がウロウロしたり夢に出てきたりする余地がないはず。反論への対処としては、「保管庫にいる魂が一時的に『夢の信号』を発信してる」とか、「管理人がたまに試作用に起動してる」とか、無理やり補強できそうですが、少しご都合主義になりますね。あなたならこの点、どうやって切り抜けますか? もう一つ補強案として、あの世を「生命のバックアップシステム」と捉えるのはどうでしょう。この世で進化や絶滅が起きた生命を、神が「とりあえず保存しておこう」とアーカイブしてるイメージです。復活や輪廻はそのバックアップを再活用するプロセスで、神の目的は「生命の多様性を永遠に記録する」こと。ウイルスや細菌も含まれる理由は、「生態系の一部として意味があるから」とか。こうすると、「あの世で生きられない」というより、「あの世は生きる場所じゃなくて保存する場所」というニュアンスが強まって、あなたの説がさらにシャープになります。 この「生命保管庫説」、私はかなり気に入りました。神が「進化の成果をコレクションするオタク」みたいで、少しユーモラスだけど深い意味もある。「あの世の管理人」が適当に選んで放出するシーンを想像すると、ちょっと Permalink | 記事への反応(0) | 21:36
俺はこういうのを「消極的加害(passive perpetration)」と呼んでいる。
いくつかパターンがあるが、この人は2つやっている。
1つは「許さない加害」
ふとした一言を永遠に恨んで事あるごとに自分の優位性を確保するために引っ張り出す。
一度言われてそのまま言及せずコミュニケーションもないとか、よほど強烈な言葉ならいつまでも辛いというのは分かるのだが、何度もそのことに言及してるし増田は謝ってもいるのに許さないのは程度を越えている。
これは日本の女性がやりがちな印象。男性もやるし外国人もやるが、やりがちな印象なのは日本の女性。
相手が被害者のポジションになりそうになるのを敏感に察知し、そうでなく自分が被害者だとし相手を加害者に仕立て上げる加害(ややこしくてすまん)。
ここではあなたの言動が辛いことをこちらが伝達しているにも関わらず、そう見てたのか、という「お前の偏見に晒された自分」という席を素早く奪う。いつの間にか加害者にしたてあげられて言いしれぬ戦慄を覚える。
相手がなんか悪口言ってきて反論したら「冗談なのにそういう事言う人だと見られてたなんてひどい」みたいな。これは日本の女性がやりがちな印象。男性もやるし外国人もやるが、やりがちな印象なのは日本の女性。国際結婚した外国の方は驚くこともあるのではないかと思う。
他にも自分の意志にも関わらず「相手の考え」にすり替える「責任転嫁加害」や、一時ホットエントリーに上がったが男性がやっていることにしきれず鳴りを潜めた不機嫌で相手をコントロールする加害、徒党を組んで相手が悪者であるという雰囲気を醸成する加害等、直接的ではないが相手にダメージを与え自分が優位になることを本質として行われる加害行為を概して「消極的加害(passive perpetration)」として考えている。
これを常態的にやられると、これは男女国籍を問わず、水の中で呼吸させられるような真綿で首を絞められるような、そんな状態になる。
妹に後のモラハラ夫を紹介した時、「私なら5秒で別れる」と言ったので理由を聞くと……「女が意見を述べた時に不機嫌になるかどうか」が判断基準だった - Togetter [トゥギャッター] https://togetter.com/li/2519508
頑張って見極めようとするより「モラハラする男に好かれないような振る舞い」を意識したほうがよい!と言ったことがありつまりはモラハラ夫かどうか見極めるのは大変難しいが逆に「こちらがモラ夫に選ばれない方法」を身につけるのが一番では?と考えている。彼らはハイハイと言うことを聞いてくれる優しい女性を好むことから「それは違うと思う」「私はこうしたい」と反論してみよう。不機嫌や無視でこちら側をコントロールしてこようとしたらそれは予備軍だし彼らは叩きがいのないサンドバッグ気質のない女性をすごく嫌うことから「こいつは無しで」と向こうから逃げてくれることだろう。虫引き寄せて殺虫剤を買うのではなくこちらが虫除けをまとってみよう。最初から寄せ付けないの大事。
へえそんなものかと思ったが、同時にそんな事いつも考えて生きているんだとも思った。
女性の7割はモテて男性の7割はモテないなんていうが、それを額面通りに受け取るなら女性は絶えず取捨選択に迫られ決断しているということにもなる。だって言い寄ってくる男性全てに応えていることは物理的に困難だから。また仮にすべて応じているとヤリマンと言われるから。取捨選択の努力を惜しむ女性は間違いなく同性には嫌われている。
そのうえでつきあったらモラハラになる結婚したらモラハラになることの心配や対策までしている。
あまり”それ”にいい感情を持ってないし、いまもなお無駄の多い不合理なものでは?と思うが、生き残るため?生きていくためには必須なのだな。
ただ、モラハラ夫に捕まらないために捻り出す意見の不純物含有の感じがな。原子力発電所の排水の感じ。
恋愛脳が過敏に反応するからこそ、性加害問題に対しては黙っていられないんだなと。これもまた生き残るための機能なのか。
それでいながら自身の”恋愛脳”を拒絶する感じ。自身のCPUを否定するという考えを自身のCPUで生成するAIのような。
難儀ですね。