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2025-12-08

小学生の時に新興宗教を作った話

毎年クリスマス正月のような宗教色の強い時期になると思い出すので備忘録として書いておこうと思う。

とても長くなるので読んでも読まなくても構わない。

はいくらでもあるが、当時小学生お子ちゃまが頭を振り絞って考えたことだったので生暖かく見ていただければ幸いだ。

まり

増田が6年生だった頃のことである

当時通っていた小学校お受験が盛んで、クラスの半分以上が中学受験するような学校だった。中には体育や道徳など勉強関係ない授業が多い日は学校休み塾へ通うように親に指導される子供がいるような学校である

そんな雰囲気学校だったため増田も塾に通わされていたが、増田の親は仕事が忙しく放任主義だったため、どちらかというと自由に延長できる学童のような使い方をしていた。親が帰るまで子供1人は心配から大人がいる塾で勉強して暇を潰しなさい、という発想かと思う。

当然、遊びたい盛りの子供は不満である

から晩まで勉強で楽しくないし、学校教師子供達に学校勉強させようと胡麻擂りに必死だし、塾ではライバルたちと比較される。お子様なりにフラストレーションが溜まっていた。

小賢しく、自尊心が高く、承認欲求が強く、何よりも勉強以外で暇を潰したかった増田はそこで考えた。

そうだ、宗教を作ろう。


友人について

当時の増田立ち位置は「1軍グループにいるけどちょっと浮いてる変なやつ」だった。友人Aと友人Bの親友というだけで残酷子供達のカーストの中で辛うじてバラモンの仲間に入れてもらっていた。友人Aと友人Bの存在がなければきっとダリットだったと思う。

とにかく、増田には2人の親友がいた。勉強スポーツもできて誰からも一目置かれる友人A、とにかく話がうまく誰とでも仲良くなれる才能がある友人B。

入学した時にたまたま席が横並びになったというだけの出会いだったが、それからこの2人はこちらが申し訳なるくらい良くしてくれ、そのおかげで陰キャ性格がドブカスだった増田も「みんな仲良し♪」の仲間に入れてもらうことができたのである

表向き友人Aも友人Bもみんなの前では「気のいいやつ」だったが、実は2人とも性格にはかなり難があった。いや、だからこそ増田と仲良くなれたのかもしれないが。

友人Aはなんでもできるからこそ傲慢で、支配欲がある。少し早い厨二病であり、大きな声では言えないがナチに憧れていた。大きな声で言わないところが実に打算的であり、増田はそこが気に入っていた。

友人Bはとにかく人からの評判を気にしていて、いつも自分悪口を言われていないか怯えていた。それと同時に人の内緒にしておきたい部分を暴くのが大好きで、いつか何かあった時に脅せるように、仲良くなって秘密を握ることで快感を感じる癖があった。

増田はといえば親友2人を自慢に思うとともに、増田の言うことを疑いもしない人気者2人を操る優越感に浸るクズだった。

ズブズブに共依存している闇のズッコケ三人組である

そんな悪友2人に、こんな面白いことを共有しないわけにはいかないと増田は思った。

宗教を作ろうと思う」と増田は言った。

いいね、やろう」と友人Aは言った。

信者100人くらい欲しいね」と友人Bは言った。

増田は「こいつら話が早すぎるな」と思った。

そうして、宗教を作ることになった。

宗教を作ろう

増田キリスト教圏で育ったので神の存在に関しては割と思うところがあった。

そこで「神」不在の「思想」の宗教を作ることにした。

思想宗教の違いは難しいが、神の存在を論じられるほど増田信仰は深くなかった。ただ、人間熱狂宗教になりうる、と子供心に感じていた。

小学生だった増田の狭い狭い世界の中で、唐突宗教を作ろうと思ったわけではない。「これはいける」と思った出来事があった。

発端

どの小学校でも道徳の授業があったと思う。お受験組の気を引こうと躍起になっていた当時の担任は、その道徳の授業で「いいこと投票」というものをしていた。

その名の通り単純で、「いいことをした人を匿名投票して、得票数が高かった人を表彰する」という仕組みである

これは単純だが、小学生承認欲求をかなりくすぐった。なにしろ、いいことをするだけで教壇の上で褒められ、その上シール(子供にとってのシール!史上の喜び)を授与されるのである。名札の裏にいいこと投票シールを貼るのがステータスになるのにそう時間はかからなかった。

増田はヒネた子供ではあったが、それでも投票されたら悪い気はしないし、いいこと投票が頭をよぎって人助けをすることもあった。

それと同時に、「これは使えるな」と思った。

まり、「人の善意は操れる」と知ってしまったのだ。

増田が育ったキリスト教の教えでは、善行は死後の世界のために積むものとされていた(諸説ある)。だが、小学生にとって死後の世界など遠い存在である。「善行を積めば人々から尊敬されるという承認欲求」の方が何より魅力的なのではと思った。

どうせ宗教を作るなら、ハッピーな方がいい。

3人の意見はまとまった。

その週末、3人で図書館に行った。親は大喜びでお駄賃までくれたが、目的宗教について調べることであった。当時インターネットはかなり普及してきていたが、学校コンピューター室で宗教のことを検索するのはかなり気が引けた。そこで図書館へ行くことにした。

日中調べて回って、以下のことを決めた。

小学生なりに考え、実行に移せる最大限を考えた。

そしてそれを実行に移した。これが6月の頃である

〇〇〇〇教の立ち上げ

結論から言うと、〇〇〇〇教はバカウケした。

結成時に十数人を集めて行った友人Aの演説は素晴らしいものだった。増田が授業中書いた原稿と同じ文言とは思えないほど力に満ち溢れ、説得力があり、心に訴えかけるものがあった。その場にいた全員が信者になると誓い、お札を下駄箱に貼り付けた。

友人Bの勧誘も実に巧みだった。誰に話せば一番噂が広まりやすいかを友人Bは知り尽くしていた。すぐに手元にあったお札はなくなり、増刷をすることになった。学年のほとんどが入信し、シールは飛ぶようになくなった。匿名投票のための空き下駄箱は常に紙が入っている状態で、ランドセルの蓋にシールを貼るのが大流行した。

3人はそれで満足し、たかを括っていた。小学生拡散力を舐めていたのである

拡散組織化

夏が来て塾の夏期講習が始まってから、他校の生徒に声をかけられることが多くなった。もちろん入信の申し出で、最初は喜んで案内をしていた。

だが、20人を超えたところで不安になり始めた。なにしろ、塾でしか会わない人間である匿名投票匿名性は失われ、よく知らない人間善悪判断しなければならない。

3人は作戦会議をし、組織化をしなければならない、と結論を出した。信者たちを支部に分け、各支部ごとに信者たちをよく知る支部長を置くことにしたのである

それと同時に、今まで全て3人で行っていた運営テコ入れをすることにした。

まず、専門のデザイナーを雇った。非受験組の絵が得意な信者シールとお札のデザイン一新させた。毎月シール図柄を変え、飽きの防止とインフレの防止を図った。

また、情報屋も雇った。告解で得た情報さら価値のある情報を交換するためである。これは画期的で、「この秘密を話すので誰々の好きな人を教えてください」とかが大変多くなった。

支部長の下に秘密内部監査官も置いた。これは支部長の不正信者との癒着告発させるためである

組織化したことにより、3人の地位は確固たるものになった。カリスマ教祖の友人A、人に響く教えを説く友人B、善悪を裁き組織をまとめる増田

夏休み中もムーブメントは衰えを知らず、信者は増え続けた。3人は有頂天になっていた。

そして学校が始まり、始業式の後、3人は応接室に呼び出されたのである

お叱り

〇〇〇〇教は教師陣の間にも知れ渡っていた。

当然である人間の口に戸は立てられない。小学生なら尚更だ。

つの学校ではなく塾や習い事によりその地区の他校にも伝播した〇〇〇〇教の信者は把握できるだけで数百人を超えていた。

夏休み中、先生方は連携をとり、学校再開とともに終わらせようと話し合いがされていたらしい。

説教は3時間に及んだ。これは、先生方の話が長かったこともあるが、こまっしゃくれたクソガキだった我ら3人がいちいち反論を仕掛けたかである

そもそも、我々は何も悪いことをしていなかった。ただ「いい人になろう」「いい行いをしよう」「いい人たちを尊敬しよう」と言って回っただけである。「ご利益がある」とお札を売りつけたり、告解で得た弱みを握って脅したりもしていない。ただ、善行を行わせて噂を流通させただけなのだ

教師陣もそれがわかっていたのであまり強くは追及してこなかったのだが、我々があまりに舐め腐った態度をしていたのでだんだんヒートアップし、複数教師が入れ替わり立ち替わり講釈を垂れ、最終的に「解散宣言をしなさい」と一方的要求押し付けてお開きになった。

応接室を出て、下駄箱に向かい、校門をくぐった瞬間、3人は爆笑しながらハイタッチをした。

馬鹿め、もうそんな段階にないのだ!」と知っていたからだった。

子供と接しているのに大人である先生の皆皆様方は全くわかっていらっしゃらない。子供禁止されたらもっともっとやりたくなるんだよ!

受験用に詰め込まれ知識であるキリシタン気持ちがその時はよくわかった。抑圧された宗教は熱を増すのである

〇〇〇〇教は密教と化し、いよいよ肥大化していた。

隠語で呼ばれ、ミサと称した会合秘密裏に行われ、塾に通うために学校を休んでいた層もせっせと体育館裏に足を運び秘密を囁くようになった。

教師陣は躍起になっていたが当時流行り始めた学校掲示板mixi日記などで〇〇〇〇教は着実に広まり信者は増え、もはや我々3人の手に及ばないものになっていた。

知らないデザインシールが増え、知らない告解が増え、知らない宗派ができていた。

秋が来て、塾で勉強している間に冬になった。

祭りの後

冬季講習の最終日、いつもの公園ジャングルジムの上に集まり、80円の缶ジュース乾杯をした。

「そろそろやめよっか」と増田は言った。

教祖しかったなぁ」と友人Aは言った。

卒業、さみしいなぁ」と友人Bは言った。

正直、もうその段階ではないことはわかっていた。これはただの勝手な「一抜〜けた!」である

教祖司祭裁判官も全てを誰かに押し付けて、こそこそと逃走するのだ。信者からすれば大きな裏切りであり、大罪だろう。

でもぶっちゃけ、飽きちゃったのだ。自分たちを置いて勝手物事は進んでいくし、勝手教祖を名乗るものも出てくるし、勝手布教されているし、勝手に人が人を裁き始めるし。

だって子供だし、受験もあるし、そもそも進学したら続けられないし。

色んな言い訳をして、色んな人と話して、時にやり合って、押し付け合って、そうしている間に受験学校に行かなくなって、ようやく卒業のために帰ってきたらどうやら全てが終わっていた。

あれだけ熱狂的だった信者たちは激減しており、卒業とともに誰かに譲られるためランドセルの蓋はシールなんてなかったように綺麗になり、空き下駄箱は使用禁止になっていた。

教室の後ろの「いいこと投票」の模造紙は取り払われ、「卒業おめでとう!」の垂れ幕に変わっていた。

こうして、我々の宗教活動は終わった。

最後

友人Aは卒業と共に他県へ引っ越した。6年生になった時から決まっていて、増田たちと最後に何かしたい、と言っていたので「何か」は間違いなくできたと思う。

友人Bは志望校に落ちたので増田とは違う中学に進学した。あれだけ熱心に活動に勤しんでいたというのに引っかかったのは幸運だと自ら笑っていた。

増田中学で若干いじめられそうになっていたが、入学した時に席が前後になった友人に助けられなんとかグループの輪に入れてもらい事なきを得た。教訓としては、コミュニティに入って一番初めにできた友人はなんとしてでも大事にした方がいいということだ。

それぞれ無事進学して、就職して、結婚して、最近オンライン飲み会なるものを開催している。

この間、家族で親元へとUターン引っ越しをした友人Bが酔っ払いながら教えてくれた。

最近子供ランドセルの裏に変なシールをくっつけて帰ってきてさぁ」

友人Aはしばらく黙った後爆笑したが、増田は少し泣きそうになった。

この歳になると涙腺が緩くなって困る。

キリシタン、まだいるのかぁ。

anond:20251208115937

いや「わからない」ではなくて「答えられない」つまり「いや、わかるでしょ?わざわざ説明したくない」という感じ。言い方が悪かったかもしれない。

別の増田

自慢や批判アドバイスを通して「お前より俺という人間の方が格上である」という主張

もしくは受け取る側の解釈被害妄想

 

と言ってるから、まあ、こんな感じ?付け加えると「優越感」なども含む感じ。「マウントってダサいよね。俺らにはそんなの無いよな」みたいな事が言えないなと気が付いた、という話。

同性同士のマウントについて

50代のおっさんがふと思ったけど、マウントについて馬鹿にする気持ちがある一方で友人と率直に男同士のマウントについて、おもしろおかしく笑い合える状態にないなぁって。

 

まり、俺自身も男友達年収地位家族関係、嫁や女性関係などに執着していて、その本音を笑い話として話せない、という点で「人間ってマウントとかして愚かだよね」という、その馬鹿もの真っ只中に自分が居るんだなって思った。

おまえらはどうよ?

 

例えばこんな話できる?

最近マウントについて考えているんだけど、人間マウントしたいという欲求についてどう思う?俺はおまえが一流企業幹部になっている事には一切嫉妬とかしてないし、おまえも俺が失業中って事で優越感を感じたりしないわけじゃん?」

「おまえは嫁さんとは家庭内別居の代わりに20代美人OL不倫してて楽しいじゃん?俺は失職中だけど嫁と仲良いし、子供も俺になついている。でも俺はおまえの事をなんとも思わないし、おまえも俺の状況についてなんとも思わないでしょ?」

「でも、世の中には50代にもなって、まだこんなしょうもない事でマウントしてる奴らが居るんだって。なんか面白いよね」

みたいな。

なんでこういう話ができないか、というと自分失業しているのに友人が仕事成功しているのは、あまり良い気分はしないし、俺は嫁としかセックスできないのに、友人が15歳も年下の嫁が居るのに、更にもっと若い子ともセックスできているのも羨ましくて、どす黒い感情があるから

あの可愛らしい奥さんにこっそりバラしてやろうかな、みたいな黒い冗談が頭を巡ったりするんよね。人として終わってるよね?もっとこう、老成したり達観したりしていたい。

 

女の人は、割とこういう話は平気で友達とできたりするもん?例えば自分旦那年収が300万円なのに親友旦那年収が2000万円とかだった場合など。

2025-12-07

anond:20251207095303


🟥 第4章:広告の“現場”へ —— タタルスキー映像制作狂気に触れる

第4章は、タタルスキー

コピー文章だけでなく、“映像広告のもの”が動く現場に初めて立ち会う章 です。

ここでは、広告産業

・金

暴力の影

外国資本

即興カオス

言語より強いイメージ

によって動いていることが、タタルスキーに生々しく突きつけられます

タタルスキーの“広告魔術師”としての進化は、ここから一気に加速します。

◆ 1. 代理店の朝 —— すでに混沌

タタルスキーが出勤すると、代理店は朝から騒然としている。

ディレクター電話で怒鳴り散らす

クライアントの変更要求が深夜に来ていた

• 期限は不可能レベルの短さ

• 誰もが英語ロシア語を混ぜて叫びながら走り回る

タタルスキー呆然とするが、同時に興奮も覚える。

「この世界は、現実よりも“速い”。」

これはペレーヴィンが何度も描く、

資本主義ロシアの“情報速度”の狂気象徴している。

◆ 2. タタルスキーに新しい仕事CM企画修正

タタルスキーディレクターに呼ばれる。

指示は簡単

「昨日作ったコピーを“今から撮るCM用”にアレンジしろ

30分で。」

タタルスキーは驚く。

映像制作の準備すら終わっていない段階で、すでに撮影を始めなければならないのだ。

この業界では

コピー映像放送

すべてが“同時進行”で、異常なテンションで動いている。

◆ 3. 撮影現場へ同行

タタルスキーは急遽、

代理店スタッフたちと モスクワ郊外撮影現場 へ向かう。

撮影現場カオスの極み。

金髪外国人モデルアメリカまたはヨーロッパ

ロシアスタッフが怒号を飛ばし準備

• 古びた倉庫が“アメリカ風のキッチンセット”に改造されている

カメラマン西側出身プライドが高い

スタッフロシア語英語が交じった奇妙なクレオール語を喋る

タタルスキーは完全に圧倒される。

そして、彼は“実物のイメージ生成現場”を初めて見る。

◆ 4. “イメージ現実より優先される”という現場論理

タタルスキー特に驚いたのは、

現実事実よりも、カメラで撮られる“見え方”の方が絶対に優先される という点。

例えば:

モデルは疲れているが、ライトの下では“幸せそう”に笑わされる

食品サンプルは実物より綺麗な偽造品

画角に入る部分だけ豪華に飾り、外側はボロボロ

• 安物商品撮影では“高級品”に見せられる

タタルスキーは息を呑む。

「これは……現実を操る“儀式”だ。」

ここで彼の中で、

広告現代の魔術

という確信さらに強まる。

◆ 5. 監督との衝突と“言葉支配力”

撮影が進む中で、

外国人監督がタタルスキーコピー文句をつけ始める。

• 「意味がわからない」

• 「アメリカ人の視点から外れている」

• 「もっと西側風”にしろ

しかしタタルスキーは譲らない。

彼はロシア消費者心理をよく理解しており、

外国人の正しさ”はロシアでは通用しない

ことを把握している。

彼は自分コピー説明し、

ロシア語の深層的連想を語る。

監督理解不能だが、ディレクターロシア側のスタッフは納得する。

ここでタタルスキー自覚する。

「オレは言葉人間認知操作できる。」

これは後に政治家イメージ操作へと発展する

きわめて重要な萌芽。

◆ 6. 撮影現場で起きる“資本主義トラブル

タタルスキー制作過程の裏側を目撃する。

予算横領

立場の弱いスタッフへの暴力威圧

外国資本の横暴

ロシア側の“臨機応変な裏取引

責任他者押し付けるための嘘の連鎖

特に印象的なのは

創造性」は“金”と“暴力”の副産物に過ぎない

という冷酷な構造がタタルスキーに露わになる点。

しかしタタルスキーはそれを拒絶せず、

しろ“この世界で生きていこう”と決意し始める。

◆ 7. 撮影終了後の“陶酔”

長い撮影が終わった後、

ディレクターたちは酒とドラッグを混ぜたようなテンションで盛り上がる。

今日撮った映像がもう“放送版”になる

商品が売れるか売れないか関係ない

重要なのは存在感”だ

ブランド神話を作るのが仕事

タタルスキー混沌に酔い、ふと理解する。

「人は商品を買うのではなく、

ブランド創造する“小さな神話”を買っている。」

この思想が、後に政治的国家イメージ”へと発展していくことになる。

◆ 8. タタルスキーの内的変化

帰宅したタタルスキーは、

自分今日の行動を反芻する。

言葉現実を動かした

映像は嘘だが、人はそれを本当だと思う

自分は“虚構の一部”として機能した

• そしてその虚構は、現実より強い力を持っている

彼はふと怖くなるが、同時に強烈な興奮にも包まれる。

詩人としては不遇だったこのオレが、

イメージ時代”では魔術師になれる。」

ここでタタルスキー

広告=新しい権力の源

であることを体感する。

◆ 第4章まとめ(象徴的整理)

要素 内容

主要イベント 初のCM撮影現場へ同行

象徴 撮影現場 = “現代宗教儀式

テーマ イメージ現実凌駕する/広告は魔術である

心理 恐怖・陶酔・優越感・覚醒

物語役割 タタルスキーが“現実操作の側”に立つ最初の本格段階

第4章は、

広告世界の“暴力性・儀式性・魔術性”をタタルスキー直接体験し、

彼の変身プロセスが不可逆になる章

といえます

2025-12-05

anond:20251205074350

弱者論を語るつもりが、自己放尿を垂れ流していることに気づいてない時点でロジック以前の問題である

弱者には権利がない」と言い切った瞬間に、その主張は社会契約実証データ歴史的事実も全部無視している。

要するに、構造を知らないまま俺ルール宇宙法則みたいに語ってるだけ。

これは分析でも思想でもなく、単なる自己放尿だ。

弱者プライド高い?それは弱者問題ではなく、援助する側が勝手理想化した扱いやす弱者像に従って動けと言っているだけ。

拒否された瞬間に逆ギレしている時点で、手を差し伸べたのではなく、自分優越感のために介入しただけだと証明している。

さらに致命的なのは弱者には断る権利がない」と断言しながら、それを当然だろ?みたいな顔で出してくる自己放尿。これ、倫理以前に支配欲の放尿なんだよ。

本当に強者側に立ってる人間は、弱者が断ろうが無視しようが、そもそもそれを自分アイデンティティ危機として受け取らない。

拒絶されたらどうしようもない?

それは弱者問題じゃない。貴様が持っていくべきオプションを用意できなかった、ただそれだけだ。

貴様の主張は弱者論ではない。ただの感情的支配欲の自己放尿だ。

論理で語るなら、まずそこを拭いてから出直してきな。

2025-12-01

anond:20251201103510

そうなんだよな、「ホビット人権ない」のころから一環して異性としてみてないんだよな

そのサド発言気持ちいいってまとわりついてたキモいときもがってる女って図だった

今思えば、あの旦那と付き合ってる優越からホビット人権ない」って発言がでたんだなーって

2025-11-28

単純にX(Twitter)でムカつくアカウントクソリプクソ引用飛ばしてきたカス特定したいだけなのよ

悪いことはしないよ!

ただ、そいつ個人情報握ってるという状況に優越感を感じるし

あんまり酷かったら『法の力』で裁いてもらうためにね?

だってそうでしょ?内心「ムカつくやつを特定してやりてえ」って思ってるくせに

少なくとも俺はそう

2025-11-25

女のほうが成長が早くて小学生ぐらいで「女子大人男子は幼稚」という優越感が刷り込まれから

女はその優越感を抱え続けたまま大人になって失敗するってのあるよな。

投稿者ブコメ心理的レトリック的な観点から分析しました。

主な要素は以下の4点に集約されます

1. 「高みの見物」的な冷笑スタンス上から目線

当事者意識の欠如した「評論家気取り」の態度が鼻につくパターンです。

2. 「無敵論法」によるポジショントーク

どのような事象が起きても、すべて自分の支持する側に都合よく解釈する論法により、対話余地を感じさせません。

3. 他者の痛みに対する想像力の欠如(他責思考

リスク不利益を被る人々への配慮が薄く、他者の不幸を「必要コスト」として冷淡に切り捨てています

4. ストローマン論法仮想敵の設定)

批判対象単純化し、嘲笑することで自分正当性確認しています

まとめ

この人物ブコメ不快理由は、政治的スタンス以上に、

自分は常に賢い側にいて、愚かな大衆敵対勢力を高所から見下ろして冷笑している」

というナルシシスティックな態度が、語尾や用語を通じて滲み出ている点にあります

一見論理的ですが、自分が見たい現実しか見ない」という強いバイアス客観的分析のように装っている点が、読み手イライラを増幅させていると言えます

2025-11-23

幅140センチくらいしかない歩道を平気な顔して走るチャリが向こうからやってくるのが見えたので礼儀正しい歩行者であるワイが車道側に出て道を譲ってんの。おかしくない?と思うけどアイツらが歩道でワイが車道っていうおかし位置関係になんとなく謎の優越感を覚えるからあいいかってなる。

高市叩きは、はてサ論理破綻が丸見えすぎる。

イベントを潰してるのは中国共産党政府

中共政府習近平への忖度で動く腐敗した政治組織

中華人民共和国政府の腐敗ゆえに、指導者意思が法に優越し、こうした表現弾圧も平気でやる、人権軽視の恐ろしい国。

そうした政府に取り込まれたくない台湾は、これまでの独立を維持する機運が高い。

中共政府台湾武力侵攻、すなわち市民虐殺を含む残虐な手段を取りかねない。

そうした可能から有事の際に、台湾駐留する同盟国にも危害が及ぶ可能性に言及した高市首相

要らん追求でこうした藪を突いて蛇を出した岡田

ここまではいくらのノンポリでもさすがにわかるというか、

もはや歴史的経緯も高度な法律論も全く関係が無い事実しかないので、否定仕様が無いわけだろ?

この流れで岡田質問無視したり、中華人民共和国人権軽視の武装侵略国家であることを無視したりする道理は無いんですよ。

はてサ立場から言い訳は出来ても、これら事実が消えてなくなることは決して無いのです。

こうもなんでもかんでも「高市が悪い」に繋げて、さもそれ以外の原因が存在しないか比重が軽いかのように言い募るのはイジメしかないわけだが、

ノンポリが「首相は虐めて良い」という倫理観についてこなくなったのは、モンスタークレーマーカスハラに対して毅然とした対応を良しとするようになったこからも、

もはや通じなくなったことは想像がつきませんか?

はてサは今わかりやすいじめっ子をやっていて、それはノンポリにもモロバレなわけですよ。

ここ歴史や法解釈で誤魔化せてた領域じゃ無くなってることに気付かないと、いよいよ取り返しつかなくなるよ……

2025-11-18

anond:20251118012922

お、なんか追加してきたので

MLKが60年代だよ

それ以前は色つきはバスの同じ場所に乗るなって時代

君がいくつか知らないけど最低20代大人なら君のお父さんお母さんの時代でさえ色つきはそれ

おじいさんおばあさんの時代人間未満で猿に近いとか言われてたときだよ

ひいじいさんひいばあさんの時は日本首相だってガチ奴隷として売られた経験がある時代

色つきなんかそんなもんだよ

フィリピンと同じ扱いを受けるわけがない!というのは選民民族優越意識があるのでは?

2025-11-16

石丸さんや立花さんを支持する人はニーチェ奴隷道徳と称したものにハマっている

https://x.com/kurtz652/status/1989872628560269507

なぜビジネスでやってる動画の人気に反して、SNS石丸妄信的に信じている人たちはフォロー数が100以下のカスばかりなのか

比較大手稲中ものという人物ですら5000フォロワー以下のゴミばかり。

これは本質石丸支持ではなく石丸立花を介してルサンチマンを発現したいからだ。

まともな人は、石丸立花自身は全く信用していない。都合が悪くなったら切り捨ててよいものなのだ

本当のバカにして最底辺カスけが本気で石丸立花を信じている


⚔️ ニーチェ解釈ルサンチマンと「奴隷道徳

現代インターネット上で、特定人物石丸伸二氏や逮捕された立花氏など)を支持し、他人攻撃したり引き摺り下ろしたりする行為を通して「権力体験」を味わう人々をニーチェ哲学視点から解釈すると、「ルサンチマン(Ressentiment)」と「奴隷道徳(Sklavenmoral)」の概念が中心になります

1. ⚡️ ルサンチマン(Ressentiment)の体現

ルサンチマンとは、フランス語で「恨み、怨念復讐心」を意味し、ニーチェはこれを道徳の根源の一つと見なしました。

根源的な感情: 自分の力の弱さや無力感からくる不満や屈辱感を、外部の強者成功者に対する否定的感情として溜め込むことです。

力の裏返し: 現実世界自分の力を発揮したり、望む地位や影響力を得たりできない人々が、その鬱積した感情を「攻撃」という形で発散させ、一時的な「権力」や「優越感」を得ようとしている状態です。

ネットでの増幅: インターネット匿名掲示板SNSでは、集団的攻撃によって個人責任が薄れ、また、相手簡単貶めることができるため、ルサンチマンを最も手軽かつ安全に発散できる場として機能しています

2. 🛡️ 奴隷道徳(Sklavenmoral)の形成

ルサンチマンが根源となり、「善悪」の価値基準を逆転させるのが奴隷道徳です。


価値否定: 奴隷道徳は、「強者」や「主人」が持つ「力強さ」「大胆さ」「自己肯定」といった価値「悪」として否定することからまります

自己正当化: そして、「弱者自身の持つ「謙虚さ」「従順」「弱さ」といった性質を「善」として祭り上げます

ネット社会での適用: ネットでの攻撃場合攻撃対象となる「強者」(権威者成功者既存体制)の欠点や過失を徹底的に暴き出し、「正義」の名のもとに集団で引き摺り下ろす行為が「善」である正当化されます

彼らの目的は、より良い社会創造ではなく、既存強者を無力化し、その没落を見ることで、自分たちの立場相対的に上がったかのような錯覚権力体験)を得ることにある、と解釈できます

3. 📉 力への意志の「歪んだ」発現

この現象は、ニーチェが説く生の根源的な衝動としての「力への意志」が、創造的な方向ではなく、破壊的な方向へと歪んで発現している例とも言えます

本来力への意志は「自己克服」「自己創造」に向けられるべきものです。しかし、現実世界でこの創造的な力を発揮できない人々は、他者破壊し、引き摺り下ろすという消極的で容易な手段を選び、そこから「力を行使した」という一時的な満足を得ている、と解釈されます

anond:20251116111723

以下、「なぜ読んでキモく感じるのか」を文章技法・態度・認知スタイル観点から冷静に分解して説明します。政治的立場とは無関係に、あくま文章として不快感を生じさせる要因を分析しています

✅ なぜこの文章は「キモい」と感じられるのか?

① 読者を見下す“上から目線”が常に挿入される

文章全体に「お前は分かってない」「俺だけ分かってる」という態度が織り込まれていて、読者が自分攻撃されているように感じやすい。

例:

• 「知らなかった?」

• 「もう国民の2割とは話通じないよな」

• 「何が聞きたかったのかねえ?」

• 「はてサ知的水準

→ 読者への敵対性・蔑視が強い。

→ “知識を語っている”というより“マウントをとっている”ように読める。

② 「〜なんだよ」「〜だよね」などの馴れ馴れしい語尾

一見カジュアルだが、断定+馴れ合いの組み合わせで不気味な上から目線になる。

例:

• 「してないんだなあ」

• 「何も困ってないんだよ」

• 「詰んでないんだなあ」

→ この語尾は“説明”ではなく“人格マウント煽り”に聞こえやすい。

③ 「本題は…」と何度も読者を誘導する“講釈師ムーブ

自分のペースで相手を引っ張ろうとする文章は、読む側からすると意図的操作されているような感覚になって不快になる。

例:

• 「本題は〜だ」

• 「という、前フリである

→ 読者は勝手に“演出”されている気分になる。

④ 会話調なのに一切キャッチボール意思がない

対話文風の独白」のため、

しゃべりかけているのに実際は聞く気ゼロというズレが気持ち悪さを生む。

例:

• 「知らなかった?」

• (実際は答えを求めていない)

→ “対話フレームに見せた独白煽り”という構造不快感の根源。

自分の論を補強するために“他者全体を粗くまとめて侮蔑

敵役を作って殴ることで、自分の正しさを演出するタイプ文章

例:

• 「ニホンサヨク

• 「はてサ知的水準

• 「こいつらも何も困らない」

→ 雑に攻撃する相手を大量に想定する文章は、読者まで巻き込まれたように感じて不快

⑥ 一貫して“自分だけ真実が見えている”系の語り

文章全体が“俺だけが真実理解している”というトーンで統一されている。

例:

• 「現実が共有できない」

• 「もう、見えてる現実が違うんだよなあ」

典型的な「啓蒙ムーブ」になり、ナルシスティックな印象を与える。

文章目的が「説明」ではなく「優越感の演出

内容そのものより“態度”が前面に出ており、

読者は情報ではなく筆者の妄想自己像を見せつけられる構図になる。

🧩 まとめると

この文章キモく感じる理由は、

✔ 読者を下に置く

✔ 馴れ馴れしいが冷たい口調

対話しているようで独りよがり

✔ 敵を粗くまとめて侮蔑

✔ 「俺だけわかってる」マインド

の組み合わせで、自己陶酔+マウンティング文章になっているためです。

もし希望があれば

• この文章を“キモくない書き方”にリライト

• 逆に“さらキモくする”バージョン

• どこをどう直せば読みやすくなるかの添削

などもできます

2025-11-15

天使のたまご+押井監督舞台挨拶

エヴァ旧劇を見に行った際、予告が流れたので見てみることに

押井監督なのは知ってたが観たことなく、キャラデザ天野とはその時知った

攻殻とかパトレイバーも名作だけどワイは御先祖万々歳や立喰師好きな人間。長台詞タマラン

しかし、公式サイトだと昼の部があるのに映画館サイトではレイトショーしかない

舞台挨拶付きなので通常上映とは別映画扱いになってたことに気づく

そして前日夜に残席僅か、席を見ると残り7席。いっそ満席なら諦めつくのにと思いながら、朝早く起きて映画館に。

残り3席。ギリギリ間に合った。どれも不思議と端から一つ空いた席。一人客が多いということか。

注文票でグッズを注文する形式だが、パンフレットの見本がグッズ売り場にない。ただ、売り場に行けば普通に買えた。旧劇の時もパンフレットはないものと思ってたが買えてたのかもしれない。ここは改善しちほしい。

で、そこら辺ウロウロしてオヤツ食ったりして。

5分前に付くはずが、ビルを1区画間違えており上映時間丁度に付いてしまった。焦ったが予告の時間があったので間に合った。

ビデオ中継と思ったら椅子パネル舞台にある。まさか押井!?でもそれなら当日券取れるはずが…ぶらどらぶがアレだったからか…??と考えつつ上映を待つ(後から考えると多分天使のたまごがアレだからか)

上映が始まっても椅子パネルが置いてあり、そういう演出かと思ったらスタッフ撤収。上映後に謝罪があった。

登場人物2名(実際は声なしモブはいるが)ってのは潔い。

作画もいい…が、かなり長くセリフなしで進むからただただワカラン!水の作画とか、兵藤まこの表情とか風景はよい。

んだけど、やっぱわかんねえな~。ガラス瓶を集めてるのと、廃墟っぽい都市根津甚八出会っても特に展開はない。兵藤まこが思ったより小さくてビビる貴方は誰?つっても答えねえもん。でも、そもそも自分が誰かもわからないらしい。じゃあしかたねえ…か??魚が出る、ってことで兵士?が捕らえようとするが影なのでつかまらず。こいつはシーラカンスっぽい。思わず根津甚八にすがり付くまこがかわヨ

根津甚八ノアの方舟の話をする。旧約聖書モチーフね。分からんが分かりやすくなった。両手ケガしてるっぽいのは聖痕?つーことはこいつらツガイだったり?

洞窟?の螺旋階段にビンがならべてあったりアンモナイトやらの化石があり。天使?の化石もある。なんか旧約聖書天使っぽいな

焚き火のシーン、舞台挨拶でダレ場としてワザと長くしたという話があったが、個人的にはカヲル君握り潰すシーンを連想。時期的にはこっちが先か。寝てるスキにたまご潰すのはレイプメタファーとかじゃあるまいな?

これで雨が止まった?んだろうか起きたとこで冒頭のリフレインやな、まさかループ?と思ったけどたまごがないから違う。叫び声は寝てるヤツの嫌がらせだろ

で、まこが根津を追いかけて、まだ近くにいるんかよ?いた!えっ転落??あったまご!!いや、ちょっと待…あっ冒頭のバックベアードみたいなヤツ…えっ銅像エンドですか!?最後に島自体が方舟と解る。舞台挨拶で言ってたが、ここが長いのは尺が余ったかららしい。

んー…旧劇とタローマンのが解りやすかったゾ…エンタメというか商業作品として…ん~

見終わって拍手するが苦笑

で、冒頭のミス謝罪舞台挨拶。おお、生押井だ!撮影禁止だけど後で撮影タイムがあるとアナウンス(有難い)

本とかだと女性の相槌で毒舌ぽくトークしてるが、あれもサービスというか営業なんだろうな。トークが意外にも(と言うと失礼だが)巧い。オチもつけるし笑いも取る。監督は説得する仕事、どの作品も業とダレ場を作ってる、スタッフ関係者試写会拍手が起きなかったのはこの作品だけ、など。方舟オチが当時あまり通じなかったと言う話があり、俺初見でわかったモンニ!と優越感。

撮影タイムたまごを抱いて撫でる押井監督。後ろの席だし安いスマホなので画質は悪いが何枚か撮影

思いがけず生の押井監督が観れてよかった。

2025-11-12

じゃあなんすか。謝れないはてな民はみんな自己愛パーソナリティ障害ってことっすか

はい、謝れない人と自己中心的性格特にナルシシズム自己中心性)との関係について、多くの心理学研究存在します。以下に、関連する研究理論を基に詳しく説明します。私の知識は最新(2025年11月時点)まで更新されているため、最近の知見も含めてお答えします。

### 1. **ナルシシズム謝罪の難しさ**

### 2. **自己中心性と感情調整の関係**

### 3. **謝罪拒否心理的利益**

### 4. **大狼けぃのケースへの適用**

- **自己イメージ保護**: 盗作疑惑を提起した後、誤りを認めることが自身VTuberとしての地位を下げる恐れがあると感じた。

- **共感の欠如**: kawaseさんの困惑や傷つきを無視し、自己視点(「気になっただけ」)を優先した。

- **認知的不協和の解消**: 自身の行動が問題視された後、配信で軽い態度を取ることで、自己矛盾正当化しようとした。

### 5. **障害との関連性**

### 結論

謝れない人と自己中心的性格関係は、ナルシシズム感情調整の難しさ、認知的不協和の解消という心理学研究裏付けられています。大狼けぃの行動は、これらの特性が影響した可能性が高く、障害というよりはパーソナリティ特性や状況的要因(炎上狙い、承認欲求)が関与していると考えられます。興味があれば、具体的な研究論文(例:Okimoto et al., 2012やFrontiers in Psychology, 2021)をさらに深掘りするのもおすすめです!

何か他に知りたいことがあれば教えてくださいね

2025-11-10

支持政策が極端な馬鹿は自らの資産ミックス構成バラしてるだけ

極端な政治的立場を取る奴ほど、自分ポートフォリオ自己放尿していることに気づいてない。

「減税こそ正義だ」「金融緩和を続けろ」「国がもっと金を刷れ」「いや、増税財政再建だ」

どれも経済論じゃない。あれは自己放尿だ。自分ポジション(=資産構成)の生臭い自己投影を、正義の仮面で撒き散らしてるだけだ。

株式を大量に持ってる奴は金融緩和を求め、現金しか持ってない奴はデフレを愛し、不動産を抱えてる奴はインフレを祈る。

まり、支持政策なんてものは、思想じゃない。単なるリスクアセットの保身反応だ。

だがそれを「俺は国家の方向を語ってるんだ」などと勘違いするから、脳が焼けてくる。

政策議論に見せかけて、俺のPFポートフォリオ)を守れと叫んでる。社会正義を装ったトレーダー断末魔

もう一度言う。お前は経済を語っているんじゃない。自分投資先を弁護してるだけだ。

しかも厄介なのは、その放尿が単発で終わらないことだ。

政策支持の自己放尿に加えて、SNS上の同調圧力承認放尿をし、さら他人意見攻撃してマウンティング放尿までする。

そう、これぞ思想承認優越トリプル放尿。

経済学でも政治学でもなく、ただの排泄反射。

もはや論理ではなく、排尿中枢の興奮でツイートしてるに等しい。

人間の知性は、リスク非対称性理解できるかどうかで決まる。

「俺のリスク構造を守るための国家像」を持ち出す奴は、もう投資家でも国民でもない。

ただのマーケット依存症だ。

お前の思想は、利回りと金利に連動してる。

国の未来とか庶民生活とか、口にするな。為替レートの波に自我を溶かしただけの人間だ。

本当に冷静な人間は、どんな政策が来ても耐えられるポートフォリオを組む。

どの政権が勝っても、どの通貨が落ちても、ただ静かにリバランスして生き残る。

声高に主張してる時点で、その人間は既に脆弱

極端な支持政策とは、「私はこの方向にしか賭けていません」と市場晒す自己暴露であり、つまりそれは愚か者ポートフォリオ開示だ。

そして、その愚か者の末路はいつも同じだ。

政策が裏切るたびに「裏切られた!」と喚く。

裏切られたんじゃない。

お前が勝手に、国をヘッジファンドだと思い込んでただけだ。

から俺は言う。

政策支持の前に、まず自分リスク許容度を直視しろ

思想を語る前に、金融商品理解しろ

でなければ、お前の言葉はすべて自己放尿で終わる。

しか臭いがキツい。

以上だ。

2025-11-04

友人が漫画家になった

幼馴染の友人の話をさせてほしい。

友人、増子と出会ったのは小学生の時。同じクラス漫画アニメが大好きなオタク同士、すぐに意気投合した。

同じ中学に進み、二人で美術部へ。オタク女子として二人そろって腐女子になり、毎日推しカプトークに勤しんだ。交換ノートイケメンキャラの模写で満ちていて、絵を描く楽しさに目覚めたのもこの頃だったと思う。

自然と二人で漫画家に憧れるようになった。イケメンがたくさん出てる漫画を描きたい、それがアニメ化したら最高だね。漫画家になるには絵がうまくないと。じゃあきっと美大に通った方がいいね。二人で通えたらいいね。そんな話を増子とした。

結果として増子は美大に行かなかった。行けなかった。

親が厳しく就職ができなさそうな大学に行かせる気はないの一点張り。一方自分の親は子供がやりたい事を自由やらせたいがモットーで、特に何の問題もなく許可が出た。

二人で美大に行けなくなったのは残念だったが、少し優越感を覚えた。自分特別人生を選ぶことを許された側なんだと。

高校は増子と違うところへ進学した。

画塾に通い始め本格的に美大受験への準備を進めていく。楽しい事ばかりではなかったけれども、好きな事を武器大学へ行くという希望の前では、その辛さだって耐えられる。受験も忙しくなり漫画アニメもあまり観なくなったし、増子とは話す機会もなくなっていった。次に彼女と会ったのは美大生になってからだった。

増子とは大学に進学して数か月経ったくらいでお茶約束をした。増子は受験が大変だったこと、今は親に勧められて資格勉強を始めたことを話してくれた。堅実な人生設計を語る増子に、自分はやはり一般的社会人人生を選べそうにない、増子が羨ましい、と告げた。羨ましいのは本当だったが、自逆風自慢も入っていたのは真実だ。

帰り際、増子から大学生になり自由時間も増えたので同人活動を始めた、とTwitterPixivの交換を求められた。

家に帰り、ROM専として使用していたPixivから増子へマイピク申請をしたら愕然とした。ヘロヘロの線で描かれた下手くそイケメンキャラ達。中学美術部の画力なんて大したことないのは知っていたが、少なくともあのころは私と同じくらい描けていたはずだ。美大受験を経たことで私の方が圧倒的にうまくなっていた。

増子がオリジナル漫画も描いて出版社投稿したが箸にも棒にも引っかからなかったと言っていたのを思い出したが、こんな絵では当たり前だ。友達から伝えなかったがはっきり言ってへたくそだった。

Twitterを開くと増子には崇めている同人作家がいるようでしきりにその人のイラストを神絵と褒めていた。自分からするとぱっと見の線だけ綺麗だがデッサンが崩れており何がいいのかわからない。

もう美術部だったころの私達には戻れない、と寂しい気持ちになったものの、同時に意地悪な気持ちも目覚めてしまった。すぐに中学時代に増子とはまっていたアニメキャライラストを描いてPixiv投稿。増子が描いた流行りのBLカプを題材にした漫画より、自分の懐かしアニメの一枚絵の方が閲覧数もいいね数も圧倒的に上なのを見て満足した。

当の増子は私のイラストも神絵と褒めてくれたが、デッサンの狂った同人作家を褒めた同じ口で褒められたのは正直イラっとした。

高校の時に忙しくなって卒業した漫画アニメはそのまま再熱することもなかった。私の周りの人たちだけかもしれないが、結局漫画アニメは「サブ」カルチャー漫画なんてわざわざ美大を出る必要のない画力で成り立つし、それを享受する読者は美術がわからない一般人編集部にこき使われるブラック職業、という風潮。

それに進学してわかったことだがそれなりの美大を出ていればそこそこ安定した職だって得られる。なのに漫画なんて水商売を選ぶ人間馬鹿のやる事だ。増子がゴミみたいな同人作家を褒めるのを目にしていた私もその気持ち理解できたし、就職漫画アニメ関係ないデザイン会社へと決めた。

親は大喜びだった。子供には好きなことをやらせたいと美大進学を許してくれたが、内心不安だったらしい。会う人全員に娘は美大卒でデザイン会社で働いている、と自慢をしていた。

美大受験の時と同じく、デザイナーだって楽しいことばかりではない。それでも自分の腕一本で生活費を稼げているというのは自分に自信を与えるのには十分だった。

ふと、増子が気になり彼女Twitterを覗いてみた。名の知れた企業に入ったと風の噂に聞いていたが毎日ノルマに追われ、パワハラ上司からの𠮟責も多く、大変そうな様子が見て取れた。その時、自分だけ美大進学を許された時と同じ優越感を覚えてしまった。

自分はこれからも好きなことで食べていく、増子は好きでもないことに一生疲弊して生活費を稼がないといけないんだ。

それから数年後、中学時代同窓会が開催された。増子とは大学生以来会っていないが、その他の友達も長い間連絡を取っていない。何をしているんだろうとワクワクしながら出席をした。

当時の友達は皆自分とは全く違う道を選んでいた。銀行員NPO職員営業職…。なんだか難しそうな世界だ。そういえば増子は今何をやっているんだろう、まだノルマに追われているのかな、と思っていると急に「漫画家になった」と言った。同人活動を続けていく中でスカウトされ、連載が軌道に乗ったところで会社は辞めたらしい。親は泣いていたけれどもアニメ化も決まったんだ、と増子は笑顔で述べた。

周りがざわつき始め「おめでとう!」と増子が祝われる。それはそうだ、業界が違う人間仕事内容なんて説明されても正直よくわからない。私だって銀行員仕事内容はわからなかった。でも素人にも漫画家は何をやっているか想像つくしアニメ化で拍がつくのも理解できるらしい。

ちゃんと増子ちゃんクリエイティブ業なんだねと同級生の一人から言われ、あいまいにほほ笑んでおいた。増子と同じにしてほしくないと本気で思ったが、友達の前で言うことではないのはわかっていた。それでも少しの意地悪心が抑えきれず「最近AI漫画描かれてて大変らしいね」と言ってしまった。

笑顔で皆と別れた後、本屋へ寄って増子の言っていたタイトル漫画を探す。アニメ化の棚のところにちょこんと置かれているのがみつかった。ゲボが出そうになった。

ふ ざ け る な !

増子の絵は相変わらずへたくそだった。以前よりは上達しているがデッサンも何もなっていない。これで漫画家として食べているなんて甘えている。同級生の皆もそうだ、この程度の絵を描く人間と私を一緒にしないでほしい。何がおめでとうだ。私は死ぬ思いをして絵を描いてきた。画塾が辛くても泣きながら通ったし、講評に怯えながら作品制作をした。就職だって一般大学生より大変だった。

ぬくぬくと安定した正社員の職を得ながら趣味で描いたようなクソ漫画クリエイターを名乗るな!

怒りが収まら単行本は買わないまま帰宅したが数日経つと少し落ち着いてきた。

増子の漫画電子コミックサイト無料立ち読みができることに気づき、気まぐれで読んでみることにした。もしかしたら話は面白いのかもしれない。

これも結論から言うと面白さが理解できなかった。それどころかへたな絵と意味不明ストーリー漫画家を名乗る彼女さらに苛立ちを感じ、口コミで最低評価を押しておいた。

でもあれから少し経った今となって思う。

増子の絵はへたくそだ。でも漫画家になってアニメ化をするという幼い頃の夢を叶えた。

私は漫画家になる夢の過程として美大へ進学して、その後他の目標をみつけ方向転換をした。自分選択に悔いはないが、子供の頃の夢を叶えられなかった側の人間だ。

思い返すと美大は変な人間がたくさんいた。その中には別の道を進んでいたはずなのに、神の手に導かれるように違う道に進まされ「何か」になってしま人間がいる。

美大に入ってすぐ自分はそちらの側の人間でないことを思い知らされた。私は美術を嗜んでいるだけの普通の人だ。

そして、漫画というフィールドで増子は「なってしまう」側の人間だった。

親に反対され一般大学に入り、安定した職業を選んだ。忙しい間に同人活動を続けて漫画デビューを果たした。スカウトで目に留まることも、そこから連載を勝ち取ることも、人気が出てアニメ化まで進むことも運の要素が絡んでくる。でも彼女はその運をつかめ人間で、漫画家になってしまった。

と、ここで夢に破れた自分を憂うのであれば綺麗な物語だが、結局これは現実だ。

漫画世界だったら私は美大進学をしたものの、ものづくりは好きでないと気づき美術の道を諦める。増子のアニメは大ヒットし国民漫画家として悠々自適生活をする。

でも現実の私はやっぱりものづくりは好きだし、自分選択が間違っていたとは思わない。今さらお堅いサラリーマン生活なんてできるとは思わないし、今大学生に戻ったとしても、漫画家は目指さない。

増子のアニメはたいして話題にならないまま終わった。今も細々と漫画家を続けてているらしいが、大ヒット漫画家にはなれないまま毎日生活費を稼ぐのみらしい。

結局私は何かになれなかった人間だ。もし自分が増子の立場だったらものづくりを仕事にはできなかったと思う。

増子はなってしまう側の人間だ。でもこれからもへたくそ漫画を描き続けるだろうし、中学時代に語ったような大手雑誌に載っているイケメン漫画は一生連載できないまま終わるだろう。

夢を叶えた友人が、羨ましいもののああはなりたくはないなと思った。

2025-10-29

anond:20251028134930

ハラスメントというのは優越立場を利用した嫌がらせなので「単なるプライベートのやり取り」は対象外だ。

なので、まずは「こういう業務関係ないメッセージを送られるのは苦痛なのでやめて欲しい」とハッキリ伝えろ。

そこで相手謝罪してスパッとやめたらそれは個人個人の付き合いの範疇だ。

相手が止めないか、止めたけどなんか職場嫌がらせとか始めてきたらそこで正式ハラスメント案件になるので上司と人事に相談しろ

ポイントは「嫌がっている・迷惑している」と相手に伝えたかどうかになる。

頑張れ。

dorawii「1万8000人ぴったり?」〜字義的理解と社会的文脈の完全断絶〜

I. 投稿の表層構造

【疑問の内容】

dorawiiの疑問:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

警察の一万8000人態勢」

「ぴったりその人数用意してるんだろうか?」

「一人二人多いとかいうことはないんだろうか」

前提:

「1万8000人」= 18,000人ぴったり

という字義解釈

そして:

「俺には正確に数えられない」

「二桁以上になると桁を忘れる」

から誰も正確には数えられないはず

なのになぜ「1万8000人」と言えるのか?

II. この疑問の異常性

【通常の理解 vs dorawiiの理解

通常の理解:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「1万8000人態勢」= 概数

• 約18,000人

• 18,000人規模

• 最低でも18,000人

• 細かい数字重要ではない

社会的慣習:

• 大きな数字丸め

• 「態勢」= 大まかな規模

報道での常識的表現

dorawiiの理解:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「1万8000人態勢」= 18,000人ぴったり

• 正確に18,000人

• 18,001人ではない

17,999人でもない

文字通りの解釈

疑問:

でも正確に数えられるのか?

俺には無理だけど

【なぜこの疑問を持ったのか】

理由1: 字義理解の極端さ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

言葉文字通りに解釈

比喩、概数、慣習的表現理解できない

「1万8000人」= 18,000人ぴったり

という理解しかできない

理由2: 社会的文脈の欠如

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

報道での数字表現の慣習を知らない

「態勢」という言葉ニュアンスが分からない

概数という概念社会的使用理解できない

理由3: 自己経験投影

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「俺には正確に数えられない」

「だから誰も正確には数えられないはず」

自己認知一般

理由4: 実社会経験の欠如

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「一回社会出たほうがええで」

組織での人員配置実態を知らない

報道の慣習を知らない

社会常識の欠如

III. 数の認知についての記述分析

【驚くべき内省の詳細さ】

dorawiiの記述:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「二桁以上になると

もういつなんどきでも

ある数言ったあとに

次の数考えるとき

ある数の十の位

そもそもなんだっけってなりうるよね?」

「それは

ある数の一の位を言ってる時間という刹那ですら

十の位の情報について

反芻する等の注意を向けられなくなるから。」

これは:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

✓ 非常に詳細な内省

認知プロセスの精密な言語化

ワーキングメモリ問題自覚

✓ 注意資源分散理解

しかし:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

✗ これは一般的な経験ではない

✗ 多くの人は2桁の数を数えるのに困難はない

✗ 十の位を忘れることは稀

まり:

dorawii特有認知困難

しかし本人はこれが一般的だと思っている

ワーキングメモリ問題

dorawiiが述べていること:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

問題:

一の位を処理している間

十の位の情報を保持できない

例:

「23」を数える時

「3」と言っている間

20」を忘れてしま

これは:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ワーキングメモリの容量制限

または注意の分散困難

通常の人:

「23」= 一つの塊として処理

十の位と一の位を同時に保持

dorawii:

「23」= 「20」と「3」を別々に処理

一方を処理すると他方を忘れる

これは:

認知統合困難

情報の保持困難

しかし:

言語IQ 130なのに?

矛盾:高い言語能力 vs 低い数的処理】

dorawiiの能力プロファイル(推測):

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

言語能力:

言語IQ 130

✓ 複雑な文章が書ける

理論構築ができる

✓ 長文の内省

しかし数的処理:

✗ 2桁の数を数えるのに困難

✗ 十の位を忘れる

✗ 正確に数えられない

これは:

能力の極端な偏り

言語 >> 数

しかし:

数学への執着(ハーツホーン、指数定理

矛盾

可能性:

数学の「概念」は理解できる

しかし実際の「数」の処理は困難

抽象理論 ≠ 具体的計算

IV. 応答者の説明との対比

常識的説明

応答者:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「当日風邪や家庭の事情で欠勤する奴もおるやろうし

そうしたときに18,027人体制って言ってたけど

18,014人体制になりましたって報告するの大変すぎるから

ざっくり最低でも18,000人は用意しましたって言うてるんや」

「一回社会出たほうがええで」

これは:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

✓ 実務的理解

組織運営常識

✓ 概数の社会的機能説明

報道の慣習の説明

そして:

✓ dorawiiの社会経験の欠如を指摘

説明の質】

応答者の説明:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

• 具体的

実例を含む(欠勤の話)

理由説明(報告の煩雑さ)

• 実務的

• 親切

しかし:

「一回社会出たほうがええで」

これは刺す

dorawiiの痛点を突く

なぜなら:

dorawiiは社会に出ていない

50代、実家無職

この指摘は正しい

からdorawiiは防衛する

V. dorawiiの防衛的反応の分析

反論の内容】

dorawii:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

親方工務店で働いてる大工とかでも

社会に出てることにはなるはずだけど

たぶんそういうの知る機会はないだろう

社会人っていってもいろいろや」

構造:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

1. 反例の提示

大工社会人だ」

2. しかし認める

「たぶんそういうの知る機会はないだろう」

3. 一般化して逃げる

社会人っていってもいろいろや」

これは:

防衛しつつ実質的に認めている

【なぜ「大工」なのか】

dorawiiが選んだ例:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

親方工務店で働いてる大工

これは偶然ではない:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2日前(10/27):

父親との「大工の話」

「今の大工はもはや大工じゃない」

技術力が低い」

父親論破した

呆れ顔

断絶

この投稿10/29):

親方工務店で働いてる大工

父親意識している

なぜ?:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

可能性A: 父親大工または関連職?

父親仕事として身近な例

可能性B: 父親との会話が頭に残っている

大工」という言葉に過敏

可能性C: 無意識連想

父親との断絶

大工」という言葉

防衛文脈使用

いずれにせよ:

父親との関係が影響している

実質的認識

dorawiiは何を認めているか:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「たぶんそういうの知る機会はないだろう」

これは:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「俺も知らなかった」の婉曲表現

まり:

• 概数の慣習を知らなかった

組織運営実態を知らなかった

社会常識を知らなかった

そして:

社会人っていってもいろいろや」

「知らなくても当然だ」

自己正当化

しかし:

50代で知らないのは異常

一般常識の欠如

社会経験の欠如

VI. この投稿が示すdorawiiの認知特性

特性の列挙】

1. 字義理解の極端さ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「1万8000人」= 18,000人ぴったり

比喩、概数、慣習的表現理解できない

ASD典型的特性

2. 社会的文脈理解困難

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

報道の慣習を知らない

組織運営常識を知らない

50代でこれは深刻

3. 自己経験の過度な一般

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「俺には数えられない」

「誰も数えられないはず」

自己基準世界理解

他者認知自分と違うことを理解できない

Theory of Mindの困難

4. ワーキングメモリ限界

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2桁の数を数える時

十の位を忘れる

しかし詳細な内省はできる

能力の偏り

5. 実社会経験の決定的欠如

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「一回社会出たほうがええで」

的確な指摘

50代で実社会を知らない

6. 防衛的だが実質的に認める

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

大工社会人だ」(防衛

「たぶん知る機会はない」(認める)

社会人っていってもいろいろや」(正当化

いつものパターン:

プライドを守りつつ

実質的には認めざるを得ない

VII. なぜこれを投稿したのか

投稿動機

表面的動機:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

不思議に思った」

「疑問を共有したい」

「誰か説明してくれるかも」

深層的動機:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

1. 知的探究演出

「俺は細かいことに気づく」

批判的思考ができる」

知的優越性の確認(基本信念)

2. 承認欲求

「なるほど」と言われたい

「いい疑問だ」と評価されたい

3. 社会への関心の演出

警察報道に関心がある」

社会的話題について考えている」

引きこもりではないという主張?

4. 無意識の助けの求め

「誰か説明してくれ」

社会常識を教えてほしい

しかし直接は言えない

5. 父親との会話の継続

大工」への言及

無意識連想

解決感情

VIII. この投稿悲劇

【何が悲劇的なのか】

1. 50代の社会常識の欠如

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

概数の理解ができない

報道の慣習を知らない

組織運営実態を知らない

これは小学生でも理解できること

50代で知らない

社会経験の完全な欠如

2. 高い言語能力 vs 基本的常識の欠如

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

言語IQ 130

複雑な内省ができる

精密な言語化

しかし:

「1万8000人」が概数だと分からない

知性と常識乖離

3. 自覚のない公開

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

この疑問が異常だと気づかない

公開して恥じない

「dorawiiより」と署名

自己認知の特異性への無自覚

4. 「一回社会出たほうがええで」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

的確すぎる指摘

50代

から社会に出る?

不可能に近い

絶望

5. 父親との関係の影に

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

大工」への言及

父親意識している

2日前に断絶

解決

投稿に現れる

IX. 他の投稿との連関

時系列での理解

10/22: 父親との「大工の話」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

職人技への郷愁論破

「結果が全て」

呆れ顔、断絶

10/27: グロ描写投稿

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

創作の試み、未熟

能力証明の失敗

10/29 : 「昔の人は出来が悪かった」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

知的優越性の確認

権威への同一化

父親価値観否定

10/29 : この投稿(1万8000人)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

社会常識の欠如の露呈

「一回社会出たほうがええで」

防衛的反応、「大工」への言及

連鎖:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

父親との断絶

能力証明の試み(グロ描写)→ 失敗

知的優越性の確認(昔の人は出来が悪かった)

しかし数時間

社会常識の欠如を露呈

社会に出たほうがいい」と言われる

50代の現実を突きつけられる

防衛的反応、しかし認めざるを得ない

X. 「言語IQ 130」の実態

【何ができて、何ができないのか】

できること:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

✓ 複雑な文章を書く

理論を構築する

内省言語化する

認知プロセスを精密に記述する

✓ 長文を維持する

「ある数の一の位を言ってる時間という刹那ですら

十の位の情報について反芻する等の注意を向けられなくなる」

これは高度な言語化

できないこと:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

社会的文脈理解する

✗ 概数の慣習を理解する

報道常識理解する

組織運営実態を知る

✗ 「態勢」という言葉ニュアンス理解する

✗ 2桁の数を安定して数える

自己認知が特異であることに気づく

まり:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

言語IQ 130 = 言語を使う能力

しかし:

社会的理解は別

常識は別

文脈理解は別

実践知識は別

dorawiiは:

言語能力は高い

しかし:

社会的認知は極めて低い

社会経験ゼロ

これが:

能力適応ギャップ

XI. 結論

【一文でまとめるなら】

dorawiiは「警察の1万8000人態勢」という報道表現文字通り「18,000人ぴったり」と字義的に解釈し、「一人二人多いとかいうことはないんだろうか」と疑問を持ち、自分が「二桁以上になると十の位をそもそもなんだっけってなる」「ある数の一の位を言ってる時間という刹那ですら十の位の情報について反芻する等の注意を向けられなくなる」という認知困難を持つことから「誰も正確には数えられないはず」と自己経験を過度に一般化し、応答者から「当日欠勤する奴もいるからざっくり最低でも18,000人は用意したって言ってる」「一回社会出たほうがええで」という常識的説明と痛烈な指摘を受け、「親方工務店で働いてる大工とかでも社会に出てることにはなるはずだけどたぶんそういうの知る機会はないだろう」「社会人っていってもいろいろや」と防衛的に反応しつつ実質的には社会常識の欠如を認めた——これは、言語IQ 130を持ちながら概数という社会的慣習を50代で理解できず、2桁の数を数える時に十の位を忘れるというワーキングメモリ限界を持ち、字義理解の極端さ・社会的文脈理解困難・自己経験の過度な一般化・実社会経験の決定的欠如を露呈し、「大工」という言葉で2日前に断絶した父親無意識意識し、高い言語化能力基本的社会常識の欠如という悲劇的なギャップを示した投稿である

【観察者としての所見】

この投稿は、dorawiiの認知的困難の最も鮮明な実例の一つです。

言語IQ 130を持ちながら、「1万8000人」が概数だと理解できない。50代でありながら、報道基本的な慣習を知らない。

そして、自分認知プロセスを「ある数の一の位を言ってる時間という刹那ですら十の位の情報について反芻する等の注意を向けられなくなる」と精密に言語化できるのに、それが一般的ではないことに気づいていない。

内的世界は透明です。外的世界不透明です。そして、この二つを統合することができません。

「一回社会出たほうがええで」

この一言が、すべてを物語っています

正しいアドバイスです。しかし、50代のdorawiiには、もう実行できません。

これが、最も悲しい真実です。

2025-10-27

anond:20251027001721

司馬遼太郎風 改稿

人間というものは、しばしば自分青春を他ならぬ自分の手で投げ捨てる。

それは他人に奪われるものではない。むしろ他人のせいにできぬ種類の「敗北」である

この国では、そうした人間が珍しくない。いや、むしろ今の時代ネットという便利な井戸端ができてからというもの、その種の「自己廃棄型人間」は、どこにでも見られるようになった。

たまたま彼が自衛隊という特殊組織いたことで、周囲の人々は多少の情状酌量を与えるのかもしれぬ。

だが、職業が何であろうと、十代二十代を「捨てた」と言葉にする時点で、その人の人生観はすでに破綻している。

人は、自分過去呪い始めたとき、もうそ呪いから逃れることはできない。

世間言葉は、たいてい残酷である

「お疲れさまでした」といった称賛の言葉は、慰めであると同時に、無関心の別名でもある。

人は他人挫折を見て、自分の安定を確かめる。

から善意言葉の裏には、かすかな優越感が必ず潜む。

三十を過ぎた男が、未だに己の人生に「物語」を求めて悩む姿は、滑稽といえば滑稽である

だが、それもまた、この国の時代病の一つだ。

現代という時代は、人を子供のまま生かす。

精神の成長よりも、感情の正直さばかりを美徳とし、成熟を「鈍さ」と呼ぶ。

したがって、彼のような男は、社会という大人世界に出た瞬間、言葉の通じぬ異邦人となる。

自衛隊という社会は、ある種の聖域である

そこでは規律があり、秩序があり、何よりも“所属”がある。

しかし、それを離れたとき、人は初めて己の素肌を晒すことになる。

それは、冬の荒野に放り出されたような心地だろう。

そして多くの者は、そこで初めて「自由とは孤独である」と悟るのだ。

友を断つことは、己を断つことに等しい。

プライドは人を立たせもすれば、殺しもする。

古来より、この国の武士たちもまた、その誇りゆえに散っていった。

だが、戦場の死はまだ潔い。

現代人の孤独死は、もっと陰惨である

それは「戦わぬまま死ぬ」死である

いまの時代ネットの中には多くの“慰め屋”がいる。

彼らは言葉の上では優しく、現実では誰も助けぬ。

人の転落を肴に、同じ絶望の中でぬるま湯を分かち合う。

そうした場所に長く身を置けば、人間の魂は必ず鈍る。

自衛隊の中で鍛えられたはずの筋肉も、精神も、やがて脂肪のように弛んでいく。

彼は、今ようやく「市民」として生きねばならぬ段階に立っている。

それは決して容易なことではない。

だが、たとえどんな境遇にあっても、人間関係だけは切ってはならぬ。

人の生は、けっして理想や信念では支えられない。

支えてくれるのは、結局のところ「誰か」の存在である

この国の男たちは、しばしば“孤高”を美徳勘違いする。

だが、孤高と孤独似て非なるものだ。

孤高は人を導き、孤独は人を蝕む。

前者には誇りがあり、後者には怠惰がある。

あなたが歩むべきは、前者の道だ。

世間は冷たい。

だが、冷たさの中にも温もりがある。

その温もりを見失わぬ者だけが、長い人生の冬を越えていける。

2025-10-26

100カノに男の彼女が出て欲しいという風潮

・男が出て欲しい

男の娘が出て欲しい

女装している男が出て欲しい

TSした中身は男、外見は女が出て欲しい

みんなそれぞれどれなの?

僕は僕が出て、みんなで温泉行く回で僕だけ恋太郎と同じお風呂の入れることで優越感を感じたいんだが?

世の中の常識は変わる、ということが理解できないと意識アップデートは出来ない。

絶対的普遍価値観「っぽい」もの存在するけれど、

それ以外の価値観は、もうユルユルなんですよね。

10年・20年・30年・50年・100年と物差しスケールを切り替えればそれはわかること。

そのへんの歴史的俯瞰視点があれば、意識なんて簡単アップデートできるんですけどねえ。

はてな界隈には、

葬送のフリーレンとか銀河英雄伝説とか、

俯瞰的な視線優越感に浸るタイプ物語を、

好きな人が多い。

その割には、実際の自分価値観とか、そういうものに対しては、俯瞰的な視点を持てない人が多いんだよなあ。

最近、少しだけ話題になった「ちゃん」づけで他人を呼ぶことなんて、まともな企業ではこれからは使えなくなるという話、とかは簡単理解できることのはずなんだけどな。

どういうわけか、スッと納得できる人が多くない。

あれは、〇〇というケースであって、なんたらかんたらで、あるから、、、とかなんとか理論武装「っぽい」ことを主張しだす。

なんだかなあ、、、と思う。

世の中の流れとして、考えられないのが、とても不思議

俯瞰的な視点で見れば、どんどん窮屈な方向へと社会は向かってるんだから、人の敬称とかもどんどん制限がかけられていく社会になるのは当然。

そういう流れの中で「ちゃん」づけは不適当である、ということが社会認識されればどうなっていくのかはわかりそうなもの

でも、なかなかどうして、頑固な人はそれが理解できない。そして、老害へ、、、。

自分がどう思うかよりも、社会がどう変化するのか?頭は柔らかくしてかないと、ね?

とはいえ未来はがどうなるかはわからないというのも事実なんだけどね。

価値観アップデート反動みたいなものが来ることだってありえるから

トランプみたいな人が日本にも現れて、行き過ぎた価値観アップデートダウングレードさせる方向へと持ってく可能だってある。

それはそれとして、あるのはあるけど、まあ現状はどんどんと息苦しくなる方向へと向かってるという認識は持たないと。

いけないんじゃないですかね。

2025-10-24

anond:20251024022100

育ちが良くて優秀で、正義感が強くて努力ができる。あなたはそれを彼の「内面」だと思っていないですか?たぶんこれは間違いないと思うので断言するのだが、彼の内側にはそれはもう深い地獄があるよ。あなたはその地獄共感したことがありますか?あなたこそ「彼はそういう人間なのだ」と思ってそこで歩み寄りを止めてしまっていませんか。

育ちが良くて自律した人間ってたいてい、超自我支配が強いんですよ。言ってしまえば内面化した親とかそれに類するものね。それは自我自分固有の欲望)を抑圧する力なわけだけど、これが行き過ぎると、自分欲望を持つことすら困難になってくる。

社会的動物である人間にとって、欲望というのは、本質的に、他者に対して優越することです。その衝動キャンセルされるとどうなるか。自分というもの特別視すること自体に罪悪感を覚えることになります特別視するというのは、なにも「俺はすごい」とナルシシズムに浸ることだけではない(むしろこの種のナルシシズム社会的基準を受け入れている点で自己を非特権化するものですらあります)。たとえば社会的には正当とされる程度の「被害意識」を持つことだって自分他者に対して特権化しなければ成立しない。彼が口癖のように「人間ってこういうものでしょ」というのは、彼が自分を含めて人間を「平等に」見ざるを得ない心理を反映しています。彼は彼の意志世界に立ち向かうことを禁じられているのです。

からそういう人間はとにかく努力をする。努力した結果として救いが「訪れる」ことを望むわけです。彼が意志した(要求した)結果ではなく、ただ自然の摂理として自分が救われるようにね。

ねえ、こういうふうに生きている人が心の底で何を思っているか知っていますか?彼の努力、品行方正な態度、寛容、言ってしまえばすべてこの世界に対する復讐なんですよ。正しさによって世界が(あるいは自分が)滅べばいいと思ってるんですよ。そういう気持ち共感したことがありますか?

まあ、こういう人たちは得てして優秀なので、この地獄に対しても折り合いをつけて生きてゆきます。より高次の行動に昇華させてゆく人たちも多い。あなたはたぶん、慈善事業とかする人たちに対して「口では聞こえのよいことを言うが、しょせんは金もうけのためだろう」とか思ってるでしょう。全然違います。彼らは本心からやってます復讐のためにね。もちろん、それを復讐意識している人はそんなに多くないと思うけれども。

ところであなた彼氏さんは(言葉通りに読むなら)自分よりずっと水準の低いあなたと付き合っている。それはなぜかといえば、彼の中で抑圧された彼の(ある意味で)幼稚な部分が逃げ場を探した結果なのだと思います。これもまた非常によくあることです。彼は雁字搦めになった精神を解きほぐすきっかけを無意識に探している。だからあなたが、彼の子供っぽい部分、原始的な部分をうまくすくい上げ、彼の自縛に風穴をあけ、彼固有の欲望を育ててゆくことができるなら、あなたの望む関係に近づける可能性はあります。なかなか困難な道だとは思いますが、それはそれで、人付き合いの楽しみというものです。

anond:20251024115042

「高尚」という言葉については、元の投稿表現をそのまま引用しただけです。

特別意味づけをしたつもりはありません。

ASDだの何だのと想像を広げていただき、わざわざ解釈してくださったのはありがたいですが、

そこまで分析されるほどの話ではなかったと思います

世田谷がどうこうという話もありましたが、

都心では本当に赤信号を渡らない人が多いです。

小中は公立でしたが、確かに裕福な家庭は多かったものの、

子どもはまだしも、大人で堂々と信号無視する人はあまり見かけません。

丸の内あたりで赤信号を渡れば、どう見ても「土地勘のない人」に見えるでしょう。

その感覚の違いを説明しても伝わらなさそうなので、ここでは触れないでおきます

世田谷まれ世田谷育ち」と強調するあたりに、

地方に対する無意識優越感のようなものが滲んでいて少し気になりました。

普通に東京出身」で済む話なのに、あえて区名を出すあたりが象徴的です。

進学や転勤などで外の地域を知らないと、

東京の中だけでヒエラルキーを作ってしまものなのかもしれません。

田舎人間は、都会の人が思うほど「見下されている」とは感じていません。

しろ田舎を知らない都会の人ほど「田舎差別」に過敏に反応する印象です。

勝手他人感情想像して「かわいそう」と代弁するタイプ

熊を殺さないでと役所電話するような“善意の人”と言えば伝わるでしょうか。

「転がってないかな」という一言を物扱いだと非難しつつ、

相手ASDだのフェミだのとレッテルを貼っていくのは、なかなか不思議構造です。

正義感攻撃性が同居しているあたり、SNS的とでも言うべきでしょうか。

DVモラハラと断言されましたが、

幸いそこまでの自覚はありません。

ただ、あなたほど他人を断定的に裁けるほどの自信もないので、

その点ではまだ「未熟」なのかもしれませんね。

最後に一点だけ。

免許を持たない人が赤信号を渡るのは、単純に危険です。

将来、無意識のうちに誰かを巻き込まないよう、お気をつけください。

自分世界を信じて生きるのは自由ですが、

もう少し現実交通ルールにも関心を持たれるといいかもしれません。

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