はてなキーワード: 夏休みとは
元増田です。
ありがとうございます。間違いなさそうです。
紹介していただいたサイト(https://www.my-favorite-giants.net/giants_data/result_year/1987.htm)でみると
2x-1で、延長戦の記載が無く、9回サヨナラと思われますので、これも記憶と一致します。
当試合の巨人スタメンも同サイトで確認できたのですが、中畑清選手はスタメン1番でした。
1回裏の先頭打者で、一塁に駆け抜けたのかも知れません。本当に迫力ある走りだったのを覚えています。
小学生の時の夏休み。お盆休み前の週末、共働きの両親が、小学生の自分と弟を初めてのプロ野球、後楽園球場に連れて行ってくれていました。
今になって思うと、雨で中止ではないかと気がかりなまま家をでて、今度は延長戦と帰宅時間を心配しながらのサヨナラ勝ち。
喜ぶ子供たちの横で、ほっとしていた両親の心中が想像できます。
調べてくださいまして、ありがとうございます。今度里帰りしたときに、このやりとりも含めて、両親に報告します。
中学生の頃に白人のドイツ人の友達がいた。近所に同世代の子供が自分しかいなかった事もあり、よく遊んでいたのでかなり仲が良かった。
小学生の頃に大学の先生だった父親に連れられて日本に来ていた。まあまあな田舎だった地元では結構目立つ存在だった
彼は消臭力のミゲルくんみたいな美少年(美青年?)で、とにかくモテた。(以下ミゲルくんと呼ぶ)
同学年はもちろん上下の学年にもモテてたし、話しかける勇気がない層も含めるとかなりの数のファンがいただろう。
一緒に電車に乗って街に遊びに行ったときには社会人らしき成人女性から話掛けられて連絡先を貰っていた(もちろん自分は無視されていた)。まぁそれについては今考えるとヤバいなと思うけど
そんなモテモテの彼だからバレンタインデーにはとんでもないことになる。学校にチョコを持っていくのが固く禁じられている為、放課後に彼の家にチョコを渡しに来る女子が大挙して押し寄せるのだ。田舎で1つの家に人だかりが出来るのは餅まきの時ぐらいしかないのだが、それに匹敵するほど女子の群れが出来ていた。
もちろん自分は蚊帳の外なのだが、自分の家のチャイムを鳴らす女子が現れた。
母親もミゲルくんの家の盛況に気づいていたのだろう。そしてその中でもミゲルくんではなく自分の息子にチョコを渡してくれる女子が現れたのだと思ったのだろう。
母が嬉しそうに呼びに来る。
でも自分は気づいていた。彼女たちは自分にチョコを渡しに来たのではないのだろうと。
「これミゲルくんに渡してくれる?」
目立たないタイプの女子2人組から、きれいに包装された小箱を受け取る。
ミゲルくんに直接渡す度胸のない女子からチョコの配達係に任命されたのだ。
2人が帰った後、自室の学習机に備え付けてあるの一番広い収納スペースに小箱を保管し、夜になってからミゲルくんに渡した。
その日一日母はご機嫌だった。けれど何をもらったのとかは聞いてこなかった。思春期で恥ずかしがるだろうからとの気遣いだろう。
それが苦しかった。母に申し訳なかった。異性から見向きもされない息子でごめんって。(ちなみに裏で一部の女子からは金魚のフンと呼ばれていた)
そのこと覚えてる?
老人たちは。
初めてウッチャンナンチャンってコンビ名を聞いたんだけど、
「ウッチャンナンチャン?がコンビ名、、、?」
「それただのあだ名だろ!!」
みたいな感覚。
スマホゲーム「金色のガッシュベル!!永遠の絆の仲間たち」(通称、トワキズ)がサービス終了する。
2024/1/17にリリースされたが、2024/12/4にサービス終了を発表し、2025/1/31に終了する。
非常に急な話であり、売上はたしかに徐々に下がっていたようだが、直近では7000万~1億ほどの売り上げがあり、
さらにクリスマス、正月、1周年という集金イベントを待たずにサービス終了なのだから売り上げが原因ではないだろう。
また、通常終了の2カ月前にサービス終了をしなければならないはずであるが、微妙に2カ月前に足りない、急いでの終了発表。
2025/2/7とかに終了すれば2カ月前を保てるのに、そうしていないということは1月末がターニングポイントということだろう。
つまり、おそらくはトワキズをリリースする権利が1月末に終了するのだろう。
2024/10/30に、ハロウィンイベントでサポートカードが確率2倍、豪華4種類のピックアップ、さらにハロウィン限定魔物も実装された。
さらに魔物選択パッケージやサポカ選択パッケージが1万円で販売されていた。
1万円のパッケージはサービス終了のメンテナンスの直前まで販売されていた。
ひどい話だ。もう少しで買うところだった。せめて集金イベントをしてから3カ月ほどは普通にゲームをさせてほしい。
1.雷句誠先生が2024/10/23にX(旧Twitter)上で
「@Gash_towakizu フォローいたしました。こちらの方で問いかけることがありましたら、対応の方をよろしくお願いします。」
という意味深なツイートをしたこと。(@Gash_towakizuはトワキズ運営の公式アカウント。)
その前に、公式アカウントが人種差別のようなポストをリポストしていた。誤リポストだと思われる。そのせいではないか、と騒がれる。
2.2024/10/30の新規サポートカードは4つあったが、そのうち2つが季節外れ。
ハロウィンが2種類と、夏休みが2種類。あきらかに夏休みは季節外れ。
夏休みは通常7~8月であり、この時期はトワキズはハーフアニバの前後だったので特にイベントが少ない印象はなかったが、その前後でゴタゴタが起こったか?
ハロウィンイベントが終わる2024/11/13に、すぐに次のストーリーイベント。
それが終わる2024/12/4にさらに、復刻のストーリーイベント。
ただし、2024/9/6にはコラボや新規魔物についてのアンケートが実施されており、このころはやる気があったのではないか、と思われます。
2024/9/11には新規育成コンテンツが実装され、難易度の調整が10/16に、ボーナスの追加などの一部仕様変更が11/13に実装されました。
つまり、10月頃まではある程度、開発などはされていたということです。
トワキズは東映アニメーションが作成していますが、公開されている制作秘話などを読むと、
作成のきっかけはゲームオンという会社でリリースの3年前、つまり2021年ころに東映アニメーションにアプリ化の提案をしたことらしいです。
それから共同開発という形でトワキズを作り、リリースしたらしいです。
しかし、原作者の雷句誠先生はトワキズの話題には一切触れず…。
ちなみに2021年のコトダマンコラボのときは、雷句先生は絶賛しているので、メディアミックスには触れないなどの先生のスタンスというわけではなさそうです。
また、雷句誠先生はBIRGDIN BOARD株式会社で、2024/4/8にアニメ化を含めた商品提案のためのお問い合わせ窓口を作成しています。
そして、そのお問い合わせ窓口はアーカイブによると5月後半に、東映アニメーションは契約期間終了に伴い、現在「金色のガッシュベル!!」のライセンサーの権利を持っていません。と明記しています。
(ライセンサーとは知的財産の使用権を許諾する側のことです。)
(以下憶測)
アニメ化を東映アニメーション以外で検討していることから、良好な関係を築けていないのでは・・・、と思ってしまいます。
そもそも東映アニメーションはガッシュのアニメを作成しましたが、
アニメが原作に追いついてしまったためにファウード編の最後はアニメオリジナルらしく、特にゼオンとガッシュの和解のシーンがないらしいです。
トワキズは東映アニメーションが作成しているので、アニメ準拠となるのでしょうが、原作とは相性が悪くなるのでしょう。
(そんな二大勢力があるなんて、ユーザーにとっては知らんよ、と思いますが、きっとそのせいもあって権利を失ったのではないか、と思います。)
そういったことから、東映アニメーションのアニメ化をなかったことにして、原作準拠の作品群を作ろうとしているのではないか、と疑ってしまいます。
それにトワキズが巻き込まれ、志半ばでサービス終了してしまったのではないか、と。
東映アニメーションはアニメ化の際にライセンサーの権限を持ち、アニメの関するグッズの販売なども自己判断で出来ていたのでしょう。
しかし、2024/5頃にその契約期間が切れてしまったのでしょう。
たぶんトワキズ利用のライセンスの契約が1年ごととかで2025/1末にその契約が切れて、トワキズが運営できなくなるのでしょう。
ゲームオンは、東映アニメーションにアプリ化の提案をするのではなく、BIRGDIN BOARD株式会社にアプリ化の提案をするべきだったのでしょうね。
ちなみに、「金色のガッシュ!!」が原作で、「金色のガッシュベル!!」がアニメらしいです。
トワキズは「金色のガッシュベル!!」なので、アニメ準拠なわけですね。
正直、東映アニメーションにも、ゲームオンにも、雷句誠先生にも、ガッシュにも、BIRGDIN BOARD株式会社にも、いい印象が持てません。
まず、東映アニメーションは短期でアプリを終了させるだけでなく、集金イベント直後にサービス終了の告知を出す信用できないところだと思います。
他は憶測などで根拠はないですが、個人的には疑わしきは罰するの考え方なので、いい印象が持てません。
どうぶつの国やガッシュも面白かったんですが、この嫌な思い出が思い出されることもあり、雷句誠先生の漫画とは距離を置きたいです。
仮に権利の問題だとしても、たぶんあと1年もするとトワキズはサ終ラインに達したでしょうから、
なぜそれまで待てなかったのか不思議でなりません。
トワキズは10-11月の集金イベントでも1億弱ほどの売り上げでしかなく、たぶん通常の自力では月に5000万弱ほどの収益力でしょう。
それであれば、6カ月ほど、長くても1年ほどでサ終ラインに達したでしょうから、それまで待つべきだったのではないか、と思います。
その方が、東映アニメーションにとっては「すぐにサ終するメーカー」のレッテルは張られないですし、雷句誠先生にとってもガッシュファンから反感を買わなくて済むのですから。
うちの息子は今小学4年生で、夏休みが終わってから学校に行かなくなった。
どうして行きたくないのか、俺は聞けなかった。聞く勇気がなかった。
夏休みに入る前まで、息子は学校が好きで好きで仕方がないという感じだった。
朝一番にランドセルを背負って家を出ることも珍しくなく、なのでおそらく夏休み中に友達と何かあったのだろう。
うちはマンション暮らしで、2年前に妻が亡くなった。事故だった。本当に突然のことだった。それで俺は少し病んでしまい、塞ぎ込んで、休職して、それから会社も辞めた。
幸い伝手もあって今はフリーランスとしてなんとかやっている。しかし当時は本当に駄目だった。
息子も相当つらかったはずだ。それなのに、俺には弱音ひとつ吐かなかった。むしろ、駄目になった俺のことを気遣ってくれていたんだと思う。子供の癖に、俺なんかよりよっぽど立派だ。
だからこそ、夏休みが終わり「学校に行きたくない」と言われたときには驚いたものの、否定することはしなかった。
「そうか」とだけ言って、「じゃあ、ちょっと休むか」と息子に提案した。
息子は俯きがちに「うん」とだけ言って、ランドセルの方を見ようとはしなかった。
部屋の中でずっとゲームをやっているようだった。
あまり良くないことだとは分かりつつも仕事もあって、それを言い訳にしていたのかもしれないが、とにかく少し様子を見ることにした。
転機が訪れたのは10月のことだった。市で大きなお祭りがあって、その日は関連施設が無料になるという年に一度の大きなイベント。
仕事も一段落しており、せっかくだから何処かに出かけようと思って、息子に声をかけた。
すると意外にも、息子はすごく乗り気だった。早起きして「お父さん、早く行こうよ!」と急かしてくるくらいだった。こんな元気な息子を見るのは久しぶりで、俺はそれがすごく嬉しかった。
動物園なんて、本当に久しぶりだった。当然すごく混んでいたけど、久々の動物園とあって息子も俺も興奮していた。
色々な動物をじっくりと見て回り、コアラのエリアに来た時のことだった。
そこにはコアラの生態についての解説があり、その中に「コアラの寿命は約10年」と書いてあった。
それを見た息子がぽつりと「じゃあ人間の10分の1ぐらいだから、僕らの1日がコアラにとっては10日分なのかな」と言った。
その考え方がなんだか妙に大人びていて、少し驚いた。
「そうかもな」と答えると、息子は続けて「じゃあ、コアラは10分待たされると、人間だったら100分に感じるのかな」と言って、それから「それって、なんか退屈だよね……」とつぶやいた。
その後も他の動物を見て回ったけど、息子は例のコアラのことがずっと気になるのか、どこかぼぉっとしており物思いに耽っているように見えた。
動物園から出て「楽しかったか?」と聞くと、「うん!」と弾むような返事が返ってきて、心から笑っている顔を見るのはいつ以来か分からず俺は嬉しかった。
翌日から息子は少しずつ、自分の部屋以外で過ごすようになった。
そして11月になると、自らの意志で学校に復帰した。どうやら、ゲームの中で学校の友達とも連絡を取っていたらしい。それで自然と学校に戻りやすい状況になっていたようだ。
息子がどうして学校に行きたくなかったのか、それは今でも分からない。
それでも今の状況に正直ホッとしている。
息子は強い。強すぎるが故に弱音を吐かず、妻が亡くなったことで反抗期さえなくなってしまったのかもしれない。
そう思うと悪いことをしたなと思うし、ふがいない父親であることを申し訳なく思う。
でも、11月4日。息子が学校に行き、笑顔で帰ってきたとき、本当に嬉しかった。
その日の夜、息子が眠ったあと、俺は妻の遺影の前で思わず泣いてしまった。
遺影の中の妻は笑っていた。その顔を、しっかりと見ることができた。
※デバガメというのは恋愛的な意味である。性的な意味ではない。
これらを見てしまった経験を通じて、若かりし頃の自分の不器用さを思い出した。
今の自分も「成長できた」といえるにはほど遠い。若い人たちを見て、まだまだ成長できる部分がたくさんあることに気づかされた。
もうアラフォーに入ろうとしている。その前に、ちょっとだけ記念的碑に増田に投稿してみようと思った。
常連投稿者のように面白くはないかもしれないが、一生懸命書いてみる。
一般企業でアパレル事務の仕事をしている。あと数年以内にはAIに置き換わってしまうだろう。風前の灯火みたいな事務仕事だ。平成初期だったら、私もバリバリの評価を得ていたのかもしれない。令和時代だと、明らかに若い人、時代の変化に適応できる人の方がこの仕事に適性がある。
社屋3階で働いているのだけど、ある夕方~夜の時間だった。社内に人が残ってない時間帯に、私は4階にあるトイレに行こうとしていた。
そうしたら、上の階の方で男女の声が聞こえた。一瞬「!?」となって、踊り場の前で留まった。会話は始まったばかりで、男性の方は隣の部署の30才くらいの人だった。女性の方は別の階で働いている子。
一応、最初から声を拾ってみる。彼を増田君とする。まだ先月のことだ、頑張って思い出してみる。
「○○さん、お疲れ様です」
「どうしたの、今日は?」
「え……?」
「パンダじゃん!」
「パンダ……」
「服が白黒だね」
「え、そうですね」
「白は、初めて見たかも」
「……いっつも白いです♪」
「そう、ええっと、あとは」
※私が踊り場から身を乗り出すと、彼が両手でジェスチャーしてるのが見えた
「○○さん。髪、切った?」
「はい、切りました。……どうですか?」
「似合ってるね」
「ほんとですか?」
「うん、似合ってる。ねえ、ねえ。もっと仲良くなれたらご飯いこうよ」
「え、いいんですか?」
「いいよ」
「いきたいです。~~さんとご飯」
「わかりました」
意中の男性に声をかけられると、縮こまってしまって、うまく喋れなかったりする。
相手がリードしてくれて、それでどうにか話ができる。子どもの頃に聞いた曲に、「大人の階段昇る 君はまだシンデレラさ」というのがあったけど、まさにあんな感じだった。
恋愛は、全部相手がリードしてくれると思っていた。自分はただ、意中の人がいたら「お疲れ様です」と声をかける。自分からアタックするのは、それくらいでいいと思ってた。
本当に、相手が相手だと何もできない。それどころか、廊下ですれ違ったときに「お疲れ様です」と挨拶されても、顔(^^)を背けながら「お疲れ様ですっ!!」って投げやりな感じの挨拶になる。
髪を切った時も、好きな人と話してて「気付いてくれるかな……」と思うとドキドキして硬直したし「髪切った?」って言われそうな時は、事務所内なのに走って逃げだしていた。
トイレの話だけど、はてな匿名ダイアリーだと女性でも漏らしてしまうのが基本らしい。
私はこの時漏らさなかったので、3階にある修理中のトイレを飛ばして、急いで2階のトイレに入った。
こう見えても、高校まで柔道をしていた。初段しか取れなかったけど。
柔道って、野球やサッカーと違って、やってる子がとても少ない。柔道部のある学校の方が少ないくらいだ。特に女子柔道の場合は、本当に過疎である。
柔道部員がちょうど3人しかいない高校だったので、夏休みになると、同じ市内にある高校の合宿にお邪魔していた。期間は一週間。そこは工業高校で、立派な柔道場がある。
市内のいろんな中学高校の生徒が集まって練習していた。男子は泊まり込みのようだった。
そこで、珍しい組み合わせの男女がいた。ふたりとも中学生だった。凸凹な見た目だったのを覚えている。
その時は8月初旬だったかな。私が合宿に参加した初日、乱取りの時に女子の小中学生に胸を貸していたところ、物凄い声が響いた。
「ああ、もおおおっ!!!」
みたいな声だった。
見ると、小太りの体形の男の子が、その女の子を寝技で抑え込んでいた。見るからにガッチリ入っていて、逃げられそうにない。女の子は、バイオレンスな感じにグイグイって動いて、男の子のお腹をグーで殴り続けて脱出に成功した。
それから、女の子は血相を変えて、小太りの男の子を寝技で抑え込みに行っていた。女の子は黒帯で、男の子は白帯だった。それにしても寝技が上手な男の子だった。体の幹が強いのもあるし、女の子が上から乗って行っても、軟体動物みたいにスルリと躱してしまう。
決着がつかずに、乱取り終了のタイマーが鳴った。次の日も、また次の日も私は合宿に参加していた。他校の女子と練習ができる希少な機会だった。
いいかげん、筋肉痛がひどかった。女子中学生が打ち込みでも乱取りでも、私のところにばかり来るからだ。多い時だと、1日に30本近く(ほぼ90分)も乱取りをしていた。
本当に貴重な時間だった。母校では、こんなに多くの女子選手と練習することはできない。政令市にある名門校はともかく、田舎の公立高校の女子柔道の環境は非常に厳しい。
あの男の子と女の子だけど、それから毎日見ることになった。私がいる練習スペースの近くで、あのふたりが一緒に練習している(組み合っている)ことがよくあった。
男の子は、誰に対してもマジメな練習態度だった。手を抜かないし、女子選手や小学生と組み合っても配慮していた。
でも、あの女の子と乱取りをする段になると、ビビっている様子だった。彼女と乱取りになるとモードが変わる。真剣にガツガツやりあうのだけど、恐怖を感じながらやってるというか。
男の子はさておき、中学生の"女の子"の方だけど、どう見ても強い子だった。普通の中学生男子だったら普通に投げ飛ばすし、相手が高校生男子でも、白帯だったらフツーに力で圧倒していた。
男子が相手でも、引き手と釣り手を上下にブンブン振り回して、相手を払い腰で投げ飛ばすと……『進撃の巨人』の冒頭あたりで、エレンがミカサに投げ飛ばされたような感じで、相手は柔道場の壁にぶつかって倒れた。
私も彼女と乱取りしたけど、一度だけ綺麗に背負いで投げられた。柔道が強い子は、基礎的な体力からして違う。あの男の子とも乱取りしたけど、体幹が物凄くて投げれる気がしなかった。どれだけ足を引っかけても動かせる気がしない。
ただ、彼はボヤっとした柔道をする子だった。動きが明らかに鈍い。子どもにはあることだけど、スポーツやってるからには相手に勝つ!! という自覚が明らかにない……そういう子は、やっぱりボテボテとした柔道になりがちだ。
結局、3,4日だったかな。その男の子がいたのは。合宿の最終日より前にいなくなった。市外の中学からの参加で、学校から距離があるので、予めそういう日程だったんだと思う。私もそうである。
夕方だった。私が工業高校から家に帰ろうとしてると、あの"女の子"が入口の柱のところでまごまごしていた。すぐ近くには、あの小太りの中学生男子がいる。引率の先生と話している様子だった。
女の子は、彼のことをチラッと見ることがあった。視線が真下にある畳に行ったり、彼の方に行ったり、安定してない。やがて、中学生男子が話を終えると、なんと……なんと……!!
彼は女の子の方を向いて、一瞬立ち止まった。私は耳をそばだてていた。あまり内容は覚えてないけど、再現してみる。
「あ、これは、これは~~さんじゃないですか。お疲れ様です」
「お疲れさま」
「疲れんかった? 今日で終わりでよかったね。いい修行になった」
「うち、今日で終わりじゃない。まだあと2日あるんよ」
「まだあと2日も? しんどいやん。なあなあ自分、銀河学院だっけ?」
「うん」
「知っとるよ」
「ぜんぶ参加したかったな~」
「しょうがないよ」
(ごめん……この間は覚えてない)
「なあなあ。もう会えんよ多分。うちら」
「そうかな?」
「そ~よ~」
「残念かも」
「いや。駅まで歩く。あとは電車」
「うちも歩く!! 一緒に帰ろ」
眩しいな~と思って眺めていた。かくいう私は、恋愛経験が少ない女子だった。
あのふたりは、本当に一緒に帰っていた。私は親が工業高校まで迎えに来てくれる約束だった。校門付近まで行くと、あのふたりが一緒に並んで歩いていた。女の子の方は自転車で、男の子は徒歩だった。
いや、懐かしい。ほんとに懐かしいなぁ。それでいて眩しかった……
去年の冬だった。タワレコの近くに任天堂の公式ショップがある。仕事帰りに立ち寄ることがあって、昔懐かしいマリオやカービィのぬいぐるみを眺めていた。職場はこの近くだけど、存在を知りつつ入ったことはなかった。そういうお店ってあるよね。鶏白湯ラーメンの専門店とか。
お洒落なショップだった。店内レイアウトに無駄がないというか、導線を綺麗に描けている。右回りの人でも左回りの人でも、混雑しないようになっている。こういうのは気になる。
店内をウロウロしてると、私が知らないゲームのグッズ売り場に行きついた。私の隣には女性がいた。40才くらいかなと思ったけど……見た目がすごく若かった。20代後半に見える。
私は同性なので、顔のしわの感じでわかった。男性でも見抜ける人はいるのかな? いいや、私でなきゃ見逃しちゃうねと思ったところで、その女性がキーホルダーを手に取った。
キャラ名は知らないけど、イカみたいなキャラクターだった。イカが琥珀色の球形に入っていた。高級なカブトムシやクワガタが琥珀色の何かに漬かってるのを見たことがある。あんな風だった。
その女性がイカを手に取って眺めると、顔がぱあっと明るくなった。気に入ったのだろう。ずっとイカをまじまじと眺めていた。すると。
「それ、いいですよね」
向こう側にいた若人男性が、彼女に声をかけた。純朴そうな見た目の青年だった。私の勘(年齢センサー)だとおそらく20代後半である。
その子は、一瞬こわばった感じだったけど。
「えー。そうですよね、可愛いですよねぇ」
と返事をしていた。
それから、とりとめのない会話が始まった。イカが出てくるゲームの話をしていたはず。私はしばらくカゴの中のキーホルダーを手に取りつつ、ふたりの話を聞いていた。
やがて、もういいかなと思って、その場を離れてレジに向かった。私が買ったのは、手のひらサイズの1UPキノコだった。高校生の時、幕末志士の動画のファンだった頃を思い出して懐かしくなった。
その次の週も任天堂ショップが気になった。本当になんとなくだった。まだ見れてないものがある気がして。
ところで、あのイカが出てくるゲームはスプラトゥーンだった。名前は聞いたことがあった。中味はほとんど知らない。
私のはてなブログ歴は約7年だけど、あのイカはサムネイル画像でしか見たことがない。有名タイトルのはずなのに……そういうコンテンツってあるよね。野獣先輩とか。
それで、任天堂ショップに入ろうとした時に見てしまった。レジ付近を見ると、あの男女がいた。一緒に買い物をしたようだった。ショップの袋を抱えている。
なんか、ぎこちない感じだった。両方とも会話の雰囲気がぎこちない。声は聞こえないけど、雰囲気やオーラで伝わってくる。ふたりで入口付近に立って、何かをずっと話していた。緊張してるように見えた。
私はそれから店内をグルグルと廻って、スプラトゥーンのコーナーを一通りチェックして、ゲーム体験してる人達を後ろから眺めて、あとはどうしたっけ……ゼルダの伝説のピンバッジ? が恰好よかったのと、あとはどぶ森のコーナーを新発見して、子ども時代の思い出に耽った。
今年の春だった。再び、任天堂公式ショップ(※正式名称はNintendo TOKYOです)に行ってみたのは。この時を最後に行ってない。お店に入る前の歩道で、あのふたりが一緒に歩いてるのを見た。
ここまでくると、もはや必然だと感じていた。あの時とは違って、リラックスした雰囲気だった。手を繋いで、歩道の端っこの方をゆっくり歩いていた。仲睦まじいという言葉が似合っている。そんなふたりだった。
水面を一緒に泳いでいるオシドリみたいだった。オシドリは、子どもができると♂の方が♀から離れてまた嫁探しをするらしいけど、そんなことはどうでもいい。ふいに、あの昔のAAを思い出した。
_人人人人人人人人人人人人_
> わりとどうでもいい <
 ̄^^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
ヘ(^o^)ヘ
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今年の八月頃から、恋愛や結婚関係の増田日記がよく投稿されていた。こちらを書き始めたのは11月になってからだ。もうブームは去ってるけど、気になったことを書いてみた。
よければコメント等いただけるとうれしい。ブログの方だとコメントもらえるけど、増田だとブクマやコメントをもらえることは少ない。
渇いている感じがする。
これじゃいけない感というかもっと何かをしたい感というか。
人手不足を引き受ける立場を続け、ライフステージの中で色々な葛藤状況が重なって、軽くバーストし、適応障害と診断され、しばらく休職してやっとリハビリ勤務を始めたところなのだけど。
不調が出たのは徐々にだけど突然だった。
休む前も職場に行くだけで涙が出る、仕事をこなしながら座り込んで30分くらいに立てなくなるなどの症状があった。薬で眠れるようになり,休職で強制的に夏休みをつくり、イレギュラーや重要な決定をする必要のある仕事からは一旦離れて、まさにリハビリ勤務になった。
大変理解のある職場で、ほぼ責められることはなく、気持ちよく休職させてくれた上に、ここまで配慮した復帰のお膳立てをしてくれる。
だからこそここが一番慎重にならなければいけないところ。
与えられた業務だけちゃんとやって、決まった時間に出勤退勤することを守り、その上で自分の健康状態を回復させていく。
それしかやらなくていいはずで、むしろできる限界値が大幅に下がっていて、実際にリハビリ勤務を2日終えただけで、休職前の1週間分くらいの疲れが自分に来ている。
なのに、
「早く元の立場に戻りたい」
とか、
とか、
あれもしたいこれもしたい、
色んな欲求が渇きのように疲れた体を押し上げていて、動け動けって言ってきて、しんどい。
これが躁状態というやつなんだろうか。
動いてないと、誰かの役に立ってないと、誰かと繋がってないと、遊んでないと、私の中の自信が尽きてエンプティマークが点滅し、やがて自信喪失してしまう気がする。
やりたいと思うこと、全部をこなすことが器用に操縦できる状態じゃなくなったから休んだのに、頭では分かっているのに。
休息すべき時に、気がついたら毎晩のように夜の街に遊びに行ってしまう。
お酒を山ほど飲んでしまうし、友達とどれだけでも話していたくなってしまう。
壊れかけた自転車で、坂道を上ってるみたいな感覚がある。目指すところは自分の渇きが満たされる頂上、でもパワーが足りないからうまく漕げすにだんだん後ろへ下がってくばかり。
今必要なのは仕事も遊びも無理に漕ぎ続けることじゃなく、自転車から降りて歩いて牽きながらてもちょっとずつ歩いていくことだと分かってる。
渇いていても、それは私の価値が足りないのではなく、エネルギー自体が足りないだけなのだから無理をしてはいけないんだって、自分に言い聞かせながら唾を飲み込んでる日々。
俺の一番の長所は運の良さで、幼少期から35歳の今までずっとツイてきた。
なぜだか分からないが、本当にずーっと人生に追い風が吹いており、思い返すと不思議なほどにツイている。
俺ほどに強運が継続している人間は日本にほとんどいないと思うし、運の良さで生きてこれたので自慢したい。
長い文章だが、とにかくずーっとツイているので長くなるのは仕方がない。
夏目漱石の「坑夫」という小説に、主人公たちの腹が減ったらたまたま近くに飲食店があり「大袈裟に云えば天佑である」とコミカルに述べた部分があって妙に印象に残っているのだが、俺の人生はまさに天佑の連続なのだ。
長女は生まれながらにして不幸だと思う。
下の兄弟が生まれた瞬間に不幸になることが決定づけられたようなものだ。
「お姉ちゃんなんだから我慢して」と親にも妹にも言われた。妹はいつも傲慢で怠惰で短気である。
妹を簡単に説明すると小学生の時から不登校気味で中学生の今では部活以外で登校はしない。部活は演劇部で脚本を書いているようだがそもそも活動してるのかすらよくわからない。
両親はとにかくこの妹に甘い。
私が中学時代演劇部に入りたくても運動部以外は認められなかった。入ったバレー部で飛び降り未遂をするくらいひどいいじめにあっても部活も学校も休ませて貰えなかった。下着姿で家から追い出されたこともあったのに。
妹はとにかく物に当たる。何かを投げたり蹴ったりしてその対象が私のこともあった。私が耐えられなくて言い返したりやり返そうとすると両親は決まって「この子はもう病気だから何も言い返さないで、やり返さないで、相手にしないで」と何故か私が怒られる。
私がスマホを持ったのは高校1年生のときなのに妹は小学5年生から持ち始めた。
毎日リビングで顔を合わせる度に「死ね」「消えろ」「出ていけ」と言われる。お望み通りと思い夏休みに1週間ほど大学の友人の家や彼氏の家に泊まり、家に帰ると「なぜ帰ってこなかった」「お前が家にいないせいで家事は私がやることになった」と八つ当たり。
私が中学生の時服を買ってもらうのは決まってしまむらかパシオスだったのに妹は常に両親にLIZLISAや夢展望など高価な服を買い与えられている。今でも両親にそんな高い服買ってもらったことは無い。
両親も両親だ。病気かなにかだと思っているならさっさと病院に連れて行って適当に入院させてしまえばいい。そうしたら私が救われるのに。
私が受験勉強で精神を病んで心療内科でうつの診断を受けた時それを甘えと言ったのに妹が中学に行きたくないといえば「辛かったね🥹よしよし」ですぐに休ませる。
どうして妹ばかり優遇される?すぐに家を出たいけれど大学在学中は実家で暮らさなきゃいけない。
バイトもしてるけど稼ぎは安定しないし稼げて月5万円いかないくらいで大学の教材費や画材費に消えていく。その上妹に「バイトしてるんだから金よこせよ」と言われて微々たる額だが渡さないとまた暴言や暴力に襲われると思うと渡さずにはいられない。
私はもうこれ以上苦しみたくない。たすけて。
今自分が抱えている問題を書くので悩み相談に乗って欲しいです。
身近な人に相談し辛いのでここで回答を募りたいです。
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皆さんご返信ありがとうございます。初めて投稿したのですが、ここまで多くの人にコメントいただけるとは思っておらず感動してます。
せっかくコメントいただいたのに全てにご返信できずすみませんが、似た内容のものについてはこちらにまとめさせていただきます。
→耳からに限らず、文章を読むのも苦手です。人よりも文章を理解するのに時間がかかってますね。
例えば、同じ部分を理解できず何度も眺めてしまったり、(意図せず)読み飛ばしてしまい理解できてないこともありました。
ワーキングメモリ?というものも初めて聞きました。内容的にこの部分も弱いんだと思います。
・発達障害では?(ADHD、APD)精神科に受診してみては?
→確かにそうかもしれないです。APDについて調べたことはありますが、あまりヒットしなかったのでそのまま流してました。
→実は完全テレワーク、出社タイミングも自由、みたいな会社でして、だからこそ録音ができ自由に聞けているというのはあります。
これがもし完全出社だったら。。と考えると今以上に悲惨な状態だったと思います。
→罹患したことはありますが、コロナが流行る前からこんな感じなので多分関係ないです。
1から文字起こししたときとでどれくらい理解に差が生まれるかも確認したいと思います。(別の問題があるかもしれないので)
→(どっちもレベル低いですけど)比較的文字の方が理解しやすい気がします。
文章レベルでの記憶はできないんですけど、あそこにあんな事書いたな、みたいな映像記憶は残りやすく、
・メモを取ってみたら?
→メモは取ってはいます。明確に5W1Hを順番で伝えられたらメモにも落とせるんですけど、
業務上の会話って色々話している中で5W1Hを把握する力が必要だと思うんですけど、そういうコミュニケーションになった時に理解できなくなりますね
最近は「一応確認ですけど、~~ですよね?」と聞くようにはしてます。
ただ、コメント頂いている通り相手から文章で貰う、できるだけテキストベースで仕事を進める、はできてなかったのでそこは早速明日からの業務で実践したいと思います。
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○スペック
・25歳で新卒3年目
○悩み
(今言ったこと復唱してみて、と言われたら詰む)
仕事上で困っていることの例)
・文章としては理解できておらず、なんとかキーワードを拾って自分で理解できる形に落とし込んでいるが、
当然自分の理解した話と違う場合が多々あるので、「いやそうじゃなくて・・・」と訂正されることが多い。
・初めて聞いたキーワードがある場合は、自分の中で理解できず頭がフリーズしてしまう。
・話を理解できておらず、間違った作業をしてしまい関係者に迷惑をかける。
・複数の質問を一気にされると、1つ目の質問はギリギリ覚えてられるけど2つ目以降は覚えておらず聞き返すことが多々ある。
・軽くこれとこれ確認として、と言われた内容を覚えていられず漏れてしまう。
○この3年間どう耐えているのか?
・(ほんとはいけないけど)お客さんとの会議や上司との会話を逐一録音して、
文字に書き起こしています。そこまでやって初めてちゃんと文章として理解できるようになってる気がします。
普通の人はこんなことしてないんだろうなと思って惨めな気持ちになりますし、能力的にこの会社に場違いなんだなと思い勝手に疎外感を感じてます。
1年目のときは今以上に何も理解できず、それを産業医に相談してみました。
「慣れ」の部分が大きいのではないか、と回答されまして、確かに慣れで1年目よりは周りとの理解のずれが少なくなりましたが、
こういう悩み相談を周りからされないし、そんな悩みが無い前提で仕事が回っているように感じるので、会社の人には誰にも相談できません。
(相談したとしても、その悩みのプロではないので解決策など出ず、「できない奴」として評価されるだけな気がします。)
・現代文の成績は昔から下~中の上くらいでした。文章の読解力が会話の理解に繋がっているのかもしれないですね...
・思い返すと、これまで留年や浪人もなく、普通に卒業はできているけど、授業は先生の話を理解する、というより、とりあえず板書や先生の発言内容をノートに写すことに必死になっていた気がします。
これは理解ができなかったがための行動なのかもしれないです。
・大学生のときは飲食店でアルバイトをしていましたが、料理名を誤って聞いたり、間違ったテーブルに料理を出したりして迷惑をかけていました。
・両親も私と同じようで、質問したのに全然別の方向の回答が返ってきたり、そもそも話を理解できていない、というケースがあり、
会社での自分を見ているようで辛くなり帰省の足が遠のきました。遺伝とか家庭環境も関係あるんですかね。。?
・高校1年の冬からずっと予備校に通って夏休みも受験生顔負けなくらい、青春を投げ打ってひたすら勉強していましたが、大して偏差値は上がらず、地方国公立大と中堅私大しか受かりませんでした。
出身高校からすると快挙と言える合格大学ですが、上京した際に受験勉強と並行して青春を謳歌した上で自分と同じ大学に入った人やそれ以上の大学に通っている、「完全上位互換」がそこら中にいて死にたくなりました。昔から親族や親友から「努力家」と評されますが、実際は人並みになるために人の何倍も時間がかかっているのが現実です。
高校2年の夏過ぎにパニック障害不安障害で学校に行けなくなり中退。数年自宅療養からの徐々にアルバイトができるようになりフリーターに。
高校はわざわざ家から遠い場所にあるとある大学附属に行った(私の中学からは私1人しか行かなかった)。その大学に行きたい学部があったからだ。
その夢が諦めきれず、去年、関連する学科の専門学校に入学。その学問は、ややちいさな界隈であるが、その界隈では1番歴史のある学校だ。
学ぶことが楽しくて満足していた。3年間だけだけど有意義に過ごしたいと日々足掻いていた。
1年生のころに仲良くなった友達が2人いた。①ちゃんと②だ。ふたりとも私より年上の30代。 1年の頃はよく3人で行動していた。 私の体調が不安定なことからたまに学校を休むことがあり、そのときのプリントをもらってくれたり、プリントの穴あき部分は写させてもらっていた。基本皆勤の 2人はどうもそれがあまり良く思ってなかったようで。 私が学校を休むのは怠惰のせい、寝坊のせいと思われていた。違うのに。 2年の夏前から違和感を感じたが、夏休み前は期末テストの追い込みに忙しくあまりそちらを気にしている暇はなかった。
夏休みは一切連絡は取らなかった。 そのままフェードアウトするのがきっとお互いのためだったと思う。
5月ごろに理不尽な理由で私は文化祭委員に指名された。友達を巻き込んでいいとのことだったので、当時はまだ仲が良かったので①ちゃんと②を指名した。それと①②とも仲のいい男の子が1人加わってくれた。 現在その文化祭委員で集まることを酷に感じており、学校を休むことも多くなってしまった。 授業は日々進んでいく。私だけ受けられない。 勉強したいのに、授業受けたいのに、好きな先生も沢山いるのに。なんで授業に関係ないところでこんな負担を被らないといけないんだろう。
もともと持っていたパニック障害は完治はしていない。うつも治療中。メンタル状態は割とすぐに体調に直結する。 学校では2人は私には一切話しかけてこない。1年の頃は仲良かっただけにいまだに信じられない気持ちもあるし、2人に呆れてもう顔も見たくない気持ちもある。 いい歳して無視みたいな幼稚なことは流石にしないけど、そうじゃなくてもなんだかなって思う。基本クラス替えしないからあと1年半同じクラスなのにこんなに気まずくして大丈夫そ?とは思う。もしかして気まずいの私だけなのかな。私は比較的1人で行動できる範囲が広いらしい。だからこそ放っておいてもいいと思われてるのかも。この学校には学びに来たんだから、友達を優先するよりも自分の勉強欲を最優先にして何が悪いんだろう。 私のクラスは友達グループがびっちり出来上がっていて、ひとりぼっちの人って女の子は居なくて、だからこそいま浮いてしまっていて、クラス内の関係ない人には申し訳ない気持ちもあるし、自分自身が情けないし、必ず誰かと行動しないと行動できないクラスメイトも愚かだなって思う気持ちもある。このクラスにも問題があって、1年の最後に、クラスを替えてくれ、もしくは私だけでもいいから他のクラスにしてくれと先生に直談判したが、ダメだった。今になってもこのクラスは好きになれない。全て1人で勉強すればいいだけなら良かったのに、医療系なので複数人での実習は多い。正直クラスメイトに「え??」と思う時は多い。私が悪いのだろうか。どこを直せばいいのだろうか。 文化祭委員の担当教員が担任だったので相談したが、今になってメンバーから外すことはできないと言われた。細かな融通が全く効かない学校ではあるとはいろんなところからは感じてはいた。自殺未遂でもすれば動いてくれるだろうか。 文化祭委員は完全に3:1の状態。ストレスフル。2人とも私のことなんだと思ってるんだろ。君たちのせいで私は勉強できないのに。
私のメンタル面の体調の弱さも嫌になる。
心身の弱さをわかっているからこそ学校通えるようにいろんな面で他のストレスが減るように努力したり工夫したりしているのに、学校に通えないんじゃ何にも意味ない。
この①②との人間関係がストレスフルすぎる。どうしたらいいんだよ。こんなことで悩みたくないよ。
長年通っているかかりつけ医、学校のカウンセラー、担任、どれを頼ってもあまりうまくいかない。無料の相談窓口も探してみた、チャットで相談できるところに書いてるうちにわりとまとまったのでここにも投稿してみる。ちなみに相談窓口からはいまだに返信はない。
もし身近に、程度の大小はあれど、精神面に怪我を負ってる人がいるなら、優しくしてやってほしい。どう接したらいいのかわからない場合はいっそ本人に聞いてもいいと思う。して欲しくないことやそのラインはは人によって違う。完治してなくても、頑張って普通の人を装ってる私みたいな人も全然その辺にいるよ。
NT型なので私のどこがダメだったのか、なぜ距離を取ったのか、理由を一通り聞きたい。全部直すことは不可能だけど理解しておけば今後に活かせることは絶対ある。
反撃したすぎるけど全然反撃せずに静かにしてんの偉すぎる。昔よりも多少は成長したんかもしれん。いやわからんけど。
もっと細かく書けるところも沢山あるけどとりあえず。最近生活リズムも終わってて寝たら起きれないから今日はこのまま1限いくぜ〜〜夕方まで生きててくれよな。はぁ……マジ病ミ……
親戚の子です。
家でゲーム三昧なのを見かねた母親が、「あんた、絵が好きでしょう」という理由で、マンガ専門学校を勧めて入学。
「マンガ専門学校も退学するのでは」という親戚中の懸念をよそに、無事卒業する。
以後、働かずに、甘やかしてくれる祖父母の家にいる。
たまに、絵を描いている。
ものすごい描き込み量のベルセルクみたいな一枚絵を、何時間、何日もかけて描いている。
「漫画家志望者の9割は、マンガを完成させたことがないらしいよ」と言うと、当人いわく、専門学校の卒業制作でマンガを描いたらしい。
「黒歴史」と言うので、「ジャンルは何?学園ものとかSFとかギャグとか」と聞くと、絶句して固まってしまう。
見せてくれるはずがないので、「見せて」とも言ったことはない。
増田は、彼がいつも描いている人外のイラストを、何枚か集めてごまかしたのではないかと疑っている。
デジタルは、フリーズしたりするとわからないと言って、アナログ派のようだ。
トーンは、使わないと言っていた。
専門学校の卒業制作は、アナログで描いて、ペン入れはデジタルでしたそうだ。
専門学校としても、お金をかけて、トーンなど買い揃えたくないのだろう。
そうすると、彼は、アナログで、ペン入れをした経験がないことになる。
彼には、とっておきのネタがある。
両親は、いない。
ある日、初めて家の外に出ると、あたりは、一面の海だった。
お世話ロボットいわく、母は生きていて、海底で待っているという。
ここから、海を探検する、海洋ファンタジーアドベンチャーが始まる。
彼いわく、世の中のどこにもないストーリーで、描く人がいないから自分が描くのだそうだ。
ネタのオリジナリティはあるのかもしれないが、人の感動を生むのは、人と人とのドラマだと思う。
人物を登場させにくいと、人間ドラマを描く難易度が上がるのではないが。
彼は、このネタを、世界で唯一のジャンルと称しており、他のマンガ家に嫉妬することはないらしい。売れた新人も、「ジャンルが違うから関係ない」そうだ。
ほっておくと、30分でも1時間でも終わらない。
いわく「素人のマンガは読まない」そうだ。マンガを1作品も完成させたことがないが、ジャンプルーキー作者より、上のつもりのようだ。
いわく「簡単に連載できるマンガは読まない」そうだ。マンガを1作品も完成させたことがない(以下略)。
1月に、彼に、「今年デビューできる可能性はどれくらい?」と聞くと、控えめに言っておくかという様子で「10%」と答えたので、仰天した。
原稿用紙も買ってないし、1作品どころか、1コマも描いてないのに、どうやってデビューするつもりなのか。
漫画賞に応募しないのか、と聞くと、「編集者の主観で評価されるから嫌」とのことだった。
「編集者の主観」も何も、応募経験も、作品完成もしたことがないのに、何で今から編集者に不信感を持っているのか。
応募も持ち込みもしないで、どうやってデビューするつもりなのか。
最近は、Twitterでバズれば、出版の可能性もあるが、繰り返すが、マンガを1作品も完成させる様子がない。
彼いわく、マンガ家は、「大金がゲットできる」、「「青天井」の仕事だそうだ。
売れている人は、そうかもしれないが、彼がマンガで1円でも稼ぐ可能性は、ほぼゼロだろう。
彼に、「バイトでもしないのか」と聞くと、「働かなくていいうちは働かない」という。
「働かなくていい」というか、祖父母に生活費を払ってもらっているだけなのだが。
床屋も行かず、ひげもそらず、「描かないマンガ家」(えりちん)の、専門学校卒業後の主人公、器根田刃みたいな見た目に、本当になっている。
えりちん先生がイメージした、「自宅に閉じこもりマンガを描くと称して描かないマンガ家志望者」に、現実が追いついたかのようだ。
彼は、高校を中退したことからもわかるように、ドロップアウト耐性が非常に高い。
働きもせず、マンガもまともに描かない現状に、まったく危機感はないようだ。
30歳、40歳になっても、今とまったく同じことをしていても、驚かないと思う(祖父母が死んでいると思うが)。
自分の手元で育てているならともかく、自分の死にかけているような親のもとに、無職の息子をやっといて、これである。
お金を送ることもなければ、気にして連絡することもない。
おそらく、この母親の血を、彼は強く受け継いでいるだろう。
彼いわく「パパは俺に敬語を使う」そうだ。
「オメーは」などと呼ぶこともある。
明るい職場で公私が充実してます、という感じで女性職員らが会議したりランチしたりする写真を投稿する
@saibansho_saiyo
そんな声が聞こえてきます
https://pbs.twimg.com/media/GZPv5N0agAAumyL.jpg
https://pbs.twimg.com/media/GZPv-2xaIAAMhhr.jpg
https://pbs.twimg.com/media/GZ203mRWYAQJx9L.png
ペプシメン
@gggmoviebaka
裁判所の採用アピールアカウントがアピールしているのが女性のみの明るい表情の写真ばかりでこの明るい表情を支えて苦労しているのが男性と伺える闇が垣間見えるポスト。
ちなみにリプ欄は閉じてるので話を聞く気は無い模様。
子どもを連れ去られた別居親
@oyako_forturn
▶️ 「思ってたよりお休みが取りやすいよね」という裁判所は、どんなつもりでこんな優雅な写真を掲載するんだろう。
@KT24291611
@sinewave1kHz
ふざけるな
@6AMBZtRutYkiABf
#実子誘拐
@youtien_tyutai
休日に勉強もしないようなプロ意識のかけらもないような人に大事な司法を任せたくない
遊びたいならフリーターでもやってろよ
この人らは書記官とかだろ
書記官は採用率が女性の方が高く男女比率6:4ほどだが、「最近の司法がおかしい」と言うなら裁判官の男女比率が8:2なところにも注目してほしい
というのを考えたので駄文投下。
点数の公表は要らない。
点を公表すると、その点数だけで評価する有権者が出過ぎる懸念がある。
大学レベルの勉強が仮に満点で出来ても、それほど大きな意味はない。
足きりで良い。
ともかく、政治家に政治経済に関する最低限の知識と知能を保証しろ。
国民投票で信任を問うな。
国民は素人だ。ほとんどの人は、ほとんどの争点を知ったこっちゃない。
「良い人そうか」、「真面目そうか」くらいでしか素人は評価できない。
それよりも100兆を超える国家予算を適正に運用することの方がよほど重要だ。
例えば「今期、行ったこと」や「来期以降、やるべき課題」を閣僚や野党の党首等の重要な責任を担う議員が45~60分程度でプレゼンし、それを財界のトップ、学者、シンクタンクやメディア出身者などの専門家が批評して、どこか放送しろ。
合計2時間。毎週でも良い。
国営放送でもいい。
現状でも政治の討論番組は多いが、「プレゼン⇒指摘、批判、提案⇒それに対する返答、再批判」という形式はない。
討論はその場の思い付きの話ばかりで、話が発散する。
万が一にでも、うまくこの過程が熟すれば、
ができてくる。
そうでなくとも、プレゼン⇒批判⇒返答のプロセスはエンタメとしても政治的評価としても意味があるからやってみろ。
「更地にするにも金がかかるし」で放置されてる商店や空き家が増えすぎ。
商店街なんて、数件そういう空き商店が出始めたら、客足が遠のき、さらに空き商店が増加する。
この負のループによってシャッター商店街化してる場所が日本全国で多すぎる。
しかも、子育て世代が住みたいと思える駅前の土地が、そういう形態で放置されている。
商店に定額の税金をかけて、「やってない商店を物件として保持し続けるくらいなら、売却しよう」という動きを促せ。
それか補助金をだして、立ち退きを促せ。
また相続が不明になって、空き家として放置されている物件も多い。
今後も増えるだろう。
最近、ようやく相続登記の義務化があったが、刑罰が10万円以下の罰金となってるが、土地を公有地にしてもっと早急に競売にかけることまで制度化したほうがいい。
一般論として、土地の有効活用とか都市の再生計画をもっとマニフェストの前に押し出せ。
そろそろ手遅れだぞ。
その結果がこれだ。
むしろ、既に書いたような都市再生のための規制改革の方が大事だ。
「高校無償化」等、教育費ばかりが政治的争点になってるが、家も子づくりと重要な関係を持つ。
都市部だと、一部屋増やすと、家の価格が数千万上がることだってある。
「3人を上限に、子供一人当たり、住宅ローン0.5%減」くらいが当たり前にならないと、子供を持つ余裕なんてない。
わざわざ子供を作りたいと考えてる世帯のことを全力で支援しろ。
保育園もようやく待機児童がなくなってきたが、次の問題は小学校以降だ。
夏休み等の長期休暇はどうするんだ。
教員は反対するだろうが、託児所的な役割を担ってもらわないと社会が回らなくなっている。
長時間労働を理由に部活動を無くすのは構わんが、長期休暇中といえど平日は通常業務をしろ。
完全な過疎地域は諦めろ。
人口減少社会で過疎地域の地方創生が机上の空論というのは爺婆しかいない地方の人間が分かり切ってる。
もう手遅れだ。
都市圏の郊外のベッドタウンでさえ、上述のように、シャッター商店街問題が続出してる。
地方都市に関しては、長崎スタジアムシティだとか、北海道のエスコンフィールドみたいに、エンタメ+商業施設等で再生するのが昨今の成功事例か?
特にバスケやバレーで使うアリーナは、他のイベントにも使えるから上手く有効活用しろ。
どちらも今、成長産業だ。
芝がサッカー以外で使えない。
過疎地域で起きた大規模災害の被災地の復旧とか夢を見すぎるな。
現実的には、大規模な被災をしたら若い世帯はさっさと転居して、余計にその地域の過疎化は進む。
完全復旧なんて夢物語だ。
どうせ無理だから、被災していない近隣都市部の郊外に公営住宅を準備する方がコスパ良いだろ。
文句は出るだろうが、大規模な災害がある時点で不満が出るのは仕方ないと腹をくくった対応をしろ。
判断力が無い未成年者に投票権がないなら、判断力が低下してる超高齢者に投票権があるのもおかしいだろう。
とりあえず、穏便に100歳以上の投票権を撤廃から、徐々に切り下げていけ。
90歳や85歳くらいまで、引き下げられたら、上述の地方切り捨てをしても、選挙に影響もなくなるはず。
まあ、これを実施するのが実質不可能なのは分かり切ってるから、未成年の子供に投票権を付与するのが代替案だ。
そして、実質的に保護者世代がその投票を担えば、高齢者の影響を薄めることが出来る。
18歳ではなく、15歳、12歳と引き下げていけ。
85歳以上は更新停止だ。
そもそもそうやって、自分たちの良さを自覚できなかったから、例えばガラケーの市場を取れなかったのではないか。
上手くマーケティングすれば、日本の品質改善型・コストカット型ビジネスも世界に出れる余地はないのか。
受験の難問を解けるようになることに、若くて頭の良い人間が労力を割きすぎだ。
ある程度の成績が良い人間は、大学科目の勉強に進めるような形態に変化しろ。
ともかく、難問を解かせるよりも、さっさと受験勉強より上位の科学等に取り組ませろ。
かなり大きな教育改革となるが、受験勉強に割かれている若年層の多大な労力を、より生産的な努力に転換することは重要だ。
アメリカ型のエッセイ+共通テスト+成績でも良いかもしれない。
いまどき、文系でも統計、データサイエンスの知識は最低限必要。
そもそもだが、任意とか存在とか、必要条件と十分条件みたいな数学の基礎概念を理解してないと、論理的な会話は不可能。
日本で頭良いやつを育てられるような教育制度を作るより、頭良いやつを海外に送って教育してもらう方が安上がりかもしれん。
企業も、マイナー競技のスポンサーとかするよりも、ハーバードやスタンフォードに留学する学生を支援するスポンサーがあってもいいんじゃないか。
こんな感じだがどう思う?
本当に辛い。本当に辛いが、こういうよく分からないノウハウは記録してネットの海に流すしかない。これを読んだ誰かを助けることになるかもしれないから。
7月末、switchが故障した。久しぶりに取り出すと充電が切れており、充電してから起動したのだが……ニンテンドースイッチというロゴが表示されたまま動かない。通称ロゴフリーズと呼ばれる症状だ。
これにいかにして対応したか。そして結果どうして治ったか、記述していく。
冷や汗が出た。本体が壊れただけなら最悪買い換えれば金で解決する。しかし中にはポケモンのデータが入っているのだ。switchのセーブデータは全て本体に記録される。バックアップがニンテンドー公式のサポートでクラウドに保存されるのたが、何故か……本当にそうする道理が分からないのたが……ポケモンとどうぶつの森だけはバックアップされないのだ。
最新作スカーレットバイオレットには歴代の相棒ポケモンたちを連れてきている。20年前、初めてプレイしたポケモンで初めて仲間になったラグラージ……シンオウを、イッシュを、カロスを駆け抜けた友達がたくさんいるのだ。
彼らと別れることになる。それを想定して私はただ絶望していた。
まず当然ニンテンドーに配送した。これが8月中旬。大学のテストがあり手が離せなかったのだ。ひょっとしたら軽微な故障でデータは無事かもしれない……そういう期待は裏切られ、基板交換(12000円程度)する他ないと言われた。本体が欲しい訳では無い、データが欲しいのだ。そう返事をして本体は返して貰った。
流石だと思ったのは天下の任天堂。サポートセンターの問い合わせも真摯なものだったし、そればかりか同封したジョイコンのアナログスティックが無料で修理されて帰ってきた。本体は直せませんでしたが、スティックの不良は無料で対応させてもらいましたとのこと。郵送費は無駄に終わらなかったという慰めを貰いと客に寄り添う気持ちを見せてもらった。
さて次に民間の修理会社に頼むこととした。割高ても何でもデータが必要だったからだ。SNSなどで検索して大阪の業者に頼んだ。ここも事前の見積もりの段階から丁寧なやり取りだったが、何より郵送ではなく持ち込みでお願いしたいという面倒なリクエストに対応していただいた。
自分が大阪に住んでいるため、郵送よりも到着が早い&近辺に用事があったというのも事実だが、中々ゲームを公式ではなく民間の業者に任せるという経験がなかったため、実際どのような方に預けるのか……悪徳業者だったらどうしよう……という不安があり直接どんなところか見てみたかったからだ。そんな気持ちでお手数をおかけして申し訳なかった。
そして……結果はダメだった。基板は全て清掃したが治らず、おかしな部分もない。メンテナンスモードにも入れるし、内部のシステムの故障だろう。これ以上は当店では対応出来ない。そう言われswitchは帰ってきた。無料で。
技術で商売している人に仕事を頼んである程度の時間を費やして貰ったのに、無料で返されるとは思わなかった。疑って申し訳ないほど優良業者だった。大阪の方、全国の方、よい業者でしたよ、オススメです。
そして次にシステム面が直せる業者を探した。ちょっと遠い近畿の会社に依頼した。ここは6,7割の確率で治せますが、治せなくてもお金をいただきますと事前に確認された。こっちは藁にもすがる思いなので郵送した。
事前に聞いていた日数を過ぎても音沙汰がないので連絡を取ったところ、想定よりシステムがやられているのでもう少しだけお日にちをいただきたいとのことだった。そして待った……延長された期日を過ぎた翌日連絡が来た。やはりどうしても治らない。返送します、着払いで4000円程度とのことだった。
システム面は何をしてもらえたのか予想がつかないが、業者からしたら必要のない期日の延長までしたのだから、頑張ってくれたんだと思う。専門の知識がある人に頼んでやってもらったのだから4000円ぐらい取られて当然だろう。医者の診察は5分でもそこそこの値段がかかる。ありがとう近畿の会社。
辛い……辛すぎる……これはおそらくもう治らない……
こうして私は魔道に落ちることとした。
本体はロゴフリーズするたけで、起動はする。そしてメンテナンスモードにも入れる。中はまだ生きている。
本体の記憶容量にアクセスすればデータはサルベージできるのだ。
こうして本体改造という、自分の人生でやるとは思わなかった行為に手を染めていった。
古いswitchだったので、いわゆる未対策機というやつでメンテナンスモードに入るのはアマゾンでジグ(2000円くらい?)を買ってしまえば容易かった。ネットの海をさまよい……ノウハウを探し……switchに別のOSを入れ込むことに成功した。
しかし、そのOSからでもswitchは起動しなかった。原因不明のエラーが出続けた。俺の導入が悪いのか?それとも元々壊れたswitchだからか?疑問に答えてくれる人などいない。
ただ色々検索した結果、switch本体の記憶部分のバックアップを取ることに成功した。私は勝利したのだ……これが本当に出来ていれば。
そして私は判断に失敗することになる。このバックアップを別のswitch本体に入れればよかったのだ。入れれなければそれまでだと考えればよかったのだ、なのに。なのに。私は本体を初期化した。
システム面でのエラーだから初期化すれば本体が復活するかもと思ったのだ。そして復活したswitchに古いデータを入れれば今までどおり遊べると思ったのだ。
結果しなかった。そこにあるのはロゴフリーズはするわ、データも保存されていないわ……ただのジャンク品だった。
こうなっては仕方がない。メルカリで同じく未対策機の本体を探し12000円程度で購入した。この新しい機体にデータを移行しよう……
そして今晩、新しい本体を起動してひとまずポケモンのソフトをダウンロードしていた……その途中!本体更新が入った。
「あぁ本体更新か……」そこでハッと気づいた。switchはメンテナンスモードからでも本体更新が出来る……ただのジャンクとなったswitchも本体更新をすれば復活するのではないか……?
まぁそんな訳ないよな、そう思って古いswitchを手に取り……本体を更新した……
起動した。
平然と、起動した。
は?
switchは、京都の任天堂、大阪の会社、近畿の会社、改造をくぐり抜けてきたswitchは本体を更新しただけで復活したのだ。
おそらく、おそらくだが……6月の本体更新の際、その途中で充電が切れるなどしたのではないだろうか。そしてswitchは本体のシステムが最新の18.1.0だと記録される一方で、肝心の更新が途中で終わってしまい……壊れたのではないか。
だから新しく更新した際に、前回更新できなかった分もリカバーされて……治ったのではないか。
もし……もし……12000円をケチらず、さっさと新しいswitchを買って、古いswitchをそのまま残しておけば……今晩俺は復活したswitchでポケモンに会えた……
本体改造しようとか思わなければ……初期化もしてなかったのではないか……
というか……本体更新だけで直るって……そんな……そりゃないよ……大学生の長い夏休みは久しぶりにいっぱいswitchやろ〜とか思ってたのに一回もできなかったんだよ……?
まだバックアップしたデータが本当に機能するか、switchに戻すことが出来るのかは試していない。みんな、祈っていてくれ。愚かな俺がポケモンにまた会えるのかを。
大学受験は大失敗し、私立文系Fラン大学(9.5割推薦入学)へ入学した。
当たり前と思うかもしれない。抽象的だから刺さらないかもしれない。
しかしメンタルをやられると、合格=志望校の試験に受かるという結果であることを忘れてしまう。
増田の敗因を挙げるならば、
・指定校推薦を取って遊んでいる友達が羨ましかった(遊びへの我慢)
・模試でいい成績をとる友達と比べては病んでいた(いい成績の人に囲まれて辛い環境の我慢)
・毎日睡眠時間4時間半で勉強していた(睡眠欲に耐える我慢)(10/11追記:嘘っぽいのここか。マジで睡眠欲に耐えてただけなので肝心な勉強は集中できてないということ。通学1時間半かけてたから毎朝6時起きなのに寝るの大体1時半だった。)
というところだ。
1つでも多くの問題を解けるようになることが大切なのに、
履き違えていた。
・遊んでいる友達を羨むのではなく、問題集を1ページ進めてから息抜きする
・人と比べて病むのではなく、1問でも多く問題を解けるように模試を1問解く
・睡眠時間を減らして眠気に耐えるのではく、ある程度寝てから集中して単語5個を覚える
たまに我慢と努力の履き違えをしたまま病むだけ病んで受検失敗した子を数人見た。
遊べないのが辛いなら、遊ぶべきだと思う。
実際に高校の先輩で、二年まで定期テストクラスで下から数番目、夏休みまで部活していたものの、
夏休み明けからは、日曜の午後は一切勉強しないというルールだけを徹底し、某公立大学に合格した先輩もいる。
もう一度伝えるが、受験においては志望校の試験に受かるということがゴールだ。
(人生では受験や大学入学は通過点であるべきだけどね。辛い人は今は考えなくてもいいかも。)
増田が入学した大学は、推薦以外の0.5割は同じ受験失敗組だった。
そのなかの2人と友達になった。
2人がいたので、1年次は傷を舐め合いながら生きていくことができた。
2人は、1年次終わったら休学して地方国公立へ再受験すると言って大学で見なくなった。
連絡が疎遠になってしまったが、2人目は再受験したのかどうかすらわからない。
この前連絡がきたが、今何をしているかは聞けなかった。
その子が言っていた「上ばっか見てるのは辛いから、たまには下を見てああはなりたくないと思うことも必要だよ」という言葉はずっと覚えている。
増田は仮面浪人も編入もせずそのFラン大学を卒業した。意外と大学の授業が面白かったのと、もう二度と苦しい思いをしたくなかったからだ。
大学で割といい成績を取り、教授にもそこそこ気に入られてたため、卒業式の卒業生代表挨拶に選ばれるかもと噂があった。
結局私より成績が良い人が1人いて、その人が代表挨拶だった。同じゼミのAO入学の子だった。最後の最後までプライドをへし折られた。
別に失敗したっていい。
大学名は就活に影響あるけど、ある程度大学での行動でカバーできるし、
何回か就活の面接で話題に出したし、ウケが良かったこともある。
社会人で強靭なメンタルで仕事できているのでこの大学に入ってよかったと思う。
受験の失敗経験を活かし、早めから就活対策して大手メーカーへ運よく就職することができたが、社内の新人賞も後少しのところで落とした。
人生こんなもんですよ。