日本の「台湾への感謝」を自らの外交実績と宣伝する国民党は日台の敵
2012/03/29/Thu
■中国に夢中で対日外交に力入らぬ国民党政権
二〇〇八年の発足以来、ひたすら中国へと傾斜して行く台湾の馬英九・国民党政権。
中国の圧力で孤立を余儀なくされる国際社会において、生存空間を拡大しようと懸命だった李登輝政権、民進党政権時代の外交政策を放棄し、中国との関係を「改善」しようと「外交休兵」(外交努力の放棄とでも訳すべきか)なる政策を掲げ、各国との国交樹立や国連など国際機関への加盟を求めるのを停止してしまった(関係の「改善」といっても、脅し、嫌がらせを受ける側が一方的に抵抗を放棄したのだから、それは「降伏」だ)。
だから安全保障上強化が求められてきた対日外交にも力が入らない。
国民の反中感情(中国人意識)を高揚させようと尖閣問題で日本を挑発した以外には、日本時代に台湾南部で大規模なダムと灌漑用水を建設した八田與一氏の顕彰を行って反日イメージを払拭したり、中国傾斜政策を正当化する論文を日本の新聞、雑誌に投稿すると言ったレベルを出ていないと言ったら言い過ぎか。
少なくとも馬英九総統のブレーンと言われた馮寄台駐日代表(大使に相当)は、民進党時代の許世諧前駐日代表のような政界でのパイプ作りには成功していないようだ。
最近も台湾のメディアに「過去の台日関係は人間関係や人脈が過度に重視されてきたが、今では制度化された関係に変化している」などと、「人脈」こそ命とするべき外交官にはあるまじき発言が行っている。よほど人脈作りに失敗していると見える。
■自己宣伝カかー笑われている駐日大使の「新聞投書」作戦
馬英九総統は就任後、駐日代表の人選で十人の候補者に断られている。そして十一人目でようやく承諾を得られたのがこの馮寄台氏だから、所詮は十一番目のグレードでしかなかったということか。
許世諧氏は日台の長年の友情関係を語り、政治家から庶民まで、日本人の心をとらえるのに成功しているが、それは台湾人だからできたことかも知れない。在台中国人である馮代表氏に、それと同じことを求めても酷なのかも知れない。
そこでこの人物が精を出してきたのが、上記のごとき新聞、雑誌への投稿なのだ。それらは産経、朝日、読売、日経、産経など主だった新聞にしばしば掲載されている。
ただ内容はと言えば、国民党の対中政策でいかに対中関係を改善させたか、そしてそれに比べ、中国を反発させ続けてきた民進党政権はいかにダメな政権だったかといったものが多い。
そしてそれらが掲載されるや、そのコピーや中国語訳を得意げに方々に送りつけるのは、これで自分の日本での実績を誇示したつもりだろう、送りつけられた側の日本人や台湾人は笑っている。
産経に掲載された投稿は、日本人読者の前で台湾人を侮辱したと、本国で
も大問題に
新聞社の幹部を呼んで一席設け、掲載依頼をしたりするらしい。うまい飯を食わせ、まずい文章を載せてもらうわけだ。
もっとも日本国民は必ずしも台湾情勢に詳しいわけではない。こうしたいい加減な内容で全国のがミスリードされるとなれば、やはり日本に対する有害な背信行為を言わざるを得なくなる。
■不勉強か嘘つきかー毎日新聞掲載の馮寄台論文は事実に反す
三月二十二日に毎日新聞に掲載された馮寄台代表の最新作、「馬政権以降 深まる『台日』」も例外ではない。次のようなことを書いている。
―――1972年、日本は……台湾の「中華民国」と断交した。……過去40年間を振り返ると、……日本の政界、学界、経済界、さらにはマスコミまでもが台湾を敬遠した。一部のホテルや航空会社も台湾との取引を避けたほどだ。これらの状況はつい最近までほとんど改善されていなかった。だが、4年前から馬英九総統の「統一せず、独立せず、武力行使せず」の政策により両岸関係が和解し、台湾が国際社会のみならず日本との関係も徐々に、そして確実に改善してきた。
このように書いているのだが、少なくとも長年にわたり日台関係を眺めてきた我々から見れば、馬英九総統の就任以前に「これらの状況はつい最近までほとんど改善されていなかった」というのは作り話だとわかる。
たしかに日台断交後、日本の政界、学界、マスコミなどには、中共への配慮で台湾を敬遠、無視する傾向が際立ったのは事実である。しかし台湾で李登輝総統が国民党の独裁に終止符を打ち、それまでの中共への敵視姿勢を捨て、民主改革に乗り出した後は、それら日本各界の台湾との交流は深化、強化されたのである。
馮代表がそのことを知らないと言うなら不勉強すぎる。いくら李登輝氏が大嫌いだからと言っても、あの人物があってこそ、大勢の政治家、学者、マスコミ関係者を含む日本国民の台湾に対する理解、関心が飛躍的に高まったとの事実は認めるべきだ。
また馮代表が目の敵にする民進党の台湾化政策も、日本国民をして台湾という中国とは異なる独立した国家の実態を認識せしめるに大きな効果を発揮した。馮代表が投書で懸命に民進党を罵倒するのも、同党の日本における人気が国民党を遥かに上回っているからではないのか。
■日本人が知らないと思ってインチキ話を連発
それでは四年前に馬英九政権が発足したことで、いかに日台関係は改善されたと言うのか。馮寄台代表はこう書く。
―――過去4年間、台日間で「投資保障協定」「航空自由化協定」「ワーキングホリデー協定」などが相次いで締結された。毎年20万人を超える北海道行きの台湾観光客の便宜のため、当代表処の札幌分処を開設した。また〝日本の華〟といわれる宝塚歌劇団の台湾公演(13年4月)や、日本での台湾故宮博物院の文物展示(14年に予定)も、ようやく実現することになった。
「投資保証協定」「航空自由化協定」は日本の政財界が民間のニーズに応えるために推進したもので、馬政権が発足したために実現したものではない。
「投資保護協定」について馬総統は、ECFA(台中FTA)を締結した結果結ばれたとの自慢話を繰り返しているが、これについて安倍晋三元首相は「ECFAの締結とは無関係。日本政府の自主的思考に基づく日本自身の政策だ」と民進党の蔡英文主席に話している。
安倍政権が推進した「航空自由化協定」についても、馬政権が自らの功績として盛んに宣伝したため、中共から横槍が入り、調印が遅れたとの経緯がある。
なお「ワーキングホリデー協定」は、民進党時代に許世諧駐日代表が推し進めた結果、結ばれたものである。
それから宝塚歌劇団の台湾公演を特筆するが、そんなに画期的なことだったのか。すでに民進党政権時代には大相撲台湾場所(〇六年八月)が開催され、宝塚公演以上に注目を集めていたが。
日本国民は何も知らないと思って、ずいぶん好き勝手なことを書いてくれたものだ。
■日本への義損金集めを主導したのは馬英九総統か
さて、台湾の官民から多大な震災支援を受けた日本の一国民としては、次のようなことに触れるのには躊躇もあるのだが、しかし台湾国民の友情、名誉のためにも、きちんと指摘したいと思う。
馬英九総統は三月九日、訪台した海部俊樹元首相に対し、こう語った。
「三一一大地震(東日本大震災のこと)発生後、台湾の各界は日本に対して六十六億元もの義捐金を集め、日本からも与党民主党、野党自民党、そしてスポーツ選手など各界の人々、企業なども絶え間なく台湾へやって来て感謝を表明するなど、両国関係は歴史的ピークに達した」
今回の台湾からの被災地への大々的な救援の動きに日本国民が感動し、「両国関係は歴史的ピークに達した」というのは事実である。
それにしても馬総統は、よほど大勢の日本の名士たちから感謝の言葉を受けていると見えるが、もしや日本人に感謝の念を抱かせたことまで、馬政権の外交実績の一つと数えているのだろうかと、私はかねがね気になってきた。
どうもそれは事実ではないか。実際に馮寄台代表の投書からも、そうした意図が読み取れるのだ。
―――馬総統は常に対日関係を重視している。昨年3月の東日本大震災では、馬総統は積極的にチャリティー活動に参加し、台湾の全民衆に「日本へ支援の手を差し伸べよう」と呼びかけた。馬総統が08年に就任して以来、総統府で会見する外国人訪問客は4年連続で日本人が最多である。最近でも、現在の台日関係は過去40年で最高に友好関係にあると表明した。
これを読む限り、まるで「日本国民が感動したところの台湾国民からの義損金集めは、あたかも馬総統の主導で行われ、そしてその結果、日台関係は過去四十年の中で最も良好になった」かのような印象を受けてしまう。
しかしもしこれを台湾の人々が読めば、多くは「それは違う」と言うに違いない。
■馬政権の実態は戦後台湾史上最悪の「反日政権」
そこで昨年三月十一日の東日本大震災直後における台湾国内の状況を振り返ろう。
この悲報がこの国に伝わるや、誰に言われたわけでもなく、「日本の被災者を救え」は、まるで国民の合言葉のようになった。そして一週間後の十八日にはテレビ各局が共同で義損金を募るチャリティー番組を放送、日本円で二十億円超のお金を集めてくれた。馬英九総統も実際にそれに出演し、支援を呼びかけてくれたのだが、しかしそれで初めて台湾国民が立ち上がったわけではないと思うのだ。
馬英九総統がチャリティー番組で日本への支援を呼びかけたのは事実だが…
馬総統は震災発生の翌日、丸一日を掛けて地方への視察に出掛け、温泉にも浸かったため、野党からは「日本の民衆は津波で、総統は温泉か」などと散々非難を浴びている。もちろん馬総統にも言い分もあろうが、少なくとも当時すでに、台湾国民は馬総統の呼び掛けがあろうとなかろうと、自発的に日本救援で立ち上がっていたということだけは強調したいのである。
そして日本国民もまた、馬政権にだけでなく、二百億円を超える義損金の大部分を集めてくれた台湾国民にも感激し、感謝していることも書き記したい。
そしてさらには、「これほど日本に親切にしてくれる台湾の人々を、中国に売り渡すようなことだけはやめて」と、中国傾斜を加速させる馬総統には訴えたいのだ。
また、かつての尖閣騒動だけではなく、こうした対中宥和、従属政策を進め、日本の安全保障をも脅かす馬政権こそ、戦後台湾史上最悪の「反日政権」であると、馮寄台氏の投稿内容を鵜呑みにしてしまった日本国民に伝えたい。
「最悪」だからこそ馮寄台氏の日本とのパイプ作りは捗らないのだ。もちろん本人自身、やる気がないのかも知れない。
そしてそのような影の薄さだからこそ、三月十一日の日本政府主催の震災一周年追悼式で、同氏の代理として参列した駐日副代表は、外国使節が座る来賓席ではなく、企業関係者の一般席などに座らせられたのではないだろうか(もっともあの一件では、非は百%、日本の側にあるのだが)。
まるで我がことのように日本の被災者支援に乗り出した台湾国民と、それに心から感謝してやまない日本国民。この誠実な両国民の関係を増進するには、本来であればお互いに「真心」さえあれば十分であり、「嘘」など必要ではないはず。
そこで台湾政権だとして馬政権を信用し切ってしまう人に警告したい。「あれは台湾人政権ではなく、中国人政権だ」と。
日台両国民の真心を自分たちのために利用するなど、よほど両国民を軽視しているらしい。このように両国関係をいたずらに悪化させかねない馬政権には、私はとても感心することができないのである。
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中国の圧力で孤立を余儀なくされる国際社会において、生存空間を拡大しようと懸命だった李登輝政権、民進党政権時代の外交政策を放棄し、中国との関係を「改善」しようと「外交休兵」(外交努力の放棄とでも訳すべきか)なる政策を掲げ、各国との国交樹立や国連など国際機関への加盟を求めるのを停止してしまった(関係の「改善」といっても、脅し、嫌がらせを受ける側が一方的に抵抗を放棄したのだから、それは「降伏」だ)。
だから安全保障上強化が求められてきた対日外交にも力が入らない。
国民の反中感情(中国人意識)を高揚させようと尖閣問題で日本を挑発した以外には、日本時代に台湾南部で大規模なダムと灌漑用水を建設した八田與一氏の顕彰を行って反日イメージを払拭したり、中国傾斜政策を正当化する論文を日本の新聞、雑誌に投稿すると言ったレベルを出ていないと言ったら言い過ぎか。
少なくとも馬英九総統のブレーンと言われた馮寄台駐日代表(大使に相当)は、民進党時代の許世諧前駐日代表のような政界でのパイプ作りには成功していないようだ。
最近も台湾のメディアに「過去の台日関係は人間関係や人脈が過度に重視されてきたが、今では制度化された関係に変化している」などと、「人脈」こそ命とするべき外交官にはあるまじき発言が行っている。よほど人脈作りに失敗していると見える。
■自己宣伝カかー笑われている駐日大使の「新聞投書」作戦
馬英九総統は就任後、駐日代表の人選で十人の候補者に断られている。そして十一人目でようやく承諾を得られたのがこの馮寄台氏だから、所詮は十一番目のグレードでしかなかったということか。
許世諧氏は日台の長年の友情関係を語り、政治家から庶民まで、日本人の心をとらえるのに成功しているが、それは台湾人だからできたことかも知れない。在台中国人である馮代表氏に、それと同じことを求めても酷なのかも知れない。
そこでこの人物が精を出してきたのが、上記のごとき新聞、雑誌への投稿なのだ。それらは産経、朝日、読売、日経、産経など主だった新聞にしばしば掲載されている。
ただ内容はと言えば、国民党の対中政策でいかに対中関係を改善させたか、そしてそれに比べ、中国を反発させ続けてきた民進党政権はいかにダメな政権だったかといったものが多い。
そしてそれらが掲載されるや、そのコピーや中国語訳を得意げに方々に送りつけるのは、これで自分の日本での実績を誇示したつもりだろう、送りつけられた側の日本人や台湾人は笑っている。
産経に掲載された投稿は、日本人読者の前で台湾人を侮辱したと、本国で
も大問題に
新聞社の幹部を呼んで一席設け、掲載依頼をしたりするらしい。うまい飯を食わせ、まずい文章を載せてもらうわけだ。
もっとも日本国民は必ずしも台湾情勢に詳しいわけではない。こうしたいい加減な内容で全国のがミスリードされるとなれば、やはり日本に対する有害な背信行為を言わざるを得なくなる。
■不勉強か嘘つきかー毎日新聞掲載の馮寄台論文は事実に反す
三月二十二日に毎日新聞に掲載された馮寄台代表の最新作、「馬政権以降 深まる『台日』」も例外ではない。次のようなことを書いている。
―――1972年、日本は……台湾の「中華民国」と断交した。……過去40年間を振り返ると、……日本の政界、学界、経済界、さらにはマスコミまでもが台湾を敬遠した。一部のホテルや航空会社も台湾との取引を避けたほどだ。これらの状況はつい最近までほとんど改善されていなかった。だが、4年前から馬英九総統の「統一せず、独立せず、武力行使せず」の政策により両岸関係が和解し、台湾が国際社会のみならず日本との関係も徐々に、そして確実に改善してきた。
このように書いているのだが、少なくとも長年にわたり日台関係を眺めてきた我々から見れば、馬英九総統の就任以前に「これらの状況はつい最近までほとんど改善されていなかった」というのは作り話だとわかる。
たしかに日台断交後、日本の政界、学界、マスコミなどには、中共への配慮で台湾を敬遠、無視する傾向が際立ったのは事実である。しかし台湾で李登輝総統が国民党の独裁に終止符を打ち、それまでの中共への敵視姿勢を捨て、民主改革に乗り出した後は、それら日本各界の台湾との交流は深化、強化されたのである。
馮代表がそのことを知らないと言うなら不勉強すぎる。いくら李登輝氏が大嫌いだからと言っても、あの人物があってこそ、大勢の政治家、学者、マスコミ関係者を含む日本国民の台湾に対する理解、関心が飛躍的に高まったとの事実は認めるべきだ。
また馮代表が目の敵にする民進党の台湾化政策も、日本国民をして台湾という中国とは異なる独立した国家の実態を認識せしめるに大きな効果を発揮した。馮代表が投書で懸命に民進党を罵倒するのも、同党の日本における人気が国民党を遥かに上回っているからではないのか。
■日本人が知らないと思ってインチキ話を連発
それでは四年前に馬英九政権が発足したことで、いかに日台関係は改善されたと言うのか。馮寄台代表はこう書く。
―――過去4年間、台日間で「投資保障協定」「航空自由化協定」「ワーキングホリデー協定」などが相次いで締結された。毎年20万人を超える北海道行きの台湾観光客の便宜のため、当代表処の札幌分処を開設した。また〝日本の華〟といわれる宝塚歌劇団の台湾公演(13年4月)や、日本での台湾故宮博物院の文物展示(14年に予定)も、ようやく実現することになった。
「投資保証協定」「航空自由化協定」は日本の政財界が民間のニーズに応えるために推進したもので、馬政権が発足したために実現したものではない。
「投資保護協定」について馬総統は、ECFA(台中FTA)を締結した結果結ばれたとの自慢話を繰り返しているが、これについて安倍晋三元首相は「ECFAの締結とは無関係。日本政府の自主的思考に基づく日本自身の政策だ」と民進党の蔡英文主席に話している。
安倍政権が推進した「航空自由化協定」についても、馬政権が自らの功績として盛んに宣伝したため、中共から横槍が入り、調印が遅れたとの経緯がある。
なお「ワーキングホリデー協定」は、民進党時代に許世諧駐日代表が推し進めた結果、結ばれたものである。
それから宝塚歌劇団の台湾公演を特筆するが、そんなに画期的なことだったのか。すでに民進党政権時代には大相撲台湾場所(〇六年八月)が開催され、宝塚公演以上に注目を集めていたが。
日本国民は何も知らないと思って、ずいぶん好き勝手なことを書いてくれたものだ。
■日本への義損金集めを主導したのは馬英九総統か
さて、台湾の官民から多大な震災支援を受けた日本の一国民としては、次のようなことに触れるのには躊躇もあるのだが、しかし台湾国民の友情、名誉のためにも、きちんと指摘したいと思う。
馬英九総統は三月九日、訪台した海部俊樹元首相に対し、こう語った。
「三一一大地震(東日本大震災のこと)発生後、台湾の各界は日本に対して六十六億元もの義捐金を集め、日本からも与党民主党、野党自民党、そしてスポーツ選手など各界の人々、企業なども絶え間なく台湾へやって来て感謝を表明するなど、両国関係は歴史的ピークに達した」
今回の台湾からの被災地への大々的な救援の動きに日本国民が感動し、「両国関係は歴史的ピークに達した」というのは事実である。
それにしても馬総統は、よほど大勢の日本の名士たちから感謝の言葉を受けていると見えるが、もしや日本人に感謝の念を抱かせたことまで、馬政権の外交実績の一つと数えているのだろうかと、私はかねがね気になってきた。
どうもそれは事実ではないか。実際に馮寄台代表の投書からも、そうした意図が読み取れるのだ。
―――馬総統は常に対日関係を重視している。昨年3月の東日本大震災では、馬総統は積極的にチャリティー活動に参加し、台湾の全民衆に「日本へ支援の手を差し伸べよう」と呼びかけた。馬総統が08年に就任して以来、総統府で会見する外国人訪問客は4年連続で日本人が最多である。最近でも、現在の台日関係は過去40年で最高に友好関係にあると表明した。
これを読む限り、まるで「日本国民が感動したところの台湾国民からの義損金集めは、あたかも馬総統の主導で行われ、そしてその結果、日台関係は過去四十年の中で最も良好になった」かのような印象を受けてしまう。
しかしもしこれを台湾の人々が読めば、多くは「それは違う」と言うに違いない。
■馬政権の実態は戦後台湾史上最悪の「反日政権」
そこで昨年三月十一日の東日本大震災直後における台湾国内の状況を振り返ろう。
この悲報がこの国に伝わるや、誰に言われたわけでもなく、「日本の被災者を救え」は、まるで国民の合言葉のようになった。そして一週間後の十八日にはテレビ各局が共同で義損金を募るチャリティー番組を放送、日本円で二十億円超のお金を集めてくれた。馬英九総統も実際にそれに出演し、支援を呼びかけてくれたのだが、しかしそれで初めて台湾国民が立ち上がったわけではないと思うのだ。
馬英九総統がチャリティー番組で日本への支援を呼びかけたのは事実だが…
馬総統は震災発生の翌日、丸一日を掛けて地方への視察に出掛け、温泉にも浸かったため、野党からは「日本の民衆は津波で、総統は温泉か」などと散々非難を浴びている。もちろん馬総統にも言い分もあろうが、少なくとも当時すでに、台湾国民は馬総統の呼び掛けがあろうとなかろうと、自発的に日本救援で立ち上がっていたということだけは強調したいのである。
そして日本国民もまた、馬政権にだけでなく、二百億円を超える義損金の大部分を集めてくれた台湾国民にも感激し、感謝していることも書き記したい。
そしてさらには、「これほど日本に親切にしてくれる台湾の人々を、中国に売り渡すようなことだけはやめて」と、中国傾斜を加速させる馬総統には訴えたいのだ。
また、かつての尖閣騒動だけではなく、こうした対中宥和、従属政策を進め、日本の安全保障をも脅かす馬政権こそ、戦後台湾史上最悪の「反日政権」であると、馮寄台氏の投稿内容を鵜呑みにしてしまった日本国民に伝えたい。
「最悪」だからこそ馮寄台氏の日本とのパイプ作りは捗らないのだ。もちろん本人自身、やる気がないのかも知れない。
そしてそのような影の薄さだからこそ、三月十一日の日本政府主催の震災一周年追悼式で、同氏の代理として参列した駐日副代表は、外国使節が座る来賓席ではなく、企業関係者の一般席などに座らせられたのではないだろうか(もっともあの一件では、非は百%、日本の側にあるのだが)。
まるで我がことのように日本の被災者支援に乗り出した台湾国民と、それに心から感謝してやまない日本国民。この誠実な両国民の関係を増進するには、本来であればお互いに「真心」さえあれば十分であり、「嘘」など必要ではないはず。
そこで台湾政権だとして馬政権を信用し切ってしまう人に警告したい。「あれは台湾人政権ではなく、中国人政権だ」と。
日台両国民の真心を自分たちのために利用するなど、よほど両国民を軽視しているらしい。このように両国関係をいたずらに悪化させかねない馬政権には、私はとても感心することができないのである。
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