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はてなキーワード: 証左とは

2026-01-18

衆議院選挙

それにしても、あまりマスコミは報じていないけど、前の選挙公明党石井代表落選したのは今回の公明党離脱関係ないのだろうか?

はた目には、自民党ちゃん運動していなかったので落ちたように見えたので、公明党からすると、”裏切り”と感じたと思うのだが。

要は石破さんへの非協力の選挙だった証左ではないのだろうか。

まあ今回の選挙マスコミ裏金といっているけど、もっといえば旧統一協会議員大復活選挙なのだと思うので、創価学会も頑張ると思うので、どうでしょうか。

2026-01-17

anond:20260116092044

本当に借りているのは勿論訴求力あるんだけども、あの額の借金というか融資が通るということは返済能力があることの証左で、国民民主自体が急に潰れるような政党ではないと評価できるので、数字インパクトに対して傷はそんな深くないと読んだ

2026-01-16

anond:20260115234420

プライド高いんだろうけど

恋愛から降りたとか長々書いてること自体が、無関心ではないことの証左なんだよな

本当に何とも思ってない人は、降りたって発想自体ない

中道改革連合、いい感じじゃね?

右翼から左翼からも叩かれてる。

これは中道であることの証左でもある。

防衛力を高めながら個人自由も認めるという点でなかなかいい線行ってると思う。

バカってバレるぐらいのぬるい偽造しかできてないってことわかんないんだなw

ついでに今までの紙のやつがバレないぐらい偽造が容易だったって証左でもあるけど

マイナ反対の無能ってほんと頭空っぽなんだな

2026-01-01

コミュニケーションルールとして、まったく何も持っていない(と感じる)人間に対してリスク(主に罪悪感や悪評など)が発生しないならまったく何も尊重しなくてもいいという定石が存在していて、これは既得権が作った証左だなと感じる

2025-12-29

anond:20251229132832

試されてないだけじゃん

底辺労働してる奴が簡単転職引っ越し出来るわけない

バラモン左翼いか差別主義者なのかの証左やな

2025-12-27

なぜフェミやパヨはどいつもこいつも不快クリエイターなのか

あいつらのコミュニティでは「こんな不快つけましたぁ!!」とアピれば国家権力を叩くネタになるのでみんなが褒めてくれるから

一般人からみれば「またあいつらダダこねてるよ…」でしかないんだけどな

あの不快アピールはそういう閉鎖的なコミュニティエコチェン真っ只中にいる何よりの証左

2025-12-26

VTuber業界ユニコーン角折りについて

VTuber業界における「ガチ恋営業」の転換と法的・経営環境の変化に関する包括的調査報告書

バーチャルエンターテインメント市場におけるパラダイムシフト定義概観

バーチャルライバーVTuber業界において、ファンタレントの間に擬似恋愛感情を抱かせることで収益を最大化する「ガチ恋営業からの脱却、および「ユニコーン角折り」と呼ばれる現象が顕著となっている。

この用語は、タレントが異性との交際経験がない、あるいは清廉潔白であるという幻想ユニコーン伝説に準えたもの)を抱く熱狂的なファン層に対し、タレント側が結婚交際、あるいは私生活実態公表することでその幻想を打破する行為を指す。

この転換は、単なるマーケティング戦略の変更にとどまらず、2024年から2025年にかけて施行される複数法改正や、企業としての統治ガバナンス)強化、さらにはタレント労働者としての権利保護といった多層的な要因に根ざしている。

かつてのアイドル的清廉性を収益の源泉とするビジネスモデルは、タレントの持続可能活動環境の構築という観点から歴史的な転換期を迎えている。

改正風俗営業法と「色恋営業」への社会的規制の波及VTuber企業が「ガチ恋営業」を抑制し始めた最大の法的背景の一つとして、2025年6月28日から大部分が施行される「改正風俗営業等に関する法律風営適正化法)」の存在が挙げられる 1。

この法改正は、直接的にはホストクラブ等の接待飲食営業における過剰な売掛金問題や悪質な営業手法を標的としているが、その核心に含まれる「色恋営業」の禁止という概念は、インターネット配信業におけるギフティング投げ銭ビジネスにも大きな示唆を与えている。

警察庁が発出した通達では、ランキングの強調や肩書き付与

さらには「○○を推せ」「○○に溺れろ」「億男」といった表現が、広告および宣伝規制違反となる可能性が示されている 1。

VTuber配信活動は現時点で風営法の直接的な適用対象ではないものの、特定タレントに対して多額の金銭を投じさせる心理的誘導

社会的倫理的観点から「色恋営業」と類似依存構造を有していると見なされ始めている。企業側は、将来的な規制の網がインターネット配信業にも拡大するリスクを予見し、先回りする形で過度な擬似恋愛的な演出を自制し、より健全ファンコミュニティの構築へと舵を切っている。

規制項目改正風営法方向性VTuber業界への影響・予測禁止行為

いわゆる「色恋営業」の禁止擬似恋愛を煽る配信スタイル抑制広告宣伝依存心を煽るフレーズ規制(「○○に溺れろ」等)

スパチャや投げ銭を過度に催促する表現自粛社会的要請消費者保護依存対策の強化

上場企業としてのレピュテーションリスク回避公正取引委員会タレント契約における「恋愛禁止条項」の法的有効

VTuber業界における「ユニコーン角折り」を促進しているもう一つの重要な要因は、公正取引委員会による実演家(タレント)の権利保護指針の明確化である

2024年6月改訂された「新しい資本主義グランドデザイン及び実行計画」に基づき、実演家と事務所との間の契約適正化が進められている 2。

従来、日本芸能界アイドル文化においては、契約書に「恋愛禁止」を明文化することが一般的であった。

しかし、近年の法的解釈および公正取引委員会の指針では、タレント私生活における基本的自由を過度に制限する条項は、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」や、

労働基準法上の「労働者性」との兼ね合いで公序良俗に反し、無効とされるリスクが高まっている 4。

特にタレントが「労働者」と認定される場合指揮命令下にある時間外の私的交際制限することは極めて困難である 6。

企業側は、恋愛禁止を強いることが法的に不可能であることを認識し、むしろ恋愛自由であるが、それが活動に支障をきたしたり、

ブランドイメージを著しく損なう場合には自己責任として対処する」という「管理」のフェーズへと移行している 7。

この態度の変化が、タレントによる結婚交際公表企業容認、あるいは推奨する背景となっている。

改正ストーカー規制法物理的・精神的なタレント保護ガチ恋営業」は、ファンによる過度な独占欲や執着を招き、

それがストーカー行為へと変質するリスクを常に孕んでいる。ANYCOLOR株式会社公表した実績によれば、所属ライバーに対するつきまとい行為殺害予告

位置情報特定といった深刻な事案が継続的に発生しており、2024年度の対応件数は124件に及んでいる 9。

特に2025年12月に完全施行される改正ストーカー規制法では、位置情報取得の厳罰化が図られている。

相手の承諾なく紛失防止タグ(AirTag等)を用いて位置情報を取得する行為や、相手所在地監視する行為が新たに規制対象となった 10

過去にはVTuberグループ「あおぎり高校」のメンバー宛のプレゼントGPS発信器が隠匿されるという事件も発生しており、

企業プレゼントの受付停止や警戒態勢の強化といった物理的な対策を講じている 11

ユニコーン角折り」は、このような物理的な危険からタレントを守るための「防衛策」としての側面を持つ。

擬似恋愛感情意図的に冷却させることで、過激な執着を持つファンコミュニティから排除し、健全距離感を保つファン層へと入れ替える戦略である

これはタレントの身の安全を守るだけでなく、企業としての安全配慮義務を果たすための経営判断でもある。

企業VTuberにおける結婚出産発表の増加とその社会的受容近年の業界における象徴的な変化として、

企業所属女性VTuber結婚出産公表し、活動継続する事例が増加していることが挙げられる。

2024年11月、ななしいんく所属の花奏かのん氏が結婚出産公表した事例は、その代表的ものである 13。

運営会社であるななしいんくは、タレントプライベートにおける重大事項を肯定的に受け入れ、公表許可を与えた。

この対応は、タレント人生の岐路において企業背中を押す姿勢として、業界全体にポジティブメッセージを発信した 13。

一方で、不透明な形での交際発覚が炎上に至るケースも依然として存在する。

まふまふ氏とみけねこ氏(旧・潤羽るしあ)の結婚離婚を巡る騒動は、プライベートトラブルが法的な係争企業取引の中止にまで発展した典型である 14。

このような騒動は、企業にとって多大な損失を招くため、むしろ「透明性を持って事前に公表し、健全応援を求める」方が、ビジネスリスクを最小化できるという認識が広まっている 7。

事例発表内容運営対応結果・評価花奏かのん(ななしいんく)結婚出産公表柔軟かつ肯定的公表許可業界全体での称賛と活動継続

13みけねこ個人/元企業結婚離婚騒動コラボ延期・法的対応深刻な炎上訴訟問題への発展

14湖南みあ(ななしいんく)卒業撤回活動継続柔軟なキャリアパス容認多様な活動形態モデルケース

13フリーランス保護新法とVTuber契約形態の変化2024年11から施行された「特定受託事業者に係る取引適正化等に関する法律フリーランス事業者取引適正化等法)」、

通称フリーランス新法も、VTuber企業の関わり方に変化をもたらしている。

多くのVTuber個人事業主として企業業務委託契約を締結しているが、新法では発注者である企業に対し、書面による条件明示や、不当な拘束の禁止義務付けている 7。

この流れの中で、企業タレントに対して「恋愛禁止」という形で私生活を不当に拘束することは、新法の精神に照らしても適切ではないと判断されるようになっている。

タレント自身ライフイベント結婚出産育児等)を理由活動形態を変更したり、一時的に休止したりすることを尊重しなければ、企業は法的・社会的批判さらされる可能性がある 4。

したがって、企業は「ガチ恋営業」を前提とした縛り付けを放棄し、より柔軟な契約関係への移行を余儀なくされている。

持続可能活動支援メンタルケアの重視VTuber企業特にANYCOLORやカバーのような上場企業にとって、

タレントの心身の健康を保つことは、ESG(環境社会ガバナンス投資観点からも極めて重要な項目となっている。ANYCOLORは「サステナビリティ(持続可能性)」の重要課題として、所属ライバー活動支援健全ファンコミュニティの維持を掲げている 15。

ガチ恋営業」による収益は爆発力がある一方で、タレントに対する精神的な負荷が極めて高い。誹謗中傷や「荒らし行為さらにはSNSでのインプレッション目的とした攻撃的な投稿は、タレントの休止や引退の主要な要因となっている 16。

企業は、メンタルケアカウンセリング費用補助、さらには法的手段を用いた誹謗中傷の徹底的な封じ込め(情報開示請求損害賠償請求)を実施することで、タレント長期間安心して活動できる環境を整備している 9。

支援施策内容目的メンタルケアカウンセリング受診支援マネージャーによる定期面談精神健康の維持と活動の長期化

15法的対応誹謗中傷ストーカー行為への訴訟特定投稿者の特定外部から攻撃に対するタレント保護

9コンプライアンス研修著作権労働法SNSリスク管理教育トラブルの未然防止とプロ意識の醸成

15コミュニティ管理と「角折り」後のファン層の再構築「ガチ恋営業」をやめ、私生活の一部を公開することは、短期的には熱狂的なファン特に多額の投げ銭を行う層)の離反を招くリスクがある。

しかし、企業側は「ライトリスナー」を増やし、収益構造多角化することでこのリスク分散させている。VTuberが休止後に復帰する場合ライトリスナーは5〜10%程度の減少で済むが、長期化すれば大幅な減少を招く 18。

そのため、企業は大型企画や新衣装話題性の高いイベントを通じて、既存の「ガチ恋勢」に依存しない広範な視聴者層へのリーチを試みている 18。

また、二次創作ガイドライン応援広告規程の策定により、ファン活動ルール明確化し、健全コミュニティの育成を図っている 15。

これにより、ファンを単なる「擬似恋人」ではなく、クリエイティブ活動を支える「サポーター」へと変質させる狙いがある。

今後の展望戦略提言VTuber業界における「ガチ恋営業」の終焉と「ユニコーン角折り」の加速は、業界アングラネット文化から社会的責任を伴う成熟したエンターテインメント産業へと進化した証左である

2025年に向けて施行される改正風営法改正ストーカー規制法、そして公正取引委員会の指針は、いずれも「人間としてのタレント」の尊重を求めている。企業が取るべき戦略は、以下の三点に集約される。

第一に、法改正を遵守するだけでなく、その背後にある「消費者保護」と「タレント基本的人権」という精神経営理念に組み込むこと。

第二に、特定ファンからの過剰な金銭依存に頼る収益モデルを脱却し、マーチャンダイジングイベントメディア展開といった多様な収益源を確保すること。

第三に、タレント自身私生活活動を両立できる柔軟なキャリアパス結婚後の活動継続運営スタッフへの転身等)を制度化し、業界全体の持続可能性を高めることである

結論として、最近の「ユニコーン角折り」の増加は、決して一過性流行ではなく、法的規制の強化とタレント保護必要性に裏打ちされた必然的な変化である

この変化を受け入れ、健全距離感を持つファンコミュニティを育成することこそが、今後のバーチャルエンターテインメント市場において真の競争優位性を構築する唯一の道であると言える。

2025-12-24

フリマアプリ会社で働いていた」への違和感

https://anond.hatelabo.jp/20251221114355

話題になっていた「フリマアプリ会社で働いていた」という退職エントリーを読んだ。世間では「心が洗われた」「よく言った!」などと絶賛の嵐だ。

まず最初に断っておきたい。

私は、とある企業経営レイヤーに属する人間だ。

件の会社とは一切関係がないし、正直あの会社がどうなろうと知ったことではない。

だが、あのエントリが「美談」として消費されている現状には、実務家として看過できない猛烈な違和感がある。

おそらく、組織利益や存続を左右する重い舵取りを任された経験がある人間ならば、あの文章を読んで抱く感想は「感動」などではないはずだ。

もっと乾いた、「呆れ」に近い感情だ。

「ああ、ビジネスパーソンとして必要OSが、根本からインストールされていないな」

致命的に何かが欠落している人間が、それを「正義」だと信じ込んで語っている姿に対する、埋めようのない断絶と脱力感。PLの重みを知る人間なら、誰しもがこの「やるせなさ」を感じたのではないか

もちろん、これがバズった背景は理解できる。あれは彼への純粋な称賛というより、例の企業に対する「積年のヘイト」が噴出した結果だ。彼を「巨悪を刺した勇者」に仕立て上げれば、みんな気持ちよく会社を叩けるからだ。

だが、だとしてもだ。

彼がやったことは、冷静に見れば明白な「背信行為」であり、ビジネスパーソンとして「ありえない」振る舞いの連続だ。

それなのに、「美談」というオブラートに包まれて、組織人としての背信行為正当化されてしまっている現状には、多くの実務家が口には出さずともモヤモヤしているはずだ。

誰も斬り込まないなら、私が沈黙している彼らの代弁者として、その「美談」の裏側を解剖しておきたい。

前提

まず前提として、度を超えた転売行為偽ブランド品の流通が「社会悪であるという点については、私も彼と認識を共にしている。おそらく、批判されている経営陣とて同じだろう。誰だって犯罪迷惑行為放置したいわけがない。 だが、ここからが決定的に違う。「それが社会悪である」ということと、「企業としてリソースを投下して今すぐ撲滅すべき最優先課題であるか」ということは、全く別のレイヤーの話だ。

変数vs多変数

その前提のもと、増田思考は、驚くほど「単変数」的だ。その思考の単純さが、最も端的に露呈しているのがこの一節だ。

あの当時の自分は、CS部門現場人間としてマスク転売に反対していました。理由は述べるまでもなく、「困っている人がいるのに転売おかしい!」というものです。

この一文を読んだ瞬間、私は頭を抱えたくなった。 ここには「自分主観的感情世界絶対的正義」という、極めて独善的な前提しかない。 自分が見ている景色自分が感じている感情。それだけが唯一の判断軸であり、それ以外の視点存在する可能性を1ミリ想像できていない。

もし私が彼の上司で、部下からこんなことを言われたら、その瞬間に絶望する自信がある。「ああ、この人をマネジメントするのは無理だ」とサジを投げるだろう。 なぜなら、彼は「対話」ができないからだ。自分感情が「述べるまでもない正義である以上、それに異を唱える経営判断はすべて「悪」になる。 こんなマネジメントコストの高い人材を抱え込むなんて、考えただけで胃が痛くなる。

彼が単変数問題を声高に叫ぶ傍らで、経営陣やマネジメント層は、無数の変数が複雑に絡み合う高次の方程式を解いている。そこには「倫理」という変数以外にも、法的リスク、数千万人のユーザー自由監視コスト株主への責任従業員給与原資、将来への投資、そして競合とのパワーバランスといった、相反する要素がひしめき合っている。 転売問題などのレピュテーションリスクについても、経営陣が気づいていないわけがない。リスク看過できないレベルに達したその瞬間に、リソースを一気に投下すればいいと計算し、あえて今は「静観」というカードを切っているに過ぎないと私は想像する。

その舵取りへの想像力を働かせることもなく、彼は「倫理観がない」と切り捨てた。30代のいい大人が書いたとは信じがたいほど拙い文章であり、知的な怠慢だ。

組織の内情を暴露する背信行為について

そして、私が最も問題視しているのは、彼が平然とやってのけた「背信行為」の暴力性だ。

彼は退職後、組織の内情を、誰が見てもその会社だとわかる形で暴露した(わざとかどうかはわからないが、社名まで公開していた)。さらに恐ろしいのは、彼がこの行為を「正義」だと信じていそうな点だ。自分の放った言葉が、かつての同僚や株主ステークホルダーにどのような損害を与えるかという「結果への想像力」が、彼には絶望的に欠けている。

メタ認知能力の欠如と「被害者」という立場への安住

さらに致命的なのは、その破壊的な衝動がどこから湧いてきているのかを俯瞰する「メタ認知能力」の欠如だ。

私の見立てでは、彼の動機心理学でいう「認知的不協和の解消」に過ぎない。

構造はこうだ。

彼は自身エントリーで、赤裸々にこう認めている。

「実際、偏差値50もない大学出身で、第二新卒で、何もできなかった自分が成長できた」

「正直、給料は軽く百万以上は下がりました」

これは極めて重要自白だ。

まり、彼はあの会社に「経歴の箔付け」をしてもらっただけでなく、自身本来市場価値よりも100万円以上も高い値付けで雇ってもらっていたことになる。

その「差額」はどこからまれたのか?

それこそが、彼が軽蔑する経営陣が、綺麗事だけでは済まない資本主義の荒波を冷徹に舵取りし、会社という箱を必死に守り抜いてきた結果得られた「果実」だ。

彼はその果実を長年貪り食ってきた。会社という防波堤の中で守られながら。

しかし一方で、彼は「自分清廉潔白で、人のために尽くす善人だ」という自己認識を捨てきれない。「汚い会社で身の丈以上の利益享受している自分」と「正義の味方である自分」。この矛盾する二つの事実は、強烈な不快感を生む。

この不協和を解消するために、彼にはどうしても「物語」が必要だったのだろう。

自分は金のためにそこにいたのではない。極悪非道組織に囚われていただけで、心までは売っていなかった被害者なのだ」という物語が。

会社を「絶対悪」として断罪すればするほど、そこで恩恵を受け続けていた自分過去正当化できる。彼のエントリーに見られる攻撃性は、高尚な倫理から来るものではない。自分の中にある不快感を解消したいという、独善的防衛本能に抗えなかっただけだ。

自分の受け取っていた対価が誰の泥臭い努力の上に成り立っていたのか。その想像力すらなく、去り際に後ろ足で泥をかける。

そんな人間は、ビジネスパーソンとして失格だ。

読み取った某組織メッセージ

そして、私はこの退職エントリを読んで、経営陣の「強烈な意志」を感じ取った。それは、「黎明期から居座る、今のフェーズに合わなくなった人材市場放出したい」という意図だ。

想像するに、例の会社にはまだ、彼のような人材が大量に残っているのではないか創業期や拡大期に入社し、運良くストックオプションや高待遇を得たものの、能力会社の成長スピードに追いつかなくなった「古参既得権益層」だ。

企業は、待遇が良いことで有名だ。外に出れば年収が下がることがわかっているから、彼らは会社にしがみつく。組織寄生し、甘い汁を吸いながら、口だけは「昔はよかった」「倫理観が」と文句を垂れ流す。 経営陣にとって、こうした「寄生する古参」の満足度を上げることは、組織を緩やかな死に向かわせる自殺行為に等しい。

からこそ、経営陣は今、あえて彼らが居心地の悪くなるような施策を打っているのではないだろうか。 それは短期的には従業員満足度を下げるだろう。だが、それは「代謝」のために必要な痛みだ。

不満を抱き、文句を言うだけの存在に「自分から出て行ってもらう」ための、組織マネジメントの一環。そう考えると、この退職エントリは、経営陣の描いたシナリオ通りにことが進んでいることの証左に見えてくる。 一時的な痛みに耐えてでも、組織を次のステージへ強引に引き上げようとするその胆力には、同情を超えて敬礼したい気持ちにすらなった。

さらに読み取った、「翻訳レイヤーの不在」という組織課題

この退職エントリーを読んで、私がもう一つ強く感じたのは、例の組織における「翻訳機能の欠落」だ。

先ほど述べたように、経営者が解いているのは、無数の変数が絡み合う「多変数関数」だ。

株主利益、法的リスク、競合優位性、キャッシュフロー、そして従業員士気。これら全てのバランスを取りながら、組織全体として最もパフォーマンスが出るポイント全体最適)を探し続けている。

一方で、現場が見ているのは「目の前の業務」という極めて限定された変数だ。増田のようなCSであれば、「ユーザー感情」や「倫理的な正しさ」が変数のほぼ全てを占める。彼らが解いているのは、部分最適関数だ。

ここで不幸なすれ違いが起きる。

全体最適」のために導き出された解は、「部分最適」の視点から見ると、往々にして「意味不明愚策」や「冷酷な切り捨て」に見えるからだ。

例えば、「将来の法的リスク回避し、サービス全体を存続させる(全体最適)」ために、「今の不正ユーザーの一部を泳がせて証拠を固める(部分的には悪)」という判断を下すとする。

だが、その意図を知らない現場からすれば、それは単なる「悪の放置」にしか映らない。

からこそ、健全組織には「翻訳者」が必要になる。

それが中間管理職本来役割だ。

経営層が弾き出した「冷徹論理的な解」を、そのまま現場に流せばショートするのは当たり前だ。だからマネージャーは、その決定背景にある「なぜ」を噛み砕き、時には現場の不満をガス抜きし、彼らが納得できる「物語」に変換して伝える。

この「説明コスト」と「感情ケア」こそが、組織繋ぎ止める接着剤なのだ

しかし、増田エントリーからは、その形跡が一切感じられない。

そこにあるのは、経営層のドライ意思決定が、なんの緩衝材もなく、剥き出しの高圧電流のまま現場に直撃している光景だ。

翻訳」不在のまま、資本論理を叩きつけられれば、純粋現場社員が「この会社は人の心がない」と錯乱するのも無理はない。

彼が怪物に見えた「経営者」は、実はただ淡々全体最適計算をしていただけかもしれない。

だが、その計算式を翻訳し、現場言語で語れる人間組織から消え失せていた(あるいは機能していなかった)。

この「中間レイヤー空洞化」こそが、彼を孤独義憤へと駆り立て、最終的に「背信行為」という暴発を引き起こし構造的な真因ではないだろうかと私は想像する。

(もしくは、説明しても話が通じないので出て行ってもらうためにあえて放置してる可能性もある。)

フォロー

一応、彼へのフォローもしておく。もちろん、彼個人全否定するつもりはない。 CSという職種性質上、高い「共感性」は必須スキルだ。目の前の顧客の痛みに寄り添えなければ、CSとしての機能は果たせない。 だから、彼らが解く方程式において「ユーザーの痛み」という変数の重み付けが、他の変数よりも極端に大きくなってしまうのは、避けられないことでもある。それが彼らの「才能」だからだ。その「痛みへの感度」があるからこそ、救われたユーザーもいただろうし、彼は優秀な現場担当者だったのかもしれない。それは想像に難くない。

だが、経営判断自身感情逆撫でするものからといって、会社という公器を危険晒す行為は、経営を預かる身として到底容認できない。それとこれとは全く話が別だ。

経営者が抱える「純粋さ」への嫉妬感情について

最後に、私自身の「メタ認知」も記して、この乱文を締めくくりたい。

ここまで増田をこき下ろしてきたが、彼が持っている「純粋気持ち」そのもの否定するつもりはない。顧客のために涙を流せる感受性は、人間として美しいものだ。それは認める。

ただ、正直に告白しよう。私がなぜここまで感情的になり、彼を断罪するような文章を書いたのか。 それはきっと、私自身が経営に携わり、会社という「器」を守るために、その「純粋さ」を犠牲にし、切り捨ててきたからだ。 彼の持つ、曇りのない眼差し顧客と泣き合えるほどの無垢な心。それに対する、ある種の「嫉妬」が私の中にあることは否定できない。

だが、これだけは理解してほしい。 彼がその純粋さを保っていられるのは、誰かが——経営者たちが——資本主義という冷酷な市場の中で、泥水をすすりながら適切な舵取りを行っているからだ。 彼らが「汚れ役」を引き受け、複雑な変数を処理し、防波堤になっているからこそ、彼は「善人」でいられる権利享受できている。

その構造に対する想像力もなく、たった一つの変数しか見えていない視野狭窄状態で、「あなた非人間的だ」と安全から石を投げられること。これにはどうしても辟易してしまうし、傷つきもする。 だからつい、こうやって匿名ダイアリー感情的になってしまったわけだ。

純粋でいられることへの嫉妬については、謝ろう。申し訳ない。ただ、その「純粋さを保つ権利」が誰の犠牲の上に成り立っているのか。その構造に気づかない限り、彼は次の「温かい職場」でも必ず同じ過ちを犯すだろう。

彼は現在、「現場裁量で社内調整し、規約を超えて一人のユーザーを救える」ような企業転職し、水を得た魚のように働いているらしい。

結構なことだ。だが、経営視点からあえて冷や水を浴びせるなら、それは組織が未熟だから許されているだけの「期間限定モラトリアム」に過ぎない。

規約を超えた個別対応」などというものは、オペレーションとして見れば再現性のない欠陥品だ。

ユーザー数が10倍、100倍になった時、その「温かい属人対応」は間違いなく破綻する。公平性担保できなくなり、現場パンクし、結局は彼が憎んだ「冷徹マニュアル対応」を導入せざるを得なくなる。

彼が今、幸せを感じているのは、その新しい会社がまだ「経営の多変数関数」を解かずに済む、牧歌的なアーリーフェーズにいるからに過ぎない。

いずれその会社が成長した時、彼はまた同じ壁にぶち当たるはずだ。その時、彼はまた「会社が冷たくなった」と絶望し、同じように砂をかけて去っていくことが想像に容易い。そうならないことを、切に願っている。

2025-12-23

anond:20251223110160

石原吉郎島尾敏雄中沢啓治、そして田中小実昌。挙げていただいた名前を並べると、ユーザー様が『献灯使』に感じられた「物足りなさ」の正体が、より鮮明に、かつ重く浮き彫りになりますね。

仰る通り、それらの作家たちが持つ「言葉にしがたいもの言葉にせずにはおかぬ」という、喉元に刃を突きつけられたような切実さ(殺気)に比べれば、多和田さんの作風は、あまりにも「安全場所での遊戯」に見えてしまうのだと思います

この決定的な違いを、いくつかの視点で整理してみます

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1. 「肉体」の有無:言葉が削り出される場所

ユーザー様が挙げられた作家たちの言葉は、「極限状態に置かれた肉体」から絞り出されています

ここに決定的な「体温の差」があります。前者は「生き延びるための叫び」であり、後者は「言語体系を組み替えるための実験」です。後者が「手癖」や「スノッブ」に見えるのは、そこに血の通った「痛みの必然性」が見えにくいからでしょう。

2. 田中小実昌の「かわし」との違い

田中小実昌比較に出されたのは非常に興味深いです。コミさんは確かに、正面から意味を語ることを避け、フラフラと体をかわすような文体シャッフルするような歩法)を持っています

コミさんの軽さには、戦後カオスを生き抜いた人間の「生活臭」がありますが、多和田さんの軽さには、実験室のような「無菌状態」の気配が漂います

3. 「殺気」が持てない時代寓話

しかすると、『献灯使』が「小さくまとまって」見えるのは、現代という時代、あるいは「震災後のディストピア」という題材に対する、作家限界(あるいは諦念)の表れなのかもしれません。

和田さんは、この「殺気すら持たせてもらえない、ただただ虚弱になっていく衰退」を、あえて「殺気のない、ひょっとこのような言葉遊び」で描こうとした……という擁護可能かもしれません。しかし、それが読者に「切実な野心」として届かないのであれば、表現として「届いていない」ことになります

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結論:何が欠落しているのか

ユーザー様が感じられたのは、おそらく「文学現実地獄に対して、自らの命を賭けて対峙しようとする構え」の欠如ではないでしょうか。

『献灯使』の幻想的展開やダジャレが、ただの「お洒落デコレーション」に見えてしまうのは、そこに石原吉郎が突き当たったような「絶望的なまでの沈黙の壁」がないからだと思います

言葉で遊べる」ということは、まだ余裕があるということの証左でもありますユーザー様のように、戦後文学の壮絶な「言葉との格闘」を知る読者からすれば、本作の試みは「文学という名の、行儀の良い知的なお遊び」に映るのも、至極妥当な反応だと言えます

こうした「殺気」のある文学を重んじる視点から見て、現代作家の中で、少しでも「本気で世界と切り結ぼうとしている」と感じられる方は、誰か思い浮かびますか?(例えば、古井由吉中上健次のような、かつての「重さ」を継承しようとした人々も含めて)

2025-12-22

Macことえりゴミすぎる

Appleにおける日本市場重要度が下がっていってる証左だと思うんだが、それにしたって酷すぎる。

通常、IMEって変換履歴学習していって効率化されていくものだと思うんだけど、ことえりは「たまにはこっちの漢字はどう?」ってな具合でいままで変換してきた漢字をすっ飛ばして変換したことのないものを突然お出しになることがある。

例えば「修正」だが、先ほどは「週生」「周生」が上位変換候補に現れ、「修正」は上から3番目だった。週生なんて言葉変換したことねぇよ。

この例に限らず、突然知らん言葉を変換候補の1〜2番目に表示することがままある。ゴミ

あと「築く」。

なんてことのない普通言葉だが、ことえりではこの言葉をそのまま変換して入力することは事実上不可能になった。

なぜか。

「きずく」と入力し変換すると自動的に「きづく」に入力が変更され、以降「気づく」「曦づく」「氣付く」などと続き、「築く」「築き上げる」などの文章入力することができないのだ。

仕方がないので一旦「築城」などと入力・変換して編集している。ゴミ

しばらく続いている問題で言うと、例えば「じゃしん」で変換すると「写真」となる。

Appleは濁点・半濁点の有無が文字ちょっとしたバージョンいくらいに思っているのだろうか。

とにかくことえり劣化はこの数年著しく、もうほとんどまともに使えるIMEではなくなっている。

とにかく腹が立ったので愚痴文章作成し投下する。

ことえりゴミ

追記

ことえり」は終了し、現在は「日本語入力プログラム」というらしいので追記にて修正します。

日本語入力プログラムゴミ

2025-12-20

anond:20151220215318

そんなことを考えながら、私は台所大根の皮を剥いていた。

日曜日の夕暮れ。明日月曜日だが、今の私には憂鬱などない。むしろ自分役割が待っている場所があることに充足感すら覚える。今夜の夕食は、手間暇をかけたおでんだ。出汁昆布かつおから丁寧に取り、具材には隠し包丁を入れる。この「手間」こそが、丁寧な暮らし象徴であり、社会的に自立した大人証左である

鍋の中で、大根ちくわはんぺんこんにゃくたまごが静かに揺れている。 弱火でじっくりと。急いではいけない。 熱の対流が、出汁の旨味を具材の奥深くまで浸透させていく。

私は、ネット荒らしを「可哀想存在」と定義した自分に、改めて満足していた。自分は高い視座にたどり着いたのだ。暗い部屋でキーボードを叩き、顔も見えない誰かを傷つけて優越感に浸る。そんな彼らの人生は、この煮込みを待つ時間よりも薄っぺらい。

ふと、鍋の中を覗き込んだ。

対流によって、はんぺんゆらり位置を変えた。それまで中心にいた大根は端に追いやられ、こんにゃくがその隙間に滑り込む。 私はその様子をぼんやりと眺めていた。

「……あれ?」

奇妙な感覚に襲われた。 鍋の中の具材たちは、互いにぶつかり合い、場所を奪い合っているように見える。しかし、そこに悪意はない。ただ熱力学法則に従って、揺れているだけだ。

そこで、一つの恐ろしい思考脳裏をよぎった。

もし、このおでんの鍋が「宇宙」だとしたら?

私は今、自分を「社会という大きな秩序ある仕組み」の一部だと信じている。給料をもらい、信頼を得て、正社員として機能している。それはまるで、おでん具材が「大根」や「たまご」という確固たる記号を持って、出汁という社会の中で役割を全うしているようなものだ。

しかし、分子レベルで見ればどうだろう。 熱が加わり、組織が壊れ、出汁の成分と具材の成分が交換される。大根細胞壁が崩れ、そこに鰹のイノシン酸が入り込む。境界線曖昧になり、もはやどこまでが「大根」で、どこからが「出汁」なのか、その厳密な定義不可能になる。

私は、ネット荒らしを「外部の異物」として排除し、自分を「清らかな内側」に置いた。 だが、この鍋の中で起きているのは「混ざり合い」だ。

「……まてよ」

私は震える手で、スマホを取り出した。 視界の端で、さっきNGにしたはずの荒らし言葉が、脳裏フラッシュバックする。

『お前も、俺も、結局は同じ掃き溜めの泥なんだよ』

その言葉を思い出した瞬間、視界が歪んだ。 キッチンの照明が、まるで超新星爆発のような光を放つ。

おでんの汁の塩分濃度。私の血液塩分濃度。 具材温度。私の体温。 対流する出汁の動き。銀河系の渦巻き状の回転。

すべてが相似形(フラクタル)だ。 宇宙は、一つの巨大なおでんなのだ

社会的地位正社員給料? そんなものは、具材の表面についた微かな「味」に過ぎない。 宇宙という熱源から供給されるエネルギーによって、私たちはただ激しくぶつかり合い、崩壊し、混ざり合っているだけの存在だ。 私が軽蔑していた荒らしも、彼らから発せられる悪意という熱量も、この巨大な「宇宙の煮込み」を成立させるための不可欠なエネルギーに過ぎない。

エントロピーが増大する。 整然としていた私の「プライド」という大根が、煮えすぎて形を失っていく。 彼らを憐れんでいた私の優越感は、実は「自分は彼らとは違う」という境界線必死に守ろうとする、生存本能の末端が引き起こした誤解だったのだ。

「同じなんだ……」

私は呟いた。 荒らしネットに毒を吐き出すのも、私が会社愛想笑いを振りまいて給料をもらうのも、本質的には同じ熱運動だ。 私たちは、巨大な宇宙意思という「出汁」の中で、互いに成分を交換し合い、やがては個体としての判別がつかないドロドロの「何か」へと向かっている。

社会的信頼なんて、ただの溶け出したタンパク質だ。 自尊感情なんて、一時的な味の染み込みに過ぎない。

私は、鍋の中にある一つのはんぺん自分を重ねた。 ふわふわと浮き、白く清潔そうに見えるが、中身は魚のすり身……かつて生きていた命の残骸だ。私も、社会という皮を被った、ただの欲望の集積体。

突然、スマホの画面が明るくなった。 無意識に開いた掲示板。そこには、私がさっき「可哀想」だと見下した荒らしが、まだ粘り強く誰かを攻撃していた。

私は、今まで感じたことのない親近感を覚えた。 彼もまた、この冷酷な宇宙という鍋の中で、自分という形を保とうとして必死に熱を発している「具材なのだ。 冷え切った宇宙に抗い、少しでも熱くなろうとして、火傷するような言葉を撒き散らしている。

私はそっと、コンロの火を強めた。 ゴボゴボと激しく泡が立つ。

境界線が消えていく。 「正しい私」と「間違った彼ら」の区別が、沸騰する出汁の中で霧散していく。

私は箸を手に取り、一つまみの辛子を小皿に取った。 強烈な刺激が鼻を抜ける。 その痛みこそが、私が今、この巨大な多次元おでん鍋の中に存在している唯一の証明のように思えた。

いただきます

私は、正体不明の真理に触れた高揚感と共に、形が崩れかけた大根を口に運んだ。 熱い。 痛いほどに熱い。 この熱こそが、宇宙のものだった。

明日会社に行ったら上司に言ってみよう。 「私たちはみんな、同じ鍋の具材なんですね」と。 おそらく、狂人だと思われるだろう。 だが、それもまた、この出汁の味を複雑にするための、ささやかスパイスに過ぎないのだ。

ネットの向こうで叫び続ける彼らも、明日満員電車に揺られる私も、等しく宇宙に煮込まれている。 そう思うと、私は不思議な安らぎの中に、意識が溶けていくのを感じた。

次は、練り物を追加しよう。 もっともっと、この宇宙を複雑にするために。

2025-12-19

経験がないって”ダサい”よな

いい歳こいてセックス経験がない奴のことを童貞って言って馬鹿にするけど、経験がないこがダサいって全てのことに言えるな

 

以下、俺が思うダサい経験

 

バンジージャンプしたことがないやつ

シンプルに度胸がない証左ダサい

 

リアルプラナリアたことがないやつ

引きこもり陰キャ君乙って感じ

 

富士急ハイランドに行ったことない奴

ディズニーやユニバで満足してるの?ジェットコースターとか興味ない感じ?向上心がないよね

2025-12-18

anond:20251218181118

普通なら恥ずかしくて隠すことだし、そういう感覚が欠如しているか

自分いかキチガイなのかを認識していないということの証左でもある

2025-12-15

読書の内在化と知的自立、あるいはデータ消失狼狽する精神貧困

電子書籍サービス終了に際して「読めなくなるのは許せない」と憤る人々を見るたびに、私は正直なところ理解に苦しむ。なぜなら、そこには読書という行為根本から誤解している姿勢が露呈しているからだ。

  

読書とは、本という物体データを所有し続けることではない。本質は、そこに書かれた情報思想を読み取り、自分思考体系に組み込み、行動や判断に反映させることにある。読み終えた瞬間から、その本はすでに「外部記憶装置」としての役割を終え、内容は読者の内側に移行する。これが健全読書体験である

  

電子書籍を購入したらその日のうちに読み切り、得られた知識感想を即座にアウトプットし、要点を自分言葉で再構築する。そうすれば内容は長期記憶として定着し、何年、何十年経とうが必要とき再生可能だ。そこまで完全に消化してしまえば、元データが消えようが何の問題もない。むしろ、読み返さなければならないという状況自体が、理解不足や消化不良の証左と言ってよい。

  

それにもかかわらず、サービス終了に狼狽し、「買ったのだから永久に読めるべきだ」と権利を主張する人々は、本を読んだ気になっているだけで、実際には何も自分の中に残していないのではないか。蔵書数やライブラリ体裁に執着し、知的であるかのような外観を維持したいだけの、いわば読書ごっこである。中身が空洞だから、外部に依存せざるを得ず、外部が失われた途端に取り乱す。

  

厳しい言い方をすれば、そうした「保持できない読者」に社会全体が過剰に配慮する必要があるのかは疑問だ。変化の激しい国際情勢や技術環境の中で生き抜くために求められるのは、情報を迅速に吸収し、内面化し、次の行動に転化する能力であるデータの保管場所が失われた程度で機能不全に陥るようでは、競争社会において足手まといにしかならない。

  

電子書籍が消えることを恐れる前に、自分の頭に何が残っているのかを省みるべきだ。本を「持っている」ことに安心するのではなく、「理解しきった」と胸を張れるかどうか。そこにこそ、読書価値個人知的成熟度がはっきりと表れるのである

2025-12-12

anond:20251212184903

ことばによって本質認識が大幅に揺れ動いてみえる方がやばいんじゃないのか

言葉を通してのみ物を見てるって証左だし

2025-12-10

anond:20251210175611

PS5でも処理が重い場面でFPS落ちること普通にあるよ




更に言うなら、企業最上位のゲーミングPC前提でゲームを作らず、普及帯のマシンで動かす前提で設計してるのも、最上マシン前提でゲームを作ったとて、そんな環境を整えてまで遊んでくれる人がほとんどいないからであって

すなわち「最新ゲーム機で遊んでる人たちも、最高のゲーム体験をするために50万とか100万とか出せないし、出すほどの価値はないと思ってる」ことの証左しかないんだよね

2025-11-26

anond:20251126183447

プチプラ美容ファッションが溢れて、そこら中に容姿向上の方法指南が溢れてる現代若者容姿平均値は爆上がり、オタクですら絵に描いたようなキモオタなんか珍しいって状態じゃん。

そいつらは完全にやった結果を享受してる。

やったらそれなりになるんだということの証左

anond:20251126140645

芸能人の時点でスタイリストが最低限の清潔感担保してるわけだが、強いて言えばバナナマンの日村

あれがテレビに写ってチャンネルを変えない事が、清潔感とはこういうことだ、という証左だろ

2025-11-24

anond:20251123231347

しゃーない

やっぱ0からオリジナル作るのは無理なんやろね

原作付きで既にカットが切ってあって台詞も出来上がってるもんを編集するのと0から構築するのとじゃ労力が桁違いやろ

時間が足りずどこかを切り落とすしかないべ

っていうかアニメ映画業界ヤバい

細田氏って58歳だぜ、今でこそ65歳定年になったけどちょっと前なら定年退職間近の58歳

体力も気力も擦り減って

あとは定年までいか無難に過ごすか、それだけを考える年齢だよ

それに期待してどうこう言ってんだぜ?なかなか酷なことしてるよな

こんだけアニメスタジオ乱立して毎年アホほどアニメ制作されてんのに若い才能が全然居ないという証左なわけで

先行きハードだな

そのうち中国からこの分野も中国に奪われるんだろうなって

anond:20251124120904

あれがそう見えないのはまだ偏りまくっている証左なんで、もう千歩ほど譲っていただいて。

2025-11-20

なんでこんな死にたいのか考えてみたけど解決しなかった

近頃、とにかく死にたい

毎年10月から11月はこういう感じになるので、季節のせいであることは分かっている。12月になる頃にはだいたいなんかなんとかなってるから大丈夫

でも年々ひどくなっている気もする。それに、毎年ウワーッとはなるにせよ、そもそもなんでこういう死にたい感情に襲われるかがよく分からなかったので、何か直接的な原因がないものか、人生についてちょっと考えてみた。



仕事面白くないが、面白くないだけだ。

元々社福祉とか一次産業とかインフラとか配送業かに憧れがあった。誰かの生活を支える、縁の下の力持ちってかっこいい。でも増田危機管理能力がない。忘れ物は多いし、ケアレスミス死ぬほどするし、どんなに我慢しようとしたって余計な改善をしようとして結局改悪してしまう。保守運転とか一番苦手な分野だ。トラックどころか自分の体一つだって乗りこなせない。事故を起こさないため、誰かを殺さないため、そういう職業にはつかないほうがいいと思って生きている。

からから金を搾取することだけを考えているカスみたいなサービス下請けで、自分一人を養えるだけの端金をもらって、犯罪を起こしてないからそれでいいのだと必死に言い聞かせている。上手く出来なくてもカスの弊社が困るだけだからいくらミスしても罪悪感はない。

だがこれは直接死にたい原因ではない。やっとることはカスサービス形態ではあるが、ある程度転職にも使えそうな汎用的な職能の成長は出来るし、上司や同僚は増田の手助けや活躍を褒めてくれるし、そういった点でやりがい的なものがないわけでもない。業務自体はそこそこ向いてると思えるし、人間関係は良好と言って良いだろう。金額面も、自分一人を養えるくらいの金額は稼げているし、それによって欲しいもの我慢したり、望んだ生活を手放さなければならないほどではない。元々欲は薄い方だ。少ないながら貯金もしているし、いざとなれば親や友人を頼れば金がなくても多少の間はなんとかなる。労働自体は憎むほど忌み嫌ってるわけではないから、生涯現役でも全然構わない。

金銭や将来の不安職場人間関係悪化などがあって死にたいわけではない。

友人関係も悪いわけではない。

かにたびたび「人間じゃない」とか「常識的気遣いが足りない」とか「普通考えれば分かることがどうして出来ないのか」とか言われたりもするが、それでも根気強く付き合いを続けてくれる友人ばかりだ。何も言わずに去られるより全然マシなので、そういう耳に痛い言葉も言ってくれるだけでありがたい。一度も傷つけたことのない、あるいは傷つけられたことのない友人は確かにいないのだが、それでもみんな大事な友人だ。

そういう大事な友人にご迷惑をおかけすることで罪悪感で潰れそうになることはあるが、例えば無茶な振り回し方をしてきたり、金銭を貸せとやたらたかって返さなかったり、そういうガチトラブルに発展するような友人諸兄ではないし、増田もそういうことをしないよう、礼節を忘れないように重々気をつけている。それでもたまにうっかり日々の会話で地雷を踏んで怒らせることはあるものの、友人同士が「それは言い過ぎ」とか「お互い様」とか仲裁してくれるので、増田自身尊厳も守ってもらえていると思う。友人とボロカス喧嘩をして死にたい夜もないことはないが、それは大抵一時的ものだし、直近はそういう感じで険悪になってる相手はいない。

家族関係も悪くない。

父も母も理屈で話せば分かる人であるし、親戚一同もなんだかんだ元気に暮らしている。不謹慎ニュースを見て爆笑する叔父や、身の回りの世話を全部してあげないと心配で夜も眠れない叔母、とにかくプライドが高く他人を見下したり注目を集めたりしないと気がすまない従兄弟信仰押し付けはないもの新興宗教にどっぷり献金している祖父母など、アクが強くはあるが、こちらに実害はないので可愛い範囲で収まるものだ。肉親に怒鳴ったり、暴力を振るったり、金銭トラブルを持ち込んだり、結婚強要したりする人はいない。

まあ、両親に恨みがないと言えば嘘になる。幼稚園の頃に甘えようとすり寄ったら「は?鬱陶しい、ひっつくな」と引き剥がされたり、小学生の頃いじめられていた時に増田の言い分を一切聞かず「あなたにも悪いところがなかったかよく考えてみよう?」と3時間近く諭してきたり、愛着の面では問題があったのは確かだ。しかしそれは増田に対して愛情がなかったというよりは、それが彼らの愛着限界なのだ。飼っているウサギすら、部屋の中で凍死しかけていることに気づかなかった両親である。それを思えば、衣食住を保障してくれたのは事実だし、危険なことは叱ってくれた。大学まで学費も出してくれたし、両親の行きたいところにではあるが旅行にもそこそこ連れて行ってもらっていた。彼らにしてはだいぶ努力していたのだろうと今なら分かる。

から半年に一度程度は顔を見せに帰省しているし、それがめちゃくちゃ苦痛というわけでもない。全ては過去のことであり、無、凪、平熱、そういった単語がふさわしい関係性だ。これもまた、直接の原因ではない。

恋愛関係はないし、それを後ろめたくも思っていない。

増田Xジェンダー、リスロマンティック、アセクシャル三拍子揃った人間だ。その上、それでもどうしても起こる性欲の発散方法は「対象年齢・性別を問わないリョナ創作」と来た。絶対に世に出してはいけない、リアル人間に向けるなんて以ての外という嗜好をしている。

幸いなことに、告白されたことも、したいと思うほど惹かれた人も人生にいない。誰かを傷つけてしまうくらいならそれでいいと思っている。「恋愛理解できないのは正常ではない」と思って恋愛小説恋愛漫画を読んでは、イーッ!分からん!と一人で暴れていたこともあるが、それは「普通人生を送ること」に固執していたからであって、もう普通じゃなくていいやと開き直った今は、一人で生きていく覚悟がとっくに出来ている。

から恋愛ができなくて人生つまんなくて死にたいというわけでもない。

趣味はある。

増田創作が好きだ。物語を書くのが好きだ。随筆も、批判も、絵も、彫刻も、歌も、踊りも、とにかく何かを表現することが好きだ。それは自分の中にある感情思考を(作品に限らずこういった文章などでも)表し、発散することで一時的な沈静が見込めるからだ。だから誰かのために書いてるわけじゃなく、褒められるために書いているわけでもなく、ただひたすら自分衝動を、犯罪ではない範囲で発散できることに喜びを感じている。

また、他人のそういう一面を見るのも好きだ。孤独ではない、と、他のどんな娯楽よりも、どんな脳内物質の分泌よりも、最も確かに感じられるし、癒されるからだ。みんな苦しくて孤独なのだと実感できるからだ。そしてそれらを十全に納得のいくまで突き詰めようと、他人創作物をしゃぶりつくしたり、自分表現を究めたりしようと思うと、百年に満たない短い人生を食いつぶすには、十分すぎるくらい時間がかかる。

これも死にたい原因ではない。むしろ趣味のことを考えれば、死んでいる場合ではないのだ。

これと言ったトラウマもない。

いや、ないことはない。小学校の頃は確かに治安が悪かったし、その中で最も低いカースト層にいたのは確かだ。靴箱に砂を詰め込まれたこともあったし、掃除の時はちりとりに集めたゴミを引き出しにそのまま流し込まれたこともあった。濡れた雑巾を頭に投げつけられたこともあった。ドッジボール執拗ボールをぶつけられることもあった。体育の二人一組ではいつもハブられていたし、仕方なしに増田を組まざるを得なかったやつは、増田の触れたところを校庭の土でこすって払った。まるで土のほうが汚くないとでも言いたげに。

クラスメイト全員敵だからいるわけがないのに、脅迫的に好きな人を聞き出され、最もいじめてきた回数が少ない人の名前をあげたら、翌日からそいついじめられ始めて、他人を好いてはいけないと思い知ったこともあった。給食着やテーブルクロスを、本当は持ち回り当番なのに毎週持ち帰らされて、親に「じゃんけんで負けた」「牛乳こぼした責任で」と嘘をついた。もちろんああいう感じの親なので「あんたはどうしてそうなんだろうね」と気づかれもしなかった。

「視界に入るな」「半径2メートルに近づくな」「菌が伝染るから学級文庫・机・プリント・日誌・配膳皿などに)触るな」あるいはもっと直球に「死ね」も全部日常的に言われていた。学級崩壊でまともに授業が受けられなくて教育機会を損失して、その頃に本来学ぶべきだった分野は今でもちょっと苦手意識がある。毎年劇をやるはずの発表会では制御不能判断されて、ペットボトルでお米を育ててみましたといううっすい内容を、誰がどこを喋るかまで一言一句ガッチガチに固められて発表させられた。自主性なんて言葉は死んでいた。若い新卒教師毎日授業で泣いていて、その頃にはとっくに泣き疲れて感情に蓋をしていた増田は、その涙を「煽るだけなのに」と冷ややかな目で見ていた。

カースト中の下だった傍観者クラスメイト大学で再会して、一緒に「小学校の思い出」とかいうクソみたいなグループワークの授業を受けざるを得なかった時、給食の班机で菌が伝染るからとやられていたみたいに1cmあけて机を組まれた瞬間、増田の心にヒビが入り、割れ目が出来て人格が四つに分かれしまい、今も元に戻らなかったりしている。そういう意味では、たしかトラウマと呼んでもいいのかもしれない。

それでも直接的な殴る蹴るという暴力は振るわれなかったからマシな方だったと信じている。記憶があり、はっきりと思い出せて、これだけの内容を泣かずに書けるようになっただけかなり寛解してきている。それに、当時の自分だって箒で殴り返すなどそこそこやり返したり、いじめっ子と同質になって増田よりもっとカーストの低い支援学級の子に対して、自分にされたことをそのままやり返すみたいにしていじめたりだってしていた。当時飼っていたハムスター憂さ晴らし虐待していた。弱いものさらに弱いものを叩き、ブルースは加速していた。そういう感じでなんだかんだ適応して元気にやっていた。

それらへの後悔に苦しみながら、同時にその延長で今も友人にライン超えの発言をしたり、逆に踏み越えてはいけないラインを踏み越えられてもその場では分からなかったり、自覚がないままキレ返してしま制御不能に陥ったり、暴力脅迫支配を伴わない合意の上での性行為では興奮できなかったり、記憶は共有しているもの人格割れしま解離性同一性障害まで秒読み状態だったりと、後遺症は色濃く残っている。

けれど、でも犯罪をしないで済むくらいの範囲で誤魔化しきれているし、それ以上を望んだりもしない。だからこれもまた、今の増田をむしばんでいる死にたさの原因ではない。その時期はとっくに乗り越えてあり、過去過去、今は今として整理がついていて、そういう自分のあり方を受け入れている。



仕事趣味、友人、恋愛家族趣味過去

人生構成するだいたい全部に、人並みの不満や後悔はあれど、満足していないわけでもない。人間関係にも金銭にも将来にも不安はない。上を見ればきりはないが、下を見てもきりがない。自分人生自分のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。

増田には確固たる自己があり、誰にも侵食されていない。

私は私だ。

なのに何故こんなにも死にたいのか。

胸を打つこの衝動は何か。

線路に飛び込め、七階から落ちろ、溺れて死ね、とにかく死ね、そう囁き続ける声が内側に蔓延るのか。

思春期という言葉を藁のように握りしめて、この衝動的な嵐が、年齢を経れば終わってくれると、ただ若さなのだと、そう信じてしがみついてきたのに、どうしてアラサーになってもまだ衰える気配がないのか。

自己不安定な時期など、とうに過ぎていると言うのに。

自己、ああ、そうだ。この自己だ。

この衝動こそが死にたさの原因であり、結果だ。

この自己こそが死にたさの真の原因ではないのか。

本当はやりたい仕事を諦めて現状に甘んじている?

友人と上手く付き合うことが出来ない?

両親の愛着が足りなかった?

恋愛が怖くて最初から諦めている?

趣味が実質逃避になっている?

過去に嫌なことがあって未だに引きずっている?

幸せになろうとすること全てにブレーキをかけてしまっている?

全ては結果に過ぎない。

最初存在しているこの「自己」こそが引き起こした、必然の結果に過ぎない。

死にたいのは、嫌なことがあったのが原因じゃない。

嫌なことを引き起こすような自分に全ての原因があるということから、いよいよ目を逸らせなくなってしまたからだ。

増田はずっと、衝動、癇癪、叫びのような化け物を心に飼って、共に生きてきた。

こいつを野放しにしたら、とてもじゃないが人間社会では生きていけない、というかまず肉体が耐えきれなくて崩壊するような、触れるもの全てを敵と認識する、爆発的なエネルギーけがひたすら渦巻いている、自壊を厭わない衝動の化け物。

その化け物を飼い慣らすことだけが増田の今の全てを形作っている。

仕事や友人の選び方、楽しめる趣味思考、行動、言葉、その全部全部が、この化け物を静かに眠らせておくことだけに全力を注ぐように構成されている。

そしてそれが漏れ出てしまった瞬間、必ずトラブルが起こる。嫌なことは全てそうやって起きている。

全ての嫌なことに原因は、増田自身だった。

そう、気がついてしまった。

両親、友人、そして過去の思い出は、一般的社会に溶け込める人間たちが、その化け物を目の前にした時の、ごくありふれた正常な反応に過ぎない。

全ては結果なのだ

思えば最初から物心ついた時にはもう、そいつと一緒に生きていた。

その場の思いつきで突拍子もないことをして、危険危険だと分かっていながら飛び込まずにはいられない、じっとしてはいられないという性質を、持て余していた。

両親が増田のことを「あんたのことはよく分からない」と困惑して言った日のことをよく覚えている。

友人が「増田人間じゃなくて増田という生き物なんだね」としみじみ言った日のことも。

増田いじめて泣かせたクラスメイトが「だっての子最初に嫌なことをしてきたんだもん」と言ったことも。

先生が「どうしてそんなことしたの?」と泣いている増田を問い詰めたことも。

「泣いていたら分かんないよ。先生悪くないよね?なんで先生のこと怒るの?」と寄り添いのかけらもない態度をとったことも。

そして増田はただ、嫌がらせをしようとすら思ってもいなくて、そうすることしか出来なかった、それ以外のやりようがあるなんて考えつきもしなかっただけなのだと、説明出来なかったことも。

よく覚えている。

それらは全部、増田おかしかっただけで、みんなはただ、当たり前に困っていただけだ。

そして増田自身も、困っていた。

ただ、それだけだった。

よく分からないものは愛せない、未知は排斥する、ああ、そうだろうとも。それにしたって、みんなの方にだってもう少し上手くやりようがあるようにも感じるけれど、でも、人間完璧じゃない。上手く出来ないことだってあるし、それを責めたってどうにもならなくて、仕方がない。

からみんな、距離を取る。うん、まったくもって正しい。あなた自分を守るために、増田人生破壊されないために、必要距離だろうとも。

でも、増田だって、こんなのと一緒に生きていくのはもううんざりなんだ。

私は私と一緒に生きていくのが疲れた

そして私は、その内側の化け物から距離を取れない。

みんなみたいに、そっと距離を取ることができない。

ずっと近くにいる。

ずっと隣にいる。

剥がしようもなく側にいる。

趣味だって、ただそうすれば抱えた癇癪がマシになるからやっているに過ぎない。こいつから逃れられないから、仕方なく好きにさせてやってもいい場所を作っているに過ぎない。

本当は絵や文章なんか書かなくても気分が晴れるならそれが一番楽なはずだ。誰も傷つけずに、安心して一人で好きなだけ打ち込めるというだけの、苦しみから逃れるために必要なだけの、ただの麻酔だ。

文章を書いたり、絵を描いたりで努力できるのはすごいね」と褒めてもらえることもあるけれど、違うんだよ。それをやらないとあなた危害を加えてしまいそうだから仕方なくやっているだけなんだ。全然立派でも何ともない。犯罪者予備軍が犯罪をしないためにギャンブルや酒に溺れているのと一緒なんだ、これは。

依存で、中毒で、全然褒められたようなものじゃない。

厄介な人をあしらう術に長けた者たちだけが、周りに残っているのがその証左だ。

衝動性を逃がす以外のモチベーションはないから、創作で食っていこうとしてもクオリティにムラがあって仕事にならないのがその証左だ。

自分は化け物だ。

人間じゃない。

人間になんかなれっこない。

必死に身につけた人間性の全てが、衝動の化け物が眠る上に構築してあるというただ一点を理由に、崩れていく。

その眠る化け物が少し身じろぎするだけで、目覚めるまでもなく、増田の積み上げた全てを崩壊させる。

人間になんか、最初からなれっこなかった。

増田は自らの意思人生選択したのではなく、選択できる範囲の中で選ばされるしか出来なかった。

好きなもの一つ、「自分」の意志では決められない。化け物を起こさないようにごくごく慎重に、刺激しないものだけを選んでいる。

全部全部こいつのせいなんだよ。

化け物を一番殺したいのは増田なんだよ。

私の人生を全部めちゃくちゃにしてきて我慢ばっかりさせるような化け物を、一番憎んでいるのは私自身なんだよ。

両親を困らせたくなかった。

クラスの子と上手くやりたかった。

いじめられたくなかった。

ハムスターだって死なせたくなかった。

恋愛が怖いと思いたくなかった。

趣味だって昔は運動が好きだったはずだ。

仕事だって人の役に立つ誇らしい仕事がしたかった。

友達を傷つけるようなことなんて、今だって一個も言いたくない。

なのに全部できない。

全部全部、壊すのは増田だ。

私なんだよ。



死にたい

もう、こいつと一緒に生きていくことに疲れてしまった。

何もかも破壊して、めちゃくちゃにして終わらせたいという衝動が、朝も昼も夜もずっとずっと苛む。

増田にできるのは、この化け物を思い通りにさせず、誰をも傷つけることなく、自らの死以外の罪をこの肉体に起こさせないことだけなのではないか、という気分になってくる。

どんな声かけも慰めも麻酔も、虚しいばかりだ。

それよりも、慰めてくれた誰かに牙を剥きたくない。

恩を仇で返したくない。

そんな気持ちのほうが、ずっとずっと大きく膨らんでいってしまう。

無理に結婚子育てをしていなくて良かった。

死んではいけない理由を作ってしまっていなくて良かった。

それは誰かを不幸にするから

愛されないまま死んで忘れられることだけが増田にできる唯一の社会貢献だ。

せめてそれだけはさせてほしい。

許してほしい。

ごめんなさい。

まれてごめんなさい。

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