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2026-04-22

かぐや姫!超おもしろかった!

むりやりに大絶賛してみる!

一億総ドパガキ社会

まず制作陣がガチ天才から、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。

たとえば、キャラ葛藤がないとか、ご都合主義AIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。

それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。

なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマから

簡単表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。

これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。

その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。

まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人エネルギーで。

言うなれば、『令和のセカイ系サイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉かぐやの為だけに、神の理屈ねじ曲げにゆく。

理由はただひとつ……「またパンケーキを食べたい」から

(※セカイ系とは?
「きみ」と「ぼく」という、
ちっちゃな関係性が、
国家社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)

すなわち、新時代セカイ系は、狂気踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。

天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。

そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。

逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。

その薄っぺらさこそがスタート地点ってこと。

たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義マシーンなっちゃったと。

まり学生なのに週5日のバイト一人暮らし東大を目指す受験勉強プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。

いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。

まるで広末涼子の爆走185キロ人間って一度狂うと止まらないんだよ。

さら彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチ推し活もやっていると。

ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。

どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんから罵倒幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。

それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧から解放――人間性を取り戻せているから。

なので、明らかな依存症として推し活にハマったんですよ。

その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態ときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。

もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンド大事に飾っているんだよね。

しかSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。

パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。

まりは、綺麗事じゃない愛を奪い取る話。

そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。

なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由毎日楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。

その最たる例としては、彩葉睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。

ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。

かぐや無駄遣いが、呪い浄化になっているから。

まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。

【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。

そこに叩き込まれたのが、かぐや! ドパガキ! ラーの鏡

まり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。

そのとき彩葉は味わうこと、人生の喜びを思い出したんだよ。

人間人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。

その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。

今まで母親祟りにやられて、完璧超人マシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。

そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。

そして、この物語マジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。

ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽ場所であると。

でもって月の住人たちは、ゲームNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。

そんな中、かぐやけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。

そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球電柱ビリビリビリってぶつかってゆく。

すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐや思念体が入り込んでゆくと。

そんでドパガキよろしくタブレットネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。

まりかぐや地球人じゃない。

なので、普通人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。

めちゃくちゃな話、『美少女版へずまりゅう』だから

そもそもかぐや彩葉お金勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバース世界ツクヨミログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。

なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。

何度も言っているとおり、普通地球人じゃないから。

そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐや人間幸せを覚えてゆく。

でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。

これは日本古典であるかぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。

さらに怖すぎる話、地獄の本番はここからなんだよ。

まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。

しかも以前と違うのは、主人公彩葉出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまたからこそ、その絶望はより深いんだよね。

5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち

でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。

でも運命残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。

すると何が起きたか宇宙船システムエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。

それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。

これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍ときダメージを食らって、自分名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。

それから24年のときが流れて、ふっと思い出してしまう。

とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまたことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。

そして、かぐや場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。

なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。

泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。

そうやってかぐやは、ゆっくり時間をかけて絶望してゆく。

けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬電子ペットがいて。

そいつデータとして連れて来たんだよね。

その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物スキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。

これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。

からウミウシログインした犬DOGEをハッキングして、思念体かぐやが入り込んで動かせるってこと。

そうこうしてウミウシかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。

縄文時代平安時代戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊再生が延々と繰り返される中、かぐや孤独観測者として、それらを眺め続けたんだよね。

毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。

そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話冷蔵庫テレビに、そしてインターネットという、高度な文明誕生させるんだよ。

そんなある日、かぐやウミウシ身体のままで、パソコンキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。

まり8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。

その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。

それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピア仮想空間を作ること。

要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。

からこそ、ここでの仮想通貨ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。

まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。

そうしてかぐやは、ウミウシ身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。

それってのは、自分ゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉遊んだツクヨミだってことに。

そして、彩葉歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。

すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。

これをむりやり表現するならば、『メタディストピア円環構造』だね。

まり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉幸せ時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――

めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐや自我があって、しかもその時間の大半、メタ視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。

そしてこの、『メタディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。

それは愛も憎しみも含めた、綺麗事抜きの人間らしさ。

もっと単純な話、心の底からパンケーキがおいしい!」と思えること。

彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。

そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI世界なんだよね。

からこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。

ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。

それはつまり彩葉推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分神様よろしく生命誕生させるってこと。

ちなみに当初、メタバースツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。

現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラダウングレードさせようとした。

でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。

その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉エンディングが軽く流れるんだよね。

でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピード配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。

なぜかって、かぐや思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。

これこそが『超かぐや姫』のすべて。

まり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。

↓『本音のおまけ』

冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまりこちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。

とはいえ90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。

たとえば、FF聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイから読みふけっていた。

そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提作品があっても良いのかもしれない。

しかも『超かぐや姫』 の場合知識考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造SF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわ評価点が高まる

そして最近のドパガキ、マジで舐めすぎだろ

2026-04-16

アニメ映画必要性を感じないアクションシーンにげんなりする

 超かぐや姫

 パリに咲くエトワール

 どちらも最近沸騰中のアニメ映画である

 しかし、私は全くハマれなかった。

 双方に共通するのは気合の入ったアクションシーンだ。神作画だなんだ言われているけど、私は正直動き回るキャラクターたちをみて「この人たち何やってんの?」と思ってしまった。

 たしか映像はすごかったよ。でも、展開的に必要性を感じられなかったというか、アクションシーンを入れるために脚本を捻じ曲げて無理矢理ぶちこんでいるように感じた。


 超かぐや姫ではかぐやを月人から守るシーン。

 ライブのためとはいえ、なんで迎え撃つ相手に有利なツクヨミ世界にわざわざ潜りこむんだよ、とかね。

 かぐやとの別れという悲劇的なシーンのはずなのに、勝手に不利な世界に飛び込んでよく分からないゲームシステムで戦って負けて、なぜか現実世界消滅!涙のお別れ!ってされても全然のめり込めなかったよ。

 最初にKASSENが最初に出てきたシーンもそう。ルールがよくわからないので何がどう熱い展開なのか雰囲気で「そういうもんだ」と受け入れるしかない。なんかキラキラ動いてなんか盛り上がってる~ぐらいの感想を抱いて終わる。そしてそのシステム物語重要防衛戦に使っているから、なんでそれがかぐやを守るために使えているのか、どういう状況なら守れていることになるのかよくわからない。

 終盤にヤチヨ明かされた情報をもとにヤチヨの心情を想像すると思うところはあるけれど、重要な転換点になる別れのシーンがコレだったので素直に感動できなかった。問題解決宣言して過程カットだったし。

 あとハッピーエンドにするって宣言してその場の雰囲気に流されて真っ先に諦めんなよ、かぐや

 そんで責務果たしたらあっさり戻ってこれんのかよ(だからこそ月に戻るの受け止めたのかもしれないけどさ)。


 パリに咲くエトワールでは千鶴母親が迎えに来るシーン。

 状況が状況とはいえ薙刀振り回すかね。まあこっちは薙刀物語重要ファクターになっている分まだ理解できる。

 でも、その直後で千鶴母親はどういう心境でバレエ見に来て温かいまなざし送ってるんだよ。面の厚さが怖いよ。

 なんかいい感じに終わったけど終盤も終盤だったのでそれが引っかかってしまって、素直に楽しめなかった。

 (この作品に関しては主演3人の演技がよくなかったのもある。驚き方とか笑い方がわざとらしくて最後まで慣れなかった)


 

 ここまで行ってなんだけど、すべての映画アクションシーン自体不要とは思っていない。私も見ていて楽しいと思うし、記憶に残るし、わかりやす宣伝要素にもなる。でもこの2作は脚本の大筋はよかったのにアクションを入れるために歪んだような部分が見受けられて、そこがノイズになってうまく楽しめなかった。特にかぐや姫は明らかに尺が足りていない展開だったから余計に残念だったな。

 アクションシーンを槍玉にあげてしまったけど、この2作品に関してはどちらも脚本問題だね。

 

 

2026-04-14

そろそろ企業の生成AI利用に無条件でキレるのをやめないか

タイトルのとおり、昨今の企業を取り巻く生成AI関連の炎上について、思うことを取り留めなく書いていく。

はてブ記事を書くのは初めてなので、色々と拙い点があることはご容赦いただきたい。

筆者は本業SEをやりながら、しがない同人字書きをかれこれ十年以上続けている。

生成AI利活用業務では既に欠かせないものとなっている一方で、作家個人創作性重要視される同人活動においては、まだまだ全体として忌避感が強い印象だ。

少し前の話だが、同人印刷ツクヨミ宣伝用の画像の一部について、加工の過程画像生成AIを利用したことが指摘されて炎上謝罪する事態となった。

この謝罪ポストを見かけた時に、「これってそんなに激詰めされるほどのことなのか?」と感じたことが、今回の記事を書くきっかけとなった。

https://x.com/i/status/2022628318609326210

生成AI特に画像生成AIの是非については、活発であると同時にやや過激議論が日夜交わされているが、筆者としては「知的財産権への配慮のない生成AI利用が許されないのは当然として、生成AIの利用全てに目くじらを立てるのも如何なものか」というスタンスだ。

モラルのないAI利用者がいることも、「自分作品を盗まれる!生成AIの利用は絶対禁止するべき!」と過敏になる作家がいることも、彼らの間での主張が平行線なことも、きっと今はどうしようもない。

生成AI知的財産権侵害に関する判例が蓄積されるに伴い、より建設的な議論の中である程度の「ライン」が社会に浸透していくことを願うのみだ。

AI推進派や反AI派、どちらかに与してレスバをしたいわけではないので、この気持ちをこの記事の中に残しておく。

本業所謂システム開発をしている筆者は、業務において頻繁に生成AIを利用している。

主な利用用途は以下だ。

業界の動向の調査

・逐一検索するのが面倒な技術知識検索及び要約の代行

簡単ソースコードの生成

海外部署とやりとりする際のメール文章翻訳及び添削

筆者が属する企業契約している生成AIは、オプトアウト設定により社内情報学習しないようになっているが、念のため筆者はプロンプトに社内情報入力せず、一般的知識を問う内容にするように心がけている。

生成AIあくま業務の補助としてのみ利用しており、設計レビューなどは全て引き続き筆者のタスクだ。

ちなみに、弊社は規定によりAIが生成した文章画像の外部公開は認められていない。

社内で公開する際もAIによる生成であることを明記すること、第三者知的財産権侵害するようなプロンプトは入力しないことを定められている。

特に厳しい規定だとは思わず企業コンプライアンス遵守のために当然の制限だと感じている。

同時に「プライベートでもこれくらいの意識で生成AIを利用する分には問題ないのでは?」と思うのだ。

同人印刷所のツクヨミの件は、①生成AI利用した画像をそのまま公開したこと、②その過程においてガバナンスが効いていなかったことについては批判されて然るべしだが、そこから飛躍して「今後生AIを一切利用しないことを誓約しろ」とまで求めるのは行き過ぎていると感じる。

生成AIの利用を一切禁止した場合、例えば、印刷所のホームページをよりユーザーフレンドリーにしたいので生成AI活用してソースコードを見直すことも許されないのだろうか。

もちろん専門家発注すれば求めるものは出来上がるだろうが、生成AI活用により安価に同等の成果物が得られ、結果的消費者提供するサービス価格にその分が還元されると企業が言ったら、消費者はそれを受け入れるのだろうか。

個人自分好みのイラストのために生成AIを利用することと、企業業務効率化のために生成AIを利用することを、一緒くたにし批判するのはそろそろ止めたほうが良いのではないか

生成AI利用の何もかもを吊るし上げる行為は、今後消費者が受け取ることが出来たはずのベネフィットを失わせるだけではないだろうか。

正直に言えば、この記事を書いている時点から既に「こいつは字書きだからこんな呑気なことが言えるんだ」だの「絵描き危機感理解できるわけがない」というツッコミが聞こえてくる。

絵描き気持ちを正確に理解することは、確かに絵を描かない筆者には不可能だ。

だが、一介の創作活動をする者として、自身著作物への権利侵害となりうる生成AIの利用方法に脅威を感じることについては、共感できるものだと思っている。

筆者の所感だが、作家の生成AIに対する忌避感は、「インターネット上に公開した自作勝手学習され、その創作性搾取されることに対する無尽蔵の恐れ」から来るものだと認識している。

実際、特定作風模倣する形で生成AIを利用するユーザーはいる。

モラルのないユーザーモラルのない行為は好きなだけ糾弾すれば良いが、生成AIインターネット上のコンテンツ学習すること自体否定するのは、個人的には違和感がある。

生成AIコンテンツ学習をしただけでは、まだ誰の何の権利も侵されておらず、悪意をもったユーザーが生成AI学習したコンテンツ悪用した時に、初めて権利侵害が成り立つものだと考えているからだ。

インターネットとは膨大な知の蓄積であり、これまでその活用によって恩恵を受けてきた人間が、どうしてプログラムが機械的にそれらを学習することを否定しようとするのだろうか。

人力で苦労していたものを省力化できることのメリットの方が絶対的に大きいと思うのだが。

法整備が追いついてない点や利用者リテラシーが浸透していない点などの課題は確かにあるが、だからこそ、現在企業業務における生成AI利用に細心の注意を払って取り組んでいるのだ。

少なくとも弊社はそうだ。

そして、そういった企業は今後も増えていく。

それでも、上述した課題が解消されない限り、ヒステリックに生成AI排除企業に対しても叫び続けるのだろうか。

それをしたことで、得られるものは何だろうか。

ITの分野において、情報とは広く共有されるべきものだ。

故に、エンジニアは盛んに情報を発信する。

発信した情報が誤っていても、それを有識者が訂正することで、インターネット上に蓄積される情報は少しずつ洗練されていく。

そうすることにより、「誰かが困った時にはインターネット上の誰かの残した情報が助けてくれる」という認識エンジニアは共有しているものだと、この仕事をしていて筆者は感じている。

同人活動においても、同様のことがあるはずだ。

初めて同人誌を作る時、印刷所の選び方や原稿の作り方、イベントの申し込み方、それら全てを筆者はインターネットを通じて学んだ。

先人たちが残してくれた記録に、大いに助けられたのだ。

AIは、そんなインターネット上の知恵に、より手軽にアクセスできるようにしてくれる手段である

留意したいのは、AIは道具でしかないということだ。

道具に善悪はない。罰する対象となるのは、あくまで道具の利用者の悪質な行為であるべきだ。

道具そのものや道具を使うこと自体に対して非難することはおかしい。

感情的になるあまり、その点を混同することがないようにしたい。

繰り返すが、確かにAIあなた作品学習するかもしれない。

それはインターネット上に作品を公開した時点で避けられないことだ。

けれど、学習されただけでは、まだ誰もあなた作品を盗むことも、その作家性を脅かすこともしていないのだ。

同人印刷所のツクヨミは、文字加工の仕上げに生成AIを利用したと報告していた。

加工対象となったのは一般的文字列で、企業ロゴですらなく、加工の内容にも特別デザイン性があるようには見えなかった。

この行為は、本当にあなた作品を盗んだものなのだろうか。

「利用したAI学習元に自身作品があるかもしれないから許せない」というのは、カスタマーハラスメントではないか

「生成AIを利用したのだから、いつか顧客作品AIに食わせるに違いない」というのは、あまりにも下衆の勘繰りであるし、企業というもの馬鹿にしているとすら感じる。

消費者の生成AIに対する過敏さを理解している企業は、できるだけその感情を刺激しないように日々試行錯誤しながら、社内規定を整え、従業員コンプライアンス教育に努めているのだ。

あなたは、まだ何も盗まれていないにも関わらず、生成AIを適切に利用しただけの企業を、まるで盗人かのように無条件に糾弾してはいないだろうか。

今一度、立ち止まって考えてみて欲しい。

昨今の企業における生成AI関連の炎上騒動を見かける度に、そんなことを思わずはいられない。

2026-03-27


でも超かぐや姫ってかぐや姫2次創作だよね?南こうせつ許可取った?

2026-03-10

かぐや姫!を視聴した感想ネタバレ有り・ネガティブ感想

かぐや姫!を見た感想を書く。

この感想

ネタバレ有り。全開。

ネガティブ感想好きな人たちは読まない方がいい。

自分向け。論理的構造化した文章ではない。MECEではない。散文。

AIで綺麗に清書したりしない。100%オーガニック

以下ネタバレ防止改行ここから












































以上ネタバレ防止改行ここまで



(1)自由を賛美しているように見えるが、実際には自由ではないように見えた

富・名誉勝利競争といったものから自由ではないように見えた

例えば

・タワマンへの移住

・タワマンから見える景色

美食への賛美(鯛を自宅でさばいて寿司にするなど)

ツクヨミの「クリエイターポイントを貰える」というシステム

配信者の人気投票ランキング勝負

悪意のある見方だとは思うが、もし、

いろは受験勉強に専念し

かぐやはヤチヨカップで無数にいる底辺配信者~そこそこどまりの1人で終わり、

・2人は貧しい暮らしを続けていて

・それでもツクヨミでのモブとしての生活リアル屋台花火大会といった、富と名誉勝利を伴わない思い出を2人で作って仲良くはなった

このような場合かぐやいろはが月から迎えがきたとき、本編と同じくらいに、2人は別れを惜しんでいただろうか?

私はそうであってほしいと思うし、たぶんそうだと思うが、そうではないと本編から言い切るのがやや難しい程度には感じる

公平のために言うと、月でかぐや自由ではなかった理由

天の羽衣による自由意志そのものの欠如や、変化のなさ、大量の仕事といった何かであって

かぐやが「富・名誉勝利競争」の敗者だったか不自由だったというわけではない

(月に、それらがあるようには見えない。「権威」だけはあるかもしれないが。)

したがって仮に、超かぐや姫が「富・名誉勝利競争」に肯定的であったからといって、脚本上に論理的矛盾があるとはいえない

ではなぜ富・名誉勝利競争言及したのかというと、これは作品関係なく自分の考えとして、友情あるいは愛情は、それらとは無縁に成立してほしかたからなんだと思う

少なくとも現実ではなく美しいフィクション世界では

8000年の思い出をヤチヨがいろはに語るときに出現させたのは、あのボロ屋とコーラと安物のお菓子であったこから

2人にとって富や成功がなくとも友情/愛情は成立していると、そう描写していると理解することにしたい




(2) 「俺TUEEEEE」「ハイスペの私が幸せになりました」という物語に見えた

かぐやとヤチヨは特殊事情があるので良いとして、普通人間であるはずのいろはが有能すぎた

かぐや一目惚れするくらいに容姿がいい、というのはまあ恋愛ものから良いとして

東大行けそうで、世界ライブ演奏できる程度の作曲演奏ができて、プロゲーマーゲームでも勝負できる

ゲームについては、いろはが「実力差がありすぎる」ようなセリフはある

しかし兄が舐めプしたような描写は見当たらないし、観客からプロゲーマー舐めプしてる」というような批判が見当たらないので、兄は一定程度はちゃんプレイしたのだろうし、

そのプロゲーマーの兄相手に、試合後にファンが増える程度に試合が成立している

公平のために言うと、

しろ最近~今の流行りであって実際に興行的に大成功しているとか、

物語主人公はそうした特殊な人であるべきだよねとか、

東大プロゲーマーの「ときど」氏みたいな人もいるよねとか、

今のトップ配信者は事実そういうハイスペの極みな人だよねとか、

いろは普通人間ではないから、こういう奇跡のような物語になったのだろうとか

ハイスペだったり共感性が高い人だと視聴していて快の強い物語かもしれないとか、

いろいろ理屈はつけられるとは思う







(3) 放棄された法学部への進学

いろはは、ビターエンドの流れとして進路希望書に法学部を書く

そしてそのビターエンドは否定され、工学部系?に進学する

いろは工学部を選ぶのは、物語として整合性がある

また、二昔前くらいの作品のように「勉強自由否定=悪 / 芸術・遊び・スポーツ自由=善」のような単純化を拒み、いろは学業努力否定しなかったのは評価できる

それでもなお、その過程法学部を明示的に否定する必要はなかったなと感じてしま

例えばビターでは空白のままで、ハッピーエンドでは東京科学大学名前が入っているような描写だと良かったのかもしれない


この作品では、科学技術芸術特に音楽)の賛美があった

実際、それらは素晴らしいものであると私も思う

しかしながら、法だって社会には必要もの

法が間接的にではあるが劣るものとして暗示されたようにも感じられる描写は好きではなかった

この作品では語られなかったし語る時間もないことは理解するが、

力も利害も思考立場も異なる人間たちが、一定程度に公平かつ効率社会を成立させている要因として、法や法を支える人権思想がある

そうした法の制定と執行を正しくあるよう務める各機関職員や、法を学んだ後に民間で働く人の努力がある

卑近な例を出せば、この作品スタッフロールだって法務として4人の名前が載っている

映像作品が世に継続的にでるのは、数多くの有名スタッフ努力はもちろんだがそれだけではなく、

法務のような人がこういった作品権利が不当に害されないように努力しているからでもある



(4) ただ、好きになった部分もいっぱいあった

ただ、そういう自分向けではなかった要素はいっぱいありつつも

なんかそういう自分意見を難癖と感じるくらいには、キャラのことは好きにはなったとも思うし、物語一定程度好きではあるんだと思う

このあたりはとても良かった

・「かぐやにはわかんない」と言いたかったんじゃなくて「言いたくなかった」といったいろはとか

かぐやが月に拉致されたときに泣いたり叫んだり取り乱したりせずにチームに挨拶してすぐに別れるいろはとか

かぐやが別れのときに涙をいろはにみせないとか

8000年の記憶の中で、かぐやに温かい言葉をかける人たちとか

・母、兄、妹の関係が短い時間の中で納得感のあるものになっているとか

・くだらないビターエンドを否定してハッピーエンドにしたとか

EDメルト気持ちよかったとか

おわり

2026-02-23

anond:20260223174611

その論だと、「日本人視聴者」と「劇中の登場人物」は同じ知識レベル(「竹取物語」を知っている)と考えられるが、

竹取物語」では地球軍勢は月の軍勢に対し太刀打ちできなかったということを共通の前提知識として、

であればなぜそもそも「月の軍勢と対決し、かぐやの奪還を阻止する」という判断をしたと思う?

それにツクヨミ内であれば月の軍勢渡り合えるとしても(結果的にそうであったようだが)、

ツクヨミ内のかぐやの奪還阻止が成ったとして、現実世界かぐやの奪還が阻止できないのであれば、意味がないのではないか

かぐや現実世界交流できなくなってもツクヨミ内で会えれば良しとするのであれば、月からツクヨミにインできることを確認しておく必要があるし、

どうせ天の羽衣を着せられた時点でかぐや地球上での記憶感情が失われてしまうので、

どちらにせよ地球上でのかぐや防衛しなければ意味がないはずではないか

anond:20260223174559

通じてないな・・・・・・2か所を個々に防衛するより1か所の方が楽だろう

リソースが限られている中で、2か所防衛するのと1か所防衛のどちらでも同じ結果が得られると予想される場合は、防衛対象が少ない方を選ぶのが合理的で、自然判断だろう)という話だよ

自然に考えればそうなると思ったが、劇中では現実世界かぐや防衛すらせず、ツクヨミ内でのみそうしていたが、その理由は何だろう? という疑問だよ

anond:20260223033750

本来現実世界でのかぐやの連れ去りを防止するのがあのシーンの目的であって、

仮想世界上での連れ去りがあったとき現実世界で同じことが起こる、などとはそもそも描写されていない。

かぐやツクヨミにインしなければ、かぐや現実存在するだけであるが、

かぐやツクヨミにインすれば、かぐや現実ツクヨミ内にそれぞれ存在することになる。

現実世界での連れ去りと仮想世界での連れ去りが両方の世界に同じ効果をもたらすと示されていたとしても、

かぐやをインさせないことで、現実世界での防衛だけに専念する、という判断合理的ではないか

anond:20260223014656

ツクヨミから戦えてた。現実では太刀打ちできない」

そういう説明が無くても分かる事は描写しない作風なんだよ。尺の無駄じゃん

anond:20260222230243

かぐや防衛シーン、見てて完全に同じ事を思った

現実世界での籠城は無駄ツクヨミでの防衛必要であるキャラ達が判断するにしても

物理干渉してくるヤバい存在ゲーム能力で対抗できるツクヨミなら分がある』という過程描写するとかあっても良くないか

2026-02-22

ネタバレあり)超かぐや姫、よくわからないうちに終わった

配信でのみ公開→劇場公開決定という話だったから、それほどいい映画なのかあ・・・と思って観てみた感想表題

より正確に言えば、本当に時間無駄だった

他人感想も見てみたいが、まず自分の考えたことをまとめる:

最初結論

→この映画の見どころは、キャラクターデザイン(見た目のみ)とアニメーションの2点

 キャラクタービジュアルはよく、表情や動きも綺麗だった

 ただし、キャラクターの心情、行動原理世界観物語構成映像音楽演出等は最悪で、

 映画を観慣れた人間には、この内容で2時間半はキツいと言わざるを得ない

彩葉キャラクター設定

→要は、物語の展開に必要な性能を持たされているのはわかったが、必要のない設定が多いと思った(チェーホフの銃)。また、

 努力精神的な成長や考え方の変化がみられず、キャラクターとして魅力的でないため、かぐや彩葉感情共感できなかった

 アニメーションが綺麗でよく動くのはとてもよかった

下記は詳細:

かぐやとマブになった経緯

 →これが描かれていない

  同棲したり、共同で配信活動したり料理したり夏祭りに行ったりという描写はあるが、他に何もない

  かぐや電柱から現れ、当初は経済的感覚が欠落していたり、普段生活を乱したりするので、彩葉かぐや

  迷惑に思うのが普通だと思うが、急に布団に入られたりしても嫌がるような描写は当初からなく、どんな感情想像できない

  そうしてかぐやに対する見方を改めるような、精神的な距離を近めるような表現が全くないまま、

  月に帰る段になると、いつの間にかそういう感情を持っていたような描写を入れてくる

  百合をやるならこういうところを重視する必要があると思うが・・・・・・

優等生

 →オチ機械の肉体を作り、かぐや精神実質的に受け継いだヤチヨを移植して現実に顕現させる)にたどり着くためには、

  そもそも頭脳明晰であることが必要だったため、と理解した

 →ただし中盤では法学部志望であったようだが、そう設定した必要あったか

 (文系選択であったが理系進路変更した、という点で彩葉かぐやを想う気持ちの強さを示した?)

・親と確執?があるため一人暮らし

 →父親理解である母親はそうではない、という主旨の描写があったが、具体的な内容はわからなかった(言及あった?)

 →終盤で母親とよりを戻したらしき描写があったが、内容が明かされず、よくわからないうちに解決していた

 →おそらく序盤のかぐやとのシェアハウス状況を作るために、親元を離れた単身状態にする必要があったため?

・兄

 →序盤、存在示唆すらなかった理由は?プロゲーマーの一が兄であると明かされたときも驚きや感動の流れではなかった

 →かぐやとのシェアハウス状態から引っ越しをする際の保証人という物語上の役割があったが、

  そもそも彩葉が単身生活を開始できていることから母親彩葉保証人をする意思はあると予想される

 →例えば、単身生活開始にあたっては保証人になってもよいがその先は不可、みたいな合意を親としていたのか?

 →終盤のパトロン設定も、兄である必要はなかった

 →兄設定必要あった?ただのプロゲーマーかぐや彩葉の実力や人間としての魅力とかを認めてパトロンになる)で十分では?

ゲームが上手い

 →プロゲーマー相手ができるほどの実力がある(プロゲーマーで、昔からずっとゲームをやっていたという描写のある兄とほぼ対等)が、

  その実力を手に入れる過程や、維持する描写がない

 →物語の都合上必要な性能として理解した

ピアノが上手い

 →かぐや用の新しい曲を作るという話があったが、どの曲だったのかわからなかった

 →ライブシーンでシンセを弾いているが、どの音か判別できない(主人公楽器をやっているのにソロパートすら設けないのか?)

・友人について

 →出てきた2人はインフルエンサーのようだったが、その情報いる?

かぐや・ヤチヨのキャラクター設定

→どんな存在なのかやどんな気持ちなのかがわからないので、キャラクターとして魅力的でない。彩葉かぐや・ヤチヨの感情共感できない

 アニメーションが綺麗でよく動くのはとてもよかった

下記は詳細:

・正体について

 →「かぐや」は月の人(実存)で、彩葉との交流後、天の羽衣を着せられた際に地球での記憶感情を失ったが、

  月に帰った後に彩葉の歌を聞き記憶を取り戻し、地球に再度向かうことにした。道中の事故かぐやは死亡したが、

  地球に到着できたFUSHI(元・犬DOGE)が地球かぐや情報を伝え残していったことで、8000年程度かけて、

  「竹取物語」として、また色々な媒体かぐや情報が蓄積され、多少の尾びれはついているがそれらの情報統合するかたちで、

  現代になって生成AIかそれに類する技術により、ツクヨミ上でヤチヨとして、かぐやと同様の行動や回答を出力できるような

  (表面的には)情報生命体というべき人格を得た、という経緯と思ったが・・・これで理解正しい?

能力について(かぐや

 →初の料理でも(コスト材料のやりくりの観点が抜けているが)上手くできる、という描写があるが、

  自力VtuberLive2Dモデル?を作成した際は上手くできない、のは理由がある?

 →配信活動を開始した後、全員がクリエイター!などと言っているツクヨミで、なぜトップ帯のランカーとなれたのか?

  かぐやを他と差別化するのは何だったのか?あたりがダイジェスト的に映像流れるばかりで、何もわからなかった

彩葉に対する感情

 →彩葉からかぐやに対する感情と同様に、こちらもわからないうちに終わった

  かぐや目的が、月の定型的な生活に耐えられず地球感情的で刹那的生活に憧れたから、というものとして、

  彩葉たまたま最初に遭遇した地球人で、またあくま戸籍のないかぐやの居候先として便利だった、というだけになってしま

  (彩葉からかぐやに何か提案をした記憶がない。かぐやは自ら上記目的達成のため配信活動を始めていた)

  つまりこの映画百合に分類するとして、それに導く感情過程が見当たらない

物語構成について

→何がメインの物語なのかよくわからない。おそらくアニメーションは重視しているようだが、他の全ての面で面白くない

 物語としてはとても観られたものではない

下記は詳細:

努力、成長パートの省略

 →かぐやを迎えてから彩葉生活維持(かぐや幼少期(1~2日)を除く)、

  ヤチヨとのライブのためのかぐや配信活動、ヤチヨ顕現のための彩葉研究開発、

  これらが全て描写なし、またはダイジェスト形式になっている

  普通はその過程で、キャラクター同士の感情の変化があったり、何かを強く目指している理由漏れ出たり、

  視聴者キャラクターの魅力を感じさせるいい機会だと思うんだが・・・・・・

 →要は、開始時点と終了時点の状態はわかるものの、その中間で起こっている(と思われる)変化が何であったか

  それが重要な点のはずだが、それを映さないようにしているようで、始めから終わりまでスッキリできない

 →特に彩葉がヤチヨのための義体開発を、高校卒業から10年で達成できるとは思えない

  高校を出て、大学が4年、修士博士で5年、飛び級しても10年は無理だ。監督研究とかそういうの知らないのかな?

  彩葉年寄りになった頃にやっと出来上がって、「おばあちゃんなっちゃった」「私もおばあちゃんだよ」みたいにした方がいいオチでは?

  (インターステラー的な終わり方)

・中盤の3対3形式の対戦ゲームについて

 →ゲームルール紹介が序盤に数秒あったが、ダイジェストの一部という具合で、注意して聞いておくべき部分には見えないが、

  中盤ではこれのために長い時間が割かれていた

  ゲームルールがわからないうえ、ルールを把握する必要があるほどの重要パートでもないとみられるが、

  本当に長い時間このゲームをやっているので、このまま観てていいのか?ネトフリだし巻き戻して確認した方がいい?という不安最後まで拭えない

 →重要シーンではないのだが、とりあえず3DCGモデルキャラクターステージ)を作ってしまったので、カネもかかってるし、

  使い切らなきゃあなあという製作側の意思が滲んでいて、観ているこちらが恥ずかしい感覚になった

 →かぐやが月に連れ戻される場面もこの空間だったが、単に(全手描きより)戦闘シーンにしやすかったからに見えた。必要性は全くみられない。

  現実地球)よりもツクヨミの方が月に近い世界であるなら、かぐや防衛のためにはツクヨミにインせず現実空間保護すべしという判断にならないのか?

  (「竹取物語」ではかぐや姫奪還の月の軍勢には太刀打ちできなかったので、ツクヨミからまだ健闘したんだ、と受け取ればいいのか?)

ライブシーン、音楽について

 →本当につまらない。ライブシーンはせっかく仮想世界たるツクヨミなのに現実と大差ない演出で(監督マクロスシリーズとか見ないの?)、

  楽曲ちゃんと歌わない(歌唱中にセリフ調の部分があったり、笑い声が入ったりして、傾聴して聴けるほど長くすらない)

  まともに歌声が聴けるかどうかのロングトーンがあるのは冒頭のヤチヨ(CV早見沙織)の曲(これも短くてワンコーラス聴けない)だけで、

  せっかく早見沙織を起用しているのにその程度なのは本当にもったいない・・・・・・

  他の主人公格が歌重視の声優ではなさそうなので、まあ残当とも思えるのだが、あのキービジュアル音楽軽視なの?

 →こういう物語が紙よりも薄い作品は、劇伴映像表現で無理やり感動させるくらいしかないんだけど、全然やる気が感じられない

数日前に観て、モヤっとした気持ちが晴れないので書いた。

以上とするが忘れている部分が多々ありそう・・・・・・でも好意的な点は出て来ないと思う

2026-02-15

かぐや姫!が超意味不明だった

君は超かぐや姫!の真実を目撃したか!!!

俺はした! もし君がまだ「超かぐや姫!」を見ていないのならばネトフリを契約し今すぐ視聴することをお勧めする!!

とは言いつつこんな記事を見に来る奴はどうせもう見ているだろうから俺はようしゃなくネタバレをするが、まだ見ていないごく一部の君はネタバレを喰らって憤慨するだろうが超かぐや姫!をまだ見ていないのにこんなところにくる君が悪い。成仏しろ

~~~~ここからネタバレ

じゃあ前置きが終わったので俺が超かぐや姫!を最初にみたときの話?をするんですけど?主人公がこんなハイスペックなのは隔世の感を感じるなあなどと思いながら見てたら、なんかのアレで電信柱が光るわけです。一旦そこまで話を飛ばします

一般的な作劇上のセオリーにおいて、なんかもう無茶苦茶な嘘をついて良いのはひとつだけ、それも作品冒頭だけなんですね~

フィクションというのは土台嘘なのだが、よいフィクションルールのある嘘という点においてただの虚言クソやろうのホラ話とはちがう。作品がどのくらい噓をつくのかというレギュレーション最初に示し、その範囲物語をなんかする

皆さんわかりますか?この話はニンジャがスゴイ!!みたいな奴は最初にやるからゆるされるのであって、あとからニンジャが出てきて殺したらそれはダメだということです。でもニンジャが出て殺す前提の作品サプライズニンジャメソッド適用されない。いいね

しかしこの作品はふたつ嘘をついている。「VRのなんかがスゴイ!!」「かぐや姫実在した!!」のふたつである。じゃあこの作品がもうダメかというとそんなことはなくて、この二つの嘘が後で統合されれば全然問題はないです。竹林の竹が実際には全て地下茎で繋がった一本の竹であるようにね。具体的にどういうことか例を挙げると「ニンジャがスゴイ話」を最初にした作品で、「ドラキュラ実在した!!」のはダメではあるのだけれど、ここに「ドラキュラニンジャだった」という情報開示をすることで、ニンジャがスゴイ話にドラキュラが出てくる回はスゴイ名エピソードになりえます。皆もニンジャがスゴイ話にドラキュラが出てくる回を読もうね

まあ何が言いたいかというと、要するにこの作品の「VRのなんかがスゴイ!!」「かぐや姫実在した!!」という二つの嘘は、最終的に「かぐや姫VRのなんかだった!!」という情報開示により統合されることが予想されるということだ

この話の序盤はかなり無茶苦茶な剛腕で進めているので、たぶん嘘の統合はそんなに難しくないのでこの制作陣であればうまくやれるでしょう。話を続けます

この超かぐや姫!の制作陣がうまくやるだろうという予測もなにも別に根拠ではなくって~、作劇的に情報を置きに行ってる感がすごいしたからなんですね~

この作品のいわゆる1stターニングポイントまでの4分の1、かなり詰め込んでいる4分の1で、いろはかぐやを拾って、育てて、VR世界ライブを見ててっぺんを取る!と決めるところまで、かなりハイテンポで進めないとこのストーリー分量は4分の1には収まりきらない。それでいていろはの友人たちとの絡みなどこの時点ではあまり利きのない布石も打っている。かなりキツいタイムスケジュールであるにもかかわらずだ

一方で、「いろは音楽やってる」という情報の開示はライブの後、いざ配信するぞ、という段になるまで表に出てこない。これはかなり考えられた情報開示タイミング調整であり、この情報の初出は冒頭部分でついやってしまいがちでありながらここまで引っ張っても問題なく、かつ後出しすることでかえって重要情報であることを匂わせすることできるのだ。そうだね。わざわざ後だししたということは、この後大事に使う場面が来るってことだね。「主人公作曲」要素はあとでテストに出ます。覚えてお香匂い記憶と強く結びついている)

で、電信柱が孕んで子育てをしてライブを見て配信を始めるのだが、そこでなんかいけ好かない感じの奴らがでてくるのである

こいつがなんと帝である。帝であるからには結婚を迫り、しかも後ろにいるのはメス男子だったのだ!!!!!!

後ろにいるのはメス男子だったのだ!!!!!!

しかし待ってほしい。この男、帝なのに顎があまり尖っていないのである。じゃあ良い奴なのか?!!それともこいつもメス男子なのか?!!

メス男子であってほしい

しかし待ってほしい。顎が尖っているかどうかで人を判断してはいけない。多様性のなんかがあれなのでそうゆうのはよくない。たとえ顎が尖っていても帝はいうまでもなくドブカスだし初期城之内君は結構カスだ。でも闇遊戯も初期はカスだよ。じゃあこいつもカス可能性があるので気をつけましょう

(しばらく視聴)

ふいんきMOBAをやっている)

ところがどっこいここで衝撃の真実ゥ!! 帝はおにいちゃんで、しか結構妹LOVEだったのだ。結果としてこいつの矢印は妹がタゲ取りして、しかもねちょねちょした感じの恋愛方面ではない処理をされてしまった。びっくりである

びっくりであるが同時に上手くもある。かぐや姫が男と結婚させられそうになるくだりなんてのは今時マジで誰も望んでいないのでうまいことゴミ箱にポイするにあたって、初登場時に納豆くらいねちょねちょしそうだった帝は後を引かない東南アジア納豆乾燥させて粉にしたやつのおせんいくらいのカラッとした感じで話をさっさと終わらせてしまった

というわけでお兄ちゃんおしまい

ほならお兄ちゃんはこれ以降後ろの奴とメスになっててくださいね。たぶんこのアニメは2人は幸せキスをして終了するアニメなのでその背後でついでに幸せキスをしててほしいランキング第一位!!

しかし察しの良い俺はこの時点ですでに理解してしまっていた

こいつがお兄ちゃんであるということは、ヤチヨはママである

おちついて聞いてほしい。CV早見沙織すべからくママだという主張に関しては反論余地はないのだが、今回はそれとは別にヤチヨの中の人は高確率主人公母親であるという話をしている。家元リアリティショックに負けてはいけない

中盤の時点でいろはの抱える問題の根っこが解決しないままお兄ちゃんおしまいになったということから、このままいろはストーリーライン家族関連の話で進めていくことは窺い知れたし、中ボスに過ぎないお兄ちゃんの後にさらなる大ボスが控えており、その大ボスとの対決がいろはクライマックスになることは予想に容易い

ボスはもちろん母親に決まっており、作品を走る二つのストーリーラインいろは関連のルートかぐや関連のルートは最終的に有機的に統合され、混じり合って一つのハッピーエンドへ到達するのは間違いない

そしてその二ルート統合は「VRのなんかがスゴイ!!」と「かぐや姫実在した!!」の二つの嘘の統合によってなされるはずであり、「かぐや姫VRのなんかだった!!」という解へとつながる情報開示の鍵はおそらくヤチヨの握っている謎であるはずなのだ

前提として、ヤチヨはなんらかのなんかを抱えている

あそこまで話の中核に据えられて、主人公がご執心でありかつあの距離感を出してくるAI特に何の因縁もないシンプルAIだったらびっくりである

まりヤチヨはただのAIなどではなく、中に人が入っている(Vの中の人のような形に限らず、エヴァの中に母親が入っている、といった例を含む)パターンAIであろうことは間違いないし、ここで中に入っている人が今まで一切話に登場しなかった知らない人であることはまああり得ない。常識的に言って既に登場した、あるいは名前が挙がった人物の中にヤチヨの中の人候補は絞られる

そしてここまでで大きな存在感を示していながら、その実態ほとんど描写されていない、物語のコア部分に据えても問題のないキャラクターといえば、そう、母親だね。あるいは父親という線もあるが、その場合は恐らく父と母の複合になるだろう

ひとまずはヤチヨ=母と捉えるのが一番座りが良い

(あるいは父を継いだ)母こそがヤチヨAI、ひいてはツクヨミ世界開発者であるとすれば、なんか「これ必要か?」と感じざるを得ないいろはやお兄ちゃんのやたらハイスペック描写にも、異常技術と異常ワーカーホリックっぷりでツクヨミワンオペで作っちゃった仕事面ではバチクソ有能な母の遺伝という説得力が産まれる。

そして音楽をやっている(※重要情報覚えてお香いろは音楽やらせたのは両親、つまり母は音楽をやっているし、ヤチヨはライブをやっている

母はライブができる

思い出してほしい。映画冒頭でいろはと母との確執について解説したのはヤチヨ(CV早見沙織である。ヤチヨ=母がいろは母親とバチクソ仲が悪いのである~という韜晦に自嘲を隠したナレーションをするのはまさに二周目視聴で「そういうことだったのかよ」となる演出であり、らしさを感じさせる要素である

加えて言えば激推ししているライバーの正体がいがみ合っている肉親であるというのはあまりにも鉄板の展開だ。この鉄板で肉を焼いて御飯を三杯食える

そしてここまでいろはによるかぐやへの楽曲提供なんやかや過去曲だけで乗り切っており、曲を書けなくなってしまったいろは心理的障害を乗り越えて再び曲を書く、という展開がクライマックスへ繋がることはもうそんなん誰が見ても明らかである!!(明らかだね!!!

そして「親と途中まで一緒に作った思い出曲」が出てくるときた(しかも「なぜかその曲のフレーズがヤチヨのデビュー曲と重なる」という確変演出付き)

いろはラインの「家族との確執ルート」の障壁を乗り越えることがかぐやのための曲の完成へ繋がり、完成した曲の存在が八方塞がりのかぐやルートにおける突破口になる。これはふたつのストーリーライン統合としてこれ以上なく綺麗な形であり、ライブシーンを主軸に置く本作のクライマックスにふさわしい展開である

じゃあもういろは母親家元やないか

その特徴は完全に家元やないか

でもうちのおかんがいうにはおかん家元じゃないらしいねん。おかんが言うにはいろはとかぐやの2ショットにヤチヨが挟まって来ても全然良いって言うねんな

ほな家元ちゃうか……

自他共に認める百合作品主人公母親が挟まって来たら普通ちゃぶ台ひっくり返すもんな

おれのタイムラインにはヤチヨに狂うオタク結構氾濫していて、ヤチヨはメディアでいっぱい露出して、なんかすごいオタクがヤチヨに興奮しているんや

中に母親が入っていてそんなことがあるやろうか???


あ゛る゛!!!!!!

あるのだ!!! 断じてあるのだ!!!!!!

そう、我々は知っている!

ソシャゲで娘を差し置いて大量の衣装違いをことあるごとにピックアップされて作品の稼ぎ頭になっているふしだらな母を!!!

まさか…そんな…じゃあ超かぐや姫!は…

主人公酒寄彩葉母親こと事酒寄紅葉は…

うわぁあああああああああ!!!

かぐや姫!は……!!

主人公母親主人公差し置いてタイムライン制圧し、作品の稼ぎ頭になる家元作品だったんだァアア〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!

現実非情である

どうサバを読んでもアラフォー以上のおまえの母親可愛い衣装で歌って踊る母は完璧で究極のアイドルであり金輪際現れない 一番星の生まれ変わりなのである

おまえは伝説アイドル隠し子であり妹も居る。妹の名前かぐやといい、おまえの母親電信柱孕ませ棒で電信柱をファックして妊娠させた人間にもなれず電柱にもなりきれぬ哀れで醜い可愛い我が娘だ

おまえにかぐやをすくえるか!?

すくえるのである。この話はバッドエンドで終わるかぐや姫を超え、超絶ハッピーエンドを掴み取る超かぐや姫である

じゃあここからいろはをすくっていこう

こうゆう作品とかの奴に関していうとだいたいの場合主人公対立する主人公の母は主人公鏡像であり、主人公の辿るかもしれない未来ひとつの具現である

出来のよい作品ほど、このたぐいの過去から未来への継承ゆうやつを上手くやる。作品タイムスケールを広げて壮大にし、前の世代の悲願や次の世代希望主人公肩に載せることですごくすごいことになる。この時間軸方向に話を大きくして、というのはなんか8000年とか言って単にデカ数字を持ち出して壮大な話なんだぜ!!とぶちあげるだけではダメである。そうゆうのはクソみたいななろう系がステータスオープンして999999999999とかやるのと同じくらいの効果しかない

丹念に描いた本編の構造コピペして、同じ骨子を持つ構造を繰り返した別の物語を匂わせることで、本編と同じ強度を持つ構造視聴者が細部を空想で肉付けする余地をちらつかせることができて物語的強度が担保されるのである

かぐや姫!の場合過去が母=ヤチヨ、現在いろは未来かぐや

家出したいろは家出たかぐや、ふたりが逃げ出した実家と月は同じものであり、その月もまた過去に何かに反発した母が必死に造り上げたものだった

そうゆう一本の軸があるからその強靭屋台骨に沿った世界が立ち上がり、大きく物語世界観が展開できるのである。二つのストーリーラインがなんかあんまり絡み合わずにそれぞれ勝手になんかうまくいった感を出してもダメだよダメダメ

物語構造上、先にいろはクライマックスが来るのでこっちを先に語ろう

とりあえずいなくなったヤチヨを探してツクヨミ中を駆け回るいろはの前に釘宮理恵が現れて、ヤチヨの下へと案内してくれるシーンから話を始める

「本当に真実が知りたいのか」と問うウミウシに、いろはは迷いなく知りたいと答え、その結果としていろはツクヨミから強制ログアウトをさせられる

ウミウシの案内に従って走るいろはだが、その道中の景色はあまりにも見覚えがある景色だった。

案内は何の変哲もないマンションの一室の前で途切れ、いろは玄関ドアの前で立ちすくむ。なぜってそこはいろはが誰よりもよく知る場所だったか

画面に映る「酒寄」家の表札。ここで視聴者にも家元真実の一端が開示される

なぜ実家に?

ヤチヨの下へと案内してくれたはずの釘宮が示したのはいろはが飛び出した酒寄家のドア。こんな場所にヤチヨが居るはずがない……

しかし見慣れた我が家へ足を踏み入れたいろはが目にしたものは…

うぁぁぁ ヤ...ヤチヨが廊下を練り歩いてる

ツクヨミですらない現実実家リビングで、当たり前のようにくつろぐ月見ヤチヨの姿である!! そして一瞬のノイズが走り、ヤチヨが振り返る!!!

「あら、珍しいのね。どうしたのいろは

こ、このヤチヨのCV早見沙織ではない…ッ!!CV坂本真綾!!! ヤチヨが…実家リビング母親の声で喋っているッッッッ!!!

家元リアリティショックで指ひとつ動かせないいろはの視界から、徐々に実家リビングテクスチャが剥がれていく。その晒された地金に映るのは薄暗いサーバールーム母親の姿。そして点滴に繋がれやせ細った自分の姿――!!

何だ…コレは!? また幻術なのか!?

イヤ…幻術じゃない……!

そもそも物語開始時点ですでにVRの中であり、この話は徹頭徹尾仮想現実の中で進行していたのだ。いつからVRでないと錯覚していた?

現実においてはかぐや出会う直前で過労で倒れて緊急搬送され実家近くの病院へ運び込まれていたのだ

そしてヤチヨAI、ひいてはツクヨミ開発者である異常技術モンスターである母親が、ツクヨミプロトタイプとして過去制作したのが「月」

8bitや16bit風に表現されるかぐや故郷である

目を覚まさないろはを療養させるため、「月」の辺縁に再現された現実世界を月の外側だと勘違いたかぐやが逃げ出してきたのが物語の発端である

これはあまりにも明快かつ推測可能事実

だ…だって普通電信柱赤ん坊妊娠したと聞けば過労が祟って<

2026-02-09

「超かぐや姫!」のような世界になってほしくない

かぐや姫舞台は今より少しだけ未来日本電柱がある住宅街や街の様子からどれだけ遠くても100年いくかいかないかくらいだろうか。

主人公である酒寄彩葉バイトしつつワンルームアパートに住んでおり、時折友達ゲームをして遊んでいる。

このゲームというのが「ツクヨミ」なる仮想空間アバターを用いて遊ぶ、いわゆる「VRゲーム」だ。

人々はコンタクトレンズのようなデバイス(スマートコンタクト=スマコンと言うらしい)を使用し、目を瞑る事でゲーム体験を楽しめる。

作中の描写を見るに手や足などで操作するデバイスはなく、モーションキャプチャで動かしているのかと思いきや、

隣同士で激しく遊んでもぶつかったりしない所を見るに、脳波か何かを読み取って動かしているんじゃないだろうか。

とても恐ろしい。

技術としては大変凄く、ちょっとぼんやり光っているのも何やら近未来感あって格好いい。

現在でもVRゴーグルというものはあるのだが、いかんせん重く、取り回し辛いのが現状である

その点、スマコンは頭にかかる負担などほぼないようなものだ。

それでも、俺はこの技術が嫌なのである

コンタクトレンズだめなの。

2026-02-07

かぐや姫!が超つまらなかった

ネットフリックスが満を持して手掛けた『超かぐや姫!』がゴミだった。

まあまず『ワールドイズマイン』や有名ボカロ曲を使ったプロモーションを全面に押し出してきていた時点で怪しいものを感じていた人は多いと思うのだが、

その予感は当たっていましたね。

駄作だった。不愉快ですらある。

百合っぽければいいんでしょ」とか「長い時間をかけて思いを募らせてればいいんでしょ」、「とりあえずライブ入れておけばいいんでしょ」

という、現代の客をナメてナメて舐め腐った作り手の意識が出尽くしてしまった、典型的な『若者舐めてる系』の創作である

いやまあ、実際のボカロ曲の選定を見るに、自分10代だと思い込んでいる30代とか40代おっさんとおばさんがメインターゲットなのは明らかなのだが。

ちなみに俺はアニメは一応2回見て小説版は見て、ガイドブックを参考にこのレビューを書いている。

ガイドブックは絵もテキストもクソ浅い情報しか載ってないのに3000円以上も取るのかよ、という客をナメたものなので買うのは推奨しない。

☆良かった所

・一部のアニメーションと演出

・曲、声優の演技

■悪かった所

シナリオキャラクターを中心とした「良かった所」以外の全てがゴミ

シナリオについて

ガイドブックによるとメイン声優陣が「複雑すぎる話を最初は飲み込めなくて~」と言ったことを全員語っているが、それはまあその通りである

この話にシナリオなんてものほとんどないからだ。っぽくしているだけで、ぶっちゃけしたことはやってないというかシナリオ構造自体破綻しているのだからキャラの想いなんてものはなくて当然である

複雑なんじゃなくてシナリオになってないのだ。というか、キャラクターの行動原理がわからないのだから当然だろう。最初から製作陣がわかっていないもの説明しろと言われても無理なものは無理なのである

なんでこいつら配信してんの?いやまあ表層的なことはわかりますよ。歌に救われた(笑)とか、推しに救われた(笑)からだよな。

まあ、それならそれでしっかりそれを描いてくれないと説得力がないんですよね。

そういう人間過程を描く能力がないから、チラ見せしてそれっぽい視聴者の都合のいい妄想に頼ってるんだよな。

能力がなくてやれなかったこと」を「あえてやらなかった」って言うのやめません?「ストレスフルな展開はあえて外しました」じゃないんだよね。

単純にキャラクター設定が適当で、話の構造作りも適当からちゃん人間関係性描くことができなかっただけですよね。

要するに人間人間機微なんてものを描く能力がないんですよ。監督に、脚本に、スタッフに。

キャラクターについて

それなのにインタビューによれば監督は「人間同士の密接な結びつき」を書きたいらしい。

それで、その密接な結びつきとやらはどこにあったのだろうか?

こいつら、結局なんで仲良くなってんの?お互いがお互いを必要とする理由って何?なんで配信者やりたいの?結局さ、人間が描けてないんだよね。

彩葉趣味バイトやりながら東大合格余裕で、ゲームプロゲーマー級、実のお兄ちゃん超人気ライバーという「悩み」があるのも烏滸がましいレベル超人である

いや、わかるよ、苦労してるところを人に見せまいとしたり、父親の死(笑)とか母親との衝突(笑)があったもんな。悩む悩む。ダイジェストでやられたからしっかり伝わってきたよ。

俺も東大法学部余裕でゲームだけで稼げる腕があったら彩葉みたいな『周囲の空気を読む人間』になるわ。

やっぱね、そんなハイスペ人間なら、推しの歌だけを頼りに自分の辛さを覆い隠して笑う人間なっちゃうよね。わかるわかる。ならねえよ。アホかと。

まあ、ハイスペだから絡んでる友達ハイスペってのはリアリティあってよかったと思います。(友達連中は美容インフルエンサー(笑)

そういうスペック高い人間以外は画面に映りすらしないのが監督の人柄がよ~く出てますわね。とても人生に悩む少女を描けていたのではないでしょうか。

カグヤやヤチヨの所も、もうね、浅いなどというものではない。

ヤチヨはなんとカグヤだった!8000年間、彩葉を待ち続けていたのだ!!!って言われてもねえ。

監督自身が言ってるように、『Fate』の士郎とエミヤ関係性やってみてえ!くらいの浅い思いつきでしかないな、と思いましたね。あーわかるわかる、何か8000年の時を経たことで

カグヤを見守る翁と媼になったんだよな。意味わかんねえ通り越して馬鹿なんじゃねえの?なんかそれ話として意味ある?ないよね?

それでやることが結局ライブかよ、という浅さね。こいつら何?ずっとアイドルやりたかったわけ?結局Vtuberとか配信文化ってものへの理解が浅いからこういう表現なっちゃうんだよな。

で、なんだっけ「キャラクターいかに印象に残るか、生涯を通じて人格が変化していくことのエモさを書きたい」んでしたっけ。描けていましたか

自分が育てることになったわがまま娘が自分推していたわがまま娘だった」ことが大変ドラマティックで、2時間使ったらしいのだが、何言ってんだって感じ。

そのギミックから逆算して話を作ってるせいで、いや、話になってませんよね、としか言いようがない。だってどこにドラマがあるのか描いてねえんだもん。

結局その「チラ見せ」でなんか都合のいい話を君の中で膨らませてくれ!ってスタイル、やるならやるでちゃんとやれよ。

2時間ちょいあれば『もののけ姫』くらいの肉厚な人間描写はできるんですよ?なんで出来ないんですか?スタッフ陣に才能ないからじゃないですか?

■それっぽさだけで構成された配信文化ゲーム文化戦闘シーン

輝夜から1ミリ進化してないVtuber像と、Apexやっとけばいいんでしょっていう浅い作中ゲームと、

なんかとりあえず戦っとけばいいんでしょ?っていう月人相手戦闘シーンと、もうなんか突っ込むのもめんどくさいくらいのそれっぽさの集まり

しかもそれぞれがストーリーに対して何の寄与もしてないという。配信ものって、結局視聴者バズるためだけの道具というか舞台装置みたいなもんだししゃーないんだが。

他の監督だったら最後戦闘シーンはツクヨミの他の視聴者たちもカグヤのために立ち上がって戦うくらいのハッタリ・サービスは見せてくれてたというか、

カグヤやいろPの配信SNSで繋がることの真の意味でのエモさみたいなのも描いてたと思うんですよね。まあ、この作品製作陣は視聴者なんてどうでもいいと思ってるからそんなん必要いか

何回も言うけど舐めてんだよね、話を。「なんかエペっぽく戦ってるシーンあればエモいっしょ」くらいの舐め。「輝夜月っぽいことやってりゃバズんでしょ?」みたいな舐め。「有名ボカロ曲カバーさせときゃいいっしょ」みたいな舐め。

■「世の中への舐め」

『決めたら叶う』が基本なんだよね。この話。子供を育てることも、家族を説得して引っ越すことも、世界を席巻する仮想世界トップの人気を得ることも、

因果の先でハッピーエンドにすること(笑)も、とにかく決めたら、あとはダイジェストでそれが叶えられていく。何故なら登場人物ハイスペだからです。という身も蓋もない話。

10研究すれば完全な義体も作れるし、行くことを決めたら月の仕事を終わらせて地球に行くことも叶うし、カグヤとヤチヨのなんかよくわからん分裂?3人でハッピーになりたいみたいな都合のいい結末も叶う。

彩葉もカグヤもヤチヨも、全部『悩むけど決めたら全部叶う』が基本。まあこれはしょうがない。今のアニメ観てる視聴者層って何かを決めることがまるで一大事みたいに思いこんでるからね。

それに加えて、結局、監督の恵まれエリート思想が見え隠れするよね。アニメを作る能力もある、予算もある。じゃあ何をするかというと決めることだけなんですよ。

「何をするか決定する」ことにこの物語は終始一番の価値を置いている。世の中の99割のゴミは何かを決めた所で実力とリソースの不足でそれが叶うことなんてないのにね。見てて悲しくなってしまったよ。

このアニメを見て少しでも何か感情的になったゴミ自分が何かを決定したところでハッピーエンドになんてたどり着けないことを胸に刻んで生きていこうな!

監督脚本の「こんなもんでよかんべ」という舐めが見えてくるのに、視聴者ゴミは感動しちゃってるらしいので、その非対称性ホント悲しくなるよ。

かい過程とか、情動とか、どうせ理解できないし、こんなもんでいいでしょ。キャラが何か悩むフリして、ライブ見せとけばいいんだよ。という『舐め』。

まあしょうがいか、こんなアニメで喜んじゃってる層は舐められるに値するよね。

ゴミみたいな『ワールドイズマイン

もうね、ぐだぐだ言ってるけどこれが一番のガッカリポイント

「ワイズマ」に思い入れがあるならちゃんライブシーン描けよ問題

この「ワールドイズマイン」、山下監督たちスタッフが滅茶苦茶こだわっている部分らしく、初報のPVでも使ってるし、

早見沙織インタビュー製作陣のおこだわりを語ったりしているのだがそれにも関わらず、『生歌収録(笑)』にこだわって、なんか微妙な歌と化している。

特に途中の面白グラサンをかけてかぐやがヤチヨに変な踊りを繰り出し、ヤチヨはそれを見て笑う…というシーンがあるのだが恥ずかしくて見ていられない。

陽キャに憧れた陰キャカラオケでふざけてるのを見せられるような羞恥だ。歌ってる時に身内でギャハギャハ笑ってるアイドルとか誰が望んでるねん。

ていうか思い入れがある曲なら真面目に表現しろよ。終始、どこか照れてんだよね、この作品。結局、「配信見てる客」なんてどうでもいいっていう監督精神性が現れてるよね。

何回も言うけど、『コンテンツを受容する側を舐めまくってる』ことがにじみ出てるシーンだと思いました。

ていうか百合やりたいのか知らねえけど取り合うシーンいる?歌えよ。歌を。ワールドイズマインだぞ、ワールドイズマイン。なんでちゃんと歌わねえんだよドブカス

総論

監督とPの『竜とそばかすの姫』のライブシーンだけ抽出して変な細田展開減らしたら受けるんじゃね?という目論見はある程度成功したと言えるだろう。

お話は2時間20分かけてやる内容ではないがキャラクターエモーショナルフォーカスしてMVとして見るといいんじゃないっすか?

豪華なMVだよね。竜とそばかすの姫から余計な要素抜いた感じ。

まあ、細田作品それっぽいエモさを褒めてたような人間が褒めるタイプ駄作。お前、サマーウォーズとか好きそうだよな笑

女が主軸で中身の大半がガールズトークみたいな話で、あとはちょっとした作画オタクがほめそやしてるだけ。

なんか派手なライブがあって、それっぽい推しがよくわからない感動的なことしてればそれで良いという、人モドキには向いてるんじゃないでしょうか。

ストーリーもバトルも配信ダンスも全部意味ないけどエモっぽければいいっていう、舐めた作品を見て情動が動くような人って何かが欠けてると思うんですよね。何が欠けてると思います

長ったるい俺のレビューなんて読まなくていいよ。この一言だけ覚えて帰ってください。


かぐや姫には人生がない。

かぐや姫を褒めている人間には、人生がない。

お前には人生がない。

何かを決めるだけで全て叶うような浅い話に共感する、夢見がちな、自分可能性に満ちた存在だと誤解してるゴミ

そんな人間はそれこそ早く決めるべきだろ。その価値のない人生のような何かをどうするかを。

かぐや姫話題や絵が出る度に思い出せ。

お前には人生がない。

2025-05-19

神魔狩りのツクヨミ the柱攻略

青龍とフィン。を消す

集めるカードは角大使+、バク+、混沌

混沌は一枚だけ+にする

70階以降でアモン+を一枚取る

七人ミサキも一枚取る

中ボスは序盤で1,2回倒せば十分

有用な創成カード

全体攻撃懐刀(無くてもいいがあると楽になる

試し札晩とあわせて3枚あるといい)

契約赤(これがあればアモン不要)

闘志3倍受けて立つ、回天(打点枠、片方でもいいしなくてもいい)

捨て札を戻して引きなおし(あると多少安定性が上がる、なくてもいい)

ダンジョンの進め方は

序盤以降ひたすら中ボス回避

ブネに当たるとだるすぎ

あとは適当イベント踏んでいく最大HPが増えると嬉しい

オド+1デメリットさほど無いのでとっていい

封印20ダメージ、1発め無効、歩いて回復あたりのツキモノを取る

まあ勝手にめぼしいツキモノはそろうはず

100階ボスHP9500くらいのアラハバキ

封印カードの枚数が足りたら勝てるし足りなかったらライフ持ちません

そんだけ

2025-05-17

神魔狩りのツクヨミ、大好きなんだけど、プレイヤーごとにカードの見た目も性能も名前全然うから攻略話し合う時に性能が軸になるのおもろ

2025-05-15

神魔狩りのツクヨミ

AIで生成されるイラスト無限収集するのが一番の沼要素だと思うが

現状かなり低品質ものしかでないので誰もそんなところに金出してない

品質なのが出てしまうのは予算技術的にしょうがないと思うが

今の作りだと、ユーザー成功体験=良いものが一回出たからもう一枚!っていう導線がない

理想で言うと、低確率もっとリソースつぎ込んだ上位AI絵が出るようにする

(体験させるために無料100連キャンペーンもやる)とかがいいだろな。

現実的には上位AIを用意できないだろうから

AI生成自体を低確率SSR枠として、95%は手書きカス絵を出しておく形にした方が

今の常にAI形式よりは射幸心煽れたんじゃなかろうか

2025-05-12

anond:20250509165921

神魔狩りのツクヨミ

ローグライクのフリをしてるが本質ハクスラだと思う

次のランに影響する永続強化が多いし

AIカードも持ち込みまくれる

AIカードを持ち込むイベントが多発するが無課金だと現時点で有用AIカードが少なくデッキゴミを混ぜるイベントになりがち

これが毎回有効カードを拾えるようになればデッキの強さがはね上がる

そうなるためには課金か長期のプレイ必要

商品として狙ってる層は「ローグライク上手くないけどやってはみる層(難しくてすぐやめちゃう層)」だと思う

そういう層にローグライクと誤認させて成長の蓄積でクリアさせるゲーム

でも宣伝全然足りなくてローグライクマニアしかやってない

マニア的には全然違う作品からいまいち

2025-05-11

[]5月1週記録

週報(5月5日~5月11日)

漫画を読む、家事をやる、飽きたら適当ソシャゲを進める。

もうずっとこんな感じ。

今後もずっとこんな状態なんかなと。

からこんな感じだったのが単に金払わなくなっただけではあるんだが。

語りたいもの

彼岸島48日後(全話無料

吸血鬼が好き勝手コミュニティともバイオームともつかないものを作り上げまくるせいでよりダークソウルっぽさが増した和風ホラーナンセンスギャグソウルライクバトルアクション。前読んだ所から読み始めたんだけど、話を忘れてるな—と思って最初の戻ったあと気づいたら全部読んでた。そして前作の47日後も全部読んでしまった。無印もそのうち読み直すか。

神魔狩りのツクヨミ

AI画像生成をゲームシステムに組み込んでくるゲーム日本から出てくるのが嬉しい。学習元の悪魔絵師と金一馬の絵柄が強烈なのでAI生成でもそれっぽさがちゃんとある。なんか色々と意味不明世界観メガテンライクな空気が持つトンチキさで飲み込めてしまえているのが強い。ただ、ローグライクカードゲームとしての出来としてはスマホゲーレベルだなって思うし、成長要素がアーチャー伝説とかの方式なのとかもゲームバランス調整投げ捨ててねーかと感じた。

主な無料娯楽

漫画

彼岸島48日後(全話無料

彼岸島最後の47日間(全話無料

ゲーム

・神魔狩りのツクヨミ配信開始)

2025-05-09

神魔狩りのツクヨミ

メガテンイラストレーターの絵をAI生成することを売りにしてるデッキ構築ゲー

数日前にリリースされた

初動で全然なので低空飛行で終わるだろう

AI生成絵の質はいまいち

正直ゲーム面白さにもあんまり貢献してない

ゲームシステムの説明をしておくと

デッキ構築ゲーでカード集めたり強化したりしながらダンジョン潜るパーマデスのやつ。

カードも全てがAI生成な訳ではなく事前に用意されたカードプールがある

それとは別に時々イベントが起きてAI生成のカードがもらえる(1日3回程度まで以降は課金)

イラストも性能もAI製ということだが

性能の方はあんまりAI感がない

かなりきっちりしたテンプレートがあってそれをちょっとずらしてる程度

ハクスラによくあるランダム性能装備の方がよっぽどランダム

ただ基本のカードプールよりは一回り強いカードが出るようになっているので

これで良い攻撃カードを引けてるとかなり楽になるし(ちなみに一度生成したカードは以降のランで持ち込める)

引けて無いとつらい

パーマデスといったがトルネコというよりはチョコボ型のデザイン

永続成長要素がかなりある

これがガチャになってる

無課金でも長期でやれば全回収できそうな量ではある(今後の追加は知らん)

2025-04-16

神魔狩りのツクヨミ先行体験版

当方スーファミの真メガテンからペルソナ5まで大体プレイしている年だけ食ってるライトゲーマー。先行体験版プレイする権利を得たので2日くらい触ってみた。

ダンジョンに出入りする度にマップが変わり、手持ちのカードや持ち物がリセットされるローグライクゲーム。道中で手に入るカードや持ち物も都度変わるので、どう立ち回るか考えないといけないのが大変だけど戦闘楽しい

AI生成されたカードが大量に出てくるんだけど、どれもちゃんとしてるように見えて微妙に歪で気持ち悪い。んだけど、AI生成された絵を描いたのが、大元の絵を描いた悪魔絵師の偽物、っていうゲーム内設定なので気持ち悪くても納得感があるのがとても良い。偽物が描いてるんじゃしゃあねえよな、ってなる。良いAIイラストの使い方だと思う。

戦闘が楽しすぎてあっという間に時間が溶けるのがしんどい。何度も戦ってればレベルが上がってダンジョン中でもらえる装備品の種類が増えるので、勝てる可能性も広がるんだけど、素人から脳筋装備と脳筋カードデッキ組む方法しか思いつかなくて時間だけ食われて中ボス永遠に勝てない。

気づいたら日付回ってるし、得た物はデジタルコンテンツだけだし、楽しいけど「なにやってんだろ……」感がすごい。ゲームやる時間で本読めば良かった。

課金前提のゲームではあるけど、課金してもらえるカードは大体偽悪絵師の描いたAIイラストだし、思い入れのあるキャラの絵でもないし、これから思い入れが生まれ可能性もなさそうだし、手元に現物が残るわけじゃないし、ゲーム内でしゃべるわけでも動くわけでもないし、課金までしてやるゲームだろうか?多分やらない。装備品の種類を増やすための課金もできるけど、古い人間なのでソシャゲで装備品課金するという行為そもそも理解不能。持ってたって誰に見せびらかせるわけでもないし、主人公サポートキャラの見た目が変わるわけでもないし、ダンジョン内で確実に出てくるとは限らないし。いろいろ有利になる月間パスへの課金もできる。つまり月間パス課金しないといろいろダメで無理な感じなんだろうな。

何らかの実験調査に協力してください、費用運営負担します、時間だけください、みたいな、それこそ現状の体験版だったらやってもいいけど、自分から進んでやることはない。敢えてだと思うけど、なんかズレてるような滑ってるような生まれたてコンピュータが発する感情的もの彷彿とさせる「戦イニ備エヨ」みたいな字幕雰囲気とか、綺麗でレスポンスが速いUIとか、サクサク進む戦闘処理とかはすごく良い。家庭用ゲーム機でもPCでも買い切りの方がまだいいんじゃないか。ゲームシステムに中毒性があるだけに、なんでソシャゲなんだよ……という気持ちが強い。一区切りになるまでのプレイ時間が長くなるのが本当にキツい。セーブはできるけど再開したら手持ちのカードや装備で何がしたかったのか忘れてそう。女神異聞録ペルソナの一時中断みたい。

あと出てくるキャラダンジョン途中にいる中ボス級の敵のバックグラウンドとか性格がわからないというかつかみどころがなさすぎて、全く感情移入できないので、その辺しっかり教えてほしいです。いや正式リリース版はやらんだろうけど。サポートキャラの「むつ」だっけ?バックグラウンドがわからないと全然ブヒれん。イラストの時点でブヒるためのキャラではないんだろうけど。垣間見える設定に可能性は感じるので、サ終になる前にちゃんと全出しできるといいね

雰囲気は大体真メガテンなので、あの頃のアトラス好きな人は好きだと思うけど、逆に怒り出すかもしれない。

とりとめなく書いたけど、全体的には好きでした。サ終したら買い切りソフトで出してください。将来ソシャゲ歴史の本が発行されるとして、タイトル記載のみで消し去るには惜しい。

2024-12-08

推しの子実写の原作改変

なにを言ってるかわからいかもしれないが、ツクヨミ濱田マリになっていたんだ。

推しの子に出てくるツクヨミロリ幼女なんだが、濱田マリがやっていたんだ。

まり濱田マリは…ロリ幼女だったのか?

かに声はロリ幼女

でもその濱田ヨミが、案外いい味出しててなぁ…

場がちゃんしまるっていうか、シリアス感出るっていうか。

濱田ヨミ、いいね。全体的に面白い実写化だわ。

デスノ最初映像化思い出すなぁ。

2024-11-15

推しの子最終話まで読んだ感想困惑

推しの子単行本派だったけどあまりにもTwitterがザワついていたため耐えきれずWebアプリ最終話まで読んだ。読んだらもっと耐えきれなくなったので初めてはてブを書いている。匿名で……。

推し有馬かなで絵も可愛く全員好きだったが、果たして──

打ち切りエンドすぎる

ツクヨミは?ビデオレターは?タイトル意味は?

真犯人ニノだったら「アイドル」と小説意味も違ってくるぞ!と思ってたけど結局カミキだった。ぽっと出のニノ黒幕よりは良かったけども。

・これだから自らの命を蔑ろにする奴はダメなんだ。結局その瞬間の甘美な自己犠牲(笑)に酔って後先考えていないだけ。命を有効活用するにも無駄遣いすぎる。アクアもっと上手くやれたはずだし、先手で不意打ちなんだからこちらがコストを払う必要はないはず。自分の命を勘定に入れるのは最終手段にしようや……。もうお前だけの命じゃないんやぞ

ルビー有馬かなとあかねがあまりにも可哀想すぎる。全員で草。有馬かな、正ヒロイン競争では勝ったけどそもそも恋愛」というもの価値意味をなさなくなったか相対的に負けた。ルビー人生に負けたんだ。

こんな負けヒロインもあるんだ……勉強になりました……。

ハーレムもの主人公が全員から好意一定に保ったまま誰からも恨まれことなく死んだから地獄。大切な人を失った女の子が3人生まれました、あーあ。

・アイは生まれもった「愛情」の欠如から来る闇を「嘘」で覆い隠してアイドルをやっていたけど、ルビーは元から素直だし、現世では愛も受けてるし、アイのことも世間公表して復讐も終わったからこのままだとただの素直なアイドルになってしまう。「私は今日も嘘をつき続ける(=それが魅力)」をやるために、「最愛の人を喪った悲しみを表に出さない」という闇?を抱えさせられた?の?だろうか?と解釈して納得したけどいらね〜!!!大団円バースの別ルートを見せてください。

アクア〜〜〜〜!お前の存在は大きいぞ〜〜〜!!!

・てか自分から死んどいて死ぬ瞬間は「苦しい、後悔、生きたい」とか思うの本当に勘弁してほしい。これだから自殺は(自殺アンチ)。馬鹿馬鹿馬鹿アーホ!ドージ!マヌケ!大切な女の子待たせてんじゃねえぞ!せめて自分から死ぬなら苦しまないでほしい。アヘ顔ダブルピースのまま「うれし〜〜〜!きもち〜〜〜!ありがとうございました!」つって死ねる奴以外は死ぬなよナメてんのかカスがよ死ね

ツクヨミ何?

・「同じ轍を踏むわけねえだろ!」まではいい感じだったのにな〜〜〜〜😭😭😭😭

ここも黒川あかねCIAではありませんが……?にはなったけど。自ら望んだとはいえそんな危険役回りをやるなやらせるな

最終話周辺の2-3話、コマだけの無言カットが多くてどこまでが赤坂アカ先生ディレクションしたのか気になる。メンゴ先生負担デカくないか

・えーーん、バッドエンド嫌だ……って思って読み進めてたけど、その割に最終話はあっさりしてるしまるで打ち切りすぎるよ。人気も時間予算もあったと思うんだけどな……。

有馬死体ビンタネットではめちゃめちゃ叩かれてたけど思ったより気にならなかった。直後のミヤコさんビンタ相殺されてるし、その後の台詞文脈聞いたら泣くしかないでしょこっちも。むしろよく発狂しなかったまである

その涙、最終話で引っ込んだけど……。

星野アクア死んだって聞いて可哀想だと思ってたけど自殺すぎて許せなくなってきた。

・「ママとお兄ちゃんが照らしてくれた、未来を!」じゃないよほんとにこれでこの漫画終わったんか???自分でも言ってたじゃないかアイドル寿命は短いって。「どうしようもないほど楽しいお仕事!」が終わったときルビーちゃん自殺しちゃいそうで怖いよ。みんな病んでる。何!?別にタイトル回収というわけでもテーマに沿ったわけでもないからこのエンドにした目的がわからなくて怖い。逆にルビー因果が集まりすぎてて、天童寺さりなの命にはそれほどの価値があったのか?(疑問)になってしまっている。

両親を失った命の重みに耐えられなくて闇堕ちしたカミキに対して、様々な人の命の重みを背負って嘘をつきながらアイドルをやってる星野ルビーの善性と強さをもって勝利としたのか?

いや、文字でまとめてたらしっくりくる理解はできるんだけど、読後感としては、最悪でした。

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