はてなキーワード: 惨事とは
私は塾で先生をしています。個別指導塾です。アルバイトなんですけど。
指導は小学校高学年から中学3年生まで、勉強が得意な子はマレで落ちこぼれが多い。
学力テストで一桁しか取れない子、というのが結構多く通ってきます。
学校のテストでは平均点くらいは取れるんだけど、都道府県、もしくは全国区の学力テストだと一桁の点数しか取れない子が結構います。
こういう生徒をどうすればいいのか、試験監督をしながらかわいそうに思っています。
一桁点、ということはほとんどわからない状態なので、50分のテスト時間をただ黙って過ごすことになります。
そんな生徒たちの背中を見ていると、いたたまれなく思ってしまうのです。
学力テストや入試ではテクニックや取捨選択が必要になってきます。
そのことを知らない子がかなり多い印象です。
だから、学力テストが終わって答え合わせをする際に、ちょっとだけそんな話をするのですが、
結局、学校では各教科で新しいことを次から次へと教えるので、そんなコトに時間も気力も使えない。
定期テストでそこそことりつつ、内申点をキープし、本番でも高得点を獲るような生徒は超人的です。
特に一桁点を取るような生徒ばかり担当していると、それがわかります。
私自身は自頭は悪いけど記憶力はあったので、そこまで勉強に苦労していなかったので、
学生時代にはそういうこと(勉強のできない子の視点)には気が付きませんでした。
さて、ここからが本番なんだけど、子供を個別指導塾に入れる際には
子どもに何をさせるかを明確にするべきです。
要するにとにかく塾に放り込めばいいと考えている。
1.定期テストで良い点を取らせたいのか
2.本番で良い点を取らせたいのか
この二つはつながっていそうで、実はつながっていません。
勉強ができる子にとってはつながっていますが、できない子にとってはつながっていません。
だから全くの別物と考えて、どういう方向にもっていきたいか、親がはっきりさせるべきです。
もちろん、答えは2です。
定期テスト対策は普段の学校の授業とかぶるので、復習の時間になってしまってあまり意味がない。
個別指導塾では入試で最低ラインを獲るテクニックを教わるべきです。
高校入試の数学を例にとると、大問1はたいてい基本の計算問題が出題されます。
ここをすべて解くことができれば、20点くらいもらえます。
加えて、各大問の最初の問題は、各単元の基本を覚えていれば答えを導き出せるので、
合計で40点くらいは取れるはずなんです。
特に点数が悲惨なことになる数学を個別指導塾で補うのが良いでしょう。
いくつかの個別指導塾を経験しましたが、教材は持ち込みOKなところがほとんどです。
だから、「高校入試・計算問題」と書かれた参考書を書店で購入し、
それをひたすら解く練習を塾で先生とすれば、一桁点という惨事は避けられます。
それにしても、このシステム、どうにかならんかといつも思っています。
塾や学校の先生たちは、どちらかというと学生時代に勉強ができる側の人たちだったから
学校や勉強が好きで、そのシステムのやばさに疑問を持っていない人が多い印象です。
初夏にはまだ早いかもしれないけれど、
丘陵の一面にはプラグマタの花が咲き誇っていてああもうすぐ夏なのね!って
少しいつもの季節より早く咲いたプラグマタの花を前に私は思いを馳せるの。
そして、
私はそのプラグマタの花を愛でるのと同時に、
そう!『プラグマタ』も始めちゃいました、
が!
これがいきなり難しく、
海のものなのか山のものなのかよく分からないゲーム内容のなんとなく月のものではありそうな、
そんな雰囲気というかイキフンを同時にプラグマタの花のように漂わせつつ、
私もそっとプレイを始めたの。
私はそんなドキドキとコントローラーを両手にしっかりと握りしめて、
オープニングイベントの惨事を見届けながら先が長くなりそうなこの物語の序盤の序盤に差し掛かったの!
ふむふむ!
ヒューっていう宇宙服を着た主人公と青いダウンを着ている小さな女の子ディアナと一緒に大冒険するゲームらしいの。
ICO的な、
私がうっかり手を離したばっかりに!って後悔させるゲームだと思っていたら大間違いだったわ!
2人で一緒に戦うの!
戦うのよ!
ヒューが銃撃戦を担当のディアナが施設内に蔓延るロボットをハッキングして大ダメージを与えられるようにする役目を担っているのね。
そんで、
敵がやって来たら、
ディアナのハッキング開始してヒューが撃ち込んでやったー!って流れなんだけど、
これ、
4かける4とかのパズル盤面が出てきて、
うわ!
私の苦手なパズルゲームじゃない?これ苦手かもしれないと一瞬思わせといて、
つまりそこに辿り着けばハッキングできた!ってことになるらしいの。
私はコントローラーを離してダブルの腕で力こぶを作る仕草をしたの!
なーんだ楽勝じゃない!
敵が迫ってきてるんですけど!
これうかうかしていると、
私はこれで何度もやられちゃって、
そのたびにディアナにヒュー大丈夫?って起こされるところから再開するの!
え?
これさ、
ヒューかディアナのどっちかがオートパイロットで勝手に動いて攻撃補助してやられちゃったものなら、
ヒューもっとしっかり撃ってよ!とか
もー怒っちゃうぞ!ぷんぷん!って石原さとみさんみたいな怒り方は一応するものの、
心底むかつくこの頭の悪いオートパイロットのキャラクターにうんざりするところじゃない?
だけど
プレイヤーが2人とも操作して協力して敵をやっつけるって仕組みになってるから、
悪いのはプレイヤーのワシやないかーい!って激オコの矛先が自分自身になるから、
すなおにミスが認められてゴメンナサイと謝れるの。
しかもよ!
あれ一筆書きって楽勝っしょー!って思ってるでしょ?
敵が迫ってきている最中に一筆書きって案外順序よくなれないとマスをゴールまで進めることができなくて、
しかもその間に
敵が迫ってくるし、
まだハッキング途中だったらブーストで回避して敵との距離を開けたりして、
そんでもって、
慌ててたから標準が敵から離れちゃったりして弾が当たらなかったりと、
敵を狙いながら攻撃を避けながらやる一筆書きのこの謎の難しさに頭が混乱するの!
え?
なになに?
いきなり初手でこんな初対面の敵にやられちゃう?
私のアクション魂を持ってしても、
一筆書きと敵を狙いながら行うそれは慣れないと頭が混乱するわ!
でもちょっとずつやってくと、
敵を上手にハッキングして一撃で倒せるようになるの!
そうしたら、
ヒューも頑張った!ディアナも頑張った!って謎のなんか一人でやってるのにチームワーク的ななんかそれだけで泣けるー!
夏前だけどこれで熱燗が飲めちゃうぐらい泣けるのよ!
うー!
ディアナ健気に一生懸命ハッキングしてるしヒューはその間見付けて攻撃するという複雑なタスクを戦闘に要求されるゲームなのよ!
うわー!
ただ唯一の救いは、
まだ序盤だからそんな要素はもしかして出てきてないだけかもしれないけれど、
ディアナのハッキング一筆書きパズルがリズムアクションみたいな
タイミング良くやんなくちゃいけないギミックだったら私自信一気に無くなるなぁって。
リズムミスってしまったら今のタイミング絶対無理!ってリズムアクションを恨むじゃない?
だけどあれはあくまで一筆書きだから間違えても自分のミスにミスったーっていち早く理解できるところも、
ヒューもディアナも誰も不幸にならないのがいいわ。
まだ見ぬ先の展開に心配しつつも、
ちょっと敵が固くなって、
ハッキングが難しくなってくる要素が出てきて、
単純に一筆書きでゴールまでマスを進めて行けばいいだけなのに、
ハッキングパネルの中に通過地点を通過するとより強力なハッキングができるチェックポイントがあってそこも辿った方がいいんだけど、
慌てていると、
それすらも踏み外しちゃうぐらいな慌てようなのよ。
しかもこれディアナのハッキングしながらヒューは敵がきたら避けたりハッキングできたら銃を狙いを付けて撃ったりと、
大切なことなので何度も言うけれど、
同時に複雑なことをさすなー!って頭がこんがらがりそうだけど、
それを突破して敵をたった1体でも倒したら、
やったー!って思いが一入なのよね。
でもポンコツプレイながらもちょっとずつ先に進めるようになってきて、
これさ、
端から私のプレイを見ていると画面上は敵一機が迫ってきている最中に派手なアクションを喰らわすこともなく地味にハッキングパネルを開いて一筆書きのパズルを解くって、
もの凄く地味に見える画面!って思うでしょ!
でもやってる本人はもう頭の中こんがらがって「うわー!」ってなってるので、
この頭の中の派手なこんがらがり方と地味な画面とが乖離しすぎてるところも面白いわ。
でもこれから先にド派手なアクションはバンバン火花が散るシーンはあると思うのでそこは期待しちゃうわよね。
今までにない頭の使い方をさせるゲームでやりがいがありそうよ!
この先どうなるか
私的にはまた飽きて放り出さないようにって意味も含めてどうなるか分かんないけど、
ちょっと気になるわ。
どうなるのか楽しみよ。
うふふ。
朝こんな具合の飲み物だけだったので、
私が買い続けるものだからお店で人気に拍車がかかっちゃったのかもね!なんて。
お腹空くかもだけれど、
今日はお昼お弁当作ってきたので自分で作ったとはいえ食べるの楽しみだなぁ。
シュワッとキメて爽快!
いやいよいよ朝も暖かくなってきて昼間は暑いぐらいよね。
要注意っちゃー要注意よ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
少子化は、とにかく「悪いこと」という前提で語られる。
ニュースでも、政治でも、企業でも、まるで疑いようのない常識みたいに扱われている。
このままでは国が衰退する。
経済が回らなくなる。
そういう話は、もう何度も聞いてきた。
地方の維持、医療や介護の担い手、年金や保険の制度設計。現実の課題はいくらでもある。
でも、少子化の話を聞くたびに、ずっと引っかかることがある。
少子化で困る人って、いったい誰なんだろう。
というのも、「人口を増やさないといけない」という話は、結局のところ
そして言うまでもなく、その負担をもっとも直接に引き受けるのは女性である。
妊娠も、出産も、身体的なダメージも、キャリアへの影響も、いまだに多くは女性の側に偏っている。
にもかかわらず、「少子化は問題だ、だから出生数を増やさなければならない」という語りは、ずいぶん自然なものとして流通している。
でも、その「困る」と言っているのは誰なのか。
政治家。
経済団体。
有識者。
メディア。
そして、そうした場の中心にいるのは、今でも圧倒的に男性が多い。
ここに、妙な感じがある。
子どもを産むわけではない人たちが、人口減少に強い危機感を示し、
子どもを産む側ではない人たちが、「このままでは困る」と言い、
その解決のための負担を、別の誰かが引き受けることを当然視している。
ただ、この構図を完全に中立なものとして眺めるのも、少し無理がある気がする。
ここで、少し歴史の話をしたい。
14世紀ヨーロッパでは、ペスト――いわゆる黒死病によって人口が大きく減った。
当然ながら、とてつもない惨事だった。
ただ、その後に起きた変化は興味深い。
農民は、より条件のいい土地や雇い主のもとへ移動しやすくなった。
雇う側は、人を確保するために条件を改善せざるを得なくなった。
それまで当然のように成立していた搾取の構造を崩す面もあった。
賃金は上がりにくい。
でも、人が足りなくなると話は変わる。
条件を良くしないと人が来ない。
でも同時に、それは「人が雑に扱われにくくなる」という面も持っている。
語られるのは、だいたい決まっている。
人口が減ると困る。
でも少し意地悪に言えば、それは
という話でもある。
人が減れば、一人ひとりの価値は上がる。
その違いは、雇われる側にとっては大きい。
そして、雇う側にとっても大きい。
少子化をめぐる危機感が、なぜここまで一貫して「上から」語られるのかを考えると、
そこには単なる社会全体の善悪だけではない、かなり露骨な利害があるように見えてくる。
誰が人手不足で困るのか。
そう考えていくと、「少子化で困る人」という問いの輪郭は、だんだん見えてくる。
しかも、その人たちは偶然ではなく、
これまで社会の意思決定や資源配分の中心にいた人たちとかなり重なっているようにも見える。
そして、その中心には、今もなお男性が多い。
それとも、困る人たちの声が大きいから、
あたかも社会全体の危機のように語られているだけなんだろうか。
それは間違いない。
誰が何に困るのか、
その“困る”の中身がほとんど分解されないまま話が進んでいくのは、やっぱり少し不自然だと思う。
少子化で困る人って、誰なんだろう。
その問いに正面から答えないまま、
「とにかく産め」「とにかく増やせ」だけが先に流通していること自体、
もう十分に答えを物語っている気がする。
まれにDIY、サバイバル、ゲテモノ料理の動画も投稿している。
動画収益を元手に食品加工工場を建て、漁場の地域経済に貢献している。
そんな彼が先日、海ではなく、なんと山でサバイバルする動画を投稿しはじめた。
そのハイライトとして、罠で捕獲した野生の鹿にとどめを刺す動画がある。
思いつくことは準備したと言う印象。
ただ、鹿のとどめについての準備は杜撰だった。
賛否の主な軸は二つある
「殺すなら苦しめるな」と「命の食育」
前者については最低のスナッフムービーと化していると私は批判する。
後者については意義があると思うが、凄惨な動画編集でせっかくの意義が薄れている。
閲覧者のうち批判側は苦しめるなと言っているが、擁護側は命の食育について語っている。
軸は二つあるが、混合したまま語られるか、片方だけを批判擁護している。
1:鹿を苦しめすぎ。
とどめ用の道具がないため、肉薄の鉄パイプで頭部を滅多打ちにしている。
初見時はこれが現実なんだと受け止めようとしたが、ぜんぜんそんなことはない。
他の狩猟動画のとどめを見てみるとほぼ2、3発の殴打で気絶させている。
それは下調べや準備がしっかりしているから。
2:準備が杜撰すぎ。
罠猟なのに捕獲後のとどめを想定した道具を持ち込んでいない。
免許をとっているはずなのに罠の扱いがおぼつかない。
苦しめた言い訳として命の食育論を持ち出しているだけに聞こえ非常に不快。
あと切り落とした首を長尺で写して目に生気がないと言うのも不敬すぎる。
全体的に敬意がない。
敬意がないんだっつーの。
敬意を払う趣旨の言葉はもちろんある。でも行動としては「杜撰な準備で見切り発車された動画企画の末に大型哺乳類が不必要に痛めつけられ絶命した」だけだ。
見慣れない屠殺シーンだからみんなびっくりしちゃって「これが現実なんですね。貴重な動画です」とか言っちゃってるけど、命の食育と獲物の痛ぶりは別軸なんだよ。
猟を勉強してきたって言うけど参考書籍にゴールデンカムイ読んできたとか言ってるし。
そんなことだから獲物固定ロープを準備しなかったり、罠の扱いきちんとできなかったりすんだよ。
参考書籍としてわざわざ読んだんじゃなくて好きで読んでた漫画を参考書籍としてあげただけに思えてしまう。
ひでー。
ひどすぎる。
ムカデ人間ってホラー映画があって、マッドな医者が人間をさらって残酷な人体実験するの。
で、続編ではそれに憧れた素人が医療知識なしで真似て更に凄惨な事件が起きるの。
鹿の動画を見て俺はこの続編を思い出した。
とにかく俺は怒った。
こんなこと許されねーよ。
食べるために殺すのはしょうがないけど、こんな凄惨なことしておいて「これが現実です」なんて言うな!
1:彼は罠猟初経験だった
2:鹿を捕獲した日、サバイバル生活のため風邪をひいて体調がとても悪かった
4:サバイバル企画のため思考が朦朧とするほど栄養失調になっていた
全部企画の影響。
鹿「そういうことなら私が滅多うちにされるのも納得です」とはならないだろ。
怒りによって私は狂っている。
それと同時に、悪意は悪意ではなく、拙さから単なる過失だろうとも理解している。
わかっていてなお怒りが収まらない。
狂っているからだ。
企画するなとは言えないけど、その前に適切な指導員と練習してくれよ。
けど、結果としてこんな凄惨な動画になっっちゃったんならお蔵入りにしなよ。
勿体無いから公開したんだろうけど、それにしたってこんな露悪的な編集をするなよ。
踏みとどまれる機会はたくさんあったはずなのに。
俺が一番腹が立ってるのはここまでの惨事を起こしておきながら、そのことに対してまったく自覚がない”フリ”をしてることだ。
意図せずに大型哺乳類をあそこまで痛ぶってしまったんだ。絶対不快感があったはずだ。
ぜんぜんちがうぜ?
こんな残酷な感じじゃないんだよ
同じとどめでも全然違うんだよ
失敗して痛めつけちゃったのはもうしょうがねーよ。
でもそのあと動画公開するまでに、編集してる時とか、痛めつけた感触を思い出しちゃってる時とか、踏みとどまる機会はたくさんあったはずだ。
そこを踏みとどまれなかったのはなんでだ。
他の狩猟者は失敗してもお前のようにスナッフムービー制作公開はしない。
お前は特別露悪的なことをしたんだよ。
その自覚を持てよ。
鹿のことをラスボスだの、ゴールデンカムイだの、とどめに対して軽薄な表現がこの動画には多い。
悪意がないのはわかる。俺だってゲームするしゴールデンカムイ読む。
そういうエンタメに触れたから表現がそうなっちゃってるんだとわかる。
大型哺乳類を屠殺するときにそういう表現をわざわざ選ばねーんだよ。
頭に浮かぶことはあるだろうけど、それを動画編集時にアフレコで入れないんだよ。
なぜかわかるか?
不敬だからだ。
正気を取り戻した上でこの動画を作ってYotubeに公開してることが俺はめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ腹立たしいんだよ。
経験不足から失敗しちゃうのはしかたねーよ!そこは同情する。まあ準備不足はひどいけどさ。
でもここまで自己弁護的なスナッフムービーを公開してんじゃねええええええええええええ!!!!
公開して視聴数稼ぐのはお前の自由だぜ。
でも俺は今回のお前の行動が大嫌いだ。
お前のことは好きだが、今回のお前の行動は大嫌いだ。
自覚を持て。お前は失敗した。失敗は恥じゃない。誰でも失敗する。
失敗に無自覚なふりして『現実』という言葉でデコレーションすんな。
ちょっと話戻るけど。
動画擁護してる側は命の食育について評価してるだけで、スナッフムービーを肯定してるわけではない。
俺は俺が狂っていながらも客観性を保っていることを文章の随所で示そうとしている。
この文章を書いた後、彼の過去の行動を調べて、2件の炎上事件を初めて知った。
同業者への執拗なコラボ要求と、断られた後の攻撃的な言動からのネットでの謝罪動画。
SNSで知り合った女性の実名と写真をネットに晒し、勤務先にまで押しかけて警視庁から警告を受けた件。(これは彼自身も暴行被害者になっている。なにが起こったかの詳細はわからないが、女性は加害者ではない)
行動力のある人間が自己認知の弱さを持ったまま巨大なプラットフォームを手に入れたケースだ。
この循環が回り続けてる。
私ははこの批判文章で「自覚してないフリをやめろ」と書いた。失敗を認めろ、偽装するなって。
彼はたぶんマジで偽装してない。悪も微塵もない。怠慢でもない。
無自覚な「フリ」ではなく、本当に認知できていない可能性を感じる。
同業者との炎上では、相手のインフルエンサーからこの特徴を指摘され激昂している。
彼にこの特徴を見出しているのは俺だけじゃ無い。
俺の怒りは的外れだった。
想像力のセンサーが無いのは人格とは全く別の要素で、体質に近いものだ。
鹿はかわいそうだ。
それは変わらない。
ただ、これは怠惰な人間の引き起こした過失ではなく、共感性のない生物が起こした痛ましい自然現象だったのだと認識を改めた。
ジョーズとかジュラシックパークとかエイリアンみたいな凶暴な生き物の話だ。善悪とか無い。
正直怒りはもうない。
獰猛な虎が残酷に鹿を殺したとしても「獰猛な虎だもんな。しかたなし」となるだけだ。
今回のことで私が気付けたこと。
言葉が通じる対象を、私は自分と同じ存在なんだと錯覚してしまう。
言葉が通じるだけで同じではない。
性質が異なる別の生き物というだけだ。
もしかしたらマサルだけじゃなくてみんなそれぞれ違うのかも。私が思ってる以上に。
それでもあの動画が異常だったという記録は残したい。
同じ動画を見て違和感を覚えた人が、自分の感覚が間違っていなかったと確認できる場所として文章は残す。
もう好きでも嫌いでもない。
あーあ。
(最初に。長文でごめんね)
今日、行政の精神保健福祉センターという所に面談に駈け込んだ。
(精神保健福祉センターというのはその手の困りごとのために厚生労働省が各自治体に設置させている所)
駈け込んだ理由は兄弟間の精神的な暴力、いやがらせにたえきれなくなったから。
「ですから、あの~当センターではちょっと~出来ることはないですね~……」
「親子間であれば虐待なんですけれどもぉ~……そうではないので当センターではちょっと~……」
そうとは言っていないのだけど、途中から担当者は兄弟が何らかの精神疾患があるかその疑いが強いと決めこんでしまったようで、そこからは「本人の同意がない事にはなにも」で姿勢が硬化。
福祉に携わるどなたかに間に入ってほしいんです。一度兄弟家族を交えて話をするだけでいいんです、もう家だけではどうにもならないんです。
「そういうことはやってなくて~、ご家族がこちらへ来ていただければご相談にのれますが」
ご相談とは?
お話を聞いて、その後は……
兄弟がこのセンターにくるなんてあり得ないので、なんとかどなたか話だけでも聞きに来ていただけないか
「あのですね、もし話を聞きに行ってもそれっきりですよね。結局何も変わらないんじゃないですか?」
一体ここは何をしてくださるセンターなんですか?
(………)
担当の方
「もし、ご兄弟が暴力を振るうことがあったら迷わず110番を呼んでください!」
されてないよ。
※追記、腕をつかむ。腕をつかんで引き倒す程度はあるけど警察呼ぶような事態ではない。
暴力を振るう人は暴言も吐くし、聞き耳をもってないので当センターではどうにもなりません」
事情あって、家を出られないということは最初から何度も伝えてたんだけど
「そうですかぁ……うーん、我慢をしていただくか、やっぱり自宅内で距離を取ってください」
「地域包括支援に相談していただければ、訪問員もおりますので、定期的にお家にお伺いしますよ」
って。
結局何もどうにもなりませんでした。
よくさ不幸な出来事があった時に「福祉に繫がれば」『行政に繫がっていれば」って私も言ったことあるし、よくいわれるけど、
同様に「行政の窓口にいったけど何にもしてくれませんでした」ってのもよく聞くじゃん。
本当それだった。
行かなきゃよかった。
いま、
「見放されたな、もうだめじゃん、終わった」って見放され感と諦めがどどーんと来て、頭痛くなって、孤独で押しつぶされそう。
もう出口がなくなったよ。。。
■追記■
具体的な行為を書こうと思ったけど、無力感が襲ってきたのでやめる。
記録や録音はとってあり、担当者に提出した。
暴言、脅し、否定、行動の制限、物を叩く、隠す、手続きの協力の拒否等(書いてたら頭がぼーっとしてきた。ここまでで勘弁してくれ)
身体的な暴力と言っても腕を掴まれる、つかんで引き倒される、そんなもんなので警察を呼ぶような暴力ではない。
面談では、
これが夫婦ならDV、親子なら虐待にあたるかもしれませんが…と(「が…」の後を言ってくれない。色々な事をハッキリ言わず、言質を取られないように気をつかっている印象を受けた)
ただ、兄弟姉妹間は弱い、緊急性が低い、行政(というか精神保健福祉センター)としては手立てがないに等しい。
「警察に110番してください」が唯一の具体的な他機関の案内だった。
110番した後は警察にお任せで、その後の福祉的介入は「え~と」でモゴモゴ。
(警察は暴れて手がつけられないか流血の惨事でもない限り、兄弟間トラブルは相手にしない)
DVじゃないから、一時避難のシェルターとかそういうのも全然教えてくれなかった。
※それが親に向かうようなら話は別で色々あるらしい。しかし、それは阻止したいし、そうなる前に何とかならないか、それで相談に向かった次第。
あぁ、寝たら忘れるかと思ったけど追記書いてたら諦めとかむなしさとか出口ない感じとか怒りとか、大挙してやって来た。
言いたかったのは「繫がるって何なんだろう」かな。
読んでくれてありがと
(追記終わり)
■追追記■
家を出られないのはいくつか理由があるけど、いま家を出たら即、父に矛先が向く。
今んとこ元気だが、80越えた父にそれは忍びない。
兄弟は出て行く気は全くない。下手に刺激すると「自分を悪者にするつもりか!」でより暴言等が激しくなるの目に見える。もう疲れた。
男女対立の先鋭化:ネット上で「女叩き」「男叩き」が過激化しており、特に男性からの「経血くせえ汚物生命体」「使い捨て生オナホ」「二次元美少女こそ至高、三次は惨事」「35歳以上の女は産廃だから殺処分する法律を作れ」といったミソジニー表現を見て、女性は結婚への意欲が削がれる。また、息子を産み育ててもこれになるのかという気持ちになり、出産への意欲も削がれる
DNA脅迫の説得力のなさ:DNAを子孫に遺せなければ負け組という感覚があり中年期に鬱状態になるのは子無し男性である。女性は産んだ子が障害・不登校ニート等の負け組になることのほうを恐怖している。逃亡が容易な身体だからこそ「数」を求める男性と、最終的な責任を負わされる身体だからこそ「高品質orゼロ」の女性、そこが男女の本能における根本的に違う点だ。
すげえな。これはAIなんかじゃないね。ここにも自分でも区別つかん奴らがいるようだが。良かったよ、自分の価値観が悪い意味で崩れた感覚だったんだよね。感謝。
でもまぁ、見た目とか外面だけは良いし、これだけは褒めてもいいんじゃないかな。でも中身はしっかりうんち。金メッキのうんちだね。いや、だからこそか。
ネトフリ1回しか観てないからスマンけど、絶賛されてるからって無理して観続けて、マジで後悔した。
なんでこんな惨事になってるか予想するけど、V豚と呼ばれる層とばっちり重なってるんじゃね。インターネットというか社会の悪いところ全部出たんだよ。しゃあないよこれは。いやそうであってくれ。うん。
以下より、思い出したくないのにモヤモヤする記憶を上書きするために書き殴る。これを書き殴るって言うんだ。ネタバレ注意。1つ1つはマジのガチで到底書ききれないし、てか本当思い出したくないのでほどほどにしといてやる。
序盤から引っかかり続けていた。そこらの飲んだくれスーツおっさんって普通いないし、野生生物と同じぐらい赤子に危害加えるかもしれないみたいな表現、ドン引いた。ここで裏側はフェミっぽいのかな~というフィルターがかかったかも。
竹取物語ってバッドエンドとかじゃなくね?原典は知らんけど、とんだおてんば娘でしょ。
全体的に、いや序盤から同じパターンの表現が多い。彩葉から魂が抜ける表現は何度あっただろう。歌詞ありの曲は何曲流れただろう。ライブも何度あった?
パロディというか現実の要素も多い。竹取物語という土台に、ほぼ現実世界・現実社会の闇・現実世界の曲・現実のどこかで見たゲーム・現実に居そうなVtuber…。他の作品にも言えるけど、既存のものごとを扱うなら最低限尊重しつつ少しは超えなきゃ劣化版だろ。
インターネット老人じゃなくてガチの老人みを感じる。題材だけ新しいからこれも違和感。新しいものが生み出せないんだなって。おばさん(おじさん)が裏側にいるなと感じた。
VR(?)は意味分からんSFすぎて逆にファンタジーになってたんじゃね?ハナホジ
あれっ、書き出してみるとほぼ現実だな。これに感動してるってつまり…現実がこうなってほしいってことかもな。退廃的すぎるよ…
AIに生きるのどうだったか?全部大丈夫楽しかったなって思えれば云々とか言われてる視聴者が描かれてるけど、舐められすぎ。うるせぇ身体も無ぇ奴に何が分かるって少しは思ってね。
分かってない奴多いがAIってただのツールだぞ。未来じゃAGIになってるかもしれないが、それでも所持側の思惑をたっぷり乗せられるツールであることに変わりないんだよね。マジで危機感持ってほしい。
終始ファンタジーだったはずなのに、いちいち現実のモヤが頭をもたげてくる。これを頭空っぽにして見続けられるって、そりゃ…。これも適応の1つだと思うし否定はしないが、こんな世の中になるよな。
ところどころにクソほど違和感あるセリフがあった気がする。多分伏線だったんだろうけど。まぁ単純にセリフが理解できなかったが、巻き戻そうと思いもすらしなかった。これ多分雑です。
百合百合言われてるけど、これ言うほど百合じゃなくね。百合詳しくないけど。これに言及してるやつ個人的にエアプ判定してる。すまんな。
神曲が神曲であるのは作詞作曲編曲ミックスマスタリング、歌い手・バックグラウンドその他もろもろが神がかり的に噛み合っているから。
作画演出がすごいのはよく知らんけど作画担当演出担当がすごいから。演出も声優も、ただガッチャンコしたらそりゃただの足し算になるよ。
最後のシーンね。義体起動するね。でもこれってさ確か10年後だから彩葉もうアラサーなんだよね。いくら何でもその歳になって見た目は昔のままのカグヤのボディをつくるって、俺男だけどその執着心やばすぎてドン引きだよ…怖いよ。
あとワールドイズマインのシーン!これはすごい。ここで一旦見るのストップした。テンポも全然違うし、歌いだしも歌詞通り文字通り歌ってて、ホント、分かってないね。すんごいゾゾゾってした。すぐ消音して、あきらめず見たけどここが分岐点だった…神曲を汚さないでくれ…
バカだよ俺は。こんなもの見続けて。自分の価値観を見失って。そんな気分にさせてくれたね。ファッキンサンクスだぜおい。
序盤に書いたけど見た目は良いと思う。だからこそ、これだけ良いものが揃って出来上がったものがこれかって。ただ、歪なこの社会に適応させるための洗脳装置のようで。逆にこちら側の価値観がおかしいのかと疑ってしまうほど。まぁつまりクソくらえだね。
鮭の厚切りの蒸しに挑戦しようと思って張り切って鮭の切り身になっている前のなんかステーキみたいな鮭のまさに肉!って感じの肉肉しい鮭塊を買ってきたのね。
そんで、
鮭の蒸し料理に挑戦!
仕上げにレモンを果汁フレッシュマジ搾りのリアル風味はこれはポッカレモンでは出せまいと、
白菜を削ぎ切りにして、
一番下の層にして、
エリンギを乗せてその上に今回の主役のサーモンを乗せてまたその上にエリンギを乗せるの。
そしてこれは黄色が映える映えまくる映えまくりまくりすてぃーな、
輪切りのレモンを1つか2つか3つぐらい乗せるの!
これで準備完了!
そうそう、
ちゃんと真面目に鮭の肉に塩をうって臭み水とりとかやってキッチンペーパーでちゃんと拭いて、
一切の雑味がのらないように、
丁寧にやってみての鮭よ!
それはワンチャンだったわね。
ワンパンって1つのフライパンでやっちゃう料理的な意味らしいお洒落な単語みたいなのよね。
いざ出来上がり実食よ!
パク!
なにこれ!?
鮭がふわふわしてふっくら仕上がって、
仕上げに搾ったレモンが鮭の味の最大瞬間風速を高めて口の中に酸味と鮭の甘みが一気に広がってくる、
まるで、
SF小説に出てくるイルカが攻めてくるぞ!のイルカが尾びれで直立して光線銃を構えて逃げ惑う街の人々を彷彿とさせたり、
海から故郷の川へ遡上している鮭の大群がバシャバシャ狭いところを登っていって鮭祭りが行われているのを彷彿とさせているかのように、
口の中が鮭の美味しさで溢れているの。
いままで、
なんかカッチカチの鮭の料理の仕上がりしか私は味わったことのない焼き鮭の固い鮭のイメージだったけれど、
ふっくら仕上がった鮭のほろほろの身は、
まるで本当に鮭が攻めてくる、
鮭が尾びれで直立して光線銃を構えて撃ってきそうなそして街の人も慌てふためき逃げ惑う様子のような美味しさが口の中に広がっているある意味逆の意味で惨事がおこっているレヴェル!
うわ!
めちゃ美味しい!
つーかさ、
蒸し料理って
失敗知らずの
1度も失敗していないこの間違いのない失敗しようのない、
確実に料理が決まる決定打なの!
この鮭の旨味にションテン爆上がりだわ!
ションテンがインフレーションしちゃってしまいそうだけどこれは止められないわ。
この鮭の爆美味に、
そうあと!
忘れてはならない下に敷いた鮭のエキスを浴びて吸って美味しくなっている白菜とエリンギ、
この上ないチーム戦を繰り広げているのよ!
こんなに上手に出来ちゃった?って我ながら自分の蒸しパワーと蒸しレヴェルの腕前を疑っちゃいそうなの!
AIがレシピ相談したときにGeminiちゃんがそう言うもんだから、
えー?レモンってどうせ飾り的にあってもなくても何も作用しなく無い?って信じてなかったんだけど、
まあAIに騙されたと思って蒸し上がった仕上げにレモンマジ搾り果汁を鮭の上からじゅわー!ってかけてみたのも大正解!
これレモンがなかったら、
味が平たく平坦な
ただ鮭が美味しいですわねって
小津安二郎監督映画の『鮭の味』のワンシーンみたいに静かにパクパクと鮭を食べているだけのシーンになっちゃいそうだったけど、
惜しげも無く蒸し上がった鮭にかけたら、
弾けるようなレモンの酸味と鮭の甘さの旨味が凄い相乗効果を発揮して
一口食べたら一気に美味しさの、
なんて言うか、
魚の美味しさのというより、
酸味が美味さの底上げブーストさせるように口の中で一気に高く登っていくのね。
うわ!
レモンを信じていなかったけれど、
レモンの一打はとても大きい感じで、
これからの魚の蒸し料理的なものには無くてはならない食材の1つになってしまったわ!
それか米津玄師さんのLemonって曲をよく聴いてみると要所要所に入っている「イェイ!」って合いの手に合わせて私も鮭を一口食べるごとにイェイ!ってガッツポーズして言っちゃうほど小さな声でイェイって合いの手があるから耳をすませて聴いて欲しいの!
夢ならどれほどよかったでしょう?って
この鮭の美味さは現実なのよ!
というか、
こんなに蒸し料理って
簡単且つ失敗しない絶対だいたい美味しく仕上がる設計になっているの?
今頃蒸し料理の開発者がこれ技術権利持っていたら大儲けしていた案件だと世界を蒸し料理で牛耳れたはずなのに!って。
しつこいようだけど、
洋楽のさ平和な歌の代表格のウィアーザワールドの中の歌詞の一節にしれっと蒸し料理上手いぜ!って言ってるところも私は見逃せないレヴェルなのよね。
やっぱりその時から蒸し料理のこの簡単お手軽失敗知らずは歌われていたのよ。
今まで蒸し料理を無視していたことになんてとてもじゃないけど言えないぐらい蒸し料理やってこなかったんだろう?って、
逆に不思議に思いすぎるわ。
でも考えてみたら、
意外と見所ポイントが地味なので
蒸すだけという仕掛けて待っているだけなのも要因かもしれないわ。
要は料理番組で取り上げるまでもないぐらい簡単!ってことでもあるのかしら?
料理番組でいろんな料理紹介してるけど蒸し系は少ないのはこれが原因かもしれないわ!
だって、
もうなんだって蒸せちゃえば美味しいんだもん!
本当に今までの煮る焼く炊くってのはなんだったの?って。
でも今知って気付いた蒸し界隈の世界の景色に気づけて良かったわ。
とにかく、
蒸した鮭!美味しさが止まらなくて、
夜お仕事から帰ってきてからのなんかこっから自炊調理スタートすんの?って面倒くさくてしんどいけど、
蒸すのって素敵すぎる!
次は何蒸して食べてみましょうかってワクワクよ。
うふふ。
パーフェクトだわ!
食べて元気に頑張るわよ!
レモンの酸味の迫力とパワーが直撃してレモン感喰らってしまったわ!
すっぱー!って。
身体が温まったらレッツゴーよ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
プロイセンの軍事思想家カール・フォン・クラウゼビッツは、こう記した。「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続にすぎない」。クラウゼビッツの死後、1832年に出版された著作「戦争論」から、ほぼ全ての陸軍将校が学ぶ一節があるとすれば、それは、武力紛争の目的を定義したこの言葉である。
1月3日朝、米軍がベネズエラを攻撃し、独裁者ニコラス・マドゥロ氏を拘束して米国に連行し刑事訴追するというニュースを耳にした時、真っ先に頭に浮かんだのが、この言葉だった。
理由は単純だ。ベネズエラへの攻撃は、19世紀の世界秩序が崩壊する前、2度の壊滅的な世界大戦が起こる前、そして米国がまさに実行したような国家の行動を阻止するために設計された国際法と外交体制が生まれる前の、異なる時代を想起させるからだ。
あらゆる国家が決定すべき最も重要な課題の一つは、いつ、そしてどのように、戦争を遂行するかである。ちなみに、クラウゼビッツを道徳観念のない戦争推進者と見なすのは誤りだ。彼はこの概念を発明したわけではなく、当時の世界を描写したに過ぎない。彼の言葉は、人類史の大半において主権国家が戦争をどのように捉えてきたのかを端的に説明している。
強国が「戦争は政策の延長に過ぎない」という原則のもとで行動する時には、マフィアのボスのような振る舞いに陥りやすい。弱い国とのあらゆる相互作用には何らかの形で武力の脅威が伴うことになる。素敵な国ですね。もし何か起きたら残念ですね、という具合に。
これは空想ではない。トランプ米大統領はアトランティック誌との電話でのやりとりで、マドゥロ氏の副大統領を務めたベネズエラの新たな指導者デルシー・ロドリゲス氏を脅した。「彼女が正しいことをしなければ非常に大きな代償を払うことになるだろう。おそらくマドゥロよりも大きな代償だ」と述べた。
外交と経済的圧力は、依然としてほとんどの場合、強国がとる最初の手段である。しかし、意図した成果を上げられなかった場合に次に何が起こるかは、ベネズエラでの米国の攻撃の映像を見ればわかるだろう。
しかし、クラウゼビッツ的な見方は、国家とその指導者たちにとって唯一の選択肢というわけではない。国際関係にはより優れたモデルが存在する。それは悪の存在と国家の利益という現実を認めつつ、平和と人命を守るための境界線を引くものだ。
人類はクラウゼビッツとアクィナスの間を揺れ動いてきたのだと、筆者は分析します。歴史を振り返りつつ、今回の米トランプ政権のベネズエラ攻撃をどう読み解くのか。「戦争は政治の延長」の先にある世界とは……。
13世紀に書かれた「神学大全」でアクィナスは、後に「正戦論」として知られる三つの基本要件を提示した。
第一に、戦争は主権者の合法的な行使によって遂行されなければならず、野心的な個人の私的な冒険主義によってはならない。
第二に、戦争は正当な大義に基づかなければならない。例えば、国家の自衛や集団的自衛は明らかに正当である。
第三に、正当な目的、すなわち善を推進し、悪を回避しなければならない。
戦争の形態の変遷を考える一つの方法は、人類がクラウゼビッツとアクィナスの間で揺れ動いていると捉えることだ。強い国は弱い国に自らの望みを押し付け、やがては強国が互いに押し付け合おうとする。必然的に大惨事が起き、アクィナスに立ち返る。
この揺れ動きの結果は、実際に歴史の長い流れの中で確認できる。紛争による世界の死者数を分析すると、戦争は常に存在するものの、その激しさは強弱を繰り返していることがわかる。極度の苦痛と死の時代は、比較的平穏な時代を経て、再び恐怖の時代へと続く。
第1次世界大戦以降の歴史を考えてみよう。塹壕(ざんごう)戦での絶え間ない殺戮(さつりく)の後、世界は侵略戦争を禁止し、平和を維持するための国際機関である国際連盟を設立しようとした。
国際連盟は、米国が加盟を拒否したことも一因となって失敗に終わり、さらに恐ろしい世界大戦を経て、今度は米国主導のもとで世界は再び試みた。
アクィナスの思想は国連憲章の随所に反映されている。憲章第2条は侵略戦争を禁止し、51条は大国を抑制するための個別的・集団的自衛権を認めている。そして第5章は平和維持のために安全保障理事会という機関を設立した。
この体制が完璧だとは誰も言わないだろう。だが、第2次世界大戦後も侵略戦争が起きる中で、この体制は主要な目的を達成してきた。世界は大戦を免れてきたのだ。
ただ、アクィナスのモデルは、二つの敵と戦わなくてはならない。権力への願望と記憶の風化だ。正戦論は、強者の自制を求めている。大国に自らの願望を押し付けることを控えさせ、短期的な国益より、国際平和と正義という長期的な目標を優先させることさえ求める。
ここで記憶の風化が作用する。人々が世界大戦を記憶している間は、自制はより説得力を持つ。国連とNATO(北大西洋条約機構)をつくった人々は、2度の戦争を経験していた。その意味で、侵略戦争に対する道徳的議論は、現実的な意義を持つ。
世界は、力への願望が国際情勢を支配する結果を目の当たりにしてきた。指導者たちは、最も壊滅的な紛争がごくささいなきっかけから始まることを知っているし、知るべきである。
例えば、1914年にガブリロ・プリンツィプがサラエボでフランツ・フェルディナント大公を狙撃し、オーストリア・ハンガリー帝国が小国セルビアに軍を動員した時、1600万人以上が命を落とす戦争になることを、いったいどれほどの世界の指導者たちが察知していただろうか?
写真・図版
サラエボで起きたオーストリア・ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公と妻の暗殺事件を報じる朝日新聞紙面(1914年7月30日付)
記憶が薄れるにつれ、クラウゼビッツのモデルはより魅力的に映る。その一因は、まさにベネズエラで起きたように、即効性のある結果をもたらし得るからだ。
とはいえ、トランプ氏のベネズエラ介入に激しく反対する人々でさえ、マドゥロ氏の支配を美化すべきではない。彼は腐敗した暴力的な独裁者であり、国民を抑圧し、貧困に陥れた。
経済指標がその実態を物語っている。マドゥロ政権が発足する前年の2012年、ベネズエラの国内総生産(GDP)は3720億ドルを超えていた。それが、2024年には1200億ドル弱にまで急落した。壊滅的な崩壊だ。
マドゥロ氏が権力を維持できたのは、民主主義を無視したからに他ならない。選挙監視員たちによると、2024年の選挙で、3期目をめざしたマドゥロ氏は30ポイント以上の差で負けていたとされる。対立候補のエドムンド・ゴンサレス氏は65%を超える票を獲得し、マドゥロ氏はわずか30%強だった。しかし公式集計ではマドゥロ氏の勝利が宣言された。
ただ、GDPの数値や得票数だけでは、マドゥロ政権が人々にもたらした苦難を語るには不十分だ。2014年以降、貧困や汚職、抑圧から逃れるために約800万人のベネズエラ人が国外へ脱出した。これはマドゥロ氏が大統領に就く以前の人口の4分の1以上に相当する。
トランプ政権は、マドゥロ氏を権力の座から追放することが米国の国益に最もかなうとの判断を下し、議会の承認を得ることなく、完全に独自行動をとった。
写真・図版
米フロリダ州で2026年1月3日、記者会見に臨む米国のトランプ大統領。後ろにいるのはルビオ国務長官=AP
第一に、トランプ氏は、米国法の要件を無視し、一方的に行動した。議会と協議せず、宣戦布告も取り付けなかった。彼は、ただ自らの権限だけで、主権国家を攻撃したのだ。
マルコ・ルビオ国務長官は、政権の行動は戦争行為ではなく、「法執行活動」であり、国防総省は容疑者を逮捕する公務員たちを守っていたにすぎないと主張している。
この弁明は笑えるほどにお粗末だ。この理屈では、大統領は敵対する指導者を起訴し、指導者の逮捕に必要な大規模な軍事力は単に法執行を保護しているだけだと主張することで、事実上あらゆる戦争を法執行活動に変えることができる。これは議論ではない。言い訳だ。
第二に、トランプ氏は開戦事由も、国際法や国連憲章が認める正当な理由もなしに攻撃を仕掛けた。ハーバード大教授で、ブッシュ政権(子)下で司法省法律顧問局次官を務めたジャック・ゴールドスミス氏が指摘したように、(国連)憲章の命令を執行する明確な方法がないとしても、この攻撃は明らかに憲章に違反している。
第三に、独裁者を権力の座から追放することは正当な目的になりうるかもしれないが、民主的に選出された野党指導者を無視するというトランプ氏の決定は、非常に問題である(編集部注:トランプ氏は15日にベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏と会談した。)。腐敗した政権の残党が、米国企業の石油取引交渉の要求に従い、依然として国を統治していることは、自由と民主主義を犠牲にして腐敗と抑圧を永続させる危険性がある。
これらは何も新しいことではない。歴史家のニーアル・ファーガソン氏は、トランプ氏のベネズエラへの攻撃は、第1次世界大戦の惨事以前の時代の政治と外交の復活という、より大きな全体像の一部であると述べている。
19世紀後半の南北戦争後に米経済が急発展した金ぴか時代の砲艦外交は、米国が中南米を支配していたことを確かに意味していた。それは、この地域に植民地に似た現実を押し付けた。各国は少なくともある程度の米国の監視の下で発展し、主権は米国が認める範囲にとどまった。
トランプ氏のベネズエラ攻撃もまた、何もないところから出てきたわけではない。昨年12月、政権は国家安全保障戦略の文書を発表し、西半球を最優先に位置づけた。
この文書はアジア、欧州、中東に先立って米州を扱い、「西半球における米国の優位を回復するため、モンロー主義を再確認し実施する」と宣言した。
大統領はすでに、19世紀の米国外交政策を復活させる自らの政策に「ドンロー主義」という名を付けている。
トランプ氏はドンロー主義を熱心に推し進めている。カナダとメキシコに対して経済戦争を仕掛け、カナダは米国の51番目の州になるべきだと発言した。NATOの同盟国であるデンマークの主権領土の一部であるグリーンランドにも野心を抱いている。
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デンマークのコペンハーゲンの米国大使館前で2026年1月14日、グリーンランドはグリーンランド人のものだと抗議する人々=ロイター
ここで再び、影響圏による世界支配と、「政策の延長としての戦争」という非道徳的アプローチの致命的な欠陥に直面する。小国は強国に支配されることを望まず、強国はライバルの台頭を望まない。故に同盟を結ぶ。1914年、セルビアにはロシアが、ベルギーには英国がいた。1939年にはポーランドにフランスと英国が味方した。
なぜ南米諸国が他国との緊密な関係を求めるのか、米国人が疑問に思うのならば、むしろ彼らと米国との歴史的経緯や、南米の人々がモンロー主義の攻撃的復活をどう捉えているかを問うべきだろう。
一つは、トランプ氏がベネズエラ介入で先例をつくったというものだ。ロシア、中国、イランといった国々は、自らの勢力圏でその先例に従おうと躍起になるだろうし、我々が取ったのと同じ手法を敵対国が自らの勢力圏で取っても、我々に異議を唱える資格はなくなる、というものだ。
しかし、ウラジーミル・プーチン氏のロシア、習近平氏の中国、革命体制のイランは、正戦論や道徳的議論などみじんも気にかけたことがない。彼らがある程度抑制されているのは、抑止力によるものであり、もし抑止力が失敗すれば、純粋な軍事力による。
もう一つの議論は、正戦論が決して全会一致で受け入れられることはないことを認めるものだ。国連憲章が往々にして実践的というより理想論的なものにならざるを得ない運命にあることを認識するものだ。
この議論は、世界秩序の存続が強国に依存するわけではないが、米国という最大の強国には依存していることを認識している。言い換えれば、我々の国がアクィナスに傾倒していることが、クラウゼビッツを遠ざけているのだ。
安全保障理事会の常任理事国5カ国のうち、米国・英国・フランスの3カ国だけが国連憲章と国際法に従う状況で、我々はかろうじて世界秩序を維持している。しかし、もし米国がロシアや中国と同様の武力紛争や国際関係へのアプローチを採用すれば、西側の戦後コンセンサスは完全に崩壊する。
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ベネズエラの首都カラカスで2026年1月6日、3日前に米軍に拘束されたマドゥロ大統領の解放を求めるデモのそばに「トランプ:殺人者 誘拐犯」などと書かれた落書きがあった=AP
「アメリカ第一主義」は必ずしも孤立主義ではない。主権国家の指導者を逮捕し、その国を「運営する」と宣言することに孤立主義的な要素はない。だが、それは短絡的で、正義と平和を犠牲に、国家権力の高揚感を追い求めている。
トランプ氏がいま、まさにその高揚感に浸っているのは明らかだ。1月4日の夜、米NBCは、トランプ氏が依然として「我々はベネズエラを運営していく」と発言していると報じた。トランプ氏は「彼らが従わなければ、第2の打撃を加える」と付け加えた。
トランプ氏が考えていたのはベネズエラだけではない。「コロンビアも非常に病んでいる」、キューバは「崩壊しつつある」と彼は述べた。さらにイランが抗議デモ Permalink | 記事への反応(1) | 23:06
日本はハッキリ言って韓国以下、いや、台湾より最悪な慢性的な地獄の国になっているのは事実だし今後発展しないのは断言してもいいだろう。
その大きい理由の1つは利権と化した団体、メディア、再生産された富裕層か安全地帯で育つエリート地位にいる人材(悪魔)、大企業の寡占だろう。
本当に弱い立場にいる被害者側も声高に現状を話すことできず、結局は自死するか息をひそめるしかない。自分だって例外でない。
地方はおろか、中核都市も残るのは頭でっかちか、無能を通り越して有害な成功体験にとらわれ続けている属性を持つ老人の存在。
あらゆるところを転々としているが、最後に残るのは「若いんだから未来はあるよぉ~」とか言いつつ現実を直視しない、そのような属性の老人しかいない印象
「戦争はやめろ!」と叫ぶ連中(老人)が多いが「相手国の基地も撤去すべき」「対話すべき」とかも主張しないし、さらには戦争の形態も1945年に比べてあらゆるものに進化しているし、その源となるあらゆる問題にはダンマリ。
日本や地方が発展するだなんて声高に叫ぶ奴らは馬鹿が現実逃避して幻想を見ているか富裕層的な地帯にいながら軽視して見栄を張るものが仕掛ける夢物語にすぎない。
そういえば最近のものは全国の地方のスーパーを沢山喰い込んだだけで飽き足らず、さらには西友の支配に名をあげたり道の駅まで支配しようとしてきた企業は脅威だ。地域に機会がないのもこの企業のせいなのも1つあるだろう。
結果は嘘をつかないが嘘つき(主に大企業)は虚構の未来を語り、その事業は決まって連鎖的に地域の経済や昇進の機会を破壊する。こんなん教養なきレベルでも容易に想像できる展開だ。
ここで一つの仮説が立つ。
結局は戦争とか破局級な地震が起こらないかぎり、保身のために強がる悪魔の利権とかした為政者や大企業は調子に乗り続ける法則ということ。
たしかに1945年であらゆるものが焼け野原にされて、岩戸景気やら高度経済成長(笑)やら言われているのは無から色々開拓がすすみ豊かになり
惨事から立ち直ったのはいいものの、問題はそこから生まれた一部の強い地位を得たものがウソや責任転嫁をお得意としノウハウを固め悪魔の利権と化したこと。
利権と化している馬鹿な責任ある立場のものはお得意の言い訳と無視で切り抜け、挙句の果てには責任を擦り付ける
まともなどれだけこつこつ努力をしようとも、直接間接問わず打撃を与える。そいつらが決まって媚びるのは理性すらない利権団体、オールドメディアやら腐った大企業なのだ。
最近スポンサー問題とやらで因果応報を受けたテレビ局が罰を受け続けた中、のうのうと蘇っているのは結局はこういう嘘をつく"上の者"に魂を売り渡すしかないというカラクリがあるのだろう。
国連だって結局はアメリカやら中国やら強がる常任理事国が居座りが自分がやっていることを棚に上げ、第3国からあらゆる形態で搾取しつつ
「ロシアのウクライナにしてることは犯罪だ!」「日本の戦争犯罪ガー」やらその国の強い立場にいる国民が日本含む外国であらゆる金をチラつかせ汚い方法で、
歪んだ正義が今も立て続けに形成され続ける。結局は腐った企業やら団体と歪んだ正義を洗い流すのは大地震やら大規模な戦争などで罰を受けるしかまともな人たちが前に進まないのだ。
当然平和な世界が続くならいいに越したことはないし、破滅主義者でもない。
こっちは停滞した空間に居座らされることを余儀なくされいつまで「ひきこもり」などひとくくりにされ馬鹿にされればいいか。
結局自分のような立場の人は何も光も生まれない中、そういう歪んだ正義で支配続ける連中が戦争の炎を浴び滅びるまでの辛抱なのかもしれない。
性欲だけで人と繋がると良くないと確信した
相手を大切にできないんだよ。逆に言うと、大切にできない人間なのに性欲によってそばに置くことになり、そのせいでさまざまな弊害が起こり、傷つける
有名youtuberのヒカルが「妻といる時に他の女から会いたいって連絡来ても、妻がいるから会えない。これがストレスだった。俺は成功してるのになんでなのか。自由に生きたい」と妻の目の前で発言して大顰蹙を買い、チャンネル登録者数を10万人失う
もちろんヒカルくらい大手になれば10万減っても大丈夫ではあるが、失いたくないものではあるに違いない。概算だが再生数由来の収入が月あたり100万ほど減るし、広告や案件にも影響が出るだろう
これはまさに、大切にできない人間なのに性欲のせいでそばに置いた結果、起こった惨事だと思った
友達を大事に思う気持ちを1軍と表現すると、性欲だけの彼女は2軍どころか3軍くらいだろ
もちろん情はある。でも本質的にリスペクトがない。こいつには嫌な思いをさせたくないっていう、「愛」がない
Q.
ラディカルな右翼は現在の日本の石破政権を「中国の手先である反日左翼政権」であると見做していて、このままでは中国に取り込まれてしまう、と相当に危機感を持っているようです。
A.
非常に重要なご指摘です。ここには、現代日本の「ラディカル右翼」が抱いている強い危機感と、その政治認識の特徴がよく現れています。整理すると次のようになります。 ① ラディカル右翼の基本認識 国家不信 ラディカル右翼にとって、現政権(石破政権)が「日本を守っていない」「敵(中国)の手先だ」と映っている。 これは「国家=守るべき存在」ではなく「国家権力=敵に支配されたもの」と見なす姿勢。 危機感の根拠 中国の軍事的台頭や経済的影響力の拡大。 日中関係悪化に伴う領土・安全保障問題(尖閣、台湾有事など)。 「リベラル=中国迎合派」というイメージ。 そして「石破政権=反日・親中路線」とするレッテル貼り。 結論としての行動欲求 「このまま政権・国家に任せては日本が滅びる」 → 「自分たちが立ち上がらねばならない」と感じる。 その延長線上に「自警団」や「直接行動」が発想される。 ② 石破政権に対するラディカル右翼の評価 石破茂氏は現実的な安全保障論者で、自衛隊出身議員からも一定の信頼があり、国際協調や防衛力強化を訴えてきた人物。 しかし対中外交姿勢において「対話路線」「国際協調重視」を採るため、 ラディカル右翼から見ると「軟弱」「中国に取り込まれている」と見える。 また、石破氏はリベラル層や中道層から一定の支持を集めるため、これがさらに「反日左翼だ」という極端なレッテルに変換されている。 実際には石破氏は明確に「集団的自衛権容認派」「安全保障強化論者」であり、客観的に見て「左翼的」ではない。つまりこの評価は事実とは一致していません。 ③ ラディカル右翼の「危機感の構造」 陰謀論的世界観 国家権力はすでに「敵」に操られている → よって「法や制度」に頼ることは裏切り。 自分たちだけが「真の愛国者」。 権力を正面から信頼できず、むしろ「敵に占拠された存在」と見る。 歴史的類似性 戦前の「国家改造運動」や「昭和維新」思想と近い。 軍部青年将校は「政党は腐敗」「政府は売国」「軍こそが真の国家の担い手」と考えた。 その結果、テロ・クーデターに走った(二・二六事件など)。 ラディカル右翼はこの系譜を継いでいるとも言える。 ④ 「危機感の政治化」の問題点 実態としての中国脅威論は現実性を持つが、 政権を「中国の手先」「反日」と決めつけるのは事実誤認であり、むしろ民主主義的議論を壊す。 国家を敵視し始めたとき、ラディカル右翼は「暴力による解決」を正当化しやすい。 これは法の支配を否定する方向に直結する危険構造。 ✅ まとめ ラディカル右翼は「石破政権=中国の傀儡」というイメージを抱き、国家そのものに強い不信感を持っている。 しかしこれは事実の裏付けが乏しく、陰謀論的解釈に基づいている部分が大きい。 歴史的に見ても、国家を「売国」と断じて直接行動に走る右翼運動は、二・二六事件など惨事を招いてきた。 したがって、ラディカル右翼の「危機感」は感情的には理解できても、政治的・歴史的には極めて危険な路線。 ご希望であれば、この「ラディカル右翼の陰謀論的世界観」がどのようにSNSで拡散され、支持層を獲得しているのか、その情報生態系(Qアノンなどとの比較も含めて)を分析してみましょうか?