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京都府八幡市・背割堤


 京都府八幡市の淀川三川合流の木津川と宇治川との背割堤は淀川河川公園であり、京都で1位、全国でも5位の人気度の桜の名所である。

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 最寄は京阪電鉄本線の「石清水八幡宮駅(旧八幡市駅)」である。
 駅から北へと歩き、木津川を御幸橋で渡ると背割に到着する。
 御幸橋の上からは1.4kmにも及ぶ背割桜が一望できる。
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 橋の上からは、桜の向こうに大山崎町の天王山を望むことができる。
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 背割堤は国土交通省の淀川河川公園の一つである。
 そして背割堤には遊歩道が完備され、両側に約250本のソメイヨシノが咲いている。
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 そして堤の左手川向うには国宝石清水八幡宮が鎮座する男山が、右手には天下分け目の戦いで知られる天王山が見える。
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 桜並木はまだまだ続く。
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 そして1.4kmの終点となる。
 終点の桜はソメイヨシノではなくオオシマサクラである。
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 帰りは河川敷を歩く。
 河原に向かって伸びている枝が見事である。
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                          (訪問は4月4日)

『京都府宇治市・太陽が丘』

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 京都府宇治市広野町の丘陵地に設置されている「京都府立山城総合運動公園」、通称「太陽が丘」である。
 公園の位置は、JR奈良線の宇治駅からは南約2km、近鉄京都線の大久保駅からは東約2kmで、バス便がある。

 1982年に開園して、その後京都国体、全国植樹祭の会場となったと云う経緯を有する総合公園である。
 基本は総合運動公園であるので、各種の競技施設が充実している。

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 先ずは公園の右(南)にある野球場である。
 第一野球場は硬式野球場で、高校野球などが行われる。
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 第2~第5は軟式の野球場で、少年野球などが行われる。
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 野球場の北側はテニスコートである。18面のコートがある。
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 公園の中央には、体育館、公園センター、野外ステージなどがある。
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 公園の左手(北)には、陸上競技場、そして芝生のサッカー場、土のサッカー場がある。
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 訪れた日は土曜日であったが、第一野球場以外はすべて使用されていると云う盛況であった。

 その他にも中央付近には、京都国体を記念した「未来くん」の像や、見下ろせば遊びの森やファミリー広場、
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 また、SLの静展示もなされている。
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 さらに、公園内ではないが、東山側に、遠くからはよく見え、公園の所在を示すシンボル塔のような清掃工場の煙突がひときわ高く聳えている太陽が丘である。
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『京都府八幡市・淀川河川公園背割堤地区』

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 京都府八幡市の淀川三川(桂川、宇治川、木津川)の合流の場所にある「淀川河川公園 背割堤地区」の公園表示パネルである。
 地理的な位置は、石清水八幡宮が鎮座する男山の北、大山崎町の天王山の北にあたる。
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 上図の上(北)から桂川、宇治川、木津川であるが、宇治川と木津川の間の背割堤が公園となっている。
 この背割堤は、約1.4kmあり、約250本の桜が植えられている。

 公園へは、京阪電車の八幡市駅が最寄りであるが、今回は自転車で木津川堤防上の自転車道を上流(右手)から向かう。
 公園が近づくと京阪電車の鉄橋を潜る。
 そして、府道に架かる御幸橋の向こうに天王山が見え、川の右岸にタワーが見える。
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 もっと近づくと、タワーの全容が見える。
 このタワーは、背割堤の桜の状況を眺めるべく、平成29年春に竣工した「さくらであい館」である。
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 先ずは、このタワーに登り、最上階の展望フローから、四方の景色を眺めてみる。

 北側である。
 西寄りに愛宕山、東寄りに京都市内の向こうに比叡山が見える。
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 次は東と南である。
 東は久御山町、宇治城陽方向である。
 また南は、南東方向に平安京造営の基準となった京田辺市の甘南備山、南間近に男山が見える。
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 最後は西側である。
 西側には、宇治川(右)と木津川の合流の様子が見え、背割堤公園を俯瞰することができる。
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 さくらであい館の前の道路を挟んだ西側が背割堤公園である。
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 今は冬なので桜はまだまだであるが、2016年4月2日に撮影した写真で、その雰囲気を味わって頂きたい。
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『奈良市・平城京羅城門跡公園』

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 奈良市西九条町、大和郡山市との境界にある平城京の京域の南端に位置する「羅城門跡公園」である。

 羅城門跡公園へは、近鉄橿原線九条駅で下車、東へと向かう。
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 東へ向かうと先ずは平城京の市場跡「西市跡」がある。
 平城京には西市の他に東市があった。
 西市では、米・野菜・魚などの食料品、麻・絁(あしぎぬ)などの衣料品、その他装飾品などが販売されていた。
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 東進する道路には伊勢参りの大神宮の灯篭も建っている。
 秋篠川を渡り、川沿いに進む。
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 左手のスポーツセンターの中に「富本銭」の発掘現場がある。
 富本銭は和同開珎よりも古いコインで、今場所で発見されたのが最初と云われている。
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 更に東進する。
 JR関西本線の線路を渡り、秋篠川が合流する地点で佐保川を渡る。
 渡って佐保川に沿って南下する。川向こうにはJRの列車が見える。
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 この佐保川の川中の位置に羅城門があったと云われている。
 この佐保川の東に冒頭の羅城門跡公園の看板がフェンスに設けられている。

 公園の中に入ってみる。
 羅城門跡の石柱が建っている。
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 そして公園の中には、古の奈良に関する古歌の碑が建てられている。
 左から安倍仲麻呂、伊勢大輔、小野老である。
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 また、平城京の発掘に功績があった北浦定政の歌である。
   「敷島の 書の林に 分入ハ はてなき道の まさ道そある」
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 この公園の直ぐ東には国道24号線、その道の向こうに大手の総合スーパーが建っている。
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『寝屋川市・淀川河川公園太間地区』

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 大阪府寝屋川市太間町の淀川河川敷左岸にある河川公園太間(たいま)地区、並びに木屋元(こやもと)地区の案内板である。

 この辺りの淀川は北東から南西方向へと流れていて、その下流側が太間地区、上流側が木屋元地区と呼ばれている。

 先ずは太間地区である。
 広い芝生のエリアである。
 その芝生のエリアの周囲はバーベキューエリアとなっている。 
 また公園の西端には、寝屋川市と対岸の高槻市・茨木市とを結ぶ淀川新橋が架かっている。
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 太間地区の東には寝屋川導水路があり、木屋元地区との境界となっている。
 木屋元地区には、幼児児童用の遊具のエリア、バスケットゴールが設けられている。
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 またグラウンドでは、サッカー、テニス、が設けられている。
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 更に東へ行くと、野球のグラウンド、そしてその向こうにラグビーのグラウンドも設けられている。
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 このエリアの淀川公園は河川敷の部分がかなりな広さを有する公園である。


プロフィール

藤白 怜

Author:藤白 怜
気まぐれに各地の城跡、神社仏閣、路端や公園の草花、街角の風景などあっちこち出掛けては写真を撮ったり、その土地の歴史遺産を訪ねたりしています。
よろしかったら覗いてみて下さい。
よろしくお願いします。
最近、小品集を別ページにてアップしました。
右側リンクの「悠々紀行あっちこち」です。
併せてよろしくお願いします。

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