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『桜井市・素盞嗚神社』

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 奈良県桜井市三輪の住宅街の中に佇む式内社「稔代(いなしろ)神社」の参考社の「素盞嗚神社」の社頭の標柱である。

 鎮座地は大神神社の二ノ鳥居の南方向で、JR桜井線三輪駅の東約100m、三輪小学校の北約100mの所である。

 神社正面には、神仏習合の名残である薬師堂が祀られている。
 この薬師堂の中には、薬師如来が十二神将の守護神と共に、祀られているとのことである。
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 薬師堂の右手に鳥居が建ち、その先一対の狛犬が祀られている。
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 その先は、拝殿・本殿である。
 本殿の祭神は、神社名の通り、素戔嗚尊である。
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 本殿右手には、朱塗りの境内社である白山神社や石碑などが祀られている。
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 また他に、境内には磐座も祀られている。
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『桜井市・綱越神社』

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 奈良県桜井市三輪に鎮座する式内社「綱越神社」の社名標柱である。

 綱越神社は、大神神社の大鳥居の傍に鎮座する御祓神社で、「おんぱらさん」として親しまれている。
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 鳥居の先には拝殿が祀られている。
 拝殿には、「おんぱら社」との額も掛かっている。
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 拝殿の先は本殿である。
 本殿の祭神は、祓戸大神とされる。
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 またこの神社では、「夏越祓(なごしのはらえ)」が行われる。
 7月30、31日の両日に御祓祭(おんぱらまつり)が執り行われ、特設の茅輪(ちのわ)をくぐり、無病息災を祈る人々で賑わうとのことである。

 尚、社名の綱越は、夏越からの転訛と考えられている。

 境内には、磐座も祀られている。
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『桜井市・玉列神社』

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 奈良県桜井市慈恩寺に鎮座する式内社「玉列(たまつら)神社」の社頭の社号柱である。
 玉列神社は、現在は大神神社の境外摂社となっている神社である。

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 鎮座地は、近鉄大阪線大和朝倉駅を下車し、北へと大和川そして長谷街道を越えて、三輪山の方に少し登ったところである。
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 社頭は石段参道で、昇ると冒頭の標柱、そして一ノ鳥居が建つ。
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 鳥居を潜ると左手に、祓戸大神、誕生石なるものが祀られている。
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 更に進むと参道石段である。
 石段途中には、一対の狛犬や、灯篭が配されている。
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 石段の上は拝殿である。
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 拝殿の背後は、鳥居そして本殿が祀られている。
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 本殿の祭神は玉列王子神である。そして天照大御神、春日大神も合祀されている。
 この玉列王子神とは、大神神社の祭神である大物主王神の御子神で、大物主の神格を引き継いでいると云われる。
 
 その他境内社が3社並んでいる。
 左から、愛宕社、猿田彦神社、金山彦神社で、いづれも大神神社の末社となっている。
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 話は元に戻るが、先ほど横切った長谷街道には、趣のある町屋が佇む風景がある。
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『桜井市・白山神社』

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 奈良県桜井市豊前(ぶんぜ)に鎮座する「白山神社」の鳥居の扁額である。
 この神社は、式内社「宇太依田(うたのよりたの)神社」の参考社とされる神社である。

 神社は、JR桜井線巻向(まきむく)駅の南西方向約1kmの所に鎮座する。
 駅の東に古代の街道「上ツ道」が通っており、それを南下、国道の高架橋を西方向へと渡る。
 高架橋からは、女王卑弥呼の墓とされる箸墓古墳が良く見える。
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 この辺りは古代の遺跡の纏向遺跡が点在している所である。
 その外れの住宅街の手前に、白山神社の小さな杜が見える。
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 神社の社頭は西向きである。
 社頭には灯篭と冒頭扁額の鳥居が建つ。
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 鳥居を潜ると拝殿である。
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 拝殿の背後は、玉垣の中に本殿が祀られている。
 本殿の祭神は、白山姫命とされている。
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 それ以外に、境内社が祀られている。
 左は春日社、右は祇園社である。
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『桜井市・大神神社』

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 奈良県桜井市粟殿(おどの)に鎮座する「大神(おおみわ)神社」の社頭の標柱である。
 大神神社は三輪に鎮座する大和国一之宮の大神神社と区別され、三輪から勧請された神社で、式内社「桑内神社」に比定される。

 鎮座地は近鉄桜井駅の北の粟殿(おどの)地区の住宅の中である。
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 神社の社頭は北向きである。
 社頭には鳥居、冒頭標柱が建つ。
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 そして直ぐに社殿である。
 拝殿は西向きとなっている。
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 拝殿の背後は本殿である。
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 本殿の扁額には、春日大明神、三輪大明神、蔵王権現と記されている。

 付近からは三輪山が良く見え、そして近くには桜井市役所がある。
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『天理市・水口神社』

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 奈良県天理市渋谷町上山に鎮座する式内社「水口(みなくち)神社」に関連する案内地図である。
 上掲案内図の、右下の「P現在地」(景行天皇陵陪塚の斜面の所に神社は鎮座している。
 神社の右手(南側)は景行天皇陵である。

 神社は、JR桜井線の柳本駅が最寄りである。
 駅の東側に古代の街道である「上ツ道」が通っているので、それを南へと辿る。
 途中で、式内社「伊邪那岐神社」への参道と交わっている。
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 街並みが切れるころ、東に神社の杜が見えてくるので、田圃の間を向かう。(道路は国道169号線である)
 神社参道は陪塚に沿うように付けられ、その先には鳥居が建てられている。
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 その先は、一対の狛犬が配され、拝殿が祀られている。
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 拝殿の奥には本殿が祀られている。
 祭神は、大水口宿禰命、あるいは譽田別命とされている。
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 尚境内には、金毘羅大権現の石碑も祀られている。
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 余談であるが、南側の景行天皇陵の風景である。
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『桜井市・等彌神社』

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 奈良県桜井市谷に鎮座する式内社、「等彌(とみ)神社」の社頭の社名標柱である。

 神社は、JR・近鉄桜井駅の東南、約1kmの鳥見山の西麓に鎮座している。
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 社頭の一ノ鳥居を潜ると、高台へと長い参道が延びる。
 そして石段の上には二ノ鳥居が建っている。
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 そして二ノ鳥居を潜ると左手に猿田彦大神社の鳥居と石碑が祀られている。
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 その先右手に、下津尾社が祀られている。
 左殿は春日神社、右殿は八幡神社である。
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 その左手に、恵比寿社、愛宕社、金毘羅社が祀られている。
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 さらに進むと上津尾社の境内へと石段を昇ると、社殿の拝殿が現れる。
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 拝殿前には一対の狛犬が祀られている。
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 拝殿の背後は本殿である。
 本殿の祭神は、大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)、即ち天照大御神である。
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 この鳥見山は「鳥見山霊時」と云われ、初代天皇とされる神武天皇が皇祖神を祀った場所と伝えられている。
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 境内社には、稲荷社、黒龍者などが祀られている。
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 神社から退出方向に、別の参道を辿ると、そこには桜井護国神社が祀られている。
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『桜井市・殖栗神社』

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 奈良県桜井市上之庄に鎮座する式内社「殖栗(えくり)神社」の社号柱である。

 殖栗神社は、近鉄大阪線の大福駅の北東方向1km弱の寺川の右岸に鎮座する。
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 神社の参道入り口には、冒頭の標柱が建ち、その先にかつての神社名であろう「三十八社」の灯篭、そして鳥居が建つ。
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 鳥居を潜ると右折、正面には拝殿が祀られている。
 そして拝殿背後の玉垣の前には、一対の狛犬が祀られている。
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 玉垣の中は、春日造り朱塗りの本殿である。
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 本殿の祭神は、殖栗王、天児屋根命とされている。

 殖栗王とは、用明天皇の第三皇子で、母は穴穂部間人皇女で、第二皇子の聖徳太子の弟である。

 本殿の右手に境内社が祀られている。
 左が稲荷社、右が春日社とされている。
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『桜井市・長谷山口坐神社』

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 奈良県桜井市初瀬に鎮座する式内社大社「長谷山口坐(はせやまぐちにます)神社」の大和川に架かる神河橋と社名標柱である。

 神社は、近鉄大阪線長谷寺駅の北の大和川の左岸に鎮座する。
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 駅から延々と続く下り坂を降り、大和川に架かる橋から東を眺めると神河橋と神社の杜が見える。
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 長谷寺の参道を向かうと右手に入る参道があり、神河橋にて大和川を渡り返す。
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 神河橋を渡ったところには、鳥居と石段、そして「磯城伊豆加志本宮伝承地域」の標柱が建てられている。
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 磯城伊豆加志本宮伝承地とは、垂仁天皇の皇女の倭姫が八年間天照大神を祀った元伊勢の地と云われている。
 更に随神として、この地に天手力雄(あめのたじからおの)神を、北の山に豊秋津姫命を祀ったとされている。

 石段を昇ると、踊り場には水神の石碑があり、更に石段が続く。
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 石段を昇り詰めたところが社殿である。
 拝殿、本殿が祀られている。
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 拝殿には、標札が掲げられている。
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 拝殿の背後の高台は本殿であるが、その前に一対の狛犬が祀られている。
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 そして本殿である。
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 本殿の祭神は、大山祇大神、天手力雄神、豊受姫命とされている。

 大和国には、延喜式に山口神社あるいは山口坐神社と称する神社が十四社記載されていて、宮殿造営のための御料材伐採のための山の口にいます神として、山口の水の神として、さらには祈雨の神として、崇敬されてきたと云われている。

『桜井市・忍坂山口坐神社』

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 奈良県桜井市赤尾に鎮座する式内社大社の「忍坂山口坐(おっさかやまぐちにます)神社」の立て看板である。

 この神社は、忍坂坐生根神社の栗原川を挟んだ赤尾集落に鎮座している。
 神社付近から、生根神社の神体の外鎌山を望むことができる。
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 境内には、桜井市で一番大きいと云われる大楠がある。
 そして、境内の先には石段・鳥居が設けられている。
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 その先は、一対の狛犬が祀られる拝殿である。
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 拝殿の背後には本殿は無く、ご神体の磐座が祀られている。
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 そして祭神は、大山祇命(おおやまづみのみこと)とされている。

 拝殿の右手前にも磐座が祀られているが、社名は不明である。
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『桜井市・忍坂坐生根神社』

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 奈良県桜井市忍阪(おっさか)に鎮座する式内社大社の「忍坂坐生根(おっさかにますいくね)神社の灯篭に記された社号である。

 忍坂坐生根神社は、近鉄大阪線大和朝倉駅の南方、約1kmの外鎌山の西麓の集落の道路に沿った一段と高い所に鎮座し、外鎌山を神体とする神社である。
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 境内の山側高台に社殿が祀られている。
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 中央の石段は拝殿への参道で、両側に一対の狛犬が祀られている。
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 そして拝殿が祀られ、本殿は無く、山がご神体となっている。
 また山中には磐座も祀られている。
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 祭神は、少彦名命(すくなひこなのみこと)、天津彦根命(あまつひこねのみこと)である。
 少彦名命は、大己貴命の国土経営に協力したのみならず、病苦を抜除する医薬の神として信仰され、しかも石として出現される神とされている。

 本殿の左手には境内社で菅原道真公を祀る天満神社が祀られている。
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『桜井市・志貴御縣坐神社』

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 奈良県桜井市金屋に鎮座する式内社大社の「志貴御縣坐(しきのみあがたにます)神社」の二ノ鳥居の扁額である。

 神社は、JR桜井線の三輪駅の東南、約500mの古代の崇神天皇の「磯城瑞籬宮趾(しきみずがきのみやあと)」に比定される地に鎮座する。
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 神社への参道は南から北へと延びる。
 一ノ鳥居、冒頭扁額がかかる二ノ鳥居が設けられている。
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 そして石段を昇ると境内で、正面には拝殿が祀られている。
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 拝殿前には一対の狛犬が祀られている。
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 拝殿の背後の玉垣の中に本殿が祀られている。
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 本殿の祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)とされている。

 志貴御縣坐神社は大和国の六つの御縣の一つであり、志貴御縣の国魂神を志貴阿縣主が祀ったものとされている。

 境内には、玉垣の中に磐座、そして社名不明の末社が祀られている。
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 神社の東南、少しの所に重要文化財の「金谷の石仏」が祀られている。
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 右が釈迦如来、左が弥勒菩薩とされている。
 元々はこの北の平等寺にあったが、廃仏毀釈で寺と一緒に破壊されるところを村人が移したものとされている。

『桜井市・春日神社』

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 奈良県桜井市戒重(かいじゅう)に鎮座する「春日神社」の社頭の社名標柱である。
 この春日神社は、式内社大社「他田坐天照御魂(おさだにますあまてるみたま)神社」の論社である。

 鎮座地は、JR・近鉄両線の桜井駅の西方700m程度で、国道169号線に西面している。
 その社頭には玉垣、冒頭標柱、鳥居が設けられている。
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 鳥居を潜ると、正面には一対の狛犬、そして拝殿が祀られている。
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 拝殿の背後は春日造りの本殿である。
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 祭神は、天児屋根命、天太玉命 (あめのふとたまのみこと)、武甕槌命 (たけみずちのみこと)、比売神 (ひめのかみ)とされている。

 拝殿の左手の鳥居の背後には、境内社が3社祀られている。
 右手から、先ずは稲荷神社である。
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 そして左手は、琴平社と金毘羅大権現の石碑、
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 そしてその左に瑜加社と瑜伽大権現の石碑が祀られている。
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 さらに、拝殿の右手には、繁森社が祀られている。
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 この地は、古代の敏達天皇の「訳語田幸玉宮(おさださきたまのみや)跡伝承地」でもある。
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 以下は余談である。

 この春日神社の地は、江戸時代前期に戒重陣屋が設けられたところである。
 陣屋は織田信長の弟、織田有楽斎(うらくさい)の4男長政により築城された戒重藩の藩庁である。

 有楽斎は大坂冬の陣までは大坂城内にいて、豊臣特に淀君と徳川方との調整役を務めていたが、夏の陣の前に隠居し、知行地3万石を3等分し、4男長政が1万で、この地に立藩したものである。

 その後、戒重藩は藩庁を北の芝村に移すのであるが、それまではこの地で政治を行ったとのことである。

『桜井市・他田坐天照御魂神社』

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 奈良県桜井市大田に鎮座する式内社大社の「他田坐天照御魂(おさだにますあまてるみたま)神社」の社頭の社号石標である。

 鎮座地は、JR桜井線巻向駅の西方、約100m程度の近距離の住宅街の一角である。
 また、駅の西、神社を取り巻く広大な地域は、纏向遺跡として知られている。
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 神社の入り口は細い参道があるのみで、参道を進むと左手に神池、そして正面に拝殿が祀られている。
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 また拝殿の手前両脇には、一対の狛犬が祀られている。
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 そして拝殿の背後には、白壁に囲まれた石積壇上に本殿が祀られている。
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 本殿の祭神は、天照大神とされている。

 この地には敏達天皇の宮である訳語田幸玉宮(おさたのさきたまのみや)があったとされているところである。

『桜井市・石寸山口神社』

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 奈良県桜井市谷に鎮座する式内社大社の「石寸(いわれ)山口神社」の拝殿扁額である。

 鎮座地は、JR・近鉄桜井駅から約600m南方で、コモ山あるいは磐余)(いわれ)山と云われる小高い山の北側の池の北岸である。

 尚、この辺は神武天皇と長髄彦(ながすねひこ)が決戦したところと云われ、用明天皇の磐余池辺双槻宮いわれのいけのべのなみつきのみや)の地とも云われる。

 神社は住宅内の道を池の方へ上った左手に鎮座する。
 社頭には鳥居、参道石段が設けられている。
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 石段を昇ると両側に一対の狛犬、その先は拝殿で、冒頭の扁額が掲げられている。
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 拝殿の先は本殿が祀られている。
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 本殿の祭神は大山祇神とされている。

 この神社は、大和国の六社の山口神社の一つである。

『橿原市・畝尾都多本神社』

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 奈良県橿原市木之本町に鎮座する式内社「畝尾都多本(うねおとたもと)神社」の社号標柱である。

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 神社は香具山の北西麓で、奈文研の藤原宮資料室に隣接した北側の杜に鎮座している。
 参道を進むと、先ずは一ノ鳥居を潜る。
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 左手に、狛犬と瑞垣の中に八幡宮が祀られている。
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 そして正面に、畝尾都多本神社の拝殿が祀られている。
 拝殿の背後は玉垣で囲まれ、その中に一対の狛犬が祀られている。
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 その背後は、本殿は無く、板塀の神垣の中の古井戸が神体とのことである。
 そして祭祀対象は泣女とされる泣沢森の神霊 とのことである。
 泣女とは、古代の風習で喪主に代わって泣き悲しむ女で、伊邪那美神が神避された時、伊邪那岐神の代わりに枕元で悲しんだとされている。
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 境内社には、稲荷神社、厳島神社が祀られている。
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 また境内には万葉歌碑も建てられている。
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 「哭澤(なきさわ)の神社に神酒すゑ祷祈れども 我が王は高日知らしぬ」    〔伝 檜隈女王〕

『橿原市・天岩戸神社』

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 奈良県橿原市南浦町に鎮座する式内社「坂門(さかと)神社」の論社とされる「天岩戸(あまのいわと)神社」の社頭の標柱である。

 神社は、天香久山の南麓に鎮座し、天香久山への登山口の神社であることが、「坂の門」の呼称があったのではないかとのことがその比定の理由とされている。

 社頭には冒頭標柱と、鳥居が建てられている。
 そして細い参道が奥へと続く。
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 突き当りは拝殿である。
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 拝殿の背後には拝所があり、玉垣の中に磐座が祀られている。
 磐座は天岩戸を表したもので、祭神は天照皇大神とされている。
 その背後は、天香久山で高天原伝説もある。
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 神社の門前は集落である。
 その集落の中に、聖徳太子十三番霊場の浄土宗「天香山 日向(にっこう)寺」がある。
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『橿原市・阪門神社』

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 奈良県橿原市中町に鎮座する式内社「坂門(さかと)神社」に比定される「阪門(さかと)神社」の社号標柱で、この神社は論社の一ゆとされている。

 神社は近鉄橿原線新ノ口駅の東方、約1kmの住宅街の中に鎮座している。
 神社は玉垣に囲まれ、社頭には冒頭標柱に加え鳥居が設置されている。
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 鳥居を潜ると正面に拝殿とその前に一対の狛犬が配されている。
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 拝殿の背後は本殿である。
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 祭神は春日神、即ち、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、經津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命、姫大神とされている。

 境内社はないが、神社の南隣に白龍大神の祠が祀られている。
 またこの辺りは耳成山の北側であり、田畑の向こうに山を望むことができる。
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『橿原市・竹田神社』

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 奈良県橿原市東竹田町に鎮座する式内社「竹田神社」の社頭の鳥居である。

 竹田神社は、近鉄橿原線「新ノ口」駅の東方、約1.5kmの寺川の左岸に鎮座する。

 鳥居を潜った右手に、神社の社殿や寺院の堂宇が建っている。
 寺院の堂宇は大日堂を云い、かつての神宮寺で、大日如来が祀られている。
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 神社の拝殿である。
 背後には、本殿そして摂社の厳島神社(右側)が祀られている。
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 本殿の祭神は、天香久山命とされている。
 また、竹田川辺連が祖神として天火明命(あめのほあかりのみこと)を祀ったとも云われる。

 境内には、末社であろう石碑が祀られている。
 青面金剛、愛宕宮、金毘羅大権現である。
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 また境内には万葉歌碑が建てられている。
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 歌碑には、
    「うち渡す 竹田の原に 鳴く鶴の 間なく時な無し 我が戀ふらくは」
 と、大伴坂上郎女の作歌が刻されている。

『橿原市・国常立神社』

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 奈良県橿原市南浦町の天香具山152.4mの山頂に鎮座する式内社大社「天香山座櫛真命(あめのかぐやまにますくしまのみこと)神社」の論社の一とされる「国常立(くにとこたち)神社」の案内図である。

 山頂へは、四方からの登山ルートがあるが、今回は北から、即ち天香山神社の社頭からのルートを選ぶ。
 標識に従って登山を始めると、山頂までは通常のの登山道が続き、暫くして山頂へと到達し、国常立神社が見えてくる。
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 正面へ回り込むと、石舞台状の拝殿、そしてその向こうに本殿覆屋の中に2祠の本殿が祀られている。
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 本殿の2祠は、左殿が国常立神社、右殿が高龗神社である。
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 両社合わせて雨の神とされている。

 本殿を囲む玉垣の中の本殿前に一対の小さな狛犬も祀られている。
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 天香具山山頂は西方面が開けていて、畝傍山や、遠くに二上山を望む風景となる。
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 神社をあとに、南方向へ下山する。
 途中に、伊弉諾神社、伊弉冉神社が祀られている。
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『橿原市・春日神社』

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 奈良県橿原市戒外町に鎮座する式内大社式内大社の「畝尾坐健土安神社」の論社の1つである「春日神社」の社頭の鳥居である。

 この神社は天香久山の南麓に鎮座する神社で、白鳳時代に創建された興善寺(旧 香具山寺)の東に鎮座し、興善寺境内から参道が東へと延びている。
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 社頭には冒頭の鳥居が建ち、その先には拝殿が祀られている。
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 拝殿の先は、覆屋の下に本殿などが祀られている。
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 本殿覆屋には4殿あり、中央右がメインであろう。
 本殿前には狛犬も祀られている。
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 本殿の祭神は、春日四神である。
 即ち武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神である。

 他の3殿は、どれがどれが分からないが、伊弉諾神社、伊弉冊神社、金毘羅神社とのことである。
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『橿原市・天香山神社』

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 奈良県橿原市南浦町の天香久山北麓に鎮座する式内社大社の「天香山(あめのかぐやま)神社」の社頭の社名柱である。

 天香山神社は、一つには式内大社の「畝尾坐健土安神社」の論社であり、もう一つには式内大社「天香山座櫛真命(あめのかぐやまにますくしまのみこと)神社」の論社でもある。

 神社の社頭には冒頭の標柱が建ち、参道を進むと鳥居が建っている。
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 参道脇には、万葉歌碑が建てられている。
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 「春すぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山」 (持統天皇)
 「ひさかたの 天の香具山 この夕へ 霞たなびく 春立つらしも」(読み人知らず)

 更に参道を進むと、石段となり、その先に割拝式拝殿が祀られている。
 拝殿の社名板には「天香山坐櫛眞命(あめのかぐやまにますくしまのみこと)神社」と、延喜式神名帳に書かれている神名が記されている。
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 拝殿の先は玉垣の中に本殿が祀られているが、その前には一対の狛犬が祀られている。
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 そして本殿である。
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 本殿の祭神は、櫛眞命(くしまのみこと)である。

 本殿の左右に境内社が祀られている。
 左殿が春日社、右殿が八幡社である。
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『橿原市・畝尾坐健土安神社』

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 奈良県橿原市下八釣町に鎮座する式内社大社の「畝尾坐健土安(うねおにますたけはにやす)神社」の社頭の社名柱である。
 尚、畝尾坐健土安神社の論社としては他に2社あり、「天香山神社」「春日神社」である。

 畝尾坐健土安神社の鎮座地は、近鉄大阪線の耳成駅の南方約1kmの所で、天香久山の北西麓の下八釣町の住宅地内である。

 集会所前の参道を辿ると、冒頭標柱が建つ境内となる。
 境内には鳥居、そして拝殿が祀られている。
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 拝殿の背後は本殿である。
 先ずは本殿前に、一対の狛犬が祀られている。
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 そして本殿である。
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 本殿の祭神は、健土安比売命(たけはにやすひめのみこと)とされている。

 境内には、庚申、愛宕山も祀られている。
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 神社前の通りを挟んだところに興福寺(八釣山地蔵尊)が祀られている。
 この寺は、古代、物部守屋が飛鳥橘寺に火を放った時、金堂の地蔵菩薩が香久山に逃れたが、それを知った聖徳太子が山麓にこの寺を建立して地蔵を祀ったとの謂れがある。
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 尚、この辺りからは北方に耳成山、間近に香久山を望むことができる。
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『橿原市・山之坊山口神社』

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 奈良県橿原市山之坊町に鎮座する、式内社大社「目原坐高御魂(めはらにますたかみむすび)神社」の論社の一とされる「山之坊山口(やまのぼうやまぐち)神社」の参道入り口の鳥居の扁額である。

 この神社は、近鉄大阪線耳成駅の西方約300mの、米川の右岸に鎮座している。
 神社門前の街道には、往時を偲ぶ町屋も見られる。
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 街道から南へ入ると、一ノ鳥居が建つ。
 鳥居を潜ると参道である。
 参道の先には、二ノ鳥居が建つ。
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 その先は、一対の狛犬が祀られる境内である。
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 そして拝殿が祀られている。
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 拝殿の背後は本殿である。
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 本殿の祭神は、大山祇命(おおやまづみのみこと)である。

 山之坊山口神社はかつては耳成山の山頂に、現在の耳成山口神社と並び鎮座していたと云われる。
 そしてこの神社は耳成山天神宮と呼ばれていた。

 江戸時代享保年間に耳成山が隣町(木原町)の町域と認められたため、神霊を奉じて下山、現在地に遷座したと云う経緯を有する。

『橿原市・耳成山口神社』

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 奈良県橿原市木原町の大和三山の1つ耳成山の山頂付近に鎮座する式内社大社の「耳成山口神社」に比定される、あるいは式内社大社の「目原坐高御魂(めはらにますたかみむすび)神社」の論社の一とされる「耳成山口(みみなしやまぐち)神社」の山麓の参道入り口の鳥居の扁額である。

 耳成山(139.7m)は、近鉄大阪線の耳成駅の西方約500mにあり、山の南麓が神社の参道口である。
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 鳥居を潜ると、灯篭が設けられた登山参道が上へと続く。
 登山参道の終点は注連縄柱の石段となり、境内にはもう一段の石段がある。
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 石段途中には、神猫(?)、そして一対の狛犬が配されている。
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 狛犬の先の石段の上には割拝式の拝殿が祀られている。
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 拝殿の先は本殿である。
 本殿の祭神は、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、大山祗神(おおやまづみのかみ)である。
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 耳成山口神社は、大和の山口社六社(他に飛鳥、石寸、畝火、忍坂、長谷)の一社で、皇室の舎殿用材を切り出す山に鎮座する神として祀れたとされる。

 また境内社として、金刀比羅神社、稲荷神社、白龍大神が祀られている。
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 神社の横に山頂へ向かう道がある。
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 山頂は、三等三角点(139.2m)が設けられた少しの広場となっている。
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『橿原市・天満神社』

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 奈良県橿原市太田市町に鎮座する式内社大社の「目原坐高御魂(めはらにますたかみむすび)神社」の論社の一の「天満神社」の社頭の標柱である。

 鎮座地は、先の十市御縣座神社の東北東約1kmの所で、桜井市との境界付近である。
 更に100mも北へ行くと田原本町に入るところでもある。
 
 神社社頭は玉垣、石段参道で、東向きである。
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 そう広くない境内の正面には、一対の狛犬、拝殿が祀られている。
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 そして背後は本殿が祀られている。
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 本殿の祭神は、高御魂命、神産日命、菅原道真公である。

 この神社の東側の地は眞目原(まめはら)と云い、当初はこの眞目原の地に神社が祀られていたが、後年現在地に遷座され、併せて道真公を祀り、天満宮と称されたとのされている。

 境内社として、金毘羅大権現、稲荷神社が祀られている。
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『橿原市・十市御縣座神社』

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 奈良県橿原市十市町に鎮座する式内社大社の「十市御縣座(といちのみあがたにます)神社」の社頭の社名標柱である。

 大和国には、皇室の直轄地である6ヶ所の御縣があり、それぞれ御縣神社が祀られ、その一がこの神社である。

 神社は、近鉄橿原線の新ノ口(にのくち)駅の東北東約1kmの、十市町集落の東の外れに鎮座し、参道口は西向きである。
 参道口には冒頭の標柱が建ち、玉垣の先の左手には錦鯉が泳ぐ神池「鏡池」が祀られている。
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 参道は左折し、南向きに鳥居、その先は境内である。
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 広い境内の正面は、一対の狛犬が祀られる拝殿である。
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 拝殿の背後には本殿が祀られている。
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 本殿の祭神は、鳥居扁額に記されているように豊受大神で、配祀は市杵島姫命とされている。
 
 境内社が祀られている。
 先ずは、金比羅大権現、玉津島神社、八坂神社である。
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 そして、八幡神社、五社神社、四柱神社である。
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『橿原市・子部神社』

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 奈良県橿原市飯高町に鎮座する式内社大社「子部(こべ)神社」の拝殿の扁額である。

 子部神社は、近鉄大阪線の真菅駅の北方約1.3kmの所の吉楽寺瑞花院に隣接して祀られている。
 住宅街の中に子部神社の案内標識があり、それに従って進むと、西向きに鳥居が建ってる。
 そして、鳥居を潜ると寺院の塀に突き当たり、左折すると冒頭の扁額が掲げられた拝殿が祀られている。
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 そして拝殿前には一対の狛犬が祀られている。
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 拝殿の背後は本殿である。
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 本殿の主祭神は、小子部命(ちいさこべのみこと)で、配祀として武甕鎚命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、姫大神(ひめのおおかみ)の春日四神に加え、素盞鳴命(すさのおのみこと)、斎主命 (いわいぬしのみこと)が祀られている。

 この神社は古代氏族の小子部(ちいさこべ)氏が氏祖を祀った神社とされている。

 この神社の西の数十mの所の住宅街の外れに、もう一社の「子部神社」が祀られている。
 「蜾贏(すがる)神社」とも呼ばれる式内社である。育児の神様とされている神社である。

 神社へは、先ほどの案内板の所で、矢印の反対側へと進む。
 そして田圃り出るところで左へと農道があるので、それを進むと神社へと到達する。
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 こちらの子部神社も社殿は南向きである。
 拝殿が祀られ、その奥に朱塗り屋根の本殿が祀られている。
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 祭神は、同様に小子部命(ちいさこべのみこと)である。

 尚これらの子部神社には、古代の逸話がある。
 「飛鳥時代、百済川辺の子部神社の木を伐払って九重塔を建て、百済大寺としたが、子部の社神が恨んで、堂塔を焼失させた」とのことである。

『橿原市・屋就神命神社』

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 奈良県橿原市大垣町に鎮座する式内社の「屋就神命(やつきかみみこと)神社」の社頭の標柱である。

 多神社(多坐彌志理都比古神社)の境外摂社の1つで、多神社の西300m程度の所に鎮座する。

 多神社前から南に畝傍山が見える飛鳥川を渡り、広大な県営福祉パークの前を過ぎ、小水路を越えると橿原市に入る。 
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 そして屋就神命神社の杜、更に杜の中に神社が見えてくる。
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 神社は南向きである。
 社頭には冒頭の標柱が建ち、参道を奥へ進むと、鳥居、灯篭が建つ。
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 その先は小祠の本殿が祀られている。
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 祭神は屋就神命で、多神社の四皇子神の1とされている。

『田原本町・皇子神命神社』

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 奈良県磯城郡田原本町多(おお)に鎮座する式内社「皇子神命神社」の本殿である。

 鎮座地は、多神社の南100mの飛鳥川右岸の林の中で、小杜神社の南西100m程度のところでもある。

 林の中に小祠の本殿が祀られ、その手前には一基の灯篭が建っている。
 また、何かの遺構のようなものも見られる。
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 この神社は、多神社の境外摂社で、「若宮社」とも呼ばれる。
 多神社の四皇子神の内の1社と云われ、祭神は皇子神命(みこのかみのみこと)とされている。

 本殿の背後にはそう広くはない社叢がある。
 また飛鳥川堤防から神社の杜全体を望むことができる。
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プロフィール

藤白 怜

Author:藤白 怜
気まぐれに各地の城跡、神社仏閣、路端や公園の草花、街角の風景などあっちこち出掛けては写真を撮ったり、その土地の歴史遺産を訪ねたりしています。
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よろしくお願いします。
最近、小品集を別ページにてアップしました。
右側リンクの「悠々紀行あっちこち」です。
併せてよろしくお願いします。

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