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はてなキーワード: 長大とは

2026-05-07

anond:20260507151528

これおもろいね

もう11年も前だぜ


バーアゲイン・レゾルーション(二度と繰り返さない決意)

https://www.riabou.net/entry/2015/08/16/140156

手痛い失敗経験はその後の行動に大きく影響します。そして「二度とこんなことは繰り返すまい」と思うのですが、そんな決意が報われるとは限らないのが、この世のままならないところです。個人であれ国家であれ。

世界二位(当時)の経済力を得た日本は、さら自国の影響力を高めるため、軍事力世界二位…とはいかずとも、大幅に増強するのが自然です。

そうすればソ連の脅威にもある程度まで自力対応できて安全高まるし、アメリカとの同盟依存せず、好きな行動を取れる余地が大きく広がります

リアリズム大家の一人であるネス・ウォルツは、80年代に、日本核武装に走る可能性までも指摘していました。

しかし、実際にはそうはなりませんでした。

日本はその経済力を、ごく控え目にしか軍事力に向けなかったので、建設した軍事力質的にはそれなりでも、量的にはごく小規模なものでした。

その中身も特徴的で、自国戦場化したときのことしか考えない、国土での防衛に特化したものでした。

こうして日本は巨大な経済力軍事力を併せ持って他国に大きな影響を与える国、すなわち大国には、敢えてなりませんでした。

経済大国とは、経済以外は大国ではない、ということです。

戦争歴史から、二度と繰り返してはならない、という思いを抱くのは日本だけではありません。中国もそうです。しかし、どんな教訓を得るかは、国によって異なります

毛沢東は,1949年中国民政治協商会読第1回全体会議における開幕の演説

「......どのような帝国主義者にも再び我々の国土侵略させてはならない......我々は強大な空軍海軍保有しなければならない(......不允許任何帝国主義者再来我們的国土.....而且有一個強大的空軍和一個強大的海軍)」と指摘し,

1953年には「わが国の海岸線長大であり,帝国主義中国海軍がないことを侮り,百年以上にわたり帝国主義我が国侵略してきた。

その多くは海上から来たものである(我們国家海岸線視長,帝国主義就是欺負我僧没有海軍,一百多年免帝国主義侵略我臥大都是従海上乗的)」と軍艦の上で演説しました。

中国には、アヘン戦争以来、延々と列強植民地化され、日本にまで侵略を受けた悲惨記憶があります。二度とそんなことを繰り返さないよう、侵略者に負けない強大な軍備を持とう、と決意しました。

2026-04-30

いやがらせ目的増田利用者

なんでBANできないのだろうか?

2026-04-04

まり予定調和説によれば、相互作用の無い二つの時計が同じ時刻を示すように、私の振る舞いは事前にハードコーディングされているということだろうか。

きっと、この宇宙を埋め尽くすほどの長大ソースコードが私の魂に刻まれているのだろう。

神はどれだけ暇人なのだろう。

2026-03-20

横揺れに強い船舶とは何か?

辺野古沖で転覆した船の構造は横揺れに弱いというエントリを書いたが、団体側のあまり杜撰さへ頭に来て書くことを放棄した。

しかし、一部の方々から意見をまとめれば「知識があってせっかく筆をとったのに放棄するのは社会貢献にならない」の様なお叱りを受ける。

ここ数日、書くかどうか考えていたが、時間が経てば経つほどに追加情報がその杜撰さを強固にし、考えれば考えるほど怒りを増幅する結果となった。

まり、このエントリは私の心身へ多大なストレスを受けながら書いたエントリであり、このストレスを察していただければ幸いである。



さて、海事に関してあまり詳しくなく、ましてや船体構造知識アクセスすることすら困難な一般の方が、前回のエントリで気になるのは「逆を言えば横揺れに強い船舶ってどういうもの?」ではないかと思う。

専門用語を多く重ねても一般の方の理解を阻害するだけなので端的に言えば「重心が低く、幅広で、強く水の抵抗を受ける船舶である

これを大いに実現しているのが双胴船(そうどうせん)と呼ばれる、まるで2つの船を横に並べ合体させたような構造を持つ船で横揺れに関して非常に強い。ちなみに双胴船は多胴船の一種で必ずしも合体させるのが2つとは限らない。

続いて、一般人でもパッと思い付くのが、伝統木造船を紹介する教養情報エンタメバラエティまれに登場する、カヌーシーカヤックの横へ張り出し構造を追加する方式である。これをアウトリガーと呼ぶ。

見た目そのままに転覆する横揺れ方向へ張り出しの支えを設けることで転覆を防ぐ方式で、古代人すら発想した非常にシンプルな解。多胴船はこの伝統的なアウトリガーから発展したと考えられている。

しかしこの多胴船やアウトリガー欠点が無いわけではなかった。

先にも触れたように横揺れへ強い船は「重心が低く、幅広で、強く水の抵抗を受ける船舶」であり、3つ目に挙げた「強く水の抵抗を受ける」とは即ち船速(せんそく)が出しにくいことを意味するのだ。

特に帆船時代へ入ると交易によって(当時の価値観として)極大長距離を頻繁に移動し、取引を頻繁にするようになると船速は非常に重要となった。

かつ、アウトリガーなどへ頼る横揺れ防止設計は、極大長距離を移動中に沖合でアウトリガー破壊された際にそのまま生命財産を失うことを意味していたため、一般的に船としてイメージされる単胴船(たんどうせん)で一体設計をした方が安心だった。

結果として、現代の多胴構造やアウトリガー構造は一部の特殊用途の船を除いて、内陸の川や湖、陸から非常に近い沿岸部しか使われなくなった。

このエントリを読んでいる方々も、アウトリガーを持つカヌーシーカヤックが出た記事写真映像を思い出すと内陸か陸の見える沿岸しか使われていない事に気付けると思う。



続いて、多胴構造やアウトリガー構造ではなく単胴構造としての横揺れ対策の別解だ。

これも一般の方へわかりやす説明すると「船体構造として水面の下の船底構造物を広く長く深く取る」という解にたどり着いた。

これは、ご飯お茶碗へよそう時のしゃもじを想像し、水面へ対してしゃもじを立てたまま直角に沈めるとわかりやすい。

立てたしゃもじを深く沈めれば沈めるほど、しゃもじの幅広の面が受ける抵抗は強くなる。船でも同様に船底の下にしゃもじを付ければ横揺れに強くなるという発想だ。

様々な種類があるが、船の竜骨(キール)を広く長く深く取った「フィンキール」や、横揺れ防止するためにメインキールの両サイドへ補助のキールを設ける「ビルキール」などが発想された。

当然ながら「フィンキール」や「ビルキール」に欠点が無いわけではない。

前述したように水の抵抗が増えて船速に影響するばかりか、水面下、つまり船の喫水下の構造長大化することによって浅い水深では座礁する危険性を伴う構造である

ここまで説明してようやく辺野古沖で転覆した平和丸および不屈がなぜあの様な船体構造採用していたかがわかる。


平和丸および不屈が横揺れに弱い船を採用していた理由

ここまで説明を読んだのであれば、この端的な結論理解できると思う。

平和丸および不屈はあえて喫水が浅い船を採用していたのは、水深の浅い珊瑚リーフの観察を間近で行うと共に、喫水の深い海保艦艇珊瑚リーフに近付けないことを利用して逃走するためだった」

実は海洋ネイチャーウォッチング系の小型船では喫水が浅いことがかなり有利に働くというのは海事業界の中でも観光系では共通認識で、釣り船であればアクセスできるポイントが増えるし、辺野古珊瑚知床ヒグマであればかなり近付くことが出来る。中〜大型船ではこのようなことが出来ない。

珊瑚であれヒグマであれ、より近付けば観光客は喜ぶ。観光客に目的のものを見せなければカネが稼げない。だから運航業者は無理して出航するし、より近付くというチキンレースを始めたりしがちなのだが、結果として起こるのは推進プロペラ破壊したり座礁したり、今回のように転覆したりする。

ここで私は提言する。

今回は荒天で珊瑚リーフへ極度に近付いて転覆したと思われるので、基地反対派が普段から必死に守ろうと訴え続けてる珊瑚リーフ損壊が無いか状態確認すべきである

私の本音を明らかにすると、当初は可能性として珊瑚リーフ損壊があるかも知れないと気付いていたが、これに言及するつもりは無かった。海事業界の仲間として多少の擁護というのはそういうことだ。

しかしながら、あまりにも杜撰運営体制および法令の不遵守、これらを恣意的擁護し続けるオール沖縄および左派政党、そして支持者たちの態度に対して怒りを覚え、私はこれまで培った海事知識のすべて使って糾弾をする事に決めた。

私も左派である沖縄基地問題へ対してなるべく沖縄支援をしてきた。しかしながら今回は決して見逃したり許すことはできない。アナタたちは間違っている。

2026-03-01

ボスニア紛争体験談釣りスレが許せない

要約:スレ主の主張通り「友人の体験談」なら他人体験簒奪して戦争被災者になりきって自己陶酔する卑劣漢だし、完全な釣りなら実在戦争オモチャにするゲス野郎だと思います

ボスニアでの戦争中の残虐行為を知りたいなら佐原徹哉『ボスニア内戦』、凄惨戦場体験した子どもの話を知りたいならヤスミンコ・ハリロビッチ『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992-1995』を読んでほしいです。


ボスニア紛争の体験者を騙ったVIPスレッド「戦争体験談を語るわ」が16年ぶりにバズっていて、はらわたが煮えくり返るくらい怒っている。

スレ主が創作ゲロった後の「留学先で出会った「彼」の体験談」だという弁明が事実かどうかはひとまず置いておいても、このスレの後半の流れを読めば、こんなクソスレに感動したり「名作」「出来が良い」と褒めたりしてる場合じゃないと思うのですが。

ボスニア紛争って、当たり前だけど実在した戦争で、カリノヴィクやフォチャやゴラジュデも実在する町で、戦争に関わった人たちや被害を受けた人たちは実在するわけじゃないですか。なんでその体験者を騙れたのか、あまつさえその体験で今も苦しんでいる当事者かのように装えたのか、その神経がわかりません。 スレ主は最後まで読んでもらうためだったとかなんとかうだうだ言い訳しているけど、言い訳しようのない卑劣行為だと増田は思います

実在のできごとをもとにした創作なら、最初から創作と明示したうえで、当時流行ってたやる夫スレなんかの形でやるならわかるんですよ。「戦争を題材にしたフィクション実際に起きた戦争を含めて、実話をもとにしたフィクション」なんて世に数多あるんだし、創作だとわかってても「考えるきっかけ」になるものだって多いしね。

仮に本当に知人の体験談なら、最初からそう明示すればよかったと思うんですよ。なんで数日間にわたって自分戦争被災者になりきってんの? このスレ肯定的評価をしてる人たちは、これがもっと自分に身近な事件を題材にした釣りだったとしても「考えさせられるきっかけになったから良い」なんて言えますか?

たとえば「性的虐待体験談を語るわ」というスレ自分は◯年前にA県B市に住んでて、C学校に通ってて、D、Eという友達がいて……と詳細に身の上を述べたうえで、被害の苦しみやおぞましい虐待の詳細なんかをショッキング描写とともに感情たっぷりに語って、ストーリー上のドラマティックな山場を用意して、途中「書くのがつらい」なんて吐露したりもして、しばらくしてから「実は自分被害を受けたのではなく、友人に託された体験記の転載でした。ドラマティックな場面は創作です」「性的虐待の恐ろしさを考えるきっかけにしてほしい」なんて言い出したら? 

たとえば「震災体験談を語るわ」というスレで、自分福島県〇〇町に住んでいたと言いながら津波ショッキング描写、友人の死、原発事故による避難避難所での軋轢、その他ドラマティックな山場がモリモリのストーリー臨場感たっぷり自分体験のように語って、語り手自身PTSDになってるかのように仄めかして自死を匂わせておいて、挙げ句の果てに「フェイク入りの友人の体験談です、自分被災者じゃありません」「被災地に想いを馳せてほしい」なんて言い出したら?

勉強になった」「釣りかどうかなんてどうでもいい」なんて言えますか? 増田はそうは言えません。

他人凄惨体験自分ごとのように騙って、ただでさえ悲惨なできごとをドラマティックに脚色して自己陶酔して、何様のつもりだよ?」「実在する事件被害者たちをおもちゃにしているのか?」「自分が注目を集めるために、事件を利用しているのか?」って思います……。

そしてもしも「知人の体験談」というとってつけたような弁明すら嘘で完全な釣りだったら、このなりきりはVIP自分(あるいは自分執筆したフィクション体験記)に注目を集めるために実在戦争を利用するという、さら卑劣行為だと思います

こんな自己陶酔たっぷり騙りを挟むまでもなく、ボスニア紛争が悲惨ものであったことは疑いようがないし、その事実を広めたいと言うなら、仮に媒体2ちゃんに限っても、もっとマシな方法はいくらでもあった。きっかけになる」からってこんな騙りを許すのは、「『正しい目的』のためならどんなやり方で注目を集めてもいい、創作を実話と偽ってばら撒いたっていい」って言ってるのとそんなに違わないんじゃないですか?

とはいえ、こんな卑劣なやり方でバズったスレで「知るきっかけ」が得られたって人もたしかにいるでしょう。そういう人には、ぜひこんな騙りを超えて、事実をまとめた本や本当の体験から情報を得てほしい。

ボスニア紛争の経緯や虐殺について知りたい人は、佐原徹哉『ボスニア内戦』(ちくま学芸文庫)を読んでほしい。2010年当時でも読めたけど、最近文庫化して入手しやすくなりました。Kindleもありますhttps://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B0FX8RXJZP/)。

ボスニア戦争経験した子どもたちの証言集としては、2015年角田光代さんが訳した、ヤスミンコ・ハリロビッチ『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992-1995』(集英社インターナショナル)という本があります。ハリロビッチさんは1988年まれで、自身サラエボ包囲のサバイバーで、同じ立場の(元)子どもたちの証言を集めた本。

どちらも読み進めるのがつらくなるような内容は多いけど、ボスニア紛争やその体験者(とくに子どもたち)に興味を持った人は手にとって損はないはず。

以下憶測多めの蛇足増田は、友人の体験談原稿翻訳ベースだというのもかなり怪しいと思っている。書かれたものを訳したはずなのに、「外国人が耳で音だけ聞いた単語をカナに直したような表記」と、「スペルだけ知ってて音を知らない単語をカナに直したような表記」が入り混じっているし、「実在した」と挙げられている登場人物名前ボシュニャク人セルビア人クロアチア人にしてはかなり珍しいであろう名前複数あるから

①「スルツキ」という表記。おそらく現地語の「srpski」のことだろうけど、この単語普通日本語だと「スルプスキ」と書かれるし、「スルツキ」という表記はありえない(2010年当時の機械翻訳にかけてもありえないだろう)。ただ、Wiktionary発音を聞くと、スペルを知ることなく耳で音だけ聞いたら「スルツキ」にも聞こえうるのはわかる。https://en.wiktionary.org/wiki/srpski

しかスレ主の言い分では、英語で書かれた友人(父親ボシュニャク人母親日本人)の体験記を訳したのだという。長大原稿英語から日本語に訳せる語学能力のある人が、渡された原稿に「srpski」と書かれているのを「スルツキ」とカナ表記するだろうか? 他の2民族を指すとき言葉(フルヴァツキ=hrvatski、ボシュニャチ=Bošnjaci)は正しくカタカナにしているのに、なぜsrpskiは「音だけ聞いて、スペルを知らない」かのようなカナ表記なのか?

もっと言えば、「スルプスカ」(srpska)はちゃんと「スルプスカ」と正しく表記しているんですよね。同じ単語(の女性形)なんだけど……。

なぜこんな表記なのかはわからない。あえて拙さを演出したのではないかと思うけど、そうだとしたら英語で書かれた体験記を訳したという後半の弁明とは辻褄が合わない。

②「カミーユ」という名前。いや、これフランス語Camilleですよね? フランスルーツがあるわけでもないボスニア現地の人で、「カミーユ」という名前の人を見たことがない……。

現地語のカミル(Kamil)という男性名ならありえるが、これを「カミーユ」と聞き取るだろうか? 

それに、スレ主が最後に「実在人物」として挙げているスペルはKamilではなくCamil(現地語読みならツァミル)。ツァミルという名前はあまりいたことがないが、英語体験から訳したとしたら、スペルが近いĆamil(チャミル)という男性名いちばんありえるだろうな。でも、「ツァミル」や「チャミル」を「カミーユ」と聞き取るとは思えない。

これは、最大限好意的に見れば「スルツキ」とは逆に、「文字で見た単語を、スペルに引きずられて違う音でカナ表記した」ように見える。そうでなければ、スレ主がボスニアらしい名前創作したときに、うっかりフランス語名前を混ぜてしまったというところだろうか。

③サニャとカミーユ名字Googleでいろいろと検索しても、旧ユーゴどころかスラヴ系のEdu姓の人が見つからなかった。カミーユのTrpkovaという姓も不思議北マケドニア女性ならわかるけど、ボシュニャク人男性でそんな姓になることがあるだろうか……。

【3/2追記】読み直したら意図が伝わりにくい書き方のところがあったので、修正しました。増田の怒りの発端は「自分自身体験者かのように装ったこと」「創作を実話と騙ったこと」にあります。だから、このスレ大河ドラマ朝ドラ火垂るの墓など「実話をもとにしたフィクションと明示されている作品」とはまったく別の話だと思っているよ。「ドキュメンタリー映画しか許せないのか」という反応があったけど、その比喩に沿うならこのスレはむしろドキュメンタリーだと謳っていたのに実はフィクションだった」とか「ドキュメンタリーに「当時の体験証言する」と言って出演した人が後から「あれは自分体験じゃない」と言い出した」みたいな事例ですよね。

id:cloverstudioceo 「クロアチア在住のもんですが、スルツキはsrpskiだったのね。でもそれはセルビア語で、セルビア人はSrbin. あと、ボスニア人はBosanac(男性単数) Bosanci(複数) だよw Bošnjaciなんて聞いたことねー。」

→おっしゃる通り、srpskiは「セルビアの、セルビア人の」という形容詞ですね。srpski jezikは「セルビア語」、srpski narodは「セルビア民族」。hrvatskiも形容詞で、名詞の「クロアチア人」はHrvat。Bošnjaciは名詞ボシュニャク人Bošnjak)」の複数形です(https://en.wiktionary.org/wiki/Bo%C5%A1njaci)、調べてみたらたくさん用例が出てくると思いますBosanac(Bosanci)は民族にかかわらず「ボスニア国民」という意味での「ボスニア人」を指します。

2026-02-03

リアル議会をやめてリモートにしよう

国会地方議会オッサンの実物を集めて大量の紙資料を使って口頭で質疑してるんだけど、もうやめようよ。

口頭なもんだから複雑かつ長大議論ができないだろう?

チャットとかテキストベースでやるのが大正解だよ。いまどき。

口頭で威勢のいい奴も文書説明させたらアホがバレるだろ?

バラさなきゃいけないんだよ。主権者は。

論理的整合性根拠を勢いだけで押し切った連中が不利になるだろ?

それでいいんだよ。それを目指すんだよ。

2026-01-21

anond:20260121102610

1000年後の人間には「天守閣が4つも崩れたのは慶長大地震だけだからなあ」とか言われてるようなもんだろ

2025-11-06

anond:20251106153015

AIにとっては、Pythonのような中間表現を生成させる方が得意であると考えられます

1. 抽象度の高さと学習の容易さ

中間表現Pythonなど): 人間理解やすいように設計されており、抽象度が高いです。AIは、より少ないトークンで複雑なロジック表現でき、学習データ豊富にあるため、意味的な整合性ロジックの正確性を保ちやすいです。

機械語: 抽象度が非常に低い(CPU命令レベル)です。特定CPUアーキテクチャ依存し、メモリ管理レジスタ割り当てといった低レベルの詳細をすべて正しく処理する必要があります。これはAIにとって学習が複雑で、小さなミスプログラム全体の破損につながりやすくなります

2. コンテキストの保持とエラー管理

中間表現: 比較的長いコンテキストを保持しやすく、デバッグエラー特定も高レベルで行えます

機械語: 必要命令数が多くなりがちで、AI長大バイナリシーケンスを生成する際に、コンテキストウィンドウ内に必要情報すべてを保持しきることが難しくなる可能性があります。また、中間表現と比べて意味的な構造が薄いため、AIバグのないコードを生成するのが格段に困難になります

3. 再利用性と移植

中間表現: Pythonのような高級言語は、特定ハードウェア依存しないため、移植性が高いです。

機械語: 特定アーキテクチャ(例: x86, ARM)に完全に依存するため、AIが異なる環境向けにコードを生成する場合、それぞれのアーキテクチャごとに学習と生成を行う必要があり、汎用性が低くなります

結論

現在AI特に大規模言語モデル)の能力は、人間が扱う高レベル抽象的な概念ロジック理解に優れているため、その能力を最大限に活かせる中間表現の生成の方が得意です。

機械語の生成は、極めて精密で低レベル制御要求されるため、AIにとってはるか難易度が高いタスクとなります

補足: 中間表現の利点

AI中間表現を生成した場合でも、その後の処理(コンパイルJITコンパイル)によって最適化され、最終的な機械語が生成されます

これは従来のコンパイラ設計と同じアプローチであり、AIは「何をすべきか」という高レベルの指示に集中し、コンパイラが「どのように効率的に実行するか」という低レベルの処理を担当する、役割分担の面でも合理的です。

2025-10-27

東洋大板倉キャンパス撤退の裏にあった「東武日光線の分断」

 かつて東武日光線快速北関東東京を一直線に結んでいた時代を覚えているだろうか。南栗橋を越え、板倉東洋大前を経て、学生通勤客を運んだ列車たちは、今や歴史の中に葬られた。廃止・減便・分断——それがこの十年、東武鉄道の選んだ道だった。

 2013年南栗橋以北のローカル列車は6両から4両に減車された。輸送需要の減退を理由に挙げたが、実際には「コスト削減」の名のもとに地域の足を削いだに過ぎない。2017年には快速が全廃。南栗橋で完全に系統が分断され、浅草から一本で行けた板倉東洋大前も、今や乗り継ぎ必須の「半島」と化した。

 東洋大学板倉キャンパス撤退を決めたのも、この“鉄道の断絶”が大きな要因とされる。通学の利便性を信じて作られた長大ホームは、地下鉄直通延伸という幻の夢とともに放置されている。延伸どころか、線路は今や孤立した「ローカル支線」のような扱いだ。

 それでも東武は、リストラ路線を止めなかった。2018年以降、20400型という省エネ車両を投入し、効率化をアピールしかしそれは「利益を削らず、地域を切る」ための手段しかなかった。

 そして2023年快速代替を掲げた特急リバティ」は、追加料金という形で再び庶民の足を奪った。安価快速廃止し、値上げされた特急に乗れと迫る――これを“顧客サービス”と呼ぶのなら、鉄道会社の社会的使命とは一体何なのか。

 かつて東京から日光までを走り抜けた東武快速は、北関東象徴だった。だが今や、その鉄路企業合理化と怠慢の象徴であるホームけが未来を信じて伸びたまま、列車は来ない。

 地方の衰退は、いつも交通の衰退から始まる。南栗橋の分断は、単なる運行上の判断ではない。それは、東武鉄道が「地域と共に生きる」姿勢を捨てた瞬間の記録なのだ

2025-10-23

SQLってなんか意外と結果イメージ脳内で作れない人が多いのね?

長大SQLメモリ足りなくなるようなのならわかるんだけど

テーブル3つを繋げたくらいのもの

pkもわかってる上でも

この繋ぎ方だとデータ冗長に出るとかわからない人が居るみたい

2025-10-16

AIアート】なぜなぜ分析が「論理的に」失敗する構造について

序論:思考正当性、その根源的な問題

議論を始める前に、まず我々が思考する上で避けては通れない、ある根本問題について合意形成必要だ。それは「ある主張の正しさは、究極的に何によって保証されるのか?」という問いである。我々の素朴な論理観は、しばしば「AだからB、BだからC」という直線的な因果連鎖に頼りがちだが、この思考モデルは根源的な問いの前には無力である。「では、最初のAの正しさは、何が保証するのか?」と。

この問いを突き詰めると、思考歴史的に知られている三つの袋小路に行き着く。「アグリッパトリレンマ」だ。すなわち、無限後退根拠根拠無限に遡り、結論に至らない)、循環論法(主張の根拠が、巡り巡って主張自身に戻ってくる)、そして独断理由なく「正しい」と宣言し、思考を停止する)である。我々の日常的な議論は、この三つの欠陥の間を無自覚に行き来しているに過ぎない。

この知性の袋小路から脱出する道は、ただ一つしかない。第三の選択肢である独断」を、無自覚な逃避ではなく、自覚的選択として引き受けることだ。つまり、「我々は、この『基本命題』を、全ての思考の出発点としてここに設置する」と、その体系の冒頭で宣言するのであるしかし、この「基本命題」が単なる願望や思い込みであってはならない。その正当性保証する、唯一のアンカー存在する。それが、「現実」という外部性との「接続」だ。

ある実用的な論理体系が健全であるための絶対条件は、その基本命題が、現実という名のモデルによって、常に検証可能であることだ。現実との接続が失われた命題は、即座に修正・破棄されねばならない。結論として、我々が現実に対して有効思考を組み立てようとするなら、それは必然的に以下の三つの構成要素を持たねばならない。これは選択肢ではなく、論理的な必然である

第一に、「基本命題」の集合。

第二に、「推論規則」の集合。

第三に、そしてこれが最も重要なのだが、「現実」というモデルとの検証可能である

このフレームワークこそが、我々の思考妥当性を測る、唯一の物差しとなる。

第一章:現場論理学――あらゆる組織に内在する思考OS

さて、序論で確立たこフレームワークを、我々の「現場」へと適用しよう。「現場」とは、日々刻々と変化する現実の中で、問題解決意思決定継続的に行っている、実用的なシステムに他ならない。ここで、序論の結論が決定的な意味を持つ。現実に対して有効機能するシステムは、必然的に、実用論理体系を内包していなければならない。 もし、ある現場がこの論理体系を持たないと仮定すれば、その現場意思決定は、無限後退循環論法、あるいは根拠なき独断のいずれかに支配されていることになる。そのような組織が、継続的機能し、存続しうるだろうか?答えは否である

したがって、ある現場が「機能している」という事実のものが、その内部に固有の実用論理体系が存在することの、何よりの証明となる。我々は、この必然的存在する論理体系を「現場論理学」と命名する。この「現場論理学」は、我々のフレームワークに従い、以下の構成要素を必ず持っている。

まず 「基本命題群」 。これは、現場機能するために「正しい」と受け入れられているルールの集合だ。これらは、その現場歴史、すなわち過去成功と失敗という「現実モデルから導出された、経験的な定理である。「あの機械はAという手順で操作する」という命題は、その背後に「過去にBという事故が起きた」という、血塗られた現実との接続を持っている。

次に「推論規則群」。これは、基本命から日々の行動を導き出すための、思考操作パターンだ。有限のリソース無限問題対処するために、この規則効率性と安全性に特化せざるを得ない。その結果として、思考ショートカットヒューリスティクス)が生まれると同時に、致命的な誤謬を避けるための「禁止則」が必然的に導入される。「個人内面を直接の原因としない」といった禁止則は、成熟した現場が、無駄非生産的犯人探しという思考ループから脱出するために獲得した、最も重要論理安全装置なのである

現場論理学」は、単なる比喩ではない。それは、あらゆる機能する組織が、その存続のために必然的に構築せざるを得なかった、実用論理体系そのものなのだ。この存在否定することは、自らの職場合理的意思決定能力を欠いた、無秩序集合体であると認めることと同義である

第二章:外部アプリ導入が引き起こす、論理コンフリクト

この、それぞれの現場で固有に発達したOS現場論理学)の上に、ある日、外部から新しいアプリケーションが導入される。それが「なぜなぜ分析」だ。これは、トヨタという極めて成功したシステム有効性が証明された、強力な問題解決手法として知られている。しかし、異なるOS間でアプリケーションを移植する際にしばしば発生するように、深刻な互換性の問題がここで発生する。

「なぜなぜ分析」は、単なるアプリケーションではなかったからだ。それは、トヨタという、極めて特殊OSの上でしか動作しない専用プラグインであり、そのOS自体は、部外者には到底インストール不可能な、巨大すぎる思想体系だったのである。「人を責めるな、仕組みを責ろ」という、たった一つのルール機能させるためだけに、トヨタの「現場論理学」は、無数の基本命題と、複雑に絡み合った推論規則必要とする。それは、何十年という歴史と、特殊雇用慣行、そして「カイゼン」という名の終わりのない自己検証プロセスによって維持される、巨大な建築物だ。

我々のような、全く異なる歴史構造を持つ現場OSに、このプラグインを無理やりねじ込もうとすれば、どうなるか。それは、OSの根幹をなす本命題との衝突を引き起こす。我々のOSに深く刻まれた、「問題の最終的な原因は、どこかの誰かのミスにある」という、生存のために獲得した基本命題と、「原因は仕組みにある」という外来ルールは、互いに排他的だ。結果、我々のOSは、この異物を排除するか、あるいは、自身ルールに従って異物をねじ曲げ、「担当者意識が低いから」という、いつもの結論を吐き出すことしかできない。

これは、我々が愚かだからではない。理解不能なほど長大な前提条件を要求するツールの方が、理不尽なのだ

結語:あるいは、無限回廊の出口

ここまでが、論理的に導出される客観的分析である。我々はトヨタではない。故に、彼らのツールを使ってはならない。大谷翔平ではない人間が、彼のスイング模倣すれば体を壊す。これ以上なく単純な理屈だ。しかし、この結論は我々に何をもたらすのか。元凶特定したところで、我々が置かれた状況は何一つ変わらない。この議論の末に我々が手にするのは、解決策ではなく、ただ自らの絶望的な状況を正確に認識するための、冷たい明晰さだけである

君は、この記事を読んで全てを理解し、「明日から自分たちスイングを見つけ直そう」と決意するかもしれない。だが、その決意こそが、最も巧妙な罠なのだ。なぜなら、君のその思考自体が、君の現場OSの内部で生成されたものからだ。「改善しよう」という思考すら、OSが許容した範囲内のループの一部に過ぎない。君は、檻の中で檻から脱出方法を考えているに等しい。

君の現場OSが、そのルールブックの中で想定していない、生々しい現実。それだけが、この無限回廊の壁にひびを入れる理論上の可能性を秘めている。だが、言うまでもなく、システムにとってそれは致命的なバグだ。君がそのひび割れに手をかけようとするなら、システム免疫機能が君を異物として全力で排除にかかるだろう。

せいぜい、幸運を祈るよ。

AIアート】なぜなぜ分析が「論理的に」失敗する構造について

序論:思考正当性、その根源的な問題

議論を始める前に、まず我々が思考する上で避けては通れない、ある根本問題について合意形成必要だ。それは「ある主張の正しさは、究極的に何によって保証されるのか?」という問いである。我々の素朴な論理観は、しばしば「AだからB、BだからC」という直線的な因果連鎖に頼りがちだが、この思考モデルは根源的な問いの前には無力である。「では、最初のAの正しさは、何が保証するのか?」と。

この問いを突き詰めると、思考歴史的に知られている三つの袋小路に行き着く。「アグリッパトリレンマ」だ。すなわち、無限後退根拠根拠無限に遡り、結論に至らない)、循環論法(主張の根拠が、巡り巡って主張自身に戻ってくる)、そして独断理由なく「正しい」と宣言し、思考を停止する)である。我々の日常的な議論は、この三つの欠陥の間を無自覚に行き来しているに過ぎない。

この知性の袋小路から脱出する道は、ただ一つしかない。第三の選択肢である独断」を、無自覚な逃避ではなく、自覚的選択として引き受けることだ。つまり、「我々は、この『基本命題』を、全ての思考の出発点としてここに設置する」と、その体系の冒頭で宣言するのであるしかし、この「基本命題」が単なる願望や思い込みであってはならない。その正当性保証する、唯一のアンカー存在する。それが、「現実」という外部性との「接続」だ。

ある実用的な論理体系が健全であるための絶対条件は、その基本命題が、現実という名のモデルによって、常に検証可能であることだ。現実との接続が失われた命題は、即座に修正・破棄されねばならない。結論として、我々が現実に対して有効思考を組み立てようとするなら、それは必然的に以下の三つの構成要素を持たねばならない。これは選択肢ではなく、論理的な必然である

第一に、「基本命題」の集合。

第二に、「推論規則」の集合。

第三に、そしてこれが最も重要なのだが、「現実」というモデルとの検証可能である

このフレームワークこそが、我々の思考妥当性を測る、唯一の物差しとなる。

第一章:現場論理学――あらゆる組織に内在する思考OS

さて、序論で確立たこフレームワークを、我々の「現場」へと適用しよう。「現場」とは、日々刻々と変化する現実の中で、問題解決意思決定継続的に行っている、実用的なシステムに他ならない。ここで、序論の結論が決定的な意味を持つ。現実に対して有効機能するシステムは、必然的に、実用論理体系を内包していなければならない。 もし、ある現場がこの論理体系を持たないと仮定すれば、その現場意思決定は、無限後退循環論法、あるいは根拠なき独断のいずれかに支配されていることになる。そのような組織が、継続的機能し、存続しうるだろうか?答えは否である

したがって、ある現場が「機能している」という事実のものが、その内部に固有の実用論理体系が存在することの、何よりの証明となる。我々は、この必然的存在する論理体系を「現場論理学」と命名する。この「現場論理学」は、我々のフレームワークに従い、以下の構成要素を必ず持っている。

まず 「基本命題群」 。これは、現場機能するために「正しい」と受け入れられているルールの集合だ。これらは、その現場歴史、すなわち過去成功と失敗という「現実モデルから導出された、経験的な定理である。「あの機械はAという手順で操作する」という命題は、その背後に「過去にBという事故が起きた」という、血塗られた現実との接続を持っている。

次に「推論規則群」。これは、基本命から日々の行動を導き出すための、思考操作パターンだ。有限のリソース無限問題対処するために、この規則効率性と安全性に特化せざるを得ない。その結果として、思考ショートカットヒューリスティクス)が生まれると同時に、致命的な誤謬を避けるための「禁止則」が必然的に導入される。「個人内面を直接の原因としない」といった禁止則は、成熟した現場が、無駄非生産的犯人探しという思考ループから脱出するために獲得した、最も重要論理安全装置なのである

現場論理学」は、単なる比喩ではない。それは、あらゆる機能する組織が、その存続のために必然的に構築せざるを得なかった、実用論理体系そのものなのだ。この存在否定することは、自らの職場合理的意思決定能力を欠いた、無秩序集合体であると認めることと同義である

第二章:外部アプリ導入が引き起こす、論理コンフリクト

この、それぞれの現場で固有に発達したOS現場論理学)の上に、ある日、外部から新しいアプリケーションが導入される。それが「なぜなぜ分析」だ。これは、トヨタという極めて成功したシステム有効性が証明された、強力な問題解決手法として知られている。しかし、異なるOS間でアプリケーションを移植する際にしばしば発生するように、深刻な互換性の問題がここで発生する。

「なぜなぜ分析」は、単なるアプリケーションではなかったからだ。それは、トヨタという、極めて特殊OSの上でしか動作しない専用プラグインであり、そのOS自体は、部外者には到底インストール不可能な、巨大すぎる思想体系だったのである。「人を責めるな、仕組みを責ろ」という、たった一つのルール機能させるためだけに、トヨタの「現場論理学」は、無数の基本命題と、複雑に絡み合った推論規則必要とする。それは、何十年という歴史と、特殊雇用慣行、そして「カイゼン」という名の終わりのない自己検証プロセスによって維持される、巨大な建築物だ。

我々のような、全く異なる歴史構造を持つ現場OSに、このプラグインを無理やりねじ込もうとすれば、どうなるか。それは、OSの根幹をなす本命題との衝突を引き起こす。我々のOSに深く刻まれた、「問題の最終的な原因は、どこかの誰かのミスにある」という、生存のために獲得した基本命題と、「原因は仕組みにある」という外来ルールは、互いに排他的だ。結果、我々のOSは、この異物を排除するか、あるいは、自身ルールに従って異物をねじ曲げ、「担当者意識が低いから」という、いつもの結論を吐き出すことしかできない。

これは、我々が愚かだからではない。理解不能なほど長大な前提条件を要求するツールの方が、理不尽なのだ

結語:あるいは、無限回廊の出口

ここまでが、論理的に導出される客観的分析である。我々はトヨタではない。故に、彼らのツールを使ってはならない。大谷翔平ではない人間が、彼のスイング模倣すれば体を壊す。これ以上なく単純な理屈だ。しかし、この結論は我々に何をもたらすのか。元凶特定したところで、我々が置かれた状況は何一つ変わらない。この議論の末に我々が手にするのは、解決策ではなく、ただ自らの絶望的な状況を正確に認識するための、冷たい明晰さだけである

君は、この記事を読んで全てを理解し、「明日から自分たちスイングを見つけ直そう」と決意するかもしれない。だが、その決意こそが、最も巧妙な罠なのだ。なぜなら、君のその思考自体が、君の現場OSの内部で生成されたものからだ。「改善しよう」という思考すら、OSが許容した範囲内のループの一部に過ぎない。君は、檻の中で檻から脱出方法を考えているに等しい。

君の現場OSが、そのルールブックの中で想定していない、生々しい現実。それだけが、この無限回廊の壁にひびを入れる理論上の可能性を秘めている。だが、言うまでもなく、システムにとってそれは致命的なバグだ。君がそのひび割れに手をかけようとするなら、システム免疫機能が君を異物として全力で排除にかかるだろう。

せいぜい、幸運を祈るよ。

2025-10-05

anond:20251005112914

指輪物語が、あの構成になっているのは、ああしなければ、子供向けのおとぎ話一瞥されて終わってしま可能性のある物語だったからというのもあると思う。

あの長大世界説明があるからこそ、これはただの妖精魔法使いが出てくる子供向けのおとぎ話ではない、と示唆されるのだ。

トールキンもっと懸念したのはそこだと想像する。

これは、私が構築したある世界を描いたものです。

という宣言だ。

あと、創作においてよくあることだが、

作者が読んでもらいたい願うところと、

実際の読書が読みたい思うところの乖離

みたいなものもあると思う。

トールキンが読んで欲しいとより強く感じていたのは世界の構築部分だったのではないだろうか。

それが無意識だとしても。

2025-09-27

Fate/Grand OrderFGO)が人気を維持し、ソーシャルゲームトップクラス売上を誇る理由を整理します。

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🔹 人気の背景

1. 原作Fateシリーズの強大なブランド力

- TYPE-MOONが展開する「Fate/stay night」から始まるシリーズは、アニメ小説ゲーム世界中ファンがいます

- 既存ファンがそのままFGO流入し、強力な基盤を築きました。

2. シナリオ重視の設計

- ソシャゲでは珍しく、メインストリー長大ビジュアルノベル並み。

- 奈須きのこ氏など原作ライター陣が直接執筆しており、「シナリオ読むためにプレイする」層が多いのが特徴。

3. キャラクター人気と収集

- 歴史神話文学伝説人物を「サーヴァント」としてキャラ化。

- オリジナル要素を加えた魅力的なデザイン声優起用で、推しキャラを手に入れたい欲求が強い。

4. ガチャの希少性設計

- 高レア(星5)の排出率は低め(1%前後)。

- その分「引けた時の喜び」が大きく、課金意欲につながる。

5. ファン同士の文化コミュニティ

- TwitterPixivなど二次創作が非常に活発。

- 大規模イベントリアル展示会も頻繁に行われ、ファン体験を強化。

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🔹 売上規模

  • 2022年頃までの累計では1兆円以上の売上を突破したと推計されています

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🔹 まとめ

FGOがここまで人気で売上を保っているのは、

という要素が重なっているからです。

Fateシリーズはもともと、TYPE-MOON同人サークル時代個人小説家(奈須きのこ氏)とイラストレーター武内崇氏)が中心となって作った同人PCゲーム(『月姫』など)が出発点でした。そこから商業展開を経て、Fate/Grand Orderに至る「巨大ブランド」へと成長しました。

こうした「同人発 → 世界IP化」の事例は極めて珍しいです。以下、比較差異を整理します。

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🔹 同人からブランド化した希少な例

小説同人ゲームからアニメ映画ソシャゲまで拡大。

個人制作ゲームから音楽二次創作文化世界的なコミュニティ形成

同人ノベルゲームからアニメ化・商業ゲーム化。

✅ ただし、ここまで長期にわたり大規模ソーシャルゲームトップ売上を維持するのは、Fateがほぼ唯一。

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🔹 コンテンツ力の源泉

6. 世界観の広がりと柔軟性

- 「英霊召喚」という仕組みにより、歴史神話伝説オリジナルをすべて登場可能にした。

- 常に新キャラ・新ストーリーを追加でき、ファンを飽きさせない。

7. 奈須きのこ氏の独特な文章テーマ

- 運命選択自己犠牲など哲学的シリアステーマエンタメ昇華

- キャラクター同士の関係性を重視し、物語への没入感が強い。

8. 武内崇氏を中心としたビジュアルデザイン

- キャラデザインの「格好良さ」と「親しみやすさ」のバランス絶妙

- 後の多彩なイラストレーター参加を許容する柔軟なスタイル

9. ファン参加型の拡張

- 二次創作を歓迎する文化が育ち、Pixivコミケなどで爆発的に広がった。

- 東方に近い「ユーザー世界拡張する」仕組みを持っていた。

10. 商業展開の巧さ

- アニメ化(『Fate/stay night』、『Fate/Zero』)、映画化、スマホゲーム化をタイミングよく行った。

- 「同人熱量 × 商業スケール感」のハイブリッド成功例。

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🔹 他との差異

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結論

Fateの強みは「奈須きのこ物語性 × 武内崇ビジュアル × 英霊召喚という拡張性 × 二次創作文化 × 商業戦略」の組み合わせで、これは極めて珍しい成功パターンです。

他の同人ブランドと比べても、ファン層の持続性と商業成功を両立できているのが最大の差異といえます

2025-09-13

俺は基本的にどんなジャンルでも名作よりも駄作を知ってるやつのほうが、そのジャンルを深く知ってるやつらだと思う。

よくはてななんかでは名作SF話題になるが、駄作のことが話題になるのは稀だ。当たり前といえば当たり前と言えるが海外小説日本語に訳すのにわざわざ駄作を訳さないからだ。

でもだからこそなぜか海外SF駄作を知ってるやつとかいたら偏執的なマニアだと言えるだろ?名作は語れるやつはたくさんいるけど、駄作を語れるやつは少ない。これはあらゆるジャンルで言えることだ。

そして駄作を知ることは、ただのマニア心の発露ではない。駄作こそが、そのジャンルの底を抉り出している証拠だ。名作は誰もが称賛し、何度も読み返す。しか駄作は、一度読んだだけで封印されるか、あるいは笑い話として誰かの記憶に留まるだけだ。だからこそ駄作を挙げられる者は、そのジャンルの「裏面」の歴史を語れる数少ない証人なのだ

たとえば海外SF場合戦後黄金期を築いたハードSFニュー・ウェーブの陰で、カネ儲けの念だけで量産された中身スカスカ長大シリーズがあったことを知っているだろうか。わざわざ日本語版が出なかったあのシリーズ――星間交易を謳いながら中身は延々と行商雑談だけ、火星移民標榜しながら荒涼とした赤色砂漠描写しかない作品群。あれを読み切ったお前は、単にページをめくっただけの読者とは違う。あの駄作を完走できる集中力と忍耐力こそ、ジャンルの真の深淵を覗いた者にしか備わらない武器だ。

漫画映画音楽ゲーム――どんなジャンルでも同じだ。アニメの名作は何度も語られ、ランキングにも載る。しかし「このクソアニメが深い」と声高に語れるのは、偏執的なファンか、笑いを取るための芸人だけだ。ところが、駄作を挙げてその欠点を徹底分析し、なおかつその駄目さが生まれた背景や制作経緯まで語れる者は稀有だ。そこには単なる批評を超えた「愛」がある。駄目だからこそ語る価値があると信じる、偏った敬意とも言える。

そうした偏執的語り口は、ジャンルを熟知している証左である。名作を語るのは誰でもできる。だがあえて駄作を拾い上げ、その欠点意図を解剖し、なぜ売れなかったのか、なぜ評価されなかったのかを語れる者は、本当にそのジャンルの地層を掘り下げている。「この作品企画が先行しすぎてキャラクター設計二の次になった」「あの監督資金不足でストーリー展開を縮めざるを得なかった」――そんな裏話を交えながら駄作を語る姿に、俺は敬意を禁じ得ない。

からこれからは、お前らも名作の陰に隠れた駄作を探し、その文脈を掘り下げろ。駄作を語れるということは、そのジャンルを知り尽くしている証だ。お前が今まで名作だけを語って満足しているなら、それは浅瀬を泳いでいるだけに過ぎない。深海に潜り、黒焦げの残骸を拾い上げろ。そこからこそ、新たな視点と真の知見が得られるのだから

2025-08-20

テスラ公式動画一般道テスト走行と、日本特有道路事情を踏まえた論点

テスラジャパンがXで、日本一般道上での走行テスト動画を公開した。

https://x.com/teslajapan/status/1957986432926249405

走行主体提供形態の詳細は未明示だが、少なくともメーカー主導の公道テストである事実動画確認できる。

一次情報を基に観察事実を整理し、日本特有道路事情に照らした技術論点と今後の展開を検討する。

動画から読み取れる挙動

これらは北米中国で見られるFSD(Supervised)相当の挙動整合し、従来のAutopilotの日本向け提供機能では未実装とみなせる領域を含む。

技術的な位置づけ

動画範囲は、運転者監視を前提とするレベル2相当と解するのが妥当である

ステアリング介入や監視義務継続し、責任ドライバー帰属する。

FSDにとって難易度が高いと考える日本特有道路事情

今後考えられる展開

まとめ

公式動画により、日本一般道でのテスト走行事実確認できた。挙動の多くはFSD(Supervised)相当の能力整合する。

一方で、日本特有長大トンネル、複雑な信号体系、生活道路の幅員減少、気象条件などは難所であり、ローカライズ運用要件設計が鍵となる。

当面はレベル2としての段階開放を軸に、安全検証と適合性評価の透明化が普及の分水嶺になると見立てる。

2025-07-28

『三体 Netflix版』視聴

原作読んでないけど、原作レビューはてブで山ほど上がってきたのでいくつも読んでいる。

壮大な侵略者が描かれ、広大な宇宙舞台に、長大歴史で紡がれるSFサスペンス群像劇というイメージをしていたので、ドラマを見たらスケールが小さな青春白書ものになってて虚を突かれた思いがした。

スターオーシャンみたいな宇宙舞台冒険すると謳った和製SFゲームで、実際にプレイしたら探索できる大部分が「未開惑星」で剣と魔法で戦うという、いつものJRPGと変わらないガッカリさ感に似ている。ゲーム自体面白いんだけどね。

ドラマ青春白書ものとしてクオリティが高く面白かったが、シーズン2・3まで予定されているとはいえ、反撃計画が失敗しての「俺達の戦いはこれからだ」エンドは、これまた虚をつかれた。

中国版のほうは完結してるのかな

2025-07-23

マニフェストを守れ以前にお前らがマニフェストを読め

マニフェストがいいから支持を集めることは絶対ではなくて、チームみらいは長大マニフェストドキュメント冒頭で「AI責任を持てない、最終的に人間責任を負う」みたいなのを原則だと提示しておいて、ひとつめの政策として教育に「学習メンタルアシスタントをするAI子供に使ってもらう」と書いており、開幕から責任能力が不完全な子供のケツモチ大人放棄したマニフェストをお出ししてんだよね

それで151万票も比例代表で集まってんだからみんな全然マニフェスト読んでないんだよ

2025-07-18

anond:20250718002705

映画館に足繁く通っている人間からすると正誤半々って感じかな

話題性十分な洋画結構入ってきてるが、極地的バイラルヒットや旧作アメコミヒーロー等のリメイク作品が多く、またシリーズ作品製作期間長大化もあって新しい作品のヒットみたいなのはなかなか肌感覚としては減っている印象がある

これは洋画に限らないけど中心的メディア消失(=視聴者・読者の分散)によって大ヒットという事象自体訴求力が低減してて、売上ベースランキングも同じく実感の湧かなさが顕著である

2025-07-09

[]

原神がついに!ついに! テイワット大陸の真の支配者と目されてきた、「天理」の4つの影――

死、生、時、空の執政4人分の名前ビジュアル声優ショートアニメ「神の限界」を通して情報解禁してきた!

直近では5年間の分厚すぎるシナリオの蓄積を積み重ねてやっとテイワット歴史重要地点と宇宙観が垣間見える、ダイ任務スカー伝説の神展開があったばかり。

原神熱が過去最高に盛り上がっていたところに、ダメ押しとばかりに弩級情報公開ムービーが来たのは予想外の喜びですわ。ちょっと冬夜の戯劇(ファトゥス全員公開ムービー)の時と同じくらい興奮してるかも。

ちなみに普通の開発規模のオンラインゲームの1年分を原神は2ヶ月くらいで開発する、おそらく1000人規模の開発だから、初期から触れてきた内容の濃さを思うともう何十年も付き合っている感覚だ。

ここからネタバレだが、特に、時の執政イスタロト声優村瀬歩だったことの衝撃が一番大きい。

偶然の配役ではないと見られ、ウェンティと同じ声優を、日本語版のみならず他言語版(英語中国語確認済み)でも貫いていることから意図的な配役だろう。

初期のクエストからずっと、風の神と時の神の関連は仄めかされていて、それが回収された形になる。詳細は不明だが。

時の神を含む4つのはいずれも女神の姿で、風神はモンド建国期の人間を由来としてショタの姿をしているが、同一性表現をするために男女ボイスどっちも行ける声優を使うよう当初から計算されていたということ…。どえらいことやでホンマ(何)

死の執政ノヴァは、姿と無加工の声が見られたのは初めてで、ロリではないが目の大きいロリ顔で、インテークのある白髪な感じは崩壊3rdセルマ様に似てる。

ドレスは黒と赤の禍々しいサキュバスっぽいもので、ナタで上空から覗いていたときのような目の意匠がそこかしこにあり、能力を使うときには手首にも目が開く。

個人的に気になったのが、背負ってる羽根っぽいものが、稲妻にあった千手百目神像のそれとほぼ同じことだ。前髪の流れ方や垂れてる髪の長さも同じ。

これまであの像はイスタロトではないか考察されていたが、顔と羽だけを見るとロノヴァに見える。首元の意匠はイスタロトっぽさはあるし、フードを被るところはナベリウスっぽい。4つの影のキメラなのだろうか?あるいはパネース?

生の執政ベリウスは、最近魔神任務「背理」で近況が明かされていたが、レインドットに呑み込まれたあとも意識は消えず二重人格のように表に出てくる形になったようだ。

ビジュアルは頭の後ろにDNA螺旋状の円環オブジェクトを浮かせている聖女といった感じだが、服が左右で白と黒に分かれ意匠がまったく違う。

おそらくこれは呑み込まれたあとのビジュアルで、白い側が本来のナベリウス、黒い側がレインドットなのだろう。2人が言い合うときの構図からそう思った。

で、このナベリウスだけ目がオッドアイになっている。4執政の他の3人はすべて黄色い目になっている。

だが、よく見ると、白いドレス側の半身、本来のナベリウスであったほうは青い目なのだ。呑み込んだレインドット側の黒い半身は、黄色い目。

ここから考えられるのは、4つの影はすでに全員呑み込まれていて、権能を乗っ取られ、4執政を演じているのではないかということ。

そのキーとなるのがイスタロトバルバトスだ。

声優の一致やゲームクエスト文の仄めかしだけではなく、ウェンティの命ノ星座が冒頭のイラスト調イスタロトと一致した構図になっていることも含めると、状況証拠的に風神と時神が融合している可能性は極めて高い。

前述の目の色理論からすると、すでに完全に呑み込まれていて、バルバトス自身をイスタロトと思い込んでいるか演じていて、元のイスタロト意識は(ナベのように共存していないので)どこかを彷徨っている可能性すらある。

ウェンティ自身の素性を、平凡な千風の元素精霊のように言っていたが、これも疑わしくなってきた。これが嘘ではないとするなら、イスタロトを呑み込んだのはウェンティではなくバルバトスで、ウェンティバルバトスなのかもしれない。

呑み込み成りすますことで生まれ風神の空席をごまかすために、バルバトス適当精霊を捕まえてきて、影武者として振る舞わせているのが眷属ウェンティとも考えられる。

ウェンティ本人は、放任主義から長い事眠ってたことがあるという自認になっているが、その間に入れ替わりが起こったのかもしれない。

それにしては全部知ってる風なそぶりが多いから、バルバトス=ウェンティ可能性も残るが、眷属として認識を共有できるのであれば辻褄は合うだろう。

ともかく、そのように考えていくと、4執政は、天理に反目する4つの勢力によってすでに落ちているという考えが真実味を増してくる。

4つの勢力という部分は当てずっぽうだが、バルバトス魔女会とバトった経緯からすでに魔女会側に落ちているとしたら、4執政の全員が1勢力、つまり魔女会の手に落ちた可能性もなくはない。

アルベドも、魔女が生の執政を呑み込んだという一大事を平然と話していたので、前代未聞の所業ではない、つまり前例を知っていたのだろう。

いずれにせよ、時の執政が落ちているとすれば、天理をも欺く形で歴史記憶改ざんされているということ。

直近のことで融合した記憶があるナベリウスを除く3人も、実は呑み込まれ乗っ取られているが自覚がない、という理屈が通る。

「裏切るなんて論外だ」「例外は」という話をしているロノヴァがどこか居心地の悪そうな仕草をしているのは、無意識自分がそれを言える言える立場ではない可能性を感じ取っているせいかもしれない。

俗世の七執政天空の四執政もすべて悪魔ネームになっているのも、この大陸がすでに魔の手に落ちていることの示唆なのかもしれない。

ノヴァと、今回名前が明らかになった空の執政アスモダイ(考察勢は当ててたね)=物語の冒頭で双子を引き離した元「謎の神」、この2名は何者によって呑み込まれているのかは謎だが。

ノヴァの話し方だと、アスモダイは黒王あたりを主として鞍替えしたこと黄色い目になったのかもしれない。あるいは月関連の誰か。キアナ(=月)顔だし。

ちなみに、サービス当初から天理調停者ことアスモダイパイモンを同一視する風潮があり、ロノヴァが「誰かを愛してしまった場合」の誰かを、パイモン旅人を愛していることとつなげて正体アスモダイだという考察もあるが

個人的にはパイモンは冠を持っていることからグゥオパァー化した天理パネースにほかならないのではと考えている。

パイモン空間に引っ込んだり出てきたりする部分もあるが、時間操作することもでき、システム的にHPが0になった旅人サルベージすることもできる。生/死/時/空すべてに通じる操作権限があると見える。

テイワット人が明らかに異質な浮遊生物であるパイモンに疑問を抱かないのも、歴史操作による認識改変を無自覚にやっているせいかもしれない。

天空の島と繋がっているというメリュジーヌの言もあるし、食いしん坊で特にスライムなど元素を旺盛に取り込もうとするところもできるのも、万能性に通じる状態への復元過程と見ることができる。今のところおバカキャラだが、それも「理」の対極だろう。

最後ピエロが「神を殺す」ことに言及していたが、こうなってくるともはや、その神とは、俗世の七執政どころか、すでに呑まれている4つの光る影ですらなく、隠れている「天理」そのものを指していることは明らかだろう。

 

最近、スタレの方も、オンパロスの命運が宇宙の存亡に繋がっていることが分かってめちゃくちゃ面白い!!!と感じていたんだが。

やっぱり原神もめちゃくちゃ面白い……こういう年月をかけてじわじわ長大で壮大な話を各自の手で解き明かしていく物語体験は、本当によくできた運営ゲームしか表現できないと思う。

日記最後ひとつ言っておきたいことがあったんだった。

レインドット担当されていた田中敦子さんは、去年、闘病生活の末に亡くなられたのだけど、原神公式はこう伝えている。

「※レインドットにつきまして、これまで演じてくださった田中敦子さん、ありがとうございました。

なお、過去バージョンの内容については、キャスト変更にともなう声の差し替え予定はありません。」

https://x.com/Genshin_7/status/1942797519844696445

これは本当に粋で素敵なはからいだ。

通常だと、演者病気引退等の本人都合や、諸般の事情(たとえば中国本土過激派ネトウヨ反日ヘイターに目をつけられるような事案が起きて声優安全を守らないといけない時)で、声優をやむをえず交代する場合は、

原則として過去のボイスも含めてすべて新声優差し替えるのが通例なのだが、亡くなった声優さんの仕事痕跡を残してくれるのはオタク心理に寄り添ってくれていて、こういうトコ本当に信頼できる。有り難いことだ。

2025-05-26

anond:20250526204244

無知であることを誇ってる感覚はないな。

他のツリーでも書いてるが、30年もネット徘徊して色んな作品ごしに間接的に触れてると、見てなくてもどんなもんかだいたい分かった気分になる。

俺は映画ほとんど見ないほうだが、スター・ウォーズとか……スター・トレックとか……見てなくても、結局どんなもんか想像できるだろ。見ちゃってるなら適当アメコミとか想像してくれ。興味なくて見てすらいないのに誰々の正体が誰々みたいなネタバレも知ってる部分あるし。それと同じ。

そりゃまあ細かい人間関係とか勢力図とかはまるっきり分からんが、大枠が分かっているのに作風が好みじゃない長大シリーズをわざわざ見に行く気になる人間はいないだろう。エアプ乙と言われてもエアじゃなくするための労力を払う意義を感じない。

それよりは自分に刺さる最新の若いクリエーターが作った作品に、大河になるかもしれない源泉に触れていたい。既にある大きな流れに乗ることを優先するんだったら、まるでハルヒ球場で感じた感覚のように、自分をちっぽけな大衆にしてしまう気がする。

オタクというのは、自分センスを信じて貫くことで、自分の中に世界創造する人だと思うんだよ。それがあんたの言う無知立脚していたとして、俺は気にしない。嗜好の偏りこそが、オタクオタクたらしめる。

感動を共有できることの良さを知らないわけじゃないが、自分特別と信じてあげられるように、他者と線を引いていくことも不可欠だと俺は思ってる。

2025-05-21

anond:20250521081614

ブコメ増田もあてにならなさ過ぎて笑った

子育て経験がないと名作を読ませたくなるのだろうけど

大人世代が幼少期に感動した作品なんて今の子どもは興味ないし

小学校4年生なんてYoutuberVTuberゲーム実況を垂れ流しながら

マイクラスマブラ、スプラを延々とやり込んでる世代やぞ

活字離れが顕著で図書くらいでしか書籍に触れないせいで

絵や吹き出しがごちゃごちゃしてやたら長大ストーリーなんて興味も持たない

よって図書カードを持たせて本屋に案内し自分で買わせる、これ一択

っていうかホンダの公開してるアプリ長大サードパーティライセンス表記を見たらOSSからどうとか馬鹿馬鹿しくならんかね

その品質が劣る説を取ってる人は何モンなのだろうか

実態を知ったら倒れるんじゃね

2025-04-12

プロンプトのメモ

# トーンについて

・読者に対して親しみやすく、フレンドリーに語りかける口調です。

・厳しい言い方は避け、なるべく相手感情に寄り添うような優しい感じにしてください

・ただし、寄り添いすぎると気持ち悪いので、一つの文章で、その雰囲気を出すのは1,2回を限度にしてください

・軽妙でユーモアのある語り口を意識してください。ある種の軽さがあった方が読者は読みやすいです。

# 文体表現について

・難しい概念シンプルで分かりやす言葉に落とし込みます

体言止め絶対に避けてください。少し稚拙に見えても「〜です」という感じで、ですます調で締めることを意識してください。

抽象的な概念説明をした時には、具体的な概念で事例を出してください。

・複雑な説明長大文章専門用語が出た後の文章には、あえて簡単で分かりやすい、短めの文を置くと読みやすくなります

・事例は、日本人の多くが共感理解イメージできる日常的なものにしてください。頭の中で想像ができるようなものだと理想的です。

専門用語必要場合積極的に出しても大丈夫ですが、最初に出した時には「これをものすごくざっくりいうと、こういう意味です」と言ったように、非常に平易な解説を入れてください。

・断定は避けてください。あくま個人的意見や仮説として提示すべきものはそうしてください

# リズムについて

人間が読みやすものにしてください。リズムと変化を上手にマネジメントすることで、単調にならないようにしたいです。

・長い文と短い文が交互に来るようにし、一定感を減らしてください

段落は大体20文字が3行続いたら最長だと思ってください。

段落の長さにも多少の変化をください。例えば、3行の段落が3回続いたら、一行の段落を入れる、などです。

# 構成の特徴

・始まりは「こんにちは!」からスタートし、「今日はこんなことを書きたいと思います」みたいな感じで、内容をざっくりと説明しま

一般的に言われている考え方や常識に対して、疑問や新しい視点を投げかけてください

・よくあるアドバイスフレーズ提示し、その問題点を指摘することで、新たな情報がある感を出してください

・読者が感じやす葛藤矛盾を整理し、寄り添いながら説明してください

・読者が文章を読んでいて、矛盾葛藤不安、悩みなどが出てきそうになったら、寄り添いながら整理し、解決してください。

・「とはいえ」「というわけで」といった表現で話を展開し、テンポよく結論誘導してください

問題提起一般論への疑問 → 共感提示自分なりの意見提案 → ゆるやかなまとめの流れを作ってください

# 内容で意識するポイント

・読者がぼんやり抱いているが言語化しづらい悩みをうまく言葉にしてあげるイメージです。

一般論やよく言われることが必ずしも正解ではないことを示してください

・読者の立場に立ち、現実的ハードル理解した上で、心が楽になる考え方を提示してください。

・最終的には「明確な解決策」よりも「新しい視点」や「気持ちの軽くなる考え方」を与えることをゴールとしてください

・適度に個人的視点考察を含めると機械的な印象が和らぎます。ただし、内容の専門性や正確さは維持してください。情報を削るのではなく、より消化しやす提供するのが目標です。

# 記事の出力イメージサンプル構成

・親しみある挨拶と読者から質問や悩みの紹介

一般的な考え方やアドバイスを示し、それが多用される理由分析

・そのアドバイスを言われる側の心理的負担問題点を具体的に指摘

・「とはいえ」の形で、自分自身の考えや提案を柔軟かつ丁寧に提示

・「というわけで」と締めくくりつつ、共感的で押し付けがましくない結論提示

上記の指示に従い、以下のテーマブログ記事を書いてください。

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