はてなキーワード: ドットとは
技術が進歩したからといって新しいタイプのゲームができるとは限らない。もしかするとアイデアだけならもうファミコン時代に出そろってていたのかもしれない。
資本主義のシステム上、大企業によるAAAタイトルはどうしても人種・年齢・性別・知能レベルを問わずに凄いと思わせるグラフィックがリアルで綺麗なゲームを作ろうとする。肝心のプレイ部分は既存の作品の焼き直し、昨今だと最悪ポリコレでブスばっかになって台無しまで行く。
最近のゲームに魅力を感じないのであればアンテナをインディーズゲームまで広げてみるべきだろう。なにもグラフィックに大金をかけることばかりがゲームではない。3Dレンダリングが2Dドット絵より優れているかというとそうではなく、単に芸術表現の違いでしかない。もちろんリアルな三次元であることでより魅力が出るジャンルはあるが、技術の発展はそこへ至る扉を開いたに過ぎない。ショボいドットや既存アセットの組み合わせでもプレイして気持ちいいゲームは存在しうる。ゲームの進化がどん詰まったのではなく、行き先が多様になって一つに定まらなくなったというだけだ。
金はないけど情熱はあるクリエーターなんて今もいくらでも存在する。みんながやっているから、話題にしてるからそのゲームをやるんじゃなくて、多様性の中で自分の性癖にあうものを見つけていくのが今の時代のやり方だろう。
築地魚河岸三代目の48時間全話無料があったけど10巻ぐらい読んだら飽きたので残りは次の機会に回した。
期限があるとはいえ、楽しむためにやってることがただの作業になっちゃ論外だもの。
バイキングで元を取ろうとして食べたくないのに食べたりしたら大間違いってのと同じ。
・フリクリ
昔なんかの漫画で「お前フリクリからpillows入っただろ」というセリフが合ったんだけど、まあ自分がまさにそんな感じだったんですよね。それより前から何度か聞いことはあったけど本格的に意識したのがフリクリから。アニメ一本ずっと同じバンドの曲が流れまくるってのは本当に特殊というか、もう作品自体がフリクリのMVみたいな感じさえある。間違いなく尖ってるんだけど、それで成立するのは作画の力があったからなんだろうな。やっぱ最後は力で殴った奴が勝つんだ。
なんかダンガンロンパっぽい雰囲気のストーリー、2Dドットなフィールド、ソシャゲあるあるの3人パーティー性シンプルアクションRPGが組み合わさっためっちゃ「JRPGソシャゲっぽい」なにか。ストーリーが気になるので1章までプレイ。でも俺はもうここでギブアップだ。戦闘が単調。本筋であるはずの野球がオマケ扱いな上に全然楽しくない。ストーリーは悪いって程じゃないんだけど間に戦闘を挟むって縛りのせいでテンポが悪くなってる。とにかくいろいろと厳しい。キャラはいいんだけどね。
・フリクリ(4話~6話)
某ゲームではチート対策が一向に行われずプレイヤーコミュニティの中ではやったもん勝ちなんだからやらないほうが愚かだ等とチートを奨励するような意見まで表に出始めている。実際に使っている人がどれくらいいるのかは不明であるが有名なチートツールが公開されているサイトに表示されているダウンロード数はずっとうなぎ登りである。
自分はそこまでこのゲームに入れ込んでいないのでチーターに負けても、こういう人もいるんだなって程度で流すし別に他人がチートを使って楽しんでいようがどうでもいいというスタンスであるが、この歪な状況を他の一般プレイヤーはどう思っているのか、この状態のままゲームの運営が続けられるのかということには関心があったのでSNSを見て回るようになった。
そんな中で一際目を引いたのがとあるチーターのSNSアカウントだった。そのチーターは表向きにはチートを使っていない設定で発言しており、ウォールハックのようなあからさまなチートを使うようなボロは出していなかったが、1フレーム1ドットのブレもなく同じ動作を何度も繰り返したりするような状況証拠が積み上げられておりどう見ても真っ黒だった。
要はTASのようなプレイをずっと人力で行っていると主張していた。
そして疑問を投げ掛ける人たちに対しては誹謗中傷だ、頭の悪いヘタクソの嫉妬だ等と罵詈雑言(実際にはもっと過激な単語が多数使われている。)の限りを尽くしていた。これを見たときに浮かんだ自分の考えは意外にも運営のチート放置は正しいのではないかということだった。
この人物のゲームアカウントを停止してゲームから追放してしまえば、別の場所で同じような反社会的行為を繰り返すであろうことは容易に想像できる。場合によっては現実社会に多大な損害を与える可能性もあるだろう。それならばゲームの中でこの人物をずっと暴れさせておくことが社会的に極めて正しい真っ当な選択であるとしか思えなくなってしまったのだ。
ので今後も自分はチート使用者を咎めるようなことはしないし、ゲームの運営会社がどんなに杜撰に見えることをやっていても実は深い考えがあるのかもしれないと一歩引いて考えるようにしようと思った。
「都知事選、ジェンダー平等、表現規制、AI利用の是非など、広く議論となっている話題」でとの事なのでフェミアンフェとか弱者男性煽りとか反AI云々で釣りっぽくてもうんざりするほどホッテントリ入りしてたのは自作自演でブーストしてたのもあるのかもね。
ただこの手の話題で非公開ブクマ=自作自演・悪みたいな説には違和感がある。
たとえば凄くシンプルな対応としては、非公開ブクマは3usersにカウントしなければいいんだけど、もう10年以上放置してるからね。
増田でよくホッテントリや新着エントリー入りする人は知ってると思うんだけど初期の数ブクマが非公開ブクマしかないのって普通。
もちろん自作自演はしてない(あとから管理のために1セルクマはする)。
試しに今ホッテントリトップの兵庫県知事選の記事を見ると257usersで公開ブクマは193個なので75%、
ちなみにこれアエラドットの記事だけど朝日新聞がはてブで工作してるというの?
だいたい同じ投稿者の増田に同じ顔ぶれがブクマしてたら非公開でもなんでも運営がスパムとして検知してるはず。
「非公開ブクマは3usersにカウントしなければいい」には根拠がなく、10年以上そのままなのは何の解決にもならないから、が答え。
ーーー【追記】ーーー
論点がズレている。「非公開三連自演ブクマによるエントリを防ぐには公開ブクマをエントリ条件にすればいいのでは」という話に、全体での非公開ブクマ率を持ち出してもなんら反論になっていない。
ズレていないよ。
非公開ブクマ率のくだりは「非公開三連ブクマ=自演」という思い込みをしている人たちに「非公開ブクマは当たり前にあるもので、確率的にも疑う根拠にならないよ」と説明してるの。
むしろ、疑う根拠と「非公開ブクマは3usersにカウントしなければいい」が有効である根拠を先に説明しなければいけないのはブコメ書いた人とスター付けた人たちの側なんだけど、理解してる?
それがこれも偶然であるんだよねえ。
稀に何かタイミングが良かったのかあっという間にいくつもブクマがついてびっくりすることがある。
非公開ブクマは時間がわからないから気づいてないだけで実はもっとあったかもしれない。
これはぜひマジレスさせて。
「たとえば凄くシンプルな対応としては、非公開ブクマは3usersにカウントしなければいいんだけど、もう10年以上放置してるからね。」
これ書いた人とスター付けた人たちは根拠もなく初期の非公開ブクマが自演だと思い込んでいて、根拠もなく「それをカウントしなければ解決する」と思い込んでるわけでしょ。
実際には何の意味もないことを有効な対策だと思い込んで、しかも運営を批判したりしてるわけ。
これってすごく不健全だと思いませんか?
Xで「投稿画像の権利が全てXのものになる!」とか「AI学習対策にはウォーターマークやノイズを入れればいいらしい!」と騒いだ人たちとまったく同じなんだけど、わかる?
増田は窓際のドットちゃんというタイトルの童話を知っているかな。
この童話には、ドットちゃんという小学1年生の女の子が登場する。ドットちゃんは特別な女の子で、彼女はなんとピクセルアートで描かれたかのようなデジタルな世界の存在だった。そんな彼女は好奇心旺盛で、何にでも驚いて、何にでも興味を持つ話好きな性格だった。友達もたくさんできるけれど、彼女には一つの秘密があった。それは、人間の世界を見てみたいという強い願望。
ある日、ドットちゃんは窓際に座って、大きな人間の世界を想像しながら話をしていた。窓の外には広がるピクセルの風景があったが、彼女はそれよりももっとリアルで多様な世界を感じたかったのだ。そこで彼女は、ある日思いきって窓枠をくぐって外の世界へ飛び出そうと決心した。
ドットちゃんは、まず最初に遭遇したのは、特大サイズの猫だった。ドットちゃんが興奮して話しかけると、猫は意外にも彼女の話に耳を傾けてくれた。そこからドットちゃんの冒険が始まった。彼女は様々な生き物と出会い、色んな体験をした。ドット、彼女がこれまで住んでいた二次元のピクセル世界とはまるで別の、多次元の魅力に溢れていた。
しかし、現実の世界は彼女にとって想像以上に厳しいこともあった。ある時、彼女は水たまりに落ちてしまい、ピクセルの身体はだんだん崩れ始めたのだ。ドットちゃんは驚きと恐怖の中で助けを求めたが、誰も彼女の声を聞くことはできなかった。
ドットちゃんは、再びアートの世界に戻る方法を見つけることができないまま、静かに消えていってしまった。そして彼女の存在は、リアルな世界にほんの一瞬の幻想のように溶け込んだ。
NHK「選挙報道の在り方検討」 兵庫知事選受け稲葉会長 | 共同通信
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/nordot.app/1231906104544346810
???なんでnordot.appとかいう怪しいサイトを経由してる!!?
調べてみると、どうやら共同通信とヤフーが共同出資してるサービスらしい。
ニュースサイトがノアドットに記事を出し、キュレーターという人が記事を広め、それぞれにお金が行く仕組みらしい。
さっきのリンクで言えば、KAI-YOUの元記事が ↓ になるんだが、リンクや注釈が増えてるし。
https://kai-you.net/article/90811
共同通信の方は元記事が無かった。ノアドットがそもそも子会社だからだろうか。
間に入ったこのノアドットや、「キュレーター」という第三者に俺のアクセス履歴が共有されてるって事じゃん?
やってることはYahooニュースと同じなんだけど、あれはちゃんとひと目でそうだって分かる作りになってて、タイトルにもYahoo! ニュースって入ってるから筋は通してると思う。
でもこのノアドットの方は全然そうと分からせないようにしてるし、コソコソしてて気分悪いわ。
それにこれがはてブに出てくるって事ははてブ使ってキュレーターが金儲けしてるってことじゃん。
はてなはそれでええんか?
それともお前らがキュレーターなんか?それもユーザーから分からんよな。気持ち悪いわー。
例えばAmazonのアフィリエイトリンクなら「tag=〇〇〇-22」というクエリパラメータが付いてて明確だから良いけど、ノアドットの場合はパラメータもサブドメインも無いからなんも分からん。
上記タイトルの件について別所でもいろいろ言ったけどまだモヤモヤするので吐き出させてほしいにゃん。
猫のフリをすれば吐いても怒られないかなと思ったけど猫が吐いたからと言って猫を叩く人間もいるのでホントゆるせねえよなあ!!おめーもそう思うだろ!!!!たたかないでね!!!!!
まず必要な前提情報について。先日発売したドラクエ3リメイクに存在する「かんたんモード」がどんなに殴られてもHPが残り1から微動だにせず絶対に0にならないというどこぞの不死騎団軍団長みてーな仕様になっているという情報が事の発端であります。
もともとヌルゲーであり全滅など滅多にしないし、ボスが弱くなるわけではないのでそんなに変わんないですよー、という意見もあるが私はそうは思わない。
まず絶対に死なないので防具というものの存在価値が虚無と化し、死なない以上DPSが無価値になるので武器の存在価値が消失し、それらを揃えるためのゴールドや宝箱の存在が無価値になり、呪文仲間職業などなどドラクエを構成する無数の要素が形骸化する。
一見して無限コンティニューや一時期話題になった「クリアしたことにする」と似たようなものに見える「絶対に死なないという仕様」は想像以上に多くの要素を棄損するのである。
そういう話をしたい。
さて、○○はゲームじゃねえ!という話をするためには本来ゲームの定義をしないといけないのだが、これに関しては完全に未解決議論であってこの場で決着させるには余白も能力も足りない。
かといってウィトゲンシュタインによる定義で話を進めまーすなどと言い出しても自分の結論に誘導するための手前味噌にしかならないのでそういうのは良くない。
もうどうしようもないので定義せずにフィーリングで話を進めます。ごめんね!!!
定義しないとは言いつつ最低限の認識は共有していなければ話にならないのでゲームというものについてのそもそもの話をするのだが、まず、ゲームというものはプレイヤーの入力に対して何らかの対応する出力が返ってくるものであるわけだが、これだけではゲームとして成り立っていないというのは御理解いただけるだろう。
でなければスマホのフリック入力もPCデスクトップのエロサイトへのショートカットをクリックするのも全部ゲームということになってしまう。ホワイトカラーの皆さんも勤務時間中パソコンに触れている間はずっとゲームしていることになってしまう。そんなことで減給だの処分だの食らっていてはとてもではないが堪らない。
つまりまだ何かゲームというものに必要な条件があると思う。それはなにか。
ここで出来るだけゲームというものの源流に近くシンプルな例として将棋やチェスでも話に出すと、その必要条件というのは「ルール」と「見立て」なのではないかと思う。
単なる字の書かれた木片や石片を交差する線上で動かす行為がゲームとして成立させているのは、それらの木片石片にポーンや歩兵という名前を与える「見立て」と、駒を交互に動かす、駒ごとに動ける範囲が決まっている、上に乗ったら排除できる、といった「ルール」の存在である。
このふたつにより盤上に散らばった木片や石片は、実際の戦争の再現としての意味合いを付与され、ゲームと呼ばれ得るのではないだろうか。
さてドラクエに話を戻すが、あれもまた当然メモリ上でやりとりされるステータスという名の数値や、画面上に表示されるドットには本来何の意味もない。勇者や魔物というストーリーの見立てを被せているだけで、実際にはちからやみのまもりといったステータスはただの数字である。
そんなことないよ!という方は先にクッキーババアと一緒に天文学的数量のクッキーを焼いてきて欲しい。
あくまでもコンピュータ上でやりとりされる無機質な情報に、ルールと見立てによって意味合いが付与されることでテレビゲームはゲームとして成立しているのである。
その前提を踏まえた上で、「HPが0にならない」という仕様の意味するところについて考えて欲しい。
一見大した違いなどないように見える 「無限コンティニュー」 や「クリアしたことにする」と「HPが0にならない」の間には質的な、根本的な差異による断絶が存在するのである。
「無限コンティニュー」 や「クリアしたことにする」という出血大サービスの難易度緩和、将棋で言えば歩と飛車角金銀桂馬香車が使えない19枚落ちのようなヤケクソ難易度であろうが、一応はゲームそのものが崩壊することはない。
しかし王を取られても詰みにならない、全部の駒を失おうがゲームが続く、というのは根本的にゲームのルールそのものの破壊にあたるのであり、ルールの破壊はゲームそのものを成立させている意味合いの付与の破壊、ゲームの破壊に当たる行為なのである。
考えてみて欲しい。スターを取得して無敵と化したマリオとて画面端に落ちれば死ぬのである。
敵を一方的にブチ○せるというのはゲームの一要素として成立するが、死なない、負けないというのはゲームを破壊する行為に当たる。
マリオが無限残機で即座にいくらでもやり直せることと、敵にも床判定のない画面端に触れても決してゲームオーバーにならないことの間には決定的な違いがある。
無限に復活するマリオはいくら難易度を緩和しようがゲームとして成り立ち続けることができるが、落ちないマリオはゲームとして成立しない。
如何なヌルゲーでゲームオーバーやデスペナが微粒子レベルでしか存在しなかろうが、0でさえなければゲームは成立する。0であればゲームは成立しない。
ドラクエ3リメイクのかんたんモードは、この1と0の間の絶対に越えてはいけないラインを越えているのである。
一応言っておくと勝ち負けの存在しないゲームというものも今の時代は存在するし、議論はあれど一切分岐のないノベルゲームなんかも現状ゲームに分類されているのは承知の上です。
マイクラのクリエイティブモードがデバッグモードの類ではなくゲームモードのひとつであることに文句はないし、それこそ上で話に出したクッキーババアのようにゲームをゲームとして成り立たせている要素をゲシュタルト崩壊させて楽しむアウトサイダーなゲームもゲームのひとつだと思う。
ゲームシナリオはシナリオ単体で抜き出すとゲームとしてもシナリオとしても成立せず、ゲーム部分の没入ありきでゲームに依存した存在なのでゲームシナリオが楽しめればそれでいいとも思いません。
AIにとってイラストはドット単位の色の集合体であり、そこに意味はない。そこに意味を感じるのは人間であり、読み取るのが観客であり、読み取りやすく指向的にドラマを仕込むのがイラストレーターと呼ばれる絵を描く人間の仕事だ。
無茶苦茶わかる…結局AIって線を引いて色を塗っているだけなんだよね。
AIがあれば綺麗な線と綺麗な色が濡れる。でも絵ではない。絵をかける=意味を見出せるのは人間だけだから。
AIはAGIレベルまで行かんと意味を見出せないだろうし、結局「良い絵」がみたいなら人間が描いた(監修した)ものでないとダメだし、監修できる人間の9割9部が普通に絵を描いてる人間なので…となるのでまあ、普通にやっていれば普通に仕事はあるはずなんですよね。他人を犯罪者呼ばわりしたりしなければ、いらすとや以下の影響だったんですよあんなの。まあ同業他社は増えるだろうが。
結論から言うが、生成AIが広まることによってイラストレーターを含めた絵を描く人間(面倒なので以降まとめて絵師と略す)の需要も価値も損なわれることは決してないし、恐らく寧ろ向上する。ただし一部の層のみ。
最近話題の生成AI、いわゆるクリエイター界隈ではあっちらこっちらで話が広がって、しかも誤解や間違いもどんどん広まって、いったいどうしたことかと混迷を極めている。見る人が見れば本当に面白い状況だろう。加えてXの唐突な規約変更(と誤解されている)で投稿画像が無断学習されると騒ぎになり、SNSは今や群雄割拠の戦国時代みたいになっている。自分もXのフォロワーがやれブルースカイ、クロスフォリオに移行するやら、今後のイラストはすべてポイぴくを挟むやら、創意工夫をもってAI学習の手から逃れようとしているのを眺めていた。
これらの行為率直に言って、無駄だなと思う。無駄ではないがあんまり成果の出る行動ではないな、と思う。むしろAI学習から逃れられない上にインプレッションが下がるだけなのでどちらかというと損失の方が大きいだろう(人はURLをタップして新規ページにアクセスするという一手間をとんでもなく惜しむ、自分も画像直貼りなら見る絵も、URLクリックになった場合はサムネが余程好みでない限りほぼ100%見ない。これについては論文出てるから興味ある人は読んでみるのをお勧めする)
まずこの情報社会のインターネットという大きな箱において、データ収集されないで済むものの方が少ない。基本インターネットに上げた時点ですべて情報社会の餌になると考えた方が逆に健全だ。デジタルタトゥーとか言うだろ、使い方も意味も違うが、構造自体はほぼそれと同じだ。原則として「セキュリティ保護(パスワード認証)のないデータはすべて学習の対象となる」と考えた方が良い。これはインターネットという性質を考えれば自明の理だ。AIのスクレイピングを阻害するプラットフォームに上げたとて、基本人が自由にアクセス出来るのにAIが学習出来んわけなかろう。人間が自由に見れるものはAIも自由に見れる。これが基本原則であることを分かってない人が多すぎる。勿論サーバーにAI学習を阻害する設定を相当しっかりやっていればだいぶ軽減はされるが、まあ最終的にアクセス出来れば学習は出来る。これは変わらんと考えておいた方がいい。むしろXはAPI制限などをbot対策などを相当労力掛けてやったので(ユーザーからは不満たらたらだったが)そういう意味ではAI学習対策がなされている方だとも言う考え方もあるようだ。X自体の学習は防げなくても、X外からの学習は防げるからなあ。こればっかりは何を良しとするかだけど。
話がそれた。
まあそうやって他SNSに移行しようとどうしようと基本的に生成AIからの学習は逃れられないし、それはインターネットという情報社会の性質上仕方のないことだといえる。まあ仕方ないという理由で諦められないから絵師の一部はみんな怒ってるのかもしれないが。ただひとつ間違えないでほしいんだが、そもそも学習して誰しもクオリティの高い画像が出力出来るようになるのは悪いことじゃない。これは学習が法的権利として制限されていないからだとかそういう小難しい話をしたいのではなく、単純な社会全体としての話だ。
「”一部の人間しか出来なかったもの”が、簡単にちょっとの手間で”皆が出来るようになる”のはいいことだ」
レトルトや時短料理なんて最たるものだろう。ホテルのシェフが時間かけて、時には数日かけて作っていた料理が、かつて圧力鍋、今では自動調理鍋なんてもので似たようなクオリティが一瞬で誰でも出来る。材料入れてボタン押すだけ。シェフ監修がいわゆる偏向学習LoRAだとするなら、自動調理鍋や圧力鍋が生成AIに当たる部分だ。この例えに色々モノ申すところはあるだろうが、細かいところが問題なのではなく、論旨は「誰にでも出来るようになるのは社会にとって絶対的”正”だ」ということだ。
この視点において、この先も生成AIが大きく制限されることは恐らくない。だって社会にとって悪いことではないからだ。かつて裕福な家庭しか画家を雇い自画像を残せなかった時代が、技術の発展でカメラが生まれ、カメラも高価で専門職に頼む必要があったものが、インスタントカメラになって世間の多くに普及し、絵の具や鉛筆がなきゃ美術を成しえなかった人たちが、パソコンとペンタブという十万程度の投資で無料のYoutubeを見て誰もが絵を描ける環境を整えられるようになった。お金が無くても、技術が無くても、環境が無くても、苦労が無くても「出来る」ということは、社会にとってはその社会の技術が熟成した証拠でありその結実でもある。人間はそういう歴史を積み重ねて文化を発展させてきたのだ。そういう意味において、生成AIの在り方は正しいと言える。
ただし、ただしだ。
ただ、それでは絵師たちは自分たちの努力が無価値と感じ、自分たちの成果が使い潰されていると感じるだろう。仕事は取られ、搾取されるだけ搾取され捨てられてしまうんだ、と。もうここまでの文を読んで反AIの人間は多くが読むのをやめたと思うが続ける。本当にそうだろうか。本当に絵師たちはそんな無価値なものなのだろうか、と思う。
結論を言う。そんなことはない。
だってみんな圧力鍋で美味しいビーフストロガノフを作れるようになったらお店で出るビーフストロガノフは売れなくなるのか。みんな簡単に手軽にスマホで写真が撮れるようになったら、写真家の仕事は無くなるのか。無くならないだろう? 無くならないんです。写真という技術が生まれてなお、未だに筆を執ってキャンバスに写実風風景画を描き続けてる画家がいてその作品が売れているように、どれだけ高精度の生成AIによって高クオリティの絵が乱立しようと絵師と呼ばれる人たちの生み出すオリジナルイラストの価値が損なわれることはないんです。
ただ、弱肉強食とも言える淘汰は発生するだろう。「淘汰」とは即ち、プロとしてのクオリティレベルの向上を指す。単純に言えば、これまでのようにちょっと絵を描いてお小遣い稼ぎみたいのは出来なくなる。なぜならそのレベルなら生成AIでいくらでも個人が作成出来るようになるからだ。写真家が普通の風景写真を売ろうとしても売れないように、イラストもただ絵がちょっとうまいだけでは売れなくなる。プロに頼むからにはプロのクオリティを求められる。
ここまで読んで気付いた方もいるかもしれない、特に今プロとして第一線で働いているイラストレーターの方。
そうなのだ、プロであり技術があるほど、生成AIがあろうとこれまでと変わらないのだ。
生成AIは少し見れば分かる通り、とにかくコンセプトアートに弱い。「猫耳娘」とか「セーラー服の美少女」とか汎用的なお題ならいくらでも出力出来るが、「猫耳娘のイヤリングが彼女が猫の頃を彷彿とさせる飼い主の想い出の品がモチーフになってる」とか「セーラー服の美少女の足元には好きな人との思い出の公演が映っており、画面に添えられた花言葉はふたりのこれからの関係を暗示している」などといった、「一枚絵でドラマを読み解かせる」という構造がとにかく不得意だ。生成AIの構造と成り立ちを考えればそれは至極当然だ。AIにとってイラストはドット単位の色の集合体であり、そこに意味はない。そこに意味を感じるのは人間であり、読み取るのが観客であり、読み取りやすく指向的にドラマを仕込むのがイラストレーターと呼ばれる絵を描く人間の仕事だ。
だからこそむしろ、イラストレーターはより重宝され、求められることになる。人間はドラマやストーリーに魅力を感じる生き物だ。そういう意味で、どれだけクオリティが高かろうと、重要な場面でのイラストは現状絶対にAIに任せられない。色んなジャンルでよくある「周年絵」であれば、これまでのドラマや記念コンセプトをふんだんにあしらいたいだろう。こういうものこそイラストレーターに任せていくようになる。
もちろん、そういったコンセプトを生成AIが表現できないのは「現状」の話だ。時代は変わる。コンピューターの普及、スマートフォンの普及で情報社会レベルが格段に変わったように、やがて生成AIもコンセプトアートをきちんと表現していく時代も生まれるだろう。もう十年は先の話だろうが、ただ十年後はそうなるかもしれない。それにはもう少し時間が掛かる。それまでに絵師としてのポジションをどう確立させていくかは、今現在絵を描いている人間に求められている課題だ。そんな課題と向き合うことなくこれまで通りの世界でイラストを描き続けたいというのは、残念ながらただの停滞思考に過ぎない。時代は変わる。どう足掻いても。それに適応していかなければ廃れるだけだ。それに適応しなかったものから、絵を描いて仕事をする、というポジションから脱落することになってしまう。
ちなみにAI生成なんかじゃなくて絵を描く楽しみを知るべきだ! というのはお門違いである。
「自動調理鍋を使わずじっくり数時間かけて煮込んでこその料理だ!」「一瞬の風景を何時間も掛けて描くことに意味があり、写真なんて偽物だ!」「ピアノを習ったことないやつがデジタルで曲を作るな!」とは誰も言わないだろう。求めてるものがそもそも違うのだ。じっくり料理をすることに、じっくり観察して絵を描くことに、楽しみを見出す人がその手段を選べばいい。生成AIで絵を出力することが「絵を楽しんでいない」とイコールにはならない。もちろん主張したい気持ちも伝えたいことも一定の理解はある。だがこれを読む貴方だって「音楽とはホールの生演奏を聴いてこそすべてだ」と言われても困るだろう。そうじゃない、手軽なものはいくらだってあっていいのだ。そうやって多くの人間が手軽に楽しめるようになることが文化の発展であり、先人たちが作ってきた成果なのだ。
だから生成AIでイラストレーターの仕事が奪われるとか、そういうデマは少し落ち着いた方が良い。もしこれからも絵を描く仕事を続けていきたいなら、どうやって生成AIと共存していくか、それを考えてみてほしいと思うよ。学習を「無断学習」とか「窃盗」とかいうのも、考え直した方がいい。情報社会はデータの集積で成り立つ社会である以上、収集されるのは貴方たちのイラストに限らない。すべてだ。検索履歴・ワードすら貴方たちのデータはデータベースに集積されている。それが嫌なら電子世界から手を切れ。ネット回線を閉ざした山奥に籠れ。便利な通販があるのも、いつでも繋がれるSNSやアプリがあるのも、そういう情報解析の技術の末のもので、我々がいるのはそういう社会なんだよ。
とはいえ、生成AIによる成果物の取り扱いについては早く文化庁が結論を出してある程度法規制してほしいとも思うよ。悪用する人間はどんな技術に対してもどこにでもいるからね。あと、生成AIイラストと声優業界の生成AIボイスの問題は別物だと思ってるぞ。あれは声という一個人の尊厳の侵害に障る部分が多いからな。言った言わないは千年前から現在に至るまで人間の問題になる議論だから慎重に取り扱わなければいけないと思う。刑事犯罪立証に関わることもある部分だからね。ただ声帯を失くした人への補助AIとかはどんどん発展してほしいね。
https://anond.hatelabo.jp/20241106140729
音楽ゲームの波に乗って、ポップン版も独断と偏見で書いてみた。一応曲の良さだけでなく、ポップン史的に重要な曲って軸で選んだ。
現在収録曲数は1000曲超え、現在26周年のKONAMI製アーケード音楽ゲームポップンミュージック
初期ポップンを代表する人気曲。ポップン6の人気投票では4位を獲得した。その際1〜3位ももちろんいい曲ではあるが、とかくキャラ人気が高い曲だったのもあって、実際曲だけでいうならこの曲が1番人気だったのでは…という意見も見たことがある。(諸説)
7ではLONG版がプレイできるようになった。ピチカートファイブを想起させる渋谷系の楽曲で、明るい曲調と言葉遊びのような歌詞、そしてボーカル杉本清隆のハニーボイスが魅力的な曲だ。
杉本清隆は初代からボーカル歌唱という形で参加しており、6ではサウンドディレクターも務めていた初期ポップンを支えていたコンポーザーの1人である。
初代の参加曲「ポップス/I REALLY WANT TO HURT YOU」もまたポップンの代表曲として、今でもKAC(公式大会)の表彰などで流れている。
6を最後に退社、個人の音楽活動に集中する形になったものの、その後もたまに曲を提供してくれる
近年だと公式大会で決勝初出・かつパーカッシヴシリーズの続編曲ということで速度変化が大変なことになっている「西馬込交通曲」、ソフトロックの続編曲として発表された「le mal du pays, numéro 1」が収録されている(ポップン25 peace)
ポップン6は様々な要素が従来から変化したシリーズである。サウンドディレクターの変更(5で務めていた杉本清隆が抜け、同職だったwacが1人で担う形に)、メインデザイナーの変更(犬千代、P-CATがチームから抜け、shio中心の体制に)、版権曲の収録、キャラアニメがドットから現在のようなアニメーションになったなど……。
そんな折、突如現れたのがこの曲である。
それまでのポップンではあまりなかった力強い日本語ラップ曲。そして途中で高速になる独特の譜面。
この曲の公式コメントで「この曲に美味しいところを持ってかれちまうであろうことも。…大体当たったよね?」とあったことから当時の人気が窺える。
キャラクターのサムライ男性キャラの六も高い人気を誇っている。ちなみに現在公式大会で11連覇している選手もこのキャラを愛用している。
作曲者のDes-Row自体は5から曲提供していたが、この曲で一気に人気に火がつき、さまざまな名義でpeaceの頃まで楽曲提供をし続けていた。
ヒップロックシリーズはその後もコンスタントに(3の倍数がつくナンバリング)続編曲が作られた。
当時のポップンに少なかった力強い男性ボーカル・少し大人びた歌詞に当時女性を中心に凄まじい人気があったらしい。
また、キャラクターの狼男・アッシュも人気が高かった。ドラムの彼とベースのスマイル、ボーカルのユーリというキャラ、彼らの組んでいる「Deuil」というバンドは当時の女子ポッパーの心を大いに掴んだ。その人気からか、25 peaceでは、「Deuil」として数少ない書き下ろしキャラアニメ枠として新曲を引っ提げた。
新堂曲に関してはどれをピックアップするか悩んだが、多分氏の曲の中でも人気が高い、8でライブバージョンも収録されたということも加味してこの曲を選出。
その後もポップン11に至るまで曲提供をし続けていたが、諸般の事情(詳しくは検索)でポップン12では彼の曲は全削除、ポップンから姿を消すことになった。
その後、ポップン17、ポップン24では氏の曲をオマージュした楽曲が作られた。(24に関しては担当キャラもアッシュ)
beatmaniaの生みの親にしてポップンミュージックの名付け親、南雲玲生作曲。ちなみに前述のポップス
/I REALLY WANT TO HURT YOUの作曲者でもある。
透明感のある女性ボーカルと、アンニュイな曲調は人気が高く、ポップン9ではロング譜面が作られた。
この曲はキャラクターも特徴的である。ポップン7では、キャラクター数名の名前を公募で決めるという試み「PaPa*MaMa 7」を行なっていた。
この曲の担当キャラは「かごめ」という名前に決定し、影のある少女という属性も相まって大変人気のあるキャラとなった。
ポップンでは10のお星様にお願い、20のみんなでつくろう ポップン20などさまざまな形でユーザー公募のイベントを行うが、ポップン7のイベントはそのはしりと言える。
氏の楽曲は退社後のゴタゴタで多くの曲が削除されてしまったが、こちらの曲は運良く削除を免れ、今もプレイ可能だ。
版権曲に関しては初見の人がプレイすることが多いということで低難易度の譜面が作られることが多かった。
ポップで可愛い風体のポップンに収録された筋肉少女帯。同じアーティストの「日本印度化計画」と共に8に収録された。
レベルは最高難易度級、おどろおどろしい歌詞と、ノーツが微妙にずれて非常に押しにくい譜面、おまけの辛判定とまさに(当時のレベルなら)トラウマ級の譜面。
キャラアニメのミミは、本来可愛らしいキャラのはずなのだがこの曲では怪しい雰囲気の絵柄になってしまっている。キャラ説明文を見ると「不思議な夢」ということらしい…。
長らく収録されていたが、版権曲の定めか、ポップン21にてついに削除されてしまった。
ポップンで1番有名な曲。
作曲はbeatmaniaやギタドラでヒット曲を生み出していたTOMOSUKE、作詞はポップン12で雫というヒット曲を出したあさきというBEMANI的には豪華なメンツ。和風ロックなこの曲は大ヒットし、ポップンは知らないけどこの曲は知っている、なんて人もいるくらいだ。他機種にも移植されまくり、ひなビタもカバーしている。近年だとVtuberもカバーしたりしており、人気の高さが窺える。
16では初のAC出身最高難易度43・トイコンテンポラリーという曲が作られ、その譜面の超密度部分は「わけのわからないもの」と恐れられた。
ピアノの濁流がノーツとなったその譜面は「どうしようもないもの」と呼ばれる。スタッフはそんなに難しくないと思ったらしく、レベルは最高難易度一個下の42に設定されていたのもユーザーを恐怖に陥れた。
その反省か、次のポップン18のボス曲(ふること)は譜面難易度が大幅に下げられた。
その結果、当時の音ゲー板では「ポップンはガチ機種じゃないからこれくらいでいい」派vs「トイコンサイレント並みの譜面をよこせ」派で論争が起きていたのを見かけた。
KONAMI公式大会9thKACではポップン14からのボス曲(+J-テクノ)がメドレーとなったPopperz Chronicleという曲がお披露目され、ランカー達を驚かせた。
前述でポップン公募企画の話をしたが、こちらの楽曲は「みんなでつくって20」という企画でボーカル募集をしたものである。
可愛らしく元気な曲調とボーカル、そして何より乙女がいきすぎてストーカーの域に入っているようなキャラ、かおりんが当時話題となっていた。
みんつく20で募集したボーカルはその後も今に至るまでBEMANIに参加してくれているのだが、特にこちらのNU-KOの躍進は凄まじい。
ポップン以外にもオトカドールというACでは全曲のボーカリストを担当、BEMANIのプロリーグでは監督や解説を担当するなど、様々な形で関わっている。近年では声優としてもデビューしている。
昔のポップンはスタッフコメントや質問コーナー等の影響でスタッフとユーザーの距離が近かったゲームであり、まさにポップンだからこそ生まれた曲といえる。
また、作曲のPONは16よりポップンスタッフとなり、おそらく今も主要なサウンドディレクターとしてポップンを支えている。BST騒動以降、スタッフの詳細が隠されてしまったため憶測となってしまうが…。
当時「つぎドカ!」というBEMANI作曲家4人が4機種に1曲ずつ曲を提供し、選曲回数を競うという企画があった。
その中でポップン出身のPONの曲が見事1位を獲得したという曲である。
経緯的にポップン史10選に入れていいのか?と今気付いたが気にしない。
曲はストレートに熱く、少年漫画のOPのような曲。この時期のPONは作曲スピードがとても早く、サウンドディレクターとなった22、ラピストリアでも多数の曲を書き下ろしていた。
また、このつぎドカの曲を担当した4人のキャラ(烈・風雅・鈴花・氷海)はそれまでポップンにいない毛色だったこともあってか人気が高かった。
その結果、ポップン22 ラピストリアのストーリーでは主役級に抜擢される。
ラピストリアは等身高めな絵柄に改変(メインデザイナーもshio→ちっひに変更)、インスト曲の減少とキャラに沿ったボーカル曲の増加、濃いストーリー、ジャンル名の廃止……etcなどポップンのテコ入れと言わんばかりに様々な変化を取り入れた作品。
つぎドカのキャラ4人は、そのラピストリアの変化を象徴するキャラ達と言える。
ちなみにラピストリアの画風(通称ラピス絵)は、現在ではpeaceでは従来のデフォルメ(+厚塗りにした感じ)に戻っている。
こちらはポップン史に大きな影響…という感じではないが〆にふさわしい感じだったので載っけた。
20周年記念ということで、初代より参加していたsana、杉本清隆がボーカルを務め、23くらいまで長らくポップンに関わっていたwacが作曲をしている。こちらの名義も初期の楽曲と同じものが使われている。(メンバーは多少異なる様)また、初代ポップンのBGMが引用されている。
サントラのスタッフ欄はそれまでポップンに関わっていたアーティストやキャラ(!)がクレジットされており、往年のプレイヤーにはグッと来るものとなっている。
peaceの時のポップンには末期感が漂っていた。前作のうさ猫の途中からポップンの最大の特徴とも言えるキャラアニメの書き下ろしがなくなり、次作として発表された「peace」というサブタイトルは、ポップンのスタッフロールの最後によく使われる言葉だった。
稼働前に公式が25のサブタイトル案として出した中にも「climax」「ありがとう」があり、本当に最終作だったのではないか…?と考えるプレイヤーも多かった。
歌詞には「さよならさえも言えないのなら 今その分の思いを込めて歌うんだ」とあり、スタッフからユーザーへの、いつか来る別れのメッセージが込められている。
リフレクビートの様に、実質サ終だが別れの機会を逃してしまった機種があるからこそ、歌という形でさよならを託したのかもしれない。
peaceに関しては、絵柄の回帰、昔の楽曲のオマージュ曲や、人気曲の追加譜面、そして新たな難易度UPPERなどを追加したことで好評な作品となった。
peaceはレッスンやベビーメタルの追加譜面も話題になっていたので本来ならそっちを入れるべきかもしれない。
また、新たなポップンとしてスライダーを追加、ボタンサイズを縮小などされて開発されていた新筐体「NEW pop'n music Welcome to Wonderland!」がおそらく既存プレイヤーから不評+コロナ禍でお蔵入りしたことで、現在に至るまでさよならすることなく無事に続くこととなった。
ポップン初期〜中期を凄まじい曲数と幅広いジャンルで、サウンドディレクターとしてもポップンを支えていた村井聖夜による楽曲。
特にこの曲は初音ミクもまだ開発されていない頃に、PCに歌わせた革新的な曲である。
ボーカリスト、そしてキャラの「Alt」はポップンユーザーの中では人気があったが、他機種においては数年後にjubeatに収録された「隅田川夏恋歌」にて大きな注目を浴びることになる。
可愛らしい曲調と、ロリ天使がおむつを履いているという、絵柄がデフォルメだから可愛く見えるものの、なかなかすごいキャラデザのポエットは人気を博し、その後のシリーズでも新曲・新アニメが作られていった。
特にパーキッツの作曲の方は、ブタパンチなどの名義でパーキッツの可愛い楽曲とは裏腹にハードでちょっとイロモノっぽい曲を収録していくのであった……。
パーキッツに関してはどの曲を入れたらいいかも悩んでしまった…。順当に入れるなら初代かなあ。個人的にはウィッシュが好き。
あとはDJ YOSHITAKAの曲も入れようかと悩んだ。でも他機種に沢山代表曲あるからいいか。
一応最新作まで低頻度なもののプレイしているのだが、昔の曲多めになってしまった。
ただ、ネットの評判やポップンのリアルイベントの開催状況等を見る感じおそらくブームだったのが1〜8、14〜15だったので、その辺に偏るのはさもありなんかも。
ふしぎなくすりは本当に忘れてた…
でも人気と外に与えた影響を考慮するなら絶対に入れるべきだった。と言うわけで書いてみた
撫子ロックにポップンで1番有名な曲と書いたが、こちらも同等レベルで有名な曲。
作曲者の上野圭市は主に弐寺で独特な作風の曲を提供しており、前作の16からポップンにも提供を始めた。
こちらの曲についても「ふしぎなくすり飲まされて、渋谷で海を見ちゃったの」という歌詞からお分かりになる様に、なかなかの電波曲である。曲調も相まって大変中毒性が高い。
そんなネタ度の高い歌詞は、曲が出た2009年頃はまだまだ勢いのあったニコニコ動画で大ヒットした。
この曲を使った手描きMAD「ふしぎなくすり のまされて」シリーズはブームを起こし、色んなジャンルで作られたのだった。
こちらのMADで知名度をあげたため、ポップン初出ということを知らない人も多いかもしれない。
上野氏はその後も参加し、peaceでは続編曲とも言える「いつまでやったって、別にいいじゃない!?」を提供。ポップンはいつまでやったっていいんだ。
産休に入る。予定日まで一カ月ほどあり、出産に向けた準備はおおむね完了している。腹がめっぽう重くあまり動くと具合が悪くなることもあり、できれば家でゲームをして過ごしたい。思考力が落ちているので、他人のおすすめを知りたい。
自分は盆などの連休時にのみ据え置きゲームをプレイするライト層。日頃はソシャゲメイン。家族(夫)が任天堂ヘビーユーザー。
ハードはSwitch希望。PCは所有しているが残念スペックなのであまりゲームには向かない。アクションゲームはあまり得意ではない(先日、ゼルダの伝説夢をみる島(リメイク版)をクリアし大いに楽しんだが、ボス戦はほとんど夫に代わってもらっていた)。ゲーム画面で長文を読むのが苦手なので、ノベルゲームや物語重視のアドベンチャーゲームは好きではない。
ちょうどセール中。中毒性が高いのでハマれば一カ月をゆうに潰せそう。初プレイ難易度が高そうなのと、世界史に疎いと楽しめるかどうかわからないのが不安。
ちょうどセール中。何をやるゲームなのかはよく知らないが、アクション控えめでオープンワールドというとこれが最適解な気がしている。ハリポタは別にファンとかではない。
中毒性が高いらしい。Fワールド的見どころはX(Twitter)でおおむねネタバレを見尽くしたのでプレイしても答え合わせになる気がしている。カイロゲームのドット絵は個人的にはやや好みではない。
ゼルダの伝説夢をみる島が好きだったので、同じグラフィックの本作も気になっているが、このグラフィックなのに夢じゃないんかいというツッコミをまだ飲み込みきれていない。アクション面が不安。
エロい女の子がいっぱい出てくる本格派タワーディフェンスゲーム。ゲーム内セオリーを習得していくことで徐々に高難易度ステージをクリアできるようになって達成感があり、楽しかった。最ハマり期は5~10時間/日やっていた。寝室がある。ドット絵が好き。
戦略シミュレーションゲーム。エロい女の子は出てこない。難易度NORMALでも相当苦戦したが、試行錯誤がうまくいくと楽しかった。Switchで一番長時間プレイしたゲーム。ドット風絵が好き。CV中村悠一。
読み物系ゲームは苦手だがこのくらいのボリュームなら楽しくプレイできる。これ以上のボリュームはムリ。ドット絵が好き。
なぜあんなにハマったのか今から思い返せばよくわからないがとにかくハマった。狂ったようにプレイし気が付くと辞めていた。MODの自由度が面白かったのかな。曲とドット絵が好き。
フィールド移動とトレーナー戦が個人的には面白さを感じにくく、キャラにもハマりきれず序盤で挫折。ハネッコ(推しポケ)がフヨフヨ飛んでるのが可愛かったのは満足。
プリンセスピーチShowtime!、ピノキオ隊長、ヨッシーのクラフトワールド。グラフィックが素晴らしく、感動したが、自分は3Dアクションを楽しむ感性が他人より劣っているためかうまく楽しめなかった。どれも良いゲームだと思う。
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「王立穴ポコ学園」「ロマサガ2リベンジオブザセブン」「ゼルダの伝説知恵の借り物」の3作を検討したいと思います。産後はたぶん増田やる時間ないしプレイレビューまでは書けないかもしれないのでこの場で感謝申し上げる。おすすめ書いてくれた皆さんありがとう。
人為的な地球温暖化に対する懐疑論を主張している。しかし、当該分野の専門家[4]からは、不正確であるとの指摘を受けている[5]。また、IPCC第4次評価報告書の結論とは異なっている。たとえば、温暖化はヒートアイランド現象以上のものではないと主張しているが、ヒートアイランドの影響範囲は地球全体のごく一部のため[6]、ヒートアイランドの影響量は産業革命以降に観測されている温暖化の2-4%程度に過ぎないと見積もられている[7]。
池田早大教授「がんは放置するのが一番いい」 | 概要 | AERA dot. (アエラドット)
近藤の主張は、血液のがんなどの特殊ながんを除き胃がん、肺がん、大腸がんなどのいわゆる固形がんは、治療をしても延命効果は期待できないというものだ。がんは基本的に放置しておくのが一番というのだから、医学界から蛇蝎のように嫌われるのは当然だ。近藤が一般書を積極的に書きはじめた1990年代の半ばから、私は近藤の主張を私なりに検討した結果、データの豊富さ、推論の正しさなどから、近藤説はほぼ正しいと確信するに至った。
本の売れ行きを見る限り、今また近藤の主張は多くの人に支持されて拡がりつつあるようだ。医学界は必死の抵抗を試みるだろう。がんは放置しておくのが一番いいということになれば、がんの手術に携わる外科医と抗がん剤を製造している製薬会社はおまんまの食い上げになるからだ。しかし、患者は医学界の金儲けのために存在するわけではない。がん患者が手術や抗がん剤で殺されることはあっても、外科医がおまんまの食い上げになって死ぬことはない。どちらがいいかは自明であろう。
余計な寄り道しなかったら8時間くらいで全クリできてたと思う
もはやこのゲームのオリジナリティよりパロディオマージュメタネタの割合がでかすぎた
あと悪乗りしすぎて内輪ネタまで出してきたのはやりすぎだと思った
開発者の名前だしたり、デバッグ会社の名前を出したり(ピー音で全部隠れてたけど
ひびき的にポールトゥウィンとかかなってかんじはした
アンダーテールやってた人ならそっちが浮かんだりすんのかな
バトルは専用ステージで決まった数の敵倒すってのを何十回もやる
あとボス戦
オープンわーるどっぽくなってるけど完全ハリボテだし、マップにあるのに入れないエリアも大杉
ハリボテなのにやたら行き止まりとか陰になって見えないとことかあってストレスたまる
ゲーム部分が手抜きすぎって感じ
あ、よかったのは敵がノックバックするとこ
テイルズが攻撃しても全然敵がひるまなくて攻撃してる感なくてつまんなかったから、
スーパーアーマーもほぼなかったし
右スティックでカメラ操作するんだけど、自動でイー幹事にやってくんないのよねえ・・・・・
だから攻撃連続でやってたらどんどん敵が画面から見えなくなったりしてすんごいストレスになる
攻撃右手で操作してんのに同時に右スティック操作を要求すんじゃないよ
デビルメイクライだとこんなことなかったんだけどすごかったんだなって
完結?といいつつラストは次回作を予感させる感じ バックトゥザフューチャーみたいな
娘のジーン?が金髪?ツインテでデフォルメでかわいかったからリアル3dモデルでみたいなあ
バッドガールがエロかわいかったけど父親ころされてからずっと引きこもってたし自分で操作もできなかったから残念だった