『重伝建・金沢市主計町』
石川県金沢市にある重要伝統的建造物群保存地区の一つの主計町(かずえまち)である。
主計町は、金沢駅の東方向、兼六園金沢城の北方向で、その交点辺りの浅野川の左岸(南岸)で、浅野川大橋と中の橋に挟まれた120~30mの川べりにある茶屋街である。
浅野川大橋を挟んで、北東側にはこれも重伝建である「ひがし茶屋街」「卯辰山寺院群」がある。
主計町は元々の町名は主計町であったが、今から45年前に尾張町2丁目に併合された。
その後、町民を中心に町名の復活を望む運動が行われ、16年前に「主計町」として復活し、その後重伝建に指定されたと云う経緯がある。
主計町は東西の2本の道路と、それを南北に繋ぐ路地、そして背後の高台へと続く坂道で構成されている。
先ずは川沿いである。
趣のある茶屋の建物が続く。中には3階を増築した茶屋も見られる。
町の西の終点の中の橋に袂には、緑水苑がある。
この場所は金沢城の西内惣構の端で、遺構の堀跡が残っている。
その南の高台に「彦三緑地」がある。
この場所に上屋敷を構えていた不破家代々の通称名「彦三(ひこそ)」に因み名付けられた庭園である。
つつじやぼたんの庭園として知られているそうである。
元の東の浅野川大橋のところまで戻り、今度は中の通りを見てみる。
通りに入ってすぐに源法院という高野山真言宗の寺院がある。
弘法大師が建立したと言い伝えられている寺で、加賀藩主前田利常公より、梅鉢紋の使用を許されたと云われる。
中の道は狭いが両側に茶屋などが並ぶ独特の雰囲気である。
茶屋の間に高台へと登る道がある。
先ずは「あかり坂」である。暗い夜のなかに明かりをともすような美しい作品を書いた鏡花を偲んで、あかり坂と名づけられたと云われる。
その西には「暗がり坂」がある。
日中も日の当たらない暗い坂道なので、この名で呼ばれるよになったと云われる。