『摂津国・摩耶山城跡』
神戸市灘区の摩耶(まや)山中にある摩耶山城である。
摩耶山は六甲山系の中央部に位置する700m程度の山で、瀬戸内海国立公園の一部でもある。
摩耶山には登山のためのケーブルとロープウエイが通っていて、城はその乗換駅「虹の駅」450mと、その上600mにあり、昭和51年の火災で焼失した旧天上寺跡地(上掲)との間にあった。
城は鎌倉末期から南北朝時代に築かれたもので、築城者は播磨の猛将の赤松円心則村である。
この旧天上寺跡地の奥に円心の供養塔が建てられている。
その後、摂津に進出した三好長慶など、戦国時代にも活用されたとも云われるが、かなりな高度にあるため価値は薄く、真偽のほどは定かではない。
天上寺は「忉利天上寺(とうりてんじょうじ)」と云い、弘法大師が釈迦の生母摩耶夫人像を祀った寺である。
山の名もそれに因んで、摩耶山と名付けられたものである。
旧天上寺であるが、火災では仁王門が免れていて、修復中である。
そしてそこからは長い石段が続く。
旧天上寺の参道両側に摩耶山城があったと云われている。
城の遺構として竪堀らしきや曲輪跡や石垣が残っているが、天上寺にも多くの塔頭があり、それと交錯していると思われ、定かではない。
摩耶山の山頂700mを訪れてみる。
そこには三等三角点、そして天狗岩大神が祀られている。
また山頂付近には、放送の送信アンテナやマイクロウエーブのアンテナが林立している。
山頂の向こう側北側へ行って見る。
現在の忉利天上寺がある。
そして百万ドルの夜景を見ることができる掬星台(きくせいだい)の広場がある。
またこの辺りからは、六甲最高峰と手前の別荘群、摩耶山頂のアンテナ群、少し遠いがポートアイランドと神戸空港が見える。
天上寺の住職に城の話を伺った。
城の位置は間違いないが、戦闘のために一時的に寺を利用したような形で、領地を治めるためのものではなく、戦いが終結して不要となり廃城になったとのでは、とのことであった。