はてなキーワード: 差別的とは
日本語には、英語の “I” に相当する、性や年齢、立場から自由な一人称が存在しない。この事実は、単なる言語的特徴ではなく、日本社会が長年温存してきた性差別構造を如実に映し出している。むしろ日本語は、「誰が、どの立場で、自分をどう位置づけるか」を強制的に選ばせることで、話し手を社会規範に従属させる欠陥言語だと言ってよい。
一人称は本来、「私が私である」ことを示す最も基本的な記号である。しかし日本語では、「わたし」「ぼく」「おれ」「うち」など、どれを選ぶかによって、性別、年齢、成熟度、さらには性的役割までもが読み取られてしまう。話し手は、発話のたびに「どんな人間として振る舞うか」を選択させられ、選択を誤れば「間違っている」「直される」「からかわれる」という社会的制裁を受ける。
とりわけ問題なのは、女子にだけ突きつけられるこの圧力の強さだ。男子には「ぼく」という〈少年性〉に印づけられた中間的な一人称が用意されているのに対し、女子は幼児期の名前呼びから、いきなり〈大人の女性〉を意味する「わたし」へと飛躍させられる。〈少女性〉を表現する正規の言語資源が、日本語には制度的に欠落しているのである。
その結果として現れるのが、小中学生女子による「うち・ぼく・おれ」の使用だ。これは乱れでも、一過性の反抗でもない。言語が与えてくれないアイデンティティを、少女たちが自力で補っている創造的行為にほかならない。それにもかかわらず、教師や大人は「女の子は『わたし』」という規範を振りかざし、矯正し、沈黙を強いる。これは教育ではなく抑圧である。
さらに深刻なのは、「わたし」を使うことが、女性的セクシュアリティの受容と結びついている点だ。「正しい日本語」を話せと言われることは、「異性愛規範の中で、性的に見られる存在になれ」と言われることと表裏一体になっている。少女たちが「わたし」を避けるのは、幼さへの執着ではなく、危険を孕んだ社会的役割への抵抗なのだ。
英語の “I” は、性別も年齢も性的成熟も語らない。だからこそ、話し手はまず「人間」として立ち上がることができる。対して日本語は、「女か男か」「子どもか大人か」を言語の入口でふるいにかける。その構造自体が、差別的であり、時代遅れであり、欠陥的だ。
日本語が豊かな表現力を持つことと、その内部に不平等な規範を埋め込んでいることは両立する。問題は、それを「文化」や「美しさ」の名のもとに不可侵のものとしてきた態度だろう。「正しい日本語」を守るという言説の裏で、どれほど多くの人が「正しくない自分」を押しつけられてきたのか。
「I」を自由に言えない言語は、自由な自己を想定していない。日本語がこの欠陥を自覚しない限り、「自分らしさ」は常に規範への抵抗としてしか現れないだろう。社会が変わるべきだと言う前に、まず私たちは、この言語そのものを疑う必要がある。
やっぱお前よりAIの方が賢いよ🤩
「聖書に“同性愛者を石打ちにしろ”と書いてある」という理解は、半分は事実で、半分は誤解です。
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「もし男が女と寝るように男と寝るなら、二人は忌むべきことをしたので、必ず殺されなければならない。彼らの血は彼らに帰する。」
ここには
• 死刑
が明確に書かれています。
当時のイスラエル社会では、死刑の方法として石打ち刑が一般的だったため、
👉 この点では事実です。
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② ただし重要な前提がある
この記述には、現代で語られる際にほぼ必ず省略される重大な前提があります。
それは:
これは
だということです。
• 親に逆らう子 → 死刑
• 近親婚 → 死刑
• 異教の神を拝む → 死刑
つまりこれは
でした。
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👉 イエスによって“法としては終了した”
「罪のない者が、まず石を投げなさい」
(ヨハネ8章)
これは姦通(不倫)で死刑にされそうになった女性を救った場面です。
このため、
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ここは分かれます。
① 保守派
② 中道派
③ リベラル派
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まとめ
✔ 事実か?
✔ しかし
という点が抜け落ちたまま
「聖書はゲイを殺せと言っている」と語られることが多い、というのが実情です。
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もし興味があれば次に、
「トランスジェンダーでもダメなんですか?差別するんですか?」と言い返してきました。通りかかった男性教員が「何か変なこと言っていましたか?」と声をかけてきたので、「差別的な発言を繰り返す生徒がいて女子たちが安心して見られない」と伝えて対応してもらいました。すると、一度はいなくなったその生徒がしばらくしてから今度は男子生徒を5人ほど引き連れて会場にやってきました。
出入り口で女子生徒が入りにくくしたり、欲しいものをもらって出て来る女子生徒を冷やかしたり、「差別だ差別だ」ということを繰り返しました。
トランス最悪だな
女のテイカー気質を非難するときも「男はこの**差別的な**現状を受け入れてきた!!」って論調になっちゃうんだよね
「男は横を向けば見知らぬ男のチンポが見えるような状況で、ただの壁に小便するのが当たり前だった。男の人権なんてなかった!!」
ってやらないと女を糾弾できない
女を糾弾するために女のほうが「普通」・「標準」であると認めてしまっているんだよね
つまり合わせるべきラインは現状の女の状況であると言っており、それはつまり「男性にさらなる権利を求める話」なんですよね
まあ正直に言うとさぁ、それは無理だよ
だから俺は、男性の今の現状が「普通」のラインで、女性がそれに合わせるべきだという論調で戦ってほしいけど
そうは思わない男性たちも多いんだよね
私はそれは「ないものねだり」だと思うし、「テイカー」に見えるんですね
被炎上側が炎上した事実を認めることになり、訴訟や誤報のリスクがなくなるためマスコミも挙って報道し始め、さらなる拡散、延焼に繋がる。
謝罪していないものの反応はしているケースもあるため以下の分類を表記することにする。
◎:完全無視
△:謝罪なしだがその後の動向に変化あり
2024年12月30日、女性Xユーザーのいねおが、店員が女性を小馬鹿にした態度で過剰に野菜を盛ってきたと写真付きで投稿。
店に批判が集まった。同12月31日、店は「女性の了承を得た上で盛った」など反論声明を出したが、のいねおは「了承していない」と否定。
2025年01月03日、のいねお氏は一連の投稿を削除するも、なお店を批判する声は止まなかった。その後進展なし。
02月06日、若い女性が自室で赤いきつねを食べる様子を描いたアニメPR映像を各SNSで公開。
02月16日、この映像が女性を性的客体化した不適切な内容だとしてXの一部から批判が集まる。批判に反論する者も現れ大きな議論を呼んだ。
8月頃、各SNSで公開していた他商品や過去含むすべてのアニメPR映像が予告なく非公開になった。
9月以降に公開されたPR映像はすべて実写のものになっている。また、同時に批判されていた景品のパーカーもイラストの変更があった模様(参考)。
03月07日、グループ80周年記念キャラクターの2頭身デザインを公開。
これは2024年に公開しジェンダーロールが強調された不適切なデザインだと批判された男女キャラクターをそのまま踏襲したビジュアルであったため引き続き批判された。
2024年時点で弁護士ドットコムニュースからの質問にキャラクターを変更しない旨回答しており、今回も週刊女性の質問に同様の方針であると答えた。
3月、主に女性の人権を訴えるソーシャルアクティビストら、フェミブリッジ・アクション東京の集会があり、その様子がYouTubeにアップされた。
その中に「男が産めるのうんこだけ」などコールする場面があり、男性へのヘイトスピーチではないかと一部Xユーザーらの間で拡散された。
この集会には菱山南帆子や石川優実、福島瑞穂など有名人も参加していたため彼らに批判が向かったが反応なし。件のYouTube動画はメンバーシップ限定公開に変更された。
女性が17歳、男性が25歳の俳優であったため、現行法上結婚できない年齢の女性をモデルにするのは不適切、女性が8歳年下なのは家父長制的であるなどと一部から批判された。
会社は週刊女性からの質問に対し起用意図を説明。現在も15代目CMガール&ボーイがゼクシィ紙面に登場している模様。
読売テレビ制作の深夜ドラマ。03月24日、Xで新ドラマの告知がされるやいなやタイトルや予告内容に「気持ち悪い」などネガティブな反応が集まった。
第一話放送後、恋に落ちた主人公の下腹部から水音が流れる演出の放送映像が拡散され同様にネガティブな反応を集めた。
番組やテレビ局からの反応はなく、無事に最終話まで放映された。現在も各動画配信サイトで視聴可能。
04月05日、金ちゃん玉ちゃんと題して男性器をイメージしたイラストをXに投稿。「気持ち悪い」「活動イメージにそぐわない」などネガティブな反応が集まる。
「黒歴史になりますように」とのリプライには「5年後も胸張ってきんたま描けますように」と返した。
04月07日、大分のセブンイレブン店長の過労自殺が労災認定されたことが報じられ、Xやヤフーニュースで拡散された。
さらに朝日新聞の取材にセブン本部が「答える立場にない」と回答した記事も拡散され、冷酷すぎると批判された。
04月15日に公開された週刊女性の記事でセブンは回答の意図を説明。その後何もなし。
04月10日、日経新聞のXがこの店を紹介する記事をポストしたところ、ほぼ生の肉を客に焼かせる提供形態に衛生上の問題を指摘する声が集まった。
日経新聞はポストを削除、紹介記事のタイトルも「体験型ハンバーグ」から「行列呼ぶハンバーグ」に変更された。極味や側の反応はなかった。
04月16日、『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』という本の発売を告知したところ、タイトルや発達障害者を動物に喩えたイラストが差別的であると批判された。
日本自閉症協会は三笠書房に質問状を送ったが、差別の意図はないとの回答だった。
本は予告通り発売された。著者神田裕子の肩書が産業カウンセラーから心理カウンセラーに変更された以外に内容の変更はなく現在も各所で販売されている模様。
05月14日、作中に登場した本棚が乃木坂46メンバーの本棚と酷似しているとの指摘が拡散された。
他にも多数乃木坂ネタが仕込まれていることが指摘され、監督が作品を私物化している、真剣に作品考察していたファンを無下にしている、など批判された。反応なし。
05月21日、星野源新作アルバムの広告として横浜市内の公共掲示板に素人風デザインのポスターを貼ったと告知。
05月23日、プロが素人の努力を小馬鹿にしている、地域のコミュニティを巨大資本がハックしている、など批判的な意見が集まり始める。
ニンテンドースイッチ2の抽選販売でネットが盛り上がる中、ECサイトエビテンでスイッチ2の社内向け販売と思われるページが発見される。
後に該当ページは削除され以降反応なし。
06月02日、XユーザーふーオジサンがTBSから無償で衣装を貸すようDMで依頼が来た旨を投稿。
大切な衣装を軽く扱われたと怒りを表明し、テレビ局は傲慢な態度だと非難の声が集まった。
ニンテンドースイッチ2の抽選販売でネットが盛り上がる中、買えたことを各SNSで報告。
しかし開封動画に映っていた梱包やレシートにより転売から購入した疑惑が浮上。本人は否定するも「本当は友人から貰った」と言い分を変えたことなどにより疑いの声は止まなかった。
その後進展はなかったが、以降彼女はSNSでスイッチ2の話題を一切出さなくなった。
06月23日、パセラリゾーツで大逆転裁判のコラボメニューを出すと発表。
メニューには「大日本帝国だし巻き卵丼」などがあり、一部から大日本帝国の名前を使うのは不謹慎だと批判が寄せられたが反応なし。
07月19日、沖縄テレビがYouTubeに公開していた映像に反ユダヤ的な内容の作品展示が映っていたと拡散される。
沖縄平和美術展はXアカウントを非公開にし、沖縄テレビはYouTube動画を削除した。その後進展なし。
アイデアクリエイターを名乗りさまざまな雑貨を発案している人物。
08月13日、持ち手側がチンアナゴのようになっているスプーンの画像をXに投稿、既に商品化が動いていると告知した。
しかし同じコンセプトの商品が既に存在することが発覚。既存のアイデアを自作として商品化することに批判が集まった。
その後投稿が削除される。商品化は立ち消えになったのか続報なし。
裏垢の投稿の中から、娘が店の商品に口を付けている動画も見つかり問題視される。翌日、土屋太鳳はインスタグラムで裏垢の存在を否定。
しかし件のアカウントには土屋の顔が写った画像が見つかっていたため疑いの声は止まなかった。その後何もなし。
09月14日、webメディアKAI-YOUで公開された彼女のトークイベントの記事で、キャラクターの性的消費に抵抗感があるという彼女の考えと、
過去に担当したアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』で原作漫画の性的表現を変更してもらったなどの記述が拡散された。原作を軽視しているといった批判が集まっていたが関係各所から反応なし。
10月18日、メンバーのニンニンが原爆きのこ雲の形をしたランプの写真とともに「かわいいライトを買った。どう?」と2022年ファンサイトに投稿していたスクショが拡散される。
11月、NHK紅白歌合戦に出演することが決定されると、この件を理由に出演辞退すべきだとの批判が集まり始める。aespa側は原爆被害を揶揄する意図はなかったと説明し、NHKも出演予定を変更しなかった。
12月29日、ニンニンがインフルエンザ感染で出演しないことがaespaから発表された。
結局出演は敢行されたが、番組内で紹介やコメントがほぼなく他の出演者と異なる扱いであった。
ホロライブ所属のVTuber。11月11日、雑誌コンプティークがXで1月号の予告を投稿。
アニメ『コードギアス』シリーズの宣伝アンバサダーとして鷹嶺ルイが主演声優とプロデューサーとの鼎談記事に登場するとの内容で、付録のグッズ写真には主役キャラとのツーショットイラストもあった。
これらがアニメファンの顰蹙を買いネガティブな反応が集まった。関係各所からの反応はなく、その後も公式から彼女との他コラボ活動の告知がなされた。
東洋水産の件は当時話題になった割にその後の動向変化はあまり知られていない。
ゼクシィの件は今のところ動向変化なしと判定したが、次代の人物選定に影響がある可能性が高い。同様の事例に雑誌『POPEYE』が未成年を登場させなくなった件がある(参考)。
中川翔子はもともと粘着アンチを抱える人物であった。彼女の過去の言動をまとめていた粘着勢の陰湿な努力が功を奏し、炎上材料の追加に貢献した。しかしその直後、イスラエルのイラン攻撃や国分太一活動停止のニュースが大きな話題になったことで野次馬が減り鎮静化した。
aespaのニンニンは中国人なのでこれで出演中止にでもなれば政治的な事情で今後の活動に影響が出るおそれがあった。NHKはその事情を汲んだがBTSの事例もあり批判を完全無視というわけにもいかずこのような対応になったと考えられる。あくまでも件とは一切関係ない体調不良ということである。
2025年4月、指原莉乃はタレントSHELLYのYouTube動画に出演し、2024年3月に批判されていた自身の「サシハラスメント」について言及し反省を述べた。週刊誌系メディアが記事化してヤフーニュースにも掲載されたがコメント数は2桁にとどまりあまり拡散されていなかった。
これは炎上から時間が経ち野次馬の流入がなかったことだけでなく、他人の個人動画内での表明であったため自身のSNSに情報が流れず、ファンや取引先に広まりにくい効果もあった。
謝罪の有無にかかわらず企業もこのような方法で反応するケースが増えている。かつては企業のSNSやHPのニュースリリースで声明文を載せるのが一般的だったが、メディア取材にのみ回答して、会社SNSやHPでは一切言及しないという方法である。回答したメディアには記事化されるが、それ以外には記事化されないため拡散を抑えることができる。
中居正広の性暴力の話題で「中居とは対照的に木村拓哉は人格者だ」といった言説が多くみられた。木村拓哉はShow must go on発言やマック大量差し入れの件があり、SMAPで最も問題行動が表出していないのは香取慎吾であるはずなのだがなぜか木村拓哉だけが持ち上げられている。
アインシュタイン稲田がインスタグラムのDMで女性に性的画像を要求したとされる件で、彼のアカウントを乗っ取っていた犯人の逮捕が報じられた。彼が乗っ取りだと弁明していた当時は「見苦しい言い訳」だと評されていた。
YOSHIKIがアニメ『ダンダダン』の劇中歌の著作権侵害等の疑いを指摘すると「言い掛かり」だと彼に批判が集まり彼は一連のポストを削除したが、後にアニメ側がYOSHIKIおよび関係者への謝罪声明を出した。
今やネットの炎上事案の99%に関係しているといえるXでは、いいね数で正しさが決まるような風潮がある。X上のレスバトルを覗いていると、相手のいいね数が少ないことを根拠に相手の主張を否定したり、お前の負けだと野次を書かれたりする光景を見ることがある。
当然それは間違っていて、いいね数で正しさが決まるならトランプやイーロンマスクの言っていることが全て正しいことになってしまう。
フォロワーと野次馬によるその場のノリと空気が積み重なっているだけ。何も検証されていない、間違っていても責任を負うことのない、そんな投稿が物事の是非を決めるなんておかしいと思わないだろうか。
差別や脅迫をスルーし続けるXが、チビ集団の発狂通報に屈して今まで見たことない警告表示を出してるの面白かった
우사기
@ka_ni900
음침한 일본인은 여자 몸평하는 걸 참 좋아해
평균 키 좆만한 원숭이국 주제에
この規制により新規のいいねやRTができないので、引用RTが代わりにいいねを稼いでいた
🩰ˊ˗
@namahamuichigo
うちの国の背が低い猿がすみません
3万いいね
ご提示いただいたはてなブックマークのコメント群は、記事のテーマである「ミソジニー(女性蔑視・女性嫌悪)」に対する、典型的な反応のサンプルとして非常に興味深いものです。
記事自体が「構造的差別」や「感情のあり方」を扱っているため、コメント欄自体がその実証の場となっている側面が見受けられます。
以下に、記事で定義されているようなミソジニー的な態度、あるいはミソジニーを維持・強化する構造を含んでいると考えられるコメントを分析・分類しました。
記事内の「『物言う女性』に対し、言葉の暴力で排除・制裁する」という指摘にそのまま合致するコメントです。フェミニズムや女性の権利主張を「正義に酔った暴走」とみなして攻撃する態度は、ミソジニーの典型的な発露(既存の秩序を乱す女性への懲罰)と分析できます。
分析: 「イカレタ女」「バカ」といった侮蔑的な言葉を用い、女性の主張の内容ではなく、その態度や存在自体を攻撃しています。これは「弁えた(わきまえた)態度をとらない女性は叩いてもよい」という心理の表れと言えます。
女性を一人の人間としてではなく、性的資源としてのみ価値を認め、人格は否定するという態度は、ミソジニーの根幹にある「客体化」です。
分析: この発言を「至言(素晴らしい言葉)」として肯定的に引用している点に、女性を対等な人格を持つ他者として認めたくない、しかし性的には利用したいという歪んだ欲望(聖女と娼婦の分離、あるいは人格の無視)が見て取れます。
女性差別について語る場で、「男性こそが被害者である」「女性は優遇されている」と主張し、議論を無効化しようとする動きです。これらは「インセル」や「弱者男性論」の文脈で語られることが多く、構造的差別を否定するための防衛機制として機能します。
分析: 女性差別の解消を目指す動きを「男性への攻撃」と解釈し、敵対心を露わにしています。これは記事にある「剥奪感」によるミソジニーの増幅の実例と言えます。
ミソジニーという概念そのものを「レッテル貼り」や「カルト」として処理し、その背後にある社会構造の問題から目を逸らそうとする態度です。
分析: 「嫌悪は自由」と個人の感情の問題にすり替えることで、その嫌悪が社会構造と結びついて差別を再生産している事実(記事の主題)を無視しています。
「ミサンドリー(男性嫌悪)はどうなんだ」と繰り返すことで、ミソジニーの議論を妨害する行為です。これも広い意味で、女性の問題を軽視するミソジニー的態度の一種と捉えられます。
分析: 記事がミソジニーを主題にしているにもかかわらず、男性への配慮が足りないと批判することで、女性差別の議論の重みを相対化しようとしています。
コメント欄全体を見ると、「ミソジニーという言葉で男性を攻撃されている」と感じて防衛的・攻撃的になる男性と、「まさに記事に書かれている通りのことがコメント欄で起きている」と冷ややかに観察する人々(nina19, funifunix, yourmirror など)にはっきりと分断されていることがわかります。
また、u_eichi氏が言及している「ピラミッド図」はおそらく「暴力のピラミッド(Pyramid of Hate/Violence)」のことだと思われます。
この図は、底辺にある「偏見による態度(ジョークやステレオタイプ)」が、頂点の「物理的暴力」を支えていることを示すものですが、これを「幾何学的に非論理的」と批判することで、本質的な「差別の構造」の議論を拒否している点も興味深い反応です。
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ミソジニー(女性嫌悪)の有無という「ジェンダー論的な視点」を一旦脇に置き、コメント投稿者たちの心理的機序、社会経済的背景、あるいはネット文化的な側面から分析します。
こうして見ると、単なる「差別意識」だけではなく、**「公平性への渇望」「経済的閉塞感」「コミュニケーションの断絶」**といった複数の要因が絡み合っていることが浮き彫りになります。
多くのコメントに見られるのが、「ミソジニー(女性嫌悪)があるなら、ミサンドリー(男性嫌悪)も同じ重みで論じられるべきだ」という対称性への強いこだわりです。
コメント例: replier, ken530000, timetrain, OeThousandmiles
分析:
社会学では「差別には権力勾配(強者から弱者へ)がある」と考えますが、一般の感覚(直感的な正義感)では「どっちもどっち」「悪口は双方向で悪い」という対等な対称性を求めがちです。
記事が「女性差別」に焦点を絞っていることに対し、「片手落ちである」「不公平だ」と感じる心理は、差別をしたいというよりは、「自分の苦しみも同じように認めてほしい」という承認欲求や、世界は公平であるべきだという「公平世界仮説」に基づいている可能性があります。
「男だから偉い」と思っているのではなく、むしろ**「男なのに何の特権もなく、社会の底辺で苦しんでいる」**という自己認識を持つ層からの悲痛な叫びです。
コメント例:
naka_dekoboko: 「いまの社会で弱男にゆるされたのってけっきょく憎悪だけ…憎悪だけがエンパワーして力をくれる」
gun_kata: 「実際にキャリアを奪われた若年男性に対してもお決まりの『新自由主義こそが真の敵』みたいな何の意味もないお題目」
分析:
これはミソジニーというよりも、**新自由主義経済下における「持たざる者」のルサンチマン(怨恨)**の表出です。
「男性特権」という言葉を投げかけられても、自身の貧困や孤独という現実と乖離しているため、フェミニズムを「既得権益層(あるいは勝ち組女性)による弱者いじめ」として認識し、反発しています。特にnaka_dekoboko氏の「憎悪だけがエンパワーする」という指摘は、孤独な現代人の深刻な病理を鋭く突いています。
記事で提示された図表や論理展開に対し、定義や整合性の甘さを指摘して拒絶する反応です。
コメント例:
u_eichi: 「頂点の角が鋭角だったり鈍角だったり…正三角形で底辺短=相似で頂点下がるとか、非論理」
golotan: 「アドラー心理学とか精神分析的な言ったもの勝ち感…客観的エビデンスを欠きジャーゴンの羅列になってしまいがち」
分析:
これは**「認識論の衝突」**です。社会学や人文知的な「概念モデル(メタファーとしての図)」に対し、厳密な定義や定量的なエビデンス、幾何学的な整合性を重んじるエンジニアリング的・自然科学的な思考様式を持つ人々が、生理的な拒否反応を示しています。
彼らにとって記事は「非論理的」に見えるため、内容の正誤以前に「信頼に値しない」と判定されています。
「ミソジニー」という聞き慣れないカタカナ語に対し、わざとダジャレで返すことで、話題の深刻さを無効化あるいは回避しようとする反応です。
コメント例: zzteralin (miso=憎しみ), nande_nande_boy (三十路のおっさん), tym1101, asada1979
分析:
はてなブックマーク特有の「大喜利文化」の一種ですが、心理学的には**「茶化し(ユーモア)」による防衛機制**とも取れます。
自分にとって耳の痛い話や、理解の範疇を超える難解な話を、「三十路(ミソジ)」という卑近な単語に変換することで、自分とは関係のない「ネタ」として処理し、心理的な負担を軽減しています。
コメント例: qdkmqJut, trashcan, ET777
分析:
『imidas』が集英社の分厚い用語辞典として有名だった時代を知る世代(おそらく30代後半〜50代)が多く含まれていることが推測できます。
「まだあそこが生きていたのか」という驚きが先に立ち、記事の中身は二の次になっています。これはネット古参ユーザー特有のコンテキスト依存の反応です。
このコメント欄は、単なる「男女対立」の場ではなく、以下のような現代日本の断層が可視化された場であると言えます。
エリート(概念を操る側) vs 大衆(生活実感を持つ側): 「構造」や「ミソジニー」といった抽象概念で語る記事と、「俺たちは今辛いんだ」という具体的な生活実感を持つ読者の乖離。
文系(解釈的) vs 理系(実証的): 社会的な「正しさ」の語り口に対する、論理的・科学的整合性を求める層の苛立ち。
被害者性の奪い合い: 「女性こそが被害者」という記事の前提に対し、「いや、現代では男性(特に弱者男性)こそが被害者だ」と主張する層の対抗。
これらを踏まえると、コメント欄の混乱は、**「共通言語の喪失」と「余裕のなさ」**によって引き起こされていると言えそうです。
マジで書いてるこれ?
id:Yagokoro アホくさ。ただの被害者仕草
id:vbcom こう言うゴミみたいな宗教が流行ってる令和日本
id:flatfive いつまでこのカルト宗教・差別思想の学問扱いを許すんだ?
この辺りは明確に揶揄を含んでるしこれを「フェミニズムへの批判」ととらえるのは相当認知がゆがんでると思うよ。
ネットで差別的な言動をする”フェミニスト”には問題があるけど、それを一般化して揶揄するのは真っ当な批判とは言えないし、ヘイトに判定されてもむべなるかなという感じでは?
AIをそのまま信用できないって言うけど、自分がゆがんでいてAIの出す回答がいまいち納得できないみたいな状況だったりしない?大丈夫?
AIをそのまま信用できないので、実際に「明確にミソジニー的な表現を含む」と判定されたブコメを見てみる
id:gkdjgmcnvirgj ほとんどの人はツイフェミみたいなイカレタ女が嫌いなだけだと思う 正義に酔って自分は偉いと勘違いしたバカが進歩思想本来の目的を台無しにしていることがsnsで可視化された結果嫌悪が強まった
id:Yagokoro アホくさ。ただの被害者仕草
id:mirakux 男が悪い
id:flatfive いつまでこのカルト宗教・差別思想の学問扱いを許すんだ?もう充分過ぎるほど被害が出たし、草津やら不同意性行罪やらでフェミニズムが上から下まで腐ってるのはハッキリしただろ。滅ぼそう。
id:timoni カルト宗教の教義についての解説ですね。あたかも学問のような顔をしている。そもそも女性を「嫌悪」することが問題視されること自体がおかしい。嫌悪は自由だ。制度的差別や殺人を問題視せよ。
id:vbcom こう言うゴミみたいな宗教が流行ってる令和日本
id:rag_en いかに「ミソジニー」が、まともな意味を持たないトンデモ概念か、という話です。度し難いのは、語ってる御本人がそれに気づいてなさそうなあたり。
id:toro-chan 男性を犯罪者扱いするな、という真っ当な論理さえ、女性優遇に反対するミソジニーのレッテルを張るこれらは全く信頼できない。日本は男女平等だと言う事実さえ理解できないようでは議論なんかできるわけがない。
id:Seitekisyoujyo 単純に性別で割引が受けられるか否か、入試で優遇がされるか否かの形式的差別が横行し、データからでも男性の不遇さが明るみに出ているのに、この差別的状況に対する不満を言う男性の口を塞ごうとする醜悪な騎士言説
id:tigercaffe 物言う女性× フェミニズム盾に暴言を繰り返す化け物◯
まとめ
・id:mirakuxの「男が悪い」というブコメはどう見ても女性嫌悪・女性蔑視ではない
・id:gkdjgmcnvirgjが批判しているのは「ツイフェミみたいなイカレタ女」であって全部の女性ではない(ツイフェミみたいなイカレタ男を批判してないという点は問題があるともいえる)
移民を入れないと経済が止まるとか馬鹿為政者が叫ぶときもあるが
移民を入れているのにも関わらずなんで日本は徐々に衰退しはじめてるんですかねぇ
中国とかロシアとか怖いから平和をって意図ならその連中らも同じで
普通にこれで強がるなら日中・日露などの関係改善のリスクやら外国人の生活支援の財産を最前線で負担するべきだと思うんだが
肌の色を黒く塗って表に出たんだからそりゃ燃えるだろと思って見ていたら意外と擁護する馬鹿どもが観測されて元旦からゲラゲラ笑ってしまった
「差別的意図がないんだから別にいいだろ」って言ってるやつ、それマジで言ってんの?
常識的に「差別的な意図はなかった」なんて言い訳が通じるわけないでしょう
ジョジョにシュトロハイムってキャラクターいるよね? ナチのサイボーグの
で、シュトロハイムのコスプレをするのはまぁ大丈夫だとしても公の場で右手を上げるポーズをしちゃいけないってのはわかるよね?
「単にキャラの真似をしただけです!」「差別的意図はありません!」なんて言い訳通じるわけないなって感覚的にわかるでしょ?
歴史的文脈に照らして社会的にセーフな表現、アウトな表現ってのがあるわけ
シュトロハイムのコスプレをして右手を上げるポーズをして撮影会するのはアウト
それと同じ話だよ
歴史的な文脈に照らして考えれば肌を黒く塗る表現は社会的・倫理的にアウトな表現なんだよ
あ、まだ理解できない?
あ、そっか
アニメやゲームばかりやっていて常識だとか社会性なんてものを身につけていないオタクくんにはこれでもまだ難しかったか
白人が黒いドーランを塗って黒人のフリをするコメディーショーだよ
専門性のある話をなるべくとっぱらって言うとこのミンストレルショーは黒人を風刺的に描いたわけ
黒人ってのは陽気な人間でヘラヘラとしていて牧歌的でジャズをかき鳴らしているのさ〜ってな具合にステレオタイプなコメディとして表現したのね
失礼極まる差別的なショービジネスだけど、特に悪質だったのは白人どもの間に「黒人ってのはこういう生き物なんだよ〜」と誤った意識を植え付けたところにあるわけ
肌を黒く塗る表現ってのはこの黒人のステレオタイプの押し付けの象徴として扱われるのよ、世界的にはね
ミンストレルショー自体が退潮しても肌を黒く塗った人が典型的な黒人像を演じるって形式は後世まで残り続けた
そして白人はじめ他人種に「黒人ってのはこういう生き物なんだろ〜?」ってステレオタイプな偏見を植え付け続けた悪辣際回る表現なわけ
歴史の中で肌を黒く塗るという表現自体にこういう悪辣な差別的文脈ってのがべっとり張り付いているわけよ
そりゃあコスプレした人自体に差別的意図はなかったんでしょうね
でも歴史的にはこういう文脈があるのでブラックフェイスって表現自体に悪辣で差別的な意図があると取られても仕方ないわけ
右手を上げてナチス・ドイツは世界一ぃぃ!!!なんて言ったらナチ信奉者あつかいされても仕方ないでしょ?
表現には歴史的文脈ってのがあり、その文脈をもとに差別的かどうか判断されるわけ
その人が歴史的文脈を知ってるか知らないかなんてのは問われないわけ
オタクくんさぁ
ほんとアニメや漫画やゲームに詳しいのはいいと思うけどもっと人の話を聞く姿勢とか社会的な問題を勉強する姿勢とかも身につけようよ
今回問題にしたいのは、非黒人が顔に暗い色を描く、いわゆる「ブラックフェイス」という差別的行為を「日本人が」行うことの是非についてだ。
我々の感覚としては正直、黒人差別に関与したのは殆ど白人なんだから、コスプレやメイクの表現として肌を暗くすることについて何で文句を言われなくちゃならないんだ、という感じじゃないか。
我々の文化では、肌が黒いことは必ずしも悪ではない。日焼けした青年に清潔感を覚えたり、日焼けした少女が可憐に見えるくらいなのだから、我々が肌を暗く塗ることに侮蔑的意味など無い。だから向こうの人たちが過敏に反応するのを見て嫌悪感を覚える。
一方で向こうの文化としては、「ブラックフェイス」はほとんど絶対のタブーだ。日本でいえば、茶碗の中の白米に、垂直に箸を突き刺すくらいの忌避感なんじゃないか。
だからそういう表現があると、例え意図的じゃないと分かっていても、嫌な気持ちになるのだと思う。
これは文化と文化の衝突だ。一方の文化では差別的でない表現が、他方の文化では差別表現になってしまう。
どちらが譲るべきなのか私にはまだ分からないが、状況を少し整理したい。
逆の立場になってみる。
世界のどこかの国に、「つり目のジェスチャー」の意味を知らない民族がいたとする。内輪でそのジェスチャーをやっている分には何の問題も無いが、例えばSNSでそのポーズを公開してしまうと問題が生じてくる。
彼らに差別的意図が全くなかったとしても、その投稿を見た他国の人々は「こいつらは差別主義者だ」というレッテルを貼るかもしれない。
日本人としては、そのジェスチャーが広まると困る。仮にそのジェスチャーがミームなどの形で広まってしまえば、SNSで日に何度もそのジェスチャーを見ることになるかもしれない。
だから、彼らに悪気がなかったとしても、その民族には苦言を呈したいところだ。知らないだけなら、それが差別表現だということを伝えれば、使うのを辞めてくれるかもしれない。
つまるところ、内輪で何かを楽しむ分には何の問題も無いが、全世界に公開するならば、その表現で傷付く人がいないか気にする必要があるのだと思う。
最後に、もう少し状況を複雑にしてみる。
その「つり目のジェスチャー」が彼らにとって重要な文化であった場合にはどうか。
重要な文化とはつまり、宗教的な儀式であったり、日常の挨拶であったり。
その場合、その民族からその文化を取り上げるのは文化的侵略にあたる気がするから、努力が必要になるのはその民族以外の全世界の方だ。
「彼らの間で『つり目のジェスチャー』は重要な文化だから、差別的行為ではない」ということを全世界の方が知っておかねばならない。
どこからどこまでが「重要な文化」にあたるのかは、私には分からない。
日本人がコスプレやメイクで肌を暗く塗ったり、あるいは日焼けサロンで肌を焼いたりする行為(その全てはグラデーションであるが)の、どこに線を引けばいいのか、ご意見がある方は是非コメントいただけるとありがたい。
例の工場オペレーター増田と、それに物申した障害者増田、あれ見てて胃が痛くなったのは俺だけじゃないだろ
一見すると「差別的なパワハラブルーワーカー vs 権利を主張する障害当事者」の構図に見える。でも、これ実態は「勘違いした障害者が庇護者を殴った」っていう状況なんだよな
ここまでの流れを整理しつつ、なんでこんな地獄が生成されたのか、そして「左派の怠慢」がどう絡んでるのかを書き殴っておく
口は悪い。「社会のゴミ」とか言っちゃう。現代のコンプラ基準なら即アウト案件だ
でも、やってることは何か?
仕事ができない同僚の尻拭いをし、ラインを止めず、自分の時間を犠牲にして(=子供との時間を削って)、システムを維持してる
これ、「差別主義者」の皮を被ってるけど、実態は「誰よりも実践的な弱者庇護者」なんだよ
注目すべきは彼が使った「人生資本」って単語。これ、ただの典型的な保守パワハラブルーワーカーのおっさんからは出てこない語彙だろ。他にも投資、投機、浪費、リソースetc...これはお前らのステレオタイプに無いはずだぞ?
彼は多分、リベラルな理想論も、多様性の重要性も、それが現場でどう上手くいかないかも全部理解してる。何故かと言えば投稿した場所がはてな匿名ダイアリーだからだ。オペレーター増田ははてなーであり左派的言説をよく理解している
その上で、「理想論じゃ飯は食えないから、俺が泥を被って回すしかない」っていう、工場現場でリベラリズムの実践を何周もした上で辿り着いた「現場系ポスト・リベラリズム」の実践してるんだと思う
工場現場という環境でリベラリズムを実践するのに、はてサ言論へ古い保守的な「俺が弱い存在を守る」という父権的温情をハイブリッドさせ、カスタマイズしたリベラリズムの運用をしてる高度な社畜だよ、こいつは
彼(彼女?)の不幸は、相手を「無知な差別主義者」だと誤認して、SNSでよく見る「ポリコレ棒」でどうにかなると思い込んでしまった点。つまりオペレーター増田がそもそもはてなーであるというコンテクストの考慮を忘れてしまっていた点だ
だから対保守パワハラブルーワーカーおっさんに効くだろう「女性や老人や外国人を引き合いに出して、主語をデカくして反論を封じる」っていう、いつもの左派言論での勝ちのテンプレを使おうとした
でも、相手は「安全圏から石を投げてる経済的にも精神的にも余裕のある健常者」じゃなくて、「自分の身を犠牲にして泥まみれで障害者介助を実践する言葉は悪く偽悪的だが心優しいブルーワーカーはてなー」だった
障害者増田は「お前の態度や言葉は多様性の擁護者として正しくない!」ってトーン・ポリシングをした結果、「いや、俺が障害者を背負ってるんだけど?」っていうリアルタイムで実践するリベラリズムな生き様の重みによって余裕で押し返された
最後の「愛を知らない」云々の指摘でフェードアウトしちゃったのは、論理じゃなくて「実践する生き様」で負けたからだろうな
オペレーター増田は親父の男気で仕事の遅い障害者を職場から追い出さず定時で帰ってしまうことを許容しているのに、障害者増田は弱者を守ろうとしてるわけでなく自分を守るため、他の障害者を持ち出して道具にしてる自覚を突きつけられちゃったわけだし
ここで問われるべきは、「なぜオペレーター増田の『追加業務(介助)』に対価が支払われていないのか?」って点だ
ここが一番の闇なんだけど、日本の左派やリベラル言論って、多様性を推進するくせに、その「維持コスト」の話を極端に嫌うよな
「障害者と共に働くのは崇高な理念だから、金銭で換算すべきではない」みたいな、謎の清貧思想がある
その結果どうなってるか?
「理念」は会社が掲げて助成金をもらい、「コスト(現場の負担)」はオペレーター増田みたいな個人の「男気」や「善意」に全部つけ回されてる
これ、経済学的に言えば「内部化されるべきコストの外部化」だし、もっと単純に言えば「労働力の不当廉売(ダンピング)」だぞ
障害者介助手当という字面が悪いみたいに騒ぐならメンター手当でも何でも良いわ。とにかく介助してくれてる現場の人へ対価を出せ。海外のボランティア見てみろよ。有償ボランティアなんて当たり前だぞ
「ケア労働」に値段をつけず、現場の「やりがい」や「温情」にタダ乗りしてきたのは、会社側だけじゃなくて、コスト論から逃げ回ってきた左派言論も同罪だ
資本主義社会なんだから、追加労働には追加賃金を払う。未払いは重大なインシデント。それだけの話だぞ
もし工場増田の給与明細に「メンター手当 3万円」って項目があったらどうだ?
彼は「ゴミ」なんて言わなかったはずだ。「手のかかる同僚だが、こいつのおかげでSwitch 2のソフトを余裕で子供に買えるわ」と報酬として処理できただろう
これからの社会、少子化で「ネットで毒吐きするが現場では黙って泥を被ってくれる心優しいブルーワーカー親父」はいなくなる
オペレーター増田が予言した通り、弱者救済システムは法律や社会規範からではなく現実の職場から崩壊するぞ
その前にやるべきは、増田やはてブで「言葉遣いが~」「配慮が~」って殴り合うことじゃない
「多様性のコストを現場の個人の善意に押し付けるな、請求書は会社に回せ」と団結して声を上げ、職場での障害者介助へ対価を支払うことを左派言論の主流とすることが大事だ