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はてなキーワード: 刑務所とは

2026-05-10

anond:20260510152326

刑務所管轄官庁の偉い人も心の中では中国4000円をリスペクトしてて欧米のやり方が間違いだと思ってるんだよ

anond:20260510151447

それが正しさにとって必要から

日本中国独裁だと批難する口で、中国に限りなく近い警察制度治安を維持している

日本刑務所収監者は国連では強制労働扱いされていて、中国北朝鮮に次ぐ収容数を誇る人権弾圧国家だが、多くの日本人はそれも知らない

日本の「更生」という考え方は中国思考矯正と同じカテゴリに入れられている。

日本人はどっちに行きたいんだ?

西側の仲間になりたいならそれらは全部捨てろ

そうじゃないなら中国に付け

なんなんだよお前らは

2026-05-09

anond:20260509171226

令和6年の年末収容人員は約40,544人で、そのうち外国人収容者は3,076人、つまり7.6%です。逆に言うと、日本人は約37,468人で92.4%です。

まり

日本人:約3.7万人

外国人:約3千人

です。

ただ、人口比で補正すると見え方が変わります

日本人人口の約97%

刑務所では92.4%

外国人人口の約3%

刑務所では7.6%

なので、「人口割合に対しては外国人比率が高い」という話になります

日本では外国人だけに適用される犯罪類型として、例えば:

在留期限超過(オーバーステイ

不法就労

資格外活動

偽造在留カード

入管法違反

などがあります

実際、新受刑者の罪名には「出入国管理及び難民認定法違反」が含まれています

ただし、令和6年の新受刑者では、この入管法違反は68人(0.5%)なので、刑務所統計全体を大きく押し上げるほどではありません。

しろ統計に影響しやすいのは別の要素です:

外国人集団は若年男性比率が高い

短期滞在者・技能実習など不安定就労層を含む

経済的困窮や孤立

国際犯罪グループ

言語問題執行猶予保釈が不利になる可能

長期刑だと「収容統計」に残りやす

など。

また、この7.6%は「刑務所拘置所に今いる人」の割合なので、単純な「犯罪発生率」ではありません。未決拘禁者も含みます

特に VietnamIndonesia から来る技能実習生・特定技能労働者では、

来日前に仲介業者へ高額手数料を払う

借金を背負って来日する

家族への送金期待がある

日本語力が十分でない

転職制限が強かった(特に技能実習制度)

地方低賃金人手不足職に集中

という構造が長年指摘されてきました。

そのため、

狭い社宅

築古アパート

複数人同居

工場建設農業地域への集中

は珍しくありません。

一方で、ここは分けて考える必要があります

低所得不安定就労が多い」ことと、「犯罪をする」は同義ではありません。

anond:20260509125112

あくま算数という観点でのツッコミでよければ

などなど。

参考:

外国人市区町村データランキング

https://uub.jp/cdr/j/foreign_4.html#map

犯罪率は「それ目的入国してくる短期滞在犯罪者」から日本で長年平和暮らしてる人」までいるか統計は難しい。

けど、実際に刑務所収容されている人数だと、令和6年(2024)の統計で7.6% らしい。刑期の長い犯罪者ほどカウントされやすいので、日本治安を考える上では好都合。

分母の候補となる「日本全体の人口のうち在留外国人」は約3%なので、いっけん、日本人に比べて外国人は約2.5倍も犯罪を犯しやすいと言えそうだ。ただし、分子には「それ目的入国して捕まった短期滞在犯罪者」がたくさん含まれることから、これは上限と見るべき。(参考までに、ChatGPTは明確な数字を避け、Grokは1.5-2.2倍と見積もった)

なお、私は、できる範囲犯罪の増加を抑えつつ、たくさんの外国人共生できれば楽しいなと思ってる。

「できる範囲」ってのが解釈余地ありまくりで難しいんだけどな!

ジョジョ6部、やはり何度見てもわからん

プッチ神父DIOから天国に行く方法を知りたかったのに、3部で倒されてしま資料処分されてしまった

めぐり合わせでジョリーンが刑務所に来て承太郎が面会に来る

記憶ディスクスタンドディスクを取り出して記憶ディスクを読み天国に行く方法を知る

記憶ディスクなんやかんやあってジョリーンの手に戻る

プッチ神父刑務所に用は無くなったので天国へ行く方法の為に移動

・何故かジョリーンは父承太郎よりプッチ神父を優先して追い始める(?)

↑このあたりからよくわからんのだけど、なんでジョリーンってプッチ神父をやたら追い掛け回すようになったの?

天国に行きたいだけなんだから放って承太郎回復のために動けばよかったやん。

別に人類を滅ぼすだなんだってわけじゃないのに・・・・。なんかジョリーンにとって承太郎の復活より不都合があったん?

アメリカでは黙秘権行使したら取調べが止まる!日本は遅れてる!」

みたいな話、そこだけ切り取れば確かに聞こえはいい。

でも、アメリカ刑事司法って“被疑者に優しい世界”じゃないからね。

取調べ段階の権利保護が強い代わりに、

・超長期刑

司法取引圧力

・争った場合量刑跳ね上がり

治安刑務所環境の悪さ

ギャング暴力リスク

みたいな、日本とは別方向の強烈なデメリットも抱えてる。

まり制度って、全体がセットで存在してる。

「取調べだけアメリカ式にしろ

「でもアメリカ式の厳罰化司法取引文化は嫌」

っていうのは、かなり都合のいい摘み食いなんだよ。

しかも、黙秘権行使後の“説得”すら全面否定するなら、

それは結局、「警察はそれ以上何も聞くな」「本人が黙ればそこで終了」

という方向に近づく。

当然その分、

否認事件

組織犯罪

共犯事件

証拠が乏しい事件

の立証難易度は上がる。

それは裏を返せば、

「立件できずに野放しになる犯罪が増える」

も受け入れるって話でもある。

もちろん、日本密室取調べや自白偏重への批判には合理性があるし、

改善議論自体必要だと思う。

ただ、その議論をするなら、

権利強化には別方向のコストもある”

捜査能力低下による社会的負担も発生する”

って部分まで含めて語らないと、公平な制度論にはならない。

良いとこ取りだけして、

悪い部分は「それは導入しません」は、

制度論としてはかなり雑だと思う。

考えてみれば「人からまれたり殴られたり蹴られたりツバ吐かれたりする」ことって、普通に生きてたら無いよね

仕事中にそんなことされるのって、反社かなんかなのかな?

アウトローでも無いのに人から殴られる経験なんてみんな無いよね

凄まじい仕事だよな

嗤うしかない

あ…そうか…どうぶつ…えん…しいくいん…か

なるほど

介護施設刑務所だと思ってたけど、動物園だったのか

せっまい檻に入れられて「そこでおとなしくしてなさい」と言われる

利用者シロクマと同じだ

そりゃ、「トイレに行きまくる」みたいな常同行動してしまうわけだわ

でもなあ

動物園動物が暴れたら吹き矢の出番だけど、介護施設利用者暴れても何も出来ないからなあ

リスパダールすら処方されてないとか、処方されてても翌日に響かないようにテッペンまでしか使えないとか

0時過ぎに暴れだしたらもう朝の職員が来るまで辛抱し続けるしかない

徒手空拳

この理不尽

2026-05-08

anond:20260508095907

イギリスだかのドキュメンタリー風の映画

Amazon配達員が配置ノルマをこなすにはトイレに行く時間も許されずペットボトルに排尿してる

っていうのを見たんだけど

 

トイレに行く時間もないって

割と人権侵害寄りだよなと思ったり

 

これが工場勤めなら同じこと起きたら

問題だと思うなあ

 

工場じゃない個人配達員だったらいいのかって

人間は法の縛りがないと

いつでも人間奴隷化するから

恐ろしいよな

 

今日刑務所受刑者でもトイレで排尿できるっていうのに、それ以下じゃん

2026-05-07

anond:20260506201730

結婚した友達が同じようなこと言ってた。「私の人生って何なんだろう」って。

子供可愛いけど巣立ったときキスもしない、手も繋がない、会話は子どものことだけの旦那と2人だけで

死ぬまで暮らすのかって考えたら刑務所に入れられた感覚になるってさ

女として「可愛いね」とか「大好きだよ」って言われたり、好きな人にドキドキしたりって感覚になる権利剥奪された

これから人生を送って死ぬって考えると私の人生って何のためにあるんだろうなーって思うらしいよ

悲しいけどそれが結婚ってもんなのかな

anond:20260507123355

オウム返ししか言えないんですね

まあそのうちあなた投稿全部消えますから、悪しからず

さら近いうちにはてなから正式に「お話」があると、重要手紙が届くかもしれませんね?

いつか自分前科者になるという事は念頭に入れておいてください

天道様は見ています

あなたはもう引き返せない、刑務所の扉は開いていますよ?

2026-05-06

映画宝島 を見た

原作あり映画の悪いところの煮凝りみたいな映画。34点。

 

終戦直後沖縄米軍基地から物資を盗んで市井の人に配布する強盗団を結成していた瑛太妻夫木と窪田、そして瑛太恋人広瀬すずら。ある日、基地に潜入して武器を盗もうとするも失敗、逃走中留守番広瀬はともかく3人ははぐれてしまう。そして6年後、捕まって刑務所に行った窪田はヤクザに、妻夫木刑事に、広瀬女教師にそしてリーダー瑛太行方不明になっていた。瑛太行方をそれぞれの立場から追う、3人だったが戦後沖縄の大きな歴史うねり翻弄されていく。

みたいな話。

 

とりあえず沖縄基地問題あんま興味がなくて3時間越えは長いなぁ~って人は多分見る必要ない。

なんか超分厚い原作があるらしいって話は知ってて、まぁそっちでは戦後沖縄歴史人間ドラマを濃密に描けているんだと思うんだけど、それを映画化するにあたってどこを残してどこを切るのかという判断ぶっちゃけ失敗していると思う。この映画191分もあるのに人間ドラマを描くのか沖縄戦後史を描くのか圧倒的にどっちつかずだし、沖縄戦後史に振るには全然覚悟が足りないと思う。

まず人間ドラマなんだけど、基本的には主人公妻夫木らオキナワンチュたちの精神的支柱だった瑛太がある日の侵入失敗後に行方不明になってしまい彼を探すことがこの映画のメインだと思うんだけ、これがすげーふんわりしてんだよ。

妻夫木瑛太を探すために刑事になったんだけど、その設定も序盤にちょろっと米兵がらみの殺人事件捜査するパートが入って、その後、米軍諜報部の人間と組んで不良軍人を協力して捕まえる代わりに情報をもらう感じになるんだけど別になんかそんな重要情報出てこない。さらに深入りすると本土人間が乗り込んできて拷問されたりするんだけど、これもあん意味分からんのよな。

一方の窪田は刑務所ヤクザネットワークに加盟してそこから情報を掴んでいくんだけど、そこがもう断片的にしか描かれなくて「はい情報出しときますね~」って感じで全然情報が集まっていくわくわく感やスリリングさ謎解き感がない。まぁ、妻夫木よりはマシだけど。そして瑛太の件とは別に関係なく米兵狩りを始める。

広瀬は頑張って瑛太が奪った物資で建てた小学校女教師になりました。

なお、小学校には米軍機が墜落して爆散した模様。そしてその後、瑛太とかとは関係なく沖縄開放運動家になります

あと、なんか序盤では花売ってたわけわからんガキがその後、急に成長してイケメンになるんだけど、で、こいつは誰やねん。なんか急にイケメンわいてきたなと思ったら花売りのガキだったってなるんだけど別にこいつなんか花売ってただけで何の存在感もなかったしなぁって感じ。で、実際にはこいつが一番のキーマンで実は米軍の偉い人が現地民孕ませて作った子供で、その現地民がたまたま瑛太たちが侵入した日に米軍基地侵入していて爆裂出産。そこに瑛太がうっかり出くわして子供を託され、育てていたのでした。

そしてうっかり撃たれたイケメンに導かれた3人は浜辺に移動するとそこには白骨化した瑛太がおり、安易回想シーン真実が流れなぜかたぶんその回想シーンを見ていた3人は感動するのであった。何の話やこれ。

ちなみに米軍諜報部と本土の軍関係者が隠そうとしていたのはこの隠し子スキャンダルのことでした。意味わからん

瑛太はもう死んだ母親赤ん坊に出くわしただけでその出自は知らんし、イケメンは当然当時赤ん坊なのでそのことは知らん。まぁ偉い人と現地妻写真が入った首飾りは持ってたけど別にそれがなんにもならんし、なんなら何を現地妻写真撮ってるねんという話だし。別に撮ったけど肉体関係はなかったって言えば全部収まる話だし。この話に何の引きがあるねん。ばからしい。

 

じゃあこのメインストリーを雑に扱って何をやっているのかっていうと、沖縄戦後史の紹介をやっているのね。

米兵による現地民への被害逮捕しようにもMPがやってきて米軍に連れ去られ無罪にされてしまう。米軍機が墜落してきて子供たちが被害にあうも無罪苛烈化する市民運動。この忘れられた米軍統治下の沖縄の様子をしっかり映すことに時間をかけている。そして妻夫木広瀬はそこの渦中にある存在として歴史翻弄される必要があるので本題の瑛太捜索に時間全然割けない。

もちろんこれを戦後80年記念に映像化することに意義はあると思うし、特にたっぷり金をかけて作ったであろう終盤の大見せ場のゴザ暴動のシーンなんかは十二分に見応えがあったけど、でもなんていうか映画の本筋と全然接続してないからどうしたってのめりこみが弱くなる。まぁこれに関しては俺が沖縄全然興味がないからそうなっちゃうのかもしれないけど、なんていうか思想強いなぁって感じ。

でも別に、俺はイラク戦争興味なくてもアメリカン・スナイパー面白かったしベトナム戦争知らなくてもランボー(無印)は面白かったし、ドンバス紛争知らなくてもコードネームレイブン面白かったからなぁ。だからこそ、大事なのは何を見せるかだと思うんだよな。

たぶん製作陣は沖縄戦後史を見せることが大事だと思ったんだと思うんだけど、でも、たぶん映画ってそうじゃないんだよ。三者三葉立場瑛太を追う中でそこに横たわる困難として沖縄の呪われた戦後史がにじみ出てきてしまう。そういう感じのほうがちゃん面白映画になったと思うんだよ。本だったらいいよ、心置きなく全部書けるから。でも映画映像媒体はそうじゃないじゃん。時間制限がある中で何を描くのか、何を描かないのか。そして直接は描かない中でも見せることが腕ってもんじゃねぇの?

じゃあ沖縄戦後史には全力投球で完璧なのかというの全然でさぁ。

最終的に窪田が米軍基地テロを仕掛けるんだけどそこで妻夫木妻夫木の論争になるんだけど。「返還されても沖縄は何も変わらない。だから俺はテロアメリカだけじゃなくて本土人間にも沖縄の怒りを知らしめるんだ。怒りで世界を変えるんだ」派の窪田に対して、妻夫木は「暴力じゃ何も変わらない(陳腐)。でも諦めなければ10年後、20年後には世界は変わっているはずだ。人間は愚かじゃないから今の沖縄みたいな間違った状況が続くはずがない」と諭すんだけど、10年後も20年後もそんな変わってないのを知ってる人間がこれ書くのなんかグロいんだよな。

もちろん、まぁ変わってないんですけどね(嘲笑)みたいな映画らしい悪意があるのかっていうとなんかそんな感じでもないんよ。これがブラッククランマンみたいにエンディングの前、暴動も治まり日常に戻った主人公たちがテレビをつけると久米宏沖縄米兵少女暴行事件を伝える映像流れるとかだったら覚悟あるやんと思うけどさ。なになんかキラキラディベートタイムで消費してんねんと思う。

あとそれで言うと、窪田が急に最後本土人にキレてたけど、この問題重要なのはアメリカ人よりもむしろ本土人なのに作中ではその視点ほとんど登場しない。あまり片手落ちすぎる。

 

他にもいいたいことは山ほどあるんだけど、とにかくたぶんだけどこれ原作読めばいいだけの映画なんだよ。

もろちん、日本映画史上有数の25億の金をかけて当時の街並みを再現して2000人のエキストラバージンオリーブオイルを集めて撮った暴動シーンなんかはスケール感があってよかったけどだったら191分もいらないんだよ絶対。そこまでの吸引力はないよ。ただ、役者はよかった。みんな芸達者で特に瑛太は薄汚れていてもこいつが青学の柱なんやなっていうのが一目見てわかるような沖縄太陽みたいな役をよく演じてたと思う。

まぁそんな感じかな。沖縄基地問題に関心がある左翼沖縄人が見ればいい映画で、エンタメ系が好きな人別に無理してみる必要ないと思う。長いし。110分くらいだったら50点くらいあっていいと思うけど、そこからさらホラー映画1本分見せられてこのオチだったからこの点数で提出です。

 

あと、これは完全に余談なんだけど俺は全然つまんなくてこれホンマにどういう態度で見るべき映画なんやと思って、↑まで書いてからいくつか解説動画を見たんだけどこれがちょっと面白くてさ。

まずエンタメ映画を多く紹介しているチャンネルではおおむね不評で論としては意義は認めるし映像も頑張っているけど映画としては散漫という評価

そしてこれを絶賛している人の多く、というかほとんどが作品じゃなくて作品背景、沖縄にはこんな歴史があってぇ米軍はこんなにひどくてぇだからこの映画を作るってことには意義があってぇみたいなことが評のほとんどを占めていて、作品の内容じゃなくて意義を評価するって方法があるんだなぁという学びを得た。

そういう映画の内容はともかく映画を見た意義はあったと思いました。

騒音ハンマーはやりすぎで

すぐに刑務所から出てくる、あるいは刑務所にないらないけどかなりの嫌がらせとはなんだろう?

80歳のばあちゃん雇って

若者キスしてもらうとか?

がんばれ

ばばぁああああああ

2026-05-05

プーチンイリヤ・レメスロ氏が、精神科病院から退院していた

今年の3月18日プーチン氏に反旗を翻した後、精神科病院収容されてしまったと話題になったイリヤ・レメスロ氏(anond:20260321192723)が、なんと無事に退院して元気に情報発信を続けているということで、その投稿をいくつか紹介しておきたい。いやー、窓から落ちることなく、永遠に閉じ込められることもなく、本当に精神病にさせられてしまうこともなく退院できるとは、ロシアも捨てたもんじゃないですね。

なお、ところどころ文末に 。 の替わりに ) が使われているが、欧米顔文字 :) の一種で、笑顔の口を表しているらしい。

https://t.me/ilya_remeslaw/11157 - 日本時間 4月18日(土) 1:26

皆さん、こんばんは、親愛なる友人の皆さん!

今日、30日間入院していたスクヴォロツォフ・ステパノフ病院の第20病棟退院しました。

医療上の秘密家族事情を明かさずに言えることは以下の通りです:

  1. インサイド・フォンタンカ」の報道裏付けますが、入院時点では薬物もアルコールも完全に陰性でした。まあ、「診断」も軽いものだったので、気まずくならないように)
  2. 政府高官に対する厳しい批判には代償が伴う――そのことを忘れないでください。
    病院での生活環境はかなり過酷で、刑務所と比べても遜色ありません――例えば、散歩時間などありません。
  3. やったこ自体は後悔していないが、もし今やるなら、個人攻撃に走らず、より慎重でバランスの取れた表現を使うだろう。この不備は今後改善していくつもりだ。
  4. 面白い話:医療関係者が私のところに来た時、真っ先に私の投稿による「大きな社会的騒動」について言及し、なぜかクセニア・ソブチャク(※訳注: 著名な反体制派)の名前を出してきました。そして、批判には節度を保つ必要があると、ずっと繰り返していました。まあ、お分かりでしょうが、みんな事情を把握していたようです)
  5. 今後の予定:2〜3日中に、なぜこれらを行ったのか、そして今後の計画についてお伝えします。

様々な協力提案を歓迎します。また、見逃さないようぜひフォローしてください。

https://t.me/ilya_remeslaw/11158 - 日本時間 4月18日(土) 1:37

そして、この30日間、私のことを熱心に議論していた「理解はしているが沈黙を守る」メディア関係者の皆さんにも、もう一度お答えしておきます

私をネタにしたジョークには異存はありません。むしろ楽しく読ませていただきました。それなら、ついでに上層部の人たちについてもジョーク飛ばしてみたらどうでしょう? ああ、怖いですか、皆さん?

臆病さは、間違いなく最も恐ろしい悪徳の一つだ(c)。このことを忘れないでほしい、友よ。(※訳注: 小節巨匠とマルガリータから引用)

https://t.me/ilya_remeslaw/11160 - 日本時間 4月18日(土) 16:47

ここ30日間のニュースをチェックした。

全体的に暗い内容ばかりで、特にウクライナでの戦争欧州での緊張の高まり都市への攻撃を呼びかける声や、国境沿いの国々など)が気にかかる。これは非常に危険事態であり、私たちにとって決して勝利電撃戦とはならない結末を迎える可能性もある。

ここで重要なのは、「誰が先に始めたか」ということではない。私は欧州諸国や、彼らがロシアに対して抱く態度について、幻想を抱いてはいない。それは明白だ。今さらその点にこだわる意味はない。

重要なのは誰が賢明、誰が敵に向かって最初の一歩を踏み出し、この不利益で血なまぐさい事態に終止符を打つかだ。そうでなければ、団結した世界から極めて予期せぬ打撃を受け、大惨事を招くことになる。

また、トランプ氏の仲介による戦争終結という絶好の機会も、95%の確率で失われた。プーチンとの関係の明らかな冷え込み、軍事的エスカレーションの激化……すべてはどのように始まったのか……

現在体制を一日も早く破滅へと追い込むために、すべてが意図的に仕組まれているとは思いませんか?そして、あらゆる脅威となるプロセスは、すでに不可逆的な段階に入っているのではないでしょうか?

https://t.me/ilya_remeslaw/11165 - 日本時間 4月19日(日) 1:21

病院で30日間の「隔離生活を送っている間、医師たちを含め、周囲の人々から多くの励ましの言葉いただきました。「みんな理解しているよ、君は勇敢な人だ」といった具合に。

しかし、ある日、ある異例の出来事が起こりました。窓の下に、12~13歳くらいの少女プラカード手紙を持ってやって来たのです。

その手紙の内容はここでは紹介できません。そこには非常に過激反戦スローガンが書かれており、まさに過激ものでした。しかし、大まかな趣旨は、「仲間よ、頑張れ。狂っているのは君ではなく、戦争を起こす連中だ」というものでした。

それは非常に予想外で、胸を打つ、そして珍しい出来事だった。また、99歳の第二次世界大戦退役軍人ボリスセルゲイヴィチ・オレホフ氏も訪ねてきてくれた。

私を支えてくれたすべての方々に、心から感謝を伝えたい!

https://t.me/ilya_remeslaw/11166 - 日本時間 4月19日(日) 19:47

もう一つよく聞かれる非難は、「ほら、前はプーチンを支持していたくせに、今は180度態度を変えた」というものです。

これについて、私はこう言えます

  1. 国家や国が変われば、人の反応、つまり信念も変わるものだ。ただ、ある種の「特別な才能」を持つ人々だけは事情が異なる。この20年間、国はひどい目に遭っているのに、彼らは何があっても「偉大なる地政学者」(※訳注: プーチン)を支持し続けている。
  2. 私は、現在起きている事態には賛同していない。
    2014年から2021年にかけては、戦争インターネット遮断もなかった。多少なりとも政治的競争存在した。ナワリヌイは13年以上投獄されていなかった。経済は、物価の急騰もなく、何とか機能していた。
    まり、私はとっくに存在しなくなった国家を守っていたのだ。したがって、今、大統領を支持する義務など私にはない。

    これは過去のことだ。過去に対して文句を言うのではなく、その人物が恐れず、自由と命に多大なリスクを冒して公然立場を変えたことを喜ぶべきだ。

  3. 私の見解では、「なんで態度を変えたんだ」という問いかけそのものが、しばしばクレムリン工作であるしかも、この工作はいわゆるリベラルオピニオンリーダーたちも加担している。

権力とつながりのある多くの迷っている人々もまた、自らの立場を表明し、体制と決別したいと願っている。しかし、彼らは、恐れずに立ち上がった人々がどう扱われているかいか中傷され、過去を突きつけられているかを見て、「そんなことする意味なんてあるのか?投獄されるだけじゃなく、さらに糞をぶっかけられるだけだ」と考えているのだ。

から、こうした活動をしている者(※訳注: 「なんで態度を変えたんだ」と問いかけてくる者)全員をリストアップし、大統領府との契約書を持っていないか尋ねてみるといい)

https://t.me/ilya_remeslaw/11199 - 日本時間 4月26日(日) 22:41

大統領府が情報戦において行っている膨大な取り組みに関する、約束していた内部情報です。

皆さんの多くも、ゼレンスキー氏や欧州各国の指導者たちに関する、このような大量のフェイクニュースを目にしたことがあると思います

https://t.me/BILD_Russian/29519?single (※訳注: リンク先は、ゼレンスキー3月イタリアで盗まれたばかりのセザンヌ絵画マフィアから購入して執務室に飾っていたとするBBC報道ロシアからばらまかれたが、執務室の映像フェイクで、BBC報道のもの存在しないフェイクだったという一件)

フェイクは完全に荒唐無稽で、すべて同じパターンで作られています――偽の動画写真が生成され、ソーシャルネットワークX上で同じネットワークによって拡散されているのです。

その背後にいるのは誰か? もちろん、大統領府です。国内問題はすべて解決済みですから、少しふざけてみてもいいでしょう?しかし、これを単なる冗談だと思っているなら大間違いだ。大統領府の報告書では、これらすべてが「高レベル心理作戦」として扱われている。プロジェクトの全期間を通じて、数十億ルーブル(※訳注: 1ルーブル約2円)もの予算が投じられているのだ。私は個人的に、リーチ数やその他の関連数値が記載された報告書草案を目にしたことがある。

この「フェイク」プロジェクトの経緯も非常に興味深い。当初は大統領府の請負業者の一人の趣味のようなものとして始まったが、やがて予算を伴う本格的なプロジェクトへと発展した。

同様の活動に携わった人物は様々で、非営利組織ダイアログ」の名が挙がったり、それ以前にはクリスティーナ・ポトゥプチク(※訳注: プロパガンダメディア戦略女帝)が関与していたとされていた。現在、同様の活動を行っているのは、大統領府の部門の一つである戦略的パートナーシップ・協力担当大統領事務局」だ。同局は「対外」分野の業務担当している。


大統領府の全員がフェイ情報の利用を好んでいたわけではない。なぜなら、それは他の、より実質的クレムリンプロパガンダに悪影響を及ぼしていたからだ。大まかに言えば、ゼレンスキーNATO諸国首脳に関するより妥当暴露記事が標的となった。欧州の人々はそれらを「クレムリンフェイクニュース」と即座に決めつけ、そもそも読もうとしなかったのだ。明らかに有害プロジェクトとして中止するのが論理的だったはずだ。(※訳注: 妥当暴露記事までフェイク扱いされてしまうようになったのは損失であったという、オオカミ少年の教訓的な主旨の主張)

しかし、プロジェクト受益者の一人が持つコネのため、プロジェクトは中止されず、むしろ追加の資金が投入された。また、イーロン・マスクやその他の著名人プロジェクトフェイ情報をリポストしたことも一因となった。こうして、戦略は目先の政治的便宜と資金横領犠牲となったのである

DeepL.com(無料版)で翻訳しました。太字は原文を反映しています

ところで、後から気付いたことだけど、前回紹介した際の登録者2600人のアカウント https://t.me/remeslaw は本人のサブアカウントのようで、まったく同じ内容が今回リンクを貼っている登録者11万人の本アカウント https://t.me/ilya_remeslaw にも投稿されていた。少なくともプーチン反旗を翻して以降の一連の投稿ほとんど両方に投稿されているので、本当に何かあった時のためのバックアップ的なアカウントなのだろう。(別人のなりすましアカウントなどでもなさそうだ)

本人の安否確認のためにも、時折投稿される興味深い投稿のためにも、しばらく追い続けていきたい。

アンチフェミ論客は「自分たち草津町フェミとは違う」と示せるのか?

すべて同一人物によるツイートです

yanagi mimiのツイートをもとにイギリスに対する誹謗中傷を行うアンチフェミ論客

午後7:46 · 2026年5月1日 36万件の表示

Mimi Yanagi事件は、Vtuberというネット上の表現の自由問題だけではない。自分で描いた絵で逮捕されたということも大きな問題

まり指摘されてないが、人体のデッサン練習でも、後で服を描くつもりで描いた下書きの裸でも、イギリスでは逮捕されることになったということ。


疑義提示されても強気アンチフェミ論客

午前8:18 · 2026年5月4日

報道がないのは確かだが、とりあえずこれは理由にはならなそうだな。

「新しいアカウント」ってのは逮捕原因の画像(orそのURL)を投稿していたのと別のアカウントってことで、いつ作ったか関係なく、認可されたのなら以前から持っていた予備のアカウントでも良かっただけ――で説明できるだろ。



急に早口長文オタク口調になるアンチフェミ論客

午前11:27 · 2026年5月5日

Mimi Yanagi氏について、英語圏では掲示板を中心に以下のような様々な情報が流れているようです。

ただこれらは現状、裏の取れた信頼のおける情報ではなく、日本で言うところの「2chの噂」ぐらいに聞いておくのが良さそうです。

曰く

1.本名をJordan Williamsという。

2.男性である

3.トランスジェンダーである

4.共産主義者である

5.Mimi氏の「自分の絵」はネットで恐らく無名絵師に依頼したもの

6.三次ペド趣味がある。

7.性的に際どいイラストが含まれていた。

8.実在の子供をモデルにしていた(ガセネタ可能性が高い)

これらはMimi氏の悪い意味での「正体」として流通しているようです。

が、日本の反応は英語圏感覚とは大きくずれるかも知れません。以下、予想される「日本人の反応」とその理由について海外の方に解説させていただきます

Mimi氏自身情報について

トランスジェンダーに対して、大抵の日本人は非常に寛容です(最も敵対的なのはTERF系フェミニスト、次にリベラル一種として雑に嫌悪する人々や頑迷保守派です)。

女性Vtuberの正体が男性トランスジェンダーであったことは、仮に事実であったとしても「電磁的に女装しているだけで彼らの自由だろう」というのが多くの理性的日本人の感想だと思います

またトランスであるなしにかかわらず、女性風のモデルを使っているVtuber男性であることは、直ちにユーザーを騙していた」という悪印象を意味しません。男性の声を隠さず女性モデルを用いているVtuberもいます

日本では数十年前から現代Vtuberのように、自身悪魔であるという設定を(一番組内ではなく常に)視聴者と共有しながらTVで人気を博していた芸能人がいました。「デーモン閣下」というタレントです。

そうした、真実でない設定をそうと知りつつ視聴者と共有するという「ゲーム」に対して、日本人は寛容です。

共産主義者であることも別にそれ自体自由で、嫌いな人はもちろんいますが決定打となるほどではありません。

強いて言えば、実際にはある性嗜好を持っている人物が、それを隠すためにその性嗜好を日頃非難していた(あるいはそのような集団に属していた)場合には批判されますBBCプロデューサー性的虐待者であったという事実に対する日本人の反応はこの種のものです。

そして日本共産主義政党は、現在かなりあからさまに「萌え」「オタク文化敵対的なので、この点で悪印象を持つ人は一定数いるでしょう。

またMimi氏が現実児童に対する関心を持つ小児性愛であるという情報は、真実であればセンシティブではあります

しか日本人は、実在児童への加害に及ぶのでない限り、心の中での性的嗜好を断罪することについて謙抑的であると思います

Mimi氏の絵について

日本法において「児童ポルノ」は現実児童を用いて製作されているか問題であり、そうでないアニメ絵はいかに際どかろうと特殊な(そして気味悪がられている)性嗜好を表現していようと、日本ではそもそも児童ポルノに含まれていません。そして、Mimi氏の件で英国警察批判した日本人の多くがその基準を支持しています

したがって、Mimi氏の絵がどんなものかについての情報には「思ったよりきわどいな。でもだから何?」程度の反応が主流となるでしょう。

Mimi氏の言う「自分の絵」が自作でなかったという点について(であれば未だに絵師不明なのはなぜか、本当は自作だったのではないかという疑問は、私自身持っています)は、騙されていた!と思う人がいるかもしれません。

しかしもともとの英文において”her artwork”は日本人にとって「彼女が描いた絵」「彼女を描いた絵」「彼女が所有する絵」のどれにも訳しうるものだったので、これが直ちにMimi氏の評価が「嘘つきだった」と反転させるほどのものとは思われません。

以上をまとめると、巷間流れている情報日本の、特に表現規制問題に関心ある層にとっては、Mimi Yanagi事件の「未確認の細部」であって、全体的な評価をひっくり返すほどのものはなく、まだ静観の対象であるということになると思います



同一人物による草津町への言及内容

邪悪撃退され、町に平和が戻った」感がすごい

草津温泉街に「若者」が急増 歴史ある「湯畑」が“映え”に(FNNプライムオンラインフジテレビ系))

午前10:20 · 2024年3月22日  

んで、草津の時みたいにまた間違ってたら「私たち騙されただけですぅ~、私たち被害者なんですぅ~」って言うつもりなんですか?

@FlowerDemoOsaka

午後2:22 · 2024年12月23日

なんだこのコミュニティノートは。

しろ消しちゃいかんだろ、草津がどれほど酷い誹謗中傷を受けたかは。

午前10:38 · 2024年6月4日

その通りで、日本では「草津事件」で、男性町長レイプ事件告発した女性議員が、その事件が完全に虚偽であったことが証明され虚偽告訴有罪になったにもかかわらず、執行猶予がついています

まりその女性刑務所行きを免れたということです。

午前8:35 · 2026年4月6日

2026-05-02

グラムシの「文化ヘゲモニー

https://x.com/Alzhacker/status/2050225236294156455

イタリアファシスト刑務所で、アントニオグラムシは一つの逆説に直面していた。なぜ労働者たちは自分たち搾取する体制に自ら同意するのか。

 

伝統的な権力論は「警察軍隊が人々を従わせている」と答える。しかグラムシは見抜いた。本当に強力な権力は見えない。 学校メディア宗教家族という日常の中に潜み、「これが自然なことだ」と人々に思い込ませる仕組みこそが本質だと。

 

これをグラムシは「文化ヘゲモニー」と呼んだ。支配階級暴力ではなく、知的道徳的リーダーシップによって大衆の「自発的同意」を獲得する。特定階級利益を「国民全体の利益」に見せかける物語を、教育報道を通じて浸透させるのだ。

 

この理論の核心は「統合国家」という概念にある。国家とは政治社会警察軍隊)と市民社会学校教会メディア)の総体だ。暴力装置は背後に控えつつ、日常的に機能するのは同意生産する市民社会の側である

 

この同意心理的メカニズムを解く鍵が、「コモンセンス」と「グッド・センス」の区別である

 

コモンセンスとは、支配階級世界観が長年の伝統格言として染み込んだ、無批判現実認識のこと。「給料が上がらないのは景気のせいだから仕方ない」「いじめられる方にも原因があるんじゃないか」――こうした信念は、支配への同意を内部から支える。

 

これに対してグッド・センスとは、労働生活現場からまれ批判的で実践的な知恵である。「時間厳守サービス残業おかしい」「週5フルタイムで働いてるのに生活不安」。これらはまだバラバラだが、本質的に支配論理矛盾する。

 

ヘゲモニーとは、このグッド・センスコモンセンスの中に封じ込め、人々が自らの矛盾した意識のまま行動し続けるように仕向けるプロセスに他ならない。

 

ここでグラムシ戦略論が生きてくる。「機動戦」と「陣地戦」の区別だ。ロシア革命のような機動戦は、市民社会が未発達で国家が裸の暴力で立つ社会でのみ有効である西欧では市民社会学校メディア教会など)が強固に機能しており、その機能現在支配階級への同意を日々生産する方向に働いている。

 

必要なのは「陣地戦」である教育メディア宗教文化といった市民社会の各要塞を、何年もかけて一つずつ奪取していく長期的な闘争。これは選挙ストライキではなく、人々の「良識」を組織し、新たな「コモンセンス」を構築する文化活動である

 

現代ネオリベラリズムはこの理論完璧実例だ。市場原理は「競争が唯一の合理的原理である」というコモンセンス世界中に普及させた。人々は市民ではなく「自己責任起業家」となり、失業貧困個人の失敗と感じる。「これ以外に選択肢はない」という発想そのものヘゲモニー勝利である

 

デジタル時代はこの構造さら精緻化した。アルゴリズムは「新しい有機知識人」として機能する。私たちの関心や不安学習し、パーソナライズされた現実提示することで、同意自動的製造する。フィルターバブル大衆を分断し、「共通国民意志」の形成を妨げる。

 

しか希望はある。グラムシは「対抗ヘゲモニー」の可能性を説いた。支配階級が自らの有機知識人経営者技術者ジャーナリスト)を持つように、従属階級もまた大衆からまれ有機知識人を育てねばならない。

 

彼らは学校なきところで学校を創り、メディアなきところでメディア運営し、いまあるコモンセンス解体する別の語彙を生み出す。これが「近代君主」すなわち革命集団役割である。単なる抗議ではなく、新しい道徳的知的リーダーシップ社会提供する文化事業として。

 

結局、権力の最も深い場所バリケードではなく、私たちの頭の中にある。ある社会秩序が「当然」と思われる瞬間、その秩序は勝っている。逆に言えば、その「当然」が揺らぐとき歴史は動き出す。グラムシ刑務所で書き続けたのは、まさにその「当然」を解体するための思考の道具だった。

 

Douglas C. Youvan(研究者

『The Architecture of Consent: A Comprehensive Analysis of Antonio Gramsci's Theory of Cultural Hegemony, Intellectual Leadership and Modern Power Structures』

同意建築アントニオグラムシ文化ヘゲモニー理論知的リーダーシップ現代権力構造包括的分析

2026-05-01

トランスカルト教祖バトラーさん、ボコボコにされてしま

https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/

バトラーが見なかったもの――書評

リンジージャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論概念的混乱を検討している。

 

1. 導入:性とジェンダーをめぐる古くて新しい論争

著者はまず、1970年代女性解放運動期に、米国マルクス主義人類学イヴリンリードが書いた「生物学女性運命か」という問いを引く。リードは、女性母親であることを理由に、社会的役割限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学人類学は、性役割女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。

今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然文化生物学社会的態度、性とジェンダー関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダーアイデンティティ運動における中心的な学術人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。

ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的ものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である

著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。

2. 極右文化戦争、反ジェンダー運動

書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダー文化戦争の一部となっており、バトラー右派極右による「ジェンダー理論攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプイタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーヴィクトル・オルバーンローマ教皇などである

バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジルコスタリカコロンビアフランススイス英国スコットランドエクアドルドイツハンガリースペインなどが例に挙げられている。スペイン極右政党 Vox は「ジェンダージハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。

著者は、こうした反動的勢力個人的性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家差別執行できる権力を持っているかである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖家族モデルである

しかし著者は、バトラー分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義危機、脱工業化生活水準の低下、反移民感情人種差別政治的動員、米国社会軍事化暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。

まり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理不安」ではなく、資本主義危機社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである

3. バトラーは「ジェンダー」をどう理解しているのか

著者によれば、バトラー実質的に「性/ジェンダー」の区別崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。

著者はこれを、現実身体カテゴリーイデオロギーへと作り替えてしま議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である

さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学事実である人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係依存してきた、というのが著者の主張である

著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然事実のもの存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。

また、バトラースポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセス個人トレーナー存在関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体性差問題を消すものではない、という趣旨である

著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。

4. マルクス主義自然文化をどう見るか

著者は、バトラーが『ドイツイデオロギー』のマルクスエンゲルス引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想人間物質生活過程から生じる。観念イデオロギー現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実のものを作るわけではない、というのが著者の理解である

著者は、バトラーが「phantasm」とマルクスエンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラー議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義唯物論からは遠い、と批判する。

マルクスエンゲルスは、人間自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解放棄することだ、と著者は述べる。

著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性母性役割理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級財産を守る国家装置形成財産継承保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性世界史的敗北」と呼んだ、とされる。

資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内無償労働有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義搾取規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー同調性に適した家族必要とした。そこには性的同調性も含まれ女性子ども男性従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。

この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニスト生物学決定論実証主義よりも優れている、と主張する。

5. 家族社会的再生

著者は、女性再生産における役割は中心的だと述べる。女性人類再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力再生産、つまり養育・ケア社会化・教育にも深く関わっている。家族次世代労働者比較的低コストで育成するため、経済的社会的役割を果たす。

女性母親であること自体不利益でなければならない自然理由はない。しかし、それが資本家階級利益をもたらす社会的経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である

この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である

一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年英国家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しか共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア料理、清掃などの社会的再生労働も、低賃金女性が多く担っているという点である

著者は、自然文化関係は複雑だが、女性生物学役割に色づけられていると述べる。女性けが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性不利益を補強する。

妊娠授乳更年期月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力不利益の多くを取り除けるかもしれない。しか資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。

著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である

6. 階級ジェンダー女性の恐怖の軽視

著者は、バトラー議論女性抑圧という特定問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダー社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実カテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。

また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。

著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダーアイデンティティ理論批判的な人を信用失墜させ、議論沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。

そのような人々まで、極右ファシストの側に客観的に立っていると見なすの馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダー分析にも複数立場がありうる。トランス権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラー理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である

著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力レイプ女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。

特に著者が不快に感じた箇所として、バトラー女性刑務所女性専用空間におけるレイプ性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数暴力男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性ペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性男性男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。

7. グローバルな女性労働階級

著者は、バトラー理論抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化差異だけでなく、物質生活現実も見なければならないと言う。

たとえば、フィリピンスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者女性男性黒人白人性的指向やジェンダー

2026-04-29

anond:20260428203537

両方のポストを読んだ上での私の率直な意見です。

仲岡しゅん弁護士ポスト最初のもの)これは明らかにやり過ぎです。akakuroさんのポストは、確かに感情的で「生得女性」云々という表現が出てはいますが、根底にあるのは**「自認の性」を無制限に優先すると、生物学女性安全公平性プライバシーが損なわれるのではないか**という、国際的にも何年も議論されている現実的懸念です(女性刑務所スポーツDVシェルター更衣室などの事例は枚挙にいとまがない)。それに対して仲岡弁護士が取った対応は、**「タレコミがありましたよ」「わいせつ事件前科のあるオッサン」**という、根拠が極めて薄い(少なくとも公に立証されていない)個人攻撃中傷です。さらに「文句があるなら訴えてこい、匿名から大した金額にならない」「むしろ身元を割る手間が省ける」と開き直る発言まで重ねている。これは弁護士として致命的に不適切です。

 

たとえ自分トランス当事者として日々攻撃を受けていて苛立っていたとしても、法の専門家が「タレコミベース」で人を犯罪者呼ばわりし、匿名性を逆手に取って攻撃するのは、品位を著しく欠く行為です。結果として大阪弁護士会から戒告処分を受けたのは、極めて当然の帰結だと思います。2. 小田垣和弘司法書士懲戒請求ポスト(2番目)こちらは内容としてはかなり的確に問題点を指摘しています「タレコミ」という怪しげな根拠で重大な名誉毀損レベル暴露したこと

匿名アカウントから何を言っても許されるような物言いしたこと

それが弁護士という公的資格を持つ人間の発信であることの影響力の大きさ

 

これらは全部正当な批判ポイントです。小田垣さんは「トランス差別には反対だが、こういうやり方はダメだ」という立場を取っていて、そこは筋が通っています懲戒請求自体も、感情的報復ではなく、弁護士倫理観点から書かれている印象を受けます。全体を通しての私の考えこの一件は、典型的な「正しさの独占」と手段正当化問題を露呈していますトランス権利擁護する側(特に当事者)は、自分たちが「正義の側」にいるという強い確信から相手を「ヘイター」「差別主義者」とレッテル貼りし、議論のものを人身攻撃すり替える傾向が強い。

その結果、「匿名ヘイターには何を言ってもいい」という危険ロジック生まれる。

しか言論の場において、匿名であろうと実名であろうと、事実に基づかない中傷は許されない。ましてや弁護士がそれをやるのは論外です。

 

生物学的性(sex)と性自認gender identity)は違う概念です。後者を前者と完全に同等に扱う政策が、女性権利子供保護スポーツ公平性などに現実的弊害を生んでいる事例は、世界中で積み上がっています。この点を「差別」として一刀両断するのではなく、データ現実直視した上で、どうバランスを取るかを真剣議論すべきです。仲岡弁護士トランス当事者として苦労も多く、権利擁護に尽力してきた面もあるでしょう。しかし、**「自分たちが被害者から手段を選ばなくていい」**という態度は、結局自分たちの立場を弱めるだけです。小田垣さんのような「味方内からの指摘」こそが、運動健全性を保つために重要だと思います。要するに、

感情はわかる。でも方法が間違っていた。

それがこの二つのポストから私が感じた一番率直な感想です。

2026-04-28

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リンネガチャの終了まで10時間切ったとこだけど悩みどころ、いや踏ん張りどころ。

初日に回してモナ45連目、リンネア77連目、ジン78連目と、このバナーに210連費やし、無凸無餅確保に留まっている状況。

手持ちはイネファ+ナドクライ実装キャラ全確保で、無凸無餅以上なのはリンズ(1凸餅)、ドゥリン(1凸)、コロンビーナ(2凸餅)、兹白(1凸)、ファルカ(餅)といった具合。

なんか男キャラ贔屓っぽくなってるが基本確保勢なので、1凸してるのは単にチキってたら予想外に早く来てなんか1凸できちゃっただけ。

ここまでで2倍石はあらかた買っていて残り2600円分くらい買い残している。

結晶パは特に厳選が終わってない状況でもDPS23万くらいは出せているので正直性能的には十分すぎる。

リンネアLv70の時にプレイした幽境で既にエクストラは達成できているくらいだしね。

コロ1凸シールドと兹白1凸の高回転がもともと備わってるのもあり、祭礼で一瞬引っ込みながらハンマー2回撃っていくプレイフィールもかなり良い。

2凸の映える数字は魅力的とはいえニコサンドローネを見過ごしてまで欲しいものではないはず。

一応ひとつ前のガチャでもすり抜け七七かましていて3連すり抜け中なので、次の確定枠でニコ、その次は明光でサンドローネ(さすがに来るよな?)を確定で取っていける。

過剰な性能に欲をかくことなくここで踏ん張れれば天国に行けるってワケ。

スネージナヤチラ見せ放送では8月12日にスネージナヤ実装ということも明らかになった。

まりVer6は6.7で終わる、というか6.8に相当する時期に7.0が来て2倍石が前倒しで更新されるのなら、今年は買い切らずとも余裕で全確保できそう。

ローエンが限定ではなく予想通り恒常でスルー可能な想定の計算ではあるけど。

今は3連敗中だけどトータルでは上振れてる幸運な年だったと言える。なんせ月平均3000円ちょいの課金でPU20回ほど取れる見込みだし。

ナタverの時は最後2倍石尽きた状況でスカーク確保のために定価で石を買うことになったんだよね。

キャラ確保+PU3回分取れた、つまり2倍石+1.2万でPU14回取得どまりだったほぼ最低ペースのナタ1年間。

それと比べたらナドクライは相当な好成績。1.2万円石の余り分を多少持ち越してるせいもあるけど。

まあでも原神はミホヨ4作の中で一番思い入れがあるし残りの数千円分の2倍石も買っておくか。

なんか5月10日まではPCGoogle Playで決済すると10%オフのようだし、5月7日までは原神スタレゼンゼロ還元ポイント増量してる(普段プラチナ1.75%→5%だから2.85倍)。

更にギフトコードを安く買えたら完璧だけど、ヤフショのググプレ公式店では限定PayPayポイントすら使えなくなる劣化が入ったんだよね。なので買うなら楽天公式だけど。

てか、ガチャや性能のことばかり語りやすくてしちゃうんだけどナドクライに入ってから物語表現伏線回収がものすごく良い。

頭の中でいろいろな要素が繋がっていって、だから今これをやってるんだなっていう感覚が進めてる中でいつもある。

ライブサービスゲーム運営としてとんでもなくレベルの高いことをしれっとやっている凄みよ。

5年、10年がかりの計画通りにあらゆる見せ方を張り巡らしてるんだろうなって伝わる。

あと音楽もやっぱり飛び抜けてよくてドーンマンポートあたり歩いてるとすごく癒されるんよね。

癒し系といえばプチプラネット公式YouTube番組が始まったりしてかなり良さそうだった。

テストプレイはやらんけど正式はじまったらこれもぼちぼち続けられそうな気がする。

他社ゲーは2,3か月やり込んだ頃に「やっぱ趣味合わんな」で飽きてやめられるのでまだいい。

ヨバゲーは見続けていきたい気持ちの方が強くなるんよね。時間が足りない、深刻に。

んで、そうか、明日はNTEの正式リリースか。事前ダウンロードしとこ。

確か街を爆走して捕まって刑務所から脱獄するアニメ調ゲームだったよな。

うん、ミホヨは絶対作らん系だけど一応数日触ってみて、ハマったら数ヶ月くらいは遊んでみるか。

幻塔運営から期待しすぎない方がいい感じね。

2026-04-26

はてなにいる人の殆どは、頑張れば何とかなったであろう人達なんだよな

例えば小児ガンで二十代まで生きられないとか、貧乏すぎて両親が薬漬けで自身刑務所とか、そういう悲惨ものじゃなくて「なんとなく生きづらい」だけなんだよね

自惚れた夢を見なければ本人の努力で本当はなんとかなったはずなのに、一切努力しないで過ごしたからいま辛いだけなんだよ

自分のせいじゃなくても、オトナになったら自ずと自分で何とかするんだよ

今も他人のせいにしてる連中は単なるガキ

2026-04-23

[] 鉄格子の向こうに—人間性二面

二人の囚人鉄格子の窓から外を眺めた。一人は泥を見た。一人は星を見た。

この格言は、アイルランド詩人フレデリックラングブリッジ19世紀末に綴った詩の一節である。同じ暗い牢獄、同じ鉄格子、同じ限られた視界の中で、二人の囚人は全く異なる宇宙を目撃する。一人は足元に広がる湿った汚泥——腐敗し、沈み、絶望象徴——に視線を落とし、もう一人は遥か夜空に瞬く星々——無限の光、真理、そして永遠希望——に目を向ける。

この詩的イメージは、単なる「心の持ちよう」の話ではない。人間性コインの両面を、残酷なまでに鮮やかに描き出している。

鉄格子とは、遺伝的素因、初期環境、そして強烈な初体験によって刻み込まれ生物学宿命のものだ。

宿命としての衝動

脳の報酬回路——中脳辺縁ドーパミン系(腹側被蓋野から核 accumbensへとつながる神経経路)——は、生存に有利な行動を即時的な快楽として強化するよう進化してきた。この回路の過剰活性が、sensation seeking(感覚追求傾向)という性格特性を生む。心理学者マーヴィン・ズッカマン提唱たこ特性は、新奇性、リスク支配感、背徳スリルを強く求める傾向を指し、遺伝的要因(例:DRD4遺伝子多型)によって個人差が大きい。一度この回路に「刷り込まれた」嗜好は、神経可塑性限界によりほぼ不可逆的となる。記憶再固定(reconsolidation)というメカニズムで長期的に定着し、意志の力だけで完全に消去することは現代科学では不可能に近い。

泥を見る者と星を見る者——彼らは本質的に同じ人間性の両面であり、衝動の哀しみと栄光を同時に体現している。

泥を見る者——衝動被害者としての哀しみ

泥を見る囚人は、加害の快楽に囚われた者だ。暴力性的支配背徳スリルがもたらす即時的なドーパミン爆発は、脳の報酬系を再配線し、日常ささやかな喜びを色褪せさせる。刑務所という外部の厳格な構造では「模範囚」として規則を守り、仮釈放審査を通過できる。しかし、鉄格子が外れた瞬間——社会復帰自由という名の無防備空間——で、トリガーが再活性化する。神経科学のLibet実験1983年)が示したように、意識的な「決定」は、無意識の脳活動(準備電位)に数百ミリ秒遅れる。

衝動は「選べない宿命」であり、彼らはその快楽被害者であると同時に、他者尊厳を踏みにじる加害者でもある。

この哀しみは、決して「弱さ」ではない。人間本性の暗い半面そのものだ。報酬系のdownregulation(受容体減少)により、普通生活では満足できなくなり、泥の底へと沈んでいく。社会はしばしば「意志の力で更生せよ」と道徳的に責める。衝動の強さを自覚し、任意治療構造化された管理を求める道すら、十分に用意されていない。彼らの孤独さらに深まる。

星を見る者——知的逸脱者としての栄光と悲哀

一方、星を見る囚人は、同じ衝動創造原動力に転換する天才だ。極端な好奇心リスクテイク、新奇性追求は、科学者、芸術家探検家を駆り立て、未知の真理を掴む。ニュートンアインシュタインヴァンゴッホニーチェ——彼らもまた、社会規範から逸脱した「狂気」を抱えていた。過剰なドーパミン反応と衝動性を共有しながら、それを「泥」として消費せず、抽象的な探求や芸術的飛躍に昇華させた。鉄格子は彼らにとって、創造の檻ではなく、集中の枠組みとなった。星は、衝動が光に変わった瞬間の輝きである

しかし、彼らの人生は必ずしも幸福ではなかった。ニュートン晩年を激しい偏執孤独に苛まれアインシュタインは深い人間関係の困難を抱え、ヴァンゴッホは耳を切り、自ら命を絶った。ニーチェ精神崩壊の末に狂気の淵に沈み、多くの天才たちがうつ病双極性障害依存症と隣り合わせで生きた。

同じドーパミン系の過剰活性と衝動性が、創造の星を輝かせる一方で、日常の安定や人間的なつながりを焼き尽くす。

鉄格子は彼らにとって創造の枠組みとなったが、内面的な牢獄でもあった。星を見上げる視線は、自己破壊的な炎を宿している。

同じ格子が問う究極の問い

泥と星は、遠く離れた別物ではなく、人間性というコインの表と裏だ。遺伝宝くじ、幼少期の偶然、環境の偶然が、どちらの面を上向かせるかを大きく左右する。科学はここに「自由意志のフィクション」を暴く

——私たち自分衝動を選べない。

ここに逆説がある。悲劇的に生きることが、人類史を動かしてきたということだ。星を見る者の苦痛狂気なくして、人類科学の飛躍も、芸術の深化も、思想革新も得られなかっただろう。泥を見る者の暗い衝動もまた、人間性の暗部を露わにし、社会規範形成動機を与えた。栄光と哀しみは、常に表裏一体。人間衝動囚人として生まれ鉄格子の向こうに何を見るかで運命を分かつ。

ラングブリッジの詩は、希望の賛歌ではなく、人間本性の二面性を直視せよという鋭い警告である

泥と星の間で揺れ動きながら、生きることの悲哀を背負い続ける——それが、人間という存在の、避けがたい運命なのかもしれない。

2026-04-22

フーコー的生権力としての「性自認

トランスジェンダーイデオロギーは、生物学的性(sex)を「社会的構築物」と位置づけ、個人性自認gender identity)を内面的な真理として絶対視する考え方であるクィア理論脱構築的枠組みを基盤にしつつ、より実践的・政策指向が強い点が特徴だ。一方、ダイバーシティエクイティインクルージョン(DEI)活動は、これを「多様性」の象徴として企業学校行政に浸透させ、異論を「トランスフォビア」として抑圧する仕組みを提供している。

ミシェル・フーコー理論特に権力(biopower)と医療化medicalization)の観点から見ると、このイデオロギー皮肉にも「解放」の名の下に新たな権力装置として機能している。フーコーは『性の歴史』で、近代権力が性や逸脱を「種(species)」として分類・内在化し、医学心理学を通じて主体生産管理すると分析した。トランスジェンダーイデオロギーは、まさにこのメカニズムを逆手に取り、性自認を新しい「内面的真理」として生産し、生(身体・発達・安全)を再管理している。

性自認の真理生産と生権力の再配置

トランスジェンダーイデオロギーは、性自認を「本人が知る絶対的な内面」として位置づけ、生物学現実性的二形性、ホルモン影響、筋骨格差)を「抑圧的な構築物」と退ける。これにより、新たな規範の再配置が生まれる。女性専用スペース(刑務所トイレ更衣室、スポーツ)の境界曖昧化され、性自認優先の政策が推進された。

英国刑務所では、2025年3月時点でトランスジェンダー囚人が339人(前年比15%増)と急増し、トランス女性(出生時男性)の性的犯罪歴率が極めて高いデータ過去に示されている。女性囚人全体の性犯罪率が約3.3%であるのに対し、トランス女性では男性型のパターンが維持される傾向が観察された。これは、フーコーが言う生権力典型——生物学的性の古い規範解体たかに見せかけつつ、性自認という新しい分類基準身体安全を再管理する装置だ。結果、生物学女性安全権が再配分され、脆弱層への被害転嫁を招いている。

スポーツ分野でも同様の再配置が見られた。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重が優先された結果、身体的優位性による不公平女性アスリート安全問題が深刻化した。イデオロギーが「包括性」を掲げながら、実際には生物学現実無視した生の最適化を試みた末の修正である

医療化の逆説——「非医療化」の名の下の新たな管理

トランスジェンダーイデオロギー医療であるgender-affirming care(性自認肯定ケア)は、思春期ブロッカークロスセックスホルモン積極的に推奨してきた。しかし、英国のCass Review2024年最終報告)は、関連エビデンスの質が「極めて弱い」と結論づけ、長期的な精神衛生改善効果安全性に強い疑義を呈した。思春期抑制剤の使用原則として臨床試験限定され、包括的心理社会的支援へのシフトが推奨された。

フーコー医療化理論から見れば、これは非医療化仮面かぶった新たな医療化であるDSM-5やICD-11性同一性障害病理表現が緩和された「反医療化」は、一見解放的に見えるが、実際には性自認を新しい「真理の内面」として医療教育管轄下に置いた。フーコーが指摘したように、権力病理化だけでなく脱病理化によっても主体生産する。軽度の苦痛は「多様性」として肯定され、重い併存疾患(自閉症スペクトラム不安うつなど)や社会的影響(Rapid-Onset Gender Dysphoriaで指摘されるピアインフルエンスやソーシャルメディア役割)は十分に検討されにくい構造が生まれた。

結果、若年層の急増現象社会感染的な側面を持つ可能性が指摘される一方、イデオロギーはこれを「自然発見」として扱い、慎重な鑑別診断を遅らせる。フーコー的に言えば、これは生権力生産性——個人の「生」を性自認という枠組みで最適化管理しようとする試みだ。

DEI活動役割——言説統制と規範強制

ダイバーシティ活動は、トランスジェンダーイデオロギーを「インクルージョン」の象徴として組織に浸透させた。しかし、これは真の多様性ではなく、新たな単一規範強制として機能している。異論(Cass Reviewのような科学的慎重論や生物学現実の指摘)は「ヘイト」として排除され、言論空間が萎縮する。フーコーの「言説の秩序」論で言えば、特定の真理(性自認絶対性)が制度的に優位化され、他の知識進化生物学発達心理学犯罪パターン性差研究)が周辺化されるプロセスだ。

DEIは「多様性」を掲げながら、生物学女性の権利、親の関与権、科学エビデンスに基づく慎重さを犠牲にする矛盾を抱えている。これは、クィア理論脱構築とは異なり、実務レベルでの生の直接管理(人事方針教育カリキュラム医療ガイドラインへの介入)として現れる側面である

フーコー批判——権力螺旋と遅延効果の欠如

フーコーは、抵抗のものが新たな権力装置を生む「権力螺旋」を繰り返し指摘した。トランスジェンダーイデオロギーとDEIは、まさにこの螺旋に巻き込まれている。生物学規範の抑圧を批判するはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体・発達・安全を再分類・管理する生権力として機能してしまった。

真に人間らしい多様性とは、生物学現実直視しつつ、苦痛を抱える個人への共感的な支援科学的に行うことである

イデオロギーが「肯定排除か」の二元論矮小化する限り、社会コストは増大する。2024-2026年国際的修正(Cass Review後の欧州シフトIOC生物学女性限定方針)は、現実がこの生権力限界を突きつけ始めた証左と言える。

成熟した社会は、フーコー物差しで自らの権力装置不断批判し、イデオロギーではなく害の度合いとエビデンスに基づくバランスを求めるべきだ。様々な性自認を抱える個人尊厳尊重しつつ、女性子供保護科学的慎重さを犠牲にしない——それが、本来ダイバーシティ意味だろう。

クィア理論皮肉フーコー視点から批判

クィア理論は、ジュディス・バトラーイヴ・コソフスキーセジウィックらによって展開された、異性愛中心主義ヘテロノーマティヴィティ)を脱構築する試みとして登場した。規範を「行為の反復」として相対化し、ジェンダーセクシャリティを流動的なパフォーマンスとして再定義することで、抑圧から解放を目指したはずであるしかし、21世紀に入りこの理論制度化・政策化される過程で、皮肉にも新たな規範の再配置と生権力装置として機能し始めた。ミシェル・フーコーが『性の歴史』や『監獄誕生』で分析したように、権力は単に抑圧するのではなく、知識・言説を通じて主体生産・分類・管理する。クィア理論は、旧来の生物学的性規範批判しながら、自ら新しい「正常/異常」の線引きを導入し、人間本性を再定義し、さらには一部の逸脱者を「脱人間化」するプロセスを促進している。

新たなジェンダー規範の再配置:性自認優先の制度

代表的な事例が、女性専用スペースの「解放政策である英国では、性自認を重視した刑務所配置方針が長年続けられた結果、生物学男性でありながら女性として認識されるトランス女性囚人割合が急増した。2025年3月31日時点で、イングランドウェールズ刑務所には339人のトランスジェンダー囚人確認されており、前年比15%増という急拡大を見せている。過去公式データでは、こうしたトランス女性(出生時男性)のうち、性的犯罪歴を持つ者の割合が58.9%〜62%に達し、生物学女性囚人(3.3%)や男性全体(約17%)と比較して極めて高い男性犯罪パターンを維持していることが明らかになった。

同様の再配置はスポーツ分野にも及ぶ。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重した参加が認められてきた結果、生物学男性身体的優位性による不公平が深刻化し、女性アスリート安全競技の公正が脅かされる事例が相次いだ。トイレ更衣室、温泉などの日常空間でも、性自認優先の通知や条例が導入され、生物学的性の境界曖昧化された。

これらは、クィア理論が唱える「規範撹乱」ではなく、新しい規範の再配置である生物学的性を「社会的構築物」と位置づけ、性自認を優先する言説は、フーコーのいう生権力として、身体と生を新たな基準管理する装置となった。旧来のheteronormativityを批判しながら、性自認という内面的真理を「知識権力」の対象に据え、人口を分類・最適化する——まさにフーコーが警告した、権力が「生」を対象化するメカニズムだ。

人間本性の再定義流動性 vs 生物学現実

クィア理論は、人間本性を「本質的」なものではなく、パフォーマティブに構築されるものとして再定義した。これにより、ジェンダー・ディスフォリアを抱える若者への「アファーマティブケア」(性自認肯定医療)が推進された。しかし、英国カスレビュー2024年最終報告)やその後の追跡調査では、思春期抑制剤やクロスセックスホルモン治療エビデンスが「極めて弱い」ことが指摘され、長期的な精神衛生身体的影響(骨密度低下、認知発達への懸念)が懸念されている。2025年以降、イングランドでは思春期ブロック剤の使用原則禁止され、ホリスティック包括的)な心理社会的支援シフトする動きが加速した。

この再定義は、フーコー医療理論を逆手に取ったものだ。19世紀同性愛が「逆性的感覚」という医学カテゴリとして生産されたように、クィア理論性自認を新しい「内面的真理」として医療教育法制度の対象に据えた。結果、生物学現実進化的に形成された性的二形性や犯罪パターン性差)を「抑圧」と位置づけ、流動性強制する新しい規範を生み出した。

ここで特に問題なのは、こうした人間本性の再定義社会契約民主的プロセスほとんど経ずに急速に制度化された点であるホッブズルソーが描いた社会契約は、個人の加害性や自由限界相互に認め、合意に基づく規範を構築する仕組みである民主的プロセス議会審議、科学レビュー国民合意形成公衆討議)は、これを支える現実的な装置だ。しかし、クィア理論の影響下で性自認優先政策アカデミアや一部の運動から行政法制度へ波及した過程では、こうしたプロセスが大幅にバイパスされた。生物学現実潜在的加害性の検討が十分に行われないまま、政策が「進歩的トレンドとして導入された事例は枚挙にいとまがない。

社会契約民主的プロセスは、一種の「遅延効果」を持つと見るべきだ。思想トレンドの変化が熱狂的に進行する中で、即時的な制度反映を「遅らせる」安全装置。審議の時間科学エビデンスの蓄積、利害関係者の声の反映——これらがなければ、流動的な人間像の再定義現実の害(身体的・心理的・社会的コスト)を十分に考慮せずに固定化されてしまう。クィア理論脱構築を掲げながら、この遅延効果を「抑圧の装置」と位置づけ、民主的チェックを弱めながら生権力を再配置した。

医療基準改定による「非医療化」の逆説——フーコー医療理論適用

ここで注目すべきは、医療基準自体改定による「非医療化」が、フーコー医療理論でこそ最も鮮やかに説明できる点であるDSM-5(2013年)では「Gender Identity Disorder(性同一性障害)」を「Gender Dysphoria(性別違和)」に改称し、アイデンティティのもの病理化する表現廃止した。ICD-112019年)では「Gender Incongruence(性別不一致)」を精神疾患から性的健康関連条件」章へ移動させ、精神疾患としての分類を正式に解除した。これらは一見クィア理論が推進した「反医療化」の勝利のように見える。

しかし、フーコー医療理論から見れば、これは非医療化の名の下に行われる新たな医療化・生権力の再配置にほかならない。フーコーは、権力が「病理化」だけでなく「脱病理化」によっても主体生産管理することを繰り返し指摘した。旧来の病理化(行為を「種」として内在化し、管理対象とする)を批判するように見せかけつつ、「合意と害の不在」という新しい基準で逸脱を再分類する。適合する軽度の逸脱(規範撹乱的な多様性)は「正常な多様性」として保護特権化され、適合しない重い衝動(非同意暴力要素の強いパラフリック障害)は、より強く「ただの犯罪」として切り捨てられる。これにより、クィア理論は反医療化を装いつつ、性自認を新しい内面的真理として医療制度的介入の対象に据え、人口の生を再最適化する装置を構築した。まさにフーコーが警告した「権力生産性」の典型である

犯罪者の脱人間プロセス二重基準階層

さらに深刻なのは、逸脱の「軽重」による選別が、犯罪者の脱人間化を促進している点だ。合意ベースの軽度パラフィリアや規範撹乱的な表現は、クィア理論によって「多様性」として保護特権化される。一方、非同意暴力要素の強い性的衝動(パラフリック障害)は、「ただの犯罪」として切り捨てられ、道徳的社会的に脱人間化される。DSM-5がパラフィリア自体を非病理化しつつ、害を伴うもの障害とする区別を設けたのも、この二重基準制度化した例である

フーコー的に見れば、これは生権力典型的な逆説だ。クィア理論は「反医療化」を掲げて旧来の病理化を批判したが、結果として新たな分類装置を構築した。「クィアであること」が文化的道徳的資本となり、十分に「クィア」でない逸脱者(重い反社会性+性的衝動の複合型)は、規範の外側に排除される。犯罪者は「宿命的な怪物」としてではなく、社会管理すべき生として扱われるべきなのに、理論は「軽い逸脱」の保護と「重い逸脱」の脱人間化を同時に推進する二重基準を生んだ。これにより、管理される自由自発的衝動抑制治療や専用環境選択肢)は十分に整備されず、宿命的な渇望を持つ人々をさら孤立させる。

フーコー批判——権力螺旋に巻き込まれ抵抗

フーコーは、権力は「抑圧」ではなく「生産」であり、抵抗のものが新たな権力装置を生むと繰り返し指摘した。クィア理論はまさにこの螺旋に巻き込まれた。規範脱構築しようとしたはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体と生を再管理する生権力として機能している。人間本性を流動的に再定義した結果、生物学現実や加害性の潜在性を直視する機会を失い、脆弱層(生物学女性子供)の安全権を再配分する事態を招いた。

社会契約民主的プロセスという「遅延効果」を欠いた再定義は、こうした生権力の再配置を加速させた。人間らしい社会とは、逸脱の宿命を認めつつ、害の度合いに基づく透明な線引きと、加害衝動者への「選択肢」(任意医療的介入や構造化された環境)を拡大する社会であるフーコー物差しで測れば、クィア理論実践規範の単なる置き換えに過ぎない。脱構築の名の下に生まれた新たな抑圧を避ける——それが、今求められる成熟した視点だろう。

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