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はてなキーワード: 死に至る病とは

2026-04-13

anond:20260412141232

10代で読んでいないと恥ずかしい必読書

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ラカン精神分析の四基本概念』 

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ヴェイユ重力と恩寵』 

ディルタイ精神科学序説』 

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ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

バタイユエロティシズム』 

アガンベンホモ・サケル』 

ラッセル西洋哲学史

ルソー社会契約論』 

スピノザエチカ』 

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』  

リップマン世論』 

オルテガ大衆の反逆』 

マンハイム『イデオロギーユートピア』 

フロム自由からの逃走』 

ミルズ『パワーエリート』 

リースマン孤独群衆』 

パーソンズ社会行為構造』 

デュルケム『自殺論』 

イリイチシャドウ・ワーク』 

M・ポランニー『暗黙知次元』 

バレーラマトゥラーナ『知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ブルームアメリカンマインド終焉』 

シオラン歴史ユートピア』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

ロールズ正義論』 

ブルデューディスタンクシオン』 

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フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

サイードオリエンタリズム』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

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マッキンタイア『美徳なき時代』 

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カイヨワ『遊びと人間』 

フレイザー金枝篇』 

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レヴィ=ストロース悲しき熱帯』 

ギアツ文化解釈学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

ブローデル地中海』 

ウォーラーステイン近代世界システム』 

クラウゼヴィッツ戦争論』 

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ベンタム『道徳立法原理序説』 

ミル自由論』 

マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展理論』 

フリードマン資本主義自由』 

ハイエク『法・立法自由』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

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ポランニー『大転換』 

ボードリヤール消費社会の神話と構造』 

セン『貧困飢饉』 

ベル資本主義文化矛盾』 

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

サイモン経営行動』 

ギデンズ『近代はいかなる時代か』

ホワイトヘッド過程実在』 

クリプキ『名指しと必然性』 

ポパー『推測と反駁』 

クーン科学革命構造』 

ラカトシュ方法擁護』 

デイヴィドソン『真理と解釈』 

パトナム『事実価値二分法の崩壊』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』 

デリダ『法の力』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

シュミット政治神学』 

ダールポリアーキー』 

ヴァイツゼッカーゲシュタルトクライス』 

チョムスキー文法理論の諸相』 

ヴィゴツキー思考言語』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

ソンタグ『反解釈』 

ウィルソン生命多様性』 

ドーキンス利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学視覚論』 

ケストラー機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

イーザー行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マンロマン主義レトリック』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ経験論と心の哲学』 

レイコフ『認知意味論』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

ウエルバッハ『ミメーシス』 

ミード西洋近代思想史』 

ネグリ構成権力』 

クリステヴァ『詩的言語革命』 

ランシエール不和あるいは了解なき了解

クリシュナムルティ『生と覚醒コメンタリー』 

バルトエクリチュールの零度』 

マクルーハンメディア論

ボルツ『グーテンベルク銀河系終焉』 

キットラー『グラモフォン・フィルムタイプライター』

2026-03-13

花粉症公害病

戯言を言っていると思うかも知れませんが......。

まずは公害定義を見てみましょう。

環境基本法には次のように書かれています

二条3 この法律において「公害」とは、環境保全上の支障のうち、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気汚染、水質の汚濁(水質以外の水の状態又は水底の底質が悪化することを含む。第二十一第一第一号において同じ。)、土壌の汚染騒音振動地盤の沈下(鉱物の掘採のための土地の掘削によるものを除く。以下同じ。)及び悪臭によって、人の健康又は生活環境(人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む。以下同じ。)に係る被害が生ずることをいう。

https://laws.e-gov.go.jp/law/405AC0000000091

また、総務省は次のように解説しています

公害」は、環境基本法(2条3項)により、

1. 事業活動その他の人の活動に伴って生ずる

2. 相当範囲にわたる

3. 大気汚染、水質の汚濁、土壌の汚染騒音振動地盤の沈下及び悪臭によって

4. 人の健康又は生活環境に係る被害が生ずること

定義されており、3に列挙される、大気汚染水質汚濁土壌汚染騒音振動地盤沈下及び悪臭の7種類の公害は、「典型7公害」と呼ばれています

https://www.soumu.go.jp/kouchoi/knowledge/how/e-dispute.html

花粉症公害病の定義に当てはまるのか見ていきましょう。

1. 事業活動その他の人の活動に伴って生ずる

異常な量の杉や檜を植林したのは人なので当てはまりますね。

2. 相当範囲にわたる

沖縄など極一部を除くほぼ日本全土に渡っています

他の公害と比べものにならないくらい広範囲です。

というか、国民の2人に1人が罹患しているって異常ですよ。

3. 大気汚染、水質の汚濁、土壌の汚染騒音振動地盤の沈下及び悪臭によって

窒素酸化物PM2.5と同様に大気汚染していることは明白です。

4. 人の健康又は生活環境に係る被害が生ずること

ここの部分が他の公害比較して若干弱いですが、それでも人の健康生活環境を害しているのは間違いありませんよね。つまり公害定義には当てはまるけども、危篤化したり死に至る病ではないことで、公害であることを見過ごされているのが花粉症です。花粉症での人死はないですが、「罹患者数 x 影響度」で言えば国内過去最大の公害であると言えるはずです。

誰かが死ぬくらいなら浅く広く負担するのは仕方がないかなとこれまでは思っていましたが、花粉症の薬がOTC指定患者負担とするのは流石に酷いと感じたので書いてみました。本来であれば、杉の伐採治療確立のために国費をもっと投入すべきではないでしょうか。現状では民間に丸投げしているようにしか感じません。公害病なのに自己責任として個人押し付けるつもりなのでしょうか。

2026-02-21

意味を持たない世界意味を探す。

人はこのジレンマ解決する3つの方法を持っている。

キルケゴールカミュはその解決法を著書の中で書いている。

死に至る病』と『シーシュポスの神話である

2026-02-18

anond:20260218062235

泥濘の底

私も、とうとう老害という、救いようのない無粋な生き物になり果ててしまったのだろうか。

先日、職場若い男が、碌に裏付けも取らずに放り投げてきた仕事があった。泥の河から掬い上げたような、形ばかりの無機質な書類。私はその粗漏な出来に、肺の奥から絞り出すような溜息をつき、すぐさま根拠となる資料を添えて、「ここが違っているよ」と突き返した。澱みのない、氷のように冷徹なやり取りのつもりだった。

ところが、その後のことだ。用を足しに立った洗面所の、湿ったタイル匂いが立ち込める個室で、思いがけずその男の声を聞いてしまった。彼は、私への不平を連れション相手に零していた。驚いたのは、その相手である。彼を指導する立場にあるベテランの男が、「ああ、あいつは鼻持ちならないよな」と、腐った水を飲み込むように、事も無げに相槌を打っていたのだ。

胸の奥に、ざらついた砂を無理やり嚥下したときのような、暗い苛立ちが広がった。

時間に追われ、仕事が雑になることは、生きている限り避けられぬ業のようなものだ。だが、それは自らが負うべき覚悟の果てにあるべきものではないのか。何より、個室に誰が潜んでいるかも知れぬ場所で、無防備愚痴をこぼすその立ち居振る舞いが、社会人としてひどく危うく、薄汚れて見えてならない。もしこれが、取引先の人間でも居合わせていたら、その男は自らの首を絞めることになっただろう。

さらに合点がいかないのは、指導役の無残な態度だ。「辛かったね」とでも言わんばかりに、若造の甘えを無批判に抱擁して、一体何を守ろうとしているのか。数分調べれば済む手間を惜しみ、間違いを指摘されれば逆恨みをする。そんな繊細すぎる硝子細工のような心根で仕事をしたいのなら、最初から完璧を期せばいい。図太くやりたいのなら、最期までその泥に塗れた図太さを貫き通せばいいのだ。

から何までが、自分勝手で、筋というものが通っていない。

「君は何も悪くないよ」という甘い毒液のような言葉が、青年の成長の芽を無残に摘み取っていることに、なぜあのベテランは気づかないのだろうか。ほんの少しずつでも、職人としての経験値を血肉にしていくような、そんな情のある教え方というものがあるはずだ。

よその部署教育方針に口を挟むのは、それこそ老い醜態だと分かっている。だから私は、何も言わずにこの数日を過ごした。けれど、ふとした瞬間に、やはりあんなやり方は間違っているのだという思いが、黒い澱のように心の底に沈殿していく。

若者の働き方に眉をひそめ、年長の振る舞いに、言いようのない違和感を覚える。これこそが、かつて私が若い時分に軽蔑してやまなかった、「老害」という名の孤独死に至る病の正体なのかもしれない。

夕暮れ時、どぶ川のように濁った空を見やりながら、私は静かに、自らの足元にまで忍び寄る「老い」という名の深い影を認めていた。

2026-01-28

【論考】操縦席の囚人日本首相における「権力」と「無力」の相転移

【はじめに】

日本総理大臣は、世界で最も不思議な「権力者である

法的には、彼は解散権という核ボタンを持ち、人事権という生殺与奪の剣を握る「全能の王」に見える。

しかし、構造的に見れば、彼は巨大な官僚機構、党内力学、そして対米従属という三重鉄壁に囲まれた「独房囚人」に過ぎない。

シリーズ最終章となる本稿では、この「システム構造)」と「アクター個人)」の間に横たわる、残酷力学を解剖する。

なぜ、改革を叫ぶ者は短命に終わり、何もしない者が長期政権を築くのか?

ここにあるのは、個人資質問題ではない。システムが許容する「自由意志」の総量が、最初から決まっているという物理法則である

「操縦桿」は繋がっているか

日本政治という巨大な飛行機リヴァイアサン)において、コックピットに座る首相が握る操縦桿は、実は主翼政策実行機能)と繋がっていないことが多い。

この操縦桿は、フライバイ・ワイヤ(電気信号)で制御されているが、その信号を処理するコンピューター官僚米国派閥)が、入力された命令を「解釈」し、勝手に書き換えるからだ。

システムと踊る三種類の囚人たち

日本首相官邸というコックピットにおいて、パイロット選択できる行動パターン数学的に以下の三つしかない。

同化システムと一体化し、ノイズを消す。

衝突:システムと正面衝突し、破砕する。

改竄システムバグを利用し、私物化する。

それぞれの運命を、具体的な検体(歴代首相)を通じて検証する。

【Type A】依代岸田文雄という「虚無の完成形」

岸田文雄(2021-2024)は、無能だったから短命だったのではない。逆に、このシステムにおける「理想的統治者」としての適性が高すぎたために、存在自体空気環境変数)と同化した稀有な例である

生存戦略:「聞く力」という名の入力バッファ

彼が掲げた「聞く力」とは、国民の声を聞くことではない。

官僚機構派閥長老連合、そして米国。あらゆるステークホルダーから入力信号(Input)を、一切のフィルタ個人自我)を通さずに、そのまま政策として出力(Output)する機能のことだ。

自我がないため、摩擦係数がゼロに近い。

財務省増税を囁けば「増税」と出力し、世論が反発すれば即座に「減税」と出力する。ここには「変節」という概念さえ存在しない。ただ「入力が変わったから出力が変わった」という、機械的な反応があるだけだ。

官僚にとって、これほど扱いやすUIユーザーインターフェース)はない。

彼が多用した「検討を加速させる」という再帰的なループ言語は、決定責任回避しつつ時間を稼ぐ、このシステムが産んだ最高の防御呪文であった。

彼は「何も成し遂げなかった」のではない。「何もしないことで、システムを安定させた」という点で、最も純粋システム部品であった。

【Type B】異端鳩山由紀夫田中角栄という「免疫拒絶」

システムは「自律的意志」を持つ部品を、ウイルスとして検知する。

田中角栄ロッキード事件)と鳩山由紀夫普天間移設)は、左右の違いこそあれ、システム特に第2層の官僚と第3層の米国)の回路を、個人意志で書き換えようとした点で共通している。

破壊工作の失敗:

田中角栄: 彼は「カネ」という潤滑油を大量に注ぎ込むことで、官僚機構(法による支配)を無力化し、日中国交正常化などの独自外交(対米自立の萌芽)を行った。

鳩山由紀夫: 彼は「友愛」というイデオロギーで、日米安保というOSの根幹(抑止力論理)を無効化しようとした。「最低でも県外」という言葉は、システムへの宣戦布告であった。

処刑メカニズム

リヴァイアサンは、彼らを政治的に殺すために「免疫細胞」を動員した。

田中には「東京地検特捜部」という司法の牙が、鳩山には「外務省官僚によるサボタージュと極秘文書リーク」という行政の罠が襲いかかった。

彼らの失脚は、スキャンダル失言による自滅ではない。

構造に逆らった個人意志は、必ず物理的に排除される」という、システム自己防衛機能が正常に作動した結果である

彼らの屍は、後続の政治家たちへ強烈なメッセージを残した。「操縦桿を勝手に動かすな」。

【Type C】ハッカー(Hacker):安倍晋三高市早苗という「悪魔取引

彼らは、システムと戦う愚かさ(Type B)も、システムに埋没する虚しさ(Type A)も知っていた。

ゆえに彼らは、システムのものを「ハッキング」することを選んだ。彼らは構造を変革するのではなく、構造の「脆弱性Bug)」を突くことで、擬似的な王権を創出した。

ハッキングの手口:内閣人事局という管理者権限

安倍晋三(第二次政権)の発明は、官僚と戦うのではなく、官僚の「人事」を握ることで、彼らを「恐怖」で支配下に置いたことだ。

これにより、官僚機構(第2層)は「抵抗勢力から忖度する手足」へと変質した。

そして、なぜ安倍晋三けが「神」を殺せたのか?

歴代首相たち――橋本龍太郎も、小泉純一郎も、民主党菅直人も――皆、官僚機構霞が関)と戦い、そして敗北あるいは妥協余儀なくされた。

なぜ彼らは失敗し、安倍晋三けが官僚を「忠実な下僕」に変えることができたのか?

その答えは、精神論でもリーダーシップでもない。

2014年実装された、たった一つの構造変更パッチ」にある。

それが「内閣人事局」の設置である

以前のシステム:「聖域」だけは触れない

2014年以前、日本首相は「法律」を作ることはできたが、官僚の「人事」に口を出すことはタブー(聖域)とされていた。

各省庁の事務次官局長は、省内の序列互助会的な論理で決定され、首相最後にハンコを押すだけの「ハンコ」に過ぎなかった。

この構造下では、官僚忠誠心は「時の総理」ではなく、「所属する省庁」に向けられる。

総理は数年で変わるが、省庁は永遠である」。

からこそ、彼らは平気で面従腹背し、サボタージュを行い、情報リークして政権を倒すことができた(民主党政権が殺された主因はこれである)。

安倍ハッキング:「生殺与奪の権」の掌握

安倍晋三(と当時の菅義偉官房長官)は、このバグ冷徹に見抜いていた。

官僚は『国益』では動かない。『出世』で動く生き物だ」

2014年、第二次安倍政権は「国家公務員法」を改正し、内閣人事局を新設。

これにより、審議官級以上の幹部公務員(約600人)の人事権を、各省庁から取り上げ、官邸内閣官房)が一元管理するシステムへと書き換えた。

これは、OSの「管理者権限Root Access)」の奪取に等しい。

行動様式の変容:「忖度」のアルゴリズム

効果は劇的だった。

官邸に逆らえば、飛ばされる(左遷される)」

この恐怖は、霞が関論理を一瞬で書き換えた。

かつて「法の番人」を自認していた法務官僚も、財政規律を守っていた財務官僚も、自らの出世組織防衛のために、官邸意向を「先回りして推測(忖度)」し、公文書改ざんすら厭わない「忠実な兵隊」へと変貌した。

小泉純一郎は「郵政」という局地戦には勝ったが、官僚機構のものは温存した。

民主党官僚を「敵」として怒鳴りつけたが、人事権という武器を持たずに戦ったため、寝首をかかれた。

安倍晋三けが、「人事権という首輪をつければ、猛獣ペットになる」という構造力学理解し、それを制度化したのである

これが、彼が「憲政史上最長の政権」を築けた最大のトリックであり、同時に日本官僚制(明治層)の魂を完全に殺した「毒」の正体でもある。

さらに彼は、米国(第3層)に対し、集団的自衛権という「最高の貢物」を差し出すことで、国内政治におけるフリーハンド(黙認)を勝ち取った。

高市早苗(2025-)の現在

現在コックピットに座る高市首相もまた、この系譜にある。

彼女の「保守的言動」は、イデオロギーではない。あれは、岩盤保守層(第1層の農村地主の変種)を繋ぎ止め、同時にシステム内部の求心力を維持するための「認証コードである

彼女は、安倍政権が残した「ハッキングツール人事権安保連携)」を継承し、さらに「非常時(台湾有事危機)」という外部環境を利用して、システム権限を極限まで集中させている。

代償:

ハッカーたちは強い。しかし、その強さは「システムの一部(公共性法の支配)」を犠牲にして得たものだ。

彼らが長期政権を維持すればするほど、官僚は萎縮し(公文書改ざん)、財政規律を失い(異次元緩和)、国は「私物化」されていく。

彼らは操縦しているように見えるが、実際には「機体のパーツを取り外して燃料にくべながら、加速し続けている」に過ぎない。

2026年現在地:空っぽコックピット

そして現在高市首相が行った「奇襲解散」。

これは一見彼女の強烈なリーダーシップ(能動性)に見える。しかし、本シリーズの視座から見れば、それは違う。

彼女もまた、システムが生き残るために選ばれた「機能」に過ぎない。

改革」という名のエンターテインメント国民提供し、ガス抜きをする。そのために、彼女攻撃的なキャラクターUI)が採用されただけだ。

彼女が操縦桿を右に切ろうが左に切ろうが、機体は「現状維持」という航路から1ミリもズレない。

なぜなら、エンジン経済構造)も、管制塔(米国)も、整備士官僚)も、誰も航路変更など望んでいないからだ。


この三者分析から、一つの残酷法則が浮かび上がる。

“善良”な「依代」が統治すれば、国は緩やかに衰退する(死に至る病)。

“勇敢”な「異端」が統治すれば、国は即座にパニックに陥り、彼自身が殺される(拒絶反応)。

狡猾”な「ハッカー」が統治すれば、国は熱狂の中でその骨格を食い荒らされる(自己中毒)。

ここには「正解」の選択肢が存在しない。

なぜなら、コックピット首相官邸)の設計のものが、「主権の欠損」を前提に作られているからだ。

我々が目撃しているのは、高度に発達しすぎた官僚制と資本主義の複合体が、もはや人間の「意志」を必要としなくなった光景である

政治家の「主観的能動性」は、いまやシステムにとって「リスク」でしかない。

したがって、システムは最も「空っぽ人間」か、最も「システムに過剰適応したハッカー」だけをコックピットに招き入れる。

操縦席には誰もいない。あるいは、「誰もいない」のと同じ状態人間しか座れない。

それでもリヴァイアサンは飛び続ける。燃料(国民の税と魂)が尽きて、墜落するその瞬間まで。

シリーズ結論は、ここに至る。

政治が「悪い」ことではない。

2025-12-28

長めの休みが嫌い

年末年始の休暇に入った。

今年は9日間。昔から1週間以上の休みが苦手だ。若いから日給月給の暮らしをしてきたので、長期休暇=収入減なのも憂鬱理由の一つだが、最大の要因は時間を持て余すこと。

外に出かけて楽しいのは最初の1、2時間だけで、その後は帰りたい気持ちが強くなる。実際帰ることも少なくない。それで帰っても別に何もしない。TVつけてもちゃんとは見ないし、動画配信は何を見ていいかからない。そもそも時間映画ドラマを家で見る事ができない。見てても途中でやめてしまう。15分くらい見て中断してる映画が何本もある。

若い頃は酒呑んで寝てたけど、ジジイになると飲み食いの分の体力もない。寝るにも体力がいるし、そうなると布団に入ってスマホいじるのが休みの大半になる。当然のように気は晴れない。SNS面白くて見てるわけじゃなくて、他にすることないからしてるだけ。ずっと気分は灰色に近い。感情ほとんど動かない。

死に至る病絶望である、と聞いたことがある。俺は鬱屈だと思う。自分から死にゃしねえけど、何も考えない世界に行けるならそれもいいと思う。

2025-11-11

anond:20251111122030

今年の途中から体調が悪いとポストに書くことが多くなっておりましたが、病名は明かしませんが、放置すると死に至る病気でした。

今年の9月には既に体重が急激に落ちてて身内全員から病院に行けと毎日のように言われるようになってました。自分も急激な体重減少、筋力低下、睡眠をとっても回復しない、座っているだけで意識ぼんやりしている状態と異常な疲労感で病院に行くのが怖くなっていましたが、最終的にさら調子が悪くなっていきこのまま放置したら死ぬような気がしたのが病院へ行ったきっかけでした。

今は薬を飲んで少し落ち着いてますが、たまに調子が悪くなります

2025-10-24

ブクマカアトピー死に至る病か?」

b:id:yamatedolphin

https://b.hatena.ne.jp/entry/4777860688493028801/comment/yamatedolphin

A.はい、死に至ります

アトピーがどういう病か知らない馬鹿なんでしょうけど、ほっとくと全身ガビガビになって浸出液と血塗れになります

掻くと痛いのは分かってても痒くて痒くて痒くて痒くて掻かずにはいられません

アレルギーなので生まれつきの体質で、根治療法は見つかっていません

小児アトピーは成長するに連れてほぼ治る人もいますが再発したり治らない人もいます

生薬を塗り続けるか、薬で落ち着いたら保湿剤でできるだけ保たせる人生です

2~4週ごとに1万以上もする注射を打つデュピクセント治療というのもあるけど高額だし症状が酷い人しか受けられません

以上を踏まえてアトピー患者が薬なしだとどういう生活をすることになるか想像できますか?

できないでしょうね

常に全身に強烈な痒みがあり、無意識に掻いてしまレベルです

全身ガビガビ、浸出液と血塗れで服は着たら汚れる状態です

顔も当然ガビガビなので保湿剤以外付けられないし、女性場合化粧などできる筈もありません

ゾンビみたいな見た目なので誰からも嫌われ、避けられます

見た目がそんなで、面接でも掻くのを抑えられないので就職もできないでしょう

ゾンビ仕事を依頼する人はいないので個人事業主も無理です

まり実家ニートをするしかないということになります

そうなったら高確率人間自殺しま

生きていても痒くて痛いだけで希望が何もないからです

アトピー死に至る病」ということの解説でした

2025-07-23

死なないでくれ大空スバル

大空スバル、というホロライブ所属Vtuberがいる。

特徴は「ひたすら明るい」キャラだ。

ファンに聞いても他のホロメン(同僚)に聞いても、一言目は「明るい」という感想が出てくる、そんな女性だ。

ホロライブ所属メンバー基本的に全員オタク陰キャかその両方しかいない中、多分唯一のオタクでも陰キャでもないキャラクターだが、一方で全く知らないオタク世界積極的に入ってきて、ゲームをやったりアニメを見たりするときの反応を楽しむ、というのが一つの魅力になっている。

オタクに優しいギャル」に近いけどギャルではなくて、「クラスの中心にいつもいる明るい女子自分オタク趣味にすごい興味を持ってくれているのだが」みたいなタイトルが近いと思う。

一方でポンコツなところも多く、「しょうがないなあ」的な庇護欲も起きてくる。ホロメン同士とも仲がいい子がいっぱいおり、その子たちとの交流も見ていて笑顔になるものばかり。中でも登録者ナンバーワンの宝鐘マリンハグをする瞬間のエモさはコンテンツとして完成され切っているので是非見てほしい。

また、圧倒的に努力の人でもある。自己管理が苦手なことに自覚があって、配信自分で毎週の日時にルールを全て決めて出来る限り守って6年以上続けてきたのが今の人気に繋がっているのは間違いない。

さて、そんな「太陽少女」大空スバルだが、ホロライブに入るまでの人生が明るかったかというと必ずしもそうではない。

家は元はお嬢様のようだが、子どものころから体が弱くて14歳まで生きられないと言われ長期入院していたり、実家火事で全焼したり、不登校経験もあったりと、その明るさから想像できないほど重めの過去を背負っている。

デビューきっかけも経済的にも困窮していたため掛け持ちいくつ目かのアルバイト感覚でホロライブに入った、と自己で言っているくらいだ。

デビュー後もすぐに順風満帆というわけではないが、初期の頃は人気も出ずキャラも迷走したりと苦労をしながらずっと頑張り、今では登録者数190万人の大人Vtuberになっている。

そんな彼女だが、現在鼻の手術をするために休暇を取っており、昨日もう少し休みます、という発表があったばかりだ。

そしてそんな投稿を見て、ずっと感じている心配が再びわいたのでここで吐き出したいと思う。

彼女物語は、死んで完成してしまいそうで怖い。

別に何か心配なことがあるわけではない。

何か死に至る病を持っていることもないようだし、死ぬレベルの不注意だとも思わない。

しかし、上記プロフィールを追っていると、これが物語なら死んでしまキャラだと思ってしまうのだ。

逆境を跳ね返し、明るさを武器努力を続け、成功して友達もたくさん、というところで無意味に死んじゃう、というのは悲劇として完成し過ぎていて、どうしてもそうなるんじゃないか

映画ラノベエロゲ脳みそが侵され過ぎているのかもしれない。

でも、当然だけど死んでほしいわけではない。

しろ絶対に死なないでほしいんだけど、キャラ的にそう見えて心配しすぎている。

死因はあっけない、どうでもいいものになると思う。

今回も鼻の手術は成功したのに、ちょっとした合併症悪化して、とかでコロリと死んじゃう。

あるいは今回に関係なく、事故などであっさり亡くなってしまう。

そんな想像ばかりして、その後の他のホロメンの反応とかも想像して、一人で悲しくなっている。

何か注意できるものでもないし、勝手心配しているだけだ。

本人の生活問題があるとかじゃなく、物語的に死んじゃいそう、というのも失礼極まりない文書だろう。

なので匿名でここに放流することとした。

大空スバルよ、死なないでくれ。

2025-03-24

キルケゴールは「死に至る病とは絶望のことだ」と唱えたが、俺はどう生きたらいいのか

全く分からん

絶望しながらも、希望を持とうと頑張ることが良いらしいが、過酷だよな

普通に働いて普通に恋愛して普通に家庭を持って…

そんな「普通」なんてもはや手に入らない

40代独身氷河期非正規男性が、絶望しないでいられる状態ってなんだ??

マジで答えてくれ

絶望しながらなんとなく生きる、これだけはやっちゃいけないみたいにキルケゴールは言ってるんだけど

やっぱりここからでも希望を持てってか?

しかしどうやって??

氷河期世代を救います!」みたいな政府広告見ても薄寒いだけ

何か夢を追いかけたらいいのか?

それとも、最悪生活保護がある日本に生まれラッキーとでも思えばいいのか?


くそ

誰も答えやしない

答えられないからだ

から俺の人生は俺が決めなきゃいけない

まだ半分くらい残ってる人生無為に生きるなんて御免だ

何か希望を見つけ出してやる

2024-09-01

anond:20240901151644

現代医療福祉では手の施しようのない貧困状態にある人達

自分家族尊厳を守るために選択するようなシステムであるべき

ということでしょ。

貧困死に至る病なんだよ。

2023-12-24

anond:20231223163212

絶望なんだよ。それは。

あんな頓珍漢なブコメトップブコメになるということは、

どれほど多くの愚かなブクマカが居るんだということへの絶望

死に至る病

絶望しているから、未来永劫、トップブコメが変わることはないと思い込んでしまう。

ブクマカに更生の余地は無いのだ。

2023-11-02

ロンギヌスのオマン

第3新東京オマン

ゼーレのオマン

死海マン

死に至る病マン

オマンコってなんなんだろ?

オマンコればいいと思うよ。

マンコちゃ駄目だマンコちゃ駄目だマンコちゃ駄目だマンコちゃ駄目だマンコちゃ駄目だマンコちゃ駄目だマンコちゃ

オマンコなら帰れ

マンコな

オマンコは死なないわ。わたしマンコるもの

2023-09-13

anond:20230913202814

なんでそこで意固地になるかなあ

まあ別なら別でいいんだけど、津波場合被害が発生すればその基準不適切だったことに気づけるけど、放射性物質場合はその基準不適切だったことに気づきにくいわけよ

健康被害であったり生態系に何らかの悪影響があった場合でも、生き物ってのは複雑なので、問題の原因切り分けが難しいわけ

死に至る病発症させるのであればすぐ気づけるけど、不定愁訴レベルの変化であれば、仮に処理水がその症状に対して明確な因果を持っていたとしても、原因として特定されづらいわけ

まり、処理水放出仮に安全でなかったとしても、我々はそれを感知することはできないわけ

「処理水が安全かどうかは反証不能である」という可能性が高いことだけは覚えて帰ってください

2023-08-09

死に至る病を読んでも退屈な本だなとしか思わなかった10年前と違い、今はニーチェが何を言わんとしてたか肌でわかるようになってしまった

理解できるようになりたいと思ってはいたけど、不幸にならないと体感できない本なんだなと思う

あとニーチェじゃなくてキェルケゴールだったわ

2023-03-02

私は健診で何度指摘されても生活指導がついても、意識はしてるんですけどなかなか…みたいな感じだった

要経過観察からどんどん評価が悪くなっても、自分で出来ることはしてるつもり、でも改善しない、みたいな感じだった

痩せないと不妊治療及びその後が難しいらしいとのことが理由になり、菓子類を食べるのをやめた

これだけでそこそこ落ちた、5キロくらいは

その後、不摂生の見本のような・自分コピーである父親がいろいろ悪くして亡くなったあたりで、不摂生死に至る病なのだと強く感じた

父の死のショックからの食欲減退で2〜3キロは落ちたと思う

それに加え以前にも増して食生活運動などを気にするようになった

危機意識が父の死でぐっと高まった、似たような体質で似たような性格生活態度、自分が同じ道を辿ることを想像して恐怖した 健診結果から確実に父と似たような不具合自身にも起こりつつあることが読み取れた

その流れで食べたものを記録するアプリを使い出した

アプリ効果で5キロくらい徐々に落ちたと思う

きちんと記録してみると、節制して抑えていたと思ったカロリーも案外日々の活動カロリーを超えて摂取していることを理解した

そうして順調に落ちた体重もしばらく下げ止まっていた

食事はこれ以上減らしようがない、これ以上は運動か何か大きな努力しないと無理だろうと思った

が、ここ最近また徐々に落ちている

体が痩せないようにする防御反応していたのが、チートデイか何かで解けたのかもしれない

とにもかくにもこの2年で12キロほど落とした

何度注意されても痩せられなかったのが痩せた

人はアドバイスなんかでは変わらない

変わるべき理由ができた時に自分で変えるしかないのだと思う

2023-02-05

自分も太ってた

ある時から食事制限して痩せた

痩せた理由失恋なんかではなかった

自分の真似元コピーである摂生父親が諸々の病気をやってとうとう亡くなってしまたか

成人病死に至る病なのだと目の当たりにしたか

死なないために痩せなければと思って痩せた

恋愛なんかは生き死にには関係ない遊びだ

そんなもんで痩せられる人間はいない

いるかもしれんが自分恋愛ときでは痩せられない

2022-11-01

病識がない、という絶望

水谷緑さんの「私だけ年を取っているみたいだ〜ヤングケアラー再生日記〜」(文藝春秋)を読んで、病識のない精神障がい・患者を抱えた家族がどうやって社会と繋がれたか書こうと思った。

母も当時、自分病気じゃないと思っていて(病識(びょうしき)がない、と今は言ってる)、明らかに家族や周りが見たらおかしくて、その認識乖離のせいでさら信頼関係が崩れたり、暴走が激しくなったりした。

精神科は本人を連れてきて、と言う。

それを言われた家族絶望感は、計り知れない。

母が調子最初に崩した時、父がすぐに何か気付いて東京病院に連れて行った。

そこで話を聞いてもらって、薬をもらった。

気分が落ち着くような薬で、代わりにうつ病のように1日のほとんど寝ていることになる。

お酒も飲めない。

それでも家族としては暴走されるよりマシだから飲んでて欲しいけれど、本人は「薬を一生飲むのかな」「薬がなければ家事をきちんとできるのに」「私は薬なんかなくてもまともだ」と思うのだろうか。

勝手断薬して、調子を崩す。

薬を飲んでいない時で躁状態の時、最初に行なったのは都内に出かけて高価な買い物をしてきたことだった。

出かけた先で予定を変えて夜遅くまで帰ってこなかったり、突然深夜に出かけることもあった。

おかしな行動をし始めた頃、父は必要あれば迎えに行ったり連絡を試みていたが、だんだんほっとくようになった。

お父さんは浮気してるとか、お父さんは嫌いと言って家出という形で出ていくことも多くて、父としてもあまり優しくして構うのも限界があったのだと思う。

ある時、学生時代友達の家に遊びに行って泊めてもらっていた。友達も泊まるとは思わなかったし様子もおかしいので、父に連絡がくる。母が車で出かけていたので始発を待って翌朝父が迎えに行くと、友達の家のベランダから何かを叫んで怒っていて、友達は怯えて寝室に閉じこもっていた。

父が車を運転して母を連れて帰ってきて、その翌日、数年ぶりに病院に連れて行くことにした。

それまで母に「診てもらおうよ」と言ってもまた喧嘩になるから諦めていた。

その時は、妹や父が(色々あって)鬱かも、みんなで診てもらおう、と連れ出したらしい。

(私は進学で別の土地にいたのでこの辺りは伝聞だ。)

日曜だったのでやっている病院が少なく、隣の町の小さなメンタルクリニックに連れていった。

少し離れた有料駐車場に車を停めて3人でクリニックに向かう間も、母は「やっぱりやめようよ」「あそこに行ってみたい」「どこに連れてくの?」と、足を止めていたらしいが、なんとかクリニックの前まで連れてきた。

クリニックの看板には、「心療内科整形外科内科」みたいなことが書いてあった。

それを見て母は、「整形外科って何!私を整形させたいの!?整形しようとしてると思われる!みっともなくてこんなところは入れない!」と言ったが、とにかくいいから、と院内に入る。

待合室で少し待っていると、母がだんだん気分が上がってきて、診察を待たずに待合室で父と喧嘩になった。

妹が泣きそうになりながら、クリニックの人に「早く診てください」と言うと、クリニックの先生が出てきて、「うちではここまで調子悪い人診れないよ」と言った。

暴れたり叫んだりするのをやめないので、クリニックが警察を呼んだ。

警察

これが初めての警察のお世話になった場面だった。

みんな家族警察に捕まるなんて恥ずかしいしとんでもないと思うかもしれないけど、本当に家族おかしくて困っているなら警察は悪手ではないと今は思ってる。

本人は嫌だったと思うけど。

警察が来ても頭がおかしい人は「捕まる」訳ではない。でも、一晩署にいて、そのあと病院送還される。そこで度合いによるが「措置入院」となると、県知事都知事市長入院しないといけない人と判断した、となり、その入院にはお金がかからない。

その分それくらいのレベル、ということで病院では拘束されたり外部との連絡や交流制限されたりするが。

この時は措置入院になり、つまり母としては「無理矢理頭がおかしいことにさせられて警察強制的入院させられた」となっていたと思う。

母が署に一晩いることになって父と妹だけで帰宅した夜、初めて電話が来て、「なるべく早く、可能なら明日にでも帰ってきて」と言われた。

2人とも料理洗濯もできないと言ってやり方を教えてくれ、と。

入院にあたってタオルなど荷物を届けるためみんなで病院にも行った。面会はできなかった。

入院は2ヶ月程度だったと思う。

2ヶ月経って面会が許された頃、病院に久しぶりに行くと、先生に「本人が退院したがっていて、症状も落ち着いてるのでこちらとしては患者さんの意向尊重する」と言われた。

だが、面会した時に話した感じで、母に病識がないことがわかっていたので私と妹は反対だった。

だが結局その時は退院になってしまった。父が母を信用してみることにしたのだ。ここから入院お金がかかるから躊躇したものあるかもしれない。

案の定1ヶ月以内に躁状態は戻ってきたが、通院と薬で押し込めて落ち着けられた。

そのあと2年後に、大きな動きがあった。

入院の時お世話になった先生のところに、2ヶ月に一回のペースで通院していた頃だった。

その回の通院で話し合って、薬を少しだけ減らしたらしい。

そこから2週間ほど。

母がいつもより気合の入った料理を作り、元気になってきた。

教育関係者の偉い人の講演会に感動して、ビラ配りに参加したり活動的になってきていた。

だがそんなもの趣味と同じ扱いで制限もできないと思っていたこからたった3日ほど経ったある日、パート先で勤務中に、母がいなくなった。

仕事着のまま、運動会中の近所の小学校に来て騒いでると小学校教頭から父のところに連絡があった。

小学校に来て、〇〇さん(教育関係者の偉い人)が来てないかと騒いだと。

保護者教員で取り押さえていたが、父が仕事中で母の実家に連絡をとっている間に脱走。

母の実母は、母の姉に連絡し、妹にも連絡し、様子を見に向かっていた。妹はデートに行く途中で連絡が来て、相手に断りを入れなきゃいけないし、自分の予定を邪魔されるし、そんな状態の母も見たくないしで泣きながら戻ってきたという。(私は妹にこの時、母のところに行きたくなかったら行かなくてもいい、時間をおいて帰宅したらどうか、と言った気がする。デートについてはなんて言えばいいかからなかった。)

みんなが母を迎えに行こうとしている中、GPSで父が母の場所を探っていたが、急に移動のスピードが上がる。

教育関係者の偉い人の事務所の前にて、騒いでいるところを通報を受けて警察連行された。パトカーに乗っていたかGPSが速く移動したのだった。

署で面談中、母は暴れ、叫んでいた。

服を脱いでいたらしく、警察に渡された布を纏って、面談相手とは距離を取って面談をしていたという。

気が大きくなっていたのもあるが、離れて会話するから叫んでいたとも思う。

前回と同じ流れで措置入院になり、前回より近所の病院入院した。

私は今度こそ病識が持てるまで入院させよう、と強く主張し、妹・父と、先生に伝えたいことをまとめた。

また訪問看護も利用できないか聞きたかった。私は勘違いをしていて、家の中に来て少し家事をしたりしていってくれる人だと思っていたが、そのあと聞いたら訪問看護は薬を飲み忘れてないかとか様子がどうか見るだけのものらしい。

それでも家族以外の外部の人に見守ってもらえるなら今までよりいいと思う。

とにかく家の中に他人の目を入れたかった。

家族だけじゃ息が詰まる。

今回の先生女性先生私たちの話をよく聞いてくれて、「病識を持ってもらう」というゴール設定をよく理解して汲み取ってくれた。

薬を性質の違うものに変えて代わりに量を増やし、症状を抑えていた。

私は「心理的きっかけがあるんでしょうか?トラウマとか…」と聞いた。

先生は「違います。脳の障がいなんです。双極性は心理的な原因があることは少ないです。」と言ったと思う。(私の解釈が入っていて医療的に間違っていたらすみません。)自律神経の不調やホルモンの不調と似たものだという理解だった。

結局入院は3ヶ月程度だった。

退院した数日後に会いに行くと、母は前回と違い周りの患者さんと交流もできて、自分から障がい者手帳」「障がい年金」をもらおう、と言っていた。

一緒に申請に付き添って行ったが、明らかに前回と違うと思った。

今は自宅で過ごしている。家事自分のペースでして、やはりよく昼寝をしている。

勤務中に脱走したパート先には謝罪して辞めさせてもらった。

作業所などに通うことも検討したが、落ち着いていればパートもできるのだから本人としては新しいところでパートを始めたいらしい。

今症状と付き合い始めて10年ほど経つ。

今やってる向き合い方が正解かはまた数年経たないとわからないが、とりあえず穏やかにやってると思う。

暴走の仕方によるが、私たち場合調子の良い時は家族同士仲がいいし母の暴走は人を暴行したりはしないので、暴走させて警察などの権力のある機関に介入してもらう、というやり方で結果的に良かったと思っている。これが暴走するのが父で、ほっといたら人を殺すような人だったら思うとゾッとする。

でも、私もすごく怒りっぽいところがある。「暴走自体他人事と思えないし、私自身いつそちら側に行くかわからない。その時入院となったら、犯罪を犯してしまったらと思うとゾッとする。

私は病気が原因で人の命がどうにかなってしまうことだけが恐ろしい。

双極性障がいは、鬱に振り切って自殺をしてしま患者もいると言う。

母が自分を責めてそんな選択をすることもないよう気をつけている。

精神病気が「病気」と言われる所以はここにあると思う。死に至る病絶望と言ったのはキルケゴールか。

どんなふうに暴走しても人の命が侵されない限り、絶望しないでほしい。

2022-07-31

なんだかんだ言って前向きに生きる、とかいうのは自分のためにある。

ここ一年ほど人生のアガリ、みたいな境遇になってダラダラと生きてきたけどやっぱりそういうのは段々と死に至る病へと近づくよね現代社会に生きてると。

やっぱり嘘でも夢とか希望とか抱いた方がいいし、

それが無理だったとしても

今日食べるご飯とかを

出来るだけ美味しいものを食べれるように努力するとか

日常の中にガンバリを入れていかないと俺の場合ヤバくなるというのがよっくわかった。

まあコロナ禍が始まって以前とは生活様式が少し変わってしまった影響も大きいと思う。

なんかさあ、覚めた感じで生きてると駄目なの。

がんばってもがんばらなくても同じどうでもいいような仕事だ、って思ってそこそこにやってると絶望感に蝕まれる。

こんなアホみたいな仕事、クソみたいな仕事と思うほどこそ、やる気出していかないと死んでしまタイプのようだ。

でもまあそれがわかっただけでもこの1年は無駄ではなかった。

あとはその俺のガンバリの巻き込み被害を出さないようにスタンドアローンで目立たぬようにやっていこうと思う。

2022-07-12

舌ピを開けた、大学4回生

4回って言い方でわかる人もいるかもしれない。私は関西大学生だ。頭は良くないけど、そんなに後悔しない大学生活だった気がする。まだまだやりたいことあるしね。

本来なら舌ピなんて1回で開けて楽しんで就活を前に閉じるものかもしれないけど、私はやっと内定が出た直後に開けた。そこの会社に行くかはまだ迷っているけど、我慢できなかったので。

ピアス病院で開けた。ニードルかなと思ったらピアッサーで、少しずれてしまったけどまぁ満足してる。開けたのは先週土曜だから、そろそろ3日くらい。まだじんわり痛いし、違和感もある。舌を火傷した時や、口内炎が出来たような痛み。咀嚼すると痛みが強くなる。熱いものは駄目。辛いのとアルコール煙草は控えている。奥歯の方に押し込めるものは割と食べれる。スープ飲み物豆腐とかプリンは全く問題なし。茶碗蒸しが大活躍している。

両耳たぶは開いてるけど、他は開けてなかった。

耳は高校卒業式のその日に開けた。アマゾンで買った一番安いピアッサーで、その日に。高校校則が厳しくて、携帯持ち込み禁止、寄り道禁止、髪染めピアス禁止アルバイト禁止SNSアカウント作るの禁止、他にも色々禁止だった。校則に書いてあるだけとかじゃなくてほんとに先生に見つかったら指導されるレベルの厳しさだった。有名ではないけど幼稚園からある女子校からそんなものかもしれない。今となっては懐かしいけど、それは私が隠れてバイトSNSも寄り道もしていたからで、真面目に守っていたならきっと後悔していただろう。

一度無断で休んだ時は反省文を書かされた。学校へ行くくらいなら死のうと思ってホームドアのない電車を探していた時、行かなくてもいいんじゃないかと思った。先生や親も死ぬよりサボる方が嬉しいんじゃないかなんてやたら冷静に客観視してた。反省文を書きながらこれは何の反省なんだろうと思った、だって死ぬか行かないかの二択だったのに。

両耳のピアスは私としては早かったが世間的には遅いだろう。私はいつもそうだった。みんなより全部遅い。化粧を覚えたのも高校3年だった。

前髪を初めて作ったのもはたちになる少し前だ。高校生の時から散々ある方が可愛いだろうと言われていたし思っていたのに。

髪を初めて染めたのもはたちすぎてからしかインナーの一部で殆どからいくらい暗い青だった。でもそれがきっかけで色んな色をやった、インナーだけど。大学入って直ぐに染めてたらもっと色んな色が出来たのにとも思う。

次は全頭してみたいと思っている。遅いかもしれないけど、遅すぎはしないだろう。だって大学生だし。ぎりぎり。

いつも遅い。みんながやり始める頃にはそんなの興味無いとばかりに見ていて、後からやりたくなってもっと早くても良かったなと後悔する。そしたらもっと楽しめたのに。

でもそういう意識が強すぎて早まってしまうこともある。

成人した直後からワインを飲んでいる。家にカクテルセットがあるというと驚かれる、大学生では珍しいかもしれない。日本酒もすき、ジントニックもすき。クラフトビールもすき。そんな感じ。

幼少期に読んでた本は大抵大人びていた、気がする。少しだけ。英才のように文豪たちを読破したとかカントを読んだとかはない。今はキルケゴール死に至る病を買って、大学生だと言うのに意味が分からなくて呻いている。もしこれを読んだ方の中に哲学好きな方がいたら、あれを上手く読み解く為のコツとか解説書なんかを教えて欲しい。

閑話休題

遅いとか早いとか、そういうことは無意識に思ってしまう。早いうちに触れるのはいいことだ、何歳になっても遅いなんてことは無い。そうは言っても現実はその通りでは無い。

小説家イラストレーターになりたかった。学生のうちに仕事を受けられるようになっていなければそれで生計を立てるのは難しい。そもそもいちばん暇な大学生プロレベルまで出来なかったのは才能がないのだろう。能力ではない、やり続けるという才能が。

研究者になりたかった。小学生の頃の行きたい大学マサチューセッツだった。ちなみに今も昔も英語ができたことは無い。向き合う度に外国語は向いていないことをひしひしと感じる。

研究者に憧れがある、科学者数学者天文学者宇宙の真理やこの世の理、最先端技術、未知の可能性、人類進化魔法区別がつかなくなるまで発展する科学技術。無闇な憧れだ。論文も本も何も理解出来ず、どういうふうに系統だっているのかも分からない。でも憧れている。でももう遅い。私はサインコサインすら分からない。

頭がいい、と思っていた。昔は。人と会話することもある程度得意だ。

国語勉強しなくても偏差値が取れた。小学生漢検2級を取った(これは母の全力の献身によるものだ、私の努力ではない)。他の教科も聞いてたら何とかなった。でも中学2年くらいから授業を聞かなくなって、数学理科ががくんと落ちた。相変わらず国語トップ近くで、社会は本から得た知識でなんとかなって、英語は長文とリスニングで何とかした。文法からきしだった。

高校ではやれば出来るのにと言われ続けた。地頭は良いのにと。そうかもしれないと思っていた。そう思いたかった。

でもそうでは無いのだろう。

本を読んでも理解できないことが増えた。読み終わっても中身を忘れることが増えた。あんなに無限に読めると思っていた本を、もうしばらく最後まで読めたことは無い。難しくなったら駄目だった、ライトノベルは多分いまでもサクサク読める。

私は天才でも秀才でもなくて、やる気とかいう最大の生まれ持つ才能も持っていなくて、やる気がなくてもなんとかなる能力もなくて、全く興味の湧かない仕事内容の会社就職しようとしている。

昔はゲームなんて時間無駄だと本気で思っていた。それなら勉強した方が世界も広がって能力も高まって良いと。

勉強なんてもう何年もしていない。ソシャゲ毎日時間と毎月数万を使う立派なソシャカスだ。

ピアスタトゥーには憧れていた気がする。酒や煙草にも。アウトロー感のあるものには憧れがあって、でもテンプレートな安い人間にはなりたくなかった。でもなってしまった。

白衣を着て、日本でも有数の大学院で試験管を持ったり数式を書き散らしたり、ドイツ文学フランス文学を原文で読んで純粋理性批判について論文を書くような学生だったら、髪がペールブルーターコイズ二色で舌や唇にピアスが開いてて身体タトゥーが入ってたら最高にかっこよかったかもしれない。

そんな格好をしている美大生なんて山ほどいる。

そんな格好をしているバーアルバイトなんて山ほどいる。

そんな格好をしている鬱の社会不適合者なんて山ほどいる。

私がなりたかったものにはもう一生なれなくて、それでも表面だけで真似できるものだけ、努力しなくてもできるものだけ、真似している。

大学は楽しかった。散々文句を言ってやる気がなくてチャイムがなって数十分後に来てチャイムと同時に帰っていたけど、物を作るのは楽しかった気がする。ともだちもいる。そうそう人を友人と口に出せない私が友達だと確信を流石に持てるくらいには仲がいい、はず。

桜の咲く公園で夜にビールを飲んだり、宅飲みマリカしたり、自主休講して展示を見てパフェを食べたり、ナイトプールにいったり、ディズニーとユニバにいったり、覚えてもいないくらいたくさん話して笑ってた。最近は知り合いの家に酔った勢いで雀卓をアマゾンで買って送り付けてルール説明した。自分も分かってないのに。

彼らにとって大した思い出でもないかもしれないが、私にとっては一人では死んでも得られないそれらをくれた事に死ぬほど感謝している。

ずっと死にたいという思いはあって、でもその中にもう死んでも構わないというポジティブ希死念慮があることは間違いなく楽しかった大学生活のお陰だろう。いやなこともたくさんあった、アルバイトも大変だった。バイト先に警察が来たこともあった、これはいい経験だけど。人生経験できることはできるだけしておきたいので普通にその時も良かったなと思っていた、店からはたまったものじゃないだろうが。

そんな気持ちからバンジージャンプも行ったりした。単に絶叫好きなだけかもしれないが。ピアスもその一環かもしれない。開けなければどんな痛みかなんて知らない。舌ピ開いてるあのキャラクターとかも、開けた直後はポタージュとか豆腐とか食べてたのかな、と思うとちょっと面白い

シーシャも行った。今度葉巻もいく。

努力の要らないものばかり。ボランティアでもしてみれば良かったな。したい気持ちはあるけれど時間とか労力とかいきなりその日鬱になったらとか思うとなかなか出来ない。

習い事もしてみたかった。音楽からっきしだから何か楽器とか。バレエとかダンスかにも興味がある。踊るのはすきだ、振り付けは真似するのが苦手だから即興ばかり。音楽を流して踊り続けるのだけは得意だ、人に見せたことは一度もないけど。あとボルダリングとか、薙刀とか、色々やってみたかった。

そういう系だとサバゲーもある。これはサークルに思い切って入った。楽しかった。銃を買ったけれどコロナサークルが停止してそのままなくなってしまったので一度もフィールドで撃てなかった。いつか思いっきり撃ちたい。

スキースケートは好きだからフィギュアスケートもやってみたかった。ずっと憧れはあるけどスケートリンクが近くにあったことがないのでこれはしょうがない。

バイクにも乗ってみたい。一度後ろに乗せてもらって、免許取りたいといったけれど、結局バイクを持つのが大変なことやお金を考えて取っていない。

美容にはすぐお金を使ってしまう。というか費用対効果だ、時短になるならやっておきたい。二重はやった。脱毛はもうすぐ一回目がある。まつパもやりたい。レーシックもやりたいけどカラコンを入れなくなりそうだと思うとちょっと躊躇する、眼鏡も少し気に入っているので。外した方が可愛いけど。

少しでもかわいくなりたい。自分死ぬほどかわいくなくて、死ぬほど魅力がないのを知っているから、少しでもってなってしまう。

アイドルになりたかった。歌手でも俳優でもいい。最近ミュージカルがすきだからミュージカルにも憧れる。服のモデルもいい、写真撮られるのも色んな服を着るのもだいすきだ。

でも私は人前が苦手だ。頭で苦手だと思ったことはない、好きなアーティストライブにいっても、こんなにたくさんの人の前で歌ってこんなにたくさんの人に愛されるのはどれだけ快感だろうということを考えてしまう。

でも人前に出ると勝手身体が震えて、平衡感覚おかしくなって、喋れなくなる。大学の発表でもそうだ。上手く話せなくなる。頭は冷静だから対処はできるけど、身体勝手に震える。

人前というか知らない人と歌う機会があったことも少しあって、褒められたら嬉しかった。けど歌手アイドルになれるほどじゃない。顔も可愛くないし、ダンスも下手だ。自分では出来てるつもりでいても動画を見るとキレのなさに絶望する。これは本当に才能だと思う。

女の子アイドルゲームが出来ない。羨ましくなってしまうから男の子なら普通に推せてたまに羨ましくなるくらいだけど、同性だと近いから難しい。でもなりたいのは男の子アイドルだ、イケメンと一緒に可愛い女の子にキャーキャー言われるなんて最高じゃん、と思う。

先生になりたかった。人に物を教えるのはすきだ。上手い方だと思う、友人に教える時も。相手知識量や理解力に合わせて単語解説をいれ、分量を変え、分かりやすそうな例えを使う。フラット目線を持っているとも自負しているし、向いている気もしてる。先生と言うよりかはマンツーマン指導する方が向いているかもしれない。

でも一度家庭教師登録していて、仕事の話もあったけど、大学名で難色を示された。多分向こうの親御さんが文系理系学生がいいと言ったんだろうな、とぼんやり思った。同じ大学でも塾講師をしている子はいるので普通に学力があれば大丈夫なんだろう。私には教える力はあっても学力はない。でもやる気がなかったからこそやる気を出させたり、本を解説するのだけは本当に上手いと思うのだけど……まぁ、仕方ない。

他にもいろいろ夢はある。理想生活もたくさんある。でももう叶わない。分岐点はとっくの昔にある。

今できる楽しそうなことだけを積み重ねて、本は難しくて気力がない時には読めないかソシャゲの周回とTikTokをして、少しずつあの日高潔な私が死んでゆく。取り返しはもうつかない。じきに働かなきゃいけなくなる、働けるかは分からないけど。

せめてできる新しいことをしようと思って日記を書いた、ちょっと憧れていたから。ツイッターフォローしてる文章の上手い人のnoteが良かったから、ああいものを書きたいと思った。

私は承認欲求が強い。物凄く。いいねひとつ一喜一憂して、私より評価されている人全員が羨ましくて、なんとかいいねをしてくれそうな人に届いて欲しいけどそれを表に出せない。せめてタグをつけてRTをするくらいだ。

私は私の作品が好きでも、クオリティが低いことは知っていて、それでも好きだと言って欲しくて、でも他の有象無象の、私から見てあまりにも稚拙低俗作品といっしょくたにいいねされてると悲しくなる。こういうところが本当に性格が悪いと思う。けれど好悪はもう変えられないし、今更承認欲求も手放せない。昔は承認欲求なんてないと、どうでもいいと、むしろそれを持っている人になんでそんな感情を持つんだろうと疑問にすら思っていたのに、自分承認欲求があるとしたら全てが腑に落ちた。無いと思い込んでいても消せなかったものは、多分もう消えてはくれない。

私は自分底辺であることを知っていて、それでも結局どこかによく見られたいという願望が残っていて、ナルシストなところもあって、性格の悪さもあって、それがこの文章からも滲み出ていることが本当にいやで、でも取り繕うことすらしないのも嫌だからどうしようもない。

理想自分になりたかったと思いながら、今日自分ひとつ成長させてくれるはずの買い込んだ本をめくることすらできず、朝になった。

この文章最初からひたすら思いついたことを脱線するまま書いて、読み返しや修正もしていない。

どうせ誰にも刺さらないことを知っている。私の作品が好きですという感想匿名で貰ったことは一度もない。一度も。本の感想も。

最後まで読んでくれた人が数人でもいたら御の字だろう。

それでも誰かが読んでくれて、コメントをしてくれることを夢見ている。認めたくないけど、心のどこかであわよくばインフルエンサーとかがTwitter投稿したりして、バズって、はてな文学みたいな扱いを受けたりしないかななんて期待している。醜い。でもこの醜感情を抱えていたくないから書いてしまおう。心に秘めていたりツイッターでぼかしながら細切れに話してることを、全部思いのまま書きたくてこの文章を書いた。

何が刺さるんだと言われたら自分でも分からない。実力以上の評価が欲しい訳でもない。努力もしないくせに数字だけ貰えるなんてことはないと分かっていて、それでも楽なことの方がすきでそちらを選ぶ。趣味からなんて言い訳せずに絵の練習でもしていたら今頃もう少しましだっただろうか。漫画も描きたかった、漫画の方がバズるから表現媒体としても面白いネタを思いついても小説では書けないこともある。でも描こうとしても絵が下手すぎて結局再現は出来ない。

楽な方に楽な方に流れている。

今度はスクランパーとインダストリアルを開ける。

ひとつ開けたら憧れの気持ちが止まらなくなってしまった。人生で一回は開けておきたい、テンプレートに近づくとしても。死にたいとか鬱だ何だとかいっている言葉が、昔より軽くなりそうだ。ファッションが変わっても私の中身は何も変わらないのに。

楽な娯楽だ。努力しなくてできる変化、合法的自傷。腕を切ったことはない、痛いから。でも首を絞めることはある。いつか首を吊るためのシミュレーションのように。一度失敗したきりだけど、いつかはきっと死ぬだろう。寿命まで耐えられるとは思えない。

本当は耐えて欲しい。耐えられるくらいでいい、その程度でいいから、幸せになりたい。

普通の人になりたい。創作をする、私は天才だと思っている友人は、死にたいけれどその死にたさも自分から治らなくていいと言っていた。

私は幸せになりたいか心療内科に通った。意味あんまりないけれど。

これを書いている間もずっと舌が痛い。これが収まる頃にスクランパーとインダストリアルを開ける。思い切り食事ができるのはまだ先になりそうだ。

何度も終わらせようといい感じに結べそうな文を書いているのに書きたいことが溢れてしまう。

私は人に知って欲しいたちだ。なんでも、やったことや見たもの、感じたことや思想、なんでもすぐツイートしてしまう。勿論セーブはかなりしているけれど。そしてそのツイートを全部見て欲しいと思ってしまう。何故なら私は好きな人ツイートを全部見たいタイプから。ある程度好意を持っていたら何を喋っていたか知りたいかなんて当たり前だと思うけど、世の中では意外と少数派らしい。でも私の中ではそれが当たり前だからツイートを見ていないと言われる度にそんなに私に興味がないのかと傷つく。表には出さないようにしている、めんどくさいと思われるから。でもあえて出す時もある、相手が平気そうだったり、そういうキャラで私がやっていけそうなら。メンヘラちゃんキャラでいたら、少しだけ私の本音を言うことができる。

からひたすら書き連ねるのは楽で楽しくて、でと整理されてない文章なんて誰も読みたくないだろう。でも日記というか、書き散らしというか、日々の所感としてはこんなものかもしれない。

舌が痛いし眠くなってきた。多分何も無ければ無限に喋り続けられるだろう。自分の話をするのが好きだ、相手に知ってもらいたいから。好きな人のことはなんでも知りたい、血液型とか、健康診断の話になった時の視力とか、すぐメモってしまう。私の記憶力が悪すぎてメモっているだけで、覚えておきたいというだけなんだけど。締めに頭の中で用意しておいた文章ストックがもうない。前のを引っ張ってこよう。ちょっと書き換えて。

そうやって楽な方に楽な方に流れている。

今度はスクランパーとインダストリアルを開ける。お手軽な変化を得て、なんとかぎりぎり生きている。バイトの当欠も、説明会のキャンセルも、自主休講にしすぎな大学も、なんとかなってるとは言えないけど、取り敢えずまだ致命傷ではない。致命傷ではないけど、ゆるやかに死んでいくのだ。

きっと今の私は、昔の私が一番なりたくなかった姿だろう。働きたくないとか甘えるやつ、努力しないやつ、後回しにするやつ、遅刻するやつ、頭の悪いやつ、死にたい

2022-06-23

anond:20220622215735

これが噂に聞く平和ボケ末期症状というやつか… 死に至る病だな。(別名ただのバカとも言う)

2022-04-05

anond:20220405162412

本来精神の衰弱は死に至る病なんだろうな、と思うが、いくつかは自殺パターンもあるのかも。

2022-01-23

anond:20220123105834

でも、皮膚病や吸血住虫やマラリアといった死に至る病害虫が少なく、米もいもち病とかになりにくくてうまくて収量高いぞ。

あと一旦、雪がふっちゃえば、空っ風のふく関東地方より風がなくて暖かい

魚もぷりっぷりに脂がのってるのが安く売ってる(さもないと魚自身が海の中で凍るから

屋根道路に雪溶かすやつとりつけりゃひきこもりには最適。

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